「Nothing」と一致するもの

ShadowParty - ele-king

 ニュー・オーダー×ディーヴォ……!? なんとも気になる組み合わせです。ニュー・オーダーで活躍中のベーシスト=トム・チャップマンとギタリスト=フィル・カニンガム、そしてディーヴォで活躍中のギタリスト=ジョシュ・ヘイガーとドラマー=ジェフ・フリーデルの4人が集合した新バンド、シャドウパーティ。そのデビュー・アルバムが7月27日に〈ミュート〉よりリリースされます。現在白熱中のワールドカップに合わせて制作された先行シングルのMVが公開中です。いやー、やっぱりこういう感じのロック・サウンドには抗えませんね。アルバムが楽しみ。


シャドウパーティ、W杯を祝福し新MVを公開!
新作は7/27発売!

ニュー・オーダーとディーヴォのメンバーによる4人組ロック・バンド、シャドウパーティのデビュー・アルバム『シャドウパーティ』が7/27に発売される。その発売に伴い、また現在開催されているサッカー・ワールドカップを祝福し、新作より先行シングル“Cerebrate”のミュージック・ビデオを公開した。

決勝トーナメント1回戦のメキシコ対ブラジルのキックオフ直前に急遽公開されたこのビデオは、サッカーに情熱を傾けるメキシコの少年を描いている。
なおニュー・オーダーは、1990年サッカー・ワールドカップ・イタリア大会において、イングランドの公式応援ソング“ワールド・イン・モーション”をリリースし全英1位を記録している。

先行シングル“Cerebrate”
[YouTube] https://youtu.be/bk6uLLwrT1o
[Apple Music / iTunes] https://apple.co/2I3pBGd
[Spotify] https://spoti.fi/2FtqEKh

シャドウパーティは、ジョシュ・ヘイガーとトム・チャップマンがボストンで出会ったことがきっかけとなり、2014年に結成された4人組バンド。

ジョシュ・ヘイガーは、ザ・レンタルズの元メンバーであり現在はディーヴォでギターとキーボードを担当、トム・チャップマンは、2011年ニュー・オーダーの再結成以来のベーシスト、フィル・カニンガムは、元マリオン、現ニュー・オーダーのギタリスト、ジェフ・フリーデルは、ディーヴォのドラマーとて活躍中だ。

ザ・ヴァーヴのニック・マッケイブがその素晴らしいギターの音色をアルバムの中の2曲“EvenSo”と“Marigold”で披露する一方で、ア・サートゥン・レシオやプライマル・スクリームなどで知られるシンガー、デニス・ジョンソンがその美声をアルバムで6曲に渡り聞かせており、先行シングル“Celebrate”の歌声も彼女である。

加えて、LAで活動するDJのホイットニー・フィアスがコーラスで参加したり、先日のマンチェスター・インターナショナル・フェスティヴァルでニュー・オーダーやエルボーのために12台のシンセによるオーケストラ・アレンジをしたマンチェスター在住のジョー・ダデルがその卓越したオーケストラ・テクニックを見せている。

シャドウパーティのサウンドは、その時々によって、数多のシンセ・サウンドのオーケストレーションに心奪われ、80年代風のビートが唸るギターとヴォーカル、そこに甘美なハーモニーが華を添える。

レコーディングはボストンやLA、マンチェスター、マックルズフィールドで行われた。

[参加アーティスト]
ニック・マッケイブ(元ザ・ヴァーヴ)
デニス・ジョンソン(プライマル・スクリーム作品等へのヴォーカル参加)等

[商品概要]
アーティスト:シャドウパーティ (ShadowParty)
タイトル: シャドウパーティ (ShadowParty)
発売日:2018年7月27日(金)
品番:TRCI-64
定価:2,100円(税抜)
JAN:4571260587847
解説:村尾泰郎/国内仕様輸入盤CD

[Tracklist]
01. Celebrate
02. Taking Over
03. Reverse The Curse
04. Marigold
05. Sooner Or Later
06. Present Tense
07. Even So
08. Truth
09. Vowel Movement
10. The Valley

■シャドウパーティ (ShadowParty)
メンバー:ジョシュ・ヘイガー(G, Key) / ジェフ・フリーデル(Drs.) / トム・チャップマン(B) / フィル・カニンガム(G)

2014年ボストンで結成。2018年7月27日、デビュー・アルバム『シャドウパーティ』リリース。

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Autechre - ele-king

 先日8年ぶりとなるヘッドライン来日公演を終え、変わらぬ反骨精神を見せつけてくれたオウテカですが、彼らが4月にNTSラジオで披露したロング・セットがCD、ヴァイナル、デジタルの3フォーマットにてリリースされることが決まりました……のですが、ええっと、ちょっと待ってくださいね。彼らのセットは2時間×4日の計8時間あったわけだから……なんと、CDに換算すると8枚組です(絶句)。前々作『Exai』が2枚組の大作で、前作『elseq 1–5』が5枚組相当の超大作で、今回は8枚組……どんどん膨張しております。でもこれ、内容はかなり良いです。これまでのオウテカとこれからのオウテカがみっちり詰まっています。発売日は8月24日。ぼく? もちろん買いますよ。

Autechre.
NTS Sessions.
24 August 2018.

先月6月13日(水)、実に8年振りとなる超待望のヘッドライン公演を行い、平衡感覚すら奪われるような漆黒のライヴ・パフォーマンスで超満員のオーディエンスを沸かせたオウテカから新たなニュースが届けられた。4月、突如始動したオウテカはロンドンのラジオ局「NTS Radio」に4度に渡って出演。DJセットを期待したファンの予想を裏切るように、すべて新曲のみで構成された各日2時間のロング・セットを披露し、リスナーの度肝を抜いた。今回は計8時間にも及ぶその新作『NTS Sessions.』が、CD、アナログ盤、デジタル配信で8月24日(金)にリリースされることが決定! 解説書とデザイナーズ・リパブリックがデザインしたジャケ写ステッカーが封入された国内流通盤は500セット限定となる。

Autechre@恵比寿 LIQUIDROOM ライヴ・レポート
https://www.ele-king.net/review/live/006336/

各種仕様は以下の通り。


Autechre.
NTS Session 1.

1. t1a1
2. bqbqbq
3. debris_funk
4. I3 ctrl
5. carefree counter dronal
6. north spiral
7. gonk steady one
8. four of seven
9. 32a_reflected

Autechre.
NTS Session 2.

1.elyc9 7hres
2. six of eight (midst)
3. xflood
4. gonk tuf hi
5. dummy casual pt2
6. violvoic
7. sinistrailAB air
8. wetgelis casual interval
9. e0
10.peal MA
11. 9 chr0
12. turbile epic casual, stpl idle

Autechre.
NTS Session 3.

1. clustro casual
2. splesh
3. tt1pd
4. acid mwan idle
5. fLh
6. glos ceramic
7. g 1 e 1
8. nineFly
9. shimripl air
10. icari

Autechre.
NTS Session 4.

1. frane casual
2. mirrage
3. column thirteen
4. shimripl casual
5. all end


NTS Sessions. LP Complete Box Set.
12枚組LPボックス・セット。特殊ハードケース+インナースリーブ。ダウンロード・カード付。

NTS Sessions. CD Complete Box Set.
8枚組CDボックス・セット。特殊ハードケース+インナースリーブ。500セット限定の国内流通盤には解説書とデザイナーズ・リパブリックがデザインしたジャケ写ステッカーを封入。

NTS Session 1.
NTS Session 2.
NTS Session 3.
NTS Session 4.
3枚組LP。アウタースリーブ+インナースリーブ。ダウンロード・カード付。

Sparkling 竹井千佳画集 - ele-king

女の子の心をわしづかみにする大人気のイラストレーター、竹井千佳。初のイラスト全集ついに発売!

いつも竹井さんの作品を見る時呼吸がうまく出来ず心臓が喉に詰まる謎の感覚に陥る…
ただ苦しくない、むしろ気持ちよ過ぎて…なんだこれ!どんな感情なんだ…
待てよ、これがまさか…心躍る…?
心躍りたい方、ファンシースーパーキュートハッピーキラキラガールズを超えたリアルが詰まった竹井ワールドをお楽しみ下さい!
(簡単に言うと大勢の人の中で好きな人を見つけた時の感情)――渡辺直美


パステル調で色鮮やか、キラキラと弾ける様に楽しいポップな感性と、抑制の効いた品格ある日本画の風情や、昭和の少女たちに迎えられた塗り絵のような奥深い世界観を併せ持つ魅力的な作品たち。
女の子たちに見え隠れする「醒めた眼差し」「ポジティブなエネルギー」「ちょっとイジワルで小悪魔的でさわやかな色気」も感じる彼女の表現は多くの女性の支持を呼び、メディアやブランドコラボでの活躍も目立つ存在に。
最近では有田哲平が司会を努めるTBS『夢なら醒めないで』のスタジオ・デザインや、雑誌『andGIRL』とコラボしたコーヒー・カップのイラスト提供、原宿ではコスメブランドの大型壁面ポスターが飾られ、地元である宇都宮市とコラボした観光誘致パンフレット「ナイショの宇都宮」が各公共機関で配布されるなど、幅広く活躍。
キュートな女子だけの人気に留まらず、今正に目が離せない竹井千佳の世界に存分に触れることのできる初のイラスト集です!


