Home > Reviews > Album Reviews > Lucrecia Dalt- ¡ay!
コロンビア出身、ベルリン在住の音楽家ルクレシア・ダルトの新作を繰り返し聴いている。この幽霊的な魅惑に取り憑かれてしまったようだ。夢の迷宮に入り込んでいくかのごとき魅惑に満ちている。
前作『No Era Sólida』と作風がまったくことなっていたので最初こそやや戸惑ったものの、そのアヴァン・ラテン・ミュージックとでも形容したいような妖しくも深淵なムードと曲にしたたかに打ちのめされてしまった。まるでかすかな光をたよりに闇のなかをヒタヒタと彷徨うような聴取体験であった。
ルクレシア・ダルトにとって音楽の「深淵さ」は、見かけの表面上の形式ではなく、その音が放つムードに他ならない。だからこそルクレシア・ダルトは、『No Era Sólida』などにあったような幽霊的な音像のエクスペリメンタルな作風から、ノイズ・エクスペリメンタル作家のアーロン・ディロウェイとの共作、さらには低予算映画のサントラからHBO制作のシリーズ作品の劇伴まで多様に手がけつつも(そしてその都度、音のフォームを変幻させながらも)、音のムードがまったく揺らいでいないのだと思う。
それはラテン・ミュージックのリズムと曲調を全面的に取り入れた本作でも変わらない。近作との関係でいえば本年リリースされた低予算映画『The Seed』の映画音楽と、HBOのドラマシリーズ『The Baby』の劇伴という、サントラ二作からのフィードバックもあるように感じられた。また2014年という初期のEP「Lucrecia Dalt」にもじつはこのアルバムにあるようなムードがあった。
ともあれ『¡ay!』を聴いて、その魅力に取り憑かれてしまった方で、このサントラ二作を未聴の方はぜひとも聴いて頂きたい。
アルバムは全10曲が収録されている。曲調は先に書いたように彼岸からのラテン音楽のような不可思議にして魅惑的な音楽が、アルバム一枚にわたり展開されていく。ボレロからマンボ、さらにはサルサやメレンゲまでさまざまな音楽的要素が、彼女の声とモジュラーシンセなどと交錯して、独創的な音楽世界を構築しているのだ。どうやら彼女が子どものときに接した音楽(の記憶?)がベースとなっているようである。まさに記憶を遡るかのように、音楽が展開されているのだ。
じじつ、アルバム冒頭の “No tiempo” はまるで60年代、70年代のムード音楽で鳴っていたようなオルガンの音からはじまる。彷徨するようなベース・ラインに牽引されるように楽曲は進む。ルクレシアのヴォーカルもシルキーでいながらもどこか彼岸からの声のような幽霊的な質感で聴くものを掴んで離さない。続く “El Galatzó”、“Atemporal” もまた怪しい魅力に満ちた音楽性といえる。
様相が変化してくるのは、5曲目 “Contenida” からである。静謐なアンビエンスのなか、黄泉の国から聴こえるラテン・ミュージックとでもいうような奇妙にして深淵な音楽を奏でるのだ。電子音による真夜中のカーテンのような音響処理には『No Era Sólida』の影もちらついてくる。リヴァーブの強い音響処理が耳に刺激的だ。
続く6曲目 “La desmesura” から9曲目 “Enviada” は、リズムの音色もいささか金属的に強調され、不可思議な音楽性へと変化を遂げていく。ルクレシアの声が異界への案内人のように響くだろう。
アルバム最終曲 “Epílogo” は、1曲目 “No tiempo” のオルガンのような音を反復する。それは円環というより、螺旋階段のようにぐるぐると回っていく感覚に近い。
このアルバムの世界に浸っていると、この音楽はいつの時代の音楽なのか、いつの時代をモデルにしているのか、しだいにわからなくなってくる。現在か。過去か。その交錯か。実に不思議な魅力に満ちているアルバムだ。
リリースは『No Era Sólida』と同様に、ブルックリンを拠点とする〈RVNG Intl.〉だ。このレーベルがニューエイジやアンビエントの文脈に収まりきれない本作のような作品をリリースするようなレーベルに変化を遂げている点も、2022年現在のエクスペリメンタル/インディペンデントな音楽を考える上で、とても重要なことではないかと思った。
デンシノオト