「W K」と一致するもの

interview with Kassa Overall - ele-king

 ジャズとヒップホップの出逢い──こう言ってしまえば簡単だが、これまでの両者の融合や邂逅や衝突とはまったく次元が異るような作品だ。グラミー賞にノミネートされ、ドリス・デューク・アーティスト賞も受賞しているカッサ・オーヴァーオールのニュー・アルバム『CREAM』のことである。これまでもジャズにヒップホップの要素を落としこんできた彼だが、新作では、1枚まるごとヒップホップ・アーティストのカヴァー集となっている。レコーディングはすべて一発録りで、ビギーことノトーリアス・B.I.G.、ウータン・クラン、ドクター・ドレー、ア・トライブ・コールド・クエスト、アウトキャストらの曲がジャズに生まれ変わっているのだ。
 彼の発言を読むとよく分かるのが、遡れば、ジャズとヒップホップは共通の祖先を持っているということ。そして、それらをこじゃれたジャジー・ヒップホップでも、Nujabeseを筆頭とするような系譜とも違う仕方で共存させることができるのだ、ということである。本作は、ジャズをサンプリングしたヒップホップでもないし、ヒップホップのループ感を持ち込んだジャズというわけでもない。ラッパーをフィーチャーしているわけでもないし、耳馴染みが良いスムース・ジャズとも決定的に違う。
 カッサは、例えばビギーのリズムはビバップを代表するマックス・ローチのドラム・ソロから生まれ、そのドラム・ソロ自体は西アフリカのドラム・オーケストラにおけるジャンベ奏者のリズムを源としている、と言う。つまり西アフリカからラッパーに至る一貫した流れがあるのだ、と主張する。なるほど、マックス・ローチがハイチのリズム・マスター=チローロに師事したのは有名な話だ。逝去したラッパーのECDはアフロ・キューバンやラテンのリズムをトラックに使用していたが、チャーリー・パーカーと並ぶビバップの立役者であるディジー・ガレスピーは早くからアフロ・キューバン・ジャズに取り組んでいた。理論的にはカッサのいうことはもっともである。
 だが、理屈でねじ伏せられるからと言って、それが実践にまで及ぶとは限らない。だからこそ、その理屈・理論を実際に作品を通してカッサは証明したかったのではないだろうか。そして、見事に結果を出してみせた。『CREAM』はコラージュやエディットを大胆に施していた前作から一転、編集もオーヴァーダブも一切なしのアルバムに仕上がっている。ジャズ黄金期の空気とヒップホップが染みついた身体から繰り出される未踏のサウンドは、両者の未来を明るく照らし出すだろう。

たんに「ヒップホップとジャズが融合した」アルバムにはしたくなかった。「ヒップホップとジャズの融合」って若干ダサい感じになることがあるからね……中級ホテルのエレベーターで流れている、有名曲のインスト・カヴァー的な(笑)。

アルバム、素晴らしかったです。いま、あなたと同じことをやっているミュージシャンやアルバムは思いつきません。誰かいると思いますか? いたら教えて下さい。

カッサ・オーヴァーオール(Kassa Overall、以下KO):ありがとう! じつは、この新作のライナーノーツを執筆したダン・チャーナスとも同じ話をしたんだよね。ダンはJ・ディラの伝記『Dilla Time: The Life and Afterlife of J Dilla, the Hip-Hop Producer Who Reinvented Rhythm』の著者。「きみが今回やったようなことをすでに実現していたアルバムって他にある?」って聞かれて、正直なところ思い浮かばなかった。たとえば、ジャズをサンプリングしたヒップホップ作品だとか、ヒップホップのようなジャズ作品はある。ヒップホップのブーンバップが聴こえたり、同じコード進行の繰り返しがあったり、ラッパーをフィーチャーしていたり。でも、(『CREAM』のようなアルバムは)他に思い浮かばないなぁ……。俺としては、このアルバムをたんに「ヒップホップとジャズが融合した」アルバムにはしたくなかった。「ヒップホップとジャズの融合」って若干ダサい感じになることがあるからね……中級ホテルのエレベーターで流れている、有名曲のインスト・カヴァー的な(笑)。

アルバムのコンセプトやテーマ、タイトルの由来について教えてください。

KO:仲間たちと一緒に考え、俺たちの活動の本質が伝わるようなタイトルを100個くらい書き出したよ。新作では90年代にも60年代にも戻れるし、一周して未来にも行けるような、「音楽のタイム・トラベル」的なアルバムを目指した。だから、その時空を超えて旅するような概念を表したアルバム・タイトル案をたくさん考えたけど、これが難しくてね。そして、あるとき「CREAM(クリーム)って、抽象的でいいかも?」と思いついた。ウータン・クランの90年代的な要素(=収録曲 “C.R.E.A.M”)も掛けているけど、「cream」っていう言葉自体が、俺たちの目指す60年代の〈ブルーノート〉レコード的なサウンドの質感を表している気がして。それに、「クリーム」って固体ではなく、流動的だよね。その、クリーミーな感じが音楽的にピッタリだと思ったんだ。言葉では説明しづらいけど、たとえ理由がわからなくても聞き心地の良いタイトルのひとつだね。
 このアルバムを制作したきっかけは、グラミー賞公式ホームページのGrammy.com用にグラミー賞にノミネートされた曲から1曲選び、自分たちらしくカヴァーする動画製作を依頼されたことだった。(ディガブル・プラネッツの)“Cool Like Dat” でもよかったけど、最終的には(スヌープ・ドッグ&ファレルの)“Drop It Like It’s Hot” で制作したんだ。これがきっかけで、新しいコードを見つけたり、リズムをチョップアップ(切り刻んだり)して、新たな音楽的要素を足していく試みがマジで楽しくてね(笑)。その後ツアーに出ることになり、試しにステージで演奏したところ、会場が狂ったように沸いた(笑)。オーディエンスに大好評だったからさらに何曲か追加して、ライヴで3~4曲カヴァーするようになると、どこで買えるかよく訊かれるようになった。「(商品として)そもそも存在しないから、買えないよ」と答えていたけどね(笑)。観客から何度も聞かれるってことは、ある種の「チート・コード[編注:PCゲームなどにおける、制作者が意図していない裏技]」みたいなものだよね。新作をオーディエンスが気に入ってくれるかは未知数だけど、レコーディング前に実際にステージ上で演奏できれば、観客側の反応はわかるから。

あなたは『Go Get Ice Cream and Listen to Jazz』の頃から、ジャズのパフォーマンスとヒップホップのプロダクションが合体したアルバムを作っていました。本作はこの路線を突き詰め、アップグレードした結果と言えるのでしょうか? それとも、もっと根本的な変化/進化があったと思いますか?

KO:今回は、これまでとは正反対のアプローチを取った。つまり、ヒップホップ楽曲を起点にアレンジを加え、編集もオーヴァーダブも一切ナシのジャズ・アルバムを制作したんだ。スタジオにミュージシャン全員が集まり、一発録りする手法でね。素材としてヒップホップの曲を使用したけど、ルディ・ヴァン・ゲルダーやマイルス・デイヴィス、アーマッド・ジャマル、ユセフ・ラティーフらを研究し、そのエネルギーに呼応する作品を目指したんだ。

ヒップホップが存在しない世界を俺は知らない。それが社会に深く根付いた時代のはじまりを、俺は生まれたときから体感し、完全に自分の音楽だと感じてきた。

ジャズとヒップホップを組み合わせるのは、ジャンルの折衷であると同時に、ジェネレーションを超える掛け算でもありますよね。ジャズとの出逢い、ヒップホップとの出逢い、それぞれの音楽から初めに受けたインパクトがどのようなもので、いまの自分にどのような影響を与えたのか教えてください。

