「R」と一致するもの

Roedelius - ele-king

 1973年のことである。69年よりベルリンを拠点に、エレクトロニック・ミュージックにおいてフリー・ジャズにも似たアプローチで、名状しがたい嵐のような抽象的な音楽(ないしは非音楽、ないしはインダストリアル・ドローン)をやっていた元Kluster/Clusterのふたり──ハンス・ヨアヒム・レデリウスとディター・メビウスは活動の場を西ドイツの片田舎、ヴェーザー高地のフォルスト村へと移した。グリム童話にちなんだ土地とも遠くはない。クラスターの『Sowiesoso』のジャケットにあるような、ドイツの田舎らしいロマンティックで美しいところなのだろう。とにかくふたりはその村にあった家をスタジオに改築し、そこから数々の名作を録音することになる。ハルモニアのアルバムがそうだし、よく知られるようにアンビエントを志したイーノがまず訪ねたのも森のなかの彼らのスタジオだった。つまりクラスター&イーノが生まれ、そして最初のレデリウスのソロ・アルバム(ないしは『Selbstportrait』の2枚の音源)も録音されている。クラスターにとっての黄金期はフォルスト時代である。
 本作『Tape Archive Essence 1973-1978 』は、タイトルがいうように黄金期におけるレデリウスのいままで表に出さなかった個人的な記録であり、音のスケッチ集で、それらはRevox-A77のテープマシン、Farfisaオルガン、エコー装置とシンセサイザー、4トラックのレコーダーによって描かれている。
 また、じつをいえば本作は、2014年に同レーベルから3枚組のボックスで限定リリースされた未発表音源集のダイジェスト盤なのだが、CANのそれと同様、本作はコアファン向けの商品なんかではない。オリジナル作品と並べても何の遜色ないどころか、ヘタしたらこっちのほうがいいのではないかと思えるほどの内容になっている。

 牧歌的で、穏やか(ピース)で切なく(メランコリックで)、控え目な実験と遊び心がある──レデリウスの作品の特徴を要約すればそんなところだが、しかしそうした陳腐な説明を越えたところに彼の音楽はある。モダン・クラシカルの先駆者なんていう評価もあるようだが、ぼくが彼の音楽を聴き続けているのは理由がある。極めて個人的な理由だが、ぼくはレデリウスによってシラフでいることの素晴らしさ、気持ちよさを教えられたと言っていい。まあ、これも陳腐な表現か(笑)。
 いいや、先に進めよう。このアルバム、1曲目“Nachtens in Forst'”の神秘的な静寂からして相当なものだ。そして2曲目には、彼らしい遊び心あるピアノ曲“Springende Inspiration”が待っている。
 レデリウスの音楽は甘ったるくもなく、また夢幻的なところもない。それはリズムの入った“Lied Am Morgen”にも通じる。田園風で、曲はメロディアスなのだが、音楽はこの現実からどこにも連れていかない。エレクトロニックな反復であっても、クラフトワークのようにトランスさせることはない。口当たりばかりが良いニューエイジとも違う。それでいてこの音楽は、リスナーの気分を良くするのである。
 現在80代もなかばにいるレデリウスは、自らの音楽をいみじくも「荒れ狂う平和(A Raging Peace)」と形容している。戦争を経験し、壁が作られる直前に東から西へと身を移し、戦後ドイツの混乱のなかで貧困を経験し、さまざまな職(マッサージ師や看護師など)を長い間やりながら、運命というか何というか、よりによって天才コンラッド・シュニッツラーの導きによって音楽の世界に入っている。Klusterをはじめたとき、彼はすでに30代半ばである。
 そんな彼のタフな人生経験からすれば、穏やかさにはつねに痛みが隣接しているのだろう。楽天的ではあってもイージーではない感覚が、彼の牧歌的な音楽には通底している。
 “Rokkokko”はクラスターがもっともポップに接近した『Zuckerzeit』の頃の音源だろうか、ミニマルなピアノフレーズに無機質なリズムボックスがフィーチャーされているが、それでもこの曲が描くのはドイツのカントリーサイドであり、生い茂る緑や透き通った空気、こころ踊る田舎道だ。アルバム中盤の“Skizze 4 Von 'By This River'”と最後に収められている“Skizze 3 Von 'By This River'”は、『Sowiesoso』の写真で見られるような田園を流れる川へのオマージュだろう。そしてすべての音響には、当時の録音による独特のこもり具合の温かみがある。(アルバムのインナーにはフォルスト村の写真、そして当時の使用機材の写真も掲載されている)

 芸術の都ケルンのネルフェニッヒ城をスタジオにしたCAN、商業都市デュッセルドルフにおけるクラフトワークのクリングクラング・スタジオ、そして、ヴェーザー高地の田園のなかの一軒家を拠点としたクラスター。場と音楽性はやはり関係しているのだろう。エイフェックス・ツインの『セレクテッド・アンビエント・ワークス85-92』がコーンウォールの彼の実家の部屋で作られたように、クラスターひいてはレデリウスは、エレクトロニック・ミュージックとは必ずしも工業都市や都会の音である必要はないという道を開拓した。

 (追記)なお、1934年生まれのこの長寿のエレクトロニック・ミュージシャンは、同時にまったくの新作『Selbstportrait Wahre Liebe』も発表しているが、これもまたお茶目で、穏やかで、切なく、しかし悲しくはない。

The Beneficiaries - ele-king

 先日レヴューしたスピーカー・ミュージック(ディフォレスト・ブラウン・ジュニア)による「ステレオモダニズム」論を咀嚼すれば、白いユートピアを先行して目指すべく繁栄したミッドセンチュリーのアメリカにおける最大の工業都市デトロイトは、しかし60年代の政治の季節を境に荒廃し、70年代には劣悪な廃墟となった。デトロイト・テクノは白いユートピアの滅びから生まれた黒い文化であると。そして、批評家のグレッグ・テイト風に言えば、「巨大なエンターテイメント産業の歯車のひとつになることのない、自律したソニック・フューチャリズム」は誕生したと。
 「クリスタル・シティとはデトロイトのことである」と詩人ジェシカ・ケア・ムーアは話してくれたが、すなわちそこはディフォレスト・ブラウン・ジュニア風に言えば、白い資本主義の限界から生じた黒い都市である。『ザ・クリスタル・シティ・イズ・アライヴ』──それがザ・ベネフィシャリーズのアルバム・タイトルだ。

