「W K」と一致するもの

元ちとせ - ele-king

 私は元ちとせのリミックス・シリーズをはじめて知ったのはいまから数ヶ月前、坂本慎太郎による“朝花節”のリミックスを耳にしたときだった、そのときの衝撃は筆舌に尽くしがたい。というのも、私は奄美のうまれなので元ちとせのすごさは“ワダツミの木”ではじめて彼女を知ったみなさんよりはずっと古い。たしか90年代なかばだったか、シマの母が電話で瀬戸内町から出てきた中学だか高校生だかが奄美民謡大賞の新人賞を獲ったといっていたのである。奄美民謡大賞とは奄美のオピニオン紙「南海日日新聞」主催のシマ唄の大会で、その第一回の大賞を闘牛のアンセム“ワイド節”の作者坪山豊氏が受賞したことからも、その格式と伝統はご理解いただけようが、元ちとせは新人賞の翌々年あたりに大賞も受けたはずである。すなわちポップス歌手デビューをはたしたときは押しも押されもしない群島を代表する唄者だった。もっとも私は80年代末に本土の学校を歩きはじめてから短期の帰省をのぞいてはシマで暮らしたこともないので、彼女が群島全域に与えた衝撃を実感したわけではない。私のころはむしろ中野律紀さんがシマ唄のホープでありポップスとの架け橋だったのであり、電話口で元ちとせの登場に母の興奮した声音を聴いた90年代なかば、私はむしろゆらゆら帝国(まだ4人組でした)とかのライヴに足を運びはじめたころで、シマ唄なんかよりはそっちのがだいぶ大事だった。しかしそのように語るのはいくらか語弊がある。というのも、そもそも私のような1970年代生まれ以降のシマンチュにとってシマ唄はもとからそう身近なものではない。戦後、米軍統治からの本土復帰後、ヤマト並をめざす奄美にとっては文化も言語も標準化すべき対象でしかなく、私はよく憶えているが、私が小学の低学年だったころまでは学校のその週の努力目標にシマグチ(方言)を使わないようにしましょうというものがあり、使うと他の生徒の前で罰せられたのである(80年代のことですぜ)。私はこのことに子ども心ながら理不尽な気持ちを拭えなかったが、なにがおかしいか、なぜおかしいか、またひとはなぜそのような外部の視線を内面化することで恥と劣等感をおぼえるのか、語ることばをもたなかった。もっともその口にのぼらせるべきことばすら本土化されかかっていたのだとしたら、武装に足ることばなどどこにもなかった。とまれ私たちは中国のウイグル自治区への政策をしたり顔でもって他山の石などとみなすことなどできない。南西諸島にせよアイヌにせよ、境界を措定された空間の周縁は中央がおよぼす文化と政治と経済の波がもっとも可視化されやすい場所であり、言語におけるその顕れはおそらくドゥルーズのいうマイナー言語なるものを派生させ、近代性の波と同期すればポール・ギルロイいうところの真正性オーセンテイシテイを励起するはずだが、この点を論究するのは本稿の任ではない。つまるところ私にはともに90年代前半に見知ったおふたりが20年代のときを経てコラボレーションするにいたったことが事件だったのである。
 恥ずかしながら私はここしばらく元ちとせの動向を追っていなかったのでことのなりゆきがにわかにはのみこめなかったが、レーベルのホームページによるとリミックスはこんごもつづくとのこと。また今回のプロジェクトはもとになるアルバムがあるのもわかった。昨年リリースの『元唄(はじめうた)』と題したシマ唄集で、元ちとせはこのアルバムで盟友中孝介を客演に、勝手知ったるシマ唄の数々を招き吹きこみなおしている。坂本慎太郎の“朝花節”のリミックスは『元唄』の幕開けにおさめた楽曲のリミックスで、同様の主旨のリミックスが以後数ヶ月つづくこともレコード会社の資料は述べていた。したがって本作『元ちとせリミックス』の背景にはおよそこのような背景があることをご理解いただいたうえで、今回の坂本龍一のリミックス作のリリースをもって完了したプロジェクトをふりかえりつつ収録曲とリミキサーを簡単にご説明さしあげたい。

 

朝花節 REMIXED BY 坂本慎太郎
2019/6/26 Release

 “朝花節”は唄遊びや祝宴の席で最初に歌うことの多い、座を清めたり喉のウォーミングアップをかねたりする唄。唄者には試運転をかねるとともに、唄の場がひらいたことを宣し声を場にチューニングしていく役割もある。多くの唄者の音盤でも冒頭を飾ることが多く、元ちとせの〈セントラル楽器〉(名瀬のレコード店で唄者のアルバムを数多くリリースしている)時代のセカンド『故郷シマキヨら・ウム』(1996年)の冒頭を飾ったのも“朝花節”だった。1975年の敗戦の日の日比谷野音で竹中労が音頭をとり、嘉手苅林昌、知名定繁と定男父子、登川誠仁など、稀代の唄者が集ったコンサートの実況盤でも奄美生まれの盲目の唄者里国隆の“朝花節”が1曲目に収録されているのもおそらく同じ意味であろう。
坂本慎太郎のリミックスはもっさりしたチープなビートが数年前のクンビアあたりを彷彿する点で、『元唄』のボーナストラックだった民謡クルセイダーズの“豊年節リミックス”に一脈通ずるが、音と音との空間を広くとり、定量的なビートにも機械の悲哀といったものさえ感じさせるソロ期以降の坂本慎太郎の作風を縮約した趣きもある。背後からヘア・スタイリスティックスとも手を結ぶ作風ともいえるのだが、坂本は元や中の声を効果的にもちい、聴き手の感情をたくみに宙吊りにする。うれしくもなければ悲しくもない。笑いたいわけではないが怒っているのでもない、日がな一日砂を噛みながらみずからの鼻を眺めるかのごとき感情の着地を拒む幕開けはアルバム総体の行方も左右しない。

 

くばぬ葉節 REMIXED BY Ras G
2019/7/31 Release

 つづく“くばぬ葉節”のリミックスはラス・Gの手になる。ラス・Gは今年7月29日に逝去したがリミックスの公開はその二日後、はからずもいれかわるように世に出た。LAビート・シーンの立役者のひとりであり、幾多の独特なリズム感覚でビート・ミュージックの形式にとどまらない作風をものしたラス・Gらしく、ここでもパブリック・イメージをいなすノンビート・アレンジで意表を突いている。全体はスペーシーな風合いがつよく、冒頭のSEは極東の島国のさらにその南の島からの唄声に自身のサウンドをチューニングさせるかのよう。表題の「くばぬ葉」はビロウの葉のこと。シマでよくみるヤシ科の常緑の高木でその葉を編んで団扇にしたことなどから身よりのないシマでのひととのえにしの大切さになぞらえている。

 

くるだんど節 REMIXED BY Chihei Hatakeyama
2019/8/28 Release

 ここからアルバムはアンビエント・パートへ。数あるシマ唄でも代表的な“くるだんど節”を本邦アンビエント界の旗手畠山地平がカスミたなびく音響空間に仕上げている。表題の「くるだんど」とは「空が黒ずむ」の意。その点でも幽玄の情景を喚起する畠山のリミックスは唄のあり方を的確にとらえているといえる。もっともシマ唄の歌詞に決定稿は存在しない。歌詞は唄うものが唄い手が独自に唄い変える。じっさい畠山のリミックスの原曲となった『元唄』収録の“くるだんど節”は島の特産物産を自慢する内容だが、この歌詞は親への感謝を唄うオーソドックスなものともちがっている。むろんそれさえも「空が黒ずむ」ことともなんら関係ない。転々とシマからシマ、ひとからひとへ唄い継ぐうちに歌詞も節もグルーヴも変転する世界各地のフォークロアな音楽と通底するこのような口承性こそ、共同体の暮らしの唄としてのシマ歌の真骨頂といえるのだが、畠山地平は唄の古層を探るかのように原曲の音素をひきのばし、幾多の微細な響きに解体した響きが蜿蜿と蛇行する大河のような時間感覚をかたちづくっている。

長雲節 REMIXED BY Tim Hecker
2019/9/25 Release

 声の響きに着目した畠山のリミックスと対照的に、つづくティム・ヘッカーは“長雲節”のリミックスで元ちとせの唄の旋律線の動きに焦点をあてている。ティム・ヘッカーといえば、昨年から今年にかけて『Konoyo』と『Anoyo』の連作での雅楽との共演でリスナーをおどろかせたばかり。雅楽とは、いうまでもなく中国から朝鮮半島を経由に伝来した宮廷音楽だが、楽音と雑音とを問わずあらゆる音に色彩をみいだすこのカナダ人は雅楽という形式特有の持続とゆらぎに、おそらくは此岸(この世)と彼岸(あの世)のシームレスなつながりをみた、そのように考えれば、シマ唄、ことに元ちとせら「ひぎゃ唄」の唄者が自家薬籠中のものとする裏声によるポルタメントな唱法(グィンといいます)はヘッカーをしてシマ唄と雅楽の類似点を想起させなかったとはだれにも断定できない。原曲となる“長雲節”はしのび逢いの唄で、別れ唄とする地域もあれば祝い唄とみなすシマもある。このような背反性までもリミキサーが理解していたはずはないが、かろうじてかたちを保っていた唄が旋律の線形だけをのこし抽象化し、やがてサウンドの合間に姿を消すヘッカーの解釈は唄の物語世界にも同期する、好ミックスである。
ちなみにさきに述べた「ひぎゃ唄」の「ひぎゃ」とは東の意。元ちとせの出身地でもある奄美大島南部の瀬戸内町の旧行政区画名「東方村」に由来する。すなわち南方を東方と呼んでいたころのなごりで、北部を代表する「かさん唄」(「かさん」は現奄美市に合併した笠利町のこと)とシマ唄の傾向を二分する流儀である。武下和平から朝崎郁恵まで、著名な唄者がひぎゃ唄の唄い手に多いのは起伏に富む歌いまわしがテクニックに結びつくからだろうが、地鳴りのような唸りからファルセットまで一気にかけあがる唱法は、北部に比して急峻な南部の地形に由来するとも、信仰や風習や、はたまた薩摩世(薩摩藩支配時代)の過酷な労働に由来するとする説まで、諸説紛々だが真偽のほどはさだかでない。

 

Photo by "Jakob Gsoellpointner".

豊年節 REMIXED BY Dorian Concept
2019/10/30 Release

 フライング・ロータス、サンダーキャットらの〈ブレインフィーダー〉から『The Nature Of Imitation』を昨年リリースし一躍ときのひととなったドリアン・コンセプトは『元唄』では唯一のリミックス作“豊年節”を題材に選んだ。すなわち民謡クルセイダーズのリミックスのリミックスということになるが、ジャズからビート・ミュージックまで手がけるオーストリアの才人は原曲を活かしながら独自色をひそませ、島々を練り歩く放浪芸の一座のようだった原曲にサーカス風の彩りをくわえている。

 

Photo by zakkubalan(C)2017 Kab Inc.