KO:実家のリヴィング・ルームでレコード・プレーヤーから流れていた音楽に遡るね。俺がかろうじて自分でレコードをかけられるようになったばかりの幼少の頃、(マイルス・デイヴィスの)『Kind of Blue』を聴いたことをいまでも覚えている。ヒップホップより前に、最初に聴いたのは両親のレコード・コレクション……例えば、ボブ・ディランやジミ・ヘンドリックス、それからボブ・マーリーなどのレゲエものだった。幼い頃からボブ・マーリーの歌詞は歌えたね。それから、うちの母が東洋思想に傾倒していたから、タブラ作品や瞑想(メディテーション)用の音楽も聴いていた。
 ヒップホップものとの出会いは、DJジャジー・ジェフ&ザ・フレッシュ・プリンスの『Rock the House』(87年)。ウィル・スミスは、テレビ番組(=『The Fresh Prince of Bel Air』)に出演する前、そして俳優として大ブレイクを果たすまで(の80年代後半頃)は、ヒップホップ界で確固たる地位を築き、ある種の尊敬を集めていた。いまではあの知名度ゆえに嘲笑の的になりがちだけど、俳優として大ブレイクする前は大好きなラッパーのひとりだった。とくに幼少の頃は、他のヒップホップものより聴きやすかったし。他には、パブリック・エネミーの “Fight the Power” やDJクイックを聴いていた。4歳上のうちの兄貴が大ファンだったDJクイックのアルバムを88年頃に父にせがんだのを覚えているよ。俺は82年10月生まれだから、当時は5、6歳だった。DJクイックの作品を聴いていい年齢じゃないよな(苦笑)。アルバムのオープニング・ナンバーのタイトルが “Sweet Black Pxxxx” で[編注:同曲収録のアルバムは『Quik Is the Name』で、1991年のリリース]、テープには(未成年者には相応しくない作品を保護者に伝える)「Parental Advisory」のロゴが入っていたしね(笑)。兄貴に渡す前にうちの親父がテープを通して聴き、俺たちを呼んでこう言ったんだ。「このアルバム、聴いたよ。正直、お前たちに渡すべきじゃないし、子どもが聴くような内容じゃないね。でも、父さんは芸術と自由な表現を信じている。このテープは渡すけど、これはあくまで “芸術作品” ってことを理解してくれ。DJクイックが表現しているのは彼の現実で、オマエたちも真似しろってことじゃない。これはあくまで芸術としての作品。誰でも自分を表現する権利はあるんだ」
 ジャズとヒップホップから受けた影響に関しては、本が一冊書けるくらいだね。まず、ヒップホップについて話そう。俺が誕生した82年の時点でヒップホップは世界を席巻していた。つまり、ヒップホップが存在しない世界を俺は知らない。それが社会に深く根付いた時代のはじまりを、俺は生まれたときから体感し、完全に自分の音楽だと感じてきた。俺がヒップホップを「自分のもの」としているワケじゃないけど、自分はヒップホップを体現しているように感じていた。ヒップホップを嫌ったり、笑い草(ジョーク)にしている奴は、俺のことを笑い草(ジョーク)として扱っているのと同じ。それほど俺にとってヒップホップは重要な存在。ヒップホップを聴いて育った俺は、ヒップホップにある種の正義感のようなものを感じていた。なぜなら、その題材の多くを見ると、疑問の余地のある見解や意見、決断や行動といった複雑な内容が数多く含まれてたから。俺にとって、ヒップホップとは、「順応したり、沈黙することを求めてくるこの世界で必死に生き延びようとする人間の姿を表現している」とつねに感じてきた。ヒップホップの「破壊的」な要素には、ある種の正義感があった。そこには神聖な要素が宿っているように思えたんだ。
 そして今日、それこそが「クリエイティヴィティ(創造性)の美」だと俺は理解している。クリエイティヴィティを単純に「絶対的にポジティヴなクリエイティヴィティ(創造性)のみがいいもので、ネガティヴな作品はすべて悪い」とふたつに分けてしまったら、結局そこで辿り着くのは題材がひとつ(=神様)に絞られるゴスペル音楽のようなものしか残らない。ひとつの題材以外は「間違い」になると、それはマインド・コントロールの領域に陥るようなもので、非常に危険かもしれない。だから、俺はクリエイティヴィティこそが強力だと理解していると同時に、それが当然とは思わないようにしている。というのも、俺の口から発せられる言葉や自分が表現する作品やエネルギーには力があることを知っているから。俺としては、自分自身と他者を正しい方向へ導くためにクリエイティヴィティを使うことに努めている。
 だから、ジャズとヒップホップは俺にとっては同じものなんだ。このふたつは生まれた時代が違うだけで、根底にある精神は同じ。今年の初めの一ヶ月間、俺は皆に「スピリット(精気、精神)が戻ってくる!」って言い続けた。この「スピリット(精気、精神)」っていうのは……ジョン・コルトレーンや2パック、ニーナ・シモン、アリス・コルトレーンといったアーティスト勢を鼓舞したエネルギーのこと。いまこそ、あのエネルギーが戻ってきて、新たな何かを生み出すときがやってきた! と感じているんだ。

1曲のなかに込められた情報量がとても多く、非常に多彩だと感じましたが、これは意図的でしょうか? ジャズもカリプソもクレツマーもボサノヴァの要素もある。こんなアルバム、聴いたことがない!

KO:ありがとう。意図的な部分はいくつかあるね。たとえば、最初のレコーディング・セッションで演奏したア・トライブ・コールド・クエストの “Check the Rhime” でヒップホップのビートを刻んだけど、あの曲以外では、ヒップホップのビートではあえて演奏しないように心がけた。このアルバムにヒップホップのビートが見当たらないのは、原曲がそもそもヒップホップものだから、根本的に(ヒップホップ以外の)別の領域へ辿り着くことを目指したんだ。ヒップホップのビートなんてグルーヴを乗せていけば自動的にカッコよくなるから、簡単すぎるだろ(笑)? 俺としては「もう少しアブストラクトな感じ(=抽象的)にして、リスナーには注意深く聴いて欲しい」と思って。グルーヴに関しては、ただ自分がこれまで受けてきた音楽的インスピレーションから生まれただけ。ひとりの音楽ファンとしての感覚から「ああ、あれを思い出すな!」だとか「これにこれを足したらすごくカッコよくなるかも!」っていうふうにインスピレーションが湧いてくる。そういったアイディアが浮かんだら、いろいろ試してみたんだ。

以前は一度できた曲をライヴで披露してみて、機能しなかったらそこをまた改善したりすることをやっていましたよね。つまり、曲を作る過程でパフォーマンスしていたと思いますが、その方法は今回もやっているのですか? いずれにせよ、その理由も教えてください。

KO:うん。今回もやった。この手法は大好きだけど、楽曲によって違う形で生まれるから全曲ライヴで披露したわけじゃないよ。ライヴ・パフォーマンスから生まれた曲もあれば、スタジオでできあがった曲もある。曲次第だね。今回、ライヴで披露していた楽曲の3、4曲がスタジオに入った途端に驚くほどスムーズかつ簡単にできあがったから、そこからさらに6曲も書いた。スタジオ・レコーディングは2回に分けておこなった。
 だから、ライヴでの観客も音楽制作の過程の一部だね。自分の頭のなかで楽曲案があっても、それを他の誰かと共有したとき、初めてその楽曲案を体験できる気がする。たとえば、それが文章表現の場合でも、自分の考えを世の中に……あるいはたったひとりの相手に発信したときでも、自分の口から出た言葉を聞いた相手の顔を見たとき、相手の反応やエネルギーが伝わってくるよね。観客の前で演奏することは後々役に立つことがあるから、自分の考えに固執しすぎちゃいけない。しっかり(観客の反応にも)注意を払わなきゃいけないよね。

ビギーのリズムはマックス・ローチのドラム・ソロから生まれ、そのドラム・ソロ自体は西アフリカのドラム・オーケストラにおけるジャンベ奏者のリズムを源としている。つまり西アフリカからラッパーに至る一貫した流れがあるんだ。

資料にもあるので、繰り返しになって申し訳ないのですが、ジャズとヒップホップの共通点と相違点を、両方のジャンルにも疎い人に分かりやすく説明するとどうなるでしょうか?

KO:重要なのは、ビートの取り方に関してより「流動的な」タイミングを受け入れることだろうね。もし厳密に固定され……例えば4つ打ちの「ドン・ドン・ドン・ドン」といったリズムが好きなら、難しいかもしれない。あからさまじゃないかもしれないけど、注意深く何度も聴き続けると、リズムの一貫性が聞こえはじめると思う。それは、高層ビルを見る感じではなく、風に揺れる木を見るような感覚だよ。
 「ジャズ」に関して言えば、聴き続けると、次々と新たな発見があり、一生聴き続けられるレコードもある。人生が深まるにつれ、そのアルバムを体験する能力も成長するからね。こういったアルバムは普遍的で時代を超越しているから、赤ん坊からティーンネイジャー、大人、そして老人までのあらゆる層にも訴える何かがある。時代を超えた不滅の栄養素が1枚の作品にたくさん詰まっている。もし複雑に感じても、聴き続ければやがて何かが聞こえはじめるんだ。

共通点についてはいかがでしょうか?

KO:ニック・ペイトン(=トランペット奏者のニコラス・ペイトン)はジャズとヒップホップの共通点について「アフリカン・リズムのDNA」と説明していたね。とくにヒップホップとジャズを注意深く聴くと、それがわかると思う。いまのヒップホップには様々な種類があるけど、たとえばブーンバップについて話すなら……たとえばDJプレミア、ドクター・ドレ、ピート・ロックといったプロデューサーたちが手がけたヒップホップの場合、同じ「リズム言語」が使われている。ちなみに、ラキムはジョン・コルトレーンからフレージングを学んだと語っているね。それから、偉大なサックス奏者のドナルド・ハリソンは、ビギーがマックス・ローチのドラミングに触発されたらしいと話していた。ビギーのリズムはマックス・ローチのドラム・ソロから生まれ、そのドラム・ソロ自体は西アフリカのドラム・オーケストラにおけるジャンベ奏者のリズムを源としている。つまり西アフリカからラッパーに至る一貫した流れがあるんだ。彼らは同じ役割を果たす同一の「リズム言語」を扱っていて、この一貫した流れは極めて明確。ただ、「ジャズ」と呼ばれる黒人音楽には、和声や特定のリズム要素においてやや複雑さが加わる場合が多い。でも、ヒップホップにも複雑さは存在し、ジャズにも簡潔さは存在するから、楽曲によりけりで一律には言えないんだよね。

ヒップホップとジャズの相違点は?

KO:すべてに当てはまる普遍的な答えはないけど、ヒップホップにおいて重要な要素のひとつは、ラッパーがうまくビートに乗れる一貫したリズム・ポケットがあること。一方、ジャズでは、非常に安定したリズムを保ちつつも、抽象的な領域に入り込み、曲のハーモニック・リズムそのものを体感する余地がある。ドラムはより旋律的な役割を担うラッパーに近い存在で、ベーシストは安定したリズムを保つ役割を担う。 ジャズを演奏する際、俺は「一貫したリズム」は好まない。というのも、俺が求めているのはフラクタル、つまり変容するタイミング(ビートの取り方)だから。現代のジャズ・ミュージシャンの多くはその概念すら理解していなかったりする。一貫していないリズムで演奏しはじめると、彼らは居心地悪そうだったりするね。

ジャンルとは暫定的なものであり絶対的なものではない、という信念のようなものが、過去のあなたの発言からはうかがえます。ジャンルが具材だとすると、それが原型をとどめないほどに溶解したスープのようなものを作りたかったのでしょうか?

