「NotNotFun」と一致するもの

Jon Convex - ele-king

 『アタック・ザ・ブロック』を制作したエドガー・ライトといえばデビュー作にあたる『ショーン・オブ・ザ・デッド』がいまだに金字塔的作品で、このところ強くなっていく一方だったゾンビを極端に弱い存在にしたことがひとつの勝因ではあったといえる。それを、さらに上回るというか、下回る弱さでゾンビを登場させたのがキューバ初のソンビ映画『フアン・オブ・ザ・デッド(邦題『ゾンビ革命』)』で、いくらなんでも弱すぎるというか、これではゾンビがどんどん増えていくのは不自然かも......と思うほどだった(おかげでキューバ音楽とのマッチングはよかったし、海底のシーンはかなりよかった)。また、アメリカとの関係はやはり複雑なんだなーと思う場面が多々あって、アメリカは圧倒的に強いということを示すためにゾンビの頭部がまとめて刈られていくシーンがあり、そのひとつが地面に転がった瞬間は奇妙な間も含めてなかなか印象に残る場面となった。ゾンビの首がちょっとかわいかったんですよね。

 頭部マニアなのか、インストラ:メンタルの抽象路線とはやや様変わりしつつ、ジョン・コンヴェックスのファースト・ソロにはまたしてもキャサリン・Wの頭部がデザイン的にシリーズで使われている。アルバム・タイトルは「アイドル」と読ませたいんでしょうか。前半が英語で後半はローマ字? とはいえ、キャサリーン・Wが低い声でボソボソと歌う感じは(なんとなく「エイジ・オブ・ラヴ」なんだけど)アイドルのイメージからは遠くかけ離れていて、ある種のSM的イメージを浮かび上がらせる。つーか、単純に混乱させられる。村上隆の作品を初めて見せられた欧米人の感覚はこうだったかも......しれない。

 先行シングル→https://soundcloud.com/surus/jon-convex-fade-convex

 抑制の効いたオープニングからアルバムは全体にスキューバやジミー・エドガーとは雰囲気の異なるストロング・スタイルのエレクトロやゴツゴツとしたテクノで占められ、ロスカと同じくケヴィン・サンダースン的なセンスを随所で感じてしまうと同時に、ソロの石野卓球にも近い資質を感じさせる(あるいは、その原型であるジョーイ・ベルトラム=ニュー・ビートとデトロイト・テクノの交点に彼は現れた)。拷問と快楽が紙一重で混在する極端なストイックぶりには、ルーシー以降のコールド・ミニマルや、16ビートを志向しないシンセ-ポップ・リヴァイヴァルがファクトリー・フロアー(やトレヴァー・ジャクスンのミックスCD『メタル・ダンス』)のようにビートを強化してインダストリアルな傾向(=ミニマル・ウェイヴ?)に突進しはじめたこととも共振性はあるだろう(むしろアンディ・ストットやマルセル・デットマンのような生真面目な快楽主義とは、どことなく相容れない?)。太鼓の乱れ打ちを思わせる「ディソレイション(孤独)」がとくにいい出来かな(また、同じインストラ:メンタルからアレックス・グリーンもボッディカ名義でジョイ・オービソンとナイス・コラボレイションを連発中で、ボッディカもエレクトロ主体ながらだいぶ奇妙な方向性を示しているし、すでに9曲はあるわけだから、このタッグのままでなんとかアルバムもやって欲しい限り)。

 唐突にダブステップを取り入れたクリスチャン・ヴォーゲルの14作目も結果的にはストロング・スタイルのエレクトロに聴こえる作品を完成。新機軸を取り入れているのに、なぜ『慣性の』というタイトルにしたのかはわからないけれど、スペインのバレエ団のために2枚のアルバム制作していたため(これがいい!)、いわゆるダンス・ミュージックのアルバムとしては5年ぶりとなった。もともと、アブストラクトな感性をあふれんばかりに携えてデビューしてきた人なので、どことなく90年代初頭に戻った感もあり、それが円熟味を増して完成度を高めたと聴くことも可能だろう(スーパー_コライダーも呑み込んで!)。『リスケイト137』で自らのルーツ(=チリ系)を全開にした時もちょっと感動があったけれど、ややこしいリズムの連打にはやはり心が和んでしまう。波をイメージしたらしきエンディングは意外にもガス(マイク・インク)を思わせるアンビエント・タッチ。

七尾旅人 - ele-king

新しい希望の歌文:桑田晋吾

七尾旅人
リトルメロディ

Felicity

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 このアルバムの音源が届いてから、毎日聴いた。十数回ほど通して聴いたあとに、思った。ここでもまた、この稀有な歌い手は、音楽によるファンタジーを呼び起こしている。いままでで、もっとも親しみやすいやりかたで。そして少し、複雑な方法をとって。

 はじめに聴こえるのは、砂嵐のようなノイズだ。ガイガー・カウンターを想起させる不穏な信号音。男が咳きこむ音。およそ20秒の混濁の後、輝く雨垂れのように美しいアコースティック・ギターが、そっと響きはじめる。そうして「圏内」に足を踏み入れた瞬間、この新しい音の旅は、はじまる。いま"きみのそばへ"行くために、乱れた現実のなかを、くぐりぬけていく――『リトルメロディ』は、そんな風にはじまる。
 少なくない反響を呼び起こした"圏内の歌"。この曲のなかでは、雨が降っている。目に見えない物質が含まれた水で濡れた世界を、ガット・ギターとピアノが小さく乱反射しながら描き出す。歌声は、ささやくような「小さな」声だ。雨樋のある屋根。どろんこで遊ぶ子ども。水辺にうつる月。おばあちゃんの話。そのような風景の記憶を持つ人に、この曲は語りかける。「離れられない 小さな町」。それは、例えば「東京電力株式会社福島第一原子力発電所の20km圏内」の小さな町であると同時に、聴く人の心のなかにある、故郷のような、その人にとって大切なものがある「町」のことかもしれない。その「町」が不条理な力で汚されたとき、人は簡単にその特別な場所を、離れることができるだろうか。どこまでも優しくて綺麗なこの音の奥にあるのは、引き裂かれるような痛みの感覚だ。
 この曲をアルバムのはじめに持ってくることは、大きな決断だったはずだ。曲の美しさとは別の場所で「メッセージ性」が発生して、それによってはじかれてしまう人もいるかもしれないから。でも、この『リトルメロディ』と題された作品は、この曲を必要とした。あの日以来の現実に基づいた歌を響かせて――ある種の「重し」を聴き手の心にくくりつけてから――七尾旅人は、聴き手を飛翔させようとする。彼がずっと信じ続けてきた、「歌」という翼で。そして"my plant"で「圏内」をもういちどくぐりぬけ、歌は、湘南などの圏外の世界へ向かっていく。

 『リトルメロディ』は、七尾旅人の作品のなかで、もっとも抑制されたアルバムだと思う。サイケデリアも、奇抜さも、この世界では鳴りを潜めている。そしてそれが、これまでの七尾旅人の作品とは違った種類の、曲と聴き手の親和性の高さを生みだしている。"湘南が遠くなっていく"(森俊之編曲)"サーカスナイト"(Dorian共編曲)"七夕の人""Memory Lane""リトルメロディ"。耳に残るメロディがいくつも散りばめてある。普通のJポップ・歌謡曲として流れても違和感のない曲が並んでいる。爪弾かれるアコースティック・ギター、太田朱美が奏でる風のようなフルートが、夏をメランコリックに広げる"Everything is gone"。そして"Rollin' Rollin'"に続くヒット・ソングとなるだろう、甘く苦い"サーカスナイト"。まるでサザンオールスターズのような夏の物語"湘南が遠くなってゆく"。切ない感覚を残すメロウな3曲が続き、アルバムのハイライトを作る。"七夕の人"から"Chance☆"までの煌めきが、後半をファンタジックに染めあげる。そして、コスガツヨシを迎えてエモーショナルに響く"Memory Lane"。そこで聴こえる真っ直ぐで伸びやかな歌声も、七尾旅人の新しいステージを感じさせる。

 「おまじない」("アブラカダブラ")をかけること、かけようとすること。「おまじない」にかかること、かかろうとすること。それはいま、とても難しいことだろう。おそらくこの国の(戦後の)ファンタジーにおいて最大級の影響力を及ぼしてきたと言えるであろう宮崎駿も、東日本大震災の後、「いまはファンタジーを作るべきではない」と言った。
 震災によって非日常的な状態が日常に入り込んでしまった新しい現実の後、なお音楽による「ファンタジー」を呼び覚ますとはどういうことなのか。この『リトルメロディ』には、七尾旅人のひとつの答えが示されている。いま、ファンタジーという言葉を使うこと自体がとても難しい。書きながらそう思っているけれど、僕がここで考えているのは、このような意味でのファンタジーの力のことだ。

 「ダンスを踊ったり、音楽を聴いたりするときと同じように、物語を頭だけでなく、心と体と魂で読むならば、その物語はあなたの物語になる。そしてそれは、どんなメッセージよりもはるかに豊かなものを意味するだろう。それはあなたに美を提供するだろう。あなたに苦痛を経験させるだろう。自由を指し示すだろう」「彼ら(ファンタジーの紡ぎ手たち)が回復させようとしている感覚、取りもどそうとしている知識は、ほかの人たちがほかの種類の生活を送っているかもしれないどこかほかの場所が、どこであるにせよ、どこかにあるというものだ」(アーシュラ・K・ル=グウィン著・谷垣暁美訳『いまファンタジーにできること』河出書房新社)

 『ゲド戦記』の原作者のこの言葉は、七尾旅人の歌、『リトルメロディ』にも当てはまると僕は思う。『リトルメロディ』と同じように、『911fantasia』も、大きな力が作動した後に作られた。でもふたつの作品には、対極的といっていいほどの大きな違いがある。
 『911fantasia』では、「おじいちゃん」の「独り言」に、すでに死んだ子どもが相手をする。世界を覆ってきた「幻」について語る「おじいちゃん」も、じつは幻に捕えられていたという、ある意味でかなり怖い構造を持っている。幽霊や幻から目覚めようとする巨大な物語は、最後に「いつまで(幻のなかを)探してるの?/なんだかおかしいわ」と、「此処」にいる「歌」が応答することで終わる。その意味では、『911fantasia』は「ここにある歌」に立ち返ろうとする作品でもあった(そのための旅が、あまりにも大きすぎたのだが)。『911fantasia』に収められた一片の宝石"Airplane"は、「あの飛行機」に乗る女の子の視線を宿して創造された。七尾旅人の想像力が、高度何千メートルの、乗ることが不可能な飛行機のヴィジョンにまで羽ばたく。その飛行機は、この現実世界で起こった事実のなかの飛行機であり、しかし同時に「外の世界」の出来事のなかの飛行機でもあっただろう。でも"圏内の歌"、『リトルメロディ』は違う。七尾旅人は、現実の福島に赴いている。実際に七尾旅人や僕らの生きるこの国の「町」や人の歌物語だ。そこに、『リトルメロディ』の光の秘密があるように思う。

 この作品の最後の歌の最初の瞬間、もういちどノイズが訪れる(歌詞の通りに耳を澄ませてこの曲を聴くと、何か巨大なものが湧き上がってくる音、風になびくような微かな歓声など、繊細なサウンド・デザインによる音の景色が聴こえる。そしてまた、水晶のようなピアノの響きが)。この"リトルメロディ"に託された想いがどんなものなのか、ここで説明するまでもないだろう。七尾旅人が創った、新しい希望の歌。最後の瞬間に子どもが口ずさむ言葉が、余韻を残していく。
 大きな悲鳴のあとで、もういちど、心から「わぁ。(驚きに満ちた小さな悲鳴)」と歌うことができるように。『リトルメロディ』に、僕はそんな願いを感じる。素敵な作品だと思う。

