「S」と一致するもの

Marsimoto - ele-king

 ケルンの企画レーベル〈マガジン〉からリリースされたアクゼル・ヴィルナーによるループス・オブ・ユア・ハート名義『アンド・ネヴァー・エンディング・ナイツ』はアブストラクトな展開を意図したものだけれど、これがあまりにもクラウト・ロックの過去をなぞるだけで、単純にがっかりさせられた。ヴィルナーがザ・フィールドの名義で追求してきた快楽モードのシューゲイザー・ミニマル・テック-ハウスはいつも完成度が高いだけに、余計にキャパシティの限界を見せられたようで、欲が裏目に出たという印象も。イェン-ユーベ・ボイヤーやドラムス・オブ・ケイオス(ヤキ・リーヴェツァイト)にはじまった同シリーズは、今後、ヴォルフガング・フォイトやカール・セイガン(!)へと引き継がれるらしい。

 クラウトロックというのは、間章か誰だかが書いていたことだけれど、60年代のドイツでは「アメリカのコピー」でしかなく(たとえばボブ・ディラン)、これに対する猛反省から生まれてきたものだと言われている。本当かどうかは知らないけれど、クラウス・ディンガーやホルガー・シューカイ、あるいはラルフ&フローリアンやマニュエル・ゲッチングが独自の音楽性を切り開いたことはその通りで、その強度が現在に至っても衰えないことは、それだけオリジナルを生み出そうという妄執に煽られていた証左ではあるだろう。そして、その後はパンク・ロックやニューウェイヴを加工したノイエ・ドイッチェ・ヴェレにしても、シカゴ・アシッドやデトロイト・テクノをお手本としたジャーマン・トランスからエレクトロ・リヴァイヴァルに至る流れにしても、ドイツというカラーがそこにしっかりと存在していることは周知のことである。

 しかし、ドイツにおいてヒップホップは、いまだに「アメリカのコピー」から脱却できないジャンルである。マッシヴのようなギャングスタ系しかり、インタレックのようなムダにジャジーな感じも同じくで、ロックやテクノと違ってブラック・ミュージックに対するコンプレックスが払拭できないのか、どうにもドイツらしさが出てこない。そんなにあれこれと聴いているわけではないけれど、エレクトロニカと融合したいくつかのものと、MIAの影響下から出てきたらしきルーシー・ラヴが最初はちょっとよかったかなーという記憶があるぐらいである。

 07年からマーテリアとして3枚のアルバムを残してきたマーテン・ラシニーがマーシモトというスペイン語に名義を改めてリリースした『グリュナー・ザムト(=グリーン・ヴェルヴェット)』は、これで一気にドイツのヒップホップが変わってしまうとは思わないものの、なるほどこれはドイツでしかないと思わせるユニークな音楽性に彩られている。まずはスマーフ男組と同じくラップがすべてロボ声で、これが最後まで実に楽しい。サウンドがしっかりとつくられているせいで相乗効果が持続し、ドイツ語なので何を主張しているかはともかく、いきなり「バラク・オバマ!」と来たりして、ネットで調べた限りは(二木信が好きな)コンシャス系のようである。もしかしてデザインも緑の党を意識しているのか?(ちょっと難しいかもしれないけれど、可能なら限定盤のジャケットに触ってみて下さい。アマゾンではなぜか限定盤の方が安いし)。

 オープニングからロボ声でマッシヴ・アタック、2曲目からヒップホップ・サウンドになる......といっても、もちろんUSメイドではなく、ヨーロッパに渡ってウェットになり、腰の重いリズムに派手なSEで景気をつけていくパターン。やはり、最近はベース・ミュージックやダブステップを意識せざるを得ないのか、モードセレクターと同じようにテクノのエッジとウェットなリズムをどう絡み合わせようかという発想になるのだろう、エレクトロに隣接した"グリーン・ハウス"や"アリス・イン・ヴラン・ランド"を基本としつつ、これにバリアリック調の"マイ・クンペル・スポールエィング"やクラフトワークを再構築したような"アングスト"、あるいは、ネジが狂ったようにワールド・ミュージックのサンプリングを組み合わせた"インディアナー"やモンドを掠めた"イッヒ・ターザン・ドゥ・ジェーン"がさまざまに色をつけていく(デア・プランがマジでヒップホップをやってると思いなまし)。ドイツでは移民を中心としたターキッシュ・ラップも盛んだからか、"アイ・ゴット・5"や"ブラウ・ラグン"ではトルコ風の旋律も取り入れられ、リベラルなところも見せる一方で、ドイツ民族の高揚を煽る(ように聴こえる)ような"ヴォー・イスト・ダー・ビート"で「アメリカのコピー」には大きく距離をあけていく。いや、素晴らしいです。難をいえば、ボーナス・トラックとして収録されているテクノ・リミックス("アイ・ヘイト・テクノ・リミックス"となっている)がちとウザいぐらいか。AKBじゃないのにヘビロテ~。

