「KING」と一致するもの

連鎖の網の目に位置する「誤訳=創造」のプロセス
——クリスチャン・マークレーと「翻訳」

 たとえば五線譜を演奏することについて、一般的にはそれを翻訳と呼ぶことはない。五線譜に記された記号は多くの場合、演奏内容を細かく規定しており、演奏者はそれらの記号を解釈しながら特定の作曲作品を音として再現する。他方で翻訳とは、なにがしか起点となる表現を別の文脈へと置き直すために別の形を作り出す作業のことをいう。通常はある言語を別の言語へと、できるだけ同一の意味内容を保ちつつ置き換える行為およびその結果を指す。だが周知のように言語学者ロマン・ヤコブソンは「翻訳」を三種類に腑分けし、そのうちの一つを自然言語にとどまらない「記号間翻訳」として定義した。彼の定義を踏まえるのであれば、言葉、音、イメージ、あるいはそれらの混合物をも含み込みながら、音楽、文学、絵画、写真、映画など、さまざまな記号系を置き換えることもまた、一種の「翻訳」と看做すことができる。この意味で異なる記号系を跨がる演奏、たとえば絵画を譜面と見立てて音楽を演奏する行為は一種の「翻訳」である。五線譜の演奏は譜面と音を異なる記号系と区別する限りにおいて「翻訳」と呼び得るだろう。そしてこうした「翻訳」は、自然言語においてもそうであるように、少なくとも次の二つの結果をもたらす。すなわち「翻訳」によって、わたしたちは異なる言語あるいは記号の体系を架橋し、これまでになかったコミュニケーションを生み出すことができる。同時に「翻訳」は、同一の意味内容を保とうと努めつつも、文脈と形が変わることによって、つねに致命的なズレを抱え込むこととなる——それをコミュニケーションの原理的な不可能性と言い換えてもいい。だがこうしたズレと不可能性は、たとえ情報の伝達という面で失敗の烙印が押されようとも、いみじくもヤコブソンが「詩」について述べたように、むしろ新たな表現へと向かうための創造性の源泉となっている。音楽に「翻訳」の観点を導入することに意義があるとすれば、まさにこの点にある。そしてそれは作曲と演奏のプロセスだけでなく、演奏と聴取の間にも創造的に寄与するはずだ。

 音楽家であり美術家のクリスチャン・マークレーによる、国内の美術館では初となる大規模な個展「クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]」が11月20日から東京都現代美術館でスタートした。展覧会の関連企画として、会期2日目の11月21日にはマークレーのグラフィック・スコアをリアライズするライヴ・イベント・シリーズ「パフォーマンス:クリスチャン・マークレーを翻訳する」の第1回が開催。∈Y∋のソロ・パフォーマンス、およびジム・オルーク率いるバンド(山本達久、マーティ・ホロベック、石橋英子、松丸契)による演奏が披露された(なお、同イベント・シリーズは2022年1月15日にコムアイと大友良英、翌16日に山川冬樹と巻上公一によるライヴが予定されている)。マンガをコラージュしたヴィジュアル・アートでもあるグラフィック・スコアを音楽へと「翻訳」する試みは、音楽と美術という異なるジャンルを渡り歩き、そしてそのいずれにも括り切れないマークレー独自のスタンスがあればこそ実現できた取り組みだったことだろう。

 クリスチャン・マークレーは1955年にアメリカ・カリフォルニア州で生まれ、スイス・ジュネーヴで育った。音楽家としては主にノー・ウェイヴの影響下でバンド活動を始め、ヒップホップとは異なる文脈で1970年代後半からターンテーブルを自らの楽器として使用し始めた先駆的存在として知られる。1980年代にはジョン・ゾーンらニューヨーク・ダウンタウンの先鋭的な音楽シーンと交流を持ち、1986年に当時「ノイズ・ミュージックの前衛的ゴッドファーザー」と呼ばれたヴォイス・パフォーマーでドラマーのデヴィッド・モスとともに初来日。音楽批評家・副島輝人の招聘ということもあり、来日の模様は『ジャズ批評』誌で取り上げられた。その後、マークレーは1989年に自身を含む12名のミュージシャンのレコードをそれぞれのミュージシャンごとにコラージュした12曲入りの傑作アルバム『モア・アンコール』を発表、さらに80年代のレア音源をコンパイルしたソロ・アルバム『記録1981~1989』を1997年にリリースしている。他にもギュンター・ミュラーやエリオット・シャープ、大友良英、オッキョン・リーらさまざまなミュージシャンとセッションをおこなった作品を多数リリースしており、こうしたコラボレーションの方が彼の音楽活動の大部分を占めているとも言える。演奏家としては近年はターンテーブル奏者としてではなく、日用品やオブジェを駆使したアコースティックなサウンド・パフォーマンスに取り組んでいる。2017年に札幌国際芸術祭が開催された際、廃墟となったビルの内部で大友良英とともにバケツやキッチン用品、食器、発泡スチロール、自転車、枕など無数のファウンド・オブジェを用いてデュオ・インプロヴィゼーションをおこなったことも記憶に新しい。

 他方でマークレーの足跡は音楽家だけでなく、ヴィジュアル・アーティストとしても40年近いキャリアがあることが一つの大きな特徴だ。もともとマサチューセッツ芸術大学で彫刻を専攻していた彼は、1979年から86年にかけてレコードをモノとして解体/再構築した「リサイクルされたレコード」シリーズを制作。1985年には音楽アルバムとも造形作品とも言い得る代表作の一つ《カヴァーのないレコード》を発表し、やはり不透明なメディアとしてのレコードそれ自体の物質性を前景化した。他にもレコード・ジャケットのステレオタイプなジェンダー・イメージをユーモラスかつクリティカルにコラージュした「ボディ・ミックス」シリーズ(1991~92年)、さまざまな人々が歌い叫ぶ口元を切り取った写真で構成される《コーラス》(1988年)、古今東西の映画から演奏シーンを抜き出して4つの画面に映した《ヴィデオ・カルテット》(2002年)など、発表されたヴィジュアル・アート作品は多岐にわたるが、そのどれもが音または音楽と関連する要素がモチーフとなっている点では共通している。2010年には無数の映画から時刻がわかる映像を切り出してコラージュし現実の時間と対応させた24時間にわたる大作《ザ・クロック》を完成させ——この作品もまた時間を構成するという点で音/音楽と密接に関わっている——、翌2011年に第58回ヴェネツィア・ビエンナーレで金獅子賞を獲得することで美術家として名実ともに確固たる地位を確立した。2010年代以降は《マンガ・スクロール》(2010年)を突端に、無音のヴィデオ・インスタレーション作品《サラウンド・サウンズ》(2014~15年)や近作「叫び」シリーズ(2018~19年)および「フェイス」シリーズ(2020年)など、マンガに描かれた絵やオノマトペを素材として用いた作品に目立って取り組むようになっている。

 このように音楽と美術の領域を跨ぎつつ、一貫して音/音楽にまつわる要素をモチーフに、一流のユーモアとクリティカルな視点を織り交ぜ、聴覚のみならず視覚的作品としても自らの活動を展開してきたのがマークレーの足跡だと、ひとまずは言うことができるだろう。そうした彼がミュージシャンによる演奏を前提として制作したグラフィック・スコアの一部が、《ノー!》(2020年)と《つづく》(2016年)である。21日のライヴ・イベントでは、∈Y∋が《ノー!》を、ジム・オルーク・バンドが《つづく》を、どちらも約20分弱の時間でリアライズした。通常のグラフィック・スコアがそうであるように、演奏内容の大部分は演奏者自身に委ねられているものの、これら二作品にはマークレーによるディレクションも記載されており、そのディレクション内容の違いも手伝ってか、∈Y∋のパフォーマンスがほとんど彼自身の個性を大々的に伝えるような独自のリアライズとなっていたのに対して、ジム・オルーク・バンドは極めて構成的で、スコア解釈も奏功することでマークレーのユーモアさえ感じさせるようなリアライズとなっていた。


パフォーマンス:クリスチャン・マークレーを翻訳する (2021/11/21)
「ノー!」∈Y∋
撮影:鈴木親

 最初の∈Y∋のパフォーマンスでは、ステージ上に15台の譜面台が扇状に設置され、それぞれの譜面台には計15枚ある《ノー!》のグラフィック・スコアのシートが1枚ずつ置かれていた。《ノー!》はソロ・パフォーマーのためのヴォーカル・スコアとして制作されており、15枚のシートをどのような順序で並べるのかはパフォーマーに委ねられている。シートにはマンガから切り抜いた間投詞を含むシーン、たとえば「AAAH!」「NNNN!」「WOO-OO-OO-OO!」といったさまざまなセリフが絵とともに貼りつけられ、パフォーマーはこのスコアをもとにヴォイスと身体で解釈していく。コップを持ちながら舞台袖から登場した∈Y∋は、向かって右端の譜面台へと歩み寄ると、おもむろにマイクを手に取って絶叫し始めた。そして左端まで1枚ずつスコアをリアライズしていったのだが、会場で準備されていた計3本のマイクを通じて∈Y∋のヴォイスにはディストーションやディレイなどの激しいエフェクトがかけられ、ほとんど言葉を聴き取ることが難しいような凶悪なノイズが響き渡っていた。身体を大きく後方に反らせてなにかに取り憑かれたかのようにヴォイスを振り絞るそのパフォーマンスは他でもなく∈Y∋そのものである。だが1枚ずつスコアをリアライズしていくという点では、自由な即興演奏でもなく、明確に15のブロックに分節されたパフォーマンスだったと言える。そして最後の1枚はタイトルでもある「NO!」というセリフがさまざまなシチュエーションで発されているシーンを切り抜いたスコアで——厳密には「NO!」以外のセリフのシーンも含まれているが——、ここに至って渦を巻くような絶叫ノイズからようやく誰もが聴き取ることができるほど明確な言葉が立ち現れる瞬間が訪れた。全てのスコアをリアライズした∈Y∋はステージ中央に戻るとマイクのプラグを荒々しく引き抜き、まるで示し合わせたかのように横に置かれたドラムセットのクラッシュシンバルが倒れて終わりを告げた。


