リー・バノンは1987年、カリフォルニア州のサクラメントに生まれた。本名はフレッド・ウィーズリー。リー・バノン名義では、これまでに2枚のアルバムと4枚のシングルやEPを発表している。チルウェイヴを追っていた人たちは彼がファースト・パーソン・シューター名義で発表した『モービリティ・フォー・ゴッズ』を耳にしていたかもしれない。前作の〈プラグ・リサーチ〉から発表された『ファンタスティック・プラスティック』は自由度が高いヒップホップ作品だった。そして、今作『オルタネイト・エンディングス』で彼が挑戦したのは、なんとジャングルである。
ヒップホップを軸にしつつ、チルウェイヴからジャングルまでを往復する──彼のようにさまざまなスタイルを持ったプロデューサーには共通する部分が多い気がする。たとえば、彼らとダンス・ミュージックとの邂逅は多くの場合、ベッドルームで起こった。しかも大きなスピーカーとウーファーがあるわけではなく、ヘッドホンを通して一対一で音と向き合う場合が多い。「クラブでこの曲がかかると盛り上がる」とか、「あのジャンルが流れるあのパーティへ行こう」という前提なしに彼らは「音」を楽しんでいる。そこにジャンルなどは関係ない。素晴らしい作品を聴いていると、音楽を聴くだけでは足りなくなり、自分で作った曲を手にクラブへ行くようになる。リー・バノンの作品を聴いていて、そんな人物像を彼に被せていた(今回話を聴いてみて、実際にそうだった)。
![]() Lee Bannon Alternate/Endings Ninja Tune/ビート |
さて、今回の作品でジャングルがひとつのテーマになっているものの、前作で実験的なヒップホップをやった男が、直球のジャングルを作るわけがない。さまざまな声や音がサンプリングされ、細切れにされ、それがジャングルの高速リズムと絡み合ったかと思えば、いきなりスローダウンして幻想的で荒廃したイメージが広がるトラックもある。映画好きなバノンにとって、サウンドトラックは音ネタの宝庫のはずだ。だが、今回彼はスタジオでマーズ・ヴォルタのベーシストのホアン・アルデッテという強い味方を発見し、自分で楽器を演奏することによってサンプリングに縛られない音の構築にも足を踏み入れた。本作のタイトルは『オルタネイト/エンディングス』(選択可能な結末という意味)である。現在、映画やゲーム(彼の別名儀でもある「ファースト・パーソン・シューター」はまさしくゲームの一ジャンルを意味するものでもある。)の結末を観客が選べたりするように、バノンはそのカラフルな引出しの数々によって自分でアルバムの結末を選べるようにまでなった。
今回のインタヴューは4月19日の土曜日、ドラムンベース・セッションの会場で行われた。カラフルなスニーカーに白いティー・シャツを着たリー・バノンはニコニコと質問に答えてくれた。「次はデンバーとトロントへ行くんだ。DJラシャドも一緒だよ!」と楽しそうに彼は言った。フェイスブックなどで近況をチェックしたところ、DJラシャドと一緒に写真に写るバノンを確認することができた。インタヴューでテックライフやラシャドとは友だちだと答えており、「今度はフットワークやってよ!」とお願いしてその日、僕はバノンと別れた。
正直なところ、最初は自分がやろうとしているドラムンベースが受け入れられるのかどうかもわからなかったから、始めは俺のヘッドホンの中だけで流れている音楽って感じだった。だけど、ライブをやるようになってから、自分の音楽がみんなに自然と受け入れらていったんだ。
■前作『Fantastic Plastic』はヒップホップを軸とした作品でしたが、今作ではジャングルやドラムンベースが主体となっています。どのような経緯があったのでしょうか?
リー・バノン(以下、LB):前作はアルバムっていうよりは、俺の音を集めた作品集的な意味合いが強いものだった。でも今回の作品は、なんていうか、もっと本当の意味で自分の翼を広げて、自分がいまできることを全部投入したっていう感じかな。
■なぜいまジャングルなのでしょうか?
LB:とくにジャングルに変えようとしたというよりは、単純にいろんなジャンルをやってみたいという感じだったんだ。いまの自分の音がどういう感じで聴こえるのか、まだ純粋な感じに聞こえるのか、とかね。
■今作ではマーズ・ヴォルタのベーシスト、ホアン・アルデッテが参加しています。彼とはどのように出会ったのですか?
LB:このアルバムを作っているときに偶然スタジオで会ったんだ。だから、それまで彼がマーズ・ヴォルタで発表した作品もまったく聴いたことがなかったんだよね(笑)。なんとなくそこで意気投合して、彼がベースを弾き始めたから、俺はペダルを持ってきて一緒にちょっとやってみて、そういう流れで出来上がった感じかな。
■今作であなたはピアノを披露していますが、プロダクションをはじめるにあたって、生楽器を使用することが多いのでしょうか?
