「Oneohtrix Point Never」と一致するもの

Oneohtrix Point Never - ele-king

 紙ele-kingの「0号」に載ったダニエル・ロパーティンのインタヴューを読んで、彼がたとえるところの「歯医者の治療音とその場に流れるBGMのソフト・ロック」という言葉のなかに、三田格が文中で指摘する「ノイズとアンビエントも等価」もさることながら、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(OPN)のユーモア体質を確認した。フォード&ロパーティン名義の作品におけるシニカルな風刺ないしはその低俗さもそれを思えば「なるほど」といった感じである。ところが、アメリカのあるレヴュワーときたら「『リターナル』が(不確実的シナリオを基礎としたオープンスペースの超認識ヴィジョンにおける)ルソー的作品であるなら『レプリカ』はデュシャン的だと言えよう」などと書いている。最初にこの一文を目にしたときに「ルソー的」というたとえをてっきり「社会契約論」のルソーのことだと思いこんで、「おー、そこまで言うかー」と思案してみたものの、考えてみればデュシャンと対比しているわけだから印象派の画家のルソーのことかと理解した。当たり前のことかもしれないが、「Rousseau record」という欧文だけでは我々にとっては人文学者のルソーのほうが身近だと思える(?)......というか、『リターナル』というアルバムはデジタル・ミュージックにおける新たな社会契約論めいた大きなインパクトとして2010年にリリースされている。

 そもそも......サンプリングが応用されてから久しい現代のポップには「デュシャン的」な展開はずっとある。卑近な例のひとつを言うなら11年前に咳止めシロップと大麻の幻覚とターンテーブルの実験の果てに他界したDJスクリューが発見した"スクリュー"の急速な拡大がある。ジェームス・ブレイクの"CMYK"もウォッシュト・アウトの"Feel It All Around"も、既製品を面白くいじくることが作品のアイデアの中心にある。そしてOPNの新作『レプリカ』も、ガラクタをそれなりにきちんと陳列した「デュシャン的」作品だと言えよう。歯科医院の摩擦音をはじめ、TVゲーム、くっだらない深夜のムード音楽、音楽ファンからは見向きもされないような安っぽいジャズ......とてもディスクユニオンでは買い取ってもらえそうにない価値のない音ばかりが『レプリカ』ではセックスアピールを持った亡霊のように拾われ、ループとなって、エディットされる。
 いかにも欧州的な芸術趣味を押し通すウィーンの〈エンディションズ・メゴ〉でのリリースを経て、どちらかと言えば俗っぽいブルックリンの〈メキシカン・サマー〉傘下に自ら指揮する〈ソフトウェア〉からのリリースということもあるのだろうけれど、たとえば『ピッチフォーク』が収録曲の"Sleep Dealer"を「スティーヴ・ライヒのポップ・ヴァージョン」と形容してしまうように、『リターナル』を起点とするなら『レプリカ』はフレンドリーに聴こえる。低俗さを創造的なポップとして展開することは、それこそレジデンツや中原昌也もすでにやっていることではあるけれど、『レプリカ』という作品はハイプ・ウィリアムスのようなポスト・チルウェイヴ......、いや、ポスト・スクリューという明日に開いている。エイフェックス・ツインの"ウィンドウリッカー"の次を狙っているのは、本当にロパーティンかもしれない。

#9:Flashback 2010 - ele-king

 先日『NME』が20もの音楽メディアによるアルバム・オブ・ザ・イヤーの集計を発表した。対象となったのは『NME』をはじめ『ピッチフォーク』、『ガーディアン』、『ローリング・ストーン』、『スピン』、『Q』、『モジョ』、『アンカット』ほか、ブルックリンで圧倒的に支持されている『ステレオガム』やUKのウェブマガジン『ドローンド・イン・サウンズ』、あるいは超メジャーの『MTV』などなど、主にロック系のメディア。

1. Arcade Fire - The Suburbs
2. Kanye West - My Beautiful Dark Twisted Fantasy
3. LCD Soundsytem - This Is Happening
4. The National - High Violet
5. Beach House - Teen Dream
6. Vampire Weekend - Contra
7. These New Puritans - Hidden
8. Deerhunter - Halcyon Digest
9. Big Boi - Sir Lucious Left Foot: The Son Of Chico Dusty
10. The Black Keys - Brothers
11. Robyn - Body Talk
12. Yeasayer - Odd Blood
13. Caribou - Swim
14. John Grant - Queen of Denmark
15. Joanna Newsom - Have One On Me
16. Sufjan Stevens - The Age Of Adz
17. Janelle Monae - The ArchAndroid
18. Drake - Thank Me Later
19. Sleigh Bells - Treats
20. Ariel Pink's Haunted Graffiti - Before Today

