「AY」と一致するもの

別冊ele-king 坂本慎太郎の世界 - ele-king

 日本のみならず海外からも評価されるミュージシャンのひとり、坂本慎太郎の表現に深く迫った一冊がついに登場。
 坂本慎太郎本人の3万字(へたしたら4万字?)越えのロング・インタヴュー、関係者、バンド・メンバーたちが語る坂本、あるいは、海外の支持者たちの証言。単なるインタヴュー集にとどまらず、彼の音楽、アートワーク、そして独特の思考やユーモアがいかにして形作られているのかを多角的に解き明かす。アルバム+シングル・ディスクガイド、ゆらゆら帝国時代の主要作品も紹介。
 坂本慎太郎というアーティストが持つ「孤高の異才」としての側面を、長年彼の音楽を聴いてきた批評家/ライターたちがそれぞれの視点で分析、ファンにとっては待望の一冊です。

菊判220×148/192ページ
*レコード店では1月23日に発売。

■内容
photos:塩田正幸

【interview】
interview with Shintaro Sakamoto part 1
新作『ヤッホー』をめぐるインタヴュー(安田謙一)
interview with Shintaro Sakamoto part 2
坂本慎太郎のおもに歌詞をめぐるインタヴュー(北沢夏音)

【interview】
宮藤官九郎──シングルの「美しい」とか、あの辺からもう、違う方向に行ってるって感じはしました。でもやっぱりソロを聴いたときはびっくりしましたけどね
大根仁──数キロ先の針の穴を突くようなことをあの人はずーっとやってるじゃないですか。そこはずっと変わってないんじゃないかなと
石原洋──僕らのあいだにはちょっと、愛憎まみえるところもあるんで

【interview】
坂本慎太郎バンドのメンバーが語る「坂本ワールド」(河村祐介/小原康広)
AYA──次元が違った。そのときに見た坂本さんがいまでも頭のなかにいる
菅沼雄太──トラックだけだったものに坂本さんの歌詞が乗った瞬間に、トラックがどうでもよくなっちゃう(笑)
西内徹──「とにかくいい感じで」って言われて「やまんです」って言って吹くだけですね

【interview】
海外の友人たち
ジョシュ・マデル(NY)──彼は本当にユニークなアーティストで、古いものと新しいもの、その両方のサウンドや影響を結びつけ、完全に没入的で包み込むような雰囲気を作り出しています
ヤン・ランキッシュ(ケルン)──彼には美しくタイムレスなスタイルを捉える特別な感覚があると思うし、それはどんなムードにも合うので、私は何年にもわたって彼の作品を追いかけてきました
ティム・ベルナルデス(サンパウロ)──彼は禅的なロックンロールか何かの達人であるかのようなんです。到達しうるかぎりもっとも洗練された “シンプル” であり、ほとんど “無為の芸術”、だから、坐禅ロックンロールの達人のようなんです
ジャスティン・サイモン(NY)──1999年、友人の東京のアパートで遊んでいたとき、ゆらゆら帝国のライヴVHSを再生したんです。私は画面をじっと見つめながら、衝撃を受けていました

【アルバム/シングル・ガイド】
幻とのつきあい方(柴崎祐二)
ナマで踊ろう(TUDA)
できれば愛を(松永良平)
物語のように(安田謙一)
シングル(河村祐介、TUDA、安田謙一、野田努)

【レポート】
アンビエント・ソウル、あるいは、フハッ、のようなもの
──坂本慎太郎バンド US/MEX TOUR 2025について(松永良平)

ゆらゆら帝国──不完全ディスクガイド(イアン・F・マーティン、河村祐介、野田努)

【コラム】
坂本慎太郎の世界 (野田努)
  偶然性・アイロニー・共謀──パスワードは「平和」と二回(水越真紀)
「不気味なもの」の充満する小部屋で──「坂本慎太郎的」を求めて(柴崎祐二)
ロックンロールの限界はどこにあるのか?──『しびれ』と『めまい』から坂本のソロへと(イアン・F・マーティン)
坂本慎太郎の音世界との出会い(山辺圭司)

デザイン:鈴木聖

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
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Taylor Deupree & Zimoun - ele-king

 テイラー・デュプリーとジムーンによる『Wind Dynamic Organ, Deviations』は、「音響現象」そのものへの深い洞察を提示するエクスペリメンタル・ミュージック作品である。全6曲・約43分から成る本作は、1997年よりニューヨークを拠点にデジタル・ミニマリズムと環境音響の可能性を探究してきた〈12k〉レーベルの思想が、現在進行形で結実した一作と言える。ここで示されているのは、音楽を「聴く」という行為そのものを問い直すための実験と実践である。極めて静謐でありながら高い緊張感を孕んだ音響の集積だ。

 本作の音の核となっているのは、スイス・ベルン大聖堂に設置された「Wind Dynamic Organ(Prototype III)」と呼ばれる特殊なオルガンである。この楽器は、従来のパイプオルガンのように鍵盤操作によって音高や和声を構築するものではなく、風圧と空気量をリアルタイムで制御することで、音色そのものを連続的に変化させる構造を持つ。ノイズとして立ち上がる空気音、微細な揺らぎ、残響の変容までもが音として取り込まれ、建築空間と共振しながら「響き」が生成されていく。
 ジムーンは、この「Wind Dynamic Organ(Prototype III)」の可能性を探るため、長い時間にわたって同楽器と向き合い、継続的な研究と制作をおこなってきた。その成果はふたつのアルバムとして結実している。ひとつはジムーン単独名義による『Wind Dynamic Organ, One & Two』、もうひとつがテイラー・デュプリーとの共作である本作『Wind Dynamic Organ, Deviations』だ。前者が素材の純度と空間的存在感を前面に押し出し、オルガンの「呼吸」と残響そのものを聴取空間に満たす音響作品であるのに対し、『Deviations』は、同一の素材を起点としながらも、デュプリーの編集と構成によって再配置され、時間的・構造的に再解釈された作品となっている。両作に共通するのは、旋律や形式よりも、音が生まれ、持続し、消えていく生成過程そのものを前景化している点であり、音はここで「音楽」ではなく「現象」として立ち現れている。

 ここで両者の経歴を整理しておこう。テイラー・デュプリーは1990年代前半からエレクトロニック/アンビエント音楽の最前線で活動を続け、作家活動と並行して〈12k〉を主宰してきた。ハード・アシッド・テクノからアンビエント、グリッチ、ドローンに至るまで幅広い表現を手がけ、坂本龍一デヴィッド・シルヴィアンステファン・マチュー、スティーヴン・ヴィティエロ、クリストファー・ウィリッツらとの協働でも知られる。本作では、近年のフィールド・レコーディング的な風景描写や叙情性から一歩距離を取り、音が物理現象として立ち上がる瞬間の複雑さと静けさ、その均衡点に照準を合わせている。その編集は自己主張的ではなく、音が音として存在するための条件を精密に整える行為に近い。
 一方のジムーンは、スイス出身のサウンド・アーティストであり、音響彫刻やインスタレーションを中心に国際的評価を確立してきた人物だ。〈Room40〉などから音楽作品を発表する一方で、モーター、ワイヤー、段ボールといった工業的・日常的素材を用い、物理的運動そのものを音の源泉とする作品を制作してきた。制御と偶然が交錯するプロセスを可視化・可聴化するその手法は、音楽と美術の境界を意図的に曖昧にし、現代美術館や音響芸術祭での展示を通じて高く評価されている。ジムーンの仕事は、音を表現から解放し、出来事として空間に置く試みだと言えるだろう。

 『Wind Dynamic Organ, Deviations』は、こうしたふたりの異なる方法論が緊密に交差する地点で成立した記念碑的なアルバムである。全編は “Deviation I” から “Deviation VI” までの6トラックで構成され、それぞれが楽曲というより、同一の音響素材が異なる条件下でどのように振る舞うのかを観測する連続的な記録として機能している。“Deviation I” では素材の潜在的な立ち上がりが露わになり、“Deviation II” では微細な揺らぎが空間に拡散していく。中盤の “Deviation III” では深い低域が身体感覚を刺激し、音があたかも物質のような重量感を帯びる。“Deviation IV” では沈黙と残響が前景化し、聴取行為そのものが可視化されるかのような状態が生まれる。“Deviation V” ではジムーンのインスタレーション的性格がより強く表出し、終曲 “Deviation VI” ではすべてが収束し、静かな包摂と深い余韻が残される。
 本作はメロディやリズムを徹底して回避し、連続する変化と変容のプロセスに焦点を当てている。風圧と空気量の制御によって生まれる音は、トーンというより空間的な「音の層」として立ち上がり、空気の流れと反響が交差する地点で存在感を獲得する。聴き手は音を消費する主体ではなく、自らの聴取態度を内省する地点へと導かれていく。
 同時期に発表されたジムーンの『Wind Dynamic Organ, One & Two』と併せて聴くことで、『Deviations』における編集と再構築の精度はより明確になるだろう。前者が素材の質感と空間体験を直接的に提示するのに対し、後者は時間と構造を操作することで、聴取者を異なる音響的次元へと導く。その差異は、記録と構築、現象と作曲のあいだに引かれた繊細な境界線を浮かび上がらせる。このアプローチは、〈12k〉が長年掲げてきた「音の物質性」と「静寂の設計」という理念とも深く共鳴している。

 『Wind Dynamic Organ, Deviations』は、アンビエントやドローンといったジャンル名で安易に回収される作品ではない。それはむしろ、現代の音響表現における「聴くこと」の設計図を静かに書き換える試みであり、〈12k〉の美学がいまなお更新の途上にあることを示す確かな証左である。音はここで意味を語ることを拒み、空気とともに存在し続ける。聴き手に残されるのは、その沈黙に限りなく近い余韻と、「聴取」という行為そのものへの新たな意識である。

Ikonika - ele-king

 UKではダンス・ポップが盛ん、というのは日本からはなかなか見えづらいかもしれないが、ここにひとつ、その例証となるようなアルバムが届けられた。ロンドンのエレクトロニック・プロデューサー、アイコニカはみずから歌うことを選択し、いま、新たな扉をノックしている。
 もう15年くらい経つんだなあと感慨深くなるけれど、ポスト・ダブステップの追い風のなか、そこにエレクトロやチップチューンを導入するスタイルでアイコニカことサラ・アブデル=ハミドは〈Hyperdub〉から浮上してきた。つぎつぎとベース・ミュージックが更新されていった00年代末~10年代前半のあの空気を形成したひとり、それがアイコニカだった。

 けれどもその認識はもう古い。3枚目『Distractions』(2017)リリース後の、おそらくはパンデミック中なのではないかと推測するけれども、アブデル=ハミドには転機が訪れている。バカルディ・ハウスやゴム、アマピアノといった南アフリカ産音楽への深き傾斜──ロンドン在住の髙橋勇人によれば、アイコニカは(コード9らとともに)DJプレイでもそれらの普及に一役買っていたそうだ。
 グライム/UKドリルに寄った「Hollow EP」(2020)や『No Feelings Required』(2021)、あるいはダンスホール・シンガー、45ディボスとの共作(2018/2023)なども興味をそそるリリースではあるものの、大きな画期といえそうなのは2021年、〈Adult Swim〉のコンピに提供された楽曲 “No Way” だろう。UKファンキーとアマピアノが溶けあう同曲では、初めてアブデル=ハミド自身のヴォーカルが披露されてもいる。南ア×歌というこのアプローチは2022年の「Bubble Up EP」にも引きつがれ、2024年にはキラーなポップ・チューン “Details” へと結実している。

