「IR」と一致するもの

はじめての老い - ele-king

還暦を過ぎて見えてきた景色は驚愕の連続。
今日も元気に老いていこう。新感覚・老いをめぐるエッセイ集!

文章の大天才が動き出した! 老いをこんなふうに語ることができるなんて。 ――タナカカツキ

還暦を過ぎて見えてきた景色は発見の連続だった。老眼や集中力の減少といった予測できていた事象から、ブランコが怖くなる・手がカサカサになる・自分の中に内包しているマチズモに気づく・頻尿の話など、思いもよらなかったこと。そして「死」に対する感覚の変化にいたるまで。ゲーム・エンタメ界からアート界まで人気の編集者・伊藤ガビン(61歳)が、自身の体と心に直面する「老い」によるあらゆる変化をつぶさに発見し綴った渾身作!! 人生100年時代、未知なる「老い」への予習として、性差を問わず、同年代からこれから老い道に踏み入れようとしている現役世代におくる、令和版「老い」の入門書。これを読めば老いへの予習は完璧だ!

目次

はじめに

【老いに入りかけた時に感じていること】
老いの初心者として 初めての老眼/見えてきた! 私がキレる老人になるまでの道/こんにちは老害です-老害の側から考える老害-/らくらくホンを買う日を想像する/人間ドックの見え方が変わった話/ただ老いている

【アップデートできる できない?】
服装がずっと同じ問題/等速じいさん/太るのか痩せるのか/四季にように髪の毛を

【じじいのしぐさ、これだったのか】
シーシー問題/ブランコが怖いということ/おじいさんのような動き

【意外と早くきた(逆にまだきてない)】
身長が縮んだ話/ついに眉毛が伸び始めた!/握力の低下にショックを受けた話/未入荷の老い/シモジモの話/見つめたくない滑舌

【センパイから学ぶ】
センパイの話/手が信じられないほどカサカサになるという話/老猫との対話/メモを片手に綾小路きみまろ公演

【老いと時間】
「返納」について考える/老化が開く知覚との扉/[朗報]時間が経つのは年々それほど早くならないのではないか、という話/記憶のサブスク/死んでも驚かれないサイド/「逃げ切る」という考え方

おわりに

[著者プロフィール]
伊藤ガビン
編集者/京都精華大学メディア表現学部教授
1963年神奈川県生まれ。学生時代に(株)アスキーの発行するパソコン誌LOGiNにライター/編集者として参加する。1993年にボストーク社を仲間たちと起業。編集的手法を使い、書籍、雑誌のほか、映像、webサイト、広告キャンペーンのディレクション、展覧会のプロデュース、ゲーム制作などを行う。またデザインチームNNNNYをいすたえこなどと組織し、デザインや映像ディレクションなどを行う。主な仕事に「あたらしいたましい」MV(□□□)のディレクション、Redbull Music Academy 2014のPRキャンペーンのクリエイティブディレクションなどがある。また個人としては、2019年あいちトリエンナーレや、2021年東京ビエンナーレなどにインスタレーション作品を発表するなど、現代美術家としても活動。編著書に、『魔窟ちゃん訪問』(アスペクト)、『パラッパラッパー公式ガイドブック』(ソニー・マガジンズ)など。現在は京都に在住し、京都精華大学の「メディア表現学部」で新しい表現について、研究・指導している。近年のテーマに自身の「老い」があり、国立長寿医療研究センター『あたまとからだを元気にするMCIハンドブック』の編集ディレクション、日本科学未来館の常設展示「老いパーク」に関わるなど活動範囲を広げている。

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lots of hands - ele-king

 レーベルのカラーというのはやはりどこかフットボールのクラブに似たところがあるのかもしれない。移籍があり獲得がありリリースした作品によって歴史とイメージか形作られていく。そんなことをスラッカーなUSオルタナ・ロックを響かせるパックスの1stアルバム『Take the Cake』をレヴューに書いたが、あれから4年弱が経ってもアメリカのレーベル〈Fire Talk〉は自身の価値を証明し続けている。去年、24年の〈Fire Talk〉はフィラデルフィアのマスロック・バンド・パームのメンバーがはじめた破壊的なエレクトロニクス・サウンドに柔らかさのある有機音を重ねたようなカシー・クルトと契約し、〈Stereogum〉のベスト・ニュー・アーティストのリストにも名を連ねたシューゲーズバンド・シャワー・カーテンのアルバムをリリースした。さらにその前年にはロンドンのスローコア・バンド・デスクラッシュの2ndアルバムやマンチェスターのエクスペリメンタルなバンド・マンディ・インディアナをリリースしている。大きな場所で響くような音楽ではないが、誰かの心に確かなトゲを刺すオルタナティヴな音楽を送り出す。メインストリームではなくかといってアンダーグラウンドでもないその中間にある空白地帯、〈Fire Talk〉は少しだけ違ったものを求める人たちの心の隙間を埋めるようなレーベルだ。

 そんな〈Fire Talk〉が 一番新しく契約したのがこのリーズを拠点に活動する 二人組ロッツ・オブ・ハンズだ。最初に〈Fire Talk〉と契約しアルバムをリリースするというニュースを聞いたときには意外に感じだがアルバムを聞いた後ではぴったりではないかと思えてくる。16歳の頃にニューカッスルの学校で知り合ったというビリー・ウッドハウスとエリオット・ドライデンからなるデュオは21歳になったいま、失われていく幼い頃の記憶の断片を集め、現実世界に繋ぎ止めたかのようなアルバムを作り上げた。「君の髪をとかそう/悪夢の中で/僕らは田舎の空気を吸っている」“barnyard” でそう唄われるように、大都市ではない場所の、どこのシーンにも属さないベッドルームの空白地帯にある音楽が心の隙間に入り込む。コラージュを駆使し、オーガニックなフォーク・サウンドと電子的な処理をほどこしたサウンドとを組み合わせたそれはアレックス・Gを思わせる柔らかで優しい音楽として目の前に現れる。牧歌的というにはモダンなサウンド過ぎて、アンダーグラウンドの尖った音楽というには優しすぎる、だからきっとカテゴライズされずに手のひらからこぼれ落ちていってしまう。しかしそれこそがインディ・ミュージックを求める人の心を惹きつけるのだ。

 このアルバムを通して表現されるのは思い出のフィルターに包まれた悲しみや喪失感、そしてそれらを経験し成長していくという感覚だ。エリオット・スミスの香りが漂う “game of zeroes” や “rosie” のような曲でドローンやエフェクトを組み合わせて彼らはそこに隔たる時間と距離とを演出する。シンプルな美しさを持ったアコースティック・ギターと柔らかなヴォーカル・メロディの上に縫い合わせるようにコンピューターで処理された音を重ね空間をゆがめる。まっすぐに染み込むフォークという基本の形から距離を作り出すことで現実感を失わせ、曲の流れを少しだけ異質なものにしていく。それはあたかも時間や空間の概念を無視して結びつく頭の中の記憶や夢の世界の出来事のようで、扉を開けた先の思い出とダイレクトに繋がっているかのような感覚を与えてくれる(現実世界のルールに縛られないそれは当たり前に起こる不思議な出来事だ)。
 あるいは喪失感を表現した “the rain” のサウンド・コラージュのように、処理のできない感情の雨粒が頭の中に染み込んでくるような効果を狙った曲もある。「雨は止まない」「死はただ冷たいだけだから/君は壁に寄りかかって/その音を聞く」霧のように体に触れる不明瞭なヴォーカルと共にちいさな痛みでゆがめられた空間は普遍性を持ち、聞き手の頭の中の思い出と結びついていく。

