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Dwight Trible

Spiritual Jazz

Dwight Trible

Mothership

Gearbox / BSMF

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小川充   Apr 03,2019 UP

 いまのジャズ・ファンにとって、ドゥワイト・トリブルはカマシ・ワシントンの作品で歌っているシンガーという認識が強いかもしれない。しかしながら実際は、はるかそれ以前の1970年代から長い活動を続けるミュージシャンで、カマシやサンダーキャットたちにとっては親の世代にあたる。振り返れば2000年代はカルロス・ニーニョ率いるビルド・アン・アークへ参加し、それによってクラブ・ジャズ方面でも知られる存在となった。カルロス関連ではライフ・フォース・トリオ、アモン・コンタクトなどさまざまなユニットやプロジェクトにも参加し、ジャズだけでなくヒップホップやフォークトロニカにいたる幅広いサウンドとの融合も見せた。その後はビルド・アン・アークやライフ・フォース・トリオのドラマーを務めたデクスター・ストーリーと共同プロデュースで、ソロ・アルバムの『コズミック』(2011年)をリリース。そのデクスター・ストーリーのアルバム『シーズンズ』(2012年)にも参加していたが、再び脚光を浴びるようになったのはカマシ・ワシントンの『ジ・エピック』(2015年)や『ヘヴン・アンド・アース』(2018年)で歌ったことからだろう。ただし、ドゥワイト・トリブルにとってそれら活動はビルド・アン・アークでやっていたことの延長線上にあるものと言え、今も昔も彼の音楽は一貫している。

 ビルド・アン・アークは2001年9月11日のアメリカ同時多発テロをきっかけに、音楽を通して平和と愛を伝えるという目的のためにミュージシャンたちが集まった。そもそもは1998年頃、カルロス・ニーニョがホストを務めるロサンゼルスのネット・ラジオにドゥワイト・トリブルがゲストで招かれ、そこから始まった交流がドゥワイトのファースト・アルバム『ホレス』(2001年)へ繋がり、それからビルド・アンド・アーク結成へと導かれていった。実質的にドゥワイトとカルロスのコラボとなる『ホレス』は、1999年に他界したピアニストのホレス・タプスコットに捧げたものだ。ホレス・タプスコットは1960年代よりロサンゼルスのジャズ・シーンを牽引してきた人物で、1970年代から80年代にかけてパン・アフリカン・ピープルズ・アーケストラを率い、自由公民権運動に基づくアフリカ回帰色の色濃いスピリチュアル・ジャズやフリー・ジャズを演奏していた。サン・ラーのアーケストラに呼応した名前がつけられたこの楽団には、ロサンゼルス周辺の若いミュージシャンが出入りし、音楽や演奏技術を伝承する育成機関的な側面もあったのだが、ドゥワイトもその出身者のひとりで、ホレスから音楽だけでなく人生や哲学など多くのことを学んでいた。ビルド・アン・アークもそうしたホレスの精神を受け継いでおり、それは現在のカマシ・ワシントンの世界にも繋がっている。

 ドゥワイトの近年のソロ・アルバムに、マシュー・ハルソールとの共演で〈ゴンドワナ〉からリリースした『インスピレーションズ』(2017年)がある。ドゥワイトはファラオ・サンダースのバンドにいたこともあって、南アフリカのジャズ・フェスに出演した際、マシュー率いるゴンドワナ・オーケストラによるファラオ・サンダースとレオン・トーマスの“ザ・クリエイター・ハズ・ア・マスター・プラン”のカヴァー演奏に感銘を受け、そうして意気投合して『インスピレーションズ』を録音した。その後も〈ゴンドワナ〉設立10周年企画となるEP「カラーズ」(2018年)で、ゴンドワナ・オーケストラと共演してファラオ・サンダースの名作群をカヴァーするなど、最近はUKとの結びつきが強かったドゥワイトだが、今回の新作『マザーシップ』はUKの〈ギアボックス〉からのリリースではあるものの、録音は地元ロサンゼルスに戻っておこなわれた。参加ミュージシャンはカルロス・ニーニョ(ハンド・パーカッション)、ミゲル・アトウッド・ファーガソン(ヴィオラ)、ダーフ・レクロウ(パーカッション)というビルド・アン・アーク時代からの盟友に、カマシ・ワシントン(テナー・サックス)、マーク・ド・クライヴ・ロウ(ピアノ)と交流の深い面々。ほかにベテラン・ベーシストのジョン・B・ウィリアムズ、キューバ出身のドラマーのラムセス・ロドリゲス、女流ハーピストのマイアがサポートしている。マークのピアノ・トリオが軸となり、カマシが入るのは“マザーシップ”の1曲のみで、基本的にはドゥワイトの歌を引き立てるコンパクトで抑え目の演奏となっている。

 『マザーシップ』の楽曲の多くはカヴァーで構成される。“マザーシップ”はホレス・タプスコットの作曲で、パン・アフリカン・ピープルズ・アーケストラの一員だったリンダ・ヒルが歌詞をつけたもの。“マザー”もホレス周辺のミュージシャンでビルド・アン・アークにも参加していたネイト・モーガンの曲で、詩人のカマウ・ダウードが歌詞をつけている。“デザート・フェアリー・プリンセス”はパン・アフリカン・ピープルズ・アーケストラの一員のジェシー・シャープスの曲で、同楽団メンバーで夭逝したアデル・セバスチャンの演奏でも知られる1曲という具合に、ホレス・タプスコット・ファミリーから連なる楽曲がやはり多い。ほかにはダニー・ハサウェイの“サンキュー・マスター”にビートルズの“トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ”、同じジャズ・シンガーではオスカー・ブラウン・ジュニアの“ブラザー・ホェア・アー・ユー?”にカーメン・ランディの“ディーズ・シングス・ユー・アー・トゥ・ミー”もやっている。アフロ・ラテン調のモーダルな“マザーシップ”でアルバムは始まるが、このタイトルはかつてパーラメントが『マザーシップ・コネクション』でも用いたように、アフロ・アメリカンたちのアフロフューチャリズムを象徴するワード。ドゥワイトらしいスピリチャル・ジャズである。その流れは軽やかなアフロ・キューバン・リズムの“イッツ・オール・アバウト・ラヴ”へ引き継がれる。マークの美しいピアノをバックにドゥワイトが歌うのは、ビルド・アン・アークのころから一貫したユニヴァーサルな愛の歌。“ウォーキン・トゥ・パラダイス”の世界観は、カマシ・ワシントンの『ヘヴン・アンド・アース』のそれにも通じるもので、ゴスペル・フィーリングに満ち溢れている。同じくゴスペル的な“サンキュー・マスター”、ミゲルのヴィオラをバックに咆哮のようなヴォーカルを聴かせる“スタンディング・イン・ザ・ニード・オブ・プレイヤー”では神や祈りがテーマとなる。サイケデリックでフリー・インプロヴィゼイション感覚に富む“トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ”に、神秘的なディープ・モーダル・ジャズの“デザート・フェアリー・プリンセス”、優しく慈愛に満ちた歌声を披露するバラード曲の“マザー”や“ソング・フォー・マイ・マザー”。現在の男性ジャズ・シンガーの代表格にグレゴリー・ポーターがいるが、そのルーツ的な存在で指標ともなってきたのがこのドゥワイトで、そんな彼のスケールの大きさを物語るアルバムとなっている。

小川充