Home > Reviews > Album Reviews > Albert Karch & Gareth Quinn Redmond- Warszawa
ピアノ、電子音、打楽器。それらが織りなす静寂な音楽・音響空間、もしくはアンビエント・スペース。本作『Warszawa』を簡単に言い表すとそういう作品になるだろう。最初に断言してしまうが静謐な音響作品を好む方なら本作は間違いなく気に入るはずだ。
『Warszawa』は、ポーランドのプロデューサー、 マルチ・インストゥルメンタリスト、サウンド・エンジニアのアルベルト・カルフとアイルランドのアンビエント・アーティストのガレス・クイン・レドモンドのふたりによって制作された。
ガレス・クイン・レドモンドはアンビエント・アーティストとしても2019年の『Laistigh Den Ghleo』以来、〈WRWTFWW〉の中心的アーティストとして活動を繰り広げてきた。彼は、日本の伝説的な環境音楽家・芦川聡の研究家としても知られている。一方、アルベルト・カルフは青葉市子との共演経験もあるエンジニアにして音楽家だ。
その意味でふたりとも日本の音楽家に近しいともいえる。何より「静寂」への意識が日本の環境音楽に近いともいえる。本作のピアノと電子音・ノイズの沈黙と静寂のアンサンブルにも、芦川をはじめとする日本の環境音楽からの影響を感じることができるはず。「間」の感覚とでもいうべきか。静寂すら聴かせる感覚とでもいうべきか。
じっさい『Warszawa』と共に芦川聡の『STILL WAY - WAVE NOTATION 2』を聴くと、まるで50年近い歳月を隔てた双子のような音楽に聴こえてくるから不思議だ。ちなみに本アルバムには “For Ashikawa” という曲も収録されている。
いっぽうトーク・トークのマーク・ホリスからの影響も反映しているという。トーク・トークのアルバムでは『Laughing Stock』(1991)か、もしくはトーク・トーク解散後に唯一発表されたマーク・ホリスのソロ・アルバム『Mark Hollis』(1997)あたりだろうか。この二作に微かに満ちている「静寂の感覚」は、『Warszawa』に遠く継承されているように思う。とはいえ『Warszawa』はヴォーカル・アルバムではないので、楽器演奏と、その音楽の「間」にある「サイレンスの感覚」と品の良い「キーボード/ピアノの音色の感覚」を継承したというべきかもしれない。
これらと『Warszawa』を続けて聴くと驚くほどに違和感がない。『Warszawa』は、明らかに最新の機材を用いたサウンドによるアルバムである。電子音の低音の響きなど驚くほど。しかしそれでも80年代や90年代の音楽と通じる「響きの感覚」があるのだ。大切なのはそれだ。これはやはりアルベルト・カルフとガレス・クイン・レドモンドのふたりが音楽を深く愛しているからではないかと思う。音楽の本質をわかっているからというべきか。
『Warszawa』には全6曲が収録されている。そのどれもが音楽と沈黙のアンサンブルとでもいうべきサウンドスケープを展開している。ここにあるのは沈黙と沈静の美学とでもいうべきものだ。どの曲も美しい「沈黙」に満ちている。そして「沈黙」は静寂を打ち破る音の力によって美しさが際立つ。『Warszawa』において沈黙を際立たせる音は、まずピアノである。
1曲目 “Ajar” において美しいピアノの音が響く。残響が微かに鳴り、そして消え去る。その果てにあるサイレンス。音はまるで暗闇のなかの歩みのように鳴り続けるだろう。そして静かに演奏される打楽器もまるで環境音のように微かに鳴り響く。なんという絶妙かつ繊細な音響設計か。もしも坂本龍一が存命なら本作をどう聴いただろう? とつい思ってしまう。
2曲目 “Palette” は弦の刻みに、雨音のようなピアノが折り重なる。そこ微細なノイズがが重なる。現代音楽的ムードの曲だが、無調がもたらす不穏感よりも不思議な安心感がある。ほんの少しだけ打たれる低音も見事さ。ピアノの音色の美しさ。
3曲目 “A Life (1955-2019) ” ではこれまで微かに鳴っていた打楽器(ドラムセット)が全面化する。きちんとした反復で打たれるリズム(ハイハットも)に、ピアノのアルペジオによるループが演奏される。これまでの2曲とは異なる明らかに「強い」曲だが、静謐なムードは壊されることはない。打楽器とピアノの向こうに鳴る透明な霧のような電子音とのレイヤーも実に見事だ。
4曲目 “For Ashikawa” はその名のとおり芦川聡へのトリビュート曲だろう。『Still Way (Wave Notation 2) 』という環境音楽史に残る名盤を1982年に発表した翌年、30歳の若さで芦川は世を去った。彼は「静止した瞬間を列ねたような音楽」と語ったようだが、この曲はそんな芦川の音楽性にもっとも近い楽曲といえる。ミニマルな旋律のピアノの音列は、音を鳴らすその場の空気をも透明にしてくれるように美しい。
5曲目 “251536” は本アルバム中、もっとも電子音響的なサウンドスケープの曲だ。ドローン的な電子音響がいくつも折り重なり、そこに小さな打楽器音が重なる。静謐な音響作品だが、その音響設計は実に見事に思える。高音から低音まですべての音が綺麗に鳴っているのだ。アルバム中、サイレンス・沈黙の感覚をもっとも表現している楽曲に思えた。
6曲目 “Warszawa” では再びピアノ、そしてシンバルの音が鳴る。小さく刻まれるリズムとリズムを崩すかのようなピアノ。そして曲の中盤においてピアノもシンバルも消えてドローンのみが静かに鳴り響く。そして静かに音楽は消失するだろう。音楽は沈黙へと還っていくかのように。
静寂のなかにある緊張感。緊張感のむこうに響く音。ピアノ。微かなノイズ、打楽器……。そう、本作『Warszawa』は、楽器と音のアンサンブルとレイヤーによる緊張感と静謐さに満ちた濃密なアンビエント音響作品である。アルベルト・カルフの演奏と音響設計、ガレス・クイン・レドモンドのアンビエント・アーティストとしての力量が見事に交錯した作品といえよう。アンビエント・マニアのみならず、多くの音楽ファンに聴いてほしい傑作といえよう。
デンシノオト