「Wire」と一致するもの

MEITEI - ele-king

 4月に最新作『瑪瑙(めのう)』のリリースを控える音楽家・冥丁が、アルバムより先行シングル“新花魁”をリリース。6年の月日をかけて研ぎ澄まされた2020年作「花魁Ⅰ」を下地とする楽曲だという。戸谷光一によるミュージック・ヴィデオも公開中。

 「失われつつある日本の雰囲気」をテーマに活動を続け、昨年には新たなシリーズ「失日本百景」をスタート。温泉をモチーフにしたアンビエント作品『泉涌(せんにゅう)』を発表するなど、その独自の世界観の行く末が気になるところ。つぎは、いったいどんな「失日本」を表現するのだろうか。

Artist: 冥丁
Title: 新花魁
Label: KITCHEN. LABE
Format: Single / Digital
Catalog:: KI-050S1
Release Date: 2026.2.6
Buy / Stream : https://www.inpartmaint.com/site/42429/
https://kitchenlabel.lnk.to/52P3moDM


4月17日発売予定の冥丁のニューアルバム『瑪瑙』(めのう)より、先行シングル「新花魁」(しんおいらん)が2月6日にデジタル配信にてリリースされる。三部作『古風』に通底する哀愁と、その先に切り開かれた影。本作「新花魁」は、冥丁がこれまで継続して取り組んできた主題“失日本”が、時を経てひとつの像を結ぶ楽曲である。

古風編初作に収録された「花魁Ⅰ」(2020年作)を原型とし、公演を重ねる中、舞台上で何度も披露され、磨き上げられてきた本楽曲は、五年を経て「新花魁」という名を持つに至った。この楽曲を通じて、歴史上で語られる花魁という存在の先に表現されたのは、「私」と「非私」との、そして冥丁自身が現代で見た日本の自然美の連なりと、麗しくも咲き誇る鮮烈な哀愁である。

朽ちゆく質感の層を漂う遠い声、古楽器の音を使いながらも伝統的手法とは異なる独自のパーカッシブなリズム、そして現れては消えていく旋律の連なり。それらは明確な物語を語ることなく、リスナーの感覚に直感的に触れてくる。

アルバム『瑪瑙』の序章として位置づけられる「新花魁」は、実直で創造的な営みを止めることなく仕上げられた一曲である。ここにあるのは、再構築された歴史ではなく、自明でありながら幽美な印象として漂う日本の姿“失日本”であり、日本的な感性と現代的な表現が織り成す新たな輪郭である。

ミュージックビデオ「新花魁」(映像:戸谷光一)も同日公開される。本作のミュージックビデオやアーティスト写真に映し出された、冬の日本海や、孤高の断崖に舞い散る霰、波飛沫などの情景は、冥丁自身が10年間にわたり広島で過ごした日々の葛藤と、自身の創造する音と孤独に向き合った有様を象徴している。

【冥丁(めいてい) プロフィール】

冥丁は、“自明でありながらも幽微な存在として漂う日本”(誰もが感じる言葉では言い表せない繊細な日本)の印象を「失日本」と名付け、日本を主題とした独自の音楽表現を展開する、広島 尾道出身・京都在住のアーティストである。現代的なサウンドテクニックと日本古来の印象を融合させた、私的でコンセプチュアルな音楽表現を特徴とする。『怪談』『小町』『古風(Part I, II, III)』からなる三部作シリーズを発表し、その独自性は国際的に高く評価されている。TheWireやPitchforkなどの海外主要音楽メディアからも注目を集め、冥丁は近年のエレクトロニック・ミュージックにおける特異な存在として確立された。音楽作品の発表だけにとどまらず、国際的ブランドや文化的プロジェクトのための楽曲制作に加え、国内外における公演活動や音楽フェスティバルへの出演、ヨーロッパやアジアでのツアーを通じて活動の幅を広げてきた。さらに近年は、寺院や文化財、歴史的建造物といった空間での単独公演へと表現の場を拡げ、日本的感性と現代的表現の新時代を見いだし続けている。

Daniel Lopatin - ele-king

 最新作『Tranquilizer』が評判のワンオートリックス・ポイント・ネヴァーことダニエル・ロパティン。彼が映画『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』(日本公開は3月13日)のサウンドトラックを手がけていることはすでに報じられているが、めでたくもその日本盤がリリースされることとなった。発売は2月27日。映画音楽作家としても着々と地位を固めているロパティン、その最新の成果に注目だ。

MARTY SUPREME
ORIGINAL SOUNDTRACK
BY DANIEL LOPATIN

★ クリティクス・チョイス・アワードでノミネート
★ 英国アカデミー賞でロングリスト入り
★ アカデミー賞でショートリスト入り

注目映画『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』の
サウンドトラック・アルバムが国内盤CDとLPでリリース決定!
購入者特典として先着でオリジナル・ピンポン玉をプレゼント

BEST NEW MUSIC - Pitchfork
緻密かつ雄弁。まるで“第二の脚本”のように機能する - IndieWire
ジョン・ヒューズ作品的な高揚感、宇宙的神秘主義、
そしてジョン・カーペンター的な不穏さが同居するサウンド - Empire
すべてに鮮烈でスリリングなオーラを与えている - Slash Film
ダニエル・ロパティンの予測不能な脈動のスコア。ボリュームは11まで引き上げられている - Variety

本作を語るうえで重要な話題のひとつになるのは、
ダニエル・ロパティンによるきらめくオーケストラルなスコアを中心とした
大胆な音楽の使い方だ
- The Hollywood Reporter

作曲家ダニエル・ロパティンは、マーティの鼓動と、卓球ボールが跳ね返るリズムの両方を、
推進力に満ちたスコアの中で見事に表現している
- AP News

アカデミー賞前哨戦と言われるゴールデングローブ賞にて、主演のティモシー・シャラメがミュージカル・コメディ部門の主演男優賞を受賞し、日本での公開も3月13日に決定している話題映画『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ (原題:Marty Supreme)』。
現在までに映画賞の213部門にノミネート、うち25部門を受賞し、賞レースのトップランナーに躍り出ている本作のオリジナル・スコアを手がけたのは、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー (以下OPN) ことダニエル・ロパティン。昨年OPN名義で最新アルバム『Tranquilizer』をリリースし、4月には待望の来日ツアーも決定している。

本作『Marty Supreme (Original Soundtrack)』は、Pitchforkにてサウンドトラック作品としては異例となる「BEST NEW MUSIC」に選出され、アカデミー賞でもショートリスト入りするなど、音楽単体としても極めて高い評価を獲得。現在デジタル配信中の本作が、2月27日に国内盤CDおよび2枚組LPでリリースされることが決定した。

ロパティンが手がけた23曲のスコアは、ネオクラシカルなオーケストレーション、広がりのあるシンセサウンド、80年代ハードウェアの有機的な質感を融合し、献身的でありながら陶酔感に満ちた未来的な音世界を描く。ララージの神秘的な演奏、ワイズ・ブラッド の幽玄なボーカルもフィーチャーされ、作品にスピリチュアルな煌めきと揺れ動く感情を一層引き立てている。

本作は現在好評デジタル配信中。
2月27日には、国内盤CDおよび2枚組LP(ブラック&クリア・ヴァイナル)でも発売される。アートワークには映画のビジュアルが採用され、国内盤CDには解説書と両面ポスターを封入。LPはゲートフォールド仕様となり、同じく両面ポスターが付属する。またアルバム購入者は先着で映画にも登場する『マーティ・シュプリーム』オリジナル・ピンポン玉がもらえる。

先着特典:
『マーティ・シュプリーム』
オリジナル・ピンポン玉

封入特典:
両面ポスター

本作は、2025年の年間ベストにも数多く挙げられている、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー名義の最新作『Tranquilizer』に続くリリースでもある。同作で示された感情表現の透明度と音響テクスチャーの革新性を、映画音楽というフォーマットにおいてさらに拡張。オーケストラのドラマとデジタルの幻影がせめぎ合い、常に変化し続けるロパティンならではの緊張感が全編にわたって描き出されている。

この音楽は、リズムや浮遊感、そして“動き”への強い執着から形になっていった。マーティの変幻自在でスピード感に満ちた、躍動的な性質--まるで卓球のボールそのもののような存在--を表現するために、何百種類ものマレットやベルの音を集めたんだ。このスコアは、伝統と革新のあいだに存在するものにしたかった。ネオクラシカルな要素は、ルールや制約、プレッシャーといった現実の中で彼が生きる現実世界を支え、電子的なテクスチャーは、彼が思い描く未来へと傾いていく。その二つの力が、やがて互いにせめぎ合い始める。
- Daniel Lopatin

ジョシュ・サフディが監督を務め、ティモシー・シャラメが主演。共演には、アカデミー賞受賞俳優グウィネス・パルトローをはじめ、オデッサ・アジオン、ケビン・オレアリー、タイラー・ザ・クリエイターことタイラー・オコンマ、アベル・フェラーラ、フラン・ドレシャーらが名を連ねる。
ロパティンによる音楽は、本作の“神経系”として機能し、ネオンに彩られたマキシマリズムと、結晶のように静謐な瞬間を行き来しながら、サフディが描く野心、崩壊、そして創作への執着を鮮烈に浮かび上がらせている。

label : BEAT RECORDS / A24 Music
artist : Daniel Lopatin
title : Marty Supreme (Original Soundtrack)
release:2026.2.27
商品ページ: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15596
配信: https://a24music.lnk.to/MartySupremeOriginalSoundtrack
TRACKLISTING:
01. The Call
02. Marty’s Dream
03. Endo’s Game
04. The Apple
05. Pure Joy
06. Holocaust Honey
07. The Humbling
08. Motherstone
09. The Scape
10. Tub Falls
11. Fucking Mensch
12. Rockwell Ink
13. Hoff’s
14. Seward Park
15. The Necklace
16. Vampire’s Castle
17. Back to Hoff’s
18. Shootout
19. I Love You, Tokyo
20. The Real Game
21. Endo’s Game (Reprise)
22. Force Of Life
23. End Credits (I Still Love You, Tokyo)

CD

LP

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ニューアルバム『Tranquilizer』をひっさげ
奇才フリーカ・テットとの最新ライブセットで来日決定!

Oneohtrix Point Never
WITH FREEKA TET

大阪 2026.04.01 (Wed) Gorilla Hall
東京 2026.04.02 (Thu) Zepp DiverCity

open 18:00 / start 19:00
前売:8,800円(税込 / 別途ドリンク代)※未就学児童入場不可
info:http://www.beatink.com/
E-mail:info@beatink.com
公演詳細:https://linktr.ee/opnjapan2026

label : BEAT RECORDS / Warp Records
artist : Oneohtrix Point Never
title : Tranquilizer
release:2025.11.21
商品ページ: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15439
配信: https://warp.net/opn-tranquilizer
TRACKLISTING:
01. For Residue
02. Bumpy
03. Lifeworld
04. Measuring Ruins
05. Modern Lust
06. Fear of Symmetry
07. Vestigel
08. Cherry Blue
09. Bell Scanner
10. D.I.S.
11. Tranquilizer
12. Storm Show
13. Petro
14. Rodl Glide
15. Waterfalls
16. For Residue (Extended) *Bonus Track

CD+Tシャツセット

LP+Tシャツ

CD

LP

限定LP

NEW MANUKE & Kukangendai - ele-king

 〈HEADZ〉が2020年に新たにスタートさせた京都拠点のレーベル〈Leftbrain〉。去る11月30日、同レーベルから刺激的な2作品がリリースされている。
 1枚は、ブラック・ダイスなどを彷彿させるバンド、NEW MANUKE(ニューマヌケ)による初めてのアルバム。これまで日野浩志郎のレーベルからカセットテープをリリースしてもいる彼ら、フルレングスでの冒険を楽しみたい。
 また同日、空間現代が2023年に発表したアルバム『Tracks』のリミックス盤も同レーベルから発売されている。D.J.Fulltono、カール・ストーン、マッドテオなど強力な面々が参加、こちらも見逃せない1枚だ。ぜひチェックしておきましょう。

アーティスト:NEW MANUKE
アルバム・タイトル:『SOUR VALLEY』

レーベル:Leftbrain / HEADZ
カタログ番号:LEFT4 / HEADZ270
発売日:2025年11月30日
フォーマット:CD/レコード
レコード ¥3,630(税込)
CD ¥2,530(税込)

1 SPECIAL
2 OMAE CAN
3 11 Lappy
4 POWER BIS
5 Street Ocean
6 Fire communication
7 iPAD, LICK FINGER AND SWIPE, GRANDSON GETS ANGRY (live)

NEW MANUKE:
Pedal Kurihara
Masamitsu Araki
Distest

Recorded at Soto Kyoto
Mixed by Pedal Kurihara and Tatsuki Masuko
Vinyl Mastering and Cutting by Atsushi Yamane

NEW MANUKE プロフィール

Pedal Kurihara(sampler、guitar、drum effect)
Masamitsu Araki(sampler、voice、mixer feedback)
Distest(sampler)

2009年結成のトリオ音楽グループ。
サウンドは主にサンプリングとコラージュ、シーケンスされたビートとループされたミキサーフィードバック、それらの上で極少量のポップスと共に破壊と脱構築を繰り返す。
ライブはまったく踊れないビートによる逆トランスの誘発。それらはライブハウスやクラブ、アンダーグラウンドと場所を変えては日夜、爆音で鳴らされる。
2011年、自主カセットテープ「nannomondaimonainiwa」をリリース。
2017年、goat率いるKoshiro
Hino主催レーベルbirdFriendよりKuknackeとのスプリットカセット『Kuknacke/NEWMANUKE』をリリース。
2018年、カセットテープ『 iPad,lick finger and swipe,grandson gets angry
』を自主リリース。original mix、M/D/G remix、KAZUMICHI KOMATSU remixが収録。
2025年、初のアルバム『SOUR VALLEY』をリリース。

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アーティスト:空間現代
アルバム・タイトル:『Tracks Remixes』

レーベル:Leftbrain / HEADZ
カタログ番号:LEFT3 / HEADZ269
発売日:2025年11月30日
フォーマット:レコード
レコード ¥3,520(税込)

1. D.J.Fulltono - Burst Policy (remix)
2. Element - Look at Right Hand (remix)
3. 友人カ仏 from Moe and ghosts - Beacons (remix)
4. Carl Stone - Fever was Good (remix)
5. Madteo - Hatsuentou (remix)

Digital Mastered by Tatsuki Masuko
Vinal Mastering and Cutting by Atsushi Yamane

2023年にリリースした空間現代の傑作アルバム『Tracks』のリミックス盤をリリースします。
ジューク/フットワークのDJ「D.J.Fulltono」、WIREのベストにも選出された日本の新鋭DUBプロデューサー「Element」、
ヒップホップグループMoe and ghostsのトラックメイカー「友人カ仏」、
コンピューターミュージックの巨匠「Carl Stone」、
Honest Jon'sやDDS、Sahkoなどから作品を発表するNYの鬼才「MADTEO」のリミックスをそれぞれ収録しています。
レコードに付属のダウンロードコードからダウンロードいただくと、更に2曲ボーナス・リミックスをお聴きいただけます。

¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U - ele-king

 2026年にはコーチェラ・フェスティヴァルへの出演も決定し、いまや世界からもっとも注目される日本人DJとなった¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U(行松陽介)。インターネット上でのヴァイラルによってプレイ・スタイルへのイメージは変化したかもしれないが、その本質が実験的でエッジーな音楽を求めつづける生粋の好事家であることに変わりはない。

 そんな¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$Uがかつてのホームであった大阪を拠点に主催していたパーティ・シリーズ〈Zone Unknown〉が、渋谷・WWWの15周年公演シリーズとして開催。これまでイキノックスやKamixloなどアヴァンギャルドなアーティストたちを招聘したのち、活動の変化にともない一時休止。今年ベルリンにて再始動した同シリーズが、初の東京編としてデイ・タイムで開催される。

 出演者にはUKよりマーク・フェルライアン・トレイナー親子を招聘し、ローカル・アクトとして盟友YPY(日野浩志郎)、京都のエクスペリメンタル・セレクターAkaneが出演。ライトニング演出は現代美術とクラブ・カルチャーを行き来するデュオ・MESが担当。メインストリームとアンダーグラウンドの両極に立つ彼の、いまの真意に触れられる一夜となるか。

interview with Lucrecia Dalt - ele-king

 このインタヴューは、いまから10年ちょい前の話からはじまる。エレクトロニック・ミュージックのシーンでは明らかに異変がおきていて、それはざっくり大別すると、ニューエイジ的なるものとそうではないものだった。そして後者においては、ダンス・カルチャーの周縁部かその外側で、特筆すべき混淆が起きていたことが、時間が経ったいまではよりクリアに見える。それは、クラシックの分野で前衛音楽と括られるものとさまざまな大衆音楽(ないしはモダン・クラシカル、ノイズ、アンビエントやなんか)との雑交で、あたかもニューエイジ的な居心地の良さに反するかのような、サウンドの考究者たちの、遊び心のこもった冒険だった。
 このマージナルなシーンでは、多くの女性たちが目立っていたことも特筆すべきだろう。ローレル・ヘイロー、フェリシア・アトキンスン、サラ・ダヴァチー、クライン、メデリン・マーキー、ケイトリン・オーレリア・スミス、ホーリー・ハーンドン、クララ・ルイス、コリーンetc——コロンビア出身で、当時はベルリンに住んでいたルクレシア・ダルトもそんなひとりだった。

 前作『¡Ay!』によっていっきにその名を広めたダルトだが、それに次ぐ新作『A Danger to Ourselves』は、さらに多くのファンの心を掴むアルバムとなっている。ラテン版スコット・ウォーカーというか、南半球のポーティスヘッドというか、この暗闇のなかの光沢は、彼女の味のある「歌」、そして凝ったサウンド工作によって構成されている。ネジが狂ったクンビアのリズムからはじまるアルバムの冒頭“cosa rara”は、マッシヴ・アタックをコロンビアの地下室にテレポートしたかのようだ。この喩えに沿えば、デイヴィッド・シルヴィアンはトリッキーで、つまり幽霊のようにこの曲に参入する。しかし、それに続く曲“Amorcito Caradura”ではジュリー・クルーズめいたドリーミーな舞台をみせ、広大な視界へとリスナーを連れ出すのだ。そして、ラテン・ジャズ・エレクトロニカ(などと呼んでみたくなる)“stelliformia”やレトロ・ポップとグリッチとの美しい協奏“divina”等々——妖光を放つ曲がいくつも収録されたこのアルバムは、間違いなく今年のベストの1枚に入るだろう。

 ダルトは、現在アメリカに住んでいる。ロンドン在住の坂本麻里子氏に質問表を渡し、取材は日本時間の深夜に決行された。彼女の人となりもわかるインタヴューになったと思う。


Photo : Sammy Oortman Gerlings @sammyoortmangerlings

私の家は女性仕立屋の家柄で、ドレスや洋服を作っていて。それで個人相手の洋裁レッスンをおこない、そのかたわらで音楽を作っていった。そうしながらデモ・テープをMySpaceにアップしたところ、グートルン・グートが「コンピレーションに参加しないか」とコンタクトを取ってくれて。あれがもう、自分にとっては非常に強力なシグナルだったというか……

あなたの新作を聴いているとき、たまたまコーヘイ・マツナガと話す機会がありました。

ルクレシア・ダルト(LD):そうなんですか! ワーオ……!(嬉しそうに笑いながら)コーヘイとはもうずいぶん長いこと音信不通になっているけれども……。

「今度、ルクレシア・ダルトにインタヴューするんだよ」と彼に言ったら、喜んでくれて。10年前、コーヘイがベルリンに住んでいた頃、彼はあなたやローレル・ヘイローらと交流があったそうですね。とくにあなたには良くしてもらった思い出ばかりのようでした。

LD:わぁ、嬉しいな。

いっしょに公園に行ったり、自転車をプレゼントされたり——

LD:アハハッ! いや、あれは私のルームメイト。彼女がバースデー・プレゼントとして、彼に自転車をあげたんです。それに誕生パーティも開いて。

はい、お誕生会をしてもらったと言っていました。

LD:あのときはゼリーをたくさんこしらえました(笑)。

(笑)ゼリーを??

LD:(笑)ええ、彼が誕生日にゼリーのなかに浮かびたいと言っていたので、私たちはゼリーでいっぱいのケーキを作ったり、とにかくゼリーまみれになって。アハハハハッ! ゼリー中心のパーティで、あれはとても楽しかった……。

なるほど。それにジュリア・ホルターを紹介してもらったりした、と教えてくれました。こういう楽しそうな話を聞くと、まだベルリンの家賃も安かった時代、そにには、ボヘミアン気質のアーティストたちのコミュニティ的なところがあったのかなと想像します。

LD:はい。

ちょうどその当時は、〈PAN〉みたいなレーベルの周辺には、ダンスフロアとアカデミアとポストパンクの溝を埋めるようなエレクトロニック・ミュージックのシーンが発展途上でしたよね。あの頃は、みなさんどんな感じで活動されていたのでしょうか?

