「S」と一致するもの

Undefined meets こだま和文 - ele-king

 まさか“Requiem Dub”を聴けるとは思いも寄らなかった。もしもフランクフルト学派がこの日のこだま和文のライヴを見ていたら、泣いて喜んだことだろう。20世紀前半のもっとも重要な文化研究グループとされる彼らは、アートがこの資本主義社会で果たす役割があるとすれば、それは「耐え難いこの世界を告発することだ」とした。「偉大なる拒絶」の一部になること。2024年8月24日の21時、渋谷のWWWで、いまだにそれをやっているひとがいた。
 ぼくはフランクフルト学派ではないが、泣いた。同じように、たぶんフランクフルト学派ではないマヒトゥ・ザ・ピーポーも「泣いた」と言って、ライヴ終了後に楽屋でこだまさんをハグしていた。ほかにも、多くのひとが泣いたに違いない。ひょっとしたらその涙は、こだまさんが自分の詩を朗読しながら訴えたパレスチナの現実および自分たちが生きているこの悲しい世界に対する憤りの涙で、と同時にそれは、悲しくも美しいダブをバックにそれを表現するひとがいま目の前にいることの嬉しさでもあって、あるいは、まあ、いろいろだろう。個人的には松岡正剛さんのことがあったので、悼みながら聴きいていたが、いつしか無心になって、ただただ聴き入っていた。
 
 その夜ぼくと編集部コバヤシは、河村祐介監修『DUB入門』の先行発売という口実で、渋谷のWWWで開催の、虎子食堂の15周年記念イベント「SUPER TIGER」に混ぜてもらった。天候も不安定だったし、ライヴ・イベント会場だし、多くは売れないだろうなと思っていたら、ありがたいことに完売した(DUBの未来は明るい。いや、河村人気なのかな? とにかく、あのとき購入していただいた方々、どうもありがとうございました。DUBが女性に人気というのはほんとうでした)。そんなわけでぼくとコバヤシは物販スペースで本の売り子をしながら、SOUL FIREのライヴ、1TA&Element、HIKARUらのDJタイムは代わりばんこにフロアに出入りしていたのだけれど、Undefined とこだま和文のライヴ前には売り切っていたので、幸いなことに最初から集中して聴くことができたのである。

 『A Silent Prayer』からは“T-Dub”(“Move”だったかも?)と“One-Two”をやった。この日はUndefinedとのライヴなので、ほとんどのひとがあの素晴らしい『2 Years』の曲を待っていたと思う。しかしこだまさんは、既発作品の再生ではなく、“いま現在のこだまさんの思い”を表現した。
 そんなことをしても変わりっこない、そういうシニシズムがアートを支配しはじめたのは1980年代後半のことだった。メッセージなどダサい、どうせ変わらないのだから受け入れた方がいい、笑えればいい、格好よければいい、それがミュート・ビートが輝いていた1980年代後半に芽生えた新しい表情のひとつだった。美術館の売店でモネのスカーフが5千円で売られても誰も気にすることもなくなった時代、やがてルイ・ヴィトンとタッグを組むジェフ・クーンズが登場した時代、要するにフランクフルト学派みたいなことをいうのはもうダサくなりはじめた時代のムードに、こだまさんが違和感を覚えていたという話はこれまでの取材で知っている。そう、知っているけれど、それをブレることなくずっとやり続けていることは、やはり、すごいことだという思うし、ぼくはこだまさんのいまも変わらない「悲しみを隠さないDUB」をますます愛おしく思う。この国に、こだま和文がいてくれてほんとうに良かった。

 たとえば、以前松島君がreviewしたA. G. Cookの〈PC Music〉は、言うなれば、J-POPもAFXも同じだろうというある種のなかば熱狂的な相対主義をいまの時代に全開した代表的なレーベルだ。ぼくはその考え方も善し悪しだと思っているが、じつはいろんなことがどうでもよくなっていて、楽しさをもとめた挙げ句に不正なゲームのうえで踊らされるのはまっぴらだとも思っている。この夜の、虎子食堂15周年のお祝いに駆けつけたひとたちも同じ思いだろう。アートはそれを失うべきではない。小さなことだけれど、最高に美しい夜だった。

interview with Toru Hashimoto - ele-king

 私たちは皆、「Free Soul」以後のパラダイムにいる。何を大げさなことを、と思うかも知れないが、こればかりは確実にそうなのだ。音楽を楽しむにあたって、そこに聞こえているグルーヴや、ハーモニーの色彩、耳(肌)触りを、その楽曲なり作り手であるアーティストの「思想」や「本質」に先んじる存在として、自分なりの星座盤とともに味わい、愛で、体を揺らすというありようは、現在では(どんなにエリート主義的なリスナーだとしても、あるいは、当然、どんなに「イージー」なリスナーだとしても)多くの音楽ファンが無意識的に共有するエートスとなっている。だからこそ、その革新性にかえって気付きづらいのだ。しかしながら、そうした音楽の楽しみ方というのは、元々は1990年代に少数のトレンドセッターたちによって試みられてきた、(こういってよければ)「ラジカル」な価値転換によって切り開かれてきたものなのである。その事実を忘れてしまってもいまとなってはそこまで困ることはないだろうが、同時に、その事実を丁寧に噛み砕きながらリスニング文化のこれまでを振り返ってみる行為にも、思いの外に巨大な楽しみがあるものだ。
 そう。Free Soulとは、あなたと私にとって、紛れもない「空気」なのだ。それも、いざ思い切り吸い込んで味わってみれば、その爽快感と美味が病みつきになってしまうたぐいの。
 いまから30年余り前。Free Soulという「発明」は、いったいどうやって成されたのか。「発明家」橋本徹は、そのときにどんなことを考え、何を提案しようとしていたのか。そしていま、どんな思いでFree Soulという我が子と対面するのか。30周年を記念する「ベスト・オブ・ベストFree Soul」なコンピレーション・アルバム2作品=『Legendary Free Soul ~ Premium』(Pヴァイン)と、同『Supreme』(ソニー)の発売に際し、じっくりと話を訊いた。

マニアの狭いコミュニティの中での評価とかレア度とかで何を載せるのかを決めるんじゃなくて、どういうふうに紹介するか、もっといえばどういうふうに「見せる」かということをすごく意識していました。

橋本さんは「Free Soul」というコンセプトを立ち上げる前に「Suburbia」のシリーズや同名のレコード・ガイドを展開されていますが、どういった経緯でFree Soulというコンセプトが生まれてきたんでしょうか?

橋本:Suburbiaでは、フリーペーパーの時代から、基本的にソフトでスマート、スウィートでソフィスティケートされた音楽――具体的には、フレンチやボッサ、カクテル感覚のジャズ、映画音楽、ソフトロックなど――を新しい感覚で楽しむことを提案していたんです。それで、渋谷のDJ Bar Inkstickでやっていたパーティや、TOKYO FMの番組「Suburbia’s Party」の集大成的なものとして、1992年末に『Suburbia Suite; Especial Sweet Reprise』という本を出したんですが、いろんな中古レコード・ショップが本に載っているタイトルを掻き集めて売るようになったり、各レコード会社から再発の相談を受けたり、とても大きな反響があって。まずはそれが前段階ですね。

それまではあくまでメーカー側主導のリイシューが主流だったことからすると、リスナーの側が作ったカタログ本が再発のきっかけになったというのはかなり革新的なことですよね。

橋本:そうですね。業界からリスナーへと情報が降りてくる従来のルートとは反対の矢印だったんです。そしてそれは、1990年代のいろんなカルチャー・シーンで同時に起こっていたことでもありますね。ありがたいことにたくさんのリイシュー監修のオファーをいただいて、すごく充実した1993年を過ごしていたんですが、そもそもSuburbiaで紹介していた音楽というのは、僕の嗜好の中のあくまで一部分だったんです。次第に、自分がリスナーとして熱心に聴いていたUKソウルやアシッド・ジャズと共振するテイストと、一冊目のレコード・ガイドで提示した過去の音楽の新たな解釈とか、当時の東京ならではのリスニング・スタイルを合流させていきたいなと思うようになって。

そこで、70年代のソウル・ミュージックとその周辺の音楽をFree Soulというタームとともに提案するようになった、ということですね。

橋本:はい。一冊目のSuburbia本の続編や縮小版みたいなものをもう一度やるよりも、そのときの自分の熱い気持ちを反映したコンセプトにしたいと思っていたんです。ある種のコントラストを見せたかったということですね。そこから、1994年の3月に「Free Soul Underground」というDJパーティをはじめて、翌月に二冊目の本『Suburbia Suite; Welcome To Free Soul Generation』と、Free Soulのコンピレーション・シリーズ第一弾である『Impressions』と『Visions』が出たんです。もともと、『Impressions』と『Visions』も、〈BMG〉のディレクターがサントラ~ラウンジ系のレコードの再発企画を持ちかけてきたのに対して、こちらから「次はソウルで行きませんか?」と逆提案したものなんです。

周囲からの反応はどんなものでしたか?

橋本:最初の頃は「え? ソウル?」みたいな反応がかなりありましたね。けれど、NANAの小野英作くんがデザインしてくれたロゴやアートワークの魅力も大きかったと思うんですが、若い女性含めて、それまでソウル・ミュージックに馴染みのなかったリスナーがこぞって手に取ってくれたんです。

まさに、「切り口」の勝利。

橋本:そういう意味では、僕が1992年に初めて手掛けたコンピレーション『'Tis Blue Drops; A Sense Of Suburbia Sweet』が好評だったというのも、前夜的な流れとしてとても重要でした。ウィリアム・デヴォーンとかカーティス・メイフィールドのメロウ&グルーヴィーな曲が入っているんですが、いかにもソウルっぽいヴィジュアルは避けて、スタイリッシュで洒落たジャケットにしたんです。

それまで、ソウルやブラック・ミュージックのファンといえば、一方ではマニアックなおじさんたちが蠢いていて、片や六本木あたりのディスコでちょっとやんちゃな人たちが楽しんでいて……というイメージだったわけですよね。

橋本:そうそう。頑固なコレクター的な世界と、「ボビ男」くん的な世界がほとんど(笑)。そういうイメージが強固にあったからこそ、いわゆる渋谷系的なセンスと重なり合うヴィジュアル面での工夫がとても重要だったんです。

その辺り、Suburbiaの活動と並行して出版社に勤めていた橋本さんならではのエディトリアルなセンスを感じます。

橋本:そういう感覚はフリーペーパーの時代から特に意識せずとも自然と大切にしていましたね。マニアの狭いコミュニティの中での評価とかレア度とかで何を載せるのかを決めるんじゃなくて、どういうふうに紹介するか、もっといえばどういうふうに「見せる」かということをすごく意識していました。だからこそ、当時ブラック・ミュージックの大御所の評論家の方から「まったく、重箱の隅をつついて……」みたいな小言も言われましたけどね(笑)。

日常の全てが幸せなわけではないけど、前向きなマインドになれたり、輝く瞬間があって。そういうありふれた日常を励ましてくれるのがFree Soulであり、『LIFE』だったんじゃないでしょうか。

ご自身のソウル原体験はどんな感じだったんですか?

橋本:80年代前半にイギリスのインディ・シーンから出てきたアーティスト、例えばアズテック・カメラやペイル・ファウンテンズ、エヴリシング・バット・ザ・ガールなどの影響元を探っていくうちにっていう流れですね。いちばん大きかったのはスタイル・カウンシル。ポール・ウェラーはソウルからの影響を特に頻繁に公言していたし、実際にカーティス(・メイフィールド)をカヴァーしているので、高校生くらいから自然と興味を持つようになったんです。オレンジ・ジュースもアル・グリーンのカヴァーをやっていたりとか。そこからまずはマーヴィン・ゲイ、ダニー・ハサウェイ、スティーヴィー・ワンダー、ビル・ウィザース、スライ(&ザ・ファミリー・ストーン)あたりを好きになって。

日本で言うところの「ニューソウル」系ですね。

橋本:はい。一応は当時出ていたブラック・ミュージック評論家の方たちの本も買って読んだりはしていたんですけど、激賞されているものがあまり刺さらなかったり、反対に、自分が素晴らしいと感じたものが軽視されたり無視されていたりして(笑)。やっぱり、物差しというか価値観が違うんだなとその時点から思っていました。

レアグルーヴとの出会いはいつ頃ですか?

橋本:80年代後半、大学生の頃でした。ダンス・ジャズやアシッド・ジャズのムーヴメントもあまり時差なく日本に伝わってきて、自分と近い感覚だなと感じていましたし、フィロソフィー的にもシンパシーを抱くようになっていきました。

DJという存在を意識するようになったのは?

橋本:少し後、1990年前後だと思います。大学3、4年くらいから渋谷や青山、西麻布あたりの小箱に遊びに行くようになって、徐々に意識するようになりました。けど、その頃は後に自分でもDJをするようになるとは思っていなかったですね。むしろ、〈アーバン〉とか〈チャーリー〉とか、UKのいろんなレーベルから出ているレアグルーヴ系のコンピレーションを通じて、コンパイラーという存在に先に興味を持っていました。もともとプライベートな選曲テープを作るのが好きだったので、それと同じ感覚で楽しんでいましたね。「これはバズ・フェ・ジャズっていう人が選曲していて、こっちはジャイルス・ピーターソンがやっているんだな」っていうふうに。

ある種の統一的なセンスを元に、一見無関係そうな曲を並べるっていうコンピレーションのあり方自体が新鮮だったということですよね。

橋本:そうです。当時は、単純にビッグヒットを並べただけとか、単体アーティストのベスト盤にしても、律儀に年代順に並べたものばかりだったので。いちばんわかりやすいのがジェイムス・ブラウンのベスト盤ですね。既存のものは、ほとんどが「プリーズ、プリーズ、プリーズ」はじまりなわけですよ。こっちはもっとファンキーなものを聴きたいのに(笑)。だからこそ、クリフ・ホワイトがレアグルーヴ~ヒップホップ世代に受けそうな曲を中心に選んだコンピ『イン・ザ・ジャングル・グルーヴ』(1986年)が新鮮だったんです。後にFree Soulでアーティスト単体のコンピを出すにあたっても、そういった発想にはかなり影響を受けていると思います。

音楽ファンの全員がそのアーティストのことをクロノジカルに研究したいと思っているわけじゃないですもんね。

橋本:まさにそうですよね。

ロックを中心とした旧来の音楽ジャーナリズムやエリート主義的な音楽リスナーのコミュニティでは、それって「不都合な真実」でもあったわけですよね。それを、レコード好きの視点から鮮やかに提示してみせちゃったというのは、ある意味でパラダイム転換だったと思うんですよ。

橋本:評論的な観点から音楽を聴く人なんて、音楽好きの中でもごく一部だけでしょう。大勢の人はあくまで感覚先行で聴いているんですよね。Free Soulが大事にしてきたのも、まさにそういうリスニングのあり方なんです。

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やっぱりFree Soulの全盛期である90年代半ばの熱気や輝きがダイレクトに感じられるようなものにしましょうという話になって。

今回の30周年コンピレーションを聴いても、改めてFree Soul的な感覚の核には、オーガニックなサウンドというか、反デジタル的なカラーがあるなと感じたんですが、そういう志向には、1990年代当時の主流シーンへのアンチテーゼも込められていたんでしょうか?

