「Nothing」と一致するもの

第24回:異邦の人 - ele-king

 先月、8歳の息子がローマ国際映画祭に出席した。が、そんなもの親にとってはグラマラスもへったくれもない。
 「あんたシャツがズボンから出とろうが。しっかり入れんね、だらしなか」と外野から博多弁で叫ぶばばあはになっていたのはわたしだが、菊地凛子主演のイタリア映画『Last Summer』のレッドカーペットは思いのほか静かだった。というか、日本の映画人が映画祭に出席するとき特有の大名行列が存在しなかった。はっきり言って、出演者以外に日本人は一人もいなかったと思う。
 わたしが菊地凛子という女優を知るにあたり、まず驚いたのは、この人は一人でふらふらどこでも行くんだなあ。ということだった。日本の俳優にはマネージャーとかいろいろついて来るのがノームなんだろうが、彼女は本当に一人でやって来る。
 そのせいだろうか。主演女優として艶やかに君臨し、いつも人々の輪の中心にいるわりには、彼女にはどこか、いつもぽつねんと一人でいる印象があった。

                *****

 国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(ハーグ条約)。と邦訳されている条約実施法は、英語ではHague Convention on the Civil Aspects of International Child Abductionだ。
 International Child Abduction=国際的な子の誘拐。とはいかめしい言葉だが、これは文字通り、親が子を誘拐して海外に逃げないようにするための国際法だ。例えば、離婚係争中に片親が子を連れて海外逃亡するとか、親権を奪われた親が国外に子を連れ出した場合などに適用され、当該親が逃げて来た国の政府は、子供をもとの居住国に送還する義務がある。
 昔からわたしのブログを読んでくださっている方はご存知だろうが、わたしは『愛着理論』という話を書いたことがある。それはUK福祉当局に子供を取り上げられた日本人女性の話で、その中で主人公が弁護士から「子供を連れて日本に帰国すればよかったんですよ。そうすれば英国政府は手が出せないから」と言われるエピソードを書いたことがある。が、今年4月に日本もハーグ条約に加盟したため、それももう過去の話になった。
 『Last Summer』で菊地凛子が演じたのは、英国の富豪家庭に嫁ぎ、離婚して子供の親権を失った日本人女性の役だ。基本的に母親が有利と言われる親権争いで敗けたのだから、それなりの理由があったのだろう。映画ではその部分は全く語られていない。で、この日本人女性は、子供と会うことが法的に許された最後の4日間を夫の一族が所有するヨットで過ごすことになる。
 全員が白人である乗務員たちは、夫の一族に雇われた人々なので、最初から彼女に敵対している。彼女が親権を失った理由を全員が知っているようなので(おそらく彼女は過去に子供を連れて日本に逃げようとしたことがあったのかもしれない。または、虐待と取られかねない行動があったのかもしれない)、完全な監視体制が敷かれていて、子供に近づくことさえままならない。久しぶりに会う子供も、夫の一族にあることないこと言われているらしく、母親を完全無視するようになっている。
 要するにこの日本人女性には味方がひとりもいない。
 映画の中の菊地凛子は、いよいよぽつねんとしていた。

                 *****

 40年ロンドンに住んでいるという高齢の日本人が、「昔から、UK在住の日本人はふたつに分けられる」と言っていたのを聞いたことがある。
 まずひとつ目は、日系企業に勤めたり、日本に関係のある仕事をしたりしてジャパニーズ・コミュニティに籍を置きながら生きているタイプ。そしてふたつ目は「一匹狼」だという。こちらは日本とは関係のないところで、UK社会における移民のひとりとして生きているタイプだ。
 『Last Summer』ほどハイソではないにしろ、あの映画のような話が現実に起きていることをわたしは知っている。が、こうした話は「一匹狼」に起こりがちなので、日本では報道されない。在英の日本メディア人というのも、所謂ジャパニーズ・コミュニティのサークルで生きている人々だからだ。
 報道だけではない。映画もそうだ。
 そもそも考えてみれば、海外在住日本人というものが、ちょっと変な人だったり、サムライだったりする洋画の「くすぐり」として、または日本から大名行列を連れて行って撮影している映画の全く海外に住んでいる必要のないキャラクターとして登場する以外に、少しでもまともな描かれ方をしたことがあっただろうか。
 いまどき、ネットで外国語を読むことさえ厭わなければ海外の情報はいくらでも知ることができる。が、日本の人びとが一番知らないのは海外で暮らす同国人の真の姿だろう。
 日本のメディアに登場する海外在住の日本人は、ぽつねんとはしていないからだ。
 見栄を張ってそんな姿は見せない人もいるし、そんなうすら寂しい姿を知られてしまったら商売にならないので「憧れの海外在住者」路線を貫く人もいる。
 が、ある国で移民として暮らしている人間が、どれほど長くその国で暮らそうとも決して消えることのない違和感や、ある種のかなしみのようなものと背中合わせに生きていないというのは、よっぽど鈍感でもない限り、嘘だと思う。
 『Last Summer』の主人公からはそのかなしみが透けて見えた。それは菊地凛子という国際女優の体験や、置かれていた立場から毀れてしまったものかもしれない。

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 勤務先に日本人と英国人の親を持つ男児が来ている。わたしにとって日本人の子供を相手に働くのは初めての経験だ。
 バイリンガルの子供はモノリンガルの子供よりも話しはじめる時期が遅いことで知られているが、もうすぐ4歳になるその子は一言もまともに喋れない。
 人形のように表情が乏しく、他人の呼びかけに対して反応もしない。いつもぽつねんとひとりで座っている。大人が顔を突き合わせて話しかけてもただニコニコしているだけなので、「自閉症なんじゃないか」「言語以前の問題がある」と同僚たちが騒ぎはじめ、そうした子供を専門に見ている&日本語が喋れるわたしが担当に回されたのだった。
 が、ある日のこと。
 わたしが「Hannah!」と同僚のひとりを呼ぶと、彼がいきなり庭に走り出て行ったのである。庭は無人だったので急いで彼の後を追うと、彼は花壇のポピーを指さして私に言った。
 「ハナ」
 ヘレン・ケラー・モーメント。というのはまさにこういう瞬間のことだろう。
 「そう、花。花だよね。それは花。Hannahの名前と同じ発音だねー」
と日本語で言うと、さらに彼は自分の顔の中心を指さして
 「ハナ」
と言った。
 「うん。それも鼻。Hannahの名前と同じだねー」
彼は大きな茶色い瞳でじっとわたしを見ながら言った。
 「同じだねー」

            *****

 菊地凛子の子供を演じたうちの息子の映像を見ながら、その幼児の瞳を思い出していた。自分の子供の顔を見ながら人様の子供を思い出すというのもどうかと思うが、日本人と西洋人の血が混ざった子供には共通する表情の特徴がある。
 親である移民が移民として生きていくように、子供である混血児も混血として生きていくのだ。ハーフはかわいい。という上っ面だけの認識とは違うリアリティが、彼らにはある。

             *******

 『Last Summer』は日本人のこころを探究した映画。
 とイタリアの新聞に書かれていた。「日本人のこころ」だの「日本らしさ」だのいうのは、昨今の祖国の状況を鑑みると相当にヤバい(もちろん悪い意味で)。
 が、日本人が必要以上に日本人らしさを放棄するのも変だろう。国内では個性豊かな祖国の人々も、海外に出るとどうしても滲んでしまう共通の佇まいというものがあり、それを「日本人らしさ」というのであれば、それはわたしにはよくわかる。
 「世界の中の日本」という使い古された言葉は、本当の意味ではまだ探究されていないのではないか。
 その命題を理解する鍵は、本国から大名行列を連れていく日本や、海外でもリトル・ジャパンを展開する日本ではなく、ぽつねんとした異邦人としての日本の姿にこそあるだろうからだ。

 三池崇史の出品作とは対照的に日本ではどこも報道しなかったが、『Last Summer』はローマ国際映画祭で3つの賞を受賞した。
 そして面白いことに、イタリア人たちを魅了した当該作の「日本のこころ」を象徴するアイテムは、すべて沖縄のものだった。という若干ポリティカルなひねりも含め、ちょっと珍しい日本関連映画だと思うが、日本配給は決まっていないそうで、こういう作品は日本でもまた異邦人の映画なのだろう。
 異邦の人とは、きっと同国人の中でもぽつねんとする宿命にあるのだ。

 約50枚に及ぶアルバムを論じた『ボブ・ディランは何を歌ってきたのか』。著者である萩原健太、そして特別ゲストにピーター・バラカン(ともにDOMMUNE初出演!)を迎えての大・大・大注目のトーク!!
 司会は、編集を担当した三田格。
 つーか、そもそもナンでele-kingから萩原健太の『ボブ・ディランは何を歌ってきたのか』が刊行されることになったのか、その秘密がついに明かされるときが来た……っす。おふたりの、宇川直宏との対面も楽しみ。絶対に見て&来てね!

 ご予約はこちらから。
https://www.dommune.com/reserve/2014/1106/

■ele-king Books Presents 実写版「ボブ・ディランは何を歌ってきたのか」

2014年11月6日(木)
19:00~21:00
刊行記念番組!
ele-king Books Presents 実写版「ボブ・ディランは何を歌ってきたのか」
出演:萩原健太、ピーター・バラカン
司会:三田格

ENTERANCE : ¥1,500
OPEN : 18:50頃 (第1部~第2部入れ替え無し! 番組途中入場OK! 再入場不可! BARあり!)
〒150-0011 東京都渋谷区東4-6-5 ヴァビルB1F
TEL : 03-6427-4533
地図 : https://goo.gl/hKHia


■ボブ・ディランは何を歌ってきたのか
好評発売中!
978-4-907276-18-8
四六判 384ページ
本体1,800円+税

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サタデー・ベース・ウェイト! - ele-king

 なんということだ。今週土曜、ジャー・シャカが〈ユニット〉を揺るがしに東京にやってくる。しかも、ファット・フレディーズ・ドロップも同じフロアに参加。さらに、〈サルーン〉ではなんとマムダンスやブランコまでもがプレイするときている。今日のサウンド・システム・カルチャーの土台を作り上げた始祖と、その意志を継ぎ前線で戦うプレイヤーの両方を同じ場所で目の当たりにできるというだけで、足がひとりでに代官山へ向かってしまうではないか……!!!

 だがここにひとつ、贅沢な問題がある。お隣は恵比寿〈リキッドルーム〉では、同じ日にUKベース・テクノの現在を語るうえで外せないペヴァラリスト、カウトン、アススの3人がついにリヴィティ・サウンドとしてのプレイを披露するのだ! 彼らに加え、早い段階から彼らの曲をプレイしてきたDJノブやムードマン、C.Eのトビー・フェルトウェルがパーティを加速させる。

 ベース・カルチャーをバックグラウンドに持つリヴィティの根源に何があるかを理解するためには、ジャー・シャカを体感することは必須条件。また、ジャー・シャカを聴いてしまったら、彼が伝えた「意志」が世代から世代へどう伝わっていったのかを目撃しないではいられません。人力でルーツを探求するファット・フレディーズ・ドロップから、マシーン・ミュージックで伝統に切り込むリヴィティ・サウンドやマムダンス。「ダブ」をキーワードにシーンには素晴らしい多様性が生まれているのですから。
 さぁ、あなたはどちらを選ぶ? いや、選ばなくたっていい。ハシゴするだけの価値がオオアリなサタデー・ベース・ウェイトだぜ!