Maria Minerva - ele-king

 負け犬といえば、自分が男だからだろうか、いや、勝ち負けの世界と言えば男の世界だといつの間にか相場が決まっているからだろうか、勝手に男性を想像していたが、考えてみれば同じように女性にも負け犬はたくさんいる。マリア・ミネルヴァは自らを「女の負け犬の研究者」であることを宣言している。
 1988年のセカンド・サマー・オブ・ラヴの年に生まれた彼女は、昨年、フェミニスト理論家、エルーヌ・シクススの名前を冠したアルバムを発表している。そのアルバム『キャバレ・シクスス』ではリヴァーブの深く効いた――チルウェイヴやヒプナゴジック・ポップとは地続きの――今日的なポップを展開しているが、年末に出回った12インチ「スケアド&プロフェイエン・ラヴ(神聖かつ冒涜的愛)」はいわゆるダンス・シングルとなった。だからまあ、やりたい放題のロサンジェルスの〈ノット・ノット・ファン〉傘下のダンス・レーベル〈100%シルク〉から出ているわけだが、これが実に抗しがたい魅力を秘めている。1980年代のオリジナル・シカゴ"ゲイ"ハウスの淫らさが今日のUSインディ・アンダーグラウンドと見事に出会ってしまったというか、それほどのハイ・レヴェルの妖しさがある。この週末、次号紙エレキングのために三田格が推薦する『ぼくのエリ』を遅ればせながら観て、そしてショッキングだったことのひとつは吸血鬼が実は「女の子ではない」という設定だった。それではあの少年と吸血鬼のプラトニック・ラヴは......。
 ベッドルーム音楽の文化自体は20年以上前からあるのでことさら新しいものでもないのだが、女性プロデューサーが性の揺らぎを主題とすることは近年のトピックである。「インターネット時代における女性らしさとその疎外」を主題としているというグライムスが20年前のエイフェックス・ツイン("カム・トゥ・ダディ"以降ですね)に喩えられる時代だ。マリア・ミネルヴァはジョン・マウスとともに『ピッチフォーク』からは学問界とポップ界の往復者と呼ばれているような存在なので、言葉がわかればもっと深く楽しめるのだろうけれど、彼女の音そのものがある程度のところまで表してくれている。
 それは声だ。なんてやわらかい、透明で、フニャフニャな声......。男ならそこでレトロなシンセサイザーの音色に酔ったりドラッギーな音色で決めるところを彼女たちは自分の"声"を武器にする。ダンス・ミュージックではないが、グライムスやジュリアンナ・バーウィックもそうだ。声、......彼女たちの声にはエルヴィス・プレスリーもミック・ジャガーもいない。パティ・スミスの"グローリア"(こちらはヴァン・モリソンのカヴァー曲)とマリア・ミネルヴァの"グローリア"(こちらはマリアのオリジナル)を聴きくらべれば、この40年弱の年月もあながち無駄ではなかったのではないかと思えてくる。

 こうしたダンス・ミュージックの真新しい潮流のかたわらで、ベテランのリンドストロームが3枚目のアルバムを発表した。彼の音楽が東京で最初に話題になったのは2004年で、彼が自身のレーベル〈Feedelity〉を発動させたのが2002年12月だというから、ノルウェーのコズミック・ディスコの王様もデビューから10年目を迎えていることになる。地中海をまったく感じないのに関わらず何故かバレアリックと呼ばれたりもした彼の音楽の良さは、ひと言で言えばぬるさに尽きる。一時期はリー・ペリーをも彷彿させたラジカルな"いい加減さ"、ダンス・ミュージックの真骨頂のひとつでもある。それは寛容さであって、20年前はそれをバレアリックと呼んだわけで、多幸感のことではない!
 とにかく『シックス・カップス・オブ・レベル』はコズミック・ディスコの王様の新譜である。バカみたいに大仰なイントロダクションからPファンクめいたビートのディスコへと、そしてギターが唸るロックの8ビートへと、まあ、よりファンキーと言えばファンキーな展開を見せている。相変わらず人を食った展開というか、思わせぶりだが無意味で、くだらないことに一生懸命になっているところはいかにもゼロ年代といったところ。このちゃらんぽらんさが懐かしいって? それでは竹内君、週末ぐらいは僕と一緒にバカになろう。

Chart by STRADA RECORDS 2012.02.14 - ele-king

Shop Chart


1

ROCCO & C.ROBERT WALKER

ROCCO & C.ROBERT WALKER I LOVE THE NIGHT-LOUIE VEGA REMIXES FOLIAGE(FR) »COMMENT GET MUSIC
スマッシュ・ヒットしたディープで大人っぽいこの男性ヴォーカル・ハウスにナントLOUIE VEGAによるリミックスが登場!

2

FUDGE FINGAS

FUDGE FINGAS MASS X REMIXES FIRECRACKER(UK) »COMMENT GET MUSIC
Prime NumbersからもリリースしていたFudge FingasがFirecracker Recordingsからまたまた限定盤をドロップ!しかもVakulaとJuju & Jordashが片面ずつリミックスを手掛けた豪華な内容!メロディアスなヴァイブやスペイシーなシンセが絡み合う洗練されたディープ・ハウスのVakulaサイド、やはり遅めなBPMでダビーに展開してきたJuju & Jordashサイド共にさすがの出来!オーダー数がショートしての入荷なのでお見逃しなく!