KO:「溶解したスープ」というのは、スムージーのように「融合された」ものを連想するよね? 『Go Get Ice Cream and Listen to Jazz』、『Animals』、『I Think I'm Good』などの過去作品で俺が「融合」ではなく「コラージュ」という比喩を多用したのは理由がある。「コラージュ」はひとつひとつの存在したパーツを組み合わせることで新たな絵を生み出すから、俺の「コラージュ」はミネストローネ・スープのように具材の個性がそのまま残っているんだ。ひと口食べれば人参や豆、鶏肉、麺だとわかるように(笑)。でも、この新作のアプローチは少し異なる。コラージュというよりは、むしろ溶解したスープに近い。このジャズ・アルバムを制作するためにヒップホップ曲から借用した構成要素が、もはや原型をとどめていないからね。

とりあげた曲に何か基準はありますか? これらの曲に共通点があるとしたらなんでしょう?

KO:厳密な基準はないけど、自分の想い出やノスタルジアを呼び起こし、感情的なインスピレーションを与えてくれる楽曲を選んだ。だから、大半は子どもの頃に聴いていた曲や、初めて聴いたときや自分に与えた影響を覚えている曲ばかりだね。

“Someday My Prince Will Come” や “Take Five” といったジャズのスタンダード・ナンバーを素材としてとりあげた理由を教えてください。

KO:ヒップホップ曲を聴き、その曲にむしろ「絶対に合わないだろう」って質感を想像してジャズ・スタンダード曲を探したんだ。たとえばジュヴィナイルの “Back That Azz Up” はパーティ系クラブ・アンセムだから、「原曲とはまったく違う世界観の美しい曲に変えたらどうだろう」って考えた。そこで思いついたのが “Someday My Prince Will Come” のイントロだった。最初は笑える冗談みたいな感じで曲を作りはじめた。美しい愛のメロディが流れて聴いている人が、「ん……? これ、もしかしたら “Back That Azz Up”!?」って気づく瞬間が笑えると思ってさ(笑)!

カッサ・オーヴァーオール来日情報

2025 10.8 wed., 10.9 thu., 10.10 fri.
BLU NOTE TOKYO
[1st] Open5:00pm Start6:00pm [2nd] Open7:45pm Start8:30pm

メンバー:
カッサ・オーヴァーオール(ヴォーカル、ドラムス、エレクトロニクス)
ベンジ・アロンセ(コンガ、エレクトロニクス)
エミリオ・モデスト(サックス)
マット・ウォン(キーボード)
ジェレマイア・カラブ・エドワーズ(ベース)

https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/kassa-overall/

STEREO RECORDS 20th Anniversary - ele-king

 魅力的なアルバム、『The Silhouette of Us』をリリースしたKotoko Tanakaがバンド・セットでライヴを披露する。ギターはRiki Hidaka(betcover!!)、ドラムは白根賢一(GREAT3 / TESTSET)。当日は、COMPUMAによるDJもあり。

日時:2025.10.10 (金)
開場:19:00 / 開演 19:30
会場:KATA(恵比寿リキッドルーム二階)
出演:LIVE:Kotoko Tanaka -Band set-/ DJ:COMPUMA
前売り/当日 ¥3.500 (+1drink order)
メール予約:info@stereo-records.com
主催 / 企画 / 制作 STEREO RECORDS
問い合わせ先:info@stereo-records.com / (082)-246-7983


Kotoko Tanaka
ソロ・セットとバンド・セットでの音楽活動を行うシンガーソングライター。アパレルブランドへの楽曲提供や歌唱、アルトサックスでのサポート活動も行っている(MirrorMoves、わ、など)。
2019年7インチシングル「The hole as a pond, the eyes from morning (池としての穴、朝より来たる目)」をリリース。2022年に五都市を周るミニツアーを敢行。2024年6月にフル・アルバム『The Silhouette of Us』を発表し同年12月にアナログ・レコードもリリース。バンド・セットにはアルバムでも演奏している、Gt. 日高理樹とDr. 白根賢一(GREAT3、TESTSET)が参加。

Water From Your Eyes - ele-king

 One Small Step、小さな一歩と名付けられた電子の水音(僕にはそれが電子の川のせせらぎのように聞こえる)からこのアルバムははじまる。ニューヨークのデュオ、ウォーター・フロム・ユア・アイズの新しいアルバムは壮大な叙事詩のような感覚と小さなベッドルームで描く空想の物語の感覚を同時に与えてくる。前作からさらに大きくギターに光を当て多彩なサウンドと組み合わせた最新作、そのなかで歌うレイチェル・ブラウンの声はネイト・エイモスの作りだすノイズの壁の向こうから聞こえてくるような曖昧さがある。だから聞き手である我々はカメラのピントを合わせるようにして、ヘッドフォンの間に存在する器官を用いチューニングを試みるのだ。そうすると曖昧だった世界が見えてくるような気がする。

 バンドを紹介する文章にはY2K以降のポップ・ソングの再構成、ニューメタルのバックビートというような言葉が並んでいる。繰り返しアルバムを聞いていると僕にはそうした部分にプラスしてこのデュオがベッドルームのプロデューサーとアンダーグラウンド・シーンのギター・バンドの間の存在に思えてくる。たとえばアルバムの7番目のトラック “Playing Classics” のかかっている隣の部屋にはニューヨークで刺激的なパーティ・ミュージックを生み出しているファッカーズがいるような気がするし、その奥にはサングラスをかけた The Dare の姿が見え隠れするといった具合に。あるいは “Born 2” のようなギターのノイズに包まれた曲でこのふたりはフィラデルフィアのシューゲイズ・バンド、ゼイ・アー・ガッティング・ア・ボディ・オブ・ウォーターやアトランタの Sword II(タイトル的にもインスピレーションのもとになったのではという思いがよぎる)のようなバンドと共演を重ねる存在に変身する。そのどちらの要素にしてもごく自然、そうであるのが当たり前というふうにアルバムのなか、あるいは曲のなかに存在するのだ。ジャンルを混ぜるという感覚は少し時代遅れになり、意識することが特異であるという時代になりつつある(「あえて」と強調することが意味になるような感じだ)。そんな中でこの音楽は、曖昧なままに拡張する。まるで何にもしていないかのように、当たり前のようにその先へ。自分にはそれがたまらなくクールな振る舞いに思えるのだ(より細かく言えば現在の WFYE は前作『Everyone's Crushed』のリワーク・アルバム『Crushed By Everyone』に名前を連ねた面々の流れの中にいるのだろう)。

 もちろんただ足すだけでは素晴らしい音楽は出てこない。この時代(Y2K以降のポップ・ソングとSNSの時代)において大切なのはおそらくどのタイミングで何が必要か、どんな分量が適切なのかを判断する感覚と編集能力で、WFYEはそれが抜群なのだ。音が抜かれ足され、せわしなさの一歩手前の感覚でドラマチックに次の展開へと移行する。様々な要素が存在するにもかかわらず曲はけっして長尺にならず、頭のなかで映画のワン・シーンがフラッシュバックするかのように強烈なイメージを植え付ける。スポークン・ワードのポスト・パンク・バンドが伝えるような物語ではない、短く曖昧なそれは、しかしだからこそ容易に他のイメージと結びつく。曲間を繋ぐ、ときには一曲のなかで他のイメージを結びつける役目を持っている電子音(それは “Spaceship” によく現れている)は次のイメージへと見事に結合し、そうしてあふれ出した水のように我々を川の流れのなかへといざなうのだ。

 この29分という収録時間にこのデュオのセンスが詰まっているといっても過言ではないだろう。10曲入りのアルバムとしては短いようにも思える収録時間で、この数字を眺めているとおおよそ満足できそうにないような気がするのだが、何度も聞くとこれがベストなのだと自然と思うようになっている。このボリュームと拡張するように劇的に広がる曲たちが、あれはなんだったのかと目覚めてから考える夢のような余韻を残す(だから我々はその感覚を掴もうともう一度その夢を見ようとする)。

 くっきりとした輪郭を持った曖昧な存在、ベッドルームのプロデューサーとアンダーグラウンドのギター・バンドの間を繋ぐようなウォーター・フロム・ユア・アイズはこの拡張の時代においてのセンスというものを表しているのかもしれない。いずれにしてもアルバムの最初から最後までこのデュオの美学が詰まっているのは間違いない。

Tortoise - ele-king

 去る6月、立川ステージガーデンで催された〈FESTIVAL FRUEZINHO 2025〉にて来日を果たし、みごとなパフォーマンスで観客をわかせたトータス。ひさびさのニュー・アルバム『Touch』が11月5日にリリースされることになった。オリジナル・アルバムとしては2016年の『The Catastrophist』以来、じつに9年ぶり。国内盤にはボーナス・トラックが収録されます。ヴェテランたちが到達した新たな境地に注目しよう。

Tortoise『Touch』
2025.11.5 CD Release

90年代からポストロックの代表格として活躍し、ジャンルを問わず多くのファンをもつインストゥルメンタルバンドのトータスから、9年ぶりの最新作が到着!進化を止めないトータスの2025年現在地を示した傑作が、ボーナストラックを加え国内盤CDでリリース。

シカゴを離れたメンバーもいるトータスが、ポートランドに集ってセッションを行うことから新しいアルバム作りは始まった。「作り終えて、一本の筋が通っていることに気づいた」、「過去の作品と確実に違う何かがある」とジョン・マッケンタイアは語る。その言葉がすべてを表している。トータスは再び、新たなインスピレーションを与える真に包含的な音楽を創出した。 (原 雅明 ringsプロデューサー)

日本限定カラーヴァイナルや限定店舗取扱いのTシャツ付きセットも発売決定!

