今年、ソロとしては初のアルバムをリリースしたシミラボの紅一点、MARIA。シミラボがいかに稀有で魅力的なヒップ・ホップ・ポッセであるか、ということについてはいまさら論を俟つまでもないが、ではMARIAとはどのようなアーティストなのか。巻紗葉『街のものがたり』以前には、もしかするとあまりシリアスな解釈は存在していなかったかもしれない。そして、女性からみたMARIA像というのもあまり知らない。聞き手が田舎のごく一般的な中流家庭に育った貧相なボディの文科系女子で申し訳ないのだが、たとえばこんなMARIA像、あなたはこの大きな愛と、それが肉と皮膚を離れずに音の実を結んでいることに驚くだろう。
■MARIA・ザ・マザー
■境遇、について
■ヒップホップは近道ではない
■欲深くて、愛しい
■音楽と、ちょっとセクシーな話
■人任せじゃダメなジェネレーション
■アンチ・アンチ・エイジング
■音楽と、けっこうセクシーな話
MARIA・ザ・マザー
あたしはまあ、「世界がアタシにひれふす」みたいなことをさんざん言ってきたかもしれないけど、みんなのことが好きなのもほんとだよって。うーん……母?
■恐縮ながら、わたし自身はふだんコアなヒップホップに触れることが少ないんですが……
MARIA:いやいや、あたしもそうですよ。自分がやっておきながら全然詳しくないですから。
■でも、かわいいとかちょっと踊れるとか、そういう性的なアピールとは別のところで、スキルのあるいちラッパーとしての存在感を確立していらっしゃいますよね?
MARIA:どうですかねえ……。でも、自分は女ですけど、自分が女であるというところにはまったく期待してないんですよ。
■ええー(笑)? ほんとですか?
MARIA:化粧とかも最大限の身だしなみってノリでやっていて。とくに自分を可愛く見せたいとかってことはないですね。だから逆に、ラップとかも思いっきりやれるのかなって思います。
■でも、自分を性的に見せないっていうことと、スキルを磨くとか研鑽を積むっていうこととはイコールではないですよね? やっぱりそこの努力や勉強っていうのはすごくされてるんだと思うんですよ。
MARIA:そうですかねえ。
■その動機っていうのは何なんでしょうね?
MARIA:うーん、ぶっちゃけ、スキルうんぬんっていうよりもけっこう感覚でやっちゃうタイプなんですよ。あんまり誰に影響されたとかってこともなくて。まず、ビートが好き。ビートにインスパイアされる。そこではじめて生まれるラップっていう感じなんですね、あたしのは。だからスキルを磨くために何かやるっていうよりも、自分のイメージをふくらませるために、映画とか音楽を観たり聴いたりするっていうくらいかな。
![]() Maria Detox SUMMIT |
■映画についてはよくお話をされてますね。ラップも、トラックからのインスピレーションが先なんですね。――どうしてもMARIAさんっていうと、一面的なイメージとはいえ「強い」「正統派」という印象があるわけなんですが、今作『Detox』は、そんな「強い」MARIAのなかの弱い部分が出ていると言われる作品です。そして、それがはっきりと言葉によってリプリゼントされているとも感じます。だから、わりと日記みたいなものからできていても不思議はないなと思ったんですが、そういうわけではないんですね。
MARIA:今回は全曲トラックが先ですね。でも、言葉は後だけど、このアルバムはあたしひとりのアルバムだから誰の足を引っ張ることもないっていうか。ある意味、自分のことはどう思われてもいいっていう気持ちがあったからこそ、言えた部分があるかもしれない。シミラボ(Simi lab)だったら言えなったかもしれないけど、このアルバムでは、聴いてる人とあたしが1対1だから。
(「強い」というイメージについても)自分としては、「アタシ世界一だから」っていうよりも、「そんな変わんないよ、うちら」っていうようなノリなんですよ。実際は。
■そうなんですね。2曲め(“empire feat. DJ ZAI Produced by MUJO情”)なんかはまさに「世界がひれふすname」――アタシは強いんだぞっていうセルフ・ボーストなのかなと感じられるわけですが、実際よく聴くと「アイ・ラヴ・ユー」的な曲なんですよね。わたし、そこに感激して。その超展開に。
MARIA:なんか……バランス? ヒップホップって自分を主張するものかもしれないけど、英語ならともかく、日本語でグイグイくるのはあまりにストレートで……。そりゃもちろん「アタシ、アタシ」の音楽なんだけど、みんなありきのアタシだよっていう……。
■ああー、「みんなありきのアタシ」。日本の風土やメンタリティを前提にしたセルフ・ボーストなんですね。
MARIA:そうそう。ひとりでやってきたわけじゃないしね。
■なるほど。本来、ああいうのって、ちょっと笑いが生まれてしまうかもしれないくらい 「スゲーぜ、自分は」ってやるものなわけじゃないですか。だから、ふつうだったらどう「スゲー」のか、どうしてスゲーのかっていうことを説明するロジックがそこできちんと歌われているはずなんですよ。けど、あの2曲めにはそれがない。海とか世界が割れていくイメージとか、「アイ・ラヴ・ユー・オール」みたいなことが突如出てきて、「スゲー」ってことの理由がそれに飲み込まれていくんですよ。それがなんか、象徴的だと思って、素晴らしくて。
MARIA:あの最後んとこでしょ? あたしはまあ、見た目がこわいかもしれないけど、「世界がアタシにひれふす」みたいなことをさんざん言ってきたかもしれないけど、みんなのことが好きなのもほんとだよって。うーん……母?
■そう! 母なんですよ。
MARIA:ああ……、マザー感が出ちゃってるんですね。
■はは! マザー感(笑)。いや、笑いごとじゃなくて、それいつごろから出てるんですか?
MARIA:いや、どうだろう、高校……?
