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FAR OUT MONSTER DISCO ORCHESTRA
KEEP BELIEVING (CAN YOU FEEL IT) REMIXES
FAR OUT / UK / 2011/11/6
»COMMENT GET MUSIC
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CANTOMA
NORTH SHORE
LENG / UK / 2011/10/26
»COMMENT GET MUSIC
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THEO PARRISH / BURNT FRIEDMAN
MEETS MANCINGELANI AND ZINJA HLUNGWANI
HONEST JONS / UK / 2011/10/25
»COMMENT GET MUSIC
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TURN ON THE SUNLIGHT
REMIXES / COLLABORATIONS
DISQUES CORDE / JPN / 2011/11/9
»COMMENT GET MUSIC
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合唱の盛んな国では、合唱祭の季節になるとタクシー運転手までが乗客とその話題で盛り上がるらしい。エストニアだったかハンガリーだったか、かつて合唱指揮者の松下耕がそのように話していたのを覚えている。どういった演目が主流なのかはわからないが、なかには20世紀なかば以降の作品に限定した大会もあるようで、当時リゲティやトルミスに憧れた筆者はその熱く華やかな様子を夢に描いていてもたってもいられず、早朝からひとりで特訓した。一緒にやってくれる人などいないが、めげずにシェーファーの『ガムラン』をひとりで四声分練習したりもした。もちろん声域には限界があるし、ひとりでは和音も出せず、当たり前のことだがなんにもならなかった。受験勉強のあいだも、まとまった人数がいなくてもいい、『ガムラン』みたいなことを超少人数で、もっとポップに、そして日本語詞でやれたらおもしろいな、というようなことばかり考えていた。当時の筆者に誰かMTRの存在を教えてくれる大人がいれば、もしくは相当の歌い手が2、3人いれば、もしかしたらダーティ・プロジェクターズをやっていたかもしれない......。
そうしたわけで、2007年に初めてダーティ・プロジェクターズを聴いたとき、筆者にはまずなにより羨望と嫉妬の感情が沸き上がったのだった。やられた! それは私もやりたかった。結局はそんな才能も行動力もなかったわけだが、かつて頭のなかにイメージしていた音が、その年発表の出世作『ライズ・アバヴ』ではそのまま鳴っているかに思えた。ブラック・フラッグの『ダメージド』を1曲1曲「リイマジニング」したという、コンセプトからして奇矯な『ライズ・アバヴ』。ポップで自信たっぷりで、その頃活況を呈していたブルックリンの無邪気な実験主義たちの気風を象徴するような作品だ。つづく2009年の『ビッテ・オルカ』では名実共に第一級のインディ・バンドとしての存在感を示したと言えるだろう。ビョークが彼らに惚れたのはよくわかる。本作はチャリティ目的で生まれた企画がCD化されたもので、2009年には同曲目のコンサートを、2010年にはそのスタジオ・ヴァージョンのネット配信をおこなっている。ビョークとのあいだに、相互に素直なリスペクトがあることをしのばせる演奏だ。別のチャリティ・コンピで見せたデヴィッド・バーンとのコラボでも同じような志の高さを感じた。まったく有意義な、そして音楽に恥じることのない共演であることは間違いない。
野原でつかまえてきたうさぎのように粗暴で自由で抑制のきかない女声。が、バシバシとぶつかりあいながら危うく構成するハーモニー。もともとソロ・プロジェクトであったとはいえ、ダーティ・プロジェクターズといえばまずこれだ。和音の進行が首輪のように、無軌道に跳ねるうさぎたちを辛うじて束ねる。冒頭の"オーシャン"はとても印象的な一曲である。ディジュリドゥか何か、奇妙に安定しない低音が持続して緊張感を高めなか、あの地声っぽいコーラスが強烈な個性をもっておもむろにはじまる。母音のみの歌唱でひとしきり展開するとこの曲は幕。すぐに分散和音で伴奏のように歌いはじめられる"オン・アンド・エヴァー・オンワード"へと移り、こぢんまりとしてコミカルなストリングスと女声パートの絡みの上に、いよいよビョーク登場となる。暁光のようにくっきりとまぶしく、ビョークの声には横綱のような存在感がある。テーマを受ける形でまずはワンフレーズ。次第にコーラスとのあいだに編み目が生まれていく様子がじつに楽しそうでわくわくする。つづく3曲めではデイヴ・ロングストレスがリード・ヴォーカルを執り、コーラス隊は作品中もっとも難易度の高そうなテクニカルな演奏を展開する。正確さとめちゃくちゃぶりの間を縫うように、相手を翻弄しながら細かくパスをつないでゴール。そんなイメージの歌い方だ。ほとんど生録音というから舌を巻くが、なるほど生録音でしか出せない「アニマート」な作風である。6曲目のバラード"ノー・エンブレイス"もいい。もちろん声メインだが、細く入っているバッキングのエレキ・ギターがなんともよく効いている。ブルージーで、ソウルフルで、わずかにジャマイカや南米っぽいニュアンスをもたせたデイヴのフレージングもぴしりときまっている。実質これがダーティ・プロジェクターズの作品なのだということがよくわかるだろう。ビョークはあくまでゲストであり、ちょうどハーキュリーズ・アンド・ラヴ・アフェアのデビュー作におけるアントニー・ハガティといったところ。5曲目や7曲目でプリマドンナの役割を見事に果たしている。自作に圧倒的に渦巻く気負いや気迫から少し解き放たれて、リラックスして音楽を楽しんでいる様子だ。おそらく彼らの音やキャラクターのコスモポリタンな佇まいにもよく共感できるのだろう。これほど巨大な存在になりながらアーティストとしての本懐を失わず、また貪欲に新しい音に接近していく彼女の姿がはっきりと刻まれ、記録されている。ビョークのファンにも貴重な1枚だろう。
奴らは私たちに信じさせたいだけ
バンバンバン あんたは廃人
バンバンバン 私も廃人
"Bhang Bhang, I'm a Burnou"
![]() Dum Dum Girls Only In Dreams Sub Pop/Pヴァイン |
ダム・ダム・ガールズというのはアメリカ人かするとたとえば「偉そうな校長を部屋から叩きだして、ドアにバリケードを築くような女ギャングのよう」(https://pitchfork.com/)に見えるそうで、つまり映画『if....』で学校の校舎の屋根に上って教師たちをライフルでねらい打ちしているのは、いまや女の子であることを告げる一味というわけだ。たしかにデビュー・アルバム『I Will Be』は、低俗なロックンロールのクリシェをかき集めて攻撃を仕掛ける女性解放運動家たちの聞き分けの悪い娘のような作品だった。
その生きの良いジェット気流に対して、セカンド・アルバム『オンリー・イン・ドリーム』は内省的で、ポップに展開する(多くの曲がミディアム・テンポで、プロデューサーはブロンディやザ・ゴー・ゴーズを手がけた人)。最小の言葉で最大限の言葉を喚起させるという意味では、彼女=ディー・ディーのソングライターとしての腕は上がっている。そして、沢井さんのライヴ・レポートで、見ていて痛々しくも思えるとあったけれど、たしかに『オンリー・イン・ドリーム』は強がっていた『I Will Be』が嘘のように喪失感が目立つアルバムで、しかしそのマジー・スターを思わせるようなアートワークとシリアスな歌詞は、このバンドの支持が高まっているのも十分にうなずけるほど、前進を感じさせる。
私はいつでもロックンロールが好きで、小さい頃からこれがやりたいとわかっていた。ロニー・スペクターが同じことを言っていたのをどこかのインタヴューで読んだことがある。つまり、これは私の血ね。
■LAの音楽シーンは、いまベルリンに匹敵するほど盛り上がっていると言われているそうですが、実際ここ5年でどのような発展があったのですか?