LD:記憶を呼び起こしてもらえて、とても嬉しいです。あの頃自分がいた時/場所を思い出しますね……あの時代のことはちょっと忘れ気味になっていました。というのも、あれは私が自作レコードの大半を作曲したアパートメント、あそこに移る以前の話なので。当時私はまだ友人と同居していましたし、暮らしていたのはとても妙なアパートメントで、バスルームは共同で屋外にありました(笑)。
 だからおっしゃる通り、何もかも、とてもボヘミアンな雰囲気でした。けれども私たちはあの頃に、コーヘイ、ラシャド・ベッカー、ローレル・へイローといった面々と過ごすチャンスを得たわけで……思うに異なる文脈を通じて、だったんでしょうね。非常にまとまりのあるコミュニティがあったとは思いませんし、むしろ個別のグループがポケット的に存在していて、とあるスペースに行くと出くわす面々がいて、また他の場所に行くと別の人びとと出会う、という具合で。私はずっととても多くの領域で実験してきたので、そういった可能性の数々を、音楽/ミュージシャン小集団のすべてを通り抜けて行くことができました。

坂本:なるほど。ゆるやかに連携した、異なる細胞群のようなものですね。

LD:ええ、そういうことです。少なくとも私自身はそう捉えていた。さまざまなグループに参加していましたし、そうするうちに私のいた集団の人びとはもっと「アーティストたち」になっていったというか……まあ、もっと折衷的でいろいろな人々の集まりだったんですけどね。それにあの頃のベルリンには、エレクトロニック・ミュージックのプロダクションの本当に多彩なレヴェルに触れられる、という側面がありました。おっしゃっていた通り、知的/アカデミックなものからより身体/感情に訴えるパンク的なもの、そしてもっと純粋にエレクトロニックなものまで。ですからベルリン時代は素晴らしかったなと感じます。


Photo : Louie Perea @perea.photo

つまりボレロの歌もロバート・アシュリーも、私にとっては同レヴェルに存在し得るし、かつそのどちらもリズム、質感、テクスト等について考える際のアーティストとしての私の組成にとって同等に重要。

あの時代、かつて前衛と括られていた音楽、リュック・フェラーリ、ロバート・アシュリー、アルヴィン・ルシエ等々を、アカデミアの文脈から切り離して現代のエレクトロニック・ミュージックのなかで再文脈化するみたいなことがあったと思います。かつてアカデミアのなかで聴かれていたような音楽が、いきなDJミュージックのひとつとして面白がられるみたいな。またその一方、あなたは〈Other People〉から発表したミックス作品では、さらに前衛ジャズを中心に選曲し、ドゥルッティ・コラムやコイルなどと交えていました。こうした、世界の非商業的な実験音楽を横断的に探索するみたいな動きが、なぜあの頃に起きたんだと思いますか?

LD:うーん、どうしてだったんでしょうね(笑)? とにかく……それが私のアートに対する考え方の一部だ、としか。本当に多くのさまざまなソース/諸グループから影響を受けるということですし、いまの例で言えばドゥルッティ・コラム、そしてロバート・アシュリーなんて、いっしょにするのはほとんど不可能に思えますけど(苦笑)、どういうわけか私からすれば理にかなっている。
 口で説明するのはむずかしいんですが、思うに——あの頃、私は友人で素晴らしいアーティストであるラヒーナ・デ・ミゲル(Regina de Miguel)とコラボレートしていて、そのときとても自由を感じました。彼女はヴィジュアル・アート畑出身の人なので、実に多彩なソースから影響を引いてそれらをミックスしていた。あれがとにかく、自由奔放に物事を混ぜ合わせることを恐れるな、というインスピレーションを自分にもたらしてくれたんじゃないかと思います。それに、感じるんです……だから、アーティストは脳の持つ折衷性を享受すべきだし、そのあるがままを許し、存在させてあげよう、と。
 というのも、そういう状態が起こるのは素晴らしいことだと思うんです! 私はコロンビア出身なので、そうしたさまざまなものはすべて同じレヴェルにある、というか。つまりボレロの歌もロバート・アシュリーも、私にとっては同レヴェルに存在し得るし、かつそのどちらもリズム、質感、テクスト等について考える際のアーティストとしての私の組成にとって同等に重要。ロバート・アシュリーは言うまでもなく、スポークン・ワーズ部がとても複雑ですよね。もちろんローリー・アンダースンにも同じことが言えますし、他にも数多くいますが。だからミュージシャンであれば、そうやって数限りない可能性に触れることになる、というのに近い。音楽のおかげでそうした小領域の数々に参加できるのは最高だと思います。あるときはジュリアン・ラーバー(Julian Rohrhuber)のような人と同じステージに立ち、今度はフェリックス・クビーン(Felix Kubin)と一緒にプレイし、その次にはもっと伝統的な意味でのバンドとも共演できる。そうした様々な飛び地のなかで居心地良く、自分をエイリアンのように感じるのが本当に好きなんです(笑)。

坂本:外世界からの訪問者、と。

LD:(笑)その通り。それは好きですね。

なんでこんなことを訊いたのかというと、あの時代、エレクトロニック・ミュージックのシーンは、癒し的なニューエイジに向かった人たちと、あなたやローレルやコーヘイのように過去の前衛を探索した人たちとに大別されると思うからです。

LD:はい。

リーマンショックから数年後の(暗いご時世のはじまりの)ことなので、ニューエイジに向かいたくなる気持ちもわからなくないのですが、その一方で、敢えて難解な音楽のほうに向かうってどういうことだったんだろうかと興味深く思っているからです。

LD:(笑)なるほど。私の場合——そこに関しては、バルセロナ現代美術館(MACBA)の功績も認めなくちゃいけません。というのも、同館のウェブラジオ主任のアナ・ラモス、彼女は本当に素晴らしい人で、サウンドの収集はもちろん、極めて複雑な音楽を制作したアーティストの作品を紹介することも考えた。彼女がウェブラジオ向けのポッドキャストを編集するのを当時手伝っていたおかげで、自分がそれまでまったく知らなかった驚異的なマテリアルの数々に触れることになった。それに彼女は、フランスのGRM(Groupe de Recherches Musicales/音楽研究グループ)でのレジデンシーにも招待してくれました。で、あの頃私はアーロン・ディロウェイ、これまたテープ・ループ等々に非常に入れ込んでいる人とのコラボレーションもはじめていて……
 というわけで、そうですね、「どうしてか」を説明するのはむずかしいんですが、思うにたぶん——ああ、ベルリンではCTMというフェスティヴァルも開催されていますね。CTMも、私たちにああした音楽を表現するためのスペースを提供してくれた重要なプラットフォームだと感じます。ですから私たちは現代美術館でああした、あらゆる類いの物事をミックスすることをやっていましたし、それは音楽的な領域はもちろん、それとは別の文脈においてもつじつまが合っていた。CTMフェスティヴァルは、異なるさまざまな主題にのめり込んでいたああした多彩な人びとを探し出し、出演させるという意味でとても賢明だったなと。ですから、ローレル・へイローの音楽と私の音楽には大きな隔たりがあると思う人もいるでしょうが、もしかしたら私たちは、知的な参照点の多くは共有しているかもしれない。で、それはほぼ同時期に起こっていたわけで、私たちはたとえば『The Wire』誌だったり——

坂本:(笑)なるほど。

LD:——(笑)たまたま同じ書籍を読んでいたからかもしれません。そんなわけでどういうわけか、私からすれば何もかもが均等化しましたし、音楽についての異なる考え方を抱くチャンスがもたらされた。それがアーティストとしての自分の成り立ちの一部になってくれて、本当に良かったと思います。

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ですから私たちは現代美術館でああした、あらゆる類いの物事をミックスすることをやっていましたし、それは音楽的な領域はもちろん、それとは別の文脈においてもつじつまが合っていた。

質問は、コロンビア時代の話になります。あなたがコロンビアのメデジン大学で土木工学を専攻した理由はなんでしょうか? ちょっと珍しい選択に思えますが……。

LD:(苦笑)たしかに。まあ、子供の頃はあれと同じくらいアートにも興味があったと思います。歌も好きで、絵も描いたし、バレエ教室に通ってダンスを学んだ。ただ、私にはとても理路整然と組織的な、すごく頭脳派とでもいうのか(笑)、数学・物理学等々が大好きな面もあるんです。80年代にコロンビアで育ったわけですが、あの頃「音楽で食べていく」という発想は、実際的・実利的に言っても当然のごとく筋が通らなかった。ですからとにかく、音楽は趣味になっていくんだろうな……と思いましたし、あくまで本業はエンジニアであって、アーティスティックな面は片手間に、自分の心を満足させるために(笑)音楽を作ろう、と。
 ところが工学の勉強を修了し、とある会社で働きはじめたところ、たちまち——あれは25歳のときでしたが、「自分が生きたい人生はこれじゃない」と悟りました。で、「いまこそ、そのタイミングだ」と思いましたし——と言っても、会社や仕事に対してまったく不平はありません。本当に素晴らしい職業だったと思います。ただとにかく、自分の直観とのコネクション、そしてアーティストになりたいという思いがとても恋しく思えて。で、私の父、そして友人のリカルドも「だったら少しの間やってみたら? 試しに2年くらいやってみて様子を見ればいい」と言ってくれた。それで「オーケイ、縫製業でお金はなんとか作れそうだ」と判断しました。
 私の家は女性仕立屋の家柄で、ドレスや洋服を作っていて。それで個人相手の洋裁レッスンをおこない、そのかたわらで音楽を作っていった。そうしながらデモ・テープをMySpaceにアップしたところ、グートルン・グート[※初期ノイバウテン、マラリア!等]が「コンピレーションに参加しないか」とコンタクトを取ってくれて。あれがもう、自分にとっては非常に強力なシグナルだったというか……グートルン・グートみたいにとても、とても重要な、シーンを、とくに女性アーティストのシーンを支援し続けてきた人が、自分のやっていることに何かを聴き取ってくれたんだ! と思いましたから。当時は自宅のベッドルームで、ごく安物のマイクロフォンに、MIDIキーボードひとつを相手に音楽を作っていました。それっきり。他には何も無し。でも、彼女は私のやっていたプロセスを信じてくれたし、私も「やっているこれらのことについて、ひたすら自分の直観を信じてそこに賭けよう」と感じはじめた。
 以後、土木系エンジニア業は振り返らずにやって来ました。そんなわけで、音楽の道を選んでからすいぶん経ったいまとなっては、自分が土木工学を学んだのは奇妙に思えますね、エンジニア職を辞めてもう20年にもなりますから(笑)。

その、音楽の道を選んだ決心について、あなたは『The Wire』とのインタヴューで「バルセロナのMACBAで開催された哲学者ジル・ドゥルーズに関する会議に参加することになって。彼の時間観について語り合ううちに、遂にすべてに納得がいくようになっていきました」と答えています。ドゥルーズの時間観(idea of time)について話したことがどうしてあなたに音楽の道へと進ませたのか、もうちょい説明を加えてもらってもいいでしょうか?

LD:私は哲学者ではないので、彼の大きな作業を完全に理解し、説明するのはもちろん無理です。でも思うに、視覚的な面で——なんというか、あの会議の講演者が時間について、「時間の折り重なり」というドゥルーズの時間観を話しはじめたんですね、著書『襞:ライプニッツとバロック』でも彼が模索したところですが。そこで自分にとってすべてつじつまが合いはじめたのは、私自身も、自分のやっていることは決して直線的ではないと思うからです。つまり、私のやっていることはもつれ合いのようなもので、そのなかから徐々に何かが意味を成していく、という。こんな風に(と、両手を重ね合わせ層を描くジェスチャー)。そこから、地質学を考えはじめました。たとえば深いところにある地層が突如隆起して、土地景観を変化させてしまうことがありますよね。
 というわけで、時間の非直線性に関するあのちょっとしたコメントを聞いて、その後も長いあいだ、大いに考えさせられることになって(笑)。それに、自分が土木系エンジニアとして働いていた事実を正当化する方法を見つけようとしてもいた、というか。エンジニアとしてさまざまな研究をおこなっていたとき、土壌分析他のために地質学由来のインフォメーションを常に考慮に入れていました。で、そのパートはいつも私には詩のように思えたんです、というのもそうした情報を通じて、その文脈において何が起こっていたのか、突如として自分は何千年も昔に引き戻されるので。そうやって「ここのこの土壌は、こんな風に探査できる」「ここはこういう風に切り出せる」と言えるだけでも、さまざまな形状やフォルムの基盤となるものを作り上げられますが、それでも私たちははるか昔の地層の情報すべてに責任を負っている、という。
 ですからある意味あのおかげで、エンジニアとしての自分の記憶群をよみがえらせるひとつの方法がもたらされました。そして、詩とそれが私自身の文脈に持ち込んでくれるさまざまなイメージに沿って活動していくやり方も。それでなんというか、(苦笑)かつて自分が長いあいだエンジニアとして働いた事実との一貫性、なぜそうだったかの根拠がもたらされたというか。

音楽をやるうえで、まずはバルセロナに移住したのはなぜでしょうか? スペイン語圏であることが大きかったのでしょうか? また、そこからベルリンに移住した理由は?

LD:バルセロナに移ったのは、私の当時のパートナー、彼があそこで暮らしていたからです。一緒に暮らしたくて移住することにしました。そのおかげで、彼の視点・考え方等々を通じて、それまでとはまったく違う人生が自分の前に開けましたね。
 続いてベルリンに移ったのは……あの頃にもう、「自分には変化が必要だ」と感じていました。ベルリンは良さそうに思えましたし、先ほどあなたがおっしゃったように、当時のベルリンはまだ物価・家賃も安く、とてもクリエイティヴな街で。それに、もっと刺激に富んだ環境に身を置く機会を自分に与えたいと思ったんです。30代前半でしたし、「よし!」と——だから、自分にはまだとても急な思いつきを実践できそうに思えましたし、そこで荷物は段ボール箱4つだけでベルリンに移った。最初に暮らした部屋は家賃が90ユーロだったんです!

坂本:(笑)嘘のような話ですね……。

LD:(笑)ええ。だから生活もちゃんと成り立つ、みたいな。と言ってもごく狭い小部屋で、ベッドの脇に「スタジオ」を組んで……というものでしたが、そんな風にはじまりました。そして、たしか音楽委員会(Berlin Music Board)という名称の機関に助成金を申請し、それでドイツ映画研究をスタートするきっかけが生まれた。そこから、ドイツで私が初めて作ったアルバム『Ou』(2015)に繫がりました。というわけで、実に多くの人びとと出会い様々な形でインスパイアされることになった、とても大事な場所になりましたね。

いえ、『¡Ay!』はブレイクスルー作品ですが、その前の作品、『No Era Sólida』が生まれた背景/経緯をお話いただけますでしょうか?

LD:『No Era Sólida』はとても……自然に無理なく出来ていった、声を用いてどんなことができるかを探った作品ですね。とても多くの事柄が元になった作品ですが、とにかくアイディアとしては、どうやったら自分自身を、自分の声を解放し、そうすることでそれをほぼ自律した存在にできるだろうか、ということでした。アフリカのルンバ音楽等を聴いて頭をそれに馴らし、そのフィーリングを念頭に置きながら、言葉や、ヴォイスのフローの邪魔になるものをすべて排するようにしました。
 あの頃ラシャド・ベッカーと親しくて、実際、ノード・モジュラーとヴォコーダーの可能性を探るように励ましてくれたのは彼でした。それで私は、一般的ないわゆる「ヴォコーダーのサウンド」とは違うものを出すにはどうすればいいか、かなりリサーチしはじめたんです。「どうやったらやれるだろう?」とものすごくオタクっぽくハマりましたし(笑)、『No Era Sólida』はだいたい、そういう風にできた作品です。とてものびのび自然にやったアルバムですし、そのほとんどはファースト・テイクというか。もちろんその後でいくつかの要素にプロダクション面で手も加えましたが、主要なアイディアは「とても即興性の高いジェスチャーからどうやってアルバムを1枚作るか?」にあった、そういう作品です。

アーロン・ディロウェイとの共作『Lucy & Aaron』はたいへんユニークなものでしたが——

LD:フフフッ!

あなたにとって彼との共同作業はどんな意味がありましたか?

LD:とても意義がありました。というのも、私は彼の作品/活動が本当に好きで――彼のライヴ・ショウが大好きなんです。彼とはMADEIRADiGというフェスティヴァルでいっしょになったことがあって。ポルトガル領の、アフリカ大陸に近いマデイラ島で開催されるフェスなんですが、彼がそこで演奏しているのを観て、テープ・ループくらいとても単純なものを使ってリズムを生む、という彼の考え方に強い感銘を受けた。彼のリズムは、テープ・ループの反復から生じるという類いのものです。
 そんなわけで私たちがコラボでとったプロセスはとても素敵でした。私から彼にシグナルを送り、彼がそれをキャッチしてループをこしらえ、ふたりでとても奇妙な素材を作り出し、それに載せて私が歌う。そしてそれを軸に更にオーディオ部も録音し……という感じで、お互いの発するシグナルと、それぞれに異なる作業のやり方とに作用し合った。アーロン・ディロウェイ、そして新作でのアレックス・ラザロもそうですが、私自身のヴォキャブラリーの、自分の歌の感覚の上に積み重ねていく可能性をもたらしてくれる、ああいうコラボレーションは私にはレアなんです。
 ですからアーロン・ディロウェイとの共作レコードで、私たちは「歌のフォルム」を少し探っていたなと感じます。たとえば〝Ojazo〟、あの曲を私はほとんどもうフラメンコの歌、フラメンコのラメント[※節の一種]に近いものにしたいと思いましたが、でも実際はそれとは無関係なテープ・ループの上に載っている、という。あのレコードは本当に気に入っています。あの作品にふたりで取り組めて本当に良かった。


Photo : Louie Perea @perea.photo

デイヴィッド・シルヴィアンはまず何よりも、指導者ですね。そして言うまでもなく、その指導の過程を通じていろいろなことが起こった。たとえば何曲かでギターを弾いていますし、ドラムスの録音場面にも立ち会い、コメントをいろいろと出してくれた。彼との仕事で本当にたくさん学んでいます。

デイヴィッド・シルヴィアンとはどのように知り合ったのでしょうか? 

LD:2、3年前にツィッター(現X)経由で彼にメッセージを送ったんです。私は『¡Ay!』を作っていて——というかリリースしようとしていたところで、あのアルバムの制作において彼の作品の影響が非常に大きかったと本人に伝えたかったので。とくにシンセサイザーのサウンド、そして歌としてのフォルムを維持しようとしつつもサウンド面に関しては自由奔放にやろう、という彼の独特な考え方ですね。それをきっかけにふたりの間で対話が始まり、仲良しになり、そしてその対話はいまも続いている……という(笑)

そうした流れで恊働することになった、と。彼の耽美的なアプローチは、あなたの世界と親和性があると思います。『A Danger to Ourselves』というアルバムにとって、彼の果たした役割はどのようなものだったとお考えでしょうか? 指導者/良き相談役?

LD:はい。彼はまず何よりも、指導者ですね。そして言うまでもなく、その指導の過程を通じていろいろなことが起こった。たとえば何曲かでギターを弾いていますし、ドラムスの録音場面にも立ち会い、コメントをいろいろと出してくれた。で、私はアルバムのプリ・ミックスを自分でやり、その上で彼が最終的なミキシングをまとめた。ですから実に多くのレヴェルで関わり、貢献してくれている。自分にはツールが不足していると感じたというか……だから、彼との仕事で本当にたくさん学んでいます。ヴォイスのレコーディングひとつとっても——あれは私にはまったく謎の領域で、これ以前はとても苦戦してきました。ところが彼と一緒に作業することで、私はとても特別なマイクロフォンを購入することになり、非常に多くの物事について、これまでとはかなり違う考え方をするようになっていった。彼は……自分が「ここにあるべきだ」と思った通りの場所にヴォイスを据える、その助けをしてくれました。彼みたいな人にしか、その助言はできなかっただろう、そう思います。というのも彼は——だから、彼自身の音楽にしても、たとえば『Blemish』(2003)でヴォイスはほとんどもう、聴き手の心にまっすぐ届く、そんな感じ。で、私は本当に、ヴォイスに込めた情動性を超えたかったし、ミキシングの技術を通じてそれを達成したかった。彼はそれを可能にしてくれたと思います。

新作がどのように生まれたのかを知りたく思います。前作『¡Ay!』のようなひとつのテーマに沿ったコンセプチュアルな作品ではない、『A Danger to Ourselves』はあなたの生活/人生経験から生まれた音楽という理解でいいのでしょうか?