■高校ですかハンパねぇ……。ほんとにね、この「love」、この愛、こんなデカいものがどこから出てくるんだ? ってふつうに驚くんですよ。
MARIA:はははは!
境遇、について
憐れまれるのが好きじゃなくて、お涙頂戴も好きじゃないんですよね。実際、あたしなんかよりもキツい人はいっぱいいるし、しかも日本にいるってこと自体がスーパー恵まれてるって思うから。
■いや、ご本人に向かってうまく伝えられないんですけどね。パーソナルな話は恐縮なんですが、巻紗葉さんのインタヴュー本『街のものがたり』に、妹さんとほぼふたりで生きてこられた境遇が語られているじゃないですか。それから妹さんのお友だちも心配だから引き取っていっしょに暮らしている話とか。そういうことも思い出しました。音楽と無関係でないと思うんですね。
MARIA:ああ、いまもいっしょに住んでるし、この先もずっといっしょにいるかもしれないけど。なんか、高校の頃から変わんねーって言われますね、よく。昔からたぶんマザー感はあったんでしょうね(笑)。
■あははは。……いえ、訊くのためらっていたんですが思いきって言ってしまうと、けっこう大変な境遇でいらっしゃいますよね。大変言い方は悪いですが、まったくそれがお涙頂戴にならないところというか、それに気づかせないところは、MARIAさんという個人の強さ、奥行きなのだなと思いました。
MARIA:憐れまれるのが好きじゃなくて、お涙頂戴も好きじゃないんですよね。実際、あたしなんかよりもキツい人はいっぱいいるから。だからここで泣いてもなあ……みたいな。しかも日本にいるってこと自体がスーパー恵まれてるって思うから、いろいろあったけど、それは人のいたみを知るのにちょうどよかったんじゃないかっていうところもあるかな。
■もちろん、音楽のよさが境遇に寄りかかったものだという言い方をしているんじゃないんですよ。ただ、そういうことを隠しもしないし売りにもしないしっていう潔さみたいなものがMARIAさんの「強い」イメージの一部を作ってもいると思います。湿っぽいものを跳ねのける……。
MARIA:みんなそういうものが好きじゃないですか。そういう一面を見ると、それだけでそのアーティストや俳優を好きになったりってことがあって。でもやっぱり音楽として評価されたいですからね。あたしやっぱり見た目がこんなのだから、パッと見で薄っぺらい人間だと思われるというか、イイ感じのアメリカ人のパパと日本人のマミーがいて、甘い感じに育ってきたんじゃないの? みたいに見られることが多いんですよ。
■ええー? でも、病んでるようには見えないですもんね。それが楽天的と解釈されるということですかね?
MARIA:そうそう、こいつほんとにわかってんのかよ? って思う人のほうが多いんじゃないかなあ。もちろんセルフ・ボーストだったり、オラオラな曲もいっぱい書くけど、この『街のものがたり』では実際あたしがどういうことに直面してきたか知ってもらおう、って感じで話しました。
■フラットな言葉ですよね。
MARIA:そう、イージーなやつだって思われるかもしれないけど、それなりにあたしはあたしの経験の上で話してるよっていうことを知ってもらいたくて、そんなふうに書いてもらいました。
■これまで公開したり話したりしてきたことばかりですか?
MARIA:いえ、こんなに話したのはこの本が初めて。
■あえて言わないようにしてきたってところはあります?
MARIA:まあ、お涙頂戴で評価されてもなっていうのがあったからかな。でもそういうふうに感じなければ、自分のこと話したっていいかなと思って。実際いろいろあっても、どういう人生にするかは結局自分次第だよっていうことを伝えたかった。
■ああ、なるほど……。そのメッセージはとても伝わりますよ。なんかMARIAさんにお話をきいていると、「物事をゆるす」っていう表現がぴったりくるように感じますね……。「ゆるす」っていうとすごく上からな感じがしますけれども、そうではなくて、あるがままを受け入れるというようなニュアンスでしょうか。世界がそうあるのならそのままそれを認める……ゆるしていく、っていう。
MARIA:でも極端ですよ、あたしの場合。MARIA大好きっていう人と、なにあいつ、っていう人がいるから。ちょっと男尊女卑的な考え方の男の人とかだと、お前女のくせに調子乗んなよ、みたいなノリ出されるし、女の子でもけっこうふたつに分かれるしね。でもあたしのことを知らないわけだからそれは当たり前で。
けど、何かを言われて傷つくことはあるけど、あんまりムカつかないんですよ、あたし。あっちもあたしのことを知らないけど、あたしもあっちを知らないから、ムカつきようがないっていうか。そいつがほんとに最悪なやつだったら嫌いになるかもしれないけど、メディアに出るってことはそういうことだっていうのもわかってるので。だからまあ、自分が何か言われてそれに対してふざけんなよって思うことはそんなにないかもしれない。
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■MARIA・ザ・マザー
■境遇、について
■ヒップホップは近道ではない
■欲深くて、愛しい
■音楽と、ちょっとセクシーな話
■人任せじゃダメなジェネレーション
■アンチ・アンチ・エイジング
■音楽と、けっこうセクシーな話
ヒップホップは近道ではない
やっぱり、みんながオラオラしてるあたしを期待してるわけじゃないですか。そして実際問題、あたしはそれに応えたくてしかたないんですよね。
■そうなんですね。そういった話が引き出されてくるのも、シミラボではなくソロだからこそという感じがします。逆に、せっかくのソロだからということで、意識して取り組んだ部分っていうのはありますか?