渡しゃ REMIXED BY 坂本龍一
2019/11/27 Release

 『シマ唄REMIX』の参加者でそれまでに唯一元ちとせとの共演歴をもっていたのが“渡しゃ”を担当した坂本龍一である。坂本と元は2005年の8月6日に広島の原爆ドームの前で、トルコの詩人ナジム・ヒクメットが原爆の炎で灰になった少女になりかわり書き綴った詩の訳詞に外山雄三が曲をつけた“死んだ女の子”を演奏し、爾来夏を迎えるたびに限定で配信し収益のいちぶをユニセフに寄付しているという。元ちとせの2015年のアルバム『平和元年』も収める“死んだ女の子”はまぶりのこもった歌声と柔和なメロディに鋭いたちあがりの音が同居した、反戦と平和を希求するスタンダード・ナンバーとして灯りを点すように広がりつつあるが、ここでの坂本は元ちとせのリズミックな演奏に抑制的にアプローチすることで原曲の秘められた側面をひきだしている、その作風は畠山地平やティム・ヘッカーと同じくアンビエントと呼ぶべきだろうが、声の断片、電子音のかさなり、ピアノの打鍵、かぎられた響きで多くを語る方法は坂本龍一の作家性を端的に物語っている。
表題の「渡しゃ」は島と島を渡すもの、すなわち「船頭」の意。船頭が唄のなかで奄美大島、喜界、徳之島、沖永良部、与論からなる奄美群島をめぐっていく。歌詞にみえる「間切り」の文言は琉球と奄美にかつて存在した行政区画で、市町村の町みたいなものだが、島には陸地にはない海の道があり、海が隔てる別々の島のシマ(村)が同じ間切りに入っていたこともしばしばだった。今福龍太が『群島論』で指摘したように、海を道とみなす視点には陸地と海洋が反転した白地図が文字通り浮上するというが、形式を問わない自由な耳でしかあらわれない音もおそらくこの世には存在する。『シマ唄REMIX』が収めるのは純粋なシマ唄でもなければポップスでもない。リミックス集だがダンス・ミュージックでもないし、中身も歌手元ちとせの唄のみをひきたてるものではない。実験的で挑戦的な内容ともいえる一枚だが、エキゾチシズムに淫せず、伝統に拝跪せず、神秘主義に溺れず、反省的な文化人類学の反動性に与せず、ありきたりなポストコロニアルやカルチュラル・スタディーズの思弁にも回収されない、蠢動するものはそのような音楽がもっともよく体現するのである。

特設ウェブサイト:
https://www.office-augusta.com/hajime/remix/

Gang Starr - ele-king

 90年代のヒップホップ・シーンを代表する存在であり、その後に繋がるヒップホップ・サウンドの基礎を作ったデュオである Gang Starr が、まさか16年ぶりとなるニュー・アルバムを完成させるなんて、筆者も含めて誰も予想していなかったであろう。2003年にリリースされた前作となる『The Ownerz』を最後に、Gang Starr はグループとしては事実上、活動停止となり、その状態のまま2010年にMCである Guru がガンによって命を落とす。以降、Guru の相棒であった DJ Premier はDJ/プロデューサーとして精力的に活動を続けながら、Gang Starr 名義での作品の制作およびリリースについて度々言及していたものの、実現まで到ることはなかった。しかし、Gang Starr が活動停止していた時期に Guru のDJ/プロデューサーを務めていた Solar という人物が保有していた未発表のヴォーカル音源が2016年に売却され、それが DJ Premier の手に渡り、今回のアルバムが制作されたというわけだ。

 今年9月に本作リリースの一報と同時に、先行シングルとして J.Cole をフィーチャした“Family and Loyalty”が発表されたのだが、往年の Gang Starr のフレイヴァーがそのままダイレクトに表現されたこの曲に、Gang Starr ファンであれば誰もが驚かされたに違いない。もちろん、厳密な意味で技術的にはいま現在の質感の上にあるものであるが、チョップ&フリップによるサンプリング・ループにワードプレイを駆使したスクラッチが随所にはめ込まれたトラックは、一聴してすぐにわかるあの当時の DJ Premier のシグネチャー・サウンドそのもの。そして、J.Cole という現トップクラスのラッパーを従えながら、Guru のラップは相変わらずの最高の相性で DJ Premier のトラックの上でドライヴし、全盛期とも寸分違わない Gang Starr としての完成形に仕上がっている。それは本作『One of the Best Yet』も同様で、DJ Premier と Guru のふたりでなければ成立しない、誰もが思う Gang Starr サウンドそのものがアルバムの隅々にまで行き渡っている。

 繰り返しになるが、本作は Guru が『The Ownerz』以降、亡くなるまでの間にレコーディングした未発表のヴォーカル音源に、DJ Premier が後からトラックを合わせ、そして、曲によってはゲストを入れた上でアルバムとして完成させている。つまり通常のアルバム制作の流れとは異なるわけであるが、不思議なほどに不自然さを感じることはない。そんなことを考える前に、DJ Premier によるDJプレイで Gang Starr クラシックが“Full Clip”から全11曲立て続けに飛び出すイントロの“The Sure Shot”で一気に気持ちを持っていかれるだろう。Gang Starr Foundation とも呼ばれる彼らのクルーから M.O.P. (“Lights Out”)、Group Home (“What's Real”)、Jeru the Damaja (“From a Distance”)といったメンツが再度結集し、さらに Big Shug と Freddie Foxxx に到っては“Take Flight (Militia, Pt. 4)”にて Gang Starr クラシックである“The Militia”の続編を『The Ownerz』ぶりに披露。また、当時では共演の叶わなかった Q-Tip (“Hit Man”)や Talib Kweli (“Business of Art”)などもゲスト参加していたり、あるいはインタールード(“Keith Casim Elam”)で Guru の実の息子がシャウトアウトを送ったりと、こちらの予想を超える様々な仕掛けが盛り込まれており、さらにこのアルバムを魅力的なものにしている。

 もちろん、90年代や2000年代のヒップホップ・サウンドを知らないリスナーがこのアルバムを聴いても、単なるオールドスクールなものにしか感じないかもしれない。だが、10年以上も前にレコーディングされた Guru のラップのスタイルやリリックの内容も含めて、時代を超えたヒップホップとしての普遍的な魅力が本作には詰まっており、Gang Starr をリアルタイムでは経験していない世代にも、その良さが少しでも伝われば幸いです。

Burial - ele-king

 12月6日に編集盤『Tunes 2011 To 2019』のリリースを控えるベリアルだけれども、新曲“Old Tape”がストリーミングにて公開されている。同曲は〈Hyperdub〉と Adult Swim のコラボによるレーベル15周年記念コンピ『HyperSwim』に収録されているトラックで、コンピじたいもすでに配信開始となっている。同盤には他にアイコニカリー・ギャンブルファティマ・アル・カディリローレル・ヘイローといった精鋭たちに加え、マイシャやDJハラム、エンジェル・ホなど最近レーベルに加わった面々も名を連ねている(もちろんコード9も)。『HyperSwim』の試聴・購入は下記のいずれかより。

 Adult Swim / Spotify / Bandcamp

 なお〈Hypedub〉は12月7日に渋谷 WWW にて来日ショウケースを開催予定。

HyperSwim

Tracklist:
01. MHYSA - Games
02. Okzharp & Manthe Ribane - In Your Own Time
03. Ikonika - Primer
04. Proc Fiskal - Devlish River
05. DJ Taye - Inferno
06. DJ Haram - Get It
07. Angel-Ho - Chaos
08. Burial - Old Tape
09. Doon Kanda - Perfume
10. Mana - Climbing The Walls
11. Dean Blunt - Darcus
12. Scratcha DVA - Baka
13. Cooly G - Nocturnal
14. Nazar - Unruly
15. Kode9 - Cell3
16. DJ Spinn - Opioids
17. Lee Gamble - Chain 9
18. Laurel Halo - Crush
19. Fatima Al Qadiri - Filth

interview with Battles (Ian Williams) - ele-king

 結成から17年。世間的には“Atlas”で一世を風靡したことでも知られるエクスペリメンタル・ロック・バンドのバトルスが、ギター/キーボードのイアン・ウィリアムスとドラムスのジョン・ステニアーのデュオ編成となって初めてのアルバム『Juice B Crypts』をリリースした。4人から3人へ、そして2人へと編成を変えながら、変わることのない鋭角的なサウンドと祝祭的なグルーヴを奏で続けてきた彼らは、11月初頭に恵比寿ガーデンホールで開催され、満員の観客が詰めかけたリリース記念ライヴでも、その圧倒的な個性を聴かせてくれた。いや、むしろプリセットされた音源やシンセサイザーなどを駆使するイアンのサウンドと、サンプラーを使用しつつあくまでも生身のドラミングを力強く披露するジョンのグルーヴは、バトルスの核にある音楽性をより剥き出しにして聴かせてくれたと言ってもいいだろう。ライヴ当日、ステージに出ていく直前のイアン・ウィリアムスに、バトルスの変化と具体的な制作手法、新作『Juice B Crypts』について、さらにはその「モダン」なありようを伺った。(細田成嗣)

オリジナル・メンバーと、新しいメンバーのヒエラルキーができるよりは、ふたりだけの方がいい。

4年前のアルバム『La Di Da Di』と今作『Juice B Crypts』の一番大きな違いとして、やはりメンバーのひとりデイヴ・コノプカが脱退したということがあると思います。トリオからデュオへと編成が変わるなかで、音楽制作にどのような変化がありましたか。

イアン・ウィリアムス(Ian Williams、以下IW):デュオになったことである意味ではとてもやりやすくなった。というのも曲ごとの方向性が明確に見えるようになったんだ。いまは俺とジョン(・ステニアー)のふたりで楽曲制作をしているんだけど、ジョンはあくまでもドラマーとして存在していて、それ以外のギターやキーボード、あるいはループを使うところのコントロールとかはすべて僕がやっている。デイヴ(・コノプカ)やタイヨンダイ(・ブラクストン)がいた時代は、俺がここにこの音を置きたいって思っていても、みんながいろんなものを持ってきたりするから、なかなか思い通りにはならなかった。でも今回は俺が行きたいところにまっすぐに進めたという意味ですごくやりやすかった。だから曲の形を作るという点でははっきりと自分の意図を出すことができたんじゃないかな。いままでは意図がぶつかり合うことがあったんだけどね。もちろんぶつかり合うことで矛盾が生まれて面白いものができるっていうこともあって、とてもクレイジーで良い方向に進むこともあったんだけど、たまにクレイジーすぎてしまうこともあった。そういったことが整理されたっていう意味では今回のアルバム制作はとてもいい機会だったと思うよ。

