Home > Interviews > interview with IR::Indigenous Resistance - 「ダブ」とは、タフなこの世界の美しきB面
私たちにとってダブはスタイルではなく、アティチュードである。私たちは、音楽やその他の手段による抵抗や抗議、社会正義の主張が、植民地的・資本主義的・白人的な流れの中で制度化され、無力化され、活力を奪われた世界に住んでいる。ダブは、このような同化と融和のプロセスのB面なのだ。
インディジェナス・レジスタンス(IR::Indigenous Resistance、以下「IR」)は、地球上の音楽シーンにおいて際立った存在感を放つダブ・アーティスト/アクティヴィスト集団だ。世界各地で反植民地主義と先住民の権利のために活動するIRのアクションは、音楽のみならず、絵画・書籍・映像・ストリートアートなど多岐にわたっている。おもな拠点のひとつはウガンダにあり、ジャングルの奥深くに創造的なアートスペース「Atuadub Shrine」がある。
彼らは80年代のテクノ/ハウスや90年代のレイヴ・カルチャーの影で台頭してきた。IRとしての作品は2002年のザ・ファイアー・ディス・タイム『Krikati / Galdino / Remembering Galdino』(IR1)にはじまり、最新作の『Mongolia African Ancestral Travel M.A.A.T. 』(IR73)に至る。彼らの活動はきわめてアンダーグラウンドなもので、実態は依然として謎に包まれている。中心人物のひとりであるアマスタラは、人々がIRの全体像を把握しづらいのは彼らが意図的に行っていることだという。
アマスタラ:私たちはアクションのたびにチームを組み替え、世界同時多発的に、また、非中央集権的な組織作りを通じて、バビロンを混乱させることを目指している。たとえば、西パプア解放運動を支援するイベントでは、コロンビア、ブラジル、エチオピア、ウガンダ、インドネシアの共謀者や協力者と協力して同時開催を実現した。私たちが「African Anarchists」という曲の中で言及しているように、現在アフリカと呼ばれている地域には、古代において、中央集権的な王国ではなく、自治的な村々がゆるやかにつながった連合体によって統治されていた地域があった。私たちはこれを組織のモデルとして気に入っている。
「IRにとってダブとは?」とアマスタラに尋ねると、IRの音楽の本質であり、たんなるジャンルではなく抵抗のアティチュードである。そして「音の周波数を使った混乱でバビロンを震え上がらせること」だと答えてくれた。
アマスタラ:ジャマイカのダブ・レゲエは、デトロイト・テクノ、ハードコア・パンク、アフリカ音楽、そして南太平洋のソロモン諸島や北アメリカの先住民族の固有の音楽の伝統と同様に、私たちにとって大きなインスピレーションとなっています。私たちがこれらの影響を受けているのは、その根底にある深い原理があるから。つまり、私たちにとってダブはスタイルではなく、アティチュードなのです。エコーやリバーブ・エフェクトを使うことだけがダブではない。IRにとってダブとはたんなる音楽ジャンルや手法ではなく、本質。ダブとはあらゆるものの本質なんだよ。私たちは、音楽やその他の手段による抵抗や抗議、社会正義の主張が、植民地的・資本主義的・白人的な流れの中で制度化され、無力化され、活力を奪われた世界に住んでいる。ダブは、このような同化と融和のプロセスのB面なのだ。
ダブは抑圧的なシステムに問題を引き起こしながらも、人類の向上に役立つようなやりかたでシステムに挑む。「バビロンを震え上がらせること」の重要性を、私たちはとくに強調したい。それは、音の周波数がどのように使われうるか、また使われるべきかという私たちの常識を完全に混乱させる。この混乱こそがダブをまったくもって美しくしているのであり、人生の美しさと奔放な複雑さを肯定しているのです。
最新アルバム『Mongolia African Ancestral Travel M.A.A.T. 』に収録され、先行シングルとなった「Dreams Are Dub But Genocide Is A Reality」は、日本人アーティスト、マサヤ・ファンタジスタとの共演。モンゴルでの偶然の出会いが、コラボレーションの契機になったという。ウランバートルのレコード店〈ドゥンゴル・レコーズ〉のオーナーを通じて知り合ったアマスタラとマサヤは、共通する音楽理念やモンゴル文化への理解を通じて友情を深めた。
アマスタラ:そう、本当に美しい出会いだった。それは私たちが「自然なダブの流れ(natural dub flow)」と呼ぶものです。2023年の夏、マサヤはドゥンゴル・レコーズの音楽スペース兼カフェの公式オープニングでプレイするために来ていた。マサヤはじつに静かで温かみのあるダブを醸し出していて、音楽の話になると、すぐに似たようなつながりがあることに気づいた。彼は私たちの音楽仲間であるデトロイト・テクノの反逆者アンダーグラウンド・レジスタンスとも関係が深かった。フェラ・クティのドラマー、トニー・アレンを日本に連れてきたときの責任者のひとりがマサヤだったと聞いて、さらにその絆は深まった。私がフェラ・クティ本人と個人的なつながりがあることを知って、彼は本当に驚き大喜びした。こうしてマサヤ・ファンタジスタはこのプロジェクトに参加することになりました。
Masaya Fantasista
「Dreams Are Dub But Genocide Is A Reality」(夢はダブだが虐殺は現実だ)。重いテーマを扱ったこの曲で、先入観を覆すためにマサヤがもたらしたジャズの要素を取り入れたのだとアマスタラはいう。
