「W K」と一致するもの

 「ブラインド・ジョー・デス」とは2001年に他界したギタリスト、ジョン・フェイヒー(と映画ではこの表記を使っているので、ここではこう記す)の異名であり、彼はこの名を彼の好きなブラインド・ウィリー・ジョンスン、ブラインド・ボーイ・フォー、ブラインド・ジョージ・ハガートといった戦前の盲目のブルースマンたちに借り受けた、と作中、そのコメントを引用している。

 とはいえ、フェイヒーがブルースに関心をもったのは後年で、日本が敗戦を迎えたいまから70年前に、メリーランド州タコマパークに移り住んだ彼が音楽にめざめたきかっけはカントリーやブルーグラスだった。カントリーウェスタンを演奏する子がたくさんいたからね。それがやがて南部に傾倒したのは、ギターという楽器の欲望にしたがったのか、指が求めたのか、いずれにせよ、フェイヒーの遍歴に筋道はなく、彼が設立し、インディペンデント・レーベルの嚆矢とみなされることも多い〈タコマ・レーベル〉にせよ、すくなくともビジネス的な展望によるものではないことは、別エレ『ジム・オルーク完全読本』に再録したジムとフェイヒーの対談でもあきらかである。というより、なまなかな理路に沿わないことがジョン・フェイヒーの存在をナゾめいたものにした一因であり、『ブラインド・ジョー・デスを探して』では、ピート・タウンゼント、ステファン・グロスマン、キャレキシコのジョーイ・バーンズ、ノー・ネック・ブルース・バンドのキース・コノリーら、世代も音楽性も異にするミュージシャンやジャーナリスト、レーベル関係者がフェイヒーとの逸話や魅力を語るのだが、語るほどに実体をベールがつつむように感じさせるのは、カントリー、ブルース、バルトーク・ベラやチャールズ・アイヴズやハリー・パーチなどの現代音楽からノイズにいたる音楽史を横たえた、生き馬の目を抜く都会と生き馬くらいしかいない田舎からなるアメリカのフォークロアを、フェイヒーは体現するからなのかもしれない。

 望むと望まざるとにかかわらず、ナゾは奥深く、いまだ解けない。私はジョン・フェイヒーは彼が自身をなぞらえた旧約聖書中の亀よりもそれはゼノンのいうアキレスと亀にちかいと思う。ひとつのパラドックスであり、聴く者にパララックスを求める。このたびの『ブラインド・ジョー・デスを探して』上映+ライヴはその掟の門の前に私たちを運んでくれることでしょう。(松村正人)

■ブラインド・ジョー・デスを探して ジョン・フェイヒーの物語

会場:渋谷UPLINK

6月13日(土) 15:30開場 / 15:45開演(17:45頃終演予定)
トーク+上映(出演:ジェイムス・カリンガム監督+湯浅学+樋口泰人)
予約¥1,800 / 当日¥2,300(共に1ドリンク¥500別)

6月14日(日) 16:00開場 / 16:30開演(18:30頃終演予定)
LIVE+上映(出演:ダスティン・ウォング)
予約¥2,500 / 当日¥3,000(共に1ドリンク¥500別)

6月14日(日) 19:30開場/20:00開演(22:15頃終演予定)
LIVE+上映(出演:武末亮、牧野琢磨)
予約¥2,500 / 当日¥3,000(共に1ドリンク¥500別)

6月15日(月) 19:00開場/19:30開演(22:00頃終演予定)
LIVE(出演:ジム・オルーク)+上映+トーク(出演:ジェイムス・カリンガム監督)
予約¥2,500 / 当日¥3,000(共に1ドリンク¥500別)

※ご予約はUPLINKのHP(https://www.uplink.co.jp/)よりお願いします

Special Talk : peepow × K-BOMB - ele-king


peepow A.K.A マヒトゥ・ザ・ピーポー
Delete Cipy

Blacksmoker

Hip HopExperimentalAbstract

Amazon

 目を閉じて想像したまえ。深夜、K-BOMBに呼び出され、マヒトゥ・ザ・ピーポーとの対談の司会を託された二木信の精神状態を。
 それはまるで……たまに電車で一緒の車両に乗り合わせる、名も知らぬあの美しき貴婦人から、いきなり電話をもらって、「いますぐ来て!」と言われるようなものだろう。そんなあり得ない、ウキウキした感情を以下の対談から読み取っていただけたら幸いである。
 もちろん賢明な読者には、これが先日〈Blacksmoker〉からリリースされたマヒトゥのラップ・アルバム『DELETE CIPY』に関する密談であることは、察していただいていることと思う。つまり、もう聴いている人はその余談として、まだ聴いていない人には聴くための契機としてある。

 まあ、悪名高きロック・バンド、下山のヴォーカリストのマヒトゥ(熱狂的なファン多し)が、名門〈Blacksmoker〉からK-BOMBをはじめとする素晴らしいトラックメイカーたちと共演していること自体が、すでに巷では話題となっているわけだが、そこでもっとも好奇心を掻き立てられることのひとつは、マヒトゥとK-BOMBがどのよう状態のなかで会話し、創造していったのかというそのプロセスなのだ。
 二木、この場にいられたお前が心底羨ましいぜ。(野田)

マサトはさ、靴下もさ、あってないんだ。オレと一緒なんだよね。──K-BOMB
たしかに揃ったことがないかもしれない。──peepow

二木:マヒトゥさんとK-BOMBが出会ったのはいつですか?

K-BOMB:わかんない。

peepow:あんまり思い出せないね、オレも。

K-BOMB:カルロス(・尾崎・サンタナ。GEZANのベース)に電話してみたら? 彼はそういうことを憶えている人だ。

二木:ライヴの現場?

peepow:ではない。

K-BOMB:わかるだろ? オレがいつも酔ってるのは。憶えてないな。KILLER-BONGに聞いてみたらいいんじゃねーか? 奴は家で寝てるよ。

二木:K-BOMBから見て、マヒトゥさんの才能とは?

K-BOMB:そういうのは、実のところよくわからない。魅力か。人物とか自由なとこ? かなぁ。

二木:自由とは?

K-BOMB:なんかスケボーにも近いような感じさ。

peepow:オレの〈Blacksmoker〉のイメージもスケボーのりにちょっと近い。好奇心の波みたいのがあって、いい風が吹いている。オレは人も場所もニュアンスでしか感じ取ってない感じがする。

K-BOMB:人といっぱい会うけどさ、才能って人物でしかないと思うんだ。そういうものの塊だと思う。目立つ、そういう雰囲気だ。

peepow:K-BOMBから最初「チャリ、かっこいいな」みたいな話をされたのを憶えてる。

K-BOMB:ママチャリでさ真っ赤に塗られててハンドルが片方無いんだ

二木:マヒトゥさんから見て、K-BOMBの表現者としての魅力は?

K-BOMB:オレとかさ、けっこう関西ノリなんだと思う。関西の人によく言われる。「K-BOMBくん、関西っぽいな」って。

peepow:いや、わかる。東京に来て、数字やデータみたいなもので足場を作ってる人が多いことにげんなりしていた時期にK-BOMBに会って、生き物感バーンって、純度あるなーって感じた。

K-BOMB:そういう軽いノリが似てんだと思うな。

peepow:恋に落ちる時もパッと一瞬目が合って、「あ、好きかも」ってなる。理屈や理由なんかそのだいぶん後でしょ。それは匂いやニュアンスとしか言えない。K-BOMBには細胞レベルの何かってやつを感じた。血なまぐさい獣の匂い。おいしそうなもの目の前に広がってたら、蛍光色でも1回つまんで食ってみる、みたいな感覚に近いな。ドキュメントがまじわるってことは。

K-BOMB:蛍光色っぽい感じだ。わかる?

peepow a.k.a マヒトゥ・ザ・ピーポー feat. K-BOMB「SUNDANCE」

二木:『Delete Cipy』を聴いたり、それこそ“SUNDANCE”のミュージック・ヴィデオを見ると、ふたりが色や感覚で何か感じ合っていることは伝わってくる。

K-BOMB:うん。そうだね。

peepow:利害とかじゃないすよ。

K-BOMB:でも一方で、数字も手にしとかないと、またその逆をというのもある。そういうところを無視してやっているようで、実のところ絡ませたい。そうじゃないとあんまり意味がない。それが数字を相手にした時の面白さなんじゃないか。

peepow:オレは〈Blacksmoker〉やK-BONBをアンダーグラウンドと思ったことはないですね。そういう文脈を超越しよう姿勢で数字と関わってる。いびつなストリート感でしょ。

K-BOMB:アンダーグランドだと言われるけどさ、俺もそういう感覚はまったくないんだ。ただちゃんとリスペクトもある。だからさ、試してる、やってみる、やりたい。ただ、それだけなんだ。

二木:その話につながると思うんですけど、マヒトゥさんはキレイな歌声も出せるし、上手く歌おうと思えばいくらでも歌えて、メロディアスなポップ・ソングも作れる人だと思うんですよ。ただ、今回のアルバムでも上手く歌ったり、ラップすることを追求してるわけじゃないですよね。そこが面白いなと。

K-BOMB:そういうことだと思う。オレにもそういう風に聴こえる。

peepow:ジキルとハイドじゃないけど、朝起きた時は世界も征服をできるかもしれないぐらいの無敵感でも、寝る前にはひとりぼっちで無気力で何もやる気が起きないことすらある。ひとつにキャラクターをまとめることなんて本当は誰も不可能なはずなんだ。オレはいろんな場所を歩いて、歌ったり、形にしながら、自分が思ってることを楽しみながら探してる。おれのなかにいる何人もの顔を解放してあげたいんだよね。だから、卑屈な感じとか悲壮感はない。結局、映画にした時にいちばんグッとくるほうを選ぼうって感覚あるな。最速で最短でキレイなゴールに行きたいわけじゃない。全感覚でいい匂いのするほうに流されてる。

K-BOMB:感覚は大事だよ。絵を描いても写真を撮っても、イイ感覚で見えてると違う。ナナメ感もあるけど、ちゃんとまっすぐしてる。そういう感覚なんだ。マサトはバランスがいいんじゃないか。

二木:さっきの歌の上手さの話で言えば、K-BOMBも上手くフロウするラップもできるわけじゃないですか?

K-BOMB:できる。

二木:でも、あえてやらないわけでしょ?

K-BOMB:やらない。やれちゃうからね、つまらない。オレがつまらないんだからさ、人を楽しませることができない。

peepow:だから、新しい正解のカタチみたいなのを落としたいっていうのはある。

K-BOMB:どんどん知りたいんだからさ、そこら辺が重要で感覚なんだろうね。

peepow:オレのK-BOMBの好きなところは、生き方としてK-BOMBというジャンルになっているところ。その人がそのまんま音楽の言葉とイコールにならないやり方は嘘だと思うから、そこはリスペクトあるね。オレも自分がやるんだから、全部正解って言わせるよ。それは当たり前のことなんだ。

K-BOMB:そういう感覚でチャレンジして、自分を持っている人がやれんだと思う。

peepow:今回『Delete Cipy』を作って、ヒップホップは簡単にできるもんじゃないなって感じた。ただ、ヒップホップは血や生き方や生活だと思うから、そういう意味で言えば、オレもある意味ヒップホップだと思う。自分のフィルターやノドを通ったものはすべてオレのカタチになっていくから。

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上手くなるっていうのは、下手になるっていうことでもある。だから、わざと変えていく。そうすりゃさ、オレははじめた時の気持ちが持続していく。オレがよく知らないものに触れることはラップをはじめた時と同じ感覚に戻ることなんだ。──K-BOMB


peepow A.K.A マヒトゥ・ザ・ピーポー
Delete Cipy

Blacksmoker

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二木:今回マヒトゥさんがラップ・アルバムを作ろうと思ったのはなぜですか? 

peepow:成り行きだと思うんですけど、自分も最初からそうありたいと思ったんですよね。ただ、オレのラップは、ヒップホップの人が言うラップなのかはわからない。ただ、少なくともオレが純度100%であることは間違いない

K-BOMB:ラップでしょ。

二木:ラップですね。

K-BOMB:うん。ラップにね、定義はないんだよね。韻踏んでりゃラップなんだから。そうだろ?

二木:韻を踏んでればラップか。うん。

K-BOMB:違うの?

peepow:ラップって何なんすか?

K-BOMB:ラップって何なの?

二木:フロウするのがラップじゃないですか。

peepow:オレのアルバム、ラップなんですか?