3

A SAGITTARIUN

A SAGITTARIUN CARINA EP ELASTIC DREAMS(UK) »COMMENT GET MUSIC
第1弾の前作もクオリティーが高かったこのレーベルからの第2弾!ファンキーなブレイクビーツ・ハウス的なビートで始まり、デトロイト・テクノ風なディープなシンセが加わるA1が鳥肌モノのカッコ良さ!ディープ&スペイシーなテック・ハウスのA2もグッド!

4

5 KING'S

5 KING'S GIRL YOU NEED A CHANGE OF MIND AMOUR(FR) »COMMENT GET MUSIC
Marvin Gayeのハウス・リミックスが大ヒットした第1弾も記憶に新しいこのレーベルからの第2弾が入荷!Eddie Kendricksによる名クラシック「Girl You Need A Change Of Mind」を筆頭に、ナントKenny Dixon Jr. のレア曲「Lt 1」やJames Brownネタのエディットまで収録!

5

DISTANT PEOPLE

DISTANT PEOPLE UNCONDITIONAL LOVE(feat.NICKSON) SEASONS LIMITED(FR) »COMMENT GET MUSIC
Sole ChannelやLargeといったレーベルから数多くの作品をリリースしているUKのクリエイターJoey SilveroによるプロジェクトDistant Peopleが男性ヴォーカルものをリリース!グルーヴィーなオリジナル・ミックス、A2のディープめのリミックスあたりがオススメ!

6

TENDERNESS

TENDERNESS GOTTA KEEP ON TRYING-DJ HARVEY EDIT RCA (US) »COMMENT GET MUSIC
オリジナルはレアなこの曲が、オリジナル・ヴァージョンに加えナントIdjut BoysのレーベルNoid RecordingsからリリースされていたDJ Harveyによるリエディットも収録してのミラクル復刻!ソウルフルでパワフルな極上女性ヴォーカルものです!オリジナルの中古もですがHarveyのエディットの方も相当レアだっただけにこれはビックリです!

7

OOFT!

OOFT! MEMORIES FOTO(UK) »COMMENT GET MUSIC
Instruments Of Rapture等からもリリースしているUKはグラスゴーの2人組OOFT!が自身のレーベルから登場!まったりウォーミーなビートダウン・ハウスと、硬質でカッコいいテック・ハウスをカップリング!

8

MAM

MAM MODERN HEAT EP FINA(UK) »COMMENT GET MUSIC
20:20 Vision傘下の注目レーベルFina Recordsからの注目盤!Wolf + Lamb主宰のW+L Blackレーベルからの「Mam Edits」が当店でも売れたMamによる、80'sダンス・クラシックスをネタに使用したグルーヴィーで上質なブギー・トラックス!

9

CHUBBY DUBZ

CHUBBY DUBZ DIRECT EXPERIENCE LOUNGIN (UK) »COMMENT GET MUSIC
Moodymannネタの「DOIN' YA THANG」で大注目されたOliver $絡みのユニット!ディープ&スペイシーなB1、ウッド・ベースがジャジー且つ濃厚な雰囲気を演出しているB2が◎!

10

BUCIE

BUCIE GET OVER IT FOLIAGE(FR) »COMMENT GET MUSIC
Black Coffeeの大ヒット曲「Superman」でヴォーカルを務めていたBucieのソロ作が人気レーベルFolliageから登場!リミキサーにはEzelが参加しており、メロディアスで洗練されたトラックにあの可憐な歌声が乗った極上な仕上がりとなっています!

Oren Ambarchi & Thomas Brinkmann - ele-king

 さすがに「ドローン」も......というところで新機軸か。この数年、待ち続けた「テクノ」とのコラボレイションがようやくお目見えである。

 オーレン・アンバーチはオーストレイリアのギタリストかつパーカッショニストで、いわゆる実験音楽や即興演奏では中堅的存在。ゼロ年代に入ってからはディジタル・プロセッシングを軸にドローンを多様化させ、フェン・オ・バーグの3人などコラボレイションの相手には事欠かない位置にいる。エレクトロニカとも袖摺り合う距離にいて、いわゆるアブストラクト表現を大量にアウトプットしてきた。ブラック・トラッフルは彼が主催するレーベル。

 一方のトーマス・ブリンクマンはマイク・インクを追ってケルンから頭角を現したクリック・テクノのヴェテラン。リッチー・ホゥティンとのインターフェイスなどアカデミックなヴァリエイションで名を挙げ、数々のアノニマス的なプロジェクトに加えてブラック・ミュージックのカット・アップを多用した「ソウル・センター」のシリーズなども人気。4年前にタキシードムーンのウインストン・トンをヴォーカルに迎えた『ウェン・ホース・ダイ......』以降、久々のリリースとなる。

 この2人が取り組んだのは、現代音楽家のモートン・フェルドマンが残した『フォー・ブニータ・マーカス』というピアノ曲にヴァリエイションを与えること。フェルドマンの作品には表面的には静かなものが多く、アンビエント・ミュージックとして機能するものが多い(裏アンビエントP34)。しかし、創作の動機を先に推測してしまうと、この2人の念頭にあったのはスティーヴン・オモーリーとピタによるKTLではないだろうか。ドゥー ム・メタルをエレクトロニカの次元へ持ち去ったKTLからメタルの要素を取り除き、ドローンに違う道筋を与えようとしたのではないかと。実際、ブラック・トラッフルのスリーヴ・デザインはすべてオモーリーが手掛けていて、お互いの作品を意識しやすい距離にいることはたしか(今回に限ってはブ リンクマンがデザインも担当している)。