 自分の好みはさておき、まあ納得のいく20枚だ。ちなみに僕の個人的なトップ10は以下の通り。

1. Beach House -Teen Dream
2. Darkstar - North
3. 神聖かまってちゃん-みんな死ね
4. Gold Panda - Lucky Shiner
5. Emeralds - Does It Look Like I'm Here?
6. Oneohtrix Point Never - Returnal
7. Factory Floor - Lying / A Wooden Box
8. M.I.A. - /\/\/\Y/\
9. Gayngs - Related
10. Mount Kimbie - Crooks & Lovers

 ビーチ・ハウス以外は『NME』が集計した20枚に入っていないけれど、好みで言えば、ビッグ・ボーイ、ドレイク、ジャネール・モネイ、カリブー......ジョアンナ・ニューサムとディアハンターとアリエル・ピンクに関しては今作がとくにずば抜けているとも思えなかったけれど、もちろん嫌いなわけではない。アーケイド・ファイアーの3枚目は実は最近になってようやく聴けたが、過去の2枚に顕著だった重さはなく、いままででもっとも親しみやすい音楽性だと感じられた。このバンドに関して言えば、対イラク戦争の真っ直なかに発表した反ネオコンの決定版とも言える『ネオン・バイブル』によって、音楽と社会との関わりを重視する欧米での評価を確固たるものにしている。こういうバンドがいまでも一目置かれるのは、欧米の音楽ジャーナリズムが音楽に何を期待しているかの表れである。
 そう、アルバム・オブ・ザ・イヤーとは、その作品の価値や誰かのセンスを主張するものではなく、ジャーナリズムがいまどこに期待しているのか、という観点で読むと面白い。そのセンで言えば、僕にとって2010年に興味深いのはカニエ・ウェストとジーズ・ニュー・ピューリタンズだ。どちらも個人的には好みではないけれど、僕がふだん読んでいるメディアではどこも評価している。おかしなもので、LCDサウンドシステムがいくら評価されても気にもとめないというのに、気にくわないと感じているカニエ・ウェストとジーズ・ニュー・ピューリタンズが高評価だと気になるのだ。
 以下、『ピッチフォーク』、『NME』、『ガーディアン』のトップ10を並べてみよう。

Pitchfork
1. Kanye West - My Beautiful Dark Twisted Fantasy
2. LCD Soundsystem - This is Happening
3. Deerhunter - Halcyon Digest
4. Big Boi - Sir Lucious Left Foot: The Son of Chico Dusty
5. Beach House - Teen Dream
6. Vampire Weekend - Contra
7. Joanna Newsom - Have One on Me
8. James Blake - The Bells Sketch EP/ CMYK EP/ Klavierwerke EP
9. Ariel Pink's Haunted Graffiti - Before Today
10. Titus Andronicus - The Monitor

NME
1. These New Puritans - Hidden
2. Arcade Fire - The Suburbs
3. Beach House - Teen Dream
4. LCD Soundsytem - This Is Happening
5. Laura Marling -I Speak Because I Can
6. Foals - Total Life Forever
7. Zola Jesus -Stridulum II
8. Salem - King Night
9. Liars - Sisterworld
10.The Drums - The Drums

The Guardian
1. Janelle Monae- The ArchAndroid
2. Kanye West - My Beautiful Dark Twisted Fantasy
3. Hot Chip - One Life Stand
4. Arcade Fire - The Suburbs
5. These New Puritans - Hidden
6. Robyn - Body Talk
7. Caribou - Swim
8. Laura Marling - I Speak Because I can
9. Ariel Pink's Haunted Graffiti - Before Today
10.John Grant - Queen of Denmark

 カニエ・ウェストのアルバムでまずはっきりしているのは、それがヒップホップのフォーマットから離れていること。「イントローヴァースーフックーヴァースーフックーアウトロ」といった公式をチャラにして、膨大なサンプル(60年代のサイケデリックからゴスペルまで)によって新しい何かを生み出そうとしている......ある種のプログレッシヴな音楽と言えよう(実際プログレだろ、あれは......と僕は思ってしまったのだが)。僕や二木信のような保守的なブラック・ミュージック・リスナーの裏をかいているアルバムとも言えるし、そしてこれはジーズ・ニュー・ピューリタンズへの評価とも重なることなのだが、欧米の音楽ジャーナリズムが知的興奮を知らないチンピラにはもう期待していないということでもある。そしてそれでも(カニエ・ウェストの対極とも言える)ビッグ・ボーイが愛されているのは、暴力性というものに何のロマンスも見てはいないということでもある。まあ、要するにそれだけマッチョイズムと暴力性を日常的に身近に感じているからだろう。

