![]() Mala - Mala in Cuba Brownwood Recordings / ビート |
これはロマンスである。冒険であり、成熟でもある。多くのダブステッパーはベルリン、アメリカに行った。アフリカを選んだ連中もいる。昨年のDRCミュージックの『キンシャサ・ワン・トゥ』、今年の『シャンガーン・シェイク』のような作品は、21世紀のワールド・ミュージックのあり方の一例となった。
マーラはキューバに行った。その結実として生まれた『マーラ・イン・キューバ』は、今日のDJカルチャーによるベストな1枚となった。これは大げさな表現ではない。プロデューサーのジャイルス・ピーターソンは、1990年代に彼がロニ・サイズや4ヒーローで実現させたことを、マーラというダブステップ界の英雄の才能、そして、彼の努力を信じることで再度成功させた。ピーターソンはまさに鉱脈を掘り当てたと言える。
"Introduction"の打楽器によるシンコペーション、ピアニストのロベルト・フォンセカによる穏やかなコードの重なりは、この名作のはじまりに相応しく美しい。ロンドン郊外の冷たいコンクリートの地下室で生まれたアンダーグラウンド・ミュージックがカリブ海諸島でもっとも大きな島、多彩なリズムを擁するキューバと結ぶばれたのだ。
マーラのバイオグラフィーを簡単に紹介しよう。ダブステップのオリジナル世代で、コード9と並ぶ硬派、伝説的レーベル〈DMZ〉のメンバー、デジタル・ミスティックズ名義で作品を出し、ゴス・トラッドの作品をリリースしている〈ディープ・メディ〉の主宰者でもある。
マーラの作風は、レゲエからの影響を反映していることで知られているので、カリブ海とは必ずしも遠いわけではない。が、サルサのリズムがダークなベース・ミュージックとどのように交流し、混合されるのかは未踏の領域だった。ジャイルス・ピーターソンのような知識豊富なプロデューサーがついているとはいえ、勇気を要する挑戦だったろう。以下の取材においてもマーラは、彼自身がキューバ文化に関して無知だったことを正直に明かしている。
たとえば"Changuito"、この曲ではシンコペートするカウベルの音からはじまり、しばらくするとド迫力でダブステップのビートが挿入される。このシンプルな構造には、しかし激烈な移転の魅力がある。このような見事な雑食性は、"Mulata"のようなサルサのピアノを注いだ曲をはじめ、アルバムの一貫した態度となっている。無理矢理日照時間を引き延ばすわけでもないが、真夜中の美学で統一されているわけでもない。マーラはその両者の反響を手際よく捉えている。スペイン語の歌が入った"Como Como"は前半のハイライトのひとつだが、こうした不安定な異国情緒は、ラロ・シフリン(映画音楽で知られる)の領域にまで接近している。
DJカルチャーらしい大胆なミキシング......つねにそこには多彩なリズムがあり、低周波が響いている。"Calle F"はラテン・ジャズのベース・ヴァージョンだし、マーラ自身もお気に入りだという"Ghost"にいたっては、リズム・イズ・リズムの"アイコン"のリズミックな恍惚とも近しい。宝石のようなアルバムが欲しいかい? ここにあります!
キューバについて実はあまり知らなかったんだ。キューバ音楽といえば、多くの人が知っている『ブエナ・ヴィスタ・ソーシャル・クラブ』くらいのもので、音楽のことも文化のことも、ほとんど何も知らなかった。
■あなたのバックボーンにレゲエがあるのは有名な話ですが、同じカリブ海とはいえキューバは言葉も文化も違います。キューバの文化や歴史に関してどう思っていましたか?
マーラ:実はあまり知らなかったんだ。キューバ音楽といえば、多くの人が知っている『ブエナ・ヴィスタ・ソーシャル・クラブ(Buena Vista Social Club)』くらいのもので、キューバ音楽のことも、キューバ文化のことも、ほとんど何も知らなかった。
■ジャイルス・ピーターソンとの出会いについて話してもらえますか? 彼からはどのようなアプローチがあったんでしょう?
