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いまも暗闇に生きるひとりひとりへ
文:木津 毅
![]() Perfume Genius Put Your Back N 2 It Matador/ホステス
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たしかガス・ヴァン・サントの『ミルク』が公開された前後の時期だったと思うが、アメリカでも有数のゲイ・コミュニティ・タウンであるサンフランシスコを有するカリフォルニア州において、いったん認められていた同性結婚を禁止する「提案8号」が住民投票によって可決された。以来カリフォルニアでは同性結婚が認められていなかったはずだが、ついこの間、連邦高裁によってその同性婚禁止こそが違憲であるという判決が下りたという。ニューヨークでの同性結婚の合法化によって勢いがついたのは間違いないだろう。ワシントン州でも成立、ニュージャージー州の上院も通過、アメリカで暮らすゲイとレズビアンはいま追い風を感じているかもしれない(いっぽうでノースカロライナやミネソタなどの州では結婚を男女間のみのものと規定した「結婚保護法」が制定されているらしいので、そう単純な問題でもないのも事実だが)。
そんななか、シアトルのひとりのゲイ青年は街中で恋人の手を握ることすら躊躇ってしまう自分への苛立ちを歌っている。「混んだ道端できみの手を取り/躊躇なく近くに抱き寄せられたなら」"オール・ウォーターズ"――青年の名はマイク・ハッドレアスといって、ドラッグのオーヴァードーズで死にかけた経験もあるそうだ......が、彼はいまも生きて、震えるような声でゲイとしての生についてひっそりと語りかけてくる。
パフューム・ジーニアスの歌はあるとき突然発掘された。デビュー作『ラーニング』において、くぐもった音の向こうでノイズとともにようやく聞こえるボロボロの録音で無名のシンガーが歌っていたのはドラッグや自殺や虐待、そして疎外感や息苦しさ、だった。その危うい音質とも相まってそこには簡単に聞き流すことのできない迫力と切実さがあり、しかし同時にその苦しみをどうにか押し止めようとする不思議な穏やかさもあって、母親のベッドルームで録音されたというそれらの歌はまるで身体のなかに染みこんでくるような親密な関係をリスナーと結んだ。優れたベッドルーム・ポップはある種の生々しさを伴いながら、時空を超えて孤独な部屋と部屋を接続してしまう。
『プット・ユア・バック・イントゥ・イット』はベッドルーム・ポップではなく、スタジオにプロデューサーを迎えて制作されたミュージシャンとしてのマイク・ハッドレアスの初めての作品である。たしかに音質はクリアになり、ピアノとシンセの長音のなかをメロディがひたすら浮遊するようだった前作に比べれば、より歌としての起伏が感じられる内容になったと言えるだろう。苦悩に満ちた半生を送った母親に捧げられたという"ダーク・パーツ"、毛むくじゃらのマッチョなポルノ俳優と出演したヴィデオが素晴らしい"フード"、これらの曲でピアノの演奏とマイクの歌はそれぞれ明確に役割を自覚し、ピアノ・バラッドとしての美しさに磨きをかけている。"ノー・ティアー"や"テイク・ミー・ホーム"のように明るいトーンの開放感が広がるナンバーもまた、このアルバムのムードを柔らかくしている。
しかしながら、ここでもパフューム・ジーニアスの歌はひとが好んで見ようとしない暗闇こそを見つめている。それも、マイノリティとして......ゲイとして生れ落ちた宿命のようなものを聴き手の耳元で晒そうとする。オープニングのドリーミーにすら聞こえる"エイウォル・マリーン"でモチーフになっているのは、妻にドラッグを買うためにゲイ・ポルノに出演するオッサンについてだという。"17"は自分の外見的な醜さを恥じる10代のゲイの「遺書」、先述した「明るいトーン」の"テイク・ミー・ホーム"は売春をテーマにしたポップ・ソング......。迷うことのない徹底ぶりで、マイクは社会から転落した人間たち、あるいはあらかじめアウトサイダーとして生を受けた人間たちの呟きを代弁する。いや、ここではほんとうに彼自身の感情としてそれらは発声されていて、だからこそその歌は呼吸が耳を撫でるような親密さでもって迫ってくるのだ。「いらないんだ/このゴツゴツした手も、このおかしな顔も/熟れきって、むくんだ体型も」"17"......パフューム・ジーニアスの痛みに満ちたその告白は、はっきりとその感情を知っているベッドルームの誰かにこそ向けられている。アルバムはそして、とても穏やかで慈愛に満ちた聖歌のような"シスター・ソング"で終わる。そう、ブラザーではなく、シスターだ。「行け、行け/ぼくの特別な人/止まらずに/自分が消えたとわかるまで」
