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南アフリカからのGqomに続き、今度は東アフリカのタンザニアからとてもかっこいい新しい音楽がやって来ました。今回ご紹介するのはその新しい音楽Singeliの最新形態楽曲をウガンダのレーベル〈Nyege Nyege Tapes〉が編纂したコンピレーション・アルバムです。
Boomkatのスタッフは「これは2017年に聴いた物の中でも、疑いなく最もトチ狂ったエキサイティングな新しい音楽だ」と、興奮気味にコメントしています。
僕が知らないだけかもしれませんが、日本ではおそらくSingeliという音楽がほぼ認知されていないと思いますので、少しその背景を調べてみました。過去15年間に渡って東アフリカの中ではタンザニアの大都市ダルエスサラームが、最もエキサイティングなアンダーグラウンド・エレクトリック・ミュージック・シーンを形成してきたそうです。Mchiriku、Sebene、Segere(全て音楽形態の名称と思われる)などの星座のように点在する小さなシーンはやがて数年間のアンダーグラウンドでの潜伏期間を経て、最新の音楽形態Singeliとして爆発的に広まり、タンザニアの若者たちの間で人気だったBongo Flavaというジャンルに取って代わりメインストリームへ躍り出たという事です。
ここでおそらく多くの人が疑問に思うのはBongo Flavaって何? という事だと思うのですが、これを調べてみるとちゃんと日本語のウィキペディア・ページがあり、YouTubeで検索すると「New Bongo flava songs 2017」や「同2018」というプレイリストが出てきますが、レコード店でこの名称を用いて取り扱っているのはCompuma氏もお勤めのEL SUR RECORDSくらいのようですので、やはり日本での認知度は低そうです。
Bongo Flavaは東アフリカにおける共通語であるスワヒリ語のLyricが特徴で、欧米のHIP HOPの大きな影響を受けていると同時にローカルな音楽(Taarab、Filmi、リンガラ音楽など)の要素がMIXされ、タンザニアンHIP HOPと呼ばれることもあるそうですが、Singeliを聴いた後では結構普通に聴こえてしまいます。ではSingeliとはどんな音楽なのかと言うと、日本語のウィキペディア・ページはまだありませんが、YouTubeで検索するとそれらしき物が出てきます。
これなんかを見ますと日本との文化の違いを痛烈に感じます。経てきた歴史も土地の位置・風土も全く違うわけで当たり前なのですが、ウィキペディアで歴史を少し辿るだけで植民地、クーデター、エボラウィルスなどの単語が出てくるわけで、この音楽に漲(みなぎ)っているエネルギーはそうした歴史の中にあっても満ち溢れる生命力を示しているかのようです。
タイトルにある「Sisso」というのはシーンの要となっているSISSO STUDIOというスタジオの名称のようです。それではそろそろ本題に入りたいと思います。
とにかく全14曲すべてが高速で、BPMは遅いものでも170以上、200を超えるものも珍しくなく、ラスト・トラックのSuma“TMK”などは240近く、ということはBPM 120のものとMIXできる事になります。言語はおそらくBongo Flavaと同じくスワヒリ語でしょう。何を言っているのかは全く分かりませんが、歌唱法としてはRAPと言っていいと思います。RAPも乗せるトラックが高速なので勢いがあり、50centのようなDOPEさは出ないものの、ある種の催眠性のようなものがミニマル・ミュージックのごとく醸し出され、曲によっては呪術的なムードを湛(たた)えたものもあります。Lyricの内容は警官の汚職から別れた恋人とのいざこざまで、という感じらしく、彼らの日常を反映したもののようです。
Dogo Suma Lupozi“Kazi Ya Mungu Haina Makosa26”(A2)はBPM 175くらいでミニマルに繰り返されるレイヴィなシンセコードに乗ってMCがひたすら休みなく声を出し続けます。時折スクリュード・ヴォイスがユニゾンで付き添う。シンセコードが小節頭のように感じるので、キックはBPM 175四分音符裏打ちで入っている(ように僕は感じる。速過ぎて混乱します笑)から、MIXするとちょっとややこしい事になりそうです。このミニマルに繰り返されるシンセコードが癖になります。スワヒリ語の語感や言い回しも独特な感触があり、こちらも面白い。TRAP風の引きずるようなベースラインも出てきます。以降もアルバム全体を通してスクリュード・ヴォイスは度々登場しますが、この音楽そのものがスクリューされたもののようでもあります。