 このプロジェクトの中核は、デトロイト・テクノの開拓者のふたり、ジェフ・ミルズとエディ・フォークス、そして詩人にして活動家のジェシカ・ケア・ムーアの3人で、アルバムにはほかにも鍵盤奏者アンプ・フィドラーをはじめ、コアなディープ・ハウスのファンには上座に位置する〈Prescription〉レーベルからの作品で記憶されているパーカッショニストのサンディアータOMと、もうひとりのアフリカン打楽器奏者としてEfe Besがいる。じつはジェフとエディもじつは叩いているそうで、つまり本作の音楽面におけるまず大きな特徴にはパーカッションがある。そこだけにフォーカスして言えば、これは70年代にアフロ・パーカッションをバックに政治的詩を読みあげたザ・ラスト・ポエツのテクノ版である。

 しかし、もちろんジェフ・ミルズが指揮をとるザ・ベネフィシャリーズは懐古的なプロジェクトではないし、ソニック・フューチャリズムがたっぷり注がれたエレクトロニック・ミュージックをベースにしている。過去ではなく明日に期待すること(過去に依存できない以上、明日にしか生きられないこと)、天空の星々に見とれること(本当の故郷がどこにあるのかわからないのだからこそ、宇宙を思う)、それらアフロ・フューチャリズムは、1曲目の“メタリック・スターズ”から爆発する。サン・ラーとセシル・テイラー、文学者のオクタビア・バトラーとサミュエル・R・ディレイニー、そして革命に生きた音楽家ニーナ・シモンの名前が読まれる。
 たしかにもうひとつこの音楽のヒントになるのは、マイルスの『オン・ザ・コーナー』かもしれない。だが、タブラとカリンバ、そしてリズム・マシンの反復と夜空の彼方で反響するエレクトロニック・サウンドとの複合は、デトロイト・テクノをまた一歩、アフロ・ジャズの領域に隣接したところへと進めようとしていることは明白なのだ。ジェシカの力強い言葉に関して言えば、日本盤では誠実な解説者が彼女の詩をみごと和訳しているので、そちらをじっくり読んでいただきたい。

 2曲目“ピープル”はエディ主導の曲だが、ここではアフロ・パーカッションがより強調されている。サンディアータOMのフリーキーな演奏が聴けるのもこの曲で、13分あるこの曲の後半におけるザ・ラスト・ポエツめいた展開とスローテンポのスペイシーなエレクトロ・ファンクとの結合は素晴らしいとしか言いようがない。3曲目の“スター・チルドレン・オブ・オリオン”、そして“ホエン・ザ・サン・ユー・ラヴズ・バック”というジェフの2曲によって、宇宙航海は深まっていく。空想の音を奏でるという点ではテクノ時代のサン・ラーとも言えるサウンドで、それが“Space Is A Place”をカヴァーすることよりも“ディスコ3000”以降の世界に向かっていることは疑いようがないだろう。
 14分にもおよぶ“ザ・X”は、アルバムのもうひとつのクライマックスだ。フリー・ジャズ的なアプローチをしている曲で、アフロ・パーカッションとアンプ・フィドラーの鍵盤、そしてエレクトロニクスによるセッションは過去と未来を往来する。アルバム最後には、表題曲の“ザ・クリスタル・シティ・イズ・アライヴ”が待っている。ここでもパーカッションがミニマル・テクノと結合し、いつもながらのデトロイトの力強さへと着地するが、サウンドは〝いつもながら〟ではないし、じつに斬新。テクノの故郷は、いまもジャンルを更新しようとしている。

 ちょうど昨日、別冊エレキングのブラック・パワー特集号の入稿が終わった。ぼくにとってのきっかけは、このアルバムだった。

R.I.P. Malik B - ele-king

 唯一無二のヒップホップ・バンド、The Roots の初期メンバーであるラッパーの Malik B こと、Malik Abdul Basit 氏が2020年7月29日に亡くなった(享年47歳)。死因は明らかになっていないが、ネット上にて Malik B の死の噂が広まってすぐに、彼の従兄弟でCBSニュースの元特派員である Don Champion 氏が Twitter で追悼のメッセージをポストしたことによって訃報が事実であることが判明。さらに The Roots の Questlove、Black Thought らも相次いで追悼の意を表す投稿を Instagram にて行ない、世界中の The Roots ファンへと悲報が伝わっていった。

 80年代後半、同じフィラデルフィアのアート系の高校に通っていた Questlove と Black Thought によって The Roots の原型となるグループが結成され、その後、大学へと進学した Black Thought が親戚の紹介で出会い、共に活動することになったのが同じくフィラデルフィア出身の Malik B であった。高校の時点ですでに生楽器によるバンドスタイルでライヴを行なっていた彼らであるが、Black Thought がグループのメインMC、そしてサイドMCである Malik B はサポート・メンバーという立ち位置でフィラデルフィアやニューヨークでライヴ活動を重ね、バンド・メンバーを少しずつ増やしながら、ヒップホップ・バンドとしてのフォーマットを固めていく。ちなみに The Roots の 1st アルバム『Organix』は、彼らの初のヨーロッパ・ツアーに合わせて1993年に自主制作でリリースされたものであるが、(すでに共にライヴ活動はしていたにもかかわらず)実はこのアルバムのレコーディングの時点ではまだ Malik B はグループの正式メンバーではなく、このヨーロッパ・ツアーのタイミングで正式にメンバーになったという。1995年にリリースされた、彼らのメジャー・デビュー作でもある 2nd アルバム『Do You Want More?!!!??!』のジャケットには右から Questlove、Black Thought、そして Malik B の3人が並び、Malik B は名実ともに The Roots の看板を背負う立場になった。
 いまでは人気テレビ番組『The Tonight Show Starring Jimmy Fallon』のハウス・バンドを務めるなど、アメリカを代表するヒップホップ・グループのひとつとして高い知名度を誇る The Roots であるが、デビュー時の彼らはヒップホップ・シーンの中で実に異端な存在であった。90年代のヒップホップ・シーンはサンプリングによるプロダクション全盛期であり、生楽器でのバンド・スタイルでのヒップホップ・グループは、少なくともメジャー・アーティストでは彼ら以外は存在しておらず、大半のヒップホップ・ファンにとっては未知の存在であった。しかし、バンド・スタイル以前に、Black Thought と Malik B という二人のMCの素晴らしさは誰が聞いても明らかであり、The Roots にヒップホップ・グループとしての絶対的な価値があるということに皆が気付くようになるにはさほど時間はかからなかった。
 4枚目のアルバムとなった『Things Fall Apart』(1999年)のリリース後、Malik B はグループを脱退するが、Black Thought と Malik B の2MC体制であった時期の The Roots は、文字通りの黄金期であった。80年代から90年代にリリースされたヒップホップの名作アルバムを紹介している書籍『Check THe Technique』の中で、Questlove はこのふたりのMCについて、Black Throught を「明快で論理的」、Malik B を「抽象的」とコメントしている。いわゆるバトルライムを得意とする Black Thought は、ヒップホップ・シーンの中ではまさに正統的なスタイルであるが、それとは対照的なアブストラクトなスタイルの Malik B という存在があったからこそ、ふたりが絶妙なバランスで絡み合う3枚のアルバム『Do You Want More?!!!??!』、『Illadelph Halflife』、『Things Fall Apart』は、いまもヒップホップ・クラシックとして輝き続けている。
 Malik B は2006年リリースの『Game Theory』にてグループへ再合流し、2008年リリースの『Rising Down』にも参加しているが、共にクレジット上ではゲスト・アーティスト扱いとなっており、残念ながら正式にメンバーとして復活はしていない。一方でグループ脱退後には、ソロでのEPやニュージャージー出身のプロデューサー、Mr. Green とコラボレーション・アルバムなどもリリースするなど、ラッパーとしての活動は継続していただけに、47歳という年齢で亡くなったことは実に残念である。

