「Re 」と一致するもの

Tunes Of Negation - ele-king

 沢井陽子さんのコラムを読んでいると、もはや新しいものを生み出せなくなったNYのインディ・ロック・シーンが日本のシティ・ポップに慰めを求めているようで(というのは言い過ぎ?)、なんとも複雑な気持ちになる。ストップ・ターニング・ジャパニーズ、世界が日本化しちゃまずいんだって。それに、音楽は停滞しているように見えて、まだ未開の領域があると言わんばかりの作品も出ているのだ。

 シャックルトンの新プロジェクト、 Tunes Of Negation(Shackleton、Heather Leigh、Takumi Motokawa)、「否定の音」を意味する名前のこのプロジェクトのアルバムがヤバい。得体の知れない際どい感覚、ある種の恐ろしさ、そうしたものがここにはまだ生きているような気がする。まだサイケデリックと呼びうる音響があったのかという感じ。ベルリンのレーベル〈Cosmo Rhythmatic〉(キング・ミダス・サウンドの新作を出しているレーベル)から10月18日に現地ではリリースされる

New Order - ele-king

 『アンノウン・プレジャー』から40年。ジョイ・ディヴィジョン本の決定版、ジョン・サヴェージ(坂本麻里子訳)による『この灼けるほどの光、この太陽、そしてそれ以外の何もかも』(原題:This searing light, the sun and everything else)、お盆前に校了しました。今月28日には書店/レコード店/amazon等に並ぶ予定です。
 この本は関係者による証言を編集したオーラル・ヒストリーなので、当然、もっとも多くの発言が見られるのは、バーナード・サムナー、ピーター・フック、スティーヴン・モリスの3人(そしてトニー・ウィルソン、ピーター・サヴィル、マーティン・ハネット、マーク・リーダー、デボラ・カーティスなど)です。けっこう珍しい写真も掲載されているし、音楽のこと以外に、デザインや写真の話なんかも盛り込まれていて、ある程度のことは知っているひとが読んでも楽しめる内容になっています。物語はイアン・カーティスの死とニュー・オーダー始動の直前で終わるわけですが、ニュー・オーダーのその後についてはバーニーの自伝をどうぞ
 で、先頃ライヴ・アルバムをリリースしたニュー・オーダー、来年の3月に来日することが決定しました。すでにこのニュース、話題になっているようで、さすがニュー・オーダー、衰えぬ人気ぶりです。

東京 3月3日(火) 新木場 STUDIO COAST
東京 3月4日(水) 新木場 STUDIO COAST
OPEN 18:30/ START 19:30
TICKET スタンディング¥10,000 指定席¥12,000(税込/別途 1 ドリンク)
※未就学児入場不可 一般プレイガイド発売日:9/7(土) <問>クリエイティブマン 03-3499-6669

大阪 3月6日(金) Zepp Osaka Bayside
OPEN 18:30 START 19:30
TICKET 1F スタンディング¥10,000 2F 指定¥12,000(税込/別途 1 ドリンク)
※未就学児入場不可 ※未就学児入場不可 ※別途 1 ドリンクオーダー
一般プレイガイド発売日:9/7(土) <問>キョードーインフォメーション 0570-200-888

制作・招聘:クリエイティブマン 協力:Traffic
https://www.creativeman.co.jp/

Floating Points - ele-king

 7月に「LesAlpx / Coorabell」という強力なシングルをリリースし、今週末にはサマソニ《NF in MIDNIGHT SONIC》への出演を控えるフローティング・ポインツが、バルセロナで開催された《Sónar 2019》でのDJセット音源を BBC Radio にて公開している。6時間にもおよぶセットの一部で、ディスコからアフロなどじつにダンサブル、会場の熱気が伝わってくる内容だ。これは17日の《NF in MIDNIGHT SONIC》も楽しみですぞ。

https://www.bbc.co.uk/sounds/play/m0006x99

FLOATING POINTS

いよいよ今週末に来日!
サカナクションとサマーソニックのスペシャルコラボレーション
「NF in MIDNIGHT SONIC」に出演するフローティング・ポインツが
Sonar Festivalで披露したDJ SET音源がBBCにて公開中!

マンチェスターに生まれ、現在は作曲家/プロデューサー/DJとし てロンドンを拠点に活動するフローティング・ポインツ。DJとしてはジェイミーXX(The xx)、カリブーやフォー・テットなどと肩を並べるほどのステータスを築き上げ、2015年のデビュー・アルバム『Elaenia』は圧倒的な完成度の高さで、その年を代表する重要作の一枚として賞賛された。2019年、再び〈Ninja Tune〉との契約を発表し、シングル「LesAlpx / Coorabell」をリリースしたばかりの彼は、今年20周年を迎える SUMMER SONIC 2019 で、8月17日(土)の深夜に開催されるサカナクションとのスペシャルコラボレーション「NF in MIDNIGHT SONIC」への出演でも話題となった。そんな彼の、バルセロナで開催された世界最高峰のエレクトロニック・ミュージックフェスティバル、Sónar 2019 での DJ Set 音源を BBC Radio にて公開中。

Benji B - Floating Points Live at Sonar 2019 (1:05:00頃からスタート)
https://www.bbc.co.uk/sounds/play/m0006x99

公開されている音源は Sónar 2019 で行われた6時間セットの一部で、ディスコ、ハウス、アフロ、ジャズなどの要素を織り交ぜたセットで、フロアのエネルギーを爆発させているのが容易に想像できる内容となっている。今週末開催される NF in MIDNIGHT SONIC でのプレイも必見!

NF in MIDNIGHT SONIC
2019年8月17日 (土) 幕張メッセ

OPEN / START : 23:00 / CLOSE 5:00
※ OPEN / CLOSE時間は変更になる場合がございます。
※「サマーソニック東京3DAYチケット」、「サマーソニック東京8/17(土)1DAYチケット・プラチ ナチケット」、「NFチケット」で入場が可能です。
https://www.summersonic.com/2019/lineup/tokyo_day2.html#md

label: Ninja Tune
artist: Floating Points
title: LesAlpx / Coorabell
release date: 2019.07.12 FRI ON SALE

A1. LesAlpx (Extended)
B1. Coorabell

Solange - ele-king

 いつまでも姉を引き合いに出されては不本意だろうから手短かに済ますけれど、ソランジュはその活動の初期から常道とは異なるスタンスを打ち出すことでメインストリームをサヴァイヴしてきた、いわば対抗的なシンガーである。圧倒的なスターとして自らの存在感を顕示するのではなく、アプローチの多彩さやサウンドの掘り下げをとおして王道とはべつのルートを選択すること──そのオルタナティヴな態度は、とはいえまだディーヴァ的歌唱法やモータウンへの憧憬の大いに残存する2008年の2枚目からも聴きとることができる。同作に収められた“This Bird”がボーズ・オブ・カナダの“Slow This Bird Down”をサンプリングし、現在の彼女のスタイルにつうじる方法論を編み出していたことは、メインストリームとアンダーグラウンド、USとUK、ブラック・ミュージックと白人音楽といった種々の二項対立を考えるうえで見過ごすことのできないポイントだろう。他のアーティストがBOCを引用するようになるのは(実質的に)2010年代に入ってからだし、その実例も素材に必然性のないリル・Bだったりシューゲイズ的サイケデリアが目的と思しきリル・ピープだったりするので、早さの点でも使い方の点でも、ソランジュの慧眼は称賛に値する。
 とまれ、そのようなオルタナティヴの萌芽は2012年のEP「True」で一気に花開き、2016年の前作『A Seat At The Table』において盛大に咲き乱れることになる。高らかに歌い上げることをやめ、わかりやすい昂揚からは距離をおき、従来のR&Bともヒップホップとも異なるドリーミーさを獲得、丁寧に音色や音響に気を配りつつ、非ブラックの協力者も迎えながら、他方でレイシズムにしっかりと抗議を表明する彼女は、輝けるポップ・ミュージックの歴史に深くその名を刻みつけると同時に、ハーメルンの笛吹きのごとくインディ・キッズたちを元いた場所から連れ去ってしまったのだった。それから2年半のときを経て届けられたのが今回の新作『When I Get Home』である。

