「ピカ」と一致するもの

禁断のクリスマスBOX - ele-king

 禁断の多数決から素敵なプレゼントが届いた。以前よりアナウンスのあったクリスマス・アルバム『禁断のクリスマスBOX』である。ハンドメイド感あふれる箱を開けると、雪を模した綿やらオーナメントやらアートカードの奥から、ディスクが2枚あらわれる。20曲入りのCDと本作用の映像を収めたDVDだ。とても楽しい作りである。しかしこの作品にはもうひとつ重要な要素がある。

 前号(ele-king vol.7)で行った〈マルチネ・レコーズ〉主宰トマド氏へのインタヴューでも非常におもしろい話をきくことができたが、本作は話題の「投げ銭システム」、クラウドファンディングを利用し、まさにファンのための仕様を実現している。「メンバー全員、クリスマスが大好きです! 応援してくれた皆さんと完全ハンドメイドのクリスマス作品で一緒にメリークリスマス♪を楽しみたいです」というコンセプトのもと、こうしたシステムを利用し、クリスマス・アルバムというものを「売り物」ではなく「プレゼント」へと、スマートに(またハートフルに)転換してみせた。もちろん定価のついたれっきとした商品だが、制作費をファンがもつというあり方はなんとも直接的で理想的ではないか。投げた金が、プレゼントになって帰ってくるのだ。それはたとえもとからのファンであったとしても、「買わされる」システムとはまったく違うものだ。クラウドファンディングは、うまく利用するならばその過程や手順をスムーズにし、わかりやすく見せてくれる。

 曲のほうも、パンダ・ベアをほうふつさせるサイケデリックなトロピカル・ポップや、デイデラス風のラウンジーなカットアップ・スタイルに幕を開け、ベタベタなクリスマス感を避けながらも豊かなフレイヴァーによってこの時期特有のそわそわとした空気を彩る。
 購入はバンドの公式サイトから可能だが、明日はメンバーによる手売りが行われるようだ。クリスマス直前でもあることだから、ぜひ行ってみよう。

 詳細→ https://kindan.tumblr.com/post/37976471859/12-22-dum-dum-office-box
 公式サイト→ https://kindan.tumblr.com/

12/22(土)に高円寺DUM-DUM OFFICEにてメンバーによる『禁断のクリスマスBOX』店頭販売

12/22(土)に高円寺DUM-DUM OFFICEにてメンバーによる『禁断のクリスマスBOX』の店頭販売を行います。12時~17時まで店内におります。先着で、禁断の赤ワイン or チューダー or サイダーを一杯振る舞います。 尚、当HPのショップページからも『禁断のクリスマスBOX』をご購入出来ます。何卒よろしくおねがいいたします。

DUM-DUM OFFICEの地図
https://magazine.dum-dum.tv/archives/901

『禁断のクリスマスBOX』 ショップページ
https://kindan.tumblr.com/shop/

チューダーとは?
https://umanga.blog8.fc2.com/blog-entry-165.html

メリー・クリスマス・フロム・Why Sheep? - ele-king

 Why Sheep?を名乗る前の若き羊は、ジェームズ・ジョイスの「若き芸術家の肖像」に出てくるスティーブン・デーィーダラスよろしく感傷的なくせに観念的で、傷つきやすいくせにタフを気取っていた。つまるところ、どこにでもいるちょっと感傷的で自己耽溺型の若者ってことだ。
 そして、巷にある歌の99%は恋愛に関するものであることにも、「あなたはもうここにはいない」とか「着る人のいない手編みのセーター」だとか、そのほとんどが安っぽくて深みもないことにもうんざりしていた。振り返ってみると、それがWhy Sheep?がインスト音楽にむかっていったことの理由のひとつでもあると思う。

 と、ラヴ・ソングについて長きにわたってそんな風に斜に構えて生きてきたのだけど、そろそろ中年になろうかという歳にさしかかったある日、突然、啓示のような出来事が起こった。

 たしかちょうど年の瀬の今頃の時期だったと思う。都心のビルの高層階で、別れる間際の恋人と食事をしていた。口には出さないけど、ふたりとも別れを予感していたんだと思う。とはいっても話は簡単ではなかった。少なくとも僕はそうだった。良いことも悪いことも、自分たちだけの問題も、他人を巻き込んだ問題も、いろんなものを引きずっていた。綺麗な夜景も、洒落た店の雰囲気も、美味いはずの食事も酒もかえってふたりの気持ちを滅入らせてしかくれなかった。
 そして、当たり障りのない話題さえも尽きたころ店内のスピーカーからポリスの「見つめていたい」が流れてきた。不意打ちだった。

 Every move you make
 Every vow you break
 Every smile you fake
 Every claim you stake
 I'll be watchin' you

 君が動くたび
 君が約束を破るたび
 君が作り笑いをするたび
 君が言い張るたび
 僕は君を見つめてるんだろう
   (原詩:スティング 訳:Why Sheep?)

 そのとき自分の心の内側で起こったことを説明するのはとてもむずかしいのだけど、あえて言うならその歌と自分の心が共振したといえばいいのか。それはその場の雰囲気に合ってるとか、歌詞の一言一言がふたりの関係にピッタリはまるとか、そんなレヴェルではない。まるで、ぴったりチューニングの合った弦が共振しているような、まるで思考も感情もどこかに置き去ったような物理的な体験だったのだ。
 そして、目の前にいる彼女をよそに、ショックから返ると思い至った。   
「ああ、すべてのラヴ・ソングは僕にというわけではなくても、どこかの恋愛の現場には必要なんだ。だからこんなに世の中ラヴ・ソングで溢れているんだ」と。
 言い回しが巧みとか韻を踏んでるとかそんなことは二の次の問題なのだ。ラヴ・ソングはいつかその歌と共振する誰かのためにあるのだと。そして、そのラヴ・ソングは、もう二度と同じような強度を持って現れることはないにしても、それからのその人の人生にとってかけがえのないものになるだろう。

 これは余談だけど、この「見つめていたい」という曲はポリスのなかでも最大のヒット曲で1984年のグラミー賞の最優秀楽曲賞を受賞したぐらいなのだけど、作曲者本人としては、詞の内容は不本意だったらしく、ポリス解散後のソロ・アルバムでは自身へのアンサーソング「セット・ゼム・フリー」を書いた。つまり「見つめていたい」は束縛する愛で、本来の愛とは「セット・ゼム・フリー」というタイトルそのまま、解放してあげることなのだという。ポリスはデビューしたての頃は、パンク/ニューウェイヴ・ムーヴメントに乗っかって出てきたならず者のお兄ちゃんバンドを装ってたけど、実はヴォーカルのスティングは前職は教師でディケンズの初版本を買いあさったりするほどの文学オタクである。

 歳を重ねたスティング本人がいまどう思ってるかはわからないが、当時の本人が勘違いしてると思うのは、歌は一度世に放たれてしまえば、ましてやそれがヒットしてしまえば、もうアーティスト当人のものではないということだ。その歌は街角で流れるたびに自律性を持ちはじめ、それはどこかしかるべきところで昇華するのだ。ちょうど僕の場合は、それが年の瀬の高層階の彼女との別れの場面だったように。

 他人の曲のことばかり語ったが、10年間も口を沈黙を守ってきた羊が、Why Sheep?と名乗る最後のアルバムを来年の春にリリースする。
 前作『myth & i』をリリースしてから10年間眠りこけていたわけじゃあない。そのあいだ、世界ではいろいろなことがあったし、さっきの話みたいにプライヴェートだって取り込んでたから、それこそ曲を作る材料はいろいろあった。少しずつ曲を作りためていたわけなのだが、ひとつのアルバムとなると、自分としては、そのアルバムのレーゾンデートルのようなものがどうしても必要だった。

 前作『myth & i』は自分のなかでは、2001年の9.11の絶望から生まれたアルバムで、その後も世界は変わり続けたけど、なかなかその絶望の淵から這い上がることができなかった。

 そして2011年3月11日が訪れた。それは僕を、僕たちを深く傷つけた。茫然自失の時間が過ぎたあと、アーティストとしてするべきことがあることだけはわかっていた。しかし、そんなことを悠長に考えているうちに、おそらく誰よりも早く、表現をした連中がいた。アーティスト集団のChim↑Pomである。
 
 渋谷駅に飾られている岡本太郎作の「明日の神話」のジャックがニュースで報道されてから時をおかずに発表された「Real Times展」を訪れて、美術と音楽の違いとはいえ、強い衝撃を受けた。そしていてもたってもいられなくなり自分としては異例の早さで、彼らの「気合い100連発」を許可も得ずにリミックスし彼らに手渡した。
 Chim↑Pomはその作品のインパクトの強さゆえに、支持する者と批判するものを真っ二つに分かつアーティストである。彼らを批判する者をどれだけ説得しようと思っても不毛なだけの気がするが、そのインパクトゆえに世に本質的な問いを発することじたいがアーティストの生業であり、彼らが見事なまでに職責をはたしていることだけは伝えておきたい。ピカソがゲルニカを発表したときだって、あんなふざけた絵は死者への冒涜と批判する人たちがいたことだろう。
 先日、3.11後、最初となる衆院選が行われた。結果についてはあえて言うまい。しかし投票率の低さについて知ったときは本当に愕然とした。この期に及んでも無関心なのだろうか、あるいは心底絶望してるのだろうか。

 もしChim↑Pomとの出会いがなかったら、もしかして僕はまだWhy Sheep?の最終章としてのアルバムのレーゾンデートルを見つけることはできなかったかもしれない。やっと完成したアルバムは来年の早春にお目見えすることになった。

 そのアルバムのなかにキーとなる曲がある。「empathy」という曲だ。これは『myth & i』で、世界の在り方を神話になぞらえた後、その核となるべきものを探し続けた結果である。これは僕が初めて世に出すラヴ・ソングだ。どこまでもラヴ・ソング。できれば歌詞をよく聞いてほしい。歌はUAに歌ってもらった。歌を依頼する前から彼女の歌声しか念頭になかった。彼女が僕の期待以上の力を歌に与えてくれたと思う。
 そしてこの曲はWhy Sheep?によるWhy Sheep?(なぜ羊か?)という問いへの初めての、そしておそらく最後の回答でもある。
 その答えは、若き日の僕がラヴ・ソングに違和感を覚えたように、誰かを失望させてしまうだろうか。
 それでもかまわない、と思う。
 この歌が、いつか誰かの恋愛と共振してくれるのであれば。

 クリスマス, 2012


HMOとかの中の人。(PAw Laboratory.) - 増殖気味 X≒MULTIPLIES
U/M/A/A Inc.

初回盤 通常盤

 「初音ミク」の開発者である佐々木渉氏は、発売当初から現在にいたるまで、「生みの親」としてさまざまな場で発言を求められてきた。功績ある開発者として、ビジネスの開拓者として、日本の新しいカルチャーの最前線を拓いた証言者として。しかしその一方で、初音ミクという複雑で巨大な遊び場(=プラットフォーム)が巻き込むありとあらゆる事象については、おおむね静観の姿勢をとっているようだ。開発者の立場から、多くの人が楽しむその遊び場を壊すようなことがあってはならない......氏はおそらくはそのような思いから、日々生まれてくるおびただしい初音ミクと、おびただしいコミュニケーションのありようとを見守っているのではないだろうか。初期『ele-king』0号からの読者であったというディープな音楽体験を持ち、アンダーグラウンド・カルチャーへの理解も人一倍である佐々木氏ならではの哲学が、そこには存在しているように思われる。
 今回、そんな佐々木氏と、ele-kingの「生みの親」、野田努との対談を収録することができた。テクノの話題にはじまる音楽談義だが、初音ミクの少女性に向けた野田の素朴な疑問や、ボーカロイド以前のポップス史において、「声」の変調がいかなる意味を持ってきたのか、ボカロ文化を世界はどのように受け入れるのか、といった広い話題を含むトークになっている。前・後編に分けてお送りしましょう!