マイク自身によるアートワークは、60年代の水泳チームの写真から取ったものだそうだ。中央の青年ふたりの口元が覆われている......あらかじめ自分たちの正直な想いが封じ込められたことを表象するように。時代がどれだけ前に進んでも、変わらない苦悩というものがあると言うように。
その消えない痛みを穏やかなバラッドに変換するパフューム・ジーニアスは、そして愛を求めている。アルバムが"フード"を通過するたびに、僕はその切実さに両の拳を握らずにはいられない。「本当の僕を知ったなら/二度とベイビーなんて呼んでくれないだろうね/ああでもぼくは待ちくたびれたよ/きみの愛が欲しくて」。アントニーのようにハイ・アートの拠りどころもなければ、当然ルーファス・ウェインライトのように絢爛な舞台装置もない。あるのは痛ましいまでのあけすけさと、震える声と呼吸だけ。「僕は闘うよベイビー/きみに間違いを起こさないように」......そう宣言するとおり、マイク・ハッドレアスは闘っている。かつての自分と、いまも口元を覆われて暗闇に生きるひとりひとりのために。
文:木津 毅
[[SplitPage]]はからずとも彼はその美しさでネット社会の偏狭さを暴く文:野田 努
![]() Perfume Genius Put Your Back N 2 It Matador/ホステス
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パフューム・ジーニアスの"フッド"は、本人が意図しなかったにせよ、セックス・ピストルズの"ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン"......、そしてフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの"リラックス"と同系列で語ることのできる作品かもしれない。ゲイを強調して売りにすること自体は、欧米のポップ文化において珍しいことではない。ボーイ・ジョージは礼儀正しくやって、フランキーは大胆にやって放送禁止となった。しかしそれとて1984年の話。だいたい性的衝動を武器としながら奇襲を仕掛けたフランキーにとって、ある意味放送禁止こそ望むところでもあった。
そこへいくとパフューム・ジーニアスの"フッド"のPVがGoogleとYouTubeから削除されたことは、木津毅の次号紙エレキングにおける取材でも明らかにされていることだが、はからずともインターネット社会の限界と偏狭さ、電子空間にさえも権力が目を光らせていることを証した。すでに抗議をうけ、現在では復帰しているものの、リアーナの例の自慰行為のPVは削除されずに、しかしパフューム・ジーニアスを名乗る美少年とポルノ男優とのセクシャルな絡みは当初GoogleとYouTubeという21世紀の自由から見事リジェクトされたのだった。
パフューム・ジーニアスの"フッド"は、しかし曲を聴けばわかるように、"リラックス"のように敢えて勇敢にタブーに立ち向かったような曲ではない。彼のセカンド・アルバム『プット・ユア・バック・イントゥ・イット』は、好戦的ではないし、その手の受け狙いの作品でもない。ケレンミのない、誠実で美しいバラード集だ。骨格にあるのはピアノの弾き語りで、それはジェームズ・ブレイクから人工着色を剥いだ姿のようで、アントニー・ヘガティのフォーク・ヴァージョンのようでもある。が、しかし彼の楽曲はブレイクやヘガティよりも滑らかで、音的に言えば、より親しみやすさがある。
言うまでもなく、ゲイ文化とポップ音楽との絡みに関して日本は欧米より遅れをとっている。その民主主義的な観点において、そもそもカミングアウトを(そして動物愛護もドラッグ・カルチャーも)受け入れていない。ポップ音楽もスタイルだけは欧米の模倣だが、その中身、文化的成熟にはまだ遠いと言えよう。が、海の向こうのジョン・マウス、リル・B、マリア・ミネルヴァ......こうした若い21世紀のUSインディ・ミュージック世代は、もうひとつの性の解放に向かっているようにさえ思える。日本においても決して少なくないであろうゲイがこの若く勇敢な動きに刺激されないはずがない。