ディー・ディー:とくに参加している以外に、私自身がLA音楽シーンのいち部だと思ったことはないんだけどね。曲を書くのも働くのもひとりだし、私はどのシーンからも遠く離れているのよ。
■ここ数年は若い音楽家がニューヨークではなくロスに集まっているのは本当ですか?
ディー・ディー:わからないけど、カリフォルニア出身の私から見ると、LAはアートのために引っ越してくる場所のようには思うわ。でも、ニューヨークのほうが国際色は豊かだと思う。私もこの夏にニューヨークに引っ越したのよ。
■ダム・ダム・ガールズが見せるロックンロールへのフィティシズム (バイク、ファッション等々)は、どこまで本気なのでしょうか?
ディー・ディー:そうしたものを自分のライフスタイルに完全に取り入れることはないけど、本当に好きなところはたくさんあるわよ。
■革ジャンにバイクというのは、いまでもあなたの特別な感情を誘発するのでしょうか?
ディー・ディー:質の良い革ジャケットは好きよ。バイクのうしろに乗って、長いドライヴをするのも好きよね。
■ディー・ディー・ラモーンのどんなところにあなたは愛情を感じるのですか?
ディー・ディー:とにかくラモーンズが好きなのよ。いちばん好きのはジョーイ。ただし、ディー・ディーは私の母の名前で、私のミドルネームなの。
■セックス、ドラッグ、ロックンロールというクリシェをあなたはどう考えますか?
ディー・ディー:そう、だからクリシェ(決まり文句=クール)なんでしょう!
■ロックンロールには男性優位の指向がありましたが、ダム・ダム・ガールズはそうした古い価値観を転覆していると思いますか?
ディー・ディー:私は先駆者の女性のあとを追って自分たちのことをやっているのが幸せなのよ。それで、他の女性がもっと簡単に音楽をプレイするようになれば良いと思っている。
■ダム・ダム・ガールズは女性の味方ですか?
ディー・ディー:もちろん。
■日本の女性/男性にはどんな印象を持っていますか?
ディー・ディー:日本人の文化に関しては、ほとんど知らない。でも、日本でプレイしたり、直接経験できるのを楽しみにしているわ。
■パティ・スミス、デボラ・ハリー、マドンナ、この3人のなかでもっとも好きなのは?
ディー・ディー:パティ・スミスかな。でも、みんな好きよ。
■シングルでザ・スミスの"There Is a Light That Never Goes Out"をカヴァーした理由を。
ディー・ディー:これは最後の最後に出てきたアイディアだったの。大きな影響を受けた曲だし、私自身のこの曲への愛、明らかな敬意を感じたのよね。
誰もモリッシーのように歌ったり曲を書くことができないし、誰もマーのようにギターが弾けない。それでもこの歌のタイトルが、EPを終了する完全なマントラとして私にヒットしたのよ。
■ちなみにあなたがこうしたロックンロールやガール・グループにアプ ローチした理由は何でしょう?
ディー・ディー:私はいつでもロックンロールが好きで、小さい頃からこれがやりたいとわかっていた。ロニー・スペクターが同じことを言っていたのをどこかのインタヴューで読んだことがある。つまり、これは私の血ね。
■自分をレトロな人間だと思いますか?
ディー・ディー:思わない。ノスタルジックになって過去のことにはまるのは良いと思うけど、それが原因で混合されることが阻まれたり、前に進めないのなら、それはただ成長を妨げるものなのよ。
■セカンド・アルバムは前作以上にポップに展開していますよね。ポップ・ソングとしての魅力を感じます。
ディー・ディー:ありがとう。私もより古典的なポップだと思う。
■ところで気になったのはあのアートワークなんですが、あれは何を意味しているのでしょうか?
ディー・ディー:見ての通り、体外遊離の写真よ。
■『オンリー・イン・ドリーム』というタイトルはどこから来ているのでしょうか? 絶望的とも解釈できる言葉だと思うのですが。
ディー・ディー:"Wasted Away"の歌詞を読んで欲しいわ。本質的には現実逃避ってことであり、あなたが持っているものと欲しいものとのあいだにときどき存在する分水嶺を参照するってこと。
■アメリカはこの先、どうなるのでしょうか? 明るい未来があると思いますか?
ディー・ディー:次の選挙でもオバマ大統領がまた選ばれたら良いと思うわ。アメリカ人は国民健康保険が欲しいし、私はウォール・ストリートのデモを応援しているのよ!