【リリース情報】
アーティスト名:Tortoise
アルバム名:Touch
発売日:
CD、限定店舗取り扱いCD+T-shirt セット(2025年11月5日)
黒盤LP、日本限定カラー盤LP(2025年11月発売予定)
フォーマット:CD, CD & T-shirt set, LP, Digital
レーベル:rings / International Anthem

CD
品番:RINC140
JAN: 4988044133082
価格: ¥3,300(tax in)

CD & T-shirt set
品番:RIBS140, RIBM140, RIBL140, RIBX140
JAN: 4988044133761, 4988044133778, 4988044133785, 4988044133792
価格: ¥7,700(tax in)

レーベル:rings
オフィシャルURL: http://www.ringstokyo.com/?p=996
販売リンク: https://diskunion.net/indiealt/ct/news/article/0/133281

caroline - ele-king

 不思議な夜だった。今年もっとも美しいアルバムをリリースしたこの「ロック・バンド」らしからぬ「ロック・バンド」、ステージにいるキャロラインのメンバー8人について写真家の野田祐一郎は、たまたま同じ学校のクラスになった8人みたいだ、という言葉で喩えていたけれど、ほかの大人数の「ロック・バンド」、たとえばBCNRと決定的に違っているのもそこだろう。運命共同体というよりは、なんか偶然いっしょになったかのようなあの8人からは、ステージ上からふっと消えてしまいそうな気配、つまり〝はかなさ〟を感じたと、彼はライヴが終わったあとしきりに話していたけれど、もしそうだとしたら、それはキャロラインが奏でる音楽がそう思わせていたのだ。

 なるほど魔法のようなライヴだった。ステージの両脇から半円状に並ぶこの8人に、中心はない。半円状の中心には、誰もいないのだ。その誰もいない「空」に向かって、メンバーは互いに視線を交わしたり、相づちを打ったりしながら、楽器を演奏する。
 面白いことに、この8人は演奏する楽器も曲によって変わる。どう変わるのかいえば、この曲では俺がギターだったけど、次の曲ではおまえがギターね、といった風に、同じ楽器を別のメンバーが使うという、なんとも奇妙な、というか、たしかに学校の教室で、限られた楽器を順番に使って演奏しているようにも見える。しかも、歌を歌うメンバーも固定されていない。この曲では私が歌うけど、次の曲ではあなたが歌ってね、といった感じで、誰かが歌えば、次の曲ではまた別の誰かが歌っている。ここまで徹底してリードメンバーという存在を消去し、中心を不要のものとしたこの8人のかなでる音楽に、これまで経験したことのない感覚をおぼえるのも避けがたいことだったのだろう。
 この8人は服装もまったくバラバラだった。教会の古着のバザーで買ってきたような古めかしいスーツ、よれよれのシャツとか、まあたしかにイギリスのバンドは昔から、ストーンアイランドのウィンドブレーカーなどには目もくれない古着好きが多いことで知られるが、もうちょっと小洒落ている。キャロラインは、ざっくばらんだ。田舎の教会で演奏している大所帯バンドのように見える。そしてバラバラなのに妙なまとまり感があるのは、このバンドの民主主義的なあり方から来ている雰囲気の温かさゆえだろう。おそらくは、ひろい公民館のようなところで車座になって見れたら最高のバンドなのだ。

 演奏したほとんどがセカンド・アルバムからの曲だったけれど、ライヴでは、もともとがアパラチア・ミュージックを演奏していたところからはじまったというこのバンドの原点もよく見えた。ちなみにひとりは、かのショヴェル・ダンス・コレクティヴのメンバーで、主にヴァイオリンを担当。ほかのメンバーも曲によってヴァイオリンを弾くし、トロンボーン、クラリネット、エレキギター、アコースティック・ギター、べースとドラム、そしてわずかなエレクトロニクスで構成される。そして、この「ロック・バンド」らしからぬ「ロック・バンド」の、数時間にもおよぶかなり綿密なリハーサルを終えてからの本番の演奏はみごとなもので、壮観だった。録音物にはない生々しいエネルギー、静寂と躍動、即興と調和が超満員のフロアの耳を離すことがなかったと、そう思えるのは、ぼくがいた出口付近に人の流れがほどんどなかったからである。8人が演奏するすべての楽器の音がそれぞれクリアに聞こえたことも、このバンドの特徴をより鮮明に告げていたと言える。ここでは誰もが、そしてどの音も平等なのだ。
 ファースト・アルバムからは(そのころは労働党だった)ジェレミー・コービンの応援にリンクした曲“Good morning (red)”を演奏し、「おはようございます、幸せになってもいいですか?」というシーケンスが繰り返されるなか、東京のオーディエンスからも歓声が沸いた。
 当然のこと、がんがん盛り上がって熱狂するようなライヴではないが、バンドが最後に“Total euphoria”を演奏したときは、このライヴで唯一、ロック的なカタルシスがあった瞬間だったと言えるかもしれない。あれはたしかにライヴ映えする曲だった。アンコールがなかったことは、この「ロック・バンド」らしからぬ「ロック・バンド」の志の高さを顕わしているように思う。大きな余韻を残してバンドはそのままステージに出てくることはなかったけれど、ライヴ終了後にメンバーのひとりが機材を取りに出てくると、居残った数人の客の握手に応じていた。それは少々照れくさそうな、気さくな握手だった。

Ehua - ele-king

 つい先週、某誌のあたらしい記事の「ダンス・ミュージックは、より伝統的な“シリアス”な芸術と同じくらい、思慮深いジャーナリズムと批評的な分析を受けるに値する」——という一文を読んで、何をいまさら、当たり前だろうと思った。しかしながら、ハウスとテクノを“ブラック・ミュージック”史のなかに認めない人たちがいまでもいるように、こうした言葉が繰り返されるのも慣れてしまった。ああそういえば、数年前、「俺ぁ、クラブ・ミュージックなんて大嫌いだ!」と、居酒屋で偶然ばったり会った某音楽評論家から大声で言われたことがあった。これは半分は笑い話だ。某氏はぼくより年上で、一時期は『ミュージック・マガジン』あたりでぶいぶい言わせていた人物で名前も知られている。まあ、こういう手合いは某氏だけの話ではないのだが、そのいっぽうで、そもそも年齢的に(体力的に)この文化に入るには無理があった、という人もいる(すでにぼくがそうだ。松島のDJを聴きたくても身体が動かない)。なにしろダンス・ミュージックはコンピュータ越しに消費されるわけにはいかない、リアルな現場があっての音楽だ。体験なくしてその本質を語ることのできない音楽の代表的なジャンルなのだ。

 されどダンス・ミュージックが、それがたとえどんなにアンダーグラウンドであっても、つねにポップ・ミュージックと隣接していることはムーディーマンのDJを聴いているクラバーなら重々承知だ。そこではデトロイトの超アンダーグラウンドなハウス・ミュージックに混じってビートルズもストーンズもミックスされる。これは、ダンスフロアの閉じながらも開いているという面白い矛盾を表している。
 だからアンダーグラウンドなダンス・ミュージックそれ自体がポップ化することも、90年代からたびたびあった。いいものもあれば駄作も数多くあるわけだが、重要なのは、作品がこの音楽をほんとうに愛している人たち/必要としているダンスフロアを優先しているかどうかだ。アフリカ系イタリア人、イフア(Ehua、エフアと表記する人もいると思われる)のデビュー・アルバムはベース系テクノと括られるダンス・ミュージックだが、ポップスとして聴いても楽しめる。リリース元はマーティン(ポスト・ダブステップ時代に一世を風靡したプロデューサー)のレーベルで、20年ほど前の彼の作品を知る者には、なるほどね、これはマーティンらしいや、と思わせるサウンドでもある。つまり、そぎ落とされたダブステップのテクノ化、テック・ハウス超のトラック、デトロイト・テクノ風のアトモスフェリックなシンセサイザーが効果的にミックスされるという、あれだ。

 つまりイフアのアルバムは、ダンス・ミュージックをほんとうに必要としている人たちと繋がっている。彼女の物憂げな声が乗った“Bricks”や“Ragni”はクラブ・バンガーとしても十分で、これならジェイミーXXのアルバムに物足りなさを覚えたディープ・リスナーも納得するだろう。政治的なテーマを掲げたエレクトロ・ポップで知られるマリー・デヴィッドソンとも違って、こちらはアンダーグラウンドなフロア寄り。デトロイト直系の“Aria”のような、一歩間違えると懐古的になりがちなトラックも、若々しく甦生させている。目新しさには乏しいかもしれないが、全14曲それぞれのトラックにそれぞれのリズム/アイデアがあることは、ダンス・ミュージックのアルバム・リリースが減少傾向にあると言われる状況が本当なら、もっと評価されてしかるべきだろう。シカゴのフットワークを取り入れた実験的なトラックもさることながら、生楽器をフィーチャーした“Candies”など、ひとつひとつのトラックには繊細さと力強さがバランス良く共存し、イフアがサウンド・プロダクションに注力していることがうかがえる。
 加えてぼくが好感を覚えるのは、この音楽が、野外フェスティヴァルのステージ上で拳をあげながら昂ぶりを繰り返すDJのためにあるのではないことだ。アンドリュー・ウェザオールの沈んでいくような感覚に近いというか、こういうアンダーグラウンドな心地よい響きは、広すぎないダンスフロアの親密さのなかでこそ活かされる。
 それにもかかわらず、本作にはクラブ・ミュージックとR&Bのグラデーションにおける最良の場面、たとえばティルザが切り開いたところに生まれたとおぼしき曲もある。“NYC”がまさにそれで、こうしたポップ・センスとアンダーグラウンドな実験性を両立させてしまう音楽は、これからも出てくるのだろう。いわば歌えるテクノ・ミュージシャン、いわばシンガーソング・プロデューサー、しかも薄明かりの美学をもったこのアルバムを、ぼくは一聴して気に入った。

