「!K7」と一致するもの

Brian Eno - ele-king

 かねてよりお伝えしてきたブライアン・イーノのジェネレイティヴなドキュメンタリー映画『Eno』が、ここ日本でも上映されることになった。字幕は坂本麻里子。東京では、プレミア上映が6月21日(土)、一般上映が7月11日(金)〜7月17日(木)、ともに109シネマズプレミアム新宿 シアター7にて公開。名古屋では7月12日(土)、7月13日(日)に109シネマズ名古屋 シアター4にて、大阪も7月12日(土)、7月13日(日)に109シネマズ大阪エキスポシティ シアター5にて、限定上映される。詳しくは下記をば。

[7月23日追記]
 この7月、各地で上映され完売続出となった映画『Eno』。大反響につき上映劇場を拡大、追加上映が決定している。詳しくは下記をチェック。なお、監督インタヴューはこちらから。

・日程
2025年8月23日(土)、8月24日(日)

・劇場名
109シネマズプレミアム新宿
109シネマズ二子玉川
109シネマズ港北
109シネマズ湘南
109シネマズ名古屋
109シネマズ箕面
109シネマズHAT神戸
109シネマズ広島

・チケット販売開始:7月25日金曜 AM 10:00〜 

・詳細:https://enofilm.jp/

BRIAN ENO

ブライアン・イーノのジェネラティヴ・ドキュメンタリー映画『Eno』上映決定!
観るたびに内容が変わる映画の常識を覆す革新的映画体験!

音楽、そしてアートにおける「革新」の概念そのものを体現し続けてきた伝説のアーティスト、ブライアン・イーノ。ミュージシャン、プロデューサー、ヴィジュアル・アーティスト、そして活動家、そのすべてにおいて時代の先を走り続け、50年以上にわたり明確なビジョンを提示してきた唯一無二の存在。そんなイーノの真髄に迫る、世界初・完全ジェネラティヴ・ドキュメンタリー映画『Eno』が、ついに日本上陸!ギャリー・ハストウィット監督による本作『Eno』は、ブライアン・イーノへの長時間のインタビュー、そして500時間を超える貴重なアーカイブ映像を組み合わせ、アーティストのブレンダン・ドーズと共同開発した自動生成システム「Brain One(ブライアン・イーノのアナグラム)」を導入。観るたびに構成や内容が変化する映画の常識を覆す全く新しい体験を実現。2024年サンダンス映画祭で世界初公開され、世界中の映画祭で話題となった本作が、ついに日本初公開決定!アジア圏での劇場上映はこれが初となる。プレミア上映には、ギャリー・ハストウィット監督が来日。日本語字幕監修を手がけたピーター・バラカン氏とのスペシャルトークショーも開催。イーノの魅力を語り尽くす貴重な一夜に。その後、東京・名古屋・大阪にて一般上映も決定。変化し続けるイーノのように、一度きりの上映体験をお見逃しなく!

「ブライアン・イーノのキャリアの多くは、プロデューサーとしての役割だけでなく、『オブリーク・ストラテジーズ』や音楽アプリ『Bloom』のようなプロジェクトでのコラボレーションを通して、彼自身や他の人々の創造性を可能にすることでした。私は、映画『Eno』をクリエイティビティを題材にしたアート映画だと考えていて、ブライアンの50年にわたるキャリアがその素材です。ブライアンの音楽とアートへのアプローチと同じくらい革新的な映画体験を創り出すこと、それがこの作品を制作した目的です。」
ギャリー・ハストウィット

『Eno』トレーラー
Youtube https://youtu.be/ygxdXRUev68

監督:ギャリー・ハストウィット
字幕翻訳:坂本麻里子 / 字幕監修:ピーター・バラカン
配給:東急レクリエーション / ビートインク
サイト: enofilm.jp

BRIAN ENO|ブライアン・イーノ プロフィール
ミュージシャン、プロデューサー、ヴィジュアル・アーティスト、アクティビスト。1970年代初頭、イギリスのバンド、ロキシー・ミュージックの創設メンバーの一人として世界的に注目を集め、その後、一連のソロ作品や多様なコラボレーション作品を世に送り出す。プロデューサーとしては、トーキング・ヘッズ、ディーヴォ、U2、ローリー・アンダーソン、ジェイムス、ジェーン・シベリー、コールドプレイなどのアルバムを手がけ、さらに、デヴィッド・ボウイ、ジョン・ハッセル、ハロルド・バッド、ジョン・ケイル、デヴィッド・バーン、グレース・ジョーンズ、カール・ハイド、ジェイムス・ブレイク、フレッド・アゲイン、そして実弟ロジャー・イーノとのコラボレーションでも知られる。2025年夏には、ビーティー・ウルフとのコラボ作品2作をリリース予定。これまでに発表されたソロ作品およびコラボ作品は60タイトルを超え、現在も増え続けている。音楽活動と並行して、光や映像を用いたヴィジュアル・アートの創作にも力を注ぎ、世界各地で展覧会やインスタレーションを開催。ヴェネツィア・ビエンナーレ、サンクトペテルブルクのマーブル・パレス、北京の日壇公園、リオデジャネイロのアルコス・ダ・ラパ、シドニー・オペラハウス、そして記憶に新しい京都での大規模なインスタレーションなど、世界中で多彩なアート・エキシビションを展開している。また、長期的視野で文化的施設や機関の基盤となることを目指す「Long Now Foundation」の創設メンバーであり、環境法慈善団体「ClientEarth」の評議員、人権慈善団体「Videre est Credere」の後援者も務める。2021年4月には「EarthPercent」を立ち上げ、音楽業界からの資金を集めて、気候変動の緊急事態に取り組む有力な環境慈善団体への寄付を行っている。そして2023年、その生涯にわたる功績が称えられ、ヴェネツィア・ビエンナーレ音楽部門よりゴールデン・ライオン賞を受賞。

GARY HUSTWIT|ギャリー・ハストウィット プロフィール
ギャリー・ハストウィットは、ニューヨークを拠点に活動する映画監督兼ビジュアル・アーティストであり、ジェネレーティブ・メディアスタジオ兼ソフトウェア企業「Anamorph(アナモルフ)」のCEO。これまでに20本以上のドキュメンタリーや映画プロジェクトを制作しており、ウィルコを題材にした『I Am Trying To Break Your Heart』、アニマル・コレクティヴによる実験的な長編映画『Oddsac』、ゴスペル/ソウル音楽のレジェンド、メイヴィス・ステイプルズを描いたHBOドキュメンタリー『Mavis!』など、数多くの話題作をプロデュースしている。2007年には、グラフィックデザインとタイポグラフィに焦点を当てた世界初の長編ドキュメンタリー映画『Helvetica(ヘルベチカ)』で監督デビューを果たし、その後も『Objectified(2009年)』『Urbanized(2011年)』『Workplace(2016年)』、そしてブライアン・イーノが音楽を手がけた『Rams(2018年)』といった作品を通じて、デザインが私たちの生活にどのように影響を与えているかを探求し続けている。これらの作品はPBS、BBC、HBO、Netflixをはじめ、世界20か国以上のメディアで放送され、300以上の都市で上映されている。最新作『Eno』は、2024年のサンダンス映画祭で初公開され、サウス・バイ・サウスウエストやトロント国際映画祭などでも上映された。ギャリーの映画および写真作品は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、スミソニアン・クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館、ロンドン・デザイン・ミュージアム、ヴェネツィア・ビエンナーレ、ヴィクトリア&アルバート博物館(ロンドン)、ポール・カスミン・ギャラリー(ニューヨーク)、アトランタ現代美術センター、ニューヨークのStorefront for Art and Architectureなど、世界各地の美術館やギャラリーで展示されている。ギターにも強い情熱を持ち、エレキギターメーカー「Koll(コル)」ではデザイン協力も行っています。また、オリンピック開催都市の“その後”を追うスローフォト・ジャーナリズム・プロジェクト『The Olympic City(ザ・オリンピック・シティ)』にも参加。

レビュー

「画期的」 — Rolling Stone
「驚くべき作品」 — Forbes
「スリリングなほど創造的… 映画のルールを破り、上映されるたびに自らを再発明する画期的なポートレート」 — The Guardian
「革命的」 — Screen Daily
「デジタル時代における“映画”の新たなかたちを提示する革新的テンプレート」 — The Quietus
「2024年のベスト映画10選のひとつ」 — New York Times
「このような映画は、映画とは何か、そして新しいテクノロジーが映画制作のプロセスにどう関わるのかを考えるきっかけを与えてくれる」 — BBC News


THEATER
劇場・上映スケジュール・チケット情報

■ 上映スケジュール
特別プレミア上映(トークイベント付き)
【会場】109シネマズプレミアム新宿 シアター7

【日時】2025年6月21日(土)
【登壇者】ギャリー・ハストウィット監督 × ピーター・バラカン(トークショーあり)
※特別プレミア上映は1回目と2回目でそれぞれ別のヴァージョンとなります。

【上映時間】
・1回目:14:00〜
・2回目:18:00〜

【チケット】
<先行販売(抽選)>受付期間:2025年4月24日(木)12:00 〜 4月27日(日)23:59
<一般発売>発売日:2025年5月3日(土)10:00〜
・CLASS A:7,500円
・CLASS S:9,500円
※ チケット金額にウェルカムコンセッション(ソフトドリンク・ポップコーン)サービス料金を含む
※ 1時間前からメインラウンジ利用可能
※ 各種割引サービス使用不可・無料招待券使用不可
【チケット販売URL】
https://eplus.jp/eno/

一般上映
【会場】109シネマズプレミアム新宿 シアター7
【期間】2025年7月11日(金)〜 7月17日(木)

※1週間限定上映
※一般上映は日毎に上映ヴァージョンが変更となりますので、別ヴァージョンを鑑賞希望のお客様は別日の上映チケットをお買い求めください。

<平日>
・1回目:18:00〜
・2回目:20:30〜

<土日>
・1回目:15:30〜
・2回目:18:00〜

【チケット料金】
・CLASS A:4,500円
・CLASS S:6,500円

※ チケット金額にウェルカムコンセッション(ソフトドリンク・ポップコーン)サービス料金を含む
※ 1時間前からメインラウンジ利用可能
※ 各種割引サービス使用不可・無料招待券使用不可

【会場】109シネマズ名古屋 シアター4
【上映日】2025年7月12日(土)、7月13日(日) ※土日限定上映

※一般上映は日毎に上映ヴァージョンが変更となりますので、別ヴァージョンを鑑賞希望のお客様は別日の上映チケットをお買い求めください。

・1回目:15:30〜
・2回目:18:00〜

【チケット料金】
・一般:3,000円
・エグゼクティブ:4,000円
※ 各種割引サービス使用不可・無料招待券使用不可

【会場】109シネマズ大阪エキスポシティ  シアター5
【上映日】2025年7月12日(土)、7月13日(日) ※土日限定上映

※一般上映は日毎に上映ヴァージョンが変更となりますので、別ヴァージョンを鑑賞希望のお客様は別日の上映チケットをお買い求めください。

・1回目:15:30〜
・2回目:18:00〜

【チケット料金】
・一般:3,000円
・エグゼクティブ:4,000円
※ 各種割引サービス使用不可・無料招待券使用不可

■一般上映・ 一般発売(共通)
2025年5月3日(土)10:00〜
【チケット販売URL】 https://eplus.jp/eno/


リリース情報

Beatie Wolfe and Brian Eno『Luminal』
2025年6月6日リリース
https://BeatieWolfe-BrianEno.lnk.to/LUMINAL

トラックリスト:
1. Milky Sleep
2. Hopelessly At Ease
3. My Lovely Days
4. Play On
5. Shhh
6. Suddenly
7. A Ceiling and a Lifeboat
8. And Live Again
9. Breath March
10. Never Was It Now
11. What We Are

Brian Eno and Beatie Wolfe『Lateral』
2025年6月6日リリース
https://BrianEno-BeatieWolfe.lnk.to/LATERAL

CDトラックリスト:
1. Big Empty Country

Vinylトラックリスト:
1. Big Empty Country (Day)
2. Big Empty Country (Night)

Digitalトラックリスト:
1. Big Empty Country Pt. I
2. Big Empty Country Pt. II
3. Big Empty Country Pt. III
4. Big Empty Country Pt. IV
5. Big Empty Country Pt. V
6. Big Empty Country Pt. VI
7. Big Empty Country Pt. VII
8. Big Empty Country Pt. VIII

label : Opal Records
artist : Brian Eno
Title:AURUM
release:2025.3.20
TRACKLISTING:

01 Fragmented Film
02 Gorgeous Night
03 The Dawn of Everything
04 The Understory
05 Lamented Jazz
06 Material World
07 Lonely Semi-Jazz
08 North Side
09 Cascade
10 Friendly Reactor Near Menacing Forest
11 Dark Harbour
https://music.apple.com/jp/album/aurum/1802013049

SEEDA - ele-king

 去る3月に約13年ぶりとなるアルバムを発表し話題となったSEEDA。そのCDとTシャツのセットが販売されることになった。完全受注生産で、〆切は4月30日。欲しい方は急ぎましょう。

SEEDAの話題のニューアルバム『親子星』が完全受注生産のCD+Tシャツのセットで販売決定!Tシャツは原宿Awesome Boyとのコラボレーションになり、本日より予約受付開始!