 最後に、日本のヒップホップ・ファンにとっては、Malik B の名を聞いてDJ Krush “Meiso” を思い出す人も多いだろう。1996年にリリースされた同名のアルバムにも収録されたこの曲には、Black Throught と Malik B が揃ってゲスト参加しており、90年代当時の DJ Krush を代表する一曲でもある。自らのヨーロッパ・ツアー中に The Roots の存在を知ったという DJ Krush は、おそらく日本人の中でもいち早く彼らの魅力に気づいた人物だ。シンプルでありながら、独特の存在感を放つ DJ Krush のビートに乗って展開される、Black Throught と Malik B のマイクリレー。ラストの「With DJ Krush from Japan, so no more need to discuss」という Malik B のライムを心に刻みながら、哀悼の意を表したい。

Aru-2 - ele-king

 ビートメイカーとしてキャリアをスタートし、ビートテープのリリースやプロデューサーとして様々なアーティストへのトラックを提供する一方で、Notology という名義でヴォーカル作品も発表し、さらに昨年11月にはラッパー/ビートメイカーの NF Zessho とジョイント・アルバム『AKIRA』をリリースするなど、実に多彩な活動を繰り広げてきた Aru-2。そんな彼がビートとヴォーカルという、自らのふたつの武器を見事に駆使して作り上げたのがこのアルバム『Little Heaven』だ。

 Aru-2 の作り出すサウンドはシンセ/キーボードが軸となって空気感を作り出し、さらに下地となるビートは実に不規則なパターンを描き、彼にしか作り得ない独特なグルーヴが完成している。また全体を通して、アナログ的なザラザラした感触が保たれる中で、音数も決して多くはなく、どこか引き算の美学というのも強く感じとれる。ジャンル的にはヒップホップというフィールドにいるのは間違いないのだが、ヒップホップという音楽だけを聴いていたら決して生まれないサウンドであり、それは彼のヴォーカル・スタイルにも共通している。ヴォーカルも楽器のひとつとして、他の楽器と見事に混ざり合い、心地良く耳に響いてくる。先行リリース曲の “Sen” などはその典型とも言えるが、曲の中でシンセとヴォーカルが並列に存在し、見事なアンサンブルを奏でている。そんな中、“Hentai NIpponjin” という曲に関しては、彼の言葉が実にダイレクトに届き、少々異彩を放つ。シンセベースが実にファンキーに響くトラックに乗って「現代日本人はみんな変態」というシンプルなメッセージにニヤリとさせられながらも、どこかふっと腑に落ちるような曲でもあり、不思議な魅力に包まれている。

 本作のもうひとつの目玉は、Aru-2 とも繋がりの深いラッパーのゲスト参加だろう。乗りこなすのは決して容易ではない Aru-2 のトラックであるが、全員がそれぞれスタイルの異なるビートに自らの個性をストレートにぶつけ、曲のグルーヴ感を最大限に引き出している。完成度が高いのは曲の構成が一番作り込まれ、展開も見事な JJJ とのタイトル曲 “Little Heaven” であるが、KID FRESINO、Campanella との “Go Away”、ISSUGI との “Bye My Bad Mind” も、甲乙つけがたい強い存在感を放っており、Aru-2 のヴォーカルとのコンビネーションも実に聞き応えがある。少々贅沢な願いかもしれないが、Aru-2 のビート&ヴォーカルを駆使した上で、さらにもっといろんなラッパーとの組み合わせによる楽曲を聞いてみたい。そんなことさえ思わせてくれる、無限の可能性を感じさせるアルバムだ。

Bottom of Tokyo - ele-king

 週末はJリーグ! ……なのですが、なんとも悩ましい時間帯に、Wool & The Pantsのライヴ配信があります。
 どういうことかというと、思い出野郎AチームのパーカッショニストでありMAD LOVE Recordsを主宰するDJサモハンキンポー、DJ不時着によるレギュラー・パーティ「Bottom of Tokyo」が8/8(土)に東京・幡ヶ谷のforestlimitで開催。そこにウールが出演することになりました。また、PPUから7inch「Omae / Wagamama」をリリースした鶴岡龍もDJとして参加。
 ライヴハウスは限定20人、forestlimitの配信サービスforestlimittvでもライヴ配信されるという。いや~~、これは本当に悩ましいですな。しかし、ウールのライヴは滅多に見れませんから……。

“Bottom of Tokyo”

2020.8.8.SAT
Open/Start : 19:30
Streaming : 1,000JPY
Venue Entrance : 2,000JPY (Limited 20)

