「Nothing」と一致するもの

Anna Calvi - ele-king

 またしても女性シンガーの登場。先週のリア・アイシスに続き美女二連発、この後、橋元優歩が書くことになっているジュリアナ・バーウィックで三連発......というわけだ。世間的な評価で言えば、リア=対抗馬、そしてこのアンナ・カルヴィ=本命、ジュリアナ=穴馬、といったところだろうか。いずれにせよ、アンナ・カルヴィはもっぱら2011年の本命と評されている女性シンガーである。リアとジュリアナはブルックリン、アンナはロンドン。リアは疲れた女、ジュリアナは打ち込み女、そしてアンナは......。
 彼女はヴォーカリストであり、ギタリストだ。トム・ヴァーレインとライ・クーダーをブレンドしたような、魅力的なギターを弾く。スライドギターの名手で、フランメンコ・ギターも弾いている。アルバムの1曲目がギターによるインストゥルメンタルであることからも彼女のそれが飾りではないことをうかがい知ることができるが、歌手にしておくのがもったいないほど、アンナ・カルヴィはギター弾きとしても光るモノを持っている。
 彼女への期待を膨らませたのは、最初に彼女がYouTubeにアップしたいくつかのカヴァー曲――デヴィッド・ボウイ"サウンド&ヴィジョン"をはじめ、レナード・コーエン"ジョーン・オブ・アーク(ジャンヌ・ダルク)"、TV・オン・ザ・レディオ"ウルフ・ライク・ミー"、エルヴィス・プレスリー"サレンダー"――だが、試しにひとつでも観ればわかるでしょう。ドイツ表現主義的な白黒の映像のなかで演奏するカルヴィは(その白々しい演出にもかかわらず......)実にキマっている。

 ele-kingではスルーしてしまったけれど、アマンダ・ブラウン(LAヴァンパイアーズ)とコラボ・シングルも発表した、ゾラ・ジーザスが昨年欧米では3枚目のアルバムによって話題となっている。まだうら若きロシア系アメリカン人は目下ゴシック・リヴァイヴァルをうながす女として注目を集めている。スウェーデンのフィーヴァー・レイがこの流れのきっかけとなっているというが、ゾラ・ジーザスはなかなか妖美なルックスで、アンダーグラウンドのアイドルとしての資格充分である。そして、この手の、つまり稲妻が走る闇夜のミュージックホールのステージに立っているポップ・ヴァージョンがアンナ・カルヴィ......といったところだろうか。

 エディット・ピアフのファンであるという彼女は、ピアフが歌っていた"イザベル"という曲でデビューしている。彼女の、ジム・モリソンめいた暗い情動を秘めた声とセクシャルな歌いっぷりは魅力たっぷりで、ニック・ケイヴがフロントアクトに彼女を抜擢するのもよくわかる。と同時に、ニック・ケイヴが惚れ込むのがわからないほど、彼女のデビュー・アルバムはキャッチーでもある。アルバムには"デザイアー"という、まるでブルース・スプリングスティーンめいたアップリフティングな曲まであるように、これはメインストリームのポップ・アルバムだ。"スーザン・アンド・アイ"と"ブラックアウト"という2曲が、アルバムにおける最高のポップ・ソングである。僕がもっとも好きなのは"ザ・デヴィル"という、彼女の美しいギター演奏と控えめなパーカッションで構成されている曲。なお、アルバムのプロデューサーは、PJハーヴェイとの仕事で知られるロブ・エリス。日本盤には彼女のデビュー曲である"イザベル"も収録されている。

 先日、〈TempleATS〉よりデビュー・アルバム『12 Seaspnal Music』を発表したYAMAANですが、この度、その収録曲のゴールドパンダ・リミックスがフリーダウンロード解禁になりました! パンダ節とも言える叙情とつんのめり気味のチョップがYAMAANの潔癖な音楽性とみごとに合っています。

(試聴)
https://soundcloud.com/yamaan
(ダウンロード)
https://www.megaupload.com/?d=O0UUZN4U

YAMAAN - ele-king

最近散歩するときに良く聴くアルバム10枚(順不同)


1
Yagya - Rigning - Sending Orbs

2
戸張大輔 - ドラム - Bumblebee Records

3
Gold Panda - Lucky Shiner - R&C LTD

4
Teebs - Ardour - Brainfeeder

5
Bibio - Vignetting the Compost - Mush

6
Inner Science - Elegant Confections - Plain Music

7
Mono Fontana - Cribas - Intoxicate Records

8
Pat Metheny - As Falls Wichita,So Falls Whichita Falls - ECM

9
Hikaru Utada - Heart Station - EMI Music Japan

10
Brian Eno - Ambient4:On Land - Astralwerks

Radiohead - ele-king

 ここのところ毎日iPodの再生ボタンを押して、ダウンロードしたばかりのこの作品を聴いている。世界中でそれと同じことが同時におこなわれているかと思うと、やはりただならぬ興奮を覚える......世界でももっともビッグな場所にいる彼らレディオヘッドの新しいアルバムは、またしても唐突に届けられた。前回のように価格を自分で決めさせはしていないが、1週間も経たないうちに発売される作品の購入方法は各々の判断に委ねられた。評論家も業界人もコア・ファンも関係なく、まったく同じ条件で彼らの新作に向き合うことを余儀なくされたのだ。
 レディオヘッドのこのリリースの狙いは、まず聴き手を能動的にさせるということである。ある程度プロモーションがおこなわれ、作品の情報が出回った頃に発売されるという旧来のシステムに慣れているリスナーを引きずり出し、まったくのバイアスのない状態で自分たちの音を聴かせる。するとそこにはある種の緊張が発生する。レディオヘッドはリスナーに自分たちの音楽を気軽に聴くことを許さない......というのは言い過ぎにしても、簡単に消費されることをきっぱりと拒絶している。それは消費社会の内部にいることを自覚しながら、そのことに対する違和感や抵抗を表現してきた彼らなりの実践である。

 ともかく再生ボタンを押せば、レディオヘッドの新作ははじまる。オープニングの"ブルーム"は反復し続けるビートの上で、細かい音が出入りし続ける複雑な構造のナンバーだ。微細な電子音やノイズがざわめいている様はまるでフライング・ロータスのようだが、トム・ヨークの物憂げな歌とジョニー・グリーンウッドによる優雅なストリングス・アレンジがそれをレディオヘッドの楽曲にする。世界中から待望されたアルバムに相応しい、スリリングな幕開けだ。
 アルバムには8曲しか収録されておらず、内容的にちょうど前半と後半に分かれている。前半を特徴づけているのは反復とダンサブルなアップ・ビートだ。2曲目、3曲目はギター・ロックの範疇ではあるものの、(トム・ヨークが好んで聴いているような)クラブ・ミュージックからの影響は確実に溶け込んでいて、とくにミニマル・テクノないしポスト・ダブステップからの反響を嗅ぎ取れる。4曲目の"フィラル"はアルバム中もっともアヴァンギャルドなトラックで、バタバタと鳴るドラムが神経質に繰り返されれつつ重たいベースラインが地を這い、トムの声が幽霊のように浮遊する。数年前なら恐らくIDMスタイルでやっていたであろう楽曲だが、それを生音のバンド・アレンジで挑んでいるところにレディオヘッドらしい変わらぬ前進への意志を感じ取れるだろう。ここまでアルバムは不穏なムードで進行する。
 続く"ロータス・フラワー"は作品中もっともキャッチーなメロディを持ったナンバーで、本作のシングル的な役割を果たしている。トムのファルセット・ヴォイスの魅力がここから発揮される。"ピラミッド・ソング"を彷彿させるようななかばドリーミーな"コデックス"、そしてトムの声がループしこだまし続けるフラジャイルなラヴ・ソング"ギヴ・アップ・ザ・ゴースト"......そうだ、この曲は去年のフジ・ロックで初めて聴いた。そのときの夜の空気の冷たさを思い出す。アルバムはここでもっとも美しい瞬間を迎える。つまり後半は、レディオヘッドらしいエレガントでメランコリックなメロディが堪能できるということだ。
 本作ではこれまでの彼らの音楽的な成果がしっかりと咀嚼され、また実験性と美しいメロディという彼らの魅力がもっともわかりやすく、また慣れた手つきで示されているアルバムにもかかわらず、繰り返し聴いていても不思議と掴みどころのない印象を受ける。不穏なようでいて上品で、細部はカオティックなようでありながら構造はシンプルだ。反復するビートのせいか、あるいは陶酔感のあるメロディのせいか......どこか催眠的な効果を持った作品でもある。何度聴いてもアルバムはあっという間に終わり、そして僕はまた再生ボタンを押す。