楽譜と解説 - ele-king

思弁的作曲に関する覚書――杉本拓『楽譜と解説』に寄せて

 カバーに覆われていない、剥き出しのままの灰色の表紙。表表紙にはタイトルと著者名が銀箔のように輝く文字となって刻まれている。ひっくり返して裏表紙を眺めていたら、濃淡のある灰色の平面に一箇所だけ黒い点がついていることに気がついた。よく目を凝らして見てみると、灰色に見えた表紙は黒の経糸と白の緯糸が平織に編み込まれることによって作られている。けして均等ではない編み具合が濃淡を生み出していたのだ。そして裏表紙の右下辺りからは経糸がひょっこり飛び出していた。黒点に見えたそれはおそらく何かの拍子についた傷なのだろう。しかし本当にそうだろうか。もともとその箇所だけ黒点に見えるように経糸が飛び出していたのではないか。あるいは使用するうちに黒点がついていくような装幀としてあらかじめデザインされていたのかもしれない。もちろん装幀を手がけた人物に訊けば「答え」はわかるだろう。だがたとえ「答え」を手中に収めたとしても、いまここに黒点のついた書物があるという事実からは、あり得たかもしれない複数の「答え」を考え出してみることができるはずだ。

 ギタリスト/即興演奏家/作曲家としていわゆる実験音楽シーンで活躍してきた杉本拓による、待望の、初の単著が〈サボテン書房〉から刊行された。杉本はこれまでもブログから雑誌まで様々な媒体で文章を発表するなど活発な言論活動をおこなってきており、なかでも角田俊也と吉村光弘とともにゼロ年代半ばから後半にかけて編集・発行していた「音と言葉をめぐる批評誌」の『三太』は、同時代のローカルな「実験音楽」を制作者の視点を交えつつ言語化していく貴重かつ重要な試みだった。そこでは杉本は自らの作品の解説をはじめ日常生活の体験談からアート作品や書籍など様々な対象を取り上げつつ、多くの人々が自明のものとして素通りしてきた音と音楽をめぐる問いに真正面から向き合うような言葉を書き連ねていた。全編書き下ろしによる本書『楽譜と解説』はこの『三太』で問われてきた問いが一層の深化を見せひとつの形を成したものだと言ってもよいだろう。2002年から2016年のあいだに手がけてきた作曲作品を取り上げて、実際の楽譜を交えて時系列順に解説していくという本書の内容は、音を聴くだけではわからなかったような作曲の構造が詳らかにされるなど、主にゼロ年代以降の杉本の作曲活動を俯瞰できる一冊となっている。しかし同時に楽曲の解説はあくまでもきっかけに過ぎず、そこから彼が音楽をどのように考え実践しているのかといった哲学的思索が随所で披瀝されることにもなる。ときには本文を大きく凌駕する分量の注釈がつけられていることもあり、それだけでも一本の論考たり得る濃厚かつ刺激的な読み物となっている。

 秋山徹次と中村としまるとともに90年代終わりに企画していた即興イベント「The Improvisation Meeting at Bar Aoyama」をはじめ、即興演奏家として、それも当時の言説を踏まえれば「音響的即興」とも呼ばれたような活動をしてきた杉本は、2002年ごろから作曲活動に重きを置くようになっていった。その動機は一見するとシンプルであり、「即興ではできないことをやる」(1)ことにあったという。一般的に言って、即興演奏では他の誰にも真似できないような個性的表現が尊ばれる傾向がある。だが杉本にとって「『作曲』でやりたいことのひとつはこの『個性』を抹殺すること」 だった。ただしそれはオリジナリティを消し去るという意味ではない。「いろんなもの——つまりシステムに支えられているがゆえの個性的表現や技法——をとっぱらったあとに残るもの、それが『オリジナル』であるなら、それは抹殺の対象ではない」(2)。ここには「個性」に対する興味深い捉え方がある。つまり即興演奏における「個性」とは、他の誰にも似ていない純粋な「オリジナリティ」などではなく、つねにすでに他者に侵され規定されてしかあり得ないものとして捉えられているのだ。杉本が「抹殺」する対象としたのはこうしたいわばまがいものの「個性」だった。それはかつてデレク・ベイリーが「非イディオム的即興」と呼んだ方法論を彷彿させもするが、言うまでもなくベイリーと同じく杉本もまた、まっさらな「オリジナリティ」を取り出すために「個性」を批判しているわけではない。「誰でもできる、しかし実現が困難であるような状況」(3)を志向する杉本にとって、「個性」を剥いだ先にあるのは、先走って述べるならば「即興の可能世界」とでも言うべきものだった。たとえば集団でおこなわれる即興演奏について杉本は次のような想いを馳せている。

 即興においては順番にひとりずつ音を出すなどということはけっして起こりえないだろうと誰もが思っていても、それは習慣と制度の問題にすぎず、もしかしたら私たちがいま「即興」と呼ぶもののなかに、「順番に演奏する」というような形式(あるいは様式)を含む、そんな音楽のありかたがありえたのではないか(4)

 すなわち「習慣や制度」といった「個性」を取り去るとき、そこには「即興においても論理的には可能なこと」(5)が浮上してくるのである。論理的には可能であるにもかかわらず、通常はほとんど聴かれることがない演奏。それは即興演奏が「自由」だとされているがゆえに胚胎する「不自由」とも関係するだろう。自由に演奏してよいはずの即興演奏において無意識のうちに形成されてしまう暗黙のルール。率直に言って、即興演奏だから「自由」に演奏してよいということは、「自由」でないかに聴こえる演奏をしてはならない、ということへと容易に反転する。何が「自由」であり何がそうでないのかは時代や環境および状況に左右されるのだとすれば、「自由」を志向する即興演奏は「習慣や制度」であるところの不文律のルールに積極的に縛られていく行為だとも言えるだろう。いずれにしても「順番にひとりずつ音を出す」ということは即興演奏であれば原理的には生起し得るはずである。杉本が作曲をおこなうことの動機のひとつにはこうした「異なる即興の可能性」(6)を具現化しようとする側面がある。

 私のいう「即興」は、じっさいにそうなることはまずなかったとしても、論理的には可能なそれのありかたすべてを含む。そして、そのなかからとても起こりそうにない即興演奏の状況を考え、そしてそれを導く、というのも「作曲」によってできることなのではないかと私は考える。(7)

 ここで即興と作曲は対立をなしていないことに注意してほしい。むしろ作曲は「個性」に満たされた即興によって逆説的に覆い隠されてきた、即興それ自体の可能性を救い出すことへと向けられている。繰り返しになるが「自由」を志向する即興演奏はそうであるがゆえに「不自由」を胚胎する。その結果、本来ならどのような演奏でもおこなわれてよいはずの「自由」なセッションにおいて、ある一定の型が生まれ、あたかもそれをなぞるかのようなクリシェに陥ってしまうことがある。ひとつとして同じではないはずの即興演奏がどれも似たり寄ったりになってしまうことについては、かつてギャヴィン・ブライアーズがデレク・ベイリーに対して向けた批判を想起することもできるだろう(8)。ブライアーズが即興に見切りをつけて作曲活動を本格化したように、杉本もまた作曲へと目を向け始めたわけだが、彼の場合即興とはまったく別の問題系へと飛躍したというよりも、先に見たような「即興それ自体の可能性」を従来の即興概念を超えて摑み取ろうとするテーマが横たわっていた。「私の本業は実験音楽であり、音楽を作ることは、それをとおして、音楽とは何かを問いたいからなのである」(9)と主張する杉本にとって、ある種の作曲とは即興における音楽の問いを別用のアプローチとして探り直していく作業に他ならない。

 そしてその問いのひとつは次のようなものだっただろう。先に述べたように杉本は即興演奏の論理的な可能性、いわば即興の可能世界について言及していたのだった。彼の作曲活動においてはさらに作曲それ自体の可能世界を現出する試みがなされていく。一般的に言って作曲は事前の準備として演奏の前におこなわれるものである。だが杉本は作曲→演奏→聴取という単線的なヒエラルキーからは想像もおよばないような作曲の在り方を提起する――演奏や聴取の後に作曲することは可能か? という驚くべき問いとして。たとえばある作曲作品があるとき、そこでは記譜された規則やルールに基づいた演奏がおこなわれることになる。だがその演奏を聴くわたしたちにとって、あるいは演奏された音そのものにとって、同じ音楽を導く規則やルールは必ずしもひとつとは限らない。そこからは実際の記譜とは別の規則やルールを排除するに足る理由づけを得ることができないからだ。後に述べるように厳密に言えばどのような音楽においても複数の規則やルールを想起することは可能だろう。しかしよりそうした側面を想起させる音楽とそうでない音楽という区分けはできる。あからさまに特定の作曲ルールを想起させる現代音楽や、身体感覚としてルールが浸透したポップスからは思考し難いもの。「aka to ao」(2006)という楽曲について杉本は、「私の曲に限っていえば、じっさいの音を導く規則が複雑ではないのと、完成した曲であってもそれが現実には有限の時間と空間を占める以上、それを聴いて、私のもちいた規則とは別の複数の規則を推測することが可能になるだろう」(10)と書き記している。

 複数の規則を推測する(speculate)こと。言い換えるならば作曲の思弁(speculation)へと赴くこと。「aka to ao」において杉本はひとまずこうした作曲の思弁が可能であることを示したと言える。さらに可能であるばかりか推測=思弁される規則は複数だとされていることを見落としてはならない。すなわち「個性」の先にある即興/作曲の可能世界はつねに複数であり、そうであるがゆえにたとえ一回的なライヴ・パフォーマンスがおこなわれたとしてもけして他の可能性を排除することがない。このような音楽を聴くことは特権的ではなくあくまでも偶然的な体験だ。複数の可能性のなかから理由なしで到来した一回を聴くことは、聴取体験を脱神秘化し、民主化し、もっと言えば聴くことと聴かないことが限りなく近づいていく。そしてそれは「音と聴取の相関」から離れた場所にある作曲それ自体の可能性を明かすことになるだろう。こうした問題についてわたしは以前次のように書いたことがある。

 かつて批評家の佐々木敦は、体験を前提とし聴かれることを目指しているという点においてコンセプチュアル・アートとは異なるものとしながら、「一回性の中に、他の可能性を排除するに足る理由づけ」のないような、「聴かなくても聴いてることと無限に同じになる」ようなものこそが、「即興的な、偶然的な要素を取り入れたヴァンデルヴァイザー以後の作曲の方法論」だと述べていたことがある。いわば充足理由律を否定する思弁的な作曲に可能性を見ていたのであって、それは音をあるがままにするはずのケージ主義的な実験音楽の多くの試みが、しかし音の物的状態ではなく、あくまでも聴くこととの関わりにおいてのみ可能な実践でしかなかったのに対して、聴取および演奏とは区別された作曲それ自体を提起していたジョン・ケージ自身の試みにおいては、「聴取と音の相関」を抜け出す手掛かりをみることができるのであり、その方向性を相関主義の隘路に陥ることなく推し進めたものとして「ヴァンデルヴァイザー以後の作曲の方法論」を捉えることもできる。(11)