 「朝に夕に仰ぐ星と同じく現実なのです。そして、翔びたいと願うものは誰でも、歌と引きかえに翔ぶことができるのです。/歌の力によって人が肉体を離れる瞬間に、唇は語ることをやめますが、歌はなおもつづき、人が翔びつづけるかぎり歌もつづくのです。もし今夜、わたしが肉体を離れるとすれば、皆さんにも覚えておいてほしいのです。歌は終わることなしと」(トマス・M・ディッシュ著・友枝康子訳『歌の翼に』国書刊行会)

文:桑田晋吾

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小さなメロディにおける両義性 文:橋元優歩

七尾旅人
リトルメロディ

Felicity

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 七尾旅人はこれからもフォークのスタイルをつづけていくのだろうか。『リトルメロディ』は美しいが、どこか不自由で息苦しい印象を受ける。筆者にはその理由の一端が彼のフォークにあるように思われる。かつてあれだけ多様な音楽性を乱反射させていた七尾がなぜこのスタイルへ向かったのか。

 そもそもの1作目から言葉が渦を巻いていたわけだから、それが言葉とギターというシンプルな形態に結びついていったのは必然だったかもしれない。デビュー作の歌詞カードを見れば瞭然であるように、はじめそれらの言葉はまったく整理されていなかったが、ひとつひとつがつよい磁石のように、まったくおびただしい音や形式を引きよせているのがわかった。「雨に撃たえば...!」などという表記は、荒唐無稽であるようでいて、物事とその名前や意味がくっつかないでぶらぶらと宙をただよっていたようなあの時期(99年の流行語には学級崩壊やだんご三兄弟があり、改正住民基本台帳法が成立してぶらぶらしたものは数字をつけて管理されようとしていた)の感性をすばらしく圧縮している。

 いま聴き直してみると、そうしたぐちゃぐちゃな表出がやがて現代詩のような体裁をそなえはじめるころに、フォークのスタイルが獲得されていったようにみえる(『ひきがたり・ものがたりVol.1 蜂雀』)。言葉の序列が整ったことがフォークを呼び寄せたのか、フォークへ行きついたことが言葉を整えさせたのかはわからないが、それは朗読や物語りを編むまでに研磨されて、やがて『911ファンタジア』へと結実していく。その意味で『911ファンタジア』はプログレッシヴなフォークというふうに言えるかもしれない。その後に発表されるのが前作『ビリオン・ヴォイシズ』である。

 これらの作品にあってそのスタイルは挑戦であり先鋭性そのものであった。フォークにおいて社会的なテーマ性が往々にして硬直してしまうという難点を、ただ切り離して四畳半フォークへとスライドさせてしまうのではなく、音楽自体を研磨することで踏み抜いてしまう......つまり食えないプロテスト・ソングではなくジューシーなプロテスト・ソングを組み上げていた。「プロテスト」という言葉自体が硬直しているため、そのように言ってしまうと作品のイメージをとてもせまく限定的にしてしまうが、甘い音に固い言葉をのせるなどというレベルをはるかに超え、七尾旅人という大きな創造性のなかに彼自身の社会的な問題意識をきわめて自然に組み込んでいた。"シャッター商店街のマイルスデイビス"などは『911ファンタジア』からの方法的な成果をふまえ、ファンタジーと社会批評とが卓抜なアイディアとパフォーマンスによって縫い合わされた曲だ。そこには「フォーク・シンガーって、いかになにもしないかだと思ってるから」とうそぶく余裕やユーモア、そしてフォーク・シンガーというものの本質的ないかがわしさへの憧れをみることができた。

 こうしたカーヴを描きながら、いま彼のフォークは直接性へと向かっているようにみえる。よりダイレクトに、より平易な表現で、手の届く範囲へ届けたいという思いが本作の背景にあったのではないか。フクシマに材をとった "圏内の歌"は、ここまでパッケージ化されることなく、あくまで肉声での表現にこだわって各地で歌われてきた。震災がひとつの引き金になったのかもしれないが、大胆で融通無碍な七尾のフォームは、小ささというあたらしい倫理へと変容しかけているようにみえる。それはもちろん、これまでの作風のひとつの進化として、ひとりの表現者としての誠実さや真摯さから生み出されたものであるはずだ。

 七尾の近年の活動、とくにライヴ活動には、なによりもつよくコミュニケーションが前提されている。彼のフォーク・スタイルはほとんどそのために選択されているようにさえ感じられた。歌は自己表現というよりは、そこにいる人々に向かって投げられる対話の端緒であり、そのフィードバックをえて再度投げられる。客をいじるのも、ツイッターを組み込むのも同じことであり、彼はそれをとても鮮やかな手つきでみせてくれる。「百人組手」などの取り組みや、ストリーミング配信、さまざまなミュージシャンとの録音やコラボレーションも同様である。七尾はそうして対話の端口をひらこうとするような取り組みを、もうずいぶんとあの黒と麦わらのいでたちでおこなってきた。それはさながら踊り念仏の聖人のようでもあり、各地へおもむき、自分のじかの声が届く範囲の人びとに、彼の信じる歌の力を届けてまわるという"圏内の歌"=小ささの倫理のスタンスは、すでに準備されていたのだとも言えるだろう。

 だが、それならばライヴ・アルバムの名盤を作ることもできたのではないか。スタジオ・アルバムというパッケージングにおいて、七尾の取り組みの価値がうまく取り出されているとは言えない。"エヴリシング・イズ・ゴーン"や"湘南が遠くなっていく""七夕の人"などは普遍的なラヴ・ソングとしての平明さをそなえ、また宛名のついた曲でもあるような直接性もにじませていて、七尾が想定する聴き手の射程がより小さく絞られたというようにもみえる。つまり、小ささの倫理にもとづき、生の声で伝えることのできるライヴやプライヴェートな演奏において引き立つ曲だというようにも思われる。"湘南が遠くなっていく"のシングル盤が湘南地区限定で販売されているのも同様の原理からであろう。だがアルバムのなかではやや一本調子である。さまざまなアーティストとの録音にはとても緊密な空気がある。だが"サーカス・ナイト"や"メモリー・レーン"は、"ローリン・ローリン"を超える一手を打てない。"アブラカダブラ"の微熱のようなサイケデリアや"ビジー・メン"のもつれるようなビートのアプローチも全面化されるわけではない。

 "リトルメロディ"ではこう歌われる。「そしてみつけたよ/小さなメロディ/何千光年の遠すぎる時間を/短い歌で超えよう」......小さなメロディの本質は、その小ささで思いもかけない距離を超えていけるものとして表現されている。歌というものがものを動かす途方もない力について、七尾のような稀有な歌い手には確信があるのだ。だがその「小ささ」とはかならずしも平易さという意味ではないはずだ。「リトルメロディ」によって、自身の大きさを規制してしまってはいけない。ギターと言葉だけで人びとを愉しませ、あるいは煙にまくことの、本質的なうさんくささをもういちど引き寄せてほしい。そのことで自身のフォークのもうひとつの倫理性を立ち上げてほしい。そのように思った。

文:橋元優歩

 ドタマとUSKによる本年リリースのアルバム『リストラクション~自主解雇のススメ~』を本誌はE王とした。低成長時代が生むさまざまな歪みを舌鋒鋭く糾弾しながら、それを独特の筆致やパフォーマンスによって強固な批評=ヒューモアへブラッシュ・アップする異形の知性派ラッパー、ドタマの評価をめぐっては、アルバム・レヴューや先日〈術の穴〉と〈リパブリック〉によって企画された「ササクレフェスティバル vol.1」のレポートも読んでいただければと思うが、目下のところわれわれがもっとも注目を寄せているアーティストのひとりであることは間違いない。フリードミューンでのパフォーマンスも喝采のうちに終了したとのことだ。
 活動歴は浅くないものの、いまこのタイミングでさらなる注目を浴びることになるであろう彼とUSKの新EPをぜひチェックしてみよう。"スキナウタ E.P."と題された4曲が、8月10日に〈マルチネ〉より配信リリースされている。『リストラクション~』のトラック制作でもおなじみのUSKとのタッグによる"好きな歌が街にあふれて"のリミックスを2曲、新曲も1曲収録。参加アーティストもスター的な顔ぶれであるが、そもそも〈術の穴〉と〈マルチネ〉の邂逅自体がエキサイティングだ。リミキサーにはパジャマパーティズと三毛猫ホームレス。"ポートタワー"のトラックはトーフビーツだ。リミックス・ヴァージョンには、音もさることながら、パジャマパーティズとモチロンのラップ/ヴォーカルによる再解釈が施されている。三毛猫ホームレスは久々の音源リリースでもあり、ぜひとも聴いておきたいところだ。トーフビーツのトラックは〈術の穴〉のコンピに収録されているものだが、意外な組み合わせがドタマにスウィートな一面をひらかせる。いちリスナーとして、彼らに払う金はある。

ダウンロード:https://maltinerecords.cs8.biz/l7.html

Tracklist
1. DOTAMA×USK - 好きな歌が街にあふれて
2. DOTAMA×USK - (2012.08.10) パジャマパーティズ - 好きな歌が街にあふれて [320k mp3]
3. DOTAMA×USK - 好きな歌が街にあふれて (三毛猫ホームレスによる悠久のアレRemix)
4. DOTAMA×tofubeats - port tower

Various Artists - ele-king

 以下本文--------------------
"原稿投函完了!!ビーチボーイズなんて聴いてんじゃねー!!って勢いで書きました。"

 菊地佑樹 Yuki Kikuchi ?@kikuchi1968xx 2012年6月8日 - 6:55 Echofonから
https://twitter.com/kikuchi1968xx/status/210852388863606785

 例えば、僕も含め平成生まれエレキング読者の人間がアナログ・レコードを買うようになるのは、当たり前なのだが、ノスタルジア(懐旧)に浸るためではないだろう。ノスタルジアの対象となる時代など我々はまだ持ち合わせていない。生まれたときから「バブルというのがあって...それがはじけて....」/「関西で大変な地震」/「てるくはのる」/「宅間守」/「ビン・ラディン」などなど.....が幼少の頃から刷り込まれていた。いや、簡潔に言おう。まだ若いからだ。ノスタルジアなど知らない。
 話がぶっきらぼうに逸れましたが....つまり、生まれたときから音楽といえばCDだったので、アナログ・レコードなどは見たことがなかったし、父親がもっていたドアーズや矢沢永吉のCDを邪険にあつかって傷をつけて再生できなくなるようにしたのが「懐かしい」くらいだ。そんなCDかMDはたまたMP3のデジタルデータしか知らない子供だった人間が物心ついて、青春の時代にアナログ・レコードを手にし「演奏」して思ったことは(アナログ・ターンテーブルの説明書には〈再生〉ではなく「演奏」と記述されている)、「こんな音聴いたことない!」ということ。つまり、新しい感覚。

 さて、本ウェブサイトに掲載されているトュー・ウーンデッド・バーズ『Two Wounded Birds』のレヴューについてだと思われる菊地氏の冒頭の言葉が、今日まで僕の胸につっかえていた。目の覚めるような思いだった。例えばYouTube上でも地域/年代問わずあらゆる音楽が平坦に並んでいるこのご時世に、あえてザ・ビーチ・ボーイズのような誰もが否定しようのない(また、してももう意味がない)ものから、敢えて忌避する意志を示さなければならない強迫観念が籠められているのを感じ、それに恐怖し、しかし、同時に自分はその観念を必要としている気がしたからだ。
 そうだ。2012年8月1日現在において、ザ・ビーチ・ボーイズは単なる金持ちジジイの同窓会バンドめいてるにも関わらず、久々の新作は好評で、アメリカ・ツアーだけでなく来日公演まで果たそうとしている。また、若いバンドについてのレヴューを読んでも、音楽性に言及されるときザ・ビーチ・ボーイズは頻繁に引き合いに出されている。例えば、CDショップで配布されているようなフリーペーパーでインディーのロックやポップのディスク・レヴューなんかでも散見されるのだ。