 時間に対して距離を置くようなロッツ・オブ・ハンズの小さな実験はこのアルバムの中で結実している。それが今までのリモートの形で作ったアルバムでなく、はじめてふたりで同じ空間を共有して作られたもので起こるというのも面白いが、いずれにしても大きな場所ではなくベッドル−ムで作られた小さな音楽が、遠く離れた他の誰かのベッドルームの中に響いていくのだ。曖昧な感覚を曖昧なまま捉えようとする、ロッツ・オブ・ハンズがここで作り上げようとしてのはそんな音楽だ。死や、時間、記憶や感情といったはっきりしないが確かなものの感覚がここにはある。それが大げさではなく、成長する過程において起こった個人的なものとしてさりげなく提示されているのがまた素晴らしい。

Spiral Deluxe - ele-king

 ジェフ・ミルズが率いるスパイラル・デラックスが再始動、7年ぶりとなるセカンド・アルバム『THE LOVE PRETENDER』を発表する。スパイラル・デラックスは、2015年に東京と神戸で開催されたアートフェス「TodaysArt JP」のために発足された、即興演奏の自由な表現と創造性を原動力とするエレクトロニック・ジャズ・カルテット。ジェフに加え、ジェラルド・ミッチェル(Underground Resistance / Los Hermanos)、大野由美子(Buffalo Daughter / Cornelius)、日野 “Jino” 賢二の三者が加わったスーパー・ユニットだ。

 2018年と2019年のジェフ・ミルズ来日時にキーボードのジェラルド・ミッチェルをデトロイトから招聘し、東京のスタジオで2度に渡りレコーディングが実施されていたようで、それが今回のアルバムとなったとのこと(まるでテレパシーのように準備をほとんど要さず、自然で有機的な流れで演奏されたようだ)。

 また、東京でのレコーディング後に、いまは亡きフランスのジャズ・ギタリスト、シルヴァン・リュックがパリにて録音参加しており、ほかにも日本のジャズ・ミュージシャン・TOKU、NY在住のマサ清水も参加しているとのこと。

Artist: SPIRAL DELUXE
Title: THE LOVE PRETENDER
Label: Axis
Format: LP
Release Date: 2025.03

Tracklist
A1. Spiral Deluxe - Society's Man
A2. Spiral Deluxe - The Soloist
B. Spiral Deluxe - Paris Roulette (Long Mix)
C1. Spiral Deluxe - Shapeshifters
C2. Spiral Deluxe - Uptown
D. Spiral Deluxe - The Drive

Recording data:
Recorded on Nov 25/26 2019 at Studio Dede, Tokyo
Sound Engineer: Shunroku Hitani
St-Robo Studio on Nov 5, 2018
Sound Engineer: Zak
Studio Ferber Mix-down on Feb 3 -7. 2019
Sound Engineer: Guilluame Dujardin
Post Enhancement: Steve Kovacs

Soundwalk Collective & Patti Smith - ele-king

 実験音楽やエレクトロニック・ミュージックを軸にこれまでさまざまなイヴェントを開催してきたMODE。昨年のスティル・ハウス・プランツとgoatのライヴもたいへん刺激的な一夜だったので、2025年はいったいどんな公演が控えているのか、気になっていた方も少なくないでしょう。そんなMODEの新たな一手が明らかになっている。驚くなかれ、パティ・スミスが来日します。
 これまでゴダールやナン・ゴールディンといった巨匠たちとコラボレイトを重ねてきた音響芸術集団サウンドウォーク・コレクティヴとの共演で、両者はすでに10年以上にわたり共同制作をつづけてきている。今回はその最新プロジェクト「コレスポンデンス」のお披露目ということで、展覧会とライヴの2形式。前者は東京都現代美術館にて4月26日からスタート、後者は京都(4月29日@ロームシアター京都)と東京(5月3日@新国立劇場)で2公演が催されます。これは即完の予感がひしひし。いますぐ下記詳細を確認しておきたい。

[3月28日追記]
 上記のサウンドウォーク・コレクティヴ×パティ・スミスの東京公演、好評につき完売となっていましたが、追加公演が決定しています。東京公演の前日、5月2日(金)におなじく新国立劇場 オペラパレスにて開催。最速先行販売(先着)はイープラスから。

Bon Iver - ele-king

 前作『i, i』から早6年。ウィスコンシンのシンガーソングライター、ジャスティン・ヴァーノンによるプロジェクト、あるいはライターの木津毅が心の底から愛しているボン・イヴェールがひさびさにアルバムをリリースする。昨秋発表されたEP「SABLE,」の延長にあたるそれは『SABLE, fABLE(漆黒、寓話)』と題され、ヴァーノンの新たな一歩を刻んだ1枚に仕上がっているようだ。4月11日、おなじみの〈Jagjaguwar〉から発売。新曲 “Everything Is Peaceful Love” が2月14日の24時に公開されるようなので、まずはそれを待機しておきたい。