言うことなど何もない
1日の終わりに私は疲れ果てている
このまま疲れ果ててあなたに会いたい
夢のなかで
"Wasted Away"
「カモメよカモメ~、この世の終わりが~」、こうしたディストピア・ソングを得意とするのは、この国ではほかに野坂昭如と......そして坂本慎太郎がいる。ゼロ年代においてゆらゆら帝国が表現した"ソフトに死んでいる"のようなディストピア・ソングが、逆説的に硬直したリスナーの気分をずいぶんと楽にしたように、その晩の三上寛の喉から絞り出る「この世の終わり」という言葉は、リスナーを正しい方向に高揚させる。前向きな空気を充満させ、生きる力、勇気のようなものを与えたように思う。
フロントアクトをつとめたのがリトル・テンポの土生剛だったので、若い女性客も多く、なかには驚愕の極みに達していた方もいるのかもしれないが、誰ひとり席を立つことなく、このベテランのシンガーソングライターのステージを温かく見守っていた。

赤いグレッチのギター(ロカビリーの永遠のシンボルであるばかりか、ネオアコの英雄、オレンジ・ジュースのトレードマークでもあった)をかき鳴らしながら、そして浄瑠璃と酒場をまわるギターの流しの語りが混ざったような節回し、あるいは60年代のフォークとロカビリー、そうしたものが渾然一体となった三上寛のスタイルは、じつにインパクトが強く、その絶望をともなう言葉の意味が聞き取れなくても、つまり音だけでも楽しめるものである。三上寛の名前は、ちょうどゆらゆら帝国が『Sweet Spot』(2005年)を出す前に、坂本慎太郎の口から聞いた。ヨーロッパでは彼はとても評価が高く、そして熱心なリスナーをもっていると彼は教えてくれたのだ。

つい先日は、坂田明のライヴを観てきたのだけれど、われわれよりも上の世代のなんとも元気なことか。いや、そんなこともないか......、たとえば、そういえば半年前、DOMMUNEでZEN-LA-ROCKがMCで登場したときに、「うるさい」「空気を読め」などといった心ないツイッターが流れていたけれど、それを気にせずMCを続ける彼の姿を見て、誰に何を言われようが自分が好きなようにやっているパフォーマンスを久しぶりに見た気がして嬉しくなった。これと同じように、三上寛の完成された反時代的な佇まいの凄さは、ツイッターの反応などいちいち気にしていたら生まれなかったものだろう。
僕は必ずしも三上寛にとっての良いリスナーではないけれど、しかし浄瑠璃とロカビリーの混合のなかで言葉の断片は深く突き刺さる。彼の演奏を聴きながら僕は嬉しくて嬉しくて笑いが止まらなかった。

音が好きな若者たち、クラブに行きましょう。音楽を大音量で踊りながら聴くってことは、音好きにとっては気持ち良い以外の何モノでもないですよ。
さて、今週はベース・ミュージックで東西が揺れる。ジェームス・ブレイクの東京公演のアンコールで彼は、予定になかった"ANTI DUB WAR"を歌ったわけだが、そのときの会場の静まり方が傑作だった。いったい何人のオーディエンスがそのオリジナルを聞いているというのだろう(名古屋は"ANTI DUB WAR"で大盛り上がりだったという。名古屋、偉いぞ!)。
そして、そこで"ANTI DUB WAR"を歌うブレイクが、何をオーディエンスに問うていたかは知る人にとって用意に想像できる。「僕はここから来たんだよ。そしてその最良の出発点にいるひとりがマーラなんだ」、そんなところだ。ダブステップの歴史はいま、DMZとコード9といったアンダーグラウンドの活動家を出発点とするものとして書き換えられている。
その"ANTI DUB WAR"の作者、マーラがドラムンベース・セッション15周年のゲストとして、そして大阪のベースの祝祭拠点、Zettai-Mu16周年のためにやってくる。マーラだけじゃない、ベテランのカリバー、ゴス・トラッドやマコトといった連中が東京で迎えれば、大阪(いまもっともクラブ・カルチャーが抑圧されている町)では、不屈の精神を持つ男KURANAKAが、なんと深夜営業なしの2デイズとして、これまた濃い連中をオーガナイズする。DJノブとかこだま和文とかクワイエットストームとかONOとか......。というか、いまこの時期だからこそZETTAI-MUを盛り上げないと。
なお、11月24日、DOMMUNEでは7時から9時まで、「ドラムンベース・セッションこの15年」特集をやります。どうか、現場まで足を運んでトークに参加してください!!
■2011.11.26 (SAT) at UNIT
feat. MALA - DIGITAL MYSTIKZ
CALIBRE
GOTH-TRAD
MAKOTO
YAMA a.k.a SAHIB
vj/laser: SO IN THE HOUSE
B3/SALOON: DX, TETSUJI TANAKA, DJ MIYU, DOPPELGENGER, DUBTRO , OSAM "GREEN GIANT"
open/start 23:30
adv. ¥3500 door ¥4000
info. 03.5459.8630 UNIT
https://www.dbs-tokyo.com
★UKアンダーグラウンド・サウンズのリアル・ヴァイブスを伝えるべく1996年11月にスタートしたDBS (DRUM & BASS SESSIONS)が15周年を迎える。この15年間でドラム&ベース音楽は遺伝子となり、絶えることはない。そしてダブステップの潮流も同様、ベースミュージックと包括されつつも未来へ繋がって行くことだろう。DBSにとって節目となる今回の"DRUM & BASS x DUBSTEP WARZ"は、深遠なる独自の音宇宙を創るCALIBREとMALAの3度目の競演が実現!そして日本から世界に羽ばたくMAKOTO、GOTH-TRAD、YAMA a.k.a SAHIBらの参戦も決定!
MALA - DIGITAL MYSTIKZ (DMZ, Deep Medi Musik, UK)
ダブステップ・シーンのパイオニア、DIGITAL MYSTIKZはサウス・ロンドン出身のMALAとCOKIの2人組。ジャングル/ドラム&ベース、ダブ/ルーツ・レゲエ、UKガラージ等の影響下に育った彼らは、独自の重低音ビーツを生み出すべく制作を始め、アンダーグラウンドから胎動したダブステップ・シーンの中核となる。'03年にBig Apple Recordsから"Pathways EP"をリリース、'04年には盟友のLOEFAHを交え自分達のレーベル、DMZを旗揚げ、本格的なリリースを展開していく。そして名門Rephlexのコンピレーション『GRIME 2』にフィーチャーされ、一躍脚光を浴びる。また'05年からDMZのクラブナイトを開催、ブリクストン、リーズでのレギュラーで着実に支持者を増やし、ヨーロッパ各国やアメリカにも波及する。'06年にはSoul Jazzからの2枚のシングル・リリースでダブステップとMALAの知名度を一気に高め、DMZの作品もロングセラーを続ける。また同年に自己のレーベル、Deep Medi Musikを設立して以来、自作の他にもGOTH-TRAD、KROMESTAR、SKREAM、SILKIE、CALIBRE、PINCHらの作品を続々と送り出し、シーンの最前線に立つ。そして昨'10年にはDIGITAL MYSTIKZ 名義によるMALAの1st.アルバム『RETURN II SPACE』をアナログ3枚組でリリース、壮大なスケールで自己の音宇宙を明示する。MALAの才能はMARY ANNE HOBBS、FRANCOIS K、ADRIAN SHERWOOD、ROB SMITH、GILLES PETERSONらからも絶賛され、世界各地からDJのオファーは絶えない。今回の来日公演もダブステップの真髄を体感させてくれるに違いない。"Come meditate on bass weight!"