 とはいえ、まず念頭にあるのは『フォー・ブニータ・マーカス』で、オリジナルで試みられているものとはすべてが異なって感じられる。フェルドマンのそれと聞き比べてみるとよくわかるのだけど、音階とリズムで「間」を聞かせようとするオリジナルが必然的に不条理を演出してしまうのに対して、隙間なく音を詰め込んでしまうともいえるドローンは常にリスナーを音で包み込んでいるようなもので、どこかに投げ出されるような感覚を与えることはない。この2作を同時に再生してみると、まった くぶつからずにひとつの曲に聞こえてしまうことからもその相反性は証明されたも同じだろう。

 また、前者のリズム感覚には緊張感を持続させようという意図があるのに対して、アンバーチ&ブリンクマンによるそれは引き伸ばされたダブに聞こえるほど瞑想性が高く、むしろリラックス効果に重点が置かれているとさえいえる(こういうものを聴き付けない人には同じかもしれないけれど)。緊張感をもたらす要素としては単純に音量を上げたり、トーンをうねらせるなど、それもマッサージの強弱のような範囲で推移し、正直、どこにヴァリエイションを生み出そうとする動機があったのか、正確には掴みかねてくる。この差は、しかし、現代音楽のフェルドマンと実験音楽として分類されるアンバーチの距離(=時代性)のなかにも存在はしたものだろうけれど、そのポテンシャルを最大に引き出したのが、やはり、ブリンクマンであり、テクノだということは間違いない。あるいは、従来のドローンとは違うものに聞こえるのはテクノが原因だとしか言いようがないのではないだろうか。

 まったく代わり映えのしないダンス・ミュージックとしてのテクノも健在だし、モーリツ・フォン・オズワルド・トリオのようにファンク・ミュージックとしての成熟を志すもの、あるいはハーバートのようにジャズとのハイブリッドを作り出すものなど、テクノにも明確な分岐が散見できるなか、ここで試みられていることは(アルヴァ・ノトの軌跡と同様)90年代にテクノが普遍化させた快楽性を抽出し、他のジャンルへ移植し、その機能性を全うさせることだろう。さらにいえば、テクノとドローンが結びつくということは、90年代とゼロ年代のアンダーグラウンドにひとつの横断線が敷か れたということでもある。冒頭の「ようやく」というのは、そういう感慨でもある。

Lana Del Rey - ele-king

私を悲しませないで 私を泣かせたりしないで
ときに愛は不十分で 道のりは険しいの
それがなぜかはわからないけれど
私を笑わせ続けて ハイになろうよ
あなたも私も みな死ぬために生まれてきたんだから
"Born to Die"(筆者訳)

 本誌の紙媒体版『vol.4』における「マイ・プライヴェート・チャート2011」で、(アルバム、シングル等はごちゃ混ぜでよい、ということだったので)私はラナ・デル・レイを名乗るエリザベス・グラントの"Video Games"を、7位にリスト・アップした。1986生まれの25歳(筆者とタメ)にして、彼女のその悩ましい歌は、美しい季節はもうすべて過ぎ去ったのだ、甘い時間はもう記憶のなかにしかないのだと言わんばかりの、突っぱねた厭世観に満ちていた。表面的に言えば、西山茉希あたりの『CanCam』モデルが、「ベルベット・イースター」(荒井由実、1973)のカヴァーでレコード・デビューしたようなものだ。そのコントラストは、世界中のミュージック・ブロガーをはじめ、『NME』から『ピッチフォーク』までをも巻き込むバズを呼び込み(本稿執筆時点で、You Tubeにおける再生回数は26,135,450回)、当然、デビュー・フルレンスである本作『Born to Die』は、あらかじめビッグな成功が確約された作品であると同時に、悪意の群衆に撃たれるために舞台に上がった哀れな作品でもある。

 話題の作品なので、態度を明確にしておこう。『Born to Die』は、私が期待していたような作品ではない。第一に、私が彼女のハスキー・ヴォイスから当初一方的に連想し、また期待もしていた作品が、例えば『Let It Die』(Feist、2004)の、あるいは『Martha Wainwright』(マーサ・ウェインライト、2005)の最新ヴァリエーションであったためである。第二に、しかし、打ちのめされたシンガー・ソングライター・スタイルの代わりに彼女が選んだのが、 R&B寄りのエレクトロニック・プロダクションであり、重厚なストリングス・アレンジメントであり、結果的にはゴージャスな、グラミー・ビルボード・ポップであったせいである。もちろん、ここはおのずと感想がもっともわかれる点であり、『ピッチフォーク』などが書いているように、「本作はイマイル・ハイニー、つまり、エミネムやリル・ウェイン、キッド・カディの諸作にクレジットされている人間によってプロデュースされており、その豪華絢爛なアトモスフィアが、批判者と理解者のあいだを取り持つ要素となっている」との声もある。(もっとも、彼女の気持ちがわからないでもない。彼女が思春期を迎えた90年代後期は、ブリトニー・スピアーズがデビューするなど、ティーン・ポップが何度目かの最盛期を迎えていた時期なわけだし......)