Royel Otis - ele-king

 オーストラリア・シドニーから登場したポップ・デュオ、ロイエル・オーティスが2024年2月にリリースした前作『PRATTS & PAIN』でやってみせたのは、単なるインディ・ロックの更新ではなかったはずだ。ザ・ドラムスとトゥー・ドア・シネマ・クラブの間を駆け抜けるような、ポップさとセンチメンタルさを湛えた疾走的ギター・ポップ、潔いまでのヴェルヴェット・アンダーグラウンド流のスラッカー的な脱力感、あるいはMGMTを彷彿とさせるドリーミーな残響といった要素を、まるでおもちゃ箱をひっくり返すかのように無秩序に混ぜ合わせ、そのまま “グローバル・インディ” として広範にリスナーの最大公約数を射抜いてしまうという、近年では稀にも思える奇跡的な瞬間だった。「全インディ・ファン必聴!」と展開される太文字のポップは、大型量販店でよく見かける常套句でもあるが、彼らほどそのフレーズに相応しいバンドもいないとさえ思えた。エッジを備えつつも、気軽に踊れるようなポップさを同居させる勘の良さは、世界中のプレイリストに違和感なく並び、多くのリスナーのフェイヴァリットとなった。グラストンベリー・フェスティヴァルやプリマヴェーラ・サウンドなどの大型フェスティヴァルへの出演さえも当然なことながら、この夏のフジロック出演は、旬なアーティストのベスト過ぎるタイミングでの来日となったことに心から感謝したい。

 『PRATTS & PAIN』の魅力は、ここまで挙げたアーティストだけにとどまらず、もっと多くの参照点を飲み込みながら、それを散らかしたまま生き生きと提示してしまう奔放さにあった。ストリーミング世代の新騎手として、彼らの嗅覚とセンスを武器にロックの面白さを誰にでも伝えてしまうパンチラインをナチュラルに放っていた。

 この1、2年間で飛ぶ鳥を落とす勢いで高まった注目度。その状況下で2025年8月にリリースされた2ndアルバム『hickey』はどうだろうか? 実際のところ、今作品では、テーム・インパラやトロ・イ・モワを彷彿とさせるモダン・ディスコ調の楽曲が多く、その艶やかさと快楽性は、彼らの長所でもあるノスタルジックでセンチメンタルな側面が強化された。そうした楽曲群のひとつでもある “come on home” では、ジャングルのジョシュ・ロイド・ワトソンとリディア・キットーをコラボレーターに迎えていることも納得だ。

 そうした成熟の一方で、私がこれまで惹かれていた冒険心や偶発性は今作で少し影を潜めている。例えば、初期の代表曲 “I Wanna Dance With You”や前作『PRATTS & PAIN』収録の “Fried Rice” が顕著なように、荒削りでありながらも心を掴むメロディの中には、偶発性とポップ・センスのせめぎ合いがもたらすエモーショナルを掻き立てるような高次元の音楽的快楽があったはずだ。“i hate this tune” や “car” のようなアップビートな楽曲も、もう一歩突き抜けるところまでは行かず、整った印象のまま収束しているように感じる。とはいえ、今作でハッと思わせる瞬間も確かにあり、“who’s your boyfriend”では、イントロから漂うジョイ・ディヴィジョン “Love Will Tear Us Apart” の影を彼らなりのポップな色合いに塗り替える手捌きはお見事で、遊び心と参照のねじれがもたらすポテンシャルを今も潜めていることを確信させてくれた。

 つまり、彼らが今後どう進化していくのか、それでも楽しみであることは間違いない。もっとやさぐれて、もっと無鉄砲で、もっとピュアネスが暴走していたあの感じにも期待したい。結局のところ、私は今も彼らにドキドキしているのだ。

Chip Wickham - ele-king

 チップ・ウィッカムはスペインとイギリスを股にかけて活動するサックス/フルート奏者で、2024年に『Cloud 10 – The Complete Sessions』がリリースされた際にインタヴューをおこなった。ブライトンでの生い立ちから、マンチェスターの音楽学校に進学してジャズを本格的に学んだ時代、クラブ・カルチャーと出会ってそうしたシーンのアーティストたちと共演していた時代、〈ゴンドワナ〉のマシュー・ハルソールとの出会い、スペインへ移住してからソロ・アルバムをリリースするようになったことなどいろいろな話をしてもらったのだが、それから1年ぶりとなる新作『The Eternal Now』がリリースされた。『Cloud 10 – The Complete Sessions』は『Cloud 10』(2022年)とEP「Love & Life」(2023年)をカップリングした編集版だったので、正確にはフル・アルバムとしては3年ぶりの新作となる。

 今回はマシュー・ハルソールとの共同プロデュースで、1990年代から一緒に仕事をするベーシストのサイモン・“スニーキー”・ホートンや、トランペット奏者のエオイン・グレースを除き、メンバーは一新されている。新メンバーで目につくのは、シネマティック・オーケストラやファンク・バンドのハギス・ホーンズなどで演奏してきたドラマーのルーク・フラワーズ、アシッド・ジャズの時代に人気者となり、その後はラテン・ジャズやアフロ・キューバンのコンガ&パーカッション奏者としてUKにおける第一人者的存在のスノウボーイだ。それぞれチップ・ウィッカム同様に長いキャリアを持ち、ジャズとクラブ・ミュージック両面で活躍してきた人材である。特にラテン・ジャズへの造詣が深いチップにとって、スノウボーイの参加は百人力を得た感じだろう。ほかではヴァイオリン、チェロというこれまで見られなかった楽器をフィーチャーしている点は、これらストリングスの扱いに長けたマシュー・ハルソールからの助言によるのではないかと想像する。その結果、これまで以上に深みや奥行きが増したサウンドとなっている。シンガーでは『Cloud 10』に参加していたアマンダ・ウィッティングのソロ・アルバムでフィーチャーされていたピーチや、恐らくチップの娘と思われるリサ・ウィッカムが参加する。

 透明感に溢れたソプラノ・サックスと、それを包み込むエレピやストリングスが堪らなく優美な “Drifting” は、1970年代末から80年代初頭に活動したロサンゼルスの伝説的スピリチュアル・ジャズ・ユニット、アンビアンス(ダウド・アブバカル・バレワ)を彷彿とさせる。“Nara Black” は日本古来の「奈良墨」にインスパイアされた曲で、ピーチのヴォーカルをフィーチャー。クラブ・ジャズ的な雰囲気を持つ曲で、ルーク・フラワーズのドラムもジャズ・ファンクやブロークンビーツ的なエッセンスを感じさせる。チップのフルートは神秘的にはじまりつつ、次第にエモーションを湛えていき、どちらかと言えばフルート演奏のほうに長けた彼らしい楽曲である。“The Eternal Now” はオーボエのような木管楽器を思わせる音色のアルト・サックスを用い、チップのディープな側面が表われた幽玄のような作品。フルート奏者としてのチップは、ユゼフ・ラティーフ、サヒブ・シハブ、ハロルド・マクネアなどの影響が感じられるが、ここでの演奏は1960年代末から1970年代にかけ、ワシントンDCで活動したロイド・マクニールを連想させる。エリック・ドルフィーの流れを汲む彼も、スピリチュアル・ジャズにおける伝説的なプレーヤーである。

 “No Turning Back” はサントラ的なムードを持つ作品で、シネマティック・オーケストラに関わったルーク・フラワーズの色が出ている。“The Road Less Travelled” も映画音楽のように優美なストリングスに包まれ、中間の陰影に満ちたフェンダー・ローズのソロも印象的。メロウネスに満ちた広がりのある空間構築は、クラブ・ジャズやクラブ・ミュージックに接してきたチップならではと言える。“Falling Deep” はリサ・ウィッカムのワードレス・ヴォイスをフィーチャーし、極めてフェアリーな世界へと導く。この曲でもストリングスが大きなアクセントとなる。スノウボーイによるラテン的なリズムに支えられた “Outside” も、とてもメロディアスで美しい。この曲を含めてサントラ的な音作りのなされた “No Turning Back”、 “The Road Less Travelled”、 “Falling Deep”は、これまでになかったチップの新たな魅力を導き出している。

interview with Mat Schulz & Gosia Płysa - ele-king


Mica Levi & Sinfonietta Cracovia, Tarta Relena and Jana Shostak - Unsound 2024

〈Unsound〉は、2003年、友人と私でクラクフという町の小さなイベントとしてはじまったんだ。実験音楽やエレクトロニック・ミュージックへの私たちの愛情から生まれた情熱のプロジェクトだ。