 約13年ぶりにリリースされたSEEDAの話題沸騰中なニューアルバム『親子星』、待望となるCDのリリースが決定!今回は原宿Awesome BoyとのコラボレーションによるTシャツとのセットでの販売となり、Tシャツは『親子星』ジャケットTシャツ(ホワイト)とSEEDAフェイスTシャツ(ブラック)の2タイプで完全受注生産となります。
Tシャツのボディはオーガニックコットン製/8.2オンスの通常のTシャツよりも厚手の生地を使用しており、CDはデジパック仕様で歌詞カードを封入。の特製ジップロックにTシャツとCDを封入したスペシャルな仕様でお届けいたします。またCD単体、Tシャツ単体での販売予定はございませんのでご注意ください。
 本日より予約受付を開始しており、締切は4月30日(水)正午となります。

*SEEDA 『親子星 (CD+Tシャツ)』ご予約ページ
https://anywherestore.p-vine.jp/products/seeda_oyakoboshi

<商品情報>
アーティスト:SEEDA
タイトル:親子星 (CD+Tシャツ)
カラー:ジャケットTシャツ(ホワイト) / フェイスTシャツ(ブラック)
サイズ: M / L / XL / XXL
販売価格: 9,800円(税抜)
受注締切:2025年4月30日(水)正午
発送予定:2025年5月下旬頃予定

※オーダー後のキャンセル・変更は不可となります。
※商品発送は5月下旬頃を予定しております。
※配送の日付指定・時間指定は出来ません。
※ボディはオーガニックコットン製/8.2オンスの厚手の生地を使用しております。

*SEEDA : 親子星 (Music video)
https://www.youtube.com/watch?v=uLpaiRGld3Q

<トラックリスト>
01. G.O.A.T.(prod by D3adStock)
02. Slick Back ft. Tiji Jojo, Myghty Tommy & LEX(prod by D3adStock)
03. OUTSIDE ft. IO & D.O(prod by ZOT on the WAVE & Homunculu$)
04. Kawasaki Blue(prod by ghostpops & D3adStock)
05. The tunnel to tomorrow skit(prod by Bohemia Lynch)
06. L.P.D.N. ft. VERBAL(prod by HOLLY)
07. 4AM ft. D3adStock(prod by Chaki Zulu)
08. ニキskit
09. みたび不定職者 ft. Jinmenusagi & ID(prod by BACHLOGIC)
10. Summer in London ft. Amiide(prod by D3adStock)
11. Daydreaming pt.2(prod by KM)
12. 親子星(prod by ZOT on the WAVE, NOVA & Homunculu$)
13. SUKIYAKI ft. Kamiyada+ & Braxton Knight(prod by Ryuuki)

Bon Iver - ele-king

 2025年のヴァレンタイン・デーのことは忘れない。その日発表されたボン・イヴェールの“Everything Is Peaceful Love”は、「すべては平穏な愛」という曲名もさることながら、何よりもその歌が、ただの甘いラヴ・ソングだった。打ちこみの簡素なリズムと夢見心地のシンセのテクスチャー、そしてマーヴィン・ゲイを真似したようなジャスティン・ヴァーノンの歌唱。『Bon Iver, Bon Iver』(2011)の“Beth / Rest”のようにソフト・ロック路線はこれまでにもなかったわけではないが、それにしても、こんな愛の歌をボン・イヴェールとしてヴァーノンが歌ったことがあっただろうか。この歌のサウンドから立ちのぼってくるフィーリングは、新しい恋に落ちる瞬間の興奮や喜びであり、そして……「のんきであること」だ。それは楽観性と言い換えてもいい。
 この曲につけられたジョン・ウィルソンが手がけたミュージック・ヴィデオは、街にいるふつうの人びとがただ楽しそうにしている光景を繋ぎ合わせたものだった。彼らの政治的立場や主張はわからない。とにかくみんな、嬉しそうにしている……。ウィルソンは『ニューヨーカーの暮らし方/HOW TO WITH JOHN WILSON』というとぼけたヴィデオ・エッセイ・シリーズを作っていたクリエイターで、なんというか、あくまでのんきに庶民の素朴な善意を信じ抜くようなそのドキュメンタリー・コメディが僕は好きだったのだけど、その感覚が“Everything Is Peaceful Love”のヴィデオにも詰まっている。ヴァーノンは「それが最初に共有したいフィーリングだとずっと思っていた。ヴィデオは、ただ人びとが抑えきれずに微笑んでいるようなものにしたかった」と語っている。
 本当にそうだった。それは僕が、この殺伐とした時代にずっと感じたいと思っていたフィーリングだった。ヴァーノンは続ける。「幸福と喜びが最高の形であり、生き残るための真の浮力であり、自分自身をあまり深刻に考えなくても世界を癒すことができる、という考えだ」

 いや、昨年ボン・イヴェールとしてリリースした『SABLE』(漆黒)は内省的な弾き語りフォークをベースとしたEPで、自分が予想していた通りのものだった。というのは、これまでの4枚のアルバムは、心に傷を負って雪に閉ざされた山小屋にこもった『For Emma, Forever Ago』(2007/2008)の「冬」から始まり、そこから「秋」まで季節が一巡するものだとされていたからだ。とすれば、ヴァーノンはまた孤独な冬からやり直すだろう……。それはたんにコンセプト的なことではなく、ボン・イヴェールという「人びと」がどのように衝突し調和するかという理想を巡るプロジェクトが拡大しきったがゆえに、また彼は「ひとり」から始めなければならないだろうと思っていたのだ。分断と衝突の時代に、わたしたちはまず、そもそも「ひとり」であることを思い出さなければならない。『SABLE』はそして、彼個人の後悔や傷を巡るパートであり、その繊細なフォークは誰もが山小屋の歌を思い出すものだった。実際、このアルバムもそんな痛みにまつわるフォークから始まる。わかりやすいまでの原点回帰だ。こういう歌を作ったときのヴァーノンは、簡単に聴き手の傷ついた心にたどり着いてしまう。

 ところが、『fABLE』(寓話)と題されたサーモン・ピンク色のパートに入ると、もはやエクスタティックとすら言える“Short Story”で一気に雪は解け、春の訪れとともに新たな恋がやって来る。“Everything Is Peaceful Love”、そして続く“Walk Home”はボン・イヴェール史上もっともスウィートなR&Bチューンだ。たとえば『22, A Million』(2016)の頃のようにわかりやすく実験的なことをしているわけではないが、これまでの成果(エフェクト・ヴォイス、サウンド・コラージュ、複数のジャンルのスムースな融合などなど)を生かして気持ちいいポップ・チューンを鳴らしている。ディジョンとフロック・オブ・ダイムが参加したアブストラクトなゴスペル・チューン“Day One”、Mk.Geeがロマンティックな響きのギターを鳴らす“From”、ヨット・ロックなんて言葉が頭をよぎるイントロの“I'll Be There”……これはボン・イヴェールによるはじめてのポップ・ソウルのレコードであり、喜びと高揚がそこらじゅうで跳ねまわっている。想いを寄せる誰かにいますぐ身を任せたくなるような、長年の友人とお気に入りのバーにいっしょに出かけたくなるような、はじめて会うひとにたまらなく親近感を覚えるような……そんな明るいポップ・ソングに溢れている。かつてダサいとされていたようなAOR風のサウンドを真正面からやっているのは、ある種の俗っぽさを肯定することでもあるだろう。

いや、カーテンはいらないよ
光を入れられるからね
そして地上の苦悩を捨て去るんだ
ぼくは確信しているよ:
きみはぼくのために作られたんだと
(“Walk Home”)

取り戻すべきリズムがある
背筋を伸ばして歩き去ろう
(“There’s A Rhythmn”)

 愛と平穏な心にまつわる前向きな言葉がたくさん並んでいる。ガーディアンのインタヴューなどを読むとそれはヴァーノンのパーソナルな動機から生まれたものだそうだが、だけどずっとボン・イヴェールを「人びと」をめぐる音楽として聴いてきた僕には、彼がどうしてもいま世界に向けて届けたいものだったように思えてならない。微細なすれ違いに拘泥し、ありとあらゆる場所に溝ができ、お互いが疑心暗鬼にがんじがらめになっている現代に向けて……この、楽観性こそが必要なのだと。
 ダニエル・ハイムとの官能的なデュエット“If Only I Could Wait”を経て、“There’s A Rhythmn”でヴァーノンは、またしてもとろけるようなシンセ・サウンドに乗せて「そろそろ去るべきときなのかもしれない/雪をあとにして」とついに宣言する。孤独な山小屋と決別すること――それはボン・イヴェールの歩みを思うとあまりによくできたストーリーかもしれないが、いまを生きる「人びと」に向けた励ましにもなっているだろう。不安や恐怖を押しつけてくるものが溢れている時代だからこそ、そこに留まることは簡単だ。いつだって足を踏み出すのはあなた自身なのだ。そう、だから、すべては平穏な愛である。いま、この困難なときに、ボン・イヴェールは甘い音楽とともにラヴ&ピースを掲げるという挑戦をやり遂げた。

Sherelle - ele-king

 この10年のドラムンベースを聞き続けた人ならわかると思うけれど、相変わらず破天荒なスクリームや新進のティム・リーパーなどDJはガンガンいっているのに、ハーフ・タイムが停滞して以降、新作としてリリースされるものは紋切りでつまらないものが増えている。もちろんいい作品を出し続けている人はいる(Dev/Null, Sully, Nebula, Pugilist, etc)。最近だとレイクウェイだとかゼアティス(Xaetis)などEDMと絡み合った動きの方がまだしもユニークに感じられるところがあり、先に進めないのなら後に戻るということなのか、ゴールディ『Timeless』の25周年記念盤を筆頭にクラシックの再発がやたらと続き、何事もなかったように黄金時代のクリシェが反復されていく。咋24年も〈1985 Music〉や〈Over/Shadow〉といったレーベルはクリシェの波を立て散らかし、〈Samurai Music〉だけが相変わらず踏ん張り続けたという印象がある(ドラムン・ベースとダブ・テクノを融合させたリーコ(Reeko)『Urmah』やテクノの中堅がいきなりスタイルを変えてコービー・セイをMCに起用したブレンドン・メラーにはけっこう驚いた)。そして、今年の初めにトルコ(現ベルリン)のDJストロベリーことエムレ・オズトゥルク(Emre Öztürk)がリリースしたセカンド・アルバム『Playground』はグルーヴのあるドリルン・ベースであると同時にダブ・テクノと交錯させたアシッド・ジュークともいうべき属性を兼ね備えていて、これが久しぶりのブレイクスルーとなった。『Playground』のリリースを待っていたかのようにその後はどんどんユニークな曲が続き(Baalti“Overbit”、Patås“Bontelabo”、Svagila“Niteee”、Briain“Coma Cluster”etc)、ドラムン・ベースのタグから旧態依然としたものとそうではないものを聞き分ける楽しみが1ヶ月半ほど続いた。そして、なんの予告もなくシェレルのデビュー・アルバムがサプライズ・リリースされたのである。なんというタイミングだろう。シェレルはここ数年、ティム・リーパーと並んでハードコアの復権を促してきたアイコニックなDJであり、自分の作品をリリースすることにはそれほど意欲的ではないのかと思っていたら、実はアルバムをつくっていたとは。これが、そして、なんとも痺れる内容で、間違いなくハードコアの刷新といえるものだった。アルバム・タイトルの『With A Vengeance』はイギリスの慣用句で「無闇に」とか、最近の日本でいえば「鬼のような」というニュアンスのイディオムである。「鬼のように」、そう、シェレルは鬼のようにスネアを叩き込んできた。