バンドをやめる、あるいは後釜のメンバーを入れるなどの選択肢はあったのでしょうか。

IW:新しいメンバーを入れるというのは、変な感じがするというか、俺とジョンだけの方が正直な感じがする。オリジナル・メンバーと、新しいメンバーのヒエラルキーができるよりは、ふたりだけの方がいい。

具体的にアルバムを制作するうえで方法を変えたことなどはあったのでしょうか。

IW:俺が前にやってたドン・キャバレロの終わり頃からそうだったんだけど、バトルスの曲作りにおいてつねにインスピレーションを与えてくれるものがある。というのはループ・ペダルを使って音を重ねていく作業をするんだけど、それをバンドという形でやるにあたって、重ねた音をそれぞれの生身のミュージシャンに割り振ったらどうなるだろう、っていう考えがあるんだ。EPとか『Mirrored』の頃もまさにそうで、コール&レスポンスがかなり多い音作りだったと思うんだけど、それはたぶんね、ひとりで作った音を他人と共有するときに生まれる呼びかけ合いみたいなものがあったからなんだと思う。要するにループ・ペダルで使ったものを一旦バラして人に割り振るっていうことから生まれる呼びかけ合いね。今回の新しいレコードでやったことも割とそれと同じなんじゃないかというふうに思っていて。ただ今回はメロディの情報がものすごく多いから、リズムの上にメロディを乗っけるっていうんじゃなくて、サウンドの壁みたいなものにメロディも埋め込まれているというか、構築されたもの全体の一端がメロディになっている。つまりメロディがウワモノとして乗っかっているんじゃなくて、サウンドの壁の中から聴こえてくる、っていうふうに変わったっていうのはこれまでとの違いなのかもしれないな。ただ、自分が作った音楽を表現するやり方っていうのは意外とあんまり変わっていないんじゃないかな。

ループ・ペダルで作ったものを生身の人間に割り振る際に、機械ではなく身体を用いることによる意想外な出来事がひとつの面白さとして出てくると思うんですが、たとえば長時間のジャム・セッション、つまりインプロヴィゼーションをおこなう中でコンポジションのアイデアを掴んでいく、といったような制作方法をすることもあるのでしょうか。

IW:いわゆるインプロはやらないな。もちろんいまふたりしかいないということもあって、一緒に曲作りをするときにジョンにドラムを叩いてもらって、なんか面白い響きがしてヒントになることはあるにしても、僕らの場合それはたぶんインプロとは違う。インプロと言うよりも「必死の試行錯誤」って言った方が合ってると思う。「あ、いまなんか面白いのができたね」ってなったときに、どうやったか覚えておこうみたいな、そういうことはよくやってる。でもそれは曲作りそのものと同じだから、僕の中では特にインプロだとは思ってない。

新しいものを使ってみるのが好きなんだ。色々なことをやってみて、努力して、事故が起きるという状態まで自分を持っていく。素敵な事故が起こるまで。自分では予測や想像できなかったであろうことが起きるまで、機械と交流するんだ。

『Juice B Crypts』のもうひとつの特徴として、大勢のゲストが参加されてるということがありますよね。ゲストはどういうふうに選んでいったのでしょうか。

IW:服を着替えるような感じだった。色々と試しては「これ似合うね」とか「他のも試してみよう」とか、そういう感じで選んでいった。だけど特に決まったメソッドがあったというわけじゃなくて、それぞれの曲についてそれぞれの理由で人選していった。曲の求めに応じて解決策を探していったと言えばいいかな。たとえばセニア・ルビーノスに関しては前から好きな声で素晴らしいシンガーだと思っていたんだけど、最初は“Fort Greene Park”をやってもらおうと思って試してみた。だけどなんだか上手くハマらなくて、洋服を色々とあてがってみる感じで彼女に合う曲を探していった。その結果あのソウルフルな感じが“They Played It Twice”に合致してクールな出来になったんだ。

つまりアルバム全体のコンセプトを先に決めてそれに当てはまるようにゲストを呼んでいったのではなく、曲ごとにそれぞれの理由でゲストとコラボレーションしていったということでしょうか。

IW:そうだね。最初から全体を見ていたわけじゃない。たとえば“Titanium 2 Step”は最初インストで録ってみて、誰だったかに聴かせてみたら「なんかオールド・ロスト・ニューヨークっぽいよね」って言われて。たしかにニューヨークのクラシックなディスコ・パンクというか、70年代終わり~80年代頭ぐらいのノーウェイヴっぽいよなと思って、その手のバンドにいた人っていうことでサル・プリンチパートの名前が浮かんだから、声をかけてみたり。曲によって理由は様々なんだよ。

台湾の Prairie WWWW とはどのような経緯でコラボレートしたのでしょうか。

IW:彼らを観たのは4年くらい前、台湾の台北だった。とてもクールで変わったバンドだと思ったのを覚えている。彼らは、俺たちがいるステージの反対側に、クラブのフロアで準備していて、大きな帽子をかぶって床に座りながら、変な音をマイクから出していた。すごく奇妙だったんだけどクールな感じだった。だから彼らのことは覚えていて、連絡も取っていた。そこで今回の曲に参加してもらうことになって、クールなコラボレーションが実現したんだ。

アルバムの構想は、いつ、どのように生まれたのでしょうか。

IW:前作のツアーが終わった後、俺はひとりで新しい音楽の制作に取り組んだ。そしてデイヴが脱退した。俺たちが作る音楽は、何をやっても、良い音楽になるという自負はあった。それが成功するかどうかは全く分からないが、俺たちの音楽はクールなものになるだろうと思っていた。そこでジョンに、「この新しい音源で何かやってみないか?」と聞いたらジョンはやりたいと言った。だからこのアルバムの元となったのは、俺がしばらくの間、作っていた素材なんだ。

なるほど。それはどのような素材だったのでしょうか。

IW:俺はいつも新しい「楽器」に興味を持っている。「楽器」とカッコ付きで呼ぶのは、エレクトロニック・ミュージックでは色々なものが「楽器」になるからだ。ある種のソフトウェアも楽器だし、シンセサイザーも楽器、伝統的なギターやベースギターもそうだし、ペダルを通すものや、モジュラーシンセサイザーも楽器になる。その全てが今回のアルバムに使われた。俺は、そういう新しいものを使ってみるのが好きなんだ。毎回、違った結果が生まれるからね。色々なことをやってみて、努力して、事故が起きるという状態まで自分を持っていく。素敵な事故が起こるまで。幸運な事故が起こるところまで色々なことを試してみる。実際に起こるまでは、自分では予測や想像できなかったであろうことが起きるまで、機械と交流するんだ。そしてそういうことが起きたときに「すごいな、こんなことが起こったんだ」と思う。そういう作業が大部分を占める。そのような事故が起きるような状況まで自分を持っていく。そのために機材やツールを組み合わせる。今回のアルバムでは、モジュラーシンセサイザー、エイブルトン、スウェーデンの会社のエレクトロン、それから何本かのギターを使ったね。

8分くらいの大曲を書くよりも3分半の短い曲を書く方が難しい。バトルスではいくらでも複雑なことができるわけで、それを一口大で提示してみるっていうのがいわゆる「歌もの」をやることの醍醐味だと思ってる。

タイヨンダイ・ブラクストンが脱退した後にリリースされた2枚目のアルバム『Gloss Drop』にも多数のゲスト・ミュージシャンが参加されていましたよね。メンバーの脱退後にゲストを呼んでアルバムを制作する、という点では似た経緯を踏んでいるように思いますが。

IW:そういうふうに言う意味はわかる。けれども僕らは『Gloss Drop』のことは意識していなかった。ゲスト・ヴォーカルをたくさん入れるのってとても楽しい試みだと思うんだよね。それはバンドという関係ではできないことができるというか、歌う側もいつもと違うことができて楽しいのかもしれないし、いつもと少し違うヴォーカルを聴いてもらえる機会にもなるのかもしれないし。僕らとしてもバンドのメンバーじゃない人とやるからいい意味でプレッシャーがかかるところもあるんだ。インストの曲ってさ、どれだけ楽器が上手いかとか、どれだけ曲が長尺で複雑で、山あり谷ありで最後には感動させてみせるぞみたいなね、そういうことが問われてしまうところがある。ひけらかし的な部分とか、どれだけ宇宙の彼方まで行って戻ってこられるか的な部分とか。でもそういった側面から自由になれるっていうのが、歌の入った割とコンパクトな曲の醍醐味だと僕は思う。単純に音楽として楽しんでもらえるんじゃないかっていうのがあるんだ。それに実を言えば8分くらいの大曲を書くよりも3分半の短い曲を書く方が難しい。それはたぶん100ページで書くことを10ページにまとめるときの難しさと同じだと思うけど、バトルスではいくらでも複雑なことができるわけで、それを一口大で提示してみるっていうのがいわゆる「歌もの」をやることの醍醐味だと思ってる。もちろんだからといって簡単なことをやってるわけではけっしてなくて、一口大の中にものすごくいろんなものが入ってるっていうことは間違いないけどね。

一方でもちろん『Gloss Drop』にはなかったような要素も『Juice B Crypts』には数多くあります。前作『La Di Da Di』から今作をリリースするまでの4年間に新しく興味を持った音楽はありましたか。

IW:シンセサイザーをいじることかなあ。具体的なレコードとか人物というよりも、新しいシンセを手に入れて遊んだりすることがすごく刺激になっている。

今作のプレス・リリースであなたは、モダニズムの概念を鍛錬した美術批評家クレメント・グリーンバーグの「メディウム・スペシフィシティ」に言及していましたよね。

IW:あれは〈Warp〉が勝手に入れたんだよ(笑)。たしかに雑談をしているときに名前を挙げたり、グリーンバーグのコンセプトを語ったりはしたかもしれない。でもそれを元に曲を作ったという話は一切してないよ。ただ、そうだね、たとえば曲の意味を問われたときに「これは恋人のことを想って書いた曲です」とか言っちゃえば簡単なんだけれども、俺の場合は「こういうビートがあります」とか「こういうテクスチャーのサウンドがあります」とか、それがそのまま曲になっているから、モダン・アートの考え方に似てるんじゃないかとは思う。モダン・アートって、たとえばブロックと木片があってそれらを組み合わせて何かを作ったときに、「これは支え合いを意味するのです」とかいう説明をしたらそうなるかもしれないけど、でも実際には単にブロックと木片があるだけだよね。白いキャンバスの上に白い輪っかを描いたとして、何を意味するのかって言われても、それは単純に白だよね。もしくはペンキをぶちまけて何かを描いたとして、それが牛みたいに見えることもあるかもしれないけど、でもそれはただのペンキなんだよね。そういうことなんだよ。素材がそのまま曲になってるっていう意味では、そういう一部のモダン・アートの考え方と近いところがあるよね。

バトルスの音楽はモダンだと思いますか?