ボン・イヴェール、6年ぶりとなるニュー・アルバム『SABLE, fABLE(セイブル、フェイブル)』を2025年4月11日、Jagjaguwarよりリリース。

2月14日(日本時間:2月15日 0:00)、シングル/ビデオ「Everything Is Peaceful Love」を公開。

Justin Vernonはページをめくり、Bon Iverの次の章、エピローグを始める。4月11日にJagjaguwarからリリースされる『SABLE, fABLE』は、このプロジェクトにとって6年ぶりのアルバムであり、瑞々しく輝くポップ・ミュージックに乗せたラヴストーリーが収録される。昨年秋にリリースされた3曲入りのEP『SABLE,』EPから始まるこのアルバムは、1人が2人になり、闇がサーモン色の美しさに変わり、悲しみが抑えきれない喜びに変わる、9曲からなる新たなサガ(物語)へとシームレスに展開していく。『SABLE,』が、長い間過去を決定づけていた痛みとの決別という希薄で孤独なものであったのに対し、『fABLE』は、パートナー、新しい思い出、おそらくは家族といった、光と目的と可能性に満ちた活気ある未来を見つめている。
4月11日のリリースに先駆けて、Bon Iverは今年のバレンタインデーに「Everything Is Peaceful Love」で正式に『fABLE』時代に突入する。このシングルは、HBOの『How To with John Wilson』の映像作家、John Wilsonが撮影/編集したミュージック・ビデオとともにリリースされる。
Justin VernonとJim-E Stackによってプロデュースされた『SABLE, fABLE』は、主にウィスコンシン州にあるVernonのApril Baseでレコーディングされた。このアルバムのコンセプトは、2.22.22(2022年2月2日)にStackがDanielle Haimを連れてApril Baseに到着したときに生まれた。雪に覆われた数日間、VernonとHaimの声は「If Only I Could Wait 」で交錯した。このデュエットは、「新しい愛の輝きの外では、自分自身の最高のバージョンになる強さを持っていない」という重要な視点を持ったデュエット曲である。
もし『SABLE,』がプロローグなら、『fABLE』は本である。しかし、ひとつになった『SABLE, fABLE』はアルバムであり、おとぎ話ではない。夢中になること、そしてそれがこれらの曲にもたらす強烈な明晰さ、集中力、正直さ、祝福には、紛れもない癒しがあるのかもしれない。「Everything Is Peaceful Love」は、恋に落ちる相手に出会って幸福感に打ちひしがれる男の肖像である。しかし、『SABLE,』の影はまだ迫っており、リセットして再出発しようと努力しても、古い感情が戻ってくることがある。
寓話のように、各トラックは教訓を植え付ける。『fABLE』は、他者や恋人と関わるときに必要とされる無私のリズム、つまり、より良くなるためのペースを見つけるための忍耐強いコミットメント、そして一体感について歌っている。『i,i』や『22, A Million』でJustin Vernonの声を守っていた、回避的で濃密な音の層はもうない。『SABLE, fABLE』は、真実を剥き出しにしたキャンバスなのだ。
Justin Vernonは2月21日、ピーボディ賞(アメリカのテレビやラジオ、ウェブサイトなどの放送作品に贈られる賞)を受賞した放送作家で、ナショナル・ヒューマニティーズ・メダリスト、そしてニューヨーク・タイムズ紙のベストセラー作家であるKrista Tippett(The On Being Project)との多方面にわたる対談で、『SABLE, fABLE』についてさらに語る予定だ。ニューヨークのブルックリンで開催されるOn Air Festの最後を飾るこの対談で、2人は音楽、癒し、その他の中心的な問題について語り合う。また、インタビューの音声はKCRWのインターネット・ラジオ放送でライブ・ストリーミングされる。

01. THINGS BEHIND THINGS BEHIND THINGS
02. S P E Y S I D E
03. AWARDS SEASON
04. Short Story
05. Everything Is Peaceful Love
06. Walk Home
07. Day One (feat. Dijon and Flock of Dimes)
08. From
09. I'll Be There
10. If Only I Could Wait (feat. Danielle Haim)
11. There's A Rhythmn
12. Au Revoir

【BON IVER/ボン・イヴェール】
ウィスコンシン州出身のシンガー・ソング・ライター、Justin Vernonのソロ・プロジェクトとして始まったBon Iverは、2008年にデビュー・アルバム『For Emma, Forever Ago』をリリース。世界中の音楽メディア、批評家、アーティストから絶大な指示を獲得した。また、同年のEP『Blood Bank』収録曲「Woods」は、後にKanye Westにサンプリングされ話題となる。2011年のセカンド・アルバム『Bon Iver, Bon Iver』はPitchforkで9.5/10点を獲得し、全米2位/全英4位を記録。2012年には、第54回グラミーでは最優秀新人賞と最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム賞を受賞した。2016年のサード・アルバム『22, A Millian』は、全米/全英チャートで2位を記録し、世界各国のチャートで軒並み上位にランクイン。2019年には目下の最新作『i,i』をリリースした。その独創的でユニークなアプローチや表現は、作品を出す毎にメインストリームにまで影響を与える。

Panda Bear - ele-king

 アニマル・コレクティヴのパンダ・ベア(ノア・レノックス)、近年はソニック・ブームとの共作も記憶に残る彼だけれど、ひさびさのソロ・アルバムの登場だ。前作『Buoys』から5年ぶりですな。発売は2月28日、おなじみの〈Domino〉から。現在新曲の “Ends Meet” が公開中です。ちなみに今回のリリースにあたって、先行シングル「Defense」のB面でプロダクションに参加していたOPNことダニエル・ロパティンがコメントを寄せている。詳しくは下記より。

Panda Bear

パンダ・ベアの5年ぶりとなる待望の新作
『Sinister Grift』より新曲「Ends Meet」を公開!
また、購入者先着特典としてポスターをプレゼント!

アニマル・コレクティヴの中心メンバーであり、稀代のメロディー・メイカーとして知られるノア・レノックスのソロ・プロジェクト、パンダ・ベアが、2月28日に〈Domino〉からリリースされる最新アルバム『Sinister Grift』より最後の先行シングル「Ends Meet」を解禁した。

「Ends Meet」では、アニマル・コレクティブのエイヴィ・テア (Avey Tare)とジオロジスト (Geologist)による演奏がフィーチャーされており、マリア・レイス (Maria Reis)とスピリット・オブ・ザ・ビーハイブのリヴカ・ラヴェデ (Rivka Ravede)がバックボーカルを務めている。

Panda Bear - ‘Ends Meet’
Youtube https://pandabear.ffm.to/endsmeet-yt
配信リンク  https://pandabear.ffm.to/endsmeet

アルバムからはこれまでに「Ends Meet」のほか、アルバム発表に合わせて解禁された先行シングル「Defense」と、2024年最も話題を集めたアーティストの一人、シンディ・リーがギターで参加している「Ferry Lady」の3曲が解禁されている。また、本日からトロ・イ・モアとのダブル・ヘッドライナー公演を含むUSツアーがスタートする。

アニマル・コレクティヴでドラマー兼ヴォーカリストとしてデビューしてから20年、ノア・レノックスはこれまでに様々なスタイルを通して作品を生み出し続け、またアニコレ作品やソロ作品以外にも、多くに愛される音楽作品に数多く携わってきた。そのため、彼の創造的ビジョンの一貫性は時に見過ごされてしまうこともあるが、2007年のソロ・アルバム『Person Pitch』や、2015年の『Panda Bear Meets the Grim Reaper』といった重要な作品から、アニマル・コレクティヴでのブレイクスルーとなった2004年の『Sung Tongs』や2009年の『Merriweather Post Pavilion』、さらにはダフト・パンク、ソランジュ、ディーン・ブラント、パラモア、ジェイミー・エックス・エックスらとの革新的なコラボレーションに至るまで、彼の作品は一貫して明確な軸を持ち、世代もジャンルも超えて、多くのアーティストに影響を与えてきた。

『Sinister Grift』は、5年振りとなるパンダ・ベアのソロ・アルバムで、これまでのキャリアの集大成でありながら、革新性も備えた作品となっている。彼のソロ作品は、深い悲しみを表現したものから、カラフルでエレクトロニックな大作まで様々だが、これほど温かく、即時的なサウンドはこれまでになかった。ポルトガルの自宅スタジオでアニマル・コレクティヴのバンドメイトであるディーケンことジョシュ・ディブと共に制作作業を行い、パンダ・ベアがあたかもオールドスクールなロック・アンサンブルに変貌したかのような新作を完成させた。ほぼ全ての楽器を自身で演奏しつつも、前述のシンディー・リーやスピリット・オブ・ザ・ビーハイヴのリヴカ・ラヴェデといった同志が集い、またソロ作品としては、アニマル・コレクティヴの他のメンバー全員が参加した初のアルバムとなっている。