 また、平均的なリスナーであればなんとなくそうしてしまうように、レディー・ガガが掲げた"Born This Way"と、本作のぶら下げる"Born to Die"とを比較する傾向が、国内外のブロガー(ツイッター・ユーザー)のあいだでも散見される。「抱えるもの」がある者のほうがむしろ自身を強い衝動で肯定しながら生き、上質な容姿を持って生まれて思い出に恵まれた者がなぜ沈鬱として生きるのか、わけがわからない、といったところだろうか。たしかに、成功者にも憂鬱はあるのだろう。しかし、どれだけ富とスポットライトを得ても、人生はどこかの地点でなお満たされない、というのは、ポスト・モダニティ・ライフにおける不可避の、典型の、言いようによってはごく平凡な虚無を、彼女は消化しきれていないだけ、という言い方もできるのではないだろうか。彼女の歌のなかで、男は常に彼女を強く抱き、口づけし、そして不可避に去っていく存在としてのみ、ある。たくさんの男と出会い、ときに関係を持って、ひたすら別れ続けてきた、遊び盛りのブロンドの美女が綴るのは、良くも悪くも、平均的な女子大生がアメブロに開設した失恋ブログのよう。

 しかし、『Born to Die』は飛ぶように売れている。アメリカン・ユーチューブ・ドリームのもっともポピュラーな前例として、本作はこのディケイドにおいて長く語り継がれるのだろう。ただ、はっきり言って、『ローリング・ストーン』誌の大御所、ロブ・シェフィールドが言うように、アルバムを"Video Games"の期待に応えさせるという意味では、まだまだ準備不足だったと思う。そう、下世話な言い方をすれば、まだまだ男文化である音楽ジャーナルが、ひとりの計算高い美女にまんまと利用された感が否めない。いまごろ、一方的に失恋気分を味わっている評論家も多いのではないだろうか。とはいえ、『FACT』誌が、そうしたポップ・ミュージックの偶像文化の楽しみを擁護するように、こう書いている。「ラナと、彼女のバック・スタッフでさえ、彼女が"本物"かどうか、完全にはわかっていないのだ」。そう、歴史的に言っても、これは遅かれ早かれ、いつかは醒める、だがまだはじまったばかりの夢だ。ならば、しばらくはまだ、彼女の思わせぶりに振り回されることとしよう。歴史的に言って、決して報われることのない夢ではあるが......。

DUBSTEP会議 - ele-king

DOMMUNE初登場のゴストラッドが語る「DUBSTEP」!
去る1月にニュー・アルバム『ニュー・エポック』をリリース、ただいま全国ツアー中の日本におけるダブステップのキーパーソンがすべてを話します!!

2012/2/13(月)
出演:GOTH-TRAD、100mado、Yusaku Shigeyasu (ALMADELLA)、他
司会:野田努

DJ:BACK TO CHILL feat. 100mado、ena、GOTH-TRAD

https://www.dommune.com/reserve/2012/0213/

Cloud Nothings - ele-king

 スティーヴ・アルビ二起用の理由は「部屋で録った感じにしたかった」からだそうで、これはじつに正しいアルビ二理解であると思うし、インディ・ロックにおける若い世代の感性や音に対するスタンスを象徴するような言明であると感じる。ビッグ・ブラックが好きだから、シェラックが好きだからという類いの、ただのアルビ二信仰が彼を本作のプロデューサーに迎える動機であったとすれば、もとよりクラウド・ナッシングスにここまでの脚光を浴びるようなポテンシャルはなかった由である。ニルヴァーナすら「ちゃんと聴いたことはない」という90年代生まれがいまスティーヴ・アルビ二に求めるものとはなにか。そのカッコ埋め問題の解答として「部屋で録った感じ」というのはなんとも的確で痛快だ。そしてまたチルウェイヴという世界中のベッドルームをつなぐミクロかつグローバルな音楽ムーヴメントがまさに時代の気分であることを証すエピソードでもある。