LIVE:
Wool & The Pants

DJ:
鶴岡龍
サモハンキンポー
不時着

https://www.tv.forestlimit.com/event-details/bottom-of-tokyo

Contact:
info@forestlimit.com
https://www.tv.forestlimit.com/

interview with AbuQadim Haqq - ele-king

 「深海居住人(Deep Sea Dweller)」として、1992年にドレクシアは初めて世界にその存在を知らしめた。翌年には「あぶくのメトロポリス」(93)、そして「分子によるエンハンスメント(強化)」(94)、「未知なる水域」(94)、「水のなかの侵入」(95)、「帰路への旅」(95)、「ドレクシアの帰還」(96)、「探索」(97)……すべて12インチ・シングルだが、それの音楽においては、水歩行人、ロードッサ、波跳ね人、ダートホウヴェン魚人、ブロウフィン博士……といったキャラクターが登場する。16世紀の奴隷船において、海に落とされた病人たちが水中生物として変異し、生き延び、繁栄し、そこにユートピアを築いていたというのがドレクシアがレコードと音楽によって繰り広げた物語である。
 デトロイトのゲットーの地下室で変異したクラフトワーク直系のエレクトロによってファンタジーは語られ、主要な作者であるジェイムス・スティントンがこの世から消えてからはなおのこと、生前よりもいっそう広く、そしてむしろリアルタイムで知らなかった世代によって語り継がれている。ドレクシアほど、後からそしてまた後からと評価が高まっていったアーティストは珍しい。

 長年にわたってデトロイト・テクノのヴィジュアル面をになってきたアブドゥール・ハック(最近、アブカディム・ハックと改名)が、5年の歳月をかけて描き上げたのが、このたびベルリンの〈Tresor〉から刊行されたグラフィック・ノベル版『The Book of Drexciya Vol.』だ。編集部小林がなけなしの大枚をはたいて〈Tresor〉から直接購入したこの本は、いまなら多額の送料不要でディスクユニオンで購入できる。メデタシである。
 そんなわけで、日本のファンにはすっかりおなじみのハックの声をお届けしましょう。通訳を手伝ってくれたのは、日本のTVゲームやジャズ喫茶のドキュメンタリー映像作品を制作しているニック・ドワイヤー。14歳のときに聴いたジェフ・ミルズのミックスCDがきっかけてエレクトロニック・ミュージックを好きになった彼にとっても、ハックはヒーローです。

ドレクシアの深い部分をもっと表現したいという気持ちが強かった。ジェイムス・スティントンは他にもプロジェクトがあったけど、僕と彼とが一緒にやったほうがより彼の世界を描けるんじゃないかと思った。

ハック、グッモーニン(笑)。

ハック:ヘイ! グッドイヴィニング(笑)!

いまそっちは何時?

ハック:朝の6時。

早いね。

ハック:オールウェイズ!

今日、通訳を手伝ってくれる友人のニック・ドワイヤーを紹介するよ。

ニック:お会いできて嬉しいです。いま東京に住んでいるけど、生まれはニュージーランドです。※この取材の1週間後にはビザの関係で帰国。

ハック:クール。

ニック:最後に東京に来たのはいつ?

ハック:2017年だね。

もう何回も来ているよね。ハックは日本に多くの友だちがいるから。

ハック:ハッハハハ、イエス。

じゃあ、質問しますね。このプロジェクトはいつ、どのように発展したんですか?

ハック:5~6年前に、キャラクター……まずは水中のキャラクターを使ってストーリーを考えはじめたんだよ。ドレクシアの王様というのが話の原点でね。

じゃあ、これはあなたのオリジナル作品とみていいですよね?

ハック:イエス。ドレクシアのコンセプトを元にした僕のオリジナルだよ。

これはシリーズになるんですよね?

ハック:ハイ。

では、もうすでにこの後の脚本もあるんだ?

ハック:いま2作目のシナリオを思案中。

ドレクシアはミステリアスで、ファンはそれぞれが自分のドレクシアのイメージを持っているでしょ? だからドレクシアの世界を具象化するのってリスキーでもあるわけだけど、そこはどう思う?

ハック:いや、そこまでリスキーだとは思わなかったな。むしろ、ドレクシアの深い部分をもっと表現したいという気持ちが強かった。ジェイムス・スティントンは他にもプロジェクトがあったけど、僕と彼とが一緒にやったほうがより彼の世界を描けるんじゃないかと思った。

たくさんのキャラクターがいるけど、ハックのお気に入りは?

ハック:ドクター・ブローフィン(Dr. Blowfin/アルバム『The Quest』に登場)だね。

ニック:それはなんで?

ハック:知的で、ドレクシア文明を作ったひとりでもある。話を作っているうちにどんどん好きになったキャラクターだね。

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ジェイムス・スティントンはとても頭が切れる人で、でも笑顔もステキで、礼儀正しくていい人だった。僕は彼の音楽が大好きで、天才だと思っていたよ。よくサイエンス・フィクションや自分のコンセプトについて話をしていたよ。

ハック:ところで、いま(ZOOM画面に)新しい訪問者がいるけど誰?

編集部のコバヤシ。彼が〈TRESOR〉から直接本を買ったんだよ。

ハック:Arigatogozaimashita!

ニックは憶えてる? かつて君を取材したミスター・コバヤシ。

ニック:おー、コバヤシさん!

小林:イエス。

ニック:ハウ・アー・ユー!?

小林:アイム・ファイン。

じゃ、次の質問。ジェイムス・スティントンと初めて会ったのはいつ?

ハック:90年代初頭。いちばん最初のサブマージのオフィスで会った。あの建物はいまは駐車場になっているけど。そのときはあまり話さなかったね。挨拶したぐらいだった。

彼はどんな人だったの?

ハック:とても頭が切れる人で、でも笑顔もステキで、礼儀正しくていい人だった。僕は彼の音楽が大好きで、天才だと思っていたよ。よくサイエンス・フィクションや自分のコンセプトについて話をしていたよ。 ニック:どういうSF?

ハック:(ハックがアートワークを手掛けた)『Neptune's Lair』のときは『スター・ウォーズ』の話をしたのを憶えているよ。ちょうどシリーズが再スタートして『ファントム・メナス』が公開されたタイミングだったんだよ。あとは『スタートレック』とか。

ハック、その昔のサブマージの建物の駐車場の壁に、大きなタギングでドレクシアが描いた「ファック・メジャー・カンパニー」っていう言葉をよく憶えているよ。

ハック:おー、そうだったね。

彼にはすごく反抗心があったよね。

ハック:イエス。

『Neptune's Lair』のとき、アートワークについて彼となんか話しましたか?

