ハウスの時代 木津 毅
ときどき、何かを思い出したようにようにブリアルの最初期のシングル"サウス・ロンドン・ボローズ"を聴くことがある。ガラージのビート、重々しいダブ・サウンド。ここから始まったものが変化し、拡散し、いまやダブステップと呼ばれるものがかつてのダブステップと違ってきていることは知っての通りだが......ビート・ミュージックにおけるこの10年の最大の成果であるダブステップの精神のそのすべてが、それでもまだそこにあるように思うのだ。いまだに僕は、その生々しい迫力を簡単に聞き流すことができない。
その南ロンドンで生まれたローレンス兄弟は兄のガイが91年生まれ、弟のハワードが94年生まれ。"サウス・ロンドン・ボローズ"の時点で14歳と11歳かそこらである。音楽にもっとも敏感に反応する時期をダブステップ全盛のロンドンで育ち、のちにディスクロージャーと名乗る兄弟の目に、ダブステップの変遷はどんな風に映っていたのだろう。ジェイミーXXそしてディスクロージャーら若い世代がいまハウスに向かっているのは、南ロンドンで生まれたかつてのものが、アメリカでEDMとして白人のレイヴ・ミュージックになっているものと世間では同じ名称を与えられていることと無関係ではないだろう。それとこれとは、別のものなんだと。
エアヘッドのインタヴューに同席して僕がとくに印象的だったのが、ジェイムス・ブレイクと遊びに行ったフランソワ・ケヴォーキアンのDJがすごく良かったというエピソードだった。ポスト・ダブステップ時代のトラックメイカーたちの興味がハウスに向かっていることは理解しているつもりだったが、それにしてもフランソワKとは! 僕にとってフランソワK辺りは上の世代のものというか、キャリアをしっかり積んだ立派なベテラン(要するに大御所)というイメージだったもので、彼らがまったく新しいものを発見するようにそのオーセンティックなハウス・ミュージックに出会っていることが、どうにも羨ましく思えたのだ。
『セトル』の国内盤のライナーノーツによれば、兄のガイがダブステップの影響元を遡って発見したのがハウスやガラージだったという。それは彼らにとって紛れもない発見であり、そして恐らく、わたしたちがダブステップの黎明期に感じたような興奮を兄弟はそこで覚えたのだろう。まったく自然な成り行きとして、そしてこのデビュー・フル『セトル』は、ハウスとガラージが中心を占めるアルバムとなった。
アルーナジョージを招聘したシングル「ホワイト・ノイズ」のセクシーなハウスの時点では、あるいははじめて通してアルバムを聴いたときは、すごくよく出来ているクラブ・ミュージック以上の印象を受けなかったのだが、『セトル』の最大の良さは"イントロ"から間髪入れずに"ホウェン・ア・ファイア・スターツ・トゥ・バーン"へと突入するドライヴ感、タイトル通り炎が燃え上がる瞬間を捉えていることだと何度か聴くとわかる。20代前半が作ったとは思えない完成度の高さが世間に大いに驚かれておりそれも事実なのだが、同時に彼らが自分たちが「新たに」発見した音楽を作っている興奮がここにはある。"スティミュレーション"などを聴いていると、ハウス・ミュージックのワイルドさ、ソウル、セクシーさが、とてもプリミティヴな状態で立ち現れているように感じる。というか、ある程度年のいった連中からすればこれは聴き慣れたハウスのコレクションに聞こえるのかもしれない。が、ダブステップで育った世代からすれば、これはクラブ・ミュージックにおけるソウルの復権運動である。
その意味で、僕にはサム・スミスが歌うシングル"ラッチ"や、ジェイミー・ウーンがハイ・トーン・ヴォイスを聞かせる"ジャニュアリー"辺りがベスト・トラックだ。そのキャッチーなソウル・ヴォーカルそしてバウンシーなビートには歓びと、クラブ・ミュージックをピュアに謳歌する前向きさがある。ようやくクラブに入るIDを手に入れた連中の、弾む足取りがある。「やっと捕まえた君を離しはしない/取り囲まれた君は逃げられない/俺は君を手に入れる」"ラッチ"
文:木津 毅
[[SplitPage]]いまUKでは、ハウスがお洒落なのだよ 野田 努
よくできている......なんて書き出しは偉そうでよくない。しかし、はははは、笑うしかない。だってこれはインナー・シティないしは90年代ガラージ・ハウスやんけ~。もしくはUKファンキー/2ステップのリズムをハウスに差し替えただけ。いつだってハウスは魅力的だ。これがいま快楽に走るUKでバカ売れ。つまり......2013年、我が家のコレクションが流行の最先端になってしまった、そういうことなのだ。