 杉本の音楽はまさしくこの意味で「ヴァンデルヴァイザー以後の作曲の方法論」だと言うことができる。そしてそれは演奏や聴取とは区別された作曲それ自体を思弁する試みとして、いわば「思弁的作曲」とでも呼ぶべきものとして捉えることができるだろう。もちろん杉本自身は「思弁的作曲」などという言葉は一切発していないし、本書『楽譜と解説』のなかのどこにも登場することがないということはここで強調されなければならない。それはあくまでも彼の音楽を形容するために持ち出されているに過ぎない。そしてさらにこの言葉は、中世ヨーロッパにおいて実践的な音楽に対置されるものとして探究された「ムジカ・スペキュラティヴァ」や、それをもとにジョスリン・ゴドウィンが理性を超越した音楽のエゾテリックな原理を解明しようとして描いた「思弁的音楽」とも関係がない。杉本の音楽における思弁は極めて実践的な音楽において遂行されていくからだ。作曲を演奏および聴取に先行する事前の準備として捉えるのではなく、まったく反対に、すでにある音や演奏、あるいは聴取といったものを手掛かりにして、あり得べき作曲のルールを考え出していくこと。それはまた聴取を特権化する俗流音響派論とも異なる。正確にはあらゆる解釈へと開かれていることは必要だが十分な条件ではない。あくまでも論理的に可能な即興/作曲それ自体の可能性が問われているのだ。

 その根拠となるのが聴取と音の事実性である。「人は何らかの文脈のもとで音楽を聴いている。そして、そう聴いてしまった事実は変えようがない」(12)。この事実性によって「聴取と音の相関」はいわば内破へともたらされる。たとえばライヴ演奏をおこなっていると見せかけてスピーカーから録音音源を流していた吉村光弘の例や、ラップトップから電子音を流していると思わせて人間の声を発していたマッティンの例を杉本は挙げている。「タネが明かされたあとも、そのときその音楽をどのように聴いたか、という聴取体験そのものは変わらない。吉村くんのコンサートでは、それを生のフィードバックとして、マッティンのコンサートでは、それをコンピュータによる合成音として聴いていたという事実は変えようがないのだ。それに聞こえた『音そのもの』が変わるわけでもない(そんなことは不可能だ)」(13)。ある作曲作品が実演され、ある音が生起する。そこに立ち会うわたしたちは、特定の音の発生と個別の聴取体験を経ることになる。この事実が作曲の思弁――聴取および演奏とは区別された作曲それ自体へのアクセス――を可能にする。たとえ後から作品の「真相」を知ったとしても聴取と音の事実性は変わることがないからだ。実際の楽譜があったとして、作曲者が手がけた規則やルールがその音楽を生み出していたことを事後的に知ったとしても、音と聴取の事実性が消えない限り、それを起点にして複数の作曲作品を推測=思弁することの強度は損なわれることがないのである。

 2014年、遂に杉本は「思弁的作曲」を明示的に実践することになる。ヴァンデルヴァイザー楽派のスイスの作曲家マンフレッド・ヴェルダーによる作品「4 performers」を演奏したときのことである。カルテットで実演する際に、4人がそれぞれ別の楽曲を同時に演奏しようということになったという。ただし「4 performers」に指示されていない音を出すわけにはいかない。あくまでも同時に演奏されなければならないからだ。メンバーの中には身体動作だけを指定した「楽曲」を同時に演奏した者もいたというが、そこで杉本は「mada」(2014)というあくまでも音を指示する楽曲を制作した。それは「4 performers」とは異なるルールに基づいた作曲作品だった。にもかかわらずまったく同じ音響結果をもたらし得る作品でもあった。「mada」について杉本は次のように説明している。

 これが書かれた目的はただひとつで、「4 performers」の演奏中に弾かれた私のギターを、まったく違う譜面を使ってたどることが可能であるということを、じっさいに譜面を作ることで、いってみたかったからだ。(……)遠い未来、「4 performers」のあるページを演奏した録音物と私のこの譜面が同時に発掘されたとしよう。(……)未来の人は、録音された曲を聴いて、それがどのようなルールで演奏されたと思うであろうか?(14)

 この楽曲は実際には弾かれることがなかったそうだ。というのも演奏中に杉本は「mada」の譜面を一切見ることがなかったのである。たしかに杉本自身は弾かなかったかもしれない。そして多くの聴き手にとってもそれは弾かれなかったと解釈されるかもしれない。だが音そのものはそれが弾かれたことを否定することがない――だからこそ「未来の人」は「4 performers」の録音物を「mada」として聴くことになるだろう。このことはたとえ「未来の人」があらわれなかったとしても、つまり誰ひとり「mada」として聴くことがなかったとしても、それが「mada」という作品であり得る可能性を示している。このとき音は作曲によって組織づけられ構築されるものではなく、むしろ複数の作曲作品が導き出される源泉として、あるがままの姿であり続けていることになる。それは音楽を人間による創作として捉えるというよりも、すでにある音の論理を観察することから音楽を「発見」していく作業だと言い換えることもできる。だからこうした試みは必ずしも人間によって組織づけられた音響でなければならないわけではない。たとえば周囲の環境から聴こえてくるサウンドであったとしても、規則性やルールを見出していくことによって、その音を体現する複数の――この複数性が重要だ――記譜作品を制作するという、類を見ない音楽の愉しみを夢想することさえできるだろう。

 本書の半ばあたり、純正律だけを用いて制作した最初の作品である「quartet」(2013)の項からは、微分音や倍音列を用いた純正律の音楽についての記述が多くなる。2002年に演奏することになったラドゥ・マルファッティによる作曲作品にギターのハーモニクスを用いる指示があり、それをきっかけに杉本はハーモニクスや倍音列に関心を抱いていったという。「私の微分音音楽への取り組みは、まずクォーター・トーンに始まり、しだいにそれを倍音列上の音に近似値としてあてはめるようになり、最後には純正律に向かうこととなった」(15)。なかには高次倍音の求め方や実際の鳴らし方まで詳細に記されている箇所もある。ヴァイオリンのハーモニクスだけを用いて脱基音主義を実践した「solo for violin」(2014‐2015)や、上方倍音に加え実際には鳴ることのない下方倍音を7つの楽器に割り振った「septet」(2015)など、現在の杉本の興味はこうしたところにこそあるのだろう――言うまでもなく同時に、発音と沈黙の時間的な構造化(「for castanets」(2014‐2015))や、声と官能(「Songs」(2016‐))など、杉本の興味範囲はけして微分音音楽だけに収束しているわけではないものの、しかしそのようにして作られた音楽においてもまた、わたしたちはこれまでに見てきたように作曲の思弁へと赴くことができる。それだけにとどまらず本書が開示する杉本拓の音楽思想は、音を介したあらゆる出来事に潜む即興/作曲の可能世界へと聴き手を誘うことになるのである。

(1) 同前書、6頁。
(2) 同前書、6頁。
(3) 同前書、74頁。
(4) 同前書、24頁。
(5) 同前書、24頁。
(6) 同前書、25頁。
(7) 同前書、26頁。
(8) 「演奏の展開はいつも同じで、まず手探りのようにはじまり、まんなかで盛り上がり、静かにおわる。この曲線がかならずついてまわる。これ以上の形式がないとしたらまったく空疎だとしかいいようがない」「いま私がインプロヴィゼーションに反対しているおもな理由のひとつは音楽とそれを創造している人物とがかならず同一視されてしまうことだ。(……)そのために、インプロヴィゼーションでは、音楽じたいが自立することができない」(ギャヴィン・ブライアーズの発言、デレク・ベイリー『インプロヴィゼーション』236~237頁)。杉本による即興批判はブライアーズと問題意識を共有しているように思われる。たとえば杉本は次のように述べている。「私の体験では次のような即興が多かった。まず、それぞれが周りの反応をうかがうようにして音を出しながら、やがて、1つや複数の旋律やリズムが重なるようにしてモチーフのようなものができ上がり、これが発展していくなかでまた変化が現れ、それが別の展開を生み出していくことになるのだが、ある時点でネタがつき、また探り合いが始まる。これが繰り返される」「多くの即興的要素をもった演奏は、他者の発する音が契機となって、それに反応するように音を出していくから、ある音(ひとりひとりの奏者による塊としての音も含まれる)それ自体がひとつの存在(曲の本体というべきか?)として認識されることはない」(『楽譜と解説』25頁)。
(9) 同前書、51頁。
(10) 同前書、49頁。
(11) 「即興音楽の新しい波──触れてみるための、あるいは考えはじめるためのディスク・ガイド」。
(12) 『楽譜と解説』、63頁。
(13) 同前書、62頁。
(14) 同前書、147頁。
(15) 同前書、96頁。

Nanaco+Riki Hidaka - ele-king

 囁き声、ウィスパー・ヴォイス。声帯を震わせることを逃れた空気は、音から求心性と核を奪い、むしろ拡散させる。拡散された音は、まるで垂らし落とした蜜が水の中に希釈さていくように、どこまでも膨らんでいく。だから、ウィスパー・ヴォイスは「小さな囁き声」だとしても、どこまでも、遠く我々の内部にも浸透してくる。クロディーヌ・ロンジェの声…、シャルロット・ゲンズブールの声……。そして佐藤奈々子の声。

 今作『Golden Remedy』は、前若手ユニット「カメラ=万年筆」とのコラボレーション作『old angel』以来約5年ぶりとなる新作である。
 アーティスト名表記も「Nanaco」と改めた彼女が今回コラボレーターに選んだのは、アヴァンギャルドからヒップホップまでジャンル横断的な活躍を見せるNY在住の若手鬼才ギタリスト、Riki Hidakaだ。
 一見意外と思われるこの組み合わせだが、これまでの佐藤奈々子のキャリアを振り返るならば、ごく納得のゆく共同作業だとも思える。70年代屈指のシティ・ポップ名盤とされるファースト・アルバム『ファニー・ウォーキン』ではソロ・デビュー前の佐野元春との共作だし、80年に結成したニューウェイヴ・バンド「SPY」では加藤和彦をプロデューサーに迎えていた。また、2000年作『sisters on the riverbed』ではR.E.M.を手がけたプロデューサーであるマーク・ビンガムとも邂逅するなど、その時代時代において自らの鋭敏な感性の元旺盛なコラボレーションを行ってきたのだから。
 かつて70年代後半同時期にデビューしたベテランたちに、ドメスティックなポップスを再生産する道を選んだ者たちが少なくないなか、佐藤奈々子の身軽さ、そして時々の音楽へのシャープな眼差しは傑出していると言えるだろう。

