Home > Interviews > interview with Kinkajous - UKジャズの魅力たっぷり
世界中でもっとも新陳代謝の激しい音楽シーンといえばイギリス、特にロンドンだろう。現在のジャズの世界でもそれは当てはまり、サウス・ロンドンはじめマンチェスターやブリストルなどから続々と新しいアーティストが登場している。キンカジューもそんなイギリスから生まれた新進のグループだ。キンカジューというユニークな名前は南米に住むアライグマ科の珍獣のことで、どうしてこれをグループ名にしたのかは不明だが、その名前どおりほかのバンドとは異なるユニークさを持ち、また自然界の音を巧みに取り入れている点も印象的だ。
メンバーはサックス/クラリネット奏者のアドリアン・コウとドラマーのブノワ(ベン)・パルマンティエのふたりが中心となってセッションを重ねる中、そこへアンドレ・カステヤノス(ベース)、マリア・キアーラ・アルジロ(ピアノ)、ジャック・ドハーティー(キーボード)が加わって現在に至る。もともとロンドンではない場所に住んでいたアドリアンとブノワだが、その後ロンドンに出てきてキンカジューを結成している。従って、いわゆるサウス・ロンドン周辺のバンドとは異なるテイストがあり、アコースティック・サウンドとエレクトリックな質感のバランスなど、マンチェスターのゴーゴー・ペンギンあたりに通じるものも感じさせる。また、ジャックを除いてイギリス人ではないメンバー構成も、ロンドンのバンドの中において異色さを感じさせるところかもしれない。
2019年にリリースした初のフル・アルバムとなる『ヒドゥン・ラインズ』がジャイルス・ピーターソンによるレコメンドを受け、またUKを代表する老舗レコード・レーベル&ショップである〈ミスター・ボンゴ〉の「トップ・オブ・アルバム2019」でベスト10内にセレクトされる。さらにはブルードット・フェスティヴァル、マンチェスター・ジャズ・フェスティヴァル、EFGロンドン・ジャズ・フェスティヴァルなどへ出演し、ロンドンの名門クラブであるジャズ・カフェでのショウがソールド・アウトするなど各方面から注目を集めるようになる。
そして、2年振りの新作となるセカンド・アルバム『ビーイング・ウェイヴズ』は、ゴーゴー・ペンギン、ダッチ・アンクルズ、ウェルカーらを手掛けたマンチェスターを代表するプロデューサー/エンジニアのブレンダン・ウィリアムが制作に参加し、エレクトロニクスやオーケストレーションがクロスオーヴァーしたUKジャズの新たなる進化を予兆させるハイブリッドなジャズ・サウンドとなった。グループの中心人物であるアドリアン・コウとブノワ(ベン)・パルマンティエに、キンカジューの結成からファースト・アルバムにリリース、そして新作の『ビーイング・ウェイヴズ』に至る話を訊いた。
僕たちはふたりともフランス出身だけど、もうイギリスに14年住んでいる。他のメンバーはイングランド出身者もいれば、イタリアやコロンビアから来ている者もいる。でも、やっぱり僕たちのルーツはロンドンだと思っているよ。
■まず、キンカジューの成り立ちから伺います。最初はサックス/クラリネット奏者のアドリアンさんとドラマー/プロデューサーのブノワさんが出会い、音作りをはじめました。そこから徐々にいろいろなメンバーが集まり、グループとなっていったと聞いています。そのあたりの経緯をお話しください。
ベン:まず、僕とアドリアンは数年前に出会ったんだ。そのときちょうど彼のバンドで新しいドラマーを探していて、この新しいプロジェクトをはじめる前の間は一緒にそのバンドでプレイしていた。僕たちはもっと柔軟にコラボレーションしたり、実験的にプロダクションを作れるような環境を作りたくて、そのときに生まれた土台こそが最終的にはキンカジューになった感じかな。僕たちはいくつかのライヴ・メンバーと一緒にプレイしてきたんだけど、デビュー・アルバムの『ヒドゥン・ラインズ』をリリースして以降は現在のメンバーで落ち着いているよ。ベースのアンドレとは音楽大学で知りあって、彼がピアノのマリア・キアーラを紹介してくれた。そのマリアがシンセサイザーのジャックを紹介してくれたんだ。それぞれのメンバーの繋がりがあってこそ生まれたバンドなんだ。
■グループとして最初はマンチェスターで活動していて、その後ロンドンに拠点を移したのですか? ロンドンに移住するには活動していく上で何か理由などあったのですか?
アドリアン:誤解されることが多いけど、このバンドとしてはマンチェスターを活動拠点にしてたことはないんだ。最初からロンドンを拠点にしている。ロンドンに来る以前のことはもうだいぶ昔のことだから思い出すのが難しいなあ。マンチェスターには親しい友人はいるんだけど、キンカジューがスタートした場所ではないんだ。それに僕たちの故郷はバラバラだしね。バンドというか個人的な話になるけど、ロンドンの活気のある生活やスタイルは僕にとっては魅力的で、新しい経験やチャレンジを見つけるには完璧な街だったんだ。いまのところここでの出来事すべてが最高だし、望んでいた通りの街だよ。
■そうですか、マンチェスターの話をしたのはゴーゴー・ペンギンの拠点の街であり、あなたたちとゴーゴー・ペンギンには共通する要素もあるかなと感じ、それがマンチェスターという土地柄にも関係するのではと考えたからです。話を少し変えますが、ゴーゴー・ペンギンが有名なマンチェスター、サウス・ロンドン・シーンが注目されるロンドンと、同じイギリスの都市でもそれぞれ違う個性を持つジャズ・シーンかと思いますが、あなた方から見てそれぞれ違いはありますか?