 そうした新機軸をアルバム単位で全面展開したのが新作『SAD』だ。冒頭 “Listen to Your Heart” からしてUKらしいメランコリアを携えた本作では、ベース・ミュージックがもつダークな美とアフリカ由来のリズムとがみごとに融合、“Gone”、“Take Control”、“Slow Burn” と、ほの暗くも気高き舞踏がつぎつぎと繰りひろげられていく。かつてエジプト出身の父がタブラで教えてくれたリズムが表現されているという “Whatchureallywant”、バカルディ調のビートがえもいわれぬせつなさを運んでくる “Your Vibe” もたまらない。オランダのグライム・プロデューサー JLSXND7RS をフィーチャーした “Sense Seeker”、ベースに耳を奪われる “Activate”、ザンビアのプロデューサー、シー・スペルズ・ドゥームを招きパーカッションを炸裂させる “Drum1(Take It)” と、終幕に向け各楽曲たちはどんどんその強度を高めていく。アルバム中唯一本人以外のヴォーカリスト(作家のタイス・シン)が参加した最終曲 “Make It Better” では、古参ファンへのサーヴィスだろうか、もう興味がなくなっちゃったのかなと不安になっていたチップチューンの断片がさりげなくしのびこまされてもいる。

 サッド。悲しい。みじめな。ぜんぶ大文字表記にしてあるのは、「社交不安障害(social anxiety disorder)」の意味も含ませるためのようだ。インスタグラムのアカウントをのぞくと、プロフィール欄に「they/them」と記されている。どうやらアイコニカは数年前、ノンバイナリーとしての自認を公表していたようで、それがみずからヴォーカリストとして立つことと連動しているのは、かつてソフィーが “It's Okay to Cry”~『Oil of Every Pearl's Un-Insides』でたどった道と完全に一致している。いやはや、ソフィーの影響力の大きさといったら……(ただし、身体をめぐるアイコニカの苦悩自体は2021年、まだヴォーカルが導入されるまえの “Bodies” でも表現されていた)
 ヴォーカリストとしての覚醒と、クィアであることの表明。それらが、サウンド面における南ア産音楽へのアプローチと両立している点こそ『SAD』の醍醐味だろう。2010年代以降、少なからぬアーティストがアイデンティティに題材をもとめてきたわけだけど、ここではそれがBLM以降のポストコロニアリズムの文脈と接続されているようにも映る。ようするに、これはきわめて2020年代的な作品ということだ。意識的にせよ無意識的にせよ、時代の流れをとらえられる音楽家は強い。本作は今後、アイコニカ第二期の代表作として語りつがれていくことになるだろう。

MURO - ele-king

 強力な組み合わせのコンピレーションがリリースされる。キング・オブ・ディギンことMUROは、90年代の時点でレアグルーヴの観点からクラブで山下達郎をプレイしたりと、80年代日本の音楽の再評価に先鞭をつけた、まさに草分け的存在だ。そんなMUROがいよいよ〈ALFA〉を掘るというのだから見すごせない。
 3月25日発売のその『DIGGIN' ALFA -selected by MURO-』は、赤盤/青盤と呼ばれる2種類のLPと、CD盤を合わせた計3種類が存在。それぞれ収録曲も異なっているが、吉田美奈子やカシオペアから昨年初めてリイシューされ話題を呼んだリンダ・キャリエールまで、グルーヴ感を忘れずに編まれているところはMUROならではだろう。曲目など詳細は下記より。

“MURO x ALFA 55th Anniversary”コンピ盤『DIGGIN' ALFA -selected by MURO-』、2026年3月25日 CD/LP 同時発売決定!

 日本が世界に誇るDJ/プロデューサー/レコード・ディガー、MUROが良質な音源の宝庫であるALFA音源から選りすぐりかつオブスキュアな音源をコンパイルしたコンピレーション盤『DIGGIN' ALFA -selected by MURO-』を2026年3月25日にリリースする。『DIGGIN' ALFA -selected by MURO-』は、CDとLP1、LP2の3種の収録曲がそれぞれ異なる内容となっており、MUROならでは独自のグルーヴ感を徹頭徹尾湛えた決定版的セレクションは、MUROファンだけでなく、これまでのALFAファンや様々な世代にもフレッシュな「新譜」として響くことは間違いない。なお、アナログはLP1の〈赤盤>とLP2の〈青盤〉の2種で発売となる。対象店舗予約・購入特典も決定しているので、確実な入手にはお早めの予約・購入をお勧めしたい。

〈MUROコメント〉
「レア・グルーヴ的な観点から掘り起こしたALFAの音源をもう一つのタペストリーのように織りなして『DIGGIN' ALFA -selected by MURO-』が生まれました。多くの方々に楽しんでいただけたらなによりです。」

■詳細はこちら https://www.110107.com/muro_diggin_alfa
■ご予約・ご購入はこちら https://lgp.lnk.to/muro_diggin_alfa

【『DIGGIN' ALFA -selected by MURO-』各種 予約・購入特典情報】
〈対象店舗/特典内容〉
・Amazon.co.jp:メガジャケ(各形態別絵柄)
・楽天ブックス:オリジナルステッカー(赤盤絵柄)
・セブンネットショッピング:オリジナルミニスマホスタンドキーホルダー(青盤絵柄)
・ディスクユニオン:オリジナル缶バッジ(各形態別絵柄)

〈注意事項〉
※全ての特典に数に限りがございますので、無くなり次第終了となります。予めご了承ください。
※CD/LPとも1枚購入につき1つ購入特典をお渡しいたします。
※対象店舗以外での配布はございません。予めご了承ください。

【商品概要】

■CD『DIGGIN’ ALFA -selected by MURO-』
2026年3月25日発売
品番:MHCL-3127
定価3,500円(税込)
・ライナーノーツ封入

■LP1:『DIGGIN' ALFA -selected by MURO- 1』〈赤盤〉
2026年3月25日発売【完全生産限定盤】
品番:MHJL-422
定価4,950円(税込)
・ライナーノーツ封入
・Warner Music Mastering 北村勝敏氏によるカッティング
・ソニー・ミュージックソリューションズ静岡プレス

■LP2: 『DIGGIN' ALFA -selected by MURO- 2』<青盤>
2026年3月25日発売【完全生産限定盤】
品番: MHJL-423
定価4,950円(税込)
・ライナーノーツ封入
・Warner Music Mastering 北村勝敏氏によるカッティング
・ソニー・ミュージックソリューションズ静岡プレス

【『DIGGIN' ALFA -selected by MURO-』各盤収録楽曲】
<ご予約・ご購入はこちら https://lgp.lnk.to/muro_diggin_alfa
※CDとLP1、LP2がそれぞれ異なる収録内容です。
※アナログは、LP1の<赤盤>とLP2の<青盤>の2種展開。

収録楽曲】全16曲
01. BREATH OF NIGHT / 喜多嶋 修
02. Say You Will / 喜多嶋 修
03. LOVIN' YOU / 吉田美奈子
04. REFLECTIONS OF YOU / CASIOPEA
05. FREESIA / CASIOPEA
06. TORNADO / 吉田美奈子
07. BREATH OF NIGHT (夜気・YAKI) / 横倉 裕 ※CDのみ収録
08. ボン・ボヤージ波止場 / 小坂 忠
09. 雲のゆくえに / 吉田美奈子
10. SUMMER BLUE / ブレッド&バター
11. ORIENTAL EXPRESS / 横倉 裕 ※CDのみ収録
12. HOT SAKE / 麻上冬目
13. YUMEDONO / 大村憲司
14. BLIZZARD / いしだあゆみ
15. BAMBOO BONG /大村憲司
16. うたたねドリーマー/ 鈴木こう

収録楽曲】全8曲
<SIDE-M_A (SIDE-A)>
01. BREATH OF NIGHT / 喜多嶋 修
02. Say You Will / 喜多嶋 修
03. LOVIN' YOU / 吉田美奈子
04. REFLECTIONS OF YOU / CASIOPEA

<SIDE-U_L (SIDE-B)>
01. FREESIA / CASIOPEA
02. TORNADO / 吉田美奈子
03. ボン・ボヤージ波止場 / 小坂 忠
04. 雲のゆくえに / 吉田美奈子



収録楽曲】全9曲
<SIDE-R_F (SIDE-A)>
01. LOVE CELEBRATION / LINDA CARRIERE ※LP2のみ収録
02. YUMEDONO / 大村憲司
03. HOT SAKE / 麻上冬目
04. BLIZZARD / いしだあゆみ
05. BAMBOO BONG / 大村憲司

<SIDE-O_A (SIDE-B)>
01. うたたねドリーマー / 鈴木こう
02. TAKE ME / 大野方栄 ※LP2のみ収録
03. FIRECRAKER (REMIX) / Y.M.O. ※LP2のみ収録
04. BEHIND THE MASK (REMIX) / Y.M.O. ※LP2のみ収録

【MUROプロフィール】
日本が世界に誇るKing Of Diggin'ことMURO。'80年代後半〜'90年代初頭KRUSH POSSE、MICROPHONE PAGERで日本のヒップホップ黎明期から活躍。ソロでは国内外でのDJ、マイアミ「WMC」出演、米レーベル「STONES THROW」のツアー参加等で、世界中の有名DJ/クリエイターらと密に交流、全世界コネクションを独自に開拓。レーベル公式MIXも多数発表。信頼度認知度抜群、国内外で絶大な人気を誇る唯一無二のDJ/プロデューサー。なお本作発売日はMUROの誕生日でもある。
https://www.instagram.com/dj_muro/

・毎週水曜日21:00〜 TOKYO FM MURO presents「KING OF DIGGIN’」
 https://www.tfm.co.jp/kod/
・2026年よりWEB「Commune H」でMUROレギュラー連載開始予定
 https://c.houyhnhnm.jp

interview with Kneecap (Mo Chara and Móglaí Bap) - ele-king

 政治において、言語は戦場であり法廷で争うための手段となる。その場に立つ全員が言葉の些細な言い回しを巡って議論する。そこで我々は弁護士となり、言葉の意味の違いを研ぎ澄ませて鋭利な刃物に変える兵士にもなる。その最たる現場がベルファストの政治だ。地理的にはアイルランドに位置しながら、一部はイギリスの統治下にあり、政治的・宗教的な背景によってカルチャーも分断されている。
 モウグリ・バップとモ・カラのラッパーふたりとDJプロヴィからなるベルファストを拠点にするニーキャップの作品はそのような言語の宝庫であり、アイルランドの政治的風景を言葉とヴィジュアルの両方から色濃く反映している。DJプロヴィという(*「Provisional IRA(暫定IRA)」の略称から派生したスラング「Provei」が元ネタ)アーティスト名しかり、あるいはアイルランド国旗の3色の目出し帽もアイルランド共和派の武装組織IRAを示唆している。そもそもバンド名のニーキャップ自体が上記の関連団体によっておこなわれた悪名高い拷問を伴う制裁手段について言及している。つまり、あからさまに挑発している。しかし、このようなメッセージ性をライヴにおけるパーティのどんちゃん騒ぎ的なノリと合わせることによって、彼らはその背景にある恐怖や緊張感を緩和すると同時に、宗派の垣根を越えて若いファン層、とりわけ1998年の和平合意以降に育った若者が集える場を提供している。
 とはいえ、彼ら自身はゴリゴリの共和主義者であり、アイルランド語で楽曲を制作し、イギリスによる北アイルランドの統治に対して公の場で激しく抗議している。さらに労働者階級であることに誇りを持ち、保守党の元首相マーガレット・サッチャーに対していまだに根深い嫌悪感を抱き続ける姿勢は、アイルランド国内だけでなくイギリスの左派系リスナーから圧倒的な支持を受けている(筆者もまたそのひとり)。さらにパレスチナへの支持も公言しており、それが原因でイギリスの首相キア・スターマー政権から糾弾され、同政権から反テロ法を盾にモ・カラがハマスを支持しているとの理由に(いまのところ、まったくの不毛な作戦とはいえ)法的に執拗な攻撃を受けている。
 メディアや政治界などの権威からはニーキャップは無責任で無神経な危険分子のような描かれ方をしているのかもしれない。しかし、セルフ・タイトルにして彼ら自身が主演を務める映画『ニーキャップ』はときに寓話を交えながらフィクションという形で、彼ら自身が自らの目線で自らのストーリーを語る機会を提供している。さらにその特異な言語にフォーカスすることで、国家レベルから日常生活のレベルの両方から政治について多面的に映し出しながら、政治家やタブロイド紙が伝えるストーリーのカウンターとして、よりパンチとユーモアの効いた繊細な物語と同時に、いわゆる「トラブルズ」と呼ばれる北アイルランド紛争下のステレオタイプのイメージを覆す形でベルファストに暮らす人々の日常を描き出している。
 今回、モウグリ・バップとモ・カラにビデオ通話によるインタヴューで、言語およびそこに含まる細部やニュアンスが、彼らの歌詞だけでなくアイデンティティや日常生活であり、そのすべてに関わる政治においてどのような中心的役割を担っているのかについて語ってもらった。

うちのライヴについて確実に言えるのは、ものすごい多様性があるってこと。全ジェンダーが勢揃いしてる。(モ・カラ)

いまではインターネットのおかげで、フランス語だのバスク語だのカタルーニャ語だの、ありとあらゆる言語の音楽にアクセスできるようになってる。いまはもっと実のある音楽が求められてる時代になってるんだろうね。(モウグリ・バップ)

音楽を作って表現するというのは、ある種の空間なり環境を作り出してリスナーに提供するという側面もありますよね。ことライヴ・パフォーマンスでは大いにそれがあてはまると思うのですが、どのような空間を作り上げようとしていますか?