 今作は、まずRiki Hidakaによって作られた楽曲に対して、Nanacoがメロディと詞をつけていくという作業によって制作が進めれたという。Riki Hidakaによる楽曲は、そのギター・プレイの独創性はもちろん、メロディー/歌詞先行による制約が無いからであろうか、非常に奔放だ。マリアンヌ・フェイスフルによる名作『ブロークン・イングリッシュ』における特異な音響処理とシューゲイザー的世界が融合したようなM1“Old Lady Lake”、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドとニコによる“オール・トゥモローズ・パーティ”を思い起こさざるを得ないドローン揺らめくM4“I Will Mary You”、硬質且つストイックなフォーキー世界がまるで森田童子を思わせるM5“美しい旅人”、堅牢にして靭やかなバンド・サウンドがコートニー・バーネットの楽曲にも通じるM7“未来の砂漠でギターを弾く君と私”など、これまでの佐藤奈々子の音楽を大胆に更新し、NanacoとRiki Hidakaによる音楽を新たに作り出そうという喜びに溢れている。
 しかしそれでもなお、いやだからこそというべきか、我々聴くものの耳、そして内部にもっとも広く深く浸透してくるのは、Nanacoの歌声とその言葉なのだ。聞き手がどれだけ様々な音楽と重ね合わてみようとも、やはりそのウィスパー・ヴォイスによって、Nanacoが特異な存在であるということが明示されるのだ。
 
 そう、Riki Hidakaによる楽曲は、あくまでNanacoの歌声が浸透圧を上げることに一番の作用を発揮している。ウィスパー・ヴォイスに含まれた空気成分が、汎空間的な音像と一体になるとき、歌声はいよいよその到達範囲を広げていく。
 その声は、空気に絆されホロホロと芯を解体していき、我々の内奥に浸り来ることになる。そして時に慄然とするほどに言葉が意味を運び込みもする。だからこの作品は、その先鋭的な音楽的相貌に反して、第一級の「ヴォーカル・アルバム」であるとも言えるだろう。もしかすると、囁き声ほどに我々が心をそばだててしまう音は無いのかも知れない。

編集後記(2018年7月2日) - ele-king

 カタルーニャ州で磨かれた美しきポゼッション・フットボールは、その楽園の対岸にあるPK戦という暗黒郷に引きずり込まれた時点でやばいなと思った。120分のあいだ74%ボールを支配していたスペインが負けたこと、ガーディアンいわく“ディナー・ジャズ・フットボール”、フットボールの戦術を再定義した華麗なスタイルが過去の幻影となったことのショックは小さくない。しかし、そもそも今回の代表にもうシャビはいなかったのだ。そして日曜日の夜(日本時間の月曜日の明け方)、決勝戦の舞台に立つ1チームは、ロシア、コロンビア、クロアチア、スウェーデン、スイス、イングランドのなかのどれかということが決まった。

 土曜日の試合は、素晴らしかった。選手入場前の表情をカメラがとらえたとき、いかにも重たいものを背負っている神妙な顔つきのメッシとは対照的に、エムバペ(※紙エレではムバッペと誤読しておりました)ときたらこれからサッカーすることに喜びを隠せない少年のようだった。フランスとアルゼンチンの一戦は、いまのところぼくのなかではベスト・ゲームだ。あの試合を観た人は、この先も忘れられないであろう、不滅のプレーを目撃した。一陣の風がフィールドを駆け抜ける。この試合のあとに悲しみがあるとしたら、つねにスタジアムを埋め尽くす12人目のプレイヤー(アルゼンチン・サポーター)が見れなくなること、そしていつになっても子供のようなマラドーナの喜ぶ姿が見れなくなったことだ。

 で、何を聴けばいいかって? まさかアストラッド・ジルベルトの“So Nice”というわけにはいかないので、ここはフレンチ・テクノの王様、ロラン・ガルニエとルドヴィック・ナヴァールによるアンセム、“アシッド・エッフェル”で決まりでしょう。

仙人掌 - ele-king

 2016年末にリリースされた初のソロ・アルバム『VOICE』が大きな反響を呼んだ仙人掌ですが、去る6月27日、ついに待望のセカンド・アルバム『BOY MEETS WORLD』が発売されました。今月半ばにはNY在住のビートメイカー、DJ SCRATCH NICEのプロデュースによる“Show Off”のMVも公開されていますが、このたび9月14日に代官山UNITにて開催されるリリース・イベントの情報も解禁されております。要チェック!

MONJU/DOWN NORTH CAMPのラッパー、仙人掌のセカンド・アルバム『BOY MEETS WORLD』、6月27日発売! また同作のリリース・ライヴが代官山UNITにて9/14(金)に開催決定!

2016年リリースの初となるオフィシャル・ソロ・アルバム『VOICE』でシーン内外に大きなインパクトを残した仙人掌の待望のセカンド・アルバム『BOY MEETS WORLD』がついに6月27日リリース! そしてその『BOY MEETS WORLD』のリリースを祝したイベント《BOY MEETS WORLD LIVE 2018》が9/14(金/DAYTIME)に代官山UNITにて開催決定! 同作に参加しているjjjやMILES WORDも参加するスペシャルなパーティになる予定で今週末よりチケットが発売となります!

仙人掌「BOY MEETS WORLD LIVE 2018」
9月14日 (金) at 代官山UNIT

OPEN : 19:00
ENTRANCE : ¥3000 (WITHIN 1 DRINK)
LIVE : 仙人掌
GUEST : jjj, MILES WORD
OPENING ACT : COCKROACHEEE’Z
DJ : 原島“ど真ん中”宙芳 / 16FLIP / HURAMINGOS (CHANG YUU & YODEL)

TICKET取り扱い : 代官山UNIT
Pコード:122-575
Lコード:72539
6/30 (土曜日発売)

トラスムンド / UNIT / RAH / JAZZY SPORT / DISK UNION ***
各RECORD SHOPでは7/14より発売予定

supported by NIXON

* イベント当日は会場にて限定のタイトル / マーチャンダイズを販売します。(こちらは追って発表する「BOY MEETS WORLD 4 CITY TOUR 2018」の4会場でも販売します。)
* イベント終演後、代官山SALOONにてAFTER PARTYを開催。チケットの半券提示でDRINK代のみで入場できます。

仙人掌 - Show Off (BLACK FILE exclusive MV "NEIGHBORHOOD")
https://youtu.be/xI7ztc-aWaA

仙人掌『BOY MEETS WORLD』 Teaser
https://youtu.be/bEaU2f1_RJc

【アルバム情報】
アーティスト:仙人掌
タイトル:BOY MEETS WORLD
レーベル:WDsounds / Dogear Records / P-VINE
品番:PCD-26070
発売日:2018年6月27日(水)

【トラックリスト】
01. 99'Til Infinity
Prod by DJ SCRATCH NICE
02. Boy Meets World
Prod by CHUCK LA WAYNE & DJ SCRATCH NICE
03. Penetrate
Prod by GRADIS NICE & DJ SCRATCH NICE
04. Darlin' feat. jjj
Prod by DJ SCRATCH NICE
05. Water Flow
Prod by GRADIS NICE & DJ SCRATCH NICE
06. Bottles Up
Prod by DJ SCRATCH NICE
07. Rap Savor feat. MILES WORD
Prod by CHUCK LA WAYNE & DJ SCRATCH NICE
08. Show Off
Prod by DJ SCRATCH NICE
09. So Far
Prod by GRADIS NICE & DJ SCRATCH NICE
10. World Full Of Sadness
Prod by DJ SCRATCH NICE
Additional Vocal by SOGUMM

女の暴力映画

 いま、女性と暴力の問題を書くのはことさら慎重さが必要になるので、とても怖い。久々に女性にまつわるテーマで新連載を始める機会をいただいたが、うかつなことを書いてしまったらどうしようとビビリ腰になっている。とりあえず第一回目なので最後まで読んでいただけると嬉しい。

 映画で描かれた「女の暴力」。とはいっても今回は、女が振るわれる暴力についてではない。もうそんなものは映画史に溢れかえっているし、改めて解説されるのも読者は疲れるだけだろう。現在でも現実に、女が様々な形のハラスメントや抑圧、そしてまさに肉体的な暴行を受ける事案が日常的に起こっている。文明が進んだらマシになるのかと思いきや、全然性差別は解決していないうえ、それを声に出した女性がSNSなどで受ける二次的なハラスメントを、リアルタイムで見つめてさえいる時代だ。
 そんな暗雲の下で暮らしながらも女が抵抗し、戦い、もちろん良いことだけではなく利己的な欲望で他人を傷つける振る舞いは行われてきた。現実と同様に、映画も女が肉体的にも精神的にも他人にヴァイオレンスの矛先を向ける瞬間を描いている。それは華麗なアクションであったり、現実の我々にも訪れそうなリアリティに満ちたものだったり様々だ。
 映画業界は男性主導の世界である。だからこそ2017年にはハリウッドで驚くような、完全に犯罪の域である悪質なセクハラが明るみになり、それがまかり通ってきたことが改めて認識された。でもそういった報道に対して、逆に被害者をバッシングする反応が多いのも目についた出来事だ。そんな齟齬がある中で、男性の作り手が撮った女性主演のアクション映画は、本当に女性的なアクションといえるのかは判断に悩んでしまう。そもそも男性の監督や脚本家によっても、女性心理にうとい人/感受できる人は様々な度合いがある。それに女性監督が作った女性アクションだったら、正統だとか真実だともいえないだろう。女性なら女性心理が完全に汲めるのか? という疑問もある。それにわたしたち女性だって、長年男性が作った男性主体のアクション映画を観てきているので、映画ではそのことに慣れてしまっているのだ。これは男性であっても同様で、現実と表現は違うため、もし格闘技の経験のない人が「アクション映画を撮れ」と言い渡されたら、自身の経験から引き出すのではなく、これまで観てきた映画のヴァイオレンスを参考に表現を組み立てていくことになるだろう。日常の経験でも、見栄えのするアクションに街中ではそうそう遭遇しないものだし。