パフォーマンス:クリスチャン・マークレーを翻訳する (2021/11/21)
「つづく [To be continued]」 ジム・オルーク(ギター)、山本達久(ドラム)、マーティ・ホロベック(ベース)、石橋英子(フルート)、松丸契(サックス)
撮影:鈴木親

 しばしの休憩を挟み、続いてジム・オルーク(ギター)が山本達久(ドラム)、マーティ・ホロベック(ベース)、石橋英子(フルート)、松丸契(サックス)とともに今回のパフォーマンスのために結成したバンドが登場。マークレーのグラフィック・スコア《つづく》がリアライズされた。同じグラフィック・スコアとはいえ《つづく》は制作経緯が《ノー!》とはやや異なっており、もともとスイスのグループ、アンサンブル・バベルのために考案された48ページからなる冊子タイプの作品である。アンサンブル・バベルは今回のジム・オルーク・バンドと近しい二管&ギターのクインテット編成で、《つづく》はギター、木管楽器、コントラバス、パーカッションを想定して作られているが、編成に若干の異同が許されている。スコアにはやはりマンガの切り抜きがコラージュされているのだが、必ずしもセリフが書かれているわけではなく、演奏シーンや楽器、機材、オノマトペ、あるいは音を想起させる描写、そして五線譜までが、まるで一編の物語を描くように配置/構成されている。コラージュされた五線譜にはところどころメロディとして解釈可能な音符も記されており、スコアに付されたマークレーによる複数のディレクションを踏まえるなら、通常のグラフィック・スコアよりも比較的明確に演奏内容が定められているとも言える。実際に当日のジム・オルーク・バンドによるリアライズでは、数10秒程度で次々にシーンが切り替わっていくように演奏がおこなわれ、その音像は時間の枠組みと分節を設定する現代音楽のコンサートのように構成的なものだった。そしておそらくスコアそれ自体のディレクションに加えて、スコア解釈にあたって演奏前にバンド内で交わした取り決めも、こうした構成的側面の創出に大きく寄与していたのではないだろうか——たとえば出演者たちが揃って足踏みするユーモラスなシーンは、あらかじめ定めたスコア解釈の一つの結果だったと言える。とはいえその分、当日のパフォーマンスでは全体を満たすアンサンブルの細部にも妙味が宿っており、スコアそれ自体や事前の取り決めに還元することができないような、5人のメンバーそれぞれに特有な楽器奏者として持ち合わせている音色、そして独自に開発しただろうテクニックも一つの聴きどころとなっていた。いずれにしても、個性的ヴォイスが前面に出た∈Y∋のパフォーマンスに比して、ジム・オルーク・バンドがリアライズした《つづく》には作曲家・マークレーの痕跡が色濃く刻まれていたとは言えるだろう。


《ノー!》2020
15枚のインクジェットプリントを含むポートフォリオ
「クリスチャン・マークレー トランスレーティング [翻訳する]」展示風景(東京都現代美術館、2021年)Photo: Kenji Morita
© Christian Marclay

 どちらの演目も、マークレーが手がけたヴィジュアル・アートでもあるグラフィック・スコアを、音中心のパフォーマンスへと「翻訳」する試みであった。展覧会のテーマがそうであるように、「翻訳」はマークレーの活動の一側面を鋭く言い表した言葉だ。ただしコンサートにおいては、スコアとパフォーマンスの間を置き換えるプロセスはあくまでも秘密裏に遂行されている。観客はどのような「翻訳」がおこなわれているのかをリアルタイムで知ることはなく、ステージ上の演奏風景とそこから発される響きに耳を傾けるのみだった。こうした演出の仕方はマークレー自身の意向によるものである。というのも《つづく》に書き記されたディレクションには次のような箇所がある。すなわち「このスコアは演奏するミュージシャンたちのために作られたものであり、コンサート中にオーディエンスとシェアするものではない」のであり、しかしながら「この出版物はパフォーマンスとは別物として、誰もが楽しむことができる」のである。もしもイメージを音へと「翻訳」するプロセスそれ自体が作品となっているのであれば、ヴィジュアル・アートとしてのグラフィック・スコアをプロジェクターでスクリーンに投影するなどしつつ、視覚的要素がどのように聴覚的要素へと置き換えられるのかを明らかにした方がよりよく表現できるだろう。だがマークレーは《つづく》のディレクションで「プロジェクションを使用してはならない」と釘を刺してさえいる。つまり彼にとってイメージを音へと「翻訳」するプロセスは、観客に伝えるべき内容としては考えていないようなのだ。実際に《つづく》のみならず《ノー!》も、当日に会場でスコアが投影されることはなかった。観客にはパフォーマンスのみ体験させ、他方でスコアそれ自体をヴィジュアル・アートとして楽しむことは半ば推奨されているのである。


《つづく》2016
冊子(オフセット印刷、ソフトカバー、48ページ)
「クリスチャン・マークレー トランスレーティング [翻訳する]」展示風景(東京都現代美術館、2021年)Photo: Kenji Morita
© Christian Marclay.

 このことからはグラフィック・スコアを用いたパフォーマンスに対するマークレーのスタンスが窺えるのではないだろうか。すなわち彼にとってグラフィック・スコアは、一方ではヴィジュアル・アートとして制作されているものの、他方ではヴィジュアル・アートとは別の記号系に属するパフォーマンスそのものを生み出すための手段としても制作されている。そして「翻訳」を通じて置き換えることはあくまでもパフォーマンスの裏にある作業として、受け手にはリアルタイムでは伝えることなく実行されなければならない。それは言い換えるならパフォーマンスそのものの価値を積極的に認めようとすることでもある。だが翻って考えるなら、このようにスコアを投影しないということ自体は、むしろ音楽においてはスタンダードなあり方だ。通常、譜面台に置かれた楽譜は演奏者が音を生み出すためにあり、観客に見せるためにあるわけではない。マークレーは映像をスコアとする《スクリーン・プレイ》(2005)のみ例外的にスコアを見せることで観客に「より積極的に聞く」よう仕向けることを企図したと明かしつつ、グラフィック・スコア(図案楽譜)を観客に見せないことの理由をこのように説明している。

大半の図案楽譜はミュージシャンのためにあります。楽譜のイメージは音楽を説明することは意図していませんし、テレビやインターネットのせいで私たちはサウンドにイメージを紐づけるよう飼い慣らされています。サウンド抜きのイメージだとなにかが欠けているという感覚を持ってしまう。私にとって楽譜のイメージは演奏の引き金であり、ミュージシャンのための通常の譜面となんら変わらないのです。
(「クリスチャン・マークレーに、恩田晃が聞く 音楽とアートの関係」『intoxicate vol.155』2021年12月10日発行)

 マークレーは大規模なコンサートで豆粒大にしか見えないミュージシャンの姿を映像として巨大なスクリーンに映し出すことを例に挙げながら「人々は音楽を聞きながら、何かが見えることを期待してしまう」とも述べる。たしかにわたしたちは、音のないイメージ、またはイメージのない音について、なにかが欠落していると感じてしまうことがしばしばある。野外フェスティバルではかろうじて視認できるミュージシャンの小さな姿よりもスクリーンに映る大きな映像を目で追ってしまう。たとえイメージが用意されていたとしても飽き足らず、動画サイトで静止画と音楽の組み合わせに出会すと、時間とともに変化する映像を欲してしまう。それは音楽体験の充実度を情報量の多寡で判断しているということなのかもしれない。音楽を情報として捉えるなら、できるだけ効率よく多量の情報を摂取することが望ましいのだ。だがこうした消費のあり方はどれほど効率的であっても創造性の観点からは貧しい体験だと言わざるを得ない。受け手が自ら想像し作品に積極的に介入する余白を持たないからだ。しかしマークレーの作品はむしろこうした想像/創造へと受け手が自発的に足を踏み出すよう誘い出す。なにも聞こえないヴィジュアル・アートは音の欠落ではなく、受け手自身が豊かな音を想起するきっかけとしてある。同様にグラフィック・スコアを用いたパフォーマンスは、響きを聴くことによって一人ひとりの観客が異なるスコアのイメージを思い浮かべることになるだろう。むろんイメージに限る必要はない。今まさにこうして書かれているテキストがそうであるように、当日のパフォーマンスに触発された受け手は、音とは別の記号系にあるなにがしかを想起し、あるいは具体的な形をともなう表現としてアウトプットする。「翻訳」という観点が重要なのはこの意味においてである。もしもスコアをスクリーンに投影していたのであれば、イメージとパフォーマンスの対応関係に観客の注意が向いたことだろう。それは「翻訳」を客体として眺めることであって、観客自らがそのプロセスに介入しているわけではない。例外とされた《スクリーン・プレイ》のパフォーマンスも、「より積極的に聞く」という意味において、やはり観客が自ら主体となって「翻訳」をおこなう契機となる。