LD:間違いなくそうですね、今回はもっと私自身が出ています。ただ、自分の生きてきた経験を通じ、そこにどうフィクションを交えるか、という面もあります——私の歌はときに、核となるアイディアはとてもシンプルな事柄、ロマンティシズムや官能性、人生をパートナーと共にする、といったことだったりします。そして、その上にシュルレアリズムといったフィクションの層を重ねていく。たとえば〝mala sangre〟では、私が何を描写しようとしているかはっきり目に浮かぶと思います。ほとんどネオ・ノワール映画の一場面に近いというか、何か奇妙なことが起こっているように思える。けれども奇妙だなんてことはなくて、とてつもなく大きな情熱を抱くとああしたことを実際に感じるんです。だから私はある意味作為的なトリックを使って、とてもストレンジな、この「愛」なる現象を説明しようとしている、という。

新作は、いままで以上に「歌」が際立ったアルバムだと思いました。もちろんすべての曲にはあなた独自のテクスチャーがあるのですが、誤解を恐れずに言えば、これはルクレシア・ダルト流のポップ・ミュージックではないのかと。

LD:ええ、そうだと思います。同感。

ほとんどパーカッションで構成される〝cosa rara〟でも歌が耳に入ってきます。2曲目の〝amorcito caradura〟などは、ジュリー・クルーズ風のドリーム・ポップに近いものを感じました。アルバム中もっともポップな〝divina〟も魅力的な曲です。

LD:ありがとう。

作者の狙いとしては「歌」であること、「ポップ・ミュージック」の領域に接近することは意識されたのでしょうか?

LD:ポップなアルバムを作るのが重要、というわけではありません。ただ、いつもそう思うのですが、私はバラッド、シンプルなバラッドが本当に好きで。たとえばザ・フリートウッズのようなグループの歌ですね。それで、シンプルなバラッドくらい効き目のあるものを作り出す方法は何かないだろうかとずっと考えてきました——ただし、自分のヴォキャブラリーと作業の仕方を用いて。というわけで、あれは自分への問いかけに過ぎませんし、〝divina〟のように歌になったと感じる例もありますし、〝covenstead blues〟のような凍り付いたバラッドというか、ぞっとするような、ダークなトラックもある。それでもシンプルなコード群にまで絞り込めば、ああした曲だってジャズ・ミュージシャンが演奏するとシンプルなスタンダード曲的なものになるだろう、と(笑)。
 だから、さまざまなレイヤーすべてをひとつにまとめる、というアイディアが好きなんだと思います。なぜなら私にはまだ、ああした多彩なインフォメーションのすべて、それらも「私」なわけですが、それらが必要なので。それはつまりサウンド・デザイン、音でデザインされた世界ということですし、サウンドと空間を特殊なやり方で考えてみるわけです。たとえば、遠くにあったように思えた要素が急に目の前に迫って来る、とか。ああいうやり方で曲を作ると、本当に楽しいなと感じます。コンポーザーとして、私はひとつの環境を、それ自体のリアリティを内包している世界を作り出したい、というか。そして、そこに奇妙さと共に美も持ち込みたい。というのも、自分を満足させてくれるのがそういう音楽なので。で、このアルバムで私はそういうことをやらずにいられなかったし、しっくりきました。実際、このようなアルバムをもっと作り続けていけたら良いな、と思っているくらいです。

あなたの「歌」にはジャズからの影響も感じるのですが、実際のところ意識されているのでしょうか?

LD:はい。ジャズの数々の側面が大好きですし、たとえばジャズ・ソングが……そうですね、具体的な例を挙げたいんですが(とPCスクリーンをチェックしながらつぶやく)、最近聴いたもので、あのタイトルは……ちょっと待ってください……ああ! チャーリー・へイデンの、キース・ジャレットも参加したデュエット集アルバム『Closeness』(1976)。これはもう、本当に傑出した作品です。とくに〝Ellen David〟というピースや——あるいは私のファイヴァリットなジャズ・レコードの1枚であるギル・エヴァンスの『ギル・エヴァンスの個性と発展 (The Individualism of Gil Evans)』(1964)にしろ、マイルス・デイヴィスのサントラ『死刑台のエレベーター』(1958)にしろ、情動面で惜しみないジャズを聴きながらその中を旅していくのがとにかく好きで。
 それにジャズ界のミュージシャン相手の方が、自分は概して仕事しやすい気がします。というのも、彼らは演奏楽器に関してとても変化に対応しやすく、実験に対しても非常にオープンなので。クラシック音楽を学んだ人の場合、「思いつく限りヘンな音を出してもらえますか?」と頼むと、怪訝な顔で「どういう意味でしょう?」なんて答えが返ってくることもたまにある(苦笑)。対してジャズ・ミュージシャンにそう話すと、「ああ、良いね! 弦でこんな音を出せる。やってみよう!」と。今作でベースを担当してくれたサイラス・キャンベルの場合、最高でした。彼は狙いを見事に把握してくれましたし……すご過ぎでした(笑)。私もたまに、「1秒でいったいいくつの音を出せるの? こんなのあり得ない」と思ったくらいで。しかもコントロールはばっちり、という。でも、何かの一部になり、それに対してオープンになるのは、とてもシンプルなことだったりする。私もフリーにやっていたし、とある時点で彼もほぐれてくれて、〝hasta el final〟のエンディングのアップライト・ベース部は本当に見事だと思いますが、あれはすべて彼の即興のテイクなんです。このレコードに彼があれを持ち込んでくれたのは、とにかくアメイジングです。でも、それはドラマーのアレックス・ラザロも同じですね。彼はジャズ・パーカッション学を修了したので、その道のエキスパート。だから彼も、コンポーザー/混成者として自由になるためのインフォメーションをすべて備えている人だと思います。

アートワークの写真とヴィジュアルについてのあなたの狙いを教えてください。

LD:ああ、あれはある意味、議論の的になっていて——

坂本:(笑)そうなんですか?

LD:(苦笑)はい。あのジャケットが気に入らない、あるいは私の表情が好きじゃない、という人が多くて。ただ、自分としては——このアルバムは多くの部分で、「自己を省みる」という発想に触れていると感じます。たとえばジャン・コクトーは「鏡を見ると人は死に近づくことになる」[※映画『オルフェ』/1950に関する発言]と言いました。なぜなら鏡は、見る者に時の経過を思い出させてくれるとも言えるからです。で、私はたまに自分の見た目を確認できるこの道具がなかったら、世界はどんなに違っていただろう? という空想をもてあそぶことがあります。もしかしたらもう少し自由で、さまざまなことに対する心配もやや薄まるんじゃないでしょうか?
 というわけで、私は忘れないための方法として自己イメージを使っていますし、またある意味では闘ってもいる。私たちは自分たちをどんな風に提示するか、という点について。ですから私からすれば、ほとんど誰も予期しなかったような、そういう表現を今回やれてとても良かった。というのも、満足し切った喜びの表情等々はとてもよく目にしますが、自分は「いや違う、このレコードにはもっと迫力のある、攻撃的とすら言えるイメージが必要だ」と感じたので。アルバムのタイトルにも「a danger to ourselves(自分たち自身を傷つけかねない危険)」を選びましたし、だからある意味自分自身と闘っているとも言えます。愛を掘り下げているのと同じくらい、このアルバムはその点、自ら招く危険も探求していますね。つまり、何かを考え過ぎたり、あるいは自ら植え付けてしまった内なる狂った声に耳を傾け過ぎることを通じて、自らを危険にさらすこともある、という。

ところで、あなたは現在アメリカが拠点だそうですね?

LD:はい。南西部にいます。

いまなぜアメリカに移住したのでしょうか? 政治的には決して良い状況ではないと思われますが。

LD:(苦笑)ええ、その通りですよね……ただ、私はかなり奇妙なポケットめいた、砂漠地帯に暮らしていて、ここは本当に、とてもマジカルな生活環境だと思います。いまここで暮らせるのは、何もかもから隔絶したアウトサイダー的存在に近いというか。そうですね、日々私たちが目にしている現実の外側にいる気がします。自然にふっと思い立って、ここに来ることにしたんです(笑)。恋人との関係を続けていこうという思いもありましたし……。

坂本:すみません、何もあなたの私生活を詮索するつもりではないんですが――

LD:(笑)わかっています。構いませんよ!

ただ、アメリカに移るタイミングとしては、いまはかなりやばいのではないか? と。

LD:はい、そうですよね。その点はちゃんと自覚していますが、と同時に……このエリアで実に素晴らしいアーティストの数々に出会ってきましたし、自分は本当に恵まれていると思います。それにこの砂漠、景色の美しさも息を呑むほど素晴らしいですし、自分はそれらからインスピレーションを受け続け、かつ私たちがいま生きているクレイジーな現実の中で活動を続ける励みをもらっているんだ、そう思います。

(了)

interview with Colin Newman/Malka Spigel - ele-king

 「時代の流れに身を任せながらも、自分の原則を守ろうとする」というのが、マルカ・シュピーゲルが、過去数十年にわたって音楽と人生の道を歩む上で指針としてきた哲学を、自ら説明した言葉だ。イスラエル生まれで最初はベルギーを拠点とするポスト・パンクと実験的ポップ・バンド、ミニマル・コンパクトとして活動を始めた。
「君は本当に詩人だね」と、この時間の大半で冗談交じりに語ったのは、彼女のパートナーでイギリスのポスト・パンク時代の伝説のバンド、ワイアーのリード・ヴォーカル兼ソングライターとして名を馳せたコリン・ニューマンだ。
やりとりのなかで、行ったり来たりしながら互いの空白を埋めるように話し、どちらかが割って入って会話の流れを調整する。コラボレーションが基本という感覚こそが彼らの自然な会話の仕方の本質の一部であり、おそらくそれが、音楽家として長く継続できている協働の特性をも垣間見せているのかもしれない。


Immersion
Nanocluster Vol. 1


Immersion
Nanocluster Vol. 2


Immersion
Nanocluster Vol. 3

 1980年代にベルギーで出会ったふたりの、尽きることのない好奇心、新しい音に対する鋭いアンテナを張り巡らせること、そして他者の作品を吸収して共有したくてたまらない、スポンジのような吸収力と解放的な感性が組み合わさったことで、魅惑的で変わりやすいオルタナティヴ・ポップ・ミュージックの歴史に大きな影響を与える(同時に影響を受ける)存在となった。

 〈スウィム(Swim ~)〉レーベルの共同オーナーとして、Githead名義のバンドとして、ここ最近ではエレクトロニック・デュオ、イマージョン(Immersion/没入の意味)名義として『ナノクラスター(Nanocluster)』における複数の人と共働するスピーゲルとニューマンは、おそらくこれまでで一番活発な活動を展開している。今年のはじめ、彼らは『ナノクラスター』シリーズの第3弾をリリースし、イマージョンとしては、アメリカのアンビエント・カントリー・トリオのSUSSと共に砂漠と海、コンクリートと空を融合させた、ヒプノティックで本質的なテクノで宇宙的なコラージュを創り上げた。その一方、イマージョンのニュー・アルバム『WTF?』は時代精神を捉えたタイトルで、9月にリリース予定だ。

 下記は、昨年夏に『ナノクラスター』の「vol.2」「vol.3」のリリース期間中に実施した、スピーゲル(MS)とニューマン(CN)とのインタヴュ-の編集版である。

80年代半ばのブリュッセルに本物のシーンがあった。〈クラムド・ディスクス〉だけでなく、〈クレプスキュール〉もあり、両レーベルにたくさんの国際的なアーティストが集まって、結果的にブリュッセルに住むようになったりしていた。物価も安くてツアーもやりやすかったし。

この世界に入るきっかけは何だったと考えていますか?

マルカ・スピーゲル(以下、MS):知識も技術もない状態でも、とにかく人と集まって一緒になって演奏することから始まった気がします。それでも、クリエイティヴであることの力がどういうものなのかを感じることができたのが大きかった。そして私は‶一緒に居ること〟の力を感じ続けている。私たちが常にコラボレーションをするのはそのため。他の人と演奏すると音楽面だけでなく、人間関係においても魔法みたいなものを感じるから。

コリン・ニューマン(以下、CN):僕はマルカとはまったく違う世界から来ています。いわゆるハードコアからネオクラシカルまでの、ありとあらゆる音楽の領域で、合奏(アンサンブル)にはふたつのアプローチの仕方があると思う。ひとつは、誰かが何か書き留めたものを皆で演奏するタイプ。もう一方は、皆で部屋に集まってその場で一緒に何とかするタイプだとすると、僕は最初の方。ワイアーが、ジャミングが下手くそなのは、周知の事実! 「部屋で一緒に音楽を作ってみよう!」と言っても決して何もできあがらない。基本的な作品の構造と要素があれば、非常に良いものになる可能性はある。それに対して、マルカは完全に怖い物なしなんだ。彼女が文字通り演奏を始めると、その周りに必ず何かが見つかるという具合。僕たちが最初に出会ったのは1985年で、それからほぼ継続的に長い時間、一緒に仕事をしている。

あなたは、ミニマル・コンパクト(Minimal Compact)の5枚目のアルバムをプロデュースされましたね?

CN:そう、『レイジング・ソウルズ/Raising Souls』をね。

その頃、つまり1980年代初頭のベルギーの音楽シーンは、アクサク・マブールとザ・ハネムーン・キラーズのマーク・ホランダー(オランデル)が〈クラムド・ディスクス〉で活躍していた非常に興味深い時代だったようですね。

MS:そう、ある種のエネルギーがあった。レーベル周辺にはタキシードムーンやその他の多様な音楽があって、コリンは完全に魅了されていたと思う。彼は、ロンドンで公有地に不法滞在するような生活から、ブリュッセルに移ってイギリスよりも少し穏やかな人びとや美味しい食事に出会えた。

CN:そうなんだ。すごく気に入っていたよ。本物のシーンがあった。80年代半ばは常に魅力的な時代で、〈クラムド・ディスクス〉だけでなく、〈クレプスキュール〉もあり、両レーベルにたくさんの国際的なアーティストが集まって、結果的にブリュッセルに住むようになったりしていた。物価も安くてツアーもやりやすかったし。

MS:ロンドンはかなり厳しい場所だった! 私はロンドンに行き始めたばかりの頃にショックを受けたの。ものすごく貧しい感じがして。あなたがブリュッセルに惹かれた理由がわかった。誰かと恋に落ちた以外にもね……わかるでしょう?

CN:一目ぼれだったよ。

MS:楽しい場所だったけれど、(シーンが)衰退すると退屈なベルギーになってしまった。

CN:それは、ベルギーのシーンが心理的な境界線を越えてしまったからなんだ。フランドルとワロン地域はほとんど別の国とも言える場所で、シーンは〈R&S〉レコードがあったゲント(ヘント)に移ってしまい、そこがテクノ・シーンのすべてになった。突然、〈R&S〉と契約した国際的なアーティストたちが現れて、シーンを牽引するようになった。エイフェックス・ツインの最初のアルバムをリリースしたのも彼ら。〈ワープ〉レーベルが頭角を現して彼らの輝きを奪うまで、ゲントには強いシーンがあった。

MS:私たちが再びロンドンに興味を持ち始めたのもその頃だったね。

CN:たしかにね。ブリュッセルからゲントへの移住を考えるぐらいなら、ポーランドに移るのと変わらない。どちらにも同じ銀行、同じ店があるけど、言語もメンタリティも全然違う。それに、ロンドンはまさに、拡大し始めている時だった。

MS:私たちはいつも、物事が始まりそうな場所に惹かれる傾向があるね。

CN:僕は1986年にブリュッセルに移ったんだけど、僕たちがそこを離れたのは1992年になってからだった。その時、ロンドンではようやく電子音楽シーンが始まったところだった。

MS:そして私たちはレーベルを立ち上げて、多くの電子音楽のアーティストたちと知りったの。

CN:移住する前には、マルカのミニマル・コンパクトでの活動が下火になっていて、シンガーのサミー・バーンバッハの近所に住みながらあるプロジェクトに取り組んでいたんだけれど、進展しなかった。そしたら、マルカにソロ・アルバムの話が来たんだよね。でも、彼女は知らない雇われのミュージシャンたちとスタジオに入るのを嫌がり、自分たちのスタジオで、自分たち自身で作りたいと思った。

MS:それに、彼らは私たちの考え自体を理解してはくれなかった。その頃ちょうど、自分たちのスタジオを持つということをし始めたばかりだったから。今では普通のことなのにね。

CN:彼女は、‶もうやり始めたからには、最後までやり遂げたい。さっさとやってしまおう″と言ったんだ。ロンドンに引っ越す時には、ガレージをしっかりと録音ができる場所に改造してレコードを作ってから、リリースしてもらえるレーベルを探すつもりだった。持っていた僅かな金でガレージに防音を施して、新しいミキシング・コンソールを買い、レコードを完成させた。だけど、レコードを出してくれるレーベル探しには完全に失敗したんだ。そんななか、ミュート・レコード社長のダニエル・ミラーとミーティングをしたら、「ここまで全部を自分たちでやったのなら、自分たちで出せばいいのに。やり方はこうだ……」と、レーベルの運営方法を2時間かけて指導してもらった。そして突然、アルバムをリリースすることになった。

MS:(私たちの)典型的な回答ね! 質問に対して、もはやまったく別の話題になってしまっている……!

その後、ミニマル・コンパクトのサミー・バーンバッハと一緒に、オラクルという名でコンピレーションを制作して出した。2枚のレコードを出したところで、マルカが言ったんだ。「私たちはテクノ・レコードを作らなければ!」と。

これこそが私の理想のインタヴューの形ですよ。私がやるべきことが少なければ少ないほど良い!

CN:実は、僕たちがレコード会社を作ったことをマルカが認めるまでに一年かかったんだ。彼女にはそれがとても思い上がったことに思えたから! それでも僕たちはマルカの初のソロ・アルバムをリリースし、そこから利益を得ることができた。

MS:あの頃はいまよりもまだやり易い時代だったから。

CN:そして、人びとはもっと多く(音楽を)購入していた。その後、ミニマル・コンパクトのサミー・バーンバッハと一緒に、オラクル(Oracle)という名でコンピレーションを制作して出した。2枚のレコードを出したところで、マルカが言ったんだ。「私たちはテクノ・レコードを作らなければ!」と。

MS:私はそんなこと言っていないけど!

CN:いや、言ったよ!君はもっとインストゥルメンタルな曲を作るという想いにかられていた。そして、常に‶ミステリアス〟という言葉を好んでいたね。

MS:多分、そっちの方がより純粋だからだと思う。テクノには‶フロント〟というイメージがあまり無いところに惹かれたの。音楽の制作者がどこから来た、どういう人なのかは知らなくても、純粋な音楽だけがすべてだと思うようなところに。

CN:そうそう、『NME』では‶顔なしのテクノ・バカ(”faceless techno bollocks)″みたいにまとめられたけれど、それは‶ジャングル″のような言葉と同じで、最初はこき下ろしみたいな呼び方だけど、結局は受け入れられるんだ。‶顔なしのテクノ・バカ″なんて、素晴らしい発想だよね![編註:これはすぐにテクノの匿名性、音楽重視で作り手のルッキズムに依存しない態度を賛辞する言葉になった] 最初のイマージョンのレコードでは、僕たちはドイツ出身だと偽ってウィッグやマスクを着けて宣材写真を撮って、でたらめな偽名を使っていた。レコード会社としては、レコードをリリースするだけだから、それが誰によるものなのかは関係ない。それが最初のイマージョンのアルバム『オシレイティング/Oscillating』だった。

ほぼ同じ時期にリミックス・アルバムもリリースされましたよね?

MS:当時はほんとうに簡単だった。電子音楽のミュージシャンがたくさんいて、誰もがオープンで、「お願いできる?」と聞くと「もちろん、リミックスするよ!」という返事がもらえたものよ。

CN:それはロビン(ランボー、別名スキャナー)が始めたんだよね。バタシー・バークを歩いていた時、彼が「リミックスしてあげるよ!」と言ったんだ。我々も、いいね! という感じで。僕たちはそれが12インチ盤を出す口実になると思った。それで2枚分のリミックス・アルバムを作ったんだけど、2作目の頃には、テクノ界の少し有名なクロード・ヤングのようなアーティストがリミックスを手掛けてくれるようになって、それらのレコードが売れたんだ! まだレーベルを始める前の〈ファット・キャット〉がコヴェント・ガーデンにレコード店を持っていたから、少し多めに白盤を作って〈ファット・キャット〉に渡せば、彼らがトップDJたちに売ってくれていた。

MS:そうやって、自然と広がっていったの。あの自然な流れが好きだったな。今は、すべて業界の仕組みを通さなくてはならなくて、その罠から抜け出すのは不可能ね。

CN:それで、僕たちのそれまでの歴史とはまったく関係なく、ダンス・ミュージック界でクールな音楽を出すレーベルという評判を得たんだ。その次に、LFOのゲズ・ヴァーリーから連絡が来て、「いくつかのトラックがあるんだけど、ワープは全部が‵聴くための音楽′でないと出したくないと言っている。俺はダンスフロア向けの音楽をやりたいのに」と言うんだ。ちょうど息子のベンを迎えに行く車の中でそのカセットを聴いたんだけど、最初のトラック“クオ・ヴァディス/Quo Vadis”を聴いた瞬間にこれはポップ・ミュージックだと思ったね!