 とにかく音響にたいする意識がすさまじい。冒頭“Things I Imagined”で連続する「I」と「imagine」の母音同士の間合い、“Down With The Clique”や“Stay Flo”で畳みかけられる「down」や“Dreams”における「-ms」の発声などは、言葉の意味よりもまずその響きのほうへとリスナーの耳を誘導する。「ひとつのドラムの音を編集するのに18時間かけた」というエピソードも、“Way To The Show”のシンセ・ドラムや“Binz”のハットあたりを聴けばなるほどと唸らざるをえないし、随所に挿入される電子ノイズや鍵盤の音色、“Stay Flo”におけるずっしりとした低音とふわふわした上モノとの対比、“Almeda”や“Sound Of Rain”のチョップド&スクリュードなども、彼女のサウンドにたいする並々ならぬ情熱を物語っている。
 ソランジュは本作のレファランスとしてスティーヴィー・ワンダーやスティーヴ・ライヒ、アリス・コルトレーンやサン・ラーといったレジェンドたちの名を挙げているが、本作はそのどれとも似ていない。前作で確立された彼女の独自性はここで、さらなる高みに到達している。他にもインスピレイション・ソースは多岐にわたるが、たとえばトラップ由来のリズムやドラムもそれじたいが目的になっているわけではないし、豪華なゲストたちの個性も巧みに抑制されている。ときおり背後に敷かれるドローンはかなり薄めのレイヤリングで、おそらくはジョン・キャロル・カービィによるものだろうスピリチュアルな気配も、ニューエイジ的な側面が肥大しすぎないよう適切に押さえ込まれている。フライング・ロータスがそうだったように、ソランジュもまた今回の新作において「音楽監督」としてのスキルを格段に向上させている。
 言葉のほうも力強い。黒人の肌や髪の特徴を歌い上げる“Almeda”で彼女は、「ブラックの信念は、いまだ洗い流されていない」と、なんともしとやかに宣言している。この「ブラックの信念」は、アルバム全体のテーマと深く関わっている。

 タイトルどおり、本作のテーマは「ホーム」である。それは具体的には彼女の出身地たるヒューストンを指している。チョップド&スクリュードの導入もたんなる気まぐれではない。その手法を編み出した故DJスクリューは、ヒューストンを拠点に活動していたプロデューサーだった。他にも本作では俳優のデビー・アレンや歌手のフィリシア・ラシャッド、詩人でありブラック・パンサーにも関わったレズビアン活動家のパット・パーカーなど、同地出身者たちの音声がサンプリングされている。
 原点たるヒューストンへと還ること──それは空間的には郷愁と呼ばれ、時間的には懐古と呼ばれる。そのようなノスタルジーは、“Almeda”のMVが「まわること」をモティーフとしている点にもあらわれている。登場人物たちは歩きながら円を描き、ダンサーはポールを軸に回転し、ソランジュ本人もハットを指に引っかけてぐるぐるとまわしている。あるいは“Beltway”のMVでは、点滅する光が輪をかたちづくっている。現在は過去を想像し、過去は現在へと回帰する──ノスタルジーは、線的にではなく円的に発動されるのだ。注目すべきはそこに「ブラックの信念」が伴っている点だろう。

 今日はもはや「レイス・ミュージック」の時代ではない。にもかかわらず、差別構造じたいは強固に残存している。何度も繰り返される警察の暴力──そのような悲惨な現実に抗するひとつの方法は、いつか訪れるだろう素晴らしい未来を夢想することかもしれない。でも逆に、過去を志向することだって立派な抵抗たりえるのではないか? 一般的に郷愁や懐古は後ろ向きな姿勢と見なされるが、じつはそれほどネガティヴなことではないのではないか? 過去の想像それじたいがオルタナティヴな戦術たりえるような、なんらかの方法があるのではないか?
 このアルバムがおもしろいのは、主題としての過去と音響としての現在が熾烈な闘いを繰り広げているところだ。テーマがノスタルジックなのとは裏腹に、サウンドはいっさいレトロを志向していない。後者はむしろ、現行ポップ・ミュージックの最尖端を突き進んでいる。過去を呼び戻す必要のあるときも必ずひねりが加えられていて、たとえばインタールードの“Exit Scott”では、懐かしさを煽るはずのソウル・ソングがパルス音によって汚染され相対化されていく。そもそもチョップド&スクリュードだって、既存の素材を著しく変容させて再呈示するわけだから、過去を異化する手法と言える。

 本作収録曲のMVを観ていると、もうひとつ気づくことがある。“Things I Imagined / Down With The Clique”や“Way To The Show”など、現時点で公開されているほぼすべての映像に、カウボーイが登場しているのだ。いくつかの宣材写真ではソランジュ本人がその姿に扮してもいる。重要なのは、それらがみなブラックであるという点だろう。
 彼女のホームたるヒューストンは、カウボーイの街として知られている。通常それは白人の男性を想起させるが、「わたしが最初に見たカウボーイはみんなブラックだった」と、彼女はファッション誌『VOGUE』のインタヴューで語っている。最後の曲のタイトルも“I'm A Witness”だ。自らの幼いころの記憶と、おそらくは映画産業によって流布され固定されたであろうイメージ、そのギャップを浮かび上がらせるために彼女は、色とジェンダーを反転させる。

 カウボーイのモティーフから僕が最初に思い浮かべたのは、“Dayvan Cowboy”というギター・ノイズとドラムの乱舞が美しい、2005年の曲だった。「dayvan」というのは、窓際に設置する背もたれのないソファや長椅子を指す、「divan」なる単語が変化したものらしい。つまり「ダイヴァン・カウボーイ」とは、長椅子に腰かけたり寝そべったりしているカウボーイのことで、ようは「安楽椅子探偵」みたいなものだろう。外へは一歩も出ずにたいがいの物事をこなしてしまう人間の喩えだ。
 この曲のMVは、成層圏まで上昇した気球から人が飛び降りる場面ではじまる。彼はどんどん落下し、やがて大海原に突入する。巨大な波が押し寄せるなか、まるで何事もなかったかのように彼は海パンに着替え、サーフィンを試みる。軍人のジョゼフ・キッティンジャーとサーファーのレイアード・ハミルトンの映像をつなぎ合わせたものだ。成層圏ダイヴからの大波サーフィンという、じっさいにはまず不可能であろうアクションも、部屋でソファにひっくり返りながらであればたやすく想像することができると、そういう話である。
 この“Dayvan Cowboy”は、突飛で非現実的な想像をどこまでも擁護する──と同時に、当時の世界情勢を踏まえるなら、イラク戦争中にホワイトハウスのデスクに腰かけたまま再選を果たした、ジョージ・ブッシュを諷刺するものでもあったにちがいない。興味深いことに、かの大統領が中学時代を過ごし、州兵時代に配属された土地もまたヒューストンだった。それから15年近くが経過し、黒人で初めて大統領になったオバマはとうに政権を去り、現在は新たな白人のカウボーイが合衆国を牛耳っている。
 2005年のこの曲がいま、ソランジュの思考に回帰してきている。“Dayvan Cowboy”が収録されていたのは、かつて彼女がサンプリングした“Slow This Bird Down”とおなじアルバムだった。まさにボーズ・オブ・カナダこそ、ノスタルジーを鍛錬し、戦略的に打ち出した嚆矢だった。ソランジュはいまふたたび彼らのアイディアを応用し、ブラックの文脈へと移殖することで、あらためて世界に問いを投げかけている。

 メインストリームを主戦場とする歌手がアンダーグラウンドを参照し、現代的な音響を追求しながらノスタルジーを導入することで開始した、あまりに静かな叛逆──「わたしは想像する」という言葉で幕を開けるこのアルバムは、「夢」を経由し、「わたしは止まらない」という言葉で幕を下ろす。なかったことにされている過去を現在へと浮上させ、世界に変革をもたらそうとするその姿はまるで、これから起こる悲劇を回避するために何度も過去へと遡る、ループものの主人公のようではないか。
 これは、闘いである。ただし、あくまで穏やかで、上品で、どこまでも夢見心地な。

Myele Manzanza - ele-king

 セオ・パリッシュのバンド、ザ・ユニットのドラマーであり、セオの主宰する〈Sound Signature〉やその姉妹レーベル〈Wildheart〉からリリースを重ねてきたマイエレ・マンザンザが、10月9日にニュー・アルバムを発売する。昨年末にセオのマイルス・デイヴィス・トリビュート曲“Love Is War For Miles”を巧みに再解釈して注目を集めた彼は、次にどんなジャズを聞かせてくれるのか。期待大です。

Myele Manzanza
A Love Requited

THEO PARRISH のバンド “THE UNIT” のメンバーとしても知られる、ニュージーランド出身のドラマー MYELE MANZANZA (マイエレ・マンザンザ)が新作をリリース!! アグレッシヴなドラミングから産まれるグルーヴに、壮大さとダイナミックな世界感を融合させた集大成となる一枚!!