世のなかにはいろんな絶望がある。放射能汚染、貧困、病気......あるいは性の問題。もっとも彼の音楽は美しい男たちのためだけにあるのではない。より普遍性を帯びたエモーショナルな歌として我々の心にも進入する。これはルー・リードの"ウォーク・オン・ザ・ワイルドサイド"の系譜上に生まれた魂が揺さぶられるアルバムだ。「本当のぼくを知ったなら/二度とベイビーなんて呼んでくれないだろうね」とはじまる"フッド"は、このような言葉で結ばれる。「ぼくは闘うよベイビー/きみに間違いを起こさないように」
文:野田 努
「この街にストリッパーはもういない~」と三上寛も歌っているように、高校生のときに初めて行った清水のストリップ劇場はもうとっくにない。16か17のときだったから、30年以上も前の話だが、ぼんやりとした淫靡な風景はいまでも思い出せる。あの時代のセックス・ワーカーには独特の温かさがあった......。
セックス・ワーカー名義でロサンジェルスの〈ノット・ノット・ファン〉から2枚の冷たいアルバムを発表したダニエル・マーティン・マコーミックは、レーベル傘下のダンス専門〈100%シルク〉からはアイタル名義のシングルをリリースすると、それが瞬く間に評判となった。『ハイヴ・マインド』はロンドンの〈プラネット・ミュー〉からの、アイタル名義としてはファースト・アルバムとなる。
〈ノット・ノット・ファン〉周辺のシーンについては、次号の紙エレキングで倉本諒が楽しいレポートを書いてくれているので、ぜひ読んでいただきたい。彼の原稿おかげでサン・アロウやポカホーンティドのドープさと〈ロー・エンド・セオリー〉の享楽性とを(それは別物だと隔てるのではなく)一本の連続性のなかで、ある意味同じ穴のムジナとして聴くことができるようになった。ちなみにロサンジェルスのアンダーグラウンドにおける怠惰な広がりは、この1年でさらにまたもうひとつの表情を見せている。天使の街にはいま......ノイズ、ドローン、ダークウェイヴ、そしてスクリューを通過したハウス・ミュージックがあるのだ。
『ハイヴ・マインド』はレディ・ガガの"ボーン・ディス・ウェイ"の最初の言葉のサンプリング・ループからはじまる。「ダズン・マター、ダズン・マター、ダダダダダ、ダズン・マター......(たいしたことないわ、たいしたことないわ、たたたたた、たいしたことないわ......」、そしてハウスの太いベースラインが入って、今度はホイットニー・ヒューストンの声がブレンドされる。ガガの声は途切れることなく続く。「ダズン・マター、イフ・ユー・ラヴ・ヒム、ダダダダダ、ダズン・マター、イフ・ユー・ラヴ・ヒム......(たいしたことないわ、彼を愛しているなら、たたたたた、たいしたことないわ、彼を愛しているなら」、コズミックな電子音とパーカッション。これはコズミック・ディスコのパンク・ヴァージョンである。ダダダダ、ダズン・マター、ダダダダダ、ダズン・マター......。ダダダダダッダダ......ビービビー......、ガガの声は壊れた機械のなかで消える(その壊れ方は、まさにジューク/フットワーク)。
"Floridian Void"のような曲は、いわばスーサイドの冷たいエレクトロニクスとシカゴ・ハウスとの美しい出会い、そう、ラリー・ハードがマーティン・レヴと一緒にスタジオに入ったような曲だ。美しく、そして狂ったトラック、素晴らしいハウス・ミュージックだ。"Israel"はスモーキーなダブ・ハウスだが、これとてひと筋縄にはいかない。ケニー・ディクソン・ジュニアとセオ・パリッシュの急進的なミキシングを拝借して(たとえばムーディーマンの"アイ・キャント・キック・ディス・フィーリン"の幻覚的なミキシングをさらに過剰に展開しつつ)、サン・アロウの前後不覚のダブともに似た危うい感覚がブレンドされている。クローザーの"First Wave"にはアルバムでは唯一初心者にも優しい4/4キックドラムが入っているが、空間ではスクリューが不気味な気配をもたらし、同時に彼方ではコズミックなアンビエントが展開されている。
サイケデリックと呼ぶにはクラブのスタイルを借りているが、『ハイヴ・マインド』はダブステップでもミニマルでもエレクトロでもない。ロサンジェルスのインディ・シーンにおいて更新されたハウス・ミュージックである。
1997年がどんな風に始まったか。僕はとてもよく覚えている。元旦の2日目から糸井重里氏の電話で起こされたのである。内容はもちろん、おめでとうございますでもなんでもない。CMにフィッシュマンズの音楽を使いたい、フィルムはもう出来上がっている、そこに無理やり当てはめるというのである。前の年からフィッシュマンズの宣伝を買って出た僕は、これはと思う人たちに『空中キャンプ』を聴いてもらおうと送りつけたり、手渡したりしていた。そのなかから返ってきた唯一の反応だった。
