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Ju sei & Utah Kawasaki

ElectronicImprovisationIndie Pop

Ju sei & Utah Kawasaki

ゆはゆたのゆ

Meenna

Tower HMV

細田成嗣   May 01,2014 UP

 歌い手である sei から田中淳一郎によって引き出されたあらゆる声が、楽曲の体裁を保ちつつもつねにその枠組みから逸脱しつづけることで、凡百の歌ものデュオとは一風変わった音楽を生み出しているユニット ju sei 。水道橋にあるCDショップ兼イヴェント・スペース〈Ftarri〉におけるライヴ(2013年6月15日)を収録した、2枚組のアルバム『ゆはゆたのゆ』がリリースされた。これは先頃8年ぶりにソロ名義のアルバムを出したことで話題にもなったシンセサイザー奏者、ユタカワサキとともに行ったものだ。ju sei が披露する持ち歌にユタカワサキの電子音が絡み合っていく本盤は、6つの楽曲が8トラックに分かれてディスク1に、ひとつの楽曲が3トラックに分かれてディスク2に収められているものの、「始まりから終わりまで間断なく続く」とクレジットにもあるように、実際はひとつらなりの演奏がそれぞれのディスクに収められたものとなっている。とはいえそうした長い時間であっても、即興音楽の醍醐味とも言えるはりつめた空気をたたえながら、その緊迫感を断ち切るようにして随所にあらわれるユーモアが、聴き手に飽きることを忘れさせる作品ともなっている。

 たとえば、「排出される」という言葉が印象的な冒頭の楽曲──ju sei のファースト・フル・アルバム『コーンソロ』においては、管楽器奏者の中尾勘二がゲストプレイヤーとして加わることでジュゼッピ・ローガンばりのフリージャズが繰り広げられ、そこに sei のあどけなさと艶やかさを自在に行き来する歌声が駆け巡っていた──は、本盤では田中淳一郎が出すギターのハウリングのような音とユタカワサキによる微かなノイズが、笙を思わせる静謐な響きをもたらすところからはじまっている。そして、ものの擦れる音の一つひとつが際立つような空間が整えられたとき、突如、そうした音場を裏切るように4つ打ちのリズム・トラックが流れはじめる。それは楽曲にあらかじめ備えつけられた構成ではあるが、ユタカワサキとともに試みられたこの演奏の後にくることで、思わず聴き手に笑いをもたらす。または、“六人でスキャン”という曲。同じく『コーンソロ』においては、「六人でスキャン」という言葉をひたすら引き延ばすことによって、意味を剥ぎ取られた言葉の音の肌理細かさを聴くことができたこの楽曲だが、本盤では長いしりとりの終着点として、「六人でスキャン」という言葉は一瞬で吐き出される。しかしこのしりとりは、3人めが必ず最後に「ん」がつく言葉を発することによって、つねに失敗しつづけ、あるいは3人が言葉を順番に発しながらも、まるで2人しかいないかのように進められていく。このナンセンスなやりとりと、かまわず奏でられるユタカワサキの電子音との落差が引き起こす笑い。

 ユタカワサキが ju sei にかまうことなく演奏するのは、なにもこの楽曲に限ったことではない。むしろ終始一貫して「独奏」しているとも言える。だから ju sei の音楽を彩り装飾するというよりも、別々の作業が平行して行われ、それが同じ場所で出会うことによって共振する、といったほうが正確かもしれない。そしてこのユタカワサキの自律性は、本盤の本質ともいえる要素、すなわち音楽がはじまりそして終わるとはいかなる事態であるのかという問いに対するひとつの答えにもなっている。霧に包まれたような楽曲の輪郭と、そこにまた別の楽曲が被せられるような工夫もあって「間断なく続く」このアルバムにおいては、楽曲というものは音楽のはじまりと終わりを示すものではあり得ないだろう。たしかに、録音物としての輪郭は確固たるものとしてある。しかしユタカワサキが ju sei の音楽とは別の領域において奏でられつつも ju sei の音楽と関わりつづけるように、わたしたちはこのアルバムを聴くときに、別の領域にいながらも関わりつづけるなにものかを聴いているはずである。それはユタカワサキの存在が ju sei の楽曲を解体するきっかけとなったように、録音物に裂け目を生み出す契機とはならないだろうか。

細田成嗣