まず、〈Unsound Festival〉がどのようにして生まれたのか、教えてください。

マット・シュルツ:〈Unsound〉は、2003年、友人と私でクラクフという町の小さなイベントとしてはじまったんだ。実験音楽やエレクトロニック・ミュージックへの私たちの愛情から生まれた情熱のプロジェクトだ。当時、ヨーロッパにはこのようなタイプのフェスティヴァルはほとんどなかった。ましてポーランドにはなにも存在していなかったから。だから、ポーランドと海外のアーティストがともに音楽で実験をすること、新しい音を創造するための場をつくることが、そのアイデアの核心にあったんだ。

ゴシャ・プワィサ:私はボランティアとして〈Unsound〉チームに参加した。当時ジャーナリズムを学んでいたので、PRやコミュニケーションを手伝ったんです。最初はじつにDIY的な取り組みで、多くの人がボランティアとして関わり、楽しみながら活動していました。初期の頃は、クラクフの中世の地下室で開催していたんだけれど、あれは本当に楽しくて、特別な時間だったと感じています。
 私たちが自分たちの団体を設立したのは2008年になってからで、その頃からじょじょにプロフェッショナルな形に発展した。公的資金への申請や国際的なコラボレーションを通じて、このフェスティヴァルは成長しました。2010年には〈Unsound NYC〉がはじまり、〈Unsound〉の国際的な展開において重要な一部となったんです。

ポーランドのクラクフには、どんなシーンがあったのでしょうか?

マット・シュルツ:クラクフは、戦後アヴァンギャルドの第一人者でありポーランドでもっとも有名な作曲家ペンデレツキを輩出した町としても知られている。また、1970年代初頭に設立されたクラクフ音楽アカデミーの電子音楽スタジオもある。それなのに、かつてのクラクフやポーランドには実験音楽やエレクトロニック・ミュージックに関する大きなシーンがほとんど存在していなかった。
 現在の状況は大きく変わっている。ポーランドはこの分野において、ヨーロッパでももっとも興味深い音楽シーンのひとつを持つ国となった。その中心人物の一部は大阪でもパフォーマンスを行っている。〈Unsound〉もこの変化に少しは関わっていると思う。私たちは、ポーランド国内外でこうした文脈を作り出すサポートをしてきた。実際、多くのアーティスト——VTSSのような有名な存在ですら——が、〈Unsound〉で観客として体験したことをきっかけに音楽をはじめる決心をしたと聞いている。

ゴシャ・プワィサ:クラクフには、クラシック音楽やクラシック・ジャズのシーンはちゃんと存在していた。それは現在でも続いています。ところが、国際的な実験音楽アーティストを紹介する場やフェスティヴァルは決して多くなかった。しかしその一方で、コンサートやパーティを企画するインディペンデントなクラブや会場は、現在よりもたしかに多く存在していた。
 それから20年以上が経った現在、クラクフは再開発され、観光地化された街へと変わってしまった。独立系のスペースはもう、ほとんど残っていない。その代わりに観光客向けのホテルやレストラン、バーが数多く立ち並んでいる。もちろん、いまも素晴らしい会場 や劇場やコンサートホール、あるいは私たちが会場として使おうと工夫している場所は存在しているけれど、年々難しくなってきている。これは世界の多くの主要都市に共通する現象ですね。

初期〈Unsound Festival〉は当時のポーランドの政治状況とどんな関係にあったと思いますか?

マット・シュルツ:〈Unsound〉は、いわゆるポーランドの「変革期」から確実に生まれたもの。当時、国や都市は計画経済の共産主義体制から市場経済へと移行していたし、あらゆるものが流動的だった。〈Unsound〉もその一部であって、さまざまなアイデアや音楽に開かれたフェスティヴァルとして、共産主義崩壊後に空き家となった建物——巨大なホテル・フォーラムや廃工場など——に一時的な空間を生み出していました。それから20年経ち、クラクフの再開発が進み、観光地化が進んだことで、こうした空間は見つけにくくなっています。あの頃の街には〈Unsound〉やその音楽と非常に相性の良い「生の荒々しさ」があった。

ゴシャ・プワィサ:〈Unsound〉はポーランドがEUに加盟する前(2005年)に始動した。この年は、ポーランドが大量観光や格安航空旅行に開かれていく重要な転換点だったと思う。これによりポーランドの多くの都市で再開発が進みましたが、一方で人びとがポーランド文化や私たちのフェスティヴァルを体験しやすくもなった。 また、EU加盟と同時に、とくにクラクフをはじめとする多くのポーランドの都市が、文化や大規模なフェスティヴァルを活用して自らをプロモーションすることを決め、国の文化政策が〈Unsound〉のような取り組みを支援するようになった。これにより〈Unsound〉は大きく成長することができました。 ただし、私たちが実験音楽やエレクトロニック・ミュージックを扱っているため、いまでもポーランド国内では政府からの支援を得にくい部分があると感じている。その一方で、ポーランドの関係者は私たちのブランドが国際的に持つ重要性を理解してくれている。だから〈Unsound Osaka〉やその他の海外での取り組みのような活動には支援をしてくれているんだ。

ポーランド国外からのオーディエンスが集まり、ヨーロッパでも有数のイベントのひとつになっていった経緯を教えてください。

マット・シュルツ:〈Unsound〉は移動可能なフェスティヴァルだから、ミンスク、キーウといった旧ソ連の国々やニューヨークなど、さまざまな国や都市で開催されてきた。2010年前後にニューヨークで大規模な〈Unsound〉を開催したことがクラクフにもフィードバックされ、人びとの注目を集めるきっかけになったと思う。同時期には、クラクフ市からの資金支援が増えたことで、多くの突飛なアイデアを実現できるようになった。それが 〈Unsound〉を際立たせたことも事実だよ。例えば、特別に委嘱したプロジェクトや、当時としては珍しかったジャンル横断的なプログラミング——実験音楽とクラブ・ミュージックを同じプログラムに並べるといったこと——を実現させた。また、毎年新しいフェスティヴァル・テーマを設定し、それを中心的な軸とするようになった。2010年のテーマは「Horror: The Pleasure of Fear and Unease」で、聴き手に不安や不快感を与える音楽のあり方を探求するもので、このやり方が大きな注目を集めた。
 〈Unsound〉にとってデザインも重要。毎年新たにデザインが更新されることで、単にフェスティヴァルを宣伝するだけでなく、そのイメージ自体を形成していく役割を担うようになった。これは当時としてはユニークな試みだったと思う。

ゴシャ・プワィサ:〈Unsound〉はプログラム自体を、ひとつの物語を持つ完全な作品として意識的にキュレーションしはじめた最初期のフェスティヴァルのひとつだった。世界的に見ても数少ない試みだった。異なるジャンルを同じ空間で組み合わせて提示したり、ジャンルや地理的な文脈を越境する新しいプロジェクトを立ち上げたりね。こうした独自のプログラムづくりのアプローチに加え、クラクフでのマルチ会場型の開催形式(のちには他の国際的な開催地でも)によって、より幅広い関心を集めることができたと思う。また、私たちは常に国際的なプレスをフェスティヴァルに招き、ゲストやアーティストに特別な体験を提供することを重視してきた。そうした積み重ねが、自然と口コミとして広がっていったのだと思います。
 現在、〈Unsound Kraków〉の観客の約60%はポーランド国外からの来場者。大半はヨーロッパからの来場で、アメリカ、日本、その他の遠方から来るゲストも少なくありません。

音楽面において、エレクトロニック・ミュージック、エクスペリメンタル・ミュージックをキュレートしていますが、音楽面でのコンセプトについて説明してください。

マット・シュルツ:私たちは常に冒険的な音楽に惹かれています。しかも、それが何を意味するかについてあまり制限を設けないようにしている。その結果、フェスティヴァルのプログラムはじつに挑戦的な実験音楽から、オルタナティヴなクラブ・ミュージックまで、多くのジャンルを横断するものとなった。また、常に新鮮なサウンドを探求しているし、エレクトロニックや実験音楽の分野における先駆的なアーティストにもスポットライトを当てるようにしている。私たちはリスクを取ることを好み、オーディエンスもそれを受け入れる準備ができています。〈Unsound〉にはオープンマインドとオープンイヤーで来てもらうのが一番です。既知のものを確認する場というよりも、新しいものを発見するための「フェスティヴァルであり、同時にラボラトリー」と考えてもらえると良いと思います。


Lord Spikeheart - Unsound 2024

ゴシャ・プワィサ:マットがよく説明してくれました。世界中の音楽シーンにおける最新の動きを探し出し、リスキーな組み合わせを実行することこそ、私たちが大好きなことだ。大物の有名ヘッドライナーだけをブッキングするのではない。むしろ未来のスターを発見し、彼らが成長できるプラットフォームを提供したいと考えています。個人的に好きなのは、音楽をパフォーマンスやヴィジュアル・アートとつなげること。最近はラップトップを使ったオーディオ・ヴィジュアルにはちょっと飽きてきているけどね(笑)。

毎回テーマを決めて、ヴィジュアルや建築も重視していますが、こうした発想の背景について教えてください。

マット・シュルツ:先ほども触れましたが、2010年からテーマとキーヴィジュアルを設定している。主にポーランドのアーティストやグラフィックデザイナーと協働しながら制作しているんだ。以前のクラクフでのメイン・ヴィジュアルには出演アーティストの名前が記されていたけれど、その後はヴィジュアル自体が中心となった。特定のアーティストやヘッドライナーではなく「体験」としての〈Unsound〉の全体像を示すものになった。映画のポスターのようなイメージです。
 私たちはこれらのヴィジュアルをPRのギミックではなく、フェスティヴァルを創造のプラットフォームとする一部だと考えている。また、テーマを設定することで、毎年新しい形でプログラムを構成することが可能になった。これは音楽面だけでなく、〈Unsound Kraków〉にとって重要な要素である議論やディスカッションのプログラムにも反映されているよ。

ゴシャ・プワィサ:マットが言う通りです。それに加えて私は、プログラムに合った建築を選ぶこと、ケータリング、会場のインテリアといった要素まで含めて「雰囲気をつくる」ことがとても大切だと感じている。

エレクトロニック・ミュージックのフェスでは〈Sonar Festival〉や〈Dekmantel Festival〉なども有名です。残念なことに〈Sonar Festival〉は、イスラエル・パレスチナ問題への関与で批判され、大規模なボイコット運動にもつながった「Superstruct Entertainment」によって運営されています。〈Unsound Festival〉の独自性はどこにあるとお考えですか?