 6人編成のフットワークDJ、6フィギュアーズ・ギャングのメンバーでもあるシェレル・トーマスがソロで脚光を浴びたのはコロナ直前に行われたボイラールームのDJで、前半にUKガラージ、後半にハードコアを配した構成は現在の流行りからいつのまにか異次元へ飛ばされる驚きがあった。2010年代後半にTSTS: Radio Chillでシェレルが担当していたミックス・ショーはもっと幅広い選曲で、ときにAORやエキゾチック・サウンドを聞かせる時間もあったから、彼女がハードコアにスタイルを定めたのはコロナ直前ということになるのだろう。聞いていると体内から湧き上がってくる力を抑えきれなくなる彼女のDJはボイラールームの翌年にBBCエッセンシャル・ミックス・オブ・ジ・イヤー、さらに次の年にはDJ Magのベスト・ブリティッシュDJに選出され、bpm160で統一されたミックスCD『fabric Presents SHERELLE』へとつながっていく。その勢いで黒人とクィア専門のレコーディング・スタジオ「BEAUTIFUL」を設立し、最初のコンピレーション『BEAUTIFUL presents BEAUTIFUL Vol.1』には気鋭のナイア・アーカイヴスからヴェテランのロスカ、さらにはロレイン・ジェイムスや:3lONといった変わり種もフィーチャー。また、ダンス専門の〈Hooversound Recordings〉もスタートさせ、ドラムン・ベースにこだわらず、UKガラージやエレクトロにハウスと幅広くリリースを重ねていく。無観客のロンドン・コリセウムでティム・リーパーとb2bを行なった2022年には初の日本ツアーも行い(昨年、2回目のツアーも)、23年にはマルセル・デットマンやモデラートなどドイツ勢のリミックスを立て続けに手掛けるも、なぜか自分の作品はEPが1枚(「160 Down the A406」)とスプリット・シングルが1枚(「GETOUTOFMYHEAD」)のみで、レコード・プロデューサーとしての活動はあまり活発ではなかった。「160 Down the A406」はしかもまるで後期の808ステイトをアップデートさせたようなテクノ・ガラージだし、“GETOUTOFMYHEAD”もbpm160のソリッドなUKガラージ。さらに『fabric Presents SHERELLE』に提供した“JUNGLE TEKNAH”はジェフ・ミルズ“Change of Life”をサンプリングした(?)UR式のブレイクビーツ・テクノと、正直、DJとしてガンガンぶっ飛ばしてきた彼女が自分ではどんな曲をつくるのか、ほとんど未知数だったのである。

 ここにドカンと10曲入りである。期待を膨らませる助走期間も設けず、ヴィジュアル戦略もなく(サプライズ・リリースの2日後に“Freaky”のヴィデオが公開)、先入観が一切なく音が飛び込んでくる状態はとても理想的。最初は座って聞き、次はランニングをしながら聴いた。体を動かして聞いた方が圧倒的にいい。いつもより長い距離を走ってしまった。構成の骨組みは『fabric Presents SHERELLE』と同じで前半部がハードコア一辺倒。ハードコアを基本としながらもDJストロベリーと同じくフットワークとドラムン・ベースの境界がぜんぜんなく、独自のセンスでスネアを叩きまくる。フットワークはベースが16で、ドラムン・ベースはドラムが16だから両者が混ざるはずはないのに、どうしてそう聞こえるのだろう? 折り返し地点で意外にもジョージ・ライリーのヴォーカルをフィーチャーした“Freaky”。流れで聞くとそうでもないけれど、単独で聞くとかなりポップで、さすがにセル・アウトした印象を受ける。そうかと思うと“JUNGLE TEKNAH”をつくり変えた“Ready, Steady, Go!”は一転して実験的になり、次はURを思わせる“Speed(Endurance)”。これは『fabric Presents SHERELLE』でピック・アップしていたDJラシャド“Acid Bit”を自分なりにつくり変えたものだろう。様々なジャンルを横断していたTSTS: Radio ChillでもDJラシャドの曲をかけなかった日はないのでDJラシャドには相当な影響を受けていると思われる。最後にまたハードコアを畳み掛けるかと思いきや、最近のDJセットで試していたエレクトロ・ファンクや様々な音楽ジャンルが渾然となった“Thru The Nite”でクロージング。シェレルのDJはいつも終わった気がしない終わり方で、もっと続けろという気持ちになるけれど、ここでもそれは同じだった。『地面師たち』のピエール瀧とは正反対に「まだ行けるでしょう」と呟いてしまうというか。この感覚をサプライズ・リリースがあった次の日に早くもガーディアンでベン・ボーモン-トーマスは「最後までスピードを緩めない粘り強さと回復力の表現」と捉えていた。彼によると「イギリス中がスピードに取り憑かれ、そのなかでも最も早いのがシェレル」であり、「シンゲリやシャンガーンといったアフリカのダンス・ミュージックが異様に早いbpmだということが影響している」と。なるほど。どちらかというと長らく欧米から現れることがなくなった新しいリズムを次々とアフリカが生み出していることに対して、ロックでいえばブリット・ロックのような位置にハードコアがいて、ポップ・ミュージックにおけるイギリス人のアイデンティティを再確認していると考えた方がしっくりくるのではないだろうか。『fabric Presents SHERELLE』で要になっているのはアフロダイトで、93年と94年にそれぞれリリースされた“Feel Real”と“Navigator”が前半でも後半でも最もエモーショナルなポイントをなし、このダイナミズムを自作をもって置き換えようとしたのが『With A Vengeance』ではないかと(アフロダイトも16~21年にかけて『Classics』が6集までまとめられている)。それこそ冒頭に書いたように黄金時代のクリシェを反復しているのは基本の部分ではシェレルも同じで、イギリス人がイギリス人を演じたのがブリット・ポップなら、同じことを移民文化のフェイズでも繰り返し、「最後までスピードを緩めない粘り強さと回復力」をアンダーグラウンドの存在意義として再提示したのである。シェレルがレイヴ・カルチャーに待望されること。EUと分かれたイギリスが必要としているエネルギー。独立した経済圏とイギリスらしさの確保。コロナ禍を経てイギリスのクラブは1/3が閉店したままであり、それは観光資源の枯渇を意味している。

視点を変えれば街も変わる!
ノスタルジーではない新しい東京の歩き方

玄人と歩くと都市はバツグン!
──いとうせいこう(作家・クリエーター)

専門家と東京を歩けば見えてくるものがある! 接着剤、石、植物、タクシー、公園にある古墳など、単なる教養ではない「日常生活を捉え直す」視線から街を歩くとまた違った姿が見えてくる。ノスタルジーではない「いま・ここ」ならではの東京の歩き方読本。人気webメディア「デイリーポータルZ」の大好評連載から厳選&パワーアップした新感覚ルポルタージュ!

四六判並製/288頁

目次

まえがき(大北栄人)

■第1章 誰かの見えない街の仕事にうなる

接着剤×渋谷
街にはどれくらい接着剤が使われているのか?

飲食店×渋谷
渋谷の一階は一人飯の店

のぼり×武蔵小杉(神奈川出張編)
おしゃれな街に印刷物はない

散歩のはなし その1

■第2章 むき出しの自然を体感する

植物(1)×渋谷
渋谷駅前の線路沿いに長芋やラズベリーが生えている

植物(2)×久が原
植物図鑑を作ってる人と街を歩いてへぇへぇ言わされたい

石×二子玉川
百貨店には化石が埋まっている

散歩のはなし その2

■第3章 タイムカプセルを発見する

日本中世史×世田谷
日本史の研究者と世田谷を歩いてみたい

考古学×大井町
大井町駅前の通りは歴史を横断できる

散歩のはなし その3

■第4章 本当の財産について考える

建築×祐天寺
家ってどうしてこんな形ばかりなんだろう?

タクシー×三軒茶屋
「どの道から行きますか?」「知らねーよ」のつらさ

散歩のはなし その4

■特別編 

鳥あるある「駅前の木に群れて騒ぎがち」←なんで?

あとがき(林雄司)

【著者プロフィール】
大北栄人(おおきた・しげと)
2006年からwebメディア「デイリーポータルZ」で執筆を始じめ『リカちゃん人形をダンボールで作ると泣けます』などの記事が話題に。一貫して興味がユーモアにあり、2015年より舞台『明日のアー(現・アー)』を主宰し映像作品で第10回したまちコメディ大賞を受賞。2023年TBSテレビ『私が女優になる日』にコメディの先生として登場する。

林雄司(はやし・ゆうじ)
1971年生まれ、人気WEBメディア「デイリーポータルZ」編集長。編著書は『死ぬかと思った』シリーズ(アスペクト)、『テレワークの達人がやっているゆかいな働き方』(青春出版社)、『日本地図をなぞって楽しむ 地図なぞり』(ダイヤモンド社)、共著に『1日1つ、読んでおけばちょっと安心! ビジネスマン超入門365』(太田出版)などがある。

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
amazon
Rakuten ブックス
◇7net(セブンネットショッピング) *
ヨドバシ・ドット・コム
◇Yahoo!ショッピング *
HMV
TOWER RECORDS
◇紀伊國屋書店 *
◇MARUZEN JUNKUDO *
◇e-hon *
◇Honya Club *

P-VINE OFFICIAL SHOP
◇SPECIAL DELIVERY *

全国実店舗の在庫状況
◇紀伊國屋書店 *
◇三省堂書店 *
◇丸善/ジュンク堂書店/戸田書店、ほか *
◇有隣堂 *
◇くまざわ書店 *
◇TSUTAYA *
大垣書店
◇未来屋書店/アシーネ *

* 発売日以降にリンク先を追加予定。

お詫びと訂正

このたびは弊社商品をご購入いただきまして誠にありがとうございます。
『あたらしい散歩──専門家の目で東京を歩く』に誤りがありました。
謹んで訂正いたしますとともに、お客様および関係者の皆様にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

●8頁 目次内「特別編」のノンブル

誤 274
正 270

R.I.P. Max Romeo - ele-king

 もう一度ジュリエットに会いたいという思いがたかぶり、ロミオは彼女の家の敷地に忍び込む。――あの恋愛劇、屈指の名場面だ。ジャマイカはセイント・アン教区で生まれ、18歳でキングストンに出てきたカントリーマン、マックスウェル・リヴィングストン・スミスは、ある朝、ある女の子の家の門のところで彼女と話をしていた。彼女の父親は二人の脇を通って仕事に出かけていったが、その後も若い二人は時間を忘れて話し込み、そのうちに、なんと父親は一日の仕事を終えて帰ってきてしまう。「なんだオマエ! 同じ場所に……同じ服……あれからずっとここにいるのか? 帰れ! オマエはロミオか!」。周囲にいた人々は爆笑し、それ以降マックスウェルはその界隈で「ヘイ、ロミオ!」と冷やかされるようになった。というエピソードを気に入った芸名創作の天才、スーパー・プロデューサーのバニー〝ストライカー〟リーは、かくして〝MAXで愛に生きる男〟を世に送り出すことになるのだ……「夢精」というロマンティックな曲で(笑)。と、追悼文の冒頭にして、似つかわしくないファニーなオチがつくのだが、そのロミオはそこから三、四年のうちには社会派に転向し、以後終生そのパブリック・イメージとなる、ラスタ・コンシャスでポリティカルなルーツ・レゲエ界屈指のプロテスト・シンガーになってゆく。しかし実際のところ、2025年4月11日に80歳で没するまで、彼のメッセージは、その芸名にたがわぬスケイルの大きな愛に満ちていた。
 キャリアについて正確を期すと、マックス・ロミオになる前の彼は、ジ・エモウションズというヴォーカル・グループの一員だった。メンバーにはレゲエ史上最高のベイシスト、ロビー・シェイクスピア(スライ&ロビー)の兄であるロイド・シェイクスピアがいたが、そのエモウションズの流れからロミオは自身のバック・バンドとしてザ・ヒッピー・ボーイズを組織し、そのバンドがリー・ペリーのハウス・バンド:ジ・アップセッターズになり、それがボブ・マーリーのウェイラーズ・バンドに進展して世界的に成功する話と、その過程から派生してロビーとスライ・ダンバー、すなわちスライ&ロビーもワールドワイドにのしていったドラマティックな経緯については、以前ロビー・シェイクスピアの追悼文で書いた。ここで肝心なのはシェイクスピアつながりの二重オチではなく、マックス・ロミオがボブ・マーリー、スライ&ロビー、リー・ペリーの成功(要するにレゲエ史の中核である)の、その源泉に存在していたことだ。ある “星” の下に生まれた人物とは、経済的なあれこれは別問題としてそういうものなのだ。