「フィッシュマンズ、いいですよね」とかなんとか僕は言った。糸井さんの返事は機先を制して「イヤじゃない」だった。勢い込んでいた僕は少し落ちてしまった。糸井さんはこう続けた。「いまの時代、イヤじゃないということはスゴいことだよ」。糸井さんはその頃、ほとんど仕事をしていないと言っていた。夜中に音を消してゲームをやり、フィッシュマンズを聴き続けたという。「同世代の広告関係で持ち家がないのは僕ぐらいなんだよ」とも糸井さんは言った。カオス理論の本ばかり読んでいたという糸井さんは、それからしばらくして「ほぼ日」を立ち上げた。スターティング・コンテンツにフィッシュマンズについて書くページを持たないかという誘いも受けた。打ち合わせの帰り、まだ何もない部屋で黙々とPCに文章を打ち込みはじめた後姿がいまだに記憶に焼きついている。
ゴルピン(と、訳すらしい)のデビュー・アルバムを聴いて、僕もいま、「イヤじゃない」と感じている。サウンドもイヤじゃないし、歌詞もイヤじゃない。"真っ白になりたい"や"うるさいな"といった曲のタイトルもイヤじゃないし、"青い春"の妙に元気なコーラスもぜんぜんイヤじゃない。全部で30分とちょっと、これといって強く気を引くような部分はまるでなく、ただ単にさわやかに流れていくだけである。オーガ・ユー・アスホールや神聖かまってちゃんと並べて語りたいようなところは微塵もない。"Love is dead"の間奏で唐突にサイケデリックな演奏に切り替わる部分もイヤじゃない。キラキラとしたギター・アレンヂがどんどん華やかになっていく"ネバーランド"もぜんぜんイヤじゃなかった。サカナクションがアンダーワールドそっくりの曲をやるのはかなりイヤだったけれど、"exit"でジャーマン・トランスみたいなシンセサイザーを導入しているのもイヤではなかった(何が違うというのか?)。あー、ホントにどこを取ってもイヤじゃない。なにもかもイヤじゃない!
最初から最後まで、こんなにイヤじゃなかったJ・ポップのアルバムはとても珍しい。可能性を聴いているなどというイヤラしいことも言いたくな い。むしろセカンド・アルバムを楽しみにしてはいけないんだろうと思う。少なくともそれは、このアルバムに対して失礼だと思うし、そう思わせるだけの力はあったと思うから。できればセカンド・アルバムはこの人たちだとはわからないシチュエイションで出会いたい。
僕は『空中キャンプ』を聴くまでフィッシュマンズのことはまったく知らなかった。もしも彼らのファースト・アルバム『チャッピー、ドント・クライ』をオン・タイムで聴いていたら川崎大助のように反応できただろうか。ぜんぜんわからない。気になったかもしれないし、スルーだったかもしれない。そんなことはいくら考えても仕方のないことだろう(でも、考えてしまう......)。
3番目の出演者のアルフレッド・ビーチ・サンダルはこう言った。「今回はオルタナっていうことで話題になったようで......」(中略)「で、最終的にはオルタナとはなんぞや? と」、と言った。「オルタナとはなんぞや?」、筆者なりにひとつのメタファーとして答えてみる。人は言う。若者(20代)の70%はいまの社会に満足していると。ならばオルタナとは残りの30%。筆者が若者だった頃は、少なく見積もっても90%の若者がそのときの日本に満足していだろう。もし現在のそれが70%であるのなら、オルタナも増えてきたと言えるかもしれない。
そんなわけで筆者と小原泰広はまたしてもタッツィオのライヴに行った。これぞオルタナ道。この重苦しい時代においてふたりの若い女性によるバンドは、美少年タッツィオ(タージオ)=ヴェニスに死す=トーマス・マン≠ルキノ・ヴィスコンティを主張する。このはんぱない反時代性、それこそ我々を惹きつけてやまない要因のひとつだ。
この日は他のラインナップも魅力的だった。ちょうど2日前、我々は恵比寿ガーデンホールでスピリチュアライズドのライヴを観た。筆者にとってそれは19年ぶりのことで、20代の最後に観たのライヴがスピリチュアライズドだったかもなと思いながら、90年代リヴァイヴァルを目の当たりにした。これはその2日後のことだ。〈晴れたら空に豆まいて〉に来たのは初めてだったが、感じの良いヴェニューだった。