 しかし思えば、レディオヘッドとはつねにそういうバンドであった。そのテーマの重さや抽象度の高いサウンドのために、作品を自分のなかに完全に取り込むにはかなりの聴きこみと時間を要するのだ。
 それは彼らのディスコグラフィ中もっともポップな佇まいを持った前作『イン・レインボウズ』も例外ではなかった。はじめあのアルバムを聴いたとき、"ヌード"、"オール・アイ・ニード"、"レコナー"、"ヴィデオテープ"と、あまりに美しいナンバーが何曲も収められていたために、とてもスウィートな作品であるように僕には思えた。彼らが描いてきたような醜悪で陰鬱な世界のなかにも、「僕が必要なのはあなただけ」だと言える「あなた」が存在することについてのアルバムであると。そしてその「あなた」とは、年を重ねて父親になった彼らにとっての次世代のことだろう、と。
 しかし何度も聴いているうちに、ことはそんな単純ではないように思われてきた。歌の主人公たちはむしろその「あなた」がいることで、苦悩しているような印象を受けるのだ。"オール・アイ・ニード"では誰かに愛を無防備に捧げることを躊躇い続けているし、"ヴィデオテープ"は家族に残す遺書のような内容だった。愛する者たちがいるからこそ、この世界に対する恐怖や不安が拭えない、というような......。加害者になることを余儀なくされる世界のシステムの醜さに対する苛立ちが描かれた『OKコンピューター』はむしろ、若さがなせる業だったのだとそのとき僕は理解した。次世代に素直に託すほど、この世界は美しくも素晴らしくもない。しかしそれでも、限られた時間のなかで無力さを噛み締めながら、「あなた」のことを想い続けるしかないのだと......スウィートで、とてもヘヴィなアルバムが『イン・レインボウズ』であった。

 『ザ・キング・オブ・リムス』のリリックはネット上に聞き取りによるものが出回っているだけで、まだ完全にはわからない。だがラスト・トラックの、明るくも暗くもない奇妙な浮遊感のある"セパレーター"の言葉が何かのヒントになるかもしれない。「もしこれで終わりだと考えているなら、それは間違いだよ」というのは、何かしらの終わりをイメージさせた『キッドA』や『イン・レインボウズ』のエンディングとは異なるものだ。白昼夢のようなモチーフのこの曲で、トムは「起こしてくれ」と繰り返す。それは、この世界の晴れない憂鬱がこれからも続いていくことを覚悟しているのか、あるいはそれから目を覚ますことを望んでいるのか......それはまだよくわからない。しかし、「長く疲れる夢から目を覚ますようだ/ついに僕が抱えていたすべての重さから解放された」というのは、それがどんなものであろうとも現実に向き合い、悲観するのでもなく楽観するのでもなく、純粋に覚醒していたいという表明のように僕には思える。少なくとも、いまの時点では。
 いずれにせよ、これから僕たちリスナーは平等な立場でじっくりとこのアルバムを聴きこみ、読み解いていくことになるだろう。それでいい。レディオヘッドの音楽は、聴き手が考え抜いたその先でこそ美しく響くのだから。 そうして彼らは、僕たちを長い夢からこの世界へと覚醒させようとしている。

Chart by JET SET 2011.02.28 - ele-king

Shop Chart


1

DORIAN

DORIAN MELODIES MEMORIES EP.2 »COMMENT GET MUSIC
第2弾シングルにはLuvraw & Btbとの"Nasty Ice Cream"や、G.Rina参加の"Natsu No Owari"も収録です!『Melodies Memories』からのアナログ・カット第2弾。Luvraw & Btbとのアーバン・ディスコ最強チームで贈るA1、G.Rinaとの相性もバッチリの80s青春シティ・ポップ・ナンバーB1、アルバム・タイトル曲でもある煌きシンセ・ディスコA2など、名曲揃い!

2

QUASIMODE

QUASIMODE MAGIC ENSEMBLE E.P. »COMMENT GET MUSIC
話題沸騰中の"Whisky's High feat. AFRA"を収録!quasimodeの5thアルバムからサンプラー12インチが登場!ジャイルス・ピーターソンが絶賛する日本が世界に誇るジャズ・カルテット、quasimodeの国内アーティストとのコラボレーション作、4曲を収録した限定12インチ。重量盤(180g)、フルカラー・スリーヴの豪華仕様にてお届けです!

3

ACHIDA

ACHIDA EDITS VOL.1 »COMMENT GET MUSIC
Mr. E改め、Achidaのエディット集が到着!2010年末から2011年にかけて、都内のクラブを中心にスマッシュ・ヒットとなった"Last Train"をはじめ全11曲を収録したエディット集!

4

IKEDA X

IKEDA X VOL.01 »COMMENT GET MUSIC
池田○典さんの弟という噂のIkeda Xが当店のノベルティーに続きCDをリリース!2010年末から2011年にかけて、都内のクラブを中心にスマッシュ・ヒットとなった"PA 212515"をはじめ全9曲を収録したエディット集!

5

MR RAOUL K

MR RAOUL K INTRODUCING MY WORLD »COMMENT GET MUSIC
1st.アルバムからの2nd.アナログ・カットが到着!!よりオーガニックな楽器の存在感が増したアフロ・トランスのアルバム・タイトル・トラック"Introducing My World"、ポリリズミックなパーカッションとヴォーカルが鮮烈な印象の"Africa"、いずれも素晴らしい傑作。確実に深化を遂げた表現。これぞ Mr Raoul Kサウンドを堪能出来る大推薦盤です!!

6

UNKNOWN

UNKNOWN E IS PORTAL YO&KO'S DANCE EDIT / »COMMENT GET MUSIC

7

LARRY TIGER

LARRY TIGER ALONE ON THE GREEN EP »COMMENT GET MUSIC
Tiger & Woodsでお馴染みの人気レーベル"Editainment"第6弾!!"ポパイ"から間髪置かずに早くも届けられた新作第6弾。各トラック共にボーナスビーツも収録してのブッ飛びエディット天国。特にもっちゃりとぬかるんだ"沼"テンポのB面"Eagle"が強烈過ぎる傑作!!迷わずマストです。

8

IKE

IKE SUPERNATURAL »COMMENT GET MUSIC
いまだ謎多きIkeによるPhilpot第3弾。今回も極太!!ヘヴィなアシッド・ベースとパーカッションによる振動グルーヴにジャジーな男声ヴォーカルの取り合わせがインパクト絶大な"The Mojo"、カッコイイです。Sascha Diveもお気に入りの模様の一枚!!