Official HP: https://www.ringstokyo.com/myelemanzana

マイエレ・マンザンザを遂に紹介できます。エレクトリック・ワイヤー・ハッスルやソロ・デビュー作『One』の頃から気になっていたドラマーです。同じニュージーランド出身のマーク・ド・クライヴ・ロウや、セオ・パリッシュからも信頼を寄せられてきた彼の待望のフル・アルバムは、これまでの活動の集大成と言えます。洗練されたモダン・ジャズもスピリチュアルなジャズもアフロセントリックなソウルも、ラテンやアフリカのリズムも、コンゴのミュージシャンだった父との対話も融合させた、壮大でダイナミックな世界を楽しんでください。(原 雅明 / rings プロデューサー)

アーティスト : MYELE MANZANZA (マイエレ・マンザンザ)
タイトル : A Love Requited (ア・ラブ・リクアイテッド)
発売日 : 2019/10/9
価格 : 2,450円+税
レーベル/品番 : rings (RINC57)
フォーマット : CD

Jeff Mills - ele-king

 近年はオーケストラのための作品映画『光』のサウンドトラックトニー・アレン御大とのコラボスパイラル・デラックスなどなど、多方面で活動を続けているジェフ・ミルズだけれど、その次なる一手はどうやらコンピレイションのようだ。といってもたんなるベスト盤ではない。これまで発表されてきた膨大な作品のなかから、「視覚(Sight)」「聴覚(Sound)」「空間(Space)」という3つのテーマに合致する曲をセレクトし、50ページもの解説と考察を加えたものになっているという。きっとジェフの思想ががっつり込められた、特別な作品に仕上がっているにちがいない。9月25日、日本先行発売。

Jeff Mills(ジェフ・ミルズ)の心と頭を覗く。「視覚」「聴覚」「空間」がテーマの新『感覚』コンピレーションをリリース決定。

エレクトロニック・ミュージック、テクノ・シーンのパイオニアとして知られるDJ/プロデューサー、ジェフ・ミルズ。

近年ではオーケストラの為に作品を書き下ろした作品『Planets』を発表、また自身のルーツであるジャズ・フュージョンのプロジェクトとして、大野由美子(Buffalo Daughter)、日野賢二、ジェラルド・ミッチェル(UR、Los Hermanos)らとのグループ“SPIRAL DELUXE”としてライブやリリースを行うなど、その活動は多岐にわたります。

また音楽活動だけにとどまらず、近代アートとのコラボレーションも積極的に行っており、2017年にはその功績が認められ、フランス政府より日本の文化勲章にあたる芸術文化勲章、Officier de la Légion d'honneur Ordre des Arts et des Lettres を授与されました。

今年、長いキャリアの中で発表してきた数々の名作を、日々、進化を続ける音楽とリスナーに対して、ジェフ・ミルズ本人が向き合い、再編集をしてアナログ・レコードでリリースしていく、「ディレクターズ・カット・シリーズ」をスタートしていますが、このシリーズのCDコンピレーション版としてジェフ・ミルズ自らが編纂する作品『SIGHT SOUND AND SPACE』をリリースすることが決定しました。海外ではジェフ・ミルズ主宰の音楽レーベル〈Axis Records〉より10月4日に、日本では〈U/M/A/A〉より9月25日に先行リリースします。

『SIGHT SOUND AND SPACE』では、これまでリリースされた膨大な作品の中から、人間が持つ感覚、Sight『視覚』、Sound『聴覚』、Space『空間』という3つのテーマごとに楽曲をセレクション。さらに、ジェフ・ミルズによるこの3つのテーマについての解説と考察。そして、どの様な契機、思考、制作プロセスを経て作品となったのか、すべての収録曲について語った貴重なテキストが収録される約50Pのブックレットが、特別なハードカバーブックケースに収録。

ジェフ・ミルズが何にどのようなに影響され、どのような意図を持って作曲活動をしているのかをジェフの解説によって知ることが出来る。まるでジェフの心と頭の中を覗き見るかような作品となっています。

エレクトロニック・ミュージック・シーンのリヴィング・レジェンドとして尊敬を集め、音楽作品だけでなくその発言にも注目の集まるジェフ・ミルズが、人間の感覚をテーマに編纂するコンピレーション・アルバム。ジェフ・ミルズの新作『SIGHT SOUND AND SPACE』は、〈U/M/A/A〉より9月25日にリリースされます。

【商品情報】

Jeff Mills『SIGHT SOUND AND SPACE』
2019年9月25日リリース

仕様:CD3枚組、解説ブックレット(和訳入り)+ハードカバーブックケース
品番:UMA-1127~1129
定価:¥4,300+税
発売元:U/M/A/A Inc.

[CD 1] Sight

1.Perfecture – taken from “Metropolis” CD
2.Deckard – taken from “Blade Runner” EP
3.Le Mer Et C’est Un Caractere - taken from “Sequence” CD
4.Homing Device – taken from “2087” CD album
5.The Never Ending Study – taken from “Etudes Sur Paris” album
6.The Drive Home - taken from “Woman In The Moon”
7.Parallelism In Fate - taken from “And Then There Was Light” film soundtrack
8.Devices taken from “At First Sight “ CD
9.Transformation B (Rotwang’s Revenge) – taken from “Metropolis” CD album
10.Sleepy Time – taken from “Trip To The Moon” CD album
11.Multi-Dimensional – taken from “Man From Tomorrow” film soundtrack
12.Descending Eiffel Stairs – taken from “The Crazy Ray” film soundtrack

[CD 2] Sound

1.The Hunter - taken from “Free Fall Galaxy” Album.
2.The Bells
3.4Art
4.The 25th Hour - unreleased
5.Growth
6.Spiral Galaxy
7.Microbe - taken from “The Power” CD
8.Jade - taken from “Every Dog Has Its Day Vol. 2”
9.Where The Shadows Have Motives – taken from the Rembrandt Experience soundtrack.
10.Flying Machines - taken from “Sequence” CD compilation
11.Compression-Release – taken from “Emerging Crystal Universe”
12.Into The Body – taken from “Fantastic Voyage” Soundtrack
13.The Resolution - taken from “Actual” 12” EP (2)
14.Spiral Therapy – taken from “The Power” CD

[Booket] And

ジェフ・ミルズ本人による書き下ろし各曲解説。CD収録曲にまつわる解説やストーリーを収録。

[CD 3] Space

1.Introduction – Phase 1-3 taken from “Fantastic Voyage” soundtrack
2.Mercury (Residue Mix) - Unreleased – taken from “Planets” CD
3.Unreleased002
4.The Believers
5.The Industry Of Dreams – taken from “The Messenger” CD
6.Stabilizing The Spin – taken from “Moon: The Area Of Influence” CD
7.G-Star
8.Planet X – taken from “Lost In Space” 12” EP
9.The Worker’s Party – taken from Gamma Player Compilation “Niteroi’ collaboration project
10.Daphnis (Keeler’s Gap) – taken from “X-102 Re-discovers The Rings Of Saturn”
11.Outer Space – Unreleased
12.Unreleased005
13.Self-Portrait taken from “One Man Spaceship” CD
14.Aitken Basin – taken from “The Messenger” CD
15.Deadly Rays (Of A Hot White Sun) – taken from “Where Light Ends” CD
16.Medians – taken from “Free Fall Galaxy” album