マーラ:ジャイルスとは、彼のBBCラジオ番組でインタヴューを受けたり、〈ブラウンウッド(Brownswood)〉のポッドキャストに出演したりしたことが数回あったのと、以前から僕の音楽をプレイしてくれていたし、イヴェントで共演したこともあったから、お互いのことはよく知っていた。けれども直接制作で直接関わることはなかったから意外だったね。
ある晩に突然電話がかかってきて、「キューバで『ハバナ・カルチュラ(Havana Cultura)』というアルバムを作るんだが、少し趣の違うアーティストを入れたいから、一緒にキューバに来ないか?」と声をかけてくれた。それが最初で、一度ロンドン・ブリッジの近くのパブで会って、ギネスを飲みながら、プロジェクトについて話し合ったんだ。そのときに彼が知っているキューバの話をしてくれて、僕は逆にキューバのことは何も知らないことを伝えた。話を聞いたら、とても誠実なプロジェクトだと感じて、それに誘ってもらえたことをありがたく思って、2011年の1月に最初のキューバ訪問に出かけたんだよ。
■彼は長いあいだ、世界のクラブ・ジャズ・シーンをリードしている人物ですが、あなたから見てジャイルスの良さはどこにあると思いますか?
マーラ:ジャイルス・ピーターソンのような人物は、本当に音楽にとって重要だ。これまで素晴らしい功績を残していて、素晴らしいミュージシャンたちと仕事をしてきただけでなく、つねに最先端で、気持ちが若々しい。彼はつねに新しい切り口や、新しい音楽、新しいアーティスト、新しい音楽の紹介の仕方を考えている人。ジャイルス・ピーターソンみたいな人はそういない。僕の知っているなかで近い存在といえばフランソワ・Kもそういう人だね。年齢はずっと上だけど、音楽に対する考え方はとても先駆的で、古いやり方にとらわれていない。
とにかくジャイルスと一緒に仕事が出来たことは幸運だと思っているし、彼は僕がこのアルバムを制作していた1年のあいだ、とても辛抱強く見守ってくれた。ジャイルスはずっと僕の作った音楽を楽しんでくれていた人だから、僕は別に誰かに認められたいと思っているわけじゃないけれど、自分のやっていることに自信を持たせてくれた。誰でもそう思わせてくれるわけじゃないからね、ジャイルスのこれまでの歴史があるからこそそう思わせてくれる。彼は根っからの「ミュージック・マン」。そんな彼に信頼してもらえて本当に嬉しく思うし、ジャイルスとは生きている限り、いい友人でいられるんじゃないかな! プロジェクトが終わったからといってなくなる関係ではなく、一生続いていくものだと思う。
■最初このプロジェクトに誘われたとき、あなたに迷いはなかったでしょうか?
マーラ:誘われたときにすぐ「やりたい」と思ったよ。だから、すぐにやる気があることを伝えたけど、そう返事してから、家族や友だちにプロジェクトのことを話してどう思うか意見は聞いた。でも、絶対に逃してはいけない機会だと最初から思ったよ。こういう企画はそう頻繁にあるものではないし、むしろ一生に1回あるかないかのチャンスだ。それくらい、大きな意味があるものとして受け止めた。僕の慣れ親しんだものとはまったく違うから、冒険でもあったけど、ときにはそういうものに飛び込んでみるべきだと思った。
[[SplitPage]]ダブステップに興味は持ってくれたね。ベースの大きさに驚いていたのは間違いないけど(笑)。エンジニアが、「こんな低い周波数をどうやって歪まないように録音するんだ?」って不思議がっていた。彼らが聴き慣れている音楽とはだいぶ違ったと思う。
![]() Mala - Mala in Cuba Brownwood Recordings / ビート |
■実際、ハバナで体験したことについて教えてください。印象に残っていること、感銘を受けたことはなんでしたか?
マーラ:キューバでは本当に印象に残る体験をたくさんしたんだけど、例えば、僕が作ったトラックをスタジオで流していたときにダナイがそれを聴いて、「この曲私にちょうだい」というので渡したら、翌日それに合わせて歌詞を書いて来て、すぐに録音した。こういう体験だけでも、僕にとってはとても新鮮だった。これまでヴォーカリストと一緒に曲を作ったことはほとんどなかったから。しかもスペイン語で歌う歌手なんてね。彼女の歌詞の意味はわからないけど、でも雰囲気で伝わることがたくさんある。あれはハイライトと呼べる瞬間のひとつだった。
もうひとつは、ある夜にジャイルスと僕がホーム・パーティに呼ばれてプレイしていたときに、男性がやって来て「一緒にプレイしていいか?」と聞かれたんだけどどういう意味かわからなくて、MCでもするのかと思ったら、トランペットを出して来た。「いいよ、どうぞどうぞ」と言ったら、僕のトラックに合わせて演奏し出した。それがとても良かったから、「明日スタジオに来ないか?」と誘ったんだ。そしたら実際に来てくれて、アルバム中の2曲で彼のトランペットがフィーチャーされてる。もしそのパーティに僕たちが出ていなかったら、彼が参加することもなかったわけだから、特別なことだったと思う。
あとは、ドブレ・フィロ(Doble Filo)というキューバのヒップホップ・グループのエドガロ(Edgaro)とイラーク(Yrak)というラッパーの家に遊びに行ったら、小さな煉瓦造りの家で、中庭でラップトップ、ドラマー、ベーシスト、ギタリストとキーボーディストがいてリハーサルをしていた。その光景だけでもとても印象に残ったし、キューバはとてもカラフルな場所でどの場面を切り取っても絵になるし、ストーリーがある。他にも思い出はたくさんあり過ぎて話しきれないけどね!