MS:彼はG-Manと名義を変えて12インチを出して、この曲は大成功を収めたし、今でもプレイされている。日本でのワイアーのライヴで、ある人がワイアーの出番の前に“クオ・ヴァディス”をプレイしていた。その人は、コリンとこの曲の繋がりを知らなかったと思うけど。聴いた瞬間に、「ワオ! まだプレイする人がいるんだ」と思った。

CN:まさにクラシックな、ダンスのできるミニマル・テクノとして、DJたちに愛されたよね。この頃には僕たちはもう恐ろしいほどの評判を得ていたんだけど、ひとつのスタイルに固執したくはなくて。そして、ドラムンベースが登場し、僕たちも夢中になった。テクノはある種、アメリカンな感じがしたけど、ドラムンベースはまさにロンドンの音楽で、70年代パンクのような興奮を覚えた。突然、信じられないほどのエネルギーの爆発が起きた。正直、90年代半ばのある時点では、もうドラムンベースさえあればいいという感じだった。自分たちでも少し作ったけれど、その後、ロニー&クライドという、ブレイクビートのより知的な側面に分け入って、違う領域に挑戦する人たちと仕事をするようになった。僕たちはもう少しダウンテンポ寄りの作品をいくつか出して、90年代後半にはポスト・ロックの渦に巻き込まれ始めた。僕たちは90年代をアンビエント・テクノから始めて、ポスト・ロックへとたどり着いた。その時の時流に乗ったということだ。レーベルをやるのであれば、常に現代的であり続けなければいけない。

いまの話を聞いて、あなたが先ほど話していたことを思い出しました。あなたは、ネオクラシックからその他のさまざまなジャンルへと続く音楽の糸のようなものについて話してくれましたが、それに名前は付けていないと言いました。実は私もそういったことをよく考えるのです。ジョン・ケージからブライアン・イーノが1970年代にやったこと、それからパンクの時代にもっとも興味深いバンドがやっていたことまで、線を引くことができるのではないかと。それは、クラシック・ロックの正典の枠組み外にある、並行歴史(パラレル・ヒストリー)のようなものではないかとね。

MS:ストリーミングが始まってからすべてが変わったのではないかな。音楽を届ける範囲や、仕組みそのものが変わったのでは?

CN:根本的に変わったのは、どこに力があるかということだと思う。例えば、90年代のインストゥルメンタル・ミュージックの台頭は、アーティストがアメリカやイギリス出身でなくても世界的に活躍できることを意味して、その変化はストリーミングの普及によって完成されたんだ。今ではその現象は‶グローカリズム(glocalism)〟と呼ばれていて、アーティストが自国で成功を収めながら世界中へと広げていくことができる。それと同時に業界は、完全に石化したかのような状態になって——僕が言っているのは、メジャー・レーベルや大手の独立系のことだけど——なんとか過去の体制にしがみつこうともがいている。権力の分散化は確実に起きていて、それをさらに加速化させる必要がある。

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ドラムンベースが登場し、僕たちも夢中になった。テクノはある種、アメリカンな感じがしたけど、ドラムンベースはまさにロンドンの音楽で、70年代パンクのような興奮を覚えた。突然、信じられないほどのエネルギーの爆発が起きた。正直、90年代半ばのある時点では、もうドラムンベースさえあればいいという感じだ。

あなた方が一緒に働き始めた時、コラボレーションが重要になったと言っていましたね。年月を経て、それが大きく成長したように見えます。それはあきらかに、『ナノクラスター』の重要な要素のひとつですよね。

MS:それがすごく魅力的な領域なんです。長年音楽を作り続けていると、知らない人と一緒に働くこともあって、そんな時には自分の安全地帯から押し出されるようなことも起きてくる。どこか違う場所で、他の人たちのやり方に挑戦すると、視野が広がって、多くの選択肢を与えられるの。すべてのコラボレーションが私たちを新たな場所へと連れて行ってくれる。

CN:2000年代になると、ワイアーが再び始動して、それと並行してGitheadというバンドのプロジェクトにも取り組んでいた。10年前には、ブライトンに移住したんだけど、そこでまたイマージョンも復活させることにしたんだ。機材がかなりシンプルで、ただ一緒にギグをするだけでよかったから。イマージョンの前のアルバム『ロウ・インパクト/Low Impact』は1999年のリリースで、その次のレコードは2016年だった。長い間隔が空いてしまったけど、それが僕たちに自由に活動する空間を与えてくれた。それでアルバムを制作して最初は2枚の10インチ盤として発売し、後にCDに編集した――まるで島に住むアナログな生き物みたいなイメージで。実際にそれがタイトルになったんだけど(EP『アナログ・クリーチャーズ/Analogue Creatures』と『リヴィング・オン・アン・アイランド/Living On An Island』 をまとめたアルバム、『アナログ・クリーチャーズ・リヴィング・オン・アン・アイランド』)。実は僕たちがすでにその時、ブレグジットによる疎外感を感じ始めていたのがタイトルに表れているんだ。

今日の取材の前にその曲を聴いていて、そのことに強く感じ入りました。『リヴィング・オン・アン・アイランド』というタイトルと2016という年を見て「ああ、自分もその感覚を知っている!」と思ったんです。

MS:ブレグジットの投票時には、私たちは島に居て、あらゆるものから隔絶されているという強い感覚を覚えたの。

CN:僕たちは海辺に住んでいるしね。

MS:そう。そしてそれがある種の希望と楽観主義を同時にもたらしてもくれる。

CN:いくつかライヴやフェスティヴァルにも出演したけれど、大きな動きはなかったね。
でもブライトン在住の知人が、「ブライトンに居るなら、自分たちの手でシーンを作る必要がある」と言ったんだ。現地の音楽シーンは結構分断されているからね。

MS:ミュージシャンもすごく多いから!

CN:すごく多い! それで僕たちは、「それはどういう意味だろう? どうやったらシーンを生み出すことができるのか? クラブでイベントを企画してもいいけど、他の人とどうやって差別化できるんだろう? そうだ、コラボレーションの要素を入れてみよう」と思いついた。僕たちはターウォーター(Tarwater)とはベルリンのシーンの初期から何年も知り合いだったし、会場をみつけて、ターウォーターとイマージョンがコラボレートするイベントを企画しようということになった。彼らが数日間、僕たちの所に泊まり込んで一緒に曲を作ればよいと考えた。そして、それが上手くいったんだ。

MS:リハーサル中にもスタジオで録音ができたから、基礎となる録音を残すことができたしね。

CN:ザ・ローズ・ヒルという公共の、110人ぐらいのキャパの小さな会場でやったんだよね。ちゃんとしたお客さんで埋めるのも簡単な規模の。

これは、実はワイアーのブルース・ギルバートが人生と芸術について語った大事な声明のひとつ、「文脈がすべてだ(Context is all).」から来ている。僕はいわゆるビッグ・ボーイ・プロダクションと言われるものを常に嫌ってきた。レコードを聴いて、その背後に関わった‶プロデューサー″のエゴが透けて見えるような自己主張の強いもののことだ。

コラボレーションはどのような感じでやるのでしょう? 即興することもあるんでしょうか? それとも事前の準備の方が多めですか?

MS:まず私たちがアーティストにアプローチして、「私たちの方から3つの基本的なアイディアを送るから、あなたの3つの基本の考えを返送してください。何か思いついたものをそこに乗せてみてほしい」と言う。それを基に、あまりやり過ぎない程度に構築していく。それから相手と一緒になって完成を目指すの。毎回違うやり方にはなるけれど、それが基本的な構造かな。全然即興ではないけれど、完成度をそこまで高くしないから「うまく行くだろうか?」とか「良いライヴができるだろうか?」というような多少の緊張感もある。

CN:次に思いついたコラボレーションの相手がレティシア・サディールだった。‶クラウトロック・カラオケ″というものがあってね。

MS:ロンドンに長年住んでいる、日本から来た人が企画している、違うバンドの人達が集まってクラウトロックのヴァージョンを弾くという一夜があって、それが楽しいの!

CN:それをレティシア・サディールと一緒にやったんだけど、彼女はギター演奏の能力だけでなく、すべてのパートを覚えて参加したんだ。僕たちはそんなことをしたことがなかったんだけど! それを見て、彼女に『ナノクラスター』の話を持ちかけたら、セットをやってくれるのではないかと思った。

MS:彼女が私たちの所にやって来て滞在し、一緒に題材に取り組んで。そう、とても良かったわ。

CN:僕たちは多くの素晴らしい人たちを知っているけど、そのうちの何人かは僕たちがその人たちのファンであるという理由からなんだ。ウルリッヒ・シュナウスが宇宙で一番の音楽を作っていた時もあったし、他にもロビン・ランボー、スキャナー、勿論Githeadのね。彼のことももう何年も知っているよ。

MS:それ以来、私たちはますます幅広い分野でコラボを続け、紙の上では機能しそうもない奇抜なアイディアを次々と生み出してきたの。

CN:そこへ突然パンデミックが襲い、2020年5月に僕たちは4つのコラボレーション企画以外はまったくすることがなかったから、「アルバムを完成させよう」と決めた。実はこれは難しい決断だった。というのも、マルカと僕はそれまで一度もアルバムのミキシングをやったことがなかったから。まさに目から鱗が落ちるような経験だった。僕の感覚では、それが当時、僕たちのスタジオから生まれた作品のなかでも最高のミックスのレコードになったんだ。すべてをコラボレーションして制作したからだと思う。

MS:ある意味、ラジオからも影響を受けていたよね。異なるジャンルの曲をたくさん聴くと、音の組み合わせ方など、無意識に影響を受けていたと思う。

CN:その通りだね。それを2021年にリリースして、批評家からはある程度の高評価を得たけれど、パンデミックの最中にはプロモーションは何もできなかった。ライヴもすでに終わっていたので、ツアーを組むのも難しい状況だった。どちらにしても、2021年から22年にかけて、ツアーを検討したミュージシャンは、自分たちで主催するしかなかったし。

パンデミックの状況において、アルバムで他のアーティストたちとはどのように協力して制作できたんですか?

CN:すべてを事前に録音していた。

MS:リハーサルをしながら録音し、それを制作の基盤としたの。現在では、彼らが送ってくれる素材で仕事をしているけれど、次回作のコラボレーション(2025年のSUSSとの『ナノクラスターVol.3』)では、物理的な空間での作業はしないと思う。状況次第だけどね。スタジオ・ワークを完成させるには、互いにパーツを送り合うか、物理的に人が集まるかのどちらかの方法がある。

それは、プロジェクトの進化の一環ですね。始めた頃にはブライトン在住のミュージシャンたちや、移動が容易な人たち中心だったのが、より広範にアーティストを探し始めると、プロセス自体も変わってくる。

CN:まさに。最初の作品をリリースした後、「次のレイヤーに行くにはどうすればよいか」を考えた。多くの人と話をしたけど、誰もブライトンには居なかったし、パンデミック後というのは、誰もが自分のキャリアに集中していた時期だった。僕たちと仕事をするのは贅沢だと思われる可能性もあったから、何か別の方法はないかと考えた。僕たちの知り合いにサウス・バイ・サウスウェストの主なオーガナイザーのひとりであるジェイムズ・マイナーがいたので、そこで何かをやってみようと思った。

MS:それは結構怖いことだった。というのも、オースティンまで遠征して、現地の人たちと音楽を作らなければならなかったから。どうやってやろう?と。その時、リストにソー(Thor)・ハリスの名前を見つけたの。彼はその土地の人で、パーカッションを演奏するので、一緒に何かを創りやすいのではないかと思った。

CN:彼はかなりアメリカのミニマリスト・シーンの核心にいる人物だし。

MS:そして、生まれつきコラボレーションの才能のある人。

CN:ソーは、実に乗り気きだったね。事前に素材を交換したので現場に着いたらすでに基盤となるものもあった。結局、彼の家でリハーサルをすることになった――彼はただ優秀な音楽家であるだけでなく、大工、配管工、便利屋としても何でもござれの職人で、素晴らしい社会的良心も持ち合わせているんだ。

MS:彼は素晴らしい人物だった。彼の自宅で仕事ができたのは良い経験だった。オースティンでは誰もが知る人物。

CN:実際のパフォーマンスでは、ちょっとした試練のようだった。というのも、結局、ホテル・ヴェガスで演奏することになり、半分暗がりの、そこら中、酔っぱらいだらけのなかで、テーブルの上に機材を設置しなければなかったから。

MS:それがコラボレーションの良いところ。それぞれの異なる経験が、いつもなら行かないような場所にまで連れて行ってくれるので、かなりの中毒性がある。私たちは人と一緒に音楽を作ることが大好きだし、他の人の世界に引き込まれるのも特別なことだから。

それが、リスナーとして『ナノクラスター』のアルバムを聴くときに興味深い点のひとつです。音楽的な個性が互いに溶け合っていくかのような感覚なんです。多くの人が関わっていて、各盤面やディスクごとにコラボレーターが違うのに、常に一貫した雰囲気が漂ってくるからです。あなたたちがワイヤーとの作業について説明してくれたのとは対照的ですね。ワイアーでは各人の役割が明確に分けられ、決まっていたという。

MS:コラボレーターが違っていても、音に一貫した豊かさがあると言う声をよくもらいます。

CN:それはおそらく、最終的なミックスのやり方も影響しているだろうね。

MS:でも、それだけではないわ。私たちはそこに人間同士の繋がりを持ち込むから。いつも、最後には友情関係になって終わることが多いよね。

CN:僕たちは、一緒に仕事をする人の空間を作ろうと努めるけれど、文脈を設定した上でそうする。これは、実はワイアーのブルース・ギルバートが人生と芸術について語った大事な声明のひとつ、「文脈がすべてだ(Context is all).」から来ている。僕はいわゆるビッグ・ボーイ・プロダクションと言われるものを常に嫌ってきた。レコードを聴いて、その背後に関わった‶プロデューサー″のエゴが透けて見えるような自己主張の強いもののことだ。制作に関わるのであれば、その音楽とそれを聴く人の間の障壁を取り除くべきだ。リスナーがその音楽のなかに何があるのかを容易に聴けるようにするべきだと思う。自分や他の関係者を良く見せよう、聴かせようとすることではなく、全体が大事なんだ。

レーベル名をSwim(泳ぐ)にしたのはなぜですか?

MS:だめ(笑)? 私たちはいつも響きの良い名前を探しているんだけど。多分、私たちがいつも異なる人びとの世界の間に軽やかに浮かんでいるからかも。でも、ほんとうはよくわからない。それは後からついて来るものだと思う。この名前を聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?

私はブライアン・イーノのことを思い出しました。彼の音楽では水が繰り返し登場するテーマで、イマージョンで聴く音にもどこか似たものを感じます。あなた方は、どちらも他のバンドではシンガーとして知られていますが、ここでは多くの曲でヴォーカルを削ぎ落しています。だから、ポップスターやロックスターのエゴを排除して、他の可能性が生まれる流動的な空間を探しているように聴こえます。

MS:私たちは、『ウォーター・コミュニケーション/Water Communication』というコンピレーションも出したし、水は繰り返し現れるテーマなの。そして今は、海辺に住んでいるし。

CN:これは、ある意味、『ナノクラスターVol.2』のもうひとつのコラボレーションであるジャック(ウォルター、別名カブゾア Cubzoa)に引き戻される。2021年頃だったと思うけれど、皆が再びライヴを開催するようになり、僕たちはザ・ローズ・ヒルに行ってカブゾアに真に感銘を受けたんだ。

MS:彼は私たちに曲を送ってくれるようになったんだけど、曲というのは完成されたものなので、最初はどうしたらよいのかと戸惑った。通常は、もっと基本的なところから始めるから。でもとても興味深い挑戦になったし、すごく良い作品に仕上がったと思う。

「いまのバンドは大変なのよね。そうせざるを得ないんだから」「ほんとうにそう! パンデミック以降、業界はミュージシャンに圧力をかけている」

CN:さらにもうひとつ、これまでの『ナノクラスター』ではやったことのないことをしたんだ。それは、素材をどんどん出し合うことだった。最初は素材が足りていなかったから。結果、かなり素晴らしい成功に繋がった。彼の曲とはかなり違うものになったんだ。

MS:彼が一緒に居るとほんとうに良い人なので助かったわ。人間性は非常に重要だから。

前回の作品では、4人のアーティストが参加してそれぞれが10インチの片面を担当されましたが、2作目ではふたりとなり、各ディスクにひとりのアーティストが参加した形になっていますね。

MS:それは事前に決めたことではなかったけど、作業を進めるうちに素材が十分そろったことに気付いたの。今後はもしかしたら、コラボレーションはひとつだけになるかもしれない(注:実際、『ナノクラスターVol.3』では、SUSSのみとのコラボになった)。

CN:ルールを設けてはいないよね。ただ、僕たちはダブル10インチ(2枚組の10インチ盤)が好きで。この着想は、完全に実用面でのふたつの理由から生まれた。ひとつ目は、最初のアルバムを製造した際、12インチのヴァイナルをプレスするのに数か月かかったのに、10インチならずっと早く作れたということがあった。また、最初のアルバムには4つのまったく異なるプロジェクトが含まれていた。だから‶それぞれに専用の面があれば、それが自然な仕切りになる″と考えた。

MS:アーティストにとってもより興味深くなるしね。

CN:そう。それぞれが独立した作品になればね。当然のようにデジタル配信では、別々のEPとしてもリリースされているし、ストリーミングでは、短い長さのリリースがトレンドになっているようだ。例えば、20曲入りのアルバムをリリースしても、注目されるのは1、2曲だけで、残りは無視されてしまう。ストリーミングでは聴く人の注意力が極端に短いから。別々のEPにすることで、異なる人たちがそれぞれ別のアーティストに集中できると思った。でも実際には、媒体によるということなんだけど。

そして2作目では、各アーティストがより広い範囲でプレイする余地が得られると、EPのような短いフォーマットではなく、違う方向性になる気がします。

MS:そうかも。各アーティストがより多くの表現で貢献できるようになることが重要。

現在のあなた方の作品に共通するテーマのひとつは、独立した所有権の尊重のように感じます。ワイアーの場合も、バンドがカタログの大部分を所有しているというのは事実でしょうか?

CN:僕たちは80年代の作品は所有しておらず、70年代、80年代の出版権も持っていないけれど、70年代作品のマスターテープは保持していて、2000年以降の作品のすべても持っている。〈スウィム〉からリリースしたアーティストの一部は、自分たちで権利を買い戻していて、他のアーティストは特に気にしていないようだけれど、僕たちは喜んで権利を返還するつもりなんだ。他の人の音楽に執着する必要はない。

MS:あなたの場合は、所有権を持つことがとても重要だと思う。だって、大手レーベルが持つ影響力というものに嫌というほど、気付かされたんだから……

CN:僕たちにとっては、個人的にかなり大きな違いになったよね……。勿論、僕は非常に恵まれた立場で話しているわけだけど。つまり、70年代のワイアーの素材が何世代にもわたって受け入れられてきたから。それは70年代にリリースされた当時の人たちだけでなく、世代を超えて受け継がれて若い人にまで響いている、決して静かではないダイナミックな現象なんだ。さらにストリーミングの数字から判断すると、リスナーは減少するどころか、増加している。自らでマスターの権利を所有し、収益の大部分をバンドに還元できると、生計を立てるための基盤ができる。もしもオリジナル・メンバーと同世代の人たちが公務員になっていれば、はるかに多くの収入を得ていただろう。だけど、60代、70代、80代のミュージシャンのなかには、生活に苦労している人も多い。ツアーに出なければ家賃を払えないから、過酷な条件でツアーを続けるしかないんだ。

MS:でも、私たちが一緒に作るものをすべて所有していることには、メリットとデメリットの両方がある。外部レーベルのように、作品をより広めるような力はないから。

CN:お金がかかるからね。宣伝費や製造費、その他すべてに費用がかかる。だけど、例えばすでにやっているコラボレーションのひとつは、ブライトンを拠点とするバンド、ホリディ・ゴースツというサムとカットのカップルで、僕たちとも仲が良い。彼は30代前半で、ツアーのブッキング方法まで良く知っているんだ。僕の世代のミュージシャンは、ツアーのブッキングの仕方などまったく知らないと思う。

MS:いまのバンドは大変なのよね。そうせざるを得ないんだから。

CN:ほんとうにそう! パンデミック以降、業界はミュージシャンに圧力をかけている。

日本でも似たような状況だと感じます。あの数年で、何かが急激に加速した、‶それ以前とそれ以後″があるんです。若手のミュージシャンたちが、まるで優秀なビジネスマンのように見えるのはある意味で尊敬に値するけど、彼らがそうせざるを得ないことに同情してしまいます。

MS:そうよね。ミュージシャンとして、ただ音楽を追求する自由は、素晴らしい以外の何ものでもない。

(了)

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“I think you swim with the times, but you try to hold onto your own principles,” is how Malka Spigel describes the philosophy that’s guided her path through music and life over the past several decades — initially with Israeli-born, Belgian-based post-punk and experimental pop band Minimal Compact.

