「S」と一致するもの

interview with DVS1 - ele-king

 Who is DVS1?
 本名ザック・クートレツキー。それは、日本がまだ体験していない、USテクノ最後の刺客。彼のプレイを聴いたことがある日本人はまだ数えるほどしかいないはずだし、名前すらも聞いたことがない人がほとんどだろう。でも彼は新人ではない。なにしろ、彼は15年間に渡ってずっと地元ミネアポリスでアンダーグラウンド・パーティでプレイしてきたDJ。世界が彼のことを知らなかっただけなのだ。
 ベン・クロックのレーベル〈Klockworks〉からのEP、そしてデリック・メイの〈Transmat〉からの『Love Under Pressure』EPのリリースによって注目を集めた彼が、何よりも得意とするのはDJプレイーー 初来日となるFREEDOMMUNE 0〈ZERO〉で、その全貌が明らかになる。
 3度目の〈Berghain〉出演で10時間半のぶっ通しという超人的なプレイでベルリンのテクノ・フリークたちを熱狂させたほんの数日後、穏やかな昼下がりにじっくりと話を聞いたので、彼がどんな人物なのか、少々予習してもらえれば幸いだ。

ミネアポリスでパーティをやってきた先輩たちから、とにかく音にだけは妥協するなということを教わったんだ。ライティングやらデコレーションやら、他のものに手が回らなくても、音さえ良ければパーティは成り立つと。

あなたのことを知っている人はとても少ないので、基本的なところから聞かせて下さい。出身はロシアなんですよね?

DVS1:そう、生まれたのはロシアで2歳のときにアメリカのミネアポリスに引っ越した。その後両親が離婚して、父はニューヨークに移った。だから僕はミネアポリスとニューヨークを行ったり来たりして育ったんだ。16歳から20歳まではニューヨークで高校を卒業したり大学に行ったりして、その後ミネアポリスに戻ってそれからずっと今も居る。
 1996年にミネアポリスでイヴェントを主催するようになった。DJもしていたんだけど、最初はプロモーターとして音楽の世界に関わり出したんだ。僕がミネアポリスやったパーティで「伝説」となっているのは、1997年にハイコ・ラウ、エレクトリック・インディゴ、ニール・ランドストラム、トビアス・シュミットなど......当時まだアメリカでは誰もやってことがない規模の国際的なDJたちをブッキングしたときだった。車で6時間かかるシカゴからでさえ人が来たほどだったよ。だから、僕は「クレイジーなテクノ・パーティを巨大なサウンドシステムを使ってやってる奴」として知られるようになったんだ(笑)。それ以降、年に1回くらいのペースでこういう大規模なイヴェントを企画して、それ以外はもう少し規模の小さいパーティをやっていくようになった。本来なら2000人規模のイヴェントに使うようなサウンドシステムを300人のパーティで使っていたから(笑)、音が凄いという評判になっていた。
 ミネアポリスでパーティをやってきた先輩たちから、とにかく音にだけは妥協するなということを教わったんだ。ライティングやらデコレーションやら、他のものに手が回らなくても、音さえ良ければパーティは成り立つと。そういう環境で育って来たのはとても幸運だったと思う。よくニューヨークのクラブに行くと、音が物足りないと感じた。決して悪くはなかったよ、他の大多数の都市よりは良かったけど、それでもミネアポリスには敵わなかった。これはミッドウエスト(アメリカ中西部)特有のものだったんだ。ニューヨークでもないしロサンゼルスでもない、ちょうど中間でいろんな場所のいいところを取り入れて独自の発展を遂げていた。

その音に対するこだわりの話は非常に興味深いですね。どういう経緯で発展していったんでしょう?クラブ・シーン特有の現象なんでしょうか、それとも他の音楽シーンからの影響とか?

DVS1:とくにエレクトロニック・ミュージックの現場がそうだった。イヴェントやパーティを主宰してきたのは、ほとんどが自分も音楽を作っているかDJをしてる人たちだった。だから音の好みもはっきりしていた。僕はたまたま、幸運にもこうした「音中毒」の人たちのパーティに行っていたから、その経験から自分も同じようにしよう、あるいは彼らのスタンダードに見合うサウンドシステムを用意しよう、と考えた。先人たちに教わったことを自分も実践しただけだよ。

ミネアポリスに限ってそういうパーティがおこなわれていたんですね?

DVS1:90年代のミッドウエストのシーンを知っている人ならみんな言うと思うよ、ミネアポリスはシカゴと比較してもネクスト・レヴェルのことを実現していたって。みんな意外に思うだろうけど。

まったく知らなかったですね......

DVS1:ウッディ・マクブライドは知ってるかな? DJ ESPって言うんだけど......実は僕は個人的に全然好きじゃないんだけど! 一応ミネアポリスのシーンを語る上では外せない人物だから触れておくよ(笑)。彼が最初にミネアポリスを盛り上げたオールドスクールの立役者で、3千人、4千人規模のパーティを主宰してた。彼も先人に倣って、いい音にこだわった。120台のスピーカーを積み上げて「音の壁」を造ったりしてね。そんな環境で聴くと音楽も全然違って聴こえる。身体で音を感じることができる。
 僕にとってはDJや楽曲制作も、「音を感じる」という行為の延長なんだ。ただ耳で聴くというだけではなく。よく、「君の曲はすごくシンプルだよね」と言われるんだけど、言われて気がついたのは、自分が無意識にこういうサウンドシステムで鳴らすことをイメージして作っているということ。だからラジカセで聴いても何がいいのかわからないと思う。でも、巨大なサウンドシステムで鳴らしたときに、意味がわかるはず。

それは非常に興味深いですねぇ......いままで私は、アメリカには大きなテクノ・シーンは存在しなかったと認識してました。

DVS1:存在しなかったよ。だからこそ、僕らはずっと苦労してきた。ドイツみたいにカルチャーとして認められることがなかったから、つねにそれがチャレンジだった。自分たちでやり方を編み出して行かなければならなかったんだ。シカゴでもニューヨークでもない、ミネアポリスという街だから余計にね。だから、決して恵まれた環境ではなかったけど、その分好きなようにやれた。
 パーティやイヴェントはいつもおこなわれていた。ごく自然に。ずっとそういうことをやってきた上の世代がいて、また若い連中がそれを真似してやりはじめて......と自然に受け継がれていた。もちろん調子のいいときと悪いときのサイクルがあるけど、それはどこの街でも同じこと。僕が最初にパーティに行きはじめた頃、ミネアポリスはハウスの街だった。シカゴに傾倒している人が多かったから。そしてほんの少しのテクノ。

ミネアポリスのテクノは全然知らなかったです......

DVS1:僕と他に数人はつねにテクノを推していた。上の世代のハウスの人たちがあまりプレイしなくなったり、他のことをはじめたりするなかで、僕らは地道にテクノをやっていた。妥協せずに、質のいいパーティを週末だけにやるようにしていたんだ。クラブでやるのではなく、自分たちで会場から作っていた。それを続けるうちに、固定客が出来てきた。
 それに興味深いのは......この話は先日も他の人にしていたんだけど、他のジャンルの人たちはそれしか好きじゃないという人が多い。ドラムンベースならドラムンベースだけ、ハウスならハウスだけ、テクノの人たちはすべて好きなんだ。......少なくとも僕の地元のテクノ・ピープルはね! 僕はそこにとても惹かれきた。他の街では違うのかもしれないけど。とくにドイツをはじめとしたヨーロッパではちょっと違いそうだけどね。
 例えば僕もハウスのレコードはたくさん買う。ハウス・ミュージックも大好きだ。僕の仲間のテクノDJたちもハウス好き。だから僕らがパーティをやるときは、オープニングとクロージングにハウスDJをブッキングするんだ。そうやってビルドアップしてピークにテクノをやる。ヨーロッパでは20時間ぶっ通しでテクノやったりするから(笑)、ちょっと違うけどね。テクノ人間の僕でさえもそういうのはあまり好きではないんだ。そればっかりは嫌。僕はテクノを「デザート」にしたい。最高の気分で、満足しているところに、さらに最後の一押しが欲しい、そういう風にテクノをかけたい。アメリカではそうやってきた。テクノがピークで、そこまで昇る過程と、降りて来る過程がある。だからミネアポリスのテクノDJたちはディスコ、ハウス、パンク、インダストリアル......いろんな音楽を評価し楽しんで来た。だから僕らはより幅広い視野と趣向を持っている。少なくとも僕はそう思うし、そういう姿勢を変えないつもりだよ!

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パーティやイヴェントはいつもおこなわれていた。ごく自然に。ずっとそういうことをやってきた上の世代がいて、また若い連中がそれを真似してやりはじめて......と自然に受け継がれていた。もちろん調子のいいときと悪いときのサイクルがあるけど、それはどこの街でも同じこと。

あなたのDJプレイを初めて見たのは〈Berghain〉で昨年6月に行われたベン・クロックの『Berghain 04』リリース・パーティでしたが、本当にお世辞抜きで度肝抜かれました。

DVS1:そう言ってもらえるのは本当にありがたいよ。あの日のセットは、自分ではそれほど満足出来なかった。(日曜)正午からのスタートだったんだけど、あの日はみんな130〜132BPMでプレイしていて、最初は少しテンポを落としたほうがいいと思ったんだ。まだ〈Berghain〉がどういうところかもわかっていなかったしね(笑)。だから少し遅めにプレイしはじめたんだけど、お客さんの反応が鈍いように感じた。だから速くしないといけないな、と思って速くしていったんだ。結局137BPMぐらでプレイしていて、僕はまわりから「すごくいいけど、ちょっと速いよ!」という視線を感じた(笑)。でも続けるうちに、みんなが納得しはじめた。だから結果的には上手く行ったと思うけど。ベンはさぞかし不安だったろうと思うよ。本当はライヴをやって欲しいと言われていたのを断って、僕がDJをやらせてくれと頼んだからだ。彼は僕が今までに3回しかやっていないライブをたまたまミネアポリスで見ただけで、DJプレイを聴いたことがなかったんだよ。でも、「君がそう言うなら信じるよ」と言ってやらせてくれた。

ベンもDJは聴いたことがなかったんですか!