■11月8日(土)
会場:代官山 UNIT
Red Bull Music Academy presents The Roots Commandment: Tokyo In Dub

UNIT :
Jah Shaka

Fat Freddy’s Drop
Cojie from Mighty Crown

SALOON :
Branko,Mumdance,Dengue Dengue Dengue!, Jah-Light 
UNICE :
Fred, Felix, JUNGLE ROCK, ZUKAROHI

Open/Start 23:30
adv.3,000yen / door 3,500yen
info. 03.5459.8630 UNIT

20歳未満入場不可、要ID

■11月8日(土)
会場:LIQUIDROOM
HOUSE OF LIQUID

LIVE:
LIVITY SOUND (Peverelist, Kowton, Asusu / Bristol, UK)

DJ:
MOODMAN (HOUSE OF LIQUID / GODFATHER / SLOWMOTION)
TOBY FELTWELL (C.E Director)
DJ NOBU (FUTURE TERROR / Bitta)

Open/Start 23:00
adv. 2,500yen[limited to 100] door 3,000yen(with flyer) 3,500yen

info LIQUIDROOM 03-5464-0800 https://www.liquidroom.net

20歳未満入場不可、要ID

■JAH SHAKA

ジャマイカに生まれ、8才で両親とUKに移住。60年代後半、ラスタファリのスピリチュアルとマーチン・ルーサー・キング、アンジェラ・ディヴィス等、米国の公民権運動のコンシャスに影響を受け、サウンド・システムを開始、各地を巡回する。ズールー王、シャカの名を冠し独自のサウンド・システムを創造、70年代後半にはCOXSON、FATMANと共にUKの3大サウンド・システムとなる。'80年に自己のジャー・シャカ・レーベルを設立以来『COMMANDMENTS OF DUB』シリーズをはじめ、数多くのダブ/ルーツ・レゲエ作品を発表、超越的なスタジオ・ワークを継続する。 30年以上の歴史に培われた独自のサウンドシステムは、大音響で胸を直撃する重低音と聴覚を刺激する高音、更にはサイレンやシンドラムを駆使した音の洪水!! スピリチュアルな儀式とでも呼ぶべきジャー・シャカ・サウンドシステムは生きる伝説となり、あらゆる音楽ファンからワールドワイドに、熱狂的支持を集めている。heavyweight、dubwise、steppersなシャカ・サウンドのソースはエクスクルーシヴなダブ・プレート。セレクター/DJ/MC等、サウンド・システムが分業化する中、シャカはオールマイティーに、ひたすら孤高を貫いている。まさに"A WAY OF LIFE "!

■LIVITY SOUND (Peverelist, Kowton, Asusu / Bristol, UK)
UKガラージからの影響を色濃く反映したブロークン・ビーツとヘビーな低音を組み合わせることによって今までにない独自のグルーヴを提唱し続けるペヴァラリスト。グライムのエッセンスをテクノ・ハウスに落とし込んだダーティーでざらついた音楽の在り方を新たに提唱し、1つのスタイルへと昇華させたカウトン。ダブワイズな音響処理と確かな技術に裏付けられたプロセッシングを硬質なビートに施した中毒性のある高純度のミニマル・ミュージックを展開するアスス。LIVITY SOUNDは、そうした3つの突出した個性による相乗効果によって、単なる足し算ではなく、三位一体となった1つの「個」を創出してきたライブ・プロジェクト兼レーベルだ。ダブステップの潮流が大型レイヴの方向へと進行し、サウンドシステムの起源から離れていく中、ダンス・ミュージックにおける既存の枠組を取り払い拡張する、という根幹となる視点を維持し続け、新たな領域を積極的に切り開こうとする三者の意思が結実したものだと言ってもいい。その意思はハードウェアを中心としたライヴセットの中でも有機的に絡み合い、ダブ・エフェクトと即興性を活かした、まさに"セッション"と呼ぶに相応しいパフォーマンスを繰り広げることにつながっている。3人がこれまでに受けてきた音楽的な影響を抽出したものから生まれたソロ作、および共作は、それゆえにUKガラージ、テクノ、ハウス、ジャングルなど多くの方向性へとリンクしていくことが可能な音楽性を孕んでいる。この点こそ、多くのリスナーを魅了している理由であり、Resident Adviserにおける2013年レーベル・オブ・ザ・イヤーにも選ばれた要因の1つだろう。今年に入り、彼らの音楽が持つ拡張性を示すかのように、Surgeon、Nick Hoppner、Kassem Mosse、A Made Up Sound、Ron Morelli、MMMの他、広範囲に渡るリミキサー陣が、LIVITY SOUNDの作品を手がけている。現在進行形のUKアンダーグラウンドを体現するLivity Soundのライヴセット、またとないこの機会をぜひとも逃さないでほしい。

■Fat Fredy’s Drop

ファット・フレディーズ・ドロップはニュージーランドの音楽史を塗り替え続けているバンドである。インディペンデント・アーティストとして過去最大の売上を記録するなど、音楽賞は総なめ、そして世界中の名立たるフェスティヴァルにも呼ばれ続けている(グラストンベリー、SONAR、ベスティヴァル、WOMAD、ローランズやロスキルドなど)。そして世界の由緒ある会場でも満員のライヴを開催し続けている(ブリクストン・アカデミー、オランダのパラディソ、ロスのヘンリー・フォンダ・シアターやパリのル・トゥリアノンなど)。レゲエ/ダブをベースに、ソウル/ファンク/ジャズ、そしてミニマルなダンスミュージックのグルーヴをクロスオーヴァーした絶妙な塩梅のバンド+打ち込み・サウンド、そして嫌いな人は絶対いないビター・スウィートな美声で万人を虜にするジョー・デューキーのボーカルなど、彼らの魅力はジャイルス・ピーターソンをはじめとする著名人を虜にしてきた。1999年にウェリングトンのアンダーグラウンド・クラブ・シーンに、ファンクやハウス、ヒップホップなどのレコードをスピンするDJ Mu(akaフィッチー)と共に演奏していたバンドが13年経った今も、同じ友情と気持ちで演奏を続けている。その進化は今日も止まる事が無い。
1st Album『Based on A True Story
2nd Album『Blackbird

Kero Kero Bonito - ele-king

 ここ数年、戸川純のライヴは皆勤に近いほど観に行っている。そのうち半分は対バン・シリーズで、大森靖子やマヒトゥ率いる下山など、なぜか彼女は若いバンドとしかカードを組まない。そして、そうした若手はしっかりとした美学を持っていることが多く、神聖かまってちゃんでもVampillia(ヴァンピリア)でもコンセプトが明快で、どこか80年代を思わせるムードに彩られている。先日もフロッピーというラップ・トップ使いが対バンで、氣志團がYMOに憑依したようなストリート風エレクトロニック・ポップを展開していた。つづいて登場した戸川純がMCで思わず「同期モノがやりたくなってしまった」というほど派手なステージだった。原宿〈クロコダイル〉で観たクリスタルバカンスがフラッシュバックするほど。

 可及的速やかに視野を狭めて80年代リヴァイヴァルがどうだとか言う気はない。プリンスがカムバックし、ブラッド・オレンジやカインドネスが呼び水になったとか、イギリスではABCが『レキシコン・オブ・ラヴ』(1982)全曲再現ライヴを何度もソールド・アウトし、ボーイ・ジョージやジョン・フォックスの復活も本格的だとか。そもそもヴェイパーウェイヴはどうして80年代のクズ拾いに躍起になっているのか。セイント・ヴィンセント、モリッシー、ディアフーフ……そういうことをいくつか並べ立てていれば、なんでも現象にしてしまえるのがメディアというものだし、もともとが見たいものしか見ないのが人間というものなので、インターネットは、その「見たいもの」を加速させる装置としては申し分ないこともわかっている。わかってはいるけれど……しかし、そう、サウス・ロンドンから現れた男女3人組はまったくもってフランク・チキンズではないか! 彼らの存在をほかに、どのような文脈に当てはめてケース・クローズドにすればいいのか(それは完全に職業病です)。関係ないけど、フランク・チキンズの歌を思い出そうとすると、山田邦子『邦子のかわい子ぶりっ子(バスガイド篇)』(1981)と歌詞が混ざってしまって、いつもヘンな歌になってしまいます……。

 ケロケロ・ボニトのデビュー・アルバムをまずは聴いてみるケロ。


 ラップ担当のサラはフランスと日本のハーフだそうで、歌詞も半分は日本語。微妙に感性を掴んでいるようなズレているような内容で、「発音のいい英語」に比べてどうも無表情に聴こえてしまう。音楽性でもいいし、バンドのコンセプトでもいいけれど、人工性を強調することは80年代におけるひとつの様式美だった。どこか覚めたところがあって、没入の否定=「呑み込まれていない」ということを示す必要があったケロだろう。それが、ここでは、そのような紆余曲折もなく、素直に人工的なセンスが実現されていて、なんとなく妙な気分ではある。それだけ日本のエイティーズが多様な屈折の上に咲いた花だったということかもしれないので、それがいつしか聴き応えというようなものにすり替わってしまい、僕の耳が素直なものにはそのまま向かい合えないということもあるのかもしれない。歌詞がストレートにティーンエイジのそれだということも手伝って、つまり、日本の音楽史のどこかに置こうとしても、どの時代にも属しようがないために、聴けば聴くほど、この妙な感じは増幅する。どう考えても歌詞が日本語でなければ、こんなことにはならなかったはずである。こんなことが続けば……そう、ヴェイパーウェイヴだって、いい加減、戸惑う時があるのに、この先、日本を意識したポップ・ミュージックが増えてきたりすれば、さらに混乱した気分になってしまいそう。

 ディプロがゴテゴテのマッチョにしか思えなくなってくるほどチープでシンプルなサウンドもその効果には一役買っている。イギリスから発信されている以上、90年代もゼロ年代もなかったかのようなエイティーズ・サウンドが繰り返されるわけもなく、ここにはUTFO・ミーツ・ジェントル・ピープルとでも言いたくなるような箱庭的世界観の敷衍からグライムの反対側にネクストを探ろうとする野心は見つけられる(身体性が希薄であることも80年代の様式美には組み込まれていた)。日本のラップがなんだかんだいって情緒過多だということもあって「乾いたサウンドに日本語」という組み合わせはそれだけで驚くほど新鮮で、さらにはオキナワン・エレクトロみたいな曲もドライさには拍車をかけている。

※日本先行CDにはスパッズキッドほかによる6曲のリミックスがプラスされている。

interview with Arca - ele-king

僕がそこに住んでいた時期は、マジでクソみたいな出来事ばっかり起きていた。国の名前もベネズエラ共和国からベネズエラ・ボリバリアーナ共和国に変わって、通貨の名前も少し変更された。友だちはボディガードやドライバー付きで防弾仕様の車に乗っていたね。一軒家は簡単に侵入されるから、みんな綺麗なアパートへ越していった。玄関にセキュリティがいるからね。

E王
Arca
Xen

Mute / トラフィック

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 19歳のとき、このベネズエラ生まれのミュージシャン、アレシャンドロ・ゲルシはアフリカ北西岸のはずれに位置する古いスペイン人入植地、カナリア諸島に住む、退職した祖母の家に遊びに行った。そのゲストルームにひと晩寝そべりながら、彼は階上の寝室で誰かと口論する祖母の声に驚かされた。翌日、この亜熱帯の島周辺をドライヴしながら、ゲルシが70歳の未亡人である祖母に苦悩の原因は何だったのかと直接尋ねたところ、昨夜死んだ夫と言い争いをしていたの、と彼女は答えた。「そういうことなんだ」と彼はそのことを思い出して言う。「車内は沈黙。だって祖父はその時点で、もう死んでから13年経っていた。同乗者は誰ひとり笑い声をたてなかったよ」
 このカテゴライズ不能のエレクトロニック・プロデューサーにとって、自身の育った南米時代は、まさにミステリアスでなかなか説明しづらい、強烈に彩りをもった出来事のようである。「古くさいかもしれないけど、科学と迷信のふたつに対して、自分をいつもオープンマインドにすること、それ自体が大好きなんだよね」と語る。「その状態に身を置くことがいちばん幸せなんだと思う。何らかの魔法に身を委ねながらね。自然のすべてを僕らは完璧に理解してはいないんだ」

 ロンドンはダルストンにある彼の自宅で丸石が敷き詰められた庭に座りながら、わたしたちはマジョラム・ティーを飲み、ホワイトチョコのラズベリーチーズケーキをふたつのフォークでつまんでいる。蜂が頭上を飛び、陶器のデザート皿にプリントされた花柄がまるで血の色のようで、鈴の形をした花が頭を垂らすように壁に掛けられている。ゲルシのハウスメイトで長年のコラボレーターである、ジェシー・カンダが飼っているトゥルーという名の小さいベンガル猫がテーブルの上に飛び乗り、わたしのレコーダーを小突き落とし、バジルやコリアンダー、ミントいっぱいのテラコッタの鉢植えの陰に素早く隠れる。ゲルシのこの2年間を語る初インタヴューを行なうため、ほんの数日前にニューヨークからここを訪れたとき、この猫はドア入り口で迎えてくれたが、変なハーブを食べたことによる腹痛から鳴き声をあげていた。今日はもういつものいたずらっ子に戻ったその猫のことを、華奢で少年のような顔をし、破れたTシャツと派手なチョーカーをした24歳のゲルシは即興で子どもめいて語る。「夜になると彼女(猫)の目が赤に代わり、狂ったようにジャンプしだし宙返りまでしちゃうんだ」