https://www.dmzuk.com/
https://deepmedi.com/
https://www.myspace.com/malamystikz
CALIBRE (Signature Records, UK)
北アイルランド、ベルファスト出身のCALIBREは、幼少からレゲエやロックを聞き育ち、10代で様々な楽器を習得、ジャズ~パンクまでバンド活動を送る。美術を専攻した大学時代はJOHN CAGEに影響を受ける。やがてデトロイト・テクノ、ハウス、アンビエントに親しみ、エレクトロニック・ミュージックの制作を開始、'97年頃からドラム&ベースの制作に着手する。'00年にFABIOのCreative Sourceから発表された"Mystic/Feelin'"は彼の存在をシーンに知らしめ、'01年には1st.アルバム『MUSIQUE CONCRETE』を発表、絶賛を浴びる。その後、MARCUS INTALEX ら交流し、Soul:rを中心に精力的なリリースを展開、'03年には自己のレーベル、Signatureを立ち上げ、数々のビッグ・チューンを連発する。'05年には2nd.アルバム『SECOND SUN』をリリース、オリジナリティ溢れるディープなサウンドでトップ・プロデューサーの地位を確立する。'07年のアルバム『SHELFLIFE』に続き'08年にはヴィンテージ作品として話題を集めたアルバム『OVERFLOW』を発表。そして'09年『SHELF LIFE VOL.2』、また'08年のMALAとの来日共演が契機となり、Deep Mediからダブステップのリリースを開始、さらには本名のDOMINICK MARTIN名義のアルバム『SHINE A LIGHT』をSignatureから発表し、ドラム&ベースの枠を越えた自身の広大な音楽観を披露する。彼の創作意欲は途絶える事なく、'10年には"Judgement Day EP"、アルバム『EVEN IF...』、そして本'11年には"Hummer EP"を始めとするシングルに続き、通算8作目となる最新アルバム『CONDITION』を発表、デビューから13年の現在、CALIBREの音楽は輝き続けている。
https://www.facebook.com/signaturerecordings
Ticket outlets: NOW ON SALE !
PIA (0570-02-9999/P-code: 153-041)、 LAWSON (L-code: 76190 )
e+ (UNIT携帯サイトから購入できます)
clubberia/https://www.clubberia.com/store/
渋谷/disk union CLUB MUSIC SHOP (3476-2627)、
TECHNIQUE(5458-4143)、GANBAN(3477-5701)
代官山/Bonjour Records (5458-6020)
恵比寿/WE NOD(5458-6232)
下北沢/DISC SHOP ZERO (5432-6129)、JET SET TOKYO (5452-2262)、
warszawa(3467-1997)、disk union CLUB MUSIC SHOP(5738-2971)
新宿/disk union CLUB MUSIC SHOP (5919-2422)、
Dub Store Record Mart(3364-5251)
吉祥寺/Jar-Beat Record (0422-42-4877)、disk union (0422-20-8062)
町田/disk union (042-720-7240)
千葉/disk union (043-224-6372)
UNIT
Za HOUSE BLD. 1-34-17 EBISU-NISHI, SHIBUYA-KU, TOKYO
tel.03-5459-8630
www.unit-tokyo.com
■Zettai-Mu 16th Anniversary 2011
【重要!】 会場の変更のお知らせ
再び、緊急のお知らせとなります。
先日「開催期間/時間の変更」をお知らせ致しました、Zettai-Mu 16th Anniversary 2011 ですが、再度、会場であるCCOクリエイティブセンター大阪(名村造船所跡地)より、夕方公演でも会場の貸し出しを行わないと決断したとの連絡を昨日(11/12)受けました。
時間の変更に前向きに考えて頂いてるお客様、23日なら行けるとの声や、励ましのメールなど頂き、DAY TIME &2DAYS に向かって準備を進めている矢先でした。
そして、再び、開催の中止も視野に、慎重に検討を重ねた結果、やはり今回の様な奇跡的なラインナップを再集結させる事は不可能と判断し、本イベントを大阪湾の神戸側に位置する深江浜・芦屋の湾岸にある倉庫を使用した多目的スペース『ZINK』に場所を移し、予定通りの日程 11月22日(祝前日-火)11月23日(祝日-水) (※22日のみオープン時間を変更)で
2 DAYS 行う事を決断致しました。
ご迷惑をお掛けすることとなった皆様、またチケットをご購入済みのお客様には心よりお詫び申し上げるとともに2度に渡る変更に快く対応して頂いた出演者並びに関係者の皆様、また急なお話に真摯に対応して頂いたZINKの皆様には心より感謝申し上げます。
両日の出演者情報(出演者の日程の変更はありません)(近日中にタイムテーブルの発表も出来ると存じます)
また、チケットの払い戻し等については下記【イベント情報】【チケット内容のお知らせ】および、オフィシャルサイトをご参照 ください。
また、22日・23日の両日《難波⇔会場へのシャトルバス》を運行致します(すぐにでも時間等の詳細はお知らせ出来ると存じ ます)。
名村造船所までの交通をお考え頂いていたお客様、大阪在住のお客様は是非ご利用下さいますようお願い申し上げます。
2転3転、大変ご迷惑ご面倒をお掛けしていると存じます、
集まって頂いた皆様と、良い未来を創造出来るような2日にしたいと願っています。
ZETTAI-MU スタッフ一同
→ ZINK - 会場マップ&アクセス
→ 特設サイト - NEWS "会場の変更のお知らせ"
→ ZETTAI-MU TWITTER
【会場/時間変更の詳細】
会場:
CCOクリエイティブセンター大阪(名村造船所跡地)→ ZINK(深江浜-湾岸倉庫)
時間:
