Oneohtrix Point Never GARDEN OF DELETE Warp/ビート |
今度はB級趣味に振り切れた……と思った。ソフィア・コッポラ監督『ブリング・リング』にサウンドトラックを提供したことやナイン・インチ・ネイル ズとのツアーがダニエル・ロパティンのスノビズムに火をつけまくり、これまで彼の作品を覆っていたアカデミズムから彼を引き剥がしたのかと。俗っ ぽさというものは誰にでもあるし、それを隠す人もいれば隠さない人もいる。彼にもそのような二面性があり、『ガーデン・オブ・ディリート』ではいままでとは違う側面を曝け出したのだと。
話を聞いてみると、しかし、必ずしもそういうことではなかった。アルバムのテーマを「不安とグロテスク」にしたことはそうだし、ナイン・インチ・ネイルズとのツアーが様々な面に多大な影響を及ぼしたことはたしかで、音楽面での影響から音楽産業のあり方にも、その認識は波及していた。彼自身、まだ自分の内面に何が起きたのか、そのすべてを語ることはできていないと思わせるほど混乱があり、高揚に満ちていた。新作をつくることでトレント・レズナーから受けた影響がさらに増幅したということも考えられる。本人に「パーカッシヴな作品が増え、かつてなくダイナミックな印象を与えるし、ナイン・インチ・ネイルズのエレクトロニック・ヴァージョンに聴こえる」と伝えると、ロパティンも「そうだと思う」と、まったく否定する様子はなかった。変名でガバのDJもはじめたみたいだし、彼の衝動はおそらく、いまだに拡大し続けているのだろう。
しかし、ロパティンはB級趣味では なく、ナイン・インチ・ネイルズから受けた影響が彼を自らの思春期へ舞い戻らせるきっかけとなったらしいのである。それは曖昧な記憶でしかなく、非常に抽象的な観念の昇華ともいえ、フロイトの抑圧ではないけれど、どこかトラウマを炙り出すような作業だったのかもしれない。そう、彼の口からはメタリカにラッシュ、あるいは、サウンド・ガーデンにデフ・レパードの名前まで飛び出してきた。
僕には世界に対する考え方というのがあって、それはなんというか……「物質性に対するアイディア」というかな。世界というのはすべて物質性によって繫がり合っているものだ、と。したがって、僕にとってはあらゆるものはマテリアル/物質ということになるし、何もかもが物体になる。要するに、僕からすれば何もかもが利用可能なもの、柔軟に形を変えるプラスチックだ、みたいな。
■イントロを聴いてなんとなく思い出しましたが、NBCは『ハンニバル』の打ち切りを発表しました。
ダニエル・ロパティン(以下、DL):へえ……なんとなく知ってるよ……実際に観たことはないけど。
■で、最近あのショウはキャンセルされたんです。
DL:(苦笑)ああ、そうなんだ?
■毎回、ブライアン・ライツェルのクレジットを見るたびにあなたのことを思い出すのですが──
DL:ああ〜! あのドラマ、『ハンニバル』のことね! うんうん。
■だから、クレジットの彼の名前を見るとあなたを思い出す、と。
DL:そうなんだ、それは面白いや(笑)。
■で、『ブリング・リング組曲』を内省的な曲調にしたのはどっちのアイディアだったのですか?