LB:もちろんドラムマシンやシーケンサーも使っているんだけど、今回はピアノを入れてみたんだ。これからはもっとギターなんかも入れていきたいね。
■デジタルが発展し、ソフトウェアのみを使用するプロデューサーの数も多くなっています。その風潮のなか、なぜあなたは生楽器を入れようと思ったのですか?
LB:理由は簡単で、生楽器を入れることでもっと音に深みを持たせたり出来るし、よりピュアな音が表現できると思うんだよね。
■プロダクションのデジタル化についてどう思いますか?
LB:まぁ、人が求めているひとつの選択肢としては別にいいんじゃないかな。俺にとってはひとつのツールという認識でしかないけどね。
■あなたは今作をゲーム『メタル・ギア・ソリッド』のサウンドトラックのようだと答えています。メタルギア・シリーズはブリアルのようなミュージシャンにも影響を与えていますが、あなたは『メタル・ギア・ソリッド』のどこに魅かれますか?
LB:そうだね、『メタル・ギア・ソリッド』とかからの影響はあると思う。このゲームをしながら育ったしね。とくにどの部分に細かく惹かれたとかはないけれど、そのバイブは自分のなかに影響された部分としてあると思うよ。
[[SplitPage]]『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』はとてもシリアスな映画じゃない?だから近作も俺の中でかなりシリアスな作品にしたかったからこの映画のシリアスさを参考にしてこんな感じの作品に仕上げたかったというところで影響されたのはあるかもね。
■あなたはカリフォルニア州サクラメントでキャリアをスタートさせました。サクラメントとはどのような街なのでしょうか?
LB:とてもユニークな街だと思う。とくに“この街”っていう特徴的な音はなかったと思うんだけど、俺やデスグリップスとかの登場で、こういう音を鳴らすアーティストがいる街っていう認識ができたんじゃないかな。
■どのようにクラブ・カルチャーと関わっていくようになったのですか?
LB:自然に入っていった感じかな。正直なところ、最初は自分がやろうとしているドラムンベースが受け入れられるのかどうかもわからなかったから、始めは俺のヘッドホンの中だけで流れている音楽って感じだった。だけど、ライブをやるようになってから、自分の音楽がみんなに自然と受け入れらていったんだ。
■レコードからサンプリングをしているようですが、普段はどのようなスタイルで音楽を聴いているのでしょうか?
LB:実は、最近はもっぱらデータばっかりなんだ。もちろんCDやレコードも買うけどほとんどデータだね。
■今回はライヴ・セットを披露しますが、DJもするのでしょうか?
LB:普段はあまりDJはしないんだよね。基本的に自分の曲だけでセットを作っているよ!
■ヒップホップのアーティストが最初に使う機材はアカイのサンプラーであるMPCの場合が多いですが、あなたはローランドのドラムマシーンで作曲をはじめました。この最初の機材との出会いは、いまのあなたにどう影響していますか?
LB:最近はまたMPCを使いはじめているんだ。俺にはロジック(アップルの音楽制作ソフト)よりもこっちの方が、音的にしっくりくるんだよね…….他にローランドのSP555(サンプラー)を使っていて、これはエフェクトには最適なマシーンなんだ。このローランドのマシンは俺に新しい音の使い方を示唆してくれたりする。最初の入り口が生楽器ではなかったから、いまでもサンプラーやドラムマシンから影響を受けていると思うよ!
■あなたに影響を与えたヒップホップのアーティストを教えてください。
LB:実は最近はあんまりいないんだけど……。ラキムとかは好きだったよ。Jean-Luc King Brownもいいよね。
■フライング・ロータスが主催する〈ブレインフィーダー〉周辺では、現在も実験的なヒップホップを作るプロデューサーが多くいますが、彼らのことをどう思いますか?
LB:いいんじゃないかな。いろんなジャンルの垣根を越えて、例えばフットワークとか新しいものを作っているわけだし。
■あなたはファースト・パーソン・シューター名義で『モービリティ・フォー・ゴッズ』というチルウェイヴ的な作品を発表しています。なぜこの作品は生まれたのでしょうか?
LB:このプロジェクトは友だちとやってる超レフトフィールドなものなんだけど、チルウェイヴよりもっとアンビエント寄りのことをやりたかったんだ。例えばここに来る間に15時間飛行機の中で作った音が結構良かったから、もっと完全なアンビエントな作品としてまとめてもいいかなって思ってる。環境音楽的なものを入り口として広げていくのも悪くないね。
■ファースト・パーソン・シューターとして曲を発表したとき、あなたは自分の素性を明かすことはありませんでした。リー・バノンも本名ではありません。どのように名義を分けているのですか? またあなたにとって匿名性とは何でしょうか?