“You’re such a poet,” jokes her partner through the greater part of that time, Colin Newman, who made his name as the lead vocalist and songwriter of UK post-punk legends Wire.

A sense of back-and-forth, of each filling the gaps left by the other, of one stepping in and adjusting the flow of the conversation — of collaboration, essentially — is a natural part of the way they talk, and perhaps offers a window into the nature of their long-lasting collaboration as musicians too.

The pair met in Belgium in the 1980s and a combination of endless shared curiosity, a finely honed antenna for new sounds, and a porous, open sensibility to both absorb and eagerly share other people’s work has seen them leave their in fluence on (and be influenced by) by a fascinating and fluid alternative history of popular music.

Working together as co-owners of the Swim~ label, in the band Githead, as the electronic duo Immersion and most recently with a series of collaborators in the Nanocluster live and recording project, Spigel and Newman are perhaps more active than they’ve ever been. Earlier this year, they released the third of their Nanocluster series in collaboration, Immersion merging with US ambient-country trio SUSS to create a hypnotic, techno-organic, shifting kosmische collage of desert and sea, concrete and sky. Meanwhile, Immersion’s new album, under the zeitgeist-grabbing title “WTF?”, is set for release in September.

The following interview is an edited version of a conversation with Spigel (MS) and Newman (CN) last summer in the period between the second and third Nanocluster releases.

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IM : What do you think was your starting point that got you on this train?

MS: I think just getting together with people and playing together without any knowledge and technical ability, but feeling already the power of what it’s like to be creative. But also the togetherness, for me is the power that always stays there. That’s why we always collaborate: there’s some kind of magic when you play with other people, not only on the music side but on the human side.

CN: I come from a very different world from Malka. I mean, within whatever you call this whole gamut of music that runs from hardcore to neoclassical or whatever, there seem to be two approaches among ensembles. One is somebody writes something and the ensemble plays it, or the ensemble stand in a room and figure it out together. I come from the first approach. Wire is famously rubbish at jamming! If you’d said, “Let’s stand in a room and figure out some music together,” that’s never happened. If you have a basic structure and some compositional elements that are going in there, then it can be very, very good. Whereas Malka is completely fearless: she will literally just start playing and you kind of find things that go around what she’s playing. We first met in 85, so that’s a long period of pretty much continual working together.

IM : You produced maybe the fifth Minimal Compact album, right?

CN: Yeah, “Raging Souls”.

IM : That looks like a very interesting period for music in Belgium in the early 80s, with the Crammed Discs label and Marc Hollander from Aksak Maboul and The Honeymoon Killers.

MS: Yeah, there was some kind of energy. There was Tuxedomoon and other kinds of music around the label, and I think Colin was pretty much charmed by the whole thing. He came from living in a squat in London into Brussels, and the nice food and people who are kind of softer than in the UK.

CN: Yeah, I loved it. It was a real scene. And that period around the mid-80s was a really fascinating time. It wasn’t just Crammed Discs, there was Crépuscule, and both labels had a lot of international artists who ended up living in Brussels because it was cheap and good for touring.

MS: And London was a pretty harsh place! I was a bit shocked when I started going to London! It felt pretty poor. I could see why you were charmed with Brussels. Apart from falling in love with… you know!

CN: It was love at first sight.

MS: It was a fun place, but when it died off, it just became boring Belgium.

CN: What happened was the scene in Belgium crossed the psychological border. Flanders and Wallonia are almost two separate countries, and the scene moved to Ghent because that’s where R&S Records were based, and that was the whole techno scene was. Suddenly there were all these international artists signed to R&S and they were leading the pack. I mean, they put out the first Aphex Twin albums. Until Warp came and stole their thunder, there was a strong scene in Ghent.

MS: That’s also when we started getting more interested in London again.

CN: That’s true, if you’re in Brussels and you’re thinking about moving to Ghent, you might as well be moving to Poland. You have the same banks and same shops, but you have a totally different language and an entirely different mentality. And London was just starting to expand.

MS: We always feel attracted to places where things kind of start.

CN: I moved to Brussels in 1986 and we finally left in ’92, and at that point, the electronic scene was just starting in London.

MS: And started a label, and started to get to know more electronic music artists.

CN: Before we left, Malka’s time with Minimal Compact had sort of fizzled out, and we lived around the corner from the singer, Samy Birnbach, and sort of worked on a project that didn’t go anywhere. Then Malka got the offer to do a solo album, but she didn’t want to go into the studio with a bunch of hired musicians. We wanted to make it ourselves in our own studio.

MS: And they just didn’t get the concept. It was the beginning of people owning their own studios, and now it’s so common.

CN: She said, “Well I’ve already started on it. I want to finish it. Let’s just do it.” We moved to London with the idea that we could convert our garage into a proper space for recording, then make that record and figure out if we could find someone to release it. We took the little money we had, soundproofed the garage, bought a new mixing board and set to work on finishing the record. Then totally failed to find a label for it, but I had a meeting with (Mute Records boss) Daniel Miller and he said, “You’ve done it all yourselves, so why don’t you just release it yourselves as well? This is what you do…” So I had like a two-hour instruction about how to run a label. And suddenly we were releasing an album.

MS: Typical answer! He asked a question and now we’re a million miles away!

IM : This is my ideal interview. The less work I have to do, the better!

CN: It took Malka a year to actually admit that we had a record company. She thought it was well pretentious! But we put out Malka’s first solo album, and we made some money out of it!

MS: It was easier in those days.

CN: And people bought more. And after that we put out a compilation of the material we’d worked on with Sami Birnbach from Minimal Compact, under the name Oracle. So we’d released two records and then Malka said, “We have to make a techno record!”

MS: I never said that!

CN: Yes you did! You were very much into the idea that we had to make something more instrumental. You always liked the word “mysterious”.

MS: I guess it’s more pure. I always felt attracted with techno to how it doesn’t have too much of a “front image”. The people making the music, we don’t know where they come from, it’s all about the purity of music.

CN: Yeah, summed up in the NME with the phrase “faceless techno bollocks”, which rather like all those other words, like “jungle”, which starts off as a put-down but you sort of embrace it: “faceless techno bollocks”, what a brilliant idea! With the first Immersion record, we just pretended to be from Germany and we had publicity photos with wigs and masks, we had made-up names. If you’re a record company, you just release records: they could be by anybody. That was the first Immersion album, “Oscillating”.

IM : You also put out a remix album at almost the same time, didn’t you?

MS: It was really easy at the time. There were lots of electronic musicians, people were open, you’d ask someone, “Yeah, I’ll do you a remix!”

CN: It was Robin (Rimbaud, a.k.a. Scanner) that started it. We were walking in Battersea Park and he said, “I’ll do you a remix!” Oh, alright! Then we thought that would be an excuse to put out twelve-inches. We did two volumes of remixes and by the second one, we were getting slightly bigger names in the techno world doing remixes for us, like Claude Young, and those records were selling! Fat Cat Records had a shop in Covent Garden, and basically you’d manufacture some extra white labels, give them to Fat Cat, and they would sell them to all the top DJs.

MS: So it kind of spread naturally. I like the way it was so organic. Now everything goes through the industry and it’s impossible to break out of that kind of trap.

CN: And we started to have a reputation within dance music that was nothing to do with our history, just as this label that puts out cool music. The next thing that happened was that Gez Varley from LFO got in contact with us and he said, “I’ve got these tracks and Warp don’t want to put it out because they want to be all ‘listening music’ and I want to to do dancefloor.” And I remember listening to his cassette while going to pick up our son Ben from school in the car, listening to the first track, “Quo Vadis”, and I just thought, “This is pop music!”

MS: He called himself G-Man. And we did really well with it. I mean, people still play “Quo Vadis”. I heard it in Japan, when Wire played a gig and there was someone playing earlier, I don’t think he connected you with the track, but he played “Quo Vadis” and I thought, “Wow! People are still playing it!”

CN: It’s just an absolutely classic bit of danceable minimal techno and DJs loved it. So by this point we had a fearsome reputation but didn’t want to stick in one style. And then drum’n’bass happened. We were biiiiig on drum’n’bass. Techno was sort of American, but drum’n’bass was just London music, and it was kind of exciting like the 70s punk thing: suddenly you have this unbelievable explosion of energy. There was a point in the mid-90s when, to be honest, drum’n’bass was the only music that you needed. We made a little bit of it ourselves, but then we started working with Ronnie & Clyde, who were sort of the more intellectual side of breakbeat or pushing into a different kind of area. We put out some other stuff that was kind of more downtempo, and then towards the end of the 90s, we started to get involved in the whole post-rock thing. We charted a course through the 90s, starting with ambient techno and ended up with post-rock. It was all about what was going on: if you’re a label, you’ve got to be contemporary.

IM : It reminds me of something you said earlier. You talked about this thread of music that runs from neoclassical through all these other things, and you didn’t have a name for it. But it’s something I often think about: that there’s a line you could draw through stuff like John Cage, through what Brian Eno was doing in the 1970s and what a lot of the most interesting bands of the punk era were doing. It’s like a parallel history outside that classic rock canon.

MS: Didn’t everything change because of streaming. It changed how far it can reach and how it works.

CN: I think the fundamental change is in where the power lies. For example, the rise of instrumental music in the 90s meant that artists didn’t have to be from America or the UK to be international artists, and that thing has really been completed now with streaming, where you have what they call “glocalism”, where artists can do really well in their territory and spread out. At the same time, the industry is absolutely petrified and they’re doing everything they can to hang on — I’m talking about the major labels and the large independents — to the way it was. There’s definitely been a devolution of power and that has to be accelerated.

IM : You said that collaboration is something that became important when you started working together, and it seems like that’s grown a lot over they years. It’s obviously a big part of what Nanocluster is.

MS: It’s a fascinating area, because after so many years of making music, you get pushed out of your comfort zone because you’re working with a person you might not even know very well. So to kind of find yourself somewhere else and to try to go towards what they do, it opens you up and gives you ways forward with more options. Every collaboration takes us somewhere else.

CN: Wire happened again through the 00s, we had a parallel project, Githead, which was also a band, and we moved to Brighton ten years ago. We made a decision when we got to Brighton that we would reactivate Immersion because the equipment was quite modest and we could just play gigs together. Immersion’s last album (“Low Impact”) had come out in 1999 and the next one came out in 2016. It’s a long time between records, but that offered us a space to just get on and do stuff, so we did an album, which we initially released as two 10-inches and then compiled onto a CD — like analogue creatures living on an island, which was actually the title (the EPs “Analogue Creatures” and “Living On An Island” which were compiled into the album “Analogue Creatures Living On An Island”). So we were already starting to feel the alienation of Brexit in that title.

IM : I was listening to that earlier today and that struck me. I saw “Living On An Island”, then the date 2016 and thought, “Oh yeah, I know that feeling!”

MS: There was a really strong feeling at the time of the Brexit vote that we’re on an island, kind of separate from everything.

CN: And we live next to the sea, too.

MS: Yeah, which gives you a kind of hope and optimism at the same time.

CN: We did a few gigs, maybe a couple of festivals, but there wasn’t a lot going on with it. But someone we knew in Brighton had told us, “If you’re in Brighton, you need to create your own scene.” It can be quite divided-up.

MS: There’s LOTS of musicians!

CN: Lots of musicians! So we thought, “Well what does that mean? How can we create a scene? Let’s create a night in a club, but how can we make that different to anybody else’s? Well let’s have a collaborative element in it.” We’d known Tarwater for absolutely years, right from the early days of the Berlin scene, and we thought, “We’ll find a venue, do Tarwater and Immersion collaborating together. They can stay with us for a couple of days, we can work out the pieces together.” And it worked.

MS: And we could record it in our studio while we were rehearsing, so we had a basic recording of it.

CN: We did it at The Rose Hill, which is a small community venue that holds about 110 people — easy to fill it up with the right thing.

IM : How does the collaboration come about? Is there improvisation, or more prior preparation?

MS: We approach the artist and say, “We’ll send you three very basic ideas, you send us three basic ideas: try and put something on it that you come up with.” And we kind of build it, but not too far. Then we get together and sort of complete it in a way. It’s different every time, but that’s the basic structure. It’s not improvisation at all, but it’s not so complete that there isn’t a kind of tension about “Is it going to work? Is it going to be good live?”

CN: The next person we thought of was Laetitia Sadier. There’s something called “Krautrock Karaoke”.

MS: It’s someone from Japan who’s been living in London for a long time, and he’s been organising nights where people from different bands get together and play a version of krautrock. It’s fun!

CN: We did one with Laetitia Sadier. She came with not only the competence of her guitar playing: she’d actually learned all the parts, which is more than we’d ever done! It was amazing. So we thought maybe if we ask her, she’ll do a Nanocluster set.

MS: And she came over, stayed here, worked on material, and yeah, it was good.

CN: We know a lot of people, some of them just because we’re fans. There was a point when Ulrich Schnauss was making some of the best music on the planet, and then Robin Rimbaud, Scanner, of course who was in Githead. We’ve known him for years.

MS: And since then, we’ve been collaborating further and further afield and come up with more weird ideas that maybe shouldn’t work on paper.

CN: And then suddenly the pandemic hit, it was May 2020, we had these four collaborations, absolutely nothing else to do, so we thought, “Let’s finish the record.” And that was a difficult decision because Malka and I had never worked on mixing an album before. It was a real eye-opener: it was at that point the best mixed record that had come out of our studio, in my opinion, and it was because we were doing everything as a collaboration.

MS: It was kind of influenced by the radio show as well. When we play a lot of songs from different genres, we hear sounds, how things are put together, and it does unconsciously influence how we work.

CN: Absolutely. So we put that out in 2021, to some critical acclaim but in the middle of a pandemic you can’t do anything about promoting it much. All the gigs had been done already, so a bit difficult to tour it. And anyway, if any musicians in 2021-2022 were thinking about touring, they were thinking about touring themselves.

IM : Given the pandemic situation, how were you able to work together with the artists on the album?

CN: Everything was recorded beforehand.

MS: So while we rehearse, we record, and that becomes the base to work on. Now we’re working on stuff that they send us, and I don’t think something physical, in a room, is going to happen for this next collaboration (2025’s “Nanocluster vol. 3” with SUSS). So it depends. There’s always a way to finish studio work, whether we send parts to each other or peeople are physically here.

IM : This is also part of the way the project has evolved, by the sound of it. When you started, it was musicians in Brighton or who could travel easily, but as you start looking further afield for artists to work with, maybe that changes the process.

CN: Absolutely. What happened was that we put the first one out and then we thought “How do we move that on to the next layer?” Because we’d spoken to a lot of people but none of them were in Brighton, and the post-pandemic period was one when people were very much looking at their own careers. Doing stuff with us could be seen as a luxury. So we thought, “How can we do this another way?” We know quite well one of the main organisers of South By Southwest, James Minor, and we thought, “OK, why don’t we do something there?”

MS: It was quite scary because we have to travel to Austin and somehow create music with someone already there, so how do you do it? Then we saw Thor Harris on the list: he’s local, he plays percussion and seemed like it might be easy to make something together.

CN: And he’s very much in the American minimalist world.

MS: And he’s a natural collaborator.

CN: Thor was really up for it, we exchanged some material so we had something to build on when we got there. We ended up rehearsing in his house — the house that he built himself because he’s not only a very competent musician: he’s also a very competent carpenter, plumber and odd-job man, who also has this amazing social conscience.

MS: He’s an amazing guy. It was a great experience to work in his house. Everybody knows him in Austin.

CN: It was a bit of a baptism of fire in terms of the actual performance. We ended up playing at Hotel Vegas. We had to set up a table with all our gear on, in semi-darkness with drunk people falling all over us.

MS: It’s the beauty of the collaboration: each experience is different and each experience takes you somewhere you wouldn’t otherwise be. That feeling is quite addictive because we love making music together but to be pulled into someone else’s world as well is special.

IM : That’s one of the things that I find interesting, hearing the Nanocluster albums as a listener: it’s the feeling of all the musical egos dissolving into each other. Even though there’s a lot of people involved and the collaborator is switching with each side of the record or each disc, quite a coherent atmosphere comes out of it. The opposite of how you described working with Wire where each person’s role is very clearly fixed and separated.

MS: We do hear from people that even though there’s different collaborators, there’s a fullness to the sound.

CN: I guess that’s also how we mix it in the end.

MS: But not only that: we bring something human-wise where we connect with the person. It’s always ended up being a friendship.

CN: I mean we try to create a space for the person but we set a context. That’s actually one of Bruce Gilbert from Wire’s big statements about life and art: “Context is all.” I always hate what I call “big boy production” where you hear a record and you know there’s been a “producer” involved because it’s got that ego about it. If you’re working on production, you should be taking away the barrier between the music and the person listening to it: you should make it easy for the person to hear what’s in the music. It’s not about making yourself sound good, or about making this other person sound good: it’s about the whole thing.

IM : Why did you choose the name Swim~ for the label?

MS: Why not? (Laughs) I mean we always look for good sounding names. I suppose we always float easily between the worlds of different people. I don’t know, though. That’s something that comes after the fact. What do you think when you hear the name?

IM : It reminds me of Brian Eno. Water is such a recurring theme in his music, and I felt he does something a little similar to what I hear in Immersion. You’re both musicians who are known as singers in your other bands, but here you’ve stripped away the vocals in a lot of it. So it’s like taking away the pop star or rock star ego and finding some more fluid space where other things could happen.

MS: We had a compilation called Water Communication, so water seems to be a theme that keeps coming back. And now we live by the sea.

CN: This kind of brings us back to Jack (Wolter, a.k.a. Cubzoa), the other collaboration on Nanocluster Volume 2. I think it was back in 2021, when people were starting to have gigs again, and we went to The Rose Hill and we were really impressed by Cubzoa.

MS: He ended up sending us songs, and we thought, “What are we going to do?” because songs are quite complete things. Normally we start from something more basic, but it was an interesting challenge and I think it turned out really well.

CN: And the other thing was we did something that we had so far not done with Nanocluster, which is bash out some material between us because we didn’t have enough material at first. It was a quite spectacular success. They were quite different to his songs.

MS: It helps that he’s such a nice guy to be with. The human side is so important.

IM : With the last one, there were four artists, with each getting one side of the 10-inch but with the second one it’s just two, with one artist per disc.

MS: It’s not something we decided in advance, but it became obvious as we worked that there’s enough material. In the future it might be just one collaboration (Note: this ended up being the case with “Nanocluster vol.3” with SUSS).

CN: There’s no rule. Though we like the double ten-inch. The idea for it came about through two entirely practical reasons. One was that when we manufactured the first album, pressing 12-inch vinyl was taking absolutely months when you could do 10-inches much quicker. And then also on the first album there were four really different projects. So we thought, “If each one gets their own side, it’ll make a natural division between them.”

MS: And it’s more interesting for the artists, too.

CN: Yeah, if they’ve got their own separate things. And of course with the digital release, they are separate EPs as well. With streaming, the trend seems to be towards shorter releases. You’ll notice that someone releases an album with like twenty tracks, but only one or two will get attention and the rest will be ignored because there’s a bit of a short attention span in streaming. So we thought separate EPs and then perhaps different people will tend more towards one or towards another one. But it’s just about the medium, really.

IM : And I guess with the second one, each artist having more space to play with takes it to a different place than with a smaller, EP-length canvas.

MS: Yeah, there’s more expression for each artist to contribute.

IM : One thing that seems to run through your work now is a respect for independent ownership. I think even with Wire now the band owns most of its catalogue, is that right?

CN: We don’t own the 80s stuff and we don’t own the publishing on the 70s or 80s stuff, but we own the masters on the 70s stuff and we own everything since 2000. Some of the artists that we’ve released on Swim have taken back their own rights and others don’t seem to be bothered so much, but we’re happy to give back the rights. We don’t need to be hanging onto other people’s music.

MS: With you, it’s really important to have ownership because you became much more aware about how big labels can really…

CN: It’s made a massive difference to us personally. Of course I talk from a very priveliged position because it just so happens that Wire’s 70s material caught generation after generation. It’s not a static thing where the only people who listen to Wire’s music from the 70s are contemporaries of when it came out. It seems to go down the generations and catch younger audiences as well, so it’s a dynamic thing. And that audience, from what I can see in the streaming figures, is growing, not diminishing. So owning the master rights and getting the majority of the money into the band gives you a living. I mean people of the age of the original members, if they’d gone into the civil service, could easily be making much more money, but a lot of musicians in their sixties, seventies and eighties are struggling. Having to go on tour in poor conditions because if they don’t go on tour, they can’t pay their rent.