マット・シュルツ:〈Unsound〉は 「Tone Foundation」という非営利団体によって運営されているけれど、これは商業フェスティヴァルとはまったく異なるモデルです。これは意識的に選んできた方針です。私たちの世界において、音楽と政治は常に結びついている。それは私たちのプログラム、とくにパレスチナを支持するディスカッション・プログラムにも反映されている。そして、その立場は、イスラエルがガザで行っているジェノサイドを目の当たりにするなかで、よりいっそう強固なものとなっている。
 また、ポーランドはウクライナに非常に近く、多くのウクライナ人が戦争によって国外に追われ、ポーランド国内で生活しています。そのため、私たちはロシアによるウクライナ侵攻という問題にも関わっている。ウクライナに対する私たちの視点はポーランドの地理的・歴史的な位置によって形づくられているのです。

ゴシャ・プワィサ:〈Sonar〉のような団体とは異なり、私たちは独立した非営利組織であるため、〈Unsound〉には株主のような存在はいない。つまり、フェスティヴァルの方向性や政治的立場については、ディレクターや理事会として私たち自身が責任を負っている。また、芸術的・実務的な意見や好みはチーム内で異なる部分があっても、ガザで起きているジェノサイドを非難する点においては確実に一致していると言える。私たちは植民地主義的な慣行に積極的に反対してきたし、ポーランドの国境に近く、東欧や中欧にとくに強い影響を及ぼしているロシアによるウクライナ侵攻も非難している。
 私たちは依然として比較的小さな組織であり、財政的に苦労することが多いのもたしかだけれど、しかし、イスラエルの軍事産業に関与する企業からの 〈Unsound Kraków〉へのスポンサーシップの提案を断らざるを得なかった。また、適切なプログラム活動を通じて、パレスチナの闘争の可視性を支援するよう努めてもいる。


Daniel Szwed - Unsound 2024

私たちは常に冒険的な音楽に惹かれています。しかも、それが何を意味するかについてあまり制限を設けないようにしている。その結果、フェスティヴァルのプログラムはじつに挑戦的な実験音楽から、オルタナティヴなクラブ・ミュージックまで、多くのジャンルを横断するものとなった。

いままでやったなかで、とくに思い出深いイベントはなんでしょう?

マット・シュルツ:ひとつのイベントだけを選ぶのは不可能だけれど、正直に言って〈Unsound Osaka〉はもっとも印象に残るもののひとつになりつつある。とくに私たちは日本の音楽や文化の大ファン、素晴らしい日本のパートナーやアーティストとともにここでイベントをつくる機会を得られたことは、本当に夢のようなんだ。
 それ以外では、クラクフで行った〈Unsound Surprise〉が大きな出来事でした。プログラムの半分を事前に発表せず、多くのサプライズ枠を設け、観客は誰が演奏するのかまったくわからない状態だった。無名に近いポーランド人アーティストが登場することもあれば、リッチー・ホウティンが出演することもあった。そして、あの中世の岩塩坑で行われたサプライズ枠のひとつで、本当に Burial が演奏したのかどうか——これは永遠に謎のままです。

ゴシャ・プワィサ:現時点でも大阪は本当に特別なエディションになると感じている。これほど多くの素晴らしいアーティストを日本に迎えることができること、さらに地元のアーティストをこの文脈のなかで紹介できることを大変光栄に思っているよ。

大阪でフェスティヴァルを開催することになった経緯、そして今回のエディションの「テーマ」について教えていただけますか?

マット・シュルツ:私たちは以前からずっと日本で何かをやりたいと考えてきた。マージナル・コンソートや灰野敬二、石橋英子、KAKUHAN、Yosuke Yukimatsuなど、日本の音楽の大ファンだからね。日本と他の地域、とくにポーランドとのあいだでコラボレーションを築けることは、本当に夢のようなことです。
 今回のテーマである「WEB」にはさまざまな意味があるけれど、もっとも基本的なレヴェルでは、2025年にクラクフ、大阪、ニューヨークで展開される一連のイベントを指している。それらはポーランドの画家ヘレナ・ミンギノヴィチのデザインを軸に形づくられています。

ゴシャ・プワィサ:本当に素晴らしいコラボレーションだ。出てきたアイデアをすべて実現するには、あと数回のエディションが必要だと思う。〈Unsound〉の枠組みのもとで、これほど多くの異なる場をつなげることができたのはとても嬉しいことだし、これがすべての人にとって良い形で機能することを願っています。

最後に、今回の〈Unsound Osaka〉の豊富をお願いします。

マット・シュルツ:現時点では、まずは今年のエディションを無事にやり遂げることに集中している。そして、このフェスティヴァルが関わるポーランドと日本のアーティスト双方に新しい観客をもたらしてくれることを願っている。今回の開催を通じて、KAKUHAN と Adam、Ka Baird と FUJIIIIIIIIIIITA、2k88 と Ralph といった新しいコラボレーションのプラットフォームをつくれたことを嬉しく思う。これらのコラボレーションからさらに発展が生まれ、また新しいつながりが生まれていくことを願っています。
また、〈Unsound〉が都市型フェスティヴァルで採用しているマルチジャンル・マルチベニューのアプローチは、日本において必ずしも一般的ではないと認識している。それでも、多くの人びとに楽しんでいただき、新しい発見をしてもらえればと思います。なぜなら、最終的に冒険的な音楽のさまざまなスタイルのあいだには、分断よりもむしろ多くのつながりが存在しているからです。

ゴシャ・プワィサ:私たちは日本に滞在し、その素晴らしい音楽やアートのシーンを発見できることをとても楽しみにしている。なので、これが最初で最後の機会にならないことを願っています。もし私たちが日本語を話せれば、運営のプロセスがもう少し楽になるかもしれないけれど、パートナーの皆さんがとても理解があり、サポートしてくれているので、すべてが順調です。だから、これがさらに発展していくことを願っている。そして次回は、もっと上手に日本語を話せるようになりたいと思います!


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Unsound Osaka Official HP : https://unsound.jp/


Unsound Osaka

2025年9月5日 - 2025年9月7日

【Unsound Osaka 第二弾プログラム発表】
来週末、大阪市内複数会場にて開催されるUnsound Osaka
メインプログラムの追加出演者とアフターパーティーの開催が決定!
DJ Sprinkles、mad miran、RP Boo、2K88などの国際的に高く評価されるDJに加え、大阪・日本のアンダーグラウンドシーンを牽引するDJたちが登場します。

この度、VS.(9月5日)、クリエイティブセンター大阪(9月6日)、大槻能楽堂(9月7日) にて展開されるメインプログラムに加え、新たな追加出演者、並びに大阪を代表するクラブとの共同開催によるローカルシーンに焦点を当てたアフターパーティーの開催が決定しました。

【追加プログラム】

9月5日(金)- NOON+CAFE × Unsound Osaka

開催日時:2025年9月5日(金)OPEN / START 23:00
会場:NOON+CAFE(MAP)
エントランス:¥1,500
出演者:
DJ Fulltono
KA4U
mad miran
WÖNDER GIRL

Unsound Osakaの一夜目を飾るアフターパーティーは、梅田中心部に位置し、9月5日(金)に開催されるメインプログラムの会場であるVS.から徒歩圏内のNOON+CAFEで開催されます。オランダのアンダーグラウンドシーンを代表するDJ/プロデューサーのマッド・ミラン(mad miran)が、多様な電子音楽のスタイルを自在に融合させた独自のセットを披露します。さらに、日本におけるフットワーク/ジュークの第一人者として広く知られ、大阪のシーンを牽引するDJ Fulltono、地元から強い信頼を寄せられるKA4U、そして新世代を代表するWÖNDER GIRLが出演。国際的なアーティストとローカルシーンの才能が交わる一夜となります。

【追加プログラム】

9月5日(金)- Socore Factory × Unsound Osaka

開催日時:2025年9月5日(金)OPEN / START 22:00
会場:Socore Factory(MAP)
エントランス:¥2,000
出演者:
DJ Sprinkles
SAITO

9月5日(金)にはNOON+CAFEでのアフターパーティーに加え、南堀江のライブベニューSocore Factoryでもアフターパーティーが開催されます。メインDJを務めるのは、電子音楽界で最も尊敬されるアーティストの一人であり、クラブ情報サイトResident Advisorから「電子音楽界で最も興味深い人物の一人」と評されるDJ Sprinkles。DJ Sprinklesは、Terre Thaemlitz(テーリ・テムリッツ)のディープハウスDJ名義であり、現在は千葉を拠点とすアメリカ出身のプロデューサー、DJです。Thaemlitzはアーティストやライターとしての活動でも知られています。会場では、DJ Sprinklesが4時間に及ぶロングセットを披露。オープニングアクトには、山形を拠点に活動するバイナルDJのSAITO が登場します。