 クリスチャン・マークレーのヴィジュアル・アートは観客に音を想起させる。だが彼のグラフィック・スコアが想起させる音楽と、ミュージシャンが「翻訳」することによって具現化する響きは、おそらくまったく異なるものとしてある。それはとりもなおさず観客とミュージシャンそれぞれの「翻訳」がつねに致命的なズレと不可能性を抱えた創造的な「誤訳」であることを示している。この点で音を譜面の再現と看做す通常の五線譜と彼のグラフィック・スコアは根本的に異なるあり方をしている。そしてヴィジュアル・アートとしてのスコアがあくまでも固定化された視覚的要素として存在しているのに対して、それを手段として生まれたパフォーマンスはつねに具体的なパフォーマーをともなうことによって、実現されるたびに新生し続けていく可能性がある。それはかつてマークレーがターンテーブル演奏に関して「死んだと思えるオブジェを、生きたライヴの文脈において使うための一つの方法」(『ur 特集 ニュー・ミュージック』第11号、ペヨトル工房、1995年)と語ったこととも通底している。ヴィジュアル・アートとしてのグラフィック・スコアは、他の人間によって「翻訳」されない限り、あくまでもある時点で記録され固定化された「死んだと思えるオブジェ」に過ぎない。それは一方では見られることで受け手の記憶をまさぐり、想像上の音の発生を引き起こすことで「生きたライヴの文脈」へと蘇ることになる。他方ではパフォーマンスのための手段として用いられることによって、やはり「生きたライヴの文脈」に鳴り響きをともないながら置き直される。それだけではない。さらにパフォーマンスそれ自体の受け手によっても「翻訳」されていくのである——まるで物体としてのレコードが延々と回転し続けるように終わりのない連鎖を呼び込みながら。他の音楽家による多くのグラフィック・スコアが作曲と演奏のプロセスに焦点を合わせ、あるいは視覚のための純粋な絵画へと近づくのに対して、マークレーの作品はあくまでも連鎖の網の目——そもそもが既存のマンガを流用したコラージュだ——のなかに位置している。その意味で∈Y∋とジム・オルーク・バンドによる「翻訳」のプロセスを通じたリアライゼーションは、グラフィック・スコアを生きた文脈へと置き直す一種の蘇生の儀式であるとともに、パフォーマンスそれ自体が「死んだと思えるオブジェ」のように観客の記憶へと刻まれることによって——あるいは記録メディアにアーカイヴされることによって——、新たな「翻訳=創造」のプロセスを駆動させる試みでもあったのだと言えるだろう。

Brian Eno - ele-king

 2021年、大きな話題となった「NFT」。ノン・ファンジブル・トークン(非代替性トークン)の略語で、ブロックチェーン技術のひとつである。ざっくり言えば、デジタル・データを替えが効かないようにできる、しるしみたいなものだ。
 ふつう、電子データは簡単に複製可能なので、たとえば心血注いでデジタルですばらしい絵画を描いたとしても、無限にコピーができてしまい、特別な商品価値は生まれにくい。が、NFTの技術を用いれば、1枚1枚の絵に改ざんできないシリアルナンバーみたいなものが付され、唯一性を担保できるようになる。結果、デジタル・データなのに(世界に1枚しかない、現実のレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画のように)唯一無二の価値が生まれるよ、というお話。
 これは大きなビジネス・チャンス、ということで2021年、メタヴァースとともにNFTが大きな話題になった。じっさいにNFTを利用して音楽やその他のアイテムを売ったりしたアーティストも、すでにいる。

 そんなNFTをめぐる狂騒について、まさに “アーティスト” であるブライアン・イーノが、「ザ・クリプト・シラバス」という設立されたばかりのメディアで自身の見解を述べている。いわく、これまで何度か「NFT作品をつくらないか」と打診されてきたものの、その分野において制作するに値するなにかがあるとは思えなかったそうだ。暗号技術には「興味深い活用法があるのかもしれませんが、わたしにはその活用法がまだわかりません。一部の銀行口座に数字が移動すること以外に、それが世界になにをもたらしているのかわからないのです」と。

わたしにとって “つくるに値するもの” とは、銀行口座にだけではなく、世界にこそ価値を付加するなにかを生み出すことです。もしわたしがカネを稼ぎたいとだけ思っていたなら、べつの人間として異なるキャリアを歩んでいたでしょう。アーティストになる道など選ばなかったはずです。NFTは、アーティストがグローバル資本主義からほんのちょっとだけお楽しみを手に入れる方法のように思えます。アーティストの金融化、そのちょっとかわいい版みたいなものです。なんとすてきな。いまやアーティストたちはささやかなクソ資本家にもなることができるというわけです。

 イーノは、NFTにかんする議論それ自体についてはオープン・マインドでいたいけれども、現在は詐欺師がお人好しを探している状況だと考えているそうだ。

 ちなみに、聞き手はエフゲニー・モロゾフ。ベラルーシ出身のリサーチャー/ジャーナリストで、GAFAMの強烈な批判者として知られている。今回イーノとの対話が掲載された「ザ・クリプト・シラバス」を設立したのも彼自身だ。「ザ・クリプト・シラバス」は、暗号通貨やブロックチェーンなどにかんする情報を提供しつつ、議論を活性化させ、その分野に批評をもたらそうとするためのメディア/プラットフォームだという。10月に刊行した『ele-king臨時増刊号 仮想空間への招待──メタヴァース入門』にはモロゾフのエッセイが掲載されているので、興味のある方はぜひご一読を。

hyunis1000 - ele-king

 神戸の新世代ラッパー hyunis1000 (ヒョンイズセン)がファースト・アルバムをリリースする。彼は相棒の Ratiff とともにラップ・デュオ Neibiss を組んでいて、一見脱力的だけど真剣というか、ユーモアとメッセージを両立させた素敵な音楽をやっているのだ(まずは YouTube で「Neibiss」と検索してみて)。
 紙エレ夏号でも取り上げたように(p137)、hyunis1000 はソロとしても配信でEPをリリースしてきたわけだけれど(おすすめは “ダメ人間” や “お先真っ暗やね!元からやけど(^_^;)” などを収録した『1001』)、このたびついにアルバムが完成したとのこと。題して『NERD SPACE PROGRAM』。リリースは年明け1月26日。いまから楽しみです。

hyunis1000
"NERD SPACE PROGRAM"

2000年生まれ、神戸を中心に活動する新進気鋭のラッパー、hyunis1000の待望のファースト・フル・アルバム『NERD SPACE PROGRAM』がリリース!!
瑞々しい類い稀なセンスが本作によってシーンに衝撃を与える!!

この作品は2022年のラップ・ミュージックの最前線の一つのあり方を提示する。ゲーム音楽、健全な上昇志向とメイク・マネーの願望、ある種のインディ・ロック的な感傷、ラッパーの必須条件である安定感のあるヴォイスとフロウ、複数のビートメイカーによる多彩なビート。本作の背景に、豊饒なエレクトロニック・ミュージック、ヒップホップ、実験、ダンス・カルチャー、ネット文化、その他さまざまな経験と現場があることは想像に難くない。聴けば間違いなくその一端に触れることができる。
『NERD SPACE PROGRAM』というタイトルは、hyunis1000が所属するコレクティヴの名でもある。悪ふざけとナンセンスと繊細さと純情の絶妙なバランスをふくめ、NSPの音楽と表現には未来への可能性しかない。

あの作品の内側には地図があって、そこにはまだ何も記されていなかった。結局のところ、ヤンキーとオタクは極地という点で似通っているように思う。初めて出会った彼の精神と身体の釣り合い方はとても Strange に見えた。約束は、たかが口約束かもしれないけど、果たすことで確信が深まる。早くてもいいことばかりじゃないけど、急ぎたくなるのは何故なのか。彼らはいま新しいところに向かっている。確かに全てはタイミングなんだけど、今回そのタイミングは必然に思えた。完璧に近かった。"走り続ける限り青春は死なない" 誰に審査されずとも輝き続ける存在がここにいる。確信がなければ、誰が何を言ってても無駄だ。このアルバムは hyunis1000 への信用を更に確固たるものにするだろう。
by NGR (CLUTCH TIMES)

アーティスト:hyunis1000 (ヒョンイズセン)
タイトル:NERD SPACE PROGRAM (ナード・スペース・プログラム)
レーベル:RCSLUM RECORDINGS
品番:RCSRC026
フォーマット:CD
バーコード:4988044869950
発売日:2022年01月26日

ソングリスト
1. Intro by ratiff
2. RUN (prod by 残虐バッファロー)
3. Highway (prod by Ballhead)
4. Kobe young zombie (prod by Uokani)
5. 2020薔薇 (prod by caroline)
6. ドッペルゲンガー (prod by ratiff)
7. Skit by ratiff
8. khao nashi (remixed by ratiff)
9. Student (prod by DJ HIGHSCHOOL)
10. Sad rain (prod by UG Noodle)
11. Angel (prod by caroline)
12. IDC (prod by caroline)
13. hyunis1000 in Earth (acappella)

【hyunis1000 プロフィール】
2000年生まれ、神戸を中心に活動するラッパー。2018年から活動を開始し、トラックメイカー/DJ/ラッパーのRatiffとのユニットNeibissや、同世代のコレクティブNerd Space Programのメンバーとしても活動中。コンスタントな楽曲リリースと、年間100本ほどのLIVEを行うなか、Shibuya PARCO ANNIVERSARY FESTIVALへの出演や、Neibissとしてアルバム『HELLO NEIBISS』(2020)、『Sample Preface』(2021)をリリースするなど、着実に実績を積み重ねていく。SPACE SHOWER TV『BLACK FILE』でのインタビュー動画の公開やRed Bullが企画するマイクリレー『RASEN』への抜擢など、いま一躍注目を集めている。

NON BAND - ele-king

 日本のポスト・パンクの名盤の1枚に数えられる『NON BAND』(1982、テレグラフ)から40年。ノン・バンドがセカンド・アルバム『NON BAND II』を12月22日にリリースする(アナログ盤は2022年1月下旬予定)。
 2017年にドイツのレーベルから再発された『NON BAND』は、あの時代、レインコーツの『オディシェイプ』とザ・スリッツの『大地の音(リターン・オブ・ザ・スリッツ)』と共振したアルバムだった。プリミティヴなドラムと自由奔放なアレンジ、空間的な音響にファンク、祭り囃子やジャズなどが放り込まれ、ノンの圧倒的なヴォーカルがこの独創的な音楽に輪郭を与える。ほとんどオリジナル・メンバーで録音された40年ぶりの新作にも、その方向性は受け継がれているが、40年分の大きなスケールが広がっている。バンドのサウンドに合ったアートワークも素晴らしい。今年はNON BANDの初期の名曲「Vibration Army」もありがたいことにシングル発売されたが、このバンドの素晴らしい躍動感は、まずは日本でもっと広く知られるべきだ。
 なお、この録音を最後にオリジナル・メンバーでありバンドの要でもあったドラム担当の玉垣満は1年前に永眠した。彼に捧げられた『NON BAND II』は、前作同様、地引雄一の〈テレグラフ〉からのリリースになる。