MS: There is an avantage and a disadvantage in that we own everything that we make together. We don’t have the power of an external label that can maybe push it more.

CN: It does cost money. You have to spend money on promotion, you have to spend money on manufacturing and all the rest of it. But, for example one of the collaborations that we’ve already started is with a band who are based in Brighton called Holiday Ghosts — with Sam and Kat. We’re two couples and we get on really well. He’s in his early thirties, and they know how to book a tour: they don’t have any problem with that kind of stuff. Musicians of my generation would not have even the first idea how to book a tour.

MS: I mean it’s so hard for bands nowadays, they have to be.

CN: They have to be! And since the pandemic, the industry has squeezed the musicians.

IM : It feels similar in Japan, where there’s a before and after where something accelerated massively over those years. Young musicians seem like such good businesspeople, and I sort of admire them but I kind of feel sorry for them that this has had to happen to them.

MS: Yeah, the freedom of just being a musician is amazing.

〈BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025〉 - ele-king

BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025

 ele-kingで絶賛執筆中のデジさん(緊那羅:デジ・ラ)、音楽活動も精力的にやっています。7月20日に東京のアンダーグラウンドの牙城、幡ヶ谷 FORESTLIMITにて、〈BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025〉を主催します。とても面白そう。参院選の日、夜は幡ヶ谷に集合です!

〈BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025〉
Artists :
Heejin Jang
Taro Aiko from M.A.S.F.
Kinnara : Desi La
DJs : Moemiki
Deadfish Eyes 2025/07/20
幡ヶ谷 FORESTLIMIT
adv ¥2300 w/1D /// door ¥2500 w/1D
Open 18:00

2025/07/10迄——予約はaimaidebakuzen@yahoo.co.jp
2025/07/10以降——当日券(door)になります。

https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSf7KdhsC8wMDdjymQtYj9MKyDc2ahmMig0ibbD8gwOy0jqVEw/viewform

 みなさん、こんにちは。お知らせがあります。7年ぶりにBEAUTIFUL MACHINEが帰ってき ます——その名も「BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE」。2013年に初開催し、6年間 続けてきましたが、様々な限界にぶつかり、沈黙していました。
 ノイズ・ミュージックとレイヴ・カルチャーの融合、そして「マシン」そのものへのオマー ジュという二重の意図から生まれたBEAUTIFUL MACHINEは、クラブ・シーンで活躍する DJたちと先鋭的な電子音楽アーティストたちをつなぎ、日本の2つの強力なアンダーグラ ウンド文化を11回以上にわたりクロスオーヴァーさせてきました。

 〈BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025〉では、韓国から電子音楽アーティストHeejin Jangをヘッドライナーとして迎えます。彼女の来日は2018年以来初となります。さらに、 ノイズペダルメーカーTaro Aiko (M.A.S.F.)、ジューク・シーンやGqom愛好家のMoemiki、そ してイベント〈Ximaira〉よりロマンティックなインダストリアルセレクションを届ける Deadfish Eyesが出演。そして最後に、緊那羅 : Desi Laが、新作「Demons to some, Angels to others」からの最新セットを披露します。

 After a 7 year absence, BEAUTIFUL MACHINE is back — this time as BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE. First launched in 2013, the event ran for 6 years straight before going dark. Inspired by the idea of fusing noise music and rave culture with the parallel dual intention of paying tribute to the "machine" itself, Beautiful Machine brought together DJs active in the club scene and seminal electronic artists, cross mixing two of the strongest underground cultures in Japan over 11 times.
BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025 is bringing together headliner electronic artist Heejin Jang from Korea in her first visit to Japan since 2018 with noise pedal creator Taro Aiko of M.A.S.F., heavy hitting djs juke and Gqom enthusiast Moemiki and Deadfish Eyes of event Ximaira serving up a romantic industrial selection, and lastly Kinnara : Desi La, playing a brand new set from his upcoming release ”Demons to some, Angels to others”.

■Heejin Jang
 ヒジン・チャン(Heejin Jang)は、韓国・ソウルを拠点に活動する アーティストです。彼女のライブサウンドパフォーマンスでは、即 興のコンピュータ音楽を披露し、日常的で些細な音の要素から着想 を得て、それらを再構成し、瞑想的な体験やデジタルによって引き 起こされるパニックのような現象的な空間を創り出します。ヒジンは、ザ・ラボ(The Lab)、ヤーバ・ブエナ芸術センター (Yerba Buena Center for the Arts)、ムムック・ウィーン(mumok Vienna)、ハーベスト・ワークス(Harvestworks)、ライズームDC (Rhizome DC)、ハイ・ゼロ実験音楽フェスティヴァル(High Zero Experimental Music Festival)、センター・フォー・ニュー・ミュー ジック(Center for New Music)、ダブラブ(DubLab)などでライヴパフォーマンスや作品展示を行ってきました。彼女の音楽は、 『The Quietus』、『NPR』、『The Wire』などでも取り上げられて います。
Heejin Jang is an artist based in Seoul, South Korea. In her live sound performance, Heejin presents a set of improvised computer music. She arranges and synthesizes sonic spaces that draw from the everyday and the trivial, re-forming them into phenomenal situations of meditation or digitally induced panic.
Heejin played live and exhibited her pieces at The Lab, Yerba Buena center for the arts, mumok Vienna, Harvestworks, Rhizome DC, High Zero Experimental Music Festival, Center for New Music, DubLab, and many more. Her music has been reviewed on The Quietus, NPR, The Wire and more.
Music:Bandcamp: https://heejinjang.bandcamp.com/
Website: https://heejinjang.com/

■ Taro Aiko from M.A.S.F.
 ノイズ・シーンから圧倒的な支持を得る音響ブランドM.A.S.F.の開発者にしてエレクトロニクス奏者。自身が設計制作した発振器やエ フェクターを用いた独自のハードスタイルを追求・展開してきた。 近年はモジュラーシンセサイザーを用いた演奏を取り入れ、より過 剰な音響演出を試みる。節度や常識を一切考慮しないそのオリジナ ルな創作は、音を生成する瞬間に演奏者と聴き手の境界を溶解させ る、自己生成する生物としてのノイズである。
A developer of the highly acclaimed sound brand M.A.S.F., which has earned overwhelming support from the noise scene, and an electronics performer. He has pursued and developed a unique hardstyle using self-designed and built oscillators and effects units. In recent years, he has incorporated modular synthesizer performances, pushing toward even more excessive sonic presentations. His original creations, unconcerned with restraint or convention, generate noise as a self-generating organism that dissolves the boundaries between performer and listener in the very moment of sound creation.

■ Deadfish Eyes
 ポスト・パンクやニューウェイヴ等の音楽から強く影響を受け、インダストリアルミュージックやノイズを織り交ぜた、耽美主義的な表 現を得意とするDJ。 マイノリティのためのクィアパーティー「Ximaira」を主催し、レジデントも担当。
A DJ heavily influenced by post-punk, new wave, and known for their decadent expression that blends industrial music and noise. They are the organizer and resident of "Ximaira," a queer party for minorities.

■Moemiki
 トリップ・ホップからクラブ・ミュージックの世界に入り、フットワークの洗礼を浴びて2018年よりパーティオーガナイズと DJ活動を開始。エクスペリメンタル/ゴルジェ/フットワークを行き来す る呪術的なアプローチが持ち味。好きなBPMは160。
Entering the world of club music through trip-hop and baptized by juke/footwork, she began organizing parties and DJing in 2018. Her signature style is a shamanic approach that traverses experimental, gqom, and juke. Preferred BPM: 160.

■Kinnara : Desi La(緊那羅:デジ・ラ)
 緊那羅:デジ・ラは、電子音楽家、3Dモーションアーティ スト、グラフィック・デザイナー、クリエイティヴコーダーとしてジャンルを 横断しながら活動する多才なクリエイティヴ・アーティストです。新たなテク ノロジーと建築的世界のリズムを芸術を通して表現することにフォーカスし た未来派のアーティストでもあります。緊那羅:デジ・ラは、ライヴ・パフォーマンス作品であるオーディオ・ヴィジュアルパフォーマンス《CHROMA》やアンビエントAV作品《SPHERE OBJEKTS》、漆黒の中で行われる没入型電子音響体験《DARK SET》、多層的なテーマを持つ音楽リリース、そしてWeb3上に構築された抽象的なミクス トメディアによる空間的ゲーム/ギャラリーなど、幅広いメディアと表現形 式を行き来しながら活動しています。
 彼のヴィジョンの核心にあるのは、「未来主義」であり、社会の進化を積極的 に受け入れること。それは、過去のすべてを再解釈・再構成・再構築し、現 在そして未来の世代のために進化させるという考えに基づいています。保存 ではなく、再構成こそが重要なのです。
緊那羅:デジ・ラのヴィジュアル作品は、渋谷や銀座のアンダーグラウンドな 空間で展示されたほか、シンガポール、マレーシア、インドネシアなど海外でも発表されています。彼の代表的イベント《BEAUTIFUL MACHINE》は 2013年に始まり、6年間で11回開催された後、いったん幕を閉じましたが、 現在《BM》は再び蘇りつつあります。
Kinnara : Desi La is a versatile Creative prolific as an electronic musician, 3D motion artist, graphic designer, and creative coder working across genres. A futurist focused on expressing the rhythms of the new technological and architectural world through his art. Kinnara : Desi La bridges his art between live performance works like his audiovisual performance CHROMA and ambient audiovisual SPHERE OBJEKTS, pitch black DARK SET explorations in intense electronic listening, multi-thematic music releases and his abstract mixed media spatial game / gallery in web3. Kinnara : Desi La`s total vision embraces futurism, the embrace of advancement in society as a cornerstone of his world view. All things of the past should be reinterpreted, remixed, reconstructed, and rebuilt for the advancement of our current and future generations. Reconfiguration versus preservation.
Kinnara : Desi La`s visuals have been shown in the depths of Shibuya and Ginza and internationally in Singapore, Malaysia, and Indonesia.
Kinnara : Desi La`s flagship event BEAUTIFUL MACHINE began in 2013 and continued for 6 years over 11 times before going dark. Now BM is resurrected.
https://kinnara-desila--afrovisionary-creations.bandcamp.com/

interview with Rafael Toral - ele-king

 Bandcampに掲載されたラファエル・トラルのプロフィールによると、彼はそのキャリアを通して、‶サウンドのなかの音楽と、音楽を超越したサウンドのあいだを行ったり来たりしている〟という。このポルトガル出身の音楽家は、実験音楽の世界でもう30年以上も極めて重要な存在であり続けているが、目下のところ、昨年のアルバム『Spectral Evolution』をきっかけに再評価の波に乗っている。このアルバムは、トラルの尽きることのない探求心の溢れる実践のさまざまな要素——初期の『Wave Field』(1995)などで聴かれた液化したようなギターの音色や、2004年から2017年に取り組んだ「Space Program」時代に収集した、規則にしばられない自由なDIYの電子楽器の数々など――が融合された、記念碑的な作品なのだ。なかでも、鍵となる構成要素は、伝統的なジャズのハーモニーで、“アイ・ガット・リズム”や“A列車で行こう”の即座に認識可能な(ただし、氷河の形成のごとくゆっくりとした)コード進行が、アルバムに意外な情感の重みを与えている。
『Spectral Evolution』は、3年がかりの骨の折れる緻密な制作プロセスの結果であり、その間トラルは作品の56ものヴァージョンを制作した。アドヴァイスを求めて友人のジム・オルークに聴かせると、感銘を受けたオルークは、長年休止状態にしていた自身のレーベル〈Moikai〉を再始動させ、アルバムを発売するために動き出したのだった。
 2008年以来となる日本ツアーでオルークと石橋英子と共演する前に、トラルはEメールでのやりとりを通じて、音楽家としてのジャズとの関わり、ますます醜くなっていく世界のなかでの美の重要性、そして、『Spectral Evolution』をライヴで演奏した際に経験した‶愛のフィードバック〟について語ってくれた。
 この会話は明確さの保持と長さを考慮して編集されている。

ますます醜くなっている世界において、私たちは美しいもの、広い意味での美しさ、単に綺麗というだけではなく高潔さをそなえたもの、たとえば、誠実さなどから手を離すべきではないんだ。

『Spectral Evolution』についての昨年のトーン・グロウとのインタヴューで、あなたは「このレコードを作るために多くのことを学んで研究し、開拓する必要があった」と語っていました。これについて、もう少し教えていただけますか?

ラファエル・トラル(Rafael Toral、以下RT):まず、このアルバムにはたくさんのジャズ・コードが含まれているんだけど、それらを繋ぎ合わせるためには、自分が何をやっているのかを明確に知らなければならなかった。ひとつの音符が本来あるべき所からずれるだけで、和音が違う色調に変化する仕組みを理解する必要があったんだ。私にはその準備ができていなかったから、正しい形に仕上げるために説得力を持たせて、最終的に美しく仕上げるまでに相当な努力を要した。その過程でジム・オルークに助言を求めたら、彼がリリースを決断してくれたという経緯がある。

あなたとジムとの関係について教えてください。ふだんから、制作途中の作品を共有することはあるのでしょうか? それとも、今回だけが特別だった?

RT:ジムとは1995年頃からの大の仲良しで、最初に出会ったのはシカゴでだった。彼は常に忙し過ぎるぐらいだったから、私のことで煩わせようなんて思ったことはなかったんだ。でも、今回だけは違った。アルバムでやろうとしたことが自分の能力を超えてしまい、私はアレンジやハーモニーのことで苦慮していた。だから背に腹は代えられないと思った。ジムが私よりも音楽の多くの分野で知識が豊富だと知っていたから、友人として音を聴いてほしいと頼んだんだ。

ご自分の能力の限界を突破するのは、あなたの仕事では日常的なことのように思うのですが、このような挑戦を続けるための意欲はどこから得ているのでしょう?

RT:私はただ、自分がすべきことを理解しようと思っているだけかな。自分の力をどこに注ぐべきなのか、やりたいことの中核はどこにあるのか、その時の前向きな動きとは何か、何が言われているのか、そしてそれが私の名を冠してやる価値のあることなのかどうか。多くの場合、それは私が土台から築き上げなければならないもので、約束とヴィジョンを伴うものでもある。私はたとえそれで自分を追い込むことになっても、実行するしか選択肢がないことが多いんだ。もっと言えば、私たちはまだ進化が終わっていないことを忘れがちだけど、人間には進化する義務があると思っているんだよ。

あなたの仕事において、美の役割があるとすれば、それは何ですか?

RT:(考えながら)うーん、役割ではないかもしれないけれど……私は一方では、20世紀の文化に浸って育ってきた。つまり、大雑把にいえば、キュビズムからパンク、セリエリズムからグリッチまで、構造の解体や脱構築、破壊することで忙しかった。私が若い頃には、美しいものを真っ当な芸術として見なすべきではないとする風潮があったんだ。これは当然、ものすごく粗雑な一般論だけど、私はそういった束縛から自分を解放して、美を現代の芸術には不可欠な要素として受け入れる必要があると思った。これは延々と議論することができる話で、要約するのは難しい。もう一方で、美というのは、単なる文化的で美学的な話でもなくて、個人の好みを超えたところにあるものだ。好みと、私たちが目で見て、耳で聴くことへの生物学的、そして神経学的反応には、多くの重複する部分がある。例をあげると、完全5度の響きを美しく感じるのは、実は単純な数学的な比率の3対2の隔たりに基づく音程で、自然な振動現象だ。その振動が人の身体の細胞を共鳴させ、背筋が寒くなるぐらい良い音だと感じると、もう何が起きているのかわからなくなる。美とはそれほど深いところにまで届くんだ。最後にもうひとつ、ますます醜くなっている世界において、私たちは美しいもの、広い意味での美しさ、単に綺麗というだけではなく高潔さをそなえたもの、たとえば、誠実さなどから手を離すべきではないんだ。

ピタゴラスは正しかったというわけですね! この科学的な側面について、深く掘り下げたことはありますか?

RT:私は科学にはあまり入こんでいないかな。科学は文明の柱のひとつではあるけれど、測定できないものや、説明できないことを欠いている側面もある。むしろ私は、頭でそういったことを‶知る〟ことを避けている。私は直感で自分の動きを確認するようにしているんだけど、それは直感が脳よりも身体に根差した知識からくることが多いからだ。そして、何よりもその辺はリスナーが音楽を自分なりに取り込むことができるように、オープンにしておきたい思いがある。

あなたが言及された‶高潔さ〟という資質は、優れた芸術と凡庸な芸術を差別化する要素のひとつでもある気がします。美しさについての考えを再考することになった特定のきっかけはあったのですか?

RT:今日、醜さが飛躍的に増加していることや、文明の衰退……なんかであることはたしかだね。不思議なことに、美を守り続けるのは、生存戦略となりつつあり、精神の健全さを保つための意識的な努力にほかならない。それは、広義に理解された美しさのことだ。たとえば、嘘を広めるよりも、事実を認識する方が美しい。あるいは、対立する世界を結んで、対話を促すような美しさ。それが『Spectral Evolution』の核心なんだ。

『Spectral Evolution』に収録された最終ヴァージョンを制作するのに、それだけの労力がかかっていることを踏まえると、それをライヴで演奏したときの感覚はどのようなものだったのでしょうか?

RT:コンサートは、アルバムから構造的な恩恵を受けているので、非常に隙の無い構成になっていて、ライヴで聴く音の響きは、まるで物理的にサウンドフィールド(音場)に没入しているような感覚になる。ハーモニーの情感的な側面と、振動の物理的な体験が結びつけられているんだ。オーディエンスにとっては、とても強烈な体験になっているようで、たまに「泣きそうになった」と打ち明けてくれる人もいる。私にとって、リスナーを音に引き込むことが重要で、それによって愛のフィードバックが生まれるんだよ。

‶愛のフィードバック〟とは、素晴らしい表現ですね! これはあなたとオーディエンスの関係性についての多くを物語っていると思います。

RT:一部のコンサートでは、その感覚が非常にクリアに感じられるんだ。このアルバムとすべての音は愛を込めて制作され、オーディエンスもまた、愛を込めた聴き方で受け入れてくれ、彼らの積極的な関与と、感情の質がステージに送り返されてくるんだよ。

私は常にオーディエンスを敬愛してきたし、彼らの人生で活用できる何かを提供できることにすごく感謝している。何かを捧げて、それが良い受け取り方をされると、それ自体が自分にまた贈り物として戻ってくるんだ。私はいつも、彼らが自宅を出てチケットを購入し、私が演奏するどんな音をも聴くために時間を費やしてくれることを思うと、それに値するものを提供しなければいけないと、心に誓っている。

あなたのキャリアを通じて、オーディエンスとの関係性は、どのように発展してきたのでしょうか?

RT:私は常にオーディエンスを敬愛してきたし、彼らの人生で活用できる何かを提供できることにすごく感謝している。何かを捧げて、それが良い受け取り方をされると、それ自体が自分にまた贈り物として戻ってくるんだ。私はいつも、彼らが自宅を出てチケットを購入し、私が演奏するどんな音をも聴くために時間を費やしてくれることを思うと、それに値するものを提供しなければいけないと、心に誓っている。

『Spectrum Evolution』をライヴで演奏す際に経験されたという激しい感情的な反応は、
新しいことなのでしょうか? 過去の他のプロジェクトからも同じような反応を引き出したことはありますか?

RT:これは新しい体験なんだ。過去にやってきたことよりもずっと情感のこもった作品だし、ライヴではそれを激しい形で表現しているから。

アーティストのなかには、‶感情的(ルビ:エモーショナル)〟な音楽を、あなたが先ほど美しさについて述べたような、疑いの目で見る人もいると思います。あなたもおっしゃったように、これはあなたにとって新しい領域だと思いますが、どうやってここに辿り着いたのでしょう?

RT:はっきりとした感情を扱うのは、私にとっては新しいことだけど、決して意図的なものではなかった。私としては、感情をオープンにしながらも、抽象性を保つことで、リスナーが自分自身の感情を投影できるようにしたいと考えているんだ。これらのハーモニーには感情が組み込まれていて、そこから逃れることはできないと思う。でも、実は、私はそのサウンド自体により興味があるんだけど。

『Spectral Evolution』のライヴは、パフォーマンスごとにどれほど違うものなのでしょうか?