DL:うーん、とにかく映画そのものに対する僕たちの自然な反応があれだった、ってだけのことなんだけどね。というのも、僕たちには……実はあんまり時間がなかったんだよ。そうは言っても、電話を通じて音楽のコンセプチュアルな面についてはふたりでさんざん話し合っていて──僕はニューヨークにいて、一方で彼はロサンジェルスにいたからね。で、ある時点まで来て、「オーケイ、とにかく何日か一緒にやってみて、それでどうなってみるか見てみよう」ということになった。だからコラボの当初の段階では、僕たちふたりで作ったものなら何だってアリだ、それが即、映画にマッチしたものになるだろう、みたいな見込みはまったくなかったわけ。それよりもあれは、どういう方向に向かいたいか自分にはわかっていて、でも、まずはブライアンと実際に、初めて彼に会ってみることにして、そこでまた色々と話し合うことになった──みたいなもので。で、僕たちはどちらも一緒にコラボレーションすることに興味があったし、あの当時、彼は『ブリング・リング』のサントラをまとめる作業に取り組んでいてね。
というわけで、とにかく彼のスタジオに入り、そこで彼の方でいくつかの主題をプレゼンしてくれて、僕に向かって『はい、この音楽に反応してみて!』と。で……彼が最初に聴かせてくれたもののひとつは、実はセックス場面で流れるテーマ曲だったんだ。そこで、僕はものすごく……圧倒されちゃったというのかな。だから、セックスの場面で流れるスコアを作るのがどれだけ難しいことなのか、その点に気づいて気圧されてしまったという。
■(笑)。
OPN :(笑)いや、だって、セックス場面の音楽なんて考えたこともなかったからさぁ! というわけで、僕はあのスタジオで呆然としたまましばしじっとしていて、彼に向かって――だから、「……えーと、ブライアン、こういう音楽をやる時に何か参考になることとか、アドバイスはもらえるかい?」と訊いてみたわけ。で、彼の答えは「何言ってんの〜、ノーでしょ」で。
■ハハハハハッ!
DL:(笑)(ボソボソと低い声でゆっくりつぶやく:おそらくブライアンの口調を真似ていると思われます)。「とにかくまあ〜、やってみなよ……」みたいな。でもまあ、うん、僕にとってはあれが良かったんだと思う。彼は僕を信頼してくれたってことだし、同時に彼はただ主題を聴かせてみて、そこでの僕の反応を待つって具合に、僕にチャレンジを仕掛けていたわけだから。あれは僕にとってはとてもハッピーな瞬間だったな。で、そのおかげでそこから先はお互いにリラックスでき、気持ちよく一緒に作業しはじめるようになったという。うん、あれは良い経験だったよ。
■アメリカではブリング・リング窃盗団をボニー&クライドのように持ち上げ、実際、そのような風潮にのってTVドラマまでつくられたことにソフィア・コッポラは違和感を表明したと受け取れました。
DL:ああ。
■あなた自身はあの映画をどのように受け止めましたか。
DL:あの映画は大好きだね! とても好きだし、大事にしたい作品だと思ってる。ってのも、僕が思うにあの映画ってのは……自分に思い出せる限りって意味だけど、あの映画は……僕の世代のすぐ後に続いた世代、そういう連中を描き出した、おそらく最初の作品のひとつなんじゃないか、と。まあ、僕はいま33歳だし、彼らが実際に何歳なのかは知らないよ。ただ、確実に僕よりは若い子たちだろうね。それでも、僕自身とはそんなに年齢差のないキッズだと思う。だけど……とにかくあの作品は実際、僕にとっては初めての経験だったんじゃないか? と。
だから……インターネットというものがどんな風に、若い人たちを非常に……非常におっかない意味で変容させてしまう存在なのか、それを映画というメディアで観たのはあれが最初だった、と。要するに、ああいう子たちは実に安直に……(苦笑)ネットを通じてセレブたちの情報をあれこれ探ってみて、それらのいろんな情報を照合したところで、「彼女は今週末、ラス・ヴェガスでのDJ出演が決まってる。だから家にいないはず」って結論に至るわけだよ。
■(笑)だったらじゃあ、空き巣に入ってやれ、と。
DL:そう、ほんとそう! 「無人の家だから押し入っちゃえ!」みたいな。だから、僕からしてみれば、あの作品はとても重要な映画なんだ。というのも、僕の母親にあの映画の感想を訊いたところ、彼女が言っていたのは「途方もないことだわね」ってことで。だから、この……「情報の高速道路」みたいなものが登場する以前の時代だったら、こんな事件は絶対に起こりえなかっただろう、と。かつ、彼ら(窃盗団)は実に自由気ままで、なんというのか……犯罪につきもののあらゆるリスクに対する意識もすっかり欠如していて、彼らにとってはほとんどもう、すべてが「ハリウッド産映画の中の幻想」に過ぎないというか、自分の好きなときに浸ってみて、飽きたら勝手に抜け出せばいい、そういうものだったって感覚のある映画で。だからとても説得力のある、正直な映画だと僕は思うし、彼女(ソフィア・コッポラ)は一歩引いたスタンスから彼らを描いているよね……
まあ、そうは言いつつ、さっき君が言ったように、たとえ現実のブリング・リング窃盗団の理想化/美化といったメディアによる操作についての意見を述べた映画であっても、その映画を観ている人間をまた、作り手の考えに沿ってマニピュレートするのは楽なことなんだけどさ(苦笑)。でも、是か非かの判断を下すのではなく、彼女が両方入り交じったアンビヴァレントさを残したところは好きだね。だから、とにかく彼女は「こういう事件がありました」、と作品を世に送り出してみて……
■あとは観る側次第、彼らの解釈や判断に任せた、と。
DL:そういうこと。
■また、ヴァンサン・カッセルが主演の新作映画『Partisan』もあなたが音楽を担当したそうですが、それにはどのようなサウンドトラックをつけたのでしょう?