すべてはテクノにはじまる

エイフェックス・ツインの音楽もライターさんの書いてることも、「なんで、どうしてこうなっちゃったんだろう!?」みたいなことが多かったですよね。「夢のなかで音楽が浮かんで......」「彼はDJセットにやかんを持ち込んで......」とか(笑)。(佐々木)

あの頃は、作家の優位性みたいなものへの否定もありましたからね。いちど作品を投げてしまったら、どう解釈されようがそれは受け手の自由であるという態度がいっきに広がった。(野田)

佐々木:僕が初めにテクノのCDを買ったのは中学生の頃で、『テクノ・バイブル』というY.M.O.のボックスセットだったんです。当時は電気グルーヴなどが人気だった頃で、先輩の影響もあってテクノをどんどん聴いてました。でも、個人的にはいきなり『ガーデン・オン・ザ・パーム』(ケン・イシイ)なんかにすっと入っていけたタイミングでもあって、アンビエント寄りのものを、「クラブ向けのテクノとは違うものなんだなあ」と思いながら聴いたりしていました。

野田:へー。

佐々木:札幌もクラブはけっこうあったので、プレシャスホールなんかには高校の頃から行ってました。音はほんとに好奇心にまかせて聴いてましたね。『ele-king』は0号から読ませていただいていたんですが、思春期の自分はエイフェックス・ツインとかの取り上げられ方にすごく刺激を受けました。彼の音楽もライターさんの書いてることも、「なんで、どうしてこうなっちゃったんだろう!?」みたいなことが多かったですよね。「夢のなかで音楽が浮かんで......」「彼はDJセットにやかんを持ち込んで......」とか(笑)。

野田:あははは(笑)!

佐々木:そういうおもしろい音楽をやっているほうへどんどん向かっていきました。当時はインターネットとかがなくて、試聴できるといったら地元のCD屋くらいで。でもそこは〈ソニーテクノ〉(※1994年、〈ワープ〉〈R&S〉〈ライジング・ハイ〉の3レーベルを中心にソニーが日本盤として発売、90年代のテクノ・ブームの土台となった)だけは聴けたんですよ。

野田:ああー、試聴自体がまだ定着してない時代ですよね。

佐々木:それで、休みの日とかはCD屋でずっと〈ソニーテクノ〉のCDを聴いてたりしました。

野田:素晴らしいですね。しかし、中学生でいきなり『ガーデン・オン・ザ・パーム』だとハードルが高くないですか?

佐々木:いえ、不思議な音楽だなあと思ったことのほうが強くて、カッコイイなってふうにすぐには思えなかったですね。テクノって歌詞もないし、音像だけ感じながら聴いていられるものだったから、ライターさんが書いたレヴューやインタヴューと照らし合わせてすごく妄想を膨らませられるものでした。その体験がすごく強かったので、ブラック・ドッグなんかも、インタヴューで言っているようなことと、彼の音楽とがすごくリンクしやすくて。

野田:ブラック・ドッグですかぁ。それは面白いですね。当時のテクノはロックのスター主義へのアンチテーゼというのがすごくあって、自分の正体を明かさないっていう匿名性のコンセプトがすごく新鮮でね。売れはじめた頃のエイフェックス・ツインもたくさんの名義を使い分けてましたね。後からあれもこれもエイフェックス・ツインだったという、リスナーに名前を覚えさせないという方向に走ってましたね(笑)。
 で、ブラック・ドッグは、匿名性にかけてはとくにハードコアな連中でね、当時は『NME』が紹介したときも顔がぼけた写真しか載せなくて、まともにインタヴューも受けなかったんですよ。作家の優位性みたいなものへの否定もありましたからね。いちど作品を投げてしまったら、どう解釈されようがそれは受け手の自由であるという態度がいっきに広がった。作品は作り手のものであって、正しい解釈がひとつしかないというふうに限定されることをすごく忌避していた時代でしたよね。いまでもよく覚えているのは、『スパナーズ』で初めてブラック・ドッグがインタヴューを受けたときのことです。当時としては画期的な、チャット形式でのインタヴューをやったんですよ。姿は見せない、「<<......」という記号が入った、チャット形式のインタヴュー。彼らの発言はドットの荒いフォントで載って、写真はなし。1994年だったかな......、そんなものが『フェイス』というお洒落なスタイル・マガジンのカヴァー・ストーリーになったんです。

佐々木:アーティストが機材の向こう側にいる感覚というか。『グルーヴ』だったか、その頃の記事で、ブラックドッグが昔のPCのキーボードで顔を隠してるみたいな写真が載っていたんですが、それがすごく脳裏に残ってますね。知らない場所で作られた音楽というようなニュアンスもあったりしたし、その匿名性の問題にしろ、メイン・ストリームの考え方とちょっと違うところでやってるのかなと思ってました。......思ってたらプラッドとひとりのブラックドッグに分かれていきましたけども。

野田:じゃあ、もうほんとに〈ワープ〉っ子だったんですね。

佐々木:そうですね、ずっと聴いてきたので。『アーティフィシャル・インテリジェンス2』のボックスとかも買ったりして。

野田:『アーティフィシャル・インテリジェンス2』の映像を初めて観たときに、みんなで叫んでたもんね。その場に(渡辺)健吾とか佐藤大なんかもいたんですが、「すげー、これ!!」ってね! 低解像度のCGで、いま思うと大したものじゃないのに、ほんとにあのときはみんなで涙流しながら......、いや、本気で泣いてました(笑)。

佐々木:このあたりはほんとに、ショックでしたね。光沢感とザラザラした感じが混じっていて。当時はゲームでも『バーチャファイター』なんかが出ていたので、3Dポリゴンは見たことがあったと思うんですが、音楽のサイケデリックさと、映像と相俟ったときのサイケデリックさというのがやはりちょっと違っていて、すごく印象深く残っています。いま話していてもどんどん思い浮かんできますね。スピーディー・Jの"シンメトリー"って曲の動画がすごくやばくて。イルカが亜空間の中で気持ち悪い球体になってどんどん食べられていく、あれですね(笑)。やっぱり、こうしたショックを受けて、アンビエント的なものに接近するようになりましたね。それになかなかパーティに通うようなお金もなかったですし、家で聴けるアンビエントのような音楽の方へ向かうのは、必然だったかもしれません。ピート・ナムルックとか......

野田:ピート・ナムルックは先日亡くなられたんですよね。

佐々木:ああ、そうなんですか......。ファックスのアンビエントは良い意味で精神的にトラウマになりましたね人生観にも影響するくらいサイケデリックで最初は意味が分からなかった。音楽に取り残された感じがした。世界は広いなーと。あと、アンビエントは日本人の方もけっこういらっしゃったりという部分で、関心もありました。テツ・イノウエさんとか。

野田:うぅ、いま、よくその名前が出てきましたね! テツ・イノウエさん。それこそ『アンビエント・オタク』っていうアルバムを当時出してるんだよね、ピート・ナムルックといっしょに。だから先月、ピート・ナムルックが亡くなられたときに、コンタクト取りたいんだけど、テツ・イノエさんの連絡先がわからないか? って、ベルリンの知人からメールが来たんですけど......(もし、この記事を見て、ご存じの方がいたら編集部までご一報を)。
 で、この「A.I.シリーズ」っていうのは、レイヴのムーヴメントがいちど殺伐としたものになった後のエレクトロニック・ミュージックだったわけです。100%クラブに存しないところで音楽的な自由度をどんどん上げていって、わけのわからない領域まで達してしまっているというものではありますからね。そういうなかで、アンビエントなものとか、ラウンジーなものとか、あるいはエクスペリメンタルなものとか、ハウスから離れてやたら多様化した時期でしたね。それ以前は非常にわかりやすくて、「ハウス・ミュージック」っていうひと括りですべてを語ることができたんですが、「A.I.シリーズ」のようなもののおかげでほんとにわけのわからない、ひと括りにできないものになっていきましたね。

佐々木:そうですよね。レッド・スナッパーとかも「ポストロックやミクスチャー」っていうような性格の音楽の先駆けだったかもしれないですね。

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札幌アンダーグラウンド・シーンが生んだ〈クリプトン・フューチャー・メディア〉

ファックスのアンビエントは良い意味で精神的にトラウマになりましたね人生観にも影響するくらいサイケデリックで最初は意味が分からなかった。音楽に取り残された感じがした。世界は広いなーと。(佐々木)

野田:それで、テクノを聴かれてて、ソフトウェアの開発というところへ行くわけですよね。それ以前に音楽を作ったりされていたんですか?

佐々木:そうですね、紆余曲折ありまして(笑)。僕はライナーを見るのもすごく好きで、ワゴン・クライストの『スロッビング・ポウチ』を買ったときに......

野田:最高ですよね。それ、ライナー誰だっけ?

佐々木:竹村延和さんですね。竹村さんは全然ワゴン・クライストの話を書いてなくて、はじめはハービー・ハンコックの"ウォーターメロン・マン"の話をずーっとしている。で、「これはなんでテクノの棚にあったんだ」みたいなことが書かれていて、最後は「とにかく自分のリミックスがすばらしいから聴くように」という話になっている(笑)。

野田:あははは(笑)!

佐々木:これは何なんだろう? って(笑)。それから竹村さんの音楽を聴くようになりました。『ele-king』でも竹村さんが表紙で載っていらっしゃったことがあると思いますけど、彼を知ったことがひとつのショックでしたね。アンビエント的なジャンルの広がり方をさらに極端に押し進めているような気がしました。武満徹さんからヒップホップやノイズまで参照されていて、音楽ってジャンルがないものなのだな、と。そこからフリー・ジャズみたいなものも聴くようになりましたし、当時で言えばデヴィッド・トゥープさんとかがボーダーレスに音楽を紹介していて、そうしたものの影響も受けました。あるいはサンプリング・ミュージックも、ブラックドッグを素朴に聴いていたころよりもっと概念的に聴くようになったし、ニューヨーク・アンダーグラウンドのDJスプーキーやデヴィッド・シェーとかにも手をのばすようになって。
 そうしているうちに、札幌にもアートっぽい、フリー・インプロっぽい音楽をやっている人が何人かいたので、少し交流するようになりました。そういうクラスターのなかに、いまのクリプトン(・フューチャー・メディア)の社長の仲間や、当時の社員もいらっしゃったんです。彼は『スタジオ・ボイス』とか『美術手帖』とかが90年代前半にフォローしてたような、サイバー・パンクとかインターネットで世界が変わるとか、アルヴィン・トフラー以降のそういう思想的なものが大好きな方ですね。僕は最終的にそこに就職することになるわけなんです。音楽制作については、サウンドアートやノイズ・ミュージックのようなものに関わりながらやっていたことはあります。

野田:機材とかはもう自分でいじってたんですか?

佐々木:はい、もう、サンプラーを買って遊びました。カットアップ・コラージュをしてみたり。でも池田亮司さんのサインウェーブ主体に行く前のファースト『1000フラグメンツ』を聴いて、ああ、これはぜんぜん歯が立たない、こういう人がすでにいるんなら生半可にサンプラーをいじるのはナシだなと思って(笑)、そんなに長続きはしませんでしたね。

野田:ははは、なるほど。

初音ミク=DX-7 ?