 「ビーチボーイズなんて聴いてんじゃねー!!」

 しかし、おそらくレヴューされるアーティスト側もザ・ビーチ・ボーイズを好んで聴いているのだ。レヴューする側も、ファルセットをふくむ美しいハーモニーとくれば、アーティストもリスナーもザ・ビーチ・ボーイズが頭に浮かんでしまう。そこでフォー・フレッシュメンとはならないのだ。そういえばブライアン・ウィルソン自身、「ロックにハーモニーを取り入れた最初のバンド」だとDVD『アン・アメリカン・バンド』で語っていたっけ.....。

 89年に東京に生まれ育っている人間(例えば僕)が60年代アメリカの音楽であるザ・ビーチ・ボーイズをノスタルジアとして聴くことは難しいが、ヴァーチャルなノスタルジーに浸ってしまう可能性はある。2011年に作られた音楽を数えるほどしか聴かず、ザ・ビートルズとザ・ビーチ・ボーイズとレッド・ツェッペリンに胸を焦がされていたのだとしたら......これはヴァーチャルなノスタルジーだったのだろう。僕は中学生のころからザ・ビーチ・ボーイズばかり聴いてきた。つい最近もUKオリジナル『Sunflower』のアナログを購入して喜んでいるような人間だ。野田編集長にはこう言われた。「斉藤くんは若いのに、ホント、古いのが好きだよね、おじさんとしては嬉しい限りだよw」。うっ.....僕は返す言葉もなくグラスの底のビールの一滴ほどを口に滑らせるしかできなかった。

 そして後日、野田編集長から「斎藤くん、これ好きでしょ」と渡されたのが、本作、英仏ジョイントの新興レーベルである〈ZAPPRUDER〉のコンピレーションCDだ。レーベル〈もしもし〉や〈キツネ〉あるいは同じく英仏レーベルである〈ビコーズ・ミュージック〉を容易に彷彿とさせる、潮っけのあるシンセサイザーが全編で鳴り渡っている。そうですよね。いま夏ですし、僕はホット・チップとかザ・ビーチ・ボーイズが大好きだから、こういうの好きです.....。
 しかし、この音楽は、ヴァーチャルではなく、完全なノスタルジーだ。これこそがノスタルジーだ。初めて1曲目を再生したとき、2009年ごろに渋谷のライヴハウスなんかにこういうのっていなかったかななどと思った。ところがどっこい、実際にはそれどころではないことが、2曲目がはじまった瞬間にわかった。この音楽は聴いたことがある。ゼロ年代のシンセ・ポップ、ああ、すばり〈ビコーズ・ミュージック〉のメトロノミーじゃないか! そして、ほんのひとかけらのホット・チップ。日本で言うなら、シグナレス? なぜ、まだ若い僕が、2012年の音楽を聴いて、4年前の音楽を懐旧しなければならないのか!

 その2曲目、実際にメトロノミーとの人脈をもつナスカ・ラインズ(NZCA/LINES)の"Okinawa Channels"の響きは、海外からの旅行者が沖縄で(あるいは、そのヴァーチャルなノスタルジアで)チルアウトしてるというよりも、毎年のように沖縄に旅行している在日の日本人が、帰りの車のなかで「もう来年は違うところに行こう....」という気持ちを胸に秘めておきながらも結局かれこれ5年くらいは毎年決まって沖縄に来てしまっているかのような倦怠感がある。なんという直近のノスタルジア(追憶)。そして、その旅行者は次の新たな旅行先を見つけることが出来ないままで、きっと来年も沖縄に旅行をするのだ。これこそが恐ろしくリアルで卑近のノスタルジアである。歳である。ああ、ザ・ビーチ・ボーイズを聴いてヴァーチャルで悦に浸っている若者などまだ可愛いものだ。 よく聴けば、サビでもこう歌っている。

 沖縄、ちゃうの? 日本にいようよ(アウーウーウウウウー)。時差ねえし便利よ.......(アウーウーウウウウー)。
 沖縄、ちゃうの? 日によるよ(アウーウーウウウウー)。そろそろ行かねばの....(アウーウーウウウウー)

 そう、ナスカ・ラインズは、エレクトロ・ポップが80年代のリヴァイヴァルだとか言われるのとは違い、もはやその数年前の直近のエレクトロ・ポップを懐かしんでいるのだ。
 懐かしまれてしまったメトロノミーも昨年に3年ぶりのアルバム『The English Riviera』を発表しているが、ナスカ・ラインズは彼らを撃ち落とす姿勢なのかもしれない。ベッドルーム・ポップとしての納まりのよさは、バンドのフィジカルなグルーヴを強調してしまうメトロノミーよりも、ソロ・ユニットであるナスカ・ラインズのほうに軍配が上がるだろう。ルックスも同じくナスカ・ラインズ。しかし、ウォッシュト・アウトの轍を踏まないようにしなくてはならない。まだまだ、これからだ。

 コンピの前半は、この夏まっ盛りにして、部屋のなかあるいはときたまウェッサイ/G-FUNKを模したようなトラックに乗りながら、2~3年前の夏へのノスタルジアが後頭部に疼き出してしまっているボーイズのR&B風の合唱で占められている。その様を、この8月に〈もしもし〉(日本版は9月19日Tugboat Records/P-VINE)から『The Palace Garden』をリリースするビート・コネクション(Beat Connection)がありふれた諧謔でオチをつけている。

 僕の想像し得るかぎり最高のヴァージョン
 ....がまさに起こったところさ
 海岸で僕は立っている
 でも砂のなかにいるのはつらい
 そしたら、彼女は僕の手を握って
 「私についてきて」と言うんだ
 
 夕暮れのなかで彼女を見つけた
 だけど、それはまったくの夢
 僕が計画したんだよ
 銀幕の上で
Beat Connection "Silver Screen (Dreamtrak Diamond Sound)"(2011)

 コンピ後半には、ステファロー(Steffaloo)/クラス・アクトレス(Class Actress)/レインボー・アラビア(Rainbow Arabia)/ソーヴェイジ(Sauvage)らが「浮女子」感の溢れる歌声とトラックで、「あなたを腕の中で抱きしめていたい」「あなたがいないと寂しくなってしまう。わたし待つわ」「あなたがフリーじゃないことは知ってる。問題ない。ただ、あなたの夜を私にちょうだい」なんて歌ってくれているけども、見つかった分の収録曲の歌詞を読んだが、浮女子が期待してやるほどの男子はこのCDのバンドのなかにはいないだろう。リスナーの男子にもいないかもしれない。ソーヴェイジに続いて、フレンチ・フィルムス(French Films)"Pretty In Decadence"の本当に本当に気の抜けたサーフ・ロック・サウンドが聴こえてしまうくらいだから。

 気をとり直すために(天国からの?)階段を降りたけど
 売り渡すような魂(ソウル)も僕には残ってなかった
 
 自助、純血人種、旧約聖書
 ラインに沿って歩くのは
 健康な人を狂わせる
 おお、なんて素晴らしい、素晴らしい人生
 
 メイン・ストリートを歩くたびに
 僕にはわかる
 僕はむしろこんな感じでいたいのさ、ベイビー
 吸血ブルースに愛国心を示したりするよりも
French Films "Pretty In Decadence"(2011)

 なんだかんだで20回以上も通して聴いてしまったので、このCD自体すでに懐かしいものになっていく。浮男子、おどけてばかりいないで、しっかりいこう!

interview with Kim Doo Soo - ele-king

 空しく消えるその美よ
 咲いてまた散る
 花と同じように
 朝霧
 夕焼け......
 また運のない日が過ぎ 
 多くの苦悩と彷徨も
 忘れたかのように消え去るだろう
"道なき時の歌"


キム・ドゥス - 10 Days Butterfly 10日間の蝶
PSFレコード

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キム・ドゥス - Evening River 夕暮れの川
PSFレコード/Blackest Rainbow

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 韓国のソウルの街には、東京とは異なる雑然さ、猥雑さ、アッパーな気風がある。僕が韓国の街を散策したのは2002年のワールドカップ期間中のこと。滞在中、CDショップにも足を運んだ。勘で選んだ現地の音楽を数枚買って聴いてはみたが、あの頃はどれもがJ-POPの劣化版にしか思えなかった。しかしそれがいまではどうだ、おそらくは血のにじむような研究と努力によってK-POPは世界に認知されている。グライムスでさえも少女時代のPVを面白がっている。しかし......我々はもっとも近い外国である韓国について多くを知らない。
 
 2006年、アメリカの〈20|20|20〉レーベルから、『インターナショナル・サッド・ヒッツ(国際的な哀しいヒット曲集)』というコンピレーションがリリースされている。ギャラクシー500のデーモン&ナオミが主宰するレーベルからのリリースということもあって欧米では話題になっている。収録されているのは三上寛、友川かずき、トルコのFikret Kizilo、そして韓国のキム・ドゥス。彼らは「言葉」の人だが、それは「音」としての魅力を発見されて、世界に伝播している。
 キム・ドゥスは、韓国のアシッド・フォークとして、近年になって注目を集めている。ショービジネス界のなかでしごかれたK-POPとはまったく別の韓国のシーンを代表するシンガーだ。本サイトでの三上寛のインタヴューでも語られている。
 キム・ドゥスがデビューしたのは1986年、名前は『土地』という小説に出てくる悪漢"キム・ドゥス"から取られている。ファースト・アルバム『シオリッキル』で歌われている自由思想は、思想に厳しい当時の韓国政府から圧力をかけられたほどのものだったというが、キム・ドゥスの運命を変えたのは1991年に発表した『ボヘミアン』だった。あるリスナーがこのタイトル曲に歌われている人生の虚無感を引き金に自殺するという事件が起きる。これを受け止めるかたちでキム・ドゥスは音楽を捨て、山に籠もり、電気のない生活を10年も送ったという。2001年、アルバム『自由魂』でカムバックしたキム・ドゥスは、韓国国内の音楽シーンで賛辞ともに迎えられ、以来、地道な活動を続けている。

 『FOUND』や『bling』といったスタイル雑誌も刊行され、華やかなポップ・カルチャーが拡大している韓国において、キム・ドゥスの厭世的な音楽はいまでも異端な輝きを発しているように思える。ティム・バックリーをさらに瞑想的にしたような『10日間の蝶』や『夕暮れの川』からは、K-POPからは見えない風景が広がっている。言葉がわからずとも、彼の深い漂泊の思想ないしはロマン主義、波瀾万丈な彼の人生から湧きあがるエモーションは充分に伝わってくる。ヘルマン・ヘッセが人生のベルトコンベアから落ちた人=敗残者たちの流浪における美を描いたように、キム・ドゥスもさすらいのなかに人生の本質を見いだしているのだろう。

 地平線の上に明星が輝くとき
 私はまた放浪の道に立っている
"彷徨う人のために"

 去る7月、来日していたキム・ドゥスに明大前のカフェで話を聞いた。帰国を直前にしたあわただしいなか、筆者の的はずれな質問にも丁寧に答えてくれた。

歌詞を禁止されたりしましたが、そういったことに哀しみは感じませんでした。政治的な弾圧によって音楽的な方向性を変えたこともありませんし、ですから韓国の歴史と自分の音楽の哀しみとは関係はありませんね。

Kim Doo Sooさんの音楽は、日本では口コミで広がっていて、ディスクユニオンをはじめとする都内の輸入盤店でも、4~5年前から韓国のアシッド・フォークとして売られています。

Kim:私は自分のスタイルを貫いているだけで、ジャンルにはあまりこだわりはありません。どんな風にみんなから呼ばれても、あまり気にしません。それは評論家の役割で、私にはあまり関係はありませんね。私はミュージシャンですから。

アシッド・フォークと呼ばれることに違和感はありますか?

Kim:ないです。

僕はKimさんの音楽を聴いて、美しさと哀しさを強く感じました。『10 Days Butterfly』の1曲目でも、歌詞が自分のなかの哀しみのことを書かれていますよね。その哀しみっていうものは、個人的な哀しみっていうよりも、物凄く大きな、Kimさんがこれまで受け取ってこられた歴史的な哀しみという風に捉えてよろしいんでしょうか?