NON BANDO
NON BAND II

CDは2021年12月22日Telegraph Records
アナログ盤は2022年1月下旬 Mangalitza Records
*配信は2022年2月上旬予定
https://nonband.exblog.jp/

interview with Kinkajous - ele-king

 世界中でもっとも新陳代謝の激しい音楽シーンといえばイギリス、特にロンドンだろう。現在のジャズの世界でもそれは当てはまり、サウス・ロンドンはじめマンチェスターやブリストルなどから続々と新しいアーティストが登場している。キンカジューもそんなイギリスから生まれた新進のグループだ。キンカジューというユニークな名前は南米に住むアライグマ科の珍獣のことで、どうしてこれをグループ名にしたのかは不明だが、その名前どおりほかのバンドとは異なるユニークさを持ち、また自然界の音を巧みに取り入れている点も印象的だ。
 メンバーはサックス/クラリネット奏者のアドリアン・コウとドラマーのブノワ(ベン)・パルマンティエのふたりが中心となってセッションを重ねる中、そこへアンドレ・カステヤノス(ベース)、マリア・キアーラ・アルジロ(ピアノ)、ジャック・ドハーティー(キーボード)が加わって現在に至る。もともとロンドンではない場所に住んでいたアドリアンとブノワだが、その後ロンドンに出てきてキンカジューを結成している。従って、いわゆるサウス・ロンドン周辺のバンドとは異なるテイストがあり、アコースティック・サウンドとエレクトリックな質感のバランスなど、マンチェスターのゴーゴー・ペンギンあたりに通じるものも感じさせる。また、ジャックを除いてイギリス人ではないメンバー構成も、ロンドンのバンドの中において異色さを感じさせるところかもしれない。
 2019年にリリースした初のフル・アルバムとなる『ヒドゥン・ラインズ』がジャイルス・ピーターソンによるレコメンドを受け、またUKを代表する老舗レコード・レーベル&ショップである〈ミスター・ボンゴ〉の「トップ・オブ・アルバム2019」でベスト10内にセレクトされる。さらにはブルードット・フェスティヴァル、マンチェスター・ジャズ・フェスティヴァル、EFGロンドン・ジャズ・フェスティヴァルなどへ出演し、ロンドンの名門クラブであるジャズ・カフェでのショウがソールド・アウトするなど各方面から注目を集めるようになる。
 そして、2年振りの新作となるセカンド・アルバム『ビーイング・ウェイヴズ』は、ゴーゴー・ペンギン、ダッチ・アンクルズ、ウェルカーらを手掛けたマンチェスターを代表するプロデューサー/エンジニアのブレンダン・ウィリアムが制作に参加し、エレクトロニクスやオーケストレーションがクロスオーヴァーしたUKジャズの新たなる進化を予兆させるハイブリッドなジャズ・サウンドとなった。グループの中心人物であるアドリアン・コウとブノワ(ベン)・パルマンティエに、キンカジューの結成からファースト・アルバムにリリース、そして新作の『ビーイング・ウェイヴズ』に至る話を訊いた。

僕たちはふたりともフランス出身だけど、もうイギリスに14年住んでいる。他のメンバーはイングランド出身者もいれば、イタリアやコロンビアから来ている者もいる。でも、やっぱり僕たちのルーツはロンドンだと思っているよ。

まず、キンカジューの成り立ちから伺います。最初はサックス/クラリネット奏者のアドリアンさんとドラマー/プロデューサーのブノワさんが出会い、音作りをはじめました。そこから徐々にいろいろなメンバーが集まり、グループとなっていったと聞いています。そのあたりの経緯をお話しください。

ベン:まず、僕とアドリアンは数年前に出会ったんだ。そのときちょうど彼のバンドで新しいドラマーを探していて、この新しいプロジェクトをはじめる前の間は一緒にそのバンドでプレイしていた。僕たちはもっと柔軟にコラボレーションしたり、実験的にプロダクションを作れるような環境を作りたくて、そのときに生まれた土台こそが最終的にはキンカジューになった感じかな。僕たちはいくつかのライヴ・メンバーと一緒にプレイしてきたんだけど、デビュー・アルバムの『ヒドゥン・ラインズ』をリリースして以降は現在のメンバーで落ち着いているよ。ベースのアンドレとは音楽大学で知りあって、彼がピアノのマリア・キアーラを紹介してくれた。そのマリアがシンセサイザーのジャックを紹介してくれたんだ。それぞれのメンバーの繋がりがあってこそ生まれたバンドなんだ。

グループとして最初はマンチェスターで活動していて、その後ロンドンに拠点を移したのですか? ロンドンに移住するには活動していく上で何か理由などあったのですか?

アドリアン:誤解されることが多いけど、このバンドとしてはマンチェスターを活動拠点にしてたことはないんだ。最初からロンドンを拠点にしている。ロンドンに来る以前のことはもうだいぶ昔のことだから思い出すのが難しいなあ。マンチェスターには親しい友人はいるんだけど、キンカジューがスタートした場所ではないんだ。それに僕たちの故郷はバラバラだしね。バンドというか個人的な話になるけど、ロンドンの活気のある生活やスタイルは僕にとっては魅力的で、新しい経験やチャレンジを見つけるには完璧な街だったんだ。いまのところここでの出来事すべてが最高だし、望んでいた通りの街だよ。

そうですか、マンチェスターの話をしたのはゴーゴー・ペンギンの拠点の街であり、あなたたちとゴーゴー・ペンギンには共通する要素もあるかなと感じ、それがマンチェスターという土地柄にも関係するのではと考えたからです。話を少し変えますが、ゴーゴー・ペンギンが有名なマンチェスター、サウス・ロンドン・シーンが注目されるロンドンと、同じイギリスの都市でもそれぞれ違う個性を持つジャズ・シーンかと思いますが、あなた方から見てそれぞれ違いはありますか?

アドリアン:UKには世界の最前線で音楽を新しい方向に発展させてきた長い歴史があって、その中でここ数年間はジャズというジャンルはクリエイティヴィティーがピークを迎え、そこから多くの恩恵を受けていると思うよ。僕が考えるにいまのサウス・ロンドンのジャズはアフロビートからルーツが来ていて、マンチェスターはもっとエレクトロを軸にしたアプローチをしていると思う。しかしながらストリーミングが誕生したことやイギリス全体のとても活発的なシーンのおかげで、それぞれの地域のインスピレーションがミックスしてもっと面白いものが誕生していると思う。だからこそ自分たちなりのジャズと定義できるような新しいモノを作ることにいつも挑戦しているんだ。

ブノワさんとアドリアンさんは名前から察するにフランスとかベルギーあたりの出身のようですね? ほかのメンバーもイギリス的ではない名前が多いのですが、やはり世界の様々な国から集まってきているのですか?

ベン:僕たちはふたりともフランス出身だけど、もうイギリスに14年住んでいる。他のメンバーはイングランド出身者もいれば、イタリアやコロンビアから来ている者もいる。でも、やっぱり僕たちのルーツはロンドンだと思っているよ。もうここをホームにしてから長いからね。

別のインタヴューでそうしたメンバーの多国籍について、「作曲や演奏をする上で出身地はあまり関係がない」という旨の発言をしているようですが、とは言えほかのロンドンのバンド、イギリスのバンドとは違う個性がキンカジューにあると思います。その個性のもとを辿ると、そうしたほかの国の音楽や文化の影響もあるのではないかと思いますが、いかがでしょう?

ベン:アドリアンと僕はオーケストラにいたバッググラウンドを持っていて、ふたりともフランスでは大きなアンサンブルの中で演奏していたんだ。地域的なことよりも、そうした経験が僕たちの音楽に何かしらの影響を与えていると思うね。個人的にはプログレをたくさん聴いたり演奏したりして育ったから、すべての音楽的なテクニックにも興味があるんだけど、オーケストラでの経験がバンドという場所をエゴ表現する場所ではなく、グループ全体のサウンドとして表現するように向かわせたと思う。個々のプレイヤーではなく、指揮者/プロデューサーとしてバンド・サウンドを一番に考えるようにアプローチできるようになった。だから僕とアドリアンがある程度曲を作り上げてから、ほかのバンド・メンバーにそれを伝えていくという手法を取っているんだ。
僕たちの音楽は必ずしも地域や文化から影響を受けているとは的確には言い切れないけど、メンバーそれぞれがロンドンのシーンに参加する前の音楽体験は、どこかの部分で他にはない僕たちらしさを作り出していると思うよ。

そうして2019年にファースト・アルバムの『ヒドゥン・ラインズ』をリリースします。この中の “ブラック・イディオム” を聴くと、アドリアンの重厚なクラリネットに雄大なオーケストレーションが交わるオーガニックな作風ながら、随所にスペイシーなエレクトロニクスや動物の鳴き声のようなSEも混ざり、たとえばシネマティック・オーケストラなどに通じるものを感じさせます。ミニマルな質感を持つ “ジュピター” についてはゴーゴー・ペンギンに近い部分も感じさせます。変拍子を多用したブロークンビーツ調のリズム・セクションなど、クラブ・ミュージックのエッセンスも取り入れたジャズ~フュージョン作品というのが大まかな印象です。そして、ドラムやパーカッションの鳴り方に顕著ですが、ところどころに自然界の音を想起させるような仕掛けもあり、それがキンカジューの個性のひとつになっていたように思います。あなたたち自身は『ヒドゥン・ラインズ』についてどのような方向性で作っていったのですか?