 8月の第1週、ゲルシのマネージャーであるマイロ・コーデルが所有する、黒一色の入口に隠れた豚農場をリフォームしたというその場所は、アルカとして彼が生み出す音楽と相まって、胚珠のように何かが続々とこれから生まれてくるような、不思議な感じであった。ちょうど2年前、ゲルシがまだニューヨークに住んでいたころ、彼は2枚のEPで世界にそのプロジェクトを知らしめた。それらはひねくれつつも魅力的なヒップホップ作品で、自身の声を超絶的に切り刻んだサンプルで注目を集める。彼はそれらを「ストレッチ1」、「ストレッチ2」と名づけた。これにジェシー・カンダによるアートがぴったりと寄り添い、プラスチックのような黙示録の美学を強烈に意識させる。その2枚めの作品のジャケットには、あたかも科学がいまだに解明できていないであろう、グネグネにねじ曲がった足に、眼球のようなものが生えた不気味な新種の生物の姿がある。

 それからすぐ後の2013年、カニエ・ウェストが唐突に彼の6作め『イーザス』のリリースを発表し、ネット上で大きな話題となった。その作品のリストには当時はほぼ無名だったアルカの名前が制作コンサルタントとして載っており、そのほかにも新進気鋭のビートメイカーたちの名前が並ぶ。奇怪なサウンドを操るイギリス人プロデューサー、エヴィアン・クライストやグラスゴーのマキシマリスト、ハドソン・モホークなどが参加している。過去にもリアーナがシーパンクの美意識を取り入れ、“テイク・ケア”でジェイミーXXのリミックスをドレイクがサンプリングした例が示すように、このアルバムはインディペンデント・ミュージックと高額予算が動くポップ・ミュージックとのコラボレーションの傑作なのかもしれない。もし2010年代初頭の音楽がアンダーグラウンドとメインストリームの間の壁を表面的に崩壊させたと定義されるのであれば、この特異に挑戦的な『イーザス』は世界にそのことを知らしめた水先案内盤として登場し、それ以降はそのような二者の区別など何ら意味を持たないことにあるのであろう。
 それから1ヶ月後、アルカは『&&&&&』をリリースする。切り刻まれたトラップのビートに調子外れのピアノコード、硬質なアルペジオにアンニュイな吐息など、この25分にわたるミックステープは、音楽の世界における奇妙で新たな章を提示したと捉えられたようだ。溢れんばかりのフックを含みつつ、ラジオ受けするリズムとハーモニーの関係を望んでいるように見受けられる。しかしメールボックスがインタヴュー依頼で一杯になるにつれ、彼はスポットライトから身を引いた。時間に見切りがつかないためメディアとの接触を避けるつもりであることを、ゲルシは自身の広報担当者を経由して本誌へ伝えた。彼は現代の音楽を完全に作り替えた、ずる賢い成り上がりとして大衆の面前にさらされてしまったのである。そして誰もがまだ彼のことを正しく理解していないようだった。

 ゲルシとどれほどの時間を過ごしていても、彼から隠遁者的な性質や不自然なミステリアスさをまったく感じない。わたしが到着した日、彼からの最初の連絡はフェイスタイム経由だった。わたしが運悪く取り損ねてしまったのだが、彼は22秒ものヴィデオ・メッセージを送ってくれた。モーション・キャプチャー撮影スタジオで使われる端子付きの黒い全身タイツを彼は着ていた。「ハーイ、エミリー。いまうまくタイプできないからヴィデオでメッセージを送るね」と彼は語り、グローブをはめた手を挙げその理由を示した。わたしたちが会おうとするときはいつも、彼はわたしのところへ来ると申し出るのだが、たいていはこちらがバスに乗って彼の家までいく。わたしたちがあの赤い花の近くのテーブルに座ると、ゲルシはわたしのヴォイスレコーダーを自分の膝に乗せて、それを落とさないようにバランスを取って、ちょっとしたゲームをはじめる。会話のなかで、彼はいろんな話題へとすぐに話を変える。よくあるネタはソクラテス、アレハンドロ・ホドロフスキーの心理マジック、カリフォルニアにいるドレッドロックのテクノロジー学者、ジャロン・ラニアーなどだ。そして「自分の脳のショート現象」について頻繁に語ることもあれば、いろいろな視点で世界を見ることができる新しい環境に身を置いているとわがままに語ることもある。

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たとえ愛の意味がわからなくってもね。あのころの僕は性的にまったく満たされていなかった。じつは、僕ってとーってもクローゼットだったんだ。自分がゲイだっていうことはかなり昔からわかっていた。でもね、ベネズエラの社会ではそれに気づくことすら許されないんだ

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 ゲルシは1年とちょっと前にニューヨークからロンドンへと居を移し、彼いわく、この引っ越しはボーイ・フレンドである写真家/マルチメディア・アーティストのダニエル・サンウォールドの近くにいたいという気持ちがいちばんだったと語る。またカンダともっと仕事をやりやすくする手段でもあった。彼はカナダで育ったのだが、ここ10年以上、ゲルシの親友でもっとも近しいアーティスト・コラボレーターである(彼自身は7年前にカナダからロンドンに移住している)。彼らが住居を構えて以降、ゲルシは単独の共作者として、またひとつ世間から渇望されているポップ・アルバムであるビョークとの作業を終えた。彼女の2000年代初期から続く変幻自在のシンセポップ、その力強いバラッドは、奇しくもゲルシの音への硬派な方法論を予見していたかのように感じられる。「ゼン」という、彼の空想上のもうひとつの人格がタイトルとコンセプトとなっているゲルシ自身のニュー・アルバムも、ビョーク作品と同様の仕上がりだ。カンダが手がけたアルバムのブックレットには、ダンスや犬の散歩から自慰行為にいたるまで、彼女(ゼン)のさまざまな表情や年齢、日常のストーリーのイメージが収められたポートレートが描かれている。それらはゲルシ自身の写真をもとに作られており、その表現のなかで身体は原型をとどめていない(ゲルシはゼンのことを「ハー(彼女)」と表現するが、その彼女は男性でも女性でもないという)。ゲルシがレコーディング・スタジオで、カンダが2階のベッド・ルームでゼンに魂を吹き込む。その過程についての説明から、ふたりにとって仕事と遊びの境界線が曖昧になっているのは明らかである。

 「僕らは多くのことに閃めいた。それは共同生活によって起こりえたことなんじゃないかな」とゲルシは言う。「ふたりで2階に駆け上って問題を解決したら、1階に舞い戻って僕がヴォーカルとストリングスなどのふたつのサウンドを組み合わせる」。表面上、ふたりの間柄は親友関係とは真逆である。カンダは力強い眉を持ち身長もゲルシより高い。静かでシニカルなところもゲルシのおしゃべりな気質とはちがう。けれどもカンダにゼンのキャラクターをどのように描写するのかを尋ねてみると、彼らがなん人も持ち得ないお互いの一部を共有しているのだと確信する。「アレハンドロにはいくつもの人格がある」とカンダは語る。「それに彼はたまに、冗談で僕らがゼンと呼ぶものにだってなれる。それは生意気で自身に満ちあふれた、彼のすごく女性的な部分だね。そしたら『おー、彼女(ゼン)が出てきたぞ』って僕らは言うんだ。大抵は僕らがウィードを吸ってふざけてるときだけどね。『ゼンが現れる』。するとゲルシは上着を着替えたり、いろいろやらかしたりでクレージーになる。彼のなかのゼンの仕業だよ。一種の幽霊みたいなものかな。もしくはアレハンドロの精霊だね」

 今日にいたるまで、ゲルシはたくさんの家で暮らしてきた。ある場所はゼンにとって居心地がよく、そうでない場所もあった。投資銀行の銀行員だった彼の父がニューヨークへ転勤となり、家族もいっしょに故郷のカラカスを離れノース・メトロ鉄道郊外の街コネチカット州のデリエンに引っ越した。ゲルシが3歳のときのことだ。その当時のことを彼はそんなには思い出せない。思い出の大部分は「森のなかには大きな家があって、地下の部屋にはスーパーファミコン」というものである。だが、9歳で家族とともにカラカスに戻ってきたときには、英語もペラペラでアメリカの漫画もすらすら読めた。つまり、彼が故郷に帰ってきたときには少し場違いな感じを覚えるのには十分な時間が流れていた。そのように彼が感じた理由のひとつには、カラカスが政情不安、オイル・マネーの加速や貧困によって揺れ動いていたことも関係している。子どもが安全に外で走ったり遊んだりできる場所ではなかった。
 「僕がそこに住んでいた時期は、マジでクソみたいな出来事ばっかり起きていた」と彼は言う。「国の名前もベネズエラ共和国からベネズエラ・ボリバリアーナ共和国に変わって、通貨の名前も少し変更された。僕は私立の学校へ通っていたんだけど、友だちはボディガードやドライバー付きで防弾仕様の車に乗っていたね。一軒家は簡単に侵入されるから、みんな綺麗なアパートへ越していった。玄関にセキュリティがいるからね」(※)

(※編集部注)
1999年、大統領に就任した軍人のウーゴ・チャベスは、社会主義的な理念と反米、反新自由主義を掲げながら、国名もベネズエラ・ボリバル共和国に変更。しかしながら、貧困や格差問題はさらに深刻化して、治安の悪化は加速した。アルカの場合は、記事を読めばわかるように貧困層ではないが、なかば暴力的なプレッシャーを受けていたことがうかがえる。独裁政権でもあったチャベスに対する評価については他にゆずる。

 ゲルシの両親は彼に良い学校に通わせ、門扉に囲まれた環境や音楽レッスンの機会などを与えた。比較的快適で教育熱心な両親だったが、若き日のゲルシは、いかなる国の経済的背景に育った子どもにもひとしく影響を与えうるものを経験した。彼が16歳になったとき、両親が夫婦関係の障害に直面し、長い期間にわたって別れたり復縁したりするようになる。彼はこの期間が「自分を大いに成長させてくれた」と語る。彼の家庭がますます惨憺たる状況になるにつれて、彼も自分が他の男子たちとはちがうことに気づいていった。「僕は13歳のときに、スパイス・ガールズの映画『スパイス・ガールズ』を見て、すごく気に入った、みたいなことをよく日記に書いていた。ときどき、その日記にゼンという名前でサインしていたよ。自分がリヴィングで毛布にくるまって遊んでいて、その場に母親がいると、僕は毛布をマントみたいにしていた。でも、ママがいなくなったらすぐにそれをドレスみたいにしていたよ。その瞬間の僕が本当の自分だと感じた。わかるでしょ?」

 彼は7歳から16歳になるまで、クラシック・ピアノを学んでいた。ゲルシにとってはミュージシャンとしての準備期間だったわけだが、ピアノはときとして自身の開放というよりも義務的なものとして働いていたと彼は言う。兄のCDコレクションに助けを借りながら、90年代に育ったキッズが夢中になる一連の典型的なミュージシャン(アリーヤ、オウテカ、ナイン・インチ・ネイルズ、マリリン・マンソンなど)にゲルシは入れこみ、インターネットに使う時間も増えていった。最終的にデジタル・グラフィックへの尽きない興味から、彼は、ユーザーが自作の画像やそれに対するコメントをアップできる初期のSNSのデヴィアントアートへとたどり着く。当時、4000マイルも遠くに住んでいたカンダとゲルシが初めて出会った場所はこのサイトだった。フルーティ・ループスでの基本的なIDMの制作を通し、ゲルシが音楽に没頭する時間が増えていくいつれて、カンダは単なるフレンド・リストのアイコンであることから、ゲルシの最初のクリエイティヴなパートナーへと変わった。「彼はいつも僕の第二の目みたいだったよ。もしくは第二の耳だね。僕たちにとってあのサイトは本当に意義深いものだった。デヴィアンアートを使っている連中のほとんどは似たようなことばっかり繰り返している。現実逃避みたいなものだよ」

 プレスはまったく触れていないかもしれないが、ゲルシの高校時代のプロジェクトであるニューロはまだネットで聴くことができる。初期の音源の大半はグリッチやエイフェックス・ツインに感化されたビート構築だが、それらに合わせて彼は自らの歌声を披露したりもする。そのため、仕上がりはほのかに野心的なサウンドで、スペイン語版のザ・ポスタル・サービスのようだ。
 「理由はいくつかあるんだけど、僕はラヴ・ソングをよく書いていたんだよ」と彼は回想する。「たとえ愛の意味がわからなくってもね。あのころの僕は性的にまったく満たされていなかった。じつは、僕ってとーってもクローゼットだったんだ。自分がゲイだっていうことはかなり昔からわかっていた。でもね、ベネズエラの社会ではそれに気づくことすら許されないんだ」

