Home > Columns > Opinions > メシ食わせろ!- ――元じゃがたらのギタリストが、いまTPP問題に切り込む
UKのテクノ・ミュージシャン、マシュー・ハーバートの2006年のアルバムに『プラット・ドゥ・ジュール』という作品がある。これは食文化の危機をテーマにしたアルバムで、彼はこの作品を作るためにサーモンの養殖場から有名レストラン、下水溝や家庭ゴミの集積場まで歩き回った。そして、グローバリゼーションの時代において、食卓に並べれた食べ物の食材がどうやってそこにやって来たのかを調査した。僕は当時、その主題を面白いとは思ったけれど、彼が強調する食の問題を切実に感じることはできなかった。
......が、2011年、もはやそんな悠長なことも言ってられなくなってしまった。われわれの食生活、日本の農業シーンを激変させるであろう、環太平洋戦略的経済連携協定、通称「TPP」(Trans-Pacific Partnership)がいま騒がれている。
TPPとは、元々は多国間の自由貿易協定のことだが、現状を意訳すれば、米国主導による大規模な規制緩和のことになっている。日本の農家で作っていた野菜よりも格安な米国産の野菜が、どかっとスーパーの野菜コーナーに並んでしまう。すでに農業組合は反対しているが、TPPの規制緩和は食だけにとどまらない、それは医療や保険など広範囲におよんでいる。
じゃがたらのギタリストだった人物は、いま、政治的な問題に取り組んでいる......。去る2月中旬のある晩、OTOさんから電話があって「この問題を誰かと話したい」と言う。二木信に相談したところ、それなら思想家の矢部史郎さん(ドライ&ヘビーのファンでもある)がいいんじゃないかと。そんなわけで、われわれは高円寺の素人の乱のフリースペースを借りて話すことにした。(野田努)
野田:オトさんがTPPを気にしたのってどんな経緯だったんですか?
OTO:昨年、僕のまわりはCOP10で盛りあがっていたんです。
矢部:ああ、生物多様性を守ろうという。
OTO:そうです。そのあと、昨年の10月に横浜APECがあって、そこでTPP参加への意志を菅直人が表明したでんすよね。
矢部:そうでしたね。
OTO:で、TPPとは別に、年次改革要望書というのがあって、表向きは「成長のための日米経済パートナーシップ」についての文書なんですけど、内容的には米国政府から日本政府への要望ですね。その内容がけっこうすごい。しかもこんな重要なことが日本語では読めないんです(笑)。アメリカの財務省のホームページに「今年は日本にこういうことを要望しました」ということが細かく書かれているんですね。
矢部:小泉政権の時代はそれを毎年やっているんですよね。
OTO:みんなその通りにやっているんですね(笑)。
矢部:郵政民営化とかね。
OTO:裁判員制度もそう。で、あるとき「あれ? これって変じゃん」と思ったんです。それで、2008年の年次改革要望書とTPPを照らし合わせてみました。
矢部:ああ、なるほど。
OTO:そんなマニアックなことをするヤツもそういないと思うんだけどね(笑)。そうしたら、内容がTPPとほぼ同じでした。そして、その次の年次改革要望書をずっと楽しみにしていたんです。いつ読めるのかなって(笑)。そうしたら、2010年は出なかったんですよ。
矢部:小沢一郎が止めさせたという説が。
OTO:さすが知ってらっしゃる。そうなんですよね。僕は小沢一郎がどこまで絡んでいるか知らないけど、とにかく日本と米国の関係がギクシャクするときはだいたい中国と日本が仲良くなりそうなときだから。
矢部:ありますよね、陰謀説が(笑)。
OTO:田中角栄はアメリカに殺されたっていうね。だから僕は小沢一郎が入院したら危ないと思っていて。
一同:(笑)。
OTO:いや、だって、病院に行くとみんな脳梗塞になったりするんだもん。まあ、その話はおいておいて、とにかく、年次改革要望書とTPPの内容が同じで、菅直人はいま、この協定に参加しようとしているんですね。TPPって、多国間の自由貿易協定のことで、もともとはシンガポールやブルネイなど小国4カ国の条約だったんですね。貿易額にしても大したことないものだった。そこに米国が割り込んできたんだよね。