ベン:『ヒドゥン・ラインズ』を作ったときのプロセスは、まだ自分たちが作りたい音楽を理解して、磨き上げている段階でもあったんだけど、その挑戦はとてもおもしろいプロセスだったよ。この制作はオーケストラ的なアプローチを目指した第一歩だったし、シンセを使ったのも野心的な試みだったんだ。このアルバムがリリースされるまでに多くのことを学べたし、その後のクリエイティヴ・ディレクションに対するヴィジョンも明確になったよ。そしてこのレコードを引っさげてツアーしている最中に、それはさらに明確になったとも言えるね。いまこのアルバムを聴くとまた面白いね。遠い昔の作品にも思えてくるけど、いまでも愛情を持てる大好きな作品だよ。とにかくいろんなコトを僕たちに与えてくれた作品だからね。

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サイレントを作ることでいちばん爆発してほしいところの威力が跳ね上がるからね。僕たちは自分たちの音楽で本当の意味で人を動かしたいと思っていて、この強弱の対比はとっても重要なんだ。

先ほども話したゴーゴー・ペンギンとの関係性について述べると、エンジニアを務めるブレンダン・ウィリアムスがあなたたちの作品制作にも関わっているとのことなので、自然と共通するテイストが生まれるのかなと思いますが、いかがでしょう? 彼は新作の『ビーイング・ウェイヴズ』についてもエンジニアをやっているのですよね?

ベン:ブレンダンとは僕たちがキンカジューとしてレコーディングするようになったときから一緒に仕事をしているんだ。彼は以前の作品をミックスしてくれたのと、『ビーイング・ウェイヴズ』でももうひとりのエンジニアのリー・アストンと一緒にエンジニアを担当しているよ。彼は洗練された素晴らしいエンジニアだからいつも一緒に仕事ができて光栄だよ。彼は僕らのクレイジーなアイデアにも付き合ってくれるし、それでいて全体のバランスを取るようにコントロールもしてくれる。ブレンダンは本当に素晴らしい仕事仲間であり友達でもあるんだ。もう家族のようなものだね。

そして、『ビーイング・ウェイヴズ』のストリングス・アレンジをするのは、先にリリースされたゴーゴー・ペンギンのリミックス・アルバムにも参加するシュンヤことアラン・ケアリーとここでも繋がりを感じさせるわけですが、こうした人たちとはどのように繫がっていったのでしょう?

ベン:アランはリーとブレンダンから紹介されたんだ。確か彼らはもともとマンチェスターの音楽仲間で一緒に仕事をしてたんだよ。アランは今作のストリングス・パートを去年のロックダウン中にリモートで彼のスタジオで録音してくれた。彼は僕らのヴィジョンをすぐに理解してくれたからレコーディングも早かったし、僕たちの予想を遥かに超えた素晴らしいアレンジで仕上げてくれた。僕たちは音楽で共通のセンスを持っていると確信したね。

『ヒドゥン・ラインズ』に続くセカンド・アルバムとして、『ビーイング・ウェイヴズ』は何かコンセプトやテーマなど設けて作りましたか? 基本的にはファーストの世界観を継承しているようですが、逆に何か変えてきたところなどあるのでしょうか?

ベン:『ビーイング・ウェイヴズ』は前作以上にオーケストラ的にプロデュースされた質感のサウンドを目指すアプローチを目指したよ。このアルバムのアイデアの核になっているのは、人それぞれが世界を違った風に認識すると同じように、僕たちのアルバムも人それぞれのリアルな感覚で聴いてほしいということだね。だから普段は合わさらないレイヤーを重ねて楽曲を作っている。僕たちは様々なプロダクションやサンプリングのテクニックを取り入れてリスナーにとって魅力的なモノを作り、いままで聴いたことのない幻想的で不思議な音だけど、なぜか再生してしまうようなサウンドを目指したよ。今回の制作はいままでと違ったから楽しくもあったけど、チャンレンジでもあった。いろんな方向性のサウンドがひとつにまとまったことを誇りに思うよ。

ジャズというよりもかなりインストゥルメンタルと呼ぶのに近づいた作品になったと思う。ジャズはプレイヤーに焦点をあてることが多いと思うんだけど、僕たちの音楽はもっとサウンドや質感や音の空間、そして楽曲の流れとかにフォーカスしているからね。

「前作以上にオーケストラ的にプロデュースされた質感のサウンド」という点でいくと、“イット・ブルームズ/ゼン・ナッシング” や “ジ・アイズ” などに見られるようにストリングスがより大きくクローズアップされ、強化された印象があります。それによって楽曲に有機的なイメージが増幅されていきます。先に述べたアラン・ケアリーがそのアレンジを担当するのですが、彼にはどのようなイメージを伝えてアレンジしてもらったのですか?

アドリアン:アランは僕たちが送った簡単な下書きやアレンジからストリングスのイメージを膨らませてくたんだ。僕たちは彼にヴィジュアルが浮かぶような質感のサウンドを作りたいとお願いした。レコーディングをするにあたって楽曲の長さやアルバムの中での立ち位置や意味、そしてヴィジョンもそれぞれ話し合ったよ。その後、彼が自分自身で自由に試行錯誤できるように十分な時間を与えたんだけど、それも今回のプロセスにとっては重要だったと思う。とても上手くいったね。

“ノームズ” や “ア・クワイエット・カオス” など、アンビエントなイメージの曲も印象的です。こうしたアンビエントやニュー・エイジ的な要素を取り入れるジャズ・ミュージシャンやバンドも昨今はいろいろ増えていて、たとえばイスラエルのリジョイサーがいたり、イギリスではアルファ・ミストがそうした作風のものを作ることもあります。キンカジューとしてはアンビエントについてどのように捉え、演奏や制作に取り入れているのですか?

ベン:僕たちの音楽は様々なモノが詰まった刺激的なスペースからできあがっているのだけど、ときには空白のスペースを作る作業が必要なときがあるんだ。その空白のスペースを作ることでそこから美しさ、脆さや静けさが浮き出てきてそれがエモーショナルに変わっていくんだ。ライヴでプレイするときにもサイレントな空白を作り出すのがいかに重要なのかがわかってきたし、音を空間として捉えて時間をかけて作っていくことが何よりも大事だと感じているよ。それがアンビエントの要素なのかもしれないね。サイレントを作ることでいちばん爆発してほしいところの威力が跳ね上がるからね。僕たちは自分たちの音楽で本当の意味で人を動かしたいと思っていて、この強弱の対比はとっても重要なんだ。

たとえば “クロークス” や “システム” などについて言えますが、今回のアルバムでもアコースティックな演奏とエレクトロニクスの融合が作品制作における大きな要素としてあります。イギリスのアーティストではポルティコ・カルテットリチャード・スペイヴンドミニック・J・マーシャルテンダーロニアスなど、こうしたアプローチをおこなうアーティストは多く、現代のジャズにおいてアコースティックとエレクトリックの融合はもはや抜きでは語れないものになっていると思います。キンカジューとして、アコースティックとエレクトリックの融合はどのようなバランスでおこなっていますか?

ベン:まず今作はジャズというよりもかなりインストゥルメンタルと呼ぶのに近づいた作品になったと思う。ジャズはプレイヤーに焦点をあてることが多いと思うんだけど、僕たちの音楽はもっとサウンドや質感や音の空間、そして楽曲の流れとかにフォーカスしているからね。今作では確かにそのポイントは重要で、アコースティックとエレクトロニックのサウンドのバランスをより細かく磨き上げるために、アコースティックのサウンドをより興味をそそるモノにして、エレクトロニックなサウンドをより親しみの生まれるようなサウンドにしたんだ。『ビーイング・ウェイヴズ』ではいくつかのアコースティックとエレクトロニックなサウンドの境目をなくすために、自分なりの手法をいろいろ試したんだ。

“ノームズ” で聴けるように、アドリアンさんの演奏ではバス・クラリネットが効果的に用いられています。現代のジャズ・シーンではバス・クラリネットを多用する人はあまり多くないと思うのですが、アドリアンさん自身はバス・クラリネットのどこに魅力を感じ、どのように用いているのですか?

アドリアン:僕はもともとクラリネット・プレイヤーで、そこからバス・クラリネットとテナー・サックスに転身したんだ。そして、バス・クラリネットはクラリネットとテナー・サックスの両方のアドヴァンテージを合わせ持っていると気づいた。それは奥行き、力強さ、臨場感を兼ね備えているのにもかかわらず、“ノームズ” でも表現できているとおり、柔らかく穏やかな音運びをサポートしてくれるんだ。僕たちはいつもどんな楽器でも使う準備ができていて、いつもその楽曲にどのようなサウンドが必要なのかを考えて、それにマッチするベストな楽器を選んでいるんだ。つねに新しいアイデアを試してみたいから、演奏する前にどの楽器を使うとかいうルールを楽曲制作の中では作りたくないんだよね。

ブノワさんのドラムに関しては、前作以上に複雑な変拍子の作品が多く、そうして生み出される多彩なリズムがキンカジューの特徴のひとつでもあります。ゴーゴー・ペンギンのロブ・ターナーはじめ、リチャード・スペイヴン、モーゼス・ボイドユセフ・デイズ、フェミ・コレオソ、トム・スキナー、ロブ・セッチフォード、エディ・ヒック、サラティ・コールワール、ジェイク・ロング、ティム・ドイルなど、現在のイギリスには優れたドラマーやパーカッション奏者が数多くいます。あなた自身は自分の演奏についてどのような特徴、個性があると思いますか?

ベン:面白いことにニュー・アルバムではほとんど変拍子を使用してはいないんだけど、それぞれのフレーズはいままで以上にイレギュラーにプレイされているんだ。僕のドラムのアプローチは自分がパーカッショニストとしてミニマルやシステム・ミュージックに強い関心を持っていたときのトレーニングに影響を受けていると思う。たくさんの細かいフレーズを作って、それぞれ重ねたり、並べたりしてひとつのモノにするようにリズムを組み立てて、それでいて、それぞれが最終的にはひとつの直線的な塊に聴こえるように目指しているんだ。僕はいつもお手本のようなプレイではなくて、自分らしいフレーズを繰り返したり、積み重ねるように心がけているよ。

今後の活動予定や目標などがあったら教えてください。

ベン:僕たちは既にいくつかのプロジェクトの準備を進めているよ。最近はVR空間をスタジオ ANRK と一緒に作っているんだ。来年公開できるように頑張っているところだよ。後はUKとヨーロッパで『ビーイング・ウェイヴズ』ツアーをするのが楽しみなんだ。パンデミックのせいで長らくツアーはできてなかったからね。あとは新曲も来年は作れたらいいなとはもちろん思っているよ!