K-BOMB:だったら、そうとうフロウしてるからね。

二木:ラップですよね。だから。

K-BOMB:そうだね。いいアルバムだよ。

二木:そもそも表現者、ミュージシャンとしてのマヒトゥさんの原点はどこにありますか? 例えば、ロックなのか、パンクなのか、ブルースなのか。

peepow:そのどれでもないですね。何にも考えずに生まれた瞬間は、自分の感情と直結して言葉やルールがまったくわからないのにフロウがバーッと出てくるわけじゃないですか。オギャーって泣いて生まれてくるあの一発目のフロウですよ。いろんなルールや人と会っていく中で上手いこと表現しようとしているけど、オレは最初の、何も考えずに生まれた瞬間に近づきたい感覚がある。失っちゃったものを取り返しにいきたい。

K-BOMB:上手くなるっていうのは、下手になるっていうことでもある。だから、わざと変えていく。そうすりゃさ、オレははじめた時の気持ちが持続していく。オレがよく知らないものに触れることはラップをはじめた時と同じ感覚に戻ることなんだ。だからさ、新しくはじめたことをラップのようにやるだけだよ。何も変わらないんだよね、オレは。気分も変わらない。何をやってもそのうち上手くなっちゃうからな。ふっ(笑)。

二木:それこそ『Delete Cipy』にはK-BOMBの他に、KILLER-BONG、LORD PUFF、KILLA-JHAZZが参加していますよね。とくにLORD PUFFとKILLA-JHAZZは久々登場じゃないですか。

K-BOMB:彼らが連絡して来たんだよ。やらせてくれと。仕方ないよ。

二木:久々に連絡して来たのはなぜ? 

K-BOMB:JUBEくんがコンタクト取ってたみたいだ。そうでしょ?

JUBE:KILLA-JHAZZやLORD PUFFだけでなく、BUN君、WATTER、GURU、そしてKILLER-BONG。狂ったメンバーが集まりました。

二木:LORD PUFFとKILLA-JHAZZはかなり久々じゃないですか?

K-BOMB:だいぶ久しぶりだな。LORD PUFFはカリフォルニア辺りに行ってたらしーし。

peepow:オレも気になるとこですね。

K-BOMB:K-BOMB、KILLER-BONG、KILLA-JHAZZは三つ子だからさ。LORD PUFFはイトコだけど。アナル・ファイタ(ANAL FIGHTER)もイトコなんだ。そーゆーコトになってる。

JUBE:ファイタはTHINK TANKのP……

K-BOMB:彼はエグゼクティブ・プロデューサーだよ。

二木:やはりマヒトゥさんのキャラクターと才能を見て、今回はKILLA-JHAZZとLORD PUFFだと。

K-BOMB:だいたいさ、ヤツらの曲もその場でパッと作って、その場でパッとマサトがラップを入れる感じだったんじゃないか。KILLER-BONGのことも全然わからないからさ。オレ、K-BOMBだからさ。彼らにまた後日インタヴューしたらいいんじゃないの? KILLER-BONGはいま徳島辺りに行ってるんじゃないの? 

二木:なるほどね。アルバム制作はマヒトゥさん主導で作っていった感じですか?

K-BOMB:KILLER-BONGは50曲ぐらい作ったけど、50曲渡すということは、そのすべては完成形じゃない。KILLER-BONGは、他にもっと完成度の高いトラックがあるのに、マサトが20%ぐらいの完成度のトラックでどんどん勝手に歌ってしまったんだと。「なんでそれで歌うの? こっちにもっといいトラックがあるじゃねぇか」と。

peepow:食べ物だってすげぇおいしそうなスパイスの効いたカレーじゃなくて、パーキングエリアのカレーが食いたい時だってある。理屈じゃないんですよ。

K-BOMB:だから、KILLA-JHAZZやLORD PUFFがスパイスを注入する役だ。トマトとかセロリとか。ただ、KILLER-BONGは大変だったみたいだな。ライヴばかりの生活の中50曲近く作って渡すのは。

peepow a.k.aマヒトゥ・ザ・ピーポー feat. K BOMB 「blue echo」

二木:BUNさんがトラックを作った“sleepy beats”(KILLER-BONG『64』収録曲でpeepow a.k.a マヒトゥ・ザ・ピーポーが歌った楽曲をBUNが再構築している)で、マヒトゥさんはいろんな声を出してますよね。

K-BOMB:あれ、いいよね。

二木:もちろんすべてマヒトゥさんの声なんですよね。

peepow:そうです。

二木:これだけ多彩な声が出せるというのはマヒトゥさんのヴォーカリストとしての武器であり、魅力ですよね。

K-BOMB:そうなんだよ。オレも出したい。オレも歌とか歌いたいけど、やっぱヘタなんだ。いい声が出ない。

peepow:はははは。

Fumitake Tamura (Bun) / Sleepy instrumental [[SplitPage]]

K-BOMBと最初に会った頃に、K-BOMBがオレの弾き語りのソロのYouTubeの映像を〈Blacksmoker〉の事務所で観て、「狂ったことしかできないヤツはダメだ」と言っていて、スッと腑に落ちた。──peepow


peepow A.K.A マヒトゥ・ザ・ピーポー
Delete Cipy

Blacksmoker

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JUBE:マヒトゥはラップに初挑戦的なイメージだけど、GEZANのライヴを見たときに「もうラップしてるじゃねーか!」って思ったよ。色は違えど、常に挑戦し、すでに多彩な武器を備えてる。K-BOMBと重なったな。これは面白いと思ったよ。

K-BOMB:武器、いっぱいあるよ。声も七色ぐらい持ってる。オレもやっぱ物真似、上手いからさ。そう言えば、アルバムは13曲だけど、あと10曲ぐらいあった。だからさ、20数曲ぐらいラップを録音して、13曲に絞った。だって、マサトは1日に5曲とか録るんだ。似てるよな

peepow:トラックをもらって、その日にリリックを書いて、次の日には録音してる。そういう曲が入ってる。24時間オレなんだから時間はかからない。

K-BOMB:オレたちのスケジュールが合わないぐらい早かった。

JUBE:しかもだいたい一発録り。

K-BOMB:声の重ね方もラッパーのように上手いね。あと、マサトは少女マンガみたいなさ、雰囲気あるわけよ。

peepow:ははははは。

K-BOMB:ファッションもそうだし。

peepow:オレ、ファッション、少女マンガ感ある? 

K-BOMB:あるんじゃないの?

peepow:どこ?

K-BOMB:たまにあるんだよ。

二木:それ、髪長いとかそういうことじゃなくて?

K-BOMB:そうかもしれない。

peepow:そこじゃん(笑)。

K-BOMB:はっはっはっ。いや、だけど、マサトのファンや客は、いまのオレの意見に「わかります」って納得するはずだよね? マサトはロマンティストなのかもしれないな。ところで、君はマサトのアルバムをどう思ったんだい?

二木:相反する要素がせめぎ合っている作品だと思いましたね。混沌と秩序、理性と感情、上手いと下手、本当と嘘、美しさと醜さ、白と黒、そういうものが常にせめぎ合って闘っている。そのせめぎ合いが凄まじいなと。

peepow:2時間の映画じゃないから、そこで曲が完結したとしても、はじまりや終わりは、オレはないと思う。ずっと続いていて、はじまったり終わったりしている感覚がずっとある。だから、この作品も曲も続きのなかの最初の部分を切り取っただけかもしれない。K-BOMBと最初に会った頃に、K-BOMBがオレの弾き語りのソロのYouTubeの映像を〈Blacksmoker〉の事務所で観て、「狂ったことしかできないヤツはダメだ」と言っていて、スッと腑に落ちた。

二木:マヒトゥさんは、K-BOMBのラップする姿は見て、どういう印象を持ちました?

peepow:音との距離が近い。そう感じた。MPCを叩いている時も会話しながら叩いてるし、自然に手元で絵を描いたり、コラージュを切ったり、そういう速度や距離の近さが面白いと感じた。頭で先に考えて、遅くなる人が多いなかで、細胞レベルでバッと感じたことをそのまま行動に出せる。たとえば、今回のリリースもGEZANやオレのライヴを観て、何かの可能性を感じたとかではなくて、オレと会話している時のニュアンスで何かをやろうとなって実現している。その速度がK-BOMBや〈Blacksmoker〉の面白さだと思う。

二木:ということは、普段からけっこう会話してるんですね。

K-BOMB:してるね。メールもしてるしさ。

peepow:まあ、一向にマサトという呼び方が直らないけど。マヒトゥなのにマサトと呼ぶ(笑)。

二木:あ、本名がマサトじゃなかったの!!?

peepow:マヒトゥ。

K-BOMB:マサトで憶えちゃったんだよね。

peepow:はははは。

K-BOMB:マヒトゥって言う時もあるけど、オレのなかじゃ言いづらい。言いづらくて、会話が続かなくなっちゃう。

peepow:はははは。

二木:さすがですねー(笑)。最近、K-BOMBは自分より若い人とやる機会も当然増えていってますよね。

K-BOMB:若い人といろいろやると楽しいな。オレは知らないあいだ長いことやってるけど、いまでも同じ気持ちでずっとやっている。若者から大人になってそのままずっと続いていくんだろうなと思っていたし、そうやってきている。オレはそういうヤツが好きなんだ。マサトもそういうヤツだ。でも、世のなかはそういうヤツばかりではないってことに最近気づいたんだ。そういうのはつまらないよな。

peepow:あと、何かをテクニックだけで言ったり、やったりするのもつまらない。だからと言って、できない拙さみたいのを売りにするのもイヤだし、つまらない。今回のアルバムもそうはしたくなかった。

K-BOMB:あと、狂人を演じるようなヤツもつまらない。

peepow:狂人を演じるヤツはめちゃくちゃマトモだからね。真面目を絵に描いたようなヤツが狂人を演じる。つまらないからおれの半径10mにはいらない。

K-BOMB:オレの前に狂人ぶったヤツが現れやすいんだ。何故なのかわからねーけど狂人みたいなフリして荒々しい感じで近づいてくるんだけど、無視してると、そいつは普通に戻っちゃう。たまに本物の狂人もいるけどね。そういうヤツとは長年付き合っているよね。ある狂人はオレのライヴに10何年も来てくれている。あとさ、マサトはさ、靴下もさ、あってないんだ。オレと一緒なんだよね。

peepow:たしかに揃ったことがないかもしれない。

K-BOMB:オレもあまり揃ったことがない。そういう意味ではいろいろ似てて面白いんだよね。女物の靴下穿いてたりとかさ。おパンティも穿いてるかもしれないな。

二木:ははは。

K-BOMB:あと、マサトと俺は鼻のデザインが同じだ。

peepow:オレとK-BOMBとジャッキー・チェンの鼻のデザインは同じ。

K-BOMB:オレはけっこう鼻のデザインを見てるからね。HIDENKAも鼻のデザインがオレと似ている。オレは人と目を合わさないで鼻の部分だけ見て喋ったりするんだよね。

peepow:Phewさんがあるライヴで、いちばん簡単に人を騙せるのは目の色だ、みたいなことを話してたのを思い出した。目の色だけは嘘つけないってみんな思ってる分、目つきとかで真実味を出して人を騙すことがいちばん簡単だと。

二木:K-BOMBの目つき、ほんとに怖い時がある。

K-BOMB:ふっ(笑)。やめて。

peepow:鼻は嘘をつけない。

K-BOMB:うん。そうだと思う。

peepow:目は嘘をつける。

K-BOMB:オレは顔がいいのが好きだからね。一緒にやったり、何かをやってもらう時に、こいつがやるんだったらなんでもいいよって思える顔が好きなんだ。マサトもそう。

peepow:ずっとそういう表情で生きてきてるわけだから、自然とそういう顔になりますよね。

K-BOMB:顔に出てくる。顔がさ、輝きはじめる。汚い格好だろうが、シャネルとか、そういう豪華なパーティ会場にでも行ける顔っていうのがある。だから、売れていくヤツは顔がどんどん変わっていく。でも、会った時から顔が変わっていかないヤツっていうのは、わからないね。

peepow:プロフィールに具体名をどんどん出したり、誰々と知り合いとか出したり、そういうヤツはほんとに信用できない。基本的にそういうことを言っている時点で遅い。いや、その前にオレはもうお前の顔を見てるし、鼻も見ちゃってると思う。

K-BOMB:そうだよな。マサト。顔を見れば、だいたいさ、そいつがどれぐらいやってるのかわかるじゃない。そいつがどれだけ真剣にやってんのかは顔にも出てくるよね。

peepow:だからマサトちゃいますけどね。

(協力:みどりちゃん)

■■■■■■■ Release Party!! ■■■■■■■■
6/28(SUN)18:00-
at 中野HeavySickZero
ADV:2300yen+1D

LIVE
peepow special live set feat. GEZAN、skillkills、BUN
OMSB
NATURE DENGER GANG
skillkills
THE LEFTY

DJ
Fumitake Tamura(BUN)
WATTER
ひらっち(MANGA SHOCK)
イーグル・タカ


■前売りチケット
https://eplus.jp/sys/T1U90P006001P0050001P002155789P0030001P0007

 以前、海外の古い古い映画をみていたら、明らかに字幕におかしい箇所があり、首をかしげたことがある。どう考えても画面に映っているできごとと字幕があっていない。調べてみると誤訳だそうで、それを誰も指摘するものがいないまま公開に至ってしまったのだそうだ。結局は正確な訳が明かされることもなく、また英語ならまだしも、わたしに何の知識もない言語……いまだにあの映画のあのシーンを思い返すと、ミスマッチな字幕のイメージがありありと浮かびあがってくる。文字の印象というのは、認識するのは容易であってもなかなか消すことができない。字幕は暴力なのだということを、そのときに知った。