橋本:じつはそこはあまり意識していなかったんです。単純に、僕の好みがそういう生っぽいサウンドだったということですね。いわゆるネオ・アコースティック系のサウンドが原体験にあるので、どうしても生楽器の質感への愛着が選曲に反映されがちなんじゃないかと思います。だから、一口に70 年代ソウルといっても、同時期のシンガーソングライターものとの接点にあるような音楽が特に好きなんですよね。象徴的な例を挙げるとしたら、アイズレー・ブラザーズ。彼らの例えば、キャロル・キングやジェイムス・テイラー、スティーヴン・スティルスやトッド・ラングレンのカヴァーをやったりしている時期が好みなんですよ。

ちなみに、その辺りの作品も旧来のディスクガイドの評価だと……。

橋本:ほとんど相手にされていないどころか、綺麗にスルーされていたり(笑)。でも、自分にとっては本当に大切な曲たち。ラティモアのアル・クーパー “ジョリー” のカヴァーも昔は完全に敵視されていたし、リロイ・ハトソンやダニー・ハサウェイみたいに大好きな声の持ち主が、「歌が弱い」って切られていたり。テリー・キャリアーにしても全く無視されていたり、といった感じだったんですけど、自分は死ぬほど好きで。だから、その人が感覚的に好きであれば、なんでもFree Soulと言えちゃうんですよね。でもその一方で、アコースティック・ギターのカッティングとか、心地よい16ビートのグルーヴとか、ある種のスタイルを指す言葉として広まっていったのも確かですね。

“ジョリー” のオリジネーターであるアル・クーパーとか、他にもトッド・ラングレンとか、エレン・マキルウェインとか、メリサ・マンチェスターとか、ロック~フォーク~ポップス系、あるいはコーク・エスコヴェードのようなラテン系のアーティストの曲に、ソウルの視点から光を当ててみせたというのも、とても大きな意義があったと思います。

橋本:ブルー・アイド・ソウルって言葉が好きだったんですよね。でも基本的に、旧来のロック批評というのは、特定のアーティストをカリスマ的な存在として絶対視するようなものが多かったですからね。だから、当時はベテランのロック・ファンからもいろいろと言われたりしました(笑)。

先ほども渋谷系の話が少し出ましたけど、リアルタイムの音楽シーンとの連動感もとても印象に残っています。小沢健二さんの『LIFE』(1994年)なんて、モロにFree Soul的なサウンドですよね。

橋本:当時からそれはよく指摘されましたね。「何々の曲が引用されている」ということ以上に、あのアルバムで表現されていた街の空気感だったり、当時の20代の若者たちが感じていた気持ちっていう面で、すごく共鳴するところがあったんだと思います。もちろん、日常の全てが幸せなわけではないけど、前向きなマインドになれたり、輝く瞬間があって。そういうありふれた日常を励ましてくれるのがFree Soulであり、『LIFE』だったんじゃないでしょうか。

いきなり生々しい質問になっちゃいますが、第一弾リリースの『Impressions』と『Visions』ってどれくらい売れたんですか?

橋本:『Visions』は把握していないんですけど、『Impressions』はイニシャルは2,000枚弱だったんですが、1990年代の後半の時点で3万枚を超えたと聞きました。

CD売上の全盛期とはいえ、旧曲を集めたコンピでそれは相当すごい数字ですよね。

橋本:この間、稲垣吾郎さんがパーソナリティをやっているTOKYO FMの『THE TRAD』っていう番組のFree Soul特集にゲストに呼ばれて出演したんですが、彼も当時『Impressions』を買ったって言っていました。その後も、渋谷のタワーレコードでFree Soulのジャケットがずらっと並んでいるのを仲間と手分けして集めていたらしくて。

へえ! 当時のSMAPのあのサウンドはプロダクション・チームに限らずちゃんと一部メンバーの志向と合致していたってことなんですかね。それこそ時代に共有された空気の濃さを感じさせる話ですね。

橋本:ちなみに、売上数で言うと、共にHMV渋谷の邦楽売り場でも売上チャート1位になった、〈ポリドール〉の『Parade』(1995年)と『Lights』(1996年)の方がもっと売れているんですよ。特に『Lights』はジャクソン・シスターズが入っている効果もあってか、2000年代初頭の時点で5万枚以上売れていると聞きました。アーティスト単体ものだと、アイズレー・ブラザーズのコンピ二枚(1995年)、『メロウ・アイズレーズ』と『グルーヴィー・アイズレーズ』はかなり売れましたね。それ以上に爆発的に売れたのが、1999年にFree Soulベストを編んだジャクソン・ファイヴでしたけど。

いやはやすごいなあ。

橋本:さっきの『LIFE』の話しかり、Free Soul的なサウンドとか価値観っていうのは、1990年代の時代的なムードと深いところで響き合っていたんだと思うんです。バンド・ブームやユーロビートが収束したあと、渋谷系に限らず、同時代の邦楽アーティストの曲に横揺れのグルーヴが浸透して行きましたよね。もちろんそこには、ニュー・クラシック・ソウルの流行とか、他にも要因があったと思いますけど。

そういう意味では、1995年という早い段階から『Free Soul '90s』というシリーズを立ち上げて、同時代の曲をコンパイルしていったというのも、とても重要な動きだったと思います。

橋本:同時代のシーンとの連動という意味でもプラスでしたし、旧曲のコンピであるそれまでのFree Soulのシリーズとも良い補完関係を築けましたね。「古いものの掘り起こし」である以上に、あくまで「90年代の感覚から楽しむ」という、現在から過去を見渡したときに輝いているものに光を当てるというパースペクティヴがベースにあることを、カヴァーやサンプリングを通してわかりやすく提示できましたので。

橋本さんはその後、「Cafe Apres-midi」や「Mellow Beats」、「Jazz Supreme」や「Good Mellows」など、Free Soul以外にもたくさんのシリーズを手掛けられていくわけですが、それぞれのシリーズをどう差異化していったんでしょうか?

橋本:自分の中で明確な線引きがあるわけじゃないんですよね。もちろん、カフェで聴いて心地よい音楽というコンセプトや、ジャズとヒップホップの蜜月をテーマにしたりとか、大きなくくりはありますけど、あくまでその時代々々の感覚で選曲していくイメージで。あえて各シリーズの境目をグラデーション状にして互いにイメージが広がっていくようにしたり、リスナーが親和性を感じられるようにしたりすることもありましたし。贅沢を承知で言わせてもらうと、僕の手掛けてきたコンピレーション全てを連続した物語として捉えてくれたらすごく嬉しいという気持ちがあって。

1990年代当時に、学生の頃からイギリスの音楽に親しんできた東京の普通の若者が過去の音楽をこうやって再解釈して提示したっていうこと自体がいまやひとつの歴史だと思うし、そこで提示されたパースペクティヴがいかにフレッシュだったのかというのを伝えられればと思っていて。

今回のFree Soul 30周年コンピ盤はどういうコンセプトで選曲されたんですか?

橋本:まず、〈Pヴァイン〉の山崎真央さんから「30周年で何かやりましょう」と声をかけてもらって、アイデア出しをしたんです。そのときはもっと現代寄りのコンセプトを提案したんですが、話し合っているうちに、やっぱりFree Soulの全盛期である90年代半ばの熱気や輝きがダイレクトに感じられるようなものにしましょうという話になって、2作品合計4枚にわたって人気曲やキラーチューンを惜しげもなく入れる方向に転換していきました。結果的に、Free Soulのまさに「ベスト・オブ・ベスト」的な選曲になりましたね。

Free Soulシリーズを初めて知るリスナーにもビシバシ響きそうな選曲だと思いました。

橋本:そう、セレクションを見れば自明なように、今回いちばん大事にしているのは、「次世代につなぐ」という意識なんです。昔からのFree Soulファンにニュー・ディスカヴァリーを提示するというよりは、このアニヴァーサリーのタイミングで、若い世代にFree Soulは魅力的だと思ってもらえるようなものを形として残しておきたいという気持ちになれたというか。音楽好きの若い人たちはすごく多いし、好奇心や興味もたくさん持っていると思うんですが、ただ点と点があるだけじゃ伝わりづらいので、それを繋いで線にしてみせたり、星座を描いてみせたり、あるカラーを提示するっていうことができればいいなと思っていて。

「なんでもあり」的に断片化した今のメディア環境や情報流通の速度からしても、そういう行為の重要性はかえって大きくなっている気がします。

橋本:そうなんですよね。正直、僕らの世代からしたら「まだこの曲をプッシュするのか」って思ってしまいがちだし、自分の最新の関心に基づいてプレゼンテーションしたくなるところなんだけど、もっと俯瞰して次へ繋ぐっていうことを大切に考えると、「確かにド直球もありなのかな」と思えるようになってきたんです。1990年代当時に、学生の頃からイギリスの音楽に親しんできた東京の普通の若者が過去の音楽をこうやって再解釈して提示したっていうこと自体がいまやひとつの歴史だと思うし、そこで提示されたパースペクティヴがいかにフレッシュだったのかというのを伝えられればと思っていて。これまでFree Soulという看板を背負っていろんな経験をさせてもらった身としても、これはやり続ける価値のあることだよなっていう気持ちがありますね。

ある種の責任感のような?

橋本:そうかもしれませんね。あの当時、「フリー・ソウル・ルサンチマン」って言葉がよく使われたくらいで(笑)、他のDJやコレクターやマニアの人たちからしてみれば、ひがみややっかみも含め「なにがFree Soulだよ、やりたいことやって」っていう気持ちもあったと思うんです。もともと好きだったものが、突然出てきたFree Soulっていう言葉のせいで他人のもの、一般的なものになってしまったような気持ちを抱いた人もいるだろうし、実際、労力とお金をかけて同じような領域を僕以上に深く掘っている人だっていたはずなんですよね。そういう中で自分はたまたま、やりたいことをやらせてもらえる恵まれた立場だったので、ちょっとでも注目されなくなったらすぐにやめちゃうんじゃなくて、そういう人たちに対しての責任も果たしたいなという気持ちもありますね。

手掛けられた仕事の数々に触れていても、なおかつこうしてお話を伺っていても、橋本さんの30年余りの仕事って、聴く人の時間の積み重ねやライフステージの変化に並走してくれている感じがするんですよね。クラブ・カルチャーに限らず、ライフステージの変化によって音楽とかカルチャーから離れちゃう例って、本当にたくさんあるじゃないですか。でも、Free SoulやCafe Apres-midiは、移り変わりや変化の中でも、気づけばそこにある感じがして。

橋本:それは自分でも意識している部分ですね。僕は歌も歌えないし楽器も弾けないし、ただレコードが好きなだけでいろんな提案をしてきたわけですけど、音楽ファンとして時々の生活のシチュエーションやシーンと結びつけて提案するというスタイルこそが自分の立ち位置だと思ってやってきたんです。僕が選んだ音楽を聴いてもらうことによって、日々の暮らしの中である情景とかシチュエーションが素敵なものになったり、大切な瞬間が再生されるようになったら、すごく嬉しいですね。

音楽を愛し続けるのも、案外エネルギーがいることですよね。若い頃に熱烈な体験をしていたりすると、加齢とともに余計にそう思ってしまう気もします。

橋本:周りからも、レコード買うのをやめてしまったっていう声が聴こえてきたりするんですけど、そういう話を聞くと、前までは「え~」って思っていたけど、僕も50代になって結婚をして初めてその気持ちが理解できました(笑)。けど、せっかく大好きだった音楽から離れちゃうのはやっぱり残念じゃないですか。一回やめてしまった習慣をまたはじめるのは本当にエネルギーがいりますけど、だからこそ、サブスクでもコンピでもいいから、もっとみんな毎日のシチュエーションの中で気軽に音楽に触れて欲しいなと思いますね。

単純に心がウキウキしたり、リラックスしたり……って、あまりにも当たり前のことかもしれないですが、よくよく考えればめちゃくちゃスゴいことですよね。育児しながらBGMとして聴いてもいいし、家事や通勤の最中に聴いてもいいし。

橋本:そうそう。まさにFree Soulなんて、そういうときに輝いて聴こえたり、胸に沁みたりするエヴァーグリーンな音楽だと思いますしね。僕自身、あくまでカジュアルに手にとってもらいたいなと思ってやってきましたし、つねにイージーリスナーズに優しいっていう意識を大切に、クリエイティヴと向き合ってきましたから。Suburbiaの最初のフリーペーパーのサブキャッチからして、トット・テイラー主宰の〈コンパクト・オーガニゼーション〉に倣って、“Earbenders for Easy Listeners”だったくらいですし。

そして、あくまでパッケージで出すというのも改めて意義深いと思います。ストリーミングは間違いなく便利だしイージーリスナーズに優しいけれど、音楽という文化によりコミットしているという実感を促す装置という視点でいっても、なんだかんだ「物体を所有すること」の価値は減じてないと思うんです。

橋本:もしかすると、ライトなリスナーの方ほど、「モノ」に敏感かもしれないなと最近思うことがありますね。「なんかカッコいい」とか「お洒落だな」で全然いいと思うし、雰囲気で聴いていいと思うし、レコード会社もあきらめずに、そういう人たちへぜひ音楽を届けるべきですよね。