アドリアン:UKには世界の最前線で音楽を新しい方向に発展させてきた長い歴史があって、その中でここ数年間はジャズというジャンルはクリエイティヴィティーがピークを迎え、そこから多くの恩恵を受けていると思うよ。僕が考えるにいまのサウス・ロンドンのジャズはアフロビートからルーツが来ていて、マンチェスターはもっとエレクトロを軸にしたアプローチをしていると思う。しかしながらストリーミングが誕生したことやイギリス全体のとても活発的なシーンのおかげで、それぞれの地域のインスピレーションがミックスしてもっと面白いものが誕生していると思う。だからこそ自分たちなりのジャズと定義できるような新しいモノを作ることにいつも挑戦しているんだ。
■ブノワさんとアドリアンさんは名前から察するにフランスとかベルギーあたりの出身のようですね? ほかのメンバーもイギリス的ではない名前が多いのですが、やはり世界の様々な国から集まってきているのですか?
ベン:僕たちはふたりともフランス出身だけど、もうイギリスに14年住んでいる。他のメンバーはイングランド出身者もいれば、イタリアやコロンビアから来ている者もいる。でも、やっぱり僕たちのルーツはロンドンだと思っているよ。もうここをホームにしてから長いからね。
■別のインタヴューでそうしたメンバーの多国籍について、「作曲や演奏をする上で出身地はあまり関係がない」という旨の発言をしているようですが、とは言えほかのロンドンのバンド、イギリスのバンドとは違う個性がキンカジューにあると思います。その個性のもとを辿ると、そうしたほかの国の音楽や文化の影響もあるのではないかと思いますが、いかがでしょう?
ベン:アドリアンと僕はオーケストラにいたバッググラウンドを持っていて、ふたりともフランスでは大きなアンサンブルの中で演奏していたんだ。地域的なことよりも、そうした経験が僕たちの音楽に何かしらの影響を与えていると思うね。個人的にはプログレをたくさん聴いたり演奏したりして育ったから、すべての音楽的なテクニックにも興味があるんだけど、オーケストラでの経験がバンドという場所をエゴ表現する場所ではなく、グループ全体のサウンドとして表現するように向かわせたと思う。個々のプレイヤーではなく、指揮者/プロデューサーとしてバンド・サウンドを一番に考えるようにアプローチできるようになった。だから僕とアドリアンがある程度曲を作り上げてから、ほかのバンド・メンバーにそれを伝えていくという手法を取っているんだ。
僕たちの音楽は必ずしも地域や文化から影響を受けているとは的確には言い切れないけど、メンバーそれぞれがロンドンのシーンに参加する前の音楽体験は、どこかの部分で他にはない僕たちらしさを作り出していると思うよ。
■そうして2019年にファースト・アルバムの『ヒドゥン・ラインズ』をリリースします。この中の “ブラック・イディオム” を聴くと、アドリアンの重厚なクラリネットに雄大なオーケストレーションが交わるオーガニックな作風ながら、随所にスペイシーなエレクトロニクスや動物の鳴き声のようなSEも混ざり、たとえばシネマティック・オーケストラなどに通じるものを感じさせます。ミニマルな質感を持つ “ジュピター” についてはゴーゴー・ペンギンに近い部分も感じさせます。変拍子を多用したブロークンビーツ調のリズム・セクションなど、クラブ・ミュージックのエッセンスも取り入れたジャズ~フュージョン作品というのが大まかな印象です。そして、ドラムやパーカッションの鳴り方に顕著ですが、ところどころに自然界の音を想起させるような仕掛けもあり、それがキンカジューの個性のひとつになっていたように思います。あなたたち自身は『ヒドゥン・ラインズ』についてどのような方向性で作っていったのですか?
ベン:『ヒドゥン・ラインズ』を作ったときのプロセスは、まだ自分たちが作りたい音楽を理解して、磨き上げている段階でもあったんだけど、その挑戦はとてもおもしろいプロセスだったよ。この制作はオーケストラ的なアプローチを目指した第一歩だったし、シンセを使ったのも野心的な試みだったんだ。このアルバムがリリースされるまでに多くのことを学べたし、その後のクリエイティヴ・ディレクションに対するヴィジョンも明確になったよ。そしてこのレコードを引っさげてツアーしている最中に、それはさらに明確になったとも言えるね。いまこのアルバムを聴くとまた面白いね。遠い昔の作品にも思えてくるけど、いまでも愛情を持てる大好きな作品だよ。とにかくいろんなコトを僕たちに与えてくれた作品だからね。
質問・文:小川充(2021年12月17日)
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