 ニューロの曲が初期のMP3ブログに掲載されると、最終的にはライヴの依頼が舞い込み、メキシコのインディ・レーベル〈サウンドシスター〉と契約を結ぶにいたる。プロジェクトがオンラインで勢いづいてくると、彼は高校の同級生から注目を浴びた。ゲルシは生まれて初めてオフラインの世界で、自分が人気を得ていることを同世代と分かち合あうようになったのだ。彼はパーティに通うようになり、高校の女の子とデートをし、女性の一人称でラヴ・ソングを歌いはじめた。自分自身が「認められる」ことを願いつつ。ゲイであることをオープンにするとストリートで暴力を受けるような街において、他に選択肢はなかったのかもしれない。
 「一生カミングアウトしないつもりでいたね。結婚して自分が夫としての役割を果たす姿をずっと思い描いていたかな。思い返せば、ゲイをやめたいって祈ってた。自分がどうかストレートになれますようにってね」
 17歳のときに彼はニューヨーク大学の教養学部の入学許可を得たが、最終的にはティッシュ芸術大学のクライヴ・デイヴィス録音音楽科で学位を取るつもりだった。そして、それはニューヨークへ引っ越したらニューロを終らせて、音楽を共有することから身を引くということも意味していた。「2、3年くらい化石なっちゃったみたいだった。振り返ってみると、自分と結んだ神聖な契約みたいなものを破ったからだと思う。偽るのではなく、みんなのためにただ音楽を作るっていうね」
 それと同時に、ひとりで暮らすことは、彼がいままで負ったことのないリスクを冒すために必要な一押しとなった。故郷から遠く離れた巨大な都市では、生まれた場所で自分自身をアウトサイダーだと感じてきた何千もの人びとがうごめいていた。

 霧が立ちこめるとある夏の夜。大学に入って2年めのこと。ゲルシはチャイナタウンに住んでいた。そのころ彼が夢中になっていたのはダウンタウンのミュージカルに革命をもたらした、ティム・ローレンスの伝記にあるカウンター・カルチャーのロマンス。そしてゲイ・アイコンであるアーサー・ラッセルだった。
 「人生のあの夜まで、自分のことを知られないように僕はかなり徹底して他人の視線を拒否していた」と彼は言う。「その晩、ユニオン・スクエアの地下鉄駅である男を見つめていたのを覚えている。駅はとても暑くてうるさかったな。彼はプラットフォームの階段の側に立っていて、彼はこっちを向いて、僕も彼を見ていた。それより前の僕だったら、すぐに目をそらしていただろうね。でもアーサー・ラッセルの話と音楽に勇気をもらったこともあって、『今日がそのときだ』って決心した。その男のほうに歩いていき、『今度、コーヒーでも飲みにいかない?』って文字通り言葉が僕から出てきたんだよ」
 次の日ゲルシはその見知らぬハンサムな男とシンク・コーヒーで落ち合った。会話からキスへ、キスから相手の家で夜を過ごすことへ発展した。

 翌朝、ゲルシは自分のアパートまでわざわざ歩いて帰ることにした。家に着くと、笑みを浮かべながら当時のルームメイトだったジェイコブに、ちょっとそのへんでも散歩しないかともちかけた。親しい友人に初めてカミングアウトした体験を思い出すと、ゲルシはわたしがロンドンにいるときに何回か耳にしたメタファーに戻る。それは、人生を変えてしまうような決断の崖っぷちに立たされた彼の、そのキャリアの一幕に触れるときに必ず出てくるものだ。
 「断崖絶壁から飛び込むようなものだね。生存本能がそれを止めさせるんだけど、自分のなかの何かが僕を前に進める。なんで崖から飛び降りるかと言えば、地面に落ちる時間や、たくさんのレゴみたいにバラバラになってしまうことがわかるからだよ。そしてかつて自分だったかけらを拾い集めるんだ。でも都合がいいようにかけらを組み立てることはできないし、そのピースの集合体は元の自分のようには感じられない。飛び降りるたびに、本当に美しくて豊かで、そして不愉快なチャンスが訪れる。かけらを組み立てた体は完全じゃないんだけど、インスピレーションを与えてくれるものや、人生のすべてだと思えるものを自分自身の本質が教えてくれるんだよ。それが僕の身に起こったことだね」

 農場にある軋む床の家屋の部屋のように、ゲルシのスタジオは森のにおいがする。庭にある長方形の独立した小屋は、かつては温室だったにちがいない。ゲルシはコンピュータの前に座って作業をし、休憩中にハンギングプラントに水をあげたり、引き出しにしまわれたマイクをときおり取り出していた。そのようにしてデビュー・アルバムの大半の制作とミックスがここで行なわれたのだ。
 とある日の午後、音楽ジャーナリストにとって夢のような話だが、自分の作曲過程を生で披露するために彼はパソコンの電源を入れてくれた。アイゾトープ社のアイリスと呼ばれるべつのプログラムを使って、彼は芝刈り機の音を取り出して、その周波数グラフのランダムで幾何学的な形を切り刻み、ネズミの鳴き声のコーラスのような音を作り出す。一方でエイブルトンを起動させ、小さな球状の波形データをタイムラインに配置し、コピー&ペースト繰り返しながら手作業でビートを構築していく。作業は素早く行なわれ、目では追いきれない早さで作曲は拡大し、画像的には数分ごとに都市の地図が広がっていくような光景がスクリーンには広がっていった。庭で猫のトゥルーが悲しそうに鳴きはじめると、「彼女もピッチベンドしてるんだね!」とゲルシは大声を出した。そして、わたしはあることに気づいた。彼は音を聴きながら曲を作っていないのだ。頭のなかで、どのよう何の音が鳴っているかわかっているのだろう。

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一生カミングアウトしないつもりでいたね。結婚して自分が夫としての役割を果たす姿をずっと思い描いていたかな。思い返せば、ゲイをやめたいって祈ってた。自分がどうかストレートになれますようにってね。

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 カミングアウトのあと、ゲルシはアーティストとしての大躍進を経験し、アルカが生まれた。その名義で作られた初期の作品を人気づけた奇妙で闘争心に溢れた声は、これから彼がやろうとしていることの文字通り、頭の中の残響音だった。「それは完全に別物の声で、自分の魂や心のまったくちがった部分から出てきたもの。この混みあった部屋(頭)でお互いがシャウトしまくっていた。自分の体に性的な意味で慣れていく感じだよ。柔軟性と弾力性がふんだんにあって、感情的な方法でそれらの声を包み込むんだ」
 よりダークで複雑に発展していく彼の曲のように、ゲルシが初めてニューヨークのパーティ〈GHE20G0TH1K〉へ行ったことによって、彼自身の社会的領域も広がりはじめた。このパーティは多文化主義や同性愛者、そして狂気的に弾けたポップ・ミュージックのスモークで充満した祭典として、アンダーグラウンドのシーンでは知られている。そのパーティの主催のひとりであるシェイン・オリヴァーによる学校でのインターンも彼をより前進させることになる。オリヴァーはカルチャー・ジャミングとアヴァン・ギャルドを特徴とするファッション・ブランド、フード・バイ・エアーの立案者だ。ゲルシは、パーティのもうひとりの立役者であるプロデューサー、フィジカル・セラピーを経由して、やがて「ストレッチEP」をリリースすることになるレーベル〈UNO NYC〉のチャールズ・ダンガと出会う。のちに〈GHE20G0TH1K〉のさまざまなシンガーとのコラボレーションも続いた。このプロジェクトが2011年にはじまってから、アルカはミッキー・ブランコ、ケレラ、そしてオリヴァーにも楽曲を提供している。そして、人生を変える一通のメールがオリヴァーの友人であるマシュー・ウィリアムズから届く。彼はファッション・ブランド、トリルの創設者であり、カニエ・ウィストの長年のコラボレーターだった。

 「(カニエに)数曲送ってほしいと頼まれただけで、その通りにしたよ。そのとき持っていた最強に奇妙な曲を送ったら、カニエがすごく喜んでくれたんだ」とゲルシは言う。『イーザス』の制作におけるゲルシの冒険はいくつかの点において厳しいものだった。
 「一日の終わりに(みんなが作った音楽を)カニエ本人がチェックすること以外に、決まりごとは本当にないんだ」と彼は言う。世界中のミュージシャンとのレコーディングや、何十人もの制作チームとの共作は家での制作とはかなり異なるものだった。「自分でいままで試みたり、考えたりしたことのない類いのものだった。でもね、僕の人生に変化をもたらした出来事であったことはたしかだよ。恐いもの見たさで極度のプレッシャーのなかに身を置いていたからね」
 その経験を振り返ると、カニエの制作指揮者的なヴィジョンがいちばん印象に残っているとゲルシは言う。「たくさんのことがデザインといっしょに浮かんでくるんだ。謎解きみたいな感じでね。もし曲がアグレッシヴさを求めていたら、頭のなかにあるその瞬間で最良の解決方法をデザインするのは、3、4人の仕事にかかっている。みんながそれぞれ完璧に違ったアプローチをとるんだけど、最終的にすべてを編集するのはカニエ自身なんだ。変な方法だけど、彼はそうやってプロデュースをしている。選ぶだけじゃなくて、カニエはスタイルを作るんだよ」

 神話と化した『イーザス』のセッション以降、アルカはすでにシーンの裏側の多くの強烈な個性たちの共犯者となっていた。ビョークとのコラボレーションに加えて、ロンドンのR&Bシンガー、FKAツイッグスのソウルフルなセカンドEP全体を手がけたのもアルカだ。ルールを壊すことへの愛情は、彼が信頼の置ける実験的なアーティストであることを明確にしたのだが、他人の曲のなかから自分らしさを消すことができる能力が、いちばん役に立っているという。
 「長年考えていたことで、けっこう恥ずかしく思っていたんだけど、僕って強烈な個性を持っているひとといっしょにいると、彼らのような喋り方になっちゃうんだ。もしだれかの方向に引き寄せられると、自分たちのあいだに橋渡しをしてしまう。それでたまに相手の視点から世界を見るようになるのかもしれないね。長い間それは怖いことでもあった。自分にはアイデンティティがないことや、もしくは自分のアイデンティティは未完のままだということを、その現象が表しているのかもしれないって考えていたからね。でも歳をとるにつれて、それが強みだと思えるようになった。自分を一時停止させて相手に完全に開いた状態にすることは、自分の共感能力のすべてを使って誰かを覗き見したり、相手の哀愁を感じることにつながる。これは本当に強烈だよ。だってさ、その人の良さとか健康さとかを超越したものを抱え込むことになるんだからね」

 ロンドンでゲルシと過ごしているあいだ、出会った半数以上の人びととののやりとりから、彼にはその傾向があると気づいてしまった。『ゼン』をリリースするレーベル〈ミュート〉のプロジェクト・マネージャーである、パディ・オニールの誕生日を祝うために、わたしたちはダルストンのパブに向かったのだが、彼がその夜の終わりにバーからこっそり離れ、誰も見ていない間に勘定を済ませようとしていることに気がついた。通りに出て、ベンジーBが長年オーガナイズしているパーティ〈デヴィディエーション〉に行こうと集まっていると、ゾンビみたいな男がわたしに近寄ってきて「エクスタシーをくれ」と言ってきた。ゲルシはすぐさまわたしを守ってくれ、反射的に自分の身体でわたしたちのあいだにバリアを作ってくれた。その男が立ち去るとゲルシは皮肉とともに緊張を解き放ち、「だけど、ヤツはアリーヤのTシャツ着ていたよね」と言った。彼がすこし生意気なときは、彼のかすかなスペイン語のアクセントがいつもよりも強く出てくるとわたしは気づいた。

 ここにゲルシに関するいくつかの覚え書きがある。人ごみのなかで、彼はいつもその場をパーティみたいにする人間だ。夜明けの2時45分くらいになると〈デヴィエーション〉のパーティで高いところによじ登り、パーティ・ピープルのヒラヒラしたシャツの海で、メッシュのボディスとハーネスを身にまとって踊り出す。この都会かぶれなフロアは、わたしたちのお目当てであるLAのエレクトリック・デュオ、ングズングズの良さがわからないだろうと言うと、ゲルシは「すべてのよいDJたちは、フロアをいかに整えるかをしっているはずだよ」と答えた。そして、どこからともなく近づいてきた女性を、彼は立ち止まってクルクルと回しはじめた。