 範宙遊泳の山本卓卓は、字幕が暴力だということにいち早く気づいたのみならず、その特殊な暴力性を演劇という形態と調和させることに成功した稀有な劇作家・演出家である。

 範宙遊泳 × Democrazy Theatre『幼女X(日本‐タイ共同制作版)』は、この作品をはじめて目撃した者はもちろんのこと、過去に初演を新宿眼科画廊で、再演をKAATで目撃した者にこそ驚愕をもたらした作品であっただろう。というのも再演にはあるまじき行為、「戯曲に書かれたセリフをいっさい喋らない」という決断をしていたからである。てっきりタイ人が喋ったセリフの日本語訳字幕が逐一表示されていくものだとばかり思い込んでいたらまったくちがった。舞台上には〈待っている間、国家の安定を脅かす人を探しなさい〉〈2時間髪型をセットしなさい〉〈あなたがいったい何をしているのか人に伝わるまでハンマーを食べなさい〉といった理不尽な命令がつねに表示されており、俳優たちはその命令に服従しなければならない、その悲哀を観察するという異質な作品だった。動物実験ですでに薬を打ったあとのラットがどうなるか、檻に入れてじっくりみつめているときの気分がもっとも近いだろうか。そこに再演と呼ぶべきものがあるとするならば思想、あるいは「追い詰められたものが無我夢中で反逆を試みてしまうが稚拙な計画はあえなく頓挫する」という戯曲全体を覆う仄暗いテーマのみである。

***

 Baobabの北尾亘と範宙遊泳の山本卓卓の共同プロジェクトであるドキュントメント『となり街の知らない踊り子』でも、山本特有の仄暗い思想は見受けられるが、こちらの作品は被害者の葛藤、社会のシステムに疲れた生活者たちの行き場のなさに、よりフォーカスをあてている。

ドキュントメント『となり街の知らない踊り子』

 B女 高速で過ぎ去っていくタイムラインの中で、こんな人フォローしていたっけーっていう人が夜中に「母がとてもうざい」っていう書き込みをしててソッコーでフォロー外した。こういうやつが日本の闇なんだよなー。振りまくなよ、貴様の闇を。うざくても、うざいとか、言うな。いうんじゃねー。「ねえ、ひろくん、そう思わない?」 (山本卓卓『となり街の知らない踊り子』

 興味深いのは、一人芝居で北尾が演じるB女に対して、字幕で「そうだね」「思うよ」「え、なんで?」などという、本人の性格がさっぱりみえてこないひろくんの相槌が表示されていくのだが、B女は唐突にひろくんに別れを切り出すのである。6日しか付き合っていないにもかかわらず、である。ここにはただ連帯してほしいだけ、共感してほしいだけ、なぐさめあっていたいだけで、用がなければすぐに切り捨ててしまう、現代社会特有の情のなさが透けて見える。B女は、まるでツイッターの気に入らないアカウントのフォローを外すような気軽さで、ひろくんにあっさりと別れを告げるのだ。

ひろくん 6日間しか付き合ってないのに……。6日で僕の何がわかるんだ。
(同前)

 『となり街の知らない踊り子』にはこのほかにも多数の登場人物が出てくるが、共通しているのは「他者への無関心が、別の誰かの憎しみや苛々を増幅させ、それがなお事態を悪化させる」という夢も希望もない状況である。しかしわたしは残念ながらこの状況を現代の前提として当たり前のように設定する残酷さに未来への期待を見出してしまう。フェイクの夢や希望を掴まされて大けがを負う物語より、よっぽどスマートな人生訓をそこから拾い上げることができるように思えるからだ。山本卓卓は2010年代の、不穏な空気からけっして目を逸らすことのない、誠実なアーティストである。

loadedを“reloaded(再装填)”! - ele-king


久保憲司写真集loaded
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 ノイバウテンやSPKからストロベリー・スウィッチブレイドまで! ロックを中心に洋邦さまざまな媒体で活躍するフォトグラファー、久保憲司。とくに活発に活動を展開し、ロック・ジャーナリズムを支えた80年代半ば~90年代の仕事をたっぷり収録した写真集『loaded』を覚えておられるだろうか。刊行から1年半、「reloaded(再装填)」と題して久保憲司氏が新たに展示会を開催する。期間中にはDJイヴェントやトーク・イヴェントも予定されており、毎回いわくいいがたいテーマが掲げられているようだ。ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。

日本を代表するロック・フォトグラファー、久保憲司。
今回は、これまでの展示にはなかった氏のアナザーサイドにスポットを当て、写真集「loaded」を“reloaded”(再装填)。
80年代を中心にニューウェイブ/ノイズ/インダストリアルのアーティストの貴重な現場写真を展示します。

今回の展示を記念したDJイベント、東瀬戸悟氏(Forever Records)とのトークイベントもありますのでぜひご参加下さい。

■久保憲司 exhibition「reloaded」

2015/6/6(sat) - 6/15(sun) ※closed on 6/10(wed)
mon-fri 15:00-20:00
sat,sun 13:00-20:00

at Pulp
(map https://pulpspace.org/contact)

Einstürzende Neubauten
SPK
Foetus
Depeche Mode
Psychic tv
Strawberry Switchblade
Laibach
Suicide
Soft Cell
Fad Gadget …more

■同時イヴェント

6/6 sat | opening talk event
「狂気の音楽 人はなぜ気が狂うのか」
久保憲司 ×流れの精神科医
19:30-21:30
charge : 1000yen
※ご参加希望の方は、pulp.space.gallery@gmail.com まで
※定員25名(スペースに限りがありますので埋まり次第、終了となります。)

■6/7 sun | talk event
「80年代インダストリアル、ノイズ、ニューウェイブ再検証語り」
久保憲司×東瀬戸悟
19:30-
charge : 1000yen
※ご参加希望の方は、pulp.space.gallery@gmail.com まで
※定員25名(スペースに限りがありますので埋まり次第、終了となります。)

■6/14 sun | closing party
DJ:MR.A(from DAMAGE) / KENJI KUBO
19:00-21:00

::PROFILE::
久保 憲司 Kenji Kubo

https://twitter.com/kuboken999

1981年に単身渡英し、フォトグラファーとしてのキャリアをスタート。
ロッキング・オンなど、国内外の音楽誌を中心にロック・フォトグラファー、ロック・ジャーナリストとして精力的に活動中。
また、海外から有名DJを数多く招聘するなど、日本のクラブ・ミュージック・シーンの基礎を築くことにも貢献した。
著書久保憲司写真集『loaded(ローデッド)』『ダンス・ドラッグ・ロックンロール 〜誰も知らなかった音楽史〜』『ダンス・ドラッグ・ロックンロール 2 ~“写真で見る"もうひとつの音楽史』、『ザ・ストーン・ローゼズ ロックを変えた1枚のアルバム』など。

Moved to England in 1981, and started his career as a photographer.
Kenji Kubo also works as a journalist specialized in rock ‘n’ roll music for various music magazines such as Rockin'on.
He also invited a number of big DJs to Japan and helped to establish the Japanese club music scene.
He has published numerous book in which he photographed and wrote, such as "loaded” , “Dance Drug Rock-on-Roll”, “Dance Drug Rock-on-Roll 2”, and “The Stone Roses, the album that changed the world”.


Prefuse73 - ele-king

すべては“響き”のなかに 矢野利裕

 ギレルモ=スコット・ヘレンという音楽家は、僕にとってあまりにも底知れない。アキレスと亀の関係のように、その姿を捉えたかと思うとすでに先に行っている。プレフューズ73『ヴォーカル・スタディーズ・アンド・アップロック・ナレーティヴス(Vocal Studies And Uprock Narratives)』のときから、それはそうだった。プレフューズ73を一躍「ヴォーカル・チョップの人」にしてしまったその作品は、〈ワープ〉レーベルでさえもしっかりと認識していなかった当時の僕からすれば、DJプレミア的チョップ&フリップの鮮烈な応用として映った。しかし、佐々木敦による国内盤解説を読むと、それはむしろ、ポスト・ロックやエレクトロニカ、並びにフリー・ジャズの文脈から出てきたものらしかった。こんなにもゆたかな音楽性をもつプレフューズ73はしかし、その手法の見事さゆえに「ヴォーカル・チョップ」という印象とともに語られ、多くの模倣者とフォロワーを生んだ。その水脈は、現在のメジャー感のあるEDM~ダブステップにまで流れている。「ヴォーカル・チョップを期待してるリスナーのために、最初の曲で派手にやりまくっておいて、そこから新しい世界へと繋げていったんだ」とヘレン自身が語るように、ヴォーカル・チョップへの葛藤は『ワン・ワード・エクスティングイッシャー(One Word Extinguisher)』ですでに示され、その後、いわゆる「ヴォーカル・チョップの人」としてのプレフューズ73は、息をひそめていくことになる。
 プレフューズ73の4年ぶりの新作は、『リヴィントン・ノン・リオ+フォーシス・ガーデンズ・アンド・エヴリー・カラー・オブ・ダークネス(Rivinton Não Rio + Forsyth Gardens and Every Color of Darkness)』として2CDにまとめられた。前作『ジ・オンリー・シー・チャプターズ(The Only She Chapters)』に比べてビートに対する関心は高く、ヴォーカル・チョップまで披露されている。人によっては、往年のプレフューズ73の帰還と見るかもしれない。コンセプチュアルで静謐な『ジ・オンリー・シー・チャプター』から考えれば、そのとおりだろう。しかし、ビート・ミュージックかそうでないかは、たいした問題ではないのだと思う。いや、僕も今作で聴ける繊細なビートにじゅうぶん酔いしれているのだけど、そんな繊細なビートも含め、サウンド全体の響きに耳が行く。それは、『ヴォーカル・スタディーズ・アンド・アップロック・ナレーティヴス』の頃よりさらに深化させられている。状況論的に言えば、現在のEDM~ダブステップが捨ててしまった細やかな響きこそを追求しているかのようである。ヘレン自身、「同じような音楽を作っている連中が増えたのも事実だ。スクリレックスが悪いとは言わない。けど皆が彼の真似をはじめて、それまでのエレクトロニック・ミュージックが否定されたような気がしてしまった」とも語っている。プレフューズ73にとって、ヴォーカル・チョップは目的化されるものではない。新しいサウンドの響きを獲得するための一手段だ。波形処理によって微分化されたサウンドを緻密に再配置して、繊細な手つきでエフェクトをかけて、未知なる音響を獲得すること。プレフューズ73の音楽は、そういう試みとしてあり続けている。ヴォーカル・チョップという手法はそのヴァリエーションのひとつだ。この音響へのこだわりという点はもちろん、サヴァス&サヴァラス他の変名ユニットに通じている。電子化されているか/いないかは、方法論的な違いに過ぎない。

 今作で言えば――キリがないのだが――まず、ロブ・クロウをフィーチャーした“クワイエット・ワン”とサム・デューをフィーチャーした“インファード”という、ヴォーカル入りの2曲が特筆されるべきである。アコースティック・ギターのサンプルを刻んで変則的に再配置する“クワイエット・ワン”は、シカゴ音響派的なアプローチのトラックと言え、そこでは美しいアコースティックの響きに強いビートが加わっている。優しいヴォーカルと美しいギターに、アントニオ・ロウレイロ的なミナス感を覚える人もいるだろう。ヘレンはかつて、サヴァス&サヴァラスでミルトン・ナシメントの曲をカヴァーしたこともあったが、このような、ミナス的なアコースティックへの志向は、ヘレンの音楽に確実に脈打っているものである。だとすれば、“クワイエット・ワン”の次曲“スルー・ア・リット・アンド・ダークンド・パス・パート1&2(Through a Lit and Darkened Path Pts. 1 & 2)”における、弦楽器の突然の挿入も、音響への関心が室内楽的なものへ向かっていく過程として聴くことができる。この曲の中盤からの展開は、ドラマティックでとても素晴らしい。一方、“インファード”は、サム・デューのヴォーカルに対して幾重にもコーラスが重ねられており、その点、ディ・アンジェロやホセ・ジェームスの音楽を彷彿とさせる。この特徴的な多重コーラスは、ヴォーカルの存在感を高めると同時に、曲全体のリヴァーヴがかった空間の演出に奉仕している。ヴォーカル自体が他のサウンドとともに、繊細な響きの一部となっているのだ。ビートが強くなり、さらにリヴァーヴが深くなっていく同曲のリミックス(ディスク2収録)も必聴だ。
このように、『リヴィントン・ノン・リオ+フォーシス・ガーデンズ・アンド・エヴリー・カラー・オブ・ダークネス』に対しては、それが一定の事実であるにせよ、プレフューズ73のビート・ミュージックへの帰還という物語を読み込み過ぎないほうがいいと思う。複雑なビートは、全体の響きを追求するなかで構成されている。ギレルモ=スコット・ヘレンという音楽家は、その意味で驚くほど一貫しているのだ。したがって見るべきは、トラック全体でどのような響きが獲得されているか、である。ビートもヴォーカルもラップも、トラック全体の響きのなかで捉えるべきである(“140・ジャブズ・インタールード”」で披露されるバスドライヴァーの早口ラップが、どんだけ音響的な気持ちよさを獲得していることか!)。今作は、リズム、メロディー、ハーモニー、ヴォーカル、ラップ……あらゆる要素が一体となって、唯一無二の世界を聴かせてくれる。プレフューズ73の底知れなさは、一部の要素を取り出すことができないからかもしれない。エフェクトがかったサンプルと変拍子的なリズム、あるいは多重コーラスなどが、結果として、あのアコースティックで繊細な音楽をかたどっているのだ。