暴力の多面性

 そして暴力は肉体的なものに限らない。ひとは裏切りや嘘でも心にダメージを受ける。マスコミによる著名人の不倫報道はいっとき病的なほど過熱していた。それは視聴者や読者の関心をひいて激しいバッシングを引き起こしたが、不貞がかまびすしく非難を浴びるのは、自分の身に受けることを想像しやすい精神的な暴力のひとつだからだ。わかっていて人を裏切るのはひどい行いである。とはいえ当事者にも事情は色々あるだろうし、不倫は申し開きをするほど「反省していない」といった反発をくらうため、甘んじて批判を受けるしかない。そこに付け込んだ報道のあり方や過剰なバッシングも、当事者に与えるダメージを見越した一種の暴力である。これらのような精神を傷つけ心を壊す行為も、やはりヴァイオレンスの形として見過ごせない。
映画において、女が暴力を振るう場面は娯楽だろうか。確かにシャーリーズ・セロンが戦う姿は、問答無用にかっこよくて魅了される。それでも女が振るってはダメな暴力という表現もあるのだろうか。それらの線引きは何を根拠になされるのか――考えると頭がグルグルしてしまうことばかりだ。だから映画の中で女優が繰り出すキックを観つつ、改めて女性と暴力についてゆっくり考えてみよう。

変遷するタランティーノの女性と暴力

 タランティーノはなんといっても『レザボア・ドッグス』(91年)を封切りで観て以来の付き合いという感がある。ハーヴェイ・ワインスタインの事件で名をあげたり下げたり色々あったうえ、新作がマンソンファミリーによるシャロン・テート殺害事件の映画化というのも物議を醸しそうだ。それでも完成すれば必ず観にいくだろうし、これまでもすべての作品は劇場で観ている監督である。
 登場人物が男だけの映画『レザボア・ドッグス』でメジャー監督デビューしたクエンティン・タランティーノは、現在では女性アクションの監督というイメージも強い。ユマ・サーマン主演の『キル・ビル』2部作(03年、04年)は、とても虚構性の強いアクション作品だ。ヒロインの“ザ・ブライド”は、元々暗殺者集団に所属する凄腕の殺し屋だった。しかし足を洗い、普通の女性として人生を送ろうとした矢先に、かつてのボスであり愛人であったビル(デヴィッド・キャラダイン)の命令によって、仲間の殺し屋たちに夫とお腹の子どもを殺され、彼女も死の縁をさまようことになる。映画は長い昏睡から目覚めたザ・ブライドが、彼女の人生を台無しにしたビルと殺し屋たちへ、復讐を果たしていく物語だ。

荒唐無稽な大殺戮に潜ませた愛憎劇

 1作目の見せ場は、伝説の名刀を求めて日本を訪れたザ・ブライドが、青葉屋という料亭で繰り広げる殺戮劇だ。この一連のシーンで、ザ・ブライドはブルース・リーを彷彿とさせるトラックスーツを着ているし、復讐の的であるオーレン・イシイ(ルーシー・リュー)の用心棒が鉄球使いの女子高生であったり、イシイの配下“クレイジー88”が日本刀を持った学生服集団であったりと、元々リアリティは意識していない設定である。

 男性監督や脚本家にとって主人公が女性であることは、地続きで想像できてしまう男性主人公と比べて、虚構として想像を膨らませやすいのだろう。今では女性アクション映画といえば『キル・ビル』は必ずタイトルがあがる。ザ・ブライドの殺した人数のインパクトが記憶に残るのもわかりやすいし、そんな過剰な復讐劇の動機が、最終的には母性に集約されていくのも、強い女性を想像する際のふんわりした理由やイメージの例だ。
 男性の主人公が娘の復讐のために立ち上がる映画だと、地に足のついた作品が次々と頭に浮かぶ。男が考える男の復讐劇は、リアリズムから逸脱しない。しかし女性の復讐劇である『キル・ビル』は、大量殺戮の面白さを見せることが一番の目的であって、動機に母性を持ってくるのはもっともらしく見せるためだけに思える。むしろビルとザ・ブライドの間にある、愛と憎しみの交じり合ったメロドラマ性の方が、言い知れぬ動機として魅力的であり物語を豊潤にしている。「愛しているけれどもくびきから逃れたい」「愛するあまり許せないから殺したい」「愛が招いた因果応報を素直に受け入れる」という感情の交錯が、本作を荒唐無稽なだけでは終わらないドラマとして成立させていた。

より生身の暴力へ

 その後の女性をヒロインに迎えたタランティーノ作品は、反動のように「女にも可能なヴァイオレンス」を追求していく。『デス・プルーフ in グラインドハウス』(07年)は、『キル・ビル』でユマ・サーマンのスタントをしていたゾーイ・ベルが、彼女自身として主演を務める。改造車を使った殺人鬼スタントマン・マイク(カート・ラッセル)に狙われた、ゾーイをはじめとする女性だけの車。なんとか逃げ延びたあと、命の危険にさらされた彼女たちは怒りに燃えて復讐に出る。本作でみせるゾーイ・ベルの身体能力が素晴らしい。ボンネットに掴まったままのカーチェイスや、彼女が走り出す車へ手にパイプを持ったままスルッと滑り込むように箱乗りする場面など、本当にゾーイ自身が演じているリアリズムによって、有無を言わせぬ効果をあげる。


©2007 The Weinstein Company, LLC. All rights reserved.

 本作はマイクの凶行を見せるための二部構成になっていて、まずは酒に溺れエロティックな危険を冒す女性グループが登場する。前半では彼女たちと、「グラインドハウス」のカップリング作品『プラネット・テラー in グラインドハウス』の主演ローズ・マッゴーワンが、被害者として恐怖に慄きむごい目に遭う。
 タランティーノの映画は被害者が男性であっても、監禁の恐怖や、観ていて痛みや凄惨さを強く覚える時がある。映画に耽溺してきた彼の「映画は虚構」という骨身にしみる感覚ゆえか、表現が細やかなあまり暴力シーンには過剰なサディズムが漂っているようだ。確かに映画は所詮作り物にすぎない。だから暴力表現において、創造の面白さに興味が傾くのも当然だ。だが同時に、スクリーンで何が起ころうと真に受けない感性が試されるような、逃げ場のなさや妙に皮膚感覚に迫る暴力性には、観ていて時々居心地の悪い気持ちがする。
 『デス・プルーフ』はそんな陰惨さと、白昼の勧善懲悪という晴れやかさが共存する作品だ。現実にスタントをこなせる女性が等身大のアクションを演じるのは、荒唐無稽な『キル・ビル』と正反対のアプローチである。『デス・プルーフ』で女が発揮する暴力は、「女性でも出来ること」の域を押し広げるリアルな強靭さがあり、これはゾーイ・ベルの存在なくしてありえない生身のアクションだった。

フィルムを操る手

 『イングロリアス・バスターズ』(09年)ではまたアプローチを変え、女性にも可能な、策略による大掛かりな殺戮劇が描かれる。第二次世界大戦中のナチス統治下のフランス。かつてユダヤ人狩りによって家族を皆殺しにされたショシャナ・ドレフュス(メラニー・ロラン)は、一人だけ逃げ延び、今ではパリの映画館で働いている。ドイツ軍の狙撃兵フレデリック・ツォラー(ダニエル・ブリュール)が街でショシャナを見染めたのをきっかけに、ナチスのプロパガンダ映画が彼女の映画館でプレミア上映されることになった。その日はヒトラーをはじめとする、ナチスの最高幹部たちも集まるという。機を見たショシャナによるレジスタンスの幕開けだ。


Film (C)2009 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED.

 彼女と同時進行して、アルド・レイン中尉(ブラッド・ピット)を中心とする連合軍特殊部隊のナチス狩りもいる。彼らは男の子らしく得意技がバットのフルスウィングだったり、ナチであった身分を戦後に詐称できないよう、額へハーケンクロイツを刻み込んだりする。相対して、ショシャナが用いるのは手間暇をかけたフィルムでのメッセージと炎だ。この映画で一気呵成なヴァイオレンスシーンを繰り広げるのはショシャナだが、それは肉体を酷使するアクションではない。彼女が操るのはフィルムやスプライサーや映写機だけだ。そしてプレミア上映はショシャナ以外にも複数の思惑が交錯したことによって、甚大な被害をナチス陣営に与えることになる。
ここでも特殊部隊やレジスタンスの活動以外に、フレデリック・ツォラーの恋心がショシャナの復讐劇に別のドラマを生むことになる。フレデリックの熱烈さは復讐に燃えるショシャナに絶好の機会をもたらすと同時に、彼女の家族を殺したハンス・ランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)との再会というショッキングな出来事も引き起こす。クライマックスでも彼はショシャナの企みの妨げとなる。フレデリックは執拗にショシャナを追い回し、プレミアの夜も最悪のタイミングで映写室に入り込もうとする。だがその後に起こる男女のアクシデントでは、ショシャナが思わず行動に出てしまった「復讐の邪魔だてを消す」行為だけにはとどまらず、敵とはいえ自分に恋している男を心配する心を起こしてしまう。ここで男女の姿を切り取る俯瞰のカメラワークは、とても悲劇的でロマンティックなものだ。タランティーノは『キル・ビル』や『ジャンゴ 繋がれざる者』(12年)においても、ドラマを持つ人物の死体の写し方が滅法うまい。いま活躍している監督の中で、死体の転がり方に毎回ハッとさせられ、落涙してしまう演出力ではタランティーノが最高峰だろう。その悲哀が本作においても、後を引く余韻のあるものとなる。

より生々しい暴力へ

 群像劇『ヘイトフル・エイト』(15年)の主要人物の中で、女性はジェニファー・ジェイソン・リー演じるデイジー・ドメルグだけだ。彼女は首に賞金をかけられた極悪人で、屈強でしたたかな賞金稼ぎの男たちを向こうに回して引けを取らない。
彼女が映画の中で振るうのは、汚い言葉や罵詈雑言による暴力である。デイジーは登場した時点ですでに目の周りにあざができており、賞金稼ぎのジョン・ルース(カート・ラッセル)に手ひどいやり方で捕らえられたのがわかる。それでも彼女は落ち着いており、新たに出会った賞金稼ぎのマーキス・ウォーレン(サミュエル・L・ジャクソン)に、ニタニタと笑いながら「ニガー」と侮蔑的な呼びかけをする。住んでいる世界が元々暴力に満ちているから、殴られる恐怖の限界値が最初から無いに等しく、歯が折れるほど殴打されてもふてくされる程度の反応しか示さない。


© Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All Rights Reserved. Artwork © 2015 The Weinstein Company LLC. AllRights Reserved.