 「アレハンドロがどれだけ爆竹みたいなやつなのか、みんな知らないと思うな。彼といっしょにいると、いつもベビーサークルのなかで、子どものころの友だちと遊んでいる気分になる」と、フード・バイ・エアーのシェイン・オリヴァーは後日、電話で教えてくれた。たしかに、半年に及ぶ『ゼン』で行なわれた即興的なレコーディングのプロセスについてゲルシが語るとき、彼がその無邪気さを創造的な気質へと昇華させていることを感じる。
 「何もコントロールすることができない状態で僕はこのアルバムを作ったよ」と彼は言う。「最初のアイディアこそが最良のアイディアみたいな考えだね。座って作業をするまで、自分が何を作るのかさえ知らなかった」。ゲルシのアイチューンズをちらっとのぞくと、この自由な連想から作られたというたくさんの曲が並んでいる。
 「ハッピーになれる曲を作っているときはいつもなんだけど、1、2回聴き返しただけだと自分の曲だってわからないんだよね。あとね、その状態だと子どものころの自我とつながって、より穏やかで女性的になった気がするんだ。ゼンは男の子でもなければ女の子でもない。彼女の素の存在は冷淡さと魅力を同時に備えている。だから、大きく目を見開いて口が空きっぱなしの大勢の人びとが、スポットライトの下の彼女を見ている様子が想像できるんだよ」

 この作品は自身の潜在意識の旅のようなものであると彼は言う。耳障りな音のストロボから、肉が溶け出しているようなシンセの曲線、半音階のストリングスのセクション、さらにはよろめきながら進むフラメンコのリズム。多くのパートには、それらの間を跳ね回るような、かなり緊迫したリスニングのポイントがある。“シスター”のようにもっとも耳に響く曲においては、ヘッドフォンの右側のチャンネルでランダムに明滅する静かなノイズの壁によって、ふいに足をすくわれる。そのような力をこのアルバムは持っている。
 しかし『ゼン』には同じように愛情にあふれた瞬間もある。彼の声がロボットのうめき声のように奇妙に鳴り響くときや、“サッド・ビッチ”や“ヘルド・アパート”のような曲で一瞬だけ流れるメロディは、彼自身が弾くピアノを伸縮させたものなのだ。豊富な楽器の色彩がダンス・ミュージックと融合しているのだが、『ゼン』はその頼れる波形の地図に執着しない。心を打つメロディが膨らんでいく一方で、良質なポップ・ミュージックのフックを作る能力を誇示することに対して、なんのこだわりもないようだ。そのかわりに、麻酔的な、あるいは情緒的な表現のために高い技術を活用している。それはまるで子ども時代の自分の分身を蘇らせることによって、10代のころに学んだシューマンとメンデルスゾーンへと舞い戻っていくようでもある。『ゼン』は、ロマン派的だがビートも存在するという、自由奔放な表現度をもって展開していくのである。

 より受け入れられやすい『&&&&&』は、彼がポップの革新者として表現できる世界を見せているように思える。その一方で『ゼン』においては、彼の芸術性が、内を向いた美学によって知性や理性を超えた場所へといくぶん押し進められている。その点において、ゲルシが崖から飛び降りたもうひとつの実例として『ゼン』を理解することができるかもしれない。彼が内に籠ろうとしているので、リスナーや知人たちはゲルシの居場所にまで会いにいくことを要求される。同じことが『イーザス』以来初となるインタヴューを受けた彼の決心にも当てはまる。音楽に音楽を語らせることを望んでいるのだ。自分自身を新しいことに挑戦させるよう駆り立てたと彼は言う。なぜなら「作品がそれを必要とする」からだそうだ。外から傍観している者の視点からは、自身を大いにさらけ出そうとしている彼を目撃することは興味深くも恐ろしいことである。迷いもなく、詫びることもなく、自分自身になろうと勇気を奮い起こすとき、外部の現実がふたたび深い恐怖をもたらすリスクが付きまとうものだ。それは、自身をさらけ出したら他者は自分の望むようには反応してくれない、または、そのさらけ出した自分から他者が遠ざかるという恐怖だ。創作のレベルにおいて、それこそが本来の用語的な意味における実験的な音楽を作る危険やスリルである。それまで耳にしたことがないものを享受できるようになる前に、リスナーは聴き方そのものを何度も学ばなければならない。

 『ゼン』を聴いているといつも立ち上がって踊りたくなると彼は言う。わたしがニューヨークに帰る前夜、イースト・ロンドンにある天井の低い地下のパブでゲルシのDJを見たとき、彼はまさにそんな感じだった。彼は手の込んだ拘束衣を身につけていたのだが、夜が進むに連れてその上着のジップはゆっくりとひとりでに開いていくようだった。ダンスフロアは満員で、ゲルシはDJブースの後ろで、ベネズエラのパーティ・ミュージックに合わせてひと言ひと言漏らさずにハミングし、向こう見ずな手首使いでピッチを上げると、もう何曲か歌をつづけた。クラウドがピークに達すると、彼はボーイフレンドに熱いハグとキスをし、わたしはその週のはじめにどういうわけか、映画『ホーリー・モーターズ』に出てくる女曲芸師の話をゲルシとしていたことを思い出した。わたしも彼女のファンだと知ると、彼は興奮して自分のパソコンへ向かい、カンヌのレッド・カーペットで、解剖学上は理解できないポーズをしている印象的な一連の写真を見せてくれた。「おー、彼女は自分が何をやっているか完璧に把握している」と彼は言っていた。それこそが、恐れを知らない女性性を持った人物について話すときに彼が必ず使う言葉だった。ゼンについて同じように述べていた可能性も十分にある。

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Nas - ele-king

「路上にないものは、すべて偽物で、猿真似である。つまり、”文学”に過ぎない」ヘンリー・ミラー『黒い春』

 一生を放蕩と創作に捧げたNY生まれの作家、ヘンリー・ミラー(1891-1980)は、ブルックリンでの少年時代を振り返った『黒い春 Black Spring』の冒頭部分に、こんな言葉を置いている。『黒い春』を初めて読んだとき、20世紀初頭のNYの下町の生々しい情景描写の連続に、頭がくらくらするようなめまいに襲われた。だが、その感覚は前にも経験したことがあった。それは、Nasの『Illmatic』を初めて聴いたときに襲われたのと、まったく同じ感覚だったからだ。
 『Illmatic』には、作りものではない、模倣ではない、路上の言葉が溢れている。しかも、リアルな肉声と息づかいをともなって。このアルバムを聴けば、「ハードコア・ラップ」というものものしい名前で呼ばれる音楽がどんなものか、身に沁みてわかる。肌を刺すように寒々しく、切迫感にあふれ、そのわずかな隙間に、とてつもなく繊細で美しい瞬間が訪れる。いまから20年前、20歳そこそこのアフロ・アメリカンの不良少年が綴った「痛みの作文 composition of pain」は、それまでのラップのあり方そのものを変えた。オリジナル・タイトルのリリースから20周年を記念してリイシューされた『Illmatic XX』は、いまでもUSラップ史に燦然と輝くNasの驚異的なデビュー・アルバムに、当時のレア音源をパッケージした豪華版ダブルパック・アルバムだ。この記念盤の発売にあわせて、『Illmatic』制作秘話に迫ったドキュメンタリー映画、『タイム・イズ・イルマティック』も封切られている。

 映画『タイム・イズ・イルマティック』は、その前半部でNasのパーソナル・ヒストリーを振り返るにあたって、1980年代にアメリカ都市部のアフロ・アメリカンが置かれた苦境を赤裸々にえぐり出してみせる。1973年生まれのNasことナシア・ジョーンズが青春期を過ごした80年代は、レーガン革命にはじまるレーガノミクス、そして父ブッシュの容赦のない福祉予算の切り捨てによって経済格差が拡大し、アメリカの貧困層がボロボロに疲弊した時代だ。Nasが育ったクイーンズを含むNYの都市部ではすでに、治安悪化を嫌った白人住民たちの郊外への脱出──いわゆる「ホワイト・フライト」──が起きており、黒人住民たちは半ば人種隔離された状態にあった。「プロジェクト」と呼ばれるインナー・シティの低所得者向け公営住宅では、苛性ソーダを混ぜて精製される安価で劣悪なコカイン、クラックが蔓延する。オールド・スクールの陽気なパーティの感覚は、殺伐とした空気によって駆逐されつつあった。11歳で両親の離婚を経験し、8年生で学校をドロップアウトしたNasも、ドラッグの売人として過酷な環境を生き抜くかたわら、フッドの子供の典型に漏れずラップ・ミュージックにのめり込んでいく。やがて売人の仕事を続けることに葛藤を抱いたNasは、プロジェクト内の些細ないざこざから兄弟同然の親友が目の前で射殺された事件を直接的なきっかけに、急激に内省の季節を迎えることになる。

 いつも不機嫌そうな顔でプロジェクトをうろつく少年の飛び抜けた才能に周囲が気付くまで、あまり時間はかからなかった。いわく、「神と悪魔について歌う子ども」。カーハートのジーンズにオーバーサイズのTシャツ、ティンバランドのブーツを履いた痩せぎすなNasは、黒い肌をしたヘンリー・ミラーであり、ゲットー生まれのボードレールだった。実際、映画は膨大な数の関係者にインタヴューを重ね、偉大な詩人や作家としてのNasの姿を浮かび上がらせることで、ハーバードでの会見うんぬん……という大団円的なエンディングをうまく演出している。だが、そこで描かれる「ゲットー出身のスーパースター」という典型的なアメリカン・ドリームの筋書きよりも興味深いのは、Nasが実直な母親とジャズ・ミュージシャンの父を持ち、その離婚後もプロジェクトの中では比較的裕福で文化的にも恵まれた環境で育ったという事実だ。彼はポケットに拳銃を忍ばせて夜な夜な路上でドラッグを売りさばくプッシャーであると同時に、学校をドロップアウトしてからも独学でクルアーンや聖書、中国哲学やマルコムXについての著作を熱心に読みふける、知識欲の旺盛な少年でもあった。

                 *

 そして1994年、『Illmatic』はリリースされる。当時の政治/社会状況をあわせて考えれば、この年がどんな意味を持つのかは明白だ。長く続いた共和党政権の時代が終わり、やがてITバブルの波に乗って高らかに「ニュー・エコノミー」の到来を宣言することになるクリントン民主党政権が誕生した翌年に、このアルバムは発表されたのだ。USラップの通史では、『Illmatic』は当時全米を席巻していたDr.ドレーやスヌープ・ドッグら、西海岸のGファンク勢への東海岸からの応答と考えられている。だが、より広い文脈でみれば、このアルバムは、インナー・シティの荒廃の中に置き去りにされたゲットーの若者が、好景気に浮かれるアメリカの腹部に撃ち込んだ、復讐の銃弾だった。彼はその卓越した詩的技巧によってゲットーの現実を容赦なく暴き出したが、それはポリティカルな告発というよりも、ありったけの殺意を込めた呪詛に近い。ひと世代まえのラッパーたちが「ゲットーのCNN」(チャックD)のリポーターだったとすれば、Nasはリポートされるその現場に立ち尽くす、事件の当事者だった。彼は血痕の残る事件現場に張り巡らされたイエロー・テープの、その向こう側からラップしていたのだ。

 東海岸の王位を継承するこの若き嫡子を世に送り出すため、プロデューサーには当時のNYを代表するアーティストたちが総結集した。このアルバムを聴いてまず驚嘆するのは、やはりそのバック・トラックの素晴らしさだ。SP1200やMPC60などのローファイなサンプラーで叩き出されるざらついたビート、そのうえでときに不穏に、ときに奇跡的な美しさでコラージュされる往年のジャズやソウル、ディスコの断片……だが、その珠玉のトラックにのせ、銃器やドラッグ、犯罪、生と死について歌うNasの声に、浮ついた雰囲気は微塵も感じられない。憤りや高揚感、悲しみや愛情といった鮮烈な感情が、プリズムを通した光の層のように純化され、暗号めいた表現の裂け目から次々と吹き出してくるのみだ。たとえば、同年にリリースされたノトーリアスB.I.Gの『レディ・トゥ・ダイ』と比べれば、その徹底してタイトで荒削りなサウンド・プロダクション、複雑な韻や抽象的な比喩表現も合わせて、どこか聴く者を突き放すような印象さえ与える。盟友AZ、実父オル・ダラと共演した"ライフ・イズ・ア・ビッチ"の刹那主義の影には、振りきろうにも振りきれない死の匂いが濃厚に漂っているし、アーマッド・ジャマルのピアノ・リフに乗せた"ザ・ワールド・イズ・ユアーズ"の生の讃歌の裏側には、産まれては消える命の儚さへの諦観が、まるで血糊のようにべっとりと貼りついている。たとえそのサウンドの享楽にただ酔いしれるだけの快楽主義者の鼓膜にさえ、「独りで産まれ、独りで死ぬ/俺の王冠と玉座を継ぐ者はいない(Born alone, die alone/No crew to keep my crown and throne)」といったライムが、針のように鋭く突き刺さる。当時の有名なインナースリーヴの集合写真に写っていたNasのフッドの仲間たちのほとんどは、20年後のいま、死ぬか、刑務所への出入りを繰り返しているそうだ。なぜデビュー当時のNasがあんなにも冷めた目をしていたのか。
 あまりに早く現実の残酷さに直面せざるをえなかった早熟な少年の原風景が、ここにあますことなく焼きつけられている。『Illmatic』は、リリース当時こそアメリカのヒップホップ専門誌「ソース・マガジン」で最高評価の5本マイクを獲得し、最終的にはプラチナ・アルバムも達成するものの、その孤高な佇まいゆえか、アメリカ本国でさえ批評家筋からの評価に見合うだけのセールスを上げることはできなかった。20年のときが経ったいまでも、このアルバムの貌は、ひどく孤独だ。