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MARIA:やっぱり、ビートですね。シミラボで作るってなると、やっぱり男が多いから男のセンス寄りになってると思う。みんなには悪いけどね(笑)。“ローラー・コースター”って曲があって(“Roller Coaster feat. JUMA,OMSB”)、超ノリノリなんだけど、たぶんシミラボでああいう曲をやることはないと思う。どちらかというと、「自分はこうで、お前はこうで、世界はこうなんだぜ」って言い聞かせるのも大事かもしれないけど、それよりもその場の一体感が好きで。みんなで楽しもうよっていう曲を意識したかもしれないです。
■ああ、なるほど。わりと後半はアブストラクトな流れになるというか、サイケデリックでぼんやりとした曲調になっていきますよね。それは、より内面に向かっていくっていうようなこととリンクしていたりしますか?
MARIA:そうですね、ビート自体ははじめからこのテーマでいこう、というのがあって。ふだんいろいろと考えることが多くって、自分のアルバムだから自分の価値観で書いたっていうのが、後半は出ているかもしれない。もともとあった気持ちと、入ってきたビートがたまたまぴったり合ったっていうこともあるかも。後半の“ユア・プレイス”っていう曲と、“ディプレス”(“Depress feat. ISSUE”)、このふたつはちょうどぴったりきた感じですね。
■後半のほうが、その意味ではストレートというかナイーヴな部分に触れるものなのかもなと思いました。
MARIA:そうですね。“キャスカ”とかは実際強く見られるけど、いまシミラボを何千人もの人が知ってくれるようになって、そのひとりひとりに「ちょっと待って、じつはあたしはこういう人で……」とかって説明できないじゃないですか。だから(自分のことは)言いたいように言ってくれよって思ってるんだけど、実際にラップをやってなかったら、あたしは超ふつうの人なわけだから――いまもふつうの人だけど――奥さんとかになって、彼氏とかに献身的に尽くしてたと思いますね。
■うーん、尽くす。でも実際にラップをやってなかったら……って選択肢はあったんでしょうか?
MARIA:いまはほんと、そういうふうには考えられないけど、でもいまだにラップやってることが不思議なことはあるかな。子どもの頃がいちばん弱かった時期だから……。家庭もそうだし、自分が置かれている環境(米軍基地と日本の学校との往復)もそうだし、自分を打ちのめす出来事が多くて。でもそんななかで、ヒップホップの「ワルそう」な感じにはインスパイアされたんですよ。自分をオラオラさせてくれる。
■そうか、本当に必要に迫られた、武装の手段でもあったわけですね。
MARIA:そうそう。だからいまでもそうなんですけど、ライヴするたびにすごく緊張するんですよ。やっぱり、みんながオラオラしてるあたしを期待してるわけじゃないですか。そして実際問題、あたしはそれに応えたくてしかたないんですよね。もちろん楽しんでほしいとも思うし、あたしのことを、あたし自身が憧れてきたラッパーたちみたいに思ってくれる子がいたらうれしいし。逆に、ヒップホップは自分にとっては武装だし居場所でもあったから、今度はあたしが逃げ場になってもいいなって思ってるかな。
■ああ、すごい。MARIAさんは担いだ神輿に乗ってくれるんですよね。そして、ふだん多くの人が抱えている負の思いを引き受ける存在。まさにスターとかヒーローの役割です。言い方が少し大げさになりますが。

ヒップホップは自分にとっては武装だし居場所でもあったから、今度はあたしが逃げ場になってもいいなって思ってるかな。
MARIA:やっぱり同じ人間だからね。そういうネガティヴなこととか文句とか、同じような気持ちになることは多いと思うんですよ。ヒップホップはそういう方向で発信しやすいというか。
■たとえば、細かい事情は抜きにして、わたしだったらMARIAさんのお父さんを許せるだろうか、とか素朴に思うわけです。でもMARIAさんはそういうことをひとつひとつ許していく。そしてその一方で、“ヘルプレス・ホー(Helpless Hoe)”みたいに攻撃もするわけですよね。その攻撃性っていうのはやっぱりヒップホップのひとつのフォームとして演じているものなんでしょうか? それとも分裂しているものなんでしょうか?
MARIA:最近、考えていたんですよ、矛盾について。人間って結局のとこ矛盾してるなって。その意味では演じているというよりは、このアルバム自体が人格で、だから矛盾してるって感じ。あたしってけっこう気分がコロコロ変わるから、いいときには「みんなおいで~」って感じだけど、そうじゃないときは、何か言ってやろうって思うこともあるんですよね。
この“ヘルプレス・ホー”に関しては女性だけじゃなくって、男性についても言えることなんですよ。なんか、自分のゴールに向かって努力するのはいいことだと思うんだけど、その努力の仕方ってものがあるじゃないですか。たとえば女だったら媚を売って、すり寄って、玉の輿を狙って……って、近道しようとする人たちがいるじゃないですか。そういう感じが好きじゃなくて。要は真実じゃない愛とか真実じゃない気持ちっていうのが嫌い。すごく嫌いです。それは男の人にとってもそうで、上っ面しかないものが嫌ですね。
■MARIAさんの気高さですね。こうしたリリックのなかに出てくる「あなた」とか「you」っていうのは、特定の対象を指していたりしますか?
MARIA:曲によりますけどね。たとえば、“ユア・プレイス”なんかは完全に過去の男たちですね(笑)。やっぱり、もとからラップをやっている人間って知ってて、そこを認めてもらった上で付き合いはじめる人ばっかりじゃないから。男の人って、女のほうがグイグイ前に出るのは嫌じゃないですか、たぶん。だからプライドの高い人と一緒になると、なんか、終わるっていうかね……。お互い疲れちゃうんですよ。あの曲はやっぱり、そういうときに頭に浮かんでた男性について書きました。
■ああー。そういう「you」も、曲になると普遍的なものに聴こえてきますよね。ヒップホップがとくに歌い手と「I」とが一致しやすい表現フォームだということなのかもしれませんが、音楽とか文学とかアートとかって、自分っていうものを切って売っていかなきゃ成立しないものだって思いますか?