ハック:あのアートワークを描く前に彼が僕に言ったのは、フューチャリスティックな乗り物が欲しいってことだったね。それと戦士のキャラクターも欲しいって言われた。あとは、彼らが住む場所、バブル・メトロポリスがどういうところか、“Aqua Worm Hole”(「Bubble Metropolis」収録)はどうするかとか、細かい話もしたよ。

ハックが描いたイカが好きなんだけど、あれはどこから来たの?

ハック:あれが(ドレクシアの)乗り物だよ。あの頃はよくディスカバリー・チャンネルを見ていて深海の番組があったんだけど、そこで泳いでいるイカを見ながら「これだ」と思ったね。

小林:佐藤大さんとはどういうやり取りで進めていったんですか?

ハック:とにかくストーリーを作るのに手伝ってもらった。僕が絵を描いて、彼が言葉を載せてくれて。基本的にはEメールのやりとりで進めていったね。

ニック:いつからの知り合い?

ハック:2000年代初頭、かれこれ15年以上は経つね。

ハックが考えるドレクシアとは?

ハック:音楽があり、コンセプトがある。そのコンセプトにはアフリカから連れ出されていった人たちが、困難を乗り越えて、新たに文明を作るという物語がある。そのためによりよい自分に変えていくっていうことが僕にとってのドレクシアだよ。

小林:あなたの描いたドレクシアの物語を見ていると、絵から古代を感じるし、過去と未来が両方混ざっていると思ったんですが、そこは意識したんですか。

ハック:おっしゃる通り。古代と未来を繋げるのはコンセプトになっている。武器もそうだし、いろんなものが古代や神話を参照しているんだよ。

ニック:日本のアニメは好き?

ハック:もちろん。

ニック:とくに好きなのは?

ハック:新しい『攻殻機動隊』のシリーズ。

ニック:今回のプロジェクトでなにがいちばん楽しかったですか?

ハック:完成させたことだね。ハッハハハ。いや、本当に時間がかかったし、何人も関わっているから、完成させるのにはけっこう努力が必要だったんだよ。

じゃあ、最後の質問です。あなたはなぜアイアン・メイデンが好きなんですか(笑)?

ハック:ギャッハハハ! 高校時代、僕はすごいオタクであまり音楽は聴いてなかったんだよ。ある日友だちがカセットテープをくれたんだけど、全曲ヘヴィーメタルだった。で、そのなかでいちばん気に入ったのがアイアン・メイデンだったんだ。いまでも大ファンです(笑)!

(7月8日、zoomにて取材)

Yunzero - ele-king

 コロナがもしもゾンビだったら。そんなことあるわけないと早々に逃げ遅れて死ぬのが安倍やトランプ。いち早く危機を察知して助かるのがアーダーンやメルケル。そんなもの叩き潰してやるといって向かっていくのがボルソナロやルカシェンコ。僕の母親の家族は5000人以上の死者や行方不明者を出した伊勢湾台風の時に「こっちに逃げろ」と行政が指導した方向とは逆の方向に逃げたら助かったそうで、行政の指示に従った人たちは全滅だったという。そう、リーダーの指導力がソンビ映画の脇役と同程度だと判明してしまった国の人々はマジでどんよりとするしかない。コロナ禍を受けたイギリス人のジョークに「ニュージーランドに宣戦布告をしてすぐに降伏し、アーダーンに英連邦を支配・統治してもらいたい」というのがあったけれど、日本も……いや。イタリアですらスペランツァ保健相がこの25日に危機的状況は脱したという認識を示したというのに……だらだらと……いつまでも……

 長引くステイホームがもたらしたものは、そして、IDMの充実だったかもしれない。ベッドルームが活気づけばIDMが勢いを増すか、子どもが生まれるか。それはつまり「新たな非日常」をどう構築するかということで、それはそれで異様なテンションに包まれていたのかもしれない。

 モスクワのinFXがまずは秀逸だった。オウテカをカジュアルにしてフレッシュにしたようなデビュー作『Consume Your Own Identity』〈Klammklang Tapes〉は思い切りよく叩きつけるビートが気持ちよく、ヒステリックな音使いが閉塞感とは対極にあった。マイナー・サイエンス『Second Language』〈Whities〉のデビュー・アルバムも期待通り。ベルリンのアンガス・フィンレイソンがボーズ・オブ・カナダをダンスフロアに引きずり出そうとして、そのアイディアをカール・クレイグに横取りされたようなサウンドはいまさら〈ワープ〉の「アーテフィシアル・インテリジェンス」シリーズに加えてもおかしくはない1枚と言える。アルカもポップになり、ローレル・ヘイローの弟子たち(?)が集まったらしき『Fossilized Air Bubbles Popped Themusicfire』〈CAMP Editions〉も聴き応えがあった。そして誰よりもメルボルンのジム・セラーズによる『Blurry Ant』である。ユーチューブやインターネットから集めてきた音で、つまり、本人いわく「家に居ながらにしてフィールド・レコーディングが可能だった素材」を元にグルーヴィーな現代音楽が窒息しそうな勢いで並べられている。冒頭からエレクトロアコースティックをスラップスティックにねじ上げ、つかみはOK。

 バックグラウドがどうにも見えづらい音楽だけれど、まあ、その方が当分、楽しめるともいえる。リズム・パートとドローンを自在に行き来し、既成のフォームよりも混沌とした世界観を優先し、「僕はそう簡単には汚れない(I Didn’t Smudge So Easily )」などというタイトルをつけてきやがる。で、確かにどこかピュアな感覚は保たれていて、何度聴いても嫌なところがない。デビュー作『Ode to Mud』〈.jpeg Artefacts〉よりも全体にかなり複雑で、ここ数年、ちらちらと見かけるようになったイルビエント・リヴァイヴァルにも分類される音響。イルビエントいうのは開放感のないダブというのか、DJスプーキーが『Songs Of A Dead Dreamer』(96)で編み出した都会の袋小路を表現したサウンドで、ケヴィン・マーティンやハイプ・ウイリアムズもその系譜に位置している。彼らに共通しているのは最初はわかりにくいけれど、キャリア的には長持ちしているということ。『Blurry Ant』にもそのようなポテンシャルはびしびし感じられる。