ZEN RYDAZ - ele-king

 NITRO MICROPHONE UNDERGROUND の MACKA-CHIN と PART2STYLE の MaL、そして JUZU a.k.a. MOOCHY の3人から成るユニット、ZEN RYDAZ のセカンド・アルバムがリリースされている。
 ディジェリドゥや三味線、アラビック・ヴァイオリンなどが入り乱れ、ヒップホップやダンスホールやジャングルのリズムが揺らす大地の上を、多様なスタイルのラップや歌が駆け抜けていく。日本ラップのファンもベース・ミュージックのファンも要チェックです。

弛まぬ想像力によって昇華されたZEN RYDAZの2ndアルバムがリリース!

極東発HIP HOP x WORLD MUSIC!!!
新時代のベースミュージック・ユニット ZEN RYDAZ が豪華ゲストミュージシャン達と共に、廃墟の遊園地(宮城県・化女沼レジャーランド)にて満月の下繰り広げた1発撮りの奇跡のライブセッション! 朝陽へ向かう瞬間を捉えた貴重な映像作品とともにリリースされます。

https://www.youtube.com/watch?v=WnBh7LolsQw

映像制作は近年、絶景 x MUSICで話題を集めるTHAT IS GOOD。
ドローンによる風景美を得意とするチームとの連携により、独自の近未来感と映画的情緒を持つ唯一無二な作品が出来上がりました。

●ZEN RYDAZ
MACKA-CHIN, MAL, J.A.K.A.M. (JUZU a.k.a. MOOCHY)
●ゲストMC/シンガー
ACHARU, AZ3(RABIRABI), D.D.S, EVO, NAGAN SERVER, MIKRIS, RHYDA, 愛染eyezen, なかむらみなみ
●ゲストミュージシャン
GORO(ディジュリドゥ、ホーミー、口琴), KENJI IKEGAMI(尺八), KYOKO OIKAWA(アラビックバイオリン), 東京月桃三味線(三味線)

●発売開始日
2021年12月02日(木曜日)
CD: 2000円(税別)

各種サブスク、ストリーミング
https://ultravybe.lnk.to/zentrax2

CROSSPOINT bandcamp
https://crosspointproception.bandcamp.com/album/zen-trax2

NXS Shop
https://nxsshop.buyshop.jp/items/55581725

TRACK LIST
01. WISDOM 04:57
 Vocal: ACHARU / Digeridoo & Jews Harp: GORO
02. CLOUD9 03:19
 Voice: MIKRIS / Violin: KYOKO OIKAWA
03. CLOUDLESS MIND 04:22
 Voice: NAGAN SERVER / Shamisen: 東京月桃三味線 / Flute: GORO
04. KOKORO 04:33
 Voice: AZ3,EVO / Violin: KYOKO OIKAWA
05. QUEST 04:28
 Voice: RHYDA, ACHARU, NISI-P / Shakuhachi: KENJI IKEGAMI
06. SLOW BURNING 03:32
 Voice: D.D.S / Violin: KYOKO OIKAWA
07. CROSS-BORDER 04:01
 Voice: 愛染 eyezen / Turkish Flute & Jewish Harp: GORO
08. CANCANCAN 03:43
 Voice: なかむらみなみ
09. MIRRORS 04:21
 Voice: ACHARU / Violin : KYOKO OIKAWA
10. VEDA 05:36
 Voice: NAGAN SERVER & NISI-P / Shakuhachi: KENJI IKEGAMI

Total Time: 41:50

Arrangement: J.A.K.A.M.
Mix: J.A.K.A.M. (01,03,05,07,09) & MAL (02,04,06,08,10)
Mastering: Robert Thomas (Ten Eight Seven Mastering London / UK)
Logo, Illustration: USUGROW
Picture: NANDE
Photo: Nobuhiro Fukami
Design: sati.

PRODUCED BY ZEN RYDAZ (MACKA-CHIN, MAL, J.A.K.A.M.)

P&C 2021 CROSSPOINT KOKO-099
https://www.nxs.jp/

プロフィール
ZEN RYDAZ:

NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのMACKA-CHIN、PART2STYLEのMaL、JUZU a.k.a. MOOCHYことJ.A.K.A.M.
2019年、それぞれのフィールドで20年以上活動してきた同年代の個性派3人が、満を持してジャンルを越え“ZEN RYDAZ”としてWORLD MUSICをテーマに、メンバーが旅して得た世界観、常にアップデートされていく其々の感性、追及から生まれるスキルを結集し、21世紀的ハイブリッドサウンドver3.0としてここTOKYOでクラクションを響き渡らす。
MADE IN JAPANの島リズムが生み出すZEN SOUNDはバウンシーでドープそして自由な発想と飽くなき音楽魂を“禅FLAVA”に乗せ、大空高くASIA発のニューライダーズサウンドとして言葉を越え世界にアップデートされたWORLD MUSICを送信中。
https://zenrydaz.tumblr.com/

BANDCAMP
https://crosspointproception.bandcamp.com/
SHOP
https://nxsshop.buyshop.jp
WEBSITE
https://www.nxs.jp/label

daydreamnation - ele-king

 京都のレーベル〈iiirecordings〉が12月下旬にdaydreamnationによるアンビエント作品の7インチ「DAYDREAM_STEPPERS EP」をリリースする。7曲(1曲が1分〜1分半ぐらい)の、美しい無重力状態(ウェイトレス)を体験できるというわけだ。
 daydreamnationはハードコア・シーンで活動する.islea.のメンバーでもあるseiyaの別名義で、これまでにBushmind、DJ Highschool、StarburstによるBBHのアルバムや〈Seminishukei〉のコンピレーションへの参加をはじめ、福岡Genocide CannonのラッパーInnoとの共作『Funky Response』や、降神や志人のライヴ・トラックなども手掛けている。注目です。
 

.daydreamnation.
DAYDREAM_STEPPERS EP (7inch+DL)
7inchレコード/ダウンロードコード付
限定250枚プレス/ナンバリング入
¥1,540 (税込)
https://iiirecordings.com/main/

 ちなみに、BushmindまわりではChiyori×Yamaanによる『Mystic High』(もう売り切れだが、配信で聴けるし、CDは再プレス)もかなり面白い。真の意味でのヴェイパー、すなわち水パイプ的な陶酔とユーモアを求めている方には推薦したい。なお同作には、Bushmindの4/4ビートのハウス・ミックスも収録されている。

MONOS 猿と呼ばれし者たち - ele-king

「MONOS(猿たち)」というのは一般的に子どもを形容するのに不適切な単語だろうが、この映画においては、まったく見事な比喩として成立している。人間のように社会化されてはいないが、しかし彼ら独自の非人間的とも言える社会を形成している者としての「猿」。なぜ少年少女の姿をした「猿」が生まれるのか……『MONOS 猿と呼ばれし者たち』は、その背景にある混沌状態を獰猛に、しかし同時に神話的に描き出す現代の戦争映画である。

 冒頭の光景からして、ただならぬ空気に覆われた映画だ。舞台となるのは雲の上に浮かぶようなコロンビアの山岳地帯で、そこで「モノス」とのコードネームを持つゲリラ兵たる少年少女たちが厳しい訓練を受けている。幻想的な画面と抽象的だが感覚を研ぎ澄まさせるようなシンセ・ミュージックがいっそう異界性を強調する。ただ、銃を持って訓練を受ける子どもたちが兵士なのだと映画を観終わっている自分はわかっているが、とりわけ映画の前半では彼らは気ままに遊んでいるだけのようにも見える。ボールを蹴り、仲間同士で取っ組み合う。キノコを食ってトリップする。仲間内で認められた「パートナー」になるという独自のルールもあるようだがキスやセックスをするのにジェンダーやセクシュアリティの規範はないようで、異性愛の枠に囚われずに無邪気に性愛を交わしたりもしている。ただ同時に、そんな子どもたちの生活には人質のアメリカ人女性を監視する役目もあり、平和な国で育つ子どもたちとは異なる「仕事」が与えられている。そうした異様な日常は均衡が保たれていたが、ある事件をきっかけにして、ずるずると極限状態のサヴァイヴァルへと突入していく。映画の舞台はジャングルへと変わり、まるで『地獄の黙示録』からアメリカン・ポップ・カルチャー的な要素を削ぎ落して原初的な生存欲求を剝き出しにしたような様相を帯びてくる。そして「猿たち」は鬱蒼とした自然のなかで、ますます文明から外れた存在へと変容していくこととなる……。

 1980年生まれの気鋭アレハンドロ・ランデス監督(ブラジル生まれで、エクアドル人の父とコロンビア人の母との間に生まれたそう)の3作目となる本作は、映像体験としても圧倒的なものを見せてくれるが、主題としても気迫がこもったものだ。監督いわく映画はコロンビアの長く続く内戦状態からインスピレーションを受けて生まれたそうだが、より具体的には、キューバ革命後にラテンアメリカでゲリラ化していった左派組織がモチーフになっているという。コロンビアのサントス元大統領は主要ゲリラ組織のFARC(コロンビア革命軍)との和平合意に署名したが、大衆に歓迎されているとは言えない状況であり、ゲリラであることが常態となってきた者たちを今後どのように社会に包摂していくかが大きな問題になっている。そして本作は、誘拐や略奪が日常となっている者たち――しかも子どもたちだ――の生きる世界を理屈でなく感覚的に味わわせるのである。こんな風にどうにか生きてきた「猿たち」は、果たして「市民」へとなれるのか?と。いや、本作のヘヴィに乾いた映像を観ていると、そんな発想すら傲慢なものに感じられてくる。猿が人間よりも劣っているなど誰が決めた? 彼らは本当にたまたまゲリラとして生きることを余儀なくされたのだから。
 まだはっきり覚えているところで自分が近い感覚を味わったのは、映画の風合いこそ違えどブラジルのクレベール・メンドンサ・フィリオ監督による『バクラウ 地図から消された村』(2019)で、そこでは強欲な政治家に支配されようとする僻村の抵抗がきわめてヴァイオレントに立ち上がっていた。暴力が日常となった共同体ではどこか寓話的な語りが生まれてくるというのが興味深いが、それだけ常軌を逸した事態がいまここに存在するということなのだろう。『MONOS』はコロンビアの内戦という特殊な状況を出発点としながらも、それをリアルなドキュメンタリー風にではなく現代の神話として見せることで、土地を限定しない「混沌」を巡る思索となった。猿と人間を分かつものがいったい何なのか、わたしたちは考えることとなる。