Kim:すべての作品は作った人間の人生が関係するものですので、(おっしゃるような)わたしの音楽の哀しみというものは、わたしの人生と関係があるものでしょう。

それは韓国という国の歴史と関係があるのでしょうか?

Kim:それはないですね。人間の本質的なもので、韓国の歴史とは関係ありません。

でもたとえばKimさんは、光州事件を経験されていますよね。非常に政治的な意味での弾圧を経験なさっているわけですけれども、それは音楽とはどういった関係にあるのでしょうか?

Kim:たしかに歌詞を禁止されたりしましたが、そういったことに哀しみは感じませんでした。それ(政治的な弾圧)によって音楽的な方向性を変えたこともありませんし、ですから韓国の歴史と自分の音楽の哀しみとは関係はありませんね。さっき哀しみとおっしゃったんですけれども、それは政治とは全然関係ありません。自分は政治家でもないですし。

わかりました。では「哀しみ」はひとまず置いておいて、Kimさんのバイオグラフィー的なことを大雑把に聞きたいんですけれども。光州事件っていうのは、若い韓国の学生たちが韓国の民主化を訴えた事件でしたが、Kimさんもその渦中にいながら音楽でもって何か主張していたんでしょうか?

Kim:そのとき衝撃はあったのですが、私は政治にはあまり関心がなく、自然や人間に関心がありました。韓国には民主化を掲げるような歌もありましたが、私はそのような歌を歌う人間ではなかったです。バガボンドと言いますか、放浪者のような感じでした。

Kim Doo Sooというのは、韓国の有名な小説の悪役から取ったということなのですが、それはどのような意図だったのでしょうか?

Kim:家では歌を歌うことを反対されていましたので、そのとき芸名が必要だったんです。本名を使えなかったのです。それで、そのとき読んでいた小説が有名な『土地』だったのです。その悪役がKim Doo Sooでした。そのとき特別な意図はなく、いっしょに住んでいた兄と酒を飲みながら、「このキャラクターのなかで誰がいいかなー」と話してたまたま選んだのがKim Doo Sooでした。

(笑)なるほど。たとえば日本では、それこそKimさんぐらいの世代のひとたちは、アメリカとかイギリスとか、ビートルズとかボブ・ディランとか、そういった欧米のロックやフォークを聴いて、そしてその自由な精神に影響を受けて、それを自分たちの上の世代に向けて表現しました。その時代、韓国では、どうでしたか?

Kim:私は特定の個人やバンドに没頭したことはないんですけれども、70年代のアメリカのフォークには影響を受けました。

ソウルには、その手の音楽を買えるレコード店もあったんですよね。

Kim:もちろん買うことはできました。

ドラッグ・カルチャーとかサイケデリック・カルチャーは、韓国ではどうだったんですか?

Kim:韓国も一時期、大麻で騒動というのがありましたよ。有名な芸能人が刑務所に入ったこともありましたし、いまも問題になっています。

その辺は日本と似ているかもしれませんね。日本もすごく厳しいので。韓国には、アンダーグラウンド文化といいますか、三上寛さんのように(インディペンデントで)やってらっしゃる方っていうのはたくさんいらっしゃるんですか?

Kim:以前はたくさんいましたけど、いまはあまりいなくなりました。ただ、インディ・バンドは増えつつあります。テレビには出ずに、クラブ(ライヴハウス)での活動を活発にするバンドがいま現れています。それはいい傾向だと思っています。

なるほど。Kimさんのこれまで歩んできた人生を調べますと、"ボヘミアン"という曲がすごく影響力を持っていて、YouTubeなんかにも上がっていますけれども。それを聴いたひとが自殺してしまったという事件が起きてしまったということがよく書かれているのですが、その件について話していただいてよろしいでしょうか。どのようなことが起きたのかということを。

Kim:とても悲しいことが起きました。それを聞いて私はすごくショックだったのです。自分の音楽を聴いて、ひとが平穏になったり癒されたりすることを望んでいたのに、自殺したという噂を聞いて衝撃を受け、それから10年くらい活動を一切しませんでした。

具体的にはどのようなことを歌った歌なのでしょうか?

Kim:放浪について、です。これはリメイクで、オリジナルは他のアルバムにあります。それはやはり、むなしくなるような(虚無感のある)雰囲気でした。詞も違いました。だから詞も書き直して、新しく作りました。

そうだったんですか。オリジナルの"ボヘミアン"は何年に書かれたんですか?

Kim:89年に作って90年に発表しました。

Kimさんご自身が一番初めにアルバムを出したのは何年なんですか? 86年デビューと書いてありますが、それは自主制作で出したのですか、それとも韓国のレコード会社から出したのですか?

Kim:メジャー・レーベルから出しました。

日本でも表現の自由と言いながら、歌ってはいけない言葉があったり実は自由がないんですけれども、韓国でも、たとえば政治的な歌は歌えないとか、そういう話を聞いたことがありますけれども、その辺りの韓国の音楽シーンの表現の問題というものをどのように考えていらっしゃいますか?

Kim:昔は酷かったんですけれども、いまは少し良くなって表現の自由が得られるようになりました。お笑い芸人が政治家をネタにしてギャグをする時代になりました。ですから、昔ほどの問題はないですね。かつてだったら想像もできないことです。

ちなみにどの大統領によって変わったというのはありますか?

Kim:たぶんノム・ヒョンですね。

それはノム・ヒョン大統領が民主化政策をどんどん進めていって、自由な表現をある程度許容したってところがあるんですか?

Kim:もちろん。そうですね。

ノム・ヒョン大統領というと、日本では小泉政権のときに、彼が靖国参拝をする度にノム・ヒョン大統領がそれを批判していたのをすごく覚えているんです。そういったすごく複雑な日本と韓国との政治的な関係があります。日本と韓国の歴史的な歴史的関係についてKimさんはどのように考えていらっしゃるでしょうか?

Kim:音楽には国境はありませんし、ミュージシャンはみんな友だちですし、私はそういった複雑な関係というのはあまり気にしません。

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ヨーロッパの詩人の言葉ですけれども、この言葉に全部含まれているでしょう。「哀しみと死がなかったら、人間はどこに行くのでしょう」というものです。その言葉を読んだとき、私は絶望感よりも平穏をもらいました。


キム・ドゥス - 10 Days Butterfly 10日間の蝶
PSFレコード

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キム・ドゥス - Evening River 夕暮れの川
PSFレコード/Blackest Rainbow

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音楽はいちどやめようと思ってたんですか? そのときどのような生活を送っていたんですか?

Kim:そのときは完全に音楽をやめようと思って、山に行きました。10年間山に住んでいて、すごく気持ちが落ち着きました。それは自然がくれた力だと思います。

その10年間はどういった生活を送られていたんですか?

Kim:1ヶ月の生活費が韓国ウォンで20万ウォン(1万5千円ほど)でした。厳しかったですね。

そのときの気持ちというのは、絶望的なものだったんですか?

Kim:多少絶望的な気持ちもありました。しかし、当分の安定と平穏さは戻りつつありました。

ギターはどういったところから影響を受けているんですか? 

Kim:あまり影響を受けたことはないです。誰かから教えてもらったこともないですし、自分で学びました。

じゃああのメロディというのも、自分で作られたものですか?

Kim:そうです。誰からも教えてもらったことはないです。

小さいこと聴いていた歌とか、そういうところから?

Kim:童謡はすごく好きでしたね。

ほかの同世代のミュージシャンというのは、Kimさんと同じように何かの影響ではなく、自分たちで歌い始めたものなんですか? 

Kim:たぶん、学校とかそういうところで習ったひとが多いでしょうね。

ボブ・ディランとか、そういったものの影響もなかったんですか?

Kim:それは、ディランとか、ニール・ヤングとか、トム・ウェイツとか、そういうのをたくさん聴いたのは事実です。居酒屋やコーヒー・ショップに行くといつも流れているのはアメリカのフォークでしたから。

ああー、そうなんですか。

Kim:70年代、80年代はアメリカのフォークが流行っていましたからね。

へえー。あの、80年代というと、日本ではディスコとかそういうのでしたからね。

Kim:音楽だけ聴くようなコーヒー・ショップなんかもあったんです。韓国でLPっていうのがすごく流行ったことがありましたね。

いつミュージシャンになったんでしょう?

Kim:これだというきっかけはたぶんないんですけれども、小学生のとき、先生が私の家にわざわざ来て「彼に音楽をさせたほうがいいです」と言われたことはありました。でも、家ではすごく反対されました。儒教が厳しくて、家ではラジオも聴けないような状態でしたから。そんな家でミュージシャンが生まれたのは不思議なことですね。

日本でも儒教的な影響はすごく強くて、たとえば先輩後輩の関係であるとか、そういうところで影響は強いんですけれども、そういう儒教的な文化に対する反抗心みたいなものはあったんですか?

Kim:当然ありました。高校を卒業したら家を出ようと子どものときから思っていました。

なるほどね。では、ボブ・ディランであるとかアメリカのフォーク・ソングの歌詞の内容は当時わかっていたのですか?

Kim:わざわざ辞書を引きながら勉強したようなことはなかったんですけれども、大体の内容はわかっていました。

先ほどご自身で放浪者とおっしゃいましたけれども――。

Kim:そういう流れ者的な表現がいいと思っていました。放浪する生活はずっと夢でした。あちこちに行って歌うような生活、それが夢だったんです。

11年ぶりに『自由魂』というアルバムを出しますよね。11年ぶりっていうのが......。

Kim:私のアルバムを作ってくれた制作者がわざわざ山まで来て、昔のアルバムを再発したいと言ってきたのです。そのときは精神的にかなり良くなっていて、再発よりはいま出来ている曲があるから、新しくアルバムを作った方がいいんじゃないですかと提案しました。そのとき『自由魂』を作りました。

その後、『International Sad Hits』というコンピレーションを、それこそ三上さんとかといっしょにアメリカで発売されますけれども、海外で活動されるようになったのはどのようないきさつなんでしょうか?

Kim:〈P.S.F. Records〉が宣伝しはじめて、そのスケジュール通りでやってますね。

最初に海外でプレイしたのはどこなんですか?

Kim:ベルギーですね。

何年ですか? 2006年?

Kim:ああー、正確には思い出せないです(笑)。

それまでフォークというのは、言葉の音楽ですよね。だから、歌詞が理解できないとその本当の面白さは伝わらない。三上さんもKimさんも、音だけで国際的に広がったのはすごいなあと思って。

Kim:言葉が違うので心配していたんですけれども、直接演奏してみると、やはり言葉というのはそれほど問題ないですね。むしろ、もっと深く感じるような気もします。

日本ではここ数年K-POPが大人気です。K-POPの人たちは英語でも歌うし、日本語でも歌うんですね。取材も日本語で答えるんです。Kimさんは、それとは全く逆のことをやって国際的になってるっていうのは面白いですね(笑)。
 KimさんはK-POPに関してどのような見解を持っていますか?

Kim:K-POPが流行って日韓が友好になるのはすごくいいと思いますけど、言ってしまえばK-POPは音楽ではなくてエンターテインメント・ビジネスだという気がします。

韓国国内ではK-POPというのはどうなんですか?

Kim:若いひとというか、学生ばかりですね。テレビを観たらみんな少女時代で、年寄りはチャンネルを変えます(笑)。

韓国ドラマやK-POPは日本でずっと人気があるんですけれども、韓国の人気スターで自殺するひとが多いじゃないですか。どうして彼らは自殺しちゃうんですか?

Kim:うつ病や、精神的なストレスですね。個人的な事情があったり。韓国はインターネットがすごく盛んですけれども、そこでの誹謗中傷を見てストレスが溜まる場合もありますし。それも、たくさんの理由のうちのひとつでしょうね。

それはやはり、韓国の音楽ビジネスの悪いところなんでしょうかね? 