MARIA:それは思わないですね。ヒップホップ=ストリートから生まれたもの、リアルなものっていう話になるけど、自分は妄想とか想像力があるんだかなんだか、ひとりで家にいてもマジでファンタジーな感じなんですよ。もちろんリアルな自分の気持ちとか言葉を発信するんだけど、でもやっぱり邪念とかそういうのをなくして、理性とかも捨てて、楽しい気分になりたいときがあるじゃないですか。そういう意味ではけっこうファンタジックで無責任な言葉もあるのかなって思います。
自分の思ったこととか感じたことを書いてるだけなんで、結局スーパー・ストレートなだけなのかもしれない。ただ自分は、自分のスーパー・ストレート自体が他の人とは少し違うのかなって思うところはあります。けっこうマイノリティっていうか、信念とかの話になるとけっこうみんなとズレてるって感じ。大人になると汚れるとは言わないけど、どんどんしゃあない、しゃあないって流していくようになると思うんですよ。でもその「しゃあない」ってなってるときに、気高いほうの自分がそれを見たらめちゃくちゃ食らうっていうか……。どうしてこんなにブレちゃったんだろうって、呆然としたことがあったんですよ、前に。そこから、何が何でもブレないようにって思うようになって。
欲深くて、愛しい
どんなに理性でいまこんな話をしていても、実際に人間でいる上は罪深い、っていうか。人として生きていく限り、絶対最悪な部分を持ってるから。
――でもやっぱり、愛が答え。それしかないって思った。
■去年やっていたアニメなんですが、人々の心のなかの負の感情とか暴力衝動みたいなものを数値化できるテクノロジーがあって、その数値に沿って人間を管理することで自治と平和を守っている社会が舞台なんですよ。その数値が一定以上上がると自動的に処罰とか処刑の対象になるっていう……
MARIA:あ、何でしたっけ、それ? 知ってる! 見てないけど、友だちがおもしろいって言ってた。
■『サイコパス』ですね。
MARIA:あ、言ってた。それだ。あたし、それらしいよ。
■それ……? あ、主人公ですかね! そう、いままさに主人公に似てるって言おうと思ったんですよ。罪を犯しちゃうような心の数値が上昇するはずのところで上昇しない。「くそっ、こいつムカつく、死ねっ」みたいに思っても、そこで殺意とか暴力衝動みたいなものに結びつかない人って設定なんです、主人公は。その子のことを指して、作中に「(世界を)よしとしている」って表現が出てくるんですが、MARIAさんはまさにそれですよ。「よしとしている」。
MARIA:ただね、何でもかんでもよしとしててもアレだから、撃つとこは撃たないと。これとかもそうだけど(“ボン・ヴォヤージュ”)、「欲深い生き物め」ってところの一行めと三行めを男性、二行めと四行めを女性に向けて書いたんだよね。結局、男も女も欲深くて、女は自分の住みかや心が満たされたりするならそれのために何でもするっていうようなところがあるし、男は男で性欲とかを満たすために何でもする人が多い。女の人と男の人で、欲の種類は違うけど、それを満たすために何でもするところは同じ。戦争だってそうだし。だから、そういう意味では人間が大っ嫌いとも言える。
■この「欲深い生き物」っていう言い方自体がすでに男とか女とかっていう区別を超えて、人間について言及されたものなんだろうなとは思いました。
MARIA:その欲のせいで力のないものが傷ついている ――動物とか子どもとか――と思うと許せないけど、でもやっぱり、愛が答え。それしかないって思った。結局そこに行きつくしかないって。
■みんな強くも完璧でもない。その人間の欠けた部分を埋めるものは愛しかない、というようなことでしょうか?
MARIA:そう、みんなそうじゃないからこそ、その部分を認めないと。自分にばっかり意識がいきがちだと思う。愛するっていうと大げさに聞こえるかもしれないけど、あたしけっこう何でも愛しいと感じる瞬間が多くて。仲間とか、動物なんてとくにそうですけど、対象物に対する愛しいっていう気持ちを持てるようになったら、みんなハッピーなんじゃないのって思う。まあ、感謝の気持ちを忘れないっていうような、学校の先生みたいな話になっちゃうけど。本当にそう思うんですよ。
■すごくよくわかりますね。ただ、音楽がすごく生き生きとしていたり、何かがすごく魅力的だったりするのは、強烈に欠けた部分があるからだっていうふうには思うんですよ。絶対条件というわけではありませんが。
MARIA:それは絶対ある。どんなに理性でいまこんな話をしていても、実際に人間でいる上は罪深い、っていうか。人として生きていく限り、絶対最悪な部分を持ってるから。だから結局、衝動に負けることもあるし、衝動で楽しい方をえらんじゃたりとか。それはわかってるんだけど、でもやっぱりここに行き着くんじゃない? っていうような。
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■MARIA・ザ・マザー
■境遇、について
■ヒップホップは近道ではない
■欲深くて、愛しい
■音楽と、ちょっとセクシーな話
■人任せじゃダメなジェネレーション
■アンチ・アンチ・エイジング
■音楽と、けっこうセクシーな話
音楽と、ちょっとセクシーな話
セクシーさね。それは超大事。親子の愛はピースだけど、男女の愛はピースじゃない。お互いが夢中になったら最高に気持ちいいわけじゃないですか、それって。
![]() Maria Detox SUMMIT |
■最近、音楽にあまりセクシーさを感じないですよね。いや、セクシーな音楽もあると思うんですが、とくに国内は音楽カルチャー全体がそういうフェイズじゃないっていうか。MARIAさんの音楽には生々しい男女観があったりもして、そこが少し異質でもありますし、音楽のなかに確実にダイナミズムを生んでいるとも感じます。だからMARIAさんに訊きたかったんですが、音楽にとってセクシーさって何だと思います? あと、愛っていろんなニュアンスがありますけど、セクシーさに関係あります?