ライヴとはつくづくナマモノだ。この日、最初の出番となった部長とリーダーは、同じ曲を演奏しているというのに、1週間前と同じバンドとは思えないほど、良かった。"Nosebleed"~"HB"のはじまりは見事で、ロックンロールの感覚的な魅力を見事に表していたし、"NOMISO"や"SICK"のようなパンク・ソングも冴えていた。彼女たちのアンチ・(メロ)ドラマツルギーな響き、反叙情的な痛快さ、そのデタラメな疾走感、バンドの長所がぜんぶ出ていた。チューニングの合っていないノイズ・ギターとミニマルなビート。一瞬、初期のワイアーみたい、と思った。
続いて登場した昆虫キッズは、二枚目のモッズ風のヴォーカリストを中心にしたバンドで、捻りがあるとはいえこの日に登場したなかではもっともポップだった。続いて、エレキング界隈での評価も高いアルフレッド・ビーチ・サンダル。バンド編成での演奏ははじめて間もないという話だが、リズミックな展開において一時期のトーキング・ヘッズを思わせるような、狂気においてはキャプテン・ビーフハートを思わせるような、ポテンシャルの高いライヴだったし、ヴォーカリストの青年からは秘めたる強烈な拒絶の感情を感じ取ることができた。このバンドはこの先さらに化けるだろう。トリをつとめたGellersはバンドとして成熟していた。何と言っても演奏、アンサンブルがしっかりしている。トクマル・シューゴは格好いいし、ドラムとベースの素晴らしいコンビネーションを土台にしながらエモーショナルに展開する彼らの楽曲には精巧さと力の両方があった。
わずか50人規模のライヴ空間は面白い。たったいま起きていることに立ち会える。30%の人間にとってこんな贅沢はない。30%、がんばろう。経験的に言えば、たいへんなことも多々あるが、楽しいこともたくさんある。
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EDDIE PALMIERI
Mi Congo Te Llama
FANIA / US /
»COMMENT GET MUSIC
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GEOFFREY ORYEMA
Kei Kweyo (Joaquin Joe Claussell Remixes)
WHITE / US /
»COMMENT GET MUSIC
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DELANO SMITH
Odyssey (LP)
SUSHITECH / GER /
»COMMENT GET MUSIC
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PUBLIC LOVER
Broken Shape Of You
THESONGSAYS / JPN /
»COMMENT GET MUSIC
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OMAR S PRESENTS AARON "FIT" SIEGEL FEAT L'RENEE
Tonite
FXHE RECORDS / US /
»COMMENT GET MUSIC
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DJ SURGELES
Something In The Sky Mix
SOMETHING IN THE SKY / US /
»COMMENT GET MUSIC
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ROXY MUSIC
Love Is The Drug (Todd Terje Remix) / Avalon (Lindstrom Remix)
VINYL FACTORY / UK /
»COMMENT GET MUSIC
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以前ワイリーが来日したとき、本人が言葉の壁をひどく重たく感じたという話を関係者から聞いたことがある。なるほどとうなずけはするが、少々意外にも思った。なぜならワイリーは、その音だけでも充分に魅力的だ。