 この数日で何ヶ国かから発信されたロミオの訃報記事を多数読んだが、どれも前掲曲、性的に露骨で直截的な “Wet Dream” に、そっと一言だけ(笑)言及している。同曲はまず1968年に本国で大ヒット。英《BBC》は放送禁止にするも、翌69年に彼にとって最初の国際的なヒット曲となり、かつ、ある記事によれば結局彼最大の商業ヒットとなったらしいから、ややもすれば代表曲扱いされてもおかしくないのであり、無論業績として触れないわけにいかない。その一方、レゲエ界で最も信用されるコンシャス・シンガーのひとりとして生きた晩年の重鎮は、半世紀前に「夢精」なる曲を書いて歌った “若気の至り” を恥じていたか? ……といえば、全くそんなことはない様子だった。映像やテクストでネットに上がっている近年のインタヴューでも、同曲の思い出について愉快そうに語っている。
 ――自分が書いた詞の内容を特に好んでいたわけでもないが、この曲を歌ってもらおうとしたスリム・スミスやジョン・ホルト、デリック・モーガンやロイ・シャーリーといた面々から歌詞のせいでことごとく拒否され、当時面倒を見てくれていたボス、バニー・リーの手前、誰も歌う人がいないならと、仕方なくボスのためにその “猥歌” を自分で歌うと決めたこと(しかし実際のレコードにプロデューサーとしてのリーの名前はクレジットされなかった)。また、同曲のレコーディングを《ジャメイカ・レコーディング・ステューディオ(ステューディオ・ワン)》を賃借りして行なおうとするが、リハで歌詞を耳にした同所のオウナー、コクスン・ドッドに追い出されそうになったこと、等々。
 しかし、彼は誇らしげにつけ加えている――こういう “口にしちゃいけないこと” を歌うことが、英国のタブー、性的な表現への偏見に対する挑発でもあったし、実際、イギリスのスキンヘッズは自分たちの性的な感情を解放するものとして、そしてタブーに対するアンチテーゼとしてこの曲を受け入れた。半世紀経って、いまだにスキンヘッドがオレのショウにやってくるとこの曲を要求される。自分から進んで歌いはしないが、リクエストされたら応えられるようにバンドは常にリハーサルしてるんだよ、と。
 以前、世界中のジャーナリストからこの曲について訊かれ過ぎてうんざりしたのか “敬虔なラスタファリアン” ロミオは、「あれは単に雨漏りの歌だ」とうそぶいたこと自体が今日伝説化しているが、そのユーモアを含め、義理堅さ、タブーに挑戦する姿勢、誠実さ、サーヴィス精神といった篤実家ロミオのキャラクターは既にこの曲にまつわるエピソードだけで全開になる。
 さらにこの “Wet Dream” (a.k.a. Leaky Roof・笑)は、聖俗、ときに清濁さえ併せ持ってこそのジャメイカン・カルチャーであるという、我々が愛する文化の本質を思い起こさせてくれる。ロミオは、今はなき『レゲエ・マガジン』の41号(1994年)、小玉和文によるとてもいいインタヴューの中でこう自認している――「ロイド・チャーマーズ、プリンス・バスター、デリック・モーガン、そしてオレが最初のスラック・シンガー四天王だった。でも、我々は今の連中の様にそうあからさまじゃないよ。オレのスラックをちゃんと理解するには想像力が必要なんだ」
 スラック(slack:卑猥)な歌の文化はどの国にもあったし、そんな歌を嬉々として歌っていたストリート・ボーイが敬虔なラスタファリアンに転身することは社会構造と歴史に開眼したゆえの成長であり、その点においてもマックス・ロミオはスラックネスからホーリーネスへと転じた現在のスーパースター、ブジュ・バンタンやケイプルトンの大先輩であった。
 エモウションズ~スラックネス・シンガーまでが第一期だとすると、そのロミオも第二期で社会派歌手へ転身、となる。彼の71年作『Let the Power Fall』のタイトル・チューンをPNP(人民国家党/民主社会主義政党)が72年の総選挙のキャンペイン・ソングに採用したとか、同党を支持したのに政権を奪取したあとのPNPの改革の遅さに失望したロミオが、同党首を批判するディス・ソング “No Joshua No” をリリースしたといったエピソードはロミオの訃報報道の多くに載っているし、政治とレゲエ(とラスタ思想)とが明確なリンケージを示した最も初期の例としてレゲエの教科書には必ず出てくる話なので詳述は割愛し、ここではロミオが、ジャマイカで音楽がポリティカルな力を持ち、武器にすらなることを示したパイオニアでもあることの確認にとどめる。このエピソードも、掘っていけば、国の行く末を案じた彼の真摯な思い、純真さや率直性が明らかになってくるのだが。
 盟友リー・ペリーと組んだ76年作、彼の最高傑作の誉れが高い『War Ina Babylon』についても、例えば収録曲の “Chase the Devil” が1992年にザ・プロディジー “Out Of Space” でサンプリングされヒットし、さらに10年を経て2003年にはジェイ=Zの “Lucifer” で、プロデューサーのカニエ・ウェストが同曲の天才的引用を見せたこと、さらには2005年にマッドネスがデニス・ボヴェールのプロデュースで名カヴァーを残していることまで含めて、もはや語り尽くされている。特に前者二曲がマックス・ロミオ(とリー・ペリー)の功績を、世代を超えて世界中に知らしめた功績には絶大なものがあった。この調子で、追悼文はもう少し続くが、長くて嫌になった人は文末まで飛ばして最後だけ読んで欲しい。先発のおそらくどの追悼文にも書いていない大切なことを書いたつもりなので。

 ずっと他の報道と重複することを書いてもつまらないので、自分の体験談として1980年代中期、オレが10代末に初めて買ったロミオの想い出深いレコードの話をしたい。それは日本盤のLP『ラヴィング・ユー』(ウーレル/ユピテル)だった。ジャケットは永井博のトロピカルなイラスト。当時最先端をいっていた、その絵のイケてるモードに惹かれないはずがなかった。今ならレゲエのレコードのヴィジュアルとしてはおよそ首肯しかねる種のものだが、何しろ大瀧詠一との『A LONG VACATION』の数年後、依然としてあの音楽とイラストが一世を風靡している時代の画伯の真骨頂たる図案の威力は絶大だったし、同時にそれをまとう音の中身も相当にイケてるのだろうと想像させた。しかし、そのジャケットの裏面にはロミオ、プロデューサーのジェフリー・チャンとキース・リチャーズの、言ってみれば “むさい” 写真がドカンと鎮座し、その表と裏のギャップに没入していくことをマゾヒスティックに欲した上に、盤のオビのうたい文句は〈サマー・インテリア1983 小麦色ミュージック~マックス・ロメオのおしゃれなレゲエ・アルバム〉とくるのである(……レコード会社の仕事は楽ではない)。だからといってやぶれかぶれな気持ちで買ったわけではなく、動機は明確にキース・リチャーズだった。ローリング・ストーンズ “Dance (Pt. 1)” にロミオがバッキング・ヴォーカルで参加したことのお返しに、リチャーズがロミオのアルバムで弾いていることを友人から聞き、ストーンズ・フリークとして〈買い物リスト〉に入っていたアイテムだったからだが、その晩、そいつに針を落とし、1曲目“Wishing for Love” がスピーカーから飛び出してきた瞬間、目に映る世界の色彩が変わったような衝撃を受けるのだ。スライ&ロビー、チナ・スミス、そして確かに『エモーショナル・レスキュー』期に多用していた奏法のキースらによるアンサンブルは、ファットでロックでスタイリッシュ(そのすべてがある!)だし、そのうわべをたゆたう優しげでセクシーでソウルフルなロミオの声の美しさに鳥肌が立った。それが、当時その言葉も知らなかった “ラヴァーズ・ロック” を生まれて初めて聴いた(もしくは初めて意識に刻まれた)瞬間である。つまり、オレにとっては初めてのラヴァーズ・ロックもロミオだったのであり、この原体験は、現在に至るまで自分のラヴァーズ・ロックに対する審美眼の基準になっている。同時に、本稿の冒頭に書いたロミオの芸名の由来を後年インタヴューで知った際、そのエピソードがまさしくストンと腹落ちしたのだった。
(ちなみに、アルバム『ラヴィング・ユー』の米オリジナル盤のタイトルは『Holding Out My Love to You』だ。また、この『ラヴィング・ユー』の他にも83年から85年にかけて『メイク・ウィ・ロック(Mek-Wi-Rock)』『アイ・ラヴ・マイ・ミュージック』『One Way』と、続々ロミオの日本盤が出ていたことが分かって次々に買い集めることになるのだが、それらの音源をライセンスしていたのが日本レゲエ界のゴッドファザー、石井志津男その人であることをのちに知ることになる。日本のレゲエ文化の黎明期にマックス・ロミオがこんなに熱心に紹介されていたことは今、再確認するに値しよう。《_WAH! Radio》に最近アップされた《24×7 RECORDS》の八幡浩司がホストのインタヴュー番組〈IN THE BEGINNING 石井志津男編〉でもその時代の話が聴けて非常に興味深い。https://soundcloud.com/radio-wah-328329842/sets/in-the-begining)

 80年代は、日本でも他に《NECアベニュー》や《タキオン》からのリリースもあった事実が、この国のリスナーがロミオを高く評価していたことの証左となる。当時の国内リリースからもう一曲印象深い曲として、前傾『One Way』収録の “The Birth of Reggae Music” を挙げておきたい。〈ジャーがベイスを入れて4分の4拍子をロックさせる。レゲエは山々の霊気から、ゲットーの飢えから、人々の魂の響きから生まれる。そのメッセージをバビロンに送りつけるんだ。闘いをギブアップすることはない〉と厳かに歌われる米《ワッキーズ》プロダクションの(2007年には独《ベイシック・チャンネル》から再発された)大名曲だ。
 90年代のUKジャー・シャカ・プロダクション二作とダブも忘れ難い。ロミオは80年代の後半に公私共に難しい時期を送ったらしいのだが、そのことと関係しているのか、この時期にあの立派なドレッドロックスを一度切り落としている。そうすることで「ジャーに対して自分がやり直すという意気込みを伝えたんだ」(前傾『レゲエ・マガジン』41号)ということだったようだ。シャカ制作の92年作『Fari - Captain of My Ship』のジャケット写真を見て、その風貌にとても驚いたことまでハッキリ覚えているが、そうまでして心機一転し、改めて立派なロックスをいちから大切に伸ばしていった後年の彼にも、その生真面目な一本気が偲ばれるのだ。
 新たな世紀に入っても、寡作ながらリリースを続け、むしろ積極的にヨーロッパを中心にツアーやフェス出演を何度となく行なったから、この頃のライヴ映像はDVD化もされたし、容易に目にすることができる。
 この一週間でそんなロミオの映像のいくつかを観、アルバムを初期から晩年までランダムに10枚ほど聴いた。そうすると、青々として瑞々しい美声から、艶が増し、円熟味を帯び、渋さが出てきて、枯淡の境地に至る、とても美しいグラデイションを生きた歌手だったことが実感される。もちろん冴えを欠くスランプ期もあったし、チープなサウンド・プロダクションのせいで美点が抑圧された作品もあるが、どんなときでも誠実さが温度感のある安心をくれたものだった。
 つい先頃、2023年にはヨーロッパを中心に約60箇所を回る〈フェアウェル・ツアー〉を敢行したことも記憶に新しい。彼は自分でキャリアの最期を決め、そこから逆算して大規模な最終ツアーを企画し、ファンに律儀にさよならを告げに行った。そうやって最後まで積極的に経験を積み重ね、魅力を増し、アーティストとして見事な着地を果たしたロミオの代表作が、遠い昔60年代や70年代にしか存在しないかのようなそのへんの追悼報道は一体どんな了見なのかと思う。この、まさしくセルフ・コントロールと “自己完結” を旨とした晩年、最終期にこそ、彼のキャリアの集大成、真の代表作があるとしたい。それが彼にふさわしい評価ではないか?
 2019年、フランスの《バコ》からリリースされた、おそらく純粋な意味での最後のフル・アルバムという扱いになるのだろう『Words from the Brave』がそれだ。“勇士の言葉” などと自らの作品を具体的に、そして力強く形容したアルバム・タイトルは過去になかった。また、シングル “The Farmer's Story” ではキャリア初のMVまで制作し、自身のルーツともいえる18歳以前の貧しい農夫時代の記憶に立ち返っているのも何やら暗示的ではある。16年のツアーでバックを務めたフランスのルーツ・ヘリティッジ・バンドとの録音群に、マックス本人と息子のアジージ・ロミオが伴奏を用意した3曲を加えた全10曲。拙著『レゲエ・ディフィニティヴ』でも力を込めて激賞したが、この作品の激しさ、重厚さ、リッチさ、滋味深さは、遺作として驚異的としか言いようがないばかりか、全キャリアを通して見ても紛う方なき大傑作である。

 連中はオレたちをスポーツと戦争に使うのみだ。そして教会と酒場さえ与えておけばいいってんだろう。今吸ってる息がきみの最後の呼吸になるかもしれない。よこしまな政治屋に火を放て。苦しむ人々に圧をかけてくる奴らに。意味不明な説教を垂れる牧師にもだ。

 炎、炎、世界が燃えている。腐敗した政治家が炎をさらに煽っている。人は謙虚で柔和であるべきなんだ。蒔いた種は自分で刈り取ることになるのだから。

 このアルバムを聴いて弔いとすることをおすすめしたい。あなたが聴きたいマックス・ロミオはこれではないだろうか? というか、あなたが聴きたいレゲエはこれではないだろうか?