 この映画の中で一番不穏な空気を放ち、殺人すら気にも留めない匂いがするのはデイジーだ。クセモノな俳優たちが揃い、それぞれの役柄が並々ならぬアウトローとしての背景を背負っている中で、拳をあげたり銃を撃ったりしないのに、一番暴力的な存在感を放つ女。平然と人を侮蔑し、窮地に立った人間にひとかけらも憐れみを抱かない、根っからの悪党という新たな暴力の体現である。これまでタランティーノが描いてきた女たちは、暴力を振るうにあたって、徐々にみずからの肉体を使う機会を減らしてきた。そして『ヘイトフル・エイト』は芸達者なジェニファー・ジェイソン・リーを迎えることで、ナイフのような言葉と、邪悪な人間はそこにいるだけで暴力性を醸しだす状態を描いた。
 女の首、という点でも本作は興味深い。殺人にまつわる「首」と「距離」は意味を持つ。手で首を絞めるという行為は当然至近距離で行われ、エロティックなプレイでも試す人々がいるほどだ。そもそも密接な姿勢には性的な気配が漂うのに、なおかつ殺すには凄まじい力が必要なため、殺人者は被害者と強いつながりを持つのは避けられない。それは恐ろしいほど、感触や感情に強い記憶を残すだろう。しかし絞首刑となると、ロープの介在は処刑人を死ぬ者から物理的に遠ざける。それは人の死を感覚に響かせないための冷酷な距離だ。映画においてはロープだけでなく、表現そのものもカメラがかなりの引きになったり、編集でショットが切り変わったりして、死ぬ過程を露骨に見せることは避けられる。
 だが『ヘイトフル・エイト』は処刑について、かなり踏み込んだ表現がされる。男が二人がかりでテコの原理を応用し、女の首にかけた縄をズルズルと引き上げていき吊るす。むごたらしいようだが、吊るされるデイジーはか弱く憐れな者という域を超えた邪悪さに満ちているので、観ていてもそういった心苦しさが少ない。カメラも近くて、彼女を引き上げるための労力が生々しい人の体重であるのを伝える。それと同時に、処刑のように落下での首吊りではないぶん、じりじりと引き上げられる姿は、彼女の邪悪さがまだ地から離れることを拒否するような悪魔的な重みに見える。デイジーの暴力性を見せるためには手段もカメラも編集も、ここまでしないと釣り合いがとれないほどなのだ。
 アクションは荒唐無稽なほど、スタントマンやCGの処理を漂わせて、誰が演じようと構わないものとなる。だからタランティーノの変化は面白い。スター俳優から、現実にそのアクションをできる女優、または女でも振るえる暴力という現実味への変遷。これは女性を描く際にフィクションへと追いやらず、男性と同じような存在としてキャラクターを見つめている証であると思う。

「デス・プルーフ」発売中。
Blu-ray 1,886円(税別)/ DVD 1,429円(税別)。
発売元:ブロードメディア・スタジオ
販売元:NBCユニバーサル
(C)2007 The Weinstein Company, LLC. All rights reserved.

『イングロリアス・バスターズ』
Blu-ray:1,886 円+税/DVD:1,429 円+税
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
Film (C)2009 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED.
**2018年6月の情報です。

『ヘイトフル・エイト』
価格:¥1,143(税抜)
発売・販売元:ギャガ
© Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All Rights Reserved. Artwork © 2015 The Weinstein Company LLC. AllRights Reserved.

石田昌隆『JAMAICA 1982』 - ele-king

 『JAMAICA 1982』は、『ミュージック・マガジン』などで活躍中の写真家・ライターの石田昌隆の写真集。タイトルにあるように、1982年のジャマイカ(の主に音楽シーン)をとらえたもので、同年の7月7日から8月25日までの53日間滞在して撮影した写真が編まれている。サウンドシステム、スラム街、レコード店、ナイヤビンギ、人々……写真を見ているとベースの音が聞こえてくる。ハーブの香りも匂ってくる。この時期のジャマイカの音楽シーンの写真としては、世界的にみても貴重なものばかりじゃないだろうか。石田さんの撮り方/構図がじつにキマっているので、どの写真も格好良すぎるほど格好いい。石田さんの目には、ジャマイカがこのぐらい格好良く見えていたんだろう。貧しい、しかしこいつらは絶対に格好いい。なんにせよ、これで石田さんが見てきた風景のいちぶをぼくたちも共有できる。まったく嬉しい限り。発売は7月6日。石井志津男さんのオーヴァーヒートからのリリース。
 写真集の刊行に併せて、原宿のBOOKMARCにて写真展も開催される。この機会にぜひ、迫力満点の生の写真も見て欲しい。

【写真集】
■タイトル:JAMAICA 1982
■著者 :石田 昌隆
■ページ:64ページ(全フルカラー)
■サイズ:A4横開き(210mm×297mm)
■発売日:2018年7月6日
■定価:3,800円(税別)
■品番:OVEB-0004
■ISBN:978-4-86239-831-4
■発行:(株)OVERHEAT MUSIC / Riddim Books


【写真展】
■会場:BOOKMARC(ブックマーク)
東京都渋谷区神宮前4-26-14
TEL:03-5412-0351
■会期:2018年7月7日(土)~16日(月・祝)
・7月6日(金) オープニング・レセプション
・7月15日(日) トークショー


【石田 昌隆(いしだ まさたか)/ PHOTOGRAPHER】
著書に、『黒いグルーヴ』(1999年)、『オルタナティヴ・ミュージック』(2009年)、『ソウル・フラワー・ユニオン 解き放つ唄の轍』(2014年)がある。現在、アルテス電子版で『音のある遠景』を連載中。撮影したCDジャケットに、矢沢永吉『The Original 2』(1993年)、フェイ・ウォン『ザ・ベスト・オブ・ベスト』(1999年)、ソウル・フラワー・ユニオン『ウインズ・フェアグラウンド』(1999年)、『Relaxin‘ With Lovers』(2000~2018年 全15作品)、ジェーン・バーキン、タラフ・ドゥ・ハイドゥークス、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン、ズボンズ、カーネーション、濱口祐自、LIKKLE MAIほか多数。旅した国は56カ国。

【写真展 会場/BOOKMARC(ブックマーク)】
ニューヨーク発のファッションブランド「マーク ジェイコブス」が手がける新感覚ブックストア。
2010年9月にNYのBleecker Streetに第1号店をオープン。世界5店舗目となるストアとして、2013年10月、 東京・原宿にギャラリーを併設したストアをオープン。
『BOOKMARC』を作るきっかけとなったのはNYのWest Villageにあった本屋が閉店するニュースでした。
デザイナーであるマーク・ジェイコブス本人やブランドのCo-Founderであるロバート・ダフィーは共に本に 対して並々ならぬ情熱を持っており、元々マーク BY マーク ジェイコブスのストアでは厳選された本を 取り扱っていたが、West Villageのその本屋をありのまま引き継ぎ、本のバリエーションを増やすことで、マーク ジェイコブス ブランドのインスピレーション源を表現する新しい顔をつくることに成功した。そして、 『BOOKMARC』は、アートに関する書籍を中心として取り扱う小さな本屋の新規開店が少なくなった昨今、実際に本を手に取り、書籍の素晴らしさを再認識し、その場で購入できる場所を提供したいという願いが込められている。
『BOOKMARC』では芸術、写真、ファッションや音楽に関する書籍は勿論のこと、詩集や芸術論に至るまで、様々なジャンルの厳選された書籍を取り扱っている。またコレクターたちを虜にするヴィンテージ本やサイン本も多数揃えている。

住所:東京都渋谷区神宮前4-26-14 TEL:03-5412-0351
営業時間:11:00~20:00 定休日:不定休
ギャラリー併設:BOOKMARCの地下スペース


interview with Grimm Grimm - ele-king


Grimm Grimm - Cliffhanger
MAGNIPH / ホステス

PsychedelicFolkDroneIndie Pop

Amazon Tower HMV iTunes

 マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの頭脳、ケヴィン・シールズが彼の元恋人シャルロット・マリオンヌ(ル・ヴォリューム・クールブ)とともに設立したレーベル〈Pickpocket〉からデビューを果たし、いまはなきインディー・ロックの祭典《All Tomorrow's Parties》には2度も出演、その〈ATP〉レーベルからも音源をリリースしたことのある日本人がいるのをご存じだろうか。ある種の人にとっては、嫉妬すら覚えるような輝かしい経歴を持つ彼は、東京出身・ロンドン在住のマルチ・インストゥルメンタリスト、Grimm Grimmことコウイチ・ヤマノハ。彼の通算2枚目のアルバム『Cliffhanger』がリリースされた。

 前作『Hazy Eyes Maybe』よりおよそ2年半ぶりとなる本作は、ウィリアム・S・バロウズのカットアップ技法を彷彿とさせる散文詩や、いまにも消え入りそうなウィスパー・ヴォイス、童謡やバロックなどにも通じるどこか懐かしいメロディ、アコギやピアノによるシンプルなトラックによって構成された、フォーキーでサイケデリックなサウンド。前作に引き続き、盟友BO NINGENのKohei Matsudaが参加しシンセを奏でている他、様々なライヴやイベントで共演を重ねているシャルロットや、エクスペリメンタル・バンド、ブルー・オン・ブルーのディー・サダもヴォーカリストとしてフィーチャーするなど、前作よりもさらに深みのある内容に仕上がっている。

 ロンドンに移住してすぐ、スクリーミング・ティー・パーティーなるバンドを結成し、その後ソロでの活動を始めたヤマノハ。彼の生み出す、どこの国のどの時代の音ともいえないサウンドは、一体どこから来ているのだろうか。

ときどき、「人と人は、深いところでは繋がっているな」と思うことがあるんです。「無意識の領域」というか、そこにはポジティヴでもなくネガティヴでもない、ニュートラルな感情がある。

まずは、ヤマノハさんがイギリスへ移住した理由を教えてもらえますか?