9

MOPHONO

MOPHONO CUT FORM CRUSH »COMMENT GET MUSIC
Gaslamp Killerを凌ぐインパクト! SFの気鋭が放つブルージー・ブレイク・マッドネス!剥き出しでザラついた極太ドラム・ブレイクをジャズやアフロのリズムを織り込みながら壮絶なまでにノイジーに突き進む快作。 Flying Lotus、MCにSubverseが参加。

10

RAHAAN

RAHAAN ON & ON »COMMENT GET MUSIC
御馴染みの漆黒リエディット盤、新作30番が入荷致しました。お勧めです!!シカゴの人気DJ/エディターRahaanによるStilove4musicからは3作目となる新作エディット。Ron Hardy関連ワークのリリースで御馴染みのRDYでもピックアップされたMach"On & On"をベースに繰り広げられるマッシヴ・エディットを収録したA-Sideを筆頭に、いずれも大推薦の即戦力クオリティ!!

Coco Bryce - ele-king

 下北沢のスーパーでイチゴを買おうと思ったら、棚の後ろ側で何やら蠢いているものがいる。それはヒモに繋がれたブルドッグで、よく見ると不器用にイチゴを食べている。屋外に並べられたイチゴのパッケージから大きなイチゴを銜え出して、好きなだけ食べていたらしい。犬ってイチゴを食べるのかーと感心していたら、少しずつお客さんが集まってきてアハハと笑い声が上がり、ひとり、おばさんだけが店の人に知らせに行った。しばらく店内にいたけれど、「店の前に犬をつないでいるお客さ~ん」というような呼び出しはなかったので、もしかしてほったらかしだったりしたのかしら。さすがにイチゴはほかの店で買うことにして、僕は踏み切りを渡ってジェット・セットに辿り着く。本当はイチゴではなくてココ・ブライスのファースト・アルバムを買いに来たのである。下北沢というところは何をしに来たのか目的を見失いやすい街である。

 目的を思い出して買うことができたココ・ブライスは期待以上の出来だった(目的を思い出すことができて本当によかった。ある意味で、それはブルドッグのおかげである。皆さんもイチゴを食べるブルドッグを見たら、自分がいま、何をするためにそこにいるのかよく思い出してみましょう。あなたはもしかすると月から転生してきた戦士だったのかもしれないのです。亜梨子! 紫苑!)
 スクウィーの背後にクレーム・オーガニゼイションなどのダッチ・エレクトロがあったことは復刊エレキングにも書いた通り(P10)。北欧で地道に続けられてきた試行錯誤とダブステップとの交錯からメサクやダニエル・サヴィオといった才能が浮上し、現在もその裾野は計り知れないものになりつつある。裏を返していえば、この辺りから生まれてくる音楽は線引きが日を追って難しくなり(あるいは無意味になり)、とくにフライング・ロータス周辺とビートが混ざり合うようになってからは何が飛び出してくるのかまったく見当がつかなくなってきた(昨年の僕のベスト・シングルはホヴァトロン「レッツ・ゲット・ウェット」だったりするけれど、これなんか、スクウィーかどうかはギリギリで、そのようなわかりにくさのなかにフロントラインであることが感じられるともいえる)。
 そのような趨勢のなかでココ・ブライスに強く感じられることはヒップホップの要素が増大し、結果的にエレクトロに揺り戻している......ように聴こえることだろう。過剰な要素を太いビートでまとめて行く手際は線が細くなりやすいスクウィーとは対照的で、チップチューンを多用しながらもゴージャスな印象を残すところが大きく違う。エイフェックス・ツインがURをリミックスしたら......というのはさすがに大袈裟だけど、変態じみた骨太のサウンドをイメージしてもらう助けにはなるかもしれない。あるいはスクウィー版ドリアン・コンセプトか。
 まだまだ出てくると思う。この辺りからは。ブルドッグの目の前にあった無数のイチゴのように。

[Electronic, Dubstep] - ele-king

1. Tin Man / Nonneo | Absurd Recordings


 ケン・キージーの『カッコーの巣の上で』から早50年、新年早々L.Aの〈アブサード〉から興味深い「アシッド・テスト」が届きました。〈アブサード〉はセカンド・サマー・オブ・ラヴの当時からU.Kの最前線で活躍するハウスDJのエディー・リチャーズを中心に、タイガー・スキンやデイヴ・DK等、DJの目線からシンプルにグルーヴを追及したテック・ハウスをリリースしています。そして今回新たにスタートしたシリーズがその名も〈アシッド・テスト〉です。
 この〈アシッド・テスト〉はいわゆる「アシッド・ハウス」に焦点を当てたリリースをしていくラインのようです。ハウスもテクノもトランスも音楽自体はDJピエールの"アシッド・トラックス"から地続きのもので、それぞれを音楽から明確に分ける定義は存在しないのですが、TB-303を元にするベース音はこれらの音楽に共通して用いられ重用な役割を担っています。TB-303とは〈ローランド〉が作ったベース・マシンの名称でいわゆる「アシッド・ハウス」の音色を決定付ける楽器のひとつです。
 なぜジャンルの細分化が進んだかと言うと、野田さんのアレックス・パターソンのインタヴューを参考にしていただくとありがたいのですが、80年代にパンクがヒッピーを批判したように、90年代の初頭にジュリアナに代表されるお立ち台のナンパ箱でかかっていたアシッド・トランスとデトロイトやシカゴからリリースされていたアンダーグランドなハウス、テクノを区別する必要があったからです。
 そしてダニエル・スタインバーグ、ミュートロンのレヴューを参考にしていただけるとありがたいのですが、「アシッド」はテクノを構成する基本的な要素であるためにリヴァイヴァルを繰り返しています。そしてまさにいま「アシッド」は再び息を吹き返しつつあるのです。それはクリック、ミニマル以降のテクノ・シーンのなかで音楽性の向上とグルーヴの組み換えに重点が置かれたモダン・ミニマルへの反動によるもので、ベルリンの〈ベルクハイン〉を中心に活動するマルセル・デットマン、このシングルでもリミックスで参加しているミニマル以降のトランスの可能性を追求するドナト・ドッジー、ダブステップとハード・ミニマルを結びつけハードコアの復権を試みるトラヴァーサブル・ワームホールなど、単純でピュアな"シビレ"をフロアがふたたび求めはじめているのです。日本では沖縄在住のイオリがこの流れのなかでディープなトラックをリリースしています。
 〈アブザード〉はロンドンのファブリックを中心としたテック・ハウスのシーンから「アシッド・リヴァイバル」を画策しているようです。シリーズの1番を飾るのはカリフォルニア生まれウィーン在住のアシッド狂、ティン・マンことヨハネス・アウヴィネンです。自ら主宰する〈グローバル・エー〉をはじめ、パン・ソニックの〈キー・オブ・ライフ〉、パトリック・パルシンガーの〈チープ〉、ペンシルバニアの〈ホワイト・デニム〉などから一貫して「ACID」をテーマにしたリリースを続けています。〈エフ・コミュニケーション〉の中核であるヨリ・フルコネンが指揮を執り、10台のTB-303を使用し行われたインスタレーション、アシッド・シンフォニー・オーケストラにも参加していました。昨年〈グローバル・エー〉からリリースされた3枚組みのアルバムでは、全曲ノンビートのドローンやアンビエントが集められ、TB-303のアシッド音響を用いた、従来のハウスとは異なるアシッドへのアプローチをみせていました。
 今回のシングルではメランコリックなメロディーとTB-303の絶妙なヨレ具合が心地よいリラックスした空気のディープ・ハウスとクラシカルで穏やかなアンビエントを聞かせています。ハードな質感ではなく独特の音の歪みを引き出したトラックです。ドナト・ドジーのリミックスはオリジナルのダヴヴァージョンと言えるもので、深いエコーの中で原曲のメロディーが浮き沈みするディープ・ミニマルを聞かせています。
 90年代には激しければ激しいほど良いとされた「アシッド・ハウス」ですが、ゼロ年代以降のミニマルで濾過されて、ほんの少しかもしれませんが変化を遂げているようです。(メタル)

