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フライング・ロータスにはじまり、とくに最近はカマシ・ワシントン、サンダーキャット、ブランドン・コールマンらジャズ系ミュージシャンの活躍もあり、活況を呈するロサンゼルスの音楽シーン。そもそもこうしたLAシーンが2000年代に形成されていく上で、重要な働きをなしたのがカルロス・ニーニョ率いるジャズ集団のビルド・アン・アークである。最初はカマシ・ワシントンのようなスピリチュアル・ジャズにはじまり、次第にフォークトロニカ的な方向へ向かっていったのだが、そうした音楽性を左右するキーマン的存在がヴァイオリンをはじめとしたマルチ演奏家/作・編曲家のミゲル・アトウッド=ファーガソンで、彼はいまも前述したアーティストたちの作品に参加し、その辣腕ぶりを発揮している。ビルド・アン・アークは他にも多くの才能を輩出したが、ドラマーのデクスター・ストーリーもそのひとり。2000年代半ばの彼は並行してカルロス・ニーニョといっしょにライフ・フォース・トリオというユニットもやっていたが、それはもう少しエレクトロニカ~ヒップホップ寄りのもので、LAのビート・シーンとジャズ・シーンを繋ぐ先駆的存在と言えるだろう。
デクスター・ストーリーはドラムだけでなく、ピアノ、ギター、ベースなどあらゆる楽器を演奏するマルチ・ミュージシャンであり、作曲、編曲、指揮、音楽監督、プロデュースと何でもこなす才人だ。そのあたりはミゲル・アトウッド=ファーガソンにも通じるが、そもそもLAにはこうしたマルチな人間がひしめきあっている。そして、デクスター・ストーリーがその才を発揮したのが2012年のファースト・ソロ作『シーズンズ』だった。カルロス・ニーニョと共同制作したこのアルバムは、ドワイト・トリブルなどビルド・アン・アーク人脈から、ジメッタ・ローズ、エリック・リコらさまざまなシンガーも参加し、印象としてはビルド・アン・アークがソウル寄りになったピースフルなフュージョン・アルバムだった。そうした中にマリンバやパーカッションなどを多用したアフロ~カリビアンなモチーフも多く見られ、スピリチュアル・ジャズから初期アース・ウィンド・アンド・ファイアあたりに通じる面も見せていた。
それから3年ぶりの新作『ウォンデム』は、レーベルをUKの〈サウンドウェイ〉に移籍してのリリースである(ちなみにビルド・アン・アークの諸作と『シーズンズ』はオランダのキンドレッド・スピリッツからだった)。〈サウンドウェイ〉といえば、クラブ・サウンドの中でも本格派ワールド・ミュージックに特化したレーベルとして名高い。従って『ウォンデム』も一気に民族指数が高まっており、根底では西欧音楽が基盤となっていた『シーズンズ』とはかなり趣も異なっている。エリトリア、スーダン、ソマリア、ケニアなど東アフリカ諸国の音楽にインスパイアされているが、とくにその中でも顕著なのがエチオピアのジャズからの影響だ。エチオピアン・ジャズを世界に広めた最大の貢献者はムラトゥ・アスタトゥケだが、近年はLAを拠点に演奏活動を行っており、モチーラの『タイムレス』企画をはじめミゲル・アトウッド=ファーガソンらLA勢との共演も行っている。おそらくそうしたところからデクスター・ストーリーも直接的に感化されたと推測される。なお、参加ミュージシャンはミゲル・アトウッド=ファーガソン、マーク・ド・クライヴ=ロー、ニア・アンドリュースなどLA人脈から、スーダン出身の女性シンガー・ソングライターのアルサラー(フランス人トラックメイカーのドュブリュイとのコラボが有名)など。
アルサラーが歌う“ウィズアウト・アン・アドレス”はエキゾ・グルーヴという言葉がピッタリで、近年の世界的な規模での辺境音楽の盛り上がりを示す好例だ。“ザマール”“ア・ニュー・デイ”“チャンガムカ”は、民族的モチーフをうまくフュージョンやファンク的な方向へもっていったナンバー。“イースタン・プレイヤー”は沖縄民謡に通じるような感もあり、まさに音楽の越境を体現するような1曲。“モワ”にも古代中国風の旋律が流れる。“サバ”は典型的なエチオ・ジャズで、一方“ビー・マイ・ハベシャ”や“ラリベラ”はサイケなテイスト。LAと言えばサイケ発祥の地でもあるので、デクスター・ストーリーにもそうした血は流れているのだろう。“シデット・エスケメッシュ”もエチオ・ジャズなのだが、心なしかサイケと隣接した味わいを感じさせる。そうした観点で聴くと、“メルカト・スター”などはタイのサイケ・ロックあたりに連なる曲ではないだろうか。そういえば、かつてムラトゥ・アスタトゥケはマルコム・カット率いるヒーリオセントリックスと共演したことがあるが、そこでエチオ・ジャズとサイケデリック・ファンクの融合が試みられていた。『ウォンデム』の随所からもそれに通じるサウンドが見出せることだろう。LAはストーンズ・スロー/ナウ・アゲインのイーゴンを筆頭に、民族音楽やサイケにも強い人が多い。本作はデクスター・ストーリーのアルバムではあるが、もっと広い目で見ればLAシーンの幅広さ、奥深さを象徴する作品と言えよう。
小川充