IW:うん。そういうイデオロギーの方が好ましいと思う。

DC/PRG - ele-king

 菊地成孔率いるデートコース・ペンタゴン・ロイヤルガーデンが今年で結成20周年を迎えます。それを記念し、初期スタジオ・レコーディング作品3枚が、スペシャルプライス盤として再発売中です。なお同バンドは現在4都市をめぐるツアー中で、明日28日には新宿の BLAZE にて東京公演が開催されます。詳細はこちらから。

“菊地成孔”主宰ビッグバンドDC/PRG結成20周年記念!

常に進化を止めないサウンドでシーンを席巻し、幾多のアーティストに多大な影響を与えてきたDC/PRG。その原点とも言うべき1stアルバム『アイアンマウンテン報告』(2001年)から2ndアルバム『構造と力』(2003年)、そして3rdアルバム『フランツ・カフカズ・アメリカ』(2007年)の初期スタジオ録音3作品を結成20周年を記念して初回限定生産スペシャルプライス盤として緊急リリース決定!

菊地成孔コメント
 
[1999年当時のこと]
 バンドの着想は90年代初頭からありましたが、カヴァー曲(「circle/line」菊地雅章)の採譜とオリジナル曲のスコア化を経て、リハーサルスタジオに最初に入ったのが1999年末でした。世界はノストラダムスの預言や2000年問題が(どうやら)なさそうだという雰囲気と、何よりほとんどの人類が世紀末から新世紀へ跨ぐ、という時で、ネットという麻薬も今ほど蔓延っておらず、世界では目を覆うような内戦や紛争も絶無ではありませんでしたが、やがてそれらも集結し、「21世紀は争いのない〈心の世紀〉にしたい」的なオプティミズムで温まっていました。音楽は渋谷系やDJ先導の初期のクラブジャズなど、お洒落で高踏的で快楽的な感じでした。リズムに揺らぎや混沌を求める等というのは夢のまた夢、といった感じです。ですが僕の内部では「21世紀は、戦争や内紛がもっと醜悪な形になって、経済も悪化する」といった予感がありました。これがいかに、病的なまでに時代とアゲインストしていたかは、タイムマシンに乗って1999年まで来ないとご理解頂けないと思います。僕は生死を彷徨う難病を克服したばかりで、生命としての勘が鋭くなっていたんだと思います。来るべき時代に備えるのがジャズの特命だと思っており、すぐに準備に入りました。今回、我々の初期3作をP-VINEさんにリイシュー(サブスク解禁)して頂く運びとなったことをとても嬉しく思います。中でも、デモ盤もない、ライブハウス回りの、意味不明な音楽をやるバンドに契約書を差し出し、ちょっとしたマスヒステリーの中に突き落とし、3年間はマネージャーもやってくれ、僕らと世界のあらゆる運命を変えてくれた、生涯の恩人、又場クン(当時、P-VINE RECORDS A&R)に神聖なまでの感謝のバイブスを送ります。



アーティスト:DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN / デートコース・ペンタゴン・ロイヤルガーデン
タイトル:Report From Ironmountain / アイアンマウンテン報告
PCD-20412 定価:¥2,000+税
発売日:2019.11.13 【CD】

70年代エレクトリック・マイルスからの源流をジャズ~ソウル〜ファンク〜アフロ、さらには現代音楽までクロスオーヴァーした唯一無二なスタイルでダンスミュージックへと昇華した衝撃の1stアルバム(2001年作品)! ポリリズミックなリズムに重厚なグルーヴ、ツインドラムを備えた11人編成によるビッグバンド・スタイルで畳み掛ける怒涛のインストゥルメンタル・ミュージック! ジミヘンで有名なナンバー「HEY JOE」をも独創的な解釈でプレイするなどジャンルやカテゴリを超越したスタイルは00年代の幕開けにふさわしいボーダレス・サウンド!

《収録曲》
1. CATCH22 / 2. PLAY MATE AT HANOI / 3. S / 4. CIRCLE/LINE~HARD CORE PEACE / 5. HEY JOE / 6. MIRROR BALLS

【パーソネル】
菊地成孔(Vox-Jagar / CD-J / キーボード)/ 大友良英(ギター)/ 高井康生(ギター / フィルター)/ 芳垣安洋(ドラムス)/ 藤井信雄(ドラムス)/ 栗原正巳(ベース)/ 津上研太(ソプラノ・サックス)/ 後関好宏(テナー・サックス)/ 坪口昌恭(シンセサイザー / エレクトリック・ピアノ / クラヴィネット)/ 大儀見元(パーカッション)/ 吉見征樹(タブラ)
ゲスト:イトケン(ドラムス / タンバリン)

[「アイアンマウンテン報告」について]
 盤のタイトル、収録曲、曲順、曲名までが、製作前から全て、ミリ単位の精緻さで決まっていました。レコーディングで生じる演奏上のミスや混沌の全てに既視感があり、それは、恐らく、世界のジャズ史上でも最も長時間に及んだ編集作業を全て終えて、ミックス、マスタリングの終了まで途絶えませんでした。今ではもう考えられない集中力と憑依の力が、僕らがシットインしたスタジオ全体に漲っていて、僕らは新しいバンドのレコーディング、というより、何らかの、世界側からのミッションを遂行するのだとしか感じていませんでした。かといってスタジオが異様な緊張感に包まれていた。とかではありません。非常にリラックスした興奮とともに、全ては進みました。アルバムタイトル、楽曲タイトルに、僕のオリジナルは「ミラーボールズ」しかありません。あとは全てテキスト引用された物です。これは戦争、というより「戦場」に関するアルバムで、というか、音楽の中にある戦場の側面を、戦争が起こって行く生成過程と最大限まで共振させた作品です。20世紀までの、としますが、地上戦の構造と音楽の構造との共振の数値として、これを超える作品を僕は知りません。不安と恐怖が快楽であり、戦闘が健全さと繋がっている、という極秘事項を音楽で表現した、数少ない音楽の一つだと自負しています。


アーティスト:DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN / デートコース・ペンタゴン・ロイヤルガーデン
タイトル:Structure et Force / 構造と力
PCD-20413 定価:¥2,000+税
発売日:2019.11.13 【CD】

ポリリズムから溢れだす混沌としたグルーヴにあらたにホーンセクションを増強することで前作からのコンセプトをより強固なものへと進化させた第二期14人編成による2ndアルバム(2003年作品)! 80年代に一世を風靡した思想書〜浅田彰『構造と力』と同名のタイトルを冠し確固たるコンセプトをもとに全6曲で構成された壮大な組曲! 緻密に計算された音場と音象をベースにカオティックに乱れ飛ぶ音粒、そして複雑に展開し続ける曲構成はまさにプログレッシヴな進化を遂げるエクスペリメンタル・ダンス・ミュージック!

《収録曲》
1. 構造 I - 現代呪術の構造 / 2. 構造 II - 中世アメリカの構造 / 3.構造 III - 回転体と売春の構造 / 4. 構造 IV - 寺院と天国の構造 / 5.構造 V - 港湾と歓楽街の構造 / 6. 構造 VI - シャンパン抜栓の構造

【パーソネル】
菊地成孔(コンダクター / CD-J / キーボード)/ ジェイソン・シャルトン(ギター)/ 高井康生(ギター)/ 芳垣安洋(ドラムス)/ 藤井信雄(ドラムス)/ 栗原正巳(ベース)/ 津上研太(ソプラノ・サックス)/ 後関好宏(テナー・サックス)/ 坪口昌恭(シンセサイザー / エレクトリック)/ 大儀見元(パーカッション)/ 吉見征樹(タブラ)/ 関島岳郎(チューバ)/ 青木タイセイ(トロンボーン)/ 佐々木史郎(トランペット)
ゲスト:イトケン(ドラムス)

[「構造と力」について]
「アイアンマウンテン報告」のリリースパーティーが渋谷クラブクアトロでセッティングされたのは2001年9月14日です。つまり「よし。あと3日だ」という夜に、あの同時多発テロがあり、僕は、ミッションの遂行が順調であることを確認しましたが、そのままパニック障害を発症しました。このアルバムが仏語タイトルと英語タイトルと日本語タイトルを持っているのは、パリのスタジオで録音し、ライナーノートも含め、文字情報を全てフランス語にする予定だったからです。パニック障害の発症によって、パリへのフライトはなくなりましたが、クリエイトの力は倍返しで得ることになりました。このことは今でも音楽の神に感謝しています。何せこの作品と、前期のスパンクハッピーの代表作「ヴァンドーム・ラ・シック・カイセキ」は、作曲作業と録音作業が全て並行して、つまり僕は、パニック障害の発症により、生まれて初めて、アルバムを二枚同時に製作したのでした。今同じことをしろと言われても、絶対にできません。この作品から、僕はPCによるデモ制作、つまり作曲にMIDIを導入し、生演奏に変換可能な技法上の臨界点まで追及し、収録される6曲のリズム構造が、全て違うように、まず最初に6パターン作ってから楽曲化しました。発表当時は、ファンクジャズのミニマリズム平均から見て、あまりに多弁的で音数が多かったが故に、これはファンクでもジャズでもないと批評されましたが、アフロビーツやエレクトリックマイルズが、昭和というのどかな時代の色眼鏡から剥離し、正しく咀嚼されきった現在に於いては、何が起こっているか、リスナーがパノラマの動体聴力で見通せる、つまりポップな作品だと思っています。



アーティスト:DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN / デートコース・ペンタゴン・ロイヤルガーデン
タイトル:Franz Kafka’s Amerika / フランツ・カフカズ・アメリカ
PCD-20414/5 定価:¥2,000+税
発売日:2019.11.13 【2CD】

前2作のスタイルを踏襲しながらさらなる進化を遂げたCD2枚組/全100分におよぶ超大作! 発表直後に活動終了を宣言するなど初期(第一/二期)DCPRGの集大成とも言うべき3rdアルバム(2007年作品)! 14人編成による多様なリズム構造を備えた楽曲群に各メンバーのインプロヴィゼーションが連鎖的にフィーチャーされたカオティックなサウンドでありながら前2作に通じる圧倒的なファンクネスをも体現! 常にフロアライクなスタイルと先進性でダンスミュージックの新たな地平を切り開いた初期DCPRG最終章がここに!