DVS1:一度も。だから凄いリスクを負っていたんだよ(笑)。

恐らくプレイしはじめてお客さんに違和感を感じたのは、単にテンポの問題ではなく、〈Berghain〉のお客さんが聴き慣れているDJとは余りに違うスタイルだったので戸惑ったんじゃないかと思いますよ。これは褒め言葉になるか分かりませんが、とてもアメリカ的なスタイルだと私も感じました。

DVS1:うん、うん。それはいろんな人に言われた。「君みたいなDJは聴いたことがない」とか、「他のDJと同じ曲をプレイしても全然違って聴こえる」と。それはとても有り難い褒め言葉だね。

少なくとも私の目には、あの場にいたベンもマルセル・デットマンも衝撃を受けていたように見えましたよ。「ワオ!」って感じで。

DVS1:そうだといいけどね! でも僕はエゴと自信を混同しないように気をつけてる。自分に自信は持っているけど、過信しないようにしてる。あの日もとても緊張したけど、それは自分の実力に自信がないからではなくて、お客さんにどう受け止められるかわからなかったから。僕はいつも考え過ぎてしまう傾向があるので(笑)。でも2度目に〈Berghain〉で10時間セットをやったときは、満足感を得られた。「よし」という手応えがあったね。いままでの人生で最長のセットだったけど(笑)。それまでは長くても4〜5時間のセットだった。アメリカではそれ以上プレイする機会なんてないから。

ベルリン以外ではほとんどそういう機会はないでしょうね......(笑)。

DVS1:そうだよね、だから僕も自分がああいう超ロングセットで実力を発揮出来るとは知らなかった。何でもやってみないとわからないものだよね。

ちょっと話が逸れてしまいましたが......お聞きしたかったのは、あなたのそのDJスタイルはどのように形成されたかということです。どんなDJの影響を受けてきたんですか? やはり地元の先輩たちから?

DVS1:わからないな。でも、僕はパーティに行きはじめた頃から、ブース脇にかじりついているようなタイプだった。DJを観察するのが好きで、本当に感動したものだよ。DJがEQを操作していく様は......みんなただミックスしているだけじゃなかった、EQが肝だったんだ。先に述べたような、壁のように積み上げられたスピーカーで、ベースをぶち込んだときの迫力といったら! あれほどパワフルなものはない。自分でDJをするようになったのはニューヨークの高校にいたときで、そうだ、日本人のヒップホップDJからターンテーブルをもらったんだった! 名前はもう忘れてしまったけど、寮で同じ部屋だった子がね。ものすごくヘボいターンテーブルだったけど(笑)。自分で安物のミキサーも買って、ただ独学でやりはじめてみた。誰にも教わらずに。その頃、DJをやってる子と友だちになった。年下で未成年だったけど、すでに〈The Limelight〉でプレイしていた。だから彼がやるときによく行って、ずっと観察してたよ。見る度にDJの持つパワーに魅了された。たまたま僕が行ったパーティ、あるいは時代だったのかもしれないけど、僕が知ってるDJはみんな音を操作して動きがあって、突っ立ってる奴なんていなかった。そういうDJを見てきたから、僕も同じようにやろうと思ったんだ。もちろん好きなDJの名前を挙げることも出来るけど、それよりも僕は90年代半ばという時代、そしてミッドウエストというエリアに影響されたと思う。当時は世界中のトップDJがミッドウエストに来てプレイしていた。ロラン・ガルニエ、デイヴ・クラーク......あの頃の彼らは神のようだったよね。もちろんいまでも素晴らしいけど、あの頃は絶頂期だった。それを僕は地元で体験出来た。ロラン・ガルニエのような人でも、僕らの使っていたようなサウンドシステムでプレイすることはほとんどなかったみたいで、「ワオ! 一体これは何だ?」って驚いていたよ。そして最高のプレイをした。恐らく、僕が体験したDJプレイのトップ5に入るセットだったね。ロブ・フッド、(ジェフ・)ミルズ、それにシカゴ・ハウスのレジェンドたちをそういうシステムで聴いていたんだ。当時はハウスとテクノがそれほど分かれていなかったしね、いまみたいに。みんな同じような機材を使って曲を作っていたから、サウンド的にもそれほど違いがなかった。同じ808や909のキックを使っていた。
 ......これで僕が受けてきた影響の説明になっているといいけど!

良くわかりました! でもそれより前に話を戻すと、音楽にはずっと関心があったんですか?それともそうしたクラブ体験がきっかけで音楽にのめり込んだんでしょうか?

DVS1:昔から何かしら音楽には関わってきたね。子供の頃は母親にピアノを習わされていたけど、まあよくあるようにガキの頃は問題ばっかり起こしていたから、いつしかピアノは止めてしまった(笑)。その後1〜2年チェロもやってみたんだけど全然ダメで、それもすぐに止めた(笑)。ピアノはわりと得意だったんだけどね、ずっと弾いていなかったから忘れてしまったけど。いまはまた試行錯誤しているね。でもそんな風に母親はいつも僕に音楽をやらせようとした。とはいえ、父親がDJで母親がバイオリニストの音楽一家で育った、ってわけじゃない(笑)。家族に音楽家はいなかった。でも子供の頃から、ラジオで流れて来る80年代の、シンセ音楽をとても好んで聴いていたね。そこまで選択肢があったわけじゃないけど、ユーリズミクスとかがかかると喜んで聴いていた。そういうビートのある音楽が好きだった。
 よくいろんな人とこの話になるけど、音楽に最初にどう触れるかでその後がだいぶ左右されると思う。最初に行ったイヴェントがダメな音楽ばかりだと、そこからいい音楽を探し当てるのは大変だ。でもラッキーな人は最初から素晴らしい音楽を聴いたり体験出来たりする。僕は後者だった。最初の頃から、いい音楽がかかるいいパーティに連れて行ってもらえた。僕は「ゲートウェイ・ドラッグ(入門麻薬)」って呼んでるんだけど、一部の人はいい音楽に辿り着くためにトランスを通過しないといけない(笑)。僕はそれをやらずに済んだ。最初からピュアで良質なハウス・ミュージックのパーティに触れられたから、とてもラッキーだったね。

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自分で自分を売り込むようなタイプじゃなかった。初対面の人にはDJをしているとは言わなかったし、自分をDVS1だとは名乗らず、(本名の)「ザックです」と言っていた。「いつかプレイさせて下さいよ〜」なんておべっかを使うようなこともしなかった。

以前からミッドウエスト以外の地域でもDJは頻繁にしていたんですか?

DVS1:いや、していない。僕はね、自分は出遅れたと思っていたんだ。例えばデリック・メイや、次の世代のクロード・ヤングといった人たちは、プロデューサーとしてブレイクする前にすでにDJとして有名になっていた。彼らはライヴ・セットなどやっていなかった。DJとして人気が出たんだ。とても腕のいいDJだったからね。でも僕が自分の腕に自信を持てるようになった頃にはテクノは大きくなっていたし、世界中に広まっていたし......それに僕は自分で自分を売り込むようなタイプじゃなかった。初対面の人にはDJをしているとは言わなかったし、自分をDVS1だとは名乗らず、(本名の)「ザックです」と言っていた。「いつかプレイさせて下さいよ〜」なんておべっかを使うようなこともしなかった。......なぜだろうね、とにかくもう遅いと思っていて、ミネアポリスの外にまで自分を売り込む努力をしたことがなかった。だから、ほとんど存在すら知られていなかったんじゃないかな。地元ではそれなりに有名だったけどね。だからミルズやフッドが地元に来たときは、いつも僕が一緒にブッキングされた。
 その次のステップとしてやったことは、自分のクラブをオープンさせることだった。それが自然なことに思えたんだ。アンダーグラウンド・パーティをやり、アフターアワーズをやり、ウエアハウス・パーティをやり......次にやることは自分のクラブを持つことだと思った。自分はここに住み続けるんだし、自分の好きなDJをブッキングして、自分もDJできる場所が欲しかったんだ。音が良くて、使い勝手のいいブースがあって......だから僕は5年かけて自分のクラブをオープンした。でも、もう少し時間をかければ良かったところを焦ってしまったんだな、本来なら一緒に組むべきではない人たちと組んで開店させてしまった。一応2年間は営業したんだけど、やはり上手く行かなかった。いい人生経験にはなったけどね。でも閉店したとき、僕は多額の借金を背負ったし、エネルギーも削がれてしまった。「これからどうしたらいいんだろう」と思ったね。

それはいつの話ですか?

DVS1:閉店して9ヶ月後にベンと出会ったから、オープンしたのが5〜6年前になるね。〈Foundation〉という名前のクラブだった。地下にある古いクラブを改装したスペースで、600人くらいの規模だった。そしてオールドスクール・ヒップホップとエレクトロニック・ミュージックに特化していた。アフリカ・バンバータ、ミックスマスター・マイクからジェフ・ミルズまで。僕はオールドスクール・ヒップホップも大好きなのでね、そういうパーティもやっていた。
 だから閉店直後はかなり落ち込んで、今後どうしていけばいいのかわからなかった。でもとりあえず何かやろうと、店で使っていたサウンドシステムを別の店の〈The Loft〉というスペースに持ち込んで、またパーティをはじめたんだ。〈Shelter〉というパーティで、ひとりのDJが一晩通してプレイするというコンセプトだった。ひとりがオープンからクローズまでのロングセットをプレイするんだ。でも、このアイディアはちょっと行き過ぎていたみたい(笑)。普通だったら1時間から1時間半、よほど特別なゲストだったら2時間というセットタイムだから。しかもDJも誰にでもできることではなく、かなり幅広いレコード・コレクションがないと無理だ。しかも僕はヴァイナル人間だから、ヴァイナルに限定していたし。最初の6ヶ月くらいはまあまあ成り立っていたんだけど、だんだん人も減って、結局それも終わらせることになった。ちなみに最後の回はデリック・メイだったよ。同じ日にドキュメンタリー映画『HI TECH SOUL』のプレビュー上映もした。

おお、あの映画に日本語字幕つけましたよ!