美しいちょっとした悪夢も垣間見られるクラシックなロック・ドリームだ - ダニエル・ロパティン
僕たちが一緒に作り上げたこの作品に非常に誇りを持っているよ。『Sinister Grift』は、30年以上知っているソングライターの姿を感じさせながら、同時にノアにとって新しいチャプターのようにも感じる。完成した作品にはこれ以上ないほど誇りを感じている。 - ジョシュ “ディーケン” ディブ (アニマル・コレクティヴ)
こんな暗い時代には、人生を乗り切るための音楽が必要だ。パンダ・ベアはその魔法を持っていて、彼の声はこの世界を癒す薬のように感じる。ノアが私たちに贈ってくれた『Sinister Grift』で、リラックスすることができるし、ビーチの近くにいる気になるよ。 - DJファルコン
『Sinister Grift』は美しいアルバムだ。全てが本物で自然な音に聞こえ、まるでそれが常に存在し続けているかのように感じる。真実であり、タイムレスな作品だ。 - アラン・ブレイクス

パンダ・ベアの最新アルバム『Sinister Grift』は、CD、LP、デジタル/ストリーミング配信で2025年2月28日に (金)に世界同時リリース。国内盤CDには、ボーナストラック「Virginia Tech」が追加収録され、歌詞対訳と解説書が封入される。LPは通常盤(ブラック・ヴァイナル)に加え、限定盤(キュラソー・ブルー・ヴァイナル)も発売される。 また、全形態を対象に先着特典でポスター(A2サイズ)の配布が決定!


先着特典ポスター

label: Domino / Beat Records
artist: Panda Bear
title: Sinister Grift
release: 2025.2.28.
Tracklisting:
01. Praise
02. Anywhere but Here
03. 50mg
04. Ends Meet
05. Just as Well
06. Ferry Lady
07. Venom's In
08. Left in the Cold
09. Elegy for Noah Lou
10. Defense
11. Virginia Tech *Bonus track
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14474

 日本では、例えば誰かに「自分は、昨日の晩にこんな夢を見た」と言う。これは、英語では「夢」を「見た」ではなく、「Last night I dreamt that…」になる。「I saw a dream」ではない。日本語の表現の方が理にかなっているんじゃないか、ずっとそう思ってきた。眠っている間に夢を見ている時、POVは自分にある。ドリーマーは主役/カメラマン/監督を兼任する。

 映画館で映画を観るのは夢を見るのに似ている。光の芸術であるゆえに、この媒体はヴューワーに90分~2時間ほど(最近は3時間近い大作も珍しくないが)、闇の中で自発的にじっと座ることを求める。人間は普通闇を避ける生き物なので、その意味で妙なメディアだ。ホームシアター設備を備えている家庭は多いだろうし、携帯で映画をストリームできる今の時代、闇はもはや必要ないのかもしれない。しかしCMや他の映画の予告編が終わって淡く灯っていた客電が落ち、静寂が訪れ、映画本編上映が始まってからしばしの間、観客は起きたまま夢の中に入り込む。たとえ、外はまだ昼間であっても──デイヴィッド・リンチの訃報に触れて以来、そんなことを考えていた。

 「リンチの思い出を書いてみませんか」と声をかけていただきこの文章を書いているが、リンチ作品との最初の出会いは実は細かく憶えていない。恐らく『エレファント・マン』(1980)のテレビ放映だったのだろう。最後でおいおい泣いた。次はリンチ唯一の大予算巨編『デューン/砂の惑星』(1984)になるが、当時日本のSFアニメが好きで洋物実写に興味の薄かった筆者は公開時に観ていない。リンチの名前をちゃんと意識したのは、だから『ブルー・ベルベット』(1986)になる。ただしこれも、最初はビデオで観た。

 今とは違い、映画は劇場公開からしばらく経ち、地上波テレビ放映されれば御の字、あとはビデオソフト化(DVDではなくビデオカセット)を待つほかなかった。しかしソフトは高価だったので、レンタルビデオが隆盛した。『ブルー・ベルベット』は、映画評を読むとやばそうな内容だった。あの頃親から「お前はネクラだ」とたしなめられていたので、こっそり借りて、深夜にひとりで観た。正解だった。

 80年代は日本で単館〜独立系ミニシアターが増えた時期でもあった。大手系列館ではカバーできないアート/インディ映画やアングラ映画は、そうした水脈&土壌にも保護されていた。筆者が品揃え豊かなレンタルビデオ店やミニシアターの恩恵に与ったのは上京後。『このビデオを見ろ!(別冊宝島)』他をガイド役に個性的なビデオ店をはしごし、『ぴあ』をチェックして英国美少年映画祭オールナイト上映、六本木シネ・ヴィヴァン、新宿武蔵野館のやくざ映画二本立て、東中野シネマシオン、渋谷ユーロスペース、各種名画座/上映会等、ハイ/ロー入り乱れて色んな「闇」にもぐり込んだもの。中でも、ミッドナイトムーヴィー(あるいはカルト映画)は独特な磁力を放っていた。

 ミッドナイトムーヴィーの起源には諸説あるが、特に70年代にアメリカで盛り上がった現象とされる。問題作、アート/インディ/海外映画、ジャンル映画、エクスプロイテーションもの等が、物好きなお客相手に深夜に単館上映された。「観てはいけない」と言われると観たくなるのが人間の病的な性(さが)であり、人目を忍ぶように夜に観るのも背徳感がある。そのカルチャーが「ジャンル」として日本に波及したのは80年代だったと思う。

 リンチの長編処女作『イレイザーヘッド』(1977)を筆者が遂に観ることができたのもその流れだった。しかし、『ロッキー・ホラー・ショー』(1975)や『リキッド・スカイ』(1982)といったひいきのカルト作品とはまったく趣きが違ったので驚いた。構想は1970年にスタート、撮影開始から公開まで実に5年かかったこのモノクロ作品、当時のトレンドやサブカルチャー(ニューシネマ運動、キッチュ/キャンプ美学、グラム〜パンク〜ポストパンク等)と絶縁した、あまりにパーソナルに閉じた映画だった。

 主人公ヘンリー(ジャック・ナンス)のルックスはセルゲイ・エイゼンシュテインとジャン・コクトーと事務員の中間だし、一方で他の登場人物も含めミザンセーヌは40〜50年代アメリカ映画のノリ。映像のトリックや夢のロジックは、ジョルジュ・メリエスやシュルレアリスト映画(コクトー『詩人の血』/1932年、マヤ・デレン『午後の網目』/1943年、ハンス・リヒター『金で買える夢』/1947年等)の系列にある。唯一コンテンポラリーな要素は、荒廃した屋外の通りとインダストリアルなサウンドスケープ、そして2年後の『エイリアン』のゼノモーフを予期させる「赤ちゃん」のエグいデザインおよび特殊効果くらいだろう。

 それくらい、『イレイザーヘッド』の出来事が起こる空間は現実界とシンクロしていない。若くして父親となったリンチ本人の自伝的背景や、美大生時代を過ごしたフィラデルフィアのトポロジーも作用している(70年代のフィラデルフィアの雰囲気は1976年公開の『ロッキー』を観れば少し掴める)。とはいえ、主人公の部屋──その、壁紙、床板、カウチ、フロアランプから成るインテリアのヴァリエーションは以後繰り返し登場する──が最たるものだが、目に見える/耳に聞こえるすべてはリンチの想像力あるいは夢の世界の具現化と言える。