昨年リリースされたBullion“Blue Pedro”(名曲)〈TTT058〉のギター・フレーズを高速化したような旋律の上をMCが煽るように何か言い、スクリュード・ヴォイスが少年合唱団のごとく歌いあげて始まるDogo Niga“Polisi”(A3)。ベースラインも高速化されてバカテク・ベーシストの演奏のようになっていて、特にスライドを多用している部分なんかは面白い。陽気なメロディーが高速でミニマルに繰り返されていて、ベースラインに耳を傾けると少し笑ってしまいますが、聴いていると催眠的に幸福感が湧いてくるような曲です。しかし調べてみると「polisi」はスワヒリ語で「police」を意味するようなので、Lyricの内容は幸福感と真逆なものなのかもしれません。わざと対比させて皮肉っているのかも? もしそうなのだとすれば風刺的な1曲という事になります。
MCのリフレインが癖になりそうな、少しダークでどこかGRIMEっぽい雰囲気が漂うMzee Wa Bwax“Mshamba Wa Kideo”(B2)に続き、物凄い勢いで迫りくるMCとレイヴィ・シンセ・フレーズが一丸となって繰り返されるDogo Niga“Kimbau Mbau”(B3)に圧倒されます。出だしは勢い余って、という感じでベースキックの音がブーストして歪んだりします。とにかくシンセ・フレーズが最高で、然(しか)るべきトラックに少しずつこの曲をMIXしていけば相当かっこいいのではと想像できます。時間も6分30秒あり、たっぷり。
C sideが特に最高でお気に入りなのですが、Ganzi Mdudu“Chafu Pozi”(C1)は畳み掛けるようなRAPがかっこよく、タイトルだから聞き取れる「Chafu Pozi」というサビのフレーズの野太い声もかっこいい。重いキックの音にも痺れます。途中で速回しのような軽い音も入ってきたりしてメリハリも付いているし、デカい音で聴くと最高な予感。続くDogo Niga“Nikwite Nan”(C2)はダンスホールっぽくて、バックの音は細かく割られてはいますが、BPMは176でも88の感じでも聴けます。繰り返される三味線のような音のフレーズはアフリカの民族楽器なのでしょう。音のユニークな組み合わせを感じます。威勢の良いMCが最高にかっこいいMzee Wa Bwax“Mshamba Video Mster”(C3)はバックトラックも最高で、やっぱりレイヴィなんですよね。チープな感じの音のシンセ・フレーズに上がります。こういう曲たちがどんな風に聴かれているのかを想像してみるのも楽しい。
煽るようなMCは声を出し続け、ひたすらタイトルを連呼する声はサンプリングされたものだろう、リズムトラックのごとく機能し細かく刻まれるリズムと同調、楔(くさび)のように裏に入りシンコペーションさせる音が相まって、全体的にダークなムードを醸し出しながら物凄い勢いで駆け抜けるDogo Niga aka Bobani“Tenanatena Rmx Cisso”。そして最後を締めるのは前述のSuma“TMK”。始まりは少し陽気なラテン・フレーバーも感じますが、すぐに何かに追われるかのような焦燥感が暗い感触を生み、MCは6分間言葉を発し続けます。この曲を実際に現場でMIXするのが楽しみです。
このアルバムを評す際によく引き合いに出されているのはガバやブレイクコア、スピードコアなどのジャンルですが、僕はそれらのジャンルについてほぼ何も知りません。アフリカのローカルな音楽についても同様です(個人的には大石始さんのこのアルバムのレヴューがあれば読んでみたい)。そんな僕でもこの音楽のかっこよさはビンビン感じるし、レヴューを書くために何度も聴いていると無性にNozinjaが聴きたくなり、久しぶりに〈WARP〉のアルバムがターンテーブルに乗り、また新たな魅力を感じたりする事になるなど、音楽って本当に素晴らしいですね、と改めて、というか何度も何度も再確認している事を、また確認できました。多謝。
このレヴューを書くに当たって、bandcampのテキストを参照しました。そのbandcampで全曲フル試聴ができます。元は限定版のテープで出ていたもので、ヴァイナル化に当たりMatt Coltonによるリマスタリングが施されています。Boomkatでは限定カラーヴァイナルも発売中。
行松陽介