 思春期におけるディープな〈ワープ〉体験を語ってくれる佐々木氏。デトロイト・テクノなどへも傾倒するなかで、氏はアナログ・シンセの再評価の文脈に立ち会うことになる。初音ミクの開発については、そうしたアナログ・シンセの太くあたたかみのある音の流行に対する、わずかなカウンター意識もあったようだ。シンセサイザーとしてのミクの声=音、そのゼロ地点に企図されていたものとは、どのようなものだろうか。

札幌にもアートっぽい、フリー・インプロっぽい音楽をやっている人が何人かいたので、少し交流するようになりました。そういうクラスターのなかに、いまのクリプトン(・フューチャー・メディア)の社長の仲間や、当時の社員もいらっしゃったんです。(佐々木)

僕は、それでなぜ佐々木さんが「声」というものに向かっていったのかということに興味がありますね。(野田)

佐々木: 90年代中盤までは、汎用コンプレッサーが高くて......。たとえばヒップホップだとDBX-160だったりとか、すごく限られたもので音圧をある程度稼げる状況だったと思うんです。安物のコンプレッサーを入れたら逆に音がぐちゃぐちゃになっちゃったり、というような状況ですね。だから、そもそも音が太い機材というものが必要でした。現在においては、プラグイン・エフェクトによって、どんなに音が細かろうと、手を尽くせば太く見せることが可能です。でも当時はそういうわけにもいきませんでした。
 たしか『テクノボン』を読ませていただいたときに、FMのシンセサイザーというものが、それまでのアナログのシンセサイザーに比べて、出音の傾向が違うという指摘があったと思います。そういう音が80年代のエレポップみたいなものへつながっていって、キラキラしたシンセの音が街にあふれていくなかで、逆にデトロイトやハウスの太いシンセの音というのは身体にも気持ちいいという実感があったと思うんです。
 で、ボーカロイドについてなんですが、これはもともと音の位相が自然でないものなんです。サンプリングした音の波形と、声をのばすときに使う波形とが違う。そのふたつの音波形を合成するので、そこで本来の音が持っているきれいな位相が失われててしまう、という面があるんです。初期のソフト・シンセもそうですが、低音がすごく弱い。なのでいまでもベースに太い音を使いたければ、ムーグのアナログ・シンセを買うべきだというような話は相変わらず生きていますよね。初音ミクは、そういう条件でいうと、「声が華奢で高い」という傾向にしなければモコモコ、シャカシャカしてしまって形にならないということが、実験の段階でわかってきました。それで、音圧がなくて、細くて、ちょっと人間離れした声に行ったんです。
 さて、これをどうやって演出して見せていこうか? 女の子のヴィジュアルを付けるとして、どんなふうにこの人間離れした声への理由づけをするか。そのときにDX-7が出てきたときの状況にちょっと似てるなと思ったんです。いままでのシンセサイザーでは、ツマミをいじって直感的に音を作ることができていたのが、DX-7ではパネルになり、アルゴリズムになり、操作がやたら面倒で、ベルの音みたいなのは簡単にできるけど、凝ったアンビエントみたいな音を出そうとすると、すごく大変な作業をしなければいけなくなる。初音ミクも、人間らしい声を出そうと思うとすごく難しくなってしまうけど、なんとなく人間じゃないような女の子の声となれば、簡単に出せる。そのへんの相似的な関係を重ね合わせようかなと思って、ヴィジュアルのモチーフとしてDX-7を使わせてもらえないかなということでヤマハさんに問い合わせて、「商標をつかわないのなら」と、了承をもらったんです。なので、カウンターといっても、そういった事情のつじつま合わせという意味合いのほうが強いかもしれませんね。

野田:それも面白い話ですね。しかも、このところ80年代リヴァイヴァルが続いているから、若い世代のあいだではDX-7みたいな音がまたぶり返しているんですよね。ただ、いまではデジタルもアナログも選択肢のひとつというか、機材と音楽の関係性って、90年代以降は相対的な関係性なんですよね。たとえばヒューマン・リーグの時代って、まだシンセなんて高いから、若い奴は誰も買えないわけですよね。だから学生がシンセを手作りしている。で、ローランド社がエレキ・ギターを買えるような価格にして販売したものが、TRシリーズとかね。それがDX-7以降、とくにアシッド・ハウスやデトロイト・テクノ以降は生産中止だったこともあって値上がりしちゃったり。オウテカなんて初期の頃はエンソニックですよね。3枚めくらいからマックス側に寄っていく。そうするとフォロワーたちもみんなマックス側に寄っていく。するとオウテカはまたアナログに戻すというようなことになる。最近でも敢えてパソコンを使わない人と、敢えて使う人と両方いるし......。
 僕は、それでなぜ佐々木さんが「声」というものに向かっていったのかということに興味がありますね。

機械と声の呪われた歴史

初音ミクも、人間らしい声を出そうと思うと難しいけど、なんとなく人間じゃないような女の子の声となれば、簡単に出せる。そのへんの相似的な関係を重ね合わせようかなと思って、ヴィジュアルのモチーフとしてDX-7を使わせてもらえないかなと思いました。(佐々木)

佐々木:われわれの会社はそもそもサンプル・ネタを販売する会社で、たとえばスタジオで録ってきたドラムのブレイクなんかをライセンス・フリーで売っているわけなんですが、そういうなかで、声の音ネタというのはかなり需要があったんです。「アー」とか「ハ~」とかもしくはダンス・ミュージック用の「ヘイ!」とか(笑)。

野田:へえー。『remix』をやっていた頃、けっこう、送っていただいているんですよね。初音ミクが出る数年前のことでしたが、たしか何度か紹介させてもらったことがあったと思うんですけど。当時は、札幌からなんでだろう? って感じでしたね(笑)。

佐々木:ビジネス的に、いちばん売れる音ネタでしたね。

野田:なるほど。サンプラーを買ってまず友だちや彼女に自慢するものといえば、声のサンプリングじゃないですか。「えー」とか、いろんな音階で鳴らして「すごいでしょう」って(笑)。声というのは素材は、音の合成機械にとってすごく何かあると思うんです。今年ele-kingでも重要作として挙げているメデリン・マーキーというシカゴの女の子の作品があるんですが、特徴としてひとつ挙げられるのはヴォコーダーを使ているということなんですね。ヴォコーダーを使ったアンビエントという感じですね。  ヴォコーダーの歴史がまた面白くて、あれは戦争中にアメリカのペンタゴンが音声を暗号化するために作り出した音声合成装置なんですよね。そのあたりのことは、今年出た『エレクトロ・ヴォイス』という本に詳しいんですが、広島に原爆を落としたりとか、ドイツへの攻撃の指令とかは酷いことは全部ヴォコーダーを通している(笑)。だからある意味、「機械で音声を変える」ということは人間の歴史のなかで非常に呪われた歴史を持っているわけです。ケネディ大統領なんかも盗聴をされたりするわけですけれども、その陰にもつねにヴォコーダーの存在がある。そういう起源の一方で、クラフトワークがヴォコーダーで歌うということがはじまるんですよね。
 クラフトワークの前にも大衆音楽において機械っぽい声が使用されるという例はいくつかあって、ウォルター・カルロスが『時計じかけのオレンジ』のサントラでベートーベンの『第九』とかをやるじゃないですか。あれでロボ声を使っているんですよ。偉大なるベートーベンの交響曲をロボ声でやったということが、当時は大人からすごく反感を買った。声をいじるというのは、やはり世の中に対してノイズを立てるような側面があるわけなんですよね。かたやクラフトワークは、『アウトバーン』で大々的にヴォコーダーを使用しましたが、そうしたメソッドがアメリカのブラック・コミュニティでバカ受けするわけです。いわば殺人兵器が反殺人兵器化するんですね。だからヴォイス・マシーンの歴史のなかに位置づけていくと、初音ミクもまたもうひとつ違った見え方がしてくるのかもと思います。やっぱうちの3歳の娘も反応するほど、可愛いもんね(笑)。

佐々木:自分としては、物心ついたころから加工された声というのはある程度世の中に普及していて、J-POPにおけるピッチの調整やハーモナイズ処理なんかも90年代中頃から盛んにされていきますよね。なので逆に加工音に慣れた耳で声に衝撃を受けた体験というと、NYアンダーグラウンドの、たとえばマイク・パットンのようなノイズ系のボイス・パフォーマーであったり、ヤマタカアイさんのネイキッド・シティみたいなものだったりとか。

野田:じゃ、機械というよりも人間ぢからのほうなんですね。

佐々木:(笑)人間というか、単純に強く個性的な声を出せば注目を浴びるものなんだなという驚きはありましたよね。

野田:初音ミクがヒットしている傍らで、R&Bからジェイムス・ブレイクにいたるまで、この数年とことんオートチューンの流行がありましたよね。何かわからないけど、生の声を加工することに対する大いなる好奇心というものが、またこの数年でいっきに拡大しています。

佐々木:自分のなかで、10代の頃には変な音とかノイズとか、音響とかもかなり通っていたので、当たり前になってしまっている部分はありました。一方でポップスの傾向としては、90年代からの小室哲哉さんの女性プロデュース物であるとか広瀬香美さんみたいな、とにかく高いキーで歌わせるというような流れと、「みんなもヤマハのイオスみたいなシンセサイザーを買って、ポップスを作って、女の子に歌わせてプロデューサーになろう!」みたいな作曲コンペティションが盛んになされるような状況とがあったと思います。それでそういうユーザーによる高い声の需要はありつつも、実際人間にはそう高い声が出せるものではない。だから、とにかく高い声を出させたいというのであれば、人間をどう歌わせるのかという点をそこまで突き詰めなくても、ボーカロイドのようなものでいいんじゃないかなという思いもありました。
 初音ミクの前に英語版のボーカロイドを出していたときがあったんですが、そのとき自分の尊敬する作曲家の方から、「なんて使えないモノなんだ」というようなご意見をいただいたことがあります。発音記号と音の関係性がもっと詰められてちゃんとしたものだと思っていらっしゃったようなんですが、ボーカロイドというのはサンプリングの音の断片がたくさん入っているというものなので、発音記号を指定すれば、リップノイズのような記号的な音まで細かくひとつひとつ合成されて出てくるかというと、そういうわけでもないんですよ。それで、「あ、これはアカデミックな層のかたに使ってもらうのはむずかしいな」とわかりまして(笑)。そういうわけなので、ボーカロイドも初期の頃は海外ではことごとく売れなかったです。アカデミックな研究に寄り添うにはサンプリングに寄りすぎているイメージですね。

野田:現代のスピーク・アンド・スペルみたいなもの? いや、でもあれは音程は変えられないもんね。

佐々木:そうですね......。日本語のボーカロイドは50音にひとつひとつの音が対応しているので、「あ」と入れれば「あ」という音が出てくるし、「い」にしても同様です。ただ、英語はスペルによって発音記号が変わるし、フレーズによって音の流れが変わったりするので、細かいところが微妙に欠落して、中身が粗かったりするんですよ。その粗い部分がそのまま置きざりにされていて。技術は確立してるのに、中身をきっちり整えていくという作業が未成熟で、当時とても中途半端なものだったんですよね。技術開発にかかったコストに対して売り上げが全然ついていかなくて、初音ミクをやる段階では、もうプロジェクトを閉じようかという話もあったくらいなんです。これで最後の製品だ、ぐらいの。携わる人数もぐっと減っていました。そんなわけで、初音ミクが生まれる前夜は、なにかおもしろいことをしなければいけないんじゃない? というようなムードにはなっていましたね。

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ボーカロイドがツールを超えたとき

ヴォコーダーは、戦争中にアメリカのペンタゴンが音声を暗号化するために作り出した音声合成装置なんですよね。広島に原爆を落としたりとかの指令は全部ヴォコーダーを通している。だからある意味、「機械で音声を変える」ということは人間の歴史のなかで非常に呪われた歴史を持っているわけです。(野田)

そのとき感じたのは、もう音楽の向こう側で音がどんなふうに鳴っているのかというのは、視聴者にとってはわからない世界になっていくんだなということです。(佐々木)

 クリエイターの創作上の利便性を上げる、いちツールとして開発されたに過ぎない音声合成ソフトが、ひとつのヴィジュアル・イメージと、思いもかけないほど多くの人びとの想像力、創作物、コミュニケーションによって、存在や人格をありありと錯覚させられるような広がりを得た。そこに「ただの女性の声ネタ」を開発するという以上の狙いはなかったのだろうか?