《収録曲》
DISC1:1. ジャングル・クルーズにうってつけの日 / 2. (イッツ・ア・スモール) ワールド・ミュージックス・ワールド / 3. 競売ナンバー49の叫び
DISC2:1. ワシントンDC / 2. 1865年 バージニア州 リッチモンド / 3.フォックス・トロット / 4.花旗

【パーソネル】
菊地成孔(コンダクター / CD-J / キーボード)/ ジェイソン・シャルトン(ギター)/ 高井康生(ギター)/ 芳垣安洋(ドラムス)/ 藤井信雄(ドラムス)/ 栗原正巳(ベース)/ 津上研太(ソプラノ・サックス)/ 後関好宏(テナー・サックス)/ 坪口昌恭(キーボード / シンセサイザー)/ 大儀見元(パーカッション)/ 吉見征樹(タブラ)/ 関島岳郎(チューバ)/ 青木タイセイ(トロンボーン)/ 佐々木史郎(トランペット)

[「フランツカフカのアメリカ」について]
 合衆国とイラクの酷い戦争は、ある意味で00年代のカルチャーも経済もバッドリードし、リーマンショックによるシャットダウンまでそれは続きました。僕は、2006年の、合衆国軍によるバクダッド侵攻の報を聞きながら、21世紀に前置されたオプティミズムの一掃と、合衆国の弱体と、このバンドのミッションの終了を感じ、活動を終わることにしました。この作品さえ、アルバム名、楽曲共に僕のオリジナルではありません。全ては、検索し、歴史を再構築してみてください。「構造と力」で、PC使用の作曲を、少なくともこのバンドでは終えたと思った僕は、本作ではほとんど作曲をしていません。バンド活動中にメンバー全員が培った、ポリリズム、マルチBPMキーピングのスキルに全面的に依拠し、全てのチューンは、数小節の汚いメモ書きだけでレコーディングされています。初期衝動、PCによるシュミュレーション構築、集団即興のブランディングという風にバンドは発達を遂げ、この円環は現在でも閉じたまま、どの状態にいるかだけが動いています。全ては2001年から2007年までの6年間で遂行されたことです。後の音楽史に我々が何を与え、何を奪ったかは、何を捨てられ、何を奪われたかは、今回のリイシューを機に、特に現在の若いジャズファンにジャッジメントして頂きたい。僕は、1999年から、「楽に若者が聴けるようになるまで、まあ20年はかかるな」と思っていました。未来に向けて音楽を建築し、実演し、維持し、世界と共振して行く事だけが、僕を症状から救出し、治癒し、それをリサイクルする原動力であり、それは現在も変わりません。

ECRIT-O - ele-king

 映画や音楽、美術や文学などの分野を横断する批評誌『エクリヲ』がリニューアルを敢行、12月1日に最新号「vol.11」を発売する。第1特集は「ミュージック×ヴィデオ」、第2特集は「インディーゲームと動詞」とのことで、興味深い内容に仕上がっているようだ。詳細は下記より。

新刊『エクリヲ vol.11』特集「ミュージック×ヴィデオ」&「インディーゲームと動詞」号を刊行致します(一般発売は12月1日)。

「聴覚と視覚の実験制作 ミュージック×ヴィデオ」特集では、宇多田ヒカルやSuchmos、けやき坂46らのMV制作でも知られる映像作家/VJの山田健人(yayel)インタビューほか、ミュージックヴィデオ史 1920–2010s、MV技法集を収録。

アーティストや楽曲のプロモーションの一環で制作されるMVは、その黎明期(以前)から音と映像の実験制作を繰り返し、独自の表現の発展を遂げてきた。幅広いアーティストのMVを制作する山田健人氏(yayhel)のインタビューをはじめ、MVの歴史の流れが一望できる年表、MVの技法を解説したコラム。そしてアニメテッドMVを論じた海外論文の本邦初となる抄訳を含む論考をはじめ、5つの本格的なMV論を掲載。音楽と映像の両面からMVを捉えた視ヴィジュアルミュージック聴覚芸術をめぐる思考の扉を開く特集。

「インディーゲームと動詞」特集では、5名の気鋭のゲームクリエイターへのインタビューほか、インディーゲーム60作を紹介する付録を掲載。

インディーゲームにおける「動詞=できること」の豊かさに注目し、作品を分析、「ゲームで何かをする」とはどのようなことなのかを特集。インディゲーム制作者のインタビュー(『ALTER EGO』大野真樹、『Baba Is You』Arvi Teikari、『KIDS』Mario von Rickenbach & Michael Frei、『The Stanley Parable』『The Beginner’s Guide』Davey Wreden、『The Tearoom』Robert Yang)や、60作品を動詞で分類し紹介する「インディーゲーム動詞リスト」、松永伸司(ゲーム研究・美学)と横山タスク(エクリヲ編集部)による論考を掲載。ゲームについて前進的な思考を求める全ての人に、必読の特集。

特集の他にも、全世界2000万部突破の劉慈欣『三体』を扱う本邦初の本格評論、楊駿驍による「〈三体〉から見る現代中国の想像力」、現代アート作品や、「写真」の定義を問い直す「ゲーム内写真」の美学を問う谷口暁彦による「ヴァーチャルなカメラと、それが写すもの」も収録。

デザイナー・加納大輔のアートディレクションによる、全面リニューアル号となります。

Stereolab - ele-king

 10年ぶりの活動再開とともに順次リイシュー企画の進んでいたステレオラブですけれども、なんと来日公演が決定しました! 2020年の3月、稀代のバンドが東京と大阪の地に降り立ちます。来日公演はじつに11年ぶりとのことで、いやーこれは見逃せません。ちなみにリイシュー企画最後の2作、『Sound-Dust』と『Margerine Eclipse』は明々後日、11月29日の発売です。イアン・F・マーティンによる深い深いステレオラブ論はこちらから、レティシア・サディエールのインタヴューはこちらから。

STEREOLAB
10年ぶりに再始動をしたオルタナティヴ・ミュージック界の皇帝
ステレオラブ
11年ぶりの来日公演が決定!!

80年代のギター・ポップ・バンド、マッカーシーに在籍していたギタリスト兼ソングライターのティム・ゲインと、英語とフランス語を使い分けながら歌うヴォーカルのレティシア・サディエールを中心として90年代にロンドンで結成され、クラウトロック、ポストパンク、ポップ・ミュージック、ラウンジ、ポストロックなど、様々な音楽を網羅した幅広い音楽性で、オルタナティヴ・ミュージックを語る上で欠かせないバンドであるステレオラブ。その唯一無二のサウンドには、音楽ファンのみならず、多くのアーティストがリスペクトを送っ ている。10年ぶりに再始動を果たした彼らは、過去タイトルから一挙7作品を再発すると共に、Primavera Sound Festival や Pitchfork Music Festival など様々な大型フェスティヴァルを含む大規模なツアーを敢行中。そしてついに11年ぶりとなる来日公演が決定した。

https://youtu.be/nYDtWdyIUiQ

今回の再発キャンペーンでは、メンバーのティム・ゲインが監修し、世界中のアーティストが信頼を置くカリックス・マスタリング(Calyx Mastering)のエンジニア、ボー・コンドレン(Bo Kondren)によって、オリジナル・テープから再マスタリングされた音源が収録されており、ボーナストラックとして、別ヴァージョンやデモ音源、未発表ミックスなどが追加収録される。国内流通盤CDには、解説書とオリジナル・ステッカーが封入され、初回生産限定アナログ盤は3枚組のクリア・ヴァイナル仕様となり、ポスターとティム・ゲイン本人によるライナーノートが封入される。

Japan Tour 2020
STEREOLAB

東京 3/16 (月) LIQUIDROOM
OPEN 18:00 / START 19:00
¥6,500 (前売 / 1ドリンク別)
03-3444-6751 (SMASH)

大阪 3/17 (火) UMEDA SHANGRI-LA
OPEN 18:00 / START 19:00
¥6,500 (前売 / 1ドリンク別)
06-6535-5569 (SMASH WEST)

■チケット発売

主催者先行:11/26 (火) 17:00 ~ 12/2 (月) 23:00 (抽選制)
https://eplus.jp/stereolab/

一般発売:12/14 (土)
東京:e+ (Pre: 12/4 12:00 ~ 12/8 23:59)|ぴあ (P:171-039)|ローソン (L:74870)|岩盤 ganban.net
大阪:e+ (Pre: 12/4 12:00 ~ 12/8 23:59)|ぴあ (P:171-116)|ローソン (L:55768)

クレジット
協力:BEATINK

お問合わせ
SMASH:03-3444-6751|smash-jpn.com

label: Duophonic / Warp Records / Beat Records
artist: Stereolab
title: SOUND DUST [Expanded Edition]
release date: 2019/11/29 FRI ON SALE

label: Duophonic / Warp Records / Beat Records
artist: Stereolab
title: MARGERINE ECLIPSE [Expanded Edition]
release date: 2019/11/29 FRI ON SALE

label: Duophonic / Warp Records / Beat Records
artist: Stereolab
title: EMPEROR TOMATO KETCHUP [Expanded Edition]
release date: NOW ON SALE

label: Duophonic / Warp Records / Beat Records
artist: Stereolab
title: DOTS AND LOOPS [Expanded Edition]
release date: NOW ON SALE

label: Duophonic / Warp Records / Beat Records
artist: Stereolab
title: COBRA AND PHASES GROUP PLAY VOLTAGE IN THE MILKY NIGHT [Expanded Edition]
release date: NOW ON SALE

label: Duophonic / Warp Records / Beat Records
artist: Stereolab
title: Transient Random-Noise Bursts With Announcements [Expanded Edition]
release date: NOW ON SALE

label: Duophonic / Warp Records / Beat Records
artist: Stereolab
title: Mars Audiac Quintet [Expanded Edition]
release date: NOW ON SALE

BUSHMIND - ele-king

 いきなりだが、BUSHMINDがニューエイジ/アンビエントのミックスCD『New β Sound』をリリースする。まあ、たしかにサイケデリックはつねに彼のコンセプトではあったので、自然の流れかなと思うが、それにしても彼のウェイトレス感はハンパないです。
 「作った動機はいろいろ重なった結果で……最初は2年前ぐらいに吉村弘の“Tokyo Bay Area”って曲を聴いたとこからすかね」とBUSHMINDはこのミックスCDの背景を明かしてくれた。「その曲で新しい感覚を開かされたのと、日本の過去の音楽自体ほとんど知らなかったんで、掘るのがメチャクチャ楽しくなっちゃって。そっから1年以上毎日新しい音楽探してて、これはミックスに落とし込まないとって思った感じです。ただ現状、世界的にニューエイジ、アンビエントが流行ってるから、自分の色をどうやって出そうかって考えたときに、自分の友だち、知り合いの音源を使うってのがアツいんじゃないかって思って、作りはじめました」
 つまり、選曲もふくめてまったくのBUSHMIND解釈のアンビエント。かの『環境音楽』とは確実に一線を画しています。レーベルは〈セミニシュケイ〉。値段は千円です。いろんな旅が待っているよん。

■ Artist : BUSHMIND
■ Title : New β Sound
■ Format : CD
■ Price : 1,000円(税抜)
■ Label : Seminishukei (JPN)
■ 品番:SMNSK-1939
■ 発売日 : 2019年12月5日