DL:あのサントラはこう、非常に……そうだね、いつもと同じことだけど、とてもシンセに重点を置いた内容で。僕の創作モードはまあ、大概そういうものだしね。ただし、あの映画で僕が用いた音楽的な参照ポイントというのは…これはまあ、監督(Ariel Kleiman)と僕とがとても似た生い立ちの持ち主だからってところから来ているんだけどね。どっちもロシアからの移民の血筋なんだよ。
■ああ、そうなんですか。
DL:というわけで、僕たちはなんというか……お互いのルーツにあるような作品について多く話し合ったんだ。たとえばタルコフスキー映画やタルコフスキー作品のスコアをいくつか担当した(エドゥアルド・)アルテミエフの音楽といったもので、あれはある種、あのサントラの出発点になったね。それから……それとはまた別のファクターとして、彼(アリエル・クレイマン)に早いうちにこう言われたんだよ、「これは空想的なファンタジー映画だから、背景でおとなしく鳴っているだけのサントラだとか、控えめな音にする必要は一切ないから」と。要するに、「とにかく、どんなやり方を使ってくれても構わない。ただ、君にできる限り最高にエモーショナルな音楽をつくり出してほしい」って注文されたわけ。それって、映画向けのスコアという意味ではとくに、とてもユニークなリクエストでね。ってのも、いまどきの映画で多いのはむしろその逆、ほとんどもう「観客がそれと意識しないような、さりげない音楽を」みたいなものを求められるわけで。だから……アリエルはその正反対を求めていたっていう。彼はとにかく、僕に1970年代調に大げさなスコアを書いてもらいたかったんだよ。
■(苦笑)。
DL:だから、それが僕にとってのあのサントラに対する意見になるかな。
■わかりました、映画/音楽ともども、楽しみにしています。
DL:ありがとう!
[[SplitPage]]そういう曲ってのはいったい何なんだろう? と。たとえそんな曲であっても、聴けばどこかしら心が動かされるだろうか? ……それこそ今から300年後くらいの世界で、楽器や音源を再生する手段が一切ないような状況であっても、やっぱり誰かに対して鼻歌でハミングしてあげたくなる、そういう曲だろうか? と。
■ちなみに『ブリング・リング』や森本晃司『Magnetic Rose』のプレミア・ショーにヴィトルト・ルトスワフスキのエレクトロニックな解釈と、あなたの活動範囲は広すぎて脈絡がどこにあるのかまったくわかりません。
DL:ヘッヘッヘッヘッヘッ(ひとしきり笑っている)! あー、そうなんだろうねえ……
■で、あなた自身にはいつでも戻れるポイントのようなものはあるのでしょうか。
DL:うん。で、ある意味そういうポイントがあるからこそ、自分はああやって、一見不釣り合いで多種多様なプロジェクトに関与することができるんじゃないか? と。っていうのも……僕からすれば、自分の中にはある種の「形式主義」というか、テクニックに対するフォルムが存在するんだよ。だから、まず素材になるのが何かを眺めてみるわけ。自分が取り組むことになった、あるいは自分に提供された素材というのは──それは、他の誰かが書いた音楽作品ってケースもあれば、あるいはまた、ある種のシナリオを渡される、というか……たとえば共演相手のパートナーが何らかの「声」を求めている、ヴィデオ・スカルプチャーやヴィデオ・アートに取り組むってこともある。だから、僕はいくらでもいろんなインプットを受け付けられるわけだけど、実際のところ……概して言えば、そのアウトプット、結果というのは概して似通ったものでね。
というのも、僕には世界に対する考え方というのがあって、それはなんというか……この、「物質性に対するアイディア」というかな。だから、世界というのはすべて物質性によって繫がり合っているものだ、と。したがって、僕にとってはあらゆるものはマテリアル/物質ということになるし、何もかもが物体になる。要するに、僕からすれば何もかもが利用可能なもの、柔軟に形を変えるプラスチックだ、みたいな。