 ところで、まぎれもない打ち込みの音楽であるプレフューズ73の音楽に対して、「アコースティックな響き」と言うのは抵抗がないこともない。しかし、そこにある種の繊細な響きがあることは、やはりたしかだろう。ポスト・ロック/エレクトロニカからフォークやブラジル音楽、あるいは一部のジャズ(それこそ、スティーヴ・チベットとか)などに抱え込まれているような繊細さ、とでも言おうか。ポスト・ロック以降に幅広く共有されることになるが、必ずしもポスト・ロックに中心化されるわけではない、あの繊細でポリフォニックな響き。そしてこの、確実に共有されているが明確にされているわけではないサウンドのありかたが、現在、さまざまなミュージシャンに追求されている気がする。ロウレイロ、ホセ、ディ・アンジェロの名前を出したが、ジャンル問わずさまざまなミュージシャンが、繊細かつポリフォニックなサウンドを表現しようとしているのが、現在の音楽シーンの一潮流ではないか。ジャズとエレクトロニカ、オルタナティヴ・ロックなどを越境するピアニスト、ティグラン・ハマシアンは、自身の曲のリミックスにプレフューズ73を起用していた(『ザ・ポエット・EP』)。4年ぶりの新作と言われるが、『リヴィントン・ノン・リオ+フォーシス・ガーデンズ・アンド・エヴリー・カラー・オブ・ダークネス』が、プレフューズ73の、そういう活動を経ての作品であることを忘れてはいけない。そのような世界的かつ現代的な視野のなかで、今作は聴かれるべきだろう。ギレルモ=スコット・ヘレンという音楽家の、ゆたかな音楽性を、少しでもつかまえるために。

文:矢野利裕

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プレフューズ73の「復活」、エレクトロニカ15年の問題デンシノオト

 プレフューズ73の「復活」の報を受け、その新作をあれこれ予想しているとき、ふと思ったのだが、いまの20代から30代頭くらいの世代はプレフューズ73=ギレルモ・スコット・ヘレンのことをどう思っているのだろうか。場合によっては彼のことを知らない方も多いのではないか。これはネット上での「復活」の反応をみても実感できることであった。

 考えてみればプレフューズ73=ギレルモ・スコット・ヘレンのデビューは2000年、ファースト・アルバムのリリースは2001年である。なんと、もう14~5年も前の出来事だ。現在30歳が当時15歳。もしくは現在の25歳が10歳。むろん10歳でもプレフューズを知っている人もいたであろうが、その歳でプレフューズの衝撃を味わえる人も限られるだろう。

 むろんギレルモ・スコット・ヘレンは、その後も〈ワープ〉から継続的にアルバム・リリースしてきたし、サヴァス&サヴァラス、ピアノ・オーヴァーロードなどの複数の名義を駆使しつつ多彩な活動を繰り拡げてきたことも事実で、いわば2000年代のエレクトロニック・ミュージックのスターであったわけだから、そこから新しいリスナー(ファン)がたくさん生まれきたことだろう。しかしそれですらも2000年代中盤のことであって、現在からすれば7年から10年前の出来事なのだ。

 さらにプレフューズ73名義の沈黙前のアルバム『ジ・オンリー・シー・チャプターズ』は2011年リリースであるが、これすらも4年前のこと。しかも、そのときプレフューズ73のシーン(しかし、とは何か?)での存在感は随分と変わってきたようにも思えた。端的にいえばかつてほど影響力はなかった。これでは知らない人もいて当然だ。10年~15年前という時期はいちばん空白になりやすいものである。そこで、まずは彼の経歴をざっくりと話しておこう。

 2000年代初頭、いわばエレクトロニカ全盛期の時代。それはいわば「9.11前後」の世界でもあるのだが、しかしエレクトロニカは、テクノロジーの急速の発展と普及(ハードディスクとコンピューターの高性能化)の恩恵を受けるかのように、小春日和の季節の只中にあった。そんな時期、マイクロ/エディットによるビート&サウンドによって、彗星のように(本当にそうだった)シーンに登場したアーティストが、プレフューズ73ことギルモア・スコット・ヘレンである。彼は2000年代における「新しい音楽」のホープですらあった。なぜならエレクトロニカ的手法とビート・ミュージックに結びつけたからだ。私がロック雑誌の編集者なら「革命、きたる!」というコピーで特集を組んでもいいほどだ(冗談です)。しかしこれは誇張ではない。彼は、90年代の〈モ・ワックス〉などが牽引したアブストラクト・ヒップホップと、2000年代以降のフライング・ロータスなどを繋ぐ巨大なミッシングリングなのだ。

 じじつ、スコット・ヘレンは、2001年に老舗〈ワープ〉からリリースされたファースト・アルバム『ヴォーカル・スタディーズ・アンド・アップロック・ナレーティヴス』によって音楽に革命を起こした。マイクロ・エディットによるヴォイスとビートのエディットはこのアルバムから生まれたといっても過言ではない(本当はプレフューズだけの「功績」ではないのだが、その影響力の大きさは勲章ものだ)。いわば90年代的なレコード・サンプリングから00年代的なPCのハードディスク内でのマイクロ・エディットの手法へ。たとえるならグラフィック・デザインが、版下の手作業からDTPに変化したような革新・革命・進化であった。

 しかし、である。ヴォーカル・チョップと呼ばれる、あのヴォーカルやヴォイスを細かく切り刻み、グリッチなリズムを生み出すその手法は、あまりに衝撃的であったゆえに多くのフォロワーを生みだしてしまった。そのうえ技法のみが語られる状況も生んでしまった。たしかに、あまりに安易で表面的な作品や言説が多かったことも事実だ。スコット・ヘレンは、その状況に心底ウンザリしたのであろう、ヴォーカル・チョップを封印してしまう。また、自らの名声をはぐらかすように、サヴァス&サヴァラスやピアノ・オーヴァーロードなど複数の名義をコントロールするかのように駆使し、2000年代を駆け抜けきた。

 そして本体プレフューズの作風も変化を遂げていく。前作のカラーを引き継ぐセカンド・アルバム『 ワン・ワード・エクスティングイッシャー』(2003)を経て、ウータン・クランのメンバーも参加した2005年の『サラウンデッド・バイ・サイレンス』以降、いわば〈ワープ〉後期のプレフューズ・サウンドは、ヴォーカル・チョップを封印した結果、音楽性は拡張の一途をたどっていくのだ。たとえば、彼の心情を反映したかのようなヘビーなビート・トラックを凝縮した『セキュリティ・スクリーニング』(2005)、生演奏を導入したサイケデリック絵巻『プレパレイションズ』(2007)、あえてアナログ・テープに落としたという『エヴリシング・シー・タッチド・ターンド・アンペキシアン』(2009)などのアルバムは、その作品ごとの方法論の「変化と拡張」がもたらす巨大さゆえに、われわれを失語症へと追い込んでしまう。
 その「拡張と失語」の方法論と完成形がもっとも極まった作品こそ、〈ワープ〉から最後のプレフューズ73名義のアルバムとなった2011年『ジ・オンリー・シー・チャプターズ』だ。ビートもエディットもヴォーカルもサウンドもすべてがサイケデリックなサウンドの万華鏡の中に反射し融解していたのだ。いわば膨張の果ての融解の果て。まるで1968年にリリースされたサイケデリック・アルバムが最新のテクノロジーで「蘇生」してしまったような謎めいた作品に思えたものだ。彼の10年近いキャリアがその時点での結実。以降、プレフューズ73は長い沈黙に入る。

 とはいえ、ギレルモ・スコット・ヘレンは活動を止めていたわけではなかった。自身のレーベル〈イエロー・イヤー・レコード〉を立ち上げ、ティーブスとのユニット、サン・オブ・ザ・モーニングのEPもリリースし、マシーンドラムとのコラボレーション曲も発表した。昨年にはプレフューズ73名義で来日もしていたのである。

 そして2015年、プレフューズ73はついに復活した。数年をかけて制作したトラックは膨大な量になり、そこからブラッシュアップされ、1枚のアルバムと2枚のEPにまとめられた(日本盤はCD2枚組にまとめられている)。リリース・レーベルは〈ワープ〉ではなく、〈テンポラリー・レジデンスLTD〉。ハウシュカやウィリアム・バシンスキーなどのアルバムをリリースしている優良レーベルである。
この新作では、〈ワープ〉後期においては抑圧されていたビートと、あのヴォーカル・チョップが復活した。いわば初期プレフューズらしいマイクロ・エディット・ビートが自由自在に展開しているのだ。そしてサヴァス&サヴァラス的な、彼らしいヴォーカル・トラックも収録されている。新しいプレフューズ73の新作は、軽やかで、メランコリックで、精密で、何よりポップだった。これは2015年現在の「ビートによるアート」であり、彼の「ソングライティング」を満喫できるアルバムでもある。そう、これこそプレフューズ73の新しいスタートだといわんばかりの出来だ。

 私が本作を聴いたとき、ビートやサウンドの構築はたしかに初期プレフューズ的にも感じたが、同時に、そのメランコリックでどこかブラジリアンの雰囲気にサヴァス&サヴァラスに近いものを感じたものだ。「作曲家としてのギレルモ・スコット・ヘレン」の個性が出ているというべきか。彼は優れたサウンド・デザイナーであると同時に個性的な作曲家でもあった。作曲家とは、自身の和声感覚を持っている人のことであり、音楽家ギレルモ・スコット・ヘレンにはそれがある。そして、この新作には、彼のリズムに旋律と和声が見事に畳み込まれているのだ(本作のプロトタイプは2013年にリリースされたサン・オブ・ザ・モーニングのトラックにあったと思う。メランコリックなムードが共通している)。その意味で、彼はクリスチャン・フェネスやステファン・マシューなどのエレクトロニカ・アーティストと同じく「作曲家」として資質が強いアーティストなのであろう。
 そこであえて注目したいのがフリーで配信されたEP『トラヴェルス・イン・コンスタンス, Vol. 25』のラスト・トラック“ブロード・プラント”だ。これがとてもメランコリックな儚い美しさを持ったピアノ曲なのである。サウンドには微かにグリッチ処理がされている。私は、この素朴な曲に満ちているミニマル/メランコリックな雰囲気と空気感にこそ、彼の音楽の本質があるような気がするのだが、どうだろうか。それはとても「女性的」な何かのようである(考えてみると彼のアートワークには女性がたびたび登場する。本作もそうだ)。

 いずれにせよ、今回の「復活」は歴史と現在性の両極から捉えることができる。ひとつはこの15年ほどのエレクトロニカ以降の電子音楽の問題。さらにもうひとつはサンプリング以降、マイクロ・エディットによるビート・ミュージックという問題。そしてそれらを交錯した「現在」の問題である。プレフューズは「フュージョン以前」という意味だという。現在は、彼に影響を受けた(はず)のフライング・ロータスがコンテポリーなジャズ・シーンで存在感を放っているのが時代である。そんな状況下において、「フュージョン以前」という名前を持つプレフューズ73の復活の持つ意味は大きい。この新作を聴き込みつつ、15年ほどのビート・ミュージックとエレクトロニカの意味と歴史と変化を考えてみるのもいいだろう。

文:デンシノオト

interview with Bushmind - ele-king


Bushmind
SWEET TALKING

SEMINISHUKEI/AWDR/LR2

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 街は死んでいる。かつては僕たちの遊び場だった街が。
 いま僕たちが街にいるのには、消費者であることが条件付けられている。渋谷系リヴァイヴァルだって? とんでもない、90年代はセンター街の入口のキノコの屋台が、やって来る外国人を驚かせていたほどだ(笑)。渋谷駅構内では毎週、当時の日本で最高のディジェリドゥ演奏者がパフォーマンスを聞かせていた。コンビニで買ってきた缶ビールを飲みながら、僕はいつも地ベタに座っていた。そんな公共性が残っていたのが1990年代の渋谷で、あの時代がリヴァイヴァルするなんてことは、僕にはとても想像できないな。

 街は僕たちの遊び場だった。ブッシュマインドの2007年のデビュー・アルバムのタイトルは『Bright In Town』=「街の輝き」。まごうことなき街の音楽。ceroも歌っている、いわば「失われた街」の生存者。そして、ブッシュマインドはいまでも街の音楽をやっているひとり。泣くことも嘆くこともなく、たんたんとドリーミーに。

 不良の匂いをさせているところも良い。不良というのは悪人のことではない。管理を拒む者のこと。管理サッカー、管理野球、管理社会……を拒むと言うことは、試合中、臨機応変に自分で判断しなければならないということだから、実は(とくに日本人には)難しい。(シカゴなんかは、管理されることもなく、むしろ臨機応変に自分で判断しかしないから、あんなに多彩なゲットー・ミュージックが生まれるのだろう)
 ブッシュマインドは、そういう意味で本当に自由にやっている。新作『SWEET TALKING』は全21曲が収録されているが、もうひとつ重要なのは、ここに30人以上の人間が参加していることだ。そこにいる30人は、トレンドやハイプなどとは無関係の人たち。『Bright In Town』もそうだったように、いろいろな人たちと繫がることでしかこのアルバムは成立しない。街で出会い、街で遊んでいる人たちと。

音楽が怒りのはけ口だとか、俺はそういうのはとくにないんですよね。ムカついたときに音楽を作るとかもほとんどないですし。俺にとっては、音楽は楽しむものって思っています。

新作『SWEET TALKING』は、いままででベストだと思いました!