ブラック校則 - ele-king

 赤塚不二夫がもしも酒に溺れず、武居俊樹に代わる若くて優秀なブレーンとタッグを組み続けることができた場合、いったいどの時期までのギャグマンガと張り合えただろうと考え、高橋留美子から中村光へと受け継がれたコミュニティ路線や赤塚がハナから興味を示していない自意識系を除外すると、かなりな拡大解釈をして久米田庸治『さよなら絶望先生』(05-12)や大武政夫『ヒナまつり』(10-)までは行けたのではないかと根拠もなく思うのであった(詳細は会って議論でもしよう)。だけど、『セトウツミ』(13-17)の此元和津也だけはどうやっても赤塚とは距離があり、此元本人が仮りに赤塚の担当編集者になるようなことがあったとしても、これをひとつの作品にまとめることはやはりできないのではないかという溝を感じてしまう。理由はいずれ考えるとして、その、此元和津也が脚本家としてデビューすると知り、10月からのTVドラマ『ブラック校則』は実に楽しみだったし、実際、これまでのところ期待を裏切られた回はない(あとは最終回を残すのみ。正直、10月期のTVドラマではベストでしょう。2位は向田邦子を思わせる『俺の話は長い』、3位は『少年寅次郎』か『おいしい給食』)。主役はセクシー・ゾーンの佐藤勝利演じる小野田創楽とキング&プリンスの高橋海人演じる月岡中弥で、彼らは学校の校則に疑問があるという縛りを手玉にとって、自分たちが置かれている日常を笑いに変え、なんとも鮮やかに高校生活をグレード・アップさせていく(流しソーメンの回、最高!)。これにモトーラ世理奈演じる町田希央がスクラップ工場で働く外国人労働者とラップやグラフィティを介して課外時間を充実させ、労働問題などを巧みにストーリーに織り込んでいく手腕は見事としか言いようがない。モトーラ世理奈はイタリア系アメリカ人を父に持つハーフのファッション・モデルで、最近は女優業にもめざましく、この7月に茂木欣一と柏原譲の演奏を得てフィッシュマンズ「いかれたBaby」のカヴァーで歌手デビューも果たしている。強い内容のセリフをたどたどしく話す様子にはつい目が惹きつけられる。

 驚いたのは『ブラック校則』の映画版が同じ時期に並行して公開されたことで、これがTV版と違ってコメディ要素はほとんど削ぎ落とされ、同じ撮影素材を使いながら、まったく違う雰囲気の内容に仕上げられていたこと。TV版では『セトウツミ』をマネて毎回、小野田創楽と月岡中弥がお台場の海でだらだらと駄弁りながら学校であったことを回想したり、「コーツ高レジスタンス部」と呼ばれるチャット・ルームにログインしたりと、いくつかシチュエーションの異なる場面転換が用意されていたのに、映画版ではシンプルに学校生活だけを追い、ストーリーも一直線に進んでいく。導入はTV版と同じく、町田希央が登校してくると、生活指導の教師から髪を茶色に染めているのは校則違反だと注意され、そう言われた町田希央はくるっと方向を変えて学校の敷地から出ていく。これを毎日繰り返していたのか、町田希央はすでに出席日数が危うくなっている。本当は地毛であるにもかかわらず、町田希央は仕方なく髪を黒く染めて登校してくる。地毛証明書を提出すれば、そもそもこんなことにはならなかったのだけれど、彼女にはそれを提出できない理由があり、この様子を見ていた小野田創楽は校則の方がおかしいと感じ、校則を変えるために意見ボックスを設置する。これに腹を立てた生徒会長の松本ミチロウ(田中樹)が小野田創楽の前に立ちはだかる――。高校生が始める「運動」はあっさりと挫折したように見えたものの、ある時、校舎の裏に誰かがグラフィティを描き殴ったところから、これがレノン・ウォールのような役割を果たすようになり、学校にいる間はスマホを取り上げられていることも手伝って、生徒たちが校則に対して思っていることなど様々な意見が描き加えられるようになっていく。なんでペンキがいつもたっぷりと置いたままなのかなという細かい点は気になったけれど、取り立てて特別な才能があるわけでもない小野田創楽を中心に現状を変えていこうとする高校生の姿はティーンムーヴィーにしては珍しいテーマだし、ルールがあった方がいいと「自由を恐れる」生徒会長の上坂樹羅凛(箭内夢菜)が変化を見せたり、吃音症のラッパー、達磨がほとんど素のままで演じる東詩音など個性的なキャラクターの配置が面白く、何よりも此元和津也の硬派っぷりに驚かされる作品であった。

 TV版の第4話で月岡中弥がこんなことを言う。何匹かの猿がいて、ハシゴを登ればバナナに手が届く。ところが1匹がハシゴを登ると他の猿には冷水が浴びせられる。誰かがハシゴを登ろうとすると、冷水を浴びたくない猿たちはこれを止めさせる。やがて誰もハシゴを登らなくなる。そこに新しい猿が入って来ると、もはや理由もわからずハシゴには登らせない。髪型、スカート丈、アルバイト、自転車通学がどうしてダメなのか、実はもう誰にも理由などわからないのに禁止になっていると。これに対する答えとして、TV版では第5話で規則を破った教師が事故死したというエピソードが語られる。でんでん演じる法月士郎校長はかたくなに校則は厳しくあるべきだと自説を曲げない。映画版ではこうした重層性はなく、校則を変えたい一心で小野田創楽たちは最後まで突っ走っていく。ありとあらゆる登場人物が束になってクライマックスに突入するプロセスはなかなか圧巻でした。小野田創楽が設置した意見ボックスに5人しか意思表示をしなかったにもかかわらず、壁に殴り書きされた言葉で事態が動き始めるという流れは、日本人の「本音」好きがよく表れていて、それは同時に潜在的に「変えたい」はあっても「理想」がないということも露わにしている。この世界がどうなったらいいのかという理想がなければ「変えたい」という衝動もその場しのぎで終わりかねないし、過程こそすべてと考えるか、馴れてしまえば「このままでいいや」ということになりかねない。適度な息抜きを与えられた「このままでいいや」は明らかに「変えたくない」には勝てないし、理想のない「変えたい」は「このままでいいや」にかなわない。「変えたくない」が保守で、「変えたい」がリベラルやラディカルだとすれば、日本人のほとんどは、おそらくは「このままでいいや」ということになるだろう。TV版の第2話で月岡中弥は「痛いやつ、必要説」を唱える。群れからはずれた「痛いやつ」しかパイオニアにはなれないと。月岡中弥の冗談とも本気ともつかない話しっぷりは本作の大きな魅力である。

 僕の記憶にある限り、80年代や90年代の日本人はフィリピンやインドネシアの開発独裁ぶりを見て、どこか嘲笑っていた。イメルダ夫人が贅沢三昧にふけるのはアジアがまだ「後進国」で「遅れている」からだと。僕にはいまの日本はまるで「成長」という呪文をかけられた開発独裁の国にしか見えない。政治家などというものはどの国も大したものじゃないのかもしれないけれど、せめて自分たちがやったことの記録ぐらいは残して欲しいし、身内や友人に利益供与があった場合、マレーシアや韓国でも政治家はクビにされ、国民は他の選択肢に変えるというのに、いまの日本にはそれこそスハルトかピノチェトが君臨しているかのように政権は盤石で、記録を残す政治家を選ぼうという「理想」すら耳にしない。開発独裁に怯えていたアジアの人たちは無知でバカなんだろうな~などとかつては勝手に思っていたけれど、あ、いまは自分たちがそれなのかという感じ。「このままでいいや」が長く続いた結果ということなのか、日本はいま、経済的に途上国並みだとかいう議論の前に政治的に後進国になってしまい、ルワンダのカガメ政権やベラルーシのルカシェンコ政権、トルコのエルドアン政権やフィリピンのドゥテルテ政権と同じカテゴリーに属しているということなんだろうか。つーか、これジャニーズ映画なんですよね。田母神美南(成海璃子)とかヴァージニア・ウルフ(薬師丸ひろ子)とか、役名がとんでもないですけれど。


映画『ブラック校則』(11.1公開)予告編

interview with Kazufumi Kodama - ele-king

 9月6日に吉祥寺のSTAR PINE'S CAFÉで観たKODAMA AND THE DUB STATION BANDのライヴは強烈だった。個人的に、大好きなじゃがたらの“もうがまんできない”をこだま和文のヴォーカルとTHE DUB STATION BANDの卓越した演奏で聞けたことは大きい。だが、それだけではない。実際にライヴを観ながら心のなかで反芻したからと言って、僕なんかがこう書くのはあまりに恐れ多いのだが、まぎれもなく“いまの音楽”だった。しかしなぜそう強烈に感じたのか? それはわからない。それ故、この、こだま和文とバンド・リーダーでベースのコウチへのインタヴューは、そんな個人的な問いを出発点としている。

 トランペット奏者のこだま和文率いるレゲエ・バンド、KODAMA AND THE DUB STATION BANDは、2005年にスタジオ・ライヴ盤 『IN THE STUDIO』、さらに翌2006年にカヴァー集『MORE』を発表したのち活動を休止するものの、2015年12月のSTAR PINE'S CAFÉでのライヴを機に突如活動を再開する。こだま和文とコウチに加え、キーボードのHAKASE-SUN、ドラムの森俊也、ギターのAKIHIROといった日本のレゲエ界の腕利きのミュージシャンたちが集まり再出発を果たしたバンドは、12インチ・シングル「ひまわり / HIMAWARI-DUB」を発表し、2018年12月には、トロンボーン奏者/ヴォーカリストのARIWAの加入を経ていまに至る。

 そして届けられたのが、バンドとして初のオリジナル・フル・アルバムとなる『かすかな きぼう』だ。“霧の中でSKA”というタイトル通り哀愁のムードのなかを軽快なリズムが進行するスカから幕を開け、こだま和文流としか言いようのない憂いを帯びた“CHORUS”へと続く。故・朝本浩文(16年11月に死去)が曲を書いたMUTE BEATの“SUNNY SIDE WALK”のカヴァーでは、コウチが書いた歌詞をARIWAが歌っている。透徹としたダブがあり、ギターのAKIHIROによる“GYPSY CIGARETTE”は酔客でごった返す盛り場のナイトクラブにわれわれを誘うようだ。張り詰めた緊張感がある一方で、開放的であるのは、KODAMA AND THE DUB STATION BANDというバンドの共同体の個性によるものではないだろうか。
 バンドとアルバム、歌うこと、さらにヒップホップやファッション、“もうがまんできない”や“黄金の花”、ツイッターなどなどについて。国立の喫茶店でこだま和文とコウチが語ってくれた。

セクションというものは、演奏上、非常に不自由になるんですね。ところが、それを考えることもなく、彼女を受け入れていた。ARIWAが何か、僕の壁みたいなものを取っ払ってくれた。

STAR PINE'S CAFÉのライヴを観てとても感動しました。こういう言い方は恐縮なのですが、“いまの音楽”と強く感じました。

こだま和文(以下、こだま):そういうことを意識しているわけではないですけど、いまの音楽と言われるのはうれしいですね。いつもいましかないという気持ちでやっていますから。