MARIA:セクシーさね。それは超大事。親子の愛はピースだけど、男女の愛はピースじゃない。お互いが夢中になったら最高に気持ちいいわけじゃないですか、それって。盲目なものだしね。それは人間の欲の部分でもあるし、ピュアな部分でもある。欠点だらけの男女の結びつきが大事だってこの本(『街のものがたり』)のなかで言ったと思うんだけど、それは崇高なものだと思うんだよね。どうでもいい相手なら何も思わないけど、どうでもよくない相手なら苦しい。自分を苦しめる人ほど大事な人だったりする。
ただ、そこで勘違いしちゃいけないのが、その人だから苦しいのか、故意に苦しめられてるのかっていうことだけどね。でも結局、……あんまり大きい声で言っていいのかわかんないけど、あたしは少なくともセックスが好きなんですよ。
■……あ、えっと、かっこいい。それはなんというか……、いいお話ですね。本質的というか。
MARIA:うん、マジで本質ですよ。どうでもいい奴とやったら、それこそ惨めになるだけですけど、べつに、付き合う付き合わないはともかく、大事だと思う人ならばその瞬間に最高に満たされるし、その後もいい思い出として終わるし。そのときだけの関係っていうのもいいと思うよ、とは言ってるんですよ、“ゴッド・イズ・オフ・オン・サンデイ”で。「See ya later 朝までmommy」っていうのは、「mommy」ってセクシーな女の人のことを言ったりするんですけど、「朝までmommy」ってことは、その人に朝まで呼ばれるってことなんですよ。でもそれは「よっぽどいい男んときの話」。
■これはたしかにセクシーな曲ですね。
MARIA:そう、でもこの「よっぽどいい男」っていうのは見た目とかの話ではなくて、その人をリスペクトしているか、大事か、後悔しないか、みたいなこと。性的なものとアートはすごく結びついているから。愛情にしても恨みにしても、黒い気持ちってあるじゃないですか。愛とそういう黒い気持ちとは似ていると思うんですよ。ふつふつと沸きあがる感じとか。だから、そういうものと音楽を結びつけたらもう無限なんだろうなって思って作ってる。
■なるほど。
MARIA:だから、アーティストはセックスとオナニーをいっぱいしたほうがいいんですよ。
■なるほど!
MARIA:ほんとに(笑)。『ブラック・スワン』(ダーレン・アロノフスキー監督/2010年)って観ました? 映画。あれで、先生が「お前の表現力で足りない部分はそこだ」って言うじゃないですか。あたしめっちゃ共感できて。それは人間の本質だから。それを動かすものを知らないと、表現みたいなところでも出せないと思う。
■わかります。でも、お訊きしたいんですが、時代はもうずいぶんしばらく「草食系」が引っ張ってきましたよね。音楽だって、ポップ・マーケットに限って言えばボカロ音楽やアニメ音楽がオルタナティヴに機能していて、それはめちゃくちゃざっくり言えば「いい男」ではなくてメガネ男子が象徴する世界なわけです。
MARIA:うんうん。
■彼らは性的なものから疎外されているわけではけっしてないですけど、かといって『Detox』に出てくるようなワイルドで生々しいセクシーさに肉迫することもないと思うんです。そういうメガネ男子たちはどんなふうに見えているんですか?
MARIA:そうですねー、どうだろう。草食系の友だちもいるけど、実際、そういうふうに見えるだけで、意外とフタを開けると違ってたりね。それに自分が気づいてない、見えてないだけかもしれない。そういうものを受け止めてくれる人が出てきたときに、はじめて見えてくるものかもしれないし。……でも、正直、やっぱり自分には何も言えないですね、そのへんは。
■なるほど、そうですよね。わたしはこんな仕事をしていなかったら、もしかしたらシミラボやMARIAさんを知らないままだったかもしれないトライブの人間なんですが、やっぱりなかなかそのワイルドさセクシーさに距離があって……。聴いて触れればすごくかっこいいのに、触れるまでに超えなきゃいけないものがあってちょっと時間がかかったんです。
MARIA:うーん、そうだよねー。あたしは直接話すしかないと思ってて。2ヶ月に1回シミラボでやっている〈グリンゴ〉っていうイヴェントがあるんだけど、そこではあたし、酒の瓶持って客全員に話しかけますからね。「どう、飲んでる? 楽しんでる~?」って。だから、ラップとかしてる人間ではあるけど、みんなと何にも変わらないよって思ってる。小学校行ったし、中学校行ったし、やなことあったし、みたいな。でもヒップホップはいろんな音楽の要素を入れることができるから、そのよさは壁を越えて伝えたいとは思う。

シミラボの男たちはみんな痛みを知っているし、嘘をつかないし。自分の信念とか自分の意志がちゃんとしてるから、すごい魅力的だと思う。
■MARIAさんらしい、って言ってもいいでしょうか。とてもリスペクタブルなことだと思います。ところで、では世の中全般のこととして男子がどうかっていうふうに訊き直したいんですが、いまMARIAさん的に「いい男」っていうのはどんな感じなんですか。
MARIA:ぶっちゃけ少ないね。少ない。でも最近なんかキてるのかもしれないけど、マジやべえって思う男がふたりいた。
■へえー。そういう男の特徴って何なんでしょう?
MARIA:なんだろう、やっぱり自分の意見をはっきり言える?
■それは一般論として、日本男子には少ないイメージですよね。
MARIA:そうだね。あと、下心があったとしても、ちゃんと自立した男だったら、それがずる賢い感じで伝わってこないの。最近会ったその男たちに関して言えばそうだね。いやらしくないし、ずるくないの。正々堂々としてる。自立心と自分の意見、それが大事かな。
■それはそのままMARIAさんの理想の男性像と考えてもいいですか?
MARIA:それももちろん含まれる。あとは人の痛みだよね。そういうことがわかるのが最高に理想。それを知らないで育って人を傷つけてたら意味がない。
■シミラボの男性たちはその意味ではかなり理想の方々ではないですか?