R.I.P. Ras G - ele-king

 LAのビート・シーンを代表するアーティストのひとり、Ras G こと Gregory Shorter Jr. が7月29日に亡くなった。直接の死因は発表されていないが、昨年12月、呼吸に異常を感じて救急搬送され、肺炎、高血圧、糖尿病、甲状腺機能低下、心不全と診断されたことを自らの Instagram で公表している。体の不安を抱えながらも、今年に入ってからは2月にハウス・アルバム『Dance Of The Cosmos』をリリースし、続いてビート集『Down 2 Earth, Vol.3』、『Down 2 Earth, Vol.4』を相次いでリリース。またLAローカルのイベントにもいままで通りに出演し続け、さらに今年6月に長野・こだまの森で開催されたフェス『FFKT』への出演も開催の約1ヶ月前に発表されていたが、しかし、健康上の理由で来日はキャンセルとなっていた。
 突然の訃報に際し、Ras G の盟友である Flying Lotus を筆頭に、LAビート・シーンの関係者はもちろんのこと、世界中から様々なアーティストが SNS にて追悼のメッセージを発表。そして、Ras G の遺族が彼の作品を未来へと遺すために基金を設立すると、それに呼応して、亡くなった6日後にはLAにてドネーション(寄付)を目的とした追悼イベント《Ohhh Rasss!》が開催され、入場が制限されるほどの大盛況になったという。また、《Low End Theory Japan》への出演や単独ツアーも含めて、幾度も日本を訪れていた Ras G であるが、この原稿を書いている翌日の8月10日には中目黒 solfa にて追悼イベント《In Loving Memory of Ras_G . . . Fund Raising TYO JPN》が開催される予定で、一晩で40組ほどのDJの出演が予定されている。音楽性はもちろんこと、彼の暖かい人間性なども含めて、Ras G がこの日本でもどれだけ愛されていたかが伝わってくる。

 Flying Lotus と共に〈Brainfeeder〉の設立にも携わったという Ras G だが、彼のアーティストとしてのキャリアはまさにLAのヒップホップの歴史と密接に繋がってきた。アフリカ系アメリカ人が多く住むサウスセントラルの中でも、特にアフリカン・カルチャーの濃いエリアとして知られるレイマート・パークが彼の出身地であるのだが、そのレイマート・パークからほど近いところにあった Good Life Café でのオープンマイク・イベントや、さらにそこから派生した『Project Blowed』の現場に彼は十代の頃から足を運んでいたという。つまり Freestyle Fellowship や Jurassic 5 らを輩出した、90年代から2000年前半にかけてのLAアンダーグラウンド・ヒップホップ・シーンが彼のルーツとなっているわけだが、ラップよりもその後ろで鳴り響くビートに強い魅力を感じて、彼はビートメーカー/プロデューサーとしての道を選ぶことになる。
 2004年には、彼自身が店員として働いていたパサデナのレコード・ショップ、〈Poo-Bah Records〉にて自ら設立にも関わったレーベルより、同じくビートメーカーの Black Monk とのスプリットEP「Day & Night」をリリースし、これが彼のデビュー作となる。まだビートを作り始めたばかりの、荒削りな状態であった彼の才能に素早く気付いた Carlos Niño は、Dwight Trible & The Life Force Trio のアルバム『Love Is The Answer』にてプロデューサーのひとりとして起用。この作品をきっかけに Ras G はビートメーカー/プロデューサーとして本格的な活動を開始することになる。そして、現在はUKを拠点としているDJの Kutmah がオーガナイズしていた伝説的なイベント《Sketchbook》に Flying Lotus、Dibiase、DaedelusGeorgia Anne Muldrow らと共にレギュラー・メンバーとして出演し、彼らが中心となってLAビート・シーンの基盤が形成される。さらに Daddy Kev、D-Styles らが立ち上げた《Low End Theory》や〈Brainfeeder〉の成功によってシーンは一気に爆発することになる。
 そんなLAビート・シーンの創生期に、Ras G はEPのリリースやコンピへの参加を経て、〈Poo-Bah Records〉から Ras G & The Afrikan Space Program 名義で2008年にファースト・アルバム『Ghetto Sci-Fi』をリリースする。ヒップホップ、ダブステップ、スピリチャル・ジャズ、レゲエなど様々な音楽的要素がミックスされ、さらに彼のメンターである Sun Ra からも多大な影響を受けた、アフリカン・カルチャーと宇宙が融合したアフロフューチャリズムも大きなバックボーンとなったこの作品によって、彼はLAビート・シーンの最重要アーティストのひとりとしてLAローカル以外からも認識されるようになり、アルバム・タイトルである “Ghetto Sci-Fi” は彼のサウンドの代名詞にもなっていく。以降は〈Poo-Bah Records〉だけでなく、〈Brainfeeder〉や〈Leaving Records〉などからシングル、EP、アルバム、ビート・テープ、ミックスCDなど次々と作品をリリース。さらにラッパーの The Koreatown Oddity とのプロジェクトである 5 Chukles を含む、様々なアーティストのプロデュースやリミックスなども多数手がけ、自らのスタイルと地位を確立することになる。

 そんな文字通りのLAビート・シーンを代表する Ras G であるが、良い意味でアーティストらしからぬキャラクターも、彼の大きな魅力であった。筆者もLAに住んでいた頃に、様々な現場で彼と遭遇したが、自ら出演するイベントであっても、常にメローな雰囲気は崩さず、しかし、一旦、ステージ上で彼の愛機である SP-404 を叩き始めれば、スピーカーから爆音で流れてくるファットなビートとのギャップにいつも驚かされた。ちなみに最も彼と遭遇した場所は、おそらく《Low End Theory》だと思うが、出演しない週であっても、かなりの頻度で遊びに来ていて、あの場は彼にとっての本当の意味でのホームであった。そういえば、あるとき、レコードを掘りに〈Poo-Bah Records〉へ行った際にたまたま彼がお店にいて、その日がちょうど《Low End Theory》が開催されている水曜日だったので、車を持っていない彼を自分の車に乗せて、一緒に《Low End Theory》まで行ったことがある。いつもは挨拶程度の関係であった彼と一緒にLAの街をドライブしてるのが少し不思議で、そして嬉しくもあった。
 最後に Ras G と会ったのが、一昨年(2017年)の3月に来日したときで、会場となった Club Asia の楽屋で喋った彼は、LAで会っていたときと何ひとつ変わらないメローな雰囲気を纏っていたのを記憶している。結果的には最後の来日となった同年8月のイベントには行けなかったが、しかし、LAの《Low End Theory》に行けば、いつでも彼の姿があったように、またいつかすぐに会えるだろうと漠然と思っていた。だからこそ、彼の訃報を聞いてからずっと、心の中にぽっかりと穴が空いたような感覚がずっと続いている。その感覚の意味を確かめるためにも、明日は中目黒 solfa のイベント《In Loving Memory of Ras_G . . . Fund Raising TYO JPN》へ行こうと思う。

In Loving Memory of Ras_G . . . Fund Raising TYO JPN

 90年代後半は、アメリカのカレッジタウンによくショーを見に行っていた。とくにジョージア州のアセンスでは、エレファント6のバンド仲間と仲良くなり、みんなで音楽を紹介しあったりしていた。その中で、日本の音楽に詳しい人がいて、アフターディナーや梶芽衣子、マライアなどを教えてもらった。
 2年前の2017年、Oya festivalにために、初めてオスロに行った。日本の居酒屋があるというので入ってみると、懐かしい日本の音楽がかかっていた。友だちに聞くと「いま流行ってるんだよ、シティ・ポップ」。聴いたことのある曲もあったが、私はほとんど知らない、でもたしかに日本の80年代の音だった。日本の音楽がオスロで流行ってるのかと枝豆や芋餅、しいたけバターポン酢を食べながら思った。ビールは定番サッポロ、アサヒ、キリン他、常陸、よなよな、青鬼IPA、水曜日の猫などがあった。