 さてクラウド・ナッシングスの3枚目となる『アタック・オン・メモリー』が高い評価をもって迎えられている。すでに触れたように、プロデューサーとしてグランジ・サウンドをつくりあげたレジェンダリー・エンジニア、スティーヴ・アルビニを起用したことが大きく話題になっており、実際に冒頭の"ノー・フューチャー/ノー・パスト"などは硬質で殺伐とした、アルビニ自身のプロジェクトを彷彿とさせる仕上がりで素直に驚いてしまった。ソング・ライティングにおいても若干の変化がみられ、「いたるところフック」といった感のきわめてキャッチーな直球ガレージ・ポップは、暗鬱としてダウン・ビートな曲調に姿を変えている。「いたるところ灰色」、ジャケット・デザインさながらである。
 とはいえ、バンドの勢いやアルバム自体が発するオーラにはなんら失速するところはない。むしろ充実した新作だとだれもが認めずにはいられないだろう。実際のところ、1年強ほどのあいだに矢継ぎ早にアルバム・リリースを重ね、そのどれもがリスナーを納得させるクオリティを持っているというのは賞賛に値する。インタヴューを読む限り、「これまでとは違うことがやりたかった」ということだが、それはアーティストであれば誰もが思っていることだ。彼らのように苦悩や研鑽の跡をみせることなくそれを成すのは至難である。というか、彼らはまだ壁になどぶつかってはいない。むしろ自らの可能性の無限にふるえているのである。暗鬱なムードが色濃いとは述べたが、それは自らの音楽性やキャリアをめぐる迷いや葛藤ではない。矛盾するような表現だが、むしろ非常な期待値を含んだ暗鬱さである。才能も無論だが、とにかくいまは何でもやってみたい、そしてそのための力が自分たちにはありあまるほどある、という若さや柔軟さや自信がこの作品の根本にある。我々はその柔らかく伸縮するエネルギーから目が離せないのだ。
 よく聴けばメロディ・メイカーとしてのディランの方法論はほとんど変わっていない。我々の心の青い部分に突き刺さり追い立る、とても美しい旋律を携えている。"ステイ・ユースレス"など、アルバム後半にはこれまでの彼ららしい楽曲も顔を覗かせる。フロントマンのワンマン・バンド的な性格が強く、メンバーも他プロジェクトにて活躍する事情もあるから、いずれディラン・バルディひとりになってしまうかもしれないが、彼らには年を重ね、そのことそのものによって音楽性を進化させてほしい。クラウド・ナッシングスが奏でているのは正確に言えば若さの輝きではない、生きていることの実感をありありと写した音楽だからだ。

SND, NHK JAPAN TOUR 2012 - ele-king

 エレクトロニック・ミュージックのさまざまな局面で、IDM/アブストラクトの波がふたたび訪れている今日、1990年代末に高校生で〈ミル・プラトー〉からデビューしたコーヘイ・マツナガ......自らをNHKyxと名乗るこの青年こそ、UKの〈スカム〉、ベルリンの〈ラスターノートン〉などから素っ頓狂な作品を発表し、つい先日は英『ワイアー』誌にも記事が掲載され(その翻訳は次号の紙エレキングに掲載されます)、そして〈ラフトレード〉の新しいコンピに参加したり、センセーショナル(元ジャンブラ、ラッパー界におけるリー・ペリー)との共演を出したり、故コンラッド・シュニッツラーと共作したり......と、つい先頃はSNDとの共作を〈PAN〉から発表したりとか、大阪とベルリンを往復しながら作家活動をしている、いまもっとも勢いのあるエレクトロニック・ミュージックのプロデューサーです!
 コーヘイ・マツナガが3月初旬、シェフィールドのミニマル/IDMの大御所、SND(名作『Stdio』などで知られる)といっしょに日本ツアーをやります! コーヘイは......いまもっともユニークなIDMの作家であり、自由奔放な活動を展開する、ミステリアスな青年です。
 ツアーは3月2日の名古屋から出発。大阪ではアルツのレーベルから素晴らしいアルバムを出したaSymMedley、東京公演には〈ラスターノートン〉のレーベル・メイトでもあるAOKI Takamasaも出演する。

SND, NHK JAPAN TOUR 2012

■名古屋
3月2日 @ Club Mago
Open-22:00/End-05:00
ADV-2500 / Door3000
Live:SND、Mark Fell、 NHK、Araki
Dj:Tomoho (IWY)、Vokoi (ARch)
VJ:Vokoi
https://arch-project.com
https://i-want-you.jp

■福岡
3月3日 @ Blackout
Open-21:00 (50人限定)
Live:SND、Mark Fell、NHK、Kouhei Matsunaga、sho nakao
https://popmuzik.jp

■広島
3月5日 @ Club Quattro
Open-18:00/Start-19:00
ADV-2500 / Door3000
Live:SND、NHK、Stabilo (speaker gain teardrop)、Skip club orchestra、Hideride (pausemo)
DJ:AVOAVOA (aka kenji yamanaka)

■京都
3月7日 @ Club Metro
Open-19:00/ End-25:00
ADV/Door-TBA
Live:SND、NHK、SPsysEx
Dj:Tsukasa、Tatsuya
https://www.metro.ne.jp

■大阪
3月9日 @ Nuooh
Open-19:00 End-25:00
DOOR/3000
Live:Mark Fell、Kouhei Matsunaga
SOUND ACT:aSymMedley (ALTZMUSICA/Childisc/REPHLEX)、 NUEARZ (Skam Records)、Yuki Aoe (-:concep:-)、hypotic inc
VISUAL ACT: Ken Furudate (ekran/The SINE WAVE ORCHESTRA)、Kezzardrix (Bias Records)、Kazuhisa Kishimoto、イケグチ タカヨシ (haconiwa)
https://officials.tank.jp/concep

■東京
3月10日 @ WWW
Open-23:00
ADV-3000/Door-4000
Live:SND、NHK、Aoki takamasa + More more
https://bridge.tokyomax.jp/