 実在人物を描いた物語(『エレファント・マン』、『ストレイト・ストーリー』/1999年)と架空の世界(『デューン』)を除くと、彼の映画およびテレビ作品の大半はこうした彼個人の想像力/無意識/オブセッションの現出だった。夢を真摯に、明晰に描いたがゆえに、その世界は常にどこかが「ズレて」いたのだし──リンチ映画のセリフや設定の陳腐さ、独特なペース、役者の超フラットあるいは激エキセントリックな演技は、他の監督の手に掛かったら成り立たないだろう──、普通に辻褄の合う映画を期待して観ると、「なんで?」の連続になる。だがそれは、自分でも気づいていなかった心の闇の部分を刺激される、「意味は分からないけど、もう一度観たい」と引き込まれる唯一無二な世界だ。

 その不可思議さが「味」として確立されたのが、『ブルー・ベルベット』と『ツイン・ピークス』の第一シーズン(1990)だろう。クラブ他でシンガーが歌うダイジェティックな場面、時の止まったごとき平和な町と不健康な暗部の共存、常識はずれの悪(evil)、オフビートなユーモア。それらが相まって形成される、アナクロニズムの魅惑(オールドスクールなロックンロールやジャズが占めるリンチの世界では、1964年のビートルズ米上陸──リンチ本人は64年にビートルズのライヴを観ているものの──は起きなかったかのような錯覚に陥る。そこから先はコンテンポラリーな90年代メタル/インダストリアルにジャンプしてしまう)。『ツイン・ピークス』は日本でも盛り上がり、関連書籍も色々と出た。筆者はレンタルで観たが、毎回コーヒーとドーナツを用意して鑑賞したものだった(チェリーパイは当時日本では見かけなかった)。

 この2作で主役兼ヴューワーの身代わり(=謎を探る主体)を務めたのはリンチのオルター・エゴであるカイル・マクラクランだ。リンチはよく、『スミス都へ行く』(1939)や『素晴らしき哉、人生!』(1946)といったヒューマニスト映画で名を馳せた「ミスター・ナイスガイ」、ジェームズ・スチュワートに似ていると言われた。そのイメージにひねりを効かせたのがヒッチコックで、特に『裏窓』(1954)と『めまい』(1958)で覗き魔/探偵の境界線をぼかし、夢の女にフェティッシュな執着を抱く役柄をそれぞれ演じたスチュワートは、『ブルー・ベルベット』のジェフリー(『裏窓』の主人公の姓名はジェフリーズ)と『ツイン・ピークス』の堅物捜査官デイル・クーパー(「最も美しい死体」と称されたローラ・パーマーに、彼は魅入られたと言える)がだぶる。

 すれたところがなく誠実そうなマクラクランは、「善VS悪」を軸とするリンチ世界で善とその戦いを体現するヒーローと言える。しかしスモール・タウン〔※〕を出て、リンチがアメリカ映画の別のトロープ、すなわちロード・ムーヴィー(およびそのリミックス)を撮り始めたところで、モラルの境界線は錯綜していく。『ワイルド・アット・ハート』(1990)の主役のひとり=ルーラ(ローラ・ダーン)が言うように、「This whole world's wild at heart and weird on top(この世って根っから荒っぽくて、その上妙ちきりん)」なのだ。

 『ワイルド・アット・ハート』のもうひとりの主人公セイラー(ニコラス・ケイジ)は、マーロン・ブランドを思わせるヘビ革ジャケットを愛用しプレスリーを歌う、マクラクランの好青年とは真逆のアンチヒーロー。この善悪の反転はメビウスの輪へとねじれ、「ハリウッド三部作」=『ロスト・ハイウェイ』(1997)、『マルホランド・ドライブ』(2001)、『インランド・エンパイア』(2006)で加速していく。リンチにしか説明できないロジック&抽象を押し進めた、ハルシネーション(幻覚)とハレーションの交響楽──美/醜、感傷/怪奇、アイデンティティが錯綜するこれら3作は、「感じる」映画だ。オチがつかず、しかも抜け出せない悪夢にうなされる時のように、じかに感覚が揺さぶられる。

 そんな濃厚な夢に付き合うには観る側もそれなりの覚悟がいる。リンチの劇場映画はどんどん長くなっていった(雇われ仕事である『エレファント・マン』や『デューン』も2時間越えだが、原作の性質上仕方ない。『デューン』が長編1本で収まらないサーガなのは、ドゥニ・ヴィルヌーヴ版でご承知の通り)。『ワイルド・アット・ハート』で2時間の線を破り、『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』(1992)と『ロスト・ハイウェイ』は134分、『マルホランド・ドライブ』で147分、映画では最後となった『インランド・エンパイア』に至っては180分だ。

 その意味で、実験/アート映画の方向をとるのではなく、リンチが2017年に『ツイン・ピークス The Return』で大衆向けのドラマに久々に立ち戻ってくれたのは、英断だったし溜飲が下がった。18話に及んでハルシネーションを展開することでロングフォームTVの可能性を広げたのはもちろん、様々な「盟友」と再会を果たし、ライトモチーフやお家芸やテクニックを洗練・更新したあの作品は、彼の現役ぶりを示すと同時に総決算でもあった。

 もはや彼の新たな夢を見ることがかなわなくなった現在、謎(エニグマ)の山をどっさり残してくれたあの合計約17時間は貴重だ。ポリマスなアーティストだったゆえに、音楽、絵画、写真、書籍、ウェブ等、その感性はマルチなアウトレットを通じて発された。しかしリンチの遺した10本の劇場映画および『ツイン・ピークス』は、やはりそれらを集約した「総合芸術」であり、稀に見る夢の映像化だったと思う。

 『ツイン・ピークス』に出て来る用語に「青いバラ」というのがある。「Blue rose」は自然界に存在しない=「不可能/ミステリー」の意味でもあり、作品中では異界のフォースや超常現象を指すが、これはリンチというエニグマにもぴったりな気がする。彼は2010年にディオールのハンドバッグ、レディ・ディオールの連作広告のひとつ『Lady Blue Shanghai』篇を作った。主演のマリオン・コティヤールは記憶が混乱したまま、ホテルの部屋に鎮座した謎のバッグを開ける。ロバート・アルドリッチの『キッスで殺せ!』(1955)を想起せずにいられない場面だが、しかしその中に彼女が見つけるのは──記憶の中の恋人から渡された青いバラ、愛のシンボルだ。

 バラと言えば、『ブルー・ベルベット』の冒頭で鮮やかに咲き乱れる赤いバラのイメージも有名だ。しかし「Red rose」は「Dead rose(死んだバラ)」と韻を踏みたくなるし、対して「Blue rose」は「New rose(新たなバラ)」と思える。『エレファント・マン』のラストにはテニスンの詩「Nothing Will Die」が引用されるが、テニスンはその対を成す無常を歌った詩「All Things Will Die」も書いていた。そう考えるとリンチは、なんだかんだ言って善や愛が最後に勝つ、再生を信じていた人だったと思う。だから彼の夢の中に入るのは怖くないのだ。幕はいったん引かれたかもしれないが、映画館で、テレビで、ウェブで、彼の青いバラはどこかの闇の中で繰り返し花開き続ける。そんな風に何度でも夢で逢えるのは、素敵なことだ。