Bushmind(以下、B):マジっすか、ありがとうございます!

ブッシュマインドってさ、ヒップホップをベースにテクノを取り入れてるっていう風によく語られてて、たしかにその通りなんだけど、僕はドリーミーなチルアウトってイメージを持っているんですよね。で、まさに今回のアルバムはそれを突き詰めたっていうか。『Bright In Town』からずっと継続されているものなんだけど、それを今回のアルバムはいろんな意味で発展させ、研磨している。素晴らしいと思いました。

B:アップデートするってことをすごく意識しました。過去と似通っちゃわないようにっていうのと、できるだけいろんな引き出しを見せるということ。頭のなかで考えたことをうまく曲に反映できた手応えはありますね。
 こうしたいとか、こうやりたいとかっていうのを、パソコンで細かくいじれるようになって。いままでは一旦サンプリングで強引に形を作って、そっから正解を見つける感じだったんですけど、今回は思ったところにいきやすくなったっすね。技術的にはまだまだ全然ですけど、ここ3年でかなりいろいろ覚えられたので。

8年前とは違うぞっていう。

B:そうです(笑)。

ブッシュマインドらしさがすごく出てるよね。13曲目とか、16曲目とか、本当に良い感じのチルアウト・ヒップホップというか。サイケデリックというよりは、チルアウトでありドリーミーなんだよね。前に会ったときはアンチコンからすごく影響を受けているって言っていたけど、アンチコンはもっと実験っていうかさ。

B:ちょっとアート的なね。

そうそう。ブッシュマインドはもっと陶酔的じゃない?

B:そうですね。単純に音楽として楽しめるようにっていうのは考えてやっていますね

ストリートから来るタフな感覚はあるんだけど、同時にドリーミーでチルアウトな感覚が一貫してあるというのは何でだろう?

B:好きなんですよ。何も考えないで作ると自然とその方向へ行っちゃって。

『Bright In Town』(2007年)でブッシュマインドの印象を決定づけたのって、やけのはらとやった"Daydream"だったと思うんだよね。で、ブッシュマインドは、あの曲で表現した感覚をさらに自分に引き寄せて、どんどんブラッシュアップしていったよね。『Bright In Town』の次に『Good Day Commin'』があったでしょう? あれって3.11の年(2011年)だったんだよね?

B:そうですね。

まだショックが生々しかった時期だったよね。いたるところでネガティヴな感情が表出していた時期に、「良い時代がやってくる」というアルバム名の、しかもあれだけドリーミーでスモーキーな……(笑)。

B:はははは。

だって、あの時期だよ。あの時期に『Good Day Commin'』を出すというのは、やっぱりそこにはブッシュマインドなりの時代へのスタンスっていうかさ。

B:そこはけっこう分けていますね。音楽が怒りのはけ口だとか、俺はそういうのはとくにないんですよね。ムカついたときに音楽を作るとかもほとんどないですし。俺にとっては、音楽は楽しむものって思っています。

ある意味では、あの時期にあれってリスキーだと思ったんだよね。

B:いろいろ起きているなかで、おちゃらけてるみたいな(笑)。

わかってて、あえてというか?

B:自分はああいうドリーミーな部分が好きなんだけど、その裏にハードコアな熱い部分をチラ見せするみたいのが、真っ正面には見せない感じが理想ですね。アーティストを追っかけていても、実はムチャクチャ喧嘩っぱやいとかムチャクチャおっかないとか見せてない、裏の一面があるアーティストがすごい好きで。自分が不良じゃない分、そうゆう人には憧れがありますね。

それは本当の自分じゃないと?

B:はい。

今回の『SWEET TALKING』もそうだけどさ、『Bright In Town』や『Good Day Commin'』にしても、タイトルからして、桃源郷の方へ行くじゃない(笑)?

B:だから俺、今回もかなり意識しましたね。“bright”、“good”ときて、さて次はどうしようかなって(笑)。

はははは。

B:でもなんで好きな部分がそっちの方向なのかというのと……。うーん、なんでですかね。

サイプレス・ヒルというよりは、ナイトメアズ・オン・ワックスなわけでしょう?

B:そこを隠したいというのと、俺はできるだけいろんなひとに聴いてもらいたいというのがあって。そういうポジティヴな方向のほうがよりたくさん聴いてもらえるかなって。

みんなはそこで「グッド・デイズ・カミン」ではなく「バッド・デイズ・カミン」って思っているわけじゃないですか?

B:そうなんですかね。自分は楽しく過ごしたいっていうのがあるんで。自分の音楽にそういうネガティヴな要素を入れたいとはそんなに思わないんですよね。作っていてほんと楽しいんで。

今回のアルバムでも、テクノのビートっていうかさ、ヒップホップのトラックメイカーだったらまず作らない曲も入ってるよね。BPMもダンス・ミュージックのテンポだったりするし。

B:そうですね。

アシッド・ハウスっぽいのもあるんだけど。

B:今回は303を多用してますから。偽物ですけどね(笑)。いやぁ、もう楽しくなっちゃって。本当にあの機材はすごいんですよ。ついつい使いすぎちゃった。自分の好きな音とフレーズを決定づけてくれるというか。キラキラしたコードも出やすいというのもあって。

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自分はああいうドリーミーな部分が好きなんだけど、その裏にハードコアな熱い部分をチラ見せするみたいのが、真っ正面には見せない感じが理想ですね。


Bushmind
SWEET TALKING

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「ヒップホップとテクノの融合」みたいなことよく言われるじゃないですか? 今回もまさにその通りなんだけど、そういうミックス感覚はある程度自分でコントロールしているの? この曲はテクノっぽくいこうとか、あとはロー・ビートで何曲くらい作るとか?

B:全部はできてないですけど、アルバムの全貌がある程度見えてきてからはコントロールしましたね。最初はとりあえず何も考えないで曲を作ってコマとしてを並べていって、最後のほうはその隙間というか被らないようにっていうのを意識しましたね。
 あとは自分が聴いて素直にアがれる曲というか。設定優先とかやり方優先とか、方法論で作っても、最終的に聴いてちゃんと機能するものを意識したっすね。

設定とは?

B:設定が面白かったりする音楽ってけっこうあると思うんですけど。たとえばアート・リンゼイが楽譜をシャッフルして演奏するのとか、ああいうのは最終的な仕上がりよりも設定が優先なのかなって自分は思ったので。

ブッシュマインドのミックス感覚は独特だよね。ヒップホップ系のひととも違っていると思うし。

B:もともと曲作りも混ぜて遊ぶっていう感じだったからっすね。DJをしていて2曲、3曲重ねたときに全然違った感じになるときとか、やっぱすごくアがるんですよ。混ぜてまったく違う曲にするっていうのが、自分のDJをする醍醐味だと思っていて。

いまは何を使っているの? 

B:いまはCDですかね。ターンテーブルも使いますけど、データが多くなってきているんで、CDに焼いてますね。それで混ぜてまったく違う曲にするっていうのが、自分のDJをする醍醐味だと思っていて。

そういえば、『Bright In Town』から8年経ったんだね?

B:そうですね。CDが廃盤になってました(笑)。アマゾンで海外の業者が1,5000円とかで出してて「えー!」みたいな。実際、ネットで探しても全く出てこなくて。「もうそんなに時間が経っちゃったんだ」って。

早いよね〜。あのアルバムは、時代のある場面を描写したっていうか、関わっている人間の数もハンパなかったよね。

B:あのときは友だちがどんどん増えて躁状態になってましたね。友だちが増えるといろんな街に行って遊ぶ機会も増えてったんで。その思い出をパックしたアルバムですね。

この8年のなかで、タカアキ君のなかで変わったことって何でしょう?

B:変わったこと……。この8年ですよね。難しいですね。どんだけ変わったんすかね……。

日本社会でいうと、3.11があってものすごく揺れ動いた。それで『Good Day Commin'』が出た。それから数年後、安倍政権が誕生したと。音楽でいうと風営法があったりとか、ますます音楽が売れなくなったりとか。だって、8年前の『Bright In Town』って〈エイベックス〉じゃん。こういう音楽を〈エイベックス〉から出すことって、もう考えられないでしょう(笑)。

B:俺も本当に信じられない(笑)。その思いが年々強くなってるんですよね。当時は「すげぇ良い話がきた!」くらいにしか思ってなかったけど、いま思えば挑戦的なことをしたんだなって。

〈SEMINISHUKEI〉はその前からだよね?

B:レーベルは2000年初頭くらいですね。ずっと人数が少なかったんですけど、ストラグル(・フォー・プライド)のライヴに行くようになって、友だちが一気にバーンっと増えてメンバーを増えていった感じでした。そのときは大人数で遊ぶのがムチャクチャ新鮮で楽しかったですね。
 ただ、時間が経つと離れていくひともいて。そうゆうときにいかに固く自分たちの世界を作れるかっていうのは、すごく意識するようになりました。大所帯のクルーが時間経ってバラバラになって残念な感じになってくってのはよくあるけど、その流れには抵抗したいですね。

『Bright In Town』は勢いって感じがあって、それが良かったし……。あれを出したときに時代は変わるって思った?

B:いや、そこまでは意識していなかったです。本当に初めてなことばっかりだったので、作ることを楽しんだというか。ラップ・トラックを作るのも初めてだったし、ラッパーの友だちもいなかったっすから。それでいろんなひとに紹介してもらって。楽しかったですね。

セカンドの『Good Day Commin'』のときは、また状況が違っていただろうし。

B:あのときはマーシー君、〈WD Sounds /PRESIDENTS HEIGHTS〉が自由にやらせてくれたんですよ。まあ、逆に大変でしたけどね。

あの作品はマーシー君から出さないかってきたの?

B:そうっすね。ただ今回のリリースの話を振ってもらってからがこれでコケたら周りも道連れにするなって思って(笑)。チャンスが来たと思ったのと同時に責任も感じましたね。

世のなかのコミュニティのあり方も、この8年、ネットの普及によって多様化したよね。だって、8年前はツイッターとかなかったわけだからね。

B:ネットはもちろん使っているんですけど、作品を作る上でネットのみのやり取りっていうのは避けてますね。最初のきっかけとしてはいいと思うんですけど、曲を作って実際会ってみたら反りが合わなかったりとか。実際会わないとズレも生まれるし、国が違ったら文化も違うじゃないですか。ネットでも面白い出会いってあると思うんですけど、現場で繋がってできる音楽の方が魅力を感じますね。

それがブッシュマインドだもんね。

B:そうですね。いまは情報を手に入れやすくなったぶん嘘もいっぱいあるじゃないですか。情報に踊らせれて型にはまらないようにってのは気をつけてます。いまって、世界で時間差なしで流行があるようになってきているじゃないですか?

そんなこともないと思うよ。すごく時間差を感じるこもあるし、言いたいことも言えない監視社会になってきているようにも感じたり。本来は自由な発言の場であったハズなのに、ますます不自由な場になっているような。

B:しかもそれが生産的じゃないですもんね。

批判とかじゃなくて、たたきつぶしてやろうっていうね(笑)。そういう意味では、クラブ・カルチャーにはまだまだ役割があると思うんですけどね。

B:音楽に関しては、ネットは使い方によってはいくらでも広がるし、曲との出会いが、ここ最近いっぱいあるんですよね。いまカヴァー曲を聴くのにハマっていて、あるサイトで検索すると世界中のいろんなカヴァーが出て来て、すごく面白い出会いが増えたんすよね。レコード屋に行ってジャケでピンと来て、買って、家に帰って、ブチ上がるみたいなのとは差がありますけど。

タカアキ君は自分は不良じゃないって言ったけど、もうちょっと広い意味で、オモロい不良が年々いなくなったって感じもする。自分が年取っただけなんだろうけど(笑)。

B:たしかにモンスタークラスのニューカマー、そんなに聞かないすね。

ヒップホップはそれでも受け皿になっているように思うな。ゴク・グリーンかさ。

B:A-Thugって知ってますか?