RT:ライヴ版は、拡張されていて、一部の移行部はよりゆったりとしたテンポで演奏している。当初、このアルバムは、ライヴ演奏をする前提で作ったものではなかった。だから、可能な限りライヴでは多くのギター・パートを実際に演奏し、そのいくつかでは即興している。それでも、全体的にはすごく一貫性を保っているよ。細部のヴァリエーションはあるけどね。会場の響きとPAの設定が決定的な影響を与えるから、毎回良い音にするために、何時間もサウンドチェックに費やしている。

あなたのサウンドチェックにはどういったことが含まれますか? その一連の流れを効率化するためのメソッドをお持ちですか? それとも毎回が新しい挑戦のようなものなのでしょうか?

RT:その両方だね! 良い会場で良いPAシステムがあれば作業は楽になることもあるけど、普通は、課題が見つかるものだ。もちろん順序立ったやり方をしていて、強烈でありながらも人びとを誘い込むような、サラウンドな、コクのある音を作るのを目標にしている。誰かを無理に押すようなサウンドではなく、引き込むような音。支配するのではなく、包み込むようなサウンドをね。会場ごとに全然違うから、綿密なチューニングが必要なんだ。

昨年末にあなたが『The Wire』誌で発表した「Wire Mix」を聴いていたのですが、あれはアルバムの素晴らしい補完物となっていますね。ケニー・バレルは本来、私の好みではないのですが、この文脈では完璧に理に適っています。興味本位でお聞きしますが、あなたと伝統的なジャズとの関係はどのようなものなのでしょうか?

RT:常に軌道上の衛星になったような感覚だね。ものすごく注目しているけど、自分は別の場所に立っているような。以前、フリージャズに影響を受けた私のエレクトロニクスのプロジェクト「Space Program」について、こう言及したことがある。‶音楽以外の、すべてがジャズだ〟と。それとはまったく異なる理由から、同じことが『Spectral Evolution』にも当てはまるんだ。ジャズにおける高い人間性には心からの敬意を抱いている。学ぶべきことも、感じるべきことも多い。(ジャズには)知性と心のための深い層が存在するんだ。

あなたのジャズへの理解と、先ほど挙げていただいたような特徴は、歳を重ねるごとに深まっていると思いますか?

RT:ああ、それは確かだね! 私が15歳だった頃、ジャズは理解できなかったし、興味も持てなかった。たまには良いと思えるものに出会うことはあったけれど、それを理解するための知識や経験がなくて、5年か10年経ってから、ようやくその真価を認められるようになった。それらの意味や価値は、それをどのように採り入れるかによって変化していく。例えば、初めてケニー・バレルを聴いたときには、彼がもっとも刺激的なジャズ・ギタリストだとは思えなかったけど(なんとも二〇世紀らしい考え方だね)、自分が演奏するようになってからは、彼をより尊敬するようになった。

あなたはジャズのギタリストとしての技術を持っていると思いますか?

RT:えーっ? いや、まったく! できるだけ学んで吸収したいと思ってやってはいるけど、それはジャズ・ギタリストを目指してやっていることではないし。私は実際の‶音楽〟ではなく、演奏される音に興味を持っているんだ。

「Space Program」時代には、完全にギターから離れていたのですか?

RT:15年間ギターに触っていなかったね。より多くを要求されるギター文化を受け入れるようになった今、まるで一から始めるような気持ちになる。学ぶべきこと、練習すべきことが多くてハードルも高いから、8歳ぐらいの子どもに戻ったような感じだ。困ったことに、自分はほとんどのギター特有の表現法に興味がないのに、それでも演奏はしたいから、どうやったらいいのかと考え中だ……。

あなたは最近、「Layers」という新作からの抜粋を発表しましたね。それについて何か教えていただけることはありますか?

RT:「Layers」は、持続音が蓄積されて、少しずつ互いを置き換えていくという作品で、調性音楽から無調に変化させながら演奏される。その後、とんでもなく複雑に変化し続けるハーモニクスを生み出す装置に通されるんだ。これは、完全にライヴで演奏するための新作だ。「Layers」は、創作過程としてのパフォーマンスを指向した、単一の作品であるのに対し、『Spectral Evolution』は、作曲における繋がりの広い領域を表している。「Layers」はすでに未来の一部であり、自分が愛することを実践している。未知と対峙するということを。


■ラファエル・トラル公演概要
Scaffold #1

2025.06.26
京都 Club METRO | OPEN 19:00 / START 20:00  
早割¥4,000 ドリンク代別途 [受付期間:5/19 17:00〜5/23 23:59迄]
前売¥5,000 ドリンク代別途
https://www.metro.ne.jp/schedule/250626/

2025.06.28
鳥取 jig theater | OPEN 18:00 / START 19:00  
前売 \ 5,500 (定員80名)
https://x.gd/WLRbt

2025.07.01
渋谷クラブクアトロ| OPEN 18:00 / START 19:00
前売 ¥6,000 ドリンク代別途
https://www.club-quattro.com/shibuya/schedule/detail/?cd=017126
出演者: Rafael Toral / Jim O‘Rourke×石橋英子

お問い合わせ:
京都Club METRO: ticket@metro.ne.jp
鳥取jig theater:mail@jigtheater.com
渋谷クラブクアトロ:03-3477-8750

主催 (Organize):PARCO
制作(Produce):DOiT / CLUB QUATTRO
協力(Cooperation):Club METRO / jig theater

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interview with Rafael Toral

Written by James Hadfield

As Rafael Toral’s Bandcamp profile puts it, he’s spent his career “bouncing between the music within sounds and the sounds beyond music.” The Portuguese musician has been a vital presence in the world of experimental music for over three decades, but he’s currently enjoying a renaissance on the back of last year’s “Spectral Evolution.” A landmark work, the album unites different strands of Toral’s endlessly inquisitive practice: the liquefied guitar tones heard on early releases like “Wave Field” (1995); the menagerie of unruly DIY electronic instruments he assembled during his “Space Program” period, which ran from 2004-2017. The key ingredient is classic jazz harmony, including the instantly recognisable (if glacially slow) chord progressions of “I Got Rhythm” and “Take the ‘A’ Train,” which give the album a surprising emotional heft.
“Spectral Evolution” was the result of a painstaking three-year process, during which Toral produced 56 versions of the piece. When he turned to his friend Jim O’Rourke for advice, the latter was so taken by what he heard, he revived his long-dormant Moikai label in order to release it.
In an email exchange with Toral ahead of his first tour of Japan since 2008 – where he’ll be sharing a bill with O’Rourke and Eiko Ishibashi – the musician discussed his relationship with jazz, the importance of beauty in an increasingly ugly world, and the “feedback of love” he’s experienced while performing “Spectral Evolution” live. The conversation has been edited for clarity and length.

Speaking about “Spectral Evolution” in an interview with Tone Glow last year, you said you “had to learn and study and develop a lot in order to make this record.” Can you expand on this?

Well, the album has lots of jazz chords and to connect these chords together you need to know what you’re doing. I had to understand why and how a single note out of place steers a chord into a different colour. I wasn’t prepared for that, so a lot of work went into having it done correctly, then convincingly, then beautifully. As I was struggling with that, I asked Jim for advice, and that’s how he decided to release it.

Can you tell me about your relationship with Jim? Do you often share your works-in-progress with him, or was this a special case?

Jim and I have been great friends since 1995 or so; we first met in Chicago. He’s always been way too busy, so it doesn’t occur to me to distract him with stuff. But this case was different: I was struggling with the harmonies and arrangements, because the album was beyond my capacities and I knew I didn’t have a choice but to climb up to that bar. I knew Jim has much more knowledge in many fields of music than myself, so I asked him to listen, as a friend.

Reaching beyond your capacities seems to be a regular thing in your work. Where do you find the motivation to keep pushing yourself like this?

Well, I just try to make sense of what I am supposed to do: Where should my energy go, and where is the nexus of what I want to do; what is a positive move in its time, what is being said, and whether it should bear my name. Very often, it turns out to be something I must build from the ground up and it entails a promise, a vision. I don’t really have a choice but to fulfil it, even if that means I’ll be pushing myself. Besides, I guess it’s easy to forget we’re not done with evolution: I think we actually have the obligation to evolve.

What role does beauty have in your work?

[Thinking] Well, maybe not a role, but… on the one hand, I’ve grown up immersed in 20th century culture, which, broadly speaking, was mostly busy with dismantling/deconstructing/destroying structures, from cubism to punk, from serialism to glitch. When I was young, anything that was “beautiful” was not to be considered seriously as legitimate art. This is a very gross generalisation, of course. But I felt I needed to claim freedom from that and embrace beauty as something integral to today’s art. We could discuss this forever – I can’t really put it in a nutshell. On the other hand, beauty is not simply cultural/aesthetic; it goes beyond one’s likes and dislikes. There’s a lot of overlap between preferences and our biological and neurological response to what we see and hear. Like, a perfect fifth sounds great and is beautiful, but it’s an interval from a simple mathematical proportion, 3/2, and is a natural vibrating phenomena that has the cells in your body resonating, and who knows what else is happening, when a sound gives you chills down the spine because it’s so good – beauty does go that deep. And lastly, the world is getting so ugly that we better hold on to what is beautiful – in a broad sense, not just pretty, but anything that contains elevated qualities, like integrity, etc.

Pythagoras was right! Have you delved much into the science of this?

I haven’t gotten into the science much. Science is a pillar of civilisation but also lacks everything it can’t measure and explain. I also try to keep away from “knowing” that sort of thing with my head. I try to validate my movements with intuition, often from a kind of knowledge that pertains more to the body and not so much to the brain. And besides, I always prefer to leave that open, for the listener to have their own way to integrate the music.

I think the elevated qualities you’re talking about are also often what separates great art from the mediocre. Was there any particular impetus that made you reconsider your thoughts about beauty?

Definitely today’s exponential increase of ugliness, the decline of civilisation… holding on to beauty is strangely becoming a survival strategy, a conscious effort towards sanity. And yes, beauty understood broadly. Like, acknowledging facts is beautiful, as opposed to spreading lies. Or the beauty of bringing opposite worlds together and having them talk to each other: That’s what “Spectral Evolution” is all about.

Given how much work was involved in producing the final version of “Spectral Evolution” heard on the album, what’s it been like performing it live?

The concert benefits from the album’s structure, which makes it very solid, and the way it sounds live is like being physically immersed in a sound field. It connects the emotional aspects of harmony with the physical experience of vibration. It seems to be intense for the audience; sometimes people tell me they almost cried. For me, it’s important to draw listeners into the sound and that creates a feedback of love.

“Feedback of love” is a great image – I think it says a lot about the relationship you have with your audience.

In some concerts, it can be felt very clearly. These sounds and this whole album have been made with love and it’s been met with a loving way of listening by the audience, and that engagement, that quality of feeling, beams back to the stage.

How has your relationship with your audience developed over your career?

I’ve always respected the audience very much and I’m grateful for how I’m able to contribute something they use in their lives. When you give something and it’s well received, that receiving is in turn a gift back to you. I always commit myself to deliver something that justifies their getting out of their homes and buying a ticket and spending their time listening to whatever I play.

Are the intense emotional reactions you’ve encountered when performing “Spectral Evolution” something new, or have you elicited similar responses with other projects in the past?

This is new, as it’s much more emotional than anything I’ve done before, and it’s delivered with intensity.

I think there are artists who'd view "emotional" music with the same suspicion you talked about earlier, in relation to beauty. As you said, this is new territory for you, but how did you arrive here?

Dealing with clearer emotions is new to me and is unintentional. I like to keep emotions open and abstract so that the listener can project their own. These harmonies have emotions built-in and it’s almost impossible to escape them. I’m more interested in their sound, however.

How much does “Spectral Evolution” vary from one performance to the next?

The live version is expanded; some transitions take a more relaxed time. The album was not originally conceived to be played live, so I play as many live guitar parts as possible, and a few of those are improvised. But it’s very consistent: The variation is in the details. The room acoustics and the PA configuration have a decisive effect, and that’s why I spend hours of soundcheck making it sound good every time.

What does your soundcheck involve? Have you found any ways to streamline the process, or is it always a challenge?

Both! I mean, sometimes a fine PA in a good venue makes things easier, but it’s usually a challenge. I do have a sequenced method and the goal is to create a surround body of sound that is intense but invites people in. A sound that doesn’t push you, but pulls you instead. A sound that isn’t there to dominate, but to embrace you. Every room is different, so the tuning has to be very precise.

I was listening to the mix you did for The Wire at the end of last year, and it’s a fascinating complement to the album – Kenny Burrell isn't normally my thing, but he makes perfect sense in this context. Out of interest, what’s your relationship like with the jazz tradition?

It’s always been like a satellite in orbit. Totally focused in but standing elsewhere. Once I said about the Space Program (my previous free-jazz inspired project of electronics), “It’s all jazz, except the music.” For entirely different reasons, the same applies to “Spectral Evolution.” I have a lot of admiration for the heightened humanity of jazz. There’s a lot to learn and a lot to feel. Layers of depth for the mind and heart.

Do you think your appreciation of jazz, and the qualities you mentioned, has deepened as you get older?

Oh yes, indeed! When I was 15, jazz just didn’t make sense to me and I didn’t have any interest in it. Sometimes, I’d come across something that I could acknowledge was good but I didn’t have the references or experience to process it, eventually becoming able to appreciate it only 5 or 10 years later. The meanings and values change with respect to how you integrate them. For example, when I first heard Kenny Burrell, I thought he wasn’t the most exciting jazz guitarist (there goes the typical 20th-century thinking). But when I started playing, now I’ve come to respect him a lot more.

Do you have jazz chops as a guitarist?

Gosh, no! I do try to learn and absorb everything I can, but it’s definitely not towards becoming a jazz guitarist. I’m interested in the sound of the guitar as it’s played, more than the actual “music”.

Did you completely step away from the guitar during your Space Program period?

I didn’t touch a guitar for 15 years. As I’ve embraced a much more demanding guitar culture, I feel like starting from scratch. There’s so much to learn and practice, because the stakes are so much higher, so it’s almost like I’m 8 years old or so. To make it more difficult, I find myself uninterested in most guitar idioms, but I still want to play – so I’m figuring out what…

You recently released an extract of a new piece called “Layers.” What can you tell me about it?

“Layers” is an accumulation of sustained notes, gradually replacing themselves, played with varying degrees of tonal intention. Then it goes through some gear that brings out incredibly complex and shifting harmonics. It’s a new piece to be played fully live. “Layers” is just one specific thing, more simple and completely oriented to performance as a creative process, as opposed to “Spectral Evolution” which is a broad field of connections in composition. “Layers” is already part of the future and doing what I love: engaging with the unknown.

Lucrecia Dalt - ele-king

 今年1月にまさかのデイヴィッド・シルヴィアンをフィーチャーしたシングル “cosa rara” を発表し、一部で注目を集めていたルクレシア・ダルト。単曲でのコラボかと思いきや、なんとアルバム1枚まるごといっしょにつくっていたようです。高い評価を得た前作『¡ay!』から早3年、共同プロヂュースということで期待の高まるニュー・アルバム『A Danger to Ourselves』は、〈RVNG Intl.〉より9月5日にリリース。現在、新曲 “divina” が公開中です。

前作がThe Wireの年間ベスト1位に輝いたLucrecia Daltのデヴィッド・シルヴィアンを共同プロデューサーに迎えた新作『A Danger to Ourselves』が9/5にリリース決定
先行1stシングル「divina」がMVと共に公開

2022年にリリースした『¡Ay!』が英The Wireで年間ベスト1位を獲得し、MUSIC MAGAZINE誌でもロック(ヨーロッパほか)で年間ベストに選出されるなど注目を集めさらに評価が高まる中、待望の新作アルバム『A Danger to Ourselves』がRVNG Intl.から9月5日にリリース決定。本作はデヴィッド・シルヴィアンを共同プロデューサーに迎え(1曲ゲスト・ヴォーカルも)、フアナ・モリーナやCamille Mandoki等も参加し、集大成であると同時に出発点とも言える作品。本日先行ファースト・シングルとして「divina」がミュージック・ビデオと共に公開。

『A Danger to Ourselves』は、人間関係の複雑さをありのままに描き出した、大胆な作品。近年のアルバムに見られる虚構の物語を削ぎ落とし、本作は真摯な感情の表出を体現している。深く個人的な対話のように響き渡るサウンドの中で、ダルトの歌声は力強く前面に押し出され、豊かなアコースティック・オーケストレーションとプロセッシング、コラージュされたパーカッション・パターン、そして豪華絢爛な共演者たちの力強いサポートが彩りを添えている。

ファースト・シングル「divina」はダルトが創り上げる多面的なサウンド・コレオグラフィーを見せている。その本質は型破りなドゥーワップ・ラブソング。スペイン語と英語が行き交う中、スタッカートのピアノの音とフィンガー・スナップが、カスケードするエレキギターにグルーヴ感を添える。「divina」は、炎、冥界、そして愛の告白といったイメージの中を舞う、まるで割れた鏡のように、反射が現れては消え、曲全体を通して意味が揺らめき、変化していく。

同時に公開されたミュージック・ビデオは、ルクレシアがコンセプトを手掛け、サウスウェスタン出身の映画監督で、2012年のドキュメンタリー映画『ICON EYE』も記憶に新しいTony Loweが監督を務めている。このミュージック・ビデオでは、ルクレシアとマルチディシプリナリー・アーティスト、Lucia Maher-Tatarが共演する。

Lucrecia Dalt New Single “divina” out now

Artist: Lucrecia Dalt
Title: divina
Label: PLANCHA / RVNG Intl.
Format: Digital Single
Listen / Buy: https://orcd.co/ar7rq3r

Lucrecia Dalt – divina [Official Video]
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=r23tegbbCDw

Featuring Lucrecia Dalt and Lucia Maher-Tatar
Directed by Tony Lowe

Lucrecia Dalt New Album “A Danger to Ourselves”
Available September 5, 2025

Artist: Lucrecia Dalt
Title: A Danger to Ourselves
Label: PLANCHA / RVNG Intl.
Cat#: ARTPL-238
Format: CD / Digital

※日本盤ボーナス・トラック収録予定
※解説・歌詞・対訳付き

Release Date: 2025.09.05
Price(CD): 2,200 yen + tax

2022年にリリースした『¡Ay!』が英『The Wire』で年間ベスト1位を獲得し、MUSIC MAGAZINE誌でもロック(ヨーロッパほか)で年間ベストに選出されるなど一躍注目を集めたコロンビア出身、ドイツはベルリンをベースに活動しているエクスペリメンタル・アーティスト、Lucrecia Daltの待望の新作アルバム。
デヴィッド・シルヴィアンを共同プロデューサーに迎え、フアナ・モリーナやCamille Mandoki等豪華ゲスト陣も参加し、集大成であると同時に出発点とも言える新たな傑作が完成。

コロンビアのペレイラで生まれたルクレシア・ダルトは、音楽愛好家の家庭で育ち、9歳のときにギターを手にするよう勧められた。ダルトはこの創造的な衝動に従い、コンピュータを使った制作に魅了され、土木技師としての急成長のキャリアを捨て、メデジンからバルセロナ、そして最終的にはベルリンへと移り住み、そこで自身の独特で冒険的なサウンドを発展させた。彼女の作品は、RVNGに移籍してから『Anticlines』(2018年)、『No era sólida』(2020年)、そして2022年に発表した特筆すべき画期的なSFボレロ・アルバム『¡Ay!』の3作をリリースし、その過程で、『On Becoming a Guinea Fowl』(2024年)、HBOのシリーズ『The Baby』(2022年)、そして近日公開のサイコホラー『Rabbit Trap』などの映画音楽制作にも活動の幅を広げ、サウンド・インスタレーションやパフォーマンスでは、彼女の光り輝く転調と独特で進化するヴォーカル・アプローチを披露している。

このたびリリースとなる『A Danger to Ourselves」は、ダルトが『¡Ay!』のツアー中の生活や新しい人間関係の形成期に書き留めた断片的な宣言から生まれた。彼女は2024年1月に、これらの親密な断片を音楽的な構成に結晶化させ始め、目的のある曲群を徐々に形にしていった。アルバムのサウンド構成は、コラボレーターのAlex Lázaroが提供するダイナミックなドラム・ループを基盤としており、そのパーカッシヴなバックボーンは、『¡Ay!』と同様、ダルトの重層的なヴォーカルのキャンバスとなった。従来のメロディックな構造に従うのではなく、このアルバムはベース・ライン、リズム、作曲デザインの相互作用によって音楽性を生み出している。大胆なプロダクションの選択と緻密なレコーディング・テクニックによって、声と楽器が新たな深みと輝きをもって調和する、ダルトの妥協のない音の明瞭さへの探求を明らかにしている。

明確に反コンセプチュアルな『A Danger to Ourselves』は、ダルトが音楽そのものに遮るもののない集中を導く詩的な本能であり、楽曲の枠組みを超越するボーカルと、原始的でロマンチックなスリルのきらめく響きを探求している。ダルトの細部への明晰なこだわりは、あらゆる小節に感じられ、献身的な姿勢が同心円を描きながら、個人的なものと霊的なものを統合する場を形成している。直感的な実験から生まれたこのアルバムは、シンプルなジェスチャーと複雑な構成を用いて、スペイン語と英語の間を伸縮自在なサウンドスケープと魅惑的な聴覚コラージュを通して行き来する「divina」のように、彷徨うようなラインを織り成している。