橋本徹(SUBURBIA)
編集者/選曲家/DJ/プロデューサー。サバービア・ファクトリー主宰。渋谷の「カフェ・アプレミディ」「アプレミディ・セレソン」店主。『Free Soul』『Mellow Beats』『Cafe Apres-midi』『Jazz Supreme』『音楽のある風景』シリーズなど、選曲を手がけたコンピCDは350枚を越え世界一。USENでは音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」「usen for Free Soul」を監修・制作、1990年代から日本の都市型音楽シーンに多大なる影響力を持つ。最近はメロウ・チルアウトをテーマにした『Good Mellows』シリーズや、香りと音楽のマリアージュをテーマにした『Incense Music』シリーズが国内・海外で大好評を博している。

COMPUMA - ele-king

 アンビエント、ダブ、エレクトロニカ、ダウンテンポ、それらが混じり合いながらゆっくりと景色が立ち上がっていく。コンピューマ、2022年の『A View』以来のアルバム、『horizons』を9月20日にリリースする。ヴォコーダー使いの歌もあり、心地よいリズミックなトラックもあり、何気に新境地です。ぜひチェックしてみてください。

COMPUMA
horizons

SOMETHING ABOUT
発売日:9月20日(金)

【COMPUMA】
DJ / 選曲 / レコードバイヤーとして、さらにはスマーフ男組、その前身となったAsteroid Desert Songs、竹久圏(KIRIHITO)とのデュオ作品、DJポッセ、悪魔の沼など、さまざまな活動を続けるCOMPUMAによる、2022年リリースのソロ名義アルバム『A View』以来2年ぶりとなるニュー・アルバム『horizons』。自身のルーツとなる、熊本・江津湖のほとりや、各地の様々な場所を散策時に、その景色や環境にインスピレーションを得て制作されたもので、共同制作者のhacchi(Urban Volcano Sounds/David Soul)と共に作り上げた7曲を収録。マスタリングには中村宗一郎、COMPUMA作品のアートワークでおなじみデザイナー鈴木聖によるジャケットCD(デジパック+4Pブックレット)として自身のレーベル〈Something About〉よりリリースされる。

♯8:松岡正剛さん - ele-king

 たとえば林檎を描くとする。赤い林檎をそのまま正面から描くか、ひと口かじったそれを描くか、あるいは緑の林檎にするか、それとも半分に割った林檎にするか、その描き方にはいろいろある。編集者というのは、「(ほかの描き方も複数あるが)今回はこの林檎でいこう」だ。35年前に松岡さんから聞かされたこの喩えが、いまでも頭にこびり付いている。流動性のなかにこそ編集の極意あり。存在の流動化、存在から存在学へ、ほうき星の存在学。編集者は、言うなれば仮面から仮面へ、惑星から惑星へ、そして灰から灰へと渡り歩くことができる。だが、真を追求するアカデミアの研究者はそうはいかない。だからこの発想には両義性がある。
 編集者のテクニックのひとつに、コピーライティングがある。松岡さんは権威的な文体や難読漢字の多用を嫌い、メディアの武器であり資本主義の道具でもあるこの文章技術に入れ込んでいた。目次に凝るのが好きで、ときには雑誌の表紙や中吊り広告のキャッチコピーさえ面白がっていたが、松岡さんが見ていたのは、商品セールスのためのそれではなく、コンセプト伝達手段としてのコピーライティングという表現の可能性だった。そして編集的流動性における咀嚼力、メタファーの応用。松岡さんは難解な理論を平易な喩えで説明するのが抜群にうまかった。ただ、そこにもやはり両義性がある。たとえば、「山東京伝は江戸のアンディ・ウォーホルである」といったとしよう。アンディ・ウォーホルの研究者からしたら、それを誤謬というかもしれない。厳密に突き詰めれば、それはたしかに違う。だが、そういってみることで初めて伝わることは確実にある。

 80年代後半から91年にかけて、ぼくは自分が23歳から27歳までの4年あまりの年月を松岡正剛さんの会社で働き、あらゆる知識と、編集という仕事における創造性および文章の書き方までほんとうに多くのことを教えてもらった。編集以外にもとにかくいろんな仕事があったので、家には帰らず麻布にあった編集工学研究所の床で寝ることはしょっちゅうだったが、それがぼくには楽しみでもあった。そこには『遊』の創刊号からすべてが揃っていたからだ。会社に泊まっては、『遊』(あるいは工作舎関係の本など)を片っ端から読みながらそのまま寝落ちするという日々だった。(ろくに風呂にも入っていなかったわけだからそうとう臭かったと思うけれど、翌朝、ハイパーな上司だった渋谷恭子さん、杉浦イズムを継承するデザイナーの木村久美子さんにたたき起こされるという、いま思えばある意味牧歌的な日々でもあった。あのころは “歩く日本文化の事典 ”こと高橋秀元さん、ぼくがもっとも敬愛する画家のまりのるうにいさんにもほんとうにお世話になった)

 では、ここで面白いエピソードをひとつ。ヒップホップにハマったぼくは、ある日そのファッション・スタイルで出勤した。それを見た松岡さんから「おまえ、バスケットボールをやりに来たのか? 着替えてこい!」と怒られて、家に帰って着替えてきたことがある。あのときの松岡さんはほんとうに怖かった──そう、しかしこれはただの思い出話ではない。
 ぼくは、松岡正剛とはグランドマスター・フラッシュだと思っている。織田信長をベンチャー起業家という松岡さんなら、このくらいの突飛な喩えを面白がってくれるだろう。グランドマスター・フラッシュとは音楽ファンには説明不要の、ヒップホップの初期段階において、2台のターンテーブルを使って2枚のレコードをミックスすることで、テキストを別のテキストに転用することで新たな作品をクリエイトした人物のひとりだ。要するに、過去の文化を引用し、流用し、借用し、再編集することでブラック・ミュージックに新しいパラダイムを創出したDJのパイオニアである。ヒップホップにおけるサンプリングという表現形態の青写真だが、松岡さんはほとんど同じようなことを、サウスブロンクスで音楽の革命がおきていた同じ70年代に『遊』でやった。
 松岡さんの最高傑作は、ぼくはいまでも『遊』だと思っている。なかでも1976年の「存在と精神の系譜」の2冊は、デジタル時代到来より20年も前の、杉浦康平の先駆的サンプリング・アートとしか言いようのない驚異的エディトリアル・デザインをともなって、松岡正剛の編集理念が象徴的に具現化されていると言えやしないだろうか。空海も、ピタゴラスも、オスカー・ワイルドも、過去のあらゆる形態の知がオープンテキスト化され、こともあろうか「雑誌」として刊行された。『遊』という誌名が仄めかすように、ここにはアカデミアの束縛から解放された解釈の自由がある。(よく引き合いに出される1975年に創刊された『エピステーメー』は、当時の保守的なアカデミアでは無視されていた現代思想を紹介する雑誌で、根本的なコンセプトが違っている)
 グランドマスター・フラッシュやアフリカ・バンバータのような初期のDJは、JB'sからスライ、クラフトワークからYMOまで、あらゆる既発音源を横断的にサンプリングしたが、彼らのミックスでは、自分が流用した曲への敬意はあるものの、それぞれのソースの持つ神話性や歴史的な文脈は切り取られ、従来の意味は覆される。重要なのは、2台のターンテーブルとミキサーという流動性のなかで、遊び心をもって編集されながら生まれたその新しい作品なのだ。それは往々にして、クロード・レヴィ=ストロースの用語にならって「ブリコラージュ」と喩えられるが、ぼくは松岡さんのなかに、エリートたちのモダニズムを切り崩すという意味での(そしてハイカルチャーとローカルチャーの境界線を無にするという意味での)ポストモダニズム的な感性があったと見ている。じっさいのところ松岡さんはフーコーやデリダ、ソンタグらに共振していた。『遊』は紙メディアのトランスフォーメーションだったし、新しいパラダイムを創出した。アカデミアに従属する「知」の喧伝ではなく、ポストモダニズム的な大衆性に目するものだったから、それができたのだろう。まさに「大学から遊学へ」。そういう意味で松岡さんは、哲学(ないしは科学や宗教学)がポップ・カルチャーにもなりうるとわかっていた。
 「俺が初めてテレビに出たのはな……」と松岡さんはなかば笑い話として言った。「機動隊に担がれていったときだった」。学生運動というグランド・ナラティヴ(大きな物語)の真っ直中にいた松岡さんが、どうして1971年の『遊』創刊へと向かったのか、ぼくがもっとも知りたくて訊けなかったことだ。『遊』がつくったもうひとつのパラダイムは、『遊』というメディア自体をひとつのローカル・ナラティヴ(小さな物語)にすることだった。『遊』には、その号の寄稿者/聞き手と話し手、編集者やデザイナー、制作スタッフ全員が物語の登場人物さながら紹介されている(編集部それ自体を物語化するという見せ方は、ロック雑誌に継承される)。若き日の三田格も書店員として紹介されていたように、『遊』が制作され、流通し、売られるまでがひとつのナラディヴだった。はからずともここにも、ブラック・カルチャーにおけるパラダイム・シフトとしてのヒップホップとのアナロジーがある。ヒップホップ用語で言うところのフッドの美学だ。

 松岡さんの訃報を知って、覚悟していたこととはいえ大きな喪失感を覚えながら、この1週間、上記のようなことをうつらうつらと考えていた。松岡さんは『遊』時代になかば強引に、とことん拡張した知識の風呂敷を、その後はより緻密化させ、独創的なアプローチをもって深化させていったのだろう。と同時に、「セイゴオちゃんねる」という番組名がいい例だが、もうひとつのペルソナをつくることにも腐心した。「自分の職業は松岡正剛」という科白が寺山修司の引用(サンプリング)だとしても、松岡さんが「松岡正剛」という物語(ペルソナ)に生きていたことは、ネットで散見できる松岡さんの写真からもわかる。またその一方で、「千夜千冊」という、尋常ではない量の自分の元ネタのデータベースを惜しみなく公開するかのような、自分語りめいた他に類をみない書籍エッセイもやっている。
 松岡さんの先見的だった考え方のひとつに、「たったひとつのアイデンティティに縛られることはない」というのがあった。人間には複数のアイデンティティがあってもいいだろう、松岡さんはそう主張したが、これは「千夜千冊」で取り上げているジュディス・バトラーが1990年に発表した先駆的クィア理論(『ジェンダー・トラブル』)に通じている。アイデンティティ・ポリティクスが加熱するいまこそ、もっとそのことについて話してもらいたかったと思う(まあ、そんなことを言ったら他にもたくさんあるが)。しかしながら、松岡さんがポストモダニズムに対してアンビヴァレンスだったことも「千夜千冊」から見える。アレックス・カリニコスを取り上げているのがわかりやすい。このイギリスの左翼の批評家は、『アゲインスト・ポストモダニズム』という主著で、1968年の革命世代の多くが専門職や管理職という新しい中流階級に取り込まれたことを主張した。闘争で流された血から新しい資本主義が生まれたと言っている。 
 「千夜千冊」で興味深く思ったのは、サルトルに対して思いのほか辛辣だったことだ。いや、でも、それはそうなのか、松岡さんは大江健三郎のようにはなれなかったと書いている。ぼくが松岡さんのもとで働いていた80年代末は、プラザ合意直後のバブル景気の恩恵というか経済的勘違いを思い切り受けた時代だった。そして美空ひばりの死、昭和天皇の崩御、ベルリンの壁の崩壊、湾岸戦争、……こうした歴史的な出来事を松岡さんといっしょに経験している。あれはいつだったか、テレビの画面越しにマーガレット・サッチャーの演説をいっしょに見たことがある。スタッフのひとりが「サッチャーのクイーンズ・イングリッシュの発音はすごいですね」と言った。松岡さんは、八百屋の娘として生まれ、労働組合の男たちに囲まれて育ち、やがて英国の首相としてその男たちを窮地に追いやり、世界の政治的風景を確実に変えてしまったひとりの女性の演説を、ただ無言で、じっと見ていた。
 松岡さんは、いったい誰の味方だったのだろうか、そんなことを考えたりもした。東浩紀や宇川直宏のような、在野の思想家/DIY主義者/独創的なメディアの作り手たちへの純粋なシンパシーはよく理解できる。松岡さんはそういうひとだ。ぼくが知りたかったのは、かつて政治闘争の渦中にいたひとの、その後の政治性についてだった。「松岡さんや平岡(正明)さんのように若い頃に海外文化に親しんだ左派が、70年代はどうして意識的に日本の文化へと舵を取ったんでしょうか」とぼくは訊いた。「中上健次も忘れるな」とそのとき松岡さんは言った。平岡正明は、とある本で松岡さんのことをクサしているが、松岡さんは平岡さんのことを評価していた。「あんなすごい書き手は、いまの音楽界にはいないよな」とぼくに言った。考えてみれば、たとえそのひとがアンチ松岡でもあっても、自分が認めたひとの悪口を言う松岡さんを見たことがないし、状況によってはむしろ擁護する側だった。ぼくは松岡さんのそういう懐の深さが好きだった。だいたいぼくのようなアホで無知な若者をよく雇ってくれたものだと思う。あのころ、いちど松岡さんの前で歌を歌ったことがある。そうしたら、続いて松岡さんも自作の歌を歌いはじめた。何年か前に再会したとき、松岡さんが「いまはもう俺の前で歌ってくれるやつはいないよ」と笑みを浮かべて言ってくれたのは嬉しかった。松岡さん、ありがとうございました。ぼくには感謝しかない。

ENDON - ele-king

 完ッッ全に絶望した。世の中に、社会に、他者に、何より自分自身に。死にてー。けれども首吊りも身投げも怖ぇ〜から絶対無理。オーバードーズでポックリ死が最も理想的なんだが、誰かが俺の屍を片付けることになるを思うと躊躇しちまう。この暑さじゃソッコーで腐敗しちまうしな。さてどうしたものか……そんなモヤモヤしていた矢先、盟友エンドン(ENDON)の新譜が〈スリル・ジョッキー(Thrill Jockey)〉からリリース、とりあえず聴いてみることにした。エンド(END)オン(ON)。彼らは一度死に、終わりを迎えた。これは終わりのはじまりの物語である。