 日本の音楽シーンに関しては、2010年は面白かったと思っている。それはポップ・フィールドにおける相対性理論と神聖かまってちゃんのふたつに象徴されるだろう。どちらもインテレクチュアルなポップで、2010年の日本に対する両極端の、際だった態度表明と言える。つまり、かたやナンセンスでかたやパンク、かたや"あえて抵抗しない"でかたや"とりあえず抵抗してみる"というか......そして好むと好まざるとに関わらず、時代は更新される。僕にとって興味深かったのは、神聖かまってちゃんへの表には出ない嫌悪感だった。それは僕が中学生のときに見てきたセックス・ピストルズやパンクに寄せられた嫌悪感、RCサクセションに寄せられた嫌悪感と見事にオーヴァーラップする。何か、自分の理解や価値観の範疇からはみ出したものが世のなかの文化的な勢力として強くなろうとするとき、それを受け入れる人と拒絶する人にはっきり分かれるものだが、同じことがいま起きているようだ。そして、気にくわないというのは、それだけ気にしているということでもある。(笑)

 エメラルズに関しては、面白いことに『ドローンド・イン・サウンズ』が1位にしている。こうしたチャートの見方というのは、「ではエメラルズを1位にするようなメディアは2位以下を何にするのだろうか」という点にもあるのだが、2位がザ・ナショナルで3位がデフトーンズというのはがっかりした。シューゲイザー好きな編集部のなかの偏執的な編集長があるときエメラルズで壮大なトリップをしてしまったのかもしれない。もちろん、多くの場合は個人的な経験が大切であって、『ガーディアン』の読者が言うように「メディアが選ぶトップ20をわれわれが聴かなければならないという義務はない」わけだが、話のネタとしては大いにアリなのだ。その年何が良かったのかについて話すことは、音楽ファンにとっては楽しみのひとつである。

ele-king - ele-king

ele-king Chart


1
M.I.A. - Born Free - XL Recordings

2
James Blake - CMYK - R&S Records

3
Oneohtrix Point Never - Returnal -Editions Mego

4
砂原良徳- Sublimenal - Ki/oon

5
Zs - New Slaves - The Social Registry

6
七尾旅人 - Billion Voices - Felicity

7
Rockasen - Welcom Home - Assasin Of Youth

8
Budamonky & S.l.a.c.k. - Bud Space - Dogear Records

9
Buffalo Daughter - The Weapons Of Math Destruction - Buffalo Ranch

10
Ariel Pink's Haunted Graffiti - Before Today -4A

Oneohtrix Point Never - ele-king

 このところエディションズ・メゴが急進的なイメージを強めている。昨年のシンディトークに続いてエメラルズまでリクルートさせ、フェン・オバーグの新作に続いてOPNまで移籍させた。思えばKTLをリリースした辺りからそれは はじまっていたのかもしれない。いっしょにレーベルをはじめたラモン・バウアーが音楽業界から去ってしまい、〈エディションズ・メゴ〉とレーベル名を改め、ひとりで再出発だとピーター・レーバーグは教えてくれたけれど、過去のバック・カタログがデラックス・エディションで再発される機会が多く、それに気をとられて過去を見ているレーベルのような気までしていたというのに。

 OPNは昨09年末、ファースト・アルバムにあたる『ビトレイド・イン・ジ・アクタゴン』(07年)と2作目の『ゾーンズ・ウイズアウト・ピープル』(09年)、3作目の『ラシアン・マインド』(09年)に7曲を加えたコンピレイション2CD『リフツ』をリリースし(マスタリングはジェイムズ・プロトキン)、いっきに認知度を高めたプロデューサーである。全体的にはアンビエント・テイストなのに、シンセ-ポップやノイズなどエレクトロニック・ミュージックのさまざまなフォームが詰め込まれた『リフツ』は全27曲というヴォリウムもあって、なかなか全体像には迫れず、どこがポイントなのかをすぐには絞りきれないアルバムだった。しかし、これはもう、これからは初期音源集という位置づけになっていくに違いない。通算では4作目となる『リターナル』はこれを凝縮させ、OPNのいいところが見事にリプレゼンテイションされた内容になっていたからである。

 オープニングがまず◎。10年前のピタを思わせるシャープなノイズ・ワークで幕を開け、エイフェックス・ツインの不在を印象付ける。中原昌也もこれはライバル視していいかも。そのまま何事もなかったようにアンビエント・ドローンになだれ込み、メリハリの付け方がいままでとはまったく違うことに驚かされる。簡単にいえば構成力がアップし、ムダがなくなっている。ドローンもどんどん表情を変え、ポップな曲調=タイトル曲へのスライドも実にスムーズ。後半はまたそれらを全体にひっくり返したような感情表現へと導き、手法だけではないヴァリエイションにも人を誘い込む。素晴らしい。

 〈メゴ〉のようなレーベルを実験音楽としてしか捉えられない人には難しいかもしれないけれど(それはむしろ実験音楽を知らないといった方がいいんだけど)、ここで展開されているノイズはとてもポップだし、ドローンを媒介にしてアンビエントとノイズが等価になってしまった事態をOPNは非常に上手く作品に反映させているといえる。これだけ柔軟に音のテクスチャーと向き合える感性はやはり新しいといわざるを得ない。あまり使いたくない紋切りだけど、このような柔軟さこそ若い人に聴いて欲しい。

 スリーヴ・デザインはサン O)))の......というか、KTLのスティーヴン・オモリー。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9