ワイリーの音楽は、その昔は、「エスキービート(ないしはエスキモー)」なる呼称で語られるほど寒々しかった。せっかちな早口ラップとダークなガラージ・ビートによる独特のアーバン・サウンドは、ぞんぶんに尖っていた。そして、それは実に多くの若い世代に影響を与えた。ゴス・トラッドもワイリーがひとつの契機になったと話していたが、ラスティもゾンビーも、あるいはジョーカーも、多くのダブステッパーはワイリーのエスキービートに影響されている。
実際のところいまやグライムの古典とされる2004年の『トレッディン・オン・シン・アイス』、2007年の『プレイタイム・イズ・オーヴァー』の2枚はUKアンダーグラウンドからの奇襲攻撃だった。エスキービートとは、ワイリーが自らのオルターエゴを「エスキーボーイ」と名乗ったことに由来するが、グライムというジャンルを定義したワイリーの発明は、いわば氷点下のmp3によるガラージで、それはジャングルのブレイクビーツのパートをそっくりラップに入れ替えることで生まれる氷のハーフステップだった(たとえば、140bpmの言葉、70bpmのスネア)。
『プレイタイム・イズ・オーヴァー』がリリースされたときワイリーが何をラップしているのかを知りたくて訳してもらったことがある。そこで描かれていたのは、東ロンドンのボウ、縄張りのこと、路上の緊張感、仲間や彼女のこと、あるいは服のブランドのことなど、まあ、僕にはいまひとつピン来るような言葉ではなかったが、これがUKにおいてマイクを通して拡声されればとんでもない騒ぎへと発展するわけだ。グライムのパーティあるところに警察ありとは有名な話である。
とはいえ、ワイリーがシーンの幅広いところから脚光を浴びたのは紛れもなくサウンド面における革新性ゆえだった。当時はオウテカのようなIDMの巨匠までもが「エスキービート」を賛辞したほどで、おそらくワイリーが思っている以上に彼のアートはさまざまな次元で伝播している(ちなみに言っておくと、グライムも立派にベッドルーム・ミュージック)。
ワイリーは、無計画にひたすら作り続ける、野性的なタイプのアーティストである。嗅覚とリズム感、そしてひらめきをもっている、いわば天才型のプロデューサーだ。ハウス路線を展開した2008年の『シー・クリア・ナウ』もUKファンキーの台頭と歩調を合わせていると言えばそうだし、USラップに刺激されながらもUKレイヴ・カルチャーという彼のアイデンティティを明かしている点においても興味深い内容だった。が、自分の性に合ったのはワイリー直系で言えばスケプタ(ボーイ・ベター・ノウ)、もしくはテラー・デンジャー、ガラージ系だったらスティッキーのようなダンスホール寄りな感じ、さもなければ関西在住のCESのミックステープ......そんなところだった。『シー・クリア・ナウ』に収録された4/4ビートのポップ・ダンス"ウェアリング・マイ・ロレックス"はワイリーにとって最初のメインストリームでの商業的成功作となったが、ポップに舵を取ったワイリーに僕はそれ以前までのような魅力を感じなかったのである(これはリアルタイムで聴いてきた人にはわかる話だ)。
『プレイタイム・イズ・オーヴァー』以来4年ぶりの〈ビッグ・ダダ〉からのリリースとなった昨年の『100%パブリッシング』に続いての同レーベルからの本作、『進化するか、さもなければ絶滅させられるか』というタイトルのこれは、Discogsで数えると7枚目となるが、2008年には〈エスキービーツ・レコーディングス〉から『グライム・ウェイヴ』も出しているのでワイリー名義では8枚目......いや、前作『チルアウト・ゾーン』を入れたらワイリー名義としては公式には9枚目だ。しかし、ネットにupされたzipファイル、エスキーボーイ名義を入れたら彼のカタログはさらにもっと増える(本人でさえも過去の自分の作品をすべて覚えていない)。
アルバム・タイトルが言うように、新しいことをやってやろうという意気込みを具現化したのが『イヴォルヴ・オア・ビー・イクスティンクト』だ。CDで2枚組、アナログ盤で3枚組となったこの大作は、彼の多様なビートが詰め込まれている。それはこの2~3年のあいだワイリーから遠ざかっていた僕にとって都合の良いコレクション......というわけでもなかった。