だから自分にもっとも興味があるのは、じゃあ、この物体/オブジェはどれだけ興味深いものなのか? この物体、あるいはマテリアルの持つ個性の、その何が僕をエキサイトさせるんだろう?という点なわけ。その対象に触れることによって、僕の中に何らかの感情的な反応がもたらされる、自分に何かを感じさせてくれる、そういうものかどうか、だね。
で、いったんそういった物体群にインデックスをつけて整理してみると、自分でもほんと、「ああ、なるほど。こういうことが起きてるんだな」と納得できる。そうすることで僕は、かなり自然に仕事に取り組むことができるようになるんだよ。だから、様々なプロジェクトに対する僕のアプローチの仕方というのは、実は概して似通っている傾向があるっていう。それはとにかくこう、もっとも感情面でばっちり充填された、そういうマテリアルを見つけ出そうとすること、みたいな。そうして、とにかく自分がそれに対してどう反応するか、そこを見てみるっていう。
■ここのところあなたは新作をリリースする度にきちんとコンセプトを練り、方法論も刷新していますが、今回のコンセプトは「ポップ・ミュージックのグロテスクで不安な側面」という理解でよろしいでしょうか?
DL:うん、その通りだね。
■また、前作ではサンプリングから離れたと話していましたが、新しいコンセプトを実現するための制作方法がどんなものだったかも教えて下さい。
DL:ああ。それは……ごく単純なテクニックだったんだけど、それはなんというか、その作品ピースがどんな風に聞こえるかという点はあまり気にせずに、とにかく「歌を書く」という点に注意するってことだった。そこは、違ったよ。だから多くの場合……僕はただこう、キーボードの前に座って曲作りに取り組みながら、自分自身に対して「もしも余計な飾りや付属物をここからすべて取り去ったら、いじったり遊ぶ余地は一切残らないだろうか?」と問いかけていた、みたいな。だから、あれらの楽曲を飾り立てて遊んでみることはできないし、曲に何らかのスタイルを与えたり、何であれ手を加えることすらできない、と。では、そういう曲ってのはいったい何なんだろう? と。たとえそんな曲であっても、聴けばどこかしら心が動かされるだろうか? ……それこそ今から300年後くらいの世界で、楽器や音源を再生する手段が一切ないような状況であっても、やっぱり誰かに対して鼻歌でハミングしてあげたくなる、そういう曲だろうか? と。
そうだね、僕が求めていたのはそういうことだった。本当に、これらの楽曲そのものを充分力強いものにしたかったし、それ以外の部分はそれこそもう、「建築物」に過ぎない、みたいな。その点は今回、自分にとって重要だったし、だからそこにはかなりフォーカスして気を配った。そうは言っても、まず曲群を書いてみた上で、そういう方向に向かったんだけどね。思うに、以前の自分というのは、もうちょっと……自分自身のソングライティング、そして自分が発するメッセージというものに対して臆病だったんじゃないかな。だから、そっちの面は少しばかり曖昧に留めておいて、むしろ建築物を組み立てる方に集中していたっていう。
……というわけで、それが今回の制作テクニックだったと言えるけれど、他の点、より実際的な音楽作りの手法という意味では……なんというか、もっとテクニカルな面から言えば、今回やったことに……ヴォーカルの合成があったね。前のアルバムをやっていた頃から考え始めていたテクニックだったんだけど、あの時点ではシンセーシスの技術としてまだちゃんと広げられていなくて。だから、うん……実際、あれはボーカロイドから影響を受けているし、あれがきっかけで僕も、なんというか、シンセで合成された人工の音色を使って、とてもヒューマンな何かを表現することができるじゃないか、そう考えさせられるようになったという。どこにでも遍在するサウンドをいかにマニピュレートしていくか──コンピュータのつくり出す個性のないヴォイスをひねって、それをエモーショナルな何かへ変化させていくってことを考えたね。
■機械が感情を表そうとするのは、エモーショナルであると同時に、とても奇妙、かつ不思議に聞こえもしますよね?