それに、町中には、たくさんの音楽が溢れている。
■どのぐらいの滞在で、具体的にはあなたはどのようなセッションをしたのでしょうか? あなたはビートを作って、そこに現地の演奏を録音していったんですか?
マーラ:キューバには合計で3回行ったけど、毎回1週間ほどの滞在だった。1回目は10日間だったかもしれないな。3回目は最近だったんだけど、それは(制作ではなく)プレイしに行ったんだよね。
1回目のキューバ訪問の際に、ロベルト・フォンセカ・バンドが、約15種類のキューバン・リズムを僕のために録音してくれた。ロベルト・フォンセカはピアニストで、他にドラム(ラムセス・ロドリゲス)、コンガ(ヤロルディ・アブレウ)、ベース(オマー・ゴンザレス)がいた。それに、キューバの有名なティンバレス奏者であるチャンギートに参加してもらった曲もある。あと、"Calle F"という曲ではトランペット奏者(フリオ・リギル)にも参加してもらった。基本的には、キューバで彼らの演奏を録音し、それを僕が自分のスタジオに持ち帰って、僕がその素材を使ってアルバムにまとめたんだ。
■作業自体はスムーズにいきましたか?
マーラ:難しかったことはたくさんあったけど、もっとも苦労したのは、開始してから9ヶ月くらい経って、録音した素材とひとりでスタジオで格闘していたときかな。僕はこれまで、完成品のイメージを事前に持って曲を作ったことがなかった。普段はとにかくスタジオに行って、やっているうちにかたちが出来ていって曲が完成するという風に作っていた。でも、これだけたくさんの素材を前に、それから何か作らなければいけないということだけ決まっていて、実際に何をしたらいいのかわからなくなってしまった。客観性を持てなくなったというのかな。そういう体験をしたことがなかったから、新たな挑戦だった。
僕にとって音楽作りは迷路のようなもので、ゴールに辿り着くためにはいろんな経路を辿ることができる。でも、どれか道を進んでみないと、それが正しいかどうかはわからない。間違っていたら突き当たってしまい、また同じ道を逆戻りすることになる。でも、その迷路自体を自分が作っていて、自分で作った迷路のなかで迷子になってしまったような感覚だった。その過程で、何度かジャイルスや〈ブラウンウッド〉に「行き詰まってしまって、完成させられるかどうか分からない」なんて連絡したこともあったよ(笑)。そのときに、ジャイルスとも仕事をしたことがあって、僕の友人でもあるプロデューサーのシンバッドが手を貸してくれた。何度もスタジオに来てくれて、僕がやったものを聴いて客観的な意見をくれた。何曲かは共同プロデュースになっている。ミックスも一緒にやった。彼の協力は本当に有り難かった。彼のお陰でどんなアルバムにすればいいのか、より明確なイメージを掴むことができたよ。
■キューバのミュージシャン、キューバの人たちはダブステップのことを知っていましたか?
マーラ:興味は持ってくれたね。ベースの大きさに驚いていたのは間違いないけど(笑)。ロベルト・フォンセカのエンジニアが、「こんな低い周波数をどうやって歪まないように録音するんだ?」って不思議がっていた。彼らが聴き慣れている音楽とはだいぶ違ったと思うけど、ロベルト・フォンセカと彼のバンドは世界中をツアーしているから、エレクトロニック・ミュージックにも触れているし、平均的なインターネットを使えないし外国にも行けないキューバ国民より、いろんな音楽を知っている。
■アルバムの冒頭に入っている言葉は何を言ってるんですか?