ワイリーの魅力は、5~6年前まではその寒々しさ、路上の緊張感にあった。コンピュータに取り込まれた低容量データの屈折した混合で、プロデュースの行き届いたヒップホップとは対極の、むしろフットワークと共振しうるような、ダンサーさえも戸惑うような少々せっかちな変異体にあった。『イヴォルヴ・オア・ビー・イクスティンクト』は活気のある作品だが、初期のカオスに回帰することはない。ワイリーは、このアルバムでは彼におけるポップ路線を新たなアプローチによって再構築しているように思える。『シー・クリア・ナウ』のときのような4/4ビートによる露骨なポップ・ダンスをやっているわけではない。が、アルバムのリリース前にネットでupされた"ブーム・ブラスト"と"アイム・スカンキング"の2曲、前者はエレクトロ路線で後者はご機嫌なトライバル、前者はスタイリッシュで後者はシンコペーションの効いた リズミックなトラック、どちらもユニークな曲だが耳に入りやすいキャッチーな曲でもある。実際、"ブーム・ブラスト"はものの見事にUKのナショナル・チャートに入ったが、僕はこれはワイリーがヒットを狙ったんじゃないかと思っている。だとしたら、『イヴォルヴ・オア・ビー・イクスティンクト』は無鉄砲なワイリーがいままで以上に練ったアルバムということになる。
この10年でグライムの一流の役者すなわち街の問題児たちは、UKではポップの主役の座をモノにしている。それでもなお、幅広い層へのインパクトという観点で言えば、『ボーイ・オン・ダ・コーナー』と『トレッディン・オン・シン・アイス』の冷淡なカオスを脅かす作品は出ていない(まあ、新世代から出きそうな気配はいまある)。『イヴォルヴ・オア・ビー・イクスティンクト』は、グライムの親玉が『トレッディン・オン・シン・アイス』の高評価に自ら反論するかのような力作である。
気持ちの良さを持ったアルバムだが、ビートの実験も忘れていない。"ブーム・ブラスト"にはワイリーらしい解釈が加えられているし、本作における最高の驚きのひとつ、UKテクノのベテラン、マーク・プリチャードの参加はアルバムに新鮮な活力を与えている。その2曲"スカー"と"マネーマン"にはUKテクノとグライムとの濃密な邂逅がある。前者ではアシッド・ハウスとの、後者はオールスクール・エレクトロとグライムとの溝を埋めている......というのは安直な説明だが、2曲とも真剣に格好いい。
何はともあれ、これぞアーバン、そう、UKアーバン・ミュージックの最良の1枚だ。アルバムにはしっとりとしたR&Bバラードもあれば寸劇もある。タクシーの運転手との喧嘩らしいのだが、言葉がわかるとそれなりにバカバカしくて面白いらしい。かつて薄氷のうえを歩いていたグライムの長老は(といっもまだ33歳だが)、ユーモアも忘れない。
ジョーイ・バートンというフットボーラーがいる。UKでは貧困と犯罪で知られるエリアで育ったミッドフィルダーである。少年時代、親類は殺され、学校には暴力があった。バートンはしかし、彼の才能と努力でイングランド代表にまでになったが、刑務所にも入った。模範生として釈放されると、フットボーラーとして活躍してはまたしても事件を起こし......数々の試練を経ていまも現役の、そして有能なパサーである。ワイリーとは、音楽におけるジョーイ・バートンであるとBBCはたとえている。
疲れているし、アルコールも体内に流れている。真夜中だし、あたりもぐったりとしている。そんなときにギャング・カラーズなんていう名義を初めて聞いたら、おいおい冗談やめてくれよと言うに違いない。その手のいかめしいギャングスタ・ラップは好きじゃないんだ。ところが、いまやロサンジェルスのコンプトン地区からジェームス・フェラーロが大量のカセットとCDRを発信するように、こうした先入観はあてにならない。ギャング・カラーズを名乗る青年は、ボーズ・オブ・カナダとジェームズ・ブレイクが一緒にスタジオに入ったような音楽を展開する。僕はこの人のアルバムを楽しみにしていた。昨年初めて聴いたときから。
サウサンプトンといえば、赤白のユニフォームで知られるプレミア・リーグの、毎シーズン残留争いをしているようなチームで、最近はJリーグから李忠成という選手が加入したばかりだ。ブリテイン島の南の海岸沿いにあるその町が"ギャング色"を名乗る24歳のウィル・オザンの地元でもある。ちなみに同郷の先輩にはUKガラージ/2ステップのグループ、アートフル・ドジャーがいる。アートフル・ドジャーはUKではそれなりの影響力と人気のあったグループで、その名前はディケンズの小説『オリバーツイスト』に出てくるスリの名人に由来する。