Kim:たぶんそうですね。

日本では華やかな部分ばかりが強調されています。タワーレコードの一階に行けばK-POPがダーッと並んでいます(笑)。でも、在日の人たちとってはすごく前向きな変化をもたらしてもいるようです。
 さきほどインディ・バンドが増えているとおっしゃってましたけれども、たとえばKimさんの歌を聴きに来るような若い世代のリスナーが増えているっていう状況もあるんでしょうか?

Kim:少しずつ増えています。自分はあまりライヴをやらなかったんですけれども、いまは増やしています。私はあまり健康でないのでライヴをたくさんはできないんですけども、観客は少しずつ増えています。ファンはライヴをもっとやってほしいと不満を持っているみたいですね。

なるほど。最初の質問に戻りますけれども、哀しみと言ったときに、Kimさんは人間の本質的な哀しみだとおっしゃいました。それがどういうことなのか、他の言葉で話してくださいますか。

Kim:この表現がいちばんいいと思います。ヨーロッパの詩人の言葉ですけれども、この言葉に全部含まれているでしょう。「哀しみと死がなかったら、人間はどこに行くのでしょう」というものです。その言葉を読んだとき、私は絶望感よりも平穏をもらいました。哀しみと死は、私たちをもっと人間的にさせるものです。
 ヘルマン・ヘッセは「死は人間の友だ」と言っています。

ヘルマン・ヘッセも放浪ということをテーマにしていますけど、お好きなんですね。

Kim:すごく好きな作家です。ヘルマン・ヘッセのための歌を作ったこともあります。

あなたの歌のなかにはすごく自然が出てきますけれども、あなたは何を意味して、どのような意図で自然を歌うのでしょうか?

Kim:他の言葉では表現できません。自然は自然なのです。

いまはソウルに住まれてるんですか?

Kim:ソウルから一時間くらいの田舎に住んでいますが、もっと田舎に行きたいので行くつもりです。

ちなみにサッカーはお好きですか?

Kim:野球のほうが好きです(笑)。

歌詞のテーマっていうのはどういうところから来るものなんですか?

Kim:疑問、自然、経験......といったことです。

この『10 Days Butterfly』のアートワークが美しいですけれども、これは?

Kim:私の友人で、有名な画家のHan Hee Wonによるものです。蝶は10日間しか生きられません。その短さ(はかなさ)が人間の生に似ていると感じました。人間の生の短く美しい様を表現したいと思ったのです。

日本という国は島国なんですね。周りを海に囲まれているんですけれども。韓国は全部陸で、変な話ベルギーまでつながってる。歩いて行こうと思えば行けるじゃないですか。そういう、大陸で繋がっているというのは、感覚としてあるんですか? 

Kim:ありませんね。韓国の上には北朝鮮がありますから、日本と同じように、繋がっているわけではありません、

ちなみに韓国のひとたちが好きな日本の音楽というと?

Kim:昔はJ-POPもすごく有名でしたが......。

アンダーグラウンドでいうとどうですか?

Kim:いま、韓国に日本のアンダーグラウンドのミュージシャンがたくさんいらっしゃってるみたいです。韓国に住みながら活動しているミュージシャンを、自分も3人ぐらい知っていますよ。

へえー。日本人ですか?

Kim:そうです。

たとえば誰ですか?

Kim:ハチさんです。有名なギタリストです。

春日博文さん(カルメン・マキ&OZなどで知られるプロデューサー。現在韓国で活動中)ですね。

Kim:彼はすごく指が長いみたいですね。あとは、長谷川さん、佐藤行衛(ゆきえ)......。

『10 Days Butterfly』には英語と韓国語と日本語の歌詞が載っていますよね。それが素晴らしいと思いました。

Kim:ちゃんと翻訳ができていますか(笑)?

すごくいい翻訳ですね。美しい日本語で。

Kim:リズムとか韻とかはたぶん、掴みきってないと思うんですけど。

今年韓国も大統領選を控えているじゃないですか。どうなんですか? 原発問題なんかも、大統領選のひとつの論点になってるじゃないですか。

Kim:政治は自分はちょっと関心がないですね。韓国も、良い政治家は少ないですね。良いリーダーの資格がない人ばかりです。それで私はさらに関心がなくなりましたね。

逆に言えば、韓国からセックス・ピストルズみたいなパンク・ロッカーが出てくる可能性はあるんでしょうか?

Kim:ありますあります。インディペンデント・バンドの実力がすごくついているので、うまい人がたくさん出ると思います。

モスクワでは、ライオット・ガールズというか、プッシー・ライオットという女の子のパンク・バンドが出てきていま話題になっていますよね。

Kim:おおー!

三上寛さんは「日本のパンクのゴッドファーザー」なんですよ。

Kim:彼はスーパーマンです。寛さんがヨーロッパに行ったらすごく喜ばれるんじゃないかと思います。彼のようなスタイルはないので。

数年前、イギリスの『WIRE』という雑誌がKimさんを紹介をしてましたけど、韓国でも反応がありましたか?

Kim:反応があったかどうかは私はわかりません。家でテレビもほとんど見ませんし、インターネットもメールばかりで、ちょっと記事を読むぐらいですね。情報には疎いほうです。自分の名前が売れることにはあまり興味がありませんしね。

 この暗い世の中を彷徨う人よ
 あなたはどこに流れるのか
 星はまた光り鐘は鳴るだろう
 この瞬間はお前のために
 この瞬間だけはお前のために
"彷徨う人のために"



THE OTOGIBANASHI'Sとパブリック娘。 - ele-king

 夏休みがきたんだな、と思った。それはもう、個人的には12年ぶりくらいのやつが。

 ついきのうまで高校生でしたというような若いオーディエンスのいきれにむせる会場で、しばし回想するのは「夏休み」だ。8月にまだ手の届かない若々しい夏の夜に、なにかを期待するように集まった彼らからは、シャンプーの香のようにその幻影がたちのぼっていた。あれはなんなのだろう? 制度としての夏休みから派生した、ファンタジーとしての、意味としての夏休みに、われわれは抗しがたくとらえられている。

 この日のライヴは2組出たラップ・グループが印象に残った。いっぽうはその「夏休み」という強迫観念を背負って無方向に走り回り、もういっぽうはそうした「夏休み」をひっそりと置き去りにする。すでに日数もたっていることだから、本レポートでは彼らについて言及することにしたい。


 ザ・オトギバナシズはこの夜もっとも美しかった。気持ちの純粋さが擦り切れないぎりぎりの声量で、ごくやわらかく、詩的なイメージや言葉を切りとってくるB.M & bokuを見て、ヒップホップにはこんな表現があるのかとおどろいた。絵本の世界のような表象が、自身の自然な思考や感情表現と結びつき、美学ではなしに引き寄せられている。そしてそんなラップが、チルウェイヴやヒプナゴジックのフィーリングにささえられたミニマルなアンビエント・トラックにのってナイーヴに展開されていく。なるほどこれはクラウド・ラップのフィーリングだ。そしてそれはおとぎ話を語るのに向いている。

 彼らは2番めのアクトだったが、ステージではなくうしろのDJブースで行われるらしく、先に出演した進行方向別通行区分の変拍子とシニカルな文学性にみっちりと揉まれたオーディエンスの後方で、まるで幕間のDJセットのように始められなければならなかった。ただでさえロック色のつよいイヴェントである上、人々はまだステージの方を向いたまま次を待っている。出入りも困難な混雑状況であるから向きを変えるのもむずかしい。なかなかのアウェイだ。しかしすぐにトロ・イ・モワがかかると、フロアの空気が撹拌されるのを感じ、そしてとてもいい予感がした。進行方向別通行区分→トロ・イ・モワ。

 オトギバナシズは彼らのまわりの小さな半円から、徐々にフロアのルールを書き換えていった。ソフトなビートでゆっくりと。みんながこっちを向かなくてもいい。それぞれがそれぞれに、この場所を遊び場に変えればいいのだとばかりに、まず率先してひとり遊びをはじめたという感じだ。いでたちはやんちゃだったが、とても洗練された印象を受けた。赤い色の服もキャップの下のタオルも怪奇的なマスクも、すべてドリーミーにやさしく世界をかたちづくっていたと思う。"プール"以外のトラックもあらべぇ(a.k.a. Blackaaat / ovoviolooooa)なる少年の手になるものだったのだろうか。羽化したばかりのセミの翅のように、あのエスリアルな音づかいは、あの夜あの会場で果敢に響いていたと思う。よくもわるくも一種の閉鎖性から逃れることが困難な日本のインディ・ロック空間に、彼らのフィーリングは涼やかな外の空気をもたらしていた。トロ・イ・モワに表象されるある種の音が、記号的な役割を果たした部分もあったかもしれない。それに、最終的にフロアの全体を制するというような影響をおよぼしたわけでもなかった。しかしそれでも、彼らが鳴っていることに筆者はとても未来を感じた。


 オトギバナシズが小さな足音でこの夏休みの島を飛び立ったのと対照的に、パブリック娘。はにぎやかにフロアを制した。このころには人々のあいだに隙間ができていたこともあってか、彼らはのびのびと動き回り、オーディエンスの注意を集めている。じつにただの結婚式の2次会ノリであって、愛嬌と素人感覚をブースターとして、屈託ないステージングを繰り広げた。終始アッパーなトラック、ディスコや歌謡曲、アニソンもあっただろうか。それら自体にセンスを感じるわけではないが、彼らにはドキュメンタリー性ともいうべき華があった。いままさに目の前で進行する彼らの青春、生活、互いの関係性、そうしたものが奇妙にくっきりと、いやみなく開陳されている。"初恋とは何ぞや"などのリリックにもあきらかなように、そこにはやや文学的な、あわい問いかけがあり、このグループの個性を形成している。彼らはなにかをパッケージングしようとし、それを懸命に追いかけている。言葉にすると凡庸だが、いまという時間のもろさをはからずも取り出し、まぶしく散らせているようにみえた。

 しかし、ならばもう少しひねりがあってもいいかもしれない。サウンドももちろんだが、詞においても童貞景気で盛り上がりをねらうようなやりかたは新しいとは言えない。「あの娘」という手垢にまみれたモチーフを多用するなら、それなりの工夫が必要ではないかと思う。彼らのサマー・フィールには、どこか強迫観念としての「夏休み」を感じる。宿題をしなければ、友だち(彼女)を作らなければ、かけがえのない時間を過ごさねば......イビサでもサーフでもない、この「夏休み」という特殊な時間性への感度は、磨けば武器となるだろう。ぜひベタに落ち着けることなく、飛翔させていってほしいと思う。

 あと、客いじりももう少し洗練させてほしいと思う。被害者としてだが。

Eternal Summers - ele-king

 イターナル・サマーズ――終わらない夏、永遠の夏、このバンド名が暗示するのは昔ながらのポップのユートピアである。永遠の夏はヴァージアニ州のロアノークを拠点とする女性ひとり+男性ひとりのふたり組、ノー・エイジやタッツィオのようなドラム&ギターのチームで、今年に入って2枚のアルバムを出している。『ザ・ドーン・オブ・イターナル・サマーズ(終わらない夏の夜明け)』は先に発表した1枚で、セカンド・アルバムらしい。
 この作品を言葉で説明するのは簡単だ。ファースト・アルバムの頃のザ・レインコーツがヴァイオリンを捨てて、ギターとドラムと歌だけでドリーム・ポップをやったような音楽。つまり、とても良い。
 あるライターは、イターナル・サマーズの音楽を「あらゆるニッチを埋める」と説明している。ビーチ・ハウスのすき間、シャロン・ヴァン・エッテンのすき間、ダム・ダム・ガールズのすき間、このバンドはそれらを埋める。なるほど。エフェクターを使わずギターアンプに直接シールドを差し込んだテレキャスターのコード弾きは、ペダルを多用する今日的なUSインディへの反論とも言えるが、逆らっているというよりも、おおらかさを感じる演奏だ。曲自体は実にシンプルに作られているが、メロディラインと歌声はキャッチーで、しっかりしている。ポスト・パンク的なアプローチを取りながら、聴き方によっては、ビーチ・ハウスのように、もしくはシャロン・ヴァン・エッテンのように聴こえる。ずば抜けた個性はないが、ギター・ポップにおけるカタルシスが何たるかを知っている。