DVS1:そうかい! そう、あれを上映してすぐにデリックがプレイしはじめて5時間のセットをやってもらった。でもその後は、本当にまたどうしていいかわからなくなって、しばらく姿を消していたんだよね。半年くらいかな。そしたら、ライヴをやらないかと声がかかった。でも最後にライヴをやったのはその5年も前のことだった。それが生まれて初めてのライヴだった。「5年振りだし、ぜひやってくれよ」と言われたんだけど、「いや、気がすすまない」と言っていたんだ。そしたら妻が、「やるべきよ。私を信じて、とにかくやってみて」と言った。「少しのあいだ自分のことに集中してみたら、あなたはこれまでずっと他のひとたちのために骨を折ってきたんだから。自分のために時間を使うべきよ」そう言われて、「わかったよ」と引き受けることにした。出演日の6ヶ月前にそう決めて、3ヶ月経ったところで同じ夜にベン・クロックがやって来ることが告知された。ベンは街のクラブでプレイし、僕は別のアンダーグラウンド・パーティに出演することになっていたんだ。
 これ以降の話は、もうすでに他のインタヴューなどで読んでるかもしれないけど、僕はベンが聴きたかったので、自分のライヴ前にクラブに行って、彼のプレイを聴いた。でも挨拶とかはしなくて、ただ客として聴いて自分のパーティに戻ったんだ。そしたら、ベンのプロモーターが彼のプレイ後に、「どうしても聴いてもらいたい人がいる」と言ってベンを僕のパーティに連れて来ようとした。最初はベンも「疲れたからホテルに帰りたい。アフターパーティには興味ない」とか言っていたらしいんだけど(笑)、そのプロモーターが「彼も滅多にやらないライヴだから、ぜひ見て欲しい」と説得して連れてきた。ちょうど僕がはじまったところに。30〜40分のセットだったからとても短かったんだけど、ライヴ後に話をして、「曲のリリースはしてるの?」と聞かれたんだ。「いや、してない」と言ったら、「出したいと思う?」と聞き返されて。「そうだね、そろそろ出してもいいかもね」と言った。
 面白いのは、その1ヶ月ほど前にデトロイトにオーディオ・エンジニアとして仕事をしに行ったことがあった。僕はしばらくそういう仕事もやっていたのでね。モーターショーのイヴェントなどで仕事をしていた。それでオフの時間はデリック・メイと遊んだりしていた。あるとき、彼のスタジオでいろいろ音楽の話をしていたときに、たまたま僕が自分の曲をかけたんだ。そしたら、「何だこれは?」と聞くので、「僕の曲だよ、最近こういうのを作ってみてるんだ」と言うと、「俺にくれ」と言う。「え? なんで?」と聞いたら「俺は〈Transmat〉を再開するんだ」という話で。ほぼ同じタイミングで両方に話を持ちかけられたんだ。でもベンの方が出すのが早くて、半年後には世に出ていた。デリックはそこから1年半かかったんだよね。
 でも、自分は本当に幸運だったと思っている。このデジタル時代にデモやプロモなんて数え切れないほどある。でも僕は自分の最初のレコードを、1枚はベンといういま旬のアーティストのレーベルから出せて、もう1枚はデリックという歴史の生き証人で正統派なアーティストのレーベルから出せた。その両方から出してもらったことで、特殊なポジションに立てたから、より人びとに注目してもらえたと思うんだ。耳を傾けてもらえた。
 僕は若手を批判するつもりはないけど、こうやっていろいろな場所に行ってプレイするようになって、周りの連中がみんな本当に若くてビックリしている。20歳とか21歳とか...... 彼らは彼らで素晴らしいと思うけど、僕は長くやってきた分だけ周りにリスペクトしてもらえていると感じる。いつもヴァイナルを持ち込むし、古いレコードをたくさん持っているし、それなりに経験があるDJだってことはわかってもらえる。世界的には「新人」なのかもしれないけど、僕はずっとこれをやってきたという自負がある。

よくアーティスト同士が「コラボレーション」とかやってるけど、正直僕は恥ずかしくて出来ない。プロダクションのことなんて何もわかってないから(笑)。ただ自分を表現するのに適度なことだけ知っているんだ。

私があなたのプレイを見て最初に思ったことは、「なぜ私はいままでこの人のことを知らなかったんだろう!?」でしたよ(笑)。

DVS1:さっき言った通り、僕自身ももう出遅れたと思っていたくらいだからね。でも遅すぎるなんてことはなかったね、いまがパーフェクトなタイミングだったと思う。テクノはいままた勢いを取り戻している。僕が15年間プレイし続けてきた音楽が、いまいちばんきちんと聴かれていると思う。もし4年前に僕が「発掘」されていたら、そこまで注目されなかったかもしれない。音楽が注目されていなかったから。
 先日も『Groove』誌にインタヴューされたときに、「いまのテクノ・ブームをどう感じていますか?」と聞かれたけど、ブームは何でも去るときが来るからテクノ・ブームも同じように去ると思う、でも僕はこの音楽を愛しているから、ブームかどうかは関係なくプレイし続けるだけだ、と答えた。

昨年の6月が、初のベルリン出演だったんですか?

DVS1:いや、実はオリジナルの〈Tresor〉で10年前にいちどだけプレイしたことがあったよ。「新人ナイト」でね(笑)。97年にハイコ・ラウをミネアポリスに呼んでいた縁で、2000年に友人の結婚式でヨーロッパに来た際に、彼にどこかでプレイできないか聞いたんだ。それで彼が紹介してくれたのが〈Tresor〉だった。水曜日の夜に、3〜4時間のセットをやらせてもらった。あれも素晴らしい体験だったな。満員でね、でももちろん当時は誰も僕が何者かなんて知らなかった。

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よくアーティスト同士が「コラボレーション」とかやってるけど、正直僕は恥ずかしくて出来ない。プロダクションのことなんて何もわかってないから(笑)。ただ自分を表現するのに適度なことだけ知っているんだ。

私があなたのプレイを見て最初に思ったことは、「なぜ私はいままでこの人のことを知らなかったんだろう!?」でしたよ(笑)。

DVS1:さっき言った通り、僕自身ももう出遅れたと思っていたくらいだからね。でも遅すぎるなんてことはなかったね、いまがパーフェクトなタイミングだったと思う。テクノはいままた勢いを取り戻している。僕が15年間プレイし続けてきた音楽が、いまいちばんきちんと聴かれていると思う。もし4年前に僕が「発掘」されていたら、そこまで注目されなかったかもしれない。音楽が注目されていなかったから。
 先日も『Groove』誌にインタヴューされたときに、「いまのテクノ・ブームをどう感じていますか?」と聞かれたけど、ブームは何でも去るときが来るからテクノ・ブームも同じように去ると思う、でも僕はこの音楽を愛しているから、ブームかどうかは関係なくプレイし続けるだけだ、と答えた。

昨年の6月が、初のベルリン出演だったんですか?

DVS1:いや、実はオリジナルの〈Tresor〉で10年前にいちどだけプレイしたことがあったよ。「新人ナイト」でね(笑)。97年にハイコ・ラウをミネアポリスに呼んでいた縁で、2000年に友人の結婚式でヨーロッパに来た際に、彼にどこかでプレイできないか聞いたんだ。それで彼が紹介してくれたのが〈Tresor〉だった。水曜日の夜に、3〜4時間のセットをやらせてもらった。あれも素晴らしい体験だったな。満員でね、でももちろん当時は誰も僕が何者かなんて知らなかった。


デリックが最初に僕にくれたアドヴァイスは、「人は君のことをオリジナルの楽曲で覚える。リミックスが記憶に残ることも稀にあるが、そう多くはない。だから自分のファミリーを作って、そこを基盤として、あまり多くのレーベルから出すな。そうじゃないと、いまの時代すぐに忘れられてしまうぞ」だった。

楽曲制作もずっと取り組んでいたんですか?

DVS1:ずっと取り組んではいたね。でも実験の繰り返しで、曲を完成させるまでに至らなかった。スタジオも構えていたし、一時期はたくさんのアナログ機材も持っていた。でも何度か自分の企画に失敗してすべてを失った。僕は16歳の頃から「自営業」なんでね(笑)、何か大きなプロジェクトをやるときは自分の持ち物を担保に入れなければならなかった。それで成功したこともあるし、何度か失敗して、2度ほどすべてを手放さなければならなかった。機材もね。それほど使っていたわけじゃないから不便はないんだけど、かなりいいアナログ機材を持っていたから、残念は残念だ。いまはReasonを使って曲を作ってる。Reasonと言うとみんなショックを受けるんだけど(笑)。僕の曲はすべてReasonで作った。でもReasonをアナログ機材のように使っていると思う。すべてをMIDIコントローラーで操作しているんだ。僕は数学的な思考で曲は作れないのでね。ループを作って、それに合わせて「ジャム」をして録音するんだ。だからとても自然に曲が出来上がる。「でもドラムマシンみたいな音がする」と言われるけど、ドラムマシンみたいな使い方をしてるということなんだ。

その制作方法はどうやってあみ出したんですか?

DVS1:ボタンを押してるうちに(笑)。よくアーティスト同士が「コラボレーション」とかやってるけど、正直僕は恥ずかしくて出来ない。プロダクションのことなんて何もわかってないから(笑)。ただ自分を表現するのに適度なことだけ知っているんだ。僕はDJすることに関しては精通していると言えるけど、プロダクションに関しては学習中だ。誰にもやり方を教えてもらったことがないから、恥ずかしくて「実は自分でも何をやっているのかよくわかりません」って正直に言えない(笑)。
 でも時折、知識がないことが逆にプラスになっているんじゃないかと思うこともあるよ。知識が限られている分、その限られた中で最大限のことをしようと努力する。たまに「ああ、こんなエフェクトがかけられたらもっといいかもな...」なんて思うこともあるけど、「いや、これはこれでいい」と考え直す。僕はDJとしても、シンプルな音楽を好む。そういうことを忘れて歌を作ったりする人もいるけど、僕はトラックを作りたい。僕はDJだから、そのツールが欲しい。

あなたの曲はすべてDJのために作られていると。

DVS1:ああ、リヴィングルームで聴かれることを想定して作ったことはないね(笑)。もちろんリヴィングで聴きたい人がいたら自由に聴いてもらってかまわないけど! 僕にとってはDJありきの音楽だ。パズルのピース。

いまはかなり制作量も増えてますか?

DVS1:僕の作品としては、〈Klockworks〉、〈Transmat〉、そしてもうひとつ〈Enemy〉というレーベルから出した3枚だけだ。その後、ちょうど膝の手術をして3ヶ月歩けなかったときがあって、暇だし気分も落ち込んでいたので何か気を紛らわそうといろんなリミックスを引き受けた。それはいい勉強になったんだけど、そのときわかったのは、僕は複数のプロジェクトを同時進行できないということ。1曲ずつ片付けていかないとダメなタイプなんだ。リミックスをやると、いつもひとつのヴァージョンに絞れなくてふたつのヴァージョンを作ってしまう。完全に満足できる1曲が作れないんだ。自分ではすごくたくさんリミックスをしてきた気がするのは、実際は5曲なのにすべて2ヴァージョン作っているから10曲になってる(笑)。
 でもいまはリミックスのオファーはすべて断っていて、自分の曲作りに集中したいと思ってる。〈Klockworks〉からの次のリリースはほぼ完成している。実はその1曲のエディットをベンが作って、すでにデトロイトやCLRのポッドキャストでプレイしているんだ。ネット上では「この曲誰か教えて!」と話題になってるから、なかなかいい感触を持ってるよ! 9月くらいまでには出るんじゃないかな。そして12月には自分のレーベルをはじめる。〈Hardwax〉がディストリビュートしてくれることが決まってる。

レーベル名は?

