Home > Regulars > アナキズム・イン・ザ・UK > 第18回:移民ポルノ
4月前半は日本に帰省していた。
中国方面から飛来するというPM2.5の影響で、霧深い英国かと見まがうほど白く煙った福岡の街はなんとも不気味だった。大気を舞う微小粒子物質のため、まったく遠くの山が見えない。晴れているのに空が青くない。というのは、灰色の空の国に住む人間からしても気色が悪い。免疫のない人間はてきめんにやられるのだろう。咳が止まらない&偏頭痛で体調が悪いので早く英国に帰りたかったというのは今回が初めてだ。
近所のてんぷら屋で飲んでいて反中思想のおっさんに絡まれた時にも、歴史やモラル、マナーといったようなことを云々と並べておられたが、ほんなことを延々と愚図るより、今の福岡なら「中国はPM2.5を飛来させやがるので嫌いだ」と言ったほうがよっぽど切実である。
「いやー、けど日本だって高度成長期にはいろいろ飛ばしてたんだろうし」
と言うと、酔ったおっさんは言った。
「いや、日本の場合は風向きが逆やから、すべて太平洋のほうに飛んでいた」
「じゃあそれ、日本はラッキーだったってだけの話ですよね」
するとおっさんは急にきりっとした顔になって言った。
「アホか。ラッキーやったのは中国じゃ」
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「Benefits Street」が記録的な高視聴率を獲得したせいで、C4は「Immigrants Street」というスピンオフ番組の制作を企画しているらしい。
今年放映された「Benefits Street」は、バーミンガムの無職者の多いストリートの住人の暮らしを追ったものだったが、スピンオフ番組のほうはサザンプトンにある移民が多いストリートを撮るつもりだという。が、「貧困ポルノ」とも呼ばれた「Benefits Street」への過剰なまでの世間の反応を懸念し、地域の政治家やコミュニティー指導者がすでに反対運動をはじめているらしい。
「Benefits Street」の製作会社が移民に焦点を絞ったスピンオフ番組を思いついた理由は、「Benefits Street」で取り上げた移民のエピソードが話題になったからだという。通りに住むほぼ全員が生活保護受給者という環境のなかで、生活保護を貰う資格のないルーマニア人移民の家庭が、貧窮しながらも働いて食べて行こうとする姿は、唯一あの番組の出演者への同情的な論調を引き出したのだった。
とはいえ、この移民の描写も「ルーマニア人家族がサヨクたちを泣かせている」と書いた保守系タブロイドを筆頭に、大いなるバックラッシュも受けた。実際にわたしも近所のパブで、「英国人は怠けていて、外国人だけが働いているような番組を作りやがって」と憤っていた生活保護受給者のおばはんを目撃したこともある。
実際、この国には移民の生活保護受給者だって少なくない。この国に来ればNHSが無料で子供を産ませてくれるし、複数の子供のいる家庭が困窮していれば政府が家をあてがい、わりと簡単に養ってくれるということを知って入国してきた移民もいる。
「Benefits Street」の製作会社は同番組を放送することについて、「これまでテレビに映されることがなかった世界にカメラを持ち込んだ点で重要な映像」と主張したが、さすがに同番組もブロークン・イミグランツの世界だけは見せることはしなかった。あくまでも「Benefits Street」に住む外国人は、貧しい働き者でなければならなかったのだ。政府に食べさせてもらいながら酒を飲んだり、薄型テレビを持っている英国人の姿ですら英国人たちを激怒させたのである。あれが外国人だったとしたら、間違いなく血を見る騒ぎになっていただろう。
とは言え、アンダークラス・イミグランツの暮らしにも政府の緊縮政策は深刻な影を落としている。今春から訪問サービスをはじめた底辺託児所に勤めるイラン人の友人は、そうした家庭を多く巡回しているようだが、「この仕事をしていてこれほど気が滅入るのは初めて」と言う。以前からアンダークラス移民の貧しさは明らかだったが、彼らの家を訪れるとそのデスパレートさが見えて暗い気分になるらしい。
「あれは発展途上国の住環境じゃない。大人だけならまあいいけど、小さい子供がいるとやりきれなくなる」