Actress - ele-king

 アクトレスは2022年以降、キャリア15年目のアーティストとしては意外なほどリリースのペースを加速させている。世のなかの移ろいゆく情勢や経済状況に追いつけず、レーダーから姿を消してしまうアーティストは珍しくない。パンデミックが多くのアーティストが自身のキャリアにおける2〜3年の空白期間を省略するきっかけとなったのだろうか?  あるいは、それはInstagram的で過剰な情報社会への反応なのだろうか? アーティストは、もちろんアーティストとしてあるべきであり、彼らがどのようなキャリアパスや表現のフィールドを選ぶにしても、私たちはその作品をまずは恐れや偏見なく受け止めるべきなのだ。
 インスピレーションや創造性には、経済状況における「量と質の呪い」が関わっている。果たして、「少ないこと」は本当に「より多く」や「より良いマーケティング」に繋がるのか?  頻繁なリリースは編集的フィルターの欠如の表れなのだろうか? もし4年待って34曲入りのアルバムが出たとして、果たして誰かが全曲をちゃんと聴くだろうか? そんな問いの数々に明確な答えはない。
 そうした葛藤の最中に、アクトレスはわずか1ヶ月のあいだに2つの作品をリリースした。「量と質」を比較検証してみよう。

 まずはその1枚、『Grey Interiors』(Smalltown Supersound)。これはActual Objectsとのコラボで「ベルリナーフェストシュピーレのインスタレーション作品として制作された」1トラック構成のアンビエント作品だ。
 2枚目は、『Tranzkript 1』(Modern Obscure Music)という4曲入りのEP。

 アクトレスのアンビエント色が増す最近の作品群は、若かりし頃の彼がレコードでやることを恐れていた領域——すなわち、自らの多様な感情に深く潜り込み、定型的な繰り返しから解放され、トラックに人間味ある呼吸を与える——へと踏み出している。彼のライヴを観たことがある幸運な人ならわかると思うが、最近の彼のアンビエントに対するスタンスは、彼のライヴ・セットに近く、従来の6分以内の楽曲が多いアルバム群はどちらかといえば風景スケッチ的だった。それゆえ、ライヴを体験したことのないファンには、これらの長尺トラックが単なる高慢な実験のように見えるかもしれない。

 『Grey Interiors』は、彼のディスコグラフィーのなかでももっとも尖った作品とは言えないが、2024年の『Дарен Дж. Каннінгем』に続き、確実により冒険的な作品のひとつである。他のアンビエント系アーティストの作品に似た響きを持っているかもしれない。しかし、成長とは、開花して初めて明らかになるものだ。その途中の過程は評価されず、結果だけが見られる——それは実に残念なことだ。
 20分間にわたって『Grey Interiors』は、柔らかく曖昧なシンセの層に支えられながら、浮遊する雲の上へと上昇していく。そこにはアクトレスらしいインダストリアルな美学を象徴する、機械的で独特な緊張感が常に流れている。繰り返される機械音が互いに語り合い、やがて全体の会話そのものへと変化していくなか、突然クラブ・ビートが介入し、ブレイクビーツのような親しみのある感触を呼び起こす。そうしてアンビエントからは脱し、緊張感もやわらぎ、まるでバレエを見ているような感覚に包まれて終わる。

 一方、『Tranzkript 1』は、これまでの作品と同様の音的領域に存在している。各トラックは短く、捻れたアンビエント・メロディがぶつかり合いながら、より簡潔に展開していく。たとえば“Kjj_”や“Guardians”などの曲は、まるで宇宙飛行士が地球を見下ろしながら帰還について考え、カプチーノを飲んでいるようなSF映画を思わせる心地よさがある。『Tranzkript 1』は、巨大な芸術的声明ではないが、深い思索や内省に浸るための心地よい一滴だ。

 長く続くムードのうねりであれ、アヴァンギャルドな短編小説のようにミニマルな音にスポットライトを当てたものであれ、アクトレスが音を通じて聴覚の楽しみに捧げる献身こそが、「質と量の両立は可能である」という議論において彼を勝者たらしめている。そしてそれは、ありがたいことに本当なのだ。


Actress’s pace in releases since 2022 has accelerated much faster than one would expect for an artist 15 years in. Falling off the radar is a common trend with artists sometimes not able to keep up with the progressive and economic state of the evolving world. Was the pandemic an impetus for forgoing the 2 to 3 year hiatus that many artists including himself steer their careers by? Or more of a reaction to our hyper Instagram information culture? Artists should be artists, of course and the course they decide to take in their career trajectory and field of expression should be allowed and accepted without fear or prejudice so that the well of their artistry can overflow.

The pain of inspiration and creativity in the world economy derives from the curse of quantity vs quality. Is less really more and better for marketing? Are frequent releases a sign of lack of an editorial filter? If I wait 4 years for a new album of 34 tracks, does anyone actually listen to all the tracks? Questions upon questions are not easy to answer. In the middle of this ongoing dilemma, Actress has released not one but two releases within one month. So now the quantity vs quality can now be tested.

First is Grey Interiors (Smalltown Supersound), a one track ambient track made “as an installation piece for the Berliner Festspiele” with Actual Objects. The second, a four track ep, Tranzkript 1 (Modern Obscure Music).

Actress’s growing ambient tinged work does what the younger artist was more afraid to do on record ; dig deeper into his many moods, break away from formulaic repetition and let the track breathe more humanly. If you have had the luck to see Actress live, then you know that his current headspace with ambient music is closer to his live set whereas his many albums of cuts, mostly under 6 minutes, are closer to scenic sketches. Those of his fans without the pleasure though may view these longer tracks as just vein experiments.

Grey Interiors isn’t the edgiest Actress album of his discography but it is definitely one of the more adventurous ones following in line with 2024`s Дарен Дж. Каннінгем. It may be reminiscent to other ambient releases by other artists in tenor. But growth isn’t clear until it’s finished flowering. The in between process isn’t valued. Only the result and that is a shame.

In 20 minutes, Grey Interiors ascends above floating clouds supported by soft, amorphous plushy synths continuous under an underlying mechanical distinctive tension typical of Actress`s industrial ethos. Machine repetitions that grow to talk more to each other eventually becoming the total conversation before a club beat interferes with mild breakbeat familiarity. No longer ambient, the remaining edge of anticipation is relieved leaving with a feeling of watching a ballet.

Tranzkript 1 (Modern Obscure Music) exists on more familiar sonic territory along with previous releases. Briefer in track length, more concise with off-kilter ambient melodies colliding into each other like the track Kjj_ or Guardians, which pleasantly reminds me of a sci-fi film where astronauts are above the earth contemplating return while sipping cappuccinos. Tranzkript 1 isn`t a giant artistic statement but rather a pleasant dip into deep thoughts and ruminations.

Whether elongated mood swings or spot light focused on minimal sound a la avant garde short stories, Actress`s dedication to aural enjoyment means he wins the argument of quality / quantity showing thankfully you can have both.

interview with Nate Chinen - ele-king

 「現段階で、こう言うことはできる。すなわち、我々がジャズと呼ぶ音楽は、様々な状況下において勢いを見出し続けている、と」──アメリカのジャズ批評家ネイト・チネンは著書『変わりゆくものを奏でる(Playing Changes)』の後書きにそう書き記している。

 あらためて言うまでもなく、ジャズは21世紀以降、とりわけテン年代を通じて活況を呈し、新たな時代を築き上げてきた。ロバート・グラスパー『Black Radio』(2012)やエスペランサ・スポルディング『Radio Music Society』(同)のグラミー賞受賞、『The Epic』(2015)を引っ提げたカマシ・ワシントンの登場、あるいは高度な複雑性を操るヴィジェイ・アイヤーや圧倒的な個性を放つメアリー・ハルヴァーソンの活躍、等々。ジャズといえば輝かしき黄金時代──1950年代から60年代にかけて──ばかり繰り返しスポットが当てられてきた旧来の状況に対し、チネンは現在進行形のジャズを過去の眼差しから解き放とうとする。それはしかし歴史から切り離すことではない。むしろジャズの現在地を正しく測量するために、彼は何度も過去へと遡る。21世紀のジャズがいかに歴史と繋がりを持つのか、豊富な知識と膨大な取材を元手にしつつ、そのコンテキストを丁寧に辿り直している。変わりゆくジャズがジャズである所以を鮮やかに解き明かす。

『変わりゆくものを奏でる』は画期的な一冊である。いまのジャズを考える上で最低限踏まえておくべき事柄が一通り網羅されている。全12章からなる本書では、一方に特定のミュージシャンを主人公に据えた章──ブラッド・メルドー(第2章)、スティーヴ・コールマン(第4章)、ジェイソン・モラン(第6章)、ヴィジェイ・アイヤー(第8章)、エスペランサ・スポルディング(第10章)、メアリー・ハルヴァーソン(第12章)──があり、他方に特定のテーマが設けられた章がある。後者で取り上げられるのは、保守的なアップタウンと対抗勢力としてのダウンタウン・シーン(第3章)、ウェイン・ショーターらが打ち出した新たな年長者像(第5章)、ジャズと教育ないしアカデミズムについて(第7章)、ヒップホップ~R&Bとのクロスオーヴァー(第9章)、ジャズのグローバル化/グローカル化(第11章)といったテーマである。

 第1章はやや異色だ。カマシ・ワシントンについての記述がベースにはある。しかし彼を主人公とするというより、反復されるジャズの死と救済の物語を検証するためにカマシが要請されたとも読める。実際、第1章ではカマシと対比を成すようにウィントン・マルサリスの物語が綴られる。なぜ人々がジャズの救世主を求めるのかを立体的に描いている。そしてウィントンをどう捉えるかという問題は本書の全体を通じて基層を流れていく──たとえば第3章ではアップタウンの体制側として、ジャズ・アット・リンカーン・センター(JALC)の芸術監督を務める彼がジョン・ゾーンやデイヴ・ダグラスと比較される。章を跨いで問題意識が連関していくのは本書の特徴の一つだろう。JALCはジャズの文化的地位の向上に資したが、それと並行して体制機関によるジャズ・スタディーズの受け入れがあった、という話が第7章には出てくる。あるいは──バンド内で女性がただ一人だった場合に「視線の交わし合いひとつとっても楽ではない(……)たとえば誰かに目線を返す必要のある場面でも、それが相手をそそるものと受け取られないように気をつける」(333頁)というエスペランサ・スポルディングの懸念は、メアリー・ハルヴァーソンが音楽大学の夏期講座でジャズ・ギタリストではなく「ああ、フォーク・シンガーね」と軽くあしらわれた(386頁)という経験と問題の根を同じくしている。『変わりゆくものを奏でる』は、21世紀のジャズの見取り図を示すと同時に、より広く音楽的問題、さらには社会的/政治的な問題へと思考を導いていく。その意味で単に音楽書というに留まらない人文書となっている。

 著者のネイト・チネンはハワイ・ホノルル出身。もともとジャズ・ドラマーの経歴もあったものの、1996年からジャズ批評家として活動を始め、2003年にジョージ・ウィーンの自伝を共著『Myself Among Others: A Life in Music』として上梓している──といったユニークな来歴や彼の批評観については前後編に分かれた以下のインタヴューをぜひ参照してほしい。『変わりゆくものを奏でる』の原著刊行から7年、ジャズの動向にも様々な変化が訪れた。この度のインタヴューでは、書籍の内容に加え、原著刊行後のジャズの新たな動きを補完する話も語っていただいた。本書はいままさにあらためて読まれるべき段階にきているように思う。なぜなら自由、平等、多様性といったアメリカ的価値観が、すなわちジャズをめぐる状況が、大きく揺さぶられ始めているからだ。わたしたちはそして本書を日本におけるジャズ言説との共通点と差異を見定めながら読み進めることもできるだろう。ジャズの未来について、ネイト・チネンは「私の思いはふたつの異なる軌道を進んでいる」と述べるが──まずは彼のジャズ批評家としてのバックグラウンドからじっくりと話を伺った。

子どもの頃からずっとドラムに惹かれていたので、実際勉強しましたし、演奏も始めた。そこからあっという間に、ジャズに相当真剣にのめり込みました。

まずはあなたの批評家としてのバックグラウンドについて教えてください。どんな家庭で育ち、何歳頃から意識的に音楽を掘り下げて聴くようになりましたか?