 リリース元はこれまでにスパークリング・ワイド・プレッシャーやエンジェル-1、最近ではテキサスのモア・イーズや日本のイナー・サイエンスをリリースしてきたレーベルで、収益のすべてを警察の暴力に抗議するシカゴの「Assata's Daughters」に寄付されるそうです。例の「こぶし」マークの団体で、アサタというのはブラック・パンサーのアサタ・シャクール。2パックの叔母さんです。

R.I.P. Denise Johnson - ele-king

 デニス・ジョンソンはプライマル・スクリームの1991年の(あの時代らしいタイトルの)“Don't Fight It, Feel It”という曲で歌っていたヴォーカリストで、『スクリーマデリカ』以降、数年間プライマル・スクリームのライヴ・メンバーでもあった。
 あの時代、プライマル・スクリームのライヴにおける彼女の存在は素晴らしく大きなものだった。それがいかほどのものであったのかを当時のライヴを見ていない人に伝えることは難しいが、試してみよう。
 そう、あの時代、この惑星で間違いなくダントツだったロックンロール・バンドにおいて、しかし彼女がステージにいることによって、バンドでは表現しきれない領域にまでバンドを導くことができたのである。その領域はソウル・ミュージックの崇高さにリンクし、ハウス・ミュージックにおける最良の瞬間とも等しく、さらに遠くを見たらば期待できる未来が広がるかのようだった。「ハイになる」とはそういうことだった。
 マンチェスター出身の彼女は90年代にア・サートゥン・レイシオのメンバーとしても活動しており、もちろんそれはそれで魅力的であることは違いないが、多くの人にとって彼女はあの“Don't Fight It, Feel It”であり、実際このたった1曲だけで彼女は永遠となった。
 2020年7月27日マンチェスターの自宅での突然死だったそうだが、UKではよほど愛されていたのだろう、いまも多くの哀悼が続いている。

野田努


2020.7.28
ア・サートゥン・レシオ
デニス・ジョンソン 逝去に寄せて


https://www.acrmcr.com/denise-johnson-statement/

 私たちが敬愛する美しきデニスがマンチェスターの自宅にて逝去しました。それは突然のことでした。

 その報せの一週間前、彼女が病気ということは聞いていたのですが、その週の金曜には体の具合がだいぶ良くなったと友人たちに伝えたばかりだったのです。
 月曜の朝、彼女は帰らぬ人になってしまいましたが、その死の理由についてはいまだ分かっていません。

 しかしながら彼女の残した偉業に関しては世界中で知れ渡るところで、プライマル・スクリームのアルバム『Screamadelica』や『Give Out But Don’t Give Up』での仕事ぶりやACRと彼女との最初の出会いのきっかけとなったフィフス・オブ・ヘヴンの1988年の作品“Just a Little More”での彼女の歌声など、数々の有名作品をたくさん残しています。

 その後間も無くして、彼女はマーティン・モスクロップ(ACR)とドナルド・ジョンソン(ACR)によるED209の初期アシッド・ハウスの名曲“Acid to Ecstasy”に参加し、この作品はDave RofeのDFMレーベルよりリリースされました。

 デニスは、マーティンがプロデュースしたAshley & Jacksonの“The Sermon”や“Solid Gold”にも参加し、その後ACRのアルバム『ACR:MCR』の“Be What You Wanna Be”で、彼女のヴォーカル技術は最盛期を迎えることとなりました。

 ACRの歴史において『ACR:MCR』 (1990), 『Up in Downsville』 (1992), 『Change The Station』 (1997), 『Mind Made Up』 (2008)など数多くの作品で彼女は象徴的に存在し、最近でも彼女は私たちと一緒にスタジオに入り、今後リリースになる私たちのニュー・アルバム『ACR Loco』でも美しい歌声を披露してくれていたのです。

 彼女は私たちのライヴにおいても1990年以降、なくてはならない存在であり、この30年間で200本以上ものライヴに登場してくれました。1990年以前、またそれ以降のACRの作品群において、彼女の個性こそが華やか存在だったのです。

 彼女は他にもニュー・オーダーやエレクトロニック、ゲイ・ダッドやバーナード・バトラーなど多くのアーティストの作品でゲスト・ヴォーカルとして参加しています。また、彼女はマンチェスターの街の誠実なるサポーターであり、その歌声をこの愛すべき街に捧げてきました。
 さらに最近では、彼女はギタリストThomas Twemlowとのアコースティック・ライヴ・セットで、マンチェスターが生んだ偉大なアーティストたち、チェリー・ゴースト、10CCやニュー・オーダー等のカヴァーも行っていました。2019年のブルードット・フェスティヴァルでこの二人はカーペンターズの「星空に愛を」を一曲目に披露し、それはジョドレル・バング天文台にあるラヴェル電波望遠鏡の巨大な影の中で行うライヴとしては実に的を得た選曲でした。彼女のデビュー・アルバム『 Where Does It Go』が9月に発売される予定です。

 彼女と同じような人物、アーティストはこれからも出て来ることは無いでしょう。ACRは今も彼女の死に打ちひしがれています。私たちは彼女のユーモアのセンスや彼女が私たちの人生や音楽にもたらしてくれた、溢れんばかりの美しさと情熱を決して忘れることはありません。

ACR – ジェズ・カー、マーティン・モスクロップ、ドナルド・ジョンソン

Freddie Gibbs & The Alchemist - ele-king

 ギャングスタ・ラップというフィールドにて活躍しながら、Madlibとのコラボレーション(=MadGibbs)によってリリースした2枚のアルバム『Piñata』(2014年)、『Bandana』(2019年)により、アンダーグランド・ヒップホップのファン層からも高い支持を得ているFreddie Gibbs(フレディー・ギブズ)。かたや、Mobb DeepやDilated Peoplesなど様々なアーティストの作品でプロデュースを手がける一方で、エミネムのオフィシャルDJを務めるなどメジャーなフィールドでも活躍し、さらにMadlibの実弟であるOh NoとのGangreneやEvidence(Dilated Peoples)とのStep Brothersなどコラボレーション・プロジェクトも多数展開してきたベテラン・プロデューサーのThe Alchemist(ジ・アルケミスト)。2018年にはラッパーのCurren$yを加えた3人でアルバム『Fetti』をリリースしている彼らであるが、今回、ついに2人でのタッグによるコラボレーション・アルバム『Alfredo』を発表した。