知らないっす。

B:俺はまだ会ったことはないんですけどムチャクチャ聴いてて。『Streets Is Talking』ってアルバムが最高ですよ。

ちょっと、メモっておくよ。

B:今回参加してくれたなかには面白い不良がいるっすね。でもたしかに、ラップが上手いやつはたくさんいるんだけど、それプラスで不良スピリットの両方を持ち合わせた若手って、あまりいないですね。

俺はゴク・グリーンやコウも好きだよ。

B:ゴク・グリーンは聴いたことないですね

たくさん聴いているわけじゃないから、きっと他にもいるんだろうけど。

B:今回のアルバムに参加しているひと以外では、自分のまわりではあんまりいないですね。いるとは思うし、希望も期待もあるから出会えていないだけかもしれないんですけど、まだ耳には届いていないです。

でも、たとえば、このアルバムに参加しているR61 Boysという人たちなんか街の匂いを感じますよね。

B:こいつらの不良度は計りきれてないんですけど、面白い刺激を求めて遊び回ってる印象ですね。どこまでが軍団かわからないですけど、人数もムチャクチャいるすね。新潟の六日町にあるBARMってクラブで自分の企画やったことがあって。R61 Boysにライヴやってもらったんですけど、友だちが30人ぐらい来て。地元のお客さんより多かったです。

今回集まっているメンバーっていうのは、世代的にはどうなんですか?

B:同年代が多いかな。TOKAI勢はちょい下すね。最年少はCOOKIE CRUNCHす。

NIPPSさんも参加しているんだね。

B:NIPPSさんは本当に夢が叶ったって感じですよね。

この曲、かっこいいよ。ひとりだけ毒を吐きまくっている(笑)。

B:いやー、できてびっくりしたっすわ(笑)。分のトラックがあんな曲になるってほんと最高の遊びですね。

CENJU君も参加しているね。

B:こいつはヤバいっすよ。下北にもトラッシュがいたんだっていう。もうゲットー感が。

彼は〈DOWN NORTH CAMP〉のひとだよね?

B:そうです。CENJUとはここ2年くらいで仲良くなって、こんなやつがいたんだって思ったんですけど。あとはKNZZ、大ファンなんですよ。もう不良道。人生がすごくドラマチックですもん。アシッド・テクノみたいな曲でラップしてるやつなんですけど、”Planet Rock”って曲ですね。

”Planet Rock”もユニークな曲だよね。

B:KNZZ君は元々渋谷のアイス・ダイナシティってグループでけっこうトップの方まで人気が出ていたんですけど、トラブルとかでいなくなった状態になって、そこからの復活なんです。それでいままでの負の遺産を返しつつ新しいことをやって。

“Friday”という曲では、R&Bをやっているんですよね(笑)。

B:これもやりたかったことですね(笑)。歌ものをすごくやりたかったんですよ。かなり力を入れました(笑)。曲を作る前に集まって「クラブでの出会いが良いんじゃないか」って。

歌っているルナさんはどういうひとなんですか?

B:ルナさんはMaryJaneってふたり組のグループで活動してて。まわりの友だちで昔から遊んでた人間がけっこういて、音源といろいろ話も聞いてたので紹介してもらった感じですね。

小島麻由美さんにも新たに歌ってもらっていますね。この曲も面白かった。

B:これはかなりエクスクルーシヴになるなと思って。小島麻由美さんに歌ってもらったら面白いことができるんじゃないかと思ってました。最初はダブっぽい感じで歌が入ってきてみたいな感じで考えたんですけど、途中でラップ・トラックみたいになってきちゃって。

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あと連絡が大変だったっす。セカンドでちょっと人数が減ったんで、忘れてたんですよね(笑)。途中で全員にメールして確認を取らなくちゃいけないんだって思い出したとき、発売の延期をちょっと考えましたね(笑)。


Bushmind
SWEET TALKING

SEMINISHUKEI/AWDR/LR2

Hip HopTechnoDowntempo

Amazon iTunes

そういえば、少し前にトーフビーツのリミックスもやったじゃないですか? あれは、さすがにびっくりした。だって、トーフビーツの曲をブッシュマインドやRAMZAがリミックスしてるんだもん(笑)。

B:あれはスタイル・ウォーズというか、好きなアーティストを使ってどれだけ面白いことができるかをやらせてもらった感じですね。大阪のトラック・メイカーも参加したんで。

いや、良い企画だと思いますよ。トーフビーツについてはどう思う?

B:才能があるなって思います。あの曲の構成は自分にはできないんで、勉強になりますね。好みじゃない部分もありますけど。

ふだん向いているところが違うからね。でも、違うトライブが、リミックスという作業を通じて同じ盤にいることは良いよね。

B:ナード的な物も俺は良い物があると思うし、否定するつもりはないですよ。自分の好きものにもそういう音楽はあるし。ただ、音の鳴らし方とかで音色でちょっと物足りなくなってきちゃうかなって。彼のスタンスは好きですね。斜めに見ていそうな感じとか(笑)。

そこへいくとブッシュマインドや〈SEMINISHUKEI〉って、決して人付き合いが得意なほうではないからねー(笑)。

B:そうなんですよ(笑)。だからいまいち広がんないっていうところがあるんすよね。

それは8年経っても変わらない?

B:〈SEMINISHUKEI〉のメンバーでアルバムを出したのって、3、4人とかですよ。総勢30人くらいいるなかで。本当は仲間うちで作品を出して競い合うっていうのが俺の理想なんですけど、なかなか実現できないですね。あ、でもDJ Highschoolってやつが1ヶ月前にすごく良いアルバムを出したんです。かなり刺激になりましたよね。

へー。

B:Highschoolはすごいっすよ。彼は、どんなジャンルでも興味を持ったらすぐに自分でやってみて、簡単な方法でかっこいい物を作ることができるんですよ。もちろん掘り下げもするんですけど。DJ以外にラップやハードコアのバンドもやっているし。

いろんな人が参加しているんだけど、OVERALLというトラックメイカーも面白いと思った。

B:才能があるっすね。レコードの堀り方も尋常じゃなくて、DJもすごくいいんですよ。やっちゃんとクマと3人でミックスを聴いて、みんな「これはヤバい」ってなって、「〈SEMINISHUKEI〉に入ってもらおうか」って。2マッチ・クルー周辺の人間とも仲いいんで、その影響もでかいんじゃないかと思います。

今回は、トラックメイカーも何人もフューチャーされているんだけど、これは土台となるものをタカアキ君が作って、それに手を加えてもらうの? 

B:いや、その逆で、もらう方が多かったすかね。それを俺が料理してちょっと足したりとかループを変えたりですかね。OVERALLと作った曲はけっこうシンプルで、最初のピアノとサンプリングがOVERALLで、途中から入ってくる303を俺が入れた感じで、あとは展開を自分でアレンジしました。なんかひと味足すっていう。

ひとりで黙々と作るよりは誰かとやっていた方が楽しい?

B:作業によりますね。細かい作業はひとりでやりたいです。ただ、その土台になったりする部分で自分にないものが入ったりすると展開が一気に変わったりすることがあるんですよ。たとえばハットを入れてもらったとか。そこから自分の発想が増えていったりもする。フィードバックが起きたときの感覚がすごく楽しいんです。バンドってひとじゃなくてみんなで作るじゃないですか? 僕はやったことがないんでわからないんですけど、そういう感じなのかなって。だからもちろん相性が悪いひととかはなかなかできなかったりするんですけど、気が合うと、あっという間に仕上がることもあるんで。

今回の作品は、タカアキ君のなかで予定よりも伸びた?

B:完成は伸びましたね。ホントにギリギリでしたからね。ラップ取り終わった後にもトラックを最後までいじってた曲とかがあったんで。あと連絡が大変だったっす。

それ、『Bright In Town』のときも言ってたじゃん(笑)。

B:セカンドでちょっと人数が減ったんで、忘れてたんですよね(笑)。途中で全員にメールして確認を取らなくちゃいけないんだって思い出したとき、発売の延期をちょっと考えましたね(笑)。

はははは。それで井坂さん(担当A&R氏)に怒られたと?

B:いや、それで予定を見たら俺が1週間早く勘違いしていて。まだいける、みたいな。3枚目なんでサッとできるトラックメイカーを目指したかったんですけど。

ジャケの絵は〈フューチャー・テラー〉でも書いているひとなんでしょう?

B:そうですね。本人たちは服飾をやっていたりしていて。ROCKASENとかもそうですね。同じクルーみたいです。

アートワークに関してディレクションはしたの?

B:一応、ホークウィンドの『スペース・リチュアル』を(笑)。

ホークウィンドって、ヒッピーだよ(笑)。

B:いやいや、レミーはヒッピーじゃないですよ!

いや、レミーはヒッピーだよ(笑)。

B:まあ、時代的には、そういう要素もあったかもしれないですけどね(笑)。

しかし、なんで『スペース・リチュアル』だったの?

B:サイケデリックの数ある名盤で、自分のなかではこれが金字塔なんです。今回は、そのくらいの作品を作りたかったんです。ワックワックにアートワークをお願いするのは決まっていたんで、じゃあ、何をお願いするのかってなったときに、彼らにこの絵を描き直してもらってリミックスしてもらったら面白いんじゃないかなって。ヒップホップのアルバムにホークウィンドっていう設定自体もないと思うんで。あとホークウインドのファンのひとが間違って手に取ったりしないかなっていう(笑)。

それは感想を聞きたいね。

B:冒涜だとかいって、怒る人とかもいそうですよね(笑)。

ところで、タカアキ君はなんでそんなにヒッピーを嫌うの? ヒッピーいいじゃん。ある意味では、俺らの先輩とも言えるよ。

B:まぁ、切り開いてくれたヒッピーもいたかもしれないんだけど、ラヴ&ピースで全部片付けるっていうのは、ちょっとなっていうのがあるんですよ。裏側がないっていう。その裏側が重要だと思っているんで。そこはあえて見せるものでもないと思いますけど。

ブッシュマインドのドリーミーな裏側だね。

B:あと、俺が良いヒッピーに出会っていないんだと思います(笑)。面白いヒッピーに出会ったら、俺の考え方も変わるかもしれないですね。ダメなヒッピーってたくさんいるじゃないですか。こうありたいっていう理想像と自分が思うヒッピーの姿は全然違うというか、ある程度ひとぞれぞれの美学やルールが必要だと思うんですよ。そこがぶつかるのはしようがない。

でも、8年後には変わっているかもしれないよ(笑)。

B:そこは確認させてください(笑)。「野田さん、8年経ちました」って(笑)。

でもさ、タカアキ君は、60年代とかも好きそうじゃない?

B:サイケデリックも、やっぱりブルー・チアーとか。ブルー・チアーはヘルズ・エンジェルスじゃないですか。アイアン・バタフライは、ヒッピーっぽいすね。あのバンドは大好きですね。あの人たちに出会えたら、ヒッピーが好きになるかもしれないですね(笑)。

Nils Frahm - ele-king

 バンドキャンプなどでモダン・クラシカル(ポスト・クラシカル)な曲や音楽家を探索していると、明らかに「ニルス・フラーム以降」とでもいうべき音楽家に遭遇し、彼の影響の大きさを痛感することになる。
たとえば、フランス・ボルドーのジュリアン・マーシャルや、ニュージーランドのリーヴァイ・パテルらの楽曲を聴いてみよう。彼らの音楽からは、間違いなく「ニルス・フラーム以降」の刻印を聴きとることができるはずだ(彼らの創る音楽は十分に美しい)。
 もちろん、「ポストクラシカル」という言葉じたいは広く知れ渡っているし、すでにひとつのシーンも出来上がっているのだから、その立役者ともいうべきニルス・フラームから影響を受けた音楽家がいても、まったく不思議ではい。
しかし何より重要なのは、それら音楽家たちがニルスの曲調のみならず、彼独特のサウンドに影響を受けていると思える点である。音楽性のみならず、録音・音響にも影響を受けていること/影響を与えていること。そこにニルス・フラームという音楽家と、その影響力の新しさがある。

 ニルス・フラームのピアノ・サウンドといえば、ピアノの内部にむけてマイクを極端に近づけて録音したような音がまず思い浮かぶ。ピアノの打鍵と連動して、細やかに動くハンマーの音。それはピアノが鳴っているという気配の音だ。ピアノの内部でピアノの音を浴びるような顕微鏡的な音の横溢と、すぐそばで彼がピアノを演奏しているような気配。
この二つが、ニルスの瞑想的なピアノのインプロヴィゼーションと交錯するとき、ニルス・フラームの音楽は私たちの心に深い感情を生み出すことになる。ポストクラシカルの世界を超えて、彼の音楽/録音が聴き手にも音楽家にも強い影響を与えているのは、サウンドが引き起こすイマジネーションの強さゆえだろう。