 ブルックリンに帰ると、日本のレコード店のフェイス・レコードが、ウィリアムスバーグにオープンしていた。日本の懐かしいポップスが壁全面に並んでいて、昭和の日本に来たようだった。マック・デマルコが細野晴臣の“honeymoon”をカヴァーしたら、〈light in the attic〉が細野晴臣の作品を再発して、アメリカでショーをした


 とにかく、アメリカ、ヨーロッパで、シティ・ポップ流行りなこの頃だが、最近、日本の音楽がますます大衆化していると思ったのは、レッドウィング・ヘリテージで金延幸子の定番『み空』のリスニング・パーティがあったからだ。

 レッドウィング・ヘリテージは、NYのトライベッカにある洋服と靴を扱うアメリカの良き伝統を引き継ぐお店で。アメリカっぽいカウボーイハットを被った店員がソファーに座ってアコースティックギターを弾いていたり、犬と戯れていたりする、良質なアメリカ産のパンツと靴がたくさん並んでいるブティック。そんなお店が〈Light in the Attic〉と手を組んで、金延幸子のリスニング・パーティを開いた。どこがどう転がってこうなったのか──。

 簡単な経緯はこうだ。レッドウィングのマネージャーが音楽好きで、個人的によく〈Light in the Attic〉のレコードを買っている。レーベルにお店でもよくプレイすることを伝えると、じゃあプレイしてと、レコードが送られて来るようになった。こうして関係性が築かれていったようだが、聞くところによると、彼もフェイス・レコードに通って日本盤をよく物色しているらしい。フェイス・レコードはアメリカの音楽シーンにかなり貢献している。
 見たこと聴いたことのないリスナーにとって、そういった古い音楽は新ししい音楽になる。新しいものばかりを追っていた時代は過ぎて、時代を越えて良いものが再評価されている、これが2019年スタイルなのだろう。古い音楽にも簡単にアクセスできるし、再発レーベルも増えている。すでに良い音楽があるなら、それを発見して楽しもうという姿勢だ。こうしていろんなジャンルの音楽、時代をミックスした音楽が生まれる。
 金延幸子を知っていた人はまだあまりいなかったが、このパーティや再発で知って、またディグしたり、友だちに教えたりする人が出てくるはず。新しいものにオープンだからこそ古い音楽も新しい音楽として受け止める。わざわざその音楽を聴くために足を運ぶ。音楽はこういうスモール・パーティで受け継がれていく。レッドウィングでの笑顔を見ながらそう思った。

Khruangbin - ele-king

 ただいま人気絶頂のクルアンビン、いまもっとも魅力的なバンドであることは間違いない。まずはギター、リヴァーブをこれでもかと効かせながら、タイ音楽や中東あたり特有のコブシの入ったメロディを弾く。彼のギターがこのバンドの音の目印だ。そしてベース。いちばん目を引くちょっと派手な出で立ちの彼女は、じつにツボを得たベースを弾いている。ドラムも同様。かなり安定している。見た目このバンドは色物っぽいのだが、じつはじつは、かなりしっかりとした演奏力がある。ライヴの動画を見るとエンターテイナーとしての動きもプロフェッショナルだ。いい意味でアメリカのバンドっぽい、おそらく場数も多く踏んだ実力派だ。

 家に客人が来て、酒を飲んで話したりしているとき、そのときどきによってかける音楽を考えてしまうものだが、ここ最近でいえばクルアンビンほど汎用性の高い音楽はない。ありがたいことに、いまのところパーフェクトにみんなが「これイイね」だ。彼らの『Con Todo El Mundo』を再生しながら音楽好きと飲みながら話していると、東南アジアのベンチャーズ? 中東のトミー・ゲレロ? などという談義にもなる。どうでもいいことだが。
 なによりも重要なのは、この暴力的な暑さのなか、ビールを飲みながらクルアンビンを聴いている時間帯は心地良いという事実だ。「いまこれ気に入ってるんだけどさ」と言いながら、ムーディーマンの新譜をかけたり、あるいはココロコの新譜をかけたりしても、クルアンビンをかけたときの解放感の足元にも及ばない。ご機嫌なこの音楽を聴きながら講釈をたれるひともいないだろうし、そもそも猛暑のなかではまったく頭が機能してませーん。

 最近リリースされた2枚は、この夏の贈り物だ。『全てが君に微笑む』というふざけたタイトル(彼らの1st『The Universe Smiles Upon You』に引っ掛けているのだろう)の1枚はシングル曲などの寄せ集めで、クルアンビン中毒者の禁断症状にはうってつけである。あらためてクルアンビンという発明のすごさを思い知るだろう。
 また、もう1枚は驚きのダブ・アルバムで、しかもサイエンティストによるミックスときた。ジャマイカのダブマスターのなかで、もっともユーモアを前面に打ち出すエンターテイメント性の高いプロデューサーである。そして彼のダブ・ミキシングは、クルアンビンのベースとドラムがいかに素晴らしいかを浮き彫りにしている。タイや中東のメロディばかりがこのバンドのすべてではないのだ。

interview with Yutaka Hirose - ele-king

1980年代の日本の環境音楽が国際舞台で再評価されていること自体はポジティヴな出来事に違いないが、その代表のひとつを芦川聡のサウンド・プロセス一派とするなら、やはり、ニュー・エイジと一緒くたにするべきではないだろう。というのも、彼らは環境音楽をジョン・ケージ以降の音楽として捉えていたからだ(つまり、感情や感覚ではなく、妄想や幻覚でもなく、極めて論理的に考察されている)。
しかしながら、海外メディアが80年代における日本のアンビエントの急速な展開を高度経済成長がもたらしたさまざまな害悪(都市生活のストレス、モルタルとコンクリートが引き起こす閉所恐怖症、自然破壊などなど)への反応と分析するとき、まあそれはたしかに遠因としてあるのだろうと認めざるえない側面に気が付く。細野晴臣のアンビエントはYMO以降における心の癒しでもあったし、実際、疲れ切った都会人の心に吉村弘の透き通ったアンビエント・サウンドが染みていくのも、自分も疲れ切った都会人のひとりとしてわからなくはない。
とはいえ、80年代日本のアンビエントにおける重要な起点となったサウンド・プロセスが、“風景としての音楽”、“音楽が風景となること”を感情や感覚、あるいは幻覚ではなく、極めて論理的に考察していったという史実は知っておいてもいいだろう。
1980年代、ジョン・ケージに強く影響を受けた組織〈サウンド・プロセス・デザイン〉を拠点に、吉村弘、芦川聡といったメンバーを中心としながらリリースされていったアンビエント作品は、最初は超マニアックなコレクターたちが火を付け、現在ではさらにもっと広く聴かれはじめている。そんな折りに廣瀬豊が1986年に残したアルバム『Nova』が再発された。しかも2枚組で、環境音楽の“その後”を知るうえでも興味深い未発表音源が収録されているという、世界中が待っていた待望のリイシューである。
以下、現在は山梨で暮らしている廣瀬さんが東京に来るというので、新宿の喫茶店で2時間ほどお時間をいただいた。はからずとも、その数時間後にはれいわ新撰組が最後の街頭演説をすることになる、そのすぐ近くの喫茶店だった。

じつをいうと、『Nova』という作品の存在をほとんど忘れていたんです。言われてみればそんなこともやったなと、しかしそれが何でいまなんだろう? という感じです。

ご自身が1986年に発表した作品が何十年というときを経てこのように評価されている現状に対して、どのような感想をお持ちですか?

廣瀬豊(以下、廣瀬):まずは驚いているという感じです。変な話なんですけど、(J・アンビエント再評価など)いろんな話が出てくる前は、個人的にはちょうどフェイスブックをはじめたころで、そのとき作っている作品をアップしていました。どんな反応が来るのかと。そうしたら、「『Nova』という作品はもしかしてあなたですか?」という質問がいろんなところから来たんです。

それは何年ですか?