コウイチ・ヤマノハ(以下ヤマノハ):特に理由はありませんでした。イギリスの音楽が好きだったというワケでもなくて、ただちょっと日本が窮屈だなと思うことはあったんですけど、でもそれも理由でもないから「何となく」っていう感じですかね。ただ、こっちでは音楽はやろうと思っていました。

かれこれ10年以上、暮らしているんですよね。こんなに長く住むと思っていました?

ヤマノハ:いや、思ってなかったですね。2年くらいしたら住む場所を変えるつもりだったのに、気づけばこんなに経ってしまいました(笑)。ロンドンって、やっぱりちょっとイギリスじゃない感じがあって。コスモポリタンというか、多国籍空間で、変人も多いですし(笑)。何年いても不思議で。ここ10年くらいでテレーサ・メイみたいな右翼政府に変わってきているっていうのもあって、いまだに自分はエイリアンだなと感じます。そういうところは東京と似ているのかもしれないけど、ロンドンの方が僕にとっては居心地が良かったんですよね。

ロンドンで最初に結成したバンド、スクリーミング・ティー・パーティーは、どうやって始まったのですか?

ヤマノハ:ロンドンに着いて、割とすぐにドラマーとベーシストを探していたんです。街のあちこちの壁や電柱にメンバー募集の紙を貼ったりして。で、たまたま通りかかったスタジオの前に女の子がいて、ドラムケースの上に座ってたんですよ。「彼女、ひょっとしてドラマーかな?」と思いつつ一度は通り過ぎたんですけど、戻って声をかけたらやっぱりドラマーで(笑)。たったいま、ドラマーをクビになって、ドラムセットを家に持ち帰るところだって言うんですね。それで、その場で仲良くなったのが最初のドラマー、イタリア人のテレーサ・コラモナコだったんです。もうひとり、日本にいるときからの友人ニイヤンがロンドンに来て。彼はギタリストだったので、僕がベースをやることにして3人でスタジオに入ったのが、スクリーミング・ティー・パーティーの始まりですね。

バンドは2006年から2010年まで活動し、その間メンバーチェンジもありつつ3枚のシングル(「Between Air and Air」「Holy Disaster」「I'd Rather Be Stuck On The Stair Rail」)と2枚のミニ・アルバム(『Death Egg』『Golden Blue』)をリリースしています。バンド解散後は、ヤマノハさんはすぐソロ活動を始めたのですか?

ヤマノハ:いや、そこから3年くらい空きました。その間はずっと作曲やフィールド・レコーディングにハマっていて、ヨーロッパの古い建物や廃墟へよく行ってましたね。で、あるときベルリン西部にある廃墟でふとGrimm Grimmのコンセプトを思いついたんです。その頃はすでに曲を書きためていて、それをどういう形にするかを思いついた。言葉で言うのは難しいんですけど……うーん、懐かしい感じ? 死ぬときや、生まれる時の感じというか。ときどき、「人と人は、深いところでは繋がっているな」と思うことがあるんです。「無意識の領域」というか、そこにはポジティヴでもなくネガティヴでもない、ニュートラルな感情がある。基本的に僕は、ハッピーな音楽を作りたいと思う人間なのですが(笑)、そういう「無意識の領域」を想起させるような音楽が作りたいんですよね。

確かに、Grimm Grimmの音楽を聴いていると「懐かしさ」みたいな感情をかき立てられるのですが、それって日本人だからこそ感じるものなのでしょうか。イギリスの人には、ヤマノハさんの音楽はどう受け止められていますか?

ヤマノハ:「懐かしさ」といっても、いわゆる「ノスタルジー」とは少し違うと思っていて。さっきの「生と死」じゃないですけど、過去と未来が繋がっているような感じというか。そこを目指しているんですが、海外でも伝わる人には伝わっているなと感じますね。

いまっぽい音でも、昔懐かしい音でもなく、どこの時代の音楽かも分からないような、そういうサウンドを目指しているのでしょうかね。

ヤマノハ:そうですね。いまある音楽を否定したり、無視したりするつもりは全然ないのですが、時代感のない、タイムレスなメロディやサウンドに個人的には惹かれます。今回ミックスをしてくれたベルリン在住のミュージシャン、エンジニアのゴー君(Nakada Goh;ケヴィン・マーティンのThe Bugのサウンド・エンジニア)は古い友人で、ミックスをする時は1曲ごとに、例えば「視聴覚室で吹奏楽部が練習しているのが遠くから聞こえる学校感」とか「海辺の病院」とか、アンビエントの雰囲気や想像の場所を伝えてサウンドを決めていきました。

歩いていたら、ケヴィン(・シールズ)がいつもお金をあげてるホームレスたちが目的地のケバブ屋までついてきちゃった、ということがありました(笑)。一度に20ポンド(2800円)くらい平気であげちゃうから、みんな顔を覚えてるんですよ。

そもそも、曲作りをする上でヤマノハさんが影響を受けた人というと、誰になるのですか?

ヤマノハ:ここ5年くらいは、未来派の絵画などに刺激をもらっていると思うんですけど、音楽でいうと誰なんだろう。うーん、わかんないですね。ムーンドッグとかはいまでもよく聴いてます。あとはヴァシティ・バニアンとかの曲にあるメロディの永遠性に惹かれます。サイケフォークとか、そういうステレオタイプの定義ではなくて、なんというかどんなジャンルの音楽やコメディや建物や椅子でさえも、生死感が根底にうっすらあるものに影響を受けます。

童謡や、バロック音楽の影響もあるような気がします。

ヤマノハ:グレン・グールドが弾く、オルガンのバッハとかは昔から好きですね。あの「建築感」というか。それこそ過去と現在と未来が繋がっているような気がしますね。

2014年の夏には〈Pickpocket Records〉(マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのケヴィン・シールズと、ル・ヴォリューム・クールブのシャルロット・マリオンヌが共同設立したレーベル)からシングルをリリースしていますよね。彼らとの出会いは?

ヤマノハ:元々僕は、シャルロットがやっているル・ヴォリューム・クールブが好きだったんですね。ロンドンに着いて、初めて友人に借りたCDが彼女のファーストで。「ベスト・フレンドを殺した」というタイトルの作品でした。それから7年ほど経ったとき、偶然入った近所の中古レコード屋で彼女が店員をしていて。それで話しかけたのがきっかけとなって仲良くなったんです。ケヴィンは、シャルロットに紹介されて知り合いました。みんな、イメージと違ってとても気さくな人たちです。

もうすぐMBVの活動が再開されますが、最近ケヴィンには会いました?

ヤマノハ:ひと月くらい前に、ダイナソーJr.がロンドンでライヴをやって、もともとJとケヴィンは兄弟みたいに仲が良くて、そのときに誘ってくれました。終演後、シャルロットも含めみんなでご飯を食べに行くことになって。カムデン・タウンを歩いていたら、ケヴィンがいつもお金をあげてるホームレスたちが目的地のケバブ屋までついてきちゃった、ということがありました(笑)。一度に20ポンド(2800円)くらい平気であげちゃうから、みんな顔を覚えてるんですよ。あ、ミュージシャンやってるケヴィンだ! って。

ケヴィンらしいエピソードですね(笑)。Grimm Grimmは、2015年と2016年の《All Tomorrow's Parties Iceland》にも出演していますよね。

ヤマノハ:はい。バリー・ホーガン(ATP主催者)は、たまたま飲みに行ったバーのカウンターで隣どうしになって。話してみたら、友人の友人だったりして、結構見えないところにある横のつながりに気づいたりしますね。ATPは問題児の集まりみたいな(笑)。子供がそのまま大人になったみたいな人たちばかりで、そういうところが好きでしたね。もちろん、ビジネスなんだけど、それを超えたところでやっているというか。そういう人たちは、会った瞬間に分かりますね。「この人とは仲良くなれそうだな」っていうのは、シャルロットにもケヴィンにもバリーにも、〈Stolen Recordings〉(スクリーミング・ティー・パーティーが所属していたレーベル)の人たちにも感じました。

Grimm Grimmとル・ヴォリューム・クールブは、よく一緒にイベントをやっているみたいですね。

ヤマノハ:ええ。ここ数年でシャルロットとは親友になって、ル・ヴォリューム・クールブ VS Grimm Grimmというユニットでお互いの曲を演奏しあうプロジェクトもしています。彼女は交友関係が広くて、特に90年代のいろんなミュージシャンと繋がることができました。10代のときに聴いていたマジー・スターのホープ・サンドヴァルや、ジーザス・アンド・メリーチェインの人たちとか。アラン・マッギー。刺激を受けることもたくさんあります。

彼女はいま、ノエル・ギャラガーと一緒にツアー回っているんですよね?

ヤマノハ:そう! あれは本当にビックリしましたね(笑)。ノエルのプロデューサー、デヴィッド・ホルムズがシャルロットの友人でもあり、それが縁で参加することになったみたいです。彼女は特に楽器が上手いわけでもなくて、主にコーラスとして参加することになったんですね。でも、「何かしら弾けた方がいいよね」っていう話になって、僕のところに相談に来たんです。「どうしよう?」って。それで、「ハサミの音で参加するのはどう?」って提案したんですよ。

(笑)。

ヤマノハ:僕は、ハサミの音が前からすごく好きだったので、パーカッション代わりに使ったらどうだろう? と思って。最初シャルロットは「ええ? ハサミ?」っていうリアクションだったけど、結局ライヴでやることになって。そしたら映像としてもハサミと女の人で、黒いオカルトっぽくてインパクトあるじゃないですか(笑)。一気に話題になって。ジュールズ・ホランドに出演したのが大きかったのかな(https://www.youtube.com/watch?v=iwV1lKNA0wU)。あれで炎上しちゃったんですよね。

リアム・ギャラガーも苛ついてましたよね(笑)。

ヤマノハ:いろいろと大変だったみたいですよ。オアシスのフーリガンみたいなファンから脅迫メールが来たりして。「ちゃんと楽器を弾きやがれ!」とか。ちょっと変わった子っぽく映っちゃったからか、風貌を中傷するような書き込みとかもあって。彼女自身は全く気にしてなくて、いまの状況を楽しんでますけどね。

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自分を含め周りにいる人たちの人生は、崖にぶら下がっているみたいだなって思ったところからですね(笑)。あと、崖からぶら下がっているような、クライマックスのいちばんいいところで「来週に続く」みたいに終わることを「cliffhanger」というらしくて。


Grimm Grimm - Cliffhanger
MAGNIPH / ホステス

PsychedelicFolkDroneIndie Pop

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それを聞いて安心しました。さて、Grimm Grimmの最新作『Cliffhanger』ですが、こちらはどのようにして生み出されたのですか?