 ......それにしても眠い。日本の女子サッカー代表は、調子が良いときは機械仕掛けのような素早いパス回しをする。あの連動性にはイターナル・サマーズのフリー・ダウンロード曲(サード・アルバムに収録の)"ユー・キル"がよく似合う。本作『ザ・ドーン・オブ・イターナル・サマーズ』に対して、サード・アルバム『コレクト・ビヘイヴィア』はよりスピーディーで、ディストーションが効いている。

 さて、我々は数日間、夏休みに入ります。毎年、川で泳ぎ、魚を釣って、焼いて食べる。それから大浜のプールに行く。完全にマンネリ化しつつも飽きないのは、夏という季節のマジックである。しかし、もしもこの国が常夏だったら、水遊びや釣りにこんなにもいちいちワクワクしないだろう。そういう意味では夏がイターナルでないことは悪いことではない。が、イターナル・サマーズ――終わらない夏、永遠の夏はとても良い。

DOTAMA×USK - ele-king

 『リストラクション』は、フラグメントが主宰する〈術の穴〉からリリースされたドタマの3枚目のアルバムだ。ちなみに先月2回目を迎えた〈術の穴〉のササクレフェスティヴァルの「ササクレ」はドタマの歌詞からとられている(たぶん)。7月14日、そのフェスで見たドタマのパフォーマンスに引き込まれ、私はそのステージが終わった途端、CD売り場に向かったのだった。くたびれたスーツ姿で現れたステージで、ドタマの声は、その身体は、黒ぶち伊達眼鏡の奥の瞳は、何かに猛烈な勢いで何かに怒っていた。攻撃的な言葉やノイズを発するわけではない、むしろリリックもたたずまいもユーモラスなのに、無表情な彼の頭上で空気がいまにも発火しそうな凝縮された感情、あえて顔にも出さず言葉にもしないメッセージがずんずんと突き刺さるようにフロアに向かってきた。思いの強さと言ったらいいんだろうか......。とにかく圧倒されたのだった。

 ところで、「若者の夢」が成立しない時代が続いている。いや、学校をでて会社に入って結婚して家を買って子どもを育てて年金をもらう、なんてものが「若者の夢」だった時代なんてそもそもなかった。かつてそれは夢じゃなくて社会に求められる規定の「コース」だった。若者たちはむしろなんとかしてそこから外れて生きようとしていた。それが、言ってみればロック・カルチャーを支えた中産階級の子どもたちの渇きであり、ユース・カルチャーの存在理由みたいなものだった。もちろんそれは「いい時代」だった。若者たちのドロップアウトの夢に甘美な輝きを与えてくれた"西側先進国"で生まれ、いまではたぶん"新興国"辺りをさまよっているのだろう。そんなふうにとっくの昔に通過してしまったこの日本社会に残ったものを、ささくれ立った心で、だけど笑いながら、渇きながら、苛立ちながら、ドタマは歌っている。

 私は正直言って、世代間対立を煽る言葉に接するとき、(高齢化問題を真剣に解決しようとしない政府は政府として)若い人たちが「正社員になって結婚して子供を持つという人生」を渇望する(せざるを得ない)ことに共感できない気持ちが強かった。自分がラッキーな時代に育って来たことは十分承知しながらも「不公平感」が協調されがちなそうした言葉に距離を感じることが多かった。このことは、たとえばフリーターのデモにも出かけたことさえありながら、何年も私のなかに引っかかっていた。

 この『リストラクション』で歌われる仕事の歌は、当然ながら割りを食った時代の若者の歌だ。と言ってもいわゆる「底辺労働の悲惨」を歌っているわけではない。一流商社の、それこそ憧れの正社員の歌だってある。なんというか、このアルバムにあるのは世界が縮んでゆく感覚だ。その縮んでゆく世界になす術もなく立ちすくんでいる。
 それをもっともストレートに歌うのが1曲目の"ドリーム・パラダイム"だ。「死にたいとつぶやく20代 月給10万の30代 バブルの遺産を薪にくべ 俺は実家で難民キャンプ 怯えて願う低所得者革命 詳しくはウェブで」----ドタマのリリックは、ほんの短いフレーズで世代も時間も空間も横断して、なおかつユーモアとアイロニーと空想と現実を捉える。「正社員になって〜」が誰かの「夢」じゃないことはわかってる、話は「夢」の前で閉ざされているだけなんだ。あーだけどだけど「夢」って口に出してもいいんじゃないかと口ごもる私は能天気なオバさんなのか、そうなのか? いやそれでもいいんだが......。
 あらゆるジャンルの曲を詰め込んだiPodで勢いつける"通勤ソングに栄光を"や「一流商社」で働くサラリーマンの秘密を歌う"サイキック島耕作"、辞表提出の瞬間をやけに詳細に綴った"リストラクション"などにある、ドラマチックなストーリー性のある描写がドライだが引きつった笑いを誘い、"ドリーム・パラダイム"やとくに"好きな歌が街にあふれて"に混じり込む切なく叙情的な心象風景のささやきがアルバム全体の視界を広げる。「ささやき」と言っても実際にささやいているわけではなくて、嘆息と言ってもいいような声の先にある空気の塊のようなものだし、空気の塊と言ってもその口調に重苦しさはみじんもなく、言葉が伝わりやすい高い声は迷いなく転がっていく。

 とは言え、なくなっていくものばかりで縮んでいくばかりで、あっちにもこっちにも夢も希望もなくて、という世界は信じられないかもしれないが、いまの若者に特有のものではない。それはいつでも社会的なことでもあり、内面的なものでもあるのだ。ドタマのこのコンセプトアルバムにはそのことを含んだ上で、「現在」の世界を見ているような理知がある。前作まではフラグメントっぽいヒップホップサウンドだったが、今作はプロデュースを手がけた"ゲームボーイでテクノを作る"という、USKのサウンドがドタマの声のこの理知と叙情性の両方をよく引き出している。明るくも暗くもなく、強気ではないが弱気でもない。だからといって少しも「中間」にいるわけではなく、彼はさまざまな両極に同時にいる。なにも「夢」って言ってくれるから「共感できる」わけではない。どうしようもなく両極が見えてしまう袋小路というものが、私はあると思うけれど、彼が歌っているのはそういうものとも言えるかもしれない。そしてライヴで強さは、その袋小路を相対化してなおシニシズムの沼に沈むことのない思いの強さだったのかもしれない。

interview with Mark McGuire - ele-king

 暑中お見舞い申し上げます。
 以下に掲載するのは、去る5月に初来日したマーク・マッガイアのインタヴューです。
 簡単におさらいしましょう。マッガイアは、今日のアメリカの音楽シーンにおける新世代として、欧米ではもっとも評価の高いひとりです。ジム・オルークさんも評価しています。この5年のあいだにアメリカのアンダーグラウンドで起きていたこと、ノイズ/ドローンから美しいアンビエントが生まれてきたプロセスの体現者でもあります。海や水を題材にしたアルバムも多いので、この季節に向いているとも言えます。最近は、トラブル・ブックスとのコラボ作品を出していますが、これも涼しくて良いですよ。
 彼はまだ20代なかばの青年ですが、エメラルズとして、またはソロ活動において、大量の作品を発表しています。カセットテープ作品にCDR作品......それらの人気作は数年後にヴァイナルとなって再発されています。つまり彼は、音楽の発表の仕方の新潮流の代表者でもあります。
 取材をしたのは、翌日の帰国を控えた、日曜日の昼下がりでした。以下のインタヴューを読めば、彼がどんなところから来たのかわかると思います。


野田:日本での滞在はどうですか?

マーク:すごくリラックスして過ごしています。新宿で公園に行ったり、浅草では水辺を散策してとってもよかったです。あとはCDを買ったり、ボアダムスのライヴを観にいったり。

野田:リヴィング・ユア・セルフ』のことを考えていたんですが、この作品まであなたは自然をテーマにしたりすることが多かったと思います。それが一変して、このアルバムで家族というテーマを扱うことにしたのはなぜですか?

マーク:いままで家族からいろんなサポートを受けてきました。母は毎回ライヴを観にきてくれたし、妹のために書いた曲もあるし、弟からもいろいろ学んできていて。そのみんなから音楽ってどういうものか、自分はどういう存在なのか、そんなことをいろいろ学びました。この作品は僕にとって初めてのメジャーなアルバムだったので、そういういろんなサポートに対して恩を返したかったんです。
 あと、まわりのみんなは自分の家族について語るときに、それがどんなにいい家族かってふうに話すけど、実際はそうじゃないことも多い。たとえば「ごめんなさい」といういうような気持ちも表現して、それとともに「サンキュー」という気持ちも表したかったんです。このアルバム・タイトル自体もポジティヴなこととネガティヴなことの両方を示しているつもりです。

野田:理解のある家族なんですね。

マーク:そう思います。でもいつもそうだったわけじゃないですよ。最初僕はロック・バンドをやっていたんだけど、ノイズとかエレクトロニック・ミュージックをやるようになったときに、なんか、何をやってるのか理解できなかったみたいです(笑)。でもどうやって、どんなふうに僕が成長していったのかをちゃんと見ててくれたので、いまは理解があります(笑)。

野田:あなたのような20代なかばの若さで家族を自分の音楽のテーマにする人は多くはないですよね?

マーク:はははは。僕の家族はとても親密なんです。それはいい意味でも、悪い意味でも。それで、それまでたくさんのカセットなんかをリリースしてきたけど、ちゃんとした初めてのアルバムでは、次に進むためのひとつの区切りとして、家族というテーマを選ぶのがいいんじゃないかって思いました。

野田:しつこいようですが、たとえばロックンロール・ミュージックは、自分の両親やその世代に反抗することで熱量をあげていったようなところがありますよね。ロックの歴史という観点から考えると、『リヴィング・ユア・セルフ』のような実直な家族愛の表現は興味深いなと思ったんです。

マーク:そうですね、それはわかります。僕のまわりでも、父親のことは好きじゃないとか、子供の頃いやな経験をしたっていう人はいるし。でもそういうむかしのことについてとやかく言いすぎて、家族との関係を壊すことはしたくないなって思います。よくも悪くも、家族からのレスポンスのなかでとてもたくさんのことを学んだことには変わりないから、僕はとくに反抗はしなかったんです。

野田:50年前は、親の世代や古い価値観に対する反抗心が音楽のエネルギーとして働いていた。しかし、今日では必ずしもそこにはないってことでしょうかね。

マーク:僕はカソリックの家に育ったんです。教会に行くっていうようなこともいまはないし、カソリックとして生きてもいないんだけど、母がすごくオープン・マインドな人なので、むかしはよく話したんです。ぜんぜん話が通じなかったり、いまだに平行線なことも多いんだけど、そうやって実際に話してくれたってことに対してすごく感謝していますね。

橋元:"ブレイン・ストーム(フォー・エリン)"って、さっき妹さんへ捧げたと言っていた曲だと思うんですが、あなたの曲にはミニマルな構造のものが多いなかで、あんなにドラマチックな旋律を持った曲っていうのはめずらしいのではないですか?

マーク:この曲には時間をかけました。たしかに僕の曲の作りかたって、基本的にはディレイを使って音を重ねていくものだけど、これはループをベースにするんじゃなくてもっとしっかりメロディを作っていったんです。こういうのはこれから深めていきたいなって思う。これ、じつはこのアルバムをリリースする予定だった別のレーベルの人に、初め送った曲だったんですね。そしたら「ギター・ソロっぽすぎるんじゃない?」とか言われて......。何がやりたいんだ? みたいなこと言われて却下されたんですよね(笑)。

野田:はははは!