11月22日(火-祝前)16:00~23:30 → 11月22日(火-祝前)20:00 to LATE
11月23日(水-祝日)時間変更はありません。
■Zettai-Mu 16th Anniversary 2011 "DAY 1"
日時:11月22日 (火 - Before holiday)
時間:20:00 to LATE
会場:ZINK(深江浜-湾岸倉庫)
MALA (Digital Mysticz, DEEP MEDi, DMZ, UK)
Mouse On The Keys
DJ NOBU (FUTURE TERROR)
O.N.O a.k.a Machine Live (THA BLUE HERB)
RUMI & SKYFISH
LITE
KURANAKA 1945 (ZETTAI-MU)
GOTH-TRAD (DEEP MEDi)
最高音響 SOUND SYSTEM
COLO (BetaLand)
若野 桂
ekran+friends
ONA
■Zettai-Mu 16th Anniversary 2011 "DAY 2"
日時:11月23日 (水 - Holiday)
時間:OPEN 15:00 / START 15:30 / CLOSE 22:30
会場:ZINK(深江浜-湾岸倉庫)
DRY&HEAVY with NUMB
EYE (BOREDOMS/VOREDOMS)
MIYAKE YOHEI & Peace-K
KODAMA KAZUFUMI
SOFT
QUIETSTORM (中目黒薬局/TIGHT)
KURANAKA 1945 (ZETTAI-MU)
最高音響 SOUND SYSTEM
COLO (BetaLand)
若野 桂
ekran+friends
ONA
※ 両日共、PARTITAの常設サウンドシステムに最高音響サウンドシステムを追加。
【チケット料金の変更のお知らせ】
● 前売 1 DAY Ticket ¥3,000 (11/10頃発売開始) (11/22、11/23共に250名限定)
● 前売 2 DAY Ticket ¥5,500
● 前売 『 いい夫婦券 』1 DAY Ticket (2枚組) ¥ 5,500 (11/10頃発売開始) (11/22、11/23共に100組限定)
● 前売 手拭い付き 2 DAY Ticket ¥6,000 (16th特設サイトのみで発売)
● 当日 ¥3,300 (両日) (ドリンク代不要)
(旧)前売 Ticket ¥5,000
→ ※ そのまま 【前売 2 DAY Ticket ¥5,500】 としてご使用頂けます。
(旧)前売 手拭い付き Ticket ¥5,500
→ ※ そのまま 【前売 手拭い付き 2 DAY Ticket ¥6,000】 としてご使用頂けます。
(旧)前売 4P Groop Ticket ¥18,000 → 4P Groop 2 DAYS Ticket
→ ※ そのまま 【前売 2 DAY Ticket (4枚組)】としてご使用頂けます。
★特設サイトでは 11月9日(水)よりチケットの販売を再開(予約受付を開始)致します★ https://www.zettai-mu.net/16th/
【 チケットの払い戻しのご案内 】
オフィシャルサイト をご参照お願い致します。
★ 各種プレイガイド、コンビニ、協力店舗にて11/10~11頃より発売開始!!
《 プレイガイド・コンビニ 》
◎ オフィシャルサイト - https://www.zettai-mu.net/16th/
◎ チケットぴあ(P:CODE: 未定 )- https://t.pia.jp/
◎ ローソンチケット(L:CODE : 未定 )- https://l-tike.com/
◎ イープラス(e+) - https://eplus.jp
《 大阪 》
◎ Newtone records / TEL. 06-6281-0403 / WEB.
◎ club NOON / TEL. 06-6373-4919 / WEB.
◎ digmeout cafe / TEL. 06-6213-1007 / WEB.
◎ TIME BOMB Records / TEL.06-6213-5079 / WEB.
◎ Buttah / TEL. 06-6241-5273 / WEB.
◎ アララギ / TEL. 06-6764-1238 / WEB.
◎ SC WORLD+ / TEL. 06-6599-8948 WEB.
《 京都 》
◎ JAPONICA / TEL. 075-211-8580 / WEB.
◎ JET SET / TEL. 075-211-8580 / WEB.
◎ Strictly Vibes / TEL. 075-212-0719 / WEB.
◎ 民族楽器コイズミ / TEL. 075-231-3052 / WEB.
◎ レストアの森 / TEL. 075-212-7756 / WEB.
《 神戸 》
◎ studio Bapple / TEL. 078-261-8644 / WEB.
《 ZETTAI-MU.NET 》
◎ https://www.zettai-mu.net/16th/ticket.html
今日のいかなるブリット・ロック・バンドもレディオヘッドのようにダブステップを取り入れるか、あるいはデーモン・アルバーンのようにアフリカン・ミュージックにアプローチするとは限らない。60年代のブリット・ロックのふたつの巨星、ザ・ビートルズとザ・ローリング・ストーンズ以来の成功を収めたバンド、オアシスの曲を手がけていたノエル・ギャラガーは、すでに手垢でべたべたの、古めかしいブリット・ロック・サウンドに新たな気持ちで臨んでいる。弟のリアムによるビーディ・アイが、まさにブリット・ロックの歴史博物館に閉じこもったようなアルバムによって本国ではかんばしい評価を得られなかったこととは裏腹に、ノエルはこのアルバム『高く飛ぶ鳥たち』でブリット・ロックの拡張につとめている......という話になっている。英国でのレヴューを読むと(それで特別に評価されているわけではない。ただし、UKでは2011年にもっとも売れたロック・アルバムになるかもしれない、もうひとつのブリット・ロック・モンスター、アークティック・モンキーズよりも)。