ネイト・チネン(Nate Chinen、以下NC):そうですね、この取材の文脈から言って、それは特別な質問です。というのも私の両親はどちらも歌手、エンターテイナーだったんです。父はじつは日本でもキャリアがあって、テディ・タナカという名義で歌っていました。まだとても若かった頃、たぶんまだ高校時代に、東京に行ってレコーディングしたことがあり、その歌、“ここに幸あり(Here is Happiness)” は大ヒットしました。彼はいわゆるフランク・シナトラ型の、ビッグ・バンドをバックに歌う歌手でしたが、実際シナトラが東京で初来日公演(1962年4月20&21日)をおこなった際に、ステージで紹介役を務めたこともあったんですよ。ともあれ──父はハワイ生まれで、祖父は沖縄出身の移民一世でした。で、父はハワイ/日本で歌手としてキャリアをスタートさせ、母と共にTHE TOKYO PLAYMATESというグループを結成しました。このグループはアメリカ合衆国全土/カナダをツアーで回ったこともありましたが、それは私が生まれる以前の話です。で、両親はホノルルに戻り、そこでまた別のグループ、Teddy & Nancy Tanakaとして活動しました。つまり私は、そのグループのごくごく幼いメンバーとして育った、と(笑)。
 ですから本当に、小さい頃の最初の記憶と言えば、ステージで一緒に歌う両親の姿、そしてふたりの小さな子どもとしてステージに上げられたことなんです。というわけで、私にとっての音楽との出会いもそれを通じてでしたね。でも、それだけではなく、ミュージシャンになることにもとても興味がありました。子どもの頃からずっとドラムに惹かれていたので、実際勉強しましたし、演奏も始めた。そこからあっという間に、ジャズに相当真剣にのめり込みました。というのも、ジャズ・ドラミングはじつに挑戦のしがいがあったし、魅惑的で、とにかく惚れ込んだ。というわけで私がジャズに対して抱いた興味は、そもそもはミュージシャンだったことから発していましたね。とまあ、これが「短いヴァージョン」の私のバックグラウンドです(笑)。

(笑)。

NC:でも、身の周りにつねに音楽があふれていました。それに、あなたもたぶんご存じでしょうが、ハワイは非常に音楽的な土地でもあります。それこそ、空気の中に音楽が漂っているというか。

はい。「チネン」というお名前からして、おそらく日本にルーツがある方だろうと思っていましたが、ご祖父が沖縄出身だったんですね。

NC:そうです。私の日本語のミドル・ネームはタカヒロ。父の名前はタカシです。

ということはあなたの場合、音楽に最初に触れたきっかけはレコード=録音音源よりも、むしろライヴ音楽だった、と言えそうですね。日本の場合、ジャズにしろロックにしろ、海外の音楽はまずレコード/音源で触れるケースが多いわけですが、ご両親がシンガーだったあなたはライヴ・パフォーマンスで音楽に触れる環境にあった、と。

NC:そうですね、その点はずっと興味深いと思ってきました。かつ、そこはもしかしたら、音楽批評家としての自分が他の面々と少し違う点のひとつかもしれません。というのも、批評家でじつに多いのは──多くの批評家が、レコード収集家から始めるわけです(笑)。で、私からすれば……いやもちろん、私もレコードは大好きですし、収集もしています。けれども最もディープな、自分を形成してくれた音楽体験と言ったらやはり、どこかの空間で音楽がリアルタイムで演奏されている、それになります。

多くの批評家が、レコード収集家から始めるわけです(笑)。けれども最もディープな、自分を形成してくれた音楽体験と言ったらやはり、どこかの空間で音楽がリアルタイムで演奏されている、それになります。

批評家としてキャリアをスタートさせたのはいつ頃でしょうか?

NC:まず、フィラデルフィアの大学に進学したんです。いま、こうしてまたフィラデルフィアに暮らしていますけれども(笑)。

ああ、そうなんですね。

NC:で、知り合ったジャズ・ミュージシャンの誰もからこう言われたんです、「君がやるべきなのは……」──というのは、私はずっと文章を書くことも好きだったんです。つねに好奇心があり、文章を読み、書くのが好きだった。そして知人のミュージシャンの誰もが、「君はよく考えた方がいいよ……」──だから、「音楽校に進学しない方がいい」と彼らは言っていたんですね(苦笑)。つまり、わざわざ音楽院に入らなくたってミュージシャンでいられるんだから、と。それでも、本当に素晴らしいジャズ・シーンのある都市に向かうのはプラスになるとのことで、実際そうでした。フィラデルフィアに移ったところ、フィラデルフィアのミュージシャンは非常に協力的だった。彼らはとても厳しくて、くだらないナンセンスは一切受けつけませんが(苦笑)、こちらがスキルと正しい姿勢、謙虚さを備えていることさえ示せばがっちり受け入れてくれる。で、私はペンシルヴェニア大学で詩を専攻していましたが、クラブでしょっちゅう音楽をプレイしていた。だからある意味、ふたつの人生を送っていたようなものでしたね。学生/ライターであり、かつミュージシャンでもあった、と。
 そしてある夏、『Philadelphia City Paper』という、無料のオルタナティヴな都市圏週刊新聞でインターンを経験したんです。あの当時はインターネットの黎明期でしたから、ああいったフリー・ペーパーは誰もが手に取ったもので、特にアート関連の記事はよく読まれたんです。で、インターンシップに採用されてニュース室に行ったところ、じつに活気に満ちた職場で、すぐに「ああ、ここで何かやれそうだ」と気づいたんです。文芸欄音楽部門の編集者もとても励ましてくれて、それでレコード評を書き始め、続いてアーティストへの取材、そしてフィーチャー記事も担当するようになって。そうやって、音楽への愛情、音楽への理解、そして言葉に対する愛情がとてもうまくフィットすることに気づいた。そんなふうに執筆活動を始めたわけですが、やればやるほど、自分は……あのコミュニティの一部になっていったというか。程なくして、ミュージシャン勢も私のことを批評家と看做してくれるようになりました。

はい。

NC:そうやってしばらく経って、編集者から「本紙の常任ジャズ批評家になって欲しい」と声をかけられて。当時私はまだ学部生でしたが、「はい。自分に適任だと思います」と答えた。で、そこからでしたね、本格的に学び始めたのは。ギャリー・ギディンス、ナット・ヘントフらの著作や記事を片っ端から読みました。それだけ、非常に強い責任感を感じたからです。「本気でこれを追求するのなら、自分にはしっかり準備を整えておく必要がある」と思った。

先達の伝統を引き継ぐ、というか。

NC:そうです。で、カレッジ卒業後にニューヨークに移り、そこから本格的にキャリアが始まっていった感じでしたね。ニューヨークに移ってはじめのうちはちゃんとした職もなく、バイトでなんとかしのいでいましたが(苦笑)、いくらも経たないうちにジョージ・ウィーン(※1954年にニューポート・ジャズ・フェスティヴァルを開催し、59年にニューポート・フォーク・フェスティヴァルもスタートさせたプロモーター/フェス企画者。2021年沒)に出会ったんです。彼はちょうど自伝を書こうとしていたところで、それにふさわしい共同執筆者が見つからずに困っていた。私は当時22歳で──

お若かったんですね!

NC:(笑)はい、本当に青二才で、仕事面では取り立てて何もやっていなかった。だからこそ、ジョージがあの本(『Myself Among Others: A Life in Music』2003年)を執筆する作業の補佐に本当に打ち込むことができた。そんなわけで、我々はじつに密に仕事しましたし、本が仕上がるまでに3年近くかかりました。ですから彼は私にとってとても重要な指導者であり、一種の父親的存在だった、そう言っていいと思います。

「もはや我々に批評家は必要ない」という意見もありますが、私はその意見には大いに反対です。いかなるアート形態も、堅固で力強い批評を本当に必要とし、かつそれに頼っていると思います。

なるほど。音楽について書き始めた時、他ジャンルについて書くことがあったとしても「ジャズ専門家」の立場から書いていたのでしょうか、それとも特にジャズ専門とせずにジャズ以外の音楽についても幅広く書いていたのでしょうか?

NC:ジャズ批評専門でしたね。というのも、そこは正直言って……私が働いてきた組織のどこでも、ロックやポップのクリティックはすでに存在していたので(苦笑)。

(笑)あなた自身のニッチを見つけたわけですね。

NC:そうです。だから私は「ジャズの人」だった。それは『Philadelphia City Paper』でも、ニューヨークに移ってから書き始めた『The Village Voice』紙でもそうでした。けれども『The New York Times』紙で働き始めたところで、そこに素敵な広がりが訪れました。あれは2005年のことで、2017年まで同紙で執筆しましたが、『NYT』にはじつに素晴らしい伝統があるんです。というのも、同紙では「ポップ批評家(ポップ・クリティックス)」と呼ばれる面々が数人いるだけで、それはつまり、また独自の領域を備えている「クラシック音楽批評家」とは別物である、と。当時の『NYT』ポップ批評主幹で、現在もその役職にあるジョン・パレーレス、彼には本当に──前任のジョン・ロックウェルやその他の面々と同様に、「我々は何でも取り上げ、書く」という感覚があった。ただし、クラシック音楽は総じて除いて。クラシック界には分離主義が存在しますからね。けれどもジョン・パレーレスは本当に……あらゆる類いの音楽に通じていて、信頼できる意見を持たなければならない、その意味で我々の規範だったというか。その意識はベン・ラトリフにも引き継がれましたし、私がポップ批評チームに加わったときも、その恩恵に浴せたわけです。ですから本当に楽しかったし、素晴らしい経験を積めました。もちろん主にジャズについて書いていましたが、それ以外のあらゆるジャンルも網羅させてもらった。ジェイ・Zのコンサート評も書いたし、ビヨンセのレヴューも書き、カントリーやフォーク・ミュージックについて書いたこともあり……という具合で、もう何でもあり。あれは本当に素晴らしい経験でした。で、現在も他ジャンルの音楽について書きますが、ジャズはやはり、私にとってのホームベースですね。

批評家の果たす役割で最も興味深い部分は、関連づけですね。物事を文脈に据えた上で、その歴史的な繫がりや社会・政治的な次元を解説すること。

あなたが影響を受けた批評家や思想家、書籍などについて教えてください。

NC:そうですね、ジャズ関連の文献で最初に読んだもののひとつと言えば、やはりレコードのライナーノーツですよね? で、そこから書籍に進んでいく、という。ですから先ほども名前の出たナット・ヘントフやアイラ・ギトラーのライナーノーツの数々は、私にとって最初の影響の一部でしょう。でも、アクティヴな影響と言えば、私がジャズについて書き始めたのは90年代半ば頃のことで──ですから部分的にはその時間軸のせいで、やはりギャリー・ギディンス以上に大きな存在はいませんでした。彼は『Village Voice』でじつに素晴らしい仕事をしていましたし、私がニューヨークに移ったちょうどその頃に、彼の『Visions of Jazz: the First Century』(1998)も出版された。実際、私が『Voice』で書き始めた頃、ギャリーはもう『Voice』から引退していましたが、彼をランチに誘ったことがあるんです。あれは本当に素敵なランチでしたし、彼は非常に励ましてくれて、だからこう、「松明を受け取った」フィーリングを感じて最高でした。で、ギャリーのおかげで……彼はじつに鋭いリスナーであり、ジャズの歴史家で、本当に優れたライターでもある。ですから彼は、つねに尊敬してきた存在です。
 でも、それに続いて受けたまた別の影響として──私がこの仕事を始めたのは、アカデミックな世界でのジャズ研究が本当に盛んになり始めた時期とも重なっていました。ですので、学者によるとても興味深い論文を読めるようになったのも、本当に役に立ったと思います。ブレント・へイズ・エドワーズ、ファラー・ジャズミン・グリフィンといった面々はもちろんですし……ダフニー・A・ブルックスみたいな人もいますね。彼女はジャズについてはあまり書きませんが、書かせると本当に素晴らしい。だからそういった学術研究も、ジャズにとって非常にプラスになってきたと思います。そして、インターネットによる民主化のおかげで我々はいまや、じつに多くのミュージシャンの文章も読める。しかも彼らは、非常に筆が立つ。というわけで私は「自分もこの大規模な対話の一部だ」という感覚が大好きです。とても活気のある時期ですし、たとえ──ジャーナリズムの経済モデルは非常に困難になっていても、優れたアイデアがたくさん存在しています。

あなたが考える批評の役割について教えてください。2019年の『Jerry Jazz Musician』誌のインタヴュー(https://www.jerryjazzmusician.com/interview-with-nate-chinen-author-of-playing-changes-jazz-for-the-new-century/)では「私の仕事内容は “gatekeeper” から “guide” に変わった」とおっしゃっていましたね。

NC:そこは、テクノロジーと多く関わっていると思います。そして、我々が音楽およびジャーナリズムと結ぶ関係性とも。というのも我々の世代は予算の都合で、たとえば「ひと月に買えるアルバムは2、3枚」という時期があったのを憶えているわけですよね(苦笑)? レコード店に行き、視聴用ヘッドフォンをかけてアルバムを少し聴いてみて購入するか決める、という。で、あの頃の批評家は何でも聴ける立場にいたわけで、だからこそ何らかの方向性を示してもらうために、彼らの専門家としての意見が我々にも本当に必要だった。「誰それの新作が出たけど、買うべきか? 批評家の意見はあんまり良くないから、今回はスルーしよう」みたいな感じで。ですから本当に、かつては「ゲートキーパー(門番)としての批評家」という感覚があったんですね。つまり、そこには消費者ガイド的な側面があった。
 そして現在という時代において、我々は制約がほぼゼロに近い形で音楽を聴くことができる。好みのストリーミング・サーヴィスを使えば、わざわざ購入するまでもなく、とりあえず作品を「聞く」ことはできるわけです。となると、「では批評家の有用性とは何か?」という話になりますし、一部のリスナーやミュージシャンの中には「もはや我々に批評家は必要ない」という意見もありますが、私はその意見には大いに反対です。いかなるアート形態も、堅固で力強い批評を本当に必要とし、かつそれに頼っていると思います。批評家の果たす役割というのは、「これを買え/あれは買うな」「これは良い/あれは良くない」云々の作品の価値判断だけではありません。というか実際、その面は批評家の仕事の中で最もつまらない部分だと私は思います。最も興味深い部分は、関連づけですね。物事を文脈に据えた上で、その歴史的な繫がりや社会・政治的な次元を解説することによって……ですから、聴き手はもちろん好きなものを何でも聴けますが、もしかしたら、私にはより良く聴くことのお手伝いをできるかもしれない。あるいは、あなたが作品をよりディープに聴く助けになるかもしれません。というわけで、批評の役割はより不定形というか……ある意味、過去に較べて威力や影響力は劣るでしょう。ただし、もっとフレンドリーではありますよね(笑)?