 この『Alfredo』というタイトルは、当然、2人の名前("Al"chemist+"Fred"die)からきているわけだが、英語の固有名詞「Alfred」ではなく、あえてイタリア語のスペルにしていることが、本作のコンセプトにも繋がっている。90年代頃から様々なヒップホップ・アーティストが映画『ゴッドファーザー』などに代表される、いわゆるマフィア映画から強い影響を受け、その世界観を反映した曲が多数作られるなど、マフィア映画はヒップホップ・カルチャーを形作るひとつの要素にもなってきた。ギャングスタ・ラッパーとしてのバックグラウンドを持つFreddie Gibbsにとってもマフィアの世界観は当然相性が良く、実際、Madlibのコラボレーション作品などでもドラッグ・ディーリング(取引)をテーマに高度なストーリーテラーっぷりを披露してきた。

 LAを拠点にアンダーグランドからメジャーまで様々なアーティストの作品を手がけ、多くの共通項を持つMadlibとThe Alchemistという2人の偉大なプロデューサーであるが、ヒリヒリするような緊張感を持ちながら、2人のアーティストの究極の掛け算による格好良さを追求していたMadGibbsによる2作と比べて、The Alchemistは今回のアルバムをまるで一本の映画を撮るかのように組み立てている。クライム(犯罪)ストーリーがベースにありながらも、非常にドラマティックで優雅な雰囲気が強く出ており、それはまさにマフィア映画の空気感そのもので、エレキギターが悲しく鳴り響くトラックが非常に印象的なオープニング曲“1985”から、2人の描く世界は高いレベルで完成している。

 本作の目玉のひとつが、Rick Rossをフィーチャした“Scottie Beam”であるが、同曲のPVにあるような、この2人ならではのギャングスタ・ラップ的なイメージを描きながらも「Black Lives Matter」ムーヴメントとも繋がるようなリリックもあったりと、実に巧みかつ複雑に絡み合っている。かと思えば、“Something to Rap About”では、Freddie Gibbsとはまったく異なるスタイルの流れにあるタイラー・ザ・クリエイターがゲスト参加し、本作にまた別の風を送り込んでおり、この辺りはプロデューサーとしてのThe Alchemistの采配の巧妙さも感じさせる。

 Madlibとはまた別のやり方でFreddie Gibbsの魅力をさらに引き出したThe Alchemistとの今回のコラボレーション。MadGibbsと同様に、今後もこの2人の作品がリリースされることを強く望みたい。

中川裕貴 - ele-king

 京都を拠点に活動するチェロ奏者・中川裕貴による新作コンサート『アウト、セーフ、フレーム』が、7月31日から8月2日にかけてロームシアター京都・サウスホールで開催される。未曾有のパンデミックを受けて、当初の予定よりも広い会場へと開催場所を変更し、感染拡大を防ぐための措置を講じたうえでコンサートの形式を拡張することに挑むという。人々が密集することによって空気の振動を分かち合うという、従来の一般的なライヴやコンサートの形式がそのままでは成立し難い状況となったいま、フィジカルな空間でイベントを開催するにあたっては、人々が接触することの問題と否応なく向き合わざるを得ない。すなわち音楽の場においてどのように「距離」を確保することができるのか。だが中川はソーシャル・ディスタンシングが叫ばれるようになる以前から、音楽に対して「距離」を取ることについて考え続けてきたという。

 昨年2月に京都芸術センターを舞台に開催された『ここでひくことについて』で、中川は「演奏行為」をテーマに、まるで奇術師のように観客の視覚と聴覚を撹乱し、あるいはパフォーマンスと演出によってコンサートという形式の制度性を明らかにし、さらには受け手の聴取体験の自由と制約を同時多発的な出来事を通じて提示した。そこでは音楽が音によって立ち現れるばかりでなく、音を取り巻く音ならざる要素によってもまた音楽と言うべき体験が成立していたのだった。それは作り手と作品と受け手のそれぞれのあいだにある「距離」を見出すことによって、通常意識されることのない音楽にまつわる関係性を再構築する試みだったと言うこともできる。それはまた、独自の演奏法を開拓することでチェロという楽器の可能性を拡張し、即興演奏家としてさまざまなセッションをこなす一方、劇団「烏丸ストロークロック」の舞台音楽にも携わってきた、演奏と演出の両分野の経験に根差した彼ならではの実践だったとも言えるだろう。

 『アウト、セーフ、フレーム』では、こうした「距離の音楽」がさまざまなレベルで展開される。たとえば「声」という人間にとって根源的に思える響きをチェロから引き出し、実際の人間による発声や聴覚研究に関するテキストと組み合わせることによって、「声」の直接的な現前性に揺さぶりをかけること。あるいは美術家の白石晃一に協力を仰いで廃物と化したチェロを自動演奏機械へと改造し、あたかも自らの分身のような楽器とのセッションを通じて、演奏家として代替不可能なはずの個性を複数化してしまうこと。さらには音響作家の荒木優光とコラボレートし、コンサートをステージから客席へと作品を届けるための一方通行的な場とするのではなく、むしろこうした関係性が宙吊りとなるような音の空間的なデザインへと向かうこと。接触の不安が社会を覆っている状況下において、こうしたさまざまな「距離」の取り方を経験することは、音楽におけるソーシャル・ディスタンシングの在り方を根本的に問い直す契機にもなるだろう。少なくともそこに、パンデミック以前から探求されてきた「距離」に対する批評的な眼差しが潜んでいることは疑いない。

今回の『アウト、セーフ、フレーム』というイベント・タイトルにはどういった意味が込められているのでしょうか?