橋元:ええ、なんてことを! 私この曲を聴くと「エリン」って人はひょっとしたら死んじゃったかとても遠いところに行ってしまった人なんじゃないかって。そのくらい情感ふかい曲で、そこがいいと思うんですけどね。

マーク:このアルバムにはとてもたくさんのアイディアとストーリーが入っていて、いろんなことについて語ってるんです。ファミリーって、家族だけじゃなくて職場や友だちをさしたりもする言葉だし。そこにはいいことだけじゃなくて、いろんなストーリーがあって、たとえば後悔とか怒りとか。それからあなたが言ったような距離ということも。距離って地理的なものもあるけど、心のディスタンスっていうものもあるんじゃないかと思う。そういうテーマはこの作品のなかにはたしかにあります。

橋元:"ブラザー(フォー・マット)"という曲も弟さんへの献辞があります。これもドラムがすごくエモーショナルで作品中では異質な曲です。誰かに捧げることで、あなたはより素直にリリカルな曲を生めるんじゃないでしょうか。

マーク:弟とはよく音楽をやってて、高校のときはいっしょにロックをやってたんです。彼はロックが好きで。で、ドラマーだから、あの曲でたたいてもらったってわけなんですけどね。

野田:アルバムには家族の会話が入ってますよね。会話ではじまって、会話で終わってる。先日の東京のライヴも最初は日常会話からはじまってましたね。こういう、会話からやるっていうのはどういう意図があるんですか?

マーク:その録音は弟の5歳の誕生日のときのもので、たとえばその録音のなかで嵐について話したりしていて、そのことがまたべつの曲になったりしているんです。音源自体はタイム・カプセルみたいなもので、それがこのアルバムの起源になっているとも言えます。あと、ここには彼らはいないけど、音のなかにはずっといっしょにいるんだよっていうことでもあります。

野田:ライヴでああやって声を用いるっていうのは、そのまま受け止めると、その日常的な会話からあなたの音楽によっていろいろなところにオーディエンスをトリップさせる、そしてまたもとの日常にもどってくる、というような意図があったのかなって思ったのですが。

マーク:僕にとっては音楽は毎日やっていることだし、それが日常です。でもそういう会話のサンプリングによって、そのほかの、友だちとか家族っていう日常もひとつにする感覚でやっています。

野田:音楽が日常ってことですが、エメラルズのジョン・エリオットさんとはリリース量を競いあってるんですか?

マーク:はははは(笑)ノー、ノー。ずっと音楽をやっていて、パーティに行ったりとかお酒をのんだりとかってことに集中しなかったから、結果としてリリース量が多くなったという感じで。高校のときの友だちとかは、パーティーとかお酒とか好きで、ちょっとちがうなって思ってたんです。そこでジョンと会ったときに意気投合して。彼は音楽、音楽ってずっと集中してる人だったから。それでバンドになっていったんです。リリース量がとても多いって結果にも、かな。


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野田:『リヴィング・ユア・セルフ』以降にもたくさんリリースされていますが、そのなかで大きなものってなると『ゲット・ロスト』かなって思います。抽象的なアルバム・タイトルが多かったなかで、これは「失せろ」って意味じゃないですか。そういう直情的なタイトルにしたのはなぜですか?

マーク:このタイトルもさっきのようにいろんな意味にとれるものだと思うんですけど、英語だと「失せろ」というほかに「迷う」という意味もあるんですね。『リヴィング・ウィズ・ユアセルフ』が家から出ていくものだったとしたら、『ゲット・ロスト』は世界の広さに圧倒されてまよってしまった、そういうものだったんじゃないかって考えられます。世界はとてもクレイジーでいろんなものがうごめいている場所ですからね。でもその「迷う」っていうこと自体いはすごく大事なことだとも思ってます。スリーヴに書いてあるんですけど、「迷う」ことでなにかを発見したり、次につながっていくのはほんとに大事なことです。

野田:それは、クリーヴランドを離れたり、アメリカを離れてツアーをまわったりとか、そういう経験からきた言葉なんですか?

マーク:もちろんそこにはたくさんのできごとがあります。自分を強く持って、ここだって決めて進んでいったとしても、とてもたくさんの筋道ってものがありますよね。そういう、こうしたい、こうしたほうが良かったというたくさんの選択肢のなかで、自分に対して正直にいよう、そうしたことを強く持とうって思ったところからきています。あとは、クリーヴランドからポートランドへ引っ越したっていうのも大きいかな。そんな規模の引っ越しは初めてだったから。ひとりになった気持ち、とてもさびしい気持ちはあらわれているかもしれません。

野田:エメラルズのほかのふたりのメンバーもいっしょに引っ越したんですか?

マーク:彼らはクリーヴランドにいますね。

野田:ポートランドっていうと、いまとてもアーティストが集まる街でもあり、なおかつアメリカでもっとも銃声が鳴り響く街でもあるっていう噂を聞いたんですが。

マーク:銃声? クールですね(笑)。

(一同笑)

マーク:銃については最近考えをあらためて......、まあ、いいや。

野田:ええ、なんです?

マーク:もちろん銃は持たないほうがいいって思ってるんですけど、最近はハンティングのためとか自分を守るためというよりも、政府についてちょっといろいろ、嫌なことがあったものだから、それで銃を持ったほうがいいんじゃないかって思うようになって。

野田:ええ(笑)! それは聞き捨てならないですね!

マーク:いやいやそれは......

野田:ポートランドは治安が悪いっていうのはほんとなんですか?

マーク:僕はいちばんいいとこに住んでるわけじゃないけど、とくに問題ないですよ。住んでる人っていうより、警察のほうが危ない、こわい感じです(笑)。前の警察署長っていうのが、ちょっと獰猛な人だったみたいです。

野田:日本も似ています。

マーク:まあ、でも、これは気にしないでください。なんでもないです。なんでもない(笑)! 僕はいちども銃を撃ったことないですからね。でもそういった人たちや政府に対してアンチを唱える意味で銃を持つのもいいんじゃないかって、最近は思ったりします。

野田:それはすごいなあ。

マーク:でも......、これはほんと、なんでもないから(笑)!

橋元:(笑)『ゲット・ロスト』で声を入れようと思ったのはなぜです?

マーク:歌ってる曲は2007年の曲なんです。いつもは自分の曲に歌が必要だとは思わないんだけど、ときどき音だけじゃ表現できないから言葉で言わなきゃっていうことがあって。この曲はそんなふうにできたものです。シンガー・ソングライターみたいに歌うんじゃなくて、人間の声っていうものはとても面白い楽器にもなるとも思ってるので、もっといろんな可能性を拡張していきたいですけどね。

野田:あなたのライヴを観て、あんなに踊れるっていうか、ダンサブルな演奏に驚きました。いつもあのスタイルでやっているんですか?

マーク:僕はとてもいろいろなことをやっています。だけどあのときのライヴはお客さんとの一体感がほしかったので、音楽とリズムでそれをやろうって思いました。お客さんに身体を動かして観てもらいたかったんです。僕自身もボアダムスのライヴでそんなふうに観ていました。僕自身はドローンとかアンビエントとかもっとメディテーティヴなものとか、いろいろなスタイルでやります。バランスのとりかたに悩むこともありますけど......。
 たとえば流行の音楽がありますよね。そういうものも好きで、やりたいなって思ったりもするんですけど、そういうものを取り入れることで自分のスタイルを失ってしまうんじゃないかって思ったりもして、そういうバランスがむずかしいんです。

野田:流行っている音楽っていうのは?

マーク:レトロなインディ・ダンスとかですね。

野田:〈100%シルク〉とか?

マーク:別に悪く言ってるんじゃないんですよ! ローレル・ヘイローフォード&ロパーティンみたいな人たちのことです。いろんな人がいるってことです。たとえばドラムマシンとギターを使ったような曲もありますけど、そっちの方向に自分が進むべきかっていうとちょっと違うかな、とも思います。

野田:ローレル・ヘイローとは交流があるんですか?

マーク:フォード&ロパーティンとは、特別親しいわけじゃないけど知り合いです。ゾーラ・ジーザスとも知り合いです(笑)。

野田:ちょっと意外ですね! あのー、5~6年前、アメリカのインディ・ミュージック・シーンの若い世代たちがドローンをやってたじゃないですか。あれはなんでなんでしょうね。

マーク:2000年くらいにスケーターとかダブル・レオパード、サンルーフの影響を受けたんですけど、僕はその当時ノイズのコミュニティにいたんです。あの頃は、そんなことをしているのは自分たちだけだと思ってたんだけど、気づいたらほかのノイズの人も同じようなことをやってました。
 それが何故か......、たとえばシンセサイズな音楽がダンス・ミュージックになってって、その次の展開ってわからないけど、また90年代にもどるって展開もあるかもしれないですね。ひとつのジャンルにそういうシフトがあるように、それもなにかシフトしていったものなんじゃないでしょうか。僕らにとってはそれはとてもナチュラルでオーガニックな流れなんです。こういうバンドのように、こういうジャンルのようにやりたいって思ってたわけではなくて、自分たちにとって正直に音をつくっていった結果こうなったという感じです。

野田:テリー・ライリーやラ・モンテ・ヤングのような人たちのドローンというのは、現代音楽の発展型で、ある意味論理的で、専門的でマニアックな音楽だったんですけど、それがいまではより感覚的で身近なものになったっていうことでしょうか?

マーク:彼らはニューエイジのドローンの人たちに対して影響があったような作家で、僕らはどうかわからないけど、そういう人たちもいますよね。僕にとってはパンクとハードコアが初めにありました。それはクレイジーなものでしたが、ドローンをはじめたとき、とてもコントロールが効いた音楽だと思いました。とてもミニマルなもので、それが新鮮に思えたんですね。それはとてもリラックスできるものなんだけど、その奥底にパンクやハードコアのようなタフな要素があるんじゃないかって思います。あと、ドラッグなんかをやるときにはパンクみたいにハードなものはやめたほうがいいんじゃないかとも思いますよ(笑)。

橋元:そういう、ドローンとか瞑想的な、アトモスフェリックな音っていうのは、あなたのなかでサーフ・カルチャーと結びついていたりしますか? インナー・チューブ名義での作品はサーフ・カルチャーの影響から生まれたということですが。

マーク:インナー・チューブというのは、スケーターのスペンサー・クラークとのプロジェクトなんですけど、彼ととてもよく遊んでいたことがありました。『ストーム・ライダーズ』というサーフィンについての映画があって、その映画はサーフィンの精神性に関する映画だったんです。そのなかで、「波の力は地球上でいちばん大きな力の源だ」っていうことが語られているんです。
 このプロジェクトはシンセサイザーを使ったメディテーション音楽なんですが、とっても楽しかったです。決められたテーマがあったので、むしろいろんなアイディアがふくらんでいきましたね。でもすごいたくさんあるなかで、海のなかにいること、それはサーフィンでも泳ぐことでもいいんだけど、そこに人生のすべての感覚があるんじゃないかって。その海のなかにいる感覚から、世界をどう見るか、人生の経験をそこにどうやってつなげていくかってことをテーマにしました。

野田:レコードにはポスターが入っているんですよね。

マーク:それは映画からきてますね(笑)。

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野田:ちなみにクラウトロックからの影響もすごくあると思うんですけど、同時代のエレクトロニック・ミュージックからの影響っていうのはないんですか? ベーシック・チャンネルみたいな、ベルリンのミニマル・テクノであるとか。

マーク:もちろんあります。初期のデトロイト・テクノとか。さっき言ってたパンクの話ではないですが、とてもコントロールされていて、とても凝縮されている、そういうタフさのようなものがあるっていうところに惹かれます。すごく正直にいうと、僕は80年代のソウルも好きで、それとデトロイト・テクノには似たようなところがあると思ってます。

野田:デトロイト・テクノが好きなのに、ライヴではドラムマシンを使わないってとこがすごいと思いますよね(笑)。

マーク:ふふふ。ギターでテクノをつくります。

橋元:さっき言ってたようなローレル・ヘイローとかゲームス、フォード&ロパーティンも入るかもしれませんけど、いまチルウェイヴと呼ばれているような音楽が現実逃避的だっていうような批判を受けたりしていますけど、現実逃避っていうこと自体は音楽や文化にとってすごく大きな役割を果たしてきたものだと思うんですね。あなたの音楽には現実逃避的な部分があると思いますか?