ヤマノハ:アルバムは、この2、3年いろんなことがあったのとリンクしている部分はある気がします。親しかった友人が亡くなったり、生死をいままで以上に身近に感じました。それについて書いた曲がタイトル曲なのですが、そこからアルバムの構想が膨らんでいきました。それと今回は「いままでで以上に正直に作ろう」と思いました。前作よりも、 自分のいちばん弱い部分が剥き出しになって、結果的に張り詰めた雰囲気が出たというか。音数もだいぶ少なくなっているんですけど、「引き算」で音楽を作っていくのが楽しかったですね。

アルバム・タイトルはどこから来ていますか?

ヤマノハ:さっきの話じゃないですが、自分を含め周りにいる人たちの人生は、崖にぶら下がっているみたいだなって思ったところからですね(笑)。まあ、半分ジョークですが。あと、海外では映画のシリーズものとかで、崖からぶら下がっているような、クライマックスのいちばんいいところで「来週に続く」みたいに終わることを「cliffhanger」というらしくて。60年代に生まれた言葉で、それとかかっているのも面白いなと思いました。

ヤマノハさんは崖からぶら下がっているような人生ですか?(笑)

ヤマノハ:(笑)。きっと多かれ少なかれ、みんなそう感じるときはあるんじゃないかなと思います。もがいたり足掻いたりしながら誰もが生きていると思うし。「苦難があってこその人生」という風に、ポジティヴに受け止めて生きた方がいいんじゃないですかね。例えば、人生において不安はつきものだと思うんですけど、僕は「不安」はいいことだと思っていて。それを乗り越える力があれば、それこそ幸せだなと思うんです。

心強い言葉です。ちなみにタイトル曲は、ディー・サダという女性ヴォーカルをフィーチャーしています。

ヤマノハ:その曲は、いろいろとアレンジを試しながら何度かレコーディングしてみたんですが、なんか上手くいかなくて。ディーにヴォーカルをお願いして、歌とアコギだけのアレンジにしたらいい感じになったんです。彼女はブルー・オン・ブルーという、ロンドンのエクスペリメンタル・バンドに所属するネパール系女性ミュージシャンです。友人でもあるのですが、彼女の声が僕はすごく好きなんですよね。

ほんと、ジュディ・シルの未発表曲みたいな美しさがありますよね。

ヤマノハ:嬉しいです。このメロディが、頭のなかでずっと繰り返し流れていて、それを携帯のボイスメモに録っておいて後から歌詞を付けました。難しかったのは、普通にアレンジしたらポップになり過ぎてしまう曲だったこと。自分のなかにも、そういう邪念というか(笑)、「サビでもっと盛り上げて……」みたいなポップスの定石を、ついつい踏襲したくなる。悪魔のささやきですね。でも、何度か試しているうちに「あ、これ全部要らないや」と気づき、それでナイロン・ギターと歌だけにしたんです。

来日したとき、ライヴでも披露していた“Final World War”は、スクリーミング・ティー・パーティー時代にリリースした曲なんですよね?

ヤマノハ:この曲は、演奏しているうちに自分のなかで意味が変わってきたというか。最初に作ったときは「世界が滅亡して、それでもまだ流れている音楽」というイメージだったんですね。あるいは「事故で大破した車のカーステから流れている音楽」というか。ほんと、タイトル通り「世界最終戦争」という感じだったんですけど、いまは演奏していると、「最後の戦争が終わって、平和な世界が訪れるように生きる」というポジティヴな光景が目に浮かんでくるようになった。なので今回は、その解釈でレコーディングしたいなと思ったんです。

廃墟というとネガティヴな印象を持つ人もいると思うんですけど、僕のなかではポジティヴなイメージ。朽ちたままそこに存在している姿に、恋してしまったようなドキドキする感情を掻き立てられるんですよね。

そういう、ヤマノハさんの気持ちの変化はなぜ訪れたんでしょう。

ヤマノハ:特に何か、大きなキッカケがあったわけじゃないんですけどね。生きていく上で、ポジティヴに考えなければどうしようもないときってあるじゃないですか。新聞でやりきれない悲しいニュースとか読んだりしていて、そう感じることが多くなってきたのかもしれないですね。ただ、いまだにあの曲をやり続けている意味は、自分でもよく分からないんですよね(笑)。まあ、気に入ってる曲なんだと思います。演奏していて、気持ちがニュートラルになるというか。

もう1曲、スクリーミング・ティー・パーティー時代の“Shayou”も収録されています。これって、太宰治の『斜陽』と関係あります?

ヤマノハ:よく言われるんですけど、恥ずかしながらその本のこと知らなかったんですよ(笑)。最近まで読んだことがなかったんですけど、日本人の友人が帰国するときに本をたくさんくれて、そのなかに『斜陽』もあって読みました。ただこの曲は、ブダペストの工業地帯にある廃墟へ行ったとき、朽ちた建物の隙間から太陽光線がバーっと降っていて、その光景を見たときに思いついたものです。

お話を聞いていると、ヤマノハさんにとって「廃墟」はインスピレーションの源ようですよね?

ヤマノハ:そうかもしれない。廃墟というとネガティヴな印象を持つ人もいると思うんですけど、僕のなかではポジティヴなイメージ。朽ちたままそこに存在している姿に、恋してしまったようなドキドキする感情を掻き立てられるんですよね。ロンドン東部にカナリー・ワーフという、ウォーターフロント再開発地域があるんですけど、妙な未来感があってそこを歩いていていてもなぜか同じ気分になります。巨大建築物ってなんか切なくて。

ひとつとして同じ形のものはないですしね。人工的な建築物が、朽ちて自然と同化していく感じも好きです。

ヤマノハ:そう。他の惑星の生物のことを思ったりしますね。もっとわかりやすく言えば、廃墟は『天空の城ラピュタ』みたいな感じかな。

“Shayou”のシンセは、Bo NingenのKohhei Matsudaさんが弾いているんですよね。

ヤマノハ:はい。隣の部屋に住む彼に来てもらって(笑)、同じシンセを2台並べて一緒に弾きました。試し録りをそのまま使っています。イメージとしては、「小学校の屋上」みたいな感じ……(笑)? なんか小学校の屋上って、なんとも言えない無機質で巨大な非日常感があったと思うんです。あまり頻繁には行かないし。晴れた空が広がる、永遠に終わらない真っ青な空間というか。言葉にならない異世界感というか。

“Hybrid Moments”は、アメリカのホラー・パンク・バンド、ミスフィッツのアコースティック・カヴァーです。Grimm Grimmでは、カヴァーって他にもやりますか?

ヤマノハ:たまに。森田童子の歌や“ムーン・リヴァー”をやってます。そういえば森田さん、亡くなっちゃいましたね。日本に住んでいるときによく聴いている時期があって、童子好きが集まるイベントに出たことがあるんです。「森田童子の曲を演奏する」という内容だったのだけど、そのときに、ものすごく彼女に似ている声の人がいたんです。異様に張り詰めた雰囲気がある人で「あれは一体誰だったんだろう」って言い合っていたんですけど、どうやら本人だったらしく。

ええ?

ヤマノハ:そうなんです。名前も変えて。で、みんなが気がついたときには、すでにいなくなってた。後日手紙が送られてきて、「いま、童子は横にいます」と書いてあった。超現実的で、白昼夢のような体験でした。

不思議な体験ですね……。でも確かに、Grimm Grimmと森田童子のメロディには、どことなく通じるものがある気がします。前作『Hazy Eyes Maybe』に収録されていた“Kazega Fuitara Sayonara”とか。

ヤマノハ:あ、本当ですか。童子の歌って、飲み屋とかバーで流れたら、それまで賑やかだった場がしんと静まりかえってしまうような、空気を一変させる力がありますよね。そこが僕はとても好きです。歌詞の世界も、根本的というか。恋愛だけじゃない精神世界的な何かがあって。

ところでヤマノハさんは、歌詞でどんなことを書きたいですか?

ヤマノハ:10代の頃って英詞の内容がわからないまま音楽聴いていて。いま思うと、英詩とかを日本語にするっていう翻訳の作業は、本当のところ繊細すぎてほとんど不可能みたいなことだと思うんです。その若干間違った歌詞翻訳を読んだりして、辻褄の合わない雰囲気、距離感に影響を受けました。僕は、歌詞の内容より音の響きや音質の方にプライオリティがあって。歌詞は散文詩じゃないですけど、1行ずつ考えていくので繋げたときに意味がなくなることも多いんですね。それでも、メロディと一緒に聴いたときに何かイメージが想起されればそれでいい。そういう歌詞の方が、聴き手のイメージが限定されず、いろいろと湧いてきたりすると思うんですよね。

ウィリアム・S・バロウズのカットアップという技法に似ている部分があります。“Orange Coloured Everywhere”の、ナレーションみたいな声は?

ヤマノハ:タイトル曲でゲスト参加してくれたディーや、友人たちに喋ってもらいました。もともとこれは、デイジー・ディッキンソンという映像作家の『Blue But Pale Blue』という短編映画の作品のために作った曲なんです。

シャルロットが参加している“Si”は、日本語の「死」という意味?

ヤマノハ:いえ、フランス語で「if」という意味です。シャルロットと会って、一緒に作った曲なんですが、僕がメロディを考え、彼女が歌詞を付けてくれました。

今後はどんな活動展開を考えていますか?

ヤマノハ:7月にジュネーヴにあるCERN(セルン)という欧州合同原子核研究機関でライヴをする予定があります。スティーヴン・W・ホーキング博士が「ビッグバン・セオリー」を研究していた巨大なドームで、普段滅多に演奏できるところではないのですごく楽しみです。メンバーと一緒にドラムマシンやシンセを使って取り組んでいて。そこからインスピレーションを受けながらアルバムの準備をしています、いまはドラムマシンで曲を作っていますね。

へえ、じゃあまた違った雰囲気の作品になるかもしれないですね。

ヤマノハ:最終的には、今作よりももっと削ぎ落としたものになるかもしれないですけど。逆にチェロやホーンを入れたり、いろんなことができたらいいなと思案中です。いずれにせよベーシックな作曲の部分は変わらないと思いますね。

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