中川裕貴(以下、中川):音の周りで「セーフ」とされることは何なのか、どこまでいったら「アウト」とされてしまうのか。そこには判断をするための枠組み=フレームの存在が浮かび上がってきます。「フレーム」という言葉は映画的な意味を念頭に置いています。僕は映画音楽に最近ハマっていて、エンニオ・モリコーネの1970~80年代のサントラをずっと聴いていたタイミングで訃報が飛び込んできて驚いたんですが……ともあれ、映画って「フレーム」を基本的な単位として構成されていますよね。これは昨年末に刊行された映画批評家の赤坂大輔さんによる著書『フレームの外へ』を読んで受けた影響もあるのですが、「見える/見えなくなる」「聴こえる/聴こえなくなる」「やって来る/去っていく」「意識の内部/意識の外部」といった、内と外を区画する枠組みとしてのさまざまな「フレーム」について表現を通して考えてみたい。なんだか高尚に聞こえるかもしれませんが、一方で「アウト、セーフ」というフレーズには野球拳を彷彿させる非常に俗っぽい響きもあって、そうした両義的な意味合いも含めてこのタイトルにしました。

さまざまな「フレーム」を設定することによって、枠組みの内(セーフ)と外(アウト)を提示することが、今回のイベント全体を通じたテーマということでしょうか?

中川:そうですね。それともう一つのテーマとして「再生」ということを考えています。これは「もう一度何かになろうとすること」と言い換えることもできるかもしれません。たとえば今回は壊れたチェロを改造して自動演奏させる予定です。そのチェロは僕が以前使用していたものなんですが、もと通りに修復するのではなく、何か別のやり方で再び機能を取り戻すというか、楽器に外科手術を施すことで以前とは別の状態で演奏の場に呼び戻す。それを受けて僕自身の演奏行為もまた変容して別の何かになっていく……ということを考えています。他にも俳優によるいびつな日本語の再生とその反転、チェロの演奏音が人間の声になろうとする、あるいは演奏という行為が音楽と呼ばれるものになろうとする、といったことにも「再び何かになる」というテーマが関わっていますし、ある楽曲がコンテクストを外れて意図せざる受け手に届いてしまうということも、その誤配のうちに「再生」の瞬間が訪れると言えるはずです。そうしたテーマに関わる表現に取り組もうと思っています。そしてそのすべてにおいて「音像」をいかに構築するか、ということが重要な課題としてあるなと思っています。

「音像」を構築するというのは、具体的にはどういうことでしょうか?

中川:今回は音響作家の荒木優光さんとコラボレートして、ロームシアター京都のサウスホールというコンサートホール然とした会場で、通常のコンサート形式のイベントをおこなうと同時に、いかにそこから遠いものを「音像」によって生み出すことができるかを考えています。より具体的には「サウスホールそのものを再生する」ということをテーマに、無観客の状態であらかじめ会場を複数のマイクで空間ごと録音し、それを上演時に再生すること(つまり二重のサウスホールの音場が現れる)や、通路を移動する巨大なスピーカーの存在など、お客さんの視聴環境を踏まえたサウンドデザインを検討しています。ただ単に変な方向から音が出てくるとか、一般的な意味でのサラウンドとは異なるかたちで、音を空間内でどう配置/構成していくのかを考えています。通常のコンサート形式にこれらの「音像」が多層的に重なって進んでいくことが、今回の公演の大きな特徴になると思います。

チェロの自動演奏楽器は、中川さんご自身が改造を手がけているのでしょうか?

中川:いや、技術的な部分は美術家の白石晃一さんに協力していただきました。白石さんとはもともと2017年に美術家の故・國府理さんの『水中エンジン』の再制作プロジェクトではじめてお会いしたんですが、昨年12月にYCAM(山口情報芸術センター)で開催されたミュージシャンの日野浩志郎さんによる『GEIST』という公演に参加したときに久しぶりに再会して。そのときに白石さんが日野さんの自動演奏装置を制作していたんですね。それで「これはすごい!」と思って、今回のイベントでコラボレーションできないか打診したら引き受けていただけたんです。壊れたチェロにさまざまな部品を装着して、プログラムを走らせて何らかのトリガーで自動演奏されるというものになっているんですが、僕の演奏方法と似たようなことができるように白石さんが調整しているので、僕としては自分自身と対話するというような感触があります。

それはまるで自分の「亡霊」とセッションするような感じで面白そうですね。

中川:そうですね。ただ、やっぱり自動演奏楽器が観れるとか、特殊なサウンドデザインのスペクタクルがあるとか、そういったこと自体は僕にとっては表現の本質ではないんですよね。キャッチコピーとしてそうしたポイントを強調した方が人目を引くかもしれないんですけど、自動演奏楽器もサウンドデザインもあくまでも手段であって目的ではないんです。それらを方法として用いたことで結果的に生まれる作品こそが重要なものだと思っていて。こういうことを言うとわかりにくいと感じる方もいらっしゃるかもしれないんですが、別に難解なことをしようとしているわけでもないんです。むしろ誰にでも開かれた作品であるとも思っていて。いまは移動すること自体にどうしても感染のリスクが発生してしまうので余計に難しいのですが、会場に足を運んで時間をともにしてもらえれば、たとえ実験音楽や前衛音楽の文脈をまったく知らなくても何かしら呼応していただける部分があるのではないかなと思います。

(取材・文:細田成嗣)

インタヴュー記事全文はこちら(https://note.com/hosodanarushi/n/na66da38dd44a

公演情報

ロームシアター京都×京都芸術センター U35創造支援プログラム”KIPPU”
中川 裕貴「アウト、セーフ、フレーム」
日時:2020年7月31日(金)~ 8月2日(日)
会場:ロームシアター京都 サウスホール
https://rohmtheatrekyoto.jp/event/59027/

出演・スタッフ
作曲/演奏/演出:中川裕貴
出演:中川裕貴、菊池有里子、横山祥子、出村弘美、穐月萌、武内もも(劇団速度)
サウンドデザイン:荒木優光
舞台監督:北方こだち
照明:十河陽平(RYU)
音響:甲田徹
技術協力:白石晃一
宣伝美術:古谷野慶輔
制作:富田明日香、阪本麻紀

チケット料金
一般 3,000円
ユース(25歳以下)2,000円
高校生以下1,000円
12歳以下 無料(要予約)
※ユース、高校生以下は入場時証明書提示
★リピート割
2回目以降のご鑑賞は、各種料金の半額にてご覧いただけます。
※当日受付にてチケット半券をご提示ください。
※以下の予約フォームより各回の前日までご予約も可能です。
※チケット完売の回につきましては、ご利用できませんのであらかじめご了承ください。
https://www.quartet-online.net/ticket/out_safe_frame

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