Home > Reviews > Album Reviews > Your Gold, My Pink- Teenage Riot
1997年がどんな風に始まったか。僕はとてもよく覚えている。元旦の2日目から糸井重里氏の電話で起こされたのである。内容はもちろん、おめでとうございますでもなんでもない。CMにフィッシュマンズの音楽を使いたい、フィルムはもう出来上がっている、そこに無理やり当てはめるというのである。前の年からフィッシュマンズの宣伝を買って出た僕は、これはと思う人たちに『空中キャンプ』を聴いてもらおうと送りつけたり、手渡したりしていた。そのなかから返ってきた唯一の反応だった。
「フィッシュマンズ、いいですよね」とかなんとか僕は言った。糸井さんの返事は機先を制して「イヤじゃない」だった。勢い込んでいた僕は少し落ちてしまった。糸井さんはこう続けた。「いまの時代、イヤじゃないということはスゴいことだよ」。糸井さんはその頃、ほとんど仕事をしていないと言っていた。夜中に音を消してゲームをやり、フィッシュマンズを聴き続けたという。「同世代の広告関係で持ち家がないのは僕ぐらいなんだよ」とも糸井さんは言った。カオス理論の本ばかり読んでいたという糸井さんは、それからしばらくして「ほぼ日」を立ち上げた。スターティング・コンテンツにフィッシュマンズについて書くページを持たないかという誘いも受けた。打ち合わせの帰り、まだ何もない部屋で黙々とPCに文章を打ち込みはじめた後姿がいまだに記憶に焼きついている。
ゴルピン(と、訳すらしい)のデビュー・アルバムを聴いて、僕もいま、「イヤじゃない」と感じている。サウンドもイヤじゃないし、歌詞もイヤじゃない。"真っ白になりたい"や"うるさいな"といった曲のタイトルもイヤじゃないし、"青い春"の妙に元気なコーラスもぜんぜんイヤじゃない。全部で30分とちょっと、これといって強く気を引くような部分はまるでなく、ただ単にさわやかに流れていくだけである。オーガ・ユー・アスホールや神聖かまってちゃんと並べて語りたいようなところは微塵もない。"Love is dead"の間奏で唐突にサイケデリックな演奏に切り替わる部分もイヤじゃない。キラキラとしたギター・アレンヂがどんどん華やかになっていく"ネバーランド"もぜんぜんイヤじゃなかった。サカナクションがアンダーワールドそっくりの曲をやるのはかなりイヤだったけれど、"exit"でジャーマン・トランスみたいなシンセサイザーを導入しているのもイヤではなかった(何が違うというのか?)。あー、ホントにどこを取ってもイヤじゃない。なにもかもイヤじゃない!
最初から最後まで、こんなにイヤじゃなかったJ・ポップのアルバムはとても珍しい。可能性を聴いているなどというイヤラしいことも言いたくな い。むしろセカンド・アルバムを楽しみにしてはいけないんだろうと思う。少なくともそれは、このアルバムに対して失礼だと思うし、そう思わせるだけの力はあったと思うから。できればセカンド・アルバムはこの人たちだとはわからないシチュエイションで出会いたい。
僕は『空中キャンプ』を聴くまでフィッシュマンズのことはまったく知らなかった。もしも彼らのファースト・アルバム『チャッピー、ドント・クライ』をオン・タイムで聴いていたら川崎大助のように反応できただろうか。ぜんぜんわからない。気になったかもしれないし、スルーだったかもしれない。そんなことはいくら考えても仕方のないことだろう(でも、考えてしまう......)。
三田 格