マーラ:ははは。あれね、実は僕も何を言っているのかずっとわからなかったんだよ。スペイン語だしね。彼が言っているのは、「僕たちの音楽は止めようとしても止まらない、こういう風にもできるし、ああいう風にもできる......」というようなこと。この言葉を冒頭に持って来たのは、最初に「ハロー」って入っているだろ?あれを家で流したときに、息子が聞いて「ハロー」って返事をしたんだ(笑)。だからアルバムのはじまりにちょうどいいかと思って。喋っているのはコンガのプレーヤーなんだけど、実際にセッションのはじまりに、少し話しながらウォームアップしていく感じが、アルバムのイントロとして相応しいように感じたんだ。
■アルバムの曲で、あなた個人のお気に入りはなんでしょうか?
マーラ:うーん。どれかなぁ~。強いて言うと、最後に一晩で作った曲かな。他の曲のミックスダウンの途中で、その作業がとても長かったから、すこし飽きていたところだった。何か気分転換をしようと思って、おもむろにビートを作りはじめた。そうやって、ほぼ一晩で作ったのが"Ghost"というトラックだった。他の曲もすべて気に入っているけど、この"Ghost"は僕をどこか違う次元に誘ってくれるような曲。最後の最後に、どうして突然作り上げることができたのか、自分でもよくわからない曲なんだ。今年の3月に作ったばかりだよ。翌日にシンバッドがミックスを手伝いにスタジオに来たんだけど、彼にこの曲を聴かせたら椅子から転げ落ちそうになっていたね(笑)。一緒にメロディカや生のハンドクラップを足して、アルバムに加えることにしたんだ。
あとは、"Changes"という曲もすごく気に入っている。でも完成させるまでに苦労した分、すべての曲に思い入れがあるし、苦労が報われたと思えるよ。
多くの人は〈DMZ〉のリリースやイヴェントが、ダブステップの基礎を築いたと言うけれど、もともと僕は自分がやりたいことを追求しようとしてきただけで、シーンをどうこうしようと思ったことはない。
![]() Mala - Mala in Cuba Brownwood Recordings / ビート |
■ジャイルス・ピーターソンから何らかのサジェスチョンはありましたか?
マーラ:制作の途中で、いくつかのトラックを送って聴いてもらったときに、どれが好きかという意見はもらったけど、最終的に収録した14曲の順番や中身に関してはジャイルスもレーベルのスタッフもまったく関わっていない。出来上がったものを、「完成品です」と渡しただけだったよ。それをジャイルスが聴いて、幸運にもとても気に入ってくれた。彼は完全に僕を信頼してくれて、僕の作る音楽を信じてくれていた。その分、距離を置いて見守ってくれたね。
■それだけ信頼してくれたからこそ、あなたも自信を持って取り組めたということですね。
マーラ:そう、その通り。
■今回のプロジェクトをやってみて、もっとも良かった点はなんでしょうか?
マーラ:このプロジェクトに携わったことで、僕の考え方は大きく変化した。理由はたくさんあるけれど、そのひとつが、まず僕はアルバムの制作を依頼されたことがなかった。僕自身は、アルバム制作にこれまであまり興味がなかった。だから、それが大きな変化だった。ミュージシャンと共同制作するという体験も大きな変化だった。それもこれまで体験したことがなかった。キューバを訪れたことも、初めての体験だったし、外国でレコーディングすることも初めてだった。テープを使ってレコーディングするのも初めてだったし、それを64チャンネルの巨大なSSLデスクを通してやるのも初めてだった。あんな美しいスタジオで、レコーディング・エンジニアと一緒に仕事をしたことなんてなかった。録音された素材に対して、自分がやることを周りがどう思うかなんていままで気にする必要がなかった。ひとりでしか音楽を作ったことがなかったからだ。
だからこのアルバムの制作過程のすべてが、僕自身のエゴを捨てて、自分がわかっていると思っていた音楽の作り方をいちど忘れなければならなかった。このプロジェクトにアプローチするためには、自分自身を変えなければいけなかったんだ。自分がやりたいこと、やるべきことに真摯に向き合うということだけでなく、ジャイルスや、〈ブラウンウッド〉や、『ハバナ・カルチュラ』、そして何よりもロベルト・フォンセカと彼のバンド、ダナイ・スアレスなどのミュージシャンたちに対してリスペクトを持つことの大切さを学んだ。彼らが僕に教えてくれたこと、それは音楽だけでなく、人として教えてくれたことは本当にかけがえのないものだった。
■この経験、そしてこの作品は、ダブステップのシーンにどのように還元されるのでしょう?