こんなことを口走るとDJヨーグルトは決まってこう言う。「録音が違っているから違っているんです」と。たしかにそうだ。ドンシャリがはっきりしている。第一、新しい世代のやっていることに対してオヤジが知ったかぶりするのはよくない。ハウスはロンドンのライジオでも、街中でも、お洒落なカフェでもかかっているような、若い男女(もしくは男男)が一緒に楽しみを共有しやすい、もう何年も前からポピュラーな音楽といえばそうなのだ。踊りやすいし、来るモノを拒まないわかりやすさがある。元々はアンダーグラウンド・ミュージックだったわけだが、20年かけてこのスタイルが広く浸透し、新しい世代をも魅了するのは充分にうなずける話だ。
豆知識:インナー・シティは1980年代末にデトロイト・テクノの上昇をメインストリームにおいてセレブレートしたプロジェクトで、"Good Life"や"Big Fun"といったヒット曲は日本では黒服系ディスコでもヒットした。"グッド・ライフ"はつまり"ストリングス・オブ・ライフ"がレイヴ・カルチャー(アンダーグラウンド・シーン)をセレブレートしたことのポップ・フィールド・ヴァージョンとして広まっている。
僕はインナー・シティが大好きだった。初期の7インチ・シングルにおけるユニークなUKガラージを捨ててハウス・プロジェクトと生まれ変わったディスクロージャーのデビュー・アルバムも抵抗なく聴ける。懐かしいというよりも、また俺の時代かと勘違いしてしまいそうで自分が怖い。ザ・XXもハウスだし、ジェイムス・ブレイクもハウスだし、まさかのスクリームまでも......いまちょっと掘れば、少し前までインディ・ロックないしはダブステップと括られていたもののなかからハウスがうじゃうじゃ出て来そうじゃないか。さすがUK、流行に敏感。さあ、みんなでディスクユニオンの中古コーナーを漁ろう。
個人的に関心を持っているのは、フットワークやグライムにアプローチするような連中なのだが、その理由は単純、ハウスのレコードをたくさん持っているし、素晴らしいハウスのDJでさんざん踊ってもいる。もういい。無茶もしたし、良い思いもした。アナーキーな経験もした。いまの僕にとっての朝日は始発に乗りながら浴びるそれではない。まだ眠りたいというのに朝の6時になると否応なしに目覚めしてしまい、歯を磨きながら眺める朝日なのだ。
ハウスとは求愛の音楽であり、セクシャルな音楽であり、セレブレートする音楽である。今日のUKインディ界は何をどうセレブレートしているのだろう。何にせよ、UKのハウス熱が日本でどのように伝播するのか楽しみではある。日本にも良いDJがいるし、ディスクロージャーを好きになったならシカゴやデトロイトやニューヨークで生まれたハウスにも触れて欲しい。"Bring Down The Walls"を聴いて欲しい。UKにも素晴らしいハウスのアルバムがあることを知って欲しい。そして、この音楽がどこで生まれ、どこから来たのか知って欲しい。
僕はいまでも"Good Life"のデリック・メイのリミックス・ヴァージョンを聴けば気持ちが上がる。フィンガーズ・インクの"Mysteries Of Love"を聴くと身体が反応する。アルーナジョージの歌を聴いて木津毅が上がるならそれで良い。週末はナイトクラビングだ。楽しいぞ、最終的に音楽は(良い意味で)BGM、人との出会いや友だちとのコミュニケーションこそが重要なのだから......と考えていくと、ネットでコミュニケーションしたつもりになっている文化、ないしはポップ・ダンスへのカウンターとしてのクラブ・カルチャーが盛り上がっているということなのだろう。そうか、そういうことか......、え? 本当にそういうことなのか?
ディスクロージャーがジャケで素顔を隠しているのは、ハウスの匿名性というこのジャンル特有の、ある種硬派な態度表明である。一応、形だけでもダフト・パンクがそうであるように、間違ってもファットボーイ・スリムみたいに陳腐なポップ・スターとして振る舞わないことが、ハウスを知る者の流儀としてある。顔よりも音楽だ。それを偶像崇拝を捨てきれないロック・メディアはピュアリストという言葉で揶揄したが、ああ、そうだとも俺はピュアリストだと言ったのが20年前のアンドリュー・ウェザオールというDJだった。主役はお前なんかじゃない。音楽であり、we(我々)なのだ。かつてのサラ・チャンピオンのように、この音楽を本気で感じている人の言葉を読みたい。それがあればだが。
文:野田 努