アマスタラ:マサヤがこの曲に加えたジャズのエレガンスは、私たちが歌詞を書いた意図とも一致していた。ジェノサイド(大量虐殺)のようなトピックが音楽の焦点になると、人々はそれがパンクやノイズのような攻撃的な音楽ジャンルと結びついていると考えがちだ。私たちはパンクやノイズが大好きだけど、この先入観を覆したかった。トラックの最初の行が「彼らは優しく抱きしめ合った(They embraced tenderly)」なのはそのためだ。同時に、世界中で起こっているジェノサイドのさまざまな事例を、多くの人が予想するような形ではなく、ストーリーテリングの手法で語れるようにしたかった。
マサヤのソウルフルなジャズのエレガンス、バッド・ブレインズのパンクの影響、バントゥー(Bantu)とダンシャ(Dhangsha)のノイズ、不協和音、ベース・ミュージックへの新しいアプローチ、エイドリアン・シャーウッド、マーク・スチュワート、ソイ・ソスのようなインダストリアル・ダブの影響、そして伝統的なアフリカのジャンベ・ドラムとモンゴルの馬頭琴。この曲の歌詞を書いているとき、私たちの魂に響いた曲のひとつがバニー・ウェイラーの「Bide Up」だった。ソウルフルなエレガンスと美しさに満ちた曲で、華麗なフルート、パーカッション、そして精神的な敬虔さと逆境に対する勝利に焦点を当てた歌詞に支えられたルーツ・レゲエ・トラックです。
アルバムのハイライトとなる「A Fiery Kumina Groove For Thomas Sankara & Fela Kuti」(トーマス・サンカラとフェラ・クティのための燃えるようなクミナ・グルーヴ)には、ダブ空間に鳴り響くテクノ・ビートとともに、アフリカ起源の音楽のエレメントが色濃く込められている。
アマスタラ:アフリカ音楽の要素は、私たちの音楽に大きな役割を果たしている。ウガンダの伝統的なフルートや、ジャンベやケテ・ドラムなどの打楽器だけでなく、過去にはエチオピア西部のヌエル族やアヌアク族の伝統音楽で使われている撥弦楽器の親指ピアノも使ったことがある。これらの楽器は、エチオピア西部の土地収奪をテーマにしたIRの楽曲で演奏されています。また、強制的に奴隷にされたアフリカ人が海を越えて持ち込んだアフリカ音楽の伝統を活用していることも重要だ。ジャマイカのクミナやナイヤビンギの太鼓の伝統、そしてアフロ・コロンビアの重要な伝統である太平洋岸のマリンバ。クミナはコンゴから強制的に奴隷にされたアフリカ人がジャマイカに持ち込んだ精神的な儀式です。私は個人的にクミナの儀式を目撃したことがあり、そこには強烈な催眠術のようなドラミングがあり、参加者は踊りながらトランス状態に入っていきます。この儀式を目の当たりにするのはすばらしくうっとりする体験で、私はいつもこれを音楽のトラックに取り入れたいと考えていました。私たちの経験では、伝統のスピリットを真に感じれば、それは難なくダブに流れ込む。作為的なダブとは対照的な「自然なダブの流れ(natural dub flow)」なのです。
モンゴルのアンダーグラウンドにもアクセスするIR
2023年の夏、マサヤはドゥンゴル・レコーズの音楽スペース兼カフェの公式オープニングでプレイするために来ていた。マサヤはじつに静かで温かみのあるダブを醸し出していて、音楽の話になると、すぐに似たようなつながりがあることに気づいた。彼は私たちの音楽仲間であるデトロイト・テクノの反逆者アンダーグラウンド・レジスタンスとも関係が深かった。
IRのスローガンのひとつ「ダブ・リアリティ」。
「ダブ」と「現実」。一見すると相反するふたつの要素だが、彼らの言葉を借りるなら、IRはB面(ダブ)から見えるヴィジョンを通じて地球上の現実と人類の歴史を掘り下げ、同時に音楽としてのダブを拡張している。
IRが行っていることは「全地球をダブにする」ことだと私には思える。
アフリカを拠点に世界中の先住民との交流を続けるIRのダブは、ヘヴィなベースとエコー・チェンバーを武器に、はかりしれないパワーと知識とスピリットが注ぎ込まれた音楽なのだ。
最後に、つい先日完成したIRによる短編映画を紹介しよう。
アフリカの映画監督ジョシュア・アリベットとIRの3度目の共同制作であり、ジャマイカ出身のアマスタラがモンゴルを「もうひとつの故郷」とする体験を描いた『Mongolian Dub Journey』に触発されている。映画の舞台はウガンダだが、モンゴル文化がアフリカの背景に溶け込む様子が印象深い。
ここでもIRは先住民族への暴力や抵抗運動への連帯を訴え、社会正義の可能性を問いかけている。
Under The Moon, We Return To Water : An Indigenous Resistance Dub Suite
■アルバム 情報
Indigenous Resistance
IR 73 Mongolia African Ancestral Travel M.A.A.T.
https://dubreality.bandcamp.com/album/ir-73-mongolia-african-ancestral-travel-m-a-a-t
Indigenous Resistance
IR 71 Dreams Are Dub But Genocide Is A Reality + E book A Mongolian Dub Sublime
https://dubreality.bandcamp.com/album/ir-71-dreams-are-dub-but-genocide-is-a-reality-e-book-a-mongolian-dub-sublime
取材・文:春日正信 Masanobu Kasuga(2025年5月05日)