3月11日 @ Soup
OPEN/START ???
Door-2500
(Reservation Required. Send your details to: ochiaisoup@gmail.com)
Live:Mark Fell、Kouhei Matsunaga、Miclodiet、Jemapur、Vegpher (Keiichi Sugimoto)
DJ:Nobuki nishiyama
www.sludge-tapes.com

■SND

SND

SNDはUK シェフィールド出身のMARK FELLと MAT STEELによるデュオ。 1998年に結成。"click&cuts現象"とまで呼ばれたシーンの中心となるアーティスト。 Mille Plateauxからアルバムを3枚, raster-notonからの2009年4thアルバムをリリース。 プログラマーでもある彼らの音楽は、ミクロに練り込まれたグリッチ音をミニマルかつ緻密に構成しながらも、常に躍動感を保持し続ける独自のミニマル・エクスペリメンタル・サウンドを展開している。
無機質でいて脈打つ自然のような、計算されている一方でバグと戯れるような、不思議なグルーヴ感とリズム、そして絶妙の間。今回、2008年以来4年ぶりの日本でのLIVEとなる。
www.makesnd.com

■Mark Fell
近年 "Edition Mego""raster-noton"から立て続けにアルバムをリリースし注目を集めているMark Fell。2008年にはバルセロナで開催されている世界最大級の音楽フェス"Sonar"へも出演。実験性と複雑さとシンプルが共存し、ユーモラスかつエンターテイメント性を持たせた絶妙なバランス感覚の上に成り立ったその音楽は、美しくマイクロスコピックなミニマルサウンドで空間性、歪なリズム、時間感覚を表現している。
また、アーティストエンジニアとして巨匠と呼ばれる人達の作品を影で支えている人物でもある。意外にもソロでの演奏は日本初披露となる。
www.markfell.com

■NHK
2006年, マツナガ・コウヘイとムネヒロ・トシオにより大阪で結成。 
2008年、ドイツraster-notonからデビュー作"Unununium"を発表の後、国際的に作品発表を続け、ヨーロッパを中心に活動している電子音楽ユニット。即興性の高いリズムアプローチにより型に嵌らない歪なダブ・テクノビートを展開している。
www.nhkweb.info

■Kouhei Matsunaga

Kouhei Matsunaga

フランクフルトの音響派レーベル Mille Plateauxから1998年に1st を発表後、ヨーロッパ・アメリカを中心とした前衛的なシーンにおいてジャンルの枠を超えた音楽活動を続ける中、Conrad Schnitzler, Merzbow, Sensational, AutechreのSean Booth, Mika Vainio, Anti Pop Consortium等をはじめとするアーティスト達とのコラボレーションを行なう傍ら近年はNHK名義でダブ・テクノ・ブレイクビーツを展開している。
www.koyxen.blogspot.com

Kurt Vile - ele-king

別に「クソゲー」なんてクリアしなくてもいい。
クリアをあきらめて、友だちとそれなりの楽しみを見つければ、
この社会はそれほど悪くはない。
古市憲寿『希望難民ご一行様』(2010)

 まずは、なんと言ってもその声だ。ルー・リード、ボブ・ディラン、あるいは、彼らに憧れたサーストン・ムーア以降のインディ・ロッカーたち......。ロックンロールの史学からすれば、まず間違いなくヴェルヴェッツ・スタイルを踏襲したトランス・ロッカーのそれだと推定されるであろう、けだるく、ナルシスティックな声を、カート・ヴァイル(31歳、ペンシルベニア州)は持っている。生まれた時代が違えば、アート・パンクの最前線で同時代の暗黒を歌っていたかもしれない。例えば、ノイジーなギター・ウォールに、時折、甘いメロディを載せて......。しかし、というか、実際のところ『Smoke Ring For My Halo』は、アコースティック・ギターの流暢なピッキングによって鮮やかに彩られた、丁寧なフォーキィ・ロック(欧米の批評では、"ストーナー・フォーク"ないしは単に"ヒッピー・フォーク")である。

 とはいえ、ヴァイル自身がかつて創設メンバーでもあった、The War On Drugsの『スレイヴ・アンビエント』と同期するように、ここにもスペイシーな、エレクトロニック・ミュージックを通過した感性がある。古典的なフォークやブルースを背景に持ちつつも、プロダクションには浮遊感、さらには清涼感までもが漂う。しかし、同時代のフォーク同業者に比していえば、例えばボン・イヴェールのスピリチュアリズム、あるいは、フリート・フォクシーズのナチュラリズムからすれば、ヴァイルにはどこか堕落したような人間臭い雰囲気があり、実際、「変わりたくはないけれど ずっと同じままではいたくない/どこにも行きたくないけれど 僕は走っている/働きたくはないけれど 渋い顔で1日中座っているのも嫌だな」と、素朴な二律背反を、"Peeping Tomboy"で歌っている。