はい。

NC:で、思うにそれは、門戸を開けて機会を生み出したんじゃないでしょうか。で、私はそのチャレンジを大いに歓迎しました。ですから──そうですね、こういう言い方をしましょう。私は確かに、『NYT』で執筆した12年ほどの時間をエンジョイしました。自分の言いたいことはほぼ何でも、きっと誰かに読んでもらえるのがわかっている、そういう確固としたプラットフォームを持てるのは良いものですからね(笑)。けれども私はある意味、そういうプラットフォームの支えを取っ払っても、誰かが書き、発言することにはそれ自体で説得力を持つ必要があるという考え方を歓迎したというか。それは結びつきを生み出さなくてはいけないんです。ですから、私からすればそれはとにかく、批評をやっている我々誰もにとって初心に返らせてくれるよすが、動機というんでしょうかね。あの炎を、音楽に対する情熱を持ち込まなくてはならない、みたいな。で、幸いなことにそれは、私にはごく自然に感じられるものだった(笑)。ですからその面は試練ではありませんでした。それでも、音楽ジャーナリスト/批評家、そしてミュージシャンにとっても、経済モデルが非常に厳しいのは確かです。

[[SplitPage]]

ものすごく魅了されたんです。カマシ・ワシントンはなぜこんなに人気があるんだろう? 一体何が起きたのか? なぜジャズ文化は、彼のような人物の出現をこんなにも待ちわびるようになったのか? と。

ここからは『変わりゆくものを奏でる(Playing Changes)』について聞かせてください。第1章はカマシ・ワシントンの話から綴られています。そこにはカマシが21世紀のジャズを代表する「救世主」だから、というだけではない理由があると思います。なぜ、カマシ・ワシントンから始めることにしたのでしょうか?

NC:はい、あれには間違いなく根拠があります。ただし、ひとつ指摘しておきたいんですが、序章はセシル・マクロリン・サルヴァントの話で始まるんですけどね(笑)!

(笑)確かに。

NC:でも実際……あの本をどう始めればいいか、かなり迷って苦労しました。どうしてかというと、本で掘り下げたいアイデアが何かは承知していたんです。つまり、「我々はいかにしてこの現在地点に至ったか」──今日におけるジャズの理解へと繫がった、その状況・土壌はどんなものだったか、について。そして、我々とジャズ史およびジャズ文化との関係の進化をたどりたかったですし、ウィントン・マルサリスと彼の掲げたジャズに関するイデオロギーの盛り上がりについても書きたいことがありました。ところが苦戦した点は、21世紀のジャズについてのお話を、一気に1970~80年代まで遡ってスタートさせたくはないというジレンマで。それでは話があべこべでわかりにくくなるな、と感じました。
 というわけで、「さて、どうしたものか?」とさんざん迷いました。そんなところに、カマシが「結びつきを生む」という意味で素晴らしいチャンスを提示してくれたわけです。というのも、私があの本を執筆していた時期、2016年に、彼の台頭ぶりは爆発的で、誰の目にも明らかでしたから。そうは言いつつ、私は彼に関してはまだ若干の懐疑心がありましたし、ジャズ界における最も進んだテナー・サクソフォン奏者だとは思っていなかった。ですから彼は、「これこそ、いまのジャズにおける最も重要な『声』です」と、私自身が推薦するような人ではなかったということです。ところが、ものすごく魅了されたんです──「なぜ、『彼』なんだろう?」と。彼はなぜこんなに人気があるんだろう? 一体何が起きたのか? なぜジャズ文化は、彼のような人物の出現をこんなにも待ちわびるようになったのか? と。


「カマシ・ワシントンの登場が歴史的な瞬間だったことは否定しようがない」
photo by Vincent Haycock

なるほど。

NC:そこから、私はウィントンのことを考えるようになりました。というのも、メディアの心酔ぶりといい、一般層での人気といい……実際、突如として誰もがその人のことを知るようになったわけですよね? ですから私は、このふたりの人物はある意味よく似ているが、ただしその在り方はとても違う、ということに気づいた。アーティストとしては、まったく別の人たちですからね。そこからこのアイデア、誰かがヒーローあるいは救世主として台頭していくときというのは、まさしく、そのカルチャーが特定の価値を求めてどよめいているからだ、という発想に繫がりました。それが、「1980年代初期にウィントンが登場したとき、ジャズはリスペクトを得ようと本当に必死だった。そして2010年代半ばにカマシが登場した時点までに、すでにリスペクトを獲得していたジャズが求めていたのは今日性だった」という、私の概念化へと発展していったわけです。その変化が、私にふたつの存在を関連づけさせてくれた。あるジャズ・ミュージシャンが一種のポピュラー・アイコンとなった、そんな驚異的なカマシの物語があり、一方で、その1、2世代前にもそれと同じことをやった人物がいた。そして両者のストーリーはこんなふうに結びついています、と述べたわけです。そうして私にとって一種、あの第1章は、主流文化──アメリカ文化とグローバル文化の双方──におけるジャズの足場は不安定で変動的なものである、というアイデアを探究する試みになっていきました。ですからあの章は、解かなくてはいけないパズルでしたね。
 で、あの章の終わりで、私がカマシに対していくらかの疑念を呈しているのは読めばわかると思います。それでも、いまでも思っています──これは可笑しいんですが、あの章を書いていたとき、NBAファイナルを観ていたんです。あのシーズンは本当に素晴らしくて、マイアミ・ヒートとクリーヴランド・キャヴァリアーズ戦もあり、レブロン・ジェームズがキャヴァリアーズをチャンピオンシップにまで率いて、ステフ(ステフィン)・カリーも活躍し、とにかくすごかった。で、試合を観ながら、「これは歴史的な場面な気がする」と考えていた。そこで気づきましたね、音楽的であれ何であれ、彼がどれだけ後世に残る貢献を果たしたかという意味でミュージシャン/アーティストとしてのカマシをどう見るにしても、彼の登場が歴史的な瞬間だったことは否定しようがない、と。彼の、そして『The Epic』の出現によって起きたことは、じつに驚異的です。ですから、私もそういうふうに考えるようになったんです。それは動かしがたい事実であり、実際に起きたことだったし、自分はそれを記録しているんだ、と。

リポーターとしての初仕事は、ニューアークのアミリ・バラカの自宅訪問だったんですよ。

『Playing Changes』というタイトルに込めた意味について教えてください。ジャズ用語がもとになっていますが、その背景にはリロイ・ジョーンズ(アミリ・バラカ)の「The Changing Same」も考慮されていると感じました。

NC:その通りです。特に、うち1章のタイトル(※第9章/Changing Sames)は、あのエッセイへのトリビュートになっています。で……先ほど、私がどんなふうに批評の世界に入っていったかの話がありましたが、これは純粋に偶然だったとはいえ、『Philadelphia City Paper』でのリポーターとしての初仕事は、ニューアークのアミリ・バラカの自宅訪問だったんですよ。というのも、私がプロフィール記事を書いていたミュージシャンがたまたま同地でギグをやることになっていて。そんなわけで私はそのミュージシャンと共に車で向かい、ニュージャージー・ターンパイクを越え、バラカ宅に着き、アミリ・バラカに対面した、と。それが、自分にとってのリポーターとしての初仕事でした(笑)。

(笑)いきなり、重い任務ですね。

NC:(苦笑)。彼の著作は、私にとってずっと、非常に大きな意味を持ってきました。彼はじつに重要な詩人であり、クリティックでしたからね。ともあれ──この本のタイトルをどうしようかと考えていたとき、真っ先に浮かんだのは「ジャズ」という単語を含めたくなかった、という思いです。「ジャズ」を含めるとしても副題だな、と。色々な含みのあるタイトルにしたかった。そんなわけで、「この本のテーマは何だろう?」と考えていたときに頭に浮かんだのは「進化(evolution)」、「推移(transition)」といった言葉で、それを端的に言い表す言葉といえばやはり「change」ですよね。つまり、ジャズは変化したし、それに対する我々の考え方も、人々の演奏の仕方も変化してきた、と。それにもちろん、質問にあったように、ミュージシャンは音楽のコード構造や和音面での輪郭をなぞっていく際に「play changes」という用語を使います。そんなわけで、そのアイデアがひらめいたとき、「これだ!」と思いました。ずばりそれとは言わずに、ほのめかすタイトルだな、と。

第11章「The Crossroads」では、ジャズのグローバル化/グローカル化、自らの伝統をたどり直すミュージシャンの試みについて詳述されています。アメリカでも自らのルーツを探求することで作品を制作するミュージシャンが増えている印象がありますが、こうした動向は近年、どのような意味を持っていると思いますか?

NC:ひとつ言えるのは、そうした動向は非常に個人的(individual)なものだ、ということに気づかされた点です。とあるカルチャーからやって来たアーティストの何人かは、それらの要素を自らのジャズの実践に組み込むことにとても強く駆り立てられている。また一方で、そこにまったく頓着しない連中もいるわけです(苦笑)。その点は、自分にはとても興味深い。ですからあの章は最終的に、ふたつの勢力についての物語になっているんですね。ひとつは、現代のジャズにおける多文化的な次元からの影響。もうひとつは、ジャズのグローバル規模での伝達。つまり、これまであまりジャズ文化が確立してこなかった、そういった地への伝播についてですね。

本の例で言えば、中国がそれに当たりますね。

NC:はい。で、これはたまにヨーロッパのミュージシャンやフェスティヴァルのプロモーター、批評家から寄せられる意見なんですが、「あなたはこの本の中で、ヨーロッパのジャズについてあまり言及していませんね」と。

ああ、なるほど。

NC:それは日本のジャズについても同じだと思います。ですがその理由は単純で、なぜなら私はこの本で、証言者になりたかったからです。だから自分が感じたのは、「ヨーロッパにおけるジャズの歴史はもう、本当に巨大だな!」と。歴史のスパンという意味でも50~60年以上にわたりますし、ですから自分のようにアメリカ東海岸の視点から眺める人間にはかなわないくらい、はるかに深く理解している人々が他にいるだろう、と。

(笑)謙遜なさらず。

NC:いや、でも本当ですよ。日本におけるジャズの物語についても、同じように思いました。というのも日本では本当に驚くくらい、昔からジャズは大いに受け入れられてきました。カルチャーもしっかり存在しているし、だから自分がそこに入り込んで「わかったようなふりをする」のは、返ってあだになるだろうと思った。書くとしたら、とても長い時間がかかるでしょう。ですが、いつか、やってみたいと思っているんですけどね(笑)。本当にぜひ、やってみたい。
ですが、本で触れた中国のジャズ・シーンについては──まず、北京を訪問する機会が訪れたのがありましたし、実際、あの地のジャズはまだ発展中のストーリーなんですね。ですから私にも、「ジャズがある地に根付き、発展していくこんな例があります」と自信を持って伝えることができる、そういう手応えがありました。で、現地で中国ジャズの第1~第2世代のミュージシャンたちの話を聞くことができましたし、あれはとても魅力的なチャンスでした。でも、もしもリソースと時間があったら、それ以外の地域もぜひ深く探ってみたいです。ぜひやってみたいですし、もしかしたら今後の本でやれるかもしれません。

※後編は近日公開予定。

Twine - ele-king

 南太平洋の大陸でひっそりと “カントリーゲイズ” (カントリーとシューゲイズの要素をミックスしたスタイル)の大名盤が誕生しているのをご存じだろうか。そう、トゥワイン(Twine)というバンドにアクセスすることによって現行音楽に対するリスニング経験は大きく変わる……と声を大にしてそれを言いたくなるほどトゥワインというバンドを皆さんに知ってもらいたい。