 今回新たにマスタリングされたリイシュー盤、とくに未発表音源は最高に胸が高鳴るものだったし、貴重なインタヴューと映像が満載のドキュメンタリーも悪くない出来ばえだった。だが、この記念盤を聴き、映画を観た後の率直な感想を正直に告白すれば、それらの要素は、この作品の本質にはほとんど関係がない、というものだ。ノイズだらけの粗悪な音質だろうが、Nasのパーソナル・ヒストリーやアメリカの現代史についての知識をまるで欠いていようが、そんなことはたいして問題にはならない。張りつめたタイトロープのようなビートにのって矢継ぎ早に押し寄せてくる膨大な言葉を丹念に追っていくだけで、20歳のNasが呼吸していた当時のクイーンズの荒涼とした空気を、その匂いを、その味を、その色彩を、そのざわめきを、鮮明に感じることができる。
 『Illmatic』で描かれているのは、90年代初頭のNYの黒人ゲットーという、ひどく特殊な、狭い世界だが、そこに込められた感情は普遍的なものだ。ゲットーはいまでも、世界中どこにでもある。弱者が虐げられ、人間の生がたやすく引き潰され、死者たちの声がこだまする場所。だが、決して歴史に残らないはずのそんなゲットーに、たったひとりの天才が生まれたことで、このアルバムは誕生した。この世の極北で錬成された音と言葉は、ゲットーとはほど遠い、物質的には恵まれた生活を送る人間の心の奥底の闇とさえ、密かに共振するだろう。これは、アメリカのラップ・アートの最高傑作のひとつであるだけでなく、人類社会の抱える不変のカルマを永遠に結晶化させた、闇の文化遺産でもある。

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 最後に、2014年の日本でNasの『Illmatic』を聴く意味について書いておこう。1980年代から90年代にかけて、アメリカの最新の音楽としてラップ/ヒップホップ文化を果敢に受容したこの国のパイオニア達にとって、Nasが引き絞るような声で吐き出した「この世は地獄と変わらない/だが俺は耐えなければ(Life is parallel to hell, but I must maintain)」というラインは、どこか他人事のように響いたはずだ。が、「構造改革」と呼ばれた「20年遅れのレーガン革命」を経験し、震災後の混乱と経済停滞が長引く現在の日本で、Nasの言葉はより切実なリアリティをもって聴かれるだろう。いまや日本の相対的貧困率は先進国中、アメリカに次いで第2位だ。ひとり親の現役世帯の貧困はワースト1位、子どもの貧困率も過去最悪を更新した。アメリカのような人種隔離されたゲットーが日本には生まれないとしても、この数年に出版された壮絶なルポタージュのいくつかを読めば、「一億総中流」の神話がもはや遠い過去の遺物になりつつあることが、ありありと実感できる。前世紀の終わり、この凶弾のようなアルバムを撃ち込まれたアメリカの腹部は、その傷口からまだ生々しい血を流し続けている。その鮮血を恐怖映画でも観るように眺めていられた幸福な時代は、どうやらもう終わったようだ。

 願わくば、Nasの音楽やこの映画が、オールド・スクーラーたちのかつての青春のノスタルジーとして消費されるだけでなく、今この瞬間を生きる、これまでNasなど聴いたこともないような新たな人間に届けばいい。スクリーンの中の20年前のNYに焦がれるのではなく、現在進行形でますますタフになっていく、この国の現実と向き合う手がかりになればいい。『Illmatic』には、容赦のない痛みとともに、不屈の精神の息吹が刻まれている。過酷な現実に打ちのめされた若者が、それでもなお服従を拒否し、自分と自分の仲間以外の何者も信じない不遜な顔つきで、この世のすべてに否定を叩きつけている。ニヒリズムと背中合わせの情熱に突き動かされて、彼は世界をひっくり返そうとしているのだ。
 決定的な処女作を出してしまった表現者の誰もが抱える宿命的な困難は別にしても、こんなぎりぎりの博打のような作品は、Nas自身にさえ、二度と作ることはできない。絶望的な状況にある人間を救えるのは、癒しや慰めではなく、自分自身の力への強烈な自負と、引き絞るような自尊心だけだ。自らの肉体と精神のみしか賭け金を持たなかったNasのこの「戦いの手記」は、そのことを何よりも真摯に突きつけてくる。彼の声は虚弱な魂にいったん死を与え、もう一度力強く蘇生させる。

 94年のクイーンズのプロジェクトから届けられた不朽のメッセージは、真っ黒な円盤に、磁気テープに、銀色のプラスティックに、そしてデジタル・データに変換され、現在に至るまでこの地球上のあらゆる場所で何億回と再生され続けている。ヘッドフォンを耳にあて、再生ボタンを押せば、またあの声が響く。生き続けろ、創造し続けろ、おまえの心臓が止まるその瞬間まで。20歳のNasは変わらずそう歌い続けている。
 その急き立てるような声に応答することは、ノスタルジーのぬるま湯につかって昔を懐かしむことでは、もちろんない。オールド・スクーラーたちの思い出話は半分ほど聞き流し、いまだ音楽を社交とパーティの道具としか考えていない連中を鼻で笑い、とにかく、この音と言葉を鼓膜に流し込むことだ。
 たった10曲、39分と43秒だ。20年前、この40分にも満たない、たったの10曲が、古い時代の終焉と、新たな時代の到来を告げた。やがて音楽は終わり、静寂が降りる。だがこれは、何度でも繰り返す終わりと始まりの予兆だ。その終幕の静けさは同時に、これから訪れる新たな時代の予感でもある。すべてが、たったいま始まったばかりだ。決して目は閉じるな。死の従兄弟である眠りにはつかまるな。愛する者の心臓にくちづけ、ハーブの煙の酩酊のなかでまた罪を犯せ。疲労と汗のぬかるみを乾かし、性懲りもなく無謀な賭けに出ろ。歓喜の勝ち名乗りを上げ、敗北の感覚にひざまずけ。この繰り返す短い永遠のなかで、うつろう生の瞬間を両手につかみとれ。──フーズ・ワールド・イズ・ディス? 明らかなことだ。世界はおまえの手の中にある。

Madalyn Merkey - ele-king

 2年ぶり。2作め。前作と同じくダックテイルズのレーベルから。「待った」という感じは以前よりもなかった。サウンドクラウドに上がっていた音源を片端からダウンロードし、とりわけ「スリープ」を繰り返し聴いていたころはマテリアルに落とし込まれるかどうかも定かではなく、『セント(Scent)』がリリースされると知ったときは、自分の好きな音楽とレコード産業には接点があったのかという驚きのほうが大きかった。2作めはつまり、その「接点」が保たれているという保証のような感覚が先に立つ。それは音楽を聴くときにはむしろ雑音になる。ジャム・シティがかつてインタヴューで「(レコーディングのときに)いちばん難しかったのは、自分自身がクリアになること」と話してくれたけれど(『ele-king Vol.9』)、それは大なり小なりリスナーにも当てはまる。作家性ほど音楽自体にとって邪魔なものはなく、語るのに楽なこともない。それぐらい『ヴァレー・ガール』というアルバムを静かに聴きたいと願いながら、なかなか果たせない。かつてとは意識とマテリアルが逆の位置でズレている。

 最初に感じたことはアンビヴァレンスな志向性を持っているということだろうか。この1月に妙な予感でも働いたのかオランダで『セレクティッド・ アンビ ヴァレント・ワークス'05-'12』というアルバムを出した人がいたけれど、実際にはそれほどアンビヴァレントな価値観をプレ ゼンテーションしていたわけでもなかったのに対し、『ヴァレー・ガール』はシンプルながらかつてのようにひとつの志向性に束ねられることはなく、ミュージック・コンクレートの時期によくあったような不条理感を通奏低音としながらも(それだけだと単純な模倣になってしまう)、不条理とはまったく異なるサウンド・エフェクトが微妙に采配されている部分はかなり新鮮だった(オープニングはとくに素晴らしい交錯を体験させてくれた→https://soundcloud.com/new-images/madalyn-merkey-archipelago-1)。そして、それが次第にかつての不条理モードをブラッシュ・アップしたかのように表情だけを変えて収束の方向性に傾き、最終的にはかなりアカデミックな領域に没入していく。ポップ・ミュージックの断片もない。これがミュージック・コンクレートを上書きするという意図のものならば、それを解析する力量は僕にはないので、これ以上は放棄するしかないけれど、せっかくのメデリン・マーキーなので、もう少し食い下がってみよう。だんだん自分がクリアになってきた気もするし。

 このアルバムは「農業と景色」にインスパイアされたものらしい。農業といっても素朴な側面もあれば、モンサントの遺伝子組み換え作物をインドや中国が追放し、アメリカに30億円以上のダメージを与えたとか、思いつくフェイズがさまざまで、どの部分を指しているのかぜんぜん感得できないものの、『ヴァレー・ガール』というタイトルや全体のサウンドから察するにどこか神秘的ながら労働の辛さを感じさせるようなところもある(だから不条理?)。はじまりは「アーキペラーゴ(群島)」だけど、締めくくりは「プルート(冥界)」だし……(農業から「死」が見えてくるとは?)。ちなみにモンサントは昔ながらの品種の改良に立ち返り、新種の野菜でまたしても注目を集めている。ヴェトナムに撒かれた枯葉剤の会社だけに、ホントに逞しいというか。

 ティム・ヘッカーが『ヴァージンズ』(2013)のインスピレイションは新藤兼人監督『鬼婆』(1964)だというなら、『ヴァレー・ガール』はそれこそ同監督による代表作『裸の島』(1960)で、同作でも濃厚に描かれていたように農業にはハレとケの「ケ」を強く意識させるところがある。「ケ」、あるいは、ストレートに「退屈を音楽にしたい」と言ったのはフィッシュマンズで、日常性にも地域によって相当な差があるだろうから一概には言えないとしても、ミュージック・コンクレートの再現として聴いても『ヴァレー・ガール』はここではないどこかへ移動するという感触はなく、積極的に「ハレ」を遠ざけているといえる。もっといえば人間の感情を通したものの見方もやめて、空気になりきろうとしているという感じだろうか。「描写」から「主体」を消すというのもミュージック・コンクレートの時期にはひとつの課題だったけれど。

 あるいはレイヴ・カルチャー以降の身体性をドローンに持ち込むのがゼロ年代のスタイルだったとしたら、かつてブライアン・イーノがプログレッシヴ・ロックの狂騒から平凡な日常性を奪い返そうとしたように(詳しくは『アンビエント・ディフィニティヴ』序文)、USアンダーグラウンドをポスト・レイヴへ誘おうとするものにも聴こえなくはない。レイヴ的な身体の否定ではない。やはり呼吸の間隔などにはレイヴ以降の細切れな区切り方が目立つし、もう一息でトリップへ誘うギリギリのニュアンスは残っている。しかし、最後のところで没入させることを避けているようなところは確実にあり、チル・アウトでいえばワゴン・クライスト『ファット・ラブ・ナイトメア(Phat Lab. Nightmare)』(1994)が醸し出していた曖昧なムードを思い出させる。どこかストイックで、飛行機が墜落するようなことがあっても流れつづけることができるとした『ミュージック・フォー・エアポート』(イーノ)に対して、そういった意味での「無害なBGM性」を踏襲するところもない。なんというか日常でも非日常でもなく、僕には馴染みのない場所に連れて来られたというしかない。