 そして本作の超越した佇まいをぐいぐいと高めるのがミカチュウことミカ・リーヴィによる音楽であることは間違いない。空き瓶を笛代わりにし、ティンパニの打音とストリングスの唸り声、シンセの浮遊感を混ぜ合わせたおどろおどろしくも陶酔感を孕んだ音像は、『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(2016)の際よりさらに異様な映画音楽として観る者の精神状態を不安定にする。今年はティルザの素晴らしい新作のプロデュースを手がけたことでも話題になった彼女が、映画音楽家としても最前線に立っていることは頼もしい限りである。

予告編

Ecstasy Boys - ele-king

 90年代初頭、セックス・ピストルズの“アナーキー・イン・ザ・UK”をサンプリングした世界初のハウス・ミュージックの制作者として、大阪のエクスタシー・ボーイズ(Ecstasy Boys)の名は、すぐに海を越えてUKのロック批評家たちにも衝撃を与え、また、NYハウスの名門〈Strictly Rhythm〉からも作品をリリースしたことでシリアスなハウス・リスナーからも一目置かれ、『UFO』のころの電気グルーヴのフロントアクトを務めたことから電気ファンにも名が知られ、下北ZOOではDJブースの背後に曼荼羅をつるしながらハウスをスピンしていたことから、否応なしにその名を覚えられたのだった。
 2009年に永眠した天宮志龍(志狼)と、弟の天宮辰朗、キーボーディスト小滝みつるらを中心に結成されたエクスタシー・ボーイズ、その超まぼろしのデビュー・アルバム『Moon Dance』が、アルバム参加メンバーでもあるDr.Tommy (元ヴィブラストーン)の手により全曲リマスタリングが施され、去る12月15日にCD発売された。来年には豪華2枚組帯付きLPでのリイシューも決定している。この機会にジャパニーズ・ハウスの伝説に触れてみよう。

Ecstasy Boys
Moon Dance (2021 Remaster) (CD)

amidst / AMDS-004
発売中 / 2,640円(税込)
https://diskunion.net/clubt/ct/detail/1008344941

Ecstasy Boys
Moon Dance (2021 Remaster) (2LP)

amidst / AMDS-005
2022年2月23日発売 / 5,500円(税込)
https://diskunion.net/clubt/ct/detail/1008344945

interview with Gusokumuzu - ele-king

ポップだけど、そっちに流されすぎないってとこ。必ずメッセージはいれたい。負けもせず勝ちもせずもやもやしてる若者の違和感を歌いたい。

 グソクムズがセルフタイトルの1stアルバムを完成させた。東京を拠点に活動するたなかえいぞを(Vo, G)、加藤祐樹(G)、堀部祐介(B)、中島雄士(Dr)の4人組は、井上陽水や高田渡、はっぴいえんどらのDNAを受け継ぎながら、2021年の感覚でよるべない若者を描写する。77年生まれで90年代に青春を過ごした筆者は、豊かでもなく貧しくもない状態が永遠に続くと思っていた。その意味で輝かしくはないが、未来は確かにあると。だがいまの子供たちは何を思う。大半の大人が人間不信に陥り、景気も気候も悪い。おまけに未知の伝染病まで蔓延する。グソクムズの1stアルバムにはそんなディストピアをリアルに生きる若者の気持ちが描かれる。
 そんなアルバムについて、さらに今回はバンドのヒストリーをたなかえいぞをに聞いた。


今回取材に応じてくれたヴォーカル/ギターのたなかえいぞを

息してるだけでお金がなくなっていく。夢も生活もどんどん削られているのに、街はどんどん発展してでっかいのが建って。地元の吉祥寺も、下北沢も。僕はそこでうまく生活できないなって思うんですよ。

グソクムズはもともとたなかさんと加藤さんのフォーク・デュオだったんですよね?

たなか:そうです。加藤くんとは高校から付き合いでいっつもふたりで遊んでました。僕らは不良とオタクと引きこもりしかいない高校に通ってて。僕はクラスの人気者だったけど、加藤くんは日陰者でした(笑)。でも音楽の趣味というか、単純に気があったのですごく仲良くなりました。

そんな学校で人気者だったということは、たなかさんももともとはすごい不良だったとか?

たなか:いやいやいや。本物の悪い人たちはだいたい1年の1学期でいなくなっちゃうんですよ。僕は平和主義者だし。1年でやめちゃったけど大学にも行ったし。

音楽にはどのようにハマっていったんですか?

たなか:原体験は両親ですね。いま65歳なんですが、家で60~70年代のカーペンターズとかサイモン&ガーファンクルとかがよくかかってたんです。そういうのを自然に聴いてたから、60~70年代の雰囲気がいちばん馴染むんですよね。高校とかだとまわりはワンオクとかセカオワを聴いてました。僕はそういう人たちとも仲が良くて、音楽のことは加藤くんと濃く話してた感じですね。彼はすごく音楽に詳しくて。井上陽水や高田渡も加藤くんが教えてくれました。そこから僕もどんどん音楽にのめり込んでいった感じですね。

フォーク・デュオを結成した経緯は?

たなか:高校を卒業したあとよくふたりで公園で焚き火しながら朝まで話したりしてたんですよ。七輪を買ってきて、なんかを焼いて食べたり。その流れで、ある日加藤くんがギターを持ってきたんですよ。そこで一緒に陽水さんのカヴァーしてるうちに「スタジオいこう」みたいなノリになったのがきっかけですね。

バンド名は当時からグソクムズだったんですか?

たなか:いや当時は別の名前でした。でもカッコ悪いのであんまり言いたくない。スタジオに通ううちに友達伝いで「ライヴやるから出ない?」って誘われたんですよ。フライヤーに名前をクレジットしなきゃいけなくて、僕らは名前なんて決めてなかったから適当につけたんです。グソクムズという言葉に当初の痕跡は残ってます(笑)。

「やるぞ!」というよりゆるく形になっていったんですね。

たなか:そうです。ニュアンス的には加藤くんと、マーシー(真島昌利)の『夏のぬけがら』みたいなバンドにしようぜって話してたんです。その名残として、グソクムズにもアコースティックな雰囲気が残ってるんだと思う。

バンド編成になったのは?

たなか:やってくうちに「もっとこうしたい」みたいな気持ちになってきて、通ってたスタジオの店員さんがギターで加入したんですよ。ギター3人組。その人はいま僕らのマネージャーをしてくれてます。で、その後、同じスタジオに来てた加藤くんの先輩だった二個上の堀部さんが加入します。巷では楽器がうまくて有名だったんですよ。その後ドラムはなかなか決まらず、いろんな人とスタジオに入ったけどなんか合わなくて。そこで最終的にスタジオの店員だったナカジさん(中島雄士)を誘ってようやくいまの4人組になりました。

『グソクムズ』は演奏面、楽曲面ともに1stアルバムとは思えない安定感のある作品だと思いました。

たなか:いわゆる初期衝動みたいなものは、それこそ加藤くんとふたりでやってた頃に作ったシングルで出しちゃったからだと思います(笑)。堀部さんもナカジさんもいろいろなバンドを経てのグソクムズだったりするし。アルバムを聴いて安定感を感じていただいたのだとしたら、そのへんが出てるんじゃないかな。あと僕らはかなり細かく作品を作り込んでいくタイプなんですよ。

スタジオに集まってセッションしながら作っていくのではなく?

たなか:はい。コロナだからスタジオに行けなかったというのはあるんですが、僕らは基本的に全員が作詞作曲するんですね。加藤くんは歌えないけど、グソクムズ以前は堀部さんもナカジさんもそれぞれギターを弾いて歌ってたんですよ。そんな感じで、昔はみんなで一緒にスタジオに入って、それぞれ作ってきた曲を披露する会とかもしてたんですけど、いまはそれぞれが宅録して納得できるデモができたら、LINEのグループトークにデータを投げて、「これいいね」ってなったらあれこれ話しながらこつこつと完成度を高めていく形で作っています。

なるほど。本作は統一感があるけど、同時に音楽的な幅も感じたんです。それがメンバー全員の個性なんですね。

たなか:ですね。例えば1曲目の “街に溶けて” は堀部さんが作りました。この曲はフォークっぽいけど、彼は黒人音楽やメタルも好きで、幅広く音楽を聴くんですね。8曲目の “グッドナイト” も堀部なんですけど、これはベースがグイグイいわしてる。

“街に溶けて” にはいちばんはっぴいえんどを、“グッドナイト” にはいわゆるシティ・ポップらしさをいちばん感じました。

たなか:堀部さんはモテ曲が多いんですよ(笑)。

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はっぴいえんどはアングラすぎるし、山下達郎はトレンディすぎる。グソクムズはその中間がいい。それにメンバー全員が井上陽水さんを好きなので、その色は消したくない。だからシティ・フォークと言ってるんです。

MVにもなった “すべからく通り雨” は誰が?

たなか:ナカジさんですね。夏に「曲を作ろっか」とデモを持ち寄ったとき、全員一致で「これはA面だね」っていうくらいポップ。

たなかさんが作詞作曲したのは?