僕は『ガーディアン』のこのアルバムの記事の、ノエルが「エンニオ・モリコーネとデリック・メイに対する愛情を語っていた」と、そして収録曲の"AKA...ホワット・ア・ライフ!"の「ピアノ・リフはリズム・イズ・リズムの"ストリングス・オブ・ライフ"からの影響だ」というくだりを読んでいちだんと興味を抱いた。マンチェスターは20年以上昔に、"ストリングス・オブ・ライフ"がおそらく世界で最初にヒットした町だろう。というわけで、僕は真っ先に6曲目に収録された"AKA...ホワット・ア・ライフ!"から聴いた......まあたしかに、言われてみればそうなのかと思った。が、言われなければ一生気がつかなかっただろう、このピアノ・リフがそれだとは。
ともあれ、オアシスとはアシッド・ハウス以降のダンス(エレクトロニック)に染まったブリット・ロックを昔ながらのバンド・サウンドに引き戻した張本人でもあるから、そのバンドの音楽的中心人物がいまさらリズム・イズ・リズムを口にすること自体、音楽ファンからするとじつは面白い話なのだ。さらにまた、周知のようにノエルはこのあともう1枚のソロ・アルバムのリリースが控えているが、そのコラボレーターはアモルファス・アンドロジーナス、そう、同郷のベテラン・テクノ・プロジェクト、フューチャー・サウンド・オブ・ロンドンの別名義だという。FSOLは日本ではUKほどに評価も人気が高くないとはいえ、"パプア・ニューギアニア"のヒットを知っている世代からするとちょっと驚きだ。
これだけ言われれば『高く飛ぶ鳥たち』を聴かない手はない。"AKA...ホワット・ア・ライフ!"のあとに、まあ当然のことそれでは最初からと、オープニング・トラックの"エヴリバディズ・オン・ザ・ラン"を聴いて、そしてまずはその涙もろさに度肝を抜かれた......が、しかしオアシスとはビール腹の大人もいっしょに大声で歌わせ、号泣せることで有名なバンドなのだ。60年代的でスタイリッシュなブリット・ロックの(ディキシーランド・ジャズからの影響による)"ドリーム・オン"を聴くと、『オアシス』は「図々しくもいろんな時代のすべての偉大なバンドから言葉とメロディを盗んでいる」という『ピッチフォーク』の皮肉めいた評の通りだと思うのだけれど、そんなことは世界中のどのバンドにもあることで、"イフ・アイ・ハッド・ア・ガン"のようなバラードには力があるし、60年代後半のザ・キンクスのような"ザ・デス・オブ・ユー・アンド・ミー"も決して悪くはない。
ノエル・ギャラガーなりに雑食性は高いつもりかもしれないけれど、しかし結局のところブリット・ロックの最良の部分が継承されていると思うし、そこがこのアルバムの最大の魅力となっていると思う。日本の人気ロック・バンドの多くは、それこそ「図々しくもいろんな時代のすべての偉大なバンドから言葉とメロディを盗んでいる」わけだが、彼らが盗みきれないブリット・ロックの真髄=伝統芸がこのアルバムにはある。それは技法的なこともさることながらオアシスの最大の魅力であっただろう、人の目など気にせずに好きなように生きるってことだ。
マンチェスターの初演ではダフ屋が300ポンド(円高とはいえ4万円近く)の値段を付け、アルバム発表後間もないというのにオーディエンスはノエルといっしょにすでに歌を歌えている......と『ガーディアン』はレポートしている。ロックンロールの物語への執着心というよりも"俺たちのノエル"が帰ってきたというわけだ。ユナイティッドやシティのサポーターと同じような気持ちかもしれないが、この文章を読んでいるみんなはどう思うだろう、こんなものは醜いと思うのだろうか......ビール腹の大人たちが涙ながらにこんな歌詞を合唱している国というのは。「頑張ってくれ/耐えるんだ/誰もみな自由を求めているのだから」
敬礼をささげたいと思う アメリカ国旗の燃え殻と
そして買物袋からあふれそうな 落ち葉に対して
"アメリカ国旗の灰"
2002年に発表された『ヤンキー・ホテル・フォックストロット』は、ほとんど偶然だったとはいえ、アートワークにもあるようにまるで9.11直後のアメリカを覆った息苦しさに呼応するようなアルバムで、そこで星条旗は落ち葉とともに燃やされていた。「高いビルが揺れる」と歌う"ジーザス、エトセトラ"は「泣かないで」と繰り返すラヴ・ソングであり、「きみの頬に張られた弦(涙の暗喩だろう)に音を合わせて」などと詩的に綴られたそれは、そのときアメリカで暮らす人びとが悲しみとともに生きていく歌として鳴らされていた。
ウィルコがかつて呼ばれた「オルタナ・カントリー」という言葉はほとんど使われることもなくなったが、彼らがジャズやブルーズやエレクトロニカと組み合わせて更新したカントリーは、保守層が聴いているようなマッチョで旧態然としたカントリーとはまったく別のものであるという点で言葉通りオルタナティヴだった。戦争に明け暮れたゼロ年代のアメリカのなかで、ウィルコの歌は「そうではない生き方」を模索する原動力になったといまでも僕は思う。
『ヤンキー・ホテル』がアメリカで大絶賛された後の数作は、そのアルバムからの距離のとり方に苦労してきたような印象もあるが、前作『ウィルコ(ジ・アルバム)』は久しぶりに彼ららしい軽やかさが前面に感じられるアルバムだった。そして自身のレーベル〈dBpm Records〉を立ち上げて初となる『ザ・ホール・ラヴ』は、さらに風通しの良い1枚になっている。その実験的な内容が所属していたレーベルとほとんど喧嘩別れする原因となった『ヤンキー・ホテル』が「俺たちはやりたいことをやらなければならない」というある意味での頑なさを持っていたのに対し、本作は「俺たちは何をやってもいい」という開放感に貫かれている。ウィルコの音に対する欲望が生き生きと跳ね回るアルバムだ。
ノイズとアブストラクトなドラミングの応酬で幕を開けるオープニングの"アート・オブ・オールモスト"からして、7分の長尺のなかにジャズもポスト・ロックもギター・ソロが咆哮するジャム・セッションも詰め込んだ不敵なナンバーだ。軽快なキーボードどノイジーなギターが共存するシングル"アイ・マイト"の皮肉っぽいポップさ、ディープなフォーク・チューン"ブラック・ムーン"の奥からゆっくり立ち上がってくるストリングスの幽玄、シンセとグロッケンとメロトロンが軽やかに弾む"キャピトル・シティ"の洒脱なアレンジ、"スタンディング・オー"のアッパーでノリのいいロック・チューンの同時に備えた落ち着き......音質の硬軟を自在に使い分けるギターも、あるときはジャジーに、あるときはメロウに、またあるときはウォームに響くメロディも、音の粒をきれいに揃えつつ多彩な音色を聞かせるドラムも、あらゆる要素が悠然としていて、ときにはおどけてみせる茶目っ気も見せてくれる。ウィルコはここでも軸足をルーツ・ミュージックにしっかりと置いたまま、しかしその多様な音楽的語彙をじつに慣れた手さばきで差し出してみせる。12分続く、ロード・ムーヴィーのようなラスト・トラック"ワン・サンデー・モーニング"には、頬に風を感じる涼やかさと叙情性が宿っていて、聴いていると浮ついた気持ちも静かな場所へと落ち着いていくようだ。