〔※〕『ブルー・ベルベット』の舞台ランバートンのあるノースカロライナ州、および『ツイン・ピークス』の主な舞台であるツイン・ピークスのあるワシントン州は、いずれもリンチが子供時代に暮らした州。

Waajeed - ele-king

 1年と少し前、CIRCUS Tokyoで体験したワジードのDJはほんとうにすばらしかった。その感動をふたたび味わえる日がこんなに早く来ようとは、僥倖以外のなにものでもあるまい。2023年朝霧ジャム出演以来の再来日、今回は名古屋(3/1@CLUB MAGO)、東京(3/7@CLUB ASIA)、京都(3/8@CLUB METRO)の3都市をまわる。前回都合がつかなかった方は、今回こそは見逃せませんよ!!
 なお、前回来日時に取材したワジードのインタヴューはこちらから。とてもいい話をしてくれているのでぜひご一読を。

WAAJEED JAPAN TOUR 2025

3.1 (Sat) CLUB MAGO, Nagoya

Main Floor
DJ
WAAJEED
Williams (Conomark, Taihei)

LIVE
OBRIGARD
Ramza
Goemon

Second Floor
MAKOSSA BOYS
GAL
Taiyo Maruyama
DJ KANBE

Food
Island Service

Open 22:00
ADV 3,000yen Ticket on Sale club-mago.zaiko.io/item/369387
DOOR 4,000yen

Info: Club Mago http://club-mago.co.jp
名古屋市中区新栄2-1-9 雲竜フレックスビル西館B2F Tel 052-243-1818

3.7 (Fri) CLUB ASIA, Tokyo
- THE HOUSE TOKYO -
Waajeed Japan Tour 2025
&
clubasia 29th anniversary

-MAIN FLOOR-
dj:
WAAJEED (Dirt Tech Reck / from Detroit)
Toshiyuki Goto
桑田つとむ a.k.a. DJ QUIETSTORM
conomark

live:
TOSH7

Vj:
Peeping Tom & Big! a.k.a. Sumokings
VIDEOGRAM

-2F FLOOR-
dj:
Kaori Ichikawa
Kentaro TT
Leo Gabriel
and more...

-1F BAR FLOOR-
dj:
Bungo
and more...

Open 23:00
Door 4,300yen + 1Drink
ADV 3,300yen + 1Drink *TICKET → zaiko https://cultureofasia.zaiko.io/buy/1yar:EwS:eaef4

Info: Club Asia https://clubasia.jp
東京都渋谷区円山町1-8 Tel 03-5458-2551

3.8 (Sat) CLUB METRO, Kyoto
- Jazzy Sport Kyoto 7th Anniversary × WAAJEED JAPAN TOUR 2025 -

SPECIAL GUEST DJ:
WAAJEED

DJs:
MASAYA FANTASISTA & MIKEY VAROT (Jazzy Sport)
YUKARI BB (Jazzy Sport Kyoto)
SHUN145 (Jazzy Sport Kyoto)
SHUNPURI (Club Metro)
PICHUU (Hatake Junkie)

VJ:
HSMR
mahiro

Pop up:
HATAKE JUNKIE

Food:
HIGETACO

Open 22:00
早割¥2,500 ドリンク代別途 [受付期間:1/21~1/24 23:59迄]
前売¥3,000 ドリンク代別途 e+ ( https://eplus.jp/sf/detail/4253530001-P0030001 )
当日¥3,500 ドリンク代別途

Info: Club Metro https://www.metro.ne.jp
京都市左京区川端丸太町下ル下堤町82 恵美須ビルB1F Tel 075-752-4765

Waajeed (Dirt Tech Reck / from Detroit)
Waajeed (ワジード)ことRobert O'Bryantはミシガン州デトロイト出身のDJ、プロデューサー、アーティスト。
10代の時、デトロイト・ヒップホップを代表するグループ、Slum VillageのT3、 Baatin、J Dillaと出会い、DJやビートメイカーとしてSlum Villageに参加する。
奨学金を得て大学でイラストレーションを学ぶ時期もあったが、Slum Villageのヨーロッパツアーに同行した時に、音楽を生業とすることを決めたという。
2000年にはSaadiq (Darnell Bolden)とPlatinum Pied Pipersを結成し、ネオソウルやR&B色強いサウンドを打ち出した。Platinum Pied Pipersとして、Ubiquityよりアルバム『Triple P』、『Abundance』がある。2002年からレーベルBling 47を主宰し、自身やPlatinum Pied Pipersの作品の他、 J DillaのインストアルバムJay Dee Vol. 1: Unreleased や Vol. 2: Vintageをリリースしている。
2012年、レーベルDIRT TECH RECKを立ち上げ、より斬新なダンスミュージックサウンドを追求している。
Mad Mike Banks、Theo Parrish、Amp Fiddlerとのコラボレーションを経て、2018年、Waajeedとしてのソロアルバム『FROM THE DIRT LP』を完成させた。
2019年、デトロイトでより多くの人々がアンダーグラウンドミュージックの制作ができるように、DTM、DAWでの音楽制作を中心としたワークショップコミュニティ、Underground Music Academy (UMA)を設立する。
2022年、最新アルバム『Memoirs of Hi-Tech Jazz』をドイツテクノ名門、Tresorから発表。

Kendrick Lamar - ele-king

アメリカンドリームに慎重ながらも楽観的:ケンドリック・ラマーの『GNX 』(2024年)

 昨年の秋、ケンドリック・ラマーのサプライズ・リリース『GNX』は、カリフォルニア出身のラッパーがヒップホップ界の勝者であることを決定づけた。このアルバムは、ラップというジャンル自体について語り、同時に、この情熱的で重要な作品についても多くを物語っている。

 日本でも、ラップの起源やその文化はほとんど神話となって広く知られている。人種的、経済的に疎外された人びとが楽曲をリミックスし、パフォーマンスを通じてコミュニティを形成し、アメリカの都市の裏通り——ブロンクスからシカゴ、ロサンゼルスからマイアミなどなど——から、ときに社会への怒りも表現した。しかしながら、ヒップホップがアメリカ(そして世界中)で主流文化となるにつれ、このジャンルの枠組みやルールは変容している。かつては協力関係やコミュニティを基盤としていたものが、いつしか競争と個人主義を中心とするものになったのだ。

 ある意味ヒップホップの進化は、いわゆる「アメリカンドリーム」というパラドックスを象徴している。この「アメリカンドリーム」もまた、「アメリカでは努力さえすれば何でも達成できる」と約束するという、世界中で知られるほぼ神話的な概念である。だが、実際のところそれはどうだろうか? アメリカでは、資本主義が民主主義と混同されることがしばしばある。この「自由の国」では「お金で投票している」と言われているが、まさに先日の、ドナルド・トランプがイーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、マーク・ザッカーバーグといった火星行きの取り巻きを従えて1月20日に大統領に就任した時点で、私たち99%の人びとはこれらの億万長者を打倒するための民主的な力を十分には持っていなかったことが明らかになった。

