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小川充 Oct 03,2017 UP

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 カマシ・ワシントンが〈ブレインフィーダー〉から〈ヤング・タークス〉に移籍したというニュースが流れたのが、今年の4月頭。〈XLレコーディングス〉の系列となる〈ヤング・タークス〉は、ザ・エックス・エックスサンファFKAツイッグスSBTRKTなどのリリースがあり、どちらかと言えばエレクトロニックなクラブ・サウンドのレーベルというイメージだったので、果たしてカマシのような生演奏のジャズはどうなのかという危惧があった。しかし、そうした懸念は新曲“トゥルース”を聴いて霧散した。2010年代におけるジャズの名作の一枚として輝く『ザ・エピック』(2015年)の流れを汲む作品で、カマシの音楽性そのものは変わりがなかった(そもそも〈ブレインフィーダー〉も決してジャズのレーベルではないし、その中にあってカマシの作品は異彩を放っていたわけだが)。この“トゥルース”は13分を超す大作で、テナー・サックスと作曲のカマシ・ワシントン以下、盟友のテラス・マーティン(アルト・サックス)とサンダーキャット(エレキ・ベース)、そしてライアン・ポーター(トロンボーン)、キャメロン・グレイヴス(ピアノ)、ブランドン・コールマン(キーボード)、マイルズ・モスリー(ダブル・ベース)、ロナルド・ブルーナー・ジュニア(ドラムス)、トニー・オースティン(ドラムス)といったカマシのバンドのザ・ネクスト・ステップのメンバーほか、カマシの父親でもあるリッキー・ワシントンがフルートで参加していた(かつてリッキーはマイアミ・ファンクのロウ・ソウル・エキスプレスのリード・シンガーでもあり、近年はカマシのツアーにも参加している)。『ザ・エピック』でも特徴的だった男女混声コーラスやストリングス隊を配し、壮大な中にも優美な佇まいを感じさせるスピリチュアル・ジャズである。さらにチック・コリア、ソランジュなどのバックも務めるマット・ヘイズのギター、ニック・マンシーニによるラテン・タッチのヴィブラフォンを交えることにより、ウェスト・コーストらしいメロウで開放的な空気を入れており、ある種のバレアリックなムードも醸し出している。録音もカマシたちメンバーの地元ロサンゼルスで、〈ヤング・タークス〉に移籍したといっても彼らのスタイルは変わることなく、普段どおりの演奏をしていた。恐らくレーベル・サイドも変に口出しすることはなく、彼らのやりたいようにさせたのだろう。

 それから約半年、“トゥルース”を含むミニ・アルバム的なEP『ハーモニー・オブ・ディファレンス』がリリースされた。全部で6つのパートからなる組曲で、最後の締めが“トゥルース”となる。マンハッタンのホイットニー美術館で開催の展覧会「ホイットニー・ビエンナーレ 2017」のために書き下ろされ、A.G. ロハスが映像監督を務めた“トゥルース”のヴィデオと、カマシの妹であるアマニ・ワシントンのアート作品(アルバム・ジャケットにも使用されている)と共に公開された。録音メンバーは前述の“トゥルース”と同じで、コーラスやストリングスは最終章の“トゥルース”で登場する。作品は対位法の可能性を追求した作曲がなされ、作品ごとにいくつかのテーマが表われ、それらが最後に“トゥルース”の中で収束していくという構成だ。オープニングの“デザイア”はゆったりとしたテンポで、オルガンをはじめゴスペル・フィーリングを感じさせる演奏。テーマ・メロディはその後“インテグリティ”と最後の“トゥルース”にも用いられる。全体的にはアーシーな演奏だが、差し色としてコズミックな質感のキーボードが花を添え、そこから次曲“ヒューミリティ”へと繋がる。組曲中でもっとも激しい演奏で、躍動的なリズムのネオ・バップである。カマシお得意の熱いテナー・サックスの咆哮が披露される“ノレッジ”は、“デザイア”同様に大河の流れを思わせる雄大なメロディが印象的。このメロディはやはり“トゥルース”の最終場面でも登場する。“デザイア”と“ノレッジ”はカマシの作曲家としての才能が遺憾なく発揮されており、優しくて広がりを感じさせるそのメロディは、スピリチュアル・ジャズのレジェンドであるスタンリー・カウエルを彷彿させる。“パースペクティヴ”はジャズとニュー・ソウルが融合したような作品で、そこにラテン的な要素も持ち込んでいる。ダニー・ハサウェイの“ヴァルデス・イン・ザ・カントリー”あたりを想起させるムードだ。“インテグリティ”は“デザイア”のメロディをサンバのリズムでアレンジしており、組曲中でもっとも楽園的なムードに包まれた祝祭曲。ウェスト・コーストの開放的な風土がもたらす楽曲と言えるが、『ザ・エピック』の中にはこうしたタイプのナンバーはなかったので、カマシのまた新たな面を見せてくれる。