艶めきがあり、身体が自然に踊り出してしまうようなダンス・ミュージックでした。こだまさんは、2017年に受けられたあるインタヴューを読むと、ある時期までは、ソウルやファンク、レゲエにしろ、踊れるということを経験したオーディエンスやリスナーから踊れないと思われるのはなかなか困ることでもある、という趣旨の話をされています。KURANAKAさんやYABBYさんとコンビを組んで、いわゆるDJセットでも活動されてきました。

こだま:そうやってヒップホップに近いようなこともやっていたわけですから、どこかで常にダンス・ミュージックをやっているという気持ちがありました。でも、これはブラック・ミュージックだとか、これはダンス・ミュージックだとか、そういうようなことを気にすることもできないくらい、僕にとって、いまは現実性のほうが強いんですよね。

“現実性のほうが強い”、というのはとても考えさせられる言葉です。

こだま:いまの暮らしのなかで、踊っていられないだろということもありますでしょ。「そんなに楽しくしろと言われても困るよ」という声が自分のなかからも聞こえますからね。ライヴでみんなに踊ってほしい、という気持ちになるときはもちろんあります。車椅子でライヴに来てくださる方が手足を動かして踊ってくれてもうれしいです。ただ、こっちが強くアピールして「踊れ!」というような時代ではないと思うんです。病院でずっと寝たままの人にも僕らの音楽を聴いてもらえたらいいなとも思いますし、こちらのこだわりなり垣根を取っ払って、リスナーとの関係を作りたいですよね。それで、自分のほうから音楽に何か決められたかたちを持ち込むことをやめたんです。だから自分が作る音楽もどんどんはみ出していきますよね。今回の作品もそんなところを含めて聴いてもらいたい音楽になっています。

いま、「そんなに楽しくしろと言われても困るよ」という声が自分のなかから聴こえてくる、とも話されていましたが、一方で、『かすかな きぼう』からはバンドとしてレゲエ、音楽をやる楽しさ、そういう音のふくよかさも伝わってきます。いまあらためてバンドで音楽をやるということについて何を考えますか?

こだま:最近のこの世の中で、5、6人の大人が集まってひとつの何かをやるというのはとても贅沢なことなんです。若いころは勢いもあって無敵なところがあるので、前日あまり寝ていなくても集まって音を出したりしていたけど、そういうわけにもいかなくなる。それぞれの暮らしの事情がある。しかも、DUB STATION BANDのミュージシャンたちは、選ばれたような、みんな忙しくしている連中だから、ある時間に全員で集まって音を出してバンドに密度を持たせるのは大変なんですね。そんななかで、それぞれ異なった音楽性や好みやセンスを持っている5、6人の人間がひとつの曲に向かって演奏をする。それがふくよかさとなって出ていたら、それはとてもうれしいことですね。こうやって、バンドのメンバーが集まり音を出し、作品を作るということはとても豊かなことなんですよ。いつ何があって、誰かが離れていってグループが続けられなくなるかわからないんです。だから、いましかないと。そういう気持もあります。

いまの時代に、“カネじゃない”なんて、なんだかんだ言ったってキレイゴトだろ、「やっぱり世の中、ゴールドだろ」って気持ちもよくわかるんですよ。僕のなかにだってそういう気持ちはありますからね。

2015年12月のワンマン・ライヴを機にDUB STATION BANDをもういちど始動させたきっかけは何だったのでしょうか?

こだま:第一期のDUB STATION BANDは、それこそ、メンバーひとりひとりのいろんな事情や都合で活動できなくなる時期がきたんですね。僕にとって愛すべきバンドだったから、もういちど腰を上げるのは大変なことで、かなり足踏みしてね。それにしびれを切らしたのかな、ベースのコウチから真剣に「もう一回やりませんか?」と熱意のあることを言われました。最初にその話をしたときにコウチに伝えたんです。「すまんけれども、自分は音楽にしかエネルギーを向けることができない。いろんな意味で他の面倒な仕事もやってほしい」と。それをコウチは快く受けてくれて、リーダーとして音を出すこと以外のこともやってくれているんです。実はそれは、僕にとっては初めての経験なんです。バンドを維持するために自分がリーダーではないという状態がとても良いかたちだなと思いましたね。ありがたいですよ。

そして、2018年の12月にはトロンボーン奏者/ヴォーカリストのARIWAさんもバンドに合流された、と。彼女は、ライヴでもこだまさんとともにフロントに立って演奏されています。

こだま:彼女のことは生まれたころから知っていて何年かおきに会う機会もあったんです。だけど、まさか上京してきた彼女といっしょに音楽をやることになるとは想像していなかったですね。あるとき、コウチが、彼女をリハーサル・スタジオに連れてきてくれたんです。しかも彼女はトロンボーンを持参していて。だったらとにかく音を聞いてみたいなという思いでした。そのときのインパクトは言葉では言えないほど強かった。長いことホーンのアンサンブルでは演奏してなかったんですけど、彼女と僕のアンサンブルは、図らずも僕の好きなものだったんです。演奏すればただちに相性みたいなものはわかるんです。あまりにもぴったりと彼女とのセンスが一致したので驚きました。それは技術的に彼女のレベルが高いとかそういうことではなく、言葉で説明できない何かが僕と彼女のアンサンブルにそのときにすでにあったんです。ミュージシャンとして、とても不思議な出会いでしたね。ARIWAが突然目の前に現れていっしょに楽器を演奏しているということ自体が不思議なことでした。

バンドでの、トランペットとトロンボーンのアンサンブルは、こだまさんにとってはMUTE BEAT以来ということになります。

こだま:セッションを省けばそうなりますね。セクションというものは、演奏上、非常に不自由になるんですね。息を合わせるとか音程を合わせるとか、決められたことを外せないとか、そういう制約がいろいろある。それにたいして僕はある種のトラウマみたいなものがあったんです。そういう制約がめんどうになったから、自分は80年代後半にソロに移行していったわけですから。自分の吹きたいように吹く、歌いたいように歌いたかった。そうして、ソロ・アルバムを作り、DJセットというサウンド・システム型のパフォーマンスをやるようになっていく。そのなかではかなり演奏の自由度が高いわけです。DJがオケを出してくれて、曲もつないでいってくれる。気が向かないところは流しちゃっても、そのあいだDJがスクラッチでもエフェクトでもいろんなことをして楽しめる。そういうすごくフリーなパフォーマンスが魅力的でDJセットをやったんです。バンドでワンホーンでやるのもやはり自由度が高い。そんな風に長年、セクションを拒んでいたわけですね。ところが、セクションの不自由さということを考えることもなく、彼女を受け入れていた。ARIWAが何か、僕の壁みたいなものを取っ払ってくれたとも言えますよね。

そのARIWAさんが歌う“Sunny Side Walk”はMUTE BEATのカヴァーですね。原曲にはなかった歌詞をコウチさんが書かれています。

こだま:“Sunny Side Walk”をやりたいと言ったのはコウチなんです。

コウチ:このバンドは基本的にこだまさんのやりたいようにやりたいと思ってはじめたんです。だからこっちからこれがやりたい、あれがやりたいとはほとんど言わない。そういうなかで、この曲は自分の方から提案したんです。もちろん朝本さんへの追悼の気持ちもありました。そうして、ライヴでやるようになったんですが、まだそのころは歌詞はなかったんです。それが、ある日突然歌詞が湧いてきて。これまで歌詞を書いたことはなかったですし、だから最初はARIWAに歌ってもらおうと思って書いたわけでもなかったんですよ。“Sunny Side Walk”は僕の散歩曲でもあって、いろんなことを考えながら散歩をしているそのままを描いてみたんです。字面で見てしまうとただの散歩の情景なんですけど、それこそ社会を変えようとするデモだったり、こだまさんがおっしゃっている日々の暮らしだったり、そういういろんなものが反映されてもいると思います。

こだま:僕は彼のセンスを知っているから、とてもコウチらしい歌詞だなと思いましたね。僕に足りない部分をコウチやARIWAが引き出してくれたということもありますね。あんまり言葉にすることもなくなってきたけど、モノを作ったり、演奏することにおいて大切なのは、やはり自由であるということですよ。何人かの人間が集まったとしてもそれぞれがまず自由じゃなきゃいけないんです。やりたくないことはやらないとかね。いまこのバンドは、時間がかかっても出てきたものを素直に出していくという状態になっていると思うんですね。誰にも拘束されない時間のなかで、それぞれのなかから出てくるのがいいですよね。ライヴや曲からそういう自由が伝わったらいいなって思いますよ。

いま語られた自由や、さきほどの「自分のほうから音楽に何か決められたかたちを持ち込むことをやめた」という言葉ともつながると思うのですが、ある時期からこだまさんは歌われています。先日のライヴでも歌っていましたね。

こだま:自分の好みやセンスから拒んでいた部分が取り払われて、ある時期からカラオケに行くようになったんですね。するとそこで、歌うことへの殻がすこし破れるわけです。そこで得たものがあった。「この俺でも歌えるな」と。でも、歌いはじめてから数年はかかっていますよ。歌うことが好きになり真面目にカラオケで歌うようになって、さらに、みんなと飲みながら下手でもいいから楽しく歌おうだけではなく、自然にライヴのなかで歌うようになるまでには。

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もともと僕は作業着が好きだったから、すべて捨て去ったなかでどうしても着るんだったら作業着がいいやという選び方だった。すると、外で土木作業をしている人たちとさして変わらない格好になるわけですね。そういうところに自分の価値観みたいなものを絞り込んだんですよね。

カラオケで歌う悦びを知ったということですね。その感覚はとても理解できます。最初はどういう曲を歌っていたんですか?