 アメリカでは、金は「何を成し遂げられるか」という点で価値を持つと考えられる一方で、それ自体が目的になっている。一部の人びとにとっては、金で買えるものよりも、どれだけの額を蓄えられるかのほうが重要なのだ。このことが、なぜラップ文化が主流の商業商品として地位やお金への執着に取りつかれているのかを説明しているように思える。それは、カニエ・ウェストが“The Good Life”で「人生でいちばん大切なものは無料のものだ」と主張していたのにもかかわらず、“I Am A God”では「早くクロワッサンを持ってこい」と怒鳴るようになった理由でもあり、また、ジェイ・Zが「俺はビジネスマンじゃない、ビジネスそのものだ」とラップしたことにもつながるだろう。

 しかし、『GNX』では──ドレイクやその「ロリータ・コンプレックス」に向けた一連のディス・トラック、さらにはP・ディディの醜悪な性的スキャンダルを経て──ケンドリックはラップを使ってこのジャンルが象徴するものへの反旗を翻している。彼はライヴァルたちを、ラップの純粋性を損ねる敵として位置づけ、このアルバムを通じてジャンルの喪失を嘆きつつも祝福し、あるいはその回復を求めているのだ。冒頭の“Wacced Out Murals”という曲において、このメッセージをすぐさま打ち出されている。ここでケンドリックは「みんな怪しい」と宣言し、リル・ウェインやスヌープ・ドッグ(「古臭いフロウ」と批判)など一部のラッパーを名指しで非難する一方で、ドレイクに対してはより間接的に、しかしアルバム全体を通して繰り返し批判を展開している。

 『GNX』には、「White Lives Matter」以前のカニエを思わせる感覚が随所に見られるように思う。まだ彼がプラットフォームをポジティヴな目的で使おうとしていた頃の話だ(『Graduation』の“Everything I Am”で、カニエはこう宣言している——「普通ならこんなことラップしないだろうけど、俺にはこれを裏付ける事実がある/去年だけでシカゴでは600以上の棺桶が必要だった/殺しなんてくだらないクソだ」)。ほかにも、アルバム全体を通じて、キリスト教的な救済のテーマが強く感じられるほか、“Man at the Garden”という楽曲では自分自身への賛辞(「俺にはすべての価値がある」)と、母親への感謝(「そうさ、彼女にはすべての価値がある」)という、カニエ風のオマージュさえも垣間見える。
 しかし、ケンドリックとカニエ、さらには他の現代ラッパーとの違いは、ケンドリックが名声と権力の誘惑に負けなかった点にある。彼はいまもなお、自分の地位を使って「より良いもの」を求めるメッセージを伝え続けている。アルバムの白眉ともいえる“Reincarnated”では、エゴと謙虚さ、そして権力や金銭の誘惑との間で揺れる古典的な葛藤を、驚くほど正直に探求している。ケンドリックは、自らを過去の偉大な黒人の系譜に位置づけ、「俺の人生を捧げて調和のなかで生きることを誓う/多くの人びとは苦しみ、思いは閉じ込められている/そんな敵を俺が作り出してしまったことを恥じている/さあ、いまいる場所を喜び合おう/悪魔の物語を書き直し、俺たちの力を取り戻すために、生まれ変わった」と宣言しているのだ。

 音楽的に見ると、『GNX』は華麗でありながら簡素という二面性を持ち合わせている。これは、成功の頂点に立つ人生の豊かさと孤独感、そして大きな力を持つことに伴う孤立した責任を見事に捉えているように思える。不規則なリズムやケンドリック特有のキャラクターになりきる能力に乗せられて、アルバムの音楽的印象を際立たせるのが、全編を通じて織り込まれた、無名の歌手によるマリアッチのヴォーカルだ。このメキシコ音楽が、ドナルド・トランプが2期目の大統領職に就いてから1週間足らずの状況ではとくに心に響く。その間に、トランプは大量の不法移民を国外追放する計画を公表し、メキシコ湾を「アメリカ湾」に改名することを示唆した。
 とはいえ、こうした歌詞の内容を超えて、『GNX』は包括性へのラヴレターと言えるだろう。これは個人ではなくコミュニティを、個人主義ではなく協力関係を慎ましく祝福する作品なのだ。アメリカは夢見る者たちの国であり、異なる文化の断片がひとつの全体として結集するという実験でもある。ここでは物事は複雑で混沌とし、騒々しく、押しつけがましく、何ひとつ予定通りには進まない。ときには暴力的なこともある。そして、フルタイムで働いても請求書の支払いに苦労し、漫画に出てくるような悪党たちに支配されている政治現状では、「アメリカンドリーム」は悪い冗談でしかない。

 ケンドリックの『GNX』は、慎重ながらも楽観的な祈りのように感じられる。たしかに状況は最悪だ。が、そう、だからこそいまは、正直になって過去の過ちから学び、アメリカのみならずこの世界をより良い場所にするため、私たちに与えられた力を何であれ使うべきときなのだ。

Cautiously Optimistic for the American Dream: Kendrick Lamar’s GNX (2024)

Last fall, Kendrick Lamar’s surprise release GNX cemented the California-based rapper as the winner of the hip-hop game — which says as much about the genre of rap itself as it does about this blistering, important album.

Even in Japan, rap’s origins are so well-known as to be almost mythical: the racially and socio-economically disenfranchised remixing songs, creating communities through performance, and raging against the machine in the back alleys of America’s inner cities — from the Bronx to Chicago to LA. But as hip-hop went mainstream in the US (and around the globe), the parameters of the genre — and the rules of its game — morphed from a foundation of collaboration and community to one of competition and individualism.

In a sense, hip-hop’s evolution represents the paradox of the so-called “American Dream”: another near mythical concept known around the world which promises that you can achieve anything in the USA, so long as you work hard enough. In actuality, though, capitalism is conflated with democracy in America. Here in the “Land of the Free,” we’re told that we “vote with our dollar”— although since Donald Trump was sworn in as president on January 20th with his Mars-bound henchmen of Elon Musk, Jeff Bezos, and Mark Zuckerberg in tow, it’s clear that we 99% didn’t have enough democratic capital to to overthrow the billionaires...

In America, then, money might be coveted for what it can do for us, but often ends up becoming the goal in and of itself. To some people, what money can buy you isn’t as important as how much money you can accumulate. I can’t help but think that this is why rap culture, as a mainstream commodity, is so status and money-obsessed. It explains why Kanye West went from reminding us that the best things in life are free on “The Good Life” to barking at people to hurry up with his damned croissant on “I Am A God.” It’s why Jay-Z rapped, “I’m not a businessman, I’m a business, man.”

But on GNX — fresh off a series diss tracks aimed at Drake and his Lolita- complex, and the hideous sex scandal surrounding P. Diddy — Kendrick uses rap to fight against what this musical genre has come to represent. He frames his rivals as opponents of rap’s integrity, which the album both mourns and celebrates— perhaps even demands. He wastes no time establishing this message, either. On the opening track of “wacced out murals”, Kendrick declares that “everybody questionable,” and calls out some rappers explicitly (like Lil Wayne and Snoop Dog, the latter with his “old-ass flows”), and others — specifically Drake — more implicitly, and repeatedly throughout the entire album.

