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Sleep ∞ Over

Sleep ∞ Over

Forever

Hippos In Tanks

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橋元優歩   Nov 02,2011 UP

 スリープ∞オーヴァーに関しては、まず本作制作前にふたりのメンバーが抜けて実質ステファニー・フランチオッティのソロ作品になってしまったというエピソードから語られる。2009年オースティンにて女性3人で結成されたスリープ∞オーヴァーは、スウィートでサイケデリックなファズ・ポップを作るバンドだった。2010年には〈ライト・ロッジ〉や〈フォレスト・ファミリー〉から7インチをリリースし、とくに前者はピュアX前身のピュア・エクスタシーとのスプリットだったこともあり、期待と注目を集めはじめていた矢先のことだ。去ったふたりは新たなバンドを始動させている。どのようないきさつがあったのかは知らないが、ひとりになってしまったフランチオッティが名義を変えることもなく「この作品は意図的にこれまでの音と違ったものを目指したわけではない。けれど自分自身が次のレベルに行こうと思ってレコーディングしたものだ」と話しているのを読むと、なにか胸を突かれるものがある。結果としてこのアルバムは、ドローニングなシンセが厚くレイヤーを重ねる、哀しげで優美なアンビエント・ポップになった。

 グライムスやエズベン・アンド・ザ・ウィッチなど、あるいはハウ・トゥ・ドレス・ウェルらに通じるが、フランチオッティにもまたゴーストリーでウィッチな音のたたずまいがある。コクトー・ツインズと比較されることも多い。〈4AD〉的でゴシックな耽美性はたしかに感じられないではないが、たとえば冒頭の"ビハインド・クローズド・ドアーズ"などの霧深い森で深くまどろむようなドローン作品には、グルーパーのような襟の正しい、凛とした気品があり、これを感じないことにはスリープ∞オーヴァー=フランチオッティの音楽のもっとも美しい部分を見ないことになるだろう。ひとりの女性、人間としての尊厳、そしてひとりのアーティストとしての誇りや覚悟、そうしたものが厳しくそそり立つような音である。

 彼女のヴォーカルも美しい。透明で伸びやかだが、どことなく諦念というか人の世を静観するような雰囲気がある。ヴォーカルの乗る曲は、旋律自体もとてもリリカルで耳なじみがいい。"ロマンティック・ストリームス"などはそのヴォーカル・メロディと、鈍く輝くシンセのレイヤー、おもいきって深いリヴァーブがアニメ的ともいえるスケールの大きな物語を喚起する。リード・シングル"カジュアル・ダイアモンド"よりもこちらのほうがドラマチックで印象的な曲かもしれない。"カジュアル・ダイアモンド"もスペクタクルな歌ものトラックだ。びりびりとオーヴァー・コンプ気味なプロダクションが木枯らしのように吹き荒む風を思わせ、ゲート・リヴァーブをめいっぱいきかせたスネアがゆったりと時間を刻む。ヴォーカルはエアリーで澄んだ響きをしているが、情念的だ。これらの対極にあるのが"クライング・ゲーム"かもしれない。引き伸ばされた音がゆらゆらと陽炎をひき、絶え間ないノイズが隙間を充たし、シンセがスペーシーに拡張をつづける。モーターのように唸るシグナルのようなベース音がそれを抑制する。心象のすさまじい描出というか、彼女の情念が滅した後に、そこに低気圧のように流れ込んでくる風といったイメージだ。"フライング・ソーサーズ・アー・リアル"はそれをまた反転させる。音の気流がフランチオッティの声という中心を得てふたたび上昇する。

 筆者にはジャケットの人形がその存在感を象徴するかにみえる。上野の法隆寺宝物館にたくさん並んでいるような、古代的な身体を持った鋳物。よく見れば現代的でエロティックな姿をしていて、ウィットに富んだアート作品であることがわかるが、現代人の感情移入など許さないような、人を突き放すようなプリミティヴさがある。そうした超個性とも言うべき静かな迫力がこの作品の全体像だ。超個性のイメージはやがて『フォーエヴァー』永遠性へと旋回するだろう。しかし像のうしろをよく見ると、はっきりとした影がのびている。これを解題すると、飛翔や浮遊感のある彼女の音楽自体、実際のところは地上の音楽であり、地上から見上げる永遠性なのだ、ということではないだろうか。つまり、それを本当に手にし、感じることはできない。深い断念のようなものも同時にはりついた作品だと思う......ここまで言うと妄想にすぎるかもしれない。だが、フランチオッティの音楽は、そうさせる音楽なのだ。

橋元優歩