DVS1:〈HUSH〉だ。僕は〈HUSH Productions〉というイヴェント・プロダクションをもう15年やっていて、〈HUSH Studios〉という31部屋あるスタジオも経営していて、さらに〈HUSH Sound〉という音響会社もやっているんだ。ちょうど今年の12月に〈HUSH Productions〉設立15周年になり、僕も35歳になる。だから、それを機にレーベルを立ち上げることにしたんだ。

もちろんリリース第一弾はあなたの作品だと。

DVS1:すべて僕のオリジナル楽曲だ。リミックスは出さない。いま、みんなリミックスをやりすぎだと思うんだ。

みんなたくさんのリミックスをたくさんの違うレーベルから出してますね。

DVS1:そう。デリックが最初に僕にくれたアドヴァイスは、「人は君のことをオリジナルの楽曲で覚える。リミックスが記憶に残ることも稀にあるが、そう多くはない。だから自分のファミリーを作って、そこを基盤として、あまり多くのレーベルから出すな。そうじゃないと、いまの時代すぐに忘れられてしまうぞ」だった。たしかに90年代を振り返ると、ほとんどの人はせいぜい2〜3レーベルからしか出さなかった。でもいまは同じ連中が25の違うレーベルから出して、同じ週に5つのリリースが重なっていたりする。そんなにいろいろやってもみんな消化し切れない。少なくともじっくり楽しんでもらえない。だから僕もその教訓に従って、自分のリリースを絞ろうと思ってる。ヴァイナル・オンリーでね!

今後も拠点はミネアポリスなわけですね。

DVS1:ああ。ヨーロッパには2ヶ月毎くらいのペースで来ているけどね。ありがたいよ。いまはとてもいいポジションにいると思う。

私もそう思います(笑)。

DVS1:とても幸せだよ。僕がよく人に言うのは、「僕はいま電車に乗っている。僕はそこから蹴り落とされるまで、乗り続ける」蹴り落とされたら元の生活に戻るけど、乗れる限りは乗っていこうと思ってるよ(笑)。やはり遅すぎるということはなかったね、いまが完璧なタイミングだ。

参考ミックス
Pacha NYC Podcast https://pachanyc.com/podcast/

最新リリース(リミックス)
Jon Hester/ Shouts In The Dark https://soundcloud.com/edec/

↓こちらも宜しく!
https://go-to-eleven.com/schedule/detail/386/2011/8

TETSUJI TANAKA - ele-king

日本のD&B/DUBSTEPの総本山、11月で15周年を迎えるDBSがビッグカムバック!UKベースミュージック界の頂点DJ ZINC、世界一のターンテーブリストDJ KENTAROを向かえ、世界最高峰のビッグベースセッションズを9/17に開催決定!!もちろんテツジタナカも出演しますので是非!
https://www.dbs-tokyo.com/top.html

DRUM&BASS SESSIONS 15th.Anniversary Countdown!! [1996-2011]
DBS presents "BIG BASS SESSIONS"
feat. DJ ZINC + SCRIPT MC / DJ KENTARO / with: Eccy / Dj P.O.L.Style / DJ MASSIVE
vj/laser: SO IN THE HOUSE
B3/SALOON: TETSUJI TANAKA, DJ MIYU, ENDLESS , ATSUKI (MAMMOTHDUB)
2011. 9.17 (SAT) @ UNIT open/start 23:30
adv.3300yen door 3800yen info. 03.5459.8630 UNIT

日本唯一のドラムンベース専門ラジオ番組"TCY RADIO TOKYO LOCALIZE!!"が8/10より毎週水曜日22時〜24時にてレギュラー・オンエア!!
TCY RADIO TOKYO LOCALIZE!!
DRUM & BASS SHOW BY TETSUJI TANAKA & MC CARDZ
https://www.tcyradio.com
https://mixlr.com/tcyradio
https://twitter.com/TETSUJI_TANAKA

TETSUJI TANAKA DRUM & BASS DJ CHART


1
ATARI TEENAGE RIOT - Black Flags -TAKU RMX

2
T-AK & TOBY - Electric Dejavu - fragrence records dub

3
DANNY WHEELER & THE SUITBOYS aka TAKU TAKAHASHI -Let It Flow

4
CAMO & KROOKED - In The Fall ft FUTUREBOUND & JENNA G - HOSPITAL

5
GENETIC BROS - Everyday Of My Life -VIPER

6
SUB FOCUS - Stomp -RAM

7
NETSKY - The Lotus Symphony - HOSPITAL

8
N-PHECT & FOURWARD - Without Your Touch -FOKUZ

9
PROTOTYPES - Your Future -SHOGUN AUDIO

10
RAZE - Break 4 Love(BLAME RMX) -CHAMPION

SAY IT LOUD! - ele-king

 ユニットに到着したのは3時半だった。すでに何人かの子供たちがDJのビートに反応していた。子供たち......というは本当に子供たちのこと。20年前は、ある特定の世代しかいなかったクラブ・カルチャーも、ここには6歳以下の子供から20代、僕のような40代までと幅広い層がいる。

 脱原発の動きも、この数か月のあいだに大衆運動として根付きつつあるように思える。が、そのいっぽうで、この日に集まった同世代と話ながら「いつまでこの意識を持続できるかがポイントだよね」という言葉がいろんな人から聴かれたように、80年代末の過ちは繰り返したくないという思いも強いようだ。
 でもまあ、しかしですよ......ちょうどこのイヴェントの2日前に渋谷のライトハウス・レコードに入ったらニューヨークからやって来たアレックス・フロム・トーキョーと会って、「日本はどうなってしまうのか心配で......」と気の良いフランス人が言うので、「いやー、日本はどうなるかわからないけど、日本のDJカルチャーの意識の高さは素晴らしいよ。彼らと同時代を生きていることを誇りに思うよ」と言ったばかりだった。いまこの国のDJカルチャーの何人かは勇気をもって意見を言って、社会運動への関心の高さを身をもって示している。
 〈SAY IT LOUD!〉は、テクノDJのタサカとムーチーのふたりを発端にはじまった、要するに「原発問題を考える」パーティだ。クラブのパーティにおいて「考える」ことが矛盾しないのは、そこが「集まる」場所でもあるからで、クラブ・ミュージックのリスナーがいまもっとも関心のある社会問題について意見を述べ合い、意識を共有することは本当に素晴らしいことだと思う。

 オープニングDJのワン・ドリンクが終わると、タサカと岡本俊浩氏の紹介で、環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也氏とメディア・ジャーナリストの津田大介氏との対談がはじまった。このときがもっともフロアが埋まっていたわけだが、対談の内容は現状確認といったところだったが、質疑応答がなかなか熱く、「菅首相は支持すべきか」「廃棄物の処理に関してはどう考えるか」「信用すべき企業は?」「どこのメーカーの家電は買うべきではないか?」などなど、けっこう具体的な質問が途絶えなかった。なかにはアメリカ国債に関する質問する人までいて、まあ、自分のように株なんかには無興味な人間にはどうでもいい話だが、それでも幅広い角度から原発問題への関心が集まっていることが浮き彫りになったことはたしかだ。
 その後は、クボタタケシ、DJケント、そしてタサカへとDJは繋がれて、夜の10時にパーティは終わった。夕方過ぎまでダンスフロアを占拠していたのは子供たちで、その微笑ましい光景を眺めながら大人たちは「原発やめろ」じゃなくて「やめよう」って言ったほうが印象良くない? とか、実際に福島に行った人たちのさまざまな感想(本当はそれはいろんな言葉があった)とか、いろんな話が飛び変わっていた。当たり前の話だが、みんな真剣なのだ。

 8月27日にも渋谷でデモがあり、また9月11日は素人の乱主宰のデモがある。9月19日はでっかいのがあるし......そうしたデモはもちろん重要だが、しかし、今回の〈SAY IT LOUD!〉のように、政治の側から提案されたイヴェントではなく音楽の側からことをおこしていることが我ら音楽ファンにとっては心強いし、より身近に感じることができる。
 〈SAY IT LOUD!〉、ぜひまたやって欲しいし、みんなでこのパーティを盛り上げていけたらと思う。

Matthew Herbert - ele-king

 UKの暴動(riotではなくriotsだ)を見ながらやりきれない気持ちになった。僕は1993年、たまたまロンドンでCJBのデモに参加して、そして暴動に巻き込まれて逃げ回った経験がある。こともあろうかハイドパーク沿いのマクドナルドに逃げてしまったために、まあ、ガラスは投石によってぱりんぱりん割れて、ホントに酷い有様だった。何が起きているのか掴めなかったが、それでもあとから気持ちは高揚した。なぜなら、その暴動には理想があり、政治的な異議申し立てがあった。
 ところが今回の暴動ときたら、BBCを見ていると、そのきっかけとなった警官の射殺に関しても、単なる言いがかりに過ぎないことが警官嫌いの僕にもわかる。また、その後の騒動がたんに暴れたいだけの、たんにモノ欲しさの略奪行為であることもわかる。BBCのレポーターに対して、ある若者は「だって政府が止めないからさー」と言う。「君の家のモノが君がいないあいだに誰かに略奪されたら君はどう思う?」と訊けば「そりゃ怒るよね」......。店で働いていた連中にしてもたまったものではないし、インディ・レーベルの倉庫も被害を受けている。狙われたのは何よりも服屋、それからスポーツウェア・ショップ、ゲームやコンピュータ・ショップ......とかそのあたり。社会への抗議でもないし、人種暴動でもない。

 震災後、しばらくして電車に乗ったとき、女性ファッション誌の中吊り広告に妙な空恐ろしさを覚えたことがある。「この夏はこんな服装で決めたい」などというコピーとともにモデル体型の女がこちらを見ていた。意訳すれば「この夏はこんな服を買え」となる。「買え」「買え」「買え」......と、その空虚なモデルは言っていた。
 あるいはこんなこともある。身内の話で恐縮だが、僕の両親は、テレビ番組の健康番組を盲信するあまり、あれもこれも食べている。野菜と果物を食べなければならない、あれもこれも摂らなければならない。「食え」「食え」「食え」......と言われ続け、食っている。買って、そして食っている。たまにサプリメントまで買わされている。
 これを資本主義的恐怖と呼ばずしてなんと呼ぼう。新しい靴を買わなければならない、新しい服を買わなければならない、スポーツウェア、ゲームにiPad、あるいは洒落た自転車......UKの暴動がこの恐ろしいオブセッションのなかから生まれたことはほぼ間違いない。物欲が暴動(というか略奪)をうながしているのだ。もちろん、まあ、マクロに見れば、嬉々としながら略奪を続ける若者たちも資本主義の犠牲者だと言えるのだが......。