モウグリ・バップ:ニーキャップの使命のひとつとして、いまのメインストリームのラジオじゃ滅多に取り上げられることがない言語で語っていく、つまり、アイルランド語を中心にした自分たちのリアリティを反映した空間を作り上げようっていうのがあるんで。音楽を通して人びとがアイルランド語と繋がれる環境を作りたいわけさ。アイルランド語を自分自身のアイデンティティの一部として感じてもらいたい。これまでそういうことをやってる連中っていなかったんで。少なくともアイルランドのいまどきのヒップホップ・シーンにおいては。

モ・カラ:うちのライヴについて確実に言えるのは、ものすごい多様性があるってこと。全ジェンダーが勢揃いしてる。ヨーロッパというか、少なくともイギリスとアイルランドのヒップホップ・シーンってほぼ野郎に支配されてるじゃん。それがうちのバンドはカルチャー的側面も入ってきてるんでね。言語だったりとか、そこに伴うアイデンティティだったり、そこからも共感できる。毎回、ありとあらゆるジェンダーが集まってる。めっちゃエネルギーに溢れてるし、毎回モッシュピットが起きるし、モッシュするときは全員一緒、性別に関係なく、誰もケガしないようにお互いに気を遣いながら。誰にとってもめちゃくちゃ安全な場なんだよ。誰でも輪のなかに入ることができるし、そこに参加したいと願う全員にとってのオーガナイズされたカオスって感じ。

ライヴ映像を見る限りモッシュピットがライヴで重要な位置を占めているように思いますが、そこには何らかの意図があるんでしょうか。実際、あなた方もそこに注力しているように見受けられますし、その場にいるが安全に楽しめるようにすごく気を配っているようですね。

モ・カラ:若干、エネルギー過剰って説も! というか、そもそもそれ自体がエネルギーを宿してるような、うちのバンドでやってるモッシュピットってそういうものだから。みんなそれを期待してるわけで、客のほうも盛り上がりにきてるみたいな……だから、盛り上げ役としては超ラクだよね。そもそもモッシュピットのことを聞きつけた上で会場に集まってるわけで、なんなら客同士が勝手にモッシュピットをはじめて盛り上がってる。とりあえずモッシュしてる最中ってめちゃくちゃ自由に感じるじゃん、なんか知んないけどさ。モッシュの輪のなかにいると、自分も全体の一部になったみたいな感覚になるっていうか、たんにライヴに来た客のひとりじゃなくて、それよりも大きな何かに繋がった感覚になる。自分もショウの一部になるわけさ。要するに、双方向からのエネルギーの交換がおこなわれてるわけだよね。俺らも客を楽しませるし、向こうも俺らを楽しませてくれる。

モウグリ・バップ:ライヴに熱狂が生まれるのと同時に一体感も生まれる。お互い安全な状態を保ちつつ楽しむためには信頼関係がないと。それがあるからこそ、モッシュピットはうちのライヴの中心みたいな存在になってるんじゃないかな。みんなうちのライヴからそういうものを受け取ってるわけさ、その場にいる全員が仲間みたいな意識というか。

それって、あなたたちの政治的な思想にもあてはまりますよね。仲間意識であり人びとを繋いでいく力みたいな。

モウグリ・バップ:まさに。

モ・カラ:政治だって、ある意味、パーティと同じぐらい大事だからね。 政治に突っ込んでいくのだって、その先に楽しいことが待ってるって期待してるからなわけじゃん。あるいは戦いに勝利して祝福しようって気持ちがあるからなわけじゃん。パーティもライヴで自由になるのも生きるために必要不可欠なもんなんでね。

そもそも共産党って言葉自体に、パーティ(党)って言葉が入ってますもんね。

モ・カラ:マジそれな!

モウグリ・バップ:ハハハ!

モ・カラ:てか、めっちゃウケてんじゃん!

政治に突っ込んでいくのだって、その先に楽しいことが待ってるって期待してるからなわけじゃん。あるいは戦いに勝利して祝福しようって気持ちがあるからなわけじゃん。パーティもライヴで自由になるのも生きるために必要不可欠なもんなんでね。(モ・カラ)

アイルランド語なり少数言語で歌うことの何がいいって、本質的に反資本主義的であるってことで、金儲けのためじゃなくてコミュニティのために存在してるってとこだよ。(モウグリ・バップ)

以前もおっしゃっていましたが、ベルファストでもアイルランド語を話してる人口はそんなに多くないですよね。音楽という形を介すことでアイルランド語を完全に理解していなくても、その言語と繋がると思いますか。

モウグリ・バップ:とはいえ、流暢でなくてもいくつかの単語は知ってたりしるし、うちのライヴに来て一緒に歌ってアイルランドも十分堪能してもらえるんじゃないかな。流暢じゃなくても、その言葉を楽しむことはできるんだから。あともうひとつ重要なこととして、少数言語を話す環境に育った子どもって、まわりでその言語が使われてないと、その言語には価値がない、あるいは社会的に重要じゃないって自然と思い込まされるようになるんだよね。だから、俺らの映画が映画館で上映されたりラジオで曲がかかったりすることで、それまでアイルランド語に付随してた恥の部分が払拭されて、自分たちの言語でありアイデンティティに誇りが持てるように。 実際、うちのライヴに来る客のほとんどはアイルランド語を話せないけど、それでも十分楽しんでるしアイルランド語で一緒に歌って大満足してる。

モ・カラ:そりゃまあ、自分らの場合はラッキーだったっていうか、アイルランド語の学校に通わせてもらう機会に恵まれてたんで。というのも、自分たちの前の世代が国から支援もないなかでゼロから築き上げてくれたものなわけで。いまではみんな普通にウチのライヴに来て、たんに学校で勉強する科目とは別の形でアイルランド語に慣れ親しむことができる。それこそ自分たちの一世代、二世代前の世代にとってたんに学校で習うだけでそれ、それ以外で使う機会もなかったのが、いまではライヴだの映画だの学校の外でも楽しめるものになってる。

1950年代のロックンロールの誕生以来、全世界においてポップ・ミュージックも英語の曲中心でしたよね。いまの英語が母語のリスナーは、自分たちが理解できない言語の音楽も以前よりもオープンに楽しめるようになってると思いますか?

モ・カラ:いや、確実にそれはあるでしょ。いまって、みんな何かしら新しいものを求めている時代で、前例のないものだったり、これまでとは違うものを自分から探しに行くようになってる。60年代の人間に自分の知らない外国語の音楽って言っても、なかなかピンと来なかっただろうけど、いまではみんな普通に言葉なんて関係なしに音楽を聴いてる。

モウグリ・バップ:結局、英語が長いあいだ公共の電波を支配してきたのだって、昔は音楽を発表する機会が大手のラジオだのテレビだの一つ二つのメディアに絞られていたからであって。それがいまではインターネットのおかげで、フランス語だのバスク語だのカタルーニャ語だの、ありとあらゆる言語の音楽にアクセスできるようになってる。いま、うちの相方が言ってたように、いまはもっと実のある音楽が求められてる時代になってるんだろうね。

以前のように世界のポップ・カルチャーをアメリカが支配しているという構造が崩れかけてるのもあるんじゃないでしょうかね。

モ・カラ:まさに!

モウグリ・バップ:それってアメリカで植民地の支配者の銅像が撤去されていったのと同じ動きだよね。植民地とか、主要もしくは多数派言語による支配が徐々に綻びを見せてる証拠だよね。しかもいまではインターネットのおかげで、人びとが自分で聴きたい音楽を自分で選ぶ権利を取り戻してる。アイルランド語なり少数言語で歌うことの何がいいって、本質的に反資本主義的であるってことで、金儲けのためじゃなくてコミュニティのために存在してるってとこだよ。

モ・カラ:過去の歴史からも帝国が崇拝対象となるシステムになってたわけで、アートもそれに倣うような形になってたわけで。英語で歌われてきたのなんてまさにその最たる例だし。でもいまはわざわざ学校で勉強するまでもなく、誰でもインターネットにアクセスして、諸外国の歴史について知ることができるし、かつての帝国がどれだけ世界に害悪をもたらしてきたかもはや周知の事実になってるわけさ(笑)。結果として、先住民族の言語や少数民族のカルチャーが再び注目されるようになってる。

モウグリ・バップ:いま言ったのって、インターネットがもたらした最大限にポジティヴな面の一例だよね。そりゃまあ、アメリカや中東の帝国主義者の連中はフェイク・ニュースを拡散するためにインターネットを利用してるっていう側面があるとはいえ。

※このあとふたりの舌鋒はまだまだ続きます。後編は2月下旬発売予定の『別冊ele-king 音楽は世界を変える』に掲載。ぜひそちらもチェックを。


English version

interviewed by Ian F. Martin

When it comes to politics, language is both a battleground and a courtroom. It makes lawyers of us all, arguing over the finest differences in meanings between words, and it makes soldiers of us too, honing these differences down into blades. Nowhere is that more true than in the politics of Belfast. Geographically part of Ireland, ruled as part of the United Kingdom, and culturally split down the middle along political and religious grounds.

Formed by rappers Móglaí Bap and Mo Chara, along with DJ Próvaí, Belfast-based band Kneecap’s work is dense with the language, both verbal and visual, of the Irish political landscape. DJ Próvaí’s name and Irish tricolour flag balaclava are both references to the republican paramilitary group the IRA. The group’s name refers to a notorious form of torture and punishment carried out by such groups. It’s a provocation, for sure, but marrying this language to the sort of raucous party atmosphere of their shows is also a way of putting the edge of fear and danger it implies behind them and open up a shared space for young fans from both sides of the sectarian divide — especially those who grew up in the years after the 1998 peace agreement.

That said, the group are staunch republicans, writing in the Irish language and fiercely and vocally opposed to British rule over their corner of Ireland. They are proudly working class and retain a deep loathing for Conservative former Prime Minister Margaret Thatcher, which has endeared them to left-leaning listeners both at home and in Britain (I’ll admit, myself included). They have also been vocal supporters of Palestine and attracted condemnation and ongoing legal attacks from the government of British prime minister Keir Starmer, who have used anti-terrorism laws to (thus far unsuccessfully) prosecute Mo Chara on accusations of promoting Hamas.