マーラ:この経験は間違いなく、僕の今後に大きく影響してくると思うよ。一度、新しい考え方や仕事の仕方を学んでしまうと、もうその前の自分には戻れないよ。今後も、いままでやって来たように音楽は作り続けるけど、キューバの要素は、常に僕のなかのどこかに留まり続けるんじゃないかな。それはグルーヴかもしれないし、新たなサンプリングの仕方かもしれないし、とにかく多くのことを学ばせてくれたプロジェクトだった。
■今回のような音楽的な成熟はダブステップのシーンのひとつの可能性だと思うのですが、あなた自身は今日のダブステップのシーンについてどのような意見を持っていますか?
マーラ:たしかに僕はダブステップのシーンに深く関わって来たし、多くの人は〈DMZ〉のリリースやイヴェントが、ダブステップの基礎を築いたと言うけれど、もともと僕は自分がやりたいことを追求しようとしてきただけで、シーンをどうこうしようと思ったことはない。そもそも「シーン」というのは誰かがコントロールできるものではないし、誰かが支配出来るものでもない。だから、僕は自分自身の方向性や、やりたいと思うことだけを考えるようにしている。この作品が、シーンに有益な何かをもたらせることができれば嬉しいとは思うけどね。
■最後に〈ディープ・メディ〉について質問させてください。スウィンドルの「ドゥ・ザ・ジャズ」が今年の自分のなかのベストなシングルなんですが、あの曲に関するあなたの評価を教えてください。
マーラ:あれはアメージングなレコードだね。僕は音楽を聴くときに、好きか嫌いかということはあまり考えなくて、何を感じるかということに重きを置いているんだけど、スウィンドルの作品は僕にとってもとても興味深くて、さまざまな影響の消化の仕方がとても独特だと思う。例えばハービー・ハンコック......彼はジャズの人間だからね、彼の音楽の作り方はとてもジャズ的だと思う。そんな彼のベース・ミュージック、サウンドシステム・カルチャーへの取り組み方は他の人とまったく違う。
スウィンドルのことは、シルキーとクエストを介して知ったんだ。彼らがスウィンドルの曲をかけていて、僕は聴いた途端に「何だこれは? 面白いぞ」と思った。その後いくつか彼の曲を聴いて、2ヶ月くらい経ってから、連絡してみようと思った。〈ディープ・メディ〉からリリースする気はないかと訊いてみた。そしたら幸運なことに、彼もとても喜んでくれてレーベルに加わることになったんだ。
ちょうど彼の2枚目のシングルのマスタリングが終わったところだよ。今回のはまたジャズとは少し違ったアプローチの作品になっている。発売は10月頃になると思う。彼はとても若くて、たしか僕よりも10歳くらい年下なんだけど、とても集中力があって、行動力があって努力家だ。もうすでに何年もがんばってきている。自分のレーベルもやっているし、とてもアクティヴだね。最近の多くの若いアーティストは、いちどレーベルと契約すると、あとはすべてレーベルがやってくれると思いがちだ。でも実際はそうではない。アーティスト自身も努力してがんばり続けないといけない。彼にはそういうミュージシャンシップがある。彼はいま本当にがんばっているから、向こう数年間たくさんの作品を聴けると思うよ。アルバムの制作にも取りかかっているし、常に曲を作っているからね。僕自身も彼の活躍をとても楽しみにしているよ。
■最後に、〈ディープ・メディ〉がヴァイナルにこだわる理由について、あなたの考えを教えてください。
マーラ:僕らはデジタル配信もしているけど、僕個人ににとってヴァイナルは大事なフォーマットなんだ。〈ディープ・メディ〉でリリースしている曲の99%は僕が実際にプレイする曲で、僕はヴァイナルをプレイするから。どちらかというと、僕個人のわがままだね(笑)。僕がレコードを集めるのが好きで、僕のレコード・コレクションに加えたいから(笑)。やはり音質が一番いいしね、大きなシステムで鳴らせばわかるけど、とくに僕の関わっているような音楽に関しては、このフォーマットで再生するのが最良の方法なんだ。それに、アーティストが血と汗と涙を流して作った作品だからさ、やはり手で触れるモノとして持っておきたいと思うのは自然だと思う。完成したという証でもあるしね。モノになって、やっと次の新しいことに取り組める。僕自身は、デジタルで発表するだけでは達成感が得られないな。
MALA & COKI / DIGITAL MYSTIKZ JAPAN TOUR 2012
11/2(金) 大阪CONPASS (問) TEL:06-6243-1666
11/3(土・文化の日)DBS 16th Anniversary 東京UNIT (問) TEL:03-5459-8630
https://dbs-tokyo.com/
=============================================














『Max Payne』より。いまでは当たり前となったバレット・タイムはこのゲームから始まった。







XINLISUPREME - 4 Bombs