DL:うんうん、でもほんと、そこなんだよ! だから、いったんそうやっていろいろとひねり始めていくと……僕からしてみれば、自分のやっていることというは単に、ビルボード・トップ40に入っているような音楽、それらをどぎつく誇張したものに過ぎないっていう。
■(笑)はあ。
DL:もちろん、彼らだって彼らなりにひねりを加えてはいるんだけど、そのやり方ってのは非常に巧妙で……だから、聴く側が軽く酔っぱらったような、ちょっとイカれた状態になるまで、実はあれらがどれだけ奇妙な音楽なのかを感知できないっていう。だけど僕からすると、僕は音楽に対する感覚がとても鋭いから、たとえばVEVOなんかを眺めていると……日本で言えばそれが何に当たるかはわからないけども、まあとにかく、トップ40に入るヒット曲みたいなものを眺めてみる。で、僕からすればああいう楽曲こそグロテスクに聞こえるんだよね。それこそもう、あらゆる類いのひねりを加えられた人工合成のヴォイスが、他の音楽の模倣/パスティーシュにくっつけられている、みたいな。で、それらはつくり手が狙った通りのフィーリングをずばりそのまま、聴き手に毎回感じさせるべくつくられているっていうさ(苦笑)。
■ははははは…!
DL:(笑)僕は本当に、その部分を誇張したくて仕方なかったんだよ。そういう風にして、とにかく……ポップ・ミュージックをヒエロニムス・ボッシュの絵(※ボッシュの有名な絵画に「Garden Of Earthly Delight」がある)か何かみたく見せたかった、と。
メッセージは、ポップ・ミュージックにおいて非常に重要な存在なんだよ。で、自分が音楽をつくるときというのは、得てしてこれまではこう……メッセージについてはちょっと曖昧なまま、回避していたっていうか。だから今回は──これは初めてに近かったけど、自問せざるを得なかったんだよ、「これっていったい何のことだ? 自分がここで言わんとしているのは何なんだ?」と。
■なるほどね。で、あなたの考えるポップ・ミュージックとは、たとえば、どんなものでしょう?
DL:思うに……エモーショナルなところと抽象的なマニピュレーションとの間のバランスが完璧なもの、そういうものじゃないかな。それはだから、「心を惑わす究極のフォルム」みたいなものであって……僕にとっての音楽パートというのは、その聴き手がミュージシャンじゃない限り、彼らにとってミステリーであり謎である、そういうものだ、と。だから、音楽がどんな風に機能するものかを聴き手は知らないし、彼らはとにかく、(音楽を聴いて)感情面で揺さぶられるけれども、どうして自分がそう感じるのかはわからない、と。
その一方で、メッセージというのがあって……メッセージは、ポップ・ミュージックにおいて非常に重要な存在なんだよ。で、自分が音楽をつくるときというのは、得てしてこれまではこう……メッセージについてはちょっと曖昧なまま、回避していたっていうか。だから今回は──これは初めてに近かったけど、自問せざるを得なかったんだよ、「これっていったい何のことだ? 自分がここで言わんとしているのは何なんだ?」と。で、そこから歌詞を始めとする色んなものが浮上してきたわけだし……そう、僕からすれば本当に、バランスってことなんだ。ポップ・ミュージックが最上の形をとると、そこには素晴らしいバランス、アンセム調のメッセージと心を惑わせ引き込むような抽象的なフォルム、その両者の間の素晴らしいバランスが生まれるっていう。
■なるほど。“STICKY DRAMA”はR&Bとスラッシュ・メタルのマッシュ・アップのようにも聴こえましたが、あれはあなたがいまおっしゃった形容にマッチする曲かもしれませんね。R&Bの魅力と、ノイズが混じり合っていて。
DL:うんうん、その通りだね(笑)!