 また、『SPIN』誌は、"偉大なる「No」の1年"と銘打った「The Best Of 2011」号にこう書いている。「カート・ヴァイル(とインディ・シンガー・ソングライターのひなたち)にとって、2011年は急浮上の1年となった。それも、混乱の季節にスポットを当てるのではなく、そこから距離を置くことによって、だ」。いわば、抑圧からも抵抗からも離れ、単なるフェードアウターとして生きること。低高度に降りて、俯瞰や巨視を徹底的にシャットアウトすること。夢から醒めることが、ある意味ではもっとも簡単な時代に、それでも音楽という時代遅れの夢をだらしなく見続けること。そう、現代ほど、反抗する理由に溢れ、かつ、反抗する虚しさに満ちた時代もない。例えば、『The Year Of Hibernation』(Youth Lagoon)が克服できずにいるような幼い虚無を、ヴァイルは自覚的に消化したうえで、自身の凡庸さや、世の不条理や、日々の平穏を憎まない。

 さらにまた、前掲同誌に、ヴァイルはこんなことも語っている。「この世界に、どうにもならないくそったれなことや、あらゆる種類の、ギリギリの不安があるのは、知っているよ。人々は闘っているけど、クレイジーで恐ろしいことだよね。僕は家族とか、友だちとか、身の回りの小さな世界のことを考えているだけさ」――それは、ヴァイルが選んだある種の生存戦略なのだろう(『Rolling Stone』誌曰く、「彼流の楽観主義」)。したがって、ヴァイルがノイジーなアート・パンクを必要としないのは、当然だともいえる。選ばれた天性のサイケ声を持つ、長髪の青年が小さな世界で紡ぐ歌は、ベッドルーム・ライオットでさえ、ない。賛否あるだろうが、それはなんとなく不安の尽きない時代に、それほど悪くはなさそうに鳴っている。これもひとつの達観なのだろうか。

「僕たちがいつ老いるかを 僕は知っている/僕は死に向かっている/だけど必要なものはすべて手に入れた/今はそれで満足なんだ」 "In My Time"

Musette - ele-king

 クリムトの伝記映画を観ていたら(篠山紀信みたいな人なのね)、1900年のパリ万博でメリエスが映画を上映するシーンがあった。映画というだけでは人はそんなに驚かなくなっている頃なのか、それを観ているクリムトの反応ぐらいしかクローズ・アップされていなかった。

 その翌日、教員生活40年に達した粉川哲夫氏の「最後の授業(ではない授業)」があり、トースティーによる花束の贈呈が終わってから、その場に駆けつけた歴代の教え子たちと食事会に行くことになった(僕は教え子ではないんだけど)。その席で、現在、アカデミー最有力とされるミシェル・アザナヴィシウス監督『アーティスト』の話になり、サイレント映画一般へと話題は広がった。そして、粉川さんからジョルジュ・メリエスは晩年、まったく人気がなくなり、せっかく撮ったフィルムも靴屋に素材として売ってしまったという話を聞いた。メリエスの映画が、そんなに早く飽きられてしまったとは知らなかった。ちなみに谷埼潤一郎が撮った15本の映画もすべてプリントが残っていない。誰も保存しようとは思わなかったらしい。

 メリエスが靴屋に売ってしまったというフィルムは、現在も回収作業が続けられているそうである。そうしたなかの一本なのかどうかはわからないけれど、メリエスの代表作のひとつであり、世界最初のSF映画とされる『月世界旅行』には実はカラー・ヴァージョンが存在し、それが93年に発見されたものの、かなり酷い状態だったため、長く修復作業が続けられ、2010年にようやく完成。2年半ぶりとなるエールの9作目はこれに着想を得たイメージ・アルバムとなった。限定盤には修復された『月世界旅行』もDVDとしてカップリングされ、これにもエールのサウンドトラックが付けられている(こっちの作業の方が先で、その発展形がアルバム・サイズに伸張したといった方が正確か)。パリ万博から2年後、110年前の作品だから、『坂の上の雲』や『ヘタリア』が舞台としている時期である。

 とはいえ、エールは何をやってもエールである。もう少しでプログレッシヴ・ロックになりそうなところを水際でイージー・リスニングへと引き返し、強烈なイメージに人を誘い出すことはない。いつものように適当に聴き流していれば悪くない時間を過ごすことができる。心を揺さぶられず、退屈もしない。茂木健一郎の好敵手だった下條信輔だったらサブリミナル・インパクトがどうとか言うかもしれないけれど。

 イージー・リスニングといえば、スウェーデンでIKEAのCM音楽を手掛けているというミュゼットことヨエル・ダネルもドリーミーでクリーミーでスイミーなセカンド・アルバムを完成。ウェス・アンダースン監督『ライフ・アクアティック』でリヴァイヴァルが決定的となったスヴェン・リバエクや、デビュー時のエールのようなハッとする感性を楽しませてくれる(1月のヴィンセント・ラジオを聴いてくれた皆さん、赤塚りえ子のアフリカ音楽特集でオープニングにかけた曲です)。ノスタルジックなのに宇宙遊泳のような気分にさせてくれるサウンドは、なんでも、古くなってヨレヨレのカセット・テープに録音したものだそうで、音の歪みはそれに由来するらしい。日本では製造中止が発表されたカセット・テープだけど、古いメディアが持っている質感の面白さが音楽にも反映されているという意味では、どこかでメリエスの再発見とつながるところも感じられるだろうか。ダネルは、これに、少しばかり実験音楽も隠し味に使いつつ、ありもしない過去を丁寧に捏造していく。そう、110年前のような......。

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