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Rian Treanor

Avant-techno

Rian Treanor

File Under UK Metaplasm

Planet Mu

小林拓音   Dec 11,2020 UP

 アフリカおそるべし。近年アンダーグラウンドで蠢動しつづけ、この2020年、一気にその存在が爆発した感のあるアフロ・テクノ。グライムともスピード・ガラージとも形容された前作『ATAXIA』で斬新なサウンドを呈示したUKのプロデューサー、ライアン・トレイナーもみごとその流れに乗っている。
 ちなみに、彼の名前の発音は「ライアン・トレイナー」が正しい。2019年末の来日時、直接本人に確認した。いわく、「アイルランド系の名前なんだけど、イギリスの学校にいたときでさえおれの姓を正しく発音できたやつはいなかった」(原口美穂訳、以下同)
 と、じつは去年、彼に取材する好運に恵まれたのだけれど、こちらの準備不足がたたり、うまく記事にまとめることができなかった。せっかくの機会なので以下、そのときの彼の発言も盛りこみながら書き進めてみたい。

 のっけから速すぎてびっくりする。冒頭 “Hypnic Jerks” は、これ、拍を倍でとってもまだ踊りづらいんじゃないだろうか。足でリズムを追ったら貧乏ゆすりになることまちがいなしなので、オフィスや電車で聴くときは注意したほうがいい。
 きっかけは2018年の9月。ウガンダの首都カンパラを訪れニゲ・ニゲ・フェスティヴァルに出演、4週間のレジデンシーを務めたライアンは、当地のプロデューサーたちと交流し大いに霊感を得ることになる。同フェスを主催する〈Nyege Nyege Tapes〉はタンザニアの高速ダンス・ミュージック、シンゲリを世に紹介したレーベルだ(詳しくは行松陽介によるレヴューを参照)。
 「あのフェスはクレイジーだった。アフターパーティをハリウッドっていう小さなバーでやったんだけど、ジェイ・ミッタ(Jay Mitta)、スィッソ(Sisso)、エラースミス(Errorsmith)、それからザ・モダン・インスティテュート(The Modern Institute)、そのみんなでDJをして、全員が速い曲をプレイしたがった。最終的に 220bpm とかになってさ(笑)。みんな超クレイジーになってた(笑)。めちゃくちゃ楽しかったし、あんな状態これまで見たことがなかった。だから、次の日にあのミックス(『FACT mix 672』)をレコーディングしたんだ。あの夜がインスピレイションになっているんだよ」
 かくしてまんまとシンゲリの魅力にとりつかれたライアンは、そのモードのまま新作の青写真となるトラックを制作。昨年末の来日ツアー中に最後の仕上げを終え、この『File Under UK Metaplasm』が生み落とされることになった(たしかに、WWWβでのショウはめちゃくちゃ速かったし、本作収録の “Hypnic Jerks” や “Metrogazer” もプレイされていたような覚えがある)。

 ただし新作は、シンゲリのみを武器に突っ走っているわけではない。リズムはほかのスタイルと折衷されている。たとえば3曲目や6~8曲目はダンスホールだし、4曲目はフットワークだ(カンパラ滞在時、うっかりジェイリンを 225bpm でかけてしまったところ意外に良かったんだとか)。リズムを練るとき彼は、「非左右対称なもの」を意識しているという。「たとえば4/4拍子は左右対称の構成。でも、リズムのなかにはパターンはあっても不規則なものもある。心臓の鼓動でいう不整脈とおなじ。ようは一定ではないものってこと」
 そこに、“Mirror Instant” の場合はロレンツォ・センニガボール・ラザール風の点描的な電子音が、“Opponent Process” や “Orders From The Pausing” の場合は90年代末ころのオウテカを思わせる上モノが乗っかっている。「オウテカとか、〈Planet Mu〉の作品のような風変わりなエレクトロニック・ミュージックからは大きな影響を受けてるよ」と彼は明かす。音楽のテイストにかんしては、父マーク・フェルからの影響も大きいという。ようするに、シンゲリとダンスホールとアヴァン・テクノの奇蹟的なアマルガム、それがこの『File Under UK Metaplasm』なのだ。
 ところで、タイトルにある「メタプラズム」ってなんやねんと思いググッてみると、「語音変異」なる訳語がヒットする。「新しい」はもともと「あらたしい」だったとか、秋葉原はもともと「あきばはら」だったとか、どうもそういうことばの変化を指しているらしいので(間違ってたらスンマセン、言語学に詳しい方教えて)、おそらく「メタプラズム」とは、シンゲリをダンスホールやUKテクノと混合し独自に変容させた今作の、音のあり方をあらわしているのだろう。
 「おれは、大衆性のあるサウンドとパンチの効いたサウンドの両方をつくりたい。たとえば、ダンス・ミュージックってだけで(じゅうぶん)人びとがエンジョイできる音楽ではあると思うんだけど、おれはそこにディストーションだったりスクリーミングだったり、そういうサウンドを入れたくなる。じぶんにとってはそれが聴こえのいいサウンドなんだ。そういったパワフルなパンチの効いたサウンドが大きなサウンドシステムから聴こえてくるのはすごくかっこいいと思う。だから、両方を混ぜ合わせたものをつくりたいんだ」
 ライアン、安心してほしい。この『File Under UK Metaplasm』では、リズム面でも音響面でも、まさにその願望が達成されているから。

 しかし、〈Planet Mu〉の快進撃はすさまじい。かつての『Bangs & Works』のときもそうだったけれど、一度波に乗るともう止まらないというか、スピーカー・ミュージックといいイースト・マンといい本作といい、今年は驚くべき作品がぽんぽん出てきている。25周年を迎えてもアグレッシヴな姿勢を崩さないレーベルなんて、そうそうないんじゃなかろうか……というわけで、12月25日発売の年末号にはレーベル主宰者マイク・パラディナスのインタヴューを掲載しています。
 アフリカだけじゃない。〈Planet Mu〉もまたおそろしいのだ。

小林拓音