2. Sepalcure / Fleur | Hotflush Recordings


amazon iTunes

E王 その昔......とういか、いまもそうか、マシン・ドラム名義(10年前、プレフューズ73と比較されたアブストラクト系の雄)でならしたトラヴィス・スチュワートがダブステップに転向してからの2枚目のシングルで、はっきり言って素晴らしい。
 ジェームス・ブレイクの"CMYK"の影響を受けながら、IDM系のドリーミーなテイストをダブステップに変換したタイトル曲は、「この手があったか!」と。ソウルフルな"ユア・ラヴ"は『パラレル・ユニヴァース』の頃の4ヒーローというか、アンビエント・テイストの浮遊感が心地よい。とにかくドラム・プログラミングの細かさは見事で、彼の長いキャリアを感じる。もっとも長い"ノー・シンク"は、マウント・キンビーの方法論を、ダブの実験台で引き延ばしている感じ。 (野田 努)

3. George Fitzgerald / Don't You | Hotflush Recordings


amazoniTunes

 スキューバによる〈ホットフラッシュ〉レーベルが、いまダブステップとハウス/テクノの両方にまたがっていることをあらためて証明する1枚。レディオヘッドの新作を聴いたけれど、アントールド以降のダブステップからの影響を受けていることに驚いた。だって......いわゆるハウスやテクノに接近してからのダブステップである。フロアよりのテクノ系ダブステップだ。
 実際、スキューバの〈ホットフラッシュ〉、アントールドの〈ヘムロック〉、ラマダンマンの〈ヘッスル・オーディオ〉、元〈ニンジャ・チューン〉のスタッフによる〈アウス(Aus)〉......このあたりはいまもっとも勢いを感じる。ジョージ・ジェラルドの"ドント・ユー"は、ジョイ・オービソン的なスムーズでソウルフルなグルーヴをさらにミニマル寄りにした感じで、B面のスキューバのリミックスは完全に4/4ビートのテクノ。きっとメタル君も気に入ってくれると思う。(野田 努)

4. Adele / Rolling In The Deep (Jamie XX Shuffle) | XL Recordings


iTunes

 ジェイミー・XXが隠し持っていた才能は、彼のギル・スコット・ヘロンのリミックス(シングル買ってしまったよ......)で充分に証明されたわけだが、アデーレのこのリミックスでもそれは引き続き発揮されている。ジェイミーによるトラックはスローテンポのハウスとエキゾティックなクラップのブレンドで、アデーレのソウルフルなヴォーカリゼーションとの組み合わせが実にユニーク。まさにハイブリッディである。
 しかし......これも「NYイズ・キリング・ミー」と同じ片面プレス。MIAのラマダンマンのリミックスもそうだったけれど、1曲で1100円は高いぞ。(野田 努)

5. Mizz Beats / Are We The Dictators? | Eglo Records- Minimal, Techno -


 これもまた、グライム/ダブステップの新たなる"ネクスト"を象徴する1枚でしょうね。それをひと言で言えば、ブロークンビーツもしくはニュー・ジャズへの一歩。1曲目の"ザ・デイ・ビフォア・トゥモロウ"は4ヒーロー×1990年代初頭のカール・クレイグといった感じのジャジー・フロウを持ったスペース・ファンク。B面の"ソファ・ビート"と"2ビット・ロード"もソウルフルなフュージョン・テイストで、〈ディープ・メディ〉から発表した前作におけるティンバランドとネプチューズからの影響とはずいぶんと離れている。女トラックメイカーのミズ・ビートによる3枚目のシングルは、ある意味予見的な内容となった。(野田 努)

6. SBTRKT / Step In Shadows EP | Young Turks- Drum n Bass -


amazoniTunes

 仮面を被ったサブトラクト――すでにベースメント・ジャックス、MIA、マーク・ロンソン、アンダーワールドといった大物から、ホセ・ジェームスやジーズ・ニュー・ピューリタンズ、タイニー・テンパーなど幅広いジャンルの重要作品のリミックスを手掛けている。いかに彼が期待されているのかを物語っていよう。
 これは4曲入りのシングルで、もっとも人気のあるキャッチーな"ルック・アット・スターズ"が収録されている。"ルック・アット・スターズ"はホントに良い曲、キーボードのメロディはマイク・バンクス調で、ドライヴするベースラインは宇宙を駆け抜ける。
 B面の"コロナイズ"の最初のベースライン、これもまたたまらない。フューチャー・ガラージとかなんとか言われているけど、オジサンの耳にはUKのベース・サウンドとシカゴ・ハウスの融合に聴こえる。
 ちなみにこれ、アナログ盤のレーベル面の曲名がA面B面逆になっている。プリントミスでしょうね。(野田 努)

メシ食わせろ! - ele-king

 UKのテクノ・ミュージシャン、マシュー・ハーバートの2006年のアルバムに『プラット・ドゥ・ジュール』という作品がある。これは食文化の危機をテーマにしたアルバムで、彼はこの作品を作るためにサーモンの養殖場から有名レストラン、下水溝や家庭ゴミの集積場まで歩き回った。そして、グローバリゼーションの時代において、食卓に並べれた食べ物の食材がどうやってそこにやって来たのかを調査した。僕は当時、その主題を面白いとは思ったけれど、彼が強調する食の問題を切実に感じることはできなかった。
 ......が、2011年、もはやそんな悠長なことも言ってられなくなってしまった。われわれの食生活、日本の農業シーンを激変させるであろう、環太平洋戦略的経済連携協定、通称「TPP」(Trans-Pacific Partnership)がいま騒がれている。
 TPPとは、元々は多国間の自由貿易協定のことだが、現状を意訳すれば、米国主導による大規模な規制緩和のことになっている。日本の農家で作っていた野菜よりも格安な米国産の野菜が、どかっとスーパーの野菜コーナーに並んでしまう。すでに農業組合は反対しているが、TPPの規制緩和は食だけにとどまらない、それは医療や保険など広範囲におよんでいる。
 
 じゃがたらのギタリストだった人物は、いま、政治的な問題に取り組んでいる......。去る2月中旬のある晩、OTOさんから電話があって「この問題を誰かと話したい」と言う。二木信に相談したところ、それなら思想家の矢部史郎さん(ドライ&ヘビーのファンでもある)がいいんじゃないかと。そんなわけで、われわれは高円寺の素人の乱のフリースペースを借りて話すことにした。(野田努)

野田:オトさんがTPPを気にしたのってどんな経緯だったんですか? 

OTO:昨年、僕のまわりはCOP10で盛りあがっていたんです。

矢部:ああ、生物多様性を守ろうという。

OTO:そうです。そのあと、昨年の10月に横浜APECがあって、そこでTPP参加への意志を菅直人が表明したでんすよね。

矢部:そうでしたね。

OTO:で、TPPとは別に、年次改革要望書というのがあって、表向きは「成長のための日米経済パートナーシップ」についての文書なんですけど、内容的には米国政府から日本政府への要望ですね。その内容がけっこうすごい。しかもこんな重要なことが日本語では読めないんです(笑)。アメリカの財務省のホームページに「今年は日本にこういうことを要望しました」ということが細かく書かれているんですね。

矢部:小泉政権の時代はそれを毎年やっているんですよね。

OTO:みんなその通りにやっているんですね(笑)。

矢部:郵政民営化とかね。

OTO:裁判員制度もそう。で、あるとき「あれ? これって変じゃん」と思ったんです。それで、2008年の年次改革要望書とTPPを照らし合わせてみました。

矢部:ああ、なるほど。

OTO:そんなマニアックなことをするヤツもそういないと思うんだけどね(笑)。そうしたら、内容がTPPとほぼ同じでした。そして、その次の年次改革要望書をずっと楽しみにしていたんです。いつ読めるのかなって(笑)。そうしたら、2010年は出なかったんですよ。