 2020年の春の終わり頃、エンドンのメンバーであるエツオが死んだ。彼は非常に繊細で優しい人間でありながら、誰よりも激しい情動を秘めた青年だった。エツオはエンドンではノイズ(鉄クズとバネ、ピックアップマイクで制作された自作楽器・通称ガシャガシャ)と電子楽器を演奏したり、イカれた小説を書いたり、ソロ・プロジェクトであるマス・ファルセントリズム・アタック(Mass Phallocentrism Attack)やウエスト・トーキョー・パニック・シンジケート(West Tokyo Panic Syndicate)ではアクショニズム的パフォーマンスを披露するなど、溢れ出る表現欲求がとどまることのない多彩な前衛芸術家だった。確かにエツオはときに死にそうになりながら表現に励んでいた。ハンパじゃない飲酒量もそうだが、エンドンのライヴ後に彼が酩酊してブッ倒れ、他のメンバー、主にエツオの兄であり、フロントマンであるタイチが彼をハコから担ぎ出すのはバンドの日常風景だった。当時俺はそんな光景を横目に、エツオを心配するどころか微笑ましい兄弟愛だな、程度にしか思っていなかった。エツオの突然の訃報を聞いたのは、コロナ禍による最初の緊急事態宣言が発令して間もない頃だ。あらゆる音楽イヴェントは中止、エンドンも他のミュージシャンたちと同様に当面のライヴ活動を見合わせていた。あれから四年経ったいまでも、コロナ禍で社会が混乱していなければエツオは死ななかったんじゃないか? という思いは消えない。いつも通り毎週スタジオでリハをおこなっていたら? いつも通りに発表の場があって、仲間たちとの交流が絶えなければこんなことにならなかったのでは? 考えるだけ虚しいだけだが……

 フォール・オブ・スプリング(Fall of Spring)、「春の転落」と題された今作はエツオの死後、3人編成となったエンドン初のアルバムだ。音響ガジェット屋タロウによるアンビエント・シンセジスの上に凄腕ギターを封印したコウキによるダイナミックなノイズが駆け巡り、加虐的なリリックを痛々しいまで繊細に叫ぶタイチのヴォーカルが聴者の狂気と理性を掻き乱す。これまでのエンドンをノイジー・メタルと呼ぶならば、これはメタリック・ノイズ、極度に抽象化されたロックンロール・オペラだ。このかつてないほど悲痛で空虚なサウンドを例えるとすれば、死者の世界から覗き見る生者の世界。向こうにいるエツオが聴く俺たちの終わり行く世界の音はこんな感じじゃなかろうか。最近の〈スリル・ジョッキー〉の尖ったリリース、スーマック(SUMAC)のヒーラー(Healer)やパーシャー(Persher)のスリープ・ウェル(Sleep Well)など、「春の転落」と同様にディストピアン・サウンドトラックとしての親和性が高いのが非常に面白い。アヴァン・メタルはいま確実にキテる。ちなみに俺の手元にあるのは〈デイメア・レコーディングス(Daymare Recordings)〉盤のCDだが、ボートラが一曲追加されていて、ジュエルケースが白トレーという点もありがたい。ワンジーくらいならブラントで巻いて収納できるからな。

 クソ! こんなもん聴かされたらお前らが死ぬまで死ねねぇじゃねぇか! END ON END ON END ON……終わり行く世界の中で絶望の深淵に向かう無限の反復運動。大人になれ? 成長しろ? 知るかよ! 野垂死上等!

interview with Fontaines D.C. (Conor Deegan III) - ele-king

 2019年の『DOGREL』の衝撃から5年、4枚目のアルバム『Romance』へと至る道、フォンテインズD.C.はもはや単純にポスト・パンクという言葉でくくれるようなバンドではない。レーベルが変わり、バンドの立つステージは大きくなり、周囲の環境も変わった。アイルランドを離れてのツアー生活、3枚のアルバムのプロテュースを務めたダン・キャリーのレコーディングから、アークティック・モンキーズやゴリラズを手がけるジェイムズ・フォードとともにフランスの大きく古いスタジオで収録した4thアルバム。作曲方法も変わり、年齢を重ねた感性も変化しバンドはまた違うものになっていく。変わらないのは暗さを抱えた憧れるようなフォンテインズのロマンだけだ。00年代後半のニュー・メタルのサウンドを解釈した “Starburster” の衝動に、80年代のギター・ポップ・バンドのようなきらめきを持った “Favourite”。それらは心を躍らせ、そうして自問自答を繰り返すフォンテインズの渦の中に返っていく。アルバムのなかで繰り広げられる探求、「ロマンスとは場所なのかもしれない」。最初に配置されたタイトル・トラックのなかで響くグリアンのその声がアルバム全体を通してずっと頭に残り続ける。場所と記憶と概念、そして感情、それらが交じり合うポイントにこそロマンスはあるのかもしれない。それは決して甘いだけのものではなく闇を感じさせもするもので……。

 23年2月の単独公演以来、フジロックのために来日したフォンテインズ。だが取材を予定していたカルロス・オコンネルは現れず、取材時刻から少し遅れてギターのコナー・カーリー、 ベースのコナー・ディーガン、 そしてドラムのトム・コールの3人が到着。カルロスが時間内に来ることは難しいという状況のなかで、カルロスに代わり急遽ベーシストのコナー・ディーガンがこのインタヴューに答えてくれた。彼は終始ご機嫌で、撮影の待ち時間に「パーパパッパパッパパー、パパパッパー」とフィッシュマンズの “LONG SEASON” を口ずさみながら歩き回っていた(取材後1時間ほどしてカルロスとグリアン・チャッテンが姿を見せ、撮影はメンバー全員でおこなわれた)。ディーガンが口ずさむ唄のように季節は変わり、ダブリンのこのバンドは新たな段階に入っていく。来夏の4万人規模の公演も決まり、大きくなっていくフォンテインズに4thアルバム『Romance』のその探求について話を聞いた。

過去のいろんな時代から見た未来というか、過去の時代に想像していたような未来の姿を表現したかった。残念だけどいまの時代に未来を想像しても、いい感じの未来が見えて来そうにないからさ。でも過去のある地点、たとえば90年代に思い描かれていた未来っていうのはもっと面白く、もっといいものだったような気がするんだよ。

今日はよろしくお願いします。フォンテインズとしては去年2月の単独公演以来の来日で。そのときとは季節も変わってまた違うかと思いますが、日本の夏の印象はどうですか?

コナー・ディーガン(Conor Deegan、以下CD):そうだね冬に来たときとは全然違う体験をさせてもらっているよ。なんていうかな前に来たときはもうちょっと穏やかな感じだったから。いまはまぁちょっと暑いよね。暑すぎ。

来てからどこかに行ったりしましたか?

CD:まだどこにも行ってないんだ。なにしろ着いてからまだ13時間くらいだから。

変化といえばバンドとしてもレーベルが〈XL Recording〉に変わりましたよね。音楽的に、あるいはその他の面でも違いを感じるところはありますか?

CD:うん、変化はいろんな面で感じているよ。仕切り直しっていうか新たなスタートを切りたいって考えていたから。音楽自体もそうだけど、それ以前に創作に対する空気が変わったって感じかな。〈XL〉は伝統あるレーベルで、いろんなバンドと契約してきた歴史があるから独特な空気があると思う。その一部になれたっていうのは光栄だし、うまくいっているんじゃないかって感じてる。もちろん前のレーベルもよかったんだけどね。

XLに所属しているアーティストで影響を受けた人はいますか?

CD:最初に名前を挙げるとしたら当然、キング・クルールかな。あと、影響を受けたっていうんならプロディジーも。

XL以外の人だと、最近はどんな音楽を聴いているんですか?

CD:ちょっと待って見てみるから(スマホを取り出してSpotifyの画面を見せる)。うん、いまはこんな感じかな。J・ディラ、チャーリー・XCX。あとはジェシカ・プラットの新しいアルバム『Here in the Pitch』、これはめちゃくちゃよかったよね。それにテス・パークス。

当時、ビートルズがメロトロンを使って表現しようとしたのは未来の音だったはずなのに、いまそれを聴いて僕らが感じるのが懐かしさなんだって思うとなんだか変な感じだけど。

今回からプレスショットの感じも変わりましたよね? いままでの落ち着いたものから一気にポップになったような感じで。あなたとグリアンがプレゼンのパワポの資料にスパイス・ガールズの写真が並んでいて~みたいなことを言っていたインタヴューの動画を見て……

CD:(笑)違う、違う。あれは冗談だよ、冗談。マジじゃないから。

あっそうだったんですね(笑)。実際はどんな感じだったんですか? かなりモードを切り替えたみたいな印象がありますけど、どのような意図であのプレスショットを撮ったんですか?

CD:僕たちが考えたことというか話し合ったことは「違った未来についての視点」を表現したいってことだったんだ。過去のいろんな時代から見た未来というか、過去の時代に想像していたような未来の姿を表現したかった。残念だけどいまの時代に未来を想像しても、いい感じの未来が見えて来そうにないからさ。でも過去のある地点、たとえば90年代に思い描かれていた未来っていうのはもっと面白く、もっといいものだったような気がするんだよ。映画の『12モンキーズ』(1996年/テリー・ギリアム監督)でも素晴らしい想像力で未来を描いていたし、1920年代の『メトロポリス』(1927年/フリッツ・ラング監督)も凄かった。そういう20世紀の映画のなかで描かれたような未来っていうのが大きなインスピレーションのもとになっている。グリアンのクリップで止めた髪っていうのはまさに1920年代の映画を参考にしているし、僕のとかカルロスの髪形はそれよりも先の時代、90年代に考えられていた未来の姿になっていると思うんだ。

過去から見た未来の表現っていうのは凄く面白いですね。未来のことでありながら同時にノスタルジックな感覚もあるという。話を聞いていて、アルバムに収録されている “Starburster” についてカルロスが「14歳のときに大好きでその後聴かなくなった曲をいま、再び愛するみたいなもの」と言っていたのにも近いものがあるのかなと思ったのですが、この過去と未来が交わるような感覚というのは曲を作る上でもありましたか?

CD:ノスタルジックっていうのはそうだね。“Starburster” にはそのアティチュードがあると思う。でもノスタルジックってだけじゃなくサウンド的にはもっと暗くて悲観的な部分もあってそれが混ざったような感じなんだけど。たとえば曲の真ん中くらいの部分にメロトロンを使ったところがあるんだけど、僕らにとってメロトロンの音は凄く懐かしさを感じさせる音なんだ。60年代のビートルズ気分になるみたいな。でもそれをもう少し、溶けたような感じにいじっていくと、喪失感のある、何かを失ったような感じにもなって……ダーク・ヴァージョンのノスタルジアって感じかな。当時、ビートルズがメロトロンを使って表現しようとしたのは未来の音だったはずなのに、いまそれを聴いて僕らが感じるのが懐かしさなんだって思うとなんだか変な感じだけど。
あとは90年代後半から00年代前半にかけてのニュー・メタル、たとえばコーンとかトゥールみたいな音楽の影響もある。そういう音楽を聴いていたときは子どもだったからその曲の持つテーマとかムーヴメントとかをよくわかっていなかったんだけど、いま聴くとミソジニーだって思えるところもあって。そういうよくない部分を取り除いてサウンドのクールなアイデアをいまの時代に合わせて再構築したって感じかな。

この言葉にはいろんな側面があって単にロマティックなものだけじゃないと思うから。毎日の生活のなかでロマンを感じるものだったり、人生における大切なものだと感じるようなものでもある。「ロマンス」には言葉にできない、きちんととらえられないような感情があって、痛みや悲劇的な側面だってあるんだ。

先行シングルとして発表された “Favourite” はこれまでのフォンテインズの曲とは印象が全然違って、80年代のギター・バンドみたいな疾走感や青春感がある曲でした。最初に聴いたときにこの曲からアルバムがはじまるのかなと思っていたのですが、実際には最後の曲で。アルバムはダークな “Romance” からはじまりますが、この曲順にはどんな意図があるのですか?

CD:アルバム全体のテーマとして「ロマンス」を探求するっていうのがあったんだ。ロマンスという概念はなんなんだってアルバムのなかでもう一回考えているみたいな。この言葉にはいろんな側面があって単にロマティックなものだけじゃないと思うから。毎日の生活のなかでロマンを感じるものだったり、人生における大切なものだと感じるようなものでもある。「ロマンス」には言葉にできない、きちんととらえられないような感情があって、痛みや悲劇的な側面だってあるんだ。だから “Romance” という曲からアルバムをはじめることで全体を通してそうした感情を探し、理解していく形にしたいって思いがあった。 ロマンスのポジティヴな面とネガティヴな面、両方に触れたアルバムになるように。
“Favourite” が最後なのは「ロマンス」という言葉の持つポジティヴな感情をアルバムの終わりで提示したかったからなんだ。「ロマンス」というものを探求した上で、僕たちにはそれができるんだってメッセージを最後に伝えたいって思いがあった。


photographer: YUKI KAWASHIMA collage: Ria Arai

レコーディングはどんな感じだったのでしょうか? 今回はジェイムズ・フォードとのフランスでのレコーディングだったということですが。

CD:うん。僕らにとってこれが初めてのイングランド外でのレコーディングだったんだ。大きな古いフレンチ・ハウスで、まぁ言ってしまうと幽霊が出そうな感じの場所だったんだけど。70年代の素晴らしい機材がいっぱいある大きな部屋で、音楽にインパクトを残せるようなスペースがたくさんあった。いままで僕らは小さな部屋の限られた空間のなか、ライヴ・セッティングで生々しさを閉じこめたみたいなレコーディングをしていたんだけど、今回は部屋の大きさに引っ張られてサウンドの大きさも変わっていったんだ。たとえばU2みたいにアリーナやスタジアムに響かせるような曲を録るにはレコーディングのやり方を変えなくちゃいけないよね。そんなふうに引っ張られていった結果としてアルバムの音も大きなサウンドになったと思う。

最近出演したフェスの映像などを見てもバンドとしてどんどん大きくなっているように感じていますが、曲作りにおいて1stアルバムを発表した当時と変化したような部分はありますか?

CD:曲作りに関して言うと、最初の頃はひとつの部屋に集まって演奏しながらみんなで作っていくってスタイルだった。ラップトップで誰かがデモを作ったのを持ち込んでみたいなことはやってなかったから。ライヴのための曲作りで、誰かの演奏がインスピレーションになってそこから曲が生まれたりもした。でも活動を続けていく内にツアーに出ることも増えて、みんなで一緒に集まって曲を作るってことが難しくなっていったんだ。だからここ数年はホテルの部屋でひとりで曲を作ることがほとんどになった。ラップトップで音楽を作るといろんな楽器を使うことができるよね? 実際には演奏できなくてもシンセとかストリングスとかトランペットとかを簡単に追加できる。昔は自分たちで演奏できないものは作れなかったけどいまは違って、選択肢がかなり広がった。そこから今度はライヴで実際に演奏するために調整するって過程が入ったりするわけだけど。とにかく、昔と違った形で曲を作っているっていうのは確かだね。このアルバムの曲は特にそうで、大胆なサウンドがたくさん入っている。そういう仕上がりになっていると思うよ。

今回のアルバムの曲で、ライヴで演奏するときに印象が異なったような曲はありましたか?

CD:うーん、今回のアルバムの曲はまだそこまでライヴでやっているわけじゃないからいまのところはなんとも言えない。ただやっぱり観客の反応が入ると印象が変わるよね。過去の曲で言えば2ndアルバムの “Lucid Dream” なんかはまさにそうで、作ったときにはこんなふうにライヴで大きく盛り上がる曲になるだなんて思わなかった。だから今度のアルバムの曲もそんなふうに変化していくと思うよ。“Starburster” はもう何度かライヴで演っているけど1stアルバムとか昔のアルバムの曲とは全然違う盛り上がり方をしていて。モッシュが起こるんじゃなくて合唱が発生するみたいな、そういう変化が起こっているかもしれない。

最後にアルバムのジャケットの話を聞きたいです。アートワークもいままでのものとガラッと雰囲気が変わりましたよね? ハートマークに涙を流した人の顔が写った、ある種異様とも思えるようなアートワークで。これはどういうものなんですか?

CD:このデザインはルー・リンって人が手がけたものなんだけど、僕も最初に見たときはほんとストレンジだなって思った。それこそ従来のものとは全然違う感じのものだったし。でも僕たちがやりたかった音楽、今回のアルバムのテーマを表すものとして考えると、このアートワークは凄くフィットしているって思うんだ。「ロマンスの形っていうのはこういうものなのか?」「本当にこれで合っているのか?」と問いを投げ掛けるようなものになっていて。それってまさに僕たちがこのアルバムでやろうとしていたことだから。ロマンスというものについて問いかけてくる、凄く良いアートワークだと思うよ。

Andrés - ele-king

 Andrés(アンドレス)、久しぶりの来日です。Moodymannのレーベル〈KDJ〉や〈Mahogani Music〉を中心にリリースを重ね、2023年には5作目のアルバム『Andrés V』をリリース。DJ Dez名義では、デトロイトのヒップホップ・シーンで活躍、Slum VillageのプロダクションやツアーDJとしても参加している。ハウス、ソウルやファンク、ジャズ、そしてキューバをルーツに持つ彼はサルサにも深い知識を持っている。この機会に、彼の深みのあるブラック/ラテンの世界を堪能しよう。

Andrés Japan Tour 2024

9.14(Sat))福島 @NEO Fukushima
K.I.S.S.#84 - 15th Anniversary Party -


Special Guest
Andrés aka DJ Dez

DJ
STILLMOMENT
MONKEY Sequence.19

Dance Session
Outside Elements

FOOD
バン才 - BANZAI -

Open 22:00
ADV 4,500yen with 1Drink
Door 4,500yen
U-23 3,500yen with 1Drink

Info: Club NEO www.neojpn.com
福島市本町5-1 パートナーズビルBF1 TEL 024-522-3125


9.15(Sun))東京 @DJ BAR Bridge Shibuya

DJ: Andrés aka DJ Dez, Kza, DJ MAS aka SENJU-FRESH!

Open 20:00
Door 2,000yen

Info: DJ BAR Bridge Shibuya https://djbar-bridge.com/shibuya/
東京都渋谷区渋谷1丁目25−6 渋谷パークサイド共同ビル10F Tel 03-6427-6568


9.20(Fri))大阪 @Club Joule

< 2F >
Andrés aka DJ Dez
HOOFIT (QUESTA, MASH, DY, KAZIKIYO)
STEW (TUFF DISCO)

VFX: catchpulse
Sound: Kabamix

< 4F >
IKEDA-IKERU
SHUNPURI
ORGTKD
NEGAN
PISAPPLE

THAT'S PIZZA
たこやきしんちゃん
Edenico

Open 22:00
ADV 3,000yen (e+ / Clubberia)
W/F 3,500yen
Door 4,000yen

Info: Club Joule www.club-joule.com
大阪市中央区西心斎橋2-11-7 南炭屋町ビル2F Tel 06-6214-1223


9.21(Sat)名古屋 @Club Mago

DJ: Andrés aka DJ Dez, Sonic Weapon

Open/Start 23:00
ADV 3,500yen
Door 4,500yen

Info: Club Mago http://club-mago.co.jp
名古屋市中区新栄2-1-9 雲竜フレックスビル西館B2F Tel 052-243-1818


最新アルバム『Andrés V』リンク
https://andres.bandcamp.com/album/andr-s-v


Andrés (aka DJ Dez / Mahogani Music, LA VIDA)from Detroit

 Andrés (アンドレス)はMoodymann主宰のレーベルKDJ Recordsから1997年デビュー。DJ Dezというアーティスト名でも活動し、デトロイトのHip HopチームSlum Villageのアルバム『Trinity』、『Dirty District』ではスクラッチを担当し、Slum VillageのツアーDJとしても活動歴あり。Underground Resistance傘下のレーベルHipnotechからも作品を発表しており、その才能は今だ未知数である。
 2012年、主宰レーベルLA VIDAを始動し、第1弾リリース『New For U』はResident Advisor Top 50 tracks of 2012の第1位に選ばれた。
2014年、DJ ButterとのアルバムDJ Dez & DJ Butter‎『A Piece Of The Action』をリリース。
 ラテンジャズパーカッショニストである父、Humberto ”Nengue” Hernandezからアフロ・キューバンリズムを継承し、アンドレス本人もパーカッショニストとしてAmp FiddlerやMoodymannのライヴや、Erykah Badu “Didn’t Cha Know” (produced by Jay Dee)の録音に参加している。地元デトロイトではミュージシャンを交えたジャムセッション・パーティーをSpot Lite Detroitで定期的に開催している。
 2023年、Andrésとして通算5枚目となるアルバム『Andrés V』をMahogani Musicよりリリースする。

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interview with Shun Ishiwaka & Chihei Hatakeyama - ele-king

 10年代後半、いろんなところで彼の名前を見かけるようになった。若くして才を発揮したジャズ・ドラマーの石若駿は今年で活動20周年を迎える。といってもぼくが最初に彼の存在を意識したのはちょっと遅くて、小川充によるローニン・アーケストラ(2019)やAnswer To Remember(2020)のレヴューがきっかけだった。とくに後者のフュージョン・サウンドにおける多彩なアプローチとその技巧派ぶりには大いに驚かされた覚えがある。
 ほかにもCRCK/LCKSやSongbook Trioといったプロジェクトを抱える石若は共演数・参加作品数も尋常ではなく、日野皓正を皮切りにテイラー・マクファーリンカート・ローゼンウィンケルに……いや、ここまではわかるのだけれど、安住をよしとしない彼は軽々とジャズの領域を飛びこえ、くるりに岡田拓郎KID FRESINOにはては米津玄師まで、まさに八面六臂の活躍を見せている(角銅真実作品にもピアノで参加)。おそらく、2010年代後半以降の日本においてもっともその動向が注目されたドラマーが石若駿ではないだろうか。そんな彼がまだ足を踏み入れたことのない分野がアンビエントだった、と。

 打楽器奏者による演奏とアンビエントの組みあわせは、たとえばイーライ・ケスラーローレル・ヘイロー、山本達久と伊達伯欣のようにすでにこれまでも試みられてきているわけだが、こと日本においてはまだまだ探求しがいのあるアイディアかもしれない。石若駿と畠山地平によるほぼ即興そのままだという共作『Magnificent Little Dudes Vol.1』もまた、ふたりにとっての新境地であるのみならず、この列島でエクスペリメンタルな音楽を追究する冒険者たちにとってひとつの指針となりうる作品だ。以下でも語られているように、ドラムスの手数が多くなっているときでも激しすぎない音空間が創出されているのは本作の大きな魅力で、Hatis Noitのヴォーカルがフィーチャーされた “M4” や石若がジャズとクラシカルのあわいを行くようなピアノを演奏する “M7” など、アルバム全体としても趣向が凝らされている。
 なお、「Vol.1」と題されていることからもうかがえるように、10月には『Vol.2』もリリースされることになっている。アウトテイクなしの録音全出し、阿吽の呼吸を堪能したい。

できないことができるようになるときの感じに似てるというか、逆上がりが突然できるようになるみたいな(笑)。(石若)

石若さんは活動20周年記念のイヴェントが決定していますね。くるりやermhoi、KID FRESINOなど多彩な出演者が発表されています。それに向けいまはどんなお気持ちですか? 準備にとりかかっているところでしょうか。

石若:楽しみにしています。セトリももうまもなく決まりそうですが、こういうふうにできたらいいなってイメージはそれぞれ考えているところです。ライブナタリーの制作チームもいろいろ練ってくれているんだろうなと。

石若さんはかなり多くのプロジェクトを抱えています。じっさいのところ、どれくらいのお忙しさなんですか?

石若:東京にいるときは、1日を3、4分割したりしてますね。

そういうとき、気持ちの切り替えはすんなりできるものなんですか?

石若:できますね。あんまり深く考えてないというか、そういうふうに(切り替えることを)考えなくてもできるようになっていった自分もいますね。ありのままでいろんなことができるようになった。

活動20年を迎えることの感慨はありますか?

石若:ついこのあいだ、札幌の道新ホールっていう閉館しちゃう会場でコンサートをやってきまして(6月末閉館)。そのときの共演者が映画『BLUE GIANT』のサウンドトラックでも一緒だったサックスの馬場智章っていう、おなじ札幌出身で、小学校3、4年生くらいのときに札幌ジュニアジャズスクールでジャズをはじめたひとで。あれから数えて20年っていうのもあったし、道新ホールにも小学校のときから出てましたし、20年の重み……って言ったらちょっと違うかもしれないけど、歳を重ねたっていうことが身に染みてジーンと来ましたね。馬場くんとも20年一緒にやってるんだなって思ったし、そんな仲間なかなかいないな、と思いますし。
 今回の「ライブナタリー 石若駿20周年ワッツアップ祭り」については、僕も自分が20周年だって知らなかったんですよ(笑)。ライブナタリーの中に札幌出身で同い年のスタッフがいて、彼から言われて気づいたぐらいで。一緒にやろうって誘ってくれたのもあって今回のライヴが決まりました。ぼくの活動期間は2004年からはじまっていて、その年のなかでいちばん大きなトピックっていうのは日野皓正クインテットのライヴに参加したこと。それが2004年の5月の7日か8日だったかな。そこから数えて20年っていう。結果、いまも日野さんと一緒に活動できてるし、馬場くんとも一緒にやってるし。最近『怪獣8号』ってアニメのサウンドトラックを担当した坂東祐大くんとも、考えてみれば高校1年生のときから15年ほど一緒にやってることになります。そういうふうに15年とか20年、いろんなひとたちとともに音楽をつくってきたな、っていうのは最近いろんなシチュエーションでしみじみ感じますね。

この20年の中でいちばん大きな転機になったことは?

石若:いちばんの転機はやっぱり日野さんに会ったことですかね。最近『リズム&ドラム・マガジン』で20周年イヴェントに関連するインタヴューがあったんですけど、そこで人生について第一章から第五章に分けて説明しているので、もしよかったらそちらを見てください。

今回は畠山地平さんとのコラボレーションですが、畠山さんのことはどの段階で知ったんですか?

石若:最初はInterFMの共演がきっかけなんですけど、2021年でしたっけ。

畠山:2022年の正月かな。

石若:そこで初共演をして。ラジオを企画してくれた「Song X」の方だったり御茶ノ水のRITTOR BASEの方だったり、いろんな方が地平さんと演奏してるのを聴きたいとか、絶対いい放送になると言ってくれて。そうした期待もあったなかでじっさい演奏してみて、すごく手応えがありました。ふだん自分ができなかったような演奏ができる感覚にもなりましたし。
 きっかけはそれなんですけど、じつはその前に高円寺でたまたま一緒に飲みまして。コロナの前で2018年とか17年ごろかな。ちょっと定かではないんですけど。焼き鳥屋でけっこう飲んだあと、飲み足りなくてコンビニの前でもちょっと一杯やったりとかして。そういう思い出もありつつ共演するに至りました。あとは君島大空の「午後の反射光」っていうファーストEPのマスタリング・エンジニアが畠山地平さんということもあって、君島からの話も聞いてましたし、そういう縁を感じる方ですね。

石若さんは、出会うまえから畠山さんや〈White Paddy Mountain〉の作品を日常的に聴いていたんでしょうか?

石若:いや、じつは出会うまでは畠山さんの音楽はぜんぜん聞いたことはなかったんです。でも共演して「最近どういう音楽つくってますか」とか「今度こういうことやるんだけどいいヴァイオリニストいない?」っていう相談をしてくれたりとか、そういうやりとりをとおしてミュージシャン同士としてのつながりが生まれた感覚はあります。一緒に演奏するまではあまり聴いたことがなくて、演奏してから聴き返して「あのとき話してたのはこの音楽だったかな」っていろいろ探したりとかして、だんだん聴くようになっていった感じです。


photo by makoto ebi

地平さんが風だったらぼくは葉っぱだな、というような、立場というかキャラクターとしてのあり方を考えました。(石若)

畠山さんは、石若さんのことをどのタイミングで知ったんですか?

畠山:「石若くんっていうすごいドラマーがいて……」みたいな噂は以前から聞いてて、2010年代の初めくらいから名前は知ってました。石若くんの活動もかなり多岐に渡っているんで、クレジットを見たらドラムが石若くんだったなんてこともありました。そうしたかたちで音源とかは聴いたことがあって、君島大空くんのマスタリングのときも「ポップスなのにすごいドラムが入ってるな」と思ったら、それも石若くんだったっていう。そんな感じで存在は知ってて、2022年に石若くんからラジオの出演依頼が来て共演がはじまったという流れですね。

畠山さんのなかで石若さんのいちばん印象に残っているプレイ、あるいは作品はなんでしょうか。

畠山:いろいろ聴いたんですけど、さっき話したようにやっぱり君島くんの音源はインパクトがあったかな。君島くんは中性的なヴォーカリストで、アンビエント感っていうかリラックス感があって、そこに暴力的というか異世界のようなドラムがぐわっと入ってくるんですけど、それでも曲全体のリラックス・ムードが保たれていて。音はすごく鳴っているはずなのに曲の印象がぜんぜん変わらないのがすごいなと。マスタリングをしてて、これはいったいどうなってるんだ! と思いましたね。

今回のコラボレーションは、具体的にはどういう流れではじまっていったんですか?

畠山:ラジオの放送があって、それを聴いてくれた「Each Story」っていう野外フェスのイヴェンターの方からフェスの出演依頼が来てそうして初めて「Each Story」に出演した際、〈ギアボックス・レコーズ〉の日本支社の担当者が演奏を知って、ぼくもなんとなくふたりでレコーディングしたいな、なんて雑談してたら、その方が〈ギアボックス〉の社長に「これ絶対出したほうがいいんじゃないの?」って言ってくれて、「じゃあ、うちで全部レコーディング代も出すんで、レコーディングしてみませんか?」みたいな感じになって。自然な流れというか、わらしべ長者的にトントン拍子に進んでいくみたいな感じでした(笑)。

アンビエントって基本的にはビートレスな音楽ですが、そこにドラムを入れていくっていう今回の試みについて、石若さんはどう思われましたか?

石若:自分にとってすごく未体験な音楽だとは思ったので、その新鮮さというか、自分でやったことがないものに携わって音楽をつくれる状況が嬉しかったっていうのが最初にあって。ラジオでじっさいに共演したとき、「いままでやったことなかったけど自分はこういう演奏ができるんだ」って発見した感覚もありまして。それは放送されたものを聴いたり演奏したりしてるときもそういうふうに思って。できないことができるようになるときの感じに似てるというか、逆上がりが突然できるようになるみたいな(笑)。まあ、新しい気分でしたね。

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あえてドラムを聴かないようにしてやってみようかなとか、合わせるんじゃなくて反対のことしてみようって音を入れたりとかして、近づいたり離れたりするアプローチをとりましたね。(畠山)

石若さんはふだん日常でアンビエントは聴くんですか?

石若:アンビエントって呼ばれてるものは好きですね。ただ、アンビエント・ミュージックを聴こうっていうふうには聴いてはいないと思いますけど。でもそう呼ばれるであろうものは自然と好きで、よく聴いてるものが多いかもしれないです。詳しいアーティスト名とかはぜんぜん覚えてないんですけど、聴くのは好きです。ぼくはApple Musicユーザーなんですが、ステーション作成という自分の好きなアーティストからどんどん派生していく機能みたいなのがあって、気分じゃないものは飛ばして聴けるんですよね。だけどアンビエントみたいに……僕はアンビエントって呼びたくはないんですけど、みんながアンビエントって呼んでるものは飛ばさず聴くことは多いかもしれないです。

なるほど。今回のコラボレーションをやるにあたって、ドラムを入れていくうえで苦労したこと、あるいは注意したこと、意識したことはありますか?

石若:「自分がなぜそのときにその音色を選択するか」みたいなことを客観的に考えるようになったというか。音に責任を持つことに注意を払ってはいましたね。自分がいま出してる音が地平さんの音像やハーモニーにたいしてどの立ち位置でどの立場になるのか、みたいな。それがたとえば直線的な、面と向かったことなのか、密度みたいなものなのか、高さだったり、という。地平さんが風だったらぼくは葉っぱだな、というような、立場というかキャラクターとしてのあり方を考えました。ただ、それはじっさいにやってみて終わったあとに感じたたとえかもしれないですけど。そういう立ち位置、密度、空間の広さとかにたいしてちゃんと向き合ってる状態であるっていうことは意識してたと思うし、完成してできあがったのを聴くと、「葉っぱと風」みたいな、キャラクターや環境の違いみたいなものになっているのかもしれないな、と思ったり。そういう感覚ですかね。

畠山さんは、今回ドラムが入ってくる前提のなか、どういう点に注意しましたか?

畠山:いつも演奏してる自分のスタイルがいくつかあるかなとは思うんですけど、たとえばアンビエント的なミュージシャンの方とコラボレーションして演奏を同時にするとか、インプロ系の方とやるときには、相手の演奏するスペースについて考えますね。ドローンってあまりにも(音を)埋めちゃうと、相手が演奏するスペースがなくなっちゃったり、この音しか聴こえないという状況になってしまいがちで、それはどうかなと思うので、そういうバランスも考えながら演奏します。石若くんのドラムを聴いたり、一緒に演奏したりしていくと、ドラムとギター・ドローンなので、(双方が)使わないスペースを埋め合ってるっていうのもあって、ふだんの自分の演奏でいちばんやりたい感じのものをそのままぶつけても成立するので、演奏しやすいなと第一に思いました。
 あとは、ふだん以上にドローンの渦みたいな、なんとなくあるリズムというか、周期の流れみたいなものをドラムのリズムに合わせながら演奏したりとか、ディレイのタイミングとかをタップ機能で石若くんが叩いているのに合わせてみたりとか、そんな感じでやりました。あえてドラムを聴かないようにしてやってみようかなとか、合わせるんじゃなくて反対のことしてみようって音を入れたりとかして、近づいたり離れたりするアプローチをとりましたね。演奏は本当にやりやすかったです。

事前の打ち合わせはあったんでしょうか。

石若:レコーディングする前にテイクのコンセプトは共有しながらやりましたね。でもぼくの演奏はコンセプトを共有している状態でもとにかく自由なものなので、テンポだったりフィールというか、そういうものの選択もぼくは地平さんの音を聴こえるがままに演奏してました。ふたりで共有している部分はあったけど、中身はそのときの自然の摂理っていう(笑)。

その共有したコンセプトというのは?

石若:20分間くらいのテイクで、たとえば最初は静かなところからはじまって、このぐらいの熱量になって、またおなじ時間かけて静かに戻ろうとか、そういう感じです。音数多めでとか。音数かなり少なくしてやろうか、とか。

録音したあとのポスト・プロダクション、エディットの比重は大きかったですか?

畠山:今回エディット的なことは、ドラムとギターにはほぼしてないんですよね。ここをちょっと変えようとか、こことここをつなげようとかっていうのはほぼなくて、もうほんとうに演奏したままなんですよ。それはまさに石若くんのなせる技というか。ぼくは自分の作品でもけっこうエディットするんですけど、今回はギターとドラムにかんしては、ミックスは〈ギアボックス〉のエンジニアの方にやってもらって。ただ、石若くんがピアノでぼくがギターの録音については、ぼくがちょっとループつくったり。そんなにはしてないですけど。

石若さんがピアノを弾かれている曲、ありましたね! ピアノが入ると雰囲気が変わって印象に残ったんですけど、ドラムとギター・ドローン以外の要素も入れるという構想は最初からあったんでしょうか。

畠山:いや、スタジオにピアノがあって、ちょっと遊びで弾いてみたら音がすごくよかったので、いい録音エンジニアもいるし「石若くん、弾けるんじゃないかな?」って思って。ちょっと無茶振りかなと思いつつ「ピアノ弾いてみない?」みたいな感じで誘ったら「やります」って言ってくれて。あのときはどんな気持ちだったのかな?

石若:アンビエント・ミュージックと呼ばれるものにピアノで携わったことがなかったので、急に初体験がみんなの前でおこなわれてよかったですよね。なんというか、メモリアルなテイクになったんじゃないでしょうか(笑)。やってる最中もすごく楽しかったです。自分はクラシック的なピアノも好きだしジャズ的なものも好きだけど、そういったものを連想させないよう導かれた感じはあります。ジャズ・ピアノでもクラシックでもない、どう呼ばれるかわからないことを自然に導かれて弾いてるのかもしれないな、みたいな感覚でしたね。音のチョイスだったり、和音のコードだったり、音色の選択だったり。

ヴォーカルが入ってる曲もありますよね。これも事前に決めていたことなんでしょうか?

畠山:ふたりでちゃんと共有してたわけじゃないんですけど、なんとなくこの演奏に女性ヴォーカルが合いそうだな、みたいな予感があって。昔から知り合いだったハチスノイトさんが歌ってくれました。彼女はロンドンに移住してから、ロンドンやアメリカでライヴをするようになって、自分の歌の幅を拡げてインプロとかいろいろな表現もできるひとで。リリース元の〈ギアボックス・レコーズ〉はロンドンにあるので、レコーディングもロンドンのスタジオでやってると思うんですけど、「どういう歌を入れたらいいの?」って言われたとき、ぼくがどう言ってもその場にはいられないしわからないなと思ったので、プロデューサーで社長のダレルさんと本人のふたりで相談しながら決めてくださいって言って。もうそこはふたりのセンスにお任せするんで、って。それでどんなものができるのかな、って楽しみにしていました。アブストラクトな感じで来るのかなって思ってたんですけど、意外とストレートな歌で来ましたね。でもすごくそれがよかった。

3人でおなじ空間でレコーディングしたわけではなかったんですね。

畠山:録音されたギターとドラムにヴォーカルをオーヴァーダビングしたってことです。石若くんは聴いてみてどうだった?

石若:すごい驚きでした。さっき言った密度とか空間、奥行きみたいなのがさらに何次元も拡がっているような感覚で、びっくりしましたね。でもたしかに、3人で同時に一円でやったら生まれるものじゃなかったかもしれないですね。こういうレコーディングだからさらに予想を上まわるというか、想像を超えたトラックになったんじゃないかなと思います。


photo by yusei takahashi

今回エディット的なことは、ドラムとギターにはほぼしてないんですよね。もうほんとうに演奏したままなんですよ。それはまさに石若くんのなせる技というか。(畠山)

石若さんは先ほど自分の新しい扉ということをおっしゃってましたけど、今回のコラボレーションとこれまでの数々のコラボレーションとでとくに違ったこと、あるいは新しく発見したことってありましたか?

石若:地平さんの音色に導かれて自分のドラミングがどんどん移り変わっていくような、そういうレコーディングの仕方ってあんまりいままでなかったんですよね。たとえばジャズのなかではフリー・ジャズとか、テーマはあるけど中身はインプロで、ということはこれまでやってきたんですけど、それよりもっと広い枠組み……というか枠組みがなくて、地平さんのドローンの重なった音色とハーモニーによって自分のドラミングが変わっていくみたいな体験ができました。アルバム1枚をとおしてそのやり方で演奏したっていうのはこれまでやったことがありませんでしたね。完成したものを聴いても、エディットされた感じではなく、そのとき演奏した一筆書きのような、ここからここまでという時間軸でとらえたものだったので、すごくフレッシュなものが記録されていると同時に濃厚な印象も強いです。さらっと即興でやりました、というものではなく、濃厚なものをフレッシュにできた。いままでにない貴重な体験だったと思います。

畠山さんは今回、石若さんのドラミングでいちばんよかったのはどういうところでしたか?

畠山:ぼくからすると、石若くんのドラムっていうのはつねに素晴らしいんです。ここがっていうよりは、ずっとすごく気持ちいいというか。手数が多くなって盛り上がってるときでもうるさい感じじゃないのが不思議だなと。いつもすごい音楽的なんですよね。ぼくからすると演奏しやすいっていうのは石若くんの性格にもよるのかな。アンビエントだからって考えこんでやっちゃうと逆に考えすぎたことが出ちゃうかもしれない。けど石若くんは感じたままに演奏して返してくれるから、それをもう一度フィードバックするとさらにまた違うかたちで返ってきて、自然なサイクルがありました。

今回のコラボに臨むにあたって、とくに聴いたり参考にしたりイメージしたりしていた音楽ってありますか?

石若:ぼくはとくにはないですね。

畠山:ぼくはその時々のマイブームみたいなものがあって。たまたま裸のラリーズのLPの再発が続いてたときがあって、それでよく聴いてましたね。今回のアルバムには未収録なんですけど「Vol.2」に収録予定の曲でじつはディストーションを使った激しめの曲とかもあるんですよ。ちょっとサイケ・ロック的なアプローチもしてみようかなと。

パート1とパート2に分けた理由はなんでしょうか。

畠山:今回レコーディングは1日だけだったんですね。ゲスト以外は。アルバム1枚分くらい録れればいいなって思ってて。それで何曲か録音したなかから取捨選択して、2テイクだけリリースしてあとはお蔵入り、というつもりで録音したんですけど、プロデューサー兼レーベル社長のダレルさんが気に入って、録音したもの全部出しちゃおうよって(笑)。彼のなかでは最初はボックスを出す気だったみたいですけど、ボックスで出すより2枚に分けた方がいいか、ということで2LPを2回出すのがおもしろそうだねということで、こうなりましたね。

これまでいろいろ考えてプロジェクトを分けてやってきたはずなんですが、それでいいのかなと。よかった部分もあるんですけど、じゃあマイルスはそうやったかな? とか、キース・ジャレットは? とか。(石若)

ちょっと話が逸れてしまうんですが、畠山さんには先日紙版ele-kingのインタヴューで、日本の好きな音楽について語ってもらっています。そこで土取利行さんを挙げていましが、ご自身の音楽性と土取さんの音楽性で通じているものはあると思いますか?

畠山:土取さんの歩みは、最初はフリー・ジャズやフリー・インプロのドラマーで、その後銅鐸や古代の石や笛を演奏したりしていくんですね。そのなかで音楽に宿る精神性のようなものに魅かれていったのかな。ぼくは古代史や邪馬台国が大好きという方向から土取さんの銅鐸の演奏が好きで。古代史好きからすると畝傍山〔編注:うねびやま。奈良県中部に位置する。その東南の橿原で神武天皇が都を開いたとされる〕で銅鐸の演奏! というだけで悶絶モノに興奮しました。土取さんの著書によると銅鐸は楽器だという話なんですね。たしかにそれはあるだろうなと思っています。古代の豊穣のお祭りとかで使われていたと思いますが、どんな雰囲気だったのか想像するだけで楽しいですよね。それで土取さんの銅鐸演奏ですが、あれはパーカッショニスト、ドラマーとしての土取さんの腕ありきの演奏で、現代的なというかアフリカ的なリズムなんですね。そこには若干の違和感がないことはないんですか、まあ古来の日本のリズムもじつは意外とガムランみたいな南方系のリズムかもなと想像したり。というのはこの銅鐸を使っていた民族の子孫はもう残ってないかもしれないんですね。どうやら大和民族に滅ぼされた形跡もある。なので、銅鐸とともに音楽を現代に伝えられずに消えたと、これは最近『人類の起源』という新書を読んで思ったんです。そこには現代に残らなかった遺伝子を持つホモ・サピエンスの話が載っていて、たしかに普通に考えたら、過酷な自然環境や戦争などで滅亡した人びとは普通にいたんだろうなと。なので、銅鐸の演奏がどのようなモノだったのかは完全にミステリーですよね。
 今回のアルバムに戻ると自然なドラミングみたいなところで石若くんと通じるものもあるんじゃないかなとぼくは思うんですよね。自分の音楽にとってどうかというと、もちろんパーカッショニストとギタリストでかなり違うので、直接的にこういう音色に影響受けましたということはないんですけど、音楽と向き合う姿勢やメンタル的なところは好きです。土鳥さんの思想自体をぼくははっきりとはつかみきれてないんで、なんとも言えないところはあるんですけど、演奏から感じる雰囲気には共感する部分があるかもしれません。

おなじ紙版ele-kingには角銅真実さんと蓮沼執太さんの対談も載っているんですが、石若さんは角銅さんと一緒にやられていますよね。石若さんから見て角銅さんの魅力はどこにありますか?

石若:ふだん感じていることをあらためて教えてくれる存在というか……たとえば、グラスを持ったら皮膚が冷たいって感じて、それが冷たいってことがわかることだったり。そういうことをいつも彼女の表現で実感しますね。そういうことを忘れちゃだめだよって気づかせてくれる存在ですかね。やっぱり忘れがちなんですよ。たとえばこうやってだれかの肩をポンって触ったとき、そこにどれくらいの力がかかっていて、それを相手はどう受けてるのか、というようなことをあらためて思い出させてくれるというか。

なるほど。

石若:(角銅さんとは)高校時代から10年、15年くらいになりますかね。東京藝大への入学のタイミングが一緒だったんですよ。ぼくが藝大附属高校の管打楽器専攻に入学したとき、大学1年生の入学式も一緒で、そこからの縁で。角銅さんとは、ぼくがピアノを弾いて彼女の音楽に携わるって関係がメインで、角銅さんのこれまでのアルバムには全部ピアノで参加しています。音楽の関わり方の自由さとか果てしなさみたいなことを、すごく気づかせてくれるというか。いろいろ砕いてくれるひとですよね。悩んだりすると自然に助けてくれる、そんな存在です。

石若さんのお名前はほんとうにいろんなところで見かけますが、個人的に最初に意識したのはAnswer to Rememberのアルバムでした。メイン・プロジェクトという認識でいいんでしょうか。

石若:まあそうですかね。大きな音楽をつくりたいっていう気持ちがあるんです。そろそろAnswer to Rememberの新しいアルバムが出るんですけど(『Answer to Remember II』、8月7日発売)、いまその作業もしていて。なんというか、はみでちゃう音楽みたいな。基盤はジャズなんですけど、やりたいことを実現できる場所っていう感じですね。最近思うのは、これまでいろいろ考えてプロジェクトを分けてやってきたはずなんですが、それでいいのかなと。分けたことを後悔することもあります。たとえば、Answer to RememberのコンサートがあるとしたらSongbookはできない。SMTKのメンツではアンリメの音楽はできない。バンドでつくる音楽もまったく違うんですよね。「このバンドのための曲」っていうふうに分けてつくってきちゃって。だからそういうふうに分けることがよかったのかなと。いや、よかった部分もあるんですけど、じゃあマイルスはそうやったかな? とか、キース・ジャレットは? とか、そんな感じです(笑)。けど、そのとき後悔したとしても、もうちょっと時間が経てばそれでやっぱ正解だったって思うようになるかもしれないし。

石若さんは今後、やってみたいことはありますか?

石若:SONGBOOK PROJECTが10周年を迎えたら、記念に、全曲演奏じゃなくても1から10までの中から抜粋して大編成でホール公演、みたいなことをやりたいですね。

では最後にリスナーに向けて、今回のコラボレーション作品についてメッセージをいただければと思います。

石若:今回のアルバムを聴いて「あれすごいよかったね」とか「すごい好きだった」とか言ってくれるひとが身のまわりに多くて、それにまず感謝したいです。こうして届けられたってこともよかったですし、地平さんと2024年の音楽にこういう作品を刻めたことも嬉しいなって思いますし。ずっと先にこのアルバムを聴いたりとかしても誇れる音楽になってるなと、自分ですごい思いましたね。マスターピースですってことをあらためて伝えたい。あと、ライヴも楽しみにしていただけたら。
 そういえば去年の10月に、地平さんとピットインでライヴをやったんですよ。そしたら喋りがおもしろくなっちゃって、ふたりで目が合っちゃって(笑)。コンビ感もあるかな? と思ったり、またピットインでやろうかって話もあるので、そういうふたりの動向もぜひチェックしていただけたら。

Chihei Hatakeyama & Shun Ishiwaka
Magnificent Little Dudues Vol.2

2024年10月18日(金)デジタル配信!

トラックリスト
1. M3 (feat. Cecilia Bignall)
2. M2
3. M5
4. M6

アルバム『Magnificent Little Dudes Vol.2』予約受付中!
https://bfan.link/magnificent-little-dudes-volume-02

シングル「M6」配信中:
https://bfan.link/m6

今年5月にリリースされ、好評発売中のアンビエント/ドローン·ミュージシャンChihei Hatakeyama(畠山地平)とジャズ・ドラマーの石若駿とのコラボレーション。その第二弾となる『Magnificent Little Dudes Vol.2』のデジタル・リリースが、10月18日(金)に決定したことが明らかになった。

ラジオ番組の収録で出会って以来、ライヴ活動などでステージを共にすることはあった2人だが、今回のプロジェクトが初めての作品リリースとなった。二部作の第一弾、『Magnificent Little Dudes Vol.1』には日本人ヴォーカリストのHatis Noitが「M4」でゲスト参加していた。

そして今回のVol.2について、畠山は次のように話している。

「Vol.2にはセッションの後半が収められています。その日は3月のある日の午後でした。長い冬が終わろうとしているのを感じましたし、日本ではコロナの影響が諸外国より長く続いていたので、そんな マスクを付けた日々も終わろうとしていました。『M3』では私たちの演奏にセシリア・ビッグナルがチェロで参加してくれました。これは遥か昔に私がアメリカ人シンガー・ソングライターのデヴィッド・グラブスから受けた影響が見え隠れしています。彼のアルバムの『ザ・スペクトラム・ビトウィーン』に入っている『Stanwell Perpetual』という曲です。しかしこの曲は私が頭の中で何度も形を変えてしまったので、今回の『M3』とは直接は関係がないように思いえます」。

『Magnificent Little Dudes Vol.2』は10月18日(金)にデジタルで先行リリース。その後、CD /2LP(140g)フォーマットでもリリース予定となっている。

Gastr del Sol - ele-king

 ジム・オルークは、かつて自身が‶音楽の中の時間の問題〟と呼ぶものについて語ったことがある。つまり、音楽は構造的には(映画や文学とちがって)本質的に直線状であるため、前のモチーフや形を参照することでしか時間を遡ることができないということだ。
 『We Have Dozens of Titles』は、ジム・オルークを完全に満足させるような形で時間の問題に注意を向けさせることはないかもしれないが、実はこの作品において、時間は演奏される楽器のひとつのように扱われている。これはある意味ではレアな作品、未発売のトラックとライヴ・レコーディングのコレクションだが、一方ではまったく新しいガスター・デル・ソルのアルバムのように感じられる。さらに言えば、これはバンドとリスナー共々、一緒に過ごしたあの落ち着きのない実験に特徴付けられる1990年代という時間に遡る旅なのだ。100分を超えるアルバムのなかで、馴染み深いもの、予期せぬもの、そして不気味なものが互いにこすれ合い、途切れることなくいつの間にかすり抜けるか、正面からぶつかり合う。

 このようなレンズを通してアルバムに目を向けると、冒頭が“The Seasons Reverse(季節が逆戻り)”のライヴ・ヴァージョンというのは、待ちきれない熱心なリスナーが彼らの考えを知ろうと過剰反応するための安易な餌を、バンド自身が与えてからかっているように感じられる。そしてそれは、いくつかの点において時間の問題を浮き彫りにする選択でもある。“The Seasons Reverse”のスタジオ・ヴァージョンは、ガスター・デル・ソルの1998年のアルバム『Camofleur』のオープニング・トラックであり、今回再びこの曲からはじめるというトリックを使うのは、逆転させることよりもこだまさせること、あるいは参照させる行為であって、聴き手に時間の再構築を促すよりもその瞬間を思い起こすように誘っている。だが、それがライヴ・ヴァージョンであることが、コトを少し複雑にする。本質的にライヴ・ヴァージョンを聴くというのは参照する行為であり、慣れ親しんだ時間を呼び起こしてそれを現在に再配置し、前に進む時にも一緒に携えていくものだ。そしてガスター・デル・ソルは常に動き続けるバンドであり、このヴァージョンではヴォーカル、パーカッション、トランペットの華やかさを剥ぎ取るかわりに、アコースティック・ギターとエレクトロニクスにリズムとスペースを見出している。それでもライヴ・ヴァージョンの録音は、このトラックをその瞬間に固定してより明確に過去に位置付けている。曲の最後で、オルークがフランス語を話す子どもたちとの会話に失敗するサンプルは、スタジオ・ヴァージョンの曲の締めくくりで使われたものと同一であることから、ある瞬間の‶エコーのエコーのエコー〟という山びこ現象を創り出している。

 このアルバムでも、時間はさほど混乱せず、解決しにくい方法で流れてはいる。当然ガスター・デル・ソルの7年ほどの活動の瞬間に触れる数々の楽曲は、非線形的ではあるものの、独自の響きと鏡に満ち溢れている。そして時計の針をさらに巻き戻してみると、以前のアーティストのレンズを通してガスター・デル・ソルの音楽を眺めることもできるのだ。

 ガスター・デル・ソルはそのルーツを、ジョン・マッケンタイアを通じてシカゴ・シーンの同世代バンドのトータスと、バンディ・K・ブラウンとは前身バンド、バストロのオリジナル・ラインナップとしての役割を通して共有している。そして彼らがたとえ、本質的には決してポスト・ロックであったことはなかったにしても、アコースティック、エレクトロニック、ミュージック・コンクレートの要素をコラージュのようにミックスしていることから、少なくとも同一の一般的な音楽的生態系には置かれている(マッケンタイアは自身のバンド名を、ガスター・デル・ソルの“The C in Cake”のタイトルにちなんで‶The Sea And Cake〟としたほどだ)。彼らはさらに1980年代のデイヴィッド・グラブスを通じてスリントと、そしてケンタッキーのパンク・バンド、スクイレル・ベイト のブライアン・マクマハンとブリット・ウォルフォードとも関係している。言うまでもなく、スリントと同世代のビッチ・マグネットのメンバーとしても短期間活動していたからだ。ガスター・デル・ソルの旅路は、明らかにこれらのバンドが演奏していたロックの領域を避けて通っていたかもしれないが、静けさから大音量へ、あるいはより深遠な音とテクスチュアの衝突へ、時には厳しく暴力的な変化を求める耳を持つという点で一致していた。

 これはまったく別のバンドであるかのように、それぞれの曲にアプローチをする彼らの折衷主義的な習慣に起因している部分もあるのだが、同時にこのような鋭い転換は、我々をガスター・デル・ソルの音楽における時間の問題に立ち返らせることになる。「The Japanese Room At La Pagode」(1995年のトニー・コンラッドとのスプリット・シングル)ではアンビエントなフィールド・レコーディングが激しい電子音に中断され、曲の始まりに登場したピアノとヴォーカルのモチーフが舞い戻って来る箇所がある。曲の序盤ではその逆の転換があり、全く異なる様相で曲の断片が止まると、背後で鳴るフィールド・レコーディングがまるでずっとそこにあって最初から聴こえていたかのように感じられる。
 これと同じようなことがより拡張された、やはり1995年の曲“The Harp Factory On Lake Street”でもみられ、ここでは静寂からクライマックスへと突然何の警告もなく豹変したり、シークエンスの途中で閉幕するかのような沈黙が訪れたりするが、これは異なるペルソナの間でチャンネル・サーフィンするバンドということではなく、作品自体が時間のなかを行ったり来たりしながら点滅しているようだ。このような伝統的な構造の断絶はアヴァンギャルド・ジャズとも多くの共通点があるが、シュトックハウゼンが提唱した、音楽の形式が伝統の直線的な進行やナラティヴからの脱却を試み、各パートが独自の永遠の‶今〟として捉えられる〝モメント形式〟とも似ている。

 時計の針を再び現在まで進めてみると、ジム・オルークは大部分の激しい転換モード、つまり聴衆にマシンの内部構造の仕組みを披露する喜びを捨て去っている。その代わり、彼はリスナーをある場所から別の場所へと気付かせることなく移動させる方法を探求することを好む。アルバムの18分に及ぶ最終トラック“Onion Orange”は、アルバムを現在へと繋ぐ結合組織の役割を担っており、表面上で繰り返されるグラブスのギター・モチーフをゆっくりと繊細に、だが決定的にリスナーをオルークの電子的な操作で表面下へと運ぶのだ。

 このアルバムに入っている音楽を作った当時のデイヴィッド・グラブスとジム・オルークは若くて、多くの点でいまよりも洗練されたミュージシャンではなかった。しかし、いま私たちが聴くことができるアルバムの完成版を編集し、プロデュースし、シークエンスしたのは、年齢を重ねたこの男たちだ。その意味では、現在が過去の状況を操作し続け、エコー(反響)やレファレンス(参照)という言語で機能しているのだ。
 これほど多様でそれぞれの異なる断片を繋ぎ合わせたものとしては、このアルバムは並外れて理路整然としているが、ガスター・デル・ソルの首尾一貫した一貫性のなさこそが本作の連続性というものを手助けしたに違いない。これはまた、過去の作品を巡る旅でもあり、音楽の中にある繋がりや潮流を探求することで突然の衝撃なしに曲から曲へと移り変われるのに加えて、現在からの導きの手が過去についての物語を一緒に紡いでくれている。
 けれども、過去もまた、『We Have Dozens of Titles』を生み出す交渉における積極的な参加者だった。おそらく、ライヴ録音がその性質上、音楽を過去に定着させると同時に慣れ親しんだ形から記憶を逸脱させるものであるからこそ、過去のライヴの瞬間がアルバム全体に散りばめられて現代のアーキテクト(計画立案者)たちを助け、時間を逆行する旅であるかのようにその手で断片を繋ぎ合わせると同時に、新鮮な創造的衝動とその場にとどまることのない意志を吹き込んだのだ。


by Ian F. Martin

Jim O’Rourke has spoken in the past about what he describes as “the problem of time in music”, meaning that, structurally, music (unlike cinema or literature) is essentially linear and can only travel backwards by referencing earlier motifs and shapes.