ウィル・オザンをジャイルス・ピーターソンに紹介したのはゴーストポエトという話だ。彼の音楽にジャズを感じはしないが、そこにはマーキュリー・プライズにノミネートされた知性派ラッパーからUKクラブ・ジャズ界のボスの気を引くに充分な美しさがある。ガラージの影響下にあるダウンテンポ、クラシカルなピアノ、IDMの手法、ウィッチな気配、霞んで、輪郭のぼやけたR&Bヴォーカル......これをコールドトロニカと呼ぶ向きもあるそうだが、敢えてわかりやすく言おう。ジェームズ・ブレイクの"次"に何を聴けばいいのかと訊かれればこれだと答える。デビュー・シングル「In Your Gut Like a Knife」は下北沢のジェットセットでロングセラーとなったが、僕のその流れで一緒に騒いでいたひとりである。
アートワークにあるように、彼の作品を特徴づけるのはピアノで、それはエリック・サティ風の、もの悲しくも控えめな佇まいを崩さない。ダウンテンポにおける明確な対位法による旋律を活かしながら、ガラージのビート(14歳の頃からビートを作っていたというが、それこそ地元の英雄、アートフル・ドジャーからの影響だ)、ダブの鈍いベースが室内楽の床に響く。期待していた通りというか、驚きはないが失望もなかった。
ジェームズ・ブレイクの登場は20年前のトリッキーやポーティスヘッドを思わせると、90年代リヴァイヴァルの文脈で捉え直す人もいるように、ダウンテンポというのはウィッチと親和性の高い音楽性で、UKのお家芸のようなところもある。昨日レヴューしたダイアグラムスも元を辿っていけば20年前のトリップ・ホップに行き着く。これがまあ、時代のモード。スクリューな気分少々である。ダブステップ系で今年に入ってわりと繰り返し聴いているのは、いまのところイラレヴェント、そしてこれ。
フォークトロニカとは、1990年代末のエレクトロニカ(IDM)の影響下でサンプリング・ループが使用されたロック・サウンドのように、電子音楽が注がれたフォーク・サウンドを指す。フォー・テットやカリブー(マニトバ)などがその最初の代表で、アニマル・コレクティヴのUKデビューも実はこのフォークトロニカの延長線上で起きたことだった(筆者がもっとも好きな『サング・タングス』がまさにそれで、彼らは最初のUKツアーをフォー・テットの前座としてやっている)。
フォークトロニカとは、いち部の人たちからは対極だと思われていたアコースティック・サウンドとエレクトロニック・ミュージックとの相性の良さを証明したわけだが、しかし、僕はフォークトロニカ的な展開のなかにこそ実はポップ・ミュージックの最大の面白さがあるんじゃないかと思っている。フィル・スペクター、ビートルズやビーチ・ボーイズ、こうした人たちに共通しているのは音への執着心で、ローファイと呼ばれるタームも早い話、録音物としての音質へのこだわりのひとつの表明だ。
トクマル・シューゴもスフィアン・スティーヴンズも、ジ・アルバム・リーフもフォークトロニカで、いまではそれをわざわざレフトフィールド・ポップなどとも呼んでいるが、そもそもポップがレフトフィールド(急進的)であることを内包している。
ダイアグラムスは新人ではない。ギターを弾いて歌っている中心人物は、フォークトロニカのバンド、タン(Tunng)の人。もうひとりのキーパーソン、機械を操っているのは、ロイシン・マーフィーと一緒にモロコ(90年代後半、ジャジーなダウンテンポで人気を博していた)をやっていたメンバー。ダイアグラムスにはさらにまたサブリミナル・キッド(フィーヴァー・レイとの共作でも知られる)も参加している。このバンドには実績のある人たちがけっこう集まっている。
フォークトロニカとは、実験的ではあるがリスナーを選ばず、来る者を拒まない。つまり親しみやすい。このジャンルの初期のクラシックの1枚にフォー・テットの『ポーズ』があるように、温かさもまたフォークトロニカの魅力である。春先の陽光のように、この音楽の多くは心地よい。
もちろんこのジャンルにも落とし穴がある。それは、昼間の子供番組のような、白々しいほどのほのぼのたる善意に支配された世界をねつ造してしまうことである。ダークサイド、汚れのない世界を目の当たりにすると苛つくような人には不向きな側面が多々ある。
『ブラック・ライト』というタイトルは、そういう意味では、フォークトロニカのかまととぶった態度を皮肉っている。ジャケにはカラス、うちの3歳の娘はこの絵を見て怖いと言ったが、良かった良かった(笑)。ダイアグラムスの基本は伝統的なフォーク・ロックで、甘いメロディ、アコースティック・ギターの魅力もたっぷりあって、少しばかり可笑しい電子処理がある。骨董品と最新の機械が同居する、ある種のファンタジーだ。が、ここにはたわいのない冗談、ちょっとした悪意が隠れている。
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