マーク:デフィニトリー! もちろんそれはあります。でも、たとえば、チルすることで「人生はいいよね」と言ってしまうことは正しくないと思います。ネガティヴなことも言うべきだと思います。本当の人生のなかでは人はそれでリラックスすることはできないじゃないですか。もっとたくさんのむずかしいことがあります。僕がアルバムで表現したかったように、いいこと悪いことの両面について触れるべきです。けど、もちろん自分の音楽に現実逃避的な部分はあるな、とは思っています。

橋元:そういう部分が逆に自分の音楽をふくらませることはないですか?

マーク:そうですね。それはあります。僕の音楽にはエクスタシーのような、いい気分に満たされるようなものがあるとは思いますけど、それは人びとに必要なものじゃないかっていう気持ちから生まれてるんです。みんな学校とか仕事やなんかがあって毎日とても忙しいから、そういう感情がないと生きていけないんじゃないかと思っています。生きていくのに必要なものなんじゃないかって思います。ただ、くりかえしになるけど、ものごとのふたつの面については考えなきゃいけない。

橋元:なるほど。実際あなたにとって音楽をつくることとギターを弾くこととはどのくらい分離したものなんでしょう? 即興的な部分が大きいのですか?

マーク:それはほんとにいろいろなんですけど、はじめにたくさんのアイディアがあることも多いです。実際ギターを弾きながら何かを発見していって、それをコンポーズドさせていったりもするんですけどね。あとはたくさんのレコーディングを作っておいて、あとで聴きながら「あ、ここいいな」って思った部分をつなげていくようなやりかたもします。だから、けっこういろんなやり方が組み合わさっているかなあ。でもいずれにせよすごく時間をかけることが大事だと思ってます。10年じっと座って考えるっていう意味ではないんですけど、やってみたことをあとからじっくり考えなおしてみてみることですね。

橋元:最後にエメラルズについて訊きたいと思います。エメラルズをやることで自分の音楽にフィードバックがあるとすれば、それはどのようなことなんでしょう。そしてメンバーの性格分析や音楽上の役割分担について教えてください。

野田:そもそもエメラルズの次のアルバムって用意されてるの?

マーク:とってもいいレコーディング・スタジオを借りたみたいです。6月は1カ月まるまるそのクリーヴランドのスタジオで作業することになりそうです。それでポートランドに結果を持って帰っていろいろ作業して、また8月にクリーヴランドに戻って作ります。
 レーベルは〈エディションズ・メゴ〉です。でも、アルバムを作るために集まるんじゃなくて、みんなで音を出すのが楽しいから集まるわけで、アルバムはほんとに、あくまでその結果ですね。音を出すのが目的です。でも、そのスタジオは〈エディションズ・メゴ〉が借りてくれてるから、もちろんまあ、出るんでしょうね(笑)、アルバムが。とってもいい条件だったみたいです(笑)。
 で、最初の質問ですけど、僕らは実際エメラルズがこんなに成功するとは思ってなかったんです。ジョンとはもう13年くらい音楽をやっているんですけど、ぜんぜん誰にも、見向きもされなかったんです(笑)。だからいまの状況に圧倒されてるところもありますけど、ジョンからもみんなからもすごくたくさんのインスピレーションをもらっています。

野田:ヨーロッパからの反応はどうなんですか?

マーク:とてもいいです。アメリカよりいいです。ウォッカも飲めます(笑)。
 ふたつめの質問については、そうですね、僕ら3人は、とっても性格がちがうんです。違っているからこそ、音楽がいっしょにやれる、集まれば音楽が生まれてくるんだと思ってます。僕ら3人のパートははっきりと決まっているわけではないんですけど、バランスをとても大事にしているんですね。アルバムを船だとすると、いつも、その船がまっすぐ進んでいるかな、ということをつねに気にしています。とても大きなところでは、僕らはジョン・コルトレーンに影響を受けてるんです。彼らの演奏はいつもタイト、そしてどの部分を見てもコントロールされているし、音のバランスもとてもいい。大きな影響を受けてます。ひとりじゃなくて複数の人で演奏しなきゃいけないときに、お互いのことを気にしなきゃいけない、そういったときにジャズからとても大きな示唆を受けます。
 僕はエメラルズの3人を世界でいちばん大事な友だちだと思っているし、3人で音楽ができることをほんとうに素晴らしいことだと思います。音楽というのは自分のなかから生まれてくるもので、音楽がさきにあるんじゃなくて、自分がさきにあるものだと思うから、もしそれを誰かとやる場合は、フレンドシップがすごく重要になります。だから6月の録音にはそのフレンドシップという原点に立ち返ろうってことも思ってます。エメラルズの音楽ファンのために作るというより、僕らメンバーがお互いのことが好きなんだというそういう原点にもどって作りたい。そう思ってます。

野田:みんなほんとはエメラルズに来てほしいと思ってるんですが、聞いたところによると機材がすごいんですよね。それでなかなか持ってこれないっていう。

マーク:僕もすごくたくさんペダルを持っていて、ほかのふたりも機材はたくさんあるので、その点でたしかにツアーは難しいかもしれないです。やるときはほんとにベストを尽くしたいので......

野田:なんか、すごい古い機材を使うんですよね?

マーク:ジョンはすごい大きなモジュラーのシステムを組んでいます。メロトロンも持っているけど、さすがに1回もライヴに持ち込んだことはないですね(笑)。スティーヴも10個くらいのシンセサイザーを持ってるので、まあピンク・フロイドみたいに予算がガンガン使える人たちじゃないと、ちょっとむずかしいですね(笑)。彼らはボートを使ったみたいけど、たしかにボートじゃなきゃ無理かもです。エメラルズの機材は、飛行機には載りきらないでしょう(笑)。

野田:そんなに......、ところでさっき、あなたはノイズ・シーンにいたと言っていましたが、そのノイズ・シーンについて詳しく教えてください。次の紙ele-kingでは「ノイズ」を特集しようと思っているんです。

マーク:僕たちが2005年に演奏をはじめたとき、エメラルズの前にフランスライオンズというバンドをやっていました。その秋、僕たちはクリーヴランドでスリーピータイム・ゴリラ・ミュージアムという本当にひどいバンドの前座をやって、とても変なセットをその晩演奏したのですが、そのライヴでジョージ・ヴィーブランツ(Viebranz)という人に出会いました。
 ジョージはクリーヴランドの小さなクラブやDIYスペースでたくさんのライヴを企画していて、僕たちにオハイオのアクロンにあるダイアモンド・シャイナーズに翌週末に演奏しにおいでよと言ってくれました。ダイアモンド・シャイナーズはタスコ・テラーというバンドが運営していた小さなDIYハウス・スペースです。そこで僕たちは同じ好みを持ったたくさんの楽しい人たちに出会って友だちになり、また彼らが紹介してくれたバンドとのネットワークを築きました。そしてそれと同じ時期に、僕たちが夢中になっていたノイズやエクスペリメンタル・ミュージックのたくさんの音楽がオハイオやミシガン周辺で生まれているということを知りはじめました。とりわけコスモス・ファームという場所、ラムズブレッドというバンドが運営していたオハイオのデラウェアにあるザ・ラムズデンという場所で、そういった音楽のライヴ演奏がおこなわれていました。
 僕たちはそこで演奏しようと何度か試みたのですが、彼らから詳細をもらうのはすこし難しくて......、でもあるとき、ようやくそこで演奏することができたんです。そこでは僕らが好きなバーニング・スター・コア、ヘア・ポリス、ウルフ・アイズ、クリス・コルサーノといったバンドのライブを見ることができて、とても興奮しました。それから僕たちはラムズブレッドとすぐに仲よくなったんです。ラムズブレッドはとても愉快でパーティ好きで、信じられないほどいいレコードを持っていました。それから当時の彼らは僕たちと同じくらいの量のウィードを吸っているバンドでもありました。
 エメラルズをはじめたすぐあとでした。クリーヴランドであったマジック・マーカーズ/ラムズブレッドのライヴでラムズブレッドと仲よくなって、ヴァンパイア・ベルト、デッド・マシーンズ、バーニング・スター・コアなど僕たちが賞賛するバンドも出演するデラウェアの彼らのハウス・パーティで演奏してよと誘ってくれたのです。そのライブは僕にとっていちばん緊張したライブとなりました。僕らは5~6分しか演奏しなくて、ほとんどサウンドが作れなかったと思います。そこにいた人たちは楽しんでくれたみたいでしたけど。それから僕たちはその場所やミシガンでタスコ・テラー、レズリー・ケッファー、グレイヴヤーズ、ラムズブレッド、バーニング・スター・コア、シック・ラマ、ハイヴ・マインド、アーロン・ディロウェイなどたくさんのバンドとライヴをやりました。

野田:ソニック・ユースからの影響はありましたか?

マーク:僕たちの音楽は前に言ったようなのバンドを通して、サーストン・ムーアに紹介されました。サーストンは僕らが2006年にタスコ・テラーとスプリット作ったカセット『クリスマス・テープ』を聴いて、僕たちにとっては最初のヴァイナルとなるその再発をリリースしたいとオファーしてくれたのです。その当時サーストンはオハイオのノイズ・シーンによく顔を出していて、タスコ・テラーの子どものころからの友だちであるレズリー・ケッファーや、ラムズブレッド、そして僕たちとタスコ・テラーのスプリットLPをリリースしました。
 サーストンはとてもいい人で、すばらしい人たちとのネットワークを持っています。でも個人的にはソニック・ユースに夢中になったことはありません。僕が彼らにいちばん興味をもったのは、図書館で『ウォッシング・マシン』を借りて聴いたときでしたが、そのとき僕は8歳でした......。それ以外はあまり自分にひっかかったことはありませんでした。彼らはたくさんのバンドに影響を与えていると思いますが、正直、僕はそのうちのひとりではありません。
 僕たちがバンドをはじめたときにとても大きな影響を受けたのはラムズブレッドでした。自由でサイケデリックな要素を持つ彼らの音楽や、彼らとの個人的なつながりは、初期の僕らに助けや助言をあたえてくれました。彼らがもう演奏しないことや、彼らのことを語ることを誰もしないのは悲しいことですが、彼らは僕が音楽を通して出会ったなかでももっともディープな人たちで、彼らのことが大好きです。

 ※次号の紙ele-kingでは、ゼロ年代のノイズ/ドローンのシーンについて特集します。こうご期待!

DJ KAMATAN (PANGAEA) - ele-king

夏schedule
8/4 KNOT @ 福島会津若松 CLUB infinity
8/5 ひかり祭り @ 神奈川相模原市 旧牧郷小学校
8/10 DUB FRONTIR @ 仙台 PANGAEA
8/19 伊達祭 @仙台 勾当台公園
8/24 PANGAEA NIGHT DJ光 @ 仙台 PANGAEA
8/25,26 SUN MOON @ 岩手 千貫石キャンプ場
8/31 echo8 @ 仙台 PANGAEA 
9/1,2 龍岩祭 @ 山形 蔵王温泉
9/9 こころのヒダ @ 仙台 ADD
9/21,22,23 Chill Mountain @ 大阪 荒滝キャンプ場
9/28 未定 @ 沖縄 那覇
9/29 未定 @ 沖縄 那覇

仙台pangaea
https://pangaea-sendai.com
https://twitter.com/KAMATAN6


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Peaking Lights - Lucifer - Mexican Summer
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