ウィルコの音楽が軽やかになったからといって10年前に比べてアメリカが生きやすくなったはずもない。テレビのなかのウォール街のデモを見ているとそこには深刻な格差問題な複雑に絡み合っているようだ。ただウィルコはアメリカの閉塞感をここでは過剰に背負ってはいない。感情的に『ヤンキー・ホテル』は悲しみに比重が置かれたアルバムだったが、『ザ・ホール・ラヴ』ではそのエモーションの触れ幅はより広く、さまざまな想いが混在しているように聞こえる。例えばフリート・フォクシーズが潔癖に調和を求めるのともまた違って、あらゆる音が......もしくはさまざまな感情がぶつかり合って発生するノイズをそのまま肯定してしまうその態度が、ウィルコの理想主義のあり方なのだろうと思う。
リスナーがウィルコに期待しているのはたとえばこんな歌だ。柔らかで美しいフォーク・ナンバー"オープン・マインド"でジェフは歌う......「君の心を開いてあげる人になりたいんだ」。そんな素朴な言葉はしかし、その心にある喜びも悲しみも引き受けるという覚悟を静かに湛えている。
まさかのマガジン、30年ぶりの5作目。
09年に再結成ライヴをおこなった後、そのまま新作のレコーディングに入るという噂は本当に実現してしまいました。ただし、ベースのバリー・アダムスンは録音までは参加せず、オリジナル・メンバーはヴォーカルのハワード・ディヴォート、ドラムスのジョン・ドイル、キーボードのデイヴ・フォーミュラのみ、PIL脱退後に眠ったまま息を引きとっていたジョン・マクゲオフの代わりにギターはラグジュリアからノコが参加している。
結果はもちろん、大したことはない。82年か83年にリリースされていても、それほどのインパクトではなかったのではないだろうか。一度は引退を宣言していたこともあるディヴォートは(マイケル・ウインターボトム監督『24アワーズ・パーティー・ピープル』に掃除夫の役で出ていた以外に)ノコが参加していたアポロ440に歌詞を提供していたり、02年にはピート・シェリーと組んでシェリー/ディヴォートの名義でテクノのアルバムを出しているぐらいだから、新しいサウンドに興味を持っていなかったわけはなかったろう(セカンド・サマー・オブ・ラヴの時期にバリー・アダムスンはアシッド・ジャズ、デイヴ・フォーミュラはカウント・ベイス-Eの名義でアシッド・ハウスもやっていた)。しかし、ここでは30年という時間はなかったこととして往年のマガジン・サウンドにヴァリエイションを与えているだけ。それはもうものの見事に過去の再現であり、新曲であるにも関わらずノスタルジーが湧き上がってくるのみである。嬉しくもあり、「なんで戻ってきたんだ!」と叫びたくなったり。時間軸の上を自分が激しく行き来し、喜んだり退屈したり、忙しいことこの上ない。これを書いている11月2日現在、パッケージに貼られたシールにある通り、全英ツアー中のマガジンをこの目で見ていればきっと何も文句は言わないと思うけど(笑)。
レイディオヘッドもカヴァーしている「ショット・バイ・ボス・サイズ」で77年にデビューしたマガジンは、マンチェスターのパンク・バンドであるバズコックスを脱退したハワード・ディヴォートが即座に結成したニューウェイヴ・バンドで、キーボードを大幅に導入していたことと、ルー・リードのパンク・ヴァージョンともいえるディヴォートの頽廃的なセンスが他とは大きく異なっていた(ユーチューブで当時のライヴを観ると、そのことはかなりわかりやすい。"ディフィニティヴ・ゲイズ"のリハーサルや、とくに"モーターケイド"はまるで神聖かまってちゃん? そう、間違っても09年の再結成ライヴは見ないように......)。ちなみに"ショット・バイ・ボス・サイズ"と同じくアート・ワークがオディロン・ルドンだったことも新作に対する期待を煽ったことはたしか。
最初の勢いだけでなく、オーヴァー・プロデュースだといわれたセカンド・アルバム『セカンドハンド・デイライト』と、その反動のようにしてシンプルにまとめられたサード・アルバム『コレクト・ユース・オブ・ソープ』がバンドのピークといってよく、"007ゴールドフィンガー"やスライ・ストーン"サンキュー"などカヴァーのセンスも抜群だった。さらに言えば、どこか気がないように歌うわりに、いつの間にか彼(ら)のパッションに引きずり込まれているといった風なところが最大の魅力だったように思うし、そのセンスはけして失われていないと思うものの、やはり往時のシャープさには及ぶべくもなく、失われるものがあるのは当然だとして、その代わりに成熟した部分がどこなのか、そこがもうひとつ見えないところが「30年ぶり」を実感させてくれないところなのだろう。カート・コベインを取り上げた"ハロー・ミスター・カーティス(ウイズ・アポロジャイズ)"でディヴォートが「自分が本当に老いてしまう前に死にたい」とラストで繰り返すところはあまりにもいただけないし、かつてのように突き放した叙情性を失った"フィジックス"など、聴き続けることが苦痛に感じられる曲もある。それでも同年代の友人たちと同窓会的に聴きたいとか思ってしまうのだからポップ・ミュージックの呪縛というのは恐ろしい。自分にもそういうところがあって良かったとも思うし......。
同じようにデビューから15年経って、やはり代わり映えしていないように思えたのがターウォーターで、ジャーマン・プログレッシヴ・ロックやノイエ・ドイッチェ・ヴェレの再発に務める〈ビューロ・B〉からリリースされた9作目は、マガジンからパンクを差し引いてアンニュイだけを切々と垂れ流す。だらだらと、あるいは、もっさりとしたビートが地面を這い回り、浮ついた気持ちにはけして導いてくれない。それこそラスティのように世界の果てまで一気に飛んでいってしまいそうな勢いはかけらもない。ここにあるのは1996年の空気そのもので、モータベースやフィッシュマンズ、もしくはDJシャドウやエールが運んできた空気をいまだにデリヴァリーし続けているのがリポック&ジェストラムだといえる。そして、この年の空気になぜか僕は逆らえないようで、何ひとつ代わり映えしないんだけどな......と、思いながら、この1ヶ月、毎日2回は聴いてしまうというパラノアイ状態にある。これほどまでにやる気の出ない毎日にあっさりとフィットし、人に会いたくない気分をサポートしてくれる音楽もない。1996年というのは、そういえば、あのときに孤独であることがどれだけ輝きを持っていたか。あの感じ。懐かしい。