「Benefits Street」では、貧民街に住む外国人の多くが、アンダークラスの英国人とは対照的な存在として描かれていた。「アフリカでは働かない人間は死ぬしかない。この国の人びとはおかしい」と言いながら屑拾いの仕事をしているアフロカリビアン系移民や、1日8時間働けば40ポンド貰えると騙されて農場の仕事に雇われ、17時間働いても10ポンドしか貰えず、ガスも電気も止められたルーマニア人家庭。そうした同じストリートの移民たちを「薄汚い浮浪者」と蔑みながら昼間から街角にたむろってビールを飲んだり、ブランド店に万引きに行ったりしている英国人生活保護受給者の姿。
たしかにこの国に来て日の浅い移民には、当然のように政府に養ってもらっているアンダークラス民の姿は異様に見えるし、「あれはおかしい」という反感をおぼえる。しかし、こうした移民だって長く生活していれば環境に染まる。貧しい街に暮らしていれば、生活保護を貰うことが別に特殊なことではなく、お隣もお向かいも、裏の家もみんなそう。みたいなノームになって来て、もはやそういうことが異様に見えた頃の違和感は消失し、アンダークラス・イミグランツになる人たちもいる。
「政府にお金を貰って生きて来た外国人たちが、いきなり『働け』って言われても、これまで外で働いたことがないから英語はできないし、もう本当に何をどうしていいかわからなくなってる。ストレスでお乳も出なくなってるから赤ん坊がぎゃんぎゃん泣いているし、上の子たちは寒い日に下着同然の姿だし、本当にこの国の一部は経済制裁下のイランよりひどいんじゃないかと思う」
イラン人の友人はため息をつく。
「政治にもっとも翻弄されるのは最下層の国民だけど、UKの場合は、下層国民の下に生活保護受給者の移民がいる。人様の国の制度を利用して生きて行こうとした親が愚かだったんだけど、子供には罪はない。彼らは情報網の外にいるから、フードバンクがどこにあるとか、どうやって申し込めばいいとかいうことも全然知らない。子供に食べさせるために自分は1日一食しか食べてないとか言ってただじっと家に座っている」
と彼女が言うような移民アンダークラス家庭の実態も「Immigrants Street」は見せるのだろうか。見せるとすれば、今度は「貧困ポルノ」ではなく「移民ポルノ」と呼ばれることになるのだろうか。
「この国はもう、You get what you deserve(自業自得)では済まされない社会になっている」
イラン人の友人は言った。
「そこで止まってたら、そこから先に進もうとしなければ、どうしようもない」
「You get what you deserve」という友人の言葉を聞いて、わたしはサッチャーを思い出していた。それは彼女のフィロソフィーそのものだと思ったからだ。
個人がその能力や努力によってdeserveする報酬を得る。能力がない人や努力しない人はそれにdeserveする貧困に落ちる。deserve(ふさわしいものを得る)。を非人道的なまでに徹底させた世界がサッチャーの目指したキャピタリズムだった。
が、そこで矛盾していたのは、彼女は経済転換を成し遂げるために大量の失業者(ベネフィット生活者)を生み出したということである。勤労していないから全くdeserveしない筈の生活費を国から貰って生きるという、「You get what you deserve」の法則に真っ向から反する人間たちの層を誕生させたのである。
今思えば、それは彼女が国家改革をデザインする時点で、この層はすでに切り捨てられていたからだろう。アンダークラスとは、キャピタリズムの犠牲者ではない。最初からキャピタリズムに参加させてもらえなかった層なのだ。
そう考えると、この国のアンダークラス移民は、キャピタリズムの枠組から毀れているうえに外国人であるという、いわば二重に社会から排除された場所に自らを追い込んでいたことになる。
UKの福祉制度は、ちょろいだけではなく、おそろしいものでもあったのだ。
「少なくとも現在のひとりひとりの暮らしぶりを見れば、彼らがラッキーだったなんて言う人はいないと思う」
と友人は言った。
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その日、カフェの窓の外には蛍光イエローの上着を着た警官たちがうろついていた。
ブライトンの街の中心部で、聖ジョージの日に毎年行われている極右デモが行われていたのである。
「私らのような移民はあんまりうろうろしないほうがいいね、今日は」
イラン人の友人はコーヒーを飲みながらそう言って笑った。
デモから離れたのかこれから参加しに行くのか、大判の聖ジョージ旗を腰に巻いた上半身裸のスキンヘッドが通りを渡って行くのが見えた。血気盛んなことである。本日の気温は11度なのに。
それを追うように、真っ黒なフードを頭に被ったアンチ・ファシストの青年たちが雨上がりの舗道を急ぐ。
ブライトンの空はPM2.5で煙った福岡の空と同じ色をしていた。