矢部:小沢一郎が止めさせたという説が。

OTO:さすが知ってらっしゃる。そうなんですよね。僕は小沢一郎がどこまで絡んでいるか知らないけど、とにかく日本と米国の関係がギクシャクするときはだいたい中国と日本が仲良くなりそうなときだから。

矢部:ありますよね、陰謀説が(笑)。

OTO:田中角栄はアメリカに殺されたっていうね。だから僕は小沢一郎が入院したら危ないと思っていて。

一同:(笑)。

OTO:いや、だって、病院に行くとみんな脳梗塞になったりするんだもん。まあ、その話はおいておいて、とにかく、年次改革要望書とTPPの内容が同じで、菅直人はいま、この協定に参加しようとしているんですね。TPPって、多国間の自由貿易協定のことで、もともとはシンガポールやブルネイなど小国4カ国の条約だったんですね。貿易額にしても大したことないものだった。そこに米国が割り込んできたんだよね。

矢部:そう、TPPって、内容をよく読むと、日本の農家が農産物の自由化に反対してきたいままでの流れをいっきにひっくり返すみたいなことになっているんです。

OTO:最初はちっちゃい国同士が関税なしの物々交換をやりましょうっていう意味での自由化だったじゃないですか。そこにオーストラリアが入って、で、いきなり米国が入ってきた。

矢部:どうして自由貿易協定がこんなに問題になるのかを話します。国には大きさがあります。大国と小国がある。工業国と農業国もある。そして大規模機械化農業で安い食品を大量に作っている国と、日本のように競争力のないところがある。こういうなかでいきなり「自由貿易協定です関税なしです」ってやると、大国に呑まれてしまうんですね。競争力のない国は、安いモノを大量に作れる大国に呑まれてしまうわけです。スーパーに、米国産、カナダ産、オーストラリア産といった穀物が並ぶと、日本の農家はもう太刀打ちできなくなる、農家を止めるしかない。そうなってしまうんです。

OTO:現状では、農業に関する項目が圧倒的に多いんだよね。ただ、僕は、ローカリゼーションが守られれば良いというか、その土地で作られたものがその土地で消費されるという構図が守られれば良いんだけど。

矢部:地産地消が守られれば良い。

OTO:そうなんです。日本経済が揺れたりもしながらも、でも、つつましいなかの小さな経済が堪えられれば良いんですよ。ところが、環境系の立場に僕はいるから気がついているんだけど、食品安全近代化法というのがあるんですね。この法案が昨年通ったんです。これは何かというと、大義名分的には、食の安全性を国が見ていかなければならないということなんだけど、裏を返せば、国が食をコントロールできる、つまり食品兵器をより可能にする......。

野田:食品兵器?

矢部:兵器? それは聞いたことない。

OTO:安い食品に、人間の身体を満足させる脂肪と砂糖を入れて、満足中枢を満たすというか。

矢部:『スーパーサイズ・ミー』みたいな。

OTO:マクドナルドだけじゃないんだけどね(笑)。『フード・インク』はぜひ多くの人に観てもらいたい。TPPに入ったらこうなるというのがよくわかるから。

野田:あー、『フード・インク』を書いた米国のジャーナリスト、エリック・シュローサーはマシュー・ハーバートもずっと絶賛してましたね。ちなみにシュローサーの代表作となった『ファストフード・ネイション』の映画化のプロデューサーがマルコム・マクラレンでした。

OTO:お~、マルコム、おつとめしてる~。

矢部:誤解されがちなんだけど、日本産が安全で外国産が危険なんだというのは違う。

OTO:そうじゃない。

矢部:そうじゃないんです。TPPということで、米国の安い、どんな農薬使っているのかわからない、どんな遺伝子組み換えかわからない農作物に圧倒されたら、日本の農村でもわけのわからない食べ物を作らないと仕事にならない。国産だから安全ということではなくなってしまう。

OTO:食品安全近代化法に関して補足すると、オバマはこれを承認したんです。これはとんでもないことです。経済による格差社会があって、こんどは食品によって人間の身体を支配できるような法律が通ってしまった。

矢部:ただでさえいま日本は輸入食品でいっぱいですからね。米国の現状を見るとわかるんですが、なぜ米国で食物に関心が高いのかと言えば、それだけ身体に悪いものが溢れていて、『スーパーサイズ・ミー』という映画でも明らかにされていますが、そこで誰がいちばん被害を被るかと言うと、お金がない人たちなんですね。安い食べ物しか買えない家庭の子供なんです。普通の食べ物を食べ過ぎたくらいではここまで太らないだろうっていうヤバい太り方をしている人がいるわけですよ。

野田:たしかに。米国の太り方は異常だよね。

矢部:太っていることが貧困の象徴になってしまっている。

OTO:貧乏人が満足できるのがマクドナルドで、ハンバーガーがいちばん手っ取り早く満足できる。そのための補助金も出ているんですよ。

野田:でも、米国の貧民街にはマクドナルドすらないけどね。

OTO:それはさらに下があるってことだよ。

矢部:おかしな色の炭酸水とかありますね。

野田:あ、炭酸水はひどい。米国のスーパーで、ガロン単位で売ってるのを見たときは驚いた。

OTO:身体を壊すいちばんの兵器が炭酸水だから。

矢部:それが1ドルしないっていうね(笑)。

OTO:ダイエットものって炭酸水に多いけど、あれは糖分の代わりにヤバいもの3種類ぐらい入っている。米国の肥満が7割で、3割が中肉中背を保っているのは、結局、富裕層はそういうものを食べないからだと思っているんだよね。

矢部:貧乏人にしわ寄せがくる構造なんですね。そういう食品問題は中国でも起きている。

OTO:僕は裁判員制度も米国の策略だと思っている。陪審員制度のためのワークショップというか、米国が裁判の現場にも踏み込めるようにするための布石じゃないかと。

矢部:弁護士をいまよりも3倍~4倍に増やしていくための規制緩和があって、そうした市場を作ること、それが米国のメリットになるということでしょうね。

OTO:米国は弁護士が余っているんだよね。彼らが他の場所で仕事をできるようにしてあげたいんだよ。ていうことよりも、日本を米国の防波堤にしたいんですよ。

矢部:僕はそこは意見が違って、それは米国流のやり方ですよね。米国流の政治経済のやり方、僕らはそれを新自由主義、ネオリベラリズムと呼んでいるんですけど、それが最高の体制であると彼らは考えている。

OTO:新自由主義っていうと?

矢部:政治的には民主主義の抑制、民主的な権利を弱めて国家の権利を強めていくこと。経済的には、いち部巨大企業だけが儲けて、富を分配しない超格差社会を作っていく。

野田:80年代にパンクやニューウェイヴの連中が逆らったのってそこだったじゃないですか。パンクが反抗したのは、新自由主義に対してですから。

矢部:サッチャリズムがそうですよね。

野田:そうだよね。政府は、国民全員の面倒はもう見ないと。収益の上がらない炭鉱や国営企業はどんどんつぶしていくと。法人税を下げて消費税を上げる。国民も政府を頼りにするなと。これからは小さな政府にするんだと。

矢部:勝ち組だけで仕切ればいい、貧乏人は黙ってろという体制です。

野田:だからロック・バンドは炭鉱夫と一緒にデモをしたり、スタイル・カウンシルからザ・スミスまでみんなサッチャーに抗ったじゃないですか。

OTO:スタイル・カウンシルはそういうバンドだったんだもんね。実に政治的なバンドだった。

野田:ザ・スミスもそうですが、保守党に研究されるぐらい政治的だったから、実は渋谷系なんかじゃないんです。

OTO:やっぱああいうハードなものを渋谷系に仕立てるっていうのは大事だよね(笑)。

野田:そうなんです(笑)。だからUKのインディ・ロックを聴いている人たちからしたら、今回の問題はわかりやすいと思う。予習済みというかね。

矢部:でも、現在、新自由主義的な考えをする日本人がすごく多いんですよ。自民党員、民主党員、銀行員、エコノミスト......という人たちが、今回も「TPPに乗り遅れたら日本経済は沈没してしまう」と言うわけです。