矢部:そう、TPPって、内容をよく読むと、日本の農家が農産物の自由化に反対してきたいままでの流れをいっきにひっくり返すみたいなことになっているんです。
OTO:最初はちっちゃい国同士が関税なしの物々交換をやりましょうっていう意味での自由化だったじゃないですか。そこにオーストラリアが入って、で、いきなり米国が入ってきた。
矢部:どうして自由貿易協定がこんなに問題になるのかを話します。国には大きさがあります。大国と小国がある。工業国と農業国もある。そして大規模機械化農業で安い食品を大量に作っている国と、日本のように競争力のないところがある。こういうなかでいきなり「自由貿易協定です関税なしです」ってやると、大国に呑まれてしまうんですね。競争力のない国は、安いモノを大量に作れる大国に呑まれてしまうわけです。スーパーに、米国産、カナダ産、オーストラリア産といった穀物が並ぶと、日本の農家はもう太刀打ちできなくなる、農家を止めるしかない。そうなってしまうんです。
OTO:現状では、農業に関する項目が圧倒的に多いんだよね。ただ、僕は、ローカリゼーションが守られれば良いというか、その土地で作られたものがその土地で消費されるという構図が守られれば良いんだけど。
矢部:地産地消が守られれば良い。
OTO:そうなんです。日本経済が揺れたりもしながらも、でも、つつましいなかの小さな経済が堪えられれば良いんですよ。ところが、環境系の立場に僕はいるから気がついているんだけど、食品安全近代化法というのがあるんですね。この法案が昨年通ったんです。これは何かというと、大義名分的には、食の安全性を国が見ていかなければならないということなんだけど、裏を返せば、国が食をコントロールできる、つまり食品兵器をより可能にする......。
野田:食品兵器?
矢部:兵器? それは聞いたことない。
OTO:安い食品に、人間の身体を満足させる脂肪と砂糖を入れて、満足中枢を満たすというか。
矢部:『スーパーサイズ・ミー』みたいな。
OTO:マクドナルドだけじゃないんだけどね(笑)。『フード・インク』はぜひ多くの人に観てもらいたい。TPPに入ったらこうなるというのがよくわかるから。
野田:あー、『フード・インク』を書いた米国のジャーナリスト、エリック・シュローサーはマシュー・ハーバートもずっと絶賛してましたね。ちなみにシュローサーの代表作となった『ファストフード・ネイション』の映画化のプロデューサーがマルコム・マクラレンでした。
OTO:お~、マルコム、おつとめしてる~。
矢部:誤解されがちなんだけど、日本産が安全で外国産が危険なんだというのは違う。
OTO:そうじゃない。
矢部:そうじゃないんです。TPPということで、米国の安い、どんな農薬使っているのかわからない、どんな遺伝子組み換えかわからない農作物に圧倒されたら、日本の農村でもわけのわからない食べ物を作らないと仕事にならない。国産だから安全ということではなくなってしまう。
OTO:食品安全近代化法に関して補足すると、オバマはこれを承認したんです。これはとんでもないことです。経済による格差社会があって、こんどは食品によって人間の身体を支配できるような法律が通ってしまった。
矢部:ただでさえいま日本は輸入食品でいっぱいですからね。米国の現状を見るとわかるんですが、なぜ米国で食物に関心が高いのかと言えば、それだけ身体に悪いものが溢れていて、『スーパーサイズ・ミー』という映画でも明らかにされていますが、そこで誰がいちばん被害を被るかと言うと、お金がない人たちなんですね。安い食べ物しか買えない家庭の子供なんです。普通の食べ物を食べ過ぎたくらいではここまで太らないだろうっていうヤバい太り方をしている人がいるわけですよ。
野田:たしかに。米国の太り方は異常だよね。
矢部:太っていることが貧困の象徴になってしまっている。
OTO:貧乏人が満足できるのがマクドナルドで、ハンバーガーがいちばん手っ取り早く満足できる。そのための補助金も出ているんですよ。