9月6日(土)- Creaitve Center Osaka

公演日時:2025年9月6日(土)OPEN / START: 15:30
会場:クリエイティブセンター大阪(MAP)
チケット:ZAIKOにて販売中
出演者:
Hania Rani presents Chilling Bambino
∈Y∋ & C.O.L.O
2K88 – Live feat. ralph
ralph
Rai Tateishi(Live Processing by Koshiro Hino)
KAKUHAN & Adam Gołębiewski
FUJI|||||||||||TA & Ka Baird
RP Boo & Gary Gwadera
1729 (fka Iryoku)
Hamon
Mongoose

既に発表されている9月6日(土)のクリエイティブセンター大阪でのメインプログラムに、新たな出演者が加わります。BLACK CHAMBERでは1729(fka 威力) がオープニングDJセットを披露。また、屋外スペースでは大阪のDJたちの聖地として知られる Newtone Records のテイクオーバーが行われ、Hamon と Mongoose が出演します。 クリエイティブセンター大阪での出演者ラインナップおよびタイムテーブルは、こちらよりご確認ください。

【追加プログラム】

9月6日(土)- Club Daphnia × Unsound Osaka

開催日時:2025年9月6日(土)OPEN / START 21:00
会場:Club Daphnia(MAP)
エントランス:¥2,000
出演者:
YAMA
ZODIAK
BUCCO
Milky Lylei
KAPI

クリエイティブセンター大阪でのメインプログラム終了後には、徒歩県内のクラブClub Daphniaにてアフターパーティーを開催します。goatやYPYでの活動を通じ国際的に高い評価を得る日野浩志郎がキュレーションを担当。関西圏で活躍する DJのYAMA、ZODIAK、BUCCO に加え、九州出身で大阪を拠点とするライブデュオ Milky Lylei、さらに仙台からのゲストDJ KAPI が出演します。 Unsoundのスピリットを体現し、実験的なサウンドからレフトフィールドなダンスミュージックが展開される一夜となります。

【追加プログラム】

9月6日(土)- Circus Osaka × Unsound

開催日時:2025年9月6日(土)OPEN / START 23:00
会場:Circus Osaka(MAP)
エントランス:¥3,000*
*クリエイティブセンター大阪でのメインプログラム参加者はリストバンド提示で入場無料となります。

出演者:
2K88
ANCHIN
Angie.Light
KΣITO
UKD
RP Boo

9月6日(土)に開催されるClub Daphniaでのアフターパーティーに加え、心斎橋のクラブCircus Osakaでもアフターパーティーが開催されます。クリエイティブセンター大阪でのメインプログラムにライブ出演する2人のアーティストが、DJとして再登場します。1人目はシカゴのフットワークのゴッドファーザーと呼ばれるRP Boo。そして、ポーランドのクラブ音楽シーンを牽引する「PLサウンド」の先駆者として知られるポーランドのプロデューサー兼DJ、2K88です。さらに、フットワークとGQOMを融合させたスタイルで知られるKΣITO、日本のドリルとグライムシーンを代表するDouble ClapperzのUKD、そして大阪の新星アーティストANCHINとAngie.Lightも出演します。本アフターパーティーはCircus Osakaとの共同キュレーションにより開催されます。また、同日クリエイティブセンター大阪で開催されるメインプログラムへの参加者は、リストバンドを提示いただくことで無料でこちらのアフターパーティーをお楽しみいただけます。

【追加プログラム】

9月7日(日)- Compufunk × Unsound Osaka

開催日時:2025年9月7日(日)OPEN / START 20:00
会場:Compufunk(MAP)
エントランス:¥1,000*
*クリエイティブセンター大阪、大槻能楽堂でのメインプログラム参加者はリストバンド提示で入場無料となります。

出演者:
secret lineup

9月7日(日)にメインプログラムが開催される大槻能楽堂から徒歩圏内のレコードストア兼クラブCompunkにて、Unsound Osakaのフィナーレを飾ります。出演者はシークレット。また、クリエイティブセンター大阪、大槻能楽堂で開催されるメインプログラムへの参加者は、リストバンドを提示いただくことで無料でこちらのアフターパーティーをお楽しみいただけます。

Zoh Amba - ele-king

 ゾー・アンバを意識したのはずいぶん遅い。昨年の紙エレキングで書いたように、Beingsなるプロジェクトで出した『There Is a Garden』からで、ぼくなんかよりも若々しい感性をもったリスナーは、2022年、彼女がジョン・ゾーンのレーベルでデビューしたときからチェックしているのだろう。Beingsから聴いたのもアンバのリスナーとしては非正統的かもしれない。これはスティーヴ・ガン(説明は不要だろう)、シャハザード・イスマイリー(マーク・リボーのバンドで知られる)、ジム・ホワイト(ダーティ・スリー)らと組んだバンドなのだ。
 Beingsの『There Is a Garden』は、ギャラクシー500めいた陶酔のギター・サウンドにヴィブラートの効いたアンバの悲鳴にも近いサックスが叩きつけられる、端的に言えばポスト・パンク的にササクレだったジャズ・アルバムだった(彼女は歌ってもいるし、ギターを弾いてもいる)。いっぱつで引き込まれる音楽とはまさにこれで、ことにアンバの表情豊かなサックスには心揺さぶられ、それからである、このずば抜けて魅力的なアーティストを聴くようになったのは。

 だいたい、グラミーなどと騒がれているプレイヤーの多くがジュリアード音楽院卒だったりしている今日の「ジャズ」という括りのなか、テネシー州の山村の、決して平穏とは言えなかった家庭に生まれ、森のなか独学によってサックスの練習をしたアンバに物語が生まれ、それがひとり歩きしてしまうのも無理からぬことだろう。これは21世紀の話である。12歳だった彼女がサックスを手にしたのは、吹奏楽の授業でチャーリー・パーカーの映像を見たことがきっかだった。それから彼女はYouTubeで、ジョン・コルトレーン、コールマン・ホーキンス、レスター・ヤングの演奏を繰り返し聴き、そして偉大なる幽霊、アルバート・アイラーを心の師と決めた。音楽学校に進学もしたが馴染めず中退している。スピリチュアルなフリー・ジャズに突進するアンバにとってのジャズとは、制度のなかで学ぶモノではなかった。そもそも、10代にしてドイツのフリー・ジャズマン、ペーター・ブロッツマン(彼女にとってのもうひとりの師)に手紙を送るような若者を、教室の椅子に縛り付けることなど昔もいまも不可能なのだ。

 Discogsを見ると彼女には、わずかこの3年ですでに10枚以上のアルバムがある。そのなかにはキューバ出身の打楽器奏者、フランシスコ・メラとの共作も含まれている。主にエレクトロニック・ミュージックとフリー・ジャズで知られるオスロのレーベル〈スモールタウン・スーパーサウンド〉(ブロッツマンの2000年代の作品を同レーベルは出している)からリリースされた本作『Sun』は、ザ・サン・クァルテット——ドラマーのミゲル・マーセル・ラッセル、ピアニストのレックス・コルテン、ベーシストのキャロライン・モートン——としては初のアルバムで、冒頭から〝震え〟をもって賛歌を奏でると、そして現在25歳のサックス奏者の膨大なエネルギーが爆発する。
 アンバの感情の強度は並大抵のものではない。「女版アイラー」とは彼女に付いた安直なレッテルではあるが、この荒々しくも切なくもあるエネルギーの激流があふれ出ると、あながち間違いではないように思えてしまう。クァルテットは、後期コルトレーンのスピリチュアル・ジャズの心のもっとも奥深いところから吐き出すような、あのすさまじい〝説明しようのないうねり〟を招来している。“Champa Flower”という曲ではアメリカの民謡(フォーク)に根ざしたギターを弾き、“At Noon”ではセレナーデを奏でるが、アルバムはまたしても震えるような精神のざわめきへと流れるように向かう。
 アンバは自ら本作をこう解説している。「この音楽があなたの心の奥深くまで届き、そこからもっとも美しい喜びと愛、好奇心の庭を咲かせてくれることを願っている。(略)私の心はいまも、ピーター・ブロッツマンがこの宇宙に投げかけた深い光のなかに座している。私は毎朝、彼の霊を聴いている。この音楽は、絶えず変化しながら太陽の彼方を目指そうとする魂の反映にすぎない」

 たびたび言われていることだが、フリー・ジャズというジャンル用語は、ある時期から「フリー・ジャズという形式の音楽」という、「過去の音楽」なのに「現代音楽」などという矛盾と似たようなジャンル用語になっている。この音楽が、1960年代のように伝統や慣習を脅かすような強烈さを持ち得ているかと言えば、わからない。坂田明のような、なおもその〝炎〟を宿しながら比類なき境地に達しているサックス奏者もいる。そうだ、ぼくはこのアルバムのジャケットを見て、なんだかアリ・アップみたいだと思った。こんなにはつらつとした生命感を感じるアートワークが過去のフリー・ジャズ/スピリチュアル・ジャズにあったのかどうかも、ぼくにはわからない。わかっているのは、自分がこの先も彼女の音楽を聴き続けるということ。奔放にほとばしるゾー・アンバの物語は、まだはじまったばかりなのだ。


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