OTO:そういう奴らがいままでコケているわけじゃん。

矢部:コケているんだけど、コケた原因をつくった連中がまた「じゃあ、こうしたらいい」って言い出すんですよ(笑)。だいたい、エコノミストと言われている人たちは、どうしてこれだけ農水省が反対しているのか、農民が反対しているのか、ということをわかっていない。25年前から農産物の自由化問題で議論してきたことをぜんぶフイにするようなことを平気で言うんですね。このまままTPPが通ったら、農家や食品関係で340万人が失業してしまう、路頭に迷う。だから北海道経団連も反対しているわけですよね。

OTO:北海道は反対を早くから宣言している。もう、農家からみんな、オール北海道が反対になっている。茨城もいま、オール茨城として反対になりそうだよね。

矢部:北海道の経済は農産物がメインだから、TPPが通ったら北海道が終わってしまうんです。農家だろうが、農家じゃなかろうが、北海道全体が終わってしまう。

[[SplitPage]]

野田:オトさんからTPPの話を聞いたときに、僕が真っ先に思ったのは農家のことなんです。僕は昔、農家に住み込みで働いたことがあるんですけど、日本の農家はだいたい家族ベースでやっていて、朝が明けないうちに、じいちゃんばあちゃんと息子夫婦が畑に出るんですね。そういった農業を営む家族を組合がまとめているんですよね。

OTO:そう、だからホントに農家にとっては死活問題だよね。

矢部:『北の国から』どころじゃないですよ。

OTO:それでいま、米国がTPPに関して「6月までに返事しろよ」って恫喝しているんだよね(笑)。そんな話が堂々と新聞に書かれているんです。

野田:僕もオトさんと話すまでわかってなかったですからね。TPP問題はまだ広く認識されていないのかもしれないですね。

OTO:あとね、僕がずっと気になっているのは、農薬の問題なんです。ネオニコチノイドというのがそれなんですけど、これが脳に影響を与えると言われていて、鬱病だとか、多動性症候群だとか、食べれば食べるだけ蓄積されているので、限りなく鬱病に向かっていく。しかもこの農薬は浸透性があるものなんですね。いままでの農薬とそこも違う。葉っぱのなかにも果物のなかにも直接入ってくるんです。これはドイツやフランスでは最高裁で禁止にされている。米国は作った本国だけど規制していて、規制の数値がある。日本は作った本国よりも、さらに数値が甘いんです。ネオニコチノイドによってミツバチが減少したって言われてますよね。日本でも米国でもオーストラリアでもミツバチが減少した。だから、(ミツバチは農作物を授粉させるから)、いま食べているうどんの麺が何なのかわからないですよ。トウモロコシのデンプンが入っている可能性が高いです。

野田:やはり食の安全という問題が大きいですか。

OTO:それとモンサント社の遺伝子組み換え食品こそが安全な食品だという思想があるんです。それがオープンにされたら、TPPに入ってしまったら、日本のなかで在来種の農業やってきた農家、自然農はぜんぶ犯罪者にされてしまう。

野田:えー、何でですか?

OTO:モンサント社の主旨以外のことをやっている危険な奴らだと。つまり日本の発酵文化がやられる。つまり発酵なんて酷いことはないと。

野田:納豆が食えなくなるのはマズいですね。

OTO:日本酒とかさー(笑)。

矢部:モンサント社の遺伝子組み換え作物とセットで使う農薬というのがあって、それが簡単なんですよ。手間が掛からなくて経済性が高いんですよね。だから農家にとっても、モンサント社の種子と農薬でやったほうが効率が良いし、儲かるだろってなってしまうかもしれない。ただ、その新しい農薬がどこまで安全なのかわからないんです。つい最近につくられた技術だから。それがいっきに普及してしまう恐れがあるんですね。あと、TPPによって誰が困るのかっていう話をしたほうがいいんじゃないかと思うんです。

野田:それはそうだね。

矢部:だいたい、「船に乗り遅れるな」っていう言い方でTPPに賛同している人たちがいて、エコノミストたちが日本経済のために早くTPPに参加したほうが良いって言うんだけど、彼らが本当に日本経済のことを考えているかと言えば、違うんですね(笑)。彼らは僕ら下々のことまで考えて言っているわけではなくて、ただ自分の利益のために言っているわけですから。

OTO:そうそう(笑)。

矢部:トヨタ自動車はトヨタ自動車の利益しか考えないわけです。北海道や日本の里山がどうなってもおかまいなしなんです。それなのに「日本経済」という言い方をして勝手に日本を代表していることに、まず腹が立つんですよね。彼らは北海道の地域経済のことなんか考えていないでしょ。ちょっと前に「カジノ資本主義」と呼ばれていたんですけど、生活している人たちとは関係のないところで、ものすごく大きいお金が動いていて、それしか考えてない。こっちに投資したらこれだけの見返りがあって、日本でこういう風に法律を変えさせたらこれだけの市場が広がって、郵便局を民営化したらこれだけのお金が手にはいるとか......まあ、ホントに、酷いなと(笑)。僕らの生活がよくなることはまずない。

野田:実際の話、地方への被害というか、地方のコミュニティがどのような打撃を受けるんでしょうね?

矢部:昔、木材の自由化があったとき、それまで日本で植林してこれから売ろうかっていうときに、安い材木が海外から入ってきたわけです。それで日本の林業はできなくなった。

OTO:日本はいっかい林業でそれを経験しているのにね。

矢部:で、林業でメシ食っていた人たちが職を無くして、転職していく。でもそれだけでは話は終わらないんです。森林が放り出されたまま、手入れもされずに荒れてしまった。それで土砂崩れとか、ちょっとした洪水で流木被害が出たりとか。それまで森林の面倒を見ていた人がいなくなってしまったわけだから、森林が荒廃して、それは環境問題になってくる。つまり、林業関係者だけではなく、そこで暮らしている人の土地や水の問題にも関わっているんですね。だから、TPPによって大規模な機械化農業をやったときに、地下水がどうなってしまうのかとか、そういう問題もあるんです。

野田:なるほど、まさに効率化を追求する社会の犠牲になってしまうというかね。新自由主義やそうした農業の問題もありますが、もうひとつTPPには移民問題も絡んでいますよね。移民の規制緩和も入っているんですよね。これはどう思いますか? 

OTO:TPPの本質は日本の自主権を奪うことで、その文言が入っているんで。何も日本人には決めさせないよという話なんです。そんなことが突きつけられている。はっきり言って宣戦布告ですよ。移民の規制緩和にしても、海外からの労働力をもっと日本は受け入れろっていう話なんだよね。日本はまだまだちゃんと移民を受け入れていないじゃないかと世界から責められているでしょ。

野田:こんなこと言ったらオトさんにぶん殴られるかもしれませんが......、移民が増えることはちょっと嬉しいですけどね(笑)。

OTO:僕はその決定権が米国にあることが嫌なんだよ。国内労働法よりもTPPの発言のほうが上になってしまうんだよ。自治体と政府が訴えられるんですよ。そんなのもう、日本じゃないでしょ。

矢部:僕はもう、日本人か外国人というようなことで見ていないんですよね。そういう言い方をするなら、日本のエコノミストは日本人の顔をしたアメリカ人ですよ。日本で働いているフリーターは、日本人の顔をしたフィリピン人ですよ。

野田:ああ、なるほど。

矢部:日本人でも、昔悪い条件で働いていた外国人労働者と同じような条件になってしまった。

野田:矢部さんはこの移民の規制緩和について率直なところどうなんですか?

