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Toddla T

Toddla T

Watch Me Dance

Ninja Tune/ビート

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野田 努   Aug 05,2011 UP

 昔の話だが、ある女友だちから相談されたことがあった。彼女はいま言い寄られている男がいると、電話口で言った。その男のことは嫌いじゃないが、とくに好きでもないと彼女は打ち明けた。僕はそれで、彼女からいろいろとその男についての情報を仕入れた。そしてその男のレコード・コレクションについて突っ込んだところ、音楽の知識が豊富な彼女に対して男のほうのそれはあまりにも貧弱だということがわかった。「レゲエのレコードの1枚も持っていないような男とはつき合うなよ」というのがその晩の僕の結論だった。彼女はその言葉にものすごく納得した様子だった。そうね、ダブとロックステディの違いも満足にわからないような男じゃねと、彼女は言った。
 故トニー・ウィルソン(〈ファクトリー〉レーベルの創設者にして映画『24アワー・パーティ・ピープル』の主人公)に有名な言葉がある。「人は僕になぜマンチェスターからは良いバンドが生まれるんだ? と訊いてくる。答えは簡単だ。マンチェスターのキッズは、他のどの都市のキッズよりも良いレコード・コレクションを持っているからだ」
 僕にしてみたらこの発言は、UKの音楽シーン全体を言い当てているように思える。UKには他のどの国よりも良いレコード・コレクションを持っているキッズがいる(まあ、いまはデジタルの時代なのでレコード・コレクションではないのだが、しかしよく音楽を聴いているという点では昔と変わらない)。そうした"伝統"のなかで、とりわけUSのブラック・ミュージックとジャマイカ音楽のコレクションは、UKのポップ・ミュージックにおけるはっきりとした個性となっている。もう長いあいだそうなっている。これはもう、相変わらずの話だが、USのインディ・シーンが自国のブラック・ミュージックや距離的に近いジャマイカと繋がることはそうないが、より距離のあるUKにおいては、しかしより身近にインディ・シーンに影響を与えている。ジェームス・ブレイクにあってウォッシュト・アウトにないものは、USの主流のポップスであるR&Bからの影響である。ま、そういうわけで、トドラ・Tもまた、実にUKらしい魅力を持った作り手として僕はけっこう好きなのだ(JポップにもUSのブラック・ミュージックやジャマイカ音楽から影響されたというものがあるにあるが、おおよそ彼らの音楽には野太いベースもなければ唸るようなグルーヴもない、あるいはバカぎりぎりのファンキーさもない、見事に飼い慣らされているというか......)。

 トドラ・Tを特徴づけているのは何よりもまずはレゲエだ。とにかくダンスホールであり、そしてヒップホップとR&B......というとグライムのように思われるかもしれないが、トドラ・Tの音楽はつねにポップで、そして明るい。あの陰気な国にしては珍しくドライで、あの工業都市シェフィールド出身にしてはやけにアッパーで、ときに笑える。2009年にリリースされた彼のデビュー・アルバム『スカンキー・スカンキー』は、当時は「ダンスホールにおけるマイク・スキナー」と形容されたもので、昨年来日したときにそのことを本人に言ったところ「なぜそんな風に呼ばれたのかわからない」とこぼしていたが、それはもう、そのアルバムがスカンクを捲きながらゲラゲラ笑っているような、スカンキーな内容だからに決まっている。トドラ・Tの音楽の魅力とは、つまり、聴きながら1点を見つめてしまうようなものではないのだ。
 そういう意味では彼がルーツ・マヌーヴァから信頼され、また今回〈ニンジャ・・チューン〉に移籍したことも必然と言える。そして......彼のような根っからのパーティ野郎が、本当に20年ぶりのパーティの季節を迎えているUKにおいて新作を出したらどんなことになるか言うに及ばずだが......とにかくここにまた、時代が作らせたダンス・ポップのアルバムが誕生したわけだ。

 『ウォッチ・ミー・ダンス』が主張しているのは、どう考えてもレイヴ・カルチャーである。ルーツ・マヌーヴァが吠えているタイトル曲の"ウォッチ・ミー・ダンス"のファンキーなグルーヴ(リミックス盤ではアンディ・ウェザオールがセイバーズ時代を彷彿させるダンス・ヴァージョンを披露)、ショーラ・アマをフィーチャーした"テイク・イット・バック"の1992年スタイルのレイヴ・ポップ......あるいは"クルーズ・コントロール"のブレイクビーツ・ハウスや"バッドマン・フルー"におけるどや顔のダンスホール・スタイル......イギリスっていう国は景気が良いときにはブリット・ポップで、景気が悪くなればそれに比例するかのようにダンス・カルチャーが燃えたぎるようである。まあ、デヴィッド・キャメロン首も保守党とはいえ、なにげに大麻好きをほのめかしているし、妻は入れ墨を入れているし......、よくわからん。
 僕がもっとも好きなのはあざやかな赤色のカラー・ヴァイナルで先行リリースされた、ロイシン・マーフィーが歌っている"チェリー・ピッキング"。シンプルだがブリブリと唸るベースを前面に打ち出しながらレゲエのグルーヴを応用した、実にUKらしいキャッチーなシンセ・ポップである。ミズ・ダイナマイトが歌っている2曲----ラヴァーズ・ロック調のメロウな"ハウ・ビューティフル・イット・ウッド・ビー"とルーツ・レゲエ調の"フライ"も素晴らしい。『ウォッチ・ミー・ダンス』は確実にダンスのアルバムだが、良いレコード・コレクションに基づいた、サーヴィス満点の多彩な作品である。
 
 ところで、冒頭に書いたエピソードだが、僕の友人は、同じようなシチュエーションで「ジミヘンを知らないような男とはつき合うなよ」と言ったそうである。もちろんこいうのはある種のたとえ話で、まあ、人それぞれ言い方があるのだろうけれど、音楽とは応援するフットボール・チームの選択と違ってある程度の「a way of life」を示すものなのだ。
 

 なお、末筆ながら、最高に格好良かったフットボーラー、松田直樹選手のご冥福を祈りたい。

野田 努