佐々木:まず「アニメ・ソング」というジャンル名を耳にしたときに、まったく何の音楽ジャンルでもないことに驚いて、でも若い人にすごく違和感なく浸透しているなという強い印象がありました。「アニメの主題歌であれば皆知っているし好きだからOK!」みたいなノリ。更にアンダーになると声優さんのキャラクターソングと言われるデフォルメされた声ありきの世界や、アダルトを含むゲーム由来のテーマ曲が許容されていく世界......。また、クリプトンに僕が入ったのが2005年ですが、当時オーケストラの音をサンプリングしていて、そこそこのクオリティのソフトを作れてたんです。生かサンプリングかわからないというレベルくらいには。でもそれを見たときに少しさみしい気持ちにもなりました。「一般の人がこれ聴いても、どっちかわかんないよね」というのは狙い通りでいいことなんですけど、テクノやエレクトロニック・ミュージックの歴史のなかでは、あまりポジティヴな使い方ではないと思った......要は「○○もどき」みたいなふうにして人に聴かせるやり方や、その需要が増えてきたんだなと思いました。当時、ゲームで言えば『ファイナル・ファンタジー』の〈スクウェア・エニックス〉さんとか、映画音楽なんかでも、オーケストラを呼ぶよりもコントロールしやすい音源でなんとかしようという感覚があって、いろんな部分でそういうことが起こりつつありました。
 そのとき感じたのは、もう音楽の向こう側で音がどんなふうに鳴っているのかというのは、視聴者にとってはわからない世界になっていくんだなということです。バンドが演奏しているのか、打ち込みで作られたものなのか、誰がどんな意図で鳴らしたものなのか、そういう音とそれを出す動機の関係性が本当にあやふやになっていく感じ。機材が良くなるなかで、音も多様性を持っていくということはこれまでにもありましたが、いまじゃプリセット枠がぐわーっと増えて、それこそオーケストラの音色にしても何でもあって、使い方によっては何でもできるという状況が、ほんとにいいのか悪いのか、その思考自体を止めてしまっている状況というか。リズムマシンから始まった演奏者の代用的なツールが、歌声合成(VOCALOID)の汎用化を可能にするところまで来た。だから昔の自分が初音ミクを見たら第一声「なんじゃこりゃ」とは言うでしょうね。ただ、これは声の質としてはアニメとかを視聴している人にはある程度親和性を見いだせるようなものなのかなと思いますし、人間的な要素も欠落していて、声の表現もつたないわけなんですが、そういうすごく素っ気なかったり朴訥に聞こえたりするところは、むしろよい部分でもあるのではないかと思いました。人間の代用のはずなんだけど、真正面からの人間の代用とは違う、おもちゃとしての適当さを持たせたものにしたかったというのはありますね。
 初音ミクは、自分をかわいらしく見せようとしている女の子の声を、ひたすら録りつづけた音源をボーカロイドにしているんです。だから、もともとは自分はかわいいでしょ、と一生懸命に自己主張していたものなのに、ばらばらにされてしまって、言葉のつながりとか感情とかが入っていないものになってしまっている。それが最終的に音として出てくると、なんだか間抜けなような感じがします。でもそこがとてもかわいいという部分もある。

初音ミクと性の問題

例えば南米のトロピカリアのような、ちょっとふざけたような音楽、トン・ゼーがそのへんの床を洗う機械を面白がって音楽に用いたりする感覚に似ていると思います。軽やかなおふざけというか。初音ミクというのは自分のなかではそうしたものに近いです。(佐々木)

野田:なるほどね、とても重要なポイントがいくつかありますね。まず、ボーカロイドの波形の話。きれいな波形と壊れた波形を重ねるから音が汚くなるというお話をされていましたけれども、音楽における機械声、ロボ声の使用はこれまでほぼ例外なく汚い音でしたよね。ヴォコーダーもそうだけど、だからおもしろいと言えるし、だから反感を抱かれる、という歴史をたどって来てもいるわけです。クラフトワークでさえ、はじめは笑われていたんですからね。
 もうひとつは、かわいらしい女の子の声にしたということ。僕みたいなかわいい文化の対極にいるような人間が言うのもなんですが。

佐々木:藤田さん(藤田咲)という演者さんに声をお願いしたんですが、スタジオに入ったときに、まずどういうふうに声を出せばいいんですか? と質問されました。彼女に読んでもらうのは、セリフでも日本語でもなくて、呪文みたいに50音が羅列されているものです。まったく何の意味も持っていないけど、ただ、それを読んでいるときの声の表情はそのままボーカロイドに使われます。その1語1語を細かく切ったものがボーカロイドになるわけです。で、こちらからお願いしたのは、とにかく意味不明な台本は意識せずにとにかくかわいらしくお願いしますということでした。あまりなにも考えないで、とにかく楽しく、かわいく! と煽っていたんですが、そんな問答を続けていたら、藤田さんがもう吹っ切れてしまったようで、途中で腕を振りだしたんです。テンポに合わせて体を揺らしながら声を出しはじめた。それから良いテンションになり「わたしかわいいでしょ?」という雰囲気で50音を発音しつづけてもらったので、かなり不思議な録音になりました。
 これの前にカイトとかメイコといったボーカロイドを作っているんですが、それはふつうのシンガーの方にお願いしていたので、ヴォイス・トレーニングのような録音だったんです。正しく、きれいな発音、発声。それを切って音程なしにつなげると、駅のプラットホームの音声アナウンスのようなフラットな感じになるんですが、ミクの場合は、とにかく「わたしかわいいでしょ!?」というテンションが凝縮されているので、切って貼って、そのテンションが高く口を開いた「ら」と、口が閉じ気味だけど表現を可愛くしようとした「ぬ」とかが並んだときに、ちょっと変な感じ、変な印象になります。聴き手は、歌い手側になにかメッセージか感情表現があるものという前提で聴くわけですが、そこがバラバラになるわけですね。自分はそれはユーモラスに感じるんです。例えば南米のトロピカリアのような、ちょっとふざけたような音楽、トン・ゼーがそのへんの床を洗う機械を面白がって音楽に用いたりする感覚に似ていると思います。軽やかなおふざけというか。初音ミクというのは自分のなかではそうしたものに近いです。
 音声合成として全然完璧なものではないですしね。もともとヨーロッパの会社がボーカロイド作ってたんですけど、そっちは声が人間ぽくならないのを逆手にとって、フランケンシュタインみたいな表現で、「これは人造人間みたいなものですよ」という売り方をしていたんです。それがなんとも自虐的というか、売れなさそうで(笑)、この方向はナシだなと思ったりしました。そこで日本の文化的な環境に適したものとして思い浮かぶのは、SFチックでかわいらしい女の子かなというところで、ご存知のとおりの姿かたちになっています。

野田:なるほどー。ソフトウェアのパッケージングとして重要な部分を支えている絵だというのはわかったんですが、ぶっちゃけ、このヴィジュアル自体にエロティシズムは意識されていないんですか?

佐々木:いや、僕自身もともとアニメ・カルチャーにさほど詳しいわけではないんですが......エロティシズムとは少し違うものでしょうか。昔は、男の子の性的な欲求の捌け口というと、エロ本やAVみたいなものだったりしたと思うんですけど、ある時期から肉感的なリアルな女性像が受け入れられないなどの理由で、アダルト・アニメやエロゲーなどに向かう人も一方で増えていったんだと思います。過度に母性を感じさせるように、胸が大きかったり、過度に恥ずかしそうに頬が赤らんでいたりという、アニメ等の記号的な性の表現は、自分としては作為的かつ刹那的と感じていたんです。初音ミクはそういうディテールがありつつも、頬の赤みや胸の大きさというのは極限までカットしていきました。それに、そもそもこの初音ミクの声ではあまり性的なイメージに結びつかないだろうなとも思いました。VOCALOIDの音として冷静に人間の声と比較すると、考えなしに淡々としている印象もありますし。この声を出している女の子がいるとすれば、それはおそらく胸も小さくて、性的なアプローチに乏しい姿なのではないか。それで少しストイックにしたというところはありますね。
 最近は女性のファンの方も多いですし、ニコニコ動画などの視聴者にもとても若い女性の方がいらっしゃいますから、変に性的に強調されていると、違和感になっただろうなとも感じます。

野田:ああ、なるほど。サイバー・フェミニズムっていうタームがありますよね。デジタル空間では、女性は旧来的なジェンダーから解放されるというね。ローレル・ヘイローのアルバムの会田誠の切腹女子高生の引用は、アメリカのデジタル文化になぞって言うと、サイバー・フェミニズム的なものを感じなくもないのですが、さっきのうちの娘じゃないけど、初音ミクは、女性性に受け入れられるんですね。なんか。

佐々木:もちろん最初は男の方が多かったですけどね。プログラマーとかIT系のお仕事をされながら、ネット・カルチャーのなかで情報収集をされる方がおもしろがって集まってきてくれました。一番乗りで動画を作られていた方では、鉄道オタクの方も結構いらっしゃいましたしね。

野田:なぜ鉄道オタクの人が(笑)!?

佐々木:山手線のメロディをひとつひとつ歌わせてくれるんですよ(笑)。新しもの好きで鉄道も好きという方はけっこういらっしゃると思います。

野田:ああ、そうかもねえ。


 時間を忘れて語る両氏。このあと野田がさらに初音ミクの少女性をめぐって切り込みます! 後編を乞うご期待!

Cero - ele-king

 街中がひっくり返ったような、東北地方の変わり果てた港町。その破壊のイメージが未だに私を離さない。比喩でもなんでもない、街は失われてしまった......と同時に、その街の記憶を持つ人びともまた、あるいは失われてしまったのだと思うと、奇妙な戦慄があった。完結してしまった喪失というものは、語り手を持たないものなのだと。
 私たちが放り込まれた「以後」の世界は、完結していない喪失が進行と回復を繰り返しているようなややこしい場所だ。もちろん、死や別れは最初から私たちの人生のオプションだし、その意味では何も変わっていないという言い方もできるだろう。だが、やはり、多くの人が見る世界の在り方が大きく書き換えられたのは間違いないと思う。
 その点、セロもたしかに、変わった。少なくとも、この新作『My Lost City』は、東京をもう以前とは違う(あるいは失われた)街と呼ぶことで生まれている。だが、ここには喪失を直視したことによって生じ得る重苦しさの類は、いっさいない。彼らは祝祭を継続する道を選んだのだ。いわば、現実に対する非服従としてのポップ・ミュージックを奏でている。喪失と、祝祭を、同時に引き受けることによって、それは高らかに鳴っている。
 
 "大停電の夜に"が持った奇妙な予見性、そして、『WORLD RECORD』(2011)がそれと同時に持った同時代的な切迫感との乖離。そのギャップが彼らを苦しめていたことを、私は知らなかった。「でも、その時、村上春樹が『海辺のカフカ』で「想像の世界においても、人は責任を負わなければならない」というようなことを書いていたなって、頭をよぎったんです。(https://www.kakubarhythm.com/special/mylostcity/)」――そう、セロは、より強力な物語を立ち上げることで、虚構の作り手としての責任を引き受けたのだろう。
 より大きな現実には、より大きな虚構を。"水平線のバラード"のア・カペラで導入され、以降、賑やかに、カラフルに、48分が目まぐるしく展開していく。何かヘヴィなものを振り切るように、ある種の切実さを持って、『My Lost City』は明確に祝祭性を志向する。現実からもっともっと遠く離れて。悲観や感傷ではなく、さらに大きな、情熱的なファンファーレで、「以後」の世界に生きる人びとを迎え入れている。