Aspects of GNX have a distinct feel of pre-White Lives Matter Kanye, when he tried to use his platform for positivity (“I know people wouldn’t usually rap this,” Kanye pronounces on Graduation’s “Everything I Am,” “But I got the facts to back this / Just last year, Chicago had over six hundred caskets / Man, killing’s some wack shit”). There’s strong themes of Christian redemption throughout the album as well, and even a decidedly Kanye-esque homage to both himself (“I deserve it all”) and his mother (“Yeah, SHE deserves it all”) with “Man at the Garden.” The difference, though, between

Kendrick and Kanye— and other rappers of our time— is that Kendrick didn’t fall prey to the siren song of fame and power. He continues to use his status to preach for something better. Perhaps the crown jewel of the album, “Reincarnated” investigates the age-old struggle between ego and humility, and the temptation of power and money, with stunning honesty. Inserting himself into a lineage of Black greats before him, Kendrick promises: “I vow my life to just to live one in harmony now/ You crushed a lot of people keeping their thoughts in captivity/ And I’m ashamed that I ever created that enemy/ Then let’s rejoice where we at / I rewrote the devil’s story just to take our power back, reincarnated.”

Musically, GNX is at once ornate and spare, which captures the lush loneliness of life at the top, and the isolating responsibility that comes with great power. Against some off-kilter rhythms and Kendrick’s signature ability to get into character, though, GNX’s musical stamp might be the Mariachi vocals from a previously unknown singer woven throughout the album. This Mexican music is especially haunting in Donald Trump’s second presidency, which less than a week in promises to deport undocumented people en-mass, and rename the Gulf of Mexico the Gulf of America. Beyond its lyrics, then, GNX is a love-letter to inclusion: a solemn celebration of community over individual, and collaboration over individualism.

America is a nation of dreamers, and is an experiment in separate cultural pieces coming together as a whole. It’s complicated and messy here. It’s loud, it’s in-your-face, nothing runs on time. Sometimes it’s violent. And while the American Dream may seem like a bad joke as people struggle to pay bills working full-time jobs, and while our politics are overrun by comic book-levels of villainy, I dare say that Kendrick’s GNX is a cautiously optimistic prayer. Yes, this is the shit show we’re in, but now is the time to get honest, learn from our mistakes, and use whatever power we may to make something better— in America and beyond.

eat-girls - ele-king

 「それってたんにおまえの好みだろ」と言われてしまわないためにも、これからイート・ガールズがいかに素晴らしいかを説明しなければならない。自分で言うのもなんだが、ぼくはイート・ガールズをかなり気に入っている。そのアルバムは、以下のバンドが好きな人には必聴である。ザ・レインコーツのセカンド、ダブをやったときのザ・スリッツ、アント・サリー、ポカホーンテッド、スティル・ハウス・プランツ……ハルモニアやクラスター的なエレクトロニックなアプローチも見受けられるが、しかし上記のどれとも違っている。ただ、発売レーベルがドイツの〈ビューロー・B〉(クラスターなどのリリースで知られる)は偶然ではない。さあ、説明するぞ。

 イート・ガールズが良い理由、そのひとつはすぐに言える。『アレア・シレンツィオ』とは、優れたポスト・パンク再評価である。既述したザ・レインコーツのセカンド(1981年の『オディシェイプ』)は、コーラジュやダブを応用した当時としては実験作だった。ヴァース/コーラスというポップソングの慣習的な構造を解体したという点で、その後のポスト・パンクに多大な影響を与えた『アンノウン・プレジャー』や『メタル・ボックス』といったインパクトとは別のアプローチによってサウンドの冒険を具現化したアルバムである。いまでこそ評価されているが、リアルタイムでJDやPILと同じように大絶賛されたかと言えば違った。ザ・スリッツのよりダビーな作品は、エイドリアン・シャーウッドがリミックスした“マン・ネクスト・ドア”(1980)だが、これもまた両雄たちのような賛辞があったわけではない。この路線の同胞には、最初期のスクリッティ・ポリッティの“スカンク・ブロック・ボローニャ”(1978)がある。
 これらポスト・パンクにおけるミニマリズムとダブの密約めいた神秘的な音響工作は、当時のほんの一瞬のカルトに留まり、ザ・レインコーツもスクリッティ・ポリッティもそれを続けて発展させようとはしなかった。イート・ガールズは、1980年あたりのUKポスト・パンクがわずかに試み、忘れられたそうしたダブの応用(On-Uのインダストリアル路線でもジャマイカ路線でもない)を引っ張り出して、それがまだ拡張可能なスタイルであることを証明している。チープなドラムマシン、反復するベースライン、モノトニーなヴォーカリゼーション、冷たいギターという、言うなればポスト・パンクの常套手段を踏襲し、自分たちのサウンドを模索することは決して安易ではないが、それを具現化しているのがイート・ガールズのデビュー・アルバム『アレア・シレンツィオ』なのだ。

 ザ・レインコーツは方向転換したがうまくいかずバンドは消滅し、スクリッティ・ポリッティは態度を反転させ、その数年後にはコマーシャル路線へと突進した。これが意味することは、ポスト・パンクにおける音響実験が数年後、いかに袋小路に陥っていたかという話だ。サウンドを更新したことが新しいリスナーを増やすことには繋がるとは限らない。伝統的なヴァース/コーラス形式を好むリスナーがその当時も多かったことは、インディ・ロックの興隆やポール・ウェラーのような人の音楽が人気だったことを鑑みればあきらかだ。しかし、21世紀の現在、スティル・ハウス・プランツやイート・ガールズのようなバンドは、すでに終わったその頃の実験を完全に甦生させている。

 イート・ガールズは、フランスのリヨンで暮らすアリサとエミリで2021年に始動し、アルバムはマクサンスが加入した三人で制作された。スティル・ハウス・プランツよりもキャリアは短いが、本人たちいわく「昆虫学者の忍耐力をもって」ここに到達したそうだ。少なくとも「アシッド・トラックス」のように遊んでいたら偶然生まれたものではないことはたしかだ。そのサウンドはアトモスフェリックで抑揚がないとはいえソングライティングにはメロディがある。ここではエレクトロニックの要素も重要だが、三人いっしょに歌っている感じも良いし、ザ・レインコーツ直系とも言える飾り気のなさ、普段着なのも良い。無理してセクシャリティを見せつけることもないしがんばって人目をひくヴィジュアルをしたためることもない
 そして冒頭の “On A Crooked Swing” から全開の気怠さ……どんな競争や狂騒からも滑り落ちていくような感覚がたまらない。バンドはそれを没入感有するサウンドに仕立てているわけだが、 なかでも“Canine”という曲が白眉だ。「あなたが私に電話したので、私は恐くなって地下鉄のレールの上に落としてしまった/パンケーキが焼ける匂いのなかで愛し合ったのがまるで昨日のよう/いや、違う。私は誰も愛していない」
 英語で歌っている曲が多いが、スペイン語のパンク・ダンス・ソングで、マラリア!を彷彿させる “Para los Pies Cansados(疲れた足のために)” なんていう威勢の良い曲もある。
 アルバム名はイタリア語で、その意味は「静かなエリア」。ヤング・マーブル・ジャイアンツ風の静寂は、アルバムの多くに、こと“earthcore”なる曲に受け継がれている。それは眠たい目をこすりながらパジャマのまま世界を眺める不快感にも似ているが、“Trauschaft”なる曲の荒削りの疾走感でアルバムが締めくくられるとき、リスナーは自分の世界が少しだけ、でも確実に広がった気持ちを抱くだろう。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369