MARIA:あ、シミラボのメンバーはね、メンバーだからこそ何もないけど、もう最高だと思いますよ。彼氏探してるいい女の子がいたら全然推す。シミラボやばいよって。シミラボの男たちはみんな痛みを知っているし、嘘をつかないし。もちろん相手との関係によって少し差は出てくるかもしれないけど、自分の信念とか自分の意志がちゃんとしてるから、すごい魅力的だと思う。
■よく、こんな人たちが揃うなあって、人間性や個人的な特徴ももちろんだし、音楽のセンスとかスキル、ルーツみたいなことも含めてけっこう奇跡ですよね。
MARIA:たぶんいまのシミラボのなかで「なんかちがくない?」みたいな人がいたら、すぐいなくなると思う。
■日本はやっぱり、海に囲まれつつほぼひとつの民族で歴史を紡いできた国なわけですし、みなさんそれぞれの出自というのがさまざまに摩擦を生んできた場面も多いと思います。そういった個人の背景にあるものが、絆を支える上で大きく関係していたりするんでしょうか?
MARIA:同じような環境にいるから、価値観が合うのかな。だから、なんでそんなことができるの? っていうような違和感もないし。みんな優しいんですよ。
■その優しさっていうのも、自分に気持ちのよいことをしてくれる、という意味ではなくて、もっと自立した強さのあるものって感じがしますね。
MARIA:うん、愛情深いですよ。それに、あたしはヒップホップについてDJみたいに詳しいわけじゃないし、音楽がよければ聴いてる、みたいな感じだったんだけど、それを誰かと共有するということがいままでなかった。それをはじめて共有できたのがシミラボですね。
人任せじゃダメなジェネレーション
ちょっと遊んだらその月ギリギリみたいな。それでこの国終わってるよねーとかって言ってるくらいなら、あたしはあたしのまわりの少人数を動かすから、お前はお前のまわりの少人数を動かせよ。
■OMSB(オムスビーツ)さんとかのインタヴューを読んでいたら、逆にMARIAさんが思ってもみなかったような、自由な発想を持ってきてくれるっていうようなことを言われてましたよ。音楽に凝り固まっていない人だからこそ見えるものっていうことなんでしょうね。
MARIA:そうなんだ(笑)。自由かどうかはわかんないけど、それはあるかも。音楽に入り込みすぎると、自分のなかでやばいと思う方向にしか行かないときがあって、それだとリスナーがついてこれなくなったりするんじゃないかと思う。
■そっちの方にもっと突き進んでいくっていう選択肢はないんですか?
MARIA:あたし自身が、どっちかいうと楽しみたい派というか。あんまり深くというよりも、楽しみたいという感じ。内側からぐわーって出てくるものとか、頭が固くならないもののほうが好きかな。だから「あたしはこういうスタイルなんだ」っていうのはあんまりない。
■このアルバムのなかにだって、メンツ的に見ればほとんどシミラボだなっていう曲もありますけど、そうじゃなくてMARIAのアルバムなんだっていう部分は、ご自身としてはどんなところだと思いますか?
MARIA:なんだろう……。“ムーヴメント”(“Movement feat. USOWA, OMSB, DIRTY-D”)とか、“ローラー・コースター”。パーティーしようよ、そんな固い話やめようよ、っていう。
■MARIAさんだからこそシミラボから引き出せたっていうような部分ですかね。そういうところは他にもありませんか?
MARIA:“ローラー・コースター”に関しては、ファンキー感。みんなファンクが好きなので。シミラボの輩(ヤカラ)感?
■あはは、そんな言葉があるんですね。ヤカラ感。なるほど。
MARIA:みんなね、殺してやろうみたいな考えが強いんですよ。「ぶっ殺そうぜ!」「何も言わせねえよ!」みたいな感じだから「えっ」ってなるんだけど、“ローラー・コースター”に関しては「まあ、まあ」みたいな。楽しくやりたくない? って。JUMAはもともと楽しいやつだけど、オムスもまあハッピーなやつなんだけど、よりハッピー感出せたんじゃないかなって思う。結局、シミラボ自体がすごく高い適応能力を持っているから、深く注文とかつけなくてもいいかってなるんですよね。USOWAとかも入っているけど。
■せっかく“ムーヴメント”のお話が出たのでお訊きするんですが、「人任せじゃダメなジェネレーション」って詞が出てきますよね。これはMARIAさんの実感ですか?
MARIA:これはあたしが書いたフックなんです。やっぱり、政治とかでもそうですけど、自分が動かないと何もはじまらないじゃないですか。何かしたいと思う気持ちが、「でも自分ひとりが何かしたって(どうにもならない)……」って諦めの気持ちに消されて、ムーヴメントを起こそうとしない人が多いと思うの。自分の意見も言えないし。でも結局そんなんじゃ何にも動かないし。経済的にも、ちょっと遊んだらその月ギリギリみたいな。それでこの国終わってるよねーとかって言ってるくらいなら、あたしはあたしのまわりの少人数を動かすから、お前はお前のまわりの少人数を動かせよ、それではじめてムーヴメントが起こるんじゃないの? って。ちっちゃいところから動かしていけば絶対変わるよ、って気持ちがある。
■その「変える」っていうのは、どんなこと、どんなイメージですか?