アルバム・タイトルは、デヴィッド・シルヴィアンの歌詞「cosa rara」から生まれたもので、人生の儚さ、愛の揺らぎ、奇跡への憧れを象徴的に映し出している。『A Danger to Ourselves』は、こうした超越的な状態を映し出し、人間の複雑な絡み合い、より啓示的な内面世界へ向かうドーパミン・スパイラルや一般的な経路からの解放への願望を屈折させている。高名なアーティストが多数参加したコラボレーションのコラージュであり、シルヴィアン自身も『A Danger to Ourselves』で共同プロデューサーとミュージシャンの二役を演じた。また、フアナ・モリーナが「the common reader」で共同作曲と演奏を、Camille Mandokiが「caes」でヴォーカルを、Cyrus Campbellがエレクトリック・ベースとアップライト・ベースの基礎を、Eliana Joy が複数のトラックでバッキング・ヴォーカルとストリングス・アレンジを担当している。

『A Danger to Ourselves』の光り輝く深淵において、ダルトは、音の錬金術を通して個人的なものが普遍的なものとなる深遠な変容を演出している。このアルバムは、集大成であると同時に出発点でもあり、彼女のこれまでの実験的な旅が、驚くほど親密でありながら広大なものへと収束する入り口でもある。感情的な啓示が網の目のように張り巡らされており、各曲は、ダルトの歌声が新たなハーモニーの領域を超えて啓示を体現する、脆弱性の的確に示している。従来の境界を超えた直感の生きた記録を創り上げ、音楽が鏡となり窓となる世界へと導いている。

TRACK LIST:

01. cosa rara (ft. david sylvian)
02. amorcito caradura
03. no death no danger
04. caes (ft. camille mandoki)
05. agüita con sal
06. hasta el final
07. divina
08. acéphale
09. mala sangre
10. the common reader (ft. juana molina)
11. stelliformia
12. el exceso según cs
13. covenstead blues

+ボーナス・トラック収録予定

Concept by Lucrecia Dalt
Music by Lucrecia Dalt and Alex Lazaro
Produced by Lucrecia Dalt and David Sylvian
Mixed by David Sylvian
Mastered by Heba Kadry, NYC
Lacquers cut by Josh Bonati *Vinyl only credit
Cover photo by Yuka Fujii
Photo retouching by Louie Perea
Design by Will Work For Good

Lyrics and vocals by Lucrecia Dalt except “cosa rara” by Lucrecia Dalt and David Sylvian; and “the common reader” by Lucrecia Dalt and Juana Molina
Vocals on “the common reader” by Lucrecia Dalt and Juana Molina
Vocals on “caes” by Lucrecia Dalt and Camille Mandoki
Backing vocals on “amorcito caradura”, “no death no danger” and “covenstead blues” by Eliana Joy
Backing vocals and howls on “divina” by Alex Lazaro

All instruments performed by Lucrecia Dalt except:
Percussion by Alex Lazaro
Feedback guitar on “cosa rara” by David Sylvian
Electric guitar solo on “covenstead blues” by David Sylvian
Electric guitar on “stelliformia” by Alex Lazaro
Electric bass and contrabass by Cyrus Campbell except
Electric bass on “mala sangre” by William Fuller
Soprano and tenor saxophone by Chris Jonas
Violin by Carla Kountoupes and Karina Wilson
Cello by Amanda Laborete
Palms and finger snaps by David Sylvian and Alex Lazaro

All instruments and vocals recorded by Lucrecia Dalt except strings recorded by Marc Whitmore and vocals by David Sylvian, Camille Mandoki and Juana Molina by the artists themselves.
String arrangements in “hasta el final” by Lucrecia Dalt and Eliana Joy

interview with aya - ele-king

 いろんなものごと、価値観が変わった。生活のいろんな細部に軋みが走り、家族のあり方も解体され、米の値段も高騰し、民主主義を否定する新反動主義がトランプ政権の背後で暗躍するこんにちになっても、喜ばしいことに、英国からはDIY音楽が独自解釈のもと次から次へと生まれている。ぼくたちは、『ツイン・ピークスThe Return』の冒頭で、ファイアマンがデイル・クーパーに放った台詞を思い出す。「音に耳を澄ませよ」

 たとえそれが恐怖と興奮の入り混じった低く唸る不穏なサウンドであったとしても、ぼくの耳は惹きつけられている。アヤの『im hole』(2021)はその決定的な1枚だった。それはUKアンダーグラウンド・ダンス・ミュージックから生まれた汚さのなかの美しいナラティヴで、今回のアルバム『hexed!』は、その続編でもあり番外編でもある。
 前作同様に、いろんな影響がここにはある。簡潔にいえば、繊細さと強迫性が今作の特徴になるのだろうが、サウンド・デザイナーとしてのアヤは、前作以上にノイズを活かし、激しさを強調している。これは不純物としての魅惑を備えたアルバムで、読者諸氏にも口のなかに入れていただきたい。

ミミズは廃棄物や腐敗した食物を分解し、肥料や堆肥に変えるために必要不可欠な存在だよね。つまり、このアルバム楽曲を書く過程で、自分の脳のなかでミミズになり、クソみたいな酷いものを音楽の肥料に変えてきたんだ。

あなたの『im hole』が大好きで、2021年のベスト・アルバムの1枚に選びました。

aya:ワォ、ありがとう!

UKのベース・ミュージックの新しい局面として、純粋にサウンドのみを楽しみました。ところが今回の『hexed!』は、楽しむというよりはぶっ飛ばされました。デイヴィッド・リンチの映画のように日常と悪夢の境界線から広がる世界というか、インダストリアルな響きへの嗜好というか、かなり激しい。

aya:デイヴィッド・リンチを引き合いに出されたことは、実は過去にもあったよ。先日もDJ中にある人から、「観客に対する軽蔑の度合いがリンチ的な感じがする」って言われたばかりで(苦笑)。

あなたのインタヴューをいくつか読みました。『hexed!』は、あなたの個人的な体験からきていて、ドラッグ中毒とその混乱、人生でもっとも辛い時期と向き合って生まれた作品だと知りました。そしてあなたは避けてきた自分のトラウマに浸った。なぜ、そのようなことになったのでしょうか?

aya:「人生でもっとも辛い時期」というのはかなり昔で、辛さから逃れるために薬物を使っていた過去の話なんだ。あの頃は、薬物との関係がどうにもならないところまでいってしまい、自分の人生や人間関係でさまざまな問題を引き起こしてしまった。摂取量を減らし、自分を厳しく律することで、最終的には完全に断つことができた。内省的な音楽を書くと、新たな景色が見えてくるよね。音楽的インスピレーションは常に水面下にあったし、自分のプシケ(魂)にぶら下がっていた。避け続けてきたものを克服しようとするのは当然のことだけど、これまではなかなかできなかった。(今作の制作にあたり、自分のトラウマに浸ることになったのは)そういった理由から。決断というよりは、どちらかというと、自分が置かれた状況からそうなったんだ。

なぜメタルコアが思春期のあなたに突き刺さったのか? いまなら客観的に対象化して説明できますか?

aya:いい質問だね。ADHDである自分にとっては、メタルコアのようなチョッピーな(途切れ途切れの)サウンドが魅力的だった。非常にエモーショナルで、抑圧されたクィアネスに明確に訴えかけてくるから。当時のUKでは、クイア界におけるポリティックス(政治)が存在したから、エモ系のムーヴメントのお陰で多くの人たちがそういったクィア・コミュニティに参加せずに、自分のクィア性を楽に表現できるようになったと思う。メタルコアは狂乱したエモーショナルな音楽で、当時の僕は狂乱したエモーショナルな人間だったし(苦笑)。

ロンドンに住んでいる友人があなたのライヴを観ているのですが、スケートボーディングがずいぶんうまいと言ってました。あなたはおそらく運動神経が良いと。スポーツはやっていたのですか?

aya:アハハハ(笑)! スケートボードのことをどうして知ってるんだろ(笑)? スケボーは7歳くらいから滑っているけど、それ以外のスポーツは一切無縁だった(苦笑)。

話を音楽に戻しましょう。思春期のあなたがオウテカやエイフェックス・ツインに求めたものはなんだったのでしょうか?

aya:信じられないほど新しい音楽だった。幼い頃からジャングルやドラムンベースを聴いて育ち、その後11歳か12歳のときに父が教えてくれたエイフェックス・ツインの“Come to Daddy”を聴いて、衝撃を受けたんだ。あんな音楽は聴いたことがなかったし、それまで聴いてきた音楽のなかでいちばん怖かったね(苦笑)。
 それ以前も自分で音楽制作に取り組んでいたけど、12歳か13歳あたりから実際に自作曲を書きはじめ、ソフトウェアを駆使するようになった。ああいった難解な音楽は「一体どうやって作っているんだろう?」って分析したりして、どんどんハマっていったんだ。でも、こういった音楽を知っているのはうちの父と、それから高校時代にメディア・スタディーズを担当していた先生くらいだった。そもそも友だちはいなかったけど……うちのクラス内では誰もこういった音楽を聴いていなかったから。

通訳:お父様はミュージシャンですか?

aya:うん。父はミュージシャンで、いろんな楽器を演奏できるんだ。以前は演劇の監督・演出家として長年仕事していた。その他、マルチメディア・デザイナーとしてのキャリアもある。一方、母は舞台女優で、セラピストとしても働いていた。両親からの影響で、最終的に自分が現在アーティストとして活動していることは理にかなっていると思う。

あらゆるドラッグをやったそうですが、あなたがハマったドラッグのひとつ、ケタミンの幻覚は、あなたにどんな作用をもたらしたのでしょうか?

aya:(ケタミンを)摂取すると、脳のさまざまな部分がじょじょに機能しなくなり、大音量と小音量を区別する能力が恐ろしく阻害される。だから、『im hole』の収録曲でも聴こえる微かな触覚的な音には理由があるんだ。自分の髪を耳の後ろにこすりつけるだけで、カサカサという音を出せたし、指をこすり合わせるだけで、即興的に自分の音楽を創り出すこともできた。
 私が表現したもうひとつの方法は……このケタミン摂取のような感覚は、完全な体外離脱の深い幻覚のようなもので、自分自身や環境、アイデンティティから完全に切り離された。リアリティ・シフトが起こり、その後に自分自身を身体のなかで再認識するようなものなんだ。とくに、アルバム『im hole』の収録曲、“If Redacted Thinks He's Having This As A Remix He Can Frankly Do One”では、あるシンセのステムを、時間の経過とともに変化する音の層(レイヤー)の処理を通して見ることができる。大半の場合、MIDIの1チャンネルで、その下にいろいろ敷いてあって、そこではフィルタリングが変化しているだけ。ひとつの物体があり、その物体を自分はどのように見ているのか。そして、それは世界からどのように切り離されているのか? 私との関係によって、どのように再解釈されるのか? つまり、このシンセのステムは、私自身の「アイデンティティ」として捉えることができるかも(笑)。

“peach”や“Time at the Bar”のような曲にみられるパラノイアックな展開は、禁断症状と関係あるのでしょうか?

aya:その2曲はまったく違う内容。“peach”はたしかに薬物使用を歌った楽曲だけど、それだけじゃないんだ。この曲は自分だけでなく、周囲のカップルにも当てはまる内容で、お互いのために最善を尽くそうとするふたりが結局はお互いを傷つけ合ってしまうという、恋愛関係のダイナミズムを描写している。サビの歌詞に「リンゴを半分に切って、交代でかじりながら午後を過ごそう(I could slice up half an apple and we could take turns nibbling the afternoon away)」という歌詞には、「これは君のためにやっているんだ……私は夕食を作っているけど、じっさい今夜ふたりで食べるのはリンゴ半分だけ」という意味が込められている。つまり、ふたりの摂食障害やアルコール依存症というような、クィアな人たちが抱えている問題を扱っているんだよね。
 一方、“Tim at the Bar”では、社会においてもっとも大衆的な「実家を出て大学に進学し、人生を楽しんだ後に家庭を築く」というナラティヴを取り上げている。自分が経験した話じゃないけど、平凡な日常生活だとか、自分が望むような生き方ができないというような、よくある話で……。
 私の場合、自分がクィアだとわかっていながらトランスジェンダーであることをカミングアウトしたのは7、8年前。イメージ的には、出航する船に乾杯するような感じだね。ちなみに、タイトルの “time at the bar”っていうのは、英国のパブやバーで閉店前のラスト・オーダー時にベルを鳴らしてスタッフが店内にいる客に向かって叫ぶセリフ。この曲が「暴力的」だと言う人もいるけど、最後の大きな鐘の音やコードや若干外れた音には、「若干の恐怖心」と「解放感」が感じられると思う。

解放的な「自由」は「恐怖」と背中合わせ。それまで自分のストーリーをすべて手放し、自分を理解するための新しい言語を見つけることは恐ろしいけど、同時に解放的なんだ。

Silvia Federiciの『キャリバンと魔女(Caliban and the Witch)』は、資本主義の成立と発展における女性の身体、労働、そして魔女狩りの役割を深く掘り下げた内容ですが、なぜあなたはこの本にたどり着いたのでしょうか?

aya:友人が薦めてくれた。以前はADHDと薬物、アルコールの問題を抱えていたから落ち着いて本も読めなかったけど、健康的になった現在は、再び読書を楽しむようになった。

日本ではJ.K.ローリングの反トランスジェンダーがとても有名で、いまだに議論になっていることです。しかし音楽の世界ではトランスジェンダーのアーティストがどんどん登場しています。とくにエレクトロニック・ミュージックの世界では、この10年、クィアと女性の進出がめざましいと思いますが、どうしてこのジャンルなんだと思いますか?

aya:社会のあらゆる分野において、以前よりクィア性の可視化が強まっていると思う。認知度が高まるということは、自分自身を理解し、潜在的なクィアネスを認識し、自分に合った新しい定義を見つける機会が増えているということ。私の場合、自分がトランスジェンダーだと気づくまで、長期間に渡り自分自身のクィアネスに対する理解と格闘してきた。エレクトロニック・ミュージックを制作している人たちと出会い、同じ音楽に惹かれ、自分自身のクィア性に関する気づきを得た。エレクトロニック・ミュージックはメタルコアやエモと似ていて、クィアな人たちを魅了していると思う。クィアなエレクトロニック・ミュージックにも解放感があり、複雑かつ重層的な感情を表現しているから。
 前の質問で「解放感」に触れたけど、解放的な「自由」は「恐怖」と背中合わせ。それまで自分のストーリーをすべて手放し、自分を理解するための新しい言語を見つけることは恐ろしいけど、同時に解放的なんだ。理解できなくても、音楽が感情面で私たちに啓示を与えてくれることがあるから。なんだか話がとっ散らかっちゃったけど、クィア性の可視化が強まっていることはいいことだね。

あなたから見て、トランスジェンダーをめぐる状況は少しずつでもよくなっていると思いますか?

aya:もちろん、良くなっていると思う。私は子供の頃から自分がトランスジェンダーだとわかっていたけど、10年前はカミングアウトなんてできない状況だった。状況は間違いなく明るい方向に進んでいると思う。

音楽の話に戻りましょう。あなたが大学時代、ベリアル、ゾンビー、ジェイムズ・ブレイクらに夢中になったことが『im hole』に繋がっていると思います。今作の目玉のひとつ、“off to the EESO”には、テクノからの影響もあると思います。テクノでは、どんなDJやアーティストが好きでしたか?

aya:“off to the EESO”はテクノではなく、最近UKで聴くことができる楽しくて馬鹿げていながら神経質な感じのハードコア系ものを参照した。例えば、(ブリストルの)Rrritalinとか。シェフィールドの〈Off Me Nut〉というレーベルも好き。彼らは主にベースライン系レーベルで、Spongebob Squarewaveみたいな音楽も扱っているんだ。

ダンス・カルチャーの快楽主義についてのあなたの考えを教えてください。じつに刹那的なものだと思いますが、だから良いとも言えるし、だから悪いとも言えますよね。

aya:(ダンス・カルチャーは)両刃の剣のようだよね。多くの人にとっては踊ることで楽しい時間を過ごしたり、健康な「必要な空間」。でも一方では、クラブ・シーンで人生を台無しにするような状況に陥る人もいる。自分を振り返ってみても、音楽を観に行くというよりクラブの奥の部屋に座りっぱなしで、DJプレイに注目していなかったことがあるし。 でも、クラブに行く人の目的は各自違うし、音楽を聴かずに奥の方にいることが悪いことだと決めつけたくはない。人生から解放されたい人もいるだろうし、生きていれば最悪なことだってある。各自に合った手法でそういう感情を処理する必要があると思うから。

“the names of Faggot Chav Boy”をUKガラージ風の曲調にしたのは、あなたのウィットなセンスがあると思います。この曲を説明してもらえますか?

aya:この曲に出てくる話は私が見てきた数々の悪夢をまとめたもの。私は長いあいだ、本当に激しい悪夢に悩まされてきた。本当に長いあいだ、いつも強烈な夢を見てきたんだ。

ミミズを口のなかに入れるというアイデアはどこから来たんですか?

aya:デビュー・アルバム(『im hole』)のジャケ写は公園の地面に落ちていたゴミの束を持つ私の手だった。ベルリンを去る自分のパートナーのために開催したパーティで私はこのゴミを手にして「ねぇ、誰かこのアングルから写真を撮って」ってお願いしたんだ。ちょうどクラブ系のアルバムを解体したようなアートワークだと思ったんだよね(笑)。その後、前作のアルバム制作中に、ジャケ写が必要になり、その写真を引っ張り出してきて、「(このアルバムに)凄くいいジャケ写真!」と思った。暗闇から突き出されたこの手は火傷を負っているのか、何故かわからないけど真っ赤で、持っているのはこのゴミだけ。
 新作『hexed!』は、前作『im hole』の続編ではないけど、ある意味では続いているというか、鏡のようなもの。新作にはヴォーカル曲を多数収録したから「今回は手ではなく、自分の顔の一部をジャケ写にしたい」と考えた。この写真での私は何か恐ろしいものを吐き出していて、そこにはミミズと土の関係性がある。ミミズは廃棄物や腐敗した食物を分解し、肥料や堆肥に変えるために必要不可欠な存在だよね。つまり、このアルバム楽曲を書く過程で、自分の脳のなかでミミズになり、クソみたいな酷いものを音楽の肥料に変えてきたんだ。

『hexed!』が意味することは、“wanting to get over the hex, shake the curse(呪いを解き放ち、振り払いたい)”だと『Wire』の取材で答えていますね。じっさいこのアルバムを作ったことで、あなたはシラフの生活に戻ったわけですが、現在、あなた自身がこのアルバムをひとりで聴きたくなることはあるんですか?

aya:まだそういう気持ちじゃないんだよね……。8〜9カ月前くらいに完成したばかりだし。実は現在ツアー中で、毎週末ギグが入ってるから、ある意味では(新曲を)聴いているけど、最後にアルバムを通して聴いたのは昨年10月かな。このアルバムを書いているときに『im hole』を久しぶりに聴いて、マジ変な作品だと自分でも思ったね(苦笑)。

“droplets”は、歌が際立っているという意味で、ayaのポップ・ソングだと思いました。こうした方向性は今後も追求しますか?

aya:それは、わからないなぁ。次の音楽的方向性はわからない。実現させたいコラボレーションはいくつかあるけど、自分の音楽がどこに向かうかはわからない。

あなたもっとも癒やされる/癒やされた音楽作品をあげてください。

aya:表面的に「癒し」を与えるような音楽にはあまり惹かれないんだ。複雑な感情が根底に流れていないような音楽にはイライラするから、「癒し」よりも「カタルシス」を与えてくれる音楽が好き。熱狂的だけどエモーショナルなメタルコアものとか。2018年に解散したアメリカのスクリーモ・エモ・バイオレンス・バンドのLord Snowが大好きで、彼らのアルバム『Solitude』は昨年、何百万回も聴いたよ。アルバムの尺はたったの30分くらいだけど、ああいった作品は他にないね。よりエレクトロニック寄りなアーティストだとクララ・ルイス(ワイヤーのグレアム・ルイスの娘さん)の『Ingrid』が好きだし、彼女の最新作『Thankful』も大好き。クララ・ルイスが奏でる音色のセンスは実に驚異的で、『Ingrid』は本当にのめり込める音楽。チェロの音色がループし続けるような作品で、尺は30分近くあるけど、何時間でも聴けるんだ。

いつかあなたのギグを日本でも観れることを願ってます。今日はどうもありがとうございました。

aya:こちらこそありがとう。早く日本に行きたい!

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