廣瀬:2012年~2013年あたりでしょうか。台湾から来たり、アメリカから来たり、フランスから来たり。最初は何のことかわかりませんでしたね。じつをいうと、そのときの自分は『Nova』という作品の存在をほとんど忘れていたんです。言われてみればそんなこともやったなと、しかしそれが何でいまなんだろう? という感じです。
しかし、いったん『Nova』のことを思い出すと、やり残したことが多かったことも思い出して。じっさい、もっとできただろうという少し悶々とした気持ちもあったんです。当時はプロデュースされる側だったし、20代前半で若かったので。

『Nova』を作られたときはおいくつですか?

廣瀬:『Nova』が1986年、私は1961年生まれなので、この話をもらったのが24歳のなかばから25歳に入るくらいでした。血気盛んな頃というか(笑)。

そもそも廣瀬さんは、どのような歴史をお持ちなのでしょうか? どんな音楽を聴いていて、どうしてアンビエント・ミュージックにアプローチしたのでしょう? プロフィール的なことを教えて下さい。

廣瀬:生まれは山梨県甲府市です。中学生のときにロックを聴きはじめるんですけど、プログレから入っちゃったんですよ。最初はUKのプログレを聴いて、そのあとすぐに〈ヴァージン〉からマイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』が出て、これこそ聴きたかった音楽だと思いました。それをきっかけにヴァージン系の音ばかり聴いて、そのあとジャーマン系のプログレも聴いて、あとはなしくずしでいろいろな方向の音を聴きはじめました。

電子音楽というか、シンセサイザーという要素は大きかったんですか?

廣瀬:シンセサイザーの音もそうなんですけど、ミニマル的なものとか音楽的ではない感覚、コードがあって歌があって盛り上がってという感じではない、空間的、空気的なことをイメージする、その当時からアンビエント思考みたいなものがあったのかもしれません。なのでそういった音楽を中心に探していきました。ゴングやファウストのシンセの使い方と他の楽器による反復、そしタンジェリンドリームのシンセだけの反復は自分の体感に合っていた感じています。
音を作りはじめたのは……、いろいろな音を聴いていくうちになぜかだんだん聴くものがなくなっていって、だったら自分で作っちゃえというのがことの発端です。家にあったカセットのテープレコーダーと鍵盤楽器を使ってテリー・ライリーみたいなことをはじめたり、フィリップ・グラスみたいなことをはじめたりしました。大学に入ってからマルチのカセットを買って、多重録音みたいなこともはじめました。アンビエントに関してもっとも影響を受けたのは、アンビエント・シリーズよりも〈オブスキュア〉シリーズです。こっちのほうが自分の感覚に合っていた。環境音楽なんだけど、どこか尖っている、デイヴィッド・トゥープとかに興味を感じましたね。

ギャヴィン・ブライアーズとかジョン・ケージとか?

廣瀬:まさにそうです。ジョン・ケージもジャン・スティールと一緒にあのシリーズから出ていましたね。そういったぎすぎすな音(反復みたいなもの)が好きだでした。

イーノがアンビエントを定義しますよね。注意して聴かなくてもいい音楽であると。それはエリック・サティに遡ることができると。ああいうイーノのコンセプトというよりも〈オブスキュア〉で彼がやっていたちょっと実験的なことのほうがお好きだったということですか?

廣瀬:〈オブスキュア〉の方が自分に合ってました。もちろん『Music for Airports』も好きで聴きますし、ハロルド・バッドも好きなんですけど、しかし自分のなかでもっとも大きかったのは〈オブスキュア〉シリーズでした。ギャヴィン・ブライアーズの「タイタニック号の沈没 / イエスの血は決して私を見捨てたことはない」とか。ジョン・ホワイトとギャヴィン・ブライアーズがやったマシーン・ミュージックなんかもすごく好きでしたね。イーノに関しては、(アンビエントというよりも)ソロになってからの4枚、『Here Come the Warm Jets』、『Taking Tiger Mountain』、『Another Green World』、『Before And After Science』といった作品が強烈なイメージとしてまずあったんです。
イーノを語るうえでもおもしろいのはロバート・ワイアットです。ロバート・フリップとの共作についてはあとで話しますが、ロバート・ワイアットの『Ruth Is Stranger Than Richard 』のA面の4曲目、“Team Spirit”という長い曲があるんですけど、ワイアットがイーノと一緒にやっているその曲がほんとうに素晴らしいんです。ワイアットはその後、『Music For Airports』でもピアノを弾いています。それも素晴らしい音色だと思います。
イーノとロバート・フィリップに関して言うと、『 No Pussyfooting』と『Evening Star』の2枚は私にとって宝物みたいなものです。こんなに歌っちゃっていいのかというくらいギターが歌っているというか、アンビエントなんですけど歌っているんですよ。あの2枚にはロバート・フィリップのベスト・プレイが随所に現れて気持ちが良いです、そして、その後のフリッパートロニクスのざらついたテープエコーの音は自分にとって肌の一部みたいな感じです。

リスナーとして、いろいろな音楽をかなり貪欲に聴かれていたんですね。

廣瀬:それが土台になっています。大学最後の年の1983年にハロルド・バッドが来日するんですけど、そのイベントを通して芦川(聡)さんとお会いしました。遊びにいってもいいですか? という話になって、芦川さんのサウンド・プロセス・デザインの事務所に自分のテープをこっそりもっていったんですね、こうして芦川さんに自分の作品を聴いてもらったんです。芦川さんは良いところも悪いもところも言ってくれて、こうしたほうがもっとおもしろくなるよ、というようなアドヴァイスまでくれました。それ以来、週に2日くらいのペースで夕方になると事務所に行って、いろんなことを話しました。

芦川聡さんはどういう方だったんですか?

廣瀬:芦川さんは最初はアール・ヴィヴァンというもと西武にあった現代音楽を専門に扱っていたお店で働かれていました。その当時はまだ芦川さんとは知り合ってないんですけど、とにかく私は通いまくっていましたね。レコードだけではなく、譜面もごそっとあったんですよ。ジョン・ケージの楽譜、シュトックハウゼンの楽譜その他もろもろの楽譜とか。なけなしの小遣いでとにかく買い集めていました。
あるときアール・ヴィヴァンで、今度ナム・ジュン・パイクとケージが来るという話を聞いたんですね。それでケージをはじめて体験したのが軽井沢の公演でした。これがまたすごいパフォーマンスで、会場はひとつの部屋なんですけど、その部屋を出て、いろんなところで演奏をやられていました。どこから音が出ているかわからない状態でした(笑)。

サウンド・プロセス・デザインはどんな組織だったんですか?

廣瀬:当初はアール・ヴィヴァン関係の方を中心にひとが集まって、イベントをやったりというような感じのところでした。じつは私は、大学を出たらサウンド・プロセスに入りたかったんです。しかしまだ設立されたばかりで、ひとを雇用するという感じではなかった。だから仕方なくほかに就職しましたね、3ヶ月で辞めちゃうんですけど(笑)。その頃に吉村さんにもお会いしました。サウンド・プロセス・デザインの事務所で、吉村さん、私と、あと何名かで飲んだり……。そういう時期でした。
サウンド・プロセスは、芦川さんが不慮の事故でお亡くなりになってからは田中さんという方が引き継がれて、博物館とか科学館とか、当時流行っていたカフェバーとかに音空間の概念を提案しサウンドデザインを行うということを具体的に仕事として成立させてましたね。また、公共施設、公園にさまざまな音具やサウンド・スカルプチャーを用いた音環境の提案もはじめられていました。
私自身はアスキーという会社に入って、Z80というチップでどんな音ができるかということをやってみないかと誘われました。当時その部署には使えるお金があったので、とにかく最新の音楽の機材がバンバン入ってくる。日々使い放題でした(笑)。この機械にはこういう可能性がある、ローランドのこれにはこういう可能性があるとか、いろいろ試しながら自分の新しい音楽を探していったんです。その間も様々なデモ音源の制作は続けていました。
その後しばらくして、ミサワホームからサウンド・プロセス・デザインに住宅環境における環境音楽を作って欲しいという話がきました。そこでまずは吉村さんが1枚制作されました。あともう1枚作って欲しいというときに、私に話が来たんです。自然音を取り入れたものにして欲しいと、それが『Nova』になるわけです。

影響を受けたのは、アンビエント・シリーズよりも〈オブスキュア〉シリーズです。こっちのほうが自分の感覚に合っていた。環境音楽なんだけど、どこか尖っている、デイヴィッド・トゥープとかに興味を感じましたね。ジョン・ケージもジャン・スティールと一緒にあのシリーズから出ていましたね。そういったぎすぎすな音が好きだでした。

自然音についてや風景としての音楽に関する考察は、『波の記譜法』のなかで芦川さんがけっこう書かれていますよね。弁証法的な書き方で。サティはまず音楽そのものの在り方を疑った。ジョン・ケージがさらにまたそこに疑問符を投げかけた。音が風景になることや環境音楽に向かうプロセスについての考察がなされていたと思いますが、じっさい当時はそのような議論が活発にあったわけですよね?