野田:でも、米国の貧民街にはマクドナルドすらないけどね。
OTO:それはさらに下があるってことだよ。
矢部:おかしな色の炭酸水とかありますね。
野田:あ、炭酸水はひどい。米国のスーパーで、ガロン単位で売ってるのを見たときは驚いた。
OTO:身体を壊すいちばんの兵器が炭酸水だから。
矢部:それが1ドルしないっていうね(笑)。
OTO:ダイエットものって炭酸水に多いけど、あれは糖分の代わりにヤバいもの3種類ぐらい入っている。米国の肥満が7割で、3割が中肉中背を保っているのは、結局、富裕層はそういうものを食べないからだと思っているんだよね。
矢部:貧乏人にしわ寄せがくる構造なんですね。そういう食品問題は中国でも起きている。
OTO:僕は裁判員制度も米国の策略だと思っている。陪審員制度のためのワークショップというか、米国が裁判の現場にも踏み込めるようにするための布石じゃないかと。
矢部:弁護士をいまよりも3倍~4倍に増やしていくための規制緩和があって、そうした市場を作ること、それが米国のメリットになるということでしょうね。
OTO:米国は弁護士が余っているんだよね。彼らが他の場所で仕事をできるようにしてあげたいんだよ。ていうことよりも、日本を米国の防波堤にしたいんですよ。
矢部:僕はそこは意見が違って、それは米国流のやり方ですよね。米国流の政治経済のやり方、僕らはそれを新自由主義、ネオリベラリズムと呼んでいるんですけど、それが最高の体制であると彼らは考えている。
OTO:新自由主義っていうと?
矢部:政治的には民主主義の抑制、民主的な権利を弱めて国家の権利を強めていくこと。経済的には、いち部巨大企業だけが儲けて、富を分配しない超格差社会を作っていく。
野田:80年代にパンクやニューウェイヴの連中が逆らったのってそこだったじゃないですか。パンクが反抗したのは、新自由主義に対してですから。
矢部:サッチャリズムがそうですよね。
野田:そうだよね。政府は、国民全員の面倒はもう見ないと。収益の上がらない炭鉱や国営企業はどんどんつぶしていくと。法人税を下げて消費税を上げる。国民も政府を頼りにするなと。これからは小さな政府にするんだと。
矢部:勝ち組だけで仕切ればいい、貧乏人は黙ってろという体制です。
野田:だからロック・バンドは炭鉱夫と一緒にデモをしたり、スタイル・カウンシルからザ・スミスまでみんなサッチャーに抗ったじゃないですか。
OTO:スタイル・カウンシルはそういうバンドだったんだもんね。実に政治的なバンドだった。
野田:ザ・スミスもそうですが、保守党に研究されるぐらい政治的だったから、実は渋谷系なんかじゃないんです。
OTO:やっぱああいうハードなものを渋谷系に仕立てるっていうのは大事だよね(笑)。
野田:そうなんです(笑)。だからUKのインディ・ロックを聴いている人たちからしたら、今回の問題はわかりやすいと思う。予習済みというかね。
矢部:でも、現在、新自由主義的な考えをする日本人がすごく多いんですよ。自民党員、民主党員、銀行員、エコノミスト......という人たちが、今回も「TPPに乗り遅れたら日本経済は沈没してしまう」と言うわけです。
OTO:そういう奴らがいままでコケているわけじゃん。
矢部:コケているんだけど、コケた原因をつくった連中がまた「じゃあ、こうしたらいい」って言い出すんですよ(笑)。だいたい、エコノミストと言われている人たちは、どうしてこれだけ農水省が反対しているのか、農民が反対しているのか、ということをわかっていない。25年前から農産物の自由化問題で議論してきたことをぜんぶフイにするようなことを平気で言うんですね。このまままTPPが通ったら、農家や食品関係で340万人が失業してしまう、路頭に迷う。だから北海道経団連も反対しているわけですよね。
OTO:北海道は反対を早くから宣言している。もう、農家からみんな、オール北海道が反対になっている。茨城もいま、オール茨城として反対になりそうだよね。
矢部:北海道の経済は農産物がメインだから、TPPが通ったら北海道が終わってしまうんです。農家だろうが、農家じゃなかろうが、北海道全体が終わってしまう。