 音楽としてのスケールも遥かに大きくなっているように思う。はっぴいえんど、鈴木恵一、ジャズ、ファンク、合唱、テクノ、キューバ音楽......打楽器にしても、金管にしても、鍵盤打楽器にしても、1曲のなかでも目まぐるしくシャッフルされ、特に演劇仕立てのプログレッシブ・ポップな展開を見せる"船上パーティー"は中盤のハイライトとなる。
 また、セロ a.k.a. Contemporary Exotica Rock Orchestraというネーミングは実に的確で、チェンバー・フォーク的な緻密さと、ストリート・バンド的な豪快さを兼ね備えたムードがあり、何より、『My Lost City』からはたくさんの人の気配がする。スティールパンやトランペットで参加しているMC.sirafu、ドラムス、サックスで参加しているあだち麗三郎らは事実上のバンド・メンバーのようで、演奏のクレジットは賑やかなことになっている。
 そう、音楽を作ることがあまりにも簡単になったこの時代に、数分のポップ・ソングのために数十人が集まっている。その光景を想像するだけでも感動的である。ルー・リードのクラシック"A Walk on the Wild Side"(1972)をトロピカル・サイケ・ポップにリアレンジしたような"cloud nine"、合唱に包まれながら、幽霊船に乗って暗闇の中を突き進む"Contemporary Tokyo Cruise"、そしてアルバム本編の実質的なエンディングを飾る"さん!"の底なしの多幸感には、私は小沢健二を感じた。

 しかし『My Lost City』は、そこで終わらない(終わっていれば、いわゆる出来過ぎた「名盤」である)。"わたしのすがた"で、物語の主人公は現実の東京に戻っている。虚構の旅を終え、CDと文庫本でぐちゃぐちゃになった狭い部屋で、現実に思いを馳せる彼は、『My Lost City』を聴き終えたあなたそのものだ。そこで何を思う? 音楽で盛り上がったところで、「この街」は変わらない。そうした無力感とも取れる感情を吐き出し、『My Lost City』は、エレクトロニックな閉塞感とともに、ある意味では汚い終わり方をする。
 ポップ・ミュージックが多くの人を熱狂的にアップリフトさせる時代は終わったし、その不可能性に逆に陶酔するというシニシズムの時代も終わったのだと思うが、それを自覚した上で、個人以上/社会未満としての都市(シティー)の気分や気配を、そのまま音楽にしてしまうことを、セロは諦めていない。それでも、"わたしのすがた"が生まれなくてはならなかった(あるいは録音されなければならなかった)理由を考えると、なんともアンビヴァレントな気持ちになる、、、。

 少し話を変えよう。『My Lost City』が持つ意味について。筆者は昨年、「スモール・ミュージック」という言葉でこの国のあまり売れていない(だが素晴らしいと思える)音楽を形容したけれども、これは、かつて本誌編集長がロバート・クリストガウを引用する形で紹介した「セミ・ポップ」という概念とは少し違う。細分化に対して下位層に潜るのではなく、そこがどれほど狭い場所であれ、堂々とポップの可能性にベットする音楽――『ピッチフォーク』の表記に倣えばスモール・ポップ――の時代は、欧米ではアーケード・ファイアの『Funeral』(2004)で始まっているが、『My Lost City』はつまり、この国のインディ・ポップにおける始まりのはじまりである。
 また、地球儀を軽くスピンするようなその豊かな音楽性を踏まえれば、『Illinois』(2005)前後のスフィアン・スティーヴンスに対する「風街」からの回答とも言えるし、あるいは、90年代に『LIFE』があったのなら、私たちの時代にはこれがある、『My Lost City』はそういう作品だ。奇跡のようなポップの現象はもう、このさき生まれ得ないのだろう。だが、奇跡をともに願える仲間を、セロは見つけたようだ。それもまた、小さな奇跡なのではないだろうか。「いかないで、光よ/わたしたちはここにいます」("Contemporary Tokyo Cruise")――この祝祭は、きっと徒花ではないし、ひとりの天才が作り上げた孤城でもない。枯死していく風景の中に浮かび上がる、輝かしい宴の虚像。この時代を笑顔で生きようとする人びとに捧げられた、巨大な祈りとしての音楽が、ここにある。

vol.42 oorutaichi @ Japan Society - ele-king

 11月16日に、オオルタイチくん(愛称を込めてこう呼ばせていただきます)のショーが、NYのジャパン・ソサエティで行われた。彼のライブは、2009年のアメリカ・ツアー以来観ていないので、彼の音楽がどのように変化したのか、アメリカ人のオーディエンスはどう感じるのか。訊きたいことはいっぱいあった。ショーを次の日に控えて準備が忙しいさなかだったが、インタヴューをさせていただいた。


会場のポスター

お忙しいところ、時間をとっていただきありがとうございます。まず、オオルタイチくんが、ジャパン・ソサエティでショーをすることになった経緯を教えてください。

オオルタイチ:今年の3月に、横浜で芸術見本市みたいな、海外のパフォーマンス・アートのディレクターが集まるイベントがあり、僕はそこに、ダンサーの康本雅子さんとコラボレートして出演しました。そこに、ジャパン・ソサエティの塩谷陽子さんがいらっしゃっていて、アメリカに来ることがあればぜひ連絡して、と名刺をいただいたんです。僕も、新しいアルバムをリリースしてから海外ツアーをしていなかったので、またNYにも行きたい、と思い連絡をしたところ、こういうかたちであれば、という提案をしていただき、今回の開催になりました。

今回は、「コズミック・ココとオオルタイチ」という名義ですが、いつものショーとは違うのでしょうか。

オオルタイチ:塩谷さんが提案してくださった「パーティー」な感じにしたい、というイメージからはじまっています。『コズミック・ココ』というのは、僕の最新アルバムの名前で、そこから塩谷さんが「宇宙」というイメージを引き出されたそうです。今回は、20分/40分で2部に分けてプレイするのですが、参加するお客さんにも、宇宙をイメージしたコスチュームで参加していただくように呼びかけました。

以前にもアメリカでショーをしていますが、そのときの経験は、今回のショーや、それ以後のタイチくんの活動に変化を与えましたか。

オオルタイチ:前のアメリカでのショーは、2009年の3月でした。曲は変わっていますが、基本的なやり方は同じです。今回のジャパン・ソサエティのショーは、デコレーションがあったり、もっと雰囲気が出ると思います。

タイチくんの音楽は、宇宙的で、浮遊感漂う、無国籍な雰囲気を持っていて、そこにきき慣れない言葉が乗っていますが、何語なのでしょうか。あえて、理解しづらい言葉を使うことで、言葉の意味よりは、音やリズム、ビートに注目して欲しいということなのでしょうか。また、それは、海外のオーディエンスを意識してのことなのでしょうか。

オオルタイチ:まず言語に関しては、意図はないです。僕が音楽を作るときは、単純に、まずトラックをババっと作って、そこに即興で歌を載せて、いいラインだな、と思ったらそれを選んでいきます。自分がいいな、と思うものが、こういう言葉、サウンドになりました。海外のオーディエンスは、意識したことはないです。

ライブでは、タイチくんのパフォーマンスや映像も重要です。パフォーマンスにおいて、視覚的なものはどれほど意識していますか。パフォーマンスで、言葉は通じなくても、視覚で自分が訴えたいことが、オーディエンスに伝えられていると感じますか。

オオルタイチ:VJは、いつもスフィンクスという人たちに任せています。感覚的なことだけで、とくに込み入った打ち合わせもしないのですが、たしかに、大きな会場では、映像があると自分の音楽がより広がるのを感じますし、オーディンスに伝えるのを助ける気がします。

アメリカやその他日本以外の国でプレイするときに、気をつけていることなどはありますか。また海外でプレイするときのお客さんの反応の違いはありますか。

オオルタイチ:海外のお客さんは反応がストレートですね。音楽が入ってくるところにフィルターがないというか、入ってきたらそのまま、体の動きやモーションで、反応がダイレクトに伝わってきます。日本のお客さんにも、ストレートな反応をする人はたくさんいますが、やっぱりフィルターみたいなものを感じます。海外のお客さんは、すごい速いBPMのテンポにも、ガンガンついてきてくれます(笑)。日本の人は、体が動いていなくても、楽しんでいる、と感じるときもあります。

オオルタイチくんは大阪出身ですが、いまは東京在住とお聞きしました。東京に移った理由を教えてください。また東京に住む良い点と悪い点を教えてください。

オオルタイチ:東京には住んでないです(笑)。行きたいとは思ったのですが。いまは、もうちょっと音楽が作りやすくて、ある程度音を出せる環境をと思い、京都に引っ越しました。活動は東京が多くなり、WWWやネストなどでプレイしていますが、東京は、生活するのにお金もかかるし、大変だと思います。大阪は地元なので、盛り上げてくれる友だちもたくさんいます。

地元の大阪と、いま住んでいる東京で、タイチくんが、共感するオススメのアーティストを紹介して下さい。

オオルタイチ:東京出身で面白いと思うのは、トクマルシューゴくん、彼ももちろん好きですが、彼のバンドでパーカッションをしている、シャンソンシゲルというアーティストです。大阪では、みんな面白いんですけど、半野田拓くんという、サンプラーなどを使って、インプロをやっているソロギタリストが好きです。僕もいっしょにデュオみたいな形でやることもあります。

今回のアメリカ滞在はどれぐらいですか。いる間にぜひやってみたいことを教えてください。

オオルタイチ:今回は、全部あわせて3週間ぐらいです。NYの後は、西海岸(サンフランシスコ、ロス)に行って、合計7本ぐらいのショーをやります。やってみたいことは、無理だと思いますが、インディアンのコミュニティーに行ってみたいですね。自然というか、町とは違うところに行ってみたいです。あとは、レコード屋です(笑)。

このショーが終わった後の活動予定と、個人的に興味があり、今後やってみたいことなどを聞かせてください。

オオルタイチ:12月に東京と大阪で自分のイベント(※)をやろうと思っています。ソロでいつもやっている音楽を、生楽器でやるバンドがあってその企画です。個人的な興味は、最近田舎の方に引っ越して、生活を見直すというか、そんなにシリアスじゃないんですけど、いまはそういう時期なのかな、と感じています。

※オオルタイチ企画 / イーヴンシュタイナー Vol.7 and 8
東京 : https://www-shibuya.jp/schedule/1212/003056.html
大阪 : https://conpass.jp/2702.html

ライヴ・レポート
――コズミック・ココとオオルタイチ@ジャパン・ソサエティ 11/16/2012


オオルタイチ

 ジャパン・ソサエティに一歩入ると、エイリアンが頭の上でゆらゆら揺れる仕掛けのヘアバンドをつけた受付嬢たちに迎えられる。
 会場全体は、緑や赤のエイリアンのカラフルな風船や、金、銀、紫のピカピカしたテープ/ダングラーズで埋め尽くされ、アルミホイルや、エイリアンのヘアバンド、グロウ・ブレスレットやライト・セーバーなどを身につけた人たちがたくさんいる。
 メイン会場は奥だが、手前のスペースからもパフォーマンスを見ることができる。ジャパン・ソサエティの水を用いた風情ある雰囲気と、宇宙的な雰囲気、パーティー感、異国情緒、などなどがミックスされた独特の空間=コズミック・ココがそこにあった。ローカルのDJ Akiが、オオルタイチの登場まで、会場を盛り上げている。

 ショーは2部に分かれ、1部は前振り的セット。タイチくんは黒のTシャツで登場した。バイクのエンジン音からスタートし、あちこちにヒュンヒュン飛ぶスペーシーなビートや、ジャングリングでエスニックなヴォーカルが、多方向に駆け抜け、お客さんのヴァイブも急上昇。ダンスフロアはいつの間にか満員になっていた。

 2部は、タイダイ柄のカラフルTシャツに衣装替えし、ダンシーで、エレクトリックなチューンを連発する。1部は控えめだったタイチくんのパフォーマンスもどんどん前に出て、お客さんを煽ったり、ダンスも激しくなる。VJのスフィンクス・チームが、音楽と映像をシンクさせ、ムードを出し、会場と一体になって盛り上げる。反復的、アディクト効果のある音楽と映像が、全身に吸収され、お客さんも最高潮で、身体がルースになっていくのを感じる。いちばん前で見るのと、離れて後ろから見るのでは、また違う印象で、お客さんの動きを見たり、映像の手元を見たりして存分に楽しめた。タイチくんの音世界は、彼の着ていたTシャツのように色(特にカラフル)がついていて、それをうまく表現していると思う。


VJのスフィンクス・チーム


DJ Aki

 お客さんは、アメリカ人の男子が大半(オタク風)。今回のショーについて、ランダムに反応を聞いてみた。

ジャパン・ソサエティのお客さんの反応

このショーをどのように知ったか。

マックス(男):友だちから聞いた。

スコット(男):10月にジャパン・ソサエティで開催された、ホソエ・レクチャーの際に聞いた。

今回のショーの感想は?