“We Have Dozens of Titles” might not address the problem of time in a way that could ever fully satisfy O’Rourke, but it’s a work in which time is very much one of the instruments being played. On one level, it’s a collection of rareties, unreleased tracks and live recordings; on another, it feels like a brand new Gastr del Sol album; on still another, it’s a backwards journey through time, returning both band and listener to the state of restless experimentation that characterised their time together in the 1990s: familiar, unexpected and eerie rubbing up against each other, slipping seamlessly by, or colliding head-on throughout the album’s 100+ minutes.

Looking at the album through this lens, the fact it opens with a live version of “The Seasons Reverse” feels almost too easy a bait not to snatch hungrily at, like the band are teasing the eager listener to make too much of the idea. And it’s a choice that highlights the problem of time in a few ways. The studio version of “The Seasons Reverse” is the song that opened Gastr del Sol’s 1998 album “Camofleur”, so repeating the trick here is an act of echo or reference rather than reversal, inviting the listener to recall the moment rather than restructuring time. Being a live version complicates that a little, though. The nature of a live version is to be an act of reference, calling back to a familiar time and relocating it in the present, bringing it along with you as you move forward. And Gastr del Sol were always a band on the move, the version of the song here stripping away the vocals, percussion and trumpet flourishes, finding its rhythm and space in the acoustic guitar and electronics. Nonetheless, a recording of a live version anchors the track in that moment in time, locating it more explicitly in the past. The sample of O’Rourke failing to communicate with some French speaking kids that closes the track is the same one that ends the studio version, creating an echo of an echo of an echo of a moment.

Time flows through the album in less confusing and irresolvable ways too. Of course through the way the tracks touch on moments throughout Gastr del Sol’s seven or so years of activity, albeit in a nonlinear way, full of its own echoes and mirrors. But wind the clock back even further and you can see Gastr del Sol’s music through the lens of earlier artists still.

Gastr del Sol share roots with Chicago scene contemporaries Tortoise through John McEntire and Bundy K. Brown’s role in the band’s original lineup and precursor band Bastro, and if they were never exactly post-rock per se, the collage-like mix of acoustic, electronic and musique concrète elements that they employ at least places them in the same general musical ecosystem (McEntire even named his band The Sea And Cake after Gastr del Sol’s song “The C in Cake”). They also share a connection with Slint through David Grubbs’ time in the 1980s alongside Brian McMahan and Britt Walford in Kentucky punk band Squirrel Bait, not to mention a brief period as a member of Slint contemporaries Bitch Magnet. Gastr del Sol’s journey may have skirted clear of the rock territory these bands played in, but they shared a similar ear for harsh, sometimes violent transitions, whether from quiet to loud or more esoteric collisions of sounds and textures.

Some of this comes down to the band’s eclectic habit of approaching each song as if they were a different band entirely, but these sorts of sharp transitions also bring us back to the matter of time in Gastr del Sol’s music. There’s a point in “The Japanese Room At La Pagode” (from a 1995 split with Tony Conrad) when a stretch of ambient field recording is interrupted by a harsh, electronic squeal that gives way to a return of the piano and vocal motif that began the track. Earlier in the song, the reverse transition occurs very differently, when the song fragment stops and it feels like the background field recording had always been there and was in fact what you’d always been listening to all along.

There are parallels with this in the more expansive “The Harp Factory On Lake Street”, also from 1995, where transitions from quiet to climactic moments happen suddenly and without warning, or closure-like silences fall midway through a sequence — not like a band channel surfing between different personas but as if the piece itself is blinking back and forth in time. This breakdown in traditional structure shares a lot with avant-garde jazz, but also with Stockhausen’s “moment form”, where the structure of the music tried to break free of traditional linear progression and narrative, rather seeing each part as its own eternal now.

Wind the clock forward again to the present and Jim O’Rourke has largely abandoned this mode of harsh transitions: this glee in showing the audience the inner workings of the machine. Instead, he prefers to explore ways of carrying you from one place into another without you even noticing the transition has occurred. The album’s 18-minute final track “Onion Orange” offers some connective tissue to this present in the way it takes Grubbs’ superficially repetitive guitar motif and slowly, subtly, but irrevocably transports the listener via O’Rourke’s electronic manipulations beneath the surface.

The David Grubbs and Jim O’Rourke who made the music on this album were younger and in many ways less sophisticated musicians than they are now, but it’s those older men who compiled, produced and sequenced the finished work we can now listen to. And in that sense, the present continues to pull the strings of the past, working in the language of echo or reference.

It’s a remarkably coherent album for something pieced together from such diverse fragments, though this sense of continuity was surely helped by how consistent in their inconsistency Gastr del Sol always were. It’s also a trip through pieces of the past that seeks out connections and currents within the music which allow songs to transition from one to another without sudden jolts: guiding hands from the present stringing a narrative about the past together.

However, the past is nonetheless an active participant in the negotiation that created “We Have Dozens of Titles”. Perhaps because of the way live recordings, by their nature, both anchor music in the past but also to deviate from a form memory has rendered familiar, these live moments from the past help the album’s present-day architects, spread throughout the album, their hands holding its pieces together as both a trip backwards through time and something infused with a fresh creative impulse and unwillingness to stay put.

DJ Ramon Sucesso - ele-king

 ラモンは私のレーダーに映った。何の前触れもなく、自然に。2トン爆弾が腰に突き刺さるかのように。ウェブ上に蔓延しているバイラル動画が、ドゥーム・スクロール中の私の注意を引いたのだ。各動画は、TikTokのバイラル・アテンション・スパンにぴったりな短いもので、何の変哲もない室内(おそらく彼の寝室)で撮影され、ラモンがパーソナル・デッキの前で最初からコントローラーを操作し、ヴォーカルと散らばったビートをその場で何段階にもミックスしている。コール・アンド・レスポンスのサウンドスケープは瞬く間に合体し、解決への疑念は消え去り、轟音とどよめきのベースビートが鳴り響くたびにカメラが激しく揺れ、404のエラー・イマジネーションは大きく損なわれる。
 ラモン(ブラジル人、21歳)は、リオデジャネイロにほど近いノバ・イグアスのパルハダで生まれ育った。ファベーラ・ファンクのカリオカに膝まで浸かり、ビート・ボーリャから発せられる火花を屈伸させながら、まるで金属鍋の上で熱々のベーコンをジュージューと焼くような揺れのひとつひとつにアフリカの伝統を見せつける。

 ラモンの動画のテイスト(味)は、緊急に冷やした夏のフルーツに似ている。ラモンは、ほとんど忘れられた一族の末裔だ。DJデッキのまわりで何気なく踊りながら、たまにミキサーのツマミに触れ、自分たちが魔法を生み出し、オーディエンスが天才を目撃していると錯覚させるようなUSBメモリ使いのDJたちとは一線を画しているのだ。いまや多くの場合、DJはAIプレイリスト・セレクターと何ら変わりなく、オリジナル・トラック制作者の手柄を横取りしている。それゆえ、DJのスペクタクルはテクニックや才能ではなく、いかにセクシーに見えるか、エキゾチックに見えるか、いかにイヴェントを楽しく見せるかにある。観客を魅了するDJソーダの魅惑的なポゴ 「ジャンプ 」を思い浮かべてほしい。

 ラモンは、おそらく知らず知らずのうちに、実際にDJをしていた本物のDJたちの弟子であり、エレクトロニック/ダンス・ミュージックを革新してきた黒人の長い系譜に連なる革新的な信念の持ち主だ。ジャマイカのサウンドシステム・ヤーマン・ヴァイヴスや初期のニューヨーク・ラップの黄金期に習得された数々のテクニックのエコーが、彼の若い手に反映されている。
 しかし、彼は使徒でもある。機材を使い、マッシュし、スマッシュし、ミックスし、サノスの存在から新しい何かを振動させる。ラモンはDJ機材を選曲マシーンではなく、楽器のように扱う。ラモンは決して動きを止めず、創作に対する彼の精神的な鋭敏な注意は、絶対的に明瞭で白黒はっきりしている。ネット上の動画はどれも短く、ミキシングはダンスフロアの脳をメルトダウンさせるために振り切れている。

 よって、ブラジル行きの飛行機に乗れない私たちの多くが知りたいのは、芝居がかった動画ではなく、彼の長く録音されたミックスがいったいどんなものなのか、ということ。新たなスターダムを知るにはいいタイミングだろう、私はレーベル〈Lugar Alto〉から2023年末の11月にリリースされたリリースを手に入れた。
 最初に言っておく。ベースが鳴っていない。多くの人が彼のミキシング・スペクトラムの幅広い使い方に慣れているいま、ミックスは期待するほどドラスティックではない。私たちは皆、自分のステレオやiPhoneがそれを扱えることを知っている。『Sexta dos Crias』はふたつの長いミックスで構成されている。完全に楽しめるし、彼のユニークなスキルから期待されるべきものだ。しかし、他のダンス・レコードの中で完全に際立っているわけでもない……トラック2の途中までは。
 “Distorcendo a Realidade"では、急にテンションが上がり、彼の動画にあったダーティな雰囲気にへと変化する。ここまで来るのに時間がかかるのはどうかと思うが、だからといってそれまでの数分間が無駄というわけではない。いや、彼の計り知れない才能を判断するには、別のメディア、別の創作形態、圧縮の幅が必要なだけだ。『Sexta dos Crias』の2曲は、ほとんどのミックスがそうであってほしいようなペースで進んでいく。しかも彼はこれをリアルタイムでやっているわけだ! 私がDJプレイにこれほど興奮したのは、ジェフ・ミルズを見て以来のことだ。踊りたい、興奮もしたいし、絶頂に達するほど刺激されたい。DJが実際にデッキでパフォーマンスするのを見ることで、私の注意を惹きつけてほしい。世界中のDJがこのことに注目し、ベッドルームに戻って自分の能力をスパイスアップすることを願う。DJラモンは他の追随を許さない。

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Ramon came on my radar like any genuine sensation should. Spontaneously and without warning. Randomly and like a two ton bomb to the waist. Videos viral in their pervasiveness across the web caught my attention while doom scrolling. Short and perfect for TikTok viral attention span, each video was simply shot in one non-descript inside location ( possibly his bedroom?) with Ramon in front of his personal decks massaging the controllers from the get go, conjuring a multi level on-the-fly mix of vocals and scattered beats. The call and response soundscape quickly coalesces, all doubt of resolution is killed, and the 404 error imagination is severely damaged by the camera shaking violently with each thunderous, throbbing bass beat.
Ramon, Brazilian, 21 years old born and raised in Palhada, Nova Iguaçu, an area close to Rio de Janeiro, knee deep in favela funk carioca flexing the sparks emanating from beat bolha, shows his
African heritage with each tremor that sizzles hot bacon as if on a metal pan.

The taste of a Ramon video is similar to summer fruit chilled for immediate effect. Ramon follows in a line almost forgotten among 2024 USB stick carrying DJs who casually dance around dj decks only once in a blue moon touching the knobs of their mixers to make the dancing public falsely believe they are creating magic and they, the audience , witnessing genius. Often times djs are no different than AI playlist selectors taking the credit for the original track maker’s creation.
Hence the spectacle of Djing isn’t on technique or talent now but how sexy you look or exotic or how fun you make the event seem.
Ramon, most likely unknowingly, is a disciple of the OG DJs who actually DJed, a innovation believer in a long line of Black people innovating electronic / dance music. Echoes of the many techniques mastered before in Jamaican sound system yah-man vibes and the golden age of early NYC rap are reflected in his young hands.

But he is also an apostle. Using the equipment to mash, smash, mix and vibrate out of Thanos existence something new. Ramon treats DJ equipment like an instrument rather than a track selecting machine. Ramon never stops moving and his mental acute attention to creating is black and white with absolute clarity. Each video online is short and mixing is left in the red for dance floor brain meltdown.

So that brings one to wonder what would a longer recorded mix without the video theatrics sound like since most of us can’t grab a flight to Brazil. Just in time to capitalize on his new stardom, we have been graced with this first release put out in November at the tail end of 2023 by label Lugar Alto. I will disappoint you first. The bass ain’t bass-ing. The mix isn’t as drastic as one would hope especially as many people are now used to his wide use of the mixing spectrum. We all know that our stereos and iPhones can handle it. “Sexta dos Crias” comprises only 2 long mixes. Entirely enjoyable and what we should expect from his unique skills. But it also doesn`t stand out entirely from other dance records..... UNTIL mid way through track 2
“Distorcendo a Realidade” which suddenly turns waaaay up and gets grimy dirty resembling his videos. Too bad we have to wait so long but that doesn’t mean the preceding minutes are a waste. No, just a different medium, a different form of creation and compression range to judge his immense talent. The 2 tracks of “Sexta dos Crias” move at a pace that I wish most mixes moved at. Mind you he does this in real time! I haven’t been so excited about DJ work since I saw Jeff Mills. I want to dance but I want to also be excited and stimulated to the point of climax. I want the DJ to earn my attention in watching him actually perform on the decks. I hope all DJs worldwide take note and go back to their bedrooms to spice up their abilities. DJ Ramon is unmatched.

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