 本作『ソロ』は、2015年のニルス・フラームの新作である。このアルバムは、まず彼が定めた「ピアノ・デイ」に特別サイトから配信され、その後にLPとCDがリリースされた。ちなみにピアノの鍵盤が88鍵であることから毎年88番目の日を「ピアノ・デイ」としたという(今年は3月29日)。そしてアルバムの曲も「8」にちなんで「8個」のモチーフを元に即興で演奏した曲が収録されている。
 しかし、本作を聴いた人は、何よりその音の質感や雰囲気に驚くのではないか。この音は本当にピアノの音なのか。それとも何か別の弦楽器の音なのか。いや、しかしこの響きの芯は、まさにピアノの音だ……というように。聴いたことがあるようでない音。ピアノが弦楽器であることを、チェンバロではなく、モダンピアノで改めて確認するかのような独自の聴取体験がここにある。

 種明かし(?)をすると、この作品の楽曲は「世界最大のピアノ」とよばれる「クラヴィンス M370」で演奏されているのだ。巨大な理由は、普通のピアノより低音弦を長くしたから。横に設置するのではなく、パイプオルガンのように壁に面して作られている。この構造・形状は、低域も含めて、ピアノが本来持っている音を実現するためのものという。本作特有のサウンドは、「クラヴィンス M370」によるところが大きい(むろん、ニルスの録音の力もあるはずだが)
 そして、このピアノを作った人が、知る人ぞ知るピアノ製作者デヴィッド・クラヴィンスである。彼はニルスと友人であり、このアルバムの収益はデヴィッドが制作している究極のピアノ「クラヴィンス M450」の制作に当てられるという。つまり「夢のピアノ」実現のためのプロジェクトであり、音楽の夢を共有する音楽家とピアノ製作者との友情の証のような計画でもあるのだ。
しかし、これは単にプロジェクトやコンセプトだけの問題だけではない。この友人への深い敬意と親密さは、ニルスの音楽の重要なコアに思えてならないのだ。そもそも彼の出世作『ザ・ベルズ』(2009)も、友人ピーター・ブロデリックとともに作られ、アートワークにはニルスの父によって撮影されたニルスの写真(満面の笑み!)が使われてはいなかったか。
 ニルス・フラームの音楽・演奏には、どんな場所(教会であろうとスタジオであろうとコンサート会場であろうと……)でも自宅の居間でくつろぎながら、家族や友人たちをもてなすような深い親密さがある。じじつ、この巨大なピアノで演奏される音楽・音響もまたとても優しげで、親密ではないか。私は、まずその点に感動する。

 1曲め“オード”の冒頭、わずかな沈黙の後、深い祈りのように弾かれる和声。そのコード・モチーフは繰り返しながら聴き手の心にゆったりと浸透していく。ピアノ、弦の響きに耳も潤う。2曲め“サム”以降も、モチーフを繰り返しながら、そこに微かなインプロヴィゼーションが加味され、リスナーの感情の襞に浸透するように、ときにドラマチックに、ときにミニマルに音楽は展開する。感情と静寂の往復でもいうべき楽曲たち。ニルスは旋律と和声という言葉を用いることで聴き手の心に語りかけてくる。その音楽を包み込む空間と音響の素晴らしさは筆舌に尽くしがたい。
そして6曲め“ウォール”で音楽は大きく変わる。力強いミニマル・ミュージックが展開するのだ。光が点滅するような演奏・音楽・音響には、彼のエレクトロニクス・ミュージック作品的な側面ものぞかせる。つづく7曲め“イマース!”は強烈な全曲を受けて、彼にしては珍しいジャジーな演奏を展開。これがゆっくりと熱を覚ますような曲でじつに良い。
ラスト8曲め“フォー・ハンズ”の華麗な花びらのようなミニマリズム! この曲/演奏は、まるでピアノと音響の別領域とでもいうべき素晴らしさ。軽やかな羽毛のような、春の日差しのような、夢の中のような、柔らかい祈りのような音楽。ドラマチックでいて静寂であり、エモーショナルであり、同時にスタティックでもある。

 そう、ニルス・フラームの音楽は、家族や友人たち、そして私たち聴き手たちとの「奇跡のような遭遇」に向けられている。本作も同様だ。なんという安らぎ。なんという親密さ。彼の音楽/音響が、音楽家にも観客も強い魅力を放つのは美しい演奏も、録音も、その音楽すべてが、聴き手への深い信頼に捧げられているからではないか。だからこそ私たちリスナーは彼の音楽を愛し、親しい友人から送られてくる手紙のように、その新作を待ちわびているのだろう。

じゃがたら新世界2015〜Reborn of a ravel song - ele-king

 「おまえはおまえのロックンロールをやれ」とは、あらゆる抵抗がなかば強制的に運動へと一元化された時代への批評(反省)から生まれた言葉なのだろう。「おまえ」は殺され、「人びと」という主体だけが許された時代への。
 その晩、僕はいったい何回「おまえはおまえのロックンロールをやれ」という言葉を聞いたことだろうか。
 23日の夜遅く。よみがえったのは、ステージのうえでお揃いの赤いスーツを着ていたあの時代の、酒すら飲めない若いファンが途中で嘔吐てしまうほど圧倒的な存在感をはなっていた江戸アケミその人ではなかった。「おまえ」だった。新世界がいっぱいだから100人弱だろうか。集まったオーディエンスの半分は、どう見てもリアルタイム世代より若かった。

 こだま和文を一目見たかったというのもある。
 手術後の初ステージだったが、酒とタバコを持って登場した彼は、“もうがまんできない”を歌った。「ちょっとの搾取なら/がまんできる/それがちょっとの搾取ならば」──レゲエのリズムに乗って「がまんできる」ことを繰り返すことで「がまんできない」と表明する反語表現ならではのインパクトを持った曲だ。ぶっきらぼうに反復される言葉は、じょじょに熱を帯びながら重なっていく。見事なパフォーマンスだった。


 
 江戸アケミ抜きで、そして篠田昌已抜きで、じゃがたらの曲をやること自体がリスキーなのは、ステージで演奏する人たち全員がわかっていたことだろう。とくに南流石、EBBY、エマーソン北村、桑原延享といった生前の江戸アケミを知る者たちからしたら、心のどこかに抵抗がないはずがない。南さんはステージで「こんなコピー・バンドにお金払って来てくれてありがとう」と言っていたけれど、自嘲や謙遜ではなく、本心なのだと思う。
 しかし、それでもやるんだ、やりたいんだという純粋な気持ちが、とても清々しく伝わってくるライヴだった。故人を必要以上に崇めるような嫌味なところも、内輪的なところもなかった。感傷的にはなったけれど、過去を懐かしむ感じではなかった。OTOさんはその晩のために、熊本の農場から、現在の自分の暮らしぶりとじゃがたら弾き語りメドレーの動画を送ってくれた。
 スペシャル・ゲストとしてラップを披露したいとうせいこうにも拍手したい。僕はその晩、Pヴァイン40周年のイヴェントがリキッドであったので、ECD〜B.D. & NIPPS、それからSIMI LABという錚々たるラッパーのパフォーマンスを聴いて新世界の駆けつけたのだけれど、いとうせいこうの、早送りで言葉の意味を解体していく──としか言い表しようのないラップは僕にはあらためて新鮮に聴こえた。
 とにかく、その晩演奏された曲は、過去を懐かしむことを拒み、現在の曲として再現された。「ああしろこうしろそうしろと/あいつからが今日もがなりたてる」と歌う“みちくさ”なんか、橋元優歩が聴いたら泣くんじゃないのかな。
 が、しかし、泣かないだろう。じゃがたらに涙は似合わない。ねっとりとしたファンク、腰をくねらせるアフロ、身体に響くレゲエの複合体。徹頭徹尾ミニマルなダンス・ミュージックなのだ。“都市生活の夜”や“裸の王様”は、いまでもみんなを踊らせる。そして、音楽における言葉はつねに音とともにある。音と一緒になったときに、書き言葉にはないマジカルな威力を持つ。とくにダンスと一緒になったときは。

 江戸アケミという人には生きていくうえでのマリーシア、ある種のずる賢さ、ほとんどの人には備わっているであろう適度な欺瞞というものがなかったのだと思う。彼の並外れた愚直さは、語り継がれている多くのエピソードから容易にはかり知れる。

 「おまえはおまえのロックンロールをやれ」と言ったのは、江戸アケミ自身が「おまえ」=個という主体になりきれなかったからだと僕は思う。「人びと」「ピープル」「私たち」「社会」とか、どうしようもなくそういう主体から逃れることができなかったのは、他でもない江戸アケミだったのではないか。音楽は世のため人のためにある。ダンス・ミュージックは共同体の音楽だ。じゃがらの楽曲は、あれだけ強烈なものを発しながらエゴイズムがない。江戸アケミの歌詞には、フォーク上がりの日本のロックにありがちな“僕”や“俺”の私小説性がないのだ。
 じゃがたらのカヴァー演奏がリアルに思えたのは、楽曲が作者の所有物になることを拒んでいるからだろう。目の前に広がる風景のように、他の誰かに歌われてしかるべきものとしてある、ということなのかもしれない。だから、「おまえはおまえのロックンロールをやれ」とは、表向きには個を主張しながら、しかしむやみやたらに個に帰れと言っているわけでもない多重的な言葉なのだ。プロセスがあり、コンフリクトがあり、そしてどう考えても未来への期待と希望がある。夜も11時をまわったというのに拍手が鳴り止まなかった理由を説明せよと言われたら、僕にはそうとしか答えようがない。

 アンコールは“タンゴ”だった。“タンゴ”がアンコールだった。ということは、あんなに大きな拍手がなければ、“タンゴ”はなかったのだろうか。レゲエのリズムを使っているとはいえ、あれはやはり重たい曲だ。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの“ヘロイン”だ。街の悲しい闇だ。決して後味が良い曲ではない。しかしあえて、このハッピーではない人気曲を最後に持って来たのかもしれないな。
 終電に乗って駅を降りて、「こーこーろーの〜もーちーよーさ〜」とか「ああしろこうしろそうしろと」とか歌いながら家に帰った。5年後にまた何かやるそうだ。でも、「今、今、今、今、今が最高」。「おまえはおまえのロックンロールをやれ」、至言とはこういう言葉を指すのだ。
 

interview with Mourn - ele-king


MOURN

Indie RockGarage

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 この感覚、かつて体験したことがある、と過去の記憶をめぐらしてみて、あ、と思い出した。「僕はペイヴメントとかピクシーズが好きなだけ。ペイヴメントの歌詞をちゃんと理解できたらどんなにハッピーなんだろう! そんな気持ちで曲を作ってバンドで歌って……気がついたらいまここにいる。ほんとにそれだけなんだ」。1995年、最初のアルバム『グランポー・ウッド』を発表したベン・リーに最初に取材をしたときのことだ。彼は当時17歳、どんなにやんちゃな青年なんだろう、と想像して訊ねてみると、好きなバンドの影響を受けて、好きなように自分もギターを手にしてみただけなんだ、というあっけらかんとした回答。そのときの、肩すかしを食らいつつもどこか晴れ晴れとした感覚を、いま、このスペインの若き4人組を聴きながら思い出している。

 いや、もしかするとベン・リー以上に冷めているかもしれない。まだ全員10代というスペインはバルセロナを拠点にするモーン。結成からわずか2年でワールド・ワイド・デビュー、さらにはピッチフォークなどのメディアで高い評価を得るにいたった彼らにはたちまちのうちに注目が集まることとなった。パンクやオルタナティヴ・ロックに触発されたというそのスタイルだけ取り出せばたしかに稚拙ではある。成熟という言葉からはほど遠く、演奏を動画などで見るかぎりはあどけない様子も伝わってはくる。だが、どこまでむき出しにするのかと不安にさえなる荒削りな演奏、感情を闇雲に発露させる場所というより、感情を淡々と刻みつける場所といった感じで、不気味なまでに薄暗い表情を時折見せるヴォーカル、どこか冴えない生活や風景をひたすらに言葉に置き換えたような歌詞……これが果たして10代の姿か、と思えるほどに醒めた表情をうかがわせるのも事実。「ペイヴメントの歌詞を理解できるアイツはカッコいいな」と無邪気かつアイロニカルに歌っていたあの頃のベン・リーを部分的に思い出させるが、モーンは根底にもっと切実な何かを抱えている印象さえあるのだ。

 とはいえ、今回メールで取材をした際の下記回答を読んでもらえばわかるように、ほとんど難しいことを語らない、語りたがらない。その素っ気ない対応はモラトリアムとも思えるもので、この自我を包み隠したような態度がその成長と同時にどう崩壊し、再構築されていくのかを静かに見守っていたい、と、彼らの親世代である筆者は思うのだった。

■Mourn / モーン
バルセロナを拠点として活動する4人組バンド。〈キャプチャード・トラックス〉とサインし、2015年にファースト・アルバム『モーン』をリリース。デビュー前からメディアの高い評価を受けるなど注目を集めている。

ソニック・ユース、スーパーチャンク、アーチャーズ・オブ・ローフ、サニー・デイ・リアル・エステイト、カーシヴとかみたいな90年代のアメリカのバンドに浸かってたわね。

あなたがたはまだ15~18歳とのことですが、幼馴染みや学校の仲間同士なのでしょうか? いつ、どのようないきさつでバンドが結成されたのか教えてください。

カーラとジャズ(以下C&J):カーラとジャズは3年前から同じ学校で人文科学を学んでいたの。レイアとジャズは姉妹だからいっしょに育ってきたし、アントニオとジャズは11歳のときからの友だちなのよ。

あなたがたのホームタウンのバルセロナでは、あなたがたと同じ世代の友だちはどういう音楽をおもに聴いているのですか? スペインのドメスティックな音楽シーンはどういう状況なのでしょう?