MARIA:さっき言ってたような人種問題とかがそうですね。ちょっと変わってると目立ちやすいじゃないですか、日本って。でもそれぞれの主張が強くなることで、バラエティのある国になると思う。あと、あたしストレートに言ったり書いたりしたことないんだけど、動物がマジ好きで、殺処分とか、本当に嫌なんですよ。ドイツとかだと保健所もないし、ペットショップもないんです。生体販売を行ってなくて。日本はオリンピック開催が決まったけど、そんな金につながりそうなところばっかり見てて、もっと大事なところを見てない。ペット業界もお金が入るからってことで産ませるし、売れ残ったら殺す。ゴミみたいな扱いだよね。あたしはそういうところでもムーヴメントを起こしたいって思ってるし、署名活動とかもやるし。あとは風営法。クラブなくなっちゃったら、もうヤバイじゃん。脳科学者も言ってるんですよ、ストレスをなくすには歌と踊りがいちばんって。それなのにクラブで踊れないって何だよって、ねえ? でも、その陰にはこっち側のマナー違反だてあるわけだし、人任せじゃなくて自分がしっかりしなきゃ。ちゃんとしてれば楽しいことも制限されないんだし。だから、ちょっとシャキッとしてくれよって思いますね。
■なるほど。それぞれが自立しよう、小さいところから動きを起こそう、というのは年齢に関係のない普遍的なメッセージだと思うんですが、それが「人任せじゃダメなジェネレーション」ってふうに世代の問題として書かれてますよね。そこが興味深かったのですが、他じゃなくて、とくに自分たちの世代にそれが必要だって思うんですか?
MARIA:なんか、友だちにこういうこと言っても、「へー、すごいね。そんなこと考えてるんだ。」で終わっちゃう。「すごいねー」じゃない、お前たちのことなんだって思うんだよね。
■それはうちらの世代特有、という感じですか?
MARIA:とくに多いんじゃないですか。逆に、自分たちより下の高校生とかのほうがちゃんと考えてるみたいに見えるんですよね。うちらの、いわゆるゆとり世代はちょっとどうかなって思うときはある。
■快速東京の哲丸さんも自分たち「ゆとり」について興味深いお話をされていたんですが(『ele-king vol.10』参照)、やっぱりわりと強い横の意識があるんですね。
MARIA:自分と同じくらいの年のほうが意見が聞きやすいってこともありますけどね。
■あ、それはそうですね。
MARIA:あと、あたしは一応、社会に出た経験もあるからね。親くらいの世代にもちゃんとしろよって思うことけっこうあった。大人になればほんといろんなことが「しょうがない、しょうがない」ってなっていく。あと、金に換算したりね。これだけ払ってるんだから、これだけのことをやれ、って。人間が、気持ちのあるものがそれをやってくれてるわけなのに、そこを考えないよね。人と人とのつながりが薄くなってきてるって感じる。
■大人っていう問題は、他人事ではないですね。人間としてもそうですが、ミュージシャンとしてどう歳をとっていくかっていう問題もあると思います。さっき言っていたかっこいい男子たちやミュージシャンは、かっこよく30代、40代になれるのか。
MARIA:シミラボのみんなはそれなりに……なれるんじゃないですか(笑)。
■あ、そうですね。
MARIA:いい味出るんじゃないですかね。少年の心を忘れないと思う。だからずっと若々しくいられると思う。あたしはわかんないな……もともと精神年齢が45(歳)とかって言われてるから。
■はははは!
MARIA:自分がどうなるかはわかんないですね。
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■MARIA・ザ・マザー
■境遇、について
■ヒップホップは近道ではない
■欲深くて、愛しい
■音楽と、ちょっとセクシーな話
■人任せじゃダメなジェネレーション
■アンチ・アンチ・エイジング
■音楽と、けっこうセクシーな話
アンチ・アンチ・エイジング
自分が中学生、高校生だったときに噛みしめていましたから。いまはいましかない。「若くいたい」って思いたくない。
■新しいですね、「45歳」って。では、こうなりたいっていうのはありますか?
MARIA:うーん(笑)、あんまり変わりたくはないですね。きっと惑わされるものがたくさんあると思うんですけど。
■女性誌とかファッション誌とかって読まれたりします?
MARIA:いやー、読まない。マジで本を読まない。セレブのゴシップ記事とかしか読まない。
■ははは、ゴシップ記事限定。
MARIA:リアーナ、へー。みたいな。
■服もコスメも髪型とかもとくに何を参照するでもなく?
MARIA:そういうのはネットで見ちゃう。あと、流行りがどうっていうよりも、こういうのしたーい! っていうのを調べるから。
■調べていて手本になるというか、ビビっときた人はいますか? アーティストとかでも。
MARIA:アーティストとかもあると思うけど、あたしほど感覚で生きてるやつもそんないないと思うからなあ(笑)。ファッションじゃないけど、ビビっときたのは、セレーナ・ゴメス。最初はガキくさい顔してるから好きじゃないと思ってたんだけど、最近『カム・アンド・ゲット・イット』っていう曲を出して、そのPVを観たら腕と脚が超長いの。それが超セクシーで、人間が平等だって誰が言ったんだよ? ってレベルなの。彼女はいわゆるアイドルって感じに言われやすい人なんだけど、そのわりには実力派だと思う。プロデューサーがいいのかもしれないけど、アルバムもよくて。彼女はすごいいい感じに仕上がってきてると思う。
■仕上がる(笑)。
MARIA:リアーナよりセレーナ・ゴメスって感じ。
■へえー。リアーナとか超メジャーな存在でも、アメリカで黒人でセクシーでヒップホップでってなると、なかなか具体的にマネしたり目指すべきロールモデルとして考えにくいところがありまして……
MARIA:うーん、そうかもね。でも、“ウィ・ファウンド・ラヴ”って曲だっけな、このPVを見たときに、これはシドとナンシーだろうなって。完璧にコンセプトはコレでしょって感じで、今年はイギリスきてんのかなと思った。でも、女の人で憧れる存在か……、基本、巨乳なんだよね。
■おお?