廣瀬:無音の曲と言われている“4分33秒”という曲があって、でも実際はまわりの音自体がサウンドになっていくというひとつの考え方もあるけど、別の側面では“4分33秒”は休符のみでされた休符の音楽という意味もあり、まわりの音(自然音)を音楽として捉えることのできる可能性と、音楽がまわりの音(自然音)の一部になる可能性についていろいろと思考していました。そんななかテーマとして要求される自然音を取り入れた音楽は何なのかと、自然音はあくまで自然音でありその自然音で音楽を構築するのかと、当時私自身はすごく悩んだのを覚えています。
たとえば吉村さんの『Surround』にしても、あれを聴いて思うのはあれ自体でもう自然音だと。自分の想像のなかで、波の音がそこにあったり、水滴のがそこにあったり、音楽から自然音というものは聴こえてくるような素晴らしい作品だと思う。僕に与えられた命題は、自然音を取り込んだ環境音楽を作りましょうということだったので、テーマとしてはものすごく難しかったんです。じゃあ果たしてどうやればいいのかというところからはじまったと思います。

そういうふうに命題を投げられるんですね。

廣瀬:投げられました。吉村さんには吉村さんとしてのすごい名盤がある。芦川さんは芦川さんとしての名盤がある。それを模倣するだけではダメだし、命題から外れてしまう。じゃあどうするかというところで、とにかくすべてをサンプリングしていこうと。それをフェアライトに全部押し込んでいった。それを全部プログラミングしながら音を作っていくという作業、ものすごく細かい作業をはじめました。

サンプリングって当時どういうふうな?

廣瀬:フィールド・レコーディングしたサンプリングだったり、映画とかラジオドラマとかでSEを作られている会社から頂いた音を入れ込んでいったんです。そうして作ったのが“Epilogue” です。“Epilogue”では水滴の音と、氷のような音など、鍾乳洞のなかの音環境はもしかしたらこういう感じかなと思いながら作りましたね。それが一番最初に作った曲なんですけど、あまりにも時間と労力がかかりすぎました。たった7分半くらいを作るのに神経がズタズタになるような感じでしたね。プログラムしていって、結局スコアを書かなければいけないことになるんですよ。

スコアと言っても普通のスコアではないですよね。

廣瀬:そうです。当時は音の持つパラメータすべてを数字で入力してましたから、普段でインプロで弾いた内容に対してあれこれと手を加えて形にするの違い、ミスも許されずに、全部入れ込まなければならく大変でした。

当時プログラミングしていくのは、いまとはまたやり方が違いますもんね。

廣瀬:違いますね。いまみたいに楽譜での入力やループの素材をコピペするのと違い、先ほどもお話しましたが音のパラメータを数字を打ち込んでいくのですが、いろいろな打ち込み方があり、それを試していると時間もかかるし、お金もかかるし、そして僕自身も辛くなるなと思いましたね。それで方向転換しなくてはいけないなということになったんです。そこからはじまったのが、残りの曲です。“Nova”という曲はまた新たに作りました。それ以外の曲は以前に作っていた曲でした。『Nova』のために作ったわけではないんだけど、『Nova』のために編曲し、『Nova』のひとつひとつの個性として形を変えました。

元の曲があったんですね。

廣瀬:自分が持っていたものに対して、どういう考え方に変わったかということなんです。だったらミニマルもそうですけど、自然音に対して逆に音楽的なものをぶつけたらどうだろうと。『Nova』は1曲目の“Nova”と最後“Epilogue”を除いて、わりと音楽的なんですよ。逆に言うとアンビエントになっていないのかもしれない。しかし、アンビエント・ミュージックを考えるのであれば、吉村さんの『Surround』がすでにある。それとの違いを出すためにはどうしたらいいかというと、あえて自然音に対して音楽をぶつけていくことによって新たな空間ができるんじゃないかなと私は考えました。
映画のサウンドトラックはおおいにヒントになりましたね。映画って、音楽が入っていてそのうえに自然音を被せている。たとえば、黒澤明の雨のシーンで、太鼓が鳴りながら雨が降っているみたいなものがありますよね。つまり、それもまた自然かなと。そういう結論になったんです。
1曲目の“Nova”では水滴、川の流れにはじまって、鳴りものが入って、ピアノが入ってストリングスが入っていくという音風景を作っています。この曲を最初にしたのは、アルバムの最後で鍾乳洞に行き着くというプロセスを表現しようと思っていたからです。2曲目は朝の感じをもった曲を想定して、それに合ったを音を自分のライブラリーのなかから探しました。そのなかに鳥の鳴き声なんかもあって、風景の音像を作っていく。そうして完成したのが“Slow Sky”ですね。その次はじゃあ昼だとしたら、ノスタルジックな昼がいいと思って、虫の鳴き声が入っている“In The Afternoon”ができた。あの曲ではミニ・ムーグを手で弾いているんですよ。

制作はたいへんでしたか?

廣瀬:苦労して泣きそうになりました(笑)。

どのくらい時間がかかったんですか?

廣瀬:かなりかかったと思います。ある程度自宅でデータを作ってきました。ただ、データを作って音にした後も、どうしてもニュアンスが違うところは手で弾きました。

当時作ったデータを保存するというと、オープンリールですか?

廣瀬:16トラックのオープンリールでした。それと5インチのフロッピーディスク。

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吉村さんには吉村さんとしてのすごい名盤がある。芦川さんは芦川さんとしての名盤がある。それを模倣するだけではダメだし、命題から外れてしまう。じゃあどうするかというところで、とにかくすべてをサンプリングしていこうと。それをフェアライトに全部押し込んでいった。

海外で日本の80年代のアンビエントが非常に評価されるなかで、アンビエントではなくて、環境音楽というのが英語化してKankyo Ongakuなんて呼ばれたりしていますが、廣瀬さんご自身はEnvironmental Musicという言葉をどう思っていますか? 自分達がやってきた、吉村さんや芦川さんと一緒にやられてきたことというのは、やはりEnvironmental Musicみたいなものでしょうか?

廣瀬:イメージとしてはEnvironmental Musicからアンビエントまでという感じだと思います。だから決してニューエイジにはなっていないと思います。そもそも『Nova』をやっていたときは、アンビエントのこともあんまり意識していなかったんです。サウンドスケープというコンセプトのほうを意識していました。『Nova』は当時のアンビエントからはずれているんじゃないかと思います。だから逆に(近年になって)みなさんに興味を持っていただいたのかなと思ってます。

しかし日本には独自のアンビエント的なフィーリングがあるとよく海外のひとが言いますよね。空間とか、間とか。

廣瀬:とくに“間”についてはかなり意識しました。『Nova』の最終的なミックスのときに、たとえば水滴からほかの音に移り変わるときのどこか、ピアノの移り変わるときの音の幅。どれだけその幅をとって、緊張感を持たせるのかというところはかなり意識しています。他の曲に対してもなんであんなにテンポが遅いのかという話になるんですけど、それはそういうテンポが必要だったんです。とても遅いテンポ感とギリギリまで間延びさせた音の作り方。“Slow Sky”なんかすごく間延びしたような感じがするんですけど、それがないと自然音が落とし込めない。

『Nova』に関する当時の反応はどんなものでしたか?