C&J:うーん、地元のガレージ・ロックをたくさん聴いたけど、他にも商業的なものとか カタラン・ルンバ(catalan rumba)とかも聴いた……けどやっぱり、わたしたちはソニック・ユース、スーパーチャンク、アーチャーズ・オブ・ローフ、サニー・デイ・リアル・エステイト、カーシヴとかみたいな90年代のアメリカのバンドに浸かってたわね。他にもイギリス、スウェーデン、ベルギー、オランダのバンドも大好き。いまはインターネットがあるから、世界のどこにいてもそういう他国のバンドのレコードやニュースを簡単に見つけることができるでしょ。もちろん、スペインのミュージック・シーンもおもしろい。とくにバルセロナにはたくさんのクールなバンドがいるのよ。なかでもアニミック(Anímic)とBeach Beach(ビーチ・ビーチ)が好きだな。

わたしがある程度知っているかぎり、スペインには80年代頃から独自のインディ・シーン、インディ・レーベルがあり、日本でも古くは〈エレファント〉や〈マンスター(Munster)〉などがインディ・ロック・ファンの間で人気でした。最近では、〈マッシュルーム・ピロー(Mushroom Pillow)〉というレーベルや、デロレアン(Delorean)、ポロック(Polock)、エル・コルンピオ・アセシノ(El Columpio Asesino)、チャイニーズ・クリスマス・カーズ(Chinese Christmas Cards)などのバンドを個人的にはチェックしています。あなたがたはこうした他のスペインのインディ・ミュージック・シーンの中でどういうポジションにいるのでしょうか?

C&J:私たちは自分たちがバルセロナのインディ・ロック・シーンにいると思っているわ。私たち、町の小さなパブや会場で演奏をはじめたからね。マデイ(Madee)、オハイオス(Ohios)、レッド・ベアズ(Red Bears)、ザ・サワーズ(The Saurs)、ダ・サウザ(Da Souza)などとも共演したのよ。

私たちは自分たちがバルセロナのインディ・ロック・シーンにいると思っているわ。

スペインには「インディ・ミュージック・アウォード」という賞があるようですが、あなたがたの世代にとってもこうしたアウォードは一つの通過点、目標だったりするのですか? もしくは、もっと現場でホットなヴェニューやギグ、イヴェントやフェスなどがあれば教えてください。

C&J:賞は私たちにとってゴールではないわね。ただ曲を書いて演奏しているときに楽しみたいだけなの。ただ、〈アポロ(Apolo)〉という私たちのお気に入りの会場で演奏するのが本当に好きで、そこで演奏するときは気楽でいられるわ。前回そこで演奏したとき、本当にすばらしく魔法のようで、次にまたあそこで演奏するのが待ちきれないの。あと、〈プリマヴェラ・サウンド(Primavera Sound)〉っていう私たちが 好きなフェスの一つで演奏したときも興奮したわ。バルセロナには他にも〈ソナー〉っていうかっこいいフェスがあるんだけど、こっちはエレクトロ・ミュージック寄りね。

では、具体的にはどういうバンド、音楽にシンパシーを感じて楽器を手にしたりバンドを組もうと思ったのでしょうか? 

C&J:初めてわたしたちをギターを手に取って音楽を作るように駆り立てたのは、パンク・バンド。ラモーンズ、クラッシュ、セックス・ピストルズ……みたいな。私たちは本当にパンク・ミュージックが好きなの。わたしたちがいっしょに演奏をはじめたときは、PJハーヴェイ、ローリング・ストーンズ、ラナウェイズ、クラッシュ、エリオット・スミスなどのカバーをいくつかやっていたわね。でも、最終的に彼らのどういうところにインスパイアされたかっていうと、音と詩の力強さ、彼らが生きていた瞬間、彼らの働き方についての好奇心、彼らのいろいろな考え方、メッセージや彼らの感じ方、わたしたちができる見方、記憶に深く残って、素晴らしい! と思わせるいくつかのコード……それこそさまざまなの。それらのすべてがわたしたちを突き動かし、毎日楽器を弾かせつづけているんだと思うわ。

初めてわたしたちをギターを手に取って音楽を作るように駆り立てたのは、パンク・バンド。ラモーンズ、クラッシュ、セックス・ピストルズ……

あなたがたが実際にオリジナルの曲を作りはじめたとき、お手本にしたソングライターはいましたか? そして、いまのあなた方が最高と思えるソングライター、コンポーザーは誰ですか?

C&J:そうね、わたしたちはエリオット・スミスのようなリリックや、そしてパティ・スミスのパンク調のポエトリーが本当に大好きなのよ。後は、デヴィッド・ベイザン(ペドロ・ザ・ライオン)やマーク・コズレク(サン・キル・ムーン)なんかも本当にクールなリリックで大好きよ。私たちは物語を作るのが好きで、言葉で生活に対しての感じ方、不安感、いらだたせるものや話したいものについて表現しているの。もちろん、好きな映画や本、写真など影響されたものはなんでも曲にしたいけど、生活の中から感じることを歌にすることが好きなのよ。

それは、あなたがたの場合、スペインという国、バルセロナという町に暮らす一員としての社会への意識が活動のバネになっているということでしょうか?

C&J:そう。わたしたちはスペインのいまの状況に憤りを感じているわ。でも、政府に代わって主張しているつもりはないし、曲を書き演奏しているときはそういったことは避けているの。ただ、それが好きだからそうしているし、少なくともいままではそれが衝動的だったのは間違いないところ。私たちの必要性が評価されているとして、それがすべて社会に対してのそういう憤りの反映ではないとは思うけど、やっぱり社会に対して何かを感じてしまうのよ。おそらく、いつかわたしたちは音楽とこういう考え方、社会への見方を関わらせていくつもりよ。いままでは私たちはライヴではそういうことをとりあえずいっさい忘れて、演奏を楽しみたかったけど、いつかはちゃんとカタチにしたいわね。

僕たちは偽ることなしに誰よりもいいと思っているし、自分たちの音楽が好き、世界には好きなバンドも多くいるから演奏しているってだけなんだ。

あなたがたが〈キャプチャード・トラックス〉と契約することになったきっかけをおしえてください。マック・デマルコなど新たな世代のヒーローへのシンパシーもきっかけになりましたか?

C&J:きっかけはブランク・ドッグスのマイク・スナイパー(レーベル・オーナー)がニュースレターで私たちのスタジオでの映像を見てくれてね。興味を持ってくれてたらしいの。で、アルバムが出たときにわたしたちのスパニッシュ・レーベルである〈ソーンズ(sones)〉が連絡してくれたのよ。何が起こるかわからないわ。もし、彼が映像を見てくれてなかったらいまこうやって話せてないわね(笑)。

そのマック・デマルコには1月に日本に来たときに取材したのですが、そのときに彼はこのように話していました。「チープでロウ・ファイなサウンドにしているのには狙いがある。ウェルメイドな音作りに飽き飽きしてしまったのと、どこか“Weird”な音を出すことそのものが刺激的だから」。では、あなたがたの場合、たった2日間でアルバムを録音してしまうというようなその姿勢に、何か確信犯的な意識はありますか?

C&J:なるほどね。そうね、わたしたちの場合は多くの資金を持っていなかったからっていうのがまず一つめの理由。それとライヴを録音したかったからというのもあるわ。おかげでより楽しく、本当に新鮮で信頼のできるものができた。それはわたしたちのオリジナルなやり方であって、そこにいっさいの策略はないの。たしかにレコーディングはたった2日間だったんだけど充実していたし過不足もなくて。録音はバルセロナと私たちの町に近いアレニス・デ・マルという町の〈ノーチラス(Nautilus)〉というスタジオでしたわ。そこはとても美しくてたくさんのカーペットがあって、本当に高い天井の部屋で。ジャズの父親のバンドのドラマーでもある ルイース・コッツ(Lluís Cots)にプロデュースしてもらって、わたしたちはとても快適な雰囲気の中、作業をしたの。安心していられたわ。

ピッチフォークでも高い評価を得て、世界規模であなたがたのエネルギーが注目されるようになりましたが、そうした状況の変化についてどう受け止めていますか?

C&J:いやあ、そんな実感もまだわからないし、野望とかを抱くような感情もまだ持っていないんだよ。高い評価をもらってどうですか? って訊ねられることもあるけど……本当にまだ何もわからないんだ。そういうことを考えて活動しているわけじゃないからなあ。ただ、僕たちは偽ることなしに誰よりもいいと思っているし、自分たちの音楽が好き、世界には好きなバンドも多くいるから演奏しているってだけなんだ。

Björk - ele-king

 つねに家庭崩壊の危機に瀕している先行き不安な人間が言うのもなんだが、これから先、日本でも離婚はどんどん増えていくだろう。一般論を振りかざして申し訳ないが、女性の社会進出が加速し、経済的にもどんどん自立して、家庭内における役割も相対化されていったとき、夫婦が何十年も一緒にいることの意味はさらにもっと厳しく問い詰められていくだろう。とくに慣習にあぐらをかいている多くの男性諸君は、ある時期が来たら必ずビビることになるので用心したほうがいい。人生における経験とは、ラヴソングのようにはいかないことを学ぶことなのだ……なーんて、ビョークのレヴューに相応しくない枕詞だな。
 そもそも『ヴァルニキュラ』は、かれこれ数ヶ月前(配信は1月? CDが4月?)にリリースされた作品。かくいう僕は5月に入ってアナログ盤で買ったぞ。熱心なファン(僕もそのひとりなんだけど)の方々はとっくに聴いている。そのなかには、満足した人も満足できなかった人もいるだろう。以下の文章は、それほど満足できなかった人間の与太話として聞き流してもらえたら幸いである。

 アルカ、そしてハクサン・クロークといった人たちの起用は、チルウェイヴ全盛期にウィッチな感性を打ち出した〈トライアングル〉系が脚光を浴びたのが2011年あたりだから、かつて流行に敏感だったビョークにしては、ずいぶん遅れた反応だ。
 別に早ければいいってものでもない。ウィッチ・ハウスとモダン・クラシカルの溝を埋めたのが、ジュリア・ホルターであり、ジュリアナ・バーウィックであり、さらにまたこの4年のあいだにローレル・ヘイローインガ・コープランドをはじめ、グライムスとかサファイア・スローズとか、宅録女子──性で音楽を括る愚行をお許しいただきたい──がシーンに与えてきたエネルギーを振り返ってみても、さすがビョーク、脇目もふらない力業の1枚だと思う。
 しかも、その貫禄ゆえかアルカとハクサン・クロークも自分たちの良さを出すというよりはビョークに合わせた感が強い。ビョークの熱い歌いっぷり、それをなかば演劇的に強調するトラック。夫婦仲の破局を描いた濃厚なメロドラマは、ストリングス系の調べの優麗な響きを重ねながらスピリチュアルに展開する。キャッチーな曲もなければ、離婚後の財産分与の心配などもない。僕自身もポップスターの恋の破局に同情を寄せるほど余裕があるわけではない。

 なにか別の視点があれば……マーク・ベルの不在を思う。ビョークのベストソングのひとつ“ヨーガ”においても、ベルの無機質なエレクトロニクス/ノイズが果たしている役割は大きかった。さもなければ、これまたビョークのベストソングのひとつ“オール・イズ・フル・オブ・ラヴ”におけるファンクストラングのプログラミングを思い出して欲しい。つまり、今回のような個人的で、重たい主題であればなおさらアントールドのような、感情移入はせずに、音の鳴りだけにしか関心のない人を起用するべきだったというのが僕の意見である。

 ローレル・ヘイローやインガ・コープランドなんかを聴いて、男のリアリズムを過信しているととんでもないことになるぞと思うのと違って、なんだかんだ言ってビョークは古風な人なんだと思う。僕も自分を古風だと思っている。そして、なにが正解なのか僕にはいまだにわからない。夫婦の破局/家庭崩壊──しかしこれらとて人生の新たな門出/家庭再構築と前向きに捉えることだってできる。が、理屈だけでは解決できないのところにファミリーというものの難しさがある。
 こと男女関係について言えば、僕に有益な情報を分け与えてくれるのは長年クラブ・カルチャーに関わっている人たちである。高次な精神性とは遠いかもしれないが、しかしときとして高僧並みに人間をよく見ているヤツだっている。男のリアリズムなんて嘲笑の対象。生身の男と女なんてある意味アブノーマルで、ネットで情報を拾っているだけでは、ぜんぜん真実には近づけないから。やはり早いうちにいろいろ学んでおくのが、悲劇/人生の新たな門出を避けるもっとも有益な方法だと思う。でも、それができたら苦労しないよな。

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