こだま:ボブ・マーリーばかり歌うというわけではないですよ(笑)。演歌も歌うし、こどものころから馴染んできた歌謡曲や好きな洋楽のロックも歌います。カラオケボックスではなくて、まったく知らない方々が飲んでいるスナックなんですよ。だから、ちょっとしたセンスがいる。季節外れの歌をいきなり歌わないとか、自分で歌い続けないとか、決まり事ではないですけど、僕が得てきたデリカシーみたいなものがあるわけです。また、そのお店のママが、「歌うからにはちゃんと歌ってね」ってうるさいんですよ(笑)。そのころDJもやっていたから前に歌った人からのつなぎを意識して歌ってみたりしましてね。前の人が山口百恵の“コスモス”を歌うのであれば、さだまさしさんの曲を歌おうかなとか、海の歌が来たならば、俺は渚の歌にしようかなとか。そうやって見ず知らずの不特定多数の人の前で歌うことで、ある意味でエンターテイメント性みたいなものが、大げさに言うとね、鍛えられたんですね。ちょっと話が脱線したかな。

いや、とても重要なお話だと思います。STAR PINE'S CAFÉのライヴのときにはじゃがたらの“もうがまんできない”とネーネーズの“黄金の花”(『MORE』収録)をカヴァーされて、歌われました。

こだま:“もうがまんできない”は数あるじゃがたらの曲のなかでも、よく聞いていた曲なんですよ。レゲエ・アレンジの曲ですから、DUB STATION BANDに持ち込みやすいし、他の曲との関係も比較的作りやすい。じゃがたらの“タンゴ”もそうですね。また、おそれ多くも、じゃがたらの歌を歌うことを、自分にぶつけてみたところはあります。ネーネーズの“黄金の花”も自分に身近な曲だったのが大きい。ライヴに行ってご本人たちにもお会いしたし、たまたま“黄金の花”の作詞家の方にもお会いしました。だからとりわけ強い印象がある曲なんです。ネーネーズと言えば、“真夜中のドライバー”も好きな曲です。歌いやすいということもあるけど、よく聞いている曲を自然と選んでしまったんですね。“黄金の花”を最初に歌ったのは、初期のDUB STATION BANDのアルバムのレコーディングのときでした。もし、そのときみんながNGを出していたら歌わなくなっていたかもしれないですね。でも、ある程度受け入れてくれて、それで調子に乗ったわけです。さらに、バンドが再開して時間を置いて、あるとき、「実はじゃがたらの歌をやりたいんだよね」って言ってみたんですよ。するとみんながとにかく良い演奏をしてくれるのでこれまた調子に乗りましてね。『かすかな きぼう』では集中してオリジナルの曲を録音したので、これらの曲はまだレコーディングをしていないんですよ。でも現状ライヴでやっている曲は全部録音しておきたいという気持ちはあります。

ライヴでは“もうがまんできない”と“黄金の花”が補完し合っているように聞けました。“もうがまんできない”には、「ちょっとの搾取ならがまんできる」という歌詞があって、一方“黄金の花”には「黄金で心を捨てないで」という歌詞があります。とても単純化してしまいますが、端的に言うと、両者とも「世の中はカネじゃないんだ」ということを訴えている。僕は普段国内のヒップホップのライヴを観ることがとても多いんですけど、年々、“世の中、カネじゃない”と主張するラッパーは減っていると感じているんです。それが一概に悪いとかではないですし、言うまでもなくお金は大事です。ただ、ミュージシャンやラッパーが、それが仮にパフォーマンスだったとしても、ひとつのオルタナティヴの提示として“カネじゃない”と表現する場面を観ることが少なくなったな、と。そのことをKODAMA AND THE DUB STATION BANDのライヴを観て考えさせられました。

こだま:でもね、この国もいろいろ経てきて、いまの若い人たちも若い人たちなりに生きていくのが大変な時代ですから、「“カネじゃねえ”なんてキレイゴトだろ」という言葉はすぐに返ってくるんですよね。僕がたまたま選んだそれらの曲のなかにそういうシンプルなメッセージ性みたいなものがあるとしてもですよ、もっとふくらみをもたせたうえでの、つまり自由を表現したいんです。ラッパーたちが「世の中はカネだぜ!」ということをラップしてもいいと僕は思いますよ。いまの時代に、“カネじゃない”なんて、なんだかんだ言ったってキレイゴトだろ、「やっぱり世の中、ゴールドだろ」って気持ちもよくわかるんですよ。僕のなかにだってそういう気持ちはありますからね。

2000年前後でしょうか、ちょうどソロ作品を立て続けにリリースしている時代にこだまさんはヒップホップ・ファッションにかなり傾倒されていましたよね。当時、音楽雑誌に載っていた迷彩柄のシャツか何かを着たソルジャーのような出で立ちのこだまさんの写真に釘付けになったのをおぼえています。

こだま:露骨にそういう格好をしていましたね。当時は、これからはこれしかないぐらいの気持ちでヒップホップをかき集めて聴いていましたから。もちろん80年代はじめにも、ジャズ、ソウル、スカ、レゲエやダブといったいろんな音楽を経てきた自分の前に、それらの音楽と同時進行的にヒップホップはあったわけですね。90年代にはデ・ラ・ソウルなんかも聴いていましたよ。でも2000年前後のものは、それから10年、20年ぐらい経たヒップホップですからね。ものすごく強い影響を受けましたよ。エミネムも聴いたし、何よりドクター・ドレーですよ。あのサウンドは強烈だった。凄まじいですよ。ドクター・ドレーのインストのアナログを買い集めましたね。
 その一方で、当時は着るものなんてどうでもいいじゃねえかっていう気持ちになっていった時期なんです。だけど何かを選ばなきゃいけない。そこで聴いている音楽は強く影響するわけですね。どうでもいいことを捨てて剥ぎ取って何かを選ぶということになると、アーミーシャツだったりするんです。もともと僕は作業着が好きだったから、すべて捨て去ったなかでどうしても着るんだったら作業着がいいやという選び方だった。タオルを巻いてキャップをかぶったりしていましたね。すると、外で土木作業をしている人たちとさして変わらない格好になるわけですね。そういうところに自分の価値観みたいなものを絞り込んだんですよね。でも、そういう格好も誤解されたりして批判もあったんですよ。「ラッパーみたいな格好をしちゃって」というような、ね。ネットも普及してきた時代だったから、そういうのを目にしちゃったりしましたね。
 ただ、そういう格好ができるも、のめりこんでいく音楽があってこそですよね。格好なんて普通でいいのかもしれないと思うなかで、ある音楽にのめり込むことで、かろうじて新しいTシャツを買う喜びみたいなものを見つけるわけですよ。年齢とともに、いまはそれすらもちょっと危ういですけど。だけど、何もかもどうでもいいやとなってしまうと、本当にどうでもよくなってしまう。それじゃ生きていけないから。周りにいろんな人がいてくれるありがたみや、ライヴに来てくれる人がいることを支えに生きていっている感じがいまはする。それを続けていけたらいいな。

ネガティヴなことだけじゃ成り立たない。かといって、希望じゃないんですよ。ましてや明るく楽しく踊ろう、ということではない。そこで出てきたものが“かすかな”という言葉だった。

いまの話をうかがって、ますます、今回のアルバムのタイトルの『かすかな きぼう』はとてもこだまさんらしい言葉だなという実感が深まりました。“かすかな”という言葉で僕が連想したのは、こだまさんが篠田昌已さん(編註:じゃがたらのメンバーで、それ以前は梅津和時の生活向上委員会にも参加していたサックス奏者。チンドンも演奏。89年には関島岳郎、中尾勘二とコンポステラを結成。92年、急逝)の『コンポステラ』(1990年)に寄せた文章でした。こだまさんが「音楽で何が出来るんだろう?」と問いかけると、「微力なんだよ、微力なんだけれどやって行くんだよ」と篠田さんが答えた、というエピソードがありますね。『かすかな きぼう』はその篠田さんの言葉を、2019年を生きるこだまさんなりに再解釈したような言葉ではないかと。

こだま:いま篠田くんの話がでましたが、当時の篠田くんもじゃがたらと同時に自分の音楽をやりながら、光のようなものを求めていましたよね。それは僕と一致するところでした。そして、自分が生きる2019年のいま、そういう思いをひとつのアルバムにして聴いてもらいたいと思ったときに、曲名やタイトルをつけるのはなかなか難しい。はるか昔から生きるということは難しいことだったかもしれないですけど、僕がいま生きて感じているのは、国内外の人びとの大変な状況だったり、希望をなくす事柄についてです。そういうことがあまりにも多いんですよ。僕は楽友と呼んでいるんですけど、音楽をやってきた友がポツポツと亡くなっていく現実もある。日々ちっとも楽しくないんですよ。生きていたくもないけど、いま死にたくもない、っていう僕のキーワードがあるぐらいなんですね。そういうなかでも、曲を書いて、それを6人の人間が集まって音を出して作品にできるありがたみがある。そういう作品に思いを込めようとなったとき、どうしてもネガティヴなことだけじゃ成り立たない。やっている以上は聴いてほしいという気持ちを込めたいわけです。かといって、希望じゃないんですよ。ましてや明るく楽しく踊ろう、ということではない。そこで出てきたものが“かすかな”という言葉だった。曲やアルバムやイベントのタイトルを考えるときは、ポジティヴに考えるのではなくて、むしろ“こういうふうに思われたくない”という消去法に近いんです。それが強くなったのは3・11のあとですね。やっぱり大きかったですよ、3・11は。いろいろ変えました。本当に楽しいことなんてないよ、というのが正直な思いです。しかし、江戸アケミはそんな3・11を知らないんだよなぁ。

江戸アケミさんがいま生きていたら何を考えただろうって思ったりすることはありますか?

こだま:いやあ、とてもじゃないけどそこまでは考えが及ばないですね(笑)。でも彼はツイッターとか向いていたかもしれないね。わからないけれども。ツイッターで発信することに対していろいろ背負ったりしていたかもしれないな。

こだまさんのツイッターをよく拝見しています。晩酌されている台所の写真や食事の写真をツイートされていますね。僕は、イヤなことがあるとこだまさんのツイートを見ています(笑)。

こだま:僕は、自己顕示欲みたいなものがいちばんイヤなものだと思っているにもかかわらず、ツイッターをやっているわけですよ。だから矛盾したなかにいつもいる。「お前のことなんか知りたくねぇよ。もっとこっちは大変なんだ」という気持ちでいまの世の中あふれているわけじゃないですか。そのなかには他人から攻撃されてしまうようなあからさまな政治的な発言もあれば、もうちょっと暮らしのなかから聞こえてくる切実な声もありますよね。こちらもそれを垣間見ているわけだから、抑制もしますよね。

本作にも“STRAIGHT TO DUB”という研ぎ澄まされたダブがありますが、こだまさんは音楽、あるいはレゲエやダブのサウンドで、いわゆる自己顕示欲の抑制のようなものを表現されてきた側面もあるように思います。

こだま:ただ、一方で、もうすこしテンションの高い時代には、ものすごく過剰に自己顕示することが自由のひとつの表現だったんですよね。江戸アケミが自分の顔を割れたグラスで傷つけて血を見せるとか、ピート・タウンゼントがステージ上でギターを壊しちゃうとかね。でも、いまやそういう表現は見透かされてしまうでしょ。世の中に生きている人びとは「そんなことじゃおもしろくねぇんだよ」ってなっているわけです。すると、能天気ではいられなくなる。だから、いまはお笑いが成り立たない時代ですよね。一体何をみんな笑いに求めているんだろうか。僕はぜんぜん笑えないんですよ。だけど、たまたま笑えるときがなくはないんですね。ネットからそういう数少ないチャンスみたいなものを得るときはありますよね。

 インタヴュー終盤、こだま和文は、コウチの提案を受け、ステージ上でひとり、ツイッターの呟きのようにお話をするその名も〈独呟「ライブツイート」〉というイベントを数日後に開催すると話してくれた。僕は行けなかったが、きっと、笑いも起きるステキな会になったのだろう。友人に声をかけつつ、次のKODAMA AND THE DUB STATION BANDのライヴに備えようと思う。

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