前々作でヴァージン・プルーンズ『スウィートホーム・アンダー・ホワイト・クラウズ』をカヴァーし、少なからずの驚きを与えてくれたターウォーターは、ここではさらに、DAF"サト・サト"をピック・アップし、DAFの曲にこのようなアンニュイを持ち込めるのかという驚きをまたしてももたらしてくれた。KMDFMのような同好の解釈からは生まれないカヴァー曲の醍醐味というやつである。グトルン・グートとAGFのグライエ・グート・フラクションによるパレ・シャンブール"ヴィア・バウエン・アイネ・ノイエ・シュタット"のカヴァーもユニークだったけれど、この"サト・サト"はあまりにも素晴らしく、マッチョ性というものをすべて剥ぎ取ってもDAFの響きが完全には失われないだけでなく、部分的にはバルカン・ミュージックのようなアレンヂも可能だということを証明している。DAFをワールド・ミュージックと結びつけたときに、どことなく、かつてのインダストリアル・ミュージックがフォークロア的なものを持ち出す傾向にあったこともダブって見えてくるところがあり、抵抗のレヴェルが意外と深いというか、DAFのなかにあった民族的なものがかえって剥き出しになってくるような錯覚まで引き起こす。いっそ、DAFだけで1枚カヴァー・アルバムをつくって欲しいと思うぐらいである。ほかにはジョン・レノン&ヨーコの未発表曲だった「ドゥー・ザ・オズ」のカヴァーも。
マーク・マッガイア(エメラルズ)の新ユニットによる1作目(前2作はカセットで、定冠詞はなかった)。エレクトロニクスをメインに扱うジュリアン・ガライアスとのタッグで、ガライアスはソロで展開するシナプティック・フォリエイジやヒーティッド・ヴォイドのほかにアダム・ミラーとのクロウテイションズ、さらにはコメット・ボディーズとしても昨年あたりからカセット・リリースなどを開始したニュー・フェイス。前後してリリースされたマッガイア『ゲット・ロスト』のアートワークも手掛けている。いささかスピッたユニット名は......どちらのセンスなのだろう?
エレクトロニクスのループにギターを絡めるという構成は『ゲット・ロスト』とほぼ同じで、シンセサイザーはさらに重層的。ギターもカッティング・ワークがメインで、メロディを聴かせるのはラストの1曲ぐらい。もっといえばシンセサイザーはあくまでもギターの脇役だった『リヴィング・ウイズ・ユアセルフ』から適度な拮抗関係へと移行した『ゲット・ロスト』への変化は、きっとガライアスがもたらしたものなのだろう。奔放なギター・サウンドが抑制されている分、『ヤング・ムーン』の方ほうが想像力に導かれている感じがあり、何よりも〈メゴ〉への移籍とともに薄らいでしまったドローン回帰が彼らの意欲を物語る。〈ノット・ノット・ファン〉や〈OESP〉がシンセ-ポップを展開するなど、ドローンがゼロ年代のように創造の戦場ではなくなってしまったことはもはや明白だし、グローイングの物まねにしか聞えないマインド・オーヴァー・ミラーズ『ザ・ヴォイス・ローリング』など、シーンは惨憺たる状況にあると思えるからである(ギター・オンリーのドローンを展開する2枚組CDR『ギター・メディテイションズ2』の、とくにディスク1は傑作だと思うけど)。
神経症的な電子音の錯綜に導かれる"ダイアル・アウト"がまずはいい。マッガイアのパブリック・イメージを裏切って、とにかく不安を煽りまくる。エメラルズでいえば『ソーラー・ブリッジ』の頃まで戻ってしまった感じか。数え切れない要素の音が縺れあったまま、最後まで混沌とし続ける。部分的にはルー・リード『メタル・マシーン・ミュージック』のハイ・スピード・ヴァージョンにさえ聞えてくる。さらにモーンフルに、あるいはよれよれと曲は続く。"P・K・リッパー"というのは超能力の切り裂き魔という意味だろうか?
「マーク・マッガイア=ゼロ年代のマニュエル・ゲッチング」という図式はここにはない。イエロー・スワンズやダブル・レオパードとはまさか言わないけれど、強迫的に繰り返されるカッティングや黒雲によって覆い尽くされるようなベースの蠢きは一種の暴力衝動を浮かび上がらせることもある。エッジの立った凶暴性というよりも、彼(ら)の場合は真綿でどうのというあれである。『アメジスト・ウェイヴス』や『ゲット・ロスト』が晴れた日のそれだったとしたら、曇り空をドローンで表現したものといえるだろう。ラ・デュッセルドルフ"シルヴァー・クラウド"をカヴァーして欲しいと思うのは僕だけだろうか。
また、マッガイアと同じくドローンへの奇妙な執着を見せているのがイクスプレスウェイ・ヨー・ヨー・ダイエッティングことパット・マウアーで、スクリューとドローンを結びつけた展開は、さすがにほかに例を見ない(シュローム『バッド・ヴァイブス』の後半がちょっとそんな感じだった)。潰れたバス・ドラムが延々と連打されるので、ドローンとは言わないだろうと自分でも思いたくなるのだけれど、元はテクノだろうと思われる素材をそれとして機能しなくなるほど変形させ、曲全体の雰囲気はリズムのそれではなく、うなりの持続のように聞かせてしまう。ある種の傑作だった『バブルサグ』ではヒップホップに聞えないヒップホップをこれでもかと聞かせたマウアーがララ・コンチータと組んだダイアモンド・カタログ『マグニファイド・パレット』ではあてどない混沌に不安定な失踪感を与え、破壊のためのサウンドトラックを実現する。80年代のインダストリアル・ミュージックに広く認められた苦悩のメタファーでもなく、90年代の空虚さとも距離があり、ゼロ年代の無手勝流から生まれた「何か」を発展させたものなのだろう。どこかに素直な衝動を感じるためか、茫漠としていながらも聴き終わった後に空しさが残ることはない。位置づけが本当に難しい人だけれど、作品としてはかなりの力作だと思う。カセット・オンリーのレーベルから初のアナログ・リリースだったりするし。