たなか:“迎えのタクシー”、“そんなもんさ”、“濡らした靴にイカす通り” です。今回のアルバムは事前にシングルとしてリリースしてた “夢が覚めたなら”、“街に溶けて” に加えて、“すべからく” や “グッドナイト” みたいな、バンドとして強い曲、柱になる曲を入れようという話になったんですよ。僕と加藤くんはバンドの幅を表現する曲を作っていった感じですね。

“迎えのタクシー” はアルバムのなかでいちばん土臭い雰囲気がありますね。

たなか:僕はもっとポップな感じで作りたかったんですよ。でも僕はこのスケールのフレーズしか弾けないから、とりあえずデモを作って、あとはみんなにいい感じにしてもらおうと思ってたんです。そしたら「なんでこのコード進行にこのギター・フレーズなの?」って突っ込まれて。しかもフレーズが採用されて、コードを換えてるんですね。だからこの曲は前半がブルースっぽくて、後半がポップスっぽいんです。

この感じすごい好きでした。“そんなもんさ” にも通じますが、たなかさんの曲はちょっとやさぐれた雰囲気がありますね。

たなか:“そんなもんさ” はコード進行と歌詞だけはずっと自分のなかにあって。作ったのは結構前ですね。僕は基本的にいつもいっぱいいっぱいなんです。キャパシティもそんな大きくないほう。どの曲もしっかりと作り込みたい気持ちはあるけど、忙しいとすぐ「疲れたなあ」と思っちゃう。根がいい加減なんです。それでこういう歌詞になりました。でも今回のアルバムにはいいかなと思ってみんなに聴かせた感じですね。僕らは4人が作詞作曲するから、みんなのなかに「グソクムズらしさ」があるんですよ。

「グソクムズらしさ」とは?

たなか:共通する部分もあってそこがアルバムの統一感に繋がってると思うんですが、同時にそれぞれのバックグラウンドや考え方で微妙に違うとこもある。僕が思うのはポップだけど、そっちに流されすぎないってとこ。必ずメッセージはいれたい。負けもせず勝ちもせずもやもやしてる若者の違和感を歌いたい。僕はグソクムズの違和感担当ですね。

高校時代は人気者だったのに?

たなか:学生の頃の僕は何も考えてなかったんですよ(笑)。だけどバンドで生きていこうとなってからは考えることが多くなりました。その感じが出てるのが “濡らした靴にイカす通り” です。僕は革靴が好きなんですけど、お金ないからあまり手入れできない。息してるだけでお金がなくなっていく。夢も生活もどんどん削られているのに、街はどんどん発展してでっかいのが建って。地元の吉祥寺も、下北沢も。僕はそこでうまく生活できないなって思うんですよ。違和感を感じるし、置いていかれる気持ちになる。

ライヴハウスの音が良かったり、歌ってて気持ちが良かったりすると歌詞を忘れちゃうんですよ。昔はそういう自分が嫌でライヴ自体が苦手でした。けど、コロナ前くらいから「楽しければなんでもいいか」と思えるようになった。

表現するようになって、現実や自分と向き合うことが多くなった?

たなか:それもあるけど、やっぱバンドを本気でやるようになってからですね。最初は他力本願なとこがあって、週1でライヴしてればレーベルの誰かが見つけてくれてなんとかなっていくんだろうと思ってたんです(笑)。でも当たり前のように世の中そんな甘くなくて。ライヴハウスのブッキング・ライヴに出ても友達しか呼べない。他のバンドも友達を呼んでる。当時の僕らは、まあいまもなんですが、お金が全然なくてMVを作れなかった。仮に(僕らのことを)気になってくれたとしても、探す術がないんですよね。そんな状態でいくらブッキング・ライヴに出ても意味ないなと思った。ノルマ代も、練習スタジオ代もバカにならなかったし。だから僕らは3年前にライヴをやめて、そのお金を全部制作につぎ込むことにしました。レコーディングして、MV作って YouTube にアップして。

まさに「夢も生活もどんどん削られている」なかで、ドラスティックに活動スタイルを変えたんですね。

たなか:自分たちの甘えもありましたけど(笑)。とはいえ、バンドをやってたり、夢を持って生きてる人にはいまって生きづらい世の中だと思う。この曲(“濡らした靴~”)は、「でもイカした生き方ができるんだぜ」って思いで書きました。僕が書いた曲は割と僕がリアルタイムで感じてることが反映されてるかもしれないです。普段から感じてることや使いたい表現をいつもメモしてて。僕は曲先でも詞先でもない。そのときに口ずさんだものが曲になっていく。さっき言われたように、曲を書いてて何かと向き合って気づくこともあるし、「あれ? 変だぞ」って違和感をそのまま歌にすることもある。これは後者ですね。

ライヴは今後もやらないスタイルで活動していくんですか?

たなか:いや来年からはやる予定です。昔は僕がライヴが苦手だったんです。僕、ライヴハウスの音が良かったり、歌ってて気持ちが良かったりすると歌詞を忘れちゃうんですよ。今回のアルバムだと加藤くんが作った “夢が覚めたなら” とか。彼はメロディーとリズムにあった言葉を並べてくのに長けてる人。だからあの曲は歌っててめっちゃ気持ちいい。たぶんライヴでやると確実に歌詞が飛んじゃうタイプの曲(笑)。でも昔はそういう自分が嫌でライヴ自体が苦手でした。けど、コロナ前くらいから「楽しければなんでもいいか」と思えるようになったので、いろいろ収束したらどんどんライヴをやっていきたいです。

ちなみに仲が良いバンドやアーティストはいますか?

たなか:The Memphis Bell ってブルース・バンドと、工藤祐次郎さんですね。工藤さんとはコロナもあって全然会えてないんですが、最後にお会いしたときは一緒にやりたいねと言ってくださっていて。

グソクムズは街に心象を重ねる描写も多く、今後いわゆるシティ・ポップの文脈で語られるような気がします。それについてはどう思いますか?

たなか:僕らは最初から自分たちの音楽をシティ・フォークって言い張ってたんです。そういうジャンルがあるのかわかんないけど(笑)。もちろんはっぴいえんども山下達郎も好き。でも僕らの感覚だと、はっぴいえんどはアングラすぎるし、山下達郎はトレンディすぎる。グソクムズはその中間がいい。それにメンバー全員が井上陽水さんを好きなので、その色は消したくない。だからシティ・フォークと言ってるんです。

シティ・フォークってグソクムズの音楽性にぴったりですね。では最後に今後の抱負を。

たなか:今回のアルバムは正直自信作です。かなりしっかり作り込みました。でも来年には2ndアルバムに向けて動き出すつもり。まずはこの1stアルバムをいろんな人に聴いてもらいたいですね。


グソクムズが吉祥寺・渋谷の3店舗でインストアイベントを開催! 松永良平(リズム&ペンシル)に加えて柴崎祐二(音楽ディレクター/評論家)、レコードショップ店員等からのコメントも到着!

12/15(水)に吉祥寺の新星 "グソクムズ" が、1stアルバム『グソクムズ』をリリース。吉祥寺・渋谷のレコードショップ3店舗で観覧フリーのインストアイベントを開催することが決定しました。

・12月19日(日) 14:00 at HMV record shop 吉祥寺
・12月25日(土) 16:30 at タワーレコード吉祥寺
・1月30日(日) 16:00 at タワーレコード渋谷

そして松永良平(リズム&ペンシル)に加えて柴崎祐二(音楽ディレクター/評論家)、レコードショップ店員等からのコメントも到着。特設サイトよりご覧いただけます。

[グゾクムズ インストアイベント詳細/特設サイト]
https://special.p-vine.jp/gusokumuzu/

・グソクムズ - すべからく通り雨 (Official Music Video)
https://youtu.be/TE-rqPUvyuM
・グソクムズ - グッドナイト (Official Music Video)
https://youtu.be/n8LwWJvvDd4

[リリース情報①]
アーティスト:グソクムズ
タイトル:グソクムズ
レーベル:P-VINE
品番:PCD-22443
フォーマット:CD/配信
価格:¥2,420(税込)(税抜:¥2,200)
発売日:2021年12月15日(水)

トラックリスト
01. 街に溶けて
02. すべからく通り雨
03. 迎えのタクシー
04. 駆け出したら夢の中
05. そんなもんさ
06. 夢が覚めたなら
07. 濡らした靴にイカす通り
08. グッドナイト
09. 朝陽に染まる
10. 泡沫の音 (CD盤ボーナストラック)

[リリース情報②]
アーティスト:グソクムズ
タイトル:グソクムズ
レーベル:P-VINE
品番:PLP-7776
フォーマット:LP
価格:¥3,520(税込)(税抜:¥3,200)
発売日:2021年12月15日(水)

トラックリスト
A1. 街に溶けて
A2. すべからく通り雨
A3. 迎えのタクシー
A4. 駆け出したら夢の中
A5. そんなもんさ
B1. 夢が覚めたなら
B2. 濡らした靴にイカす通り
B3. グッドナイト
B4. 朝陽に染まる

[プロフィール]
グソクムズ:
東京・吉祥寺を中心に活動し、"ネオ風街" と称される4人組バンド。はっぴいえんどを始め、高田渡やシュガーベイブなどから色濃く影響を受けている。
『POPEYE』2019年11月号の音楽特集にて紹介され、2020年8月にはTBSラジオにて冠番組『グソクムズのベリハピラジオ』が放送された。
2014年にたなかえいぞを(Vo / Gt)と加藤祐樹(Gt)のフォークユニットとして結成。2016年に堀部祐介(Ba)が、2018年に中島雄士(Dr)が加入し、現在の体制となる。
2020年に入り精力的に配信シングルのリリースを続け、2021年7月に「すべからく通り雨」を配信リリースすると、J-WAVE「SONAR TRAX」やTBSラジオ「今週の推薦曲」に選出され話題を呼び、その後11月10日に同曲を7inchにてリリース。そして待望の1stアルバム『グソクムズ』を12月15日にリリースすることが決定。
HP:https://www.gusokumuzu.com/
Twitter:https://twitter.com/gusokumuzu
Instagram:https://www.instagram.com/gusokumuzu/

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