 カマシやザ・ネクスト・ステップのメンバーはロサンゼルスのジャズ集団であるウェスト・コースト・ゲット・ダウン(WCGD)に所属するが、そのWCGDのひとりであるトロンボーン奏者のライアン・ポーターも、『ハーモニー・オブ・ディファレンス』と時を同じくしてミニ・アルバム『スパングル・ラング・レーン』を発表した。リリース元は〈ワールド・ギャラクシー〉で、ジョセフ・ライムバーグの『アストラル・プログレッション』(2016年)、マイルズ・モスリーの『アップライジング』(2017年)、ロナルド・ブルーナー・ジュニアの『トライアンフ』(2017年)など、WCGD周辺アーティストの作品をリリースしている。録音メンバーもカマシ、ロナルド・ブルーナー・ジュニア、ブランドン・コールマン、マイルズ・モスリー、トニー・オースティン、キャメロン・グレイヴスなど、『ハーモニー・オブ・ディファレンス』と同じメンツが参加する。その他では『ザ・エピック』でリード・シンガーを務めたパトリース・クイン、ラッパーのジャスティン・スカイらが参加する。そのジャスティン・スカイをフィーチャーし、ブランドン・コールマンがヴォコーダーでコーラスをとる“イッツィ・ビッツィ・スパイダー”は、1970年代から1980年代にかけてのジョージ・デュークやスタンリー・クラークなどを彷彿させるフュージョンと、AORやファンクが結びついたような作品。パトリース・クインが歌う“アンツ・ゴー・マーチング・ワン・バイ・ワン”は、サンバ・ジャズのリズムによるダンサブルなナンバー。この曲は『マザーグース』に登場する“アリの兵隊”がモチーフになっているのだが、ほかにも“ロウ・ロウ・ロウ・ユア・ボート”や“トゥウィンクル・トゥウィンクル・リトル・スター”など子供向けの歌をジャズ・アレンジしており、“ABCの歌”のユニークなラップ・ヴァージョンもある。こうしたモチーフは幼い娘との遊びの中から思いついたもので、彼女のために作ったアルバムでもある。そして、『ハーモニー・オブ・ディファレンス』と同じような演奏メンバーにも関わらず、まったく異なるブラック・コンテンポラリー調の作品になっている点が面白い。ライアンのトロンボーン・ソロ演奏を大きくフィーチャーするのではなく、ホーン・セクションの土台としてバンドを支え、むしろシンガーたちを表に立たせたトータル・サウンド的なアルバムである。WCGDの面々がジャズに留まらない幅広い音楽性を持ち、多彩な音楽に対応できる優れた演奏能力を持つことを示した内容と言えよう。

 WCGDを含むロサンゼルス・ジャズ・シーンからは、ナターシャ・アグラマという女性シンガーの『ザ・ハート・オブ・インフィニット・チェンジ』も〈ワールド・ギャラクシー〉からリリースされた。ナターシャはチリ出身のシンガー兼俳優のアントニオ・ピエルトを祖父に持ち、ジャズ・ベースのレジェンドであるスタンリー・クラークの義娘でもあり、スタンリーの日本公演でもキャメロン・グレイヴスら若手と共にバンド・メンバーとして来日している。〈ブレインフィーダー〉からアルバム『エンドレス・プラネット』(2011年)も出したピアニストのオースティン・ペラルタの、亡くなる直前のバンドで歌っていたのもナターシャである。『ザ・ハート・オブ・インフィニット・チェンジ』は彼女のソロ・デビュー作で、参加メンバーはサンダーキャット、ロナルド・ブルーナー・ジュニア、トニー・オースティンらWCGD周辺に、義父のスタンリー・クラークと、故ジョージ・デューク(2013年没)、故オースティン・ペラルタ(2012年没)など。デュークとペラルタ参加のレコーディングは、生前の彼らと行ったものだろう。基本的にはスタンダード中心のしっとりとしたヴォーカル・アルバムで、デューク・エリントンの“センチメンタル・ムード”、ビリー・ホリデイの持ち歌だった“ラヴァーマン”など有名曲をやっている。そうした中で異色なのがビラルの『エアタイツ・リヴェンジ』(2010年)収録曲で、ロバート・グラスパー・エクスペリエンスの『ダブル・ブックド』(2009年)でもやった“オール・マター”のカヴァー。“センチメンタル・ムード”や“ラヴァーマン”のようなバラード曲では、クールでムーディーな歌声を披露しているが、ここではジョージ・デュークのエレピとスタンリー・クラークのベースがリードするグルーヴィーな演奏に乗って、一転してソウルフルなヴォーカルを聴かせる。オースティン・ペラルタ、サンダーキャット、ロナルド・ブルーナー・ジュニアが揃うのは、ジョー・ヘンダーソン作でフローラ・プリムも歌った“ブラック・ナルキッソス”、チャールズ・ミンガス作でジョニ・ミッチェルも歌った“グッドバイ・ポークパイ・ハット”のカヴァー。“グッドバイ・ポークパイ・ハット”はペラルタの死の数日前のライヴ演奏も残されているが、ここには別の日のセッションが収められている。ナターシャのスモーキーな歌は、現在のジャズ・シンガーではグレッチェン・パーラトあたりと同質なものを感じさせる。“ブラック・ナルキッソス”の演奏や歌は、1977年のフローラ・プリム・ヴァージョンを下敷きに、現在の新世代のジャズならではのスペイシーでフューチャリスティックな質感を注入している。ナターシャの幻想的なスキャットも印象的で、フローラ・プリムと同じくラテン・アメリカの血を引く彼女の特性が出た歌唱と言えよう。

小川充