Seen only through the lens of the media and political establishment, Kneecap come across as irresponsible, insensitive and dangerous. Their self-titled movie, which stars the group themselves in a fictionalised, often allegorical version of their origin story, was an opportunity for the group to frame their story in their own way, and in its explicit focus on language as a multilayered vehicle for politics on both a national level and in daily life, presented a powerful, funny and nuanced counter-narrative to the story the politicians and tabloid newspapers were telling, as well as a depiction of Belfast life that subverts many of the Troubles-era stereotypes of the city.

I spoke to Móglaí Bap and Mo Chara via video about how language in all its specificities and nuances is at work at the core of not just their lyrics but their identities, their everyday lives, and the politics that run through it all.

When you make music, you’re also creating a space or an environment for the listeners, especially when you think of the live performance. What kind of space are you trying to create?

Móglaí Bap (MB): A big part of Kneecap is creating this environment of reality where the Irish language is central, especially as it’s not a language that’s heard a lot on the mainstream radio. So we’re trying to create an environment where people can connect with the language through the music. They can identify with the language. And it’s not something that’s been done, really, in contemporary hip hop music in Ireland.

Mo Chara (MC): There’s also something to be said about our gigs that we have such a mix. There’s a mix of all genders. I think a lot of hip hop gigs in Europe, in England, in Ireland, it’s very male-dominated. And I think the difference with Kneecap is that we have a cultural aspect to it as well, with language and identity to it, so people relate to that. We always have a mix of genders. We have very high energy gigs, there’s always moshpits, but everyone’s moshing together, all genders, no one’s trying to injure each other. It’s a very safe space for everyone. Organised chaos for everybody who wants to be involved.

Watching videos of your live performances, the moshpit seems to have a central place in the show. Is there something special about the moshpit? Because you seem to put a lot of energy into that part of the show — organising, or taking a lot of care to make sure everybody’s safe.

MC: Maybe too much energy sometimes! But I think it took on a life of its own, the moshpits that we do, because everyone is expecting hig energy, and what happens is the crowd… we can rile them up pretty easily, but the crowd have heard about all the moshpits and so they come in and do it themselves. The thing is there’s something very freeing about it. When you’re part of a moshpit, you’re part of a collective, you’re part of a greater thing rather than just an individual at a show — you’re part of a show then. When there’s a moshpit happening, the audience are putting on a show for us. It’s kind of transactional: we entertain them, they entertain us back.

MB: It creates a sense of excitement at the gig, and also a sense of solidarity between people because you have to rely on each other to keep each other safe and have a good time. So I think that’s why it’s kind of central to our gigs, because that’s what people get from our gigs: a sense of solidarity.

Which I guess feeds into the political aspects of what you do: the sense of solidarity and everyone being in it together.

MB: Exactly.

MC: In certain scenarios, politics is just as important as partying. I mean what’s the point of chasing political memes unless you’re going to be able to enjoy yourself at the same time, or enjoy yourself after the fight’s done? So partying and the freedom that comes with gigs are just as important a part of life.

You can’t spell “Communist Party” without “party”!

MC: Exactly!

MB: Hahaha!

MC: He loves that one!

You’ve mentioned in the past about how, even in Belfast, there’s not a lot of Irish speakers, so is there a way in which, by delivering it through music, that gives people a way to connect with it even without fully understanding all of it?

MB: One aspect of it is that people who don’t speak Irish but they speak a few words, they can come to the gig and they can sing along and get that sense of fulfilment, that you don’t have to be fluent to enjoy the language. And another aspect of it is that, when you speak a minority language growing up as a kid, if it’s not heard, you feel like it’s not worthy or that society values it. So the fact that our movie was in the cinemas and our songs are on the radio, it gets rid of that shame and gives them self esteem towards their language and identity. Most people don’t speak Irish at our gigs, so the fact that they can come along, enjoy the gig and sing along in Irish, there’s a sense of fulfilment there.

MC: Obviously we were lucky enough that we had the opportunities to go to school in Irish because of the generations that came before us who had built that stuff up from scratch with no help from the state. And now people can come to our shows and it’s not just a school subject the way it was for the generation or two before us, where they were just learning it in school and they didn’t have any services or anywhere to go to enjoy it socially. Now people can go to a show or see a movie and it’s just about taking it outside of the classroom.

Since the birth of rock’n’roll in the 50s, pop music worldwide has been dominated by the English language. Do you think English speaking audiences nowadays are becoming more open to enjoying music in languages they don’t speak?

MC: Definitely. I think we’re at a time in history now where we’re seeking something different. Everybody’s seeking something new, that hasn’t been done, or branching out in some way. If you tried to explain to somebody in the 60s that you’re listening to music in a language you don7t understand, it’s probably alien to them, but now it’s become the norm.

MB: The reason that English has dominated the airwaves for so long is because there was only one or two avenues for getting your music out there through mainstream radio or TV or whatever, but now you have the internet, and there’s people singing in French or languages you’ve never even heard, Basque languages or Catalan or whatever, so now we have access to all this music and I think, as he was saying, people are looking for something with a bit more substance these days.

I wonder as well if part of it’s also this sort of slow collapse of the United States as the centre of global pop culture.

MC: Yes!

MB: I think it’s kind of reflected in, you know when they were taking down the statues in America of the former colonialists. I think that’s part of this slow degeneration of this idea of colonies, of mainstream languages, of majority languages. And with the internet, we can take back control of the avenues of listening to music. And a good thing about singing in Irish or any minority language is that it’s anti-capitalist at its core because it’s not there for profit, it’s there for the sake of community.

MC: If you go back, empires have always been looked up to, and obviously art kind of imitated that, obviously with music always being in the English language and stuff, but now you don’t have to be in a classroom to learn a certain subject, anyone can get on the internet and listen to someone talk about some historical event that happened in another country, we’ve all kind of realised that empires have (laughs) been a kind of bad thing for the world, so people are looking more towards indigenous languages and more towards minority culture again.

MB: I think that’s the most positive aspect of the internet, because of course we have imperialists in America and the Middle East, etcetera, using the internet as a means of spreading fake news.

Vol.3:≋師走≋ 今年の振り返り - ele-king

 Hello Hello! hey hey! heykazmaです。
 2025年も終わりに近づいてきました。
 私にとって、今年は大きな変化の一年でしたᯓ✦∘˙
 仙台から進学を理由に東京へ引っ越し、さまざまな人との出会いがあり、パーティのオーガナイズ、連載のスタート、1st EPの制作など、初めての経験を多く重ねましたン

 都外でDJをする機会もありがたいことに多く、北海道、宮城、千葉、埼玉、神奈川、長野など、さまざまな場所でDJをすることができました。
 その土地の空気や雰囲気を感じながらDJができたことは、かけがえのない経験だったなと思いまくりでふ。

 一方で、オーガナイザーの想いや、パーティの在り方について深く考える一年でもありました₊˚⊹⋆

 今年はパーティを3回企画し、下北沢SPREAD、幡ヶ谷Forestlimit、日本橋BnA_WALLで開催しました (イェイイェイ!
 パーティというものは、音楽をただ消費するための行事ではなく、出演者やお客さん同士のつながりや出会いも含めて、大切にしていきたいものだと改めて感じています。
 音楽が道具として消費されているようにしか見えない場面や、コンセプトの意図がまったく感じられず、何を目的としておこなわれているのかわからないパーティに出会うこともあり、そこに強い「違和感」を覚えることもありましたわ…

 そんななかで、今年とても印象に残り、心から感心したパーティが、9月に成田空港の滑走路内にある木の根ペンションで開催されたRAVEパーティ『WAIFU Airport Rave Special』でした.


 主催のパーティ・コレクティヴ〈WAIFU〉は万人にとっての安全なスペースの構築をめざすクィア・パーティ。
 この木の根ペンションでのRAVEはアーティストのウェンデリン・ファン・オルデンボルフさんによる新作映像作品『Lyrical Vengeance』の撮影にも参加していましタ。

 人権に関する問題(例えば選択的夫婦別姓など)の基準がコロコロ変わる社会。
 権力者が「NO」と言えば、それがまかり通ってしまう構造。
 自分たちの生活への不満が、マイノリティへの攻撃や差別、はたまた仮想敵へと向かってしまう傾向の強いいまの世の中を見ていて、本来向き合うべきは腐敗した政治や社会構造であるはずなのに、プロテストの方向が間違っていると感じることがここ最近増えたんですよね~。まじでいい加減にって感じ普通に.
 いま、私たちの基本的人権がかろうじて守られているのは、時代時代で人々が差別や不平等などと闘い、努力を重ねて勝ち取ってきてくれたおかげなんだと思う。
 それは、ジェンダー・アイデンティティやジェノサイドの問題ともつながっているはず。
 努力と闘いの歴史があるなかで、いまなお差別主義や排外主義の声がここまで強まっていることに、強い疑問を感じまくりでございまする。
 三里塚闘争についても、私はそれに近いものを感じたんですよねぇ~。

 会場となった「木の根ペンション」は、成田空港建設に反対する「三里塚闘争」の拠点のひとつであり、国家権力と資本主義、農村や自然との共生が衝突してきた歴史を象徴するような場所。農村地域、都市部、生産者、消費者を結ぶ交流の場として1989年に畑の農道脇に建てられ、2000年代に入り地域が丸ごと空港に買収されるなかで、政府公団からの撤去要請を拒否する形で、現在の場所に移築され現在に至っています。
 「ペンション」と呼ばれていますが、現在は宿泊施設としての業務は休止しており、住民が住み継ぎながら、建物と土地の維持管理をしています。塀を隔てた空港は、1.5mのアスファルトで埋め尽くされ、数百トンもの飛行機が飛び交い、まさしく資本主義と石油文明の象徴です。そのなかに、土があり、木があり、鳥が飛び、人が住む場所「木の根ペンション」があるというのは、資本主義にどっぷりと浸かって生きていながらも、一方では、土からは離れては生きていけないという、人類の抱える混沌と矛盾を象徴した場所ともいえ、いまもなお、第三滑走路建設のために土地が奪われようとしている住民がおられます。
 この場所で、成田闘争当時のような過激な言葉や暴力ではなく、多様な生き方や考え方を認め合う平和的なイベントとして社会と対峙し、「木の根ペンション」を未来永劫受け継いでいくため、今回は敬意と平和維持の思いを込めて、ペンションの住人とともにイベントをおこなう。

 この概要を見たとき、私はとても衝撃的だった。
 ロケーションが「ただ空港に囲まれている very funny …な場所」なだけではなく、その場所でやる意味、その場所でやる大切さをはっきりと認識しました。
 国から「正しくない存在」と思われている people たちが集まり、好き勝手に Dancing しまくりあげ、誰もが安全であることが守られている. この図まじで胸熱すぎるんだってわけ。
 マジでWAIFU主催のみんな超~~~絶 respect & LOVE しかないわ.˚₊‧꒰ა♡໒꒱ ‧₊˚.
 それ以降、私はパーティ・コレクティヴをやる意味について、主催者としてより深く考えるようになりました~
 いくらロケーションがおもしろいフェスやパーティでも、どういった意図でおこなわれているのかがまったくわからないままだと、ただ立ち尽くしてしまう。̆̈
 セーファー・スペースを提供しているコレクティヴの大切さを、私自身もパーティをオーガナイズする身として、きちんと環境として整えていきたいと強く思いまくり!!!

https://www.instagram.com/stories/highlights/18004934543667226/
(WAIFUパーティの様子が気になった人は私のストーリーのハイライトをチェックしてね♪)

 こうした経験を通して、私は改めて「なぜパーティをやるのか!!!!!!」「何を大切にしたいのか!!!!!!」を考えるようになりました.
 ただ音楽を鳴らす場所yeahyeah♪ではなく、そこに集まる人たちが安心して存在できること、その場にいる理由や文脈がきちんと感じられるyeahyeah♪ってこと。
 パーティが、その一夜限りで終わる消費物ではなく、記憶や感情として残っていくこと。
 そのすべてを含めて、場をつくりたいと思っていまする
 そうした考えの延長線上にあるのが、私が主催するパーティ yuu.ten ⊹꒷꒦ 。゚﹒✧
 yuu.ten は「音に溶ける」をコンセプトに、音楽、表現、人、空間が分断されることなく混ざり合う場を目指してきました゚﹒✧
 出演者と来場者、ジャンルや肩書きの境界が溶け、ただその場にいるという感覚をshareできること。
 そのためのセーファー・スペースでありたいと考えています✧˖°. ♪
 次回の yuu.ten は、2026年1月16日(金)、下北沢SPREADにて開催決定ィ♪
 私の友人の少女写真家・飯田エリカが作品を発表するZINEシリーズの新刊『MiX vol.3 HOLY Dystopian Party』の発売を記念したライヴ・イベントとしておこなうよ⟡₊˚⊹♡
 私自身が、これまで感じてきた違和感や問い、そして大切にしたいと強く思った価値観を、ひとつのパーティとして形にする試みって感じなんで、ガチで100,000人ご来場お待ちしております!!!!!!!!!!

2026年1月16日(金)
OPEN 18:30 / START 19:00 / CLOSE 23:00
MiX & yuu.ten presents「HOLY Dystopian Party」
at SPREAD
[Ticket]
VIP ¥7,500
ADV ¥3,300
U-25 ¥2,500
DOOR ¥4,300
(ALL +1D)
https://livepocket.jp/e/holy-dystopian-party

[LIVE]
あっこゴリラ
諭吉佳作/men
Shöka
[DJ]
heykazma
Yuki Kawamura
Bothis
※VIPチケットには「MiX vol.3」(出演者サイン入り)が付属。

 ZINEシリーズ「MiX」は、作品を通してさまざまな女性像を写して、美しさとは何かをともに考え、理想の女性像を追い求めるのではなく、彼女自身が撮りたい、一緒に表現したいと感じた人と向き合い、愛や夢、美しさ、悲しみ、心といった多様な感情を写し混ぜていくシリーズ。
 vol.3のテーマは「ディストピア(終末世界)でわたしたちは踊る」
 戦争も自然破壊もこのまま突き進めば世界は簡単に壊れるかもしれない___
 そんなディストピアの空気を感じる今、人間すら人種やセクシャリティで差別される。
 世界が終わりに進む世界で
 権威者が恐れた異端(クィア)な存在が歌い踊るパーティをしているかもしれない
 そんな景色が浮かんだ
 HOLY__聖なる/すごい・感嘆
 世界が終わろうが歌い・踊る異端者を美しく写す

 そうそう、HOLY Dystopian Partyをイメージして、プレイリストを作ってみたのです!
 「Party」と書いているとダンス・ミュージックがメインだと思われがちですが、私は必ずしもそうである必要はないと思っている。
 「踊る」を、身体的な動きだけでなく、心のなかにある概念として捉え、淡々とヴァイブスがいい感じの楽曲たちを並べましたよ~
 「身体を揺らす」ことだけが踊りではなく、心のなかの “なにか” が動いた瞬間、それはもう踊りだから。(コレ結構マジでだから)
 なので、アコースティックや弦楽器の楽曲も入れています。
 50,000回ぐらいはリピートしてね~ん✌️


 次回の連載は、2月2日にリリースする1st EP「15」についてのセルフライナーノーツをお届けします!!!
 書くの頑張りますんで!!!絶対にみてくれ!!!!

 ちゅーことで、1/16も下北沢SPREADにて、ご来場お待ちしています!!!!

 以上、heykazmaでした!!!
 これをみている物体のみんな、良いお年を~~‧₊˚⋅♡⋅˚₊‧

R.I.P. Steve Cropper - ele-king

 2025年12月3日、晩年を過ごしたナッシュヴィルでギタリストのスティーヴ・クロッパーが逝った。享年84歳。ミズーリ州で生まれ、幼少期にメンフィスヘ移住。この地にはB.B. キングやルーファス・トーマスがDJを務める黒人向けのラジオ局WDIAがあった。それまでカントリーに親しんでいたクロッパーは街の中心地から電波に乗って押し寄せるブルースやR&Bにたちまち心奪われていった。ハイ・スクール時代に生涯の友となるギターに出会い、この世を去るまで第一線に留まって演奏を続けることになるのだが、そのキャリアを紐解くにはサザン・ソウルの源となる〈スタックス・レコード〉での活動を追わなければならない。

 ‘59年、銀行マンのジム・スチュワートと教師だった姉のエステル・アクストンはメンフィスにレコード・ショップを併設した録音スタジオをオープンした。そこに集い、ショップで流行りのレコードに耳を傾けた若者の中にクロッパーや永年の相棒となるベース弾きのドナルド・ダック・ダン、ホーン・プレイヤーのパッキー・アクストン(エステルの息子)、ウェイン・ジャクスン、ドン・ニックスらが居た。この白人たちはロイヤル・スペイズなるバンドを結成し、近隣のクラブで腕を磨いていく。レコード・デビューはすぐ目の前にあった。バンドにフロイド・ニューマン、カーティス・グリーンら黒人も加わり、スタックス・スタジオであれこれ試行錯誤して半年ほどの期間を経て完成したのが“Last Night”だ。バンド名をマーキーズと変え、スタックスの前身サテライト・レーベルから’61年にリリースされた。エイト・ビートのブルース進行、主役はホーン・リフとスムーチー・スミスのオルガンでクロッパーのパートは目立たぬものだが、R&Bチャート#2に上がる大ヒットを記録。こうしてキャリアは華々しく幕を開けた。

 近隣の高校に通っていたブッカー・T・ジョーンズ、既にメンフィスのミュージック・ボス、ウィリー・ミッチェルのバンドでビートを刻んだアル・ジャクスン・ジュニア、マーキーズのメンバー、ルイス・スタインバーグ、そしてクロッパーが揃い、〈スタックス〉のハウス・バンドとして名高いMG’sが始動する。シンガーのバッキングを務める合間、スタジオで何気なくジャムっていたインストがいけそうだ、ということになりブッカー・T&ザ・MG’s単独で急遽シングルをリリース。“Green Onion”で聴けるオルガン・テーマの隙間に切り込む豪胆なリック、タイトなリフにクロッパーの真価が示される。当初はB面に配されていたというこの曲が何とR&Bチャート#1を記録。ブルース・コードとルーズなシャッフルが生み出す簡素なMG’sのグルーヴは後のR&Bインストに大きな影響を与えることになる。盟友ダック・ダンは’64年終わりにルイスと交代してMG’sに加入した。テレキャスターを愛用したクロッパーは1~2弦は一般のギタリストより細い弦を好み、伴奏では主に1~4弦を弾いたという。それはホーン・セクションの音域を邪魔しないようにという配慮だったと語る。歌手の背後では瞬発力あるトーンで間合いを埋め、ソロ・パートに転ずれば無駄のない手数でフレーズを組立てた。

 ‘62年にオーティス・レディングが、’65年にはサム&デイヴがスタックス・スタジオで録音を開始する。ジャンプ・ナンバーではザクザクとコードを刻んでソウルの熱気度を高め、オーティスの“Pain In My Heart”、サム&デイヴの“I Got Everything I Need”のようなバラードでは優しく寄り添って哀感を高める。もう絶品というしかない。また激情的なブルース・ギターはルーファス・トーマスの“Did You Ever Love a Woman”でたっぷり聴ける。60年代の〈スタックス〉黄金期、スタジオ・ワーク以外でもプロデュース、作曲などでサザン・ソウルの発展に貢献した。ウィルスン・ピケットの“In the Midnight Hour”、エディ・フロイドの“Knock on Wood”など書き残した楽曲は数あるが、中でも特筆すべきはオーティスと共作した“Dock of the Bay”だろう。’67年の暮れに飛行機事故で亡くなる3日前に録音されたこの曲にはシンガー・ソング・ライターの世界に通ずる内省的な感触があり、ゴツゴツとしたいつものスタックス・サウンドは見当たらない。もしオーティスが生きていればクロッパーと共に次なるソウルを提示したのでは、なんて夢想してみたり。

 〈スタックス〉は〈アトランティック・レコード〉に全米配給権を委託してヒットを量産してきたが、その契約はオーティスの死と同じ時期に終わりを告げる。’68年にスタックスはパラマウントに売却されて活動を継続するが、公民権運動の指導者キング牧師の暗殺事件は白人黒人協同で仕事をしてきた〈スタックス〉に暗い影を落し、デトロイトから大物プロデューサー、ドン・デイヴィスを迎える頃には創業期の家族的な態勢は崩れていった。そんな状況にブッカー・Tは去り、クロッパーも’70年には〈スタックス〉を離れて独立。TMIスタジオとレコード会社をメンフィスに立ち上げ、地元シンガーやブルーアイド・ソウルのロイ・ヘッドを録音して〈TMI〉レーベルをスタートさせた。これまで身を置いてきたサザン・ソウルは70年代を迎えるとニュー・ソウル、ファンク、スウィート・ソウルの台頭で衰退しつつあった。しかしスタックスで培った実力と功績はジャンルレスでミュージシャンを魅き寄せる。新設スタジオではタワー・オブ・パワー、ジェフ・ベック・グループらがレコーディングを行い、クロッパーはミキシングやプロデュースを担当してアルバムを仕上げている。’77年にはザ・バンドのリヴォン・ヘルム率いるRCOオールスターズへ参加するなどロック・サイドとの交流は広がっていった。

 さらに活躍の場を広げたのはブルース・ブラザース・バンドへの加入だ。NBCのTV番組『Saturday Night Live』でジョン・ベルーシ、ダン・エイクロイドが精鋭ミュージシャンを集め、往年のソウル、ブルースを初めて演奏したのは’78年4月のこと。これが大評判となり、やがてデビュー・コンサートがライヴ・アルバムとなり、勢いそのままに映画制作、サントラ盤の発表へと続く。ベルーシ、エイクロイドのコンビによる活動は短期間だったがソウル、ブルースの魅力を若者へ伝える影響力は強大だった。これらの過程でクロッパーの認知度も上り、’80年代には2枚のソロ・アルバムを〈MCA〉で出した。しかしながらアーバン調の洒落た音作りは平凡で初めて挑戦したヴォーカルも弱く褒められた作品ではない。2008年に元ラスカルズのフェリックス・キャバリエとアルバムを作り、2011年には敬愛して止まないギタリスト、ファイヴ・ロイヤルズのロウマン・ポウリングに捧げた『Dedicated – A Salute to the 5 Royals』を発表。彼のルーツであるR&B魂を深く刻む、面目躍如の素晴らしい内容であった。また2021年の『Fire It Up』に続き2024年には思い出の名曲 “”Midnight Hour ” をバンド名に据え、ZZ Topのビリー・ギボンズ、クイーンのブライアン・メイを迎えて遺作となった『Friendlytown』を発表。まだまだ元気な姿を見せてくれていた。

 日本のファンにとって忘れがたいのは忌野清志郎との共演に尽きる。クロッパー、ダック・ダン、ブッカー・Tの元MG’sと一緒にメンフィスで’91年に録音されたアルバム、その名も『Memphis』。スタックス・ソウルを敬愛する清志郎にとってどれだけ幸せなひとときであったことか。2023年の暮れにアナログ盤で再発されており、それに針を落としてみればMG’sとメンフィス・ホーンズの強烈な音圧に包まれ、嬉々として歌う清志郎の声が蘇る。クロッパーさん、メンフィス・ソウル最高だよ!

Masabumi Kikuchi - ele-king

 代表作『Susto』(1981)で知られるジャズ・ピアニストの菊地雅章。マイルス・デイヴィスやエルヴィン・ジョーンズといったレジェンドたちとセッションをおこなってきた彼は、じつは他方で──原雅明(著)『アンビエント/ジャズ』でも明かされていたように──クラフトワークブライアン・イーノに熱中、とくにイーノのレコードはぜんぶ集めていたそうで、自身でも深くシンセサイザーと向き合っている。その成果が『六大(ろくだい)』と呼ばれる、1988年に送り出された6枚のアルバム(『地』『水』『火』『風』『空』『識』)なのだけれど、残念ながらそれらはいつの間にか忘れられた作品となってしまっていた。これが2026年3月、ついにリイシューされるというのだから、事件といっていいだろう。マスタリングはテイラー・デュプリー。フィジカル盤はSACDと、そして今回ヴァイナルでも初めてリリースされる。2026年の見過ごせないリイシュー案件、ぜひともチェックしておきたい。

2026.03.25発売
菊地雅章 / 六大 (地・水・火・風・空・識)

日本を代表するジャズ・ピアニスト、菊地雅章が遺した唯一無二のエレクトロニック・ミュージック『六大=地水火風空識』が遂に再発!

名盤『Susto』リリース後に制作された幻の音源『六大=地水火風空識』が、坂本龍一からの信頼も厚かったテイラー・デュプリーによるリマスタリングで、各6タイトルSACD(ハイブリッド盤)と2枚組レコードとして蘇る。

「15時間の映像のために制作された音楽『六大=地水火風空識』は、菊地雅章が遺した唯一無二のエレクトロニック・ミュージックである。『Susto』と『One-Way Traveller』のエレクトリック・ジャズ/ファンクを経て、80年代の大半がこの音楽の制作に費やされた。ピュアな電子音と向き合った記録であり、ジャズとエレクトロニック・ミュージックのミッシング・リンクを埋める、世界的にも稀有な作品だ。
テイラー・デュプリーのリマスタリングによって、これを再び世に紹介できることは喜び以外の何ものでもない。」 (原 雅明 ringsプロデューサー)

【リリース情報】
アーティスト名:菊地雅章(キクチ・マサブミ)
アルバム名:六大(ロクダイ)
発売日:2026.3.25
フォーマット:CD(SACD HYBRID仕様), 2LP
価格:CD ¥4,400 (税込) / 2LP ¥7,500(税込)
レーベル:rings
オフィシャルURL:https://www.ringstokyo.com/masabumikikuchirokudai/

※収録秒数が、多少変更になる可能性がございます。再発となるジャケットは、新規デザインを予定しております。

All Selections Composed by MASABUMI KIKUCHI
Real-Time Synthesizer Performance: MASABUMI KIKUCHI
Recorded OCTOBER ‘84-MAY ’86 at CRACKER-JAP STUDIO, Brooklyn, NY
Re-Mastering: Taylor Deupree
Re-design: Kohei Nakazawa

地・EARTH

<SACD HYBRID仕様>
品番: RINC134
JAN: 4988044135918

CD Tracklist:
1. Reggae Triste(9'45″)
2. Andes(11'28″)
3. Earth 61(13'06")
4. Cockroach's Dilemma(10'07")
5. SAYOKO(8'05″)

<2LP>
品番: RINR19
JAN: 4988044135970

LP Tracklist:
A1. Reggae Triste(9'45″)
A2. Andes(11'28″)
B1. Earth 61(13'06")
C1. Cockroach's Dilemma(10'07")
C2. SAYOKO(8'05″)

水・WATER

<SACD HYBRID仕様>
品番: RINC135
JAN: 4988044135925

CD Tracklist:
1. Moon Splash(12'33")
2. Spectrum(15'16")
3. Aurola(15’11”)
4. Blue Spring(11’58”)
5. Water Song(8'18")

<2LP>
品番: RINR20
JAN: 4988044135987

LP Tracklist:
A1. Moon Splash(12'33")
B1. Spectrum(15'16")
C1. Aurola(15’11”)
D1. Blue Spring(11’58”)
D2. Water Song(8'18")

火・FIRE

<SACD HYBRID仕様>
品番: RINC136
JAN: 4988044135932

CD Tracklist:
1. Fire Dance I (12'21")
2. Fire Dance II (7'35")
3. Fire Dance III (8'23")
4. Fire Dance IV (20'49")
5. Fire Dance V (7'35")

<2LP>
品番: RINR21
JAN: 4988044135994

LP Tracklist:
A1. Fire Dance I (12'21")
B1. Fire Dance II (7'35")
B2. Fire Dance III (8'23")
C1. Fire Dance IV (20'49")
D1. Fire Dance V (7'35")

風・WIND

<SACD HYBRID仕様>
品番: RINC137
JAN: 4988044135949

CD Tracklist:
1. WIND I,II(23’15")
2. WIND III(12'19")
3. WIND IV,V(21'54")

<2LP>
品番: RINR22
JAN: 4988044136007

LP Tracklist:
A1. WIND I,II(23’15")
B1. WIND III(12'19")
C1. WIND IV,V(21'54")

空・AIR

<SACD HYBRID仕様>
品番: RINC138
JAN: 4988044135956

CD Tracklist:
1. AIR I(6'46")
2. AIR II(23'25")
3. AIR III(14'12")
4. AIR IV,V(13'18")

<2LP>
品番: RINR23
JAN: 4988044136014

LP Tracklist:
A1. AIR I(6'46")
B1. AIR II(23'25")
C1. AIR III(14'12")
D1. AIR IV,V(13'18")

識・MIND

<SACD HYBRID仕様>
品番: RINC139
JAN: 4988044135963

CD Tracklist:
1. MIND(49'58”)

<2LP>
品番: RINR23
JAN: 4988044136014

LP Tracklist:
A1. MIND I
B1. MIND II
C1. MIND III
D1. MIND IV


photo by Abby Kikuchi

菊地雅章 Masabumi Kikuchi
ジャズ・ピアニスト。1939年10月19日東京生まれ。東京芸術大学付属高校作曲科を卒業後、1958年に18歳でプロとして活動開始。66年に渡辺貞夫カルテットに参加し、67年に日野晧正と日野=菊地クインテットを結成する。68年にバークリー音楽大学に留学し、帰国後の69年に菊地雅章セクステットを結成する。73年からニューヨークに移住し、77年からはギル・エヴァンス・オーケストラに在籍する。マイルス・デイヴィスのリハーサルへの参加を経て、81年にシンセサイザーを導入した『Susto』と『One Way Traveller』を発表。その後、80年代の大半を「六大」のエレクトロニック・ミュージックの制作に費やす。88年にオールナイト・オールライト・オフホワイト・ブギ・バンド(AAOBB)を、90年にはゲイリー・ピーコック、ポール・モチアンとの自身のトリオ、テザード・ムーンを結成する。96年には吉田達也、菊地雅晃とスラッシュ・トリオも結成し、同時に後藤俊之らハウスDJとの制作にも取り組んだ。また、ソロ・ピアノのライヴ活動も行った。2012年、ポール・モチアン、トーマス ・モーガンとのトリオ作『Sunrise』をECMから発表。2015年7月6日、ニューヨークの病院にて死去。

Koichi Makigami - ele-king

 巻上公一ほど、とらえどころのない表現者はいない。「ミュージシャン」という枠を超え(ヴォイス・パフォーマー、アヴァンギャルドの巨匠、詩人、演劇家……)、活動の領域さえも超えて(NYの前衛シーン、欧州の即興音楽、そして中央アジアの伝統音楽界)、そのすべての場所で絶大なリスペクトを集めている。
 ヒカシュー(いまだテクノポップと括られているが、そのルーツはロキシー・ミュージックとデレク・ベイリー、寺山修司などにある)としての50年近い活動、ジョン・ゾーンとの1995年から続く交流(〈Tzadik〉から4枚のソロ作をリリース)、トゥバ共和国やシベリアでのホーメイ伝承……。70歳を超えてなお、その勢いは衰えるどころか、近年さらに多角的な広がりを見せている。2024年、ジョン・ケージやジャスパー・ジョーンズによって設立されたニューヨークの〈Foundation for Contemporary Arts〉(通称FCA)から「Grants to Artists」(アーティスト章)を授与された話も、彼のおそろしく広範囲な活動における結果の、ほんの一部に過ぎない。

 直近の活動も驚異的だ。11月30日には左右社より第3詩集『眼差から帰還する』を上梓。12月3日には、40年以上を経てなお「今の音」を更新し続けるヒカシューの27枚目のオリジナル・アルバム『ニテヒナルトキ 念力の領域』をリリース。さらに12月24日には、初の口琴によるソロ・アルバム『こゆるぎの酩酊』をリリースしたばかりだ。  いったいこの驚異的なアーティストのどこから入り込めばいいのか、思わず逡巡してしまう人も少なくないだろう。だが、結論から言えば「どこからでも良い」のである。  能、文楽、歌舞伎などの発声をフェイクとして取り入れつつ、即興と前衛の文脈でユーモラスに再構築するそのパフォーマンスは圧倒的で、世界を探しても、こんなアーティストは彼ひとりしかいないのだ。
 (編集部は、12月に開催された詩人・白川かずこのイベントにて朗読する/口琴を演奏する巻上さんを観に行きました。ただ、そのイベントでは、その日上映された、AACMのダグラス・ユワート(sax)+豊住芳三郎(dr)をバックに詩を朗読する70年代の白石かずこの映像にぶっ飛ばされたのでした

 12月30日(火)には、ヒカシューのライヴが吉祥寺スターパインズカフェにて開催される。また、年明け早々には「巻上公一古希記念ライヴ」が同会場にて4日間にわたり行われる。以下の豪華な顔ぶれとともに繰り広げられるステージは、まさに必見。ぜひ、この機会に体感してほしい。

【巻上公一 古希記念ライヴ 4Days】
1月22日(木) 巻上公一 / カフカ鼾(Jim O’Rourke、石橋英子、山本達久) / 坂田明
1月23日(金) 巻上公一 / 蜂と瓜 / マヌルネコ / 倍音s / 内橋和久
1月24日(土) 中西レモン&すずめのティアーズ / ヒカシュー / 四家卯大 / 吉森信(key)
1月25日(日) ヒカシュー / イノヤマランド / ドメスティックミタバンド / 吉森信(key)


第3詩集『眼差から帰還する』
27枚目のオリジナル・アルバム『ニテヒナルトキ 念力の領域』
口琴によるソロ・アルバム『こゆるぎの酩酊』

Jay Electronica - ele-king

 ジェイ・エレクトロニカという名の「謎」が帰ってきた。しかも、実にあっけらかんとした明るい笑みを浮かべて。自分自身の宇宙のタイムスケジュールに基づき、極めて正気なやり方で、わずか5日間のうちに5つの作品をリリースしたのだ。
 多くのアーティストが望み、多くのラッパーが部屋に足を踏み入れる際に「持っている」と言い張るもの、それが「リップ(威信)」だ。しかしジェイは異種の生き物である。スワッグ(虚勢)を自慢したり、大勢のセキュリティやアシスタントを引き連れたり、単に「なんとなく」という理由だけでわずか20kmの距離をプライベートジェットで飛んだりするような人間ではない。ジェイ・エレクトロニカはそのような世界には住んでいないが、まるでドクター・ストレンジが新たな魔術やポータルを呼び出すかのように、それ以上の尊敬を勝ち得ている。
 ヒップホップ界に25年身を置き、技術的な記録としてのデビュー(MySpaceでだ!……MySpaceを覚えているだろうか?)は2007年(後にオフライン化)であったにもかかわらず、ジェイのアルバムは片手では数えきれなかった。これまでは。いまや、両手が必要だ。だが、それ以上はいらない。

 おそらく49歳の誕生日を祝うためだろうか(確証はないので引用しないでほしいが)、ジェイは5日間で1枚でも2枚でも3枚でも4枚でもなく、5つもの作品をリリースした。まずInstagramで発表され、続いてTwitter(X)のアカウント、そして〈Roc Nation〉が続いたこの衝撃的なニュースは、完全なサプライズだった。まるでエイプリルフールのジョークのようだが、それが届けられたのはどんよりとした9月だった。

 文字通り、彼が3枚目のアルバムをリリースした瞬間にこの記事を書き始めたのだが、インターネット上の噂で「19枚のアルバムを出すかもしれない」と囁かれたため、筆を止めざるを得なかった。だから、状況が落ち着くまで数日待った。この地球外生命体のような事態を百科事典的に紐解くため、少し時間をかけて整理させてほしい。まず、これを見てくれ。

  Act I: Eternal Sunshine (The Pledge) /永遠の陽光(誓約)— 2025年9月17日
  Act II: The Patents of Nobility (The Turn)/貴族の特許状(転機) — 2025年9月18日
  A Written Testimony: Leaflets /書面による証言:リーフレット— 2025年9月19日
  A Written Testimony: Power at the Rate of My Dreams /書面による証言:夢の速度で流れる力— 2025年9月19日
  A Written Testimony: Mars, The Inhabited Planet /書面による証言:火星、居住可能な惑星 — 2025年9月21日

 ジェイ・エレクトロニカという男において、「苦悩するアーティストがスタジオに引きこもり、翌年に新作を出す」という古くからの不測の事態やロマンチックなステレオタイプは当てはまらない。彼は業界を気にせず、業界だけで生きているわけでもなく、業界から自尊心を得ているわけでもない。1週間以内に5枚のアルバムをリリースするという発想は、ラップ界では前代未聞であり、業界の幹部たちからは恐れられることだ。
 しかし、主流に抗うことこそが誰よりも彼に似合っている。適切な説明をするならば、彼はメインストリームのラップ・ゲームの圏外に身を置きつつ、同時にその中心に存在している、ということだろう。少なくとも世界中で、このような空間に生息しているラップ・アーティストは他にいない。Jay-Zの親友であり、彼のレーベル〈Roc Nation〉に守られ、エリカ・バドゥの親友かつ相談相手であり、彼女の子供の一人の父親でもある。その一方で、ヒップホップ業界により意図的に深く組み込まれている数多くのプロデューサーやラッパーたちとも、電話一本でつながる距離にいるのだ。

 ジェイ・エレクトロニカという謎は、彼が最初に登場したときや、その後の『What The Fuck is a Jay Electronica?』(2012年)の頃の初期の熱狂とはまた別物だ。当初から彼は際立っていたが、スタイル的には、ケンドリック・ラマーをはじめとする多くのアーティストが好んだ「1小節に100万語を詰め込む」タイプのラップとまだ競い合っていた。しかし、リークや客演を重ね、「Exhibit A」(2009年)のようなシングルを経て、彼は独自の地位を確立し、その台座を勝ち取った。
 何年もラジオから音沙汰がなく、Instagramで難解な投稿を繰り返していても、一度ヴァースがリークされたりトラックがドロップされたりすれば、ファンは狂喜乱舞し、あらゆる単語、引用、フレーズを徹底的に解剖する。その磁力を持つ声の明快さと語彙、より正しい道へと導く父親のような言葉のジェスチャー、そして物語を語るという絶対的な意図が、単に誰にも理解できないトラックを作るために言葉を並べるだけの業界の多くの人びとから彼を隔てている。
 かつて誰かに「なぜジェイを聴くべきなのか」と聞かれたことがある。私はこう答えた。ジェイはサビ(コーラス)に辿り着くためにヴァースや節を急いで終わらせようとは決してしない、と。そもそも、彼はサビ(コーラス)を書かないことも多い。すべての言葉が重要で詩的であり、それはまるで村の人びとに歴史を語り継ぐセネガルの語り部「グリオ」のようだ。ジェイは「変な奴」として知られているが、その「変な奴」は、イスラム教の戒律への全面的な献身を軸とした難解な情報の断片を丹念に紐解き、聖書の証言、アウトサイダー的な思考、そしてモス・デフのような巧みさが絡み合う濃密なウェブを作り上げる。
 彼の言っていることは聞き取れるし、その語りに首を振りながら、その過程で何かを学ぶことができる。彼の最高のトラックを聴くことは、言葉遣い、テナー(音域)、聴衆の理解への予見が最優先される説教者の礼拝に出席するようなものだ。

 さらに重要なのは、彼が「時間」を気にしていないことだ。夏のリリースのスケジュールに間に合わせようと急ぐことなど、クソ食らえだと思っている。はっきりさせておくと、9月の5つのリリースのうち、『Act 1』と『Act 2』は新作ではない。デジタルのものは誰かのウェブサイトやハードドライブのどこかにあるはずだが、1と2はどちらも一瞬現れては消えていた。『Act 1』は、ジョン・ブリオンによる映画『エターナル・サンシャイン』のスコアをインストに使用した、2007年のムード溢れる15分のミックステープだ。MySpaceを通じて公開され、20年近くインターネット上を漂っていたが、公式なものではなかった。
 『Act 2』はリークされ、Jay-ZのTidal(※レーベルではなくストリーミングサービス)を通じてリリースされたが、同じ月(2020年)のうちに葬り去られ、5年経ってようやく再浮上した。先に述べたように、ジェイは時間を気にしない。リークの数ヶ月前に出された2020年の『A Written Testimony』の勢いがあったにもかかわらず、今年までそれを再び世に出そうとアクセルを踏むことはなかった。そして、2025年の『A Written Testimony』シリーズは形式上は新作だが、正直なところ、それらのトラックがいつ制作されたのかはわからない。録音された音楽に対するジェイの特異な性質は、彼の全アウトプットが、制作時期に関わらずいつでも貸し出し可能な彼専用のライブラリであるかのように感じさせる。時間は捉えどころがない。

 アウトプットは少なく限定的だが、熱狂的なファンにとってそれは許容範囲内だ。しかし、2020年の『A Written Testimony』と、今回の2025年の5つの新作を比較せずにはいられない。喩えるなら、2020年の『A Written Testimony』は銀座の職人が握った寿司やおにぎりのようだった。対して、2025年のリリース群(『Act 1』と 『Act 2』、そして3つのアルバム『Power at the Rate of My Dreams』『Mars, The Inhabited Planet』『Leaflets』)は、地元の祭りの屋台で手早く作られた焼きそばに近い。
 2020年の『A Written Testimony』は、心地よく調和した鋭いトラックのコレクションだった。ハードなビートから、鋭い感情、さらには部分的な信仰心まで、繰り返し読み解くことができた。一方、『Act 1』は瞑想のようであり、『Act 2』は2020年のアルバムに近い、より弾むようなトラックと流れるようなビートがある。車で仕事に向かうなら、『Life on Mars』や『Bonnie and Clyde』を再生するといい。

 2025年の3つの『A Written Testimony』は、まさに「証言(Testimonies)」が、別々のトラックでありながら編み合わされたもののようだ。各アルバムが、辛うじてアルバムと呼べる程度であることは心に留めておいてほしい。EPと呼ぶべきだろうか? 私の不満のいくつかは間違いなくここにある。各EPが死ぬほど短いのだ。どれも20分をかろうじて超える程度だ。それに加えて、使用されているサンプルの量が異常だ。3分のトラックであっても、ジェイが物語を語っているのはわずか1分程度だったりする。

 ここでのプロデューサーワークは、J・ディラやパブリック・エネミーのような意味で精巧に作られたものではない。サンプルは延々と流され続け、カット&ペーストされて再解釈されたり踊らされたりする「音のオブジェクト」としてではなく、歴史の遺物のように、そのオリジナルの意味をそのまま保存しようとしている。だから、もしプレイボーイ・カルティのようなバンガー(盛り上がる曲)を期待しているなら、ひどく失望することになるだろう。そして、もし君が1990年以降に生まれたのなら、同情する。選ばれたサンプルの多くは、君たちが生まれるずっと前の映画やインタヴュー、その他のメディアからのものだからだ。出典を知らなければ、なぜそのサンプルが面白いのかを理解するのは難しい。
 だが、それは許される。ジェイ・エレクトロニカが口を開けば、リスナーは一語一句、あらゆる引用を精査し、Wikipediaやインターネットを駆使して理解しようとするからだ。

 『Power at the Rate of My Dreams』に収録された、ラッパーのウエストサイド・ガンとの“Best Wishes”を例に挙げてみよう。3分間のトラックで、ジェイがラップしているのはわずか1分だが、その言葉は……こんな感じだ。

「マイクを渡された瞬間に 仕事に取り掛かる 俺の舌は マスター・ファード(ネイション・オブ・イスラムの創始者)自身の手によって 絹へと変わる 『トップ5』リストにいる奴らなら 誰にだって深手を負わせてやるさ もし俺が 蛇から進化したドラゴンと戦っていなければな」

 そして

「左 右 左 右 左 右 夜に木の葉のように 俺の夢のなかを漂う」
「信じる者たちのための 蝶 心臓が標的で 鼓膜が受信機だ」

 ジェイは難解な知識、とくにイスラム教とUFOのファンだ。それらと、彼が信仰から感じる光とともに人間の悲惨な存在について語る心揺さぶる能力の組み合わせは、『Leaflets』収録の“Is It Possible that The Honorable Elijah Muhammed is Still Physically Alive??(名誉あるイライジャ・ムハンマドは、いまも物理的に生きている可能性があるだろうか??)”において強力に発揮されている。

「空にあるあの街のことが いつも気になっていた あの眩い光と 色鮮やかな輝きとともに 空に美しく浮かぶ街 あの金と エメラルドと サファイア そしてジャスパー(碧玉)と 真珠に囲まれた 真実にして生ける神の 玉座」

 ここでジェイは、UFOとの「ロサンゼルスの戦い」の証拠とされる話について詩的に語り、それが人生に苦しむ女性と混ざり合い、その出来事が信仰の必要性を強める。曲は、ネイション・オブ・イスラムの指導者であり創設者である名誉あるイライジャ・ムハンマドの歴史を語る人物の声で終わる。

彼女がもっとも嫌いだと言った色が不可視(インビジブル)
水着姿のストーリーのコメントにそれを固定した
日の光のなかでは 彼女は背が高く
無敵(インビンシブル)に感じている
だが夜になれば 誰かのセクションで
小さく 説き伏せられやすくなる
また別の堕ちた星が別のクレーターに激突する
なぜ俺に尋ねた?
俺たちは救世主が必要なのかと?

 ジェイ・エレクトロニカの素晴らしさを理解し評価することは、彼の決して静かではない「矛盾」と向き合うことでもある。ネイション・オブ・イスラムの極めて熱心な信奉者であるジェイは、5つのリリースの機会を利用して、各リリースのカヴァーにネイションが使用する象徴的なシンボルを採用した。アートワークはどれも派手ではなく、新規のリスナーを誘うようなものではない。最近の人はアートワークにそれほど注意を払わないので、それは避けられたひとつのハードルと言える。しかし、彼の曲の多くでは、名誉あるイライジャ・ムハンマドの名前が絶えず賛美のなかで使われている。
 歴史的に見てこれは興味深いことだ。ネイション・オブ・イスラムは、公民権運動時代のアメリカにおける白人至上主義の人種差別や、キリスト教会を通じたそのつながりの影響を回避しようとしたイスラム教の信奉者たちによって誕生した。多くの受刑者がしばしば「神を見出す」場所において、1960年代以降、マルコムXがそうしたように、多くの者がアッラーを見出した。
 ネイション・オブ・イスラム以前のアメリカの歴史の大部分において、イスラム教徒の大きな存在はなかった(多くの奴隷にされたアフリカ人がキリスト教への改宗を強要されたため)。そのため、黒人コミュニティにとって、キリスト教やそこから生じた生ぬるい活動に対する「信仰の対抗軸」として、ネイション・オブ・イスラムの影響力は強かった。しかし、いまは2025年だ。アメリカに住む元来のイスラム教諸国出身のイスラム教徒の数は、ネイション・オブ・イスラムの信奉者よりも遥かに多く、彼らのなかでネイションを重視する者はほとんどいない。したがって、いまネイションの信奉者であることは、かつてほど重要ではない。そして、名誉あるイライジャ・ムハンマドとマルコムX(彼は今日でも絶大な敬愛を集めている)のあいだの歴史的経緯が、事態をさらに複雑にしている。

 ジェイ・エレクトロニカは、ラップ界のサン・ラ、あるいはMFドゥームのような存在だ。両者とも不屈の精神を持ち、自らの信念に対して100%の信頼を置いていた(あるいは置いている)。まったく揺るがない。アウトサイダーとしてのジェイの信仰は、他のアウトサイダーに対する彼の支持と同じくらい強い。それが名誉あるイライジャ・ムハンマドであろうと、P・ディディ(??!!!!!!!)であろうと。
 そう、あのP・ディディだ。ホテルの廊下で恋人を打ちのめし、あざだらけにして置き去りにする姿が世界中に晒された、あのP・ディディだ。この記事を読んでいる頃にはすでに判決が出ているかもしれないが、売春目的の移送の罪で有罪判決を受け、量刑を言い渡されようとしている、あのP・ディディだ。そのP・ディディが、『Leaflets』の最初のトラック“Abracadabra“のイントロの声として、刑務所から直接電話でジェイに指示を送っているのだ。ジェイは、指示を示すために犬を連れてP・ディディの裁判所に現れた男でもある。

 そしてジェイは、献身、天使のような詩、アイコンとしての地位、そして独特で疑問の残る選択のあいだで危うい綱渡りをしながら、奇妙な方法でプロデュースされ、パッケージされ、リリースされるクラシックなトラックを作り上げている男なのだ。


The enigma that is Jay Electronica has returned and he wears a bright smile very plainly. 5 releases in just 5 days released by his own universe`s time schedule, very sanely. Rep is what most artists want and what many rappers claim they have when they walk into a room. But Jay is a different creature. Never one to gloat about swag or tow a conglomeration of security and assistants around or fly private jets to locations only a 20 kilometer distance away just because. Jay Electronica doesn`t inhabit that world but commands more respect as if he were Doctor Strange conjuring new magics and portals. Despite being in hip hop for 25 years and his technically recorded debut (on MySpace!!!! - do you remember MySpace????? ) in 2007 (then taken offline), you can`t count Jay albums on one hand. Until now. Now you need 2 hands. But no more than that.
I`m guessing maybe to celebrate his 49th birthday (don`t quote me cause I really don`t know), Jay released not one, not two, not three, not four, but five releases within five days. Announced first via Instagram, then his twitter account followed by Roc Nation, the bombshell came as a complete surprise. Almost like a April Fool`s Day joke except it came out in gloomy September. Literally as I started writing this article upon the release of his 3rd album, I had to stop cause internet rumors stated he might be releasing 19 albums! So I waited a few more days til the coast was clear. Do to the encyclopedic nature of this near extraterrestrial situation, allow me a bit of time to unpack things. First, peep this :

Act I: Eternal Sunshine (The Pledge) — September 17, 2025
Act II: The Patents of Nobility (The Turn) — September 18, 2025
A Written Testimony: Leaflets — September 19, 2025
A Written Testimony: Power at the Rate of My Dreams — September 19, 2025 A Written Testimony: Mars, The Inhabited Planet — September 21, 2025

With Jay Electronica, the age old contingency, the age old romantic stereotype of a tortured artist holing up in a studio, to release new work in the following year doesn`t fit with Jay Electronica. He doesn`t care about the industry, doesn`t live solely off the industry, and doesn`t maintain his self-respect from the industry. The idea of releasing 5 albums within a week is unheard of in rap and quite feared of by industry exes. But going against the grain fits him more than anyone else. A proper explanation might be he is living off grid of the main stream rap game while also being in the center. There is probably no other rap artist at least in the world that inhabits such a space. A close friend of Jay Z and protected by his Roc Nation label, a close friend and confidante of Erykah Badu while also being the father of one of her children, and also a phone call away from numerous other producers and rappers who are more intentionally imbedded in the hip hop industry.

The enigma that is Jay Electronica is not the same as the initial hype when he first came out or afterwards on “What The Fuck is a Jay Electronica?” (2012). From the start, he stood out but stylistically, he was still competing with the usual a-miliion-words-per-bar type of rap popular a la Kendrick Lamar and many others. But with each leak and cameo appearance and singles like “Exhibit A” (2009), he grew into his own and earned his pedestal. Despite continuous years of near radio silence and often cryptic posts on Instagram, once a bar leaks out, once a track drops, fans go rabid and pick apart every word, reference and phrasing. The clarity of his magnetic voice and wording, the fatherly like verbal gesturing toward a more righteous path, and total intention on telling a story separates him from many of the industry who often throw words together just to make a track that really no one can understand. Someone once asked me why they should listen to Jay. I relayed that Jay is never in a race to finish a bar or a stanza to get to a chorus. Often he doesn`t write them anyway. Every word is important and poetic like a griot of Senegal telling a village of their history. Jay is known as a weird dude and that weird dude picks apart esoteric bits of information that often revolve around his total devotion to Islamic observance creating a thick web of biblical testimony, outsider thought and Mos Def like finesse. You can hear what he is saying, and you can head nod to his relaying and learn something in the process. Listening to his best tracks is like attending a preacher‘s service where diction, tenor, anticipation of the attendee`s understanding is paramount.

More importantly though, he doesn`t care about time. He ain`t rushing to make it in time for the summer schedule or shit like that. To be clear from his 5 September releases, both Act 1 and 2 are not new. Everything digital is somewhere on someone`s website or hard drive available but both 1 and 2 have appeared and were disappeared in a flash. Act 1, a moody 2007 15-minute mixtape instrumentally based off of Jon Brion’s Eternal Sunshine of the Spotless Mind score, put out via MySpace, has been bouncing around the internet for almost 2 decades but never official. Act 2 was leaked, released through Jay Z`s Tidal and bodied within the same month (2000) disappearing only to finally re-appear 5 years later. As I said Jay doesn`t care about time. Despite the momentum from 2000`s “A Written Testimony” put out several months before the leak, there was no foot on the gas to get it out to the public again until this year. And though the 2025 “A Written Testimony” releases are technically new, we honestly don`t know when the tracks were made. Jay`s peculiar nature toward his recorded music makes it seem as if his total output is a library for him to check out tracks to make releases regardless of when they were made. Time is elusive.

Output is low and liminal and this for his rabid fans is forgivable. But it is impossible to not compare A Written Testimony (2020) to his 5 new 2025 releases. If I may be poetic , A Written Testimony (2020) was like Ginza crafted sushi and onigiri, where as his 2025 releases, Act 1 and 2, and the 3 albums under the “A Written Testimony : Power at the Rate of My Dreams, A Written Testimony : Mars, The Inhabited Planet, and A Written Testimony : Leaflets” are more in the vain of yakisoba (fried noodles) thrown together at a food stall at a local festival. A Written Testimony (2020) was a collection of sharp tracks that fit together quite comfortably. One could pore over them repeatedly. From hard beats to the acute emotional, even partially devotional. Act 1 is like a meditation and Act 2 is closer to A Written Testimony (2020) with bouncier tracks and a beat flowing. Press play on “Life on Mars” and “Bonnie and Clyde” if listening in a car to work.
The three A Written Testimony (2025) seem to be exactly that - testimonies woven together despite being separate tracks. Keep in mind that each album is barely an album! Call them eps maybe? And for sure some of my gripes are exactly here cause each ep is short as hell. Each barely past the 20 minute mark. Add to that the amount of samples used is insane. Even on a 3 minute track, you will find Jay telling tales for only a minute. Production here isn`t well crafted in the Dilla or Public Enemy sense. Samples are left to go on and on with the original meaning of the samples meant to be preserved as they are, like relics of history instead of as sound objects cut and pasted to be reinterpreted or danced to. So if you are expecting bangers a la Playboi Carti, you will be horribly disappointed. And if you are born past 1990, I feel for you cause many of the samples selected are from movies, interviews, or other outlets way before your time.
Understanding why each sample is interesting is difficult when you don`t know the source.

But that is forgiven. When Jay Electronica speaks, listeners pore over each word, reference and make good use of Wikipedia and the rest of the internet to understand.

Let me illustrate with “Best Wishes” from “Power at the Rate of My Dreams,” recorded with rapper Westside Gunn. A 3 minute track with Jay tapped in rapping for only for a minute but the words bro.....the words.

“Soon as they put the mic in my hand, I get straight to workin' My tongue turn into silks by Master Fard in person I'd give anybody in a 'Top 5' list a serious hurtin' If I wasn't at war with the Dragon who evolved from the Serpent”

and

“Left
Right
Left
Right
Floating through my dreams like a leaf at night
Left
Right
Butterflies for the believers
The heart is the target, the eardrum is the receiver”

Jay is a fan of esoteric knowledge, more specifically with Islam and UFOs. The combination of them with his own heartfelt ability to speak on the dire existence of humans with the light he feels coming from his faith is powerful on “Is It Possible that The Honorable Elijah Muhammed is Still Physically Alive??” From “Leaflets”

“I always wondered 'bout that city in the sky With all that bright light and all them colors, looking pretty in the sky With all that gold, and all that emerald, and all that sapphire And all that jasper, and all that pearl around the throne Of the true and living God”

Here Jay waxes poetic on purported evidence of a battle of Los Angeles with UFOs that then gets mixed with a woman suffering in her life and that event strengthening the need for belief. The song them ends with someone telling the history of The Honorable Elijah Muhammed, the head and creator of the Nation of Islam.

“The color that she said she hate the most of all, invisible She pinned it to her comments on her Stories in her swimming suit In the daylight, she be feeling tall and invincible But at night she in somebody section, small and convincible Another fallen star to crash another crater So why you had to ask me if we actually need a savior?”

Understanding and appreciating the brilliance of Jay Electronica is also coupled with his not so quiet contradictions. A deep, deep follower of the Nation of Islam, Jay took the opportunity of his 5 releases to use symbolism used by the Nation for the covers for each one of his releases. None of the artwork is flashy or inviting for newcomers. Most people recently don`t pay that much attention to artwork so that is one hurdle avoided. But in many of his songs, the name of The Honorable Elijah Muhammed is continuously used in praise.

Historically this is interesting as the Nation of Islam came into existence from devotees of Islam who wanted to circumvent the influence of white racism in America and its connection through the Christian church in the civil rights era. Where many inmates often “find God,” from the 1960`s onward, many also found Allah just like Malcolm X did. Before the Nation of Islam for much of America`s existence, there was no major presence of Muslims in America (as many enslaved Africans were forced to convert to Christianity), so the Nation of Islam`s influence was strong as a counterweight of faith to Christianity for the Black community and the tepid activism that sprouted from it. However, it is now 2025, and the number of Muslims originally from Islam practicing countries living in America, is way greater than the followers of the Nation of Islam, and few if any of them shower any importance on the Nation. Hence being a follower of the Nation now, is basically, is not as important as it once was. And the history between The Honorable Elijah Muhammed and Malcolm X (who is still greatly beloved to this day ) adds more complication to the cake.

Jay Electronica is kinda like the Sun Ra of rap or an MF Doom. Both have / had indomitable spirits and 100 percent faith toward their convictions. Totally unbending. Jay`s faith as an outsider is as strong as his support for other outsiders is as well. Whether The Honorable Elijah Muhammed or P-Diddy (????!!!!!!!). Yes, that P-Diddy. The one who was seen worldwide beating his girlfriend in the hallway of a hotel leaving her battered and bruised. That P-Diddy, who is about to be sentenced (by the time you read this, he may already be sentenced ), having been found guilty of two counts of transportation for prostitution. That P-Diddy, who is the intro voice to the first track “Abracadabra” from Leaflets, giving his support to Jay via phone directly from prison !? Jay is the same guy who pulled up to P-Diddy`s courthouse with his dogs to show support. And Jay is the guy who walks a funny tightrope between devotion, angelic poetry, icon status, and unique questionable choices while creating classic tracks produced, packaged, and released in strange ways.

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