MARIA:巨乳は強いでしょ。
■そうですね、「貧乳」「つるぺた」っていう革命的なキーワードもありますが……。
MARIA:そこは強くない。
■ははは! 強くはないですねー。
MARIA:この間言ってたの。Eカップが最強だって。それを毎日見た男性は、何かの数値が高くて、長生きするって。
■へえー……、ええ!? ぶっとび科学ですね。
MARIA:あ、憧れる女性ひとりいたわ。杉本彩。
■それはまたセクシーですね。
MARIA:杉本彩と、マツコ・デラックスと……。
■それは巨乳枠なんでしょうか(笑)。
MARIA:はは、あとアンジェリーナ・ジョリー。この3人かな。すごく好き。
■みなさん強いですね、たしかに。あんまり日本人らしい日本人のなかにロールモデルはいなさそうですね。
MARIA:日本はないかな、やっぱり。体型が体型だしね。
■アイドルとかももちろん……
MARIA:全然興味ないですね。
■そうですよね。MARIAさんは黒髪時代も素敵でしたけど、きっと黒髪の意味が違いますもんね。
MARIA:うん。黒のほうが映えるかなってだけ。なんか、こんな適当な人いないよね。
■いや、まったく適当ではないですよ。
MARIA:適当、適当。最低限、その人が立ち直れなくなっちゃうようなところまでは言わないようにしてる、ってくらいで、すごい適当だよ。
■ははは、今日も話をお訊きしておきながら、なんだか聞いてもらっちゃってるような気持ちがしてきて。初対面なのに。そうか、これがMARIAという人のサイズかあ……って。これがマザーであり、「45」のサイズなんですね。
MARIA:そう、マザー。
■みんなアンチ・エイジングなのに。「30代女子は大人ボーイッシュ」とか「かわイイ女」とか。
MARIA:ああ、大っ嫌い。電車とかで中吊り広告あるじゃないですか。もうほんとメンドクセって思いますよ。最近唯一興味持てたのが安達祐実のヌードくらい。
■そんなことが……。
MARIA:そのくらいしかないですね(笑)。
■そりゃ「カーディガンだけでオシャレ度アップ」とか読みませんよね(笑)。
MARIA:ほんと、どうでもいい。うるせーよ、って。
■こういうのは、若返ること、若くいつづけることにコストをかけていく思考じゃないですか。それに対して「45」っていうのは新しいカウンターだと思いますよ(笑)。
MARIA:基本的に、若けりゃいいって考え方を改めたほうがいいと思うんだよね。
■では、若さってことに対して特に思い入れたことがあまりないんですかね?
MARIA:自分が中学生、高校生だったときに噛みしめていましたから。いまはいましかない。いまの見た目はいましかない。歳とったひとも、まだ小さい人も、必ず一回通る場所だから、「若くいたい」って思いたくない。
音楽と、けっこうセクシーな話
でもね、結局その領域にまで踏み込まないとダメだって思う。日本はもっとみんなセックスしたほうがいいですよ。
■でも、MARIAさんはすごい美貌でもいらっしゃるわけじゃないですか。それをとどめておきたいって気持ちはないのか……、セクシーってこととMARIAさんの容姿とは無関係ではないと思うんですけどね。
MARIA:セクシーではいたいですけどね。やっぱりやりたいから。……男を誘惑できなくなったら嫌じゃないですか。男がやりたいと思わない女になったら終わりだと思うんですよね。はははっ。
■あー、なるほど。
MARIA:(笑)
■ははっ、いや、流したわけではなくて! 本質的だなって、すごいなって思って。すみません。でも、セクシーさは見た目じゃないってことになりますよね。見た目じゃないセクシーさって何なんでしょう。
MARIA:えっとね、やっぱり、場数ですかね。
■(笑)……具体的(笑)。
MARIA:あははは! 場数っていうか、回数っていうか……(笑)。結局イったことあるかどうかだと思いますよ。
■おっと! ちょっと今日は、やばいですね!
MARIA:あはは! マジで? あたしなんて初めてイったのは……
■いやいやいや、そこまでで(笑)!
MARIA:(笑)でもね、結局その領域にまで踏み込まないとダメだって思う。日本はもっとみんなセックスしたほうがいいですよ。
(一同笑)
■なるほど、そうなんだ……
MARIA:そういう意味では、男の人も表現とか苦手だと思うんだけど。でも女性は褒められるとその褒め言葉が栄養になるから、もっと褒めてって言いたいな。
■大変深いお話がきけました。じゃ、最後に『Detox』っていうこのアルバム・タイトルについてなんですけど、この「毒(解毒)」っていうのは、もともと身体の内側にあったものというイメージなんでしょうか? それとも外から入ってきたものって感じなんでしょうか?
MARIA:自分のなかにあったものですね。あたしが子どもの頃からコンプレックスを持ってきたもの。その塊。
■ああー。世のなかにあるけがれみたいなものではなくて、内側で蓄積されていったもの、というイメージなんですね。
MARIA:でも結局世のなかのけがれについても歌ってるし、あたしのコンプレックスみたいなものについても言ってるし。両方にそんなに変わりはなくて、じゃあみんなでデトックスしようよ、みたいな感じです。CDの裏の方は真っ白なデザインなんですけど、それはデトックスされた、浄化されたというイメージですね。
■説教くさくキレイになろうって言ってるんじゃない感じがよかったです。「デトックスしよう」って、ちょっと宗教がかったニュアンスになることもあるじゃないですか。
MARIA:うんうん。説教キライ。
■MARIAさんの場合、そうならないところにセクシーさってものが絡んでくるって思います。
MARIA:それは、ラフさとか気軽さを意識したからでもありますね。教祖っぽくなったり説教になったりすると、お前誰だよ? ってことになるじゃないですか。そういうことになると、人は話に入ってこなくなると思うんですよ。なんで、そういうところでは気軽に話しかけてきてよって考えながら、作ってますね。
■なるほど。今日はほんとに、話をお訊きしながら、むしろわたしが受け止めてもらったような感じがいたします。ありがとうございました!