廣瀬:『Nova』が出て半年くらいしてからアメリカに行って、帰国してサウンドプロセスに入りました。いまはSNSで反響がわかるけど、当時はまったくで……どれだけ売れたのか、どういう評価が得られたのか、まったくフィードバックがなかった。これってもしかして世のなかから無視されているのかなと思いましたね(笑)。『Nova』がなぜそれほど自分のなかに残らなかったのかというと、当時フィードバックが何もなかったからなんです。

雑誌のレヴューもなかったんですか?

廣瀬:まったく見ていなかったです。そう言えば吉村さんの作品レビューも見たことが無かったと思います。

話が逸れますけど、吉村弘さんはどういう方だったんですか?

廣瀬:吉村さんは1940年生まれで、早稲田を卒業されてタージマハルにちょっといて、そのあとは芦川さんと一緒に制作をされていました。『Music For Nine Post Cards』という外国の方とフレーズを送りあいながら作った作品が最初ですね。82年だったと思います。『Music For Nine Post Cards』が出て、吉村さんという方がブライアン・イーノみたいな作品を作っているという評判があって、それで私も聴いてました。吉村さんはすごくおしゃれなんですよね。ごっついんですけど、おしゃれで温和で優しい方だったんですよ。何に対しても怒った感じは示さない方でした。
尾島(由郎)さんや吉村さんはファッションショーか何かのカセットも出されていたんです。吉村さんの『Pier & Loft』なんかそうですね。おしゃれだな、うらやましいなと思っていました(笑)。
私のほうは、サウンド・プロセスでいろいろなことを試みていました。三上靖子さんのサイバーパンク・アートにちょっとインダストリアル風の音を付けたこともありした。ほかにも少し毛色の変わったアンビエントを出したりしていたんですが、CDの2枚目にはその頃の未発表曲が入っています。イノヤマランドさんと仲良くなったのはその頃でしたね。井上(誠)、山下(康)さんにはお世話になりました。
イノヤマランドさんとは一緒にパビリオンの仕事をしていました。場所ごとに担当が分かれていて、たとえば、イノヤマランドさんがここを受け持ったら、私は別の場所を受け持って、吉村さんはさらにまた別のところ受け持つといった感じです。私とイノヤマランドさんと吉村さん、だいたいこの3人がどこかをやるという感じでした。
そういえば、川崎市市民ミュージアムに地下の断層、東京都の地下を断面だけ切り取ったブースがあったんですけど、そこの音も作りました。そういうアプローチでしたから自分的にはアンビエントというよりかは、どうしてもサウンドスケープとして自分の音を認識していました。

音の風景。

廣瀬:音の風景をどういったふうに作るか、いかに音の彫刻を作るのかというイメージです。だからノイズであろうと、心地よい音であろうと、もう使い方次第なんです。未発表音源ではコンピュータは一切使っていません。ちょうど『Nova』のカセットテープ・ヴァージョンの一番最後の曲が、今回発表する未発表曲のはじまりです。オープンリールを前にして、とにかくあるトラック数に入れ込むだけ自分の想像するものを入れ込んでしまう。あとから引いていけばいいし、また足していけばしい。最終的にイメージするサウンドスケープの姿を想像しながら音を構成する、そういう作り方でした。それがCDの2枚目にある未発表曲集です。

未発表音源はいつぐらいの制作なんですか?

廣瀬:『Nova』のほぼあと、『Nova』と同時期に作っていたものもあります。ミックスダウンしたのは少しあとになります。

今回ここに収録された曲以外にもたくさんあるんですね。

廣瀬:実はあります。いま1983年から1992年まで制作した音源だけで手元にCD24~25枚あると思います(笑)。選りすぐればたぶんCD2~3枚は作れるんじゃないかな。

出しましょう(笑)。

廣瀬:少しずつ(笑)。サイバーパンク系統からはじまった地下の断面とかは自分としても面白いですし。それ以前にやっていたもっとインダストリアルというか、ジャーマン・ロックに影響された音も興味深い内容だと思います。いま、自分のフェイスブックで毎月ふたつずつくらい昔の曲をあげているんですよ。

いまはSNSで反響がわかるけど、当時はまったくで……どれだけ売れたのか、どういう評価が得られたのか、まったくフィードバックがなかった。これってもしかして世のなかから無視されているのかなと思いましたね(笑)。『Nova』がなぜそれほど自分のなかに残らなかったのかというと、当時フィードバックが何もなかったからなんです。

いまアンビエントが環境音楽として再評価されていくなかで、ぼくなんかが思うのは日本はすごくアンビエント・ミュージックが得意というか。

廣瀬:私もそう思います。雅楽におけるあの間とか、そういったものが心のなかに沁みついている部分が日本のもつ空気感ですね。

ジョン・ケージは松尾芭蕉が好きだったし、俳句は風景を、音を描写するようなものが多いですし。

廣瀬:ジョン・ケージにもメシアンにも“七つの俳句”という曲もがあります。それは行間を読むみ、音の間を読むという感じに聞こえます。その音に込められたのは日本の俳句による音の描写への敬意だと思います。そういう意味で日本のおとの感覚から生まれた日本のアンビエントが世界中の人の注目を集めているということはよく分かります。
私自身が高校生くらいのとき、とくに好きだった日本人の作家は富樫雅彦さんの『Spiritual Nature』、『Guild For Human Music』、『Essence』は70年代半ばからジャズから離れて、アンビエントに近いようなことをすごくやられているんです。パーカッションがぽこぽこなりながら雅楽の様なサウンドが入り込んでくる、まさにいま和モノと言われているサウンドの先駆けと感じます。僕のなかの和モノは何だろうなと考えると、武満さんは当然として、やっぱり富樫雅彦さんのこの時期の作品は捨てがたく再評価されて、ボックスでも出ないかなと思っています(笑)。

曲を作っていてはいたけれど、『Nova』のようにアルバムとして発表しなかったのは、音楽がその場のためにあるみたいな作られ方をしていたからでしょうか?

廣瀬:そうです。当時は建物の基本設計の段階から、どこにスピーカーを置いて、じゃあどういった音場にするかを検討していました。そこに作られる音場は音楽というよりは音の空間構成みたいな手法で、ほとんどがマルチで音を構成するようにしていました。1のユニットとして音(曲)を作っているんですけど、それをトラック単位で分割し曲の長さを変えランダムに流して行くという感じです。たとえばAという音源が10分という尺にしてあったらBは9分にする。それをループにすることで、流しながら自動的にミックスされるので同じ構成には絶対にならない。だからどうしても最初の段階で音楽的な音作りではなくサウンドスケープを意識した音作りに特化していったのです。
そういった意味から既存LPやCDの概念では収めることはできないと思っていました。だから『Nova』がわりと固定化されている音楽に対して、ディスク2は自由度が高い音の作り方をしたサウンドスケープ(アンビエント)が意識できると思います。

芦川聡さんが『波の記譜法』で書いていますが、吉村さんの作品にはちょっとオルゴールのような、ある種メルヘン的な魅力がある。そこへいくと、廣瀬さんの音楽はアブストラクトですね。メロディになるかならないかのギリギリみたいな響きがある。

廣瀬:メロディが出てきてしまうと音の空間構成ができなくなってしまう。メロディがあると、メロディに空間がとられちゃうんですような意識があったと思います。

廣瀬さんは、しかし東京から甲府に帰られてしまいます。

廣瀬:花博のパビリオンをやっているころから体調を悪くして、その仕事が終了したあと身体を壊し甲府に帰りました。その後、北巨摩(現在北杜市)の清里にあるヨゼフ・ボイス、ジョン・ケージ、フルクサス系統の作品を中心展示していた清里現代美術館で、1992年にジョン・ケージの追悼展覧会があり、そこで音のことをやらせて頂いたのが音の仕事としては最後でした。 (了)

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