 トゥワインはオーストラリアの南部、アデレードで2021年に結成されたバンド。アデレードはシドニーから1300km以上、メルボルンからは700km以上離れたオーストラリアの地方都市だ。当初はトム・カツァラス(Tom Katsaras:ヴォーカル/ギター)のソロ・プロジェクトだったそうだが、演奏メンバーの様々な入れ替わりを経て、現在のマット・シュルツ(Matt Schultz:ギター)、テア・マーティン(Thea Martin:ヴァイオリン)、アリシア・サルヴァノス(Alicia Salvanos:ベース)、ジャクソン・パジェット(Jackson Pagett:ドラムス)を含めた体制が固まると、バンドとしての歩みをはじめたという。

 初めて聴いたときは、ブラック・カントリー・ニュー・ロードの1stアルバム『For The First Time』と2ndアルバム『Ants From Up There』の間の世界を思い浮かべた。反復する混沌としたポスト・パンク的アプローチから、繊細なメロディが広がるフォーキーなサウンドへ移行したその狭間ではどんな音が鳴っているんだろうか。もちろん、ブラック・カントリー・ニュー・ロードとトゥワインでは出自も音楽的な成り立ちも異なるが、トゥワインの不協和音がぶつかり合うカオティックな展開と、優しく鳴り響くスロウコア風味のエモーショナルな展開の連続には、あったかもしれないブラック・カントリー・ニュー・ロードの別のストーリーを想像させた。感情のダイナミズムとジャンルの折衷や溶解が広がるその世界をこじ開け、拡大させ、そこに彼らの旗を立てたと言おうか。丁寧だけど叫び散らかしていて、スリリングだけど優しく染み渡る。若きバンドによる初期衝動とアイデアがもたらす完成されていないからこその未知なる可能性。過去のロック・バンドの名盤と呼ばれる作品がそれを証明するように、そこにこそ生々しくリアルなカオスが宿り、そこにしか味わえないドキドキがある。

 ヴァイオリン・メンバーがいるのは、ロック・バンドとしては珍しい編成ではあるが、まずは1曲聴いてみようということであれば、7曲目の “Fruit To Ripe” を強くお勧めしよう。軽快なドラム・ビートと獰猛なギターに並行して、エネルギッシュなヴァイオリン・リフが絡みついては楽曲の印象を優雅に引き上げている。楽曲の沸点に近づくとともにカツァラスは痙攣気味に声を張り上げ、心地良い緊張感のなかで全ての音が爆発的に融合する瞬間に我々リスナーも心を大きく揺さぶられるであろう。2024年に日本国内のインディ・ロック・ファンの最大公約数となったフリコ(Friko)をも彷彿とさせる楽曲でもある。

 ノイジーで優雅。例えば、3曲目の “Spine” はイントロからディストーションの洪水に見舞われるが、騒々しいカオスを抜けた先に、ガラッと見晴らしの良い晴れた日の高台に出たかのような清々しい音に切り替わる。ヴァイオリニストのテア・マーティンは「ヴァイオリンがバンドの各パートを音響的に移動する効果が好きなんだ」とも語っているが、ヴァイオリンの音使いが秀逸で、轟音のなかでは、後方から音に神秘性のエッセンスを注ぎ込み、ヴァイオリン・リフがはじまると音の先頭に立ち、風が吹き抜ける牧草地のような世界観を演出している。さらに、サビでの感傷的なカツァラスの歌は、ヴァイオリンが感情の導線を演出し、より一層エモーショナルな爆発を引き起こす。

 ここまで彼らを説明するのに初期のブラック・カントリー・ニュー・ロードとフリコを引き合いにしたが、ウェンズデイのようなアメリカン・カントリーな表現を、オーストラリアの地方都市のフィーリングで鳴らしていることにも注目しよう。音には、風が吹き抜ける牧草地と揺れる大地と突然の雷雨のような彼らが生まれ育った故郷のような土着的な雰囲気が漂う。彼らを取り巻く環境、──絶望するほど広すぎる大地、スマホで再生される外の世界、発展し過ぎた複雑なテクノロジー、親密で距離の近いコミュニティ──のなかで、暮らし成長する彼らの雄弁と焦燥、愛と憎しみ、夢と現実が、センチメンタルに沈むのではなく、ちょっとした期待を信じて、感情の爆発を起こす。ヤング・パワーとアイデアと友情と苦悩が迸るトゥワインの音楽はパンクであり、フォークであり、悲しみであり、未来へと続く希望だ。広大なオーストラリアの片隅から放たれたこの衝撃が多くの人に伝わって欲しい。

Seefeel - ele-king

 またその話かよ! ってなるかもしれないんだが……シーフィールのセカンド・アルバムにして〈WARP〉からの最初のアルバムとなった『Succour』(1995年)に関しては、当時の同レーベルの日本での発売権を持っていたソニーがその年出したリリースでもっとも売り上げが低かった1枚だったらしいよとele-king編集長の野田努に言われたことが、当時本作のライナーノーツを担当した僕にとっては未だにトラウマとなっていることはまあ僕以外には関係のない話かもしれない。が、当時のテクノ・シーンに興味を持っていたリスナーなら、このアルバムは話題になる! と確信を持って長文のライナーノーツをしたためた僕の気持ちをわかってくれるじゃないだろうか。そう、ステレオラブやPJハーヴェイを産んだUKインディ・レーベル、〈Too Pure〉から1993年にデビューしたシーフィールは、未だアルバムをリリースしていない時点ですでにかのエイフェックス・ツインとの交流を持っていたのだから。
 「リミックスを頼まれる曲の大半はクソみたいなもの」などと発言して、ほとんど原曲を使わず、まんま自作になってるんじゃないかと思わせるようなリミックスすら堂々と発表したりしていたエイフェックス・ツインがシーフィールとのダブルネームで1993年7月に〈Too Pure〉からリリースしたシングル「Time to Find Me」——原曲はシーフィールのデビュー・シングル「More Like Space EP」(1993年3月)に収録——では、曲の良さを損ねることなくAFX Fast MixとAFX Slow Mixというふたつのリミックス(ちなみにこれはこのシングルより数ヶ月先に発表されたニュー・オーダーのシングル「Regret」の、Sabres of Paradiseによるふたつの——Sabres Fast 'N' ThrobとSabres Slow 'N' Lo——リミックスと呼応しているようにも感じる)を披瀝していたことがおおいに注目を集めたのを今でもよく覚えている。じっさいこのコラボレーションはその後、エイフェックス・ツインからのラヴコールによって彼が共同運営するレーベルRephlexからのリリースとなったシーフィールのサード・アルバム『(Ch-Vox) 』に結実する。
 この「Time to Find Me」のリミックス盤、そして「Plainsong EP」の2枚の12インチと、それを1枚にしたCD「Pure, Impure」が同時に発売され(1993年7月)、これを受けて同年10月に満を持して発売されたのがファースト・アルバム『Quique』である。
 アルバムにはデビュー・シングルの曲はひとつも収録されず、続く2枚のシングルからも「Plainsong」のみが選ばれ、リミックスされた「Time to Find Me」も含まれなかったこのファースト・アルバムはしかしむしろ好意的に受け入れられ、同時にライヴ・アクトとしても人気を集めた彼らはわかりやすい例えで言えば「マイ・ブラッディ・ヴァレンタインとエイフェックス・ツインを繋ぐ」ものとしてその存在感を強めたし、アルバム発売後のツアーの一環としておこなわれたコクトー・ツインズとのヨーロッパ・ツアーは、シーフィールの名をいっそう高みへと押し上げるのに十分な役割を果たしたのだった。
 こうして舞台が完全に整ったと言える時期に、彼らは電子音楽の牙城とも言えるシェフィールドの名門レーベル、〈WARP〉への移籍を発表。WARPには盟友、エイフェックス・ツインも、のちにシーフィールのリミックスを手がけることになるオウテカもいた。〈WARP〉初のギタリストを擁するロックバンド!と喧伝されたシーフィールは1994年4月にWARPからの初プロダクトとしてシングル「Starethrough EP」を発表。ここに収録された「Spangle」は、その翌月に発売されたWARPのリスニング・テクノ・コンピレーション『Artificial Intelligence 2』に、オウテカやエイフェックス・ツイン(Polygon Window名義)とともに収録され、彼らの代表曲のひとつとなった。9月には続くシングル「Fracture / Tied」をリリースし、そして翌1995年3月にはセカンド・アルバム『Succour』が日の目を見る。

 シーフィールはデビュー当時からことほどさようにいつもなにかしら話題があり、注目されていたのである。なのに、日本では売れなかった。壊滅的に、と言ってもいいほどに。
 だが、今になって振り返れば……たとえばエイフェックス・ツイン。テクノ好きを中心としたファンベースは確かにあった。けれど、今では名作として語られる『Selected Ambient Works Vol. II』(1994年3月)ですら、リアルタイムで国内盤は発売されていない。エイフェックス・ツインのアルバムが本国と同時に発売されたのは「Girl / Boy Song」で注目された『Richard D. James Album』(1996年)からなのだ。『Vol. II』は、初出から5年を経てようやく1999年に国内盤化された。オウテカだって似たようなものだし、初期のシーフィールをエンジニア的側面から支えてきた盟友マーク・ヴァン・ホーエン(Locust名義も)に至ってはもっと未知の存在にすぎなかっただろう。だから、彼らの名前でこのシーフィールというバンドを知る人はかなりいるはず……というのはかなり甘い期待だったと認めざるを得ない。まあ、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインだってあの時代はまだそれほど人口に膾炙する存在とは言えなかった。
 加えて『Succour』期の彼らが、加工されているとはいえまだギターやヴォーカルの肌理が温かみを保っていた〈Too Pure〉時代よりもよりアブストラクトで鉱物的な音響工作を推し進めていたことも要因としてある。〈WARP〉が契約した初のギター・バンドってどんなの? と思って聴いてみた人にしてみたら、これってどこがロック? ギターはどこ? となるのはある意味当然かもしれない。入口としてはちょっと敷居が高かったのだろうか。
 だから、そういう人が先に『Quique』期の彼らを耳にしていたら、もしかしたらこの『Succour』の日本での受容はもう少し変わっていたのかもしれないと、今にして思うのである。

 この『Quique』のRedux(戻ってきた、よみがえったの意)版は、オリジナル『Quique』の拡大版としてシングル曲や未発表曲が加えられて〈Too Pure〉から2007年にリリースされたものである。この拡大版を作るために集ったメンバーは、これを機に活動休止状態になっていたバンドを再始動する意思を固め、それは2011年の4作目となるセルフ・タイトルのアルバムへと結実する。しかしそのいっぽうで彼らの生みの親とも言えるレーベル、〈Too Pure〉はこの拡大版をリリースした翌年に事実上消滅した(それゆえ、今回取り上げた本作は現在の原盤権を持つBeggars Arkiveからのリイシュー盤である。内容は2007年版と変わらないが、あらたにリマスターが施されている)。そういう意味ではこのアルバムは、〈Too Pure〉の「白鳥の歌」でもある。『Quique』は、この2時間におよぶ拡大版でいっそう際立って甘美な音楽を披瀝する。この甘美さは、WARP期以降の彼らからはいくぶん失われた。もちろんそのかわりに彼らが獲得した精緻な彫刻めいたアーキテクチャもまた魅力的であることは間違いないし、2024年にリリースされた最新の2部作も素晴らしい作品であったから、この先の彼らのあらたな展開はやはり楽しみではあるのだが、しかしときにはこの白昼夢のような世界にどっぷりと浸かりたくなることもあるのだ。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972 973 974 975 976 977 978 979 980 981 982 983 984 985 986 987 988 989 990 991 992 993 994 995 996 997 998 999 1000 1001 1002 1003 1004 1005 1006 1007 1008 1009 1010 1011 1012 1013 1014 1015 1016 1017 1018 1019 1020 1021 1022 1023 1024 1025 1026 1027 1028 1029 1030 1031 1032 1033 1034 1035 1036 1037 1038 1039 1040 1041 1042 1043 1044 1045 1046 1047 1048 1049 1050 1051 1052 1053 1054 1055 1056 1057 1058 1059 1060 1061 1062 1063 1064 1065 1066 1067 1068 1069 1070 1071 1072 1073 1074 1075 1076 1077 1078 1079 1080 1081 1082 1083 1084 1085 1086 1087 1088 1089 1090 1091 1092 1093 1094 1095 1096 1097 1098 1099 1100 1101 1102 1103 1104 1105 1106 1107 1108 1109 1110 1111 1112 1113 1114 1115 1116 1117 1118 1119 1120 1121 1122