 ネオ・クラシカルのデヴィッド・ムーアが今年、ビング&ラス(Bing & Ruth)の名義でリリースした『トゥモロー・ワズ・ザ・ゴールデン・エイジ』(〈RVNG Intl.〉)はアカデミックな領域にありながら、掛け値なしに気持ちよく響き渡るサウンドを展開していた。モートン・フェルドマンやブライアン・イーノにインスパイアされたという触れ込みはむしろマイナス要因にしか思えず、それこそ今年だったらゴラ・ソウ(Gora Sou)やA・r・t・ウイルスンといったポップ・ミュージックと完成度を競い合ったほうがいいような気がするぐらいに。そう、デヴィッド・ムーアとメデリン・マーキーは立場を入れ替えた方がどちらもすっきりすることはたしかだろう。日本と違ってアメリカにはもはや在野とアカデミックに明確な線引きは存在していないというならば、それはもう、そうかというしかないけれど……。

interview with Ben Frost - ele-king


Ben Frost - Aurora

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 ベン・フロストは、激情の人であり理知の人である。彼の腕には黄金律のタトゥーがある。ムダのない完璧なものを愛するということだろうけれども、その愛し方にはどこか理屈におさまらない過剰さが感じられる。ベン・フロストは矛盾の人でもある。
 しかしその矛盾はいつしか円になって膨大なエネルギーを生む。

 オーストラリアの実験的音響レーベル〈ルーム・40〉より2003年にデビュー・アルバムをリリースし、その後アイスランドに移住、エレクトロニカあるいはポスト・クラシカルの文脈においてアルバムを重ねてきたプロデューサー、ベン・フロスト。近年では映画のサントラやバレエなどの舞踏のための音楽などを手掛けることが増える一方で、大きく注目を浴びたティム・ヘッカーの『レイヴデス1972』(2011)、『ヴァージンズ』(2013)にエンジニアとして参加するなど、その力量の幅を示してきた。

 アルバム・リリースについても、2009年の『バイ・ザ・スロート』の後はサントラがつづくため、このたびの『オーロラ』のような個人的な作品は久しぶりの制作となる。『セオリー・オブ・マシーンズ』収録の“ウィ・ラヴ・ユー・マイケル・ジラ”というタイトルに顕著だけれども、インダストリアル的なアプローチへと接近してきたかにも見える彼が、その久方ぶりのフル・アルバムを今年〈ミュート〉からリリースするというのは、時流と彼自身の個人的な創作モチヴェーションとの幸福で鋭い交差を意味していると言えるだろう。

 とはいえ、硬質で理性的なイメージの裏側に熱くたぎるエモーションを爆発させる、フロストのロマンティシズムは健在だ。今作のモチーフのひとつとして「コライダー(加速器)」が挙げられているが、円形軌道を描いて加速する荷電粒子、そこから生まれる爆発的なエネルギーのイメージは、そのまま音の喩となり説明ともなろう。彼の音楽はハイ・カルチャーからのアプローチを受けつつも、その芯にあっては敷居の高くないものだ。もっとポップでもっとドリーミーな轟音──エクスプロ―ションズ・イン・ザ・スカイや65デイズ・オブ・スタティックといった激情系マスロック・バンドから、シガー・ロスのファーストの若い衝動にまで通じるみずみずしさがその奥に押しこめられている。

 理詰めを加速して感情の爆煙となった音響。音楽は円を描くと彼は言ったが、彼の論理とエモーションもまた円を描いて発熱する。90年代の先に2000年代の黎明の再評価の機運が見えつつある昨今、ベン・フロストが鮮やかにシーンへ帰還した。

オーストラリア出身、現在はアイスランド・レイキャビクを拠点に活動するプロデューサー。ティム・ヘッカーやブライアン・イーノ、ヴァルゲイル・シグルソン(〈ベッドルーム・コミュニティ〉)、コリン・ステットソン、スワンズらとの共作で知られ、最近ではVampilliaの新作『my beautiful twisted nightmares in aurora rainbow darkness』のプロデュースも手がけている。5年ぶりのフル・アルバムとなる2014年作『オーロラ』には、スワンズのソー・ハリス、ブルックリンのブラックメタル・バンド、Liturgyの元メンバーであるグレッグ・フォックスなどが参加する。


今回のアルバムはおもに「光」を題材にしているんだ。そしてそれはエナジー──内省的なものではなくて外に向かってどんどん拡大していくべきものだと思っている。

あなたにとっては少し古い話になるかもしれませんが、『スティール・ウーンド(Steel Wound)』(2003年)をリリースされた頃は、あなたの音楽にはもう少しゆるやかな、ギター・アンビエントといった雰囲気がありました。そこから時間が経って、何作も経て、今回はすごく音の詰まったものになっていますね。
 人は年をとるほど余白を生んでいくものかとも思いますが、今回あなたの音の余白を埋めているものは何なんでしょう?

BF:10年以上前になるけれども、もともと私はオーストラリアのメルボルンに住んでいたんだ。そこは、たとえばこの渋谷にも似ていて、すごく人口密度の高いところだった。建物もたくさんあるし、街自体が、凝縮された濃密な空間だったんだ。何もかもが濃厚というか。街の景色を思い出してみても、どこにも隙間がない。そういうところに住んでいたぶん、自分のなかでもバランスを取ろうと思っていた部分が大きかったんじゃないかな。私は若かったし、いろいろと混乱する部分もあった。安定してなくて、自分の心が平らな状態ではなかった。だからこそ、自分のなかのでこぼこした部分を研磨するような、そんな気持もあったんじゃないかと思うよ。外の環境に対して補正をしていきたいというか。その頃の自分には、外的なものから圧迫されるような感覚があったんだ。そして、それをなんとかして押し返したいという欲求もあった。
 それに比べると、いまは住んでいる環境もちがうし、歳をとることによって自分の感情をコントロールすることもうまくなった。そうしたことが、いまのアルバムに反映されているんじゃないかなと思うよ。

なるほど。この作品はアトラス・プロジェクトという、「ラージ・ハドロン・コライダー(大型ハドロン衝突型加速器)」(※)という装置を用いた実験にインスパイアされたものだともおうかがいしたのですが、今作の音の激しさには、個人的な背景とともにそうしたモチーフも関係しているということでしょうか。

※2008年に完成。史上最高のエネルギーを生み出す装置と言われている

BF:たしかに、ラージ・ハドロン・コライダーからはインスパイアされた部分がある。今回のアルバムはおもに「光」を題材にしているんだ。そしてそれはエナジー──内省的なものではなくて外に向かってどんどん拡大していくべきものだと思っている。具体的にコライダーのどの部分からインスピレーションを得たというようなピンポイントでの影響はないけれども、すべてがつながっているんだよね。リズムというのはつながってできているものであり、サウンドも同様だ。そのなかのひとつだけをとってきても意味はない。つながっているからこそ意味があるのであってね。

リズムでもサウンドでも、基本的には円を描いているものだと思う。

 リズムでもサウンドでも、基本的には円を描いているものだと思う。それらが円を描きながら音楽を構成している。たとえば、完全なる円があると仮定するならば、そこにあるのはテクノのような均一なビートだろうね。しかし、その円をすごくゆがめてみることで生まれる複雑性もあるだろう。しかし音楽自体は円。そしてコライダーも形状的にくっきりとした円のイメージがある。そして、あれは何か新しいものを探したいという実験でもあった。ふたつのものが衝突するからこそ生まれてくる新しいものをね。……というところで今回の作品につながってくるんだ。ふたつのものが衝突して生まれてくる新しいエネルギーという。

なるほど、あの過密な情報量とエネルギーを持ったアルバムとコライダーの比喩はすごくよくわかるんですが、一方に「光」というテーマもあるわけですね。ラージ・ハドロン・コライダーという装置は、ブラックホールを生み出しかねないものだということなんですが、そうすると、光と闇、この世のすべてのエネルギーを持つかのようにイメージがふくらみます。

BF:宇宙は、じつはブラックホールの中に存在しているという説があるんだ。ギャラクシー自体も、トイレの渦なんかと同じで、すべていっしょの方向に回っていっているってね。だから、あらゆる磁場が同じ方向に回っていることによって、宇宙の均衡が保たれているのかもしれない。その意味では、ブラックホールの中にあらゆる情報量が詰まっているというような考え方はアリかもしれないね。
 自分が好きなアーティストなんかを思い浮かべてみると、抽象的で不確かな部分を抱えながら、それを具現化する手段として音楽を用いている人が多い。それはたぶん自分自身にもあてはまる。まだ私自身にとっては、その不確かなものを形にすることを完璧にはできていないんだけど、年齢を重ねるにつれてどんどんと手段を得ているような気はするよ。

想像の追いつかない世界ですね……。年齢とともにバランスがとれてきたということでしたが、まるで青春期の心象風景であるかのような激しさも感じました。

BF:うーん……、そうかもね。

あ、ちょっと違いますか(笑)。

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リズムに頼るというのはもっとも安直な方法のひとつだと思うんだ。リズムの内側に自分自身がいる、それが今回の作品だよ。

ではちょっと話題を変えましょう。あなたの作品は、曲やタイトルまですごく理知的にコンセプチュアルに作られているようでいて、同時に激しさや、感情的でロマンチックなものなどが噴出しているようにも思われます。ご自身ではよりどちらの性質が強いと思っていますか?

BF:エモーショナルな部分もコンセプチュアルな部分も両方あるよ。アートっていうものについて自分自身が高度な教育を受けたわけではないけれど、私には、自分の中のアートな部分がヴィジュアル的で立体的に見えている。そして、きちんとコンセプトを立ててそれらをかためていくことが好きなんだ。それによって自分のなかのどこにどういう引出しがあるのか、そこに何が入っているのかを確認することができる。
 たとえば、コンセプトに比重を置きすぎると頭でっかちになると批判する人がいるけれど、私はそっちに偏りすぎない自信があるんだ。むしろ自分の感情をきちんと使っていくためにコンセプトが必要だという感じかな。
 アルバムを作るからには、ちゃんとしたものを作りたい。その意識はすごく強いと思う。出すからにはよいものを……不要なものは出したくないんだ。世のなかには不要なもの、どうでもいいものがすごくたくさんある。音楽にしても、人は似たようなものを量産しがちだけれども、はっきりいってそんなものは作りたくない。自分が伝えたいことが入っていること、何か新しいものであること、それが必須だよ。だからたとえ何年かかろうと、それがないことには次のアルバムを作らない。いちばんよくないのは「そろそろ時期だな」って思って制作することだね。
 これは世に出さなきゃいけないと認識できるものじゃないと──もし先に誰かがやっていると思ったら、今作だって出していないよ。新しいエレメントを世界に提案したい、その姿勢は確実に必要なものだね。自分に才能があるとかっていうことではなくて、発信者であるというスタンスは譲れないものだよ。

コンセプトに比重を置きすぎると頭でっかちになると批判する人がいるけれど、私はそっちに偏りすぎない自信があるんだ。むしろ自分の感情をきちんと使っていくためにコンセプトが必要だという感じかな。

なるほど、新しいエレメントというところでは、今作では明確にリズムやビートというものが意識されているように思われますが、いかがでしょう。“ノーラン”や“ザ・ティース・ビハインド・キッシーズ”“セカント(scecant)”なんかの、ビートというよりも鉄槌を振り下ろすような打撃の感覚はどこからくるものなんでしょうか。

BF:その3つの曲については、とくに燃料が投下されて燃えあがっていくようなエネルギーが感じられるかもしれないね。ただ、これまでは基本的にリズムを音楽の中心に据えることを避けてきた。というのも、リズムを中心とする音楽にはすごく長い歴史がある──石器時代にさえあっただろうからね。それはものを叩いて音を出して高揚感を得るという古くからあるスタイルであって、だからリズムに頼るというのはもっとも安直な方法のひとつだと思うんだ。
 指摘してくれた3曲については、苦い薬でも砂糖をまぶせば飲めるように、そのまま差し出すと難解すぎるものについて、少し手を加えて咀嚼しやすくしようとした部分があるんだ。そういうガイドとしての役割を果たしているのがこれらの曲におけるリズムだと思うよ。音楽を作るときは、自分自身のために作っているし、自分自身が感動するかどうかを指針にしているから、オーディエンスのことは頭から外している。自分自身が曲作りの中心にいる、リズムの内側に自分自身がいる、それが今回の作品だよ。

リズムの内側に自分がいる……たしかに、外在的なビートではないかもしれませんね。

BF:それに、今回はアルバム全体の長さがやや短いんじゃないかと思う。多くの人はひとつのアルバムの中でアップダウンを作って、息抜きをさせたり長く聴かせるストーリー性を持たせようとしたりするよね。だけど私はそういうのが嫌なんだ。息抜きは聴く前か聴いた後にしてほしい。とにかくアルバムのあいだはぎゅっと凝縮したものでありたいと思う。
 オーロラというのは、じつはひとつの物質なんだ。それをいろんなアングルから見ている。曲によってアングルがちがって、寄りで見ているものがあったり、引きで見ているものがあったりする。でも根本的にはひとつの物体をいろんな角度から見たのがこのアルバムなんだよ。