LB:匿名性ってのは、もっと自分を大きく見せるツールのひとつでもあると思うんだよね。なんていうかもっと自分とは切り離された別物というか……。例えば、もし会社に行って自分が経理担当だとしたら、自分の名前が“経理”ってわけじゃないけど、“経理の仕事をした人”っていうことになるじゃない?でも家に帰れば自分自身に戻る。俺もそれと似た感じなんだ。それに違う音をやりたい時もあるから、そういう意味でも都合がいいというか。その音がその名前に帰属するというか、その名前によってその音だと認識して貰いんだよね。
■カリフォルニアからニューヨークへなぜ引っ越したのでしょうか?
LB:ジョーイ・バッドアスのため、っていうのがいちばん大きい理由かな。俺は、彼の作品のプロデュース以外にツアーのDJもやってたりするから彼の近くにいる必要があるしね。
■ニューヨークおける音楽のシーンはどのような感じなのでしょうか?ドラムンベースやヒップホップに限らず教えてください。
LB:ニューヨークのシーンは大好きさ。バイブや雰囲気がいまの俺の感じにとても合っているのもあるしね。ドラムンベースやヒップホップ以外にもボサノヴァとかのシーンもあるだろうけど、そこまでいろんなシーンはないんじゃないかな(笑)。
■ジュークはBPMがドラムンベースに近いため、両方をプレイするDJが増えてきました。あなたにとってジュークはどのような存在なのでしょうか?
LB:俺にとってのジュークは、DJ アールや友だちのテックライフ、DJラシャドとかのことなんだ。次はカナダでラシャドと一緒のイヴェントに出る予定だよ!
■今回の作品を制作するうえで、影響を受けた音楽作品はありますか?
LB:今夜出演する予定のソース・ダイレクトなんかよく聴いていたよ! だから今回のブッキングはすごく嬉しかった。さっきみんなで夕食に行ってきたんだけど、ナイス・ガイだった。それと『エクササイズ・アンド・ディーモン』は影響された作品だね。
■今作のインスピレーションの源として、ポール・トーマス・アンダーソン監督の映画『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』を挙げています。この作品のどのような部分にインスパイアされたのでしょうか?
LB:インスパイアされたというより、対比したものの参考にしたと言う方が正しいかな。この映画はとてもシリアスな映画じゃない?だから近作も俺の中でかなりシリアスな作品にしたかったからこの映画のシリアスさを参考にしてこんな感じの作品に仕上げたかったというところで影響されたのはあるかもね。
■お気に入りの映画とサウンドトラックを教えてください。
LB:オリジナル版の『コスモ』のサントラは凄くいいね。最近だったら『ネッフルマニア』のサントラが良かった。
■既存の映画のサウンドトラックを作り変えられるとしたら、どの映画を選びますか?
LB:うーーーん、良い質問だね(笑)。そうだな、もし出来るとしたらフランス映画なんだけど『ブルー・イズ・ザ・ウォーメスト・カラー』っていう映画のサントラをやりたいかな。
■「同じことを2回しない」ことを信条としていますが、今後はどのような作品を発表する予定ですか?
LB:今俺は新しいステージにいると思ってるんだけど、しばらくはいまのサウンドを追求していきたいかな。そしてまたそこから新しい可能性を見つけて発展させたい。もちろんジャングルやジュークも先にはありえると思うけどね。
■昨夜大阪公演でエイフェックス・ツインの“ウインドウ・リッカー”を演奏されていましね。
LB:(笑)! そうなんだよ。俺、彼の大ファンなんだよね。彼の音って不思議の国のアリスの兎のように追いかけても追いかけても捕まらないっていう不思議な音速感があるんだよ。
この取材から1週間後の27日の朝、DJラシャドの訃報が舞い込んできた。新作の『ダブル・カップ』は最高の1枚で、このマスターピースを携えて、彼はほんの少し前に〈ハイパー・ダブ〉のイヴェントで来日したばかりだった。フットワークという言葉を彼は世界に広め、ジャンルを超えて多くのミュージシャンからリスペクトされてきた。フェイスブックページで、ワンマンやカーンなどの若手から、アンダーグラウンド・レジスタンスのような重鎮までが追悼の意を寄せるなか、そこにはリー・バノンのコメントもあった。彼はDJラシャドの死をどのように受け止めていくのだろう。ただ悲しみに暮れるだけでは故人は救われない。
新しいステージに足を踏み入れたバノンの次の作品には、ラシャドへのリスペクトが込められているはずだ。