矢部:いっぽうでは......楽しいかな。

一同:(笑)。

矢部:と言ったらものすごく語弊があるんだけど、国際レヴェルの金持ちと国際レヴェルの貧乏人、たとえば、ものすごい金持ちの中国人とものすごく貧乏な中国人の両方が、東京でまみえることなる。そうなるともう、日本とか言っている場合ではないなという(笑)。

野田:まあ、たとえばイギリスなんかはそれをずっと前から経験しているわけだしね。それにならえという意味で言うわけじゃないけど。

矢部:そういう意味では、どうしてアメリカと南米が対立しているのかいまよりも理解しやすくなる。東京で、目の前でそれを見られるようになるんじゃないですか。ホワイトカラーでは英語で話す会社が現れるいっぽうで、現場ではスペイン語やポルトガル語の労働者がごろごろいるわけだから。

二木:移民が入ってくることに対する危機意識は、こんごもどんどん高まってくると思うんですよね。そこはどう思います?

矢部:国民皆保険制度とか、日本がいままで積み上げてきた比較的平等な制度が崩れるということはあるよね。移民がどんどん入ってくるという危機感とそれは別々には考えられない。ただ、問題の原因は移民ではない。

OTO:マイケル・ムーアの『シッコ』みたいな世界になっていくよ。

矢部:でしょうね。

OTO:外国から利潤目的の医療が入ってきますよ。日本のテレビのCMがいつの間にか米国の保険会社に席捲されたように。

矢部:すごく整理しちゃうと、僕はパンク上がりなんですが、かつてのイギリスのパンクが何に抵抗していたのかということが、この10年ですごくわかりやすくなってしまった。日本が格差社会のひどい有様になって、生活水準ギリギリの、いや、それ以下のワーキングプアという人がどうして出るようになってしまったのかと言えば、やはり新自由主義という政策が原因なんです。この政策がイギリス、米国、日本で広がっていったんですね。「世界の流れに乗り遅れるな」と言っているのも、つまり「新自由主義政策に適応しなさい」と言ってるんですね。もちろんそれに反対している人たちがたくさんいる。南米の人たちだとか、韓国の農民だとか、フランスの農民だとか、世界中にいるんです。日本のメディアでは「自由貿易協定推進」という論調が強いのでわかりにくいですが、海外の情報をよく見れば、自由貿易協定に反対する人たちがたくさんいる。

野田:オトさんが言ってる米国の食品が出回るっていう話ですが、それこそシュローサーが『ファストフード・ネイション』で書いていますけど、要は買わなければ良いと。仮にTPPが通ったとしても、消費者がうまく商品を選ぶことができれば良いかなと思うんですけど。

OTO:それは自覚的消費者といって、ローカリゼーションにとっていちばん大事なんだよ。たしかに自覚的消費者が増えれば良い。でもね、現状を言えば、これがなかなか増えないんですよ。都市部の自覚的消費者と農村部の自覚的消費者といると思うんだけど、このコミュニティをもっともっと広げていかないと。だけどね、今回のTPPはこのローカリゼーションすら強権的に不可能にしていくものだから、僕はなおさら強く反対したいんです。みんなどこまでTPPの危なさに関して自覚的ですか? と僕は言いたいんです。

 最後にいくつかTPP問題を考えるうえでの参考図書を挙げておきましょうね。
 まずは農林中金総合研究所が今年の2月にリリースした『TPPを考える』(石田信隆 著)。これは農業を中心とした考察がある。
 また、より広範囲でのTPP問題を扱っているものでは、農文協が編集した『TPP反対の大義』がある。
 また、今日の食文化の問題に関しては映画『フード・インク(邦題:いのちの食べかた)』を観るのが手っ取り早い。
 座談会でも出てくるアメリカ人ジャーナリスト、エリック・シュローサーによる『ファストフード・ネイション(邦題:ファストフードが世界を食いつくす)』も有名。これが健康の問題のみならず、社会問題であることがわかる。ファストフードの歴史に関する著述はとくに興味深い。

 最後に音楽について。まずポール・ウェラーのアンチ・サッチャリズムに関しては、ザ・ジャム時代の"Town Called Malice(悪意という街)"がその先駆的な曲として知られる。「平穏な人生を夢見るなんて無駄なこと/君がやってもいないことで謝るな」。スタイル・カウンシルに関しては1985年のあの素晴らしい"Walls Come Tumbling Down!(壁を崩そうぜ!)"でしょう。「金持ちと貧乏人に分けられて、団結は脅かされる/階級闘争は神話ではなく現実/壁を崩そうぜ」。ザ・スミスに関しては新自由主義によって荒廃する地方都市(マンチェスター)の憂鬱そのものだが、もっとも有名なのは1988年のモリッシーのソロ・アルバム『ヴィヴァ・ヘイト(憎しみ万歳)』の最後に収録された強烈な"Margaret on the Guillotine(ギロチン台のマーガレット)"だ。「親切な人が素晴らしい夢を持つ/ギロチン台のマーガレット/僕をうんざりさせる/おまえはいつ死んでくれるんだい?」
 ちなみにビリー・ブラッグ(ポール・ウェラーと共闘したフォーク・パンク歌手)の1980年代のほぼすべての作品、とくに"Thatcherites(サッチャリティズ)"、そしてエルヴィス・コステロの"Tramp The Dirt Down(こきたない浮浪者)"もこのスジでは有名。他にもクラスの"Nineteen Eighty Bore(80年代の倦怠)"、ヒューマン・リーグ"The World Before Last(それまでの世界)"、ピンク・フロイド"The Post War Dream(戦後の夢)"、ジ・エクスプロイテッド"Don't Pay The Poll Tax(人頭税を払うな)"、マニック・ストリート・プリーチャーズ"If White America Told The Truth For One (もしも白いアメリカがひとりのために真実を言うのなら)"等々たくさんある。カヴァー曲だがニューエイジ・ステッパーズの"フェイド・アウェイ"も完全にそう。「金持ちはどんどん金持ちに/貧乏人はどんどん貧乏になる/どうか私の言うことを聞いて」。ザ・クラッシュの『サンディニスタ!』も、アメリカの中南米支配に言及しているという点では、ネオリベラリズム批判とも言えるでしょう。そしてシニード・オコナーの怒りに満ちた"Black Boys on Mopeds(モペッドに乗った黒い少年たち)"。「マーガレット・サッチャーがTVにいる/北京における数々の死に動揺している/彼女が怒るなんておかしな話/彼女はそれと同じことをしているのだから」

OTO:言うまでもなく、日本のポスト・パンクを代表するバンド、じゃがたらのギタリストだった人。昨年は、初期の未発表ライヴ音源『エド&じゃがたらお春 LIVE1979』をプロデュースしている。なお、現在OTOは、サヨコオトナラのメンバーとして活動中。昨年、セカンド・アルバム『トキソラ』をリリースしている。

矢部史郎:思想家/文筆家。早くからネオリベラリズム批判を展開、また反戦運動や労働組合などさまざまな社会運動にも関わっている。山の手緑との共著に『無産大衆神髄』『愛と暴力の現代思想』、著書に『原子力都市』がある。思想誌『VOL』の編集委員でもある。ネオリベラリズム批判に関しては、『無産大衆神髄』から読むのがオススメ。