もしかしたらいま言っていただいたことと重なるかもしれませんが、あなたのフィールド・レコーディングに対するスタンスをおうかがいしたいです。フィールド・レコーディングにおいては「何を」録りたいと思いますか? 素材なのか、感情なのか、土地の文化なのか……。今回は2011年から2013年までの、コンゴやニューヨーク、あるいはアイスランドなどで採音したとのことですね。

BF:いろんな国に行ったんだけれども、フィールド・レコーディングは、その国々を点と点でつないで、隙間を埋めていくようなものだったと思うよ。ドラマ『ツイン・ピークス』の最初のほうの場面で、エージェントのクーパーがダイアンに電話をかけて言うセリフに、とても印象に残っているものがある。「自分の家を離れたら、環境をコントロールする力はそこで100%失われる」──というようなね。でも現代社会においてはもうそうではないような気がするんだ。インターネットがあればいつでもどこにいても友人や家族に連絡できるし、Facebookなんかもそれを手助けよね。それはまるで、自分の環境を連れて世界中を回るようなものだよ。だから、僕自身の世界体験もそうなんだ。コンゴであれどこであれ、そこでした経験はいろいろあって、見たもの聞いたもの味わったものもたくさん存在するけれども、そこにあるものをそのまま反映するという意味でのリアリティを掴み出したいわけではない。そんな究極のリアリズムは持ち合わせていないんだ。もっと、自分なりのリアリティを生み出す手助けになるもの、もしくは自分の中で咀嚼して生み出す新しいリアリティというべきもの、それから、見たままではなくて本来そうあるはずの物事の姿……それを自分の得た経験の中からアダプトしていくというのが、私のフィールド・レコーディングだよ。

なるほど、モバイル・コミュニティというか、人との関係性のなかに世界がすっぽり入ってしまうというか。

BF:ははは、そうだよ。それはとてもコントロール過剰な世界さ。

Chim↑Pom展 - ele-king

会期:2014年11月1日(土)~11月29日(土)
会場:無人島プロダクション
135-0022 東京都江東区三好2-12-6
info@mujin-to.com  www.mujin-to.com
Open:火~金|12:00-20:00
土・日|11:00-19:00
Closed:月(11/10、17) ※11/3、24はオープン

Chim↑Pomの無人島プロダクションでは3年ぶりとなる個展が開催されます。
どこまで一般公開できるか微妙ですが、凄い内容の展覧会になりそうです。

無人島プロダクションでの個展開催は、2011年 の「REAL TIMES」「SURVIVAL DANCE」以来、3年ぶりです。今回も、ギャラリーフロアのみならず、エントランス部分や天井裏、事務所領域まで 使ったインスタレーションを展開します。

本展の展示のキーワードは「ボーダー(境界)」です。
2011年の2つの個展と、2012年にChim↑Pomがワタリウム美術館でキュレーションした「ひっくりかえる」展、そして現在進行 中のプロジェクトで、2015年福島の帰還困難区域内で開催する「見ることが できない」国際展「Don’t follow the wind」を進めていくうちにChim↑Pomは「ボーダー」という概念に着目しはじめたといいます。
また、今夏NYでChim↑Pomは「展覧会を キャンセルする」ビデオインスタレーション「コヨーテ」を発表しました。「コヨーテ」は、Chim↑Pomメンバーのエリイが抱えるアメリカへのイミグレーション問題という事実をベース に、1974年にヨーゼフ・ボイスがアメリカで行ったパフォーマンス「コヨー テ-私はアメリカが好き、アメリカも私が好き」を引用した作品です。
隠語で「コヨーテ」と呼ばれるメキシコからの密入国斡旋業者の存在を作品内に示しつ つ、9.11以降のアメリカのセキュリティ強化やイミグレーション、不法移民 の問題など、ボイスのパフォーマンスからちょうど40年後の現在のアメリカが 抱える問題を「外から」浮き彫りにした作品も「ボーダー」についてChim↑Pomが考えるきっかけとなっています。
さらに本展でChim↑Pomは、「ボーダー」を考察するキーとして、「パズル」と「パラドックス」を展示の 重要な構成要素と捉えています。
パズルのピースは、「SURVIVAL DANCE」展以降、たびたびChim↑Pom作品に登場しています。
2011年 にはじめて登場した際には、世相を反映した「ピースが崩れた」という、ホワイトキューブのギャラリーの壁がパズル状にばらばらに切り 取られ壊された作品を 発表しましたが、今回はギャラリーから切り出したピースを国や歴史、文化が異なるバラバラな場所へと移植し、代わりにそこから同じ形 に切り抜いたピースた ちをギャラリーに運び入れ繋ぎあわせることで、「壊れたピース」の再生・修復を試みます。
し かしやはり同時に、現実にはさまざまな異なる二者を分けるボーダーは歴然と社会に存在し、近年その境界線━たとえば領土問題、アート と猥褻、都市と田舎、 福島の帰還困難区域など━はどんどんはっきりと規定され、そしてそのボーダーの壁はグローバリズムの中で価値観が均一化されてきた中 でも、さらになお高く なってきているようにも思われます。
今回Chim↑Pomは、国境や帰還困難区域、リーガルとイリーガルといった、歴史や社会状況で変化 する現実の事象だけでなく、思想や生と死といった概念のボーダーや、文化や言語の違いについての考察も新作を通して行います。
社会に表現者として真っ向から対峙しているChim↑Pomが、さらに大きな広がりをもったことを本展で確かめていただけることでしょう
今回ギャラリーの入口は封鎖されたような構造になっています。
それを外と中の境界線ととるのか、アートの敷居の高さととるのか。
是非、そして心してこのボーダーに足を踏み入れてください。
※ある問題を論理学のうえで解を求める場合、その問題は3種(あるいは4種)
に分類されるという。すべてが整合した唯一の解が導ける「パズル」、それぞれに理の ある複数解が互いに矛盾する「ジレンマ」、論理的に解けそうでいて不思議と解答が見つからない「パラドックス」です(もうひとつは、 とんちが必要ななぞなぞのような「リドル」)。

Mohammad - ele-king

 ある種の「新しい音楽」を聴いていると、リアルな世界崩壊の予感・予兆の聴きとってしまうとの同じくらいに、新時代の「神話」が新しいフィクションとして生成されていくようにも感じられてしまう。2013年にドイツの実験音楽レーベル〈パン〉からリリースされた『ソム・サクリフィス(Som Sakrifis)』が話題を呼んだギリシャ/アテネを拠点とするユニット、モハンマドも私たちをリアル/フィクションの境界線上に立たせてくれる存在である。

 ムハンマドは、ニコス・ヴェリオティスのチェロ(彼はデヴィッド・グラッブスと『ザ・ハームレス・ダスト』というデュオ・アルバムを2005年にリリースしている)、コティ・K.のコントラバス(彼はアテネの実験音楽の中心的人物であり重要エンジニアでもある)、イリオスのオシレーター(サウンド・アーティストとして多くの作品を制作、彼もまた〈パン〉などからアルバムをリリースしている)という編成による3人組のアヴァン・クラシカル/ダーク・アンビエント・ユニットである。そして、その経歴をみてもわかるようにギリシャの実験音楽シーンにおけるキーマンたちによるユニットなのだ。

 その音楽/演奏スタイルは独特である。ユーチューブなどにアップされている映像を観るとわかるのだが、左右に弦、中央にオシレーター担当というシメントリーな配置で演奏しており、その簡素な音響の交錯と相まってミニマリズムを強く喚起させるものだ。しかし同時にその楽曲は痛切なまでにエモーショナルでもある。軋み響くふたつの弦の響きによって、痛み、哀しみ、悲劇、受難が音響化されているような印象なのだ。その印象は、今年2014年に〈アンチフロス〉からリリースされた新作『ゾ・レル・ドゥ』においても変わらない。このアルバムの「悲痛さ」はただごとではない。世界の受難を一身に背負った者(いや世界自身への?)への葬送曲のようである。

 冒頭1曲め“ウルソ・ネスト(Urso Nesto)”はフィールド・レコーディング・トラックだ。まずヨーロッパの民族音楽らしきものも聴こえてくる。牧歌的であり、穏やかで平和な光景が想起される音の記録/記憶だ。
 しかしその平和な音の光景は、続く2曲め“グラーベ(Grabe)”によって、突如、立ち切られる。暴風のような弦の介入弦楽器がノイズ発生機のように軋み、暗く重い旋律が反復する。どこか古楽のような独自の調律が鼓膜を揺らす。
 3曲め“カビラー・メース(Kabilar Mace)”も、硬質な弦のアンサンブルで幕を開ける。まるでディストーションの効いたエレクトリック・ギターのようなチェロによる音響空間。なんという刺激的な音か。
 一転して、4曲め“マリク(Marik)”は静謐なストリングス・アンビエントからはじまる。不安定な揺れを孕んだ弦に、オシレーターから発せられる淡い電子音が重なり、しかし終盤では、またもダイナミック、そして不穏な旋律を弦楽器たちが奏ではじめるのだ。続く5曲め“コウニー・ア・ザワゾ・ヨ(Kounye A Zwazo Yo)”では先の曲を受けるかたちで、空間を切り裂くような旋律/音響の饗宴が展開するだろう。荒れ狂う過酷な冬を思わせる。
 6曲め“サマリナ(Samarina)”ではオシレーターの発する音からはじまり、すぐにチェロとコントラバスがノイジーな音響が発生させ、不安定な旋律を奏でるのだが、しかし、この曲においてある「変化」も聴きとることができる。ほんの少しの希望を感じさせるようなメロディが生まれているのだ。厳しい冬の終わりか、土地を追われた民族の旅の終局か。しかし弦に電子音がこれまで以上に強く絡み合い、この音楽=旅がまだ終わらないことを予感させもする。終盤、狂ったように鳴り響く弦のフリー・ノイズが一瞬鳴りわたり、そこに微かな虫の鳴き声/フィールド・レコーディングの音が重なり、そのままフィールド・レコーディング曲である7曲め“シガル(Sigal)”にシームレスに繋がっていく。
 “シガル(Sigal)”は、一曲めと円環するようなフィールド・レコーディング・トラック 。この曲は4分ほどあり単なる添え物ではない。冒頭のトラックと同じようにアルバムを構成する重要なエレメントである。虫の声ということは夏だろうか。厳しい冬の荒野から真夏への夜へ? ここで、音楽/音響が季節を一気に超えていく感覚が生まれている。このアルバムはトリロジーの1作めだが、続くアルバムへの予感も感じさせる見事な構成ともいえよう。

 クラシカル、ノイズ、ミニマル、ダーク、緊張、不穏、不安。私は、モハンマドのこのような音楽/音響に「ロック」を感じる。ではここにおいてロックとは何か。壊れたブルース=リフによる拘束的/快楽的な音楽の折衷的な生成である。本作において、二つの弦楽器が放出するノイズ・ミニマルな旋律は、まるでエレクリック・ギターのよるロック・リフのようなサウンドを発している。むろん本作にはギターもドラムもヴォーカルも入っていない。ノイジーなチェロとコントラバスと電子音のみ。だがそれゆえ瀕死のロック・ミュージックのようにも聴こえるのである。極限まで痩せ細り、乾いた音響・轟音による最後のロック・ミュージック。〈パン〉よりリリースされた前作『ソム・サクリフィス(Som Sakrifis)』をダイナミックに推し進めた作品といえよう。

 そして何より重要なことは、その瀕死のロック的な音響には、西欧音楽や西洋の時代の「終焉への無意識」が、はっきり刻印されているのである。彼らはギリシャ的な幸福がすでに終焉を迎え、たとえようもないほどの受難の時代を生きていることを実感しているはず。その受難を音楽=ノイズで鳴らしているのではないか。そこに広がっているのは「西洋/西欧の終わり」の寒々とした「冬」の光景だ(グローバリスム以降の極度に洗練された消費社会も「人間の終焉以降」の「冬」の光景といえよう)。
 そして、いまという時代は、そんな不穏さに塗れた猛吹雪のようなノイズが、途轍もなく美しい音として響くのである。前回紹介したリー・ギャンブル『コッチ』とはまったく違う音楽性だが、その「崩壊への予兆と無意識」によって繋がっているようにも思えた(もしくはザ・ボディ『アイ・シャル・ダイ・ヒア』なども、そうだろう)2014年の世界音楽/音響の最新モードが、ここにある。

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