■“MUTANT STANDARD”はインダストリアル・プログレッシヴ・ロックとでも言うべきもので――
DL:わあ、そう言ってもらえるのはクールだな。
■また、バロック調の“FREAKY EYES”にはエイフェックス・ツインがシンフォニック・テクノをやっているような折衷感覚があります。
DL:アハハハハハッ!
■『Betrayed In The Octagon』や『Zones Without People』にも “LIFT”を思わせるクラシカルな曲調はあったと思うのですが……
DL:へえ〜、なるほど?
■で、この辺りはやはり母親の影響があるんですか?
DL:……ああ、たぶんね、うん。っていうのも、彼女は……彼女には聴き取れるようなサムシング、そういうのがあるんだよ。たとえば……僕のつくった音楽を聴いていて、「お前、シューマンのことは知ってる? シューマンの作品は聴いたことがあるの?」なんて言ってくるんだよなぁ。
■(笑)。
DL:で、こっちとしては、「あー……うん。たぶん、YouTubeか何かを観ているうちに行き当たったことはあったの……かも?」みたいな(苦笑)。「母さん、頼むよ〜。そんなのよくわかんないし!」ってもんでさ。ところが彼女の方はマジで、「そうは言うけども、お前のやってることの中には同じこと、シューマンの音楽の中で起きていたのと同じことがあるのよねぇ」とかなんとか、いろいろ言われるわけだ。
■はははははっ!
DL:でも、明らかにそこには繫がりがないわけで……というのも、正直、僕は彼女にとってあんまり良い生徒じゃなかったし、母さんにもずっとそう言われてきたしね。ただ、それでも僕が彼女から学んだことというのは……基本的な音楽理論やある種のモードに基づく、彼女の持つ和声への感性というかな。それもあったけど、と同時になんというか、うちの家族の間で重用されている価値観みたいなものも受け取ったんだろうね。
ってのも、僕の父親もミュージシャンだったわけで、だから僕の家族の中にはとてもはっきりした、「我々はどんな音楽が好みか」みたいなスタイルが存在していたっていう。で、うちの家族が好むのはいつだって、気が滅入るような音楽で……
■(爆笑)。
DL:だから、とにかく「とんでもなく美しい音楽じゃないと受け付けない」みたいな。それがなんであれ、色いろんな意味で極端なものじゃなくちゃいけないっていう。たとえばほら、ショパンの曲だとか……とにかくこう、エクストリームな音楽ね。なんというか、中庸な音楽が入り込む余地は一切なし! みたいな。
■(笑)なるほど。
DL:というわけで彼女は、常に非常に極端なものを好んできた、と。で、自分はそこをちょっとばかり受け継いだんじゃないかと思ってる。ただ、実際に“LIFT”を書いていた間は、あの曲にそういう面があるなんて、まったく頭に浮かばなかったけどね。僕としては、こう……「自分はバラードを書いてるんだ」みたいに考えていたからさ。ほんと……シンディ・ローパーとデフ・レパードをずっと頭に描いていたし。
■(笑)マジに?
DL:ああ、マジだよ。冗談じゃなくてほんとの話。
■(笑)ああいう、いわゆる「パワー・バラード」をイメージしていた、と。
DL:そういうこと! まあ、そもそもデフ・レパードに良い曲は少ないんだけど、ただ、いざ彼らが良い曲やるときってのは、たいていミッド・テンポのバラードだっていう。
■しかも、やたら派手な(苦笑)。
DL:うん。アッハッハッハッハッハッ! しかもちょっとメランコリックだったりしてさ(笑)……いわゆる、ヨーロピアンな哀感があって。
■(笑)うわー、きついなぁ。
DL:だよねぇ。たしかにすごくクサい音楽だけど、とにかく、僕は大好きなんだ!
■まあ、誰でも「良いと認めるのに罪悪感を感じるけど、でも好きな音楽」はありますしね。
DL:(笑)その通り!
第一話【了】
※これに続く、「不安やグロテスクを主題にしようと思ったきっかけは何ですか?」から先の回答は、12月末に発売される紙『ele-king vol.17号』に掲載されます。こうご期待!