S.L.A.C.K. - ele-king

 インディ・ロックという言葉にならって、欧米ではこの1~2年でインディ・ヒップホップという言葉がよく使われるようになった。巨大娯楽産業と化したヒップホップやお馴染みのギャングスタ・ラップに対抗するカタチで、1990年代以降に登場した〈ソウルサイズ〉や〈ディフィニティヴ・ジャックス〉、〈ロウカス〉や〈ストーンズ・スロウ〉......DJシャドウ、ブラッカリシャス、MFドゥーム、フリースタイル・フェローシップ、マッドリブ、あるいはデンジャー・マウス......などなどをインディ・ヒップホップと呼んでいる。それにならえば、日本のインディ・ヒップホップはブルー・ハーブとシンゴ02によって本格的にはじまったと言えるだろう。その後も数々のユニークなアクトが出てきて(中略)......。そしてスラックは、その最前線にいるひとりである......などという白々しい書き出しが心底バカバカしくなる。そんな愛らしいアルバム『我時想う愛』だ。

 ラップにおいて、いまにもスピーカーからツバが飛んできそうな、やたら滑舌の良いフローというのが主流にあるけれど、スラックのそれはむしろ逆、舌足らずの発音を活かした独特のフローを見せる。滑舌の良さとは言葉を正確に伝えたい、韻(ライム)を聴いて欲しいという強い気持ちから来るのだろうけれど、そう考えるとスラックは、正確に伝わらなくてもそれは大した問題ではない、むしろ言葉の押しつけがましさを忌避したいとでも言わんばかり。『我時想う愛』は例によって歌詞カードはない......いや、それどころか曲名のクレジットすらない。表1のアートワークすらない。実に愛想のないパッケージだが、大袈裟な態度を好まないスラックらしい出し方だと言える。
 そしてCDはこうしてはじまる。「あーあー、マイクチェック、マイクチェック、これはスラックのCD。キーワードは......なんだろう......」、彼は自嘲気味に笑う。そしてつぶやく。「まあ、いつも通りか、"テキトー"」
 "テキトー"という言葉を敢えて口にするのはデビュー・アルバム『My Space』以来のことで、『我時想う愛』はいまのところもっとも多くの人に好かれている『My Space』の日常感覚をもった作品だと言える。あるいは、ひと言で言えば『我時想う愛』はメロウでソウルフルなアルバムだ。スラム・ヴィレッジの『ファンタスティックvol.2』のように。
 そしてこれは、RCサクセションの『シングルマン』めいた叙情をもったアルバムで、そういう意味では七尾旅人の昨年のアルバムとも決して遠くはない。ある種のボヘミアニズムが描かれているのだ。彼がいう"テキトー"とはまさにそれのことで、生き方があらかじめきっちり決められたこの疲れる社会で、しかしなるべく多様に生きること――だと言い換えることができる。スラックにしても、あるいはSFPのような連中にしても、とにかく生き方の多様性を阻む力に抵抗しているように思える。東京という都市にはとくに、テキトーな人たちを許さない冷酷さがある。正社員になるしか生活がないように思わせている。彼らが経済活動(ビジネス)に関してどこか無頓着なのも、そこに起因しているとしか思えない。話を戻そう。

 1曲の"But Love"は心地よく沈んでいくような、メランコリックなラヴァーズ・ラップ。最初のスネアの入り方からして格好いい。そして洒落たピアノをバックにPSGのメンバーのひとり、ガッパーが共演する"Noon Light"が続く。問題は3曲目の"東京23時"だ。シーダとコージョーが参加したこの曲のセンチメンタリズムは、アルバムにおいて際だっている。夜の11時の荒涼とした東京を目の当たりにしたときのあらゆる感情が頭をめぐる。魅力あるラッパーたちによるこの強力な曲を聴いてしまうと、その余韻すらも惜しくて、それに続く内省的な"いつも想う"がなかなか耳に入ってこない。それほど"東京23時"にはずばぬけたものがある。
 ブダマンキーがトラックを提供した"Come Inside"では日々の不安と恋の喜びを、ダウン・ノース・キャンプのタムが参加した"We Need Love"では彼らなりの表現で愛を賞揚する。ワッターによるイルなトラックの"タワ言"では仲間への言葉を綴り、ヤヒコが参加した"方の風"では夏の日の気怠い愛の時間を描写する。
 イスギのラップをフィーチャーした"My Hood My Home"からアルバムはゆっくりとアップリフティングする。スウィート・ソウルの"Can Take It"は歌詞の内容的にはRCサクセションの"ぼくとあの娘"、スカッシュ・スクワッドが参加した"何もない日に"は、その題名が物語るように彼らのボヘミアニズムが謳われている。それは『我時想う愛』においてもっとも美しい曲かもしれない。そしてクローザー・トラックの"Had Better Do"は不吉な響きを擁しながら、中途半端に、実にあっけなく、尻切れトンボのように、フェイドアウトする......。その肩すかしなエンディングは『我時想う愛』への評価をぼやけたものにするかもしれない。しかし、これは間違いなくマスターピースだ。格好の付け方をわきまえたエレガントな音楽で、ある意味ディアンジェロのように、そしてハートのこもった美しい作品だと思う。

Lia Ices - ele-king

 現在のポップにダウナー・モードを決定づけたのはザ・XXだという説が有力らしく、アンダーグラウンドではブリアル、そしてポップ・フィールドではザ・XXと、その両方にまたがっているのがジェームス・ブレイクであると、大雑把に説明できるだろう。基本的に僕はダウナー人間なので、当たり前だが、ダウナー音楽が肌に合う。低血圧だし、酒が好きだし、レゲエやダブが好きなのも、スラックの音楽が好きなのも、自分のダウナー気質が大いに関わっているかもしれない。

 ブルックリンのシンガー・ソングライター、リア・アイシスの音楽は、昨年ずいぶんと評判になった宅録女のグラッサーのエレクトロニック・サウンド、あるいはジョアンナ・ニューサムのフォーク・サウンドとは交わらない。趣の点で言えば、ザ・XXのほうがまだ近いと言える。要するに彼女の音楽はメランコリックで気怠い......上品で、礼儀正しく、そしてダウナーで、リラックスしている。そしてそこにクラブ・ミュージックの要素はない。音楽のスタイルはジョニ・ミチェルに近い。グラッサーやジョアンナ・ニューサムと違って、昔ながらのSSWスタイルである。

 評判となった2年前のデビュー・アルバムを経て、本作は日本でも人気のある〈ジャグジャグウォー〉からリリースされるセカンド・アルバムで、レーベルを代表するジャスティン・ヴァーノン(ボン・イヴェール)が1曲参加している。歌とピアノとベースとドラムという音数の少ないジョン・レノン・スタイル、アコースティック・ギターのアルペジオ、ピアノの弾き語り......といった具合に、前述した通りアルバムはオーソドックスなSSWスタイルによるものだが、アニマル・コレクティヴやディアハンターのプロデューサーとして知られるニコラ・ヴァーンズの手が加わっているだけあって、いわばコクトー・ツインズやマジー・スターら欧米で言うところのイーサー(エーテル)系、あるいは昨年話題になったウォーペイントの物憂げなアトモスフィアとも接続する。要するにいま風の音響になっている。

 とはいえ、本作の魅力を最終的に決定づけているのは、彼女の歌とその声(ウィスパー・ヴォイス)だ。とくに曲のメロディラインには多くの人を惹きつける力があって(それでもすべての曲において)、そしてアルバムはある種恍惚としたダウナーなムードを最初から最後まで保っている。それが僕にとって嬉しい。たとえば週の水曜日から木曜日かけて仕事や人間関係のストレスがピークに達したときに、『グロウン・アンノウン』は待っているだろう。そして節度を持ったこの音楽は、人を寝不足にするかもしれないが、決して二日酔いにはしない。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972 973 974 975 976 977 978 979 980 981 982 983 984 985 986 987 988 989 990 991 992 993 994 995 996 997 998 999 1000 1001 1002 1003 1004 1005 1006 1007 1008 1009 1010 1011 1012 1013 1014 1015 1016 1017 1018 1019 1020 1021 1022 1023 1024 1025 1026 1027 1028 1029 1030 1031 1032 1033 1034 1035 1036 1037