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「彼女は雷雨/八方塞がりになって/うつ伏せに横たわって/彼女は雷を伴った嵐そのもの」――アークティック・モンキーズの4枚目のアルバムである『サック・イット・アンド・シー』は、そんな風に思わせぶりな「彼女」の描写からはじまる。あるいは、こんな「彼女」も現れる。「彼女が歩くと 足音が歌う/やけっぱちのセレナーデ」......そう、これは愛とロマンスについてのアルバムである。
そしてまた、『サック・イット・アンド・シー』はアークティック・モンキーズによるサンシャイン・ポップ集である。それはたぶん、ヒップホップからの影響である言葉の多さをいかにしてドライヴィンなロックンロールに落とし込むか、というイギリスのギター・バンドの課題を完璧に応える形で登場したバンドに熱狂した連中が拍子抜けするほど、明るく開放的なポップ・ソングだ。指摘されているように、もっとも近いのはこのあいだ出たアレックス・ターナーのソロである『サブマリン』のサウンドトラック。歌と言葉のアルバムだ。明らかに、いま彼のモードはそこにある。
甘いメロディを持ったポップ・ソングというのはこれまでのアークティック・モンキーズのアルバムには必ず何曲かあって、それらはアクセントになっていたが、作品全体のムードを支配するほどではなかった。が、本作の場合それがちょうどひっくり返っていて、ヘヴィだったりアグレッシヴだったりするロック・チューンは数曲にとどまり、あとは柔らかい歌と演奏によるミドルテンポのなんてことのない「いい歌」がほとんど。しかもラヴ・ソングだ。陽光を思わせるその眩しさは近年のUSインディのムード――ビーチ・ポップと緩やかに共振し、曲によってはノスタルジックにすら響く。それはオープニングの"シーズ・サンダーストーム"からはっきりと打ち出され、続く"ブラック・トリークル"も甘いメロディとコーラスで溢れている。4曲目では西海岸サウンドのようなギターに導かれて「シャラララー」と繰り返し、そしてタイトル・トラック"サック・イット・アンド・シー"に辿り着く頃にはすっかりこの瑞々しいギター・ポップに聴き手は浸っていることだろう。
これまでのアークティック・モンキーズのアルバムにあったような、「気合入ってるなー」と感じるリズムのタメやキメはほとんど目立たず、言ってしまえば音楽的な驚きや興奮はここにはない。あるのは、ソングライティングに対してのアレックスの自負が感じられる迷いのないメロディと、それをきちんと聞かせるバンドの確実なアンサンブルだ。
となると、優れた作詞家として知られるアレックス・ターナーの言葉に注意して耳を傾けたくなってくる。先に書いたようにこのアルバムはラヴ・ソング集だが、彼らしい悪戯っぽいアイロニーがところどころに加えられながら、印象的なフレーズがいたるところに挿しこんである。例えば「歯と歯がぶつかり合うようなキス/彼女が笑うと 天空がスタンガンの子守唄を歌う」、「総天然色のジェラシー」......なんてのも、妙な言葉選びだがそれ故鮮烈かつ魅力的だ。
だが何と言っても特筆すべきは、色男風ですらある甘ったるい愛の言葉をアレックスが歌っていることだろう。"ラヴ・イズ・ア・レイザークエスト"の歌い出しが気に入っているのでそのまま引用すると、こうだ――「相変わらず自分がその年齢にしては 思っていたより若いって気がしているのかい?/それともダーリン もう老けちゃった気がしてきた?/大丈夫だよ/君はいまだに若さだけが持ちうる手際よさで/人の心を傷つけてるに決まってるんだから」
"サック・イット・アンド・シー"では「他の女の子なんてだたのポストミックス・レモネードさ」と、口説き文句としてはややベタな比喩表現にも手を出している。それがどんな飲み物かピンと来なくても、それが歯の浮くような台詞であることは十分わかる。それをアレックスがあの声で歌えば、素直にいい男だなと思ってしまう。
こうした自分の言葉の巧みさを利用しながら肯定的に愛の言葉を歌うというのは、ファーストの頃の彼にはほとんどなかったもので、自分の手の届かないところにいる女の子への葛藤を歌った"ホェン・ザ・サン・ゴーズ・ダウン"の思春期性とはずいぶん違う。まだはじまってもいない恋愛に苛立っている少年はここにはおらず、確かに目の前にいる恋人に向けて気の利いたフレーズを言えるぐらいには成長した青年がいる。かつてのアークティック・モンキーズが「若さ」、あるいは思春期性そのものに対する言及だったとするならば――そしてそれがロックンロールであったことにこそ若者は熱狂したのだが――、それがやがて終わっていくことにも彼らはここで向き合っているのではないか。だが、少なくともこのアルバムではそれは嘆くべきことではなくて、眩しい歌と共にロマンティックに描かれている。
アレックスはこんな風にも歌っている。「この痛む胸の思いをポップ・ソングにこめたけれど/作詞のコツがのみ込めなかった」......それは反語的に、彼の言葉に対する自信の表れである。
木津 毅