 マシュー・ハーバートは、こうした資本主義的恐怖に警鐘を鳴らし続けているアーティストである。彼はかつて、電子音楽において音を「買うな」と言った。製品の音に満足するな、「自分で作れ」と。彼はそして、彼のクラシックとジャズの知識とハウス・ミュージックへの好奇心と、それから「買った」音ではなく彼自身が「作った音」によって、2001年に最高のアルバムを完成させた。それがこの度、リイシューされる『ボディリー・ファンクションズ』である。
 『ボディリー・ファンクションズ』はすべての電子音を身体に関するモノから採取して作られている。それら彼が「作った音」は、ダニ・シシリアーノの甘美な歌、フィル・パーネルのジャズ・ピアノと混じり合って、エレガントかつ芯のあるエレクトロニック・ミュージックとなった。10周年記念盤には、シングルで発表されたすべてのリミックス・ヴァージョンも収録されている。
 また、『ボディリー・ファンクションズ』の再発と同時に、"ワン"シリーズの最終章、『ワン・ピッグ』がいよいよリリースされる。ハーバートひとりがすべてをやるというコンセプトのこのトリロジー――最初の『ワン・ワン』は彼のシンガー・ソングライター・アルバム、続く『ワン・クラブ』はクラブの音(壁の音や便所の音まで)を採取して作ったテクノ・アルバム、そして今回は「豚の一生」をテーマにした政治的かつ実験的なものとなっている。

 ハーバートが自身のブログで初めて『ワン・ピッグ』についてアナウンスしたのは2009年5月のことだった。「このアルバムは、豚が一生で発せられる音を使って作られる。その豚の誕生の瞬間、生きているあいだ、死を迎える瞬間、そして食用の肉として処理される場にも僕は立ち会う予定だ。その豚の肉はシェフに渡り、そこにはご馳走が用意されるだろう。そのすべてが録音される」と、当時ハーバートはブログで書いているが、一匹の家畜、一匹の"豚の一生"をテーマに音楽を作るといった内容は大きな反響を呼んだ。『ガーディアン』のような新聞が大きく取り上げたばかりか、動物愛護団体のPETAはそれを動物の虐待を素材とした娯楽の制作として抗議したほどだった。

 『ワン・ピッグ』は、いままでのハーバート作品のどれとも違っている。それは採取した音の多くが豚の声であるという点において、音楽作品として異質な響きを有しているのだ。豚の誕生における美しいハーモニーと豚の声、兄弟たちと戯れているのであろう豚の声と彼のエレクトロニックな展開......豚の鳴き声は豊かな音であり、聴く側の精神状態によっては暗示的かもしれない。
 2010年9月のブログでハーバートはこう書いている。「死はこのプロジェクトにとって重要で、もっとも望まないプロセスでありながら僕が理解する豚の一生にとっていちばん強く関連している部分であると感じる」
 アルバムは、豚が殺され、そして調理され、食べられるところまでを描いている。ハーバートは、2005年の『プラット・ドゥ・ジュール』において、我々の食卓がいかに市場原理によって支配されているのかをほのめかした。スーパーマーケットの安さは、そのいっぽうでは個人経営の農家を窮地に追いやっている。1本のスパゲティにも実に怪訝な権力が関わっている。それは我々がこの薄氷を踏むような現代生活を営むうえで、たいした疑問を持たなくなっているところでもある。
 「このアルバムは自分のなかに多くの政治的、文化的、音楽的、道徳的疑問を生み出した」と彼は僕の取材で答えているが、『ワン・ピッグ』は、マシュー・ハーバートらしい問題提起をはらんだ実に興味深い作品だ。まずは何よりも僕は、自分が豚の声をよく知らなかったという事実に気がついた。豚のショウガ焼き定食やカツ丼、カツカレーを頻繁に食べているというのに、僕は豚の味ばかりを知っている。それは"常識"として、とくに疑問を持つべきことではないのだろうか。

Anti-G - ele-king

 諸般の事情で2ケ月遅れの紹介です。梅雨との見境もなく急に暑くなりはじめた頃です。つーか、もう、2ケ月も暑いのか......。暑い......。暑い...。

 反重力という意味なのか(G=グラヴィティ?)、アムステルダムのアフリカ系プロデューサー、ケンリック・コナーによるデビュー・アルバムは、たしかに腰が浮いてしまうようなユーロ・ハウスとUKベースのキメラといえ、洗練されたゲットー・ミュージックのユニークさを伝えてくれる。音数が少なく、非常にシンプルな構成で、アシッドな感覚に訴える面も強い。これは面白い。

 デイヴ・クアムによる詳細なライナーノーツによると、80年代末にオランダのハーグでDJモールティエが回転数を間違えてダンスホールのレコードをプレイし、それをオーディエンスが熱狂的に支持したことが「バブリング」というシーンをスタートさせたという。90年代を通じて移民を中心に拡大したバブリングは特異なカリビアン・ミュージックとしてさまざまなテクを加えながらロンドンのジャングルと同時並行で発展を遂げ、00年代も後半になると、ダッチ・ハウスに人気の座を明け渡す。オランダの移民文化というと、マルチ-カルチャラリズムを拒否したノルウェイの虐殺事件同様、04年にゴッホの甥の孫に相当する映画監督がイスラム過激派に路上で刺殺される事件がオランダ政府による同化政策の失敗を象徴していると報じられていたように(フランスの暴動の予告をなしたともいわれた)、非常な軋轢のなかでその文化を発展させていたことが容易に想像でき、当時のオランダでアフリカ系とラテン系の10代によって発展させられたという事実が、その急進性を物語っているといえる。「インスピレイションがバブリングと出会う」とか「バブリングがトラブルを引き起こす」といったタイトルはそれだけで何をかいわんやである。

 サウンドの隅々から醸し出される歪みや緊張感、そして、独特のユーモアはニューオーリンズでジャズが誕生したときと同じだとはいわないけれど、近いムードを持っているところはある。バブリング・ハウスの担い手としてライナーノーツにはほかにも若いDJたちの名前が列挙され、どちらかといえば洗練されたサウンドに目を付けやすい〈プラネット・ミュー〉の嗜好を考えると、サウンドの背景から考えてもっとブルータルな音楽性をメインに打ち出しているプロデューサーもまだまだ後には控えていることだろう。リリースが進むことを期待したい。

 現在、18歳になったばかりだというコナーは、10代を通じて「バブリング」を全身に浴びて育ったことは間違いない。これにUSヒップホップはもちろん、レゲトンやハウスが縦横に絡み合っているさまはすぐにも聴き取れる。エンディングに向けてヒップホップの色が濃くなっていく以外は、どのサウンドに優劣があるでもなく、見事なハイブリッド・センスだと言わざるを得ない。全体にハイファイでまとめられ、チップチューンのようなファニーさが過激なほど、そのドライさを引き立てている。

 また、イタリアのハウスに深くコミットしたことがある人には、92年に〈ビート・クラブ〉からリリースされたダブル・FMを強く想起させる面があることも伝えておきたい。ダブル・FMの、とりわけ"イリュージョン"で聴くことのできたヒプノティックなトライバル・ドラムが"フリーク・イット・アウト"や"フル・アップ"からはダイレクトに蘇ってくる。ハットの入るタイミングがまったく同じではないかと、かつてのイタリアン・ハウスまで聴き直してしまう夏......であった。

Sly Mongoose - ele-king

 『ミスティック・ダディ』が出た2009年は私の会社員最後の年だったので思い出ぶかい。あれからもう2年経つのかー、と愚にもつかない感慨を嘆息とともにもらしてしまうのも栓ないことだとお許しいただきたい。また、これはさらにどうでもいいことだが、年を重ねるにつれ時間がたつのが早くなるのはどうにかならないものか。気がつけば1日は暮れている。いまは夏であるから日が長いはずなのにそうは思えない。年をとると肉体はリットしていくのに人生はアッチェするのだろうか。この心身二元論の時間の側面における真逆の速度記号は人間は元からポリ(複合)グルーヴをもっているのではないかという妄想をかきたてる。あくまで妄想だが、こう暑いと空想さえ千々に乱れるし、だいいち私はいま、スライ・マングースの『ロング・カラーズ』を聴いている。
 "Wrong Colors(誤った色)"と題したスライ・マングースのアルバムは彼らの通算4作目で、スチャダラパー+ロボ宙とのハロー・ワークスの『ペイ・デイ』、そのあとにリリースした彼らの分岐点ともいえる『ミスティック・ダディ』から数えて2年目にあたる。分かれ目とはなんだったかというと、ダークで複雑な、つまりニューウェイヴとプログレシッヴ・ロックの記号性をグルーヴのフィルターを通し表現した『ミスティック〜』は、ダンス・カルチャーのレフトフィールドにあったスライ・マングースを、形容を付さないオルタナティヴ・ミュージックの領域に引きずり出した点にある。じっさいは引きずり出したのではなく、なるべくしてそうなった。スライ・マングースはジャンルを問わず、出音すべてを彼ら自身の言葉で語る術を体得した。これは頭で考える方法論とちがい、ひとが生まれ言葉をしゃべるようになるのと同じく、自然であり、また成熟するものである。そして、いうまでもないことだが、言葉は環境に左右され、身体に根ざしている。

 スライ・マングースの語法の中心には笹沼位吉のベースがある。ジャストからやや後ノリの笹沼のベースは、その特徴的なヌキサシのセンスも含め、レゲエを礎石とするが、塚本功のギターや松田浩二の鍵盤、富村唯のパーカスは笹沼の音楽性に追従しない。と書くと、悪口かと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そうではない。私はその絶妙の異化のスタイルがスライ・マングースとスタジオ・ミュージシャン集合体みたいな凡庸なバンドとを分かつ一線だと思う。ジェイムズ・ジェマスンを中心とした〈モータウン〉のハコバン、ファンク・ブラザーズはファンク〜ソウルの礎石ともいえるグループだが、彼らが作ったのはモータウン・サウンドであり、ジャンルではない。ジェマスンのベースはのちに普遍化されたものでしかない(普遍化がどれほど気の遠くなる、たいへんなものであるかはここではふれない)。
 私は音楽的な影響関係をいいたいのではなく、音楽の語り方をいっている。私はあるいはポリリズムとセットでいわれることの多い"訛"という言葉をもっと恣意的に、クセとか雰囲気とか揺らぎとかと同じ意味でもちいたいのかもしれない。だいいちスライ・マングースの訛はポリリズムと直接的には結びつかない。"エージェント・オレンジ"の10+6のリフと、8のドラムが2小節ごとに回帰するパターンはポリリズムの典型だが、この曲ではフェラやフェミのアフロビートに特有のうねりより、シェウン・クティがイーノのプロデュースで作った新作に似たマシナリーなグルーヴ・センスが前に出てきている。ここではリズムの空間性より時間の持続性を優先している......とかいう難しい講釈は抜きにしても、スライ・マングースの訛の一面はおわかりいただけたかと思う。
 ひとかどの訛をもってしまえば、またそれを世間ズレしてなくしてしまわなければ、どのような記号を扱おうとスライ・マングースのものとなる。ユーロ・ロックを参照した前作から、『ロング・カラーズ』ではエスニックをキーワードにサウンドトラック的な音楽遍歴を行っている。2曲目の"フー・マンチュー"(高橋幸宏とは無関係)は無国籍の国籍をもった音世界、 前述の"エージェント・オレンジ"はアップテンポのリフ主体の楽曲だが、この曲では塚本功のウードを思わせるアコースティック・ギターが不穏なサブリミナル効果を担っているし、パーカッションとギターが中心となった"ヤウザ!"の呪術性は『ロング・カラーズ』のカラーのひとつだろう。KUKIのエフェゥティヴなトランペットは音楽を色づけし、初参加となるドラムの繁泉英明と笹沼のリズム隊はバンドをしっかり支えているが、このアルバムではノンビートの曲やパートがこれまで以上に多い。私たちをグルーヴに巻きこむような手法はややうすらぎ、練りこんだ細部とアルバム構成の緩急でリスナーをひきこむ、ひとまわり大きくなった構えがとられている。そこには"サミダレ"でのmmm(ミーマイモー)のフィーチャーもふくまれる。mmmはマリア・ハトや王舟のメンバーで、『ミスティック〜』と同年に出した宇波拓のプロデュースの『パヌー』で注目を集めたシンガー・ソングライターで、スライ・マングースと親交があったとは不勉強ながら知らなかったが、ともあれ、mmmの声質とマングースのトラックは、和物レア・グルーヴをバレアリックな文脈に置き変えたような質感がある。このように、『ロング・カラーズ』の尺はLPに収まるほどコンパクトなのだが音楽の射程は広い。音楽が喚起するイメージの振幅が広いとでもいおうか。当然のことながら、"フロム・ファルス(笑劇)ランド"ではじまる本作の甘くないユーモアが私たちの胸元に突きつけられているのも忘れてはならない。まったく、スライ・マングースは油断ならない。

Chart by Underground Gallery 2011.08.11 - ele-king

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JERRY WILLIAMS

JERRY WILLIAMS Ease On Yourself (ghost town) »COMMENT GET MUSIC
DAVID MANCUSO、DJ HARVEY、IDJUT BOYS、PRINS THOMAS、FRANCOIS.Kなど、ここでは紹介しきれない程、沢山のDJ達がプレイしまくっている、話題作が遂に入荷!過去のリリース、そのいずれもが大ヒットを記録したNYの大人気リエディットレーベル[Ghost Town]新作は、既に上記著名DJ陣もビッグサポート中の超・超・超話題作!何と言ってもお勧めは、[Flexx]や[Hands Of Time]、[Sentrall]、[Adult Contemporary]からも作品を残す、カリフォルニアのプロデューサーTHE BEAT BROKERが、ERIC CLAPTONらにも楽曲を提供していた事でも知られる、スワンプ・ロック界の雄 JERRY WILLIAMSの79年リリース作「Gone」に収録されていた「Ease On Yourself」のリミックス A1。オリジナルの情熱的なファンク・ロックな雰囲気はそのままに、サイケデリックな鍵盤やエフェクティブなリフなどを鳴らし、程よく緩いバレアリック感を抽出させた、傑作ダブ・ブギー・ディスコに仕上げています。既に国内外を問わず、色々なDJ陣が各地でプレイしまくっているようですので、聴いた事があるという人も本当に多くいるはず!1stプレス盤は即完売、リプレス待ちの状態だっただけに、買い逃していた人は絶対にこの機会をお見逃し無く!!またカップリングには、同曲のオリジナル B2に加え、同アルバム収録の「Call To Arms」のDENNIS KANEリミックスを収録。オススメ!

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 JEFF MILLS

JEFF MILLS 2087 (AXIS) »COMMENT GET MUSIC
JEFF MILLS「The Power」に続く、完全限定アルバム「2087」完成!1966年に公開されたクラシックS.F 映画「Cyborg(サイボーグ): 2087」の架空のサウンド・トラックとして制作された今作、繊細で深淵な電子音によって描かれた、神秘的な音風景により、映像的なイメージが喚起されてく、コンセプチャルな作品。

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 TRY TO FIND ME

TRY TO FIND ME I'm Dancer / Needs Ending (Golf Channel) »COMMENT GET MUSIC
DJ HARVEYのパワープレイが話題となった前作「Get To My Baby-TBD Extension」でお馴染みのTRY TO FIND ME、待望の最新作! NYの鉄板地下レーベル[Golf Channel]新作は、LEE DOUGLASとのTBD名義でも活躍する JUSTIN VANDERVOLGENのリエディットプロジェクト TRY TO FIND ME。今回はSide-Aで、炸裂系のドラムグルーブにエッジの効いた80'sなギタープレイを響かせた、ロッキンディスコ「I'm Dancer」。Side-Bには、メランコリックなメロディー、ソフトな女性ヴォーカルが◎なレイト・ドリーミーなバレアリックディスコ作「Needs Ending」。どちらもそれぞれの場面に応じたキラーチューンになりそうですね〜。

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VLADISLAV DELAY QUARTET

VLADISLAV DELAY QUARTET Vladislav Delay Quartet (Honest Jon's) »COMMENT GET MUSIC
話題の即興四重奏、VLADISLAV DELAY QUARTETデビューアルバム! ここ最近はMORITZ VON OSWALD TRIOのメンバーとして活動をしてきた、フィンランドのダブテクノ第一人者、VLADISLAV DELAYが、元PAN SONICの奇人MIKA VANIO、アルゼンチン人ミュージシャンのLUCIO CAPECE (ソプラノサックス/バスクラリネット)、"Improvised Music From Japan"のコンピレーションにも参加経歴を持つインプロヴァイザーDEREK SHIRLEY(ベース)を率いて、VLADISLAV DELAY QUARTETを結成! 旧ユーゴスラビア、セルビアのベオグラードにある、元ラジオ局だったというスタジオにて、僅か一週間で録音されたという今作、アコースティックとエレクトロニックが同居した、フリーインプロヴィゼーションを展開。

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JAMES BLAKE

JAMES BLAKE Order / Pan (Hemlock Recordings) »COMMENT GET MUSIC
ベースの振動の聴け!!出来るだけ爆音でどうぞ...。 少し遅れていましたが、この夏の話題盤、やっと入荷しました!説明不要の若き天才JAMES BLAKEの最新12インチ!これがかなり実験的かつドープでヤバい!!アルバムで魅せたような、ソウルフルなヴォーカルは一切なく、ベースの振動とリズムのみに焦点を当てた、新境地といえる問題作!無駄を徹底的に省き、ベースの鳴りを追求した、とにかくヘビーな一枚!家庭用のオーディオ機材で、どれくらい再生されるのかは、判りませんがが、凄い音がなっています。出来るだけ爆音でどうぞ

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HEROES OF THE GALLEON TRADE

HEROES OF THE GALLEON TRADE Neptunes Last Stance (Golf Channel) »COMMENT GET MUSIC
限定盤!レーベル買い出来る数少ないレーベルの一つ、UGヘビー・プッシュのN,Yアンダーグラウンド[Golf Channel]新作は、70'sクラウト/サイケロックな1枚。 同レーベル4番に登場していたSEXICANことGALLEON TRADEと、レーベル13番に登場していたGHOST NOTEのCHRIS MUNZOによるユニットHEROES OF THE GALLEON TRADEによる作品。Side-Aでは、泣きのギターリフが印象的なブルージーでフォーキーなアコースティック・サイケ・ロックナンバー「Neptunes's Last Stand」。QUIET VILLAGEや[Whatever We Want]作品、70'sロック方面の方には特にオススメですね〜。Side-Bでは、軽やかなパーカッションを鳴らしたハウストラックに浮遊感のあるスペーシーなコズミックシンセ、ディストーション・ギター、[Flying Dutchman]で知られる 超大御所ジャズ・ヴォーカリストLEON THOMASの歌声、トランペットを交えた コズミック・ハウス作「Winter Island Romance」。どちらも間違いありません!当然、今回も超一押しです!

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PARRIS MITCHELL

PARRIS MITCHELL Juke Joints Vol.1 (Deep Moves) »COMMENT GET MUSIC
94、5年頃、DERRICK MAYがヘビー・プレイしたカルト・シカゴ・チューンが復刻! うぉー!!これだったんだ!DERRICK MAYが、[Dance Mania]や[Relife]辺りのシカゴ・ハウスを連発していた94、5年頃に、毎回欠かさずプレイしていた、ジャッキン・ハウスが復刻! 94年に[Dance Mania]からリリースされた2枚組「Life In The Underground」から、4曲が抜粋されて復刻!何と言ってもA2に収録されている「Rubber Jazz Band」がイチオシ!ジャジーなウッド・ベースとチープにフランジングするウワ音のみで超ファンキーに攻めるシカゴ・チューン!94、5年頃のDERRICK MAYのDJプレイで、欠かさずプレイされていいました!個人的にも15年以上探していたので、これは本当に嬉しい

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2000 AND ONE

2000 AND ONE Kreamm (Bang Bang!) »COMMENT GET MUSIC
VILLALOBOSとLUCIANOが"B2B"でプレイしている、TYREE「Video Clash」 のカヴァーがコレです! 既にヨーロッパで話題となっているキラー・チューン![100%Pure]のディスコ・ライン人気レーベル[Bang Bang!]の新作は、ボス2000 & ONE自らが、いろんな意味で強烈な一枚をドロップ!シカゴ・クラシック古典、TYREE「Video Clash」 の、カヴァー?リメイク?リミックス?リエディット?コピー? 笑いが出るくらいに「Video Clash」 なんですが、とにかくカッコイイです! ヴァイナル・オンリーです!

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PIGON

PIGON Sunrise Industry (Dial) »COMMENT GET MUSIC
両者共にソロ活動が活発化し、各自順調な活躍を魅せていた、EFDEMINとRNDMコンビが久々にPIGON名義で新作をリリース!温度感もテンションも「絶妙」!決して熱くならない、程良い高度感を保ちながら、淡々とビートを刻んでいく「Painting The Tape」、丁寧な音響工作も光る、アトモスフェリックなディープ・テクノの「Sunrise Industry」、拍子木のような音が、巧みに変化そながら転がっていく「Flip_Over Pill」など、全曲完璧!

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REWARDS

REWARDS Equal Dreams (Dfa) »COMMENT GET MUSIC
BEYONCEの実妹 SOLANGE KNOWLESをフィーチャーした ソウルフルなNu-Disco作!コレ、本当にオススメです! TEST ICICLESの元メンバーとしての活躍でも知られる DEVONTE HYNES新作が NYの名門[Dfa]から登場。何と言ってもオススメは、Side-Aに収録されたタイトル作「Equal Dreams」で、グルーヴィーなブギーファンクグルーブとメランコリックな鍵盤、生っぽいフルートなどが交差するトラックに、ソウルフルな歌声を響かすSOLANGE KNOWLES嬢のヴォーカルが見事にハマる、Nu-Disco〜Deep House方面にかけて幅広くオススメしたい 超大推薦作!!カップリングには、同作のインストと、80年代のシンセポップな雰囲気を感じさせる「Asleep With The Lights On」。是非、チェックしてみて下さい!

Chart by STRADA 2011.08.09 - ele-king

Shop Chart


1

HIROSHI WATANABE

HIROSHI WATANABE ISOLATED SOUL-KUNIYUKI REMIX UNDERTONE(UK) / »COMMENT GET MUSIC
新興レーベルUNDERTONE RECORDINGSの初12インチ・リリースは日本が世界に誇るアーティストHiroshi Watanabe aka KAITO!パーカッシヴでアフロ・ダブ・テイストなKUNIYUKIによるリミックスを収録!繊細でグルーヴィーなディープ・ハウスのオリジナルもグッド!

2

TORN SAIL

TORN SAIL BIRDS(COS/MES & FRANKIE VALENTINE REMIXES) CLAREMONT 56(UK) / »COMMENT GET MUSIC
スライド・ギターの音色に心地良いパーカッションやダビーに処理された男性ヴォーカルにハマるCOS/MESによるリミックスがオススメ!ベテランFrankie Valentineによるノリの良いフォーク・ロック調のミックスもナイス!

3

TRY TO FIND ME

TRY TO FIND ME TRY TO FIND ME VOL.3 GOLF CHANNEL(US) / »COMMENT GET MUSIC
DJ HARVEYらもプレイし大ヒットとなった「Get To My Baby」で知られるユニットTry To Find Me(Justin Vandervolgenによる変名ユニットという噂)の第3弾12インチ!エレクトリックなベースを軸にギターやパーカッション、男性ヴォーカルが絡むファンキーなディスコ・チューンのA面、メロディアスでムーディーな女性ヴォーカルもののミッド・テンポもののB面共に◎!

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PAPERCLIP PEOPLE

PAPERCLIP PEOPLE 4 MY PEEPZ-DUBFIRE REWORK PLANET E (US) / »COMMENT GET MUSIC
Carl Craigによる変名プロジェクトPAPERCLIP PEOPLEの98年リリースの名作「4 MY PEEPZ」に新たなリミックス・ヴァージョン登場!DUBFIREがグルーヴィーで図太いトラックにアップデートしております!これは盛り上がる!

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S.A.S.

S.A.S. ARE YOU SATISFIED E.P. FOOT & MOUTH(UK) / »COMMENT GET MUSIC
DJ HARVEYがリミックスしたことでも知られる89年のシカゴ・ハウス・クラシックス『HOUSE NATION UNDER A GROOVE』を含む初期ハウスのリエディット4曲入りの12インチが登場!オールドスクール&クラシカルな雰囲気はそのままに、現在のフロアでバッチリつかえる様チューニングされたオススメの一枚!RADIO SLAVEらが絶賛サポート!

6

ROBERT OWENS

ROBERT OWENS ONE BODY:INTERPRETATIONS EP NEEDWANT(UK) / »COMMENT GET MUSIC
ハウス・ミュージック黎明期から常に活躍しているベテラン・シンガーROBERT OWENSがナントNicholas、Mario Bassanov、Kaineといった新世代のアーティスト達を随え、強力な12インチをリリース!Nicholasらしいヘヴィーでちょっと遅めの90'sハウスっぽいミックスを筆頭に、各人気合の入ったシカゴ・ハウス・テイストな仕上がり!

7

JOHNWAYNES

JOHNWAYNES LET'S GET LOST VOL.8 LET'S GET LOST(UK) / »COMMENT GET MUSIC
絶好調のLet's Get Lost第8弾は第7弾に引き続きJohnwaynesが担当!アフロ・テイストなコズミック・チューンJasper Van't Hof「Hoomba Hoomba」のエディットをはじめ、恐ろしくドープに生まれ変わったGwen McCrae「Funky Sensation」、図太いベースが圧巻のダブ~レゲエ・ハウスのB2と、今回も大充実の内容!

8

CITY 2 CITY

CITY 2 CITY CITY 2 CITY BALANCE(FR) / »COMMENT GET MUSIC
CHEZ DAMIERが主宰するBalance Recordingsからデトロイト・テクノのフレイヴァー満開の1枚登場!CITY 2 CITYというユニット名からしてURのGalaxy 2 GalaxyやWorld 2 Worldを連想させますが、そんなネーミングを名乗るだけあって、クオリティーの高いディープで洗練されたデトロイト・テクノ~ハウスを展開しております!

9

ASHFORD & SIMPSON

ASHFORD & SIMPSON ONE MORE TRY-DIMITRI FROM PARIS EDIT WARNER (US) / »COMMENT GET MUSIC
RhinoレーベルからリリースされたAshford & SimpsonのCDにのみ収録されていた(アナログ・ボックス・セットには未収録)「One More Try」のDimitri From Parisによるエディット・ヴァージョンがアナログ12インチになって登場!ダンサブルなビートに強化された好エディットだっただけにこれは嬉しいアナログ化!しかもオリジナルの12インチ・ヴァージョンも収録されております!

10

MTUME

MTUME SO YOU WANNA BE A STAR EPIC (US) / »COMMENT GET MUSIC
【DANNY KRIVITプレイ!】オリジナルUS12インチはプロモ・オンリーのためレアな1980年の名曲が再発!メロディアスで伸びやかな女性ヴォーカルも最高な一発!同じく80年制作のファンキーな作品「Give It On up」をカップリング

Inc. - ele-king

 ここ数年のインディ・ロック・シーンにおいて、シンセ・ポップのリヴァイヴァルが目立つ点は多くの人が認めるところである。渦中のアーティストに明確にリヴァイヴァリストとしての意識があるのかどうかについては留保が必要だが、聴こえてくる音がシンセをフィーチャーもの、あるいはエレクトロ・ポップだったりすることは間違いない。
 この状況を牽引しているアーティストの多くは80年代生まれであって、ニューウェイヴの記憶など体験であるというよりは伝聞だ。よって彼らの方法や態度、また単純に音をめぐって、年長世代からのわりに厳しい評価があることも事実である。しかしアーティストばかりではなく、おそらくは彼らと同世代かそれ以下のリスナーもこの状況をよろこび、享受しているわけで、彼らの時代感覚がこれらシンセ・ポップの潮流の一部をチルウェイヴといった概念へと押し上げ、その裾野を広げ、解釈を洗練させていっている昨今である。よって当然と言えば当然だが、同じ時代の特定の音楽を参照しているように見えて、オリジナル世代に見えているものと当該アーティスト/リスナーに見えているものとは異なっているはずだ。
 インクにもまた濃厚すぎるほど80年代へのまなざしがある。なぜ80年代へとひかれていくのかという「そもそも論」はここでは措くが、彼らに見えているその時代もひとつの齟齬を含んでいるかもしれない。

 インクはロサンゼルスの兄弟ユニットで、ティーン・インクという名義で本作の前に1枚のシングルをリリースしている。アーティスト写真や彼らのホームページを訪ねればそのデザインのすみずみにまで80年代カルチャーへの思慕が刻み込まれていることがわかる。コスプレというレヴェルではなく、当時を実際に成人として生きたことを疑わないかのような奇妙な迫力があってしばし見入ってしまう。音も同様で、とくに前シングル「ファウンテンズ」はティアーズ・フォー・フィアーズなどを思わせる都会的なアフター・アワー・ポップ。そのシルキーでスムースな感覚は〈4AD〉からリリースとなった本シングルにも引き継がれているが、彼ら最大の特徴はほとんどのレビュワーが指摘するようにプリンスっぽさである。
 『ピッチフォーク』などはほとんどプリンスの盗作として不当なまでに低い評価を下している。「インクがなにか証明するとすれば、それはだれでもプリンスのマイナーなディスコグラフィから強盗を働けるということだ......」
 たしかにそっくりではあるが、では「インクを聴くならプリンスを聴けばいい」となるかといえば、そうはならない。これはパクリか否かという正統性をめぐる問題ではないのだ。もっと言えば、おそらくこの執筆者にはオリジナル世代が生きた時代やその時代の特定の音への正しい理解があるかどうかといった点でひっかかりや快く思わない点があるのだろうが、それすらも問題ではない。インクにはインクのプリンスがあり、80年代があり、いまがあり、それが彼らのなかでしっかりつなぎあわされていると感じるからこそこちらは共感するのである。あの美学的で隙間の多いファンキー・ソウルはたしかにプリンスの手つきだが、劣化したプリンスではなくてまるで別物だ。
 "スウェア"を聴くとよくわかる。"スウェア"のイントロ、まばゆくけむたげなシンセのフックが素晴らしい。切なく、みずみずしく、典雅だ。この冒頭に限って聴かれる独特のリヴァーブ感とこもったような音処理には、チルウェイヴに通じる感覚があり、じつにいまらしいと感じる。インターネット時代の無限にアーカイヴィングされた情報空間にばらばらに放り出された我々の、それぞれのありかたを静かにつつみ、祝福するかようなぬくもりがある。インクがプリンスのかわりにならないように、プリンスもまたインクのかわりにはならない。個人的な感覚から言えば、本当のプリンスや本当の80年代などどちらでもよいのである。むしろ、その「本当」が実装されていないプリンスであったり80年代だったりするからこそ後続世代にとってオルタナティヴに機能するのだ。

 あまりにシンプルなリフだが、"スウェア"ではその単音の音符と音符のあいだに、そして頼りなげな後打ちのビートの隙間に、レコードが回転していく時間をはっきりと感じることができるだろう。彼らには時間と間合いへの審美的なセンスも備わっている。それはこれまでも止まることなく進んできた時間であり、しかしスイッチを切れば無惨に止まってしまう再生音楽の時間でもある。回転するレコード盤の上にホログラムのように像を結んだ、よるべない音たち。そのようなよるべなさがインクのか細い、モノクロームで撮影された肢体からも漂ってくる。もともとセッション・ミュージシャンとしてスタジオからキャリアをスタートさせたという兄弟は生演奏にもこだわっていて、"ハート・クライムス"も"ミリオネアズ"も、艶やかなピアノやサックスのあしらい方が聴き所のひとつである。だがそれ以上にこうした時間感覚が、彼らをライヴ演奏に向かわせるのかもしれない。さまざまな点から見て、現在を生きて感受するものへのレスポンスがしっかりとあるユニットだと思う。

FUJI ROCK FESTIVAL '11 - ele-king

 日本には2、3万人ほど、盆休みよりも7月最終週の週末に休みを必死で取る人種がいる。彼らにとって、いや僕たちにとって苗場は故郷のようなもので、日本で最大級の野外フェスティヴァルであるフジロックフェスティヴァルが開かれるその週末は、ほぼ必ずそこに「帰省する」ことになっているのだ。

 僕が初めてフジロックに参加したのは2003年のことで、当時18歳の僕は大阪から12時間ほどかけて青春18切符で苗場にひとりで行った。僕なりにいろいろと調べて行ったつもりだったのだけれど、それでも認識が甘かった。眼鏡が吹っ飛んで壊れ、姉のスペイン土産だった腕時計も吹っ飛んで壊れ、両足靴擦れで流血し、ペース配分もよく分からないまま初日から雨に打たれまくり3日目の昼間には草むらで気絶していた。で......アンダーワールドとビョークを、それはたくさんの人がいる山の中で興奮して叫んで踊りながら観た。いい大人が心の底から楽しんでいる、開放されている姿をひたすら見続けた。こんな場所がこの日本にあることが10代の自分には衝撃的で、それからは絶対にここに毎年戻ってこようと誓ったのだった。
 以来、毎年欠かさず僕はフジに参加している。大学生の時はテスト期間と重なっていたから、夜行で大阪まで帰って来て大学の水道で頭を洗っていた。前夜祭で踊る苗場音頭は、確実に上達していると思う。いったい何本のライヴを観たことだろう。

 しかし慣れというのは恐ろしいもので、特にここ数年フジロックに大きな驚きを覚えなくなっている自分を発見しつつある。雨が降ってもそれに十分対応できる装備もあるし、ご飯は何が美味しいのか知っているからほとんど毎年同じメニューになってきている。体力の配分も掴んでいるし、テントを立てる場所も大体決まっていて、いつも利用している風呂屋の割引券まで持っている......。はじめの興奮があまりに大きかったために、なんだかもったいないことをしているような気がするのである。無理せず快適に、だらだらと......それでいいのか俺は? とふと思うときがある。18歳の僕がいまの僕のフジでのだらだらした過ごし方を見たならば、きっと文句を言うだろう。
 思うにこれは僕だけでなく、ここ数年のリピーターだらけの、そして年齢層が高めになりつつあるフジロック全体に言えることではないだろうか。オーディエンスのほとんどは野外フェスティヴァルでの過ごし方を熟知していて、無理なくそれぞれの楽しみ方をしている。その光景は気持ちのいいものだが、まったく個人的にはそろそろ新しい驚きがあっていいようにも思える。
 とはいえ、それは日本のフェス文化が成熟した証でもある。僕自身、フジぐらいでしか会えない知人や友人もずいぶん増えたから、彼らと会って酒を飲んだり近況を聞いたり音楽の話をしたりできるだけでも、充実した過ごし方をしていると言える。1年に3日間だけ出現する音楽好きの村のようなものだと思えばいいのだろう。子連れの姿がここ数年特に目立っているが、子どもたちが山で遊んでいるのを見ていると、あたかも親戚のようにその成長が楽しみになってくる。フジロックは日本では有数の、一種のコミュニティのようなフェスティヴァルだ。いまでは、それこそが最大の魅力だろう。

 今年も基本的にそんな感じだった。ざっと見る感じほとんどのオーディエンスは慣れた様子だったからリピーターだったろうし、雨と泥にもレインコートと長靴で難なく対応していた。初対面でも機会があれば話したりもするし、酔っ払いも多い。いい大人たちの開放的な姿、それは毎年変わることはない。
 ただし、今年は震災があってNGO団体からのメッセージは震災復興と脱原発が主であった。国内外問わずアーティストからのメッセージもあった。たくさんの人びとが集まる場でいまいちど我々が直面していることを共有するのは価値のあることだと思う。

 今年で9回目の参加となる僕は、輪をかけてだらだらしていた。いつもなら暑さのせいでテント生活では8時には嫌でも目が覚めるのだけど、天候が優れなかった今年は連日11時ぐらいまでは寝ていた。1日目深夜は一児の父の33歳の友人の「5時からシステム7を観ようぜ!」との誘いを無視して3時過ぎには寝たし、2日目深夜は「朝まで酔っ払って踊りたい」と言う同い年の友人をほったらかして寝た。33歳は泥だらけのオレンジコートで深夜に筋金入りのパーティ・ピープルときつい雨に打たれながら踊ったらしく、26歳は酔っ払ってその辺で寝潰れて救護のひとに思い切りビンタされて起こされたらしい。あー、僕よりフジを満喫しているなあー、と思ったが、まあ僕はテントでぐっすり寝て快適だった。
 彼らに比べれば僕は真面目に昼ごろからライヴを観ているほうなので、アクトについては書き出すとキリがないけれど、やはり印象に残ったものについては書いておきたい。

 初日は雨がしとしとと降り続けていたが、グリフ・リースの人柄が滲み出たサイケ・ロックの温かさとロン・セクスミスの深い歌声に嬉しくなって大して気にならなかった。それに、アークティック・モンキーズの堂々たる成長にも目を剥いた。たしか数年前に観たライヴではもっと照れがあったというか、アレックス・ターナーがもっと少年ぽかったはずだ。が、ずいぶん精悍にスターらしい佇まいになっていて、あの甘い声とドライヴィンなロックンロールを真正面から鳴らしていた。CSSの超元気なライヴを観てゲラゲラ笑った後には、ウォッシュト・アウトの大人気ぶりに驚かされた。5人編成のバンドのライヴは音源のフワフワ感よりも圧倒的にアグレッシヴでその分大いに盛り上がっていたが、どこか拙さを残したもので......やっぱり僕はそこが気になって乗り切れなかったが、チルウェイヴの日本での人気の高さは分かった。続くSBTRKTは丁寧にもマスクをつけて現れ、マッシヴなビートと複雑なエレクトロニクスをあくまで洗練された手つきで鳴らして、しかも生ドラムとサンファの生のヴォーカルでソウルフルにダイナミックにフロアを揺らしていて、こちらは僕も踊りまくったのだった。フォー・テットはこの前の単独のライヴの時よりもフロアライクだったように思うのだけれど、このとき僕は酔っ払った外国人グループに絡まれてぬるいビールを飲まされていたので記憶が曖昧である。友人と「良かったなー、良かった良かった」と言っていたのは覚えているのでたぶん良かったのだろう。XXのジェイミーのDJも途中まで観ていて「おーかっこいい」と思った気がするのだけれど......。

 2日目は昼過ぎまでぐだぐだしていたけど、ちゃんと観たバトルスは春に観たときよりもかなりまとまっていた。ドラムのジョンはセクシーだし。でもタイヨンダイがいない"アトラス"はちょうどひとり分パートが簡略化されていて、それはちょっと寂しかった。夏野菜カレーを食べながら観たトッド・ラングレンは相当良かった。マイクスタンドを持ってポーズを決めたり、謎の踊りを披露したりと機嫌良く、声もかなり出ていたし、何よりその洒脱で甘い歌はいまこそ再評価されているのも十分頷けるものだった。ラングレンを泣く泣く途中で切り上げて観た、マーク・リーボウと偽キューバ人たちの情熱的な演奏も素晴らしかった。そして泥を長靴で踏みしめて踊りまくったコンゴトロニクスvsロッカーズ、アフロ・ポップとロックがごちゃ混ぜになったそのパワフルさが最高だった......こういうのはまさにフジならではだ。祭には打楽器が一番だ。

 3日目はハンバーガーを食べながら観たトクマルシューゴのギターのテクニックとバンドのアンサンブルの掌握ぶりに感服するところからはじまった。そしてビーチ・ハウス、これが予想以上に素晴らしかった。正直、もっとぼんやりしたライヴを想像していたのだけれど、バンドの最大の魅力、すなわちヴィクトリアの中性的な声が魅力的に響くように音のバランスが熟慮されているように感じた。ヴィクトリアが髪を振り乱しながらあの甘いメロディを歌えば、もう完全にあの『ティーン・ドリーム』の世界だ。溶けた。モグワイの轟音にいつもながら歓声を上げ、ケイクの相変わらずの哀愁とエンターテイメントを楽しんだ。しかし僕にとって、今年は何と言ってもウィルコだった。カントリーが背負う歴史の重みに新しい音を切り拓こうとする実験を乗せ、ときにパワー・ポップやアーシーなロックまでを行き来する音楽性の幅。そしてジェフ・トゥウィーディーがややかすれた声で柔らかいメロディを歌う。グレン・コッチェの多彩な音を叩くドラム! "ジーザス、エトセトラ"のブリッジのオーディエンスの合唱は、昨年の単独公演のときよりも、より熱を感じるものだった。

  僕らの愛/僕らの愛/僕らにあるのはその愛だけ
  僕らの愛/神の財産はその愛だけ/誰もが燃え上がる太陽

 ああそうか......と僕は思った。フェスティヴァルはオーディエンスのもので、音楽はそこに集まった人びとでたしかにシェアされる。それは実際にそこに集まり、体験しなければ実感できないものだ。その美しい夜を感じるために、僕はやはり来年もあの場所に帰ることだろう。

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