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Sly Mongoose

Sly Mongoose

Wrong Colors

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松村正人   Aug 11,2011 UP

 『ミスティック・ダディ』が出た2009年は私の会社員最後の年だったので思い出ぶかい。あれからもう2年経つのかー、と愚にもつかない感慨を嘆息とともにもらしてしまうのも栓ないことだとお許しいただきたい。また、これはさらにどうでもいいことだが、年を重ねるにつれ時間がたつのが早くなるのはどうにかならないものか。気がつけば1日は暮れている。いまは夏であるから日が長いはずなのにそうは思えない。年をとると肉体はリットしていくのに人生はアッチェするのだろうか。この心身二元論の時間の側面における真逆の速度記号は人間は元からポリ(複合)グルーヴをもっているのではないかという妄想をかきたてる。あくまで妄想だが、こう暑いと空想さえ千々に乱れるし、だいいち私はいま、スライ・マングースの『ロング・カラーズ』を聴いている。
 "Wrong Colors(誤った色)"と題したスライ・マングースのアルバムは彼らの通算4作目で、スチャダラパー+ロボ宙とのハロー・ワークスの『ペイ・デイ』、そのあとにリリースした彼らの分岐点ともいえる『ミスティック・ダディ』から数えて2年目にあたる。分かれ目とはなんだったかというと、ダークで複雑な、つまりニューウェイヴとプログレシッヴ・ロックの記号性をグルーヴのフィルターを通し表現した『ミスティック〜』は、ダンス・カルチャーのレフトフィールドにあったスライ・マングースを、形容を付さないオルタナティヴ・ミュージックの領域に引きずり出した点にある。じっさいは引きずり出したのではなく、なるべくしてそうなった。スライ・マングースはジャンルを問わず、出音すべてを彼ら自身の言葉で語る術を体得した。これは頭で考える方法論とちがい、ひとが生まれ言葉をしゃべるようになるのと同じく、自然であり、また成熟するものである。そして、いうまでもないことだが、言葉は環境に左右され、身体に根ざしている。

 スライ・マングースの語法の中心には笹沼位吉のベースがある。ジャストからやや後ノリの笹沼のベースは、その特徴的なヌキサシのセンスも含め、レゲエを礎石とするが、塚本功のギターや松田浩二の鍵盤、富村唯のパーカスは笹沼の音楽性に追従しない。と書くと、悪口かと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そうではない。私はその絶妙の異化のスタイルがスライ・マングースとスタジオ・ミュージシャン集合体みたいな凡庸なバンドとを分かつ一線だと思う。ジェイムズ・ジェマスンを中心とした〈モータウン〉のハコバン、ファンク・ブラザーズはファンク〜ソウルの礎石ともいえるグループだが、彼らが作ったのはモータウン・サウンドであり、ジャンルではない。ジェマスンのベースはのちに普遍化されたものでしかない(普遍化がどれほど気の遠くなる、たいへんなものであるかはここではふれない)。
 私は音楽的な影響関係をいいたいのではなく、音楽の語り方をいっている。私はあるいはポリリズムとセットでいわれることの多い"訛"という言葉をもっと恣意的に、クセとか雰囲気とか揺らぎとかと同じ意味でもちいたいのかもしれない。だいいちスライ・マングースの訛はポリリズムと直接的には結びつかない。"エージェント・オレンジ"の10+6のリフと、8のドラムが2小節ごとに回帰するパターンはポリリズムの典型だが、この曲ではフェラやフェミのアフロビートに特有のうねりより、シェウン・クティがイーノのプロデュースで作った新作に似たマシナリーなグルーヴ・センスが前に出てきている。ここではリズムの空間性より時間の持続性を優先している......とかいう難しい講釈は抜きにしても、スライ・マングースの訛の一面はおわかりいただけたかと思う。
 ひとかどの訛をもってしまえば、またそれを世間ズレしてなくしてしまわなければ、どのような記号を扱おうとスライ・マングースのものとなる。ユーロ・ロックを参照した前作から、『ロング・カラーズ』ではエスニックをキーワードにサウンドトラック的な音楽遍歴を行っている。2曲目の"フー・マンチュー"(高橋幸宏とは無関係)は無国籍の国籍をもった音世界、 前述の"エージェント・オレンジ"はアップテンポのリフ主体の楽曲だが、この曲では塚本功のウードを思わせるアコースティック・ギターが不穏なサブリミナル効果を担っているし、パーカッションとギターが中心となった"ヤウザ!"の呪術性は『ロング・カラーズ』のカラーのひとつだろう。KUKIのエフェゥティヴなトランペットは音楽を色づけし、初参加となるドラムの繁泉英明と笹沼のリズム隊はバンドをしっかり支えているが、このアルバムではノンビートの曲やパートがこれまで以上に多い。私たちをグルーヴに巻きこむような手法はややうすらぎ、練りこんだ細部とアルバム構成の緩急でリスナーをひきこむ、ひとまわり大きくなった構えがとられている。そこには"サミダレ"でのmmm(ミーマイモー)のフィーチャーもふくまれる。mmmはマリア・ハトや王舟のメンバーで、『ミスティック〜』と同年に出した宇波拓のプロデュースの『パヌー』で注目を集めたシンガー・ソングライターで、スライ・マングースと親交があったとは不勉強ながら知らなかったが、ともあれ、mmmの声質とマングースのトラックは、和物レア・グルーヴをバレアリックな文脈に置き変えたような質感がある。このように、『ロング・カラーズ』の尺はLPに収まるほどコンパクトなのだが音楽の射程は広い。音楽が喚起するイメージの振幅が広いとでもいおうか。当然のことながら、"フロム・ファルス(笑劇)ランド"ではじまる本作の甘くないユーモアが私たちの胸元に突きつけられているのも忘れてはならない。まったく、スライ・マングースは油断ならない。

松村正人