マックス:とてもすばらしかったし、挑戦的だと思う。

スコット:すばらしかったの一言!

ショーのどの部分が印象的でしたか?

マックス:すべてだけど、ヴォーカルがよかった。あれは、ジバーリッシュなのかな。
(注)ジバーリッシュ......英語のタームで、スピーチのように話すことを指す。内容に意味がないことが多い。

スコット:VJも音楽も完璧だったし、なんといってもエネルギーに感動した。

日本のバンドとアメリカのバンドで、違いを感じますか? そうであれば、どのように。

マックス:難しい質問だけど、違いは感じる。日本のバンドは、キチンとオーガナイズされてる。アメリカのバンドはもっと感覚的かな。僕の個人的意見だけど。

スコット:日本のバンドは、もっとエモーションを感じる。アメリカのバンドは、ベース(低音)だけだね。もっと複雑なんだけど、ここだけでは、語れないよ。

1ヶ月にどれくらいショーに行きますか? どこの会場へ?

マックス:1回ぐらいかな。あまりいかない。

スコット:2~8回ぐらい。グラスランズ、パブリック・アセンブリーなどブルックリンの会場がほとんど。

好きなバンドを教えてください。

マックス:クラフトワーク、ギャング・ギャング・ダンス。

スコット:ボアダムス!

オオルタイチくんにメッセージを。

マックス:とても難しい仕事をしたと思う。こんな経験をさせてくれてありがとう。

スコット:次の夏に会おう!

JET SET 2012.10.15 - ele-king

Chart


1

Trimbal - Confidence Boost (R&S)
ご存じ時代の寵児James BlakeがHarmonimix名義でWiley率いるRoll Deepの元メンバーTrimbalとのタッグで作り上げたポスト・ポストUkベース/ヒップホップ・アンセム!

2

Lapalux - Same Other Time (Brainfeeder)
初来日も果たしているポストR&Bを牽引するビートメイカー=Stuart HowardことLapaluxが、類い稀な音楽センスを存分に披露した深化したコズミック・ソウル全5トラックを披露! これまた話題に上ること間違いなし!

3

Prins Thomas Orkester - Oving Ep (Full Pupp)
2年前にリリースされた自身の過去楽曲をバンド・リワークした大注目の作品!片面1曲、2枚組12"という贅沢な仕様も嬉しい"こだわり"の逸品です

4

Felipe Venegas - Critmical Baco (Cadenza)
Hoehenreglerからの前作"Tutu Calling Ep"や同レーベルからの"I Ching"等も大好評、チリの気鋭Felipe Venegasによる最新作!

5

Southern Shores - New World
昨年のデビューEp「Atlantic」が最高だったトロントの新星Southern Shores。2枚目のEpも当店大人気のCascineから!!ダウンロード・コード封入。

6

Sascha Dive - Move On (Oslo)
自身の主催するDeep Vibesを中心に、TsubaやOslo傘下のL.l.f.o.から数々の傑作を生み出すフランクフルトの才人Sascha Diveによる最新作品!

7

Dj Nu-mark - Broken Sunlight Series 4 (Hot Plate)
MochillaからリリースされたミックスCd『Take Me With You』でも感じられた質感で挑んだシリーズ第4弾! Quanticを迎えたスチール・パン入りトロピカル・グルーヴ、辺境アフロビートを収録したダブルサイダー!

8

Daphni - Jiaolong (Jiaolong)
CaribouまたはManitoba名義でもお馴染みDan Snaithが、美麗音響工作やフリーキーな仕掛けも満載のレフトフィールド・ハウス/ミニマル特大傑作を完成しました!!

9

V.A - International Feel A Compilation (International Feel)
2009年のリリースを皮切りに度肝を抜くクオリティーの作品を次々に世界に送り出してきた、ウルグアイのInternational Feelを120%堪能出来るコンピレーション!

10

Kylie Auldist - Changes / Nothin' Else To Beat Me (Tru Thoughts)
オージー・ファンク最高峰バンド、Bamboosの女性ヴォーカリスト。最新サード・ソロ・アルバム『Still Life』からの素晴らしい2曲を収録した限定7インチ!!

 13年前、ニューヨークに拠点を移して以来、ホームタウンの大阪にじっくり滞在することはほとんどなかったが、9月の2週間大阪に滞在した。今回はいろんな角度から大阪のシーンを見ることができたのでレポートする。

 大阪とニューヨークは、長いあいだ直行便がなかったのだが、2011年4月からチャイナ・エアラインが、週に3、4日、JFK-KIXのサービスをはじめた。この13年間、ニューヨークから大阪への直行便はなかったので、個人的に嬉しかったが、JFKのターミナルで、エア・チャイナと間違え、長いターミナル移動をさせられ、出発は機内に乗ってから2時間以上も待たされた。フライト・アテンダンスに理由を聞くと出発する飛行機が多く、順番待ちなのだそう。メジャーなエアラインはどんどん飛びたっているのに、やっぱりまだ肩身が狭いのだろうか。

 大阪到着、著者は大阪の下町、商店街もある谷6出身である。知らないあいだに、近所はどんどん変化し、友達にコンタクトを取ると、その中の何人かが偶然にも谷6周辺に引っ越していた。近所を散策すると、このエリアについての冊子もでていた。

 谷6繋がりで、家から5分とかからない場所に、元あふりらんぽのピカチュウが主催するグループ、taiyo33osaka のオフィスがあり、お邪魔した。そこでは、2013.3.11プロジェクトのために、ミーティングが行われていて、ピカチュウやメンバーらの活動話しを聞きつつ、勉強会と称して映画鑑賞をした。オフィスの下には、昭和な雰囲気のたこ焼きカフェがある、心地良い場所だった。大阪力の発信地を間近で見た。

 そのピカチュウも「斬ラレスト」として出演した「子供鉅人」という劇団の演劇を見に行った。子供鉅人の隊長は谷6で「ポコペン」というバーを営んでいて(現在は休業中)、著者も以前にお邪魔したことがあったが、彼らの舞台を見るのは初めて。ポコペンで話したときから、普通でないキャラを感じたが、舞台は彼の才能と人を仕切る力が見事に活かされていた。
 大阪5公演はすべてソールド・アウト。作品としても、エンターティメントとしても、プロフェッショナルで、出演者のキャラクターを活かした人物設定、演技、台詞、話の間や転換、ゲストとのバランス、現代的で、皮肉的で、最初から最後まで見所満載のチャンバラ劇であった。
 ピカチュウは、文明開化の代表として、歌いながら斬られていく役を立派に果たしていた。別の日の「斬ラレスト」には、私がよく行くカフェのマスターの名前もあった。他のゲストが、どんな風に登場するのかも楽しみ。東京は10/4からなので是非見る事をお勧めする。

 先出のカフェのマスターとは、大阪のアメリカ村にあるdig me out(ディグ・ミー・アウト)というアート・ダイナーで、FM802とコラボレートし大阪のアートを応援している(彼も谷6仲間)。彼と仲間が、ニューヨークに来たこともあり、かれこれ10年以上の知り合いである。そのディグ・ミー・アウトの6周年記念ライヴにお邪魔した。ラインナップは、アジアン・カンフー・ジェネレーショ((アコースティック)、イエ?イエ、プリドーン、そしてジェイムス・イハのツアーに同行していたスティーヴのバンド、ハリケーン・ベルズであった。フレーク・レコーズとの共同開催で(こちらも6周年)、会場は日曜日だというのに、たくさんの人で埋まっていた。日本のバンド2組(イエ?イエとプリドーン)は女の子ひとりで、小さい体から懸命に声を出し、オーガニックで、木綿が似合う印象だった。アジアン・カンフー・ジェネレーションは、ナダ・サーフのメンバーと話したときに、名前が出て知ってはいたが、曲を聴くのは初めて。自虐的なMCで会場を沸かせ、別活動も興味深く聞かせて頂いた。ハリケーン・ベルズは元ロング・ウェイヴというバンドのメンバー。新旧の曲をアコースティックで演奏。これだけたくさん見て、終わったのが10時だという時間配分も素晴らしい。

 谷6の知られざる潜水艦バー(?)にも潜入。全くの口コミらしいが、著者が行った時も満席。平日の11時ぐらい、終電は大丈夫なのか?驚いたのは、その内装(外装も!)、維新派という劇団のメンバーが廃材から作ったらしいが、完成度が高すぎる。本物の潜水艦の内部は知らないが、本物より本物っぽいし、細部がより細かい。これだけでも満足だが、ドリンクも美味しく、グラスはピカピカに磨かれ、マスターのキャラも最高。お客とはほとんど話さず、営業中の2/3は、地道にアイスピックでアイスを形創っていた。あまりの衝撃に思わずリピートさせて頂いた。


 別の日には、鰻谷のコンパスに石橋英子さんのショーを見に行った。ゲストは山本精一さん。どちらも見るのは初めてだったが、肩に力が入っていない、自然体なショーだった。山本さんは、ドラム、キーボード、 ギター/ヴォーカルの3人体制。歌ものの良さを素直に感じさせる、ほんのりしたショー。
 石橋英子さんは、もう死んだ人たち(=ジム・オルーク、須藤俊明、山本達久、波多野敦子)、という名義のバンドで登場。今回はさらに、スティールパン、クラリネットのゲストが参加していた。石橋英子さんの柔らかい声を中心に、ギター、ペダルスチール、ベース、ドラム、シンセサイザー、ヴァイオリン、チェロ、クラリネットなどのさまざまな音が織り成し重なりあい、インプロヴィゼーションあり、歌ものありの大洪水。お客さんもインターナショナルで、子供鉅人の演劇にも来たという、ベルギー人の女の子もいた。

 最終日は、元あふりらんぽのオニが主催する「誰も知らないモノマネ大会」を日本橋の本屋喫茶に見に行った。台風のため、一時は中止かと思われたが、時間通りに行くと、リハーサルも終え、コスチュームできめたオニが「やる」と。
 「誰も知らないモノマネ大会」は、出演者のオシリペンペンズ、アウトドアホームレス、赤犬、ウォーター?ファイ、子供鉅人などのメンバーが学校の先生や近所の人など、その人しか知らない人、もしくは実在しない人物のモノマネをして、審査員が点数を付ける。優勝者にはオニのお母さんのハワイの土地の1坪がプレゼントされるというもの。
 誰も知らない人のモノマネをするので、実際それが似ているのかどうなのか、想像でしかわからない。期待半分で行くと、モノマネ大会とは仮の姿か、と思うほどみんな真剣。出演者、司会者、審査員、すべてが役者揃いで、内容、効果音、コメントなど含め、さすがお笑いが根底にある大阪人、のど自慢大会を見ているような、ほんわか気分にさせつつ、みんなの本気度、完成度、そしてテンポの良さに、息つく暇もなく笑せて頂いた。オニの段取りも、気が利いていたし、出演者の別面の才能が開花していた。

 他にも、京都の「ナノ」というライヴ・ハウスに知り合いのショーを見に行ったり、大阪の鰻谷のロックポップ・バーに行ったり、千日前の色濃いギャラリーにリッキー・パウエルの写真展を見に行き、ひとつずつシーンを確認し、駆け足だったが、内容の濃い大阪滞在だった。
 著者の回りの人なので、偏りはあるが、大阪には面白い人が集まっているのを体感できた。こうやって地元シーンは育って行くのだろう。こういった情報をこまめに得たり、ショーケース/クロスするにはまた別の努力が必要である。

interview with Ogre You Asshole - ele-king

E王
OGRE YOU ASSHOLE
100年後

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 あのさ、と彼は言った。9月になったら世界恐慌が起きて、日本もギリシャみたいになって、それから......と彼は続けた。医療制度から原発問題にいたるまで、ひと通り。そして9月になって、オウガ・ユー・アスホールの新作『100年後』がリリースされた。
 『100年後』は実に興味深いアルバムだ。これを失敗作と言う人がいても不自然ではないと思えるほど、バンドは、ある意味では、思い切った賭けに出ている。もしここで『homely』をもっとも象徴する曲を"ロープ"のロング・ヴァージョン(12インチ・シングルに収録)だとするなら、『100年後』はあの曲のスペース・ロックめいた恍惚、清々しいまでの残響から自ら離れていったアルバムだ。
 気晴らしに徹することができたらどんなに楽だろう。結局のところ『homely』で最高に気持ちが良いのは、"ロープ"のロング・ヴァージョンの長い長いインストの箇所かもしれない。もうひとつ、『homely』を象徴する曲"フェンスのある家"で歌われている「嘘みたいに居心地が良い場所(comfortable lie)」が具体的にはどこを指しているのかバンドからの説明はないと思われるが、はっきりしているのは、オウガ・ユー・アスホールには離れたい場所があったことだ。
 バンドは音楽的に多様なスタイルを身に付け、ここ数年で、聴覚的な面白味を具現化している。石原洋と中村宗一郎によるそれ自体がアートの領域のようなミキシングを介して生まれる刺激に満ちたサウンドは、『homely』の最大の魅力である。出戸学の歌詞は、ほとんど断片的な言葉で組み合わされている。受け取り方によっては、パラノイアックにも思えるし、アイロニカルで、そして感情的な空想を駆り立てている。それらが一体となったとき、いかにもシャイな青年たちによるオウガ・ユー・アスホールは最高の高揚に達する。「わな?  居心地よく 無害で/笑っていた ここはウソ/飾るためのドア/つかれた彼も/心地よく呑まれていた」"作り物"

 アビヴァレンツなムードが『homely』以上に際立っているのは、『100年後』が異様なほどにリラックスしているからだ。『homely』が"マザー・スカイ"なら今回は『フロー・モーション』とも言えるが、『フロー・モーション』ほどリズムをテーマにしている感じではない。それでも『100年後』には、快適さや楽観性と並列して恐れや懐疑がある。メロウで弛緩しながらも、ところどころでささくれている。その点では『フロー・モーション』的と言えるだろう。
 そして、この面倒な混線のあり方は、たしかにわれわれのいまを表しているのかもしれない。わけわかんないって? しかし、それでは、ガイガーカウンターの音でもサンプリングすればいいのかという話だ。
 オウガ・ユー・アスホールは、彼らの催眠的な演奏を控え目にしながら、多様な思いを、複雑な感情をある種チルアウトな場所へと持ってく。感情の垂れ流しではない。僕は、このアルバムの感覚は、フライング・ロータスの新作やエジプシャン・ヒップホップのアルバム、ないしは今日のアンダーグラウンド・ミュージックにおけるアンビエント志向ともそれほど遠くはないと思う。なんとかして、落ち着きを取り戻しているのだ。ひどく引き裂かれながら......。
 『100年後』はなかばトロピカルなゆるさとともに、こういう歌い出しからはじまる。「これまでの君と/これからの君が/離れていくばかり」"これから"

『homely』がほんとに自分たちでは完成度の高いものができたなと思ってるんで、それに恥じないものを作ろうと思ってました。でもそれの延長上もイヤだったんで。その最初のきっかけがどういうものになるかっていうのがもっとも重要な点でしたね。

『homely』のあとの方向性として、チルアウトな感じっていうかメロウな感じ、もしくはエクストリームな感じか、っていう風には思ってたんですよ。それで、どっちに行くのかな、っていう興味があって。結果を言えば、エクストリームな方向性っていうのをあそこまでライヴで実現しておきながら、捨てたじゃない? すごくもったいないなと思ったんですよね(笑)。

出戸:ああー(笑)。でも、エクストリームな方向に行くと、『homely』の延長上になってしまう気がするんですよね。

もちろん、もちろん。

出戸:そこはまあ、作品の連続性があるなかでも、ベクトルは変えたいなと思って。

ただ、『homely』であれだけ自分たちのサウンドを作ったわけだから、もう1枚ぐらい続けても良かったんじゃないのかなっていう。そういう気持ちは少しぐらいはなかった?

出戸:そういう気持ちも、ほんとに半々でスタート地点でどっちに行こうかっていうので僕も迷ってて。でも最初に作った曲が、1曲目の曲なんですけど。

あ、1曲目の"これから"が最初だったんだ?

出戸:それができたときに、「こっちだな」っていう風に思って。

ああ、なるほど。あのイントロにはたしかにやられました。でも、いや、『homely』の続編を1枚作れば、ひょっとしたらゆらゆら帝国が行けなかった領域に行けたかもしれないのに、と思って。

出戸:そうなんですか(笑)?

ゆらゆら帝国フォロワーって言われるのは自分では抵抗ありますか?

出戸:ありますね。

100パーセント抵抗あるって感じ?

出戸:それはしようがない部分があるのはもちろんわかってるんですけど、僕個人としては、フォロワーっていう気分では作ってないっていうか。それはプロデューサーが同じだから、石原(洋)さんの色とかみたいなもので共通項はあるだろうけど。まあ言ってみればメンバーがひとりカブってるようなものだと思ってるから。フォローをしていくっていうつもりはあんまりなくて。

フォロワーってちょっと僕の言葉が悪かったね。

出戸:影響は受けてると思います。石原さんと一緒にいて、喋る時間とかも長くなってるんで。そういった意味では、あるのかもしれないですけど。

僕はゆらゆら帝国も最近のオウガ・ユー・アスホールも大好きなんですけれど、ゆらゆら帝国とオウガ・ユー・アスホールの違いを僕なりに言うと、ゆらゆら帝国はドライなことをやろうとしていながら自分たちのウェットさから逃れられなかったという感じがするんですね。たとえば"つぎの夜へ"って曲があったじゃないですか。ああいうある種の感傷がばっと出てしまう瞬間があったでしょ。そこが魅力でもあったんだけど、そういうところがオウガにはない。

出戸:ないですね。

今年見たライヴなんかは、そのさばさばしたドライな感じとサイケデリックなトリップ感がものすごくうまくなった感じがあって。とくに"ロープ"のライヴ演奏とかすごかったじゃない。だからあの路線をもう1枚続ければ、ゆらゆら帝国が行けなかった領域に行けたんじゃないかって僕が勝手に思ったんだけどね、すいません(笑)。

出戸:なんですかね、まだどうなるかわからないですけど、自分のなかには構想があるんで(笑)。

そう(笑)。それで、新しいアルバムの『100年後』、出戸君の発言を拾い読みすると、「100年後を想像したときにすごく楽になれた」って話じゃないですか。それっては諸行無常ってことだと思うんだよね。ある種の無常観、つねに物事は終わっていくっていう。だけど『homely』はそういう無常観とは違うものだったよね。ちょっとパンク・ロック的な感覚もあったと思うし。パンクっていうか、100年後を想うことのある意味では対極かもしれないんだけど、たったいまこの瞬間だけを一生懸命生きるっていう感覚が。無常観っていうのもひとを楽にさせるとは思うんだけれども、たったいまこの瞬間のことだけを考えるっていうのも重要なことじゃないですか。

出戸:その熱さみたいなものもの、熱を持ちつつ、一回冷やした状態で曲を作りたかったみたいなのはあって。

それはどうして冷やしたかったの?

出戸:なんだろう、『homely』の続編を作るときに......なんですかね。まあもともの性質でもあるんですけど、僕そんなに「いまを生きる」熱さみたいなものはないのかもしれない。ライヴのときはあるかもしれないですけど。本質的にそんなにガツガツした感じではない(笑)。

それは見てて非常によくわかる(笑)。でも、「いまを生きる」って熱さでも冷たさでもなくてさ、考え方じゃないですか。気持ちのありようっていうか。そういう「いま」の連続性が、音楽でいうとミニマリズムみたいなことかなって思うんですけれど。僕もオウガから熱さは感じないからさ。

出戸:ですよね(笑)。

だからこそ、続けるべきだったんじゃないでしょうかね(笑)。

出戸:えー、今回のは、いまを生きているって感じはないってことですか(笑)?

だって今回は『100年後』だから。

出戸:まあそうですね。

それは何かきっかけがあったの? 今回のコンセプトに行き着くような。

出戸:『homely』の終末観みたいなものは自分のなかではあったんですけど、それが重くなりすぎた感じがして、僕のなかで。『homely』が。

ええ、そうなの。僕は逆になんかね、すごく軽くしたっていう風に思ってたんだけどね(笑)。あれはでも重かった?

出戸:はい。それで次はもっと軽くしたいなっていう。テーマ的にはそんなに変化はないんですけど、もっと軽く表現したいなって思ったんです。

なるほど。そういえば、ぜんぜん話飛んじゃうんだけどさ、レコーディング中にジム・オルークさんが乱入したっていう話を聞いたよ。

出戸:レコーディングっていうかライヴの練習中ですね。練習中に入ってきたんですね。

それは何? スタジオが同じだったの?

出戸:いや、僕らの持ってるスタジオが長野にあるんですけど、そこの近所で石橋(英子)さんたちがレコーディングしてて、そこのスタジオのオーナーが僕の知り合いで、それでたぶん連れてきたんですね。急に「うるさい!」って言って入ってきたんですね(笑)。

はははは。面白いね。

出戸:そのとき石橋さんも一緒にいて、って感じでしたね。

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『homely』の終末観みたいなものは自分のなかではあったんですけど、それが重くなりすぎた感じがして、僕のなかで。『homely』が。それで次はもっと軽くしたいなっていう。テーマ的にはそんなに変化はないんですけど、もっと軽く表現したいなって思ったんです。

E王
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なるほどね。なんかね、『100年後』を一聴したとき、すごくリラックスしているアルバムだなと思ったんですね。その感じが僕にはとても良く思えたんですよね。恐怖を煽るような感じじゃなくてさ、腹の括り方というか。それは自然に自分たちから出てきたものなの? それとも、ある程度コントロールしてそういう世界を作ったって感じ?

出戸:そうですね、『homely』が重さとか緊張感とかがあったので、最初にそれとは違うベクトルのものを作っていこうってなったときに、まあ単純にそうなったっていうのもあるし。もともと僕のなかでそういうものが聴きたいっていう欲求もあって。

1曲だけ"黒い窓"ってダウンテンポがあるけど、他は曲のテンポがみんな近いじゃないですか。テンポ的に追えば、アルバムのなかであんま起伏がないっていうか、ある種のフラットな感じもあって、そこは意図した?

出戸:そうですね、意図してますね。

ああ、やっぱ意図的だったんだ。さっきも言ったけど、1曲目のイントロがほんと最高でした。あの何とも言えないメロウなニュアンスっていうのが、自分たちでは今回のアルバムのイントロダクションとして最高に機能できるものだっていう?

出戸:そうですね、はい。1曲目にふさわしいとは思いましたね。あのイントロの音は。

出戸くんは最初に曲を作って後から歌詞を乗せる?

出戸:そうですね、逆のことはまずないです。

じゃあ「100年後」って言葉も後から出てきたんだ?

出戸:いちばん最後、全部ができた後にアルバム・タイトルをつけました。

その「100年後」って言葉には、出戸くんなりのちょっとした諧謔性、ユーモアっていうのもあるの?

出戸:ユーモアっていうか......「なにもない」っていう言葉、いまあるものがない、僕が死んでるとか、そういう終わることを、恐怖心を煽る感じで言いたくないなと思ったときに、100年後っていうのがユーモアではないけど、自分のなかではそういう言葉がハマったっていうか。

なるほど。1曲目で「諦めて/おいで」って言葉が出てくるじゃないですか。その「諦める」っていうのは何を意味してるの?

出戸:うーん......何だと思いますか(笑)?

ははははは(笑)。いろいろと考えちゃうよね(笑)。あのー、出戸くんは歌詞もすごく特徴があって。直接的な言葉やわかりやすい言葉遣いを避けてるじゃない? その理由は何なんでしょう?

出戸:なんかガッツリ音を聴いたときに、こう言葉が入ってくると単純に踊れないとか、そういう音楽を邪魔する部分ってあるじゃないですか。素直に音に入っていけなくて、そっちの文脈に頭が行っちゃって歌詞を追うようになっちゃうっていうので、あんまり入ってこないようにはしたいけど、まったく意味のないものにもしたくないというか。その中間で歌おうとすると、こういう感じになったっていうか。

出戸くんは、表に出さないだけであって、実は苛立ちであったりとかさ、憤りを抱えている人でしょう? ぎゃあぎゃあ言わないだけで。やっぱどこかにささくれだったものを感じるもん。

出戸:苛立ちみたいなものは多かれ少なかれあるとは思うけど、ぎゃあぎゃあ言うのは性に合わないっていうか。友だちとはそういう話はしますけど。歌詞では、わかるひとにはわかるぐらいの発信の仕方っていうか。

どちらかと言うと誤解されてもいいやぐらいの感じじゃない。だっていまの「諦めて」っていうのもさ(笑)。

出戸:(笑)そうですね、でも誤解されてもいい。音楽が......。

語ってくれると。

出戸:そう思うんですけど。

さすがですね。"黒い窓"って曲のなかでさ、「ふつう」って言葉が出てくるんだけど、出戸くんは自分のことを普通だと思う?

出戸:まあ普通になりたいとは、子どもの頃から思ってた。

ここ数年ぐらい普通ってことをすごく強調するひとたちが目につくようになったでしょ?

出戸:そうですか?

「そんなの野田さん普通ですよ!」とか言って(笑)。

出戸:はあ......(笑)。まあその歌詞で言う「ふつう」っていうのは、ちょっと死体のような感じのニュアンスもあるかもしれないですね。どっちかって言うと生気のないひとのことを表しているような気もする。

ああ、なんかそういう感じだよね、あれは。あと、AORっぽい曲で、"すべて大丈夫"って曲があって、あのなかで「似ていく/正しいことも/間違いも」って言葉が耳に残るんですけど、これはどういうことなんですか?

出戸:これはまあ、感覚が麻痺した状態っていう意味で。終わりかけの麻痺感に近いのかな。

あと、今回はポップスってことをすごく意識してるなと思って。"記憶に残らない"って曲なんかはね、変な話、懐メロっていいますかね。

出戸:懐メロですか(笑)。

レトロ・ポップス的な要素を入れてるじゃない。あのコーラスとか。

出戸:はいはい。まあ敢えてって部分もありますね。そのコーラスの部分は。

懐メロっぽいことをやりながら、「記憶に残らない」っていうさ。ある種パラドキシカルな言葉をつけているのも面白いなと思ったんだけれども。

出戸:ああ、でもそれはあんまり意識してなかったですね。たまたまですね。

この「記憶に残らない」っていうのはさ、負の意味で言ったんですか? それとも正の意味で?

出戸:まあどちらでもいいんだけど、負に捉えたほうが面白いかなっていう。

皮肉が含まれてる?

出戸:皮肉っていうか、まあそう素直に思う部分もあって、っていう。でもどっちに取られてもいいような状態にはなってると思いますけどね。

『homely』のときもそう思ったんですけれども、ただ今回のほうがより抽象性は高いと思う。

出戸:そうですかね。

自分ではどう?

出戸:自分では、今回のほうがより焦点がわかりやすくなってるかなと思ったんですね。

ほお。出戸くんは歌詞はスラスラけっこう書けてくほう?

出戸:スラスラ書けるときと、書けなかったら書かないみたいな感じですね。ひとつのテーマが思いついたらけっこう早いっていうか。

音楽性の追求ってことで言えば、インストの曲だってできるバンドだと思うんだけど、やっぱ日本語の歌っていうものに対してこだわりがあるわけでしょう?

出戸:まあこだわりって言ったらあれですけど、でも自分が歌い上げてって言うよりは、やっぱり楽曲のなかでそんなに邪魔でないものであってほしいとは思ってますけどね。

長野で生まれて、名古屋に出てきて、で、また長野に戻って活動しているわけだけど、自分たちが長野の地元にいるってことは、オウガ・ユー・アスホールの創作活動においてどのような影響を与えてると思う?

出戸:うーん......いまのプロモーション期間とかは、ほんと毎週東京に来てて。その距離の問題で、僕に疲れを与えている。

はははは! ......すいません。

出戸:(笑)。

昔よく絶対聞かれたと思うんだけど、自分たちが名古屋の学校を出た後に、そこでまた地元に戻ったっていうのはごく自然な選択だったの?

出戸:みんなで話し合った結果、どうしたいっていう話のなかで、選択肢は名古屋に戻るか、東京行くか、長野に戻るかっていうので。そういういろんな可能性を話した結果、長野ってことになったんですけどね。

長野はどんな場所なの?

出戸:場所は、周りにほとんど家がなくて、森のなかで砂利道をこう、500メートルぐらい舗装道路じゃない道を行ったところにある場所なんですけど。そこでスタジオで音が出せる環境があって、楽器とかも広げたら次のライヴまでそのまま片づけなくていい、みたいな感じで。

牧歌的な感じ?

出戸:牧歌的って言うよりも、なんですかね、夜とかはひとがいなさすぎてちょっと怖い。冬になると「ひとが住む場所じゃないな」みたいな(笑)。

出戸くんの歌詞のなかに出てくるさ、「なにもない」っていう言葉っていうのはそこから来てるのかな?

出戸:でもそこは、牧歌的感とはあんまり結びつけてほしくなくて。もうちょっとこう、追いつめられて気が狂ったひとの歌みたいな気分で、自分は書いてて。

あ、そうなの!?

出戸:で、妙に明るいみたいな。いままで終わりに向かって歌ってたのに、急に妙に明るく「なにもない」って言ってる感じが、自分のなかではちょっと発狂に近いようなニュアンスで書いたつもりなんですけど。

なるほど。心の叫びとも言える?

出戸:心の叫び(笑)。

いや、そんなもんじゃない(笑)。でもやっぱり、暮らしやすいですか?

出戸:いまは夏なんで暮らしやすいですね。夏は標高が1200メートルぐらいあるんで、単純に涼しいっていう意味では暮らしやすいですけど、東京のひとで毎日とか週2~3とかでひとと飲んでてワイワイやってるひとには耐えられない空間だって(笑)。

なんで? 何もないからってこと(笑)?

出戸:ひとと会わないし、あんまり。ひとに会えない。会うときはこっちがよっぽど遠くに行くか、向こうが来てくれるかぐらいなんで。

ちょっと想像しにくい場所だね。

出戸:うーん......。

そういうところはきっとオウガっていうバンドのエッセンスとして関わってるんだろうね。

出戸:うーん、僕らがそこにいるっていうポリシーで作ってる曲はないから、自分としてはそこから何か発想を得てるっていう気はないですけどね。

スタジオって自分たちでお金をかけて作り上げたって感じ?

出戸:多少はお金使ったんですけど、レコーディングはできないんで。

リハーサル・スタジオなんだ?

出戸:リハーサル・スタジオなんで、そんなにお金かけることもなくて。防音と吸音ぐらいで。あと機材、マイクとかスピーカーとかぐらいで、そんなに莫大なお金はかかってないです。

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夜とかはひとがいなさすぎてちょっと怖い。冬になると「ひとが住む場所じゃないな」みたいな(笑)。そこは、牧歌的感とはあんまり結びつけてほしくなくて。もうちょっとこう、追いつめられて気が狂ったひとの歌みたいな気分で、自分は書いてて。

E王
OGRE YOU ASSHOLE
100年後

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大滝詠一さんが昔の日本の音楽は分母には世界史があったと、しかしその分母がニューミュージックの台頭で内面化されて、どんどん世界が隠蔽されていったという話があって、僕もそうだなと思うんですけど、日本の音楽、とくにロック・バンドとかさ、その多くがなんで音的な視野を狭めちゃったんだと思う?

出戸:まあキャラクター商売だと思ってるひとが多いかなって思いますね。キャラとして確立されれば、音はどうでもいいと思ってるんじゃないかって。

ああなるほど。でも、キャラを売るって昔からずっとあったと思うんだよね、とくにポップ・ミュージックの世界では。

出戸:もしくは、ロック・バンドって、「自由にやることがいい」みたいな。「自分たちの好き勝手にやるのがいい」っていうのが美学になったのが、こう何ですかね、間違って捉えてほんとに自由にやってて、ファンがいいって思うことと自分がいいって思うことが一緒になって混ざっちゃって、っていうのがあるのかもしれない。そこで手綱を引き締める、批評をしなくなるっていうか。

ある1曲がファンから強烈に愛されてしまうと、その曲から自分たち自身が逃れられなくなっちゃうってこと?

出戸:っていうのと、あと自分たちの作品に批評性を持ってない。自由にやるっていうのが、それを持たないで自由にやってる感じがするっていうか。だから「俺、すごい」っていうパターンか、ファンに迎合してるパターンの2パターンっていう風に見える。それで自分に対しての批評を持たずに作品を作ってるひとが大半で。

そういう意味で、同世代だとトクマルシューゴみたいなひとには共感がある?

出戸:トクマルくんが4つか5つぐらい上なんですけど。まあ昔からの知り合いっていうのもあって。

みたいだね、なんかね。

出戸:トクマルくんがツアーに出たとき初めてのツアーが長野で、そのときに対バンで僕らが呼ばれてて。そこで初めて僕らが知って、みたいな。それが6、7年前とかそんな感じなんで。対バンとかはあんまりしてないですけど、プライヴェートではちょこちょこ喋ることがあって。

まあ、トクマルくんもそうだけど、オウガ・ユー・アスホールも理屈っぽい音楽ではないでしょ。かといって感情を思い切り表に出していく感じでもないし......。さっきも訊いたけど、出戸くんはポップっていうことはどんな風に意識している? ポップスというか。

出戸:ポップスとまでは行かないですけど。でも今回は『homely』が持ってたちょっとアヴァンギャルドな感じとかを......

トゲがある部分を。

出戸:トゲがあるもの、その要素も持ちつつもうちょっと歌の存在感はある、みたいな。『homely』のときに歌がそんなにないような感じだったんで。もうちょっと歌を前に出そうかなぐらいは思ったけど、そんなポップスほどまでは考えてなかった。

"記憶に残らない"とかもそうなんだけど、"すべて大丈夫"とか、けっこうオウガ流のポップスみたいなものを考えてるのかなっていうか。"すべて大丈夫"なんてさ、タイトルからしてオウガらしくない無理な感じはあるじゃないですか(笑)。

出戸:まあ敢えてつけてますね。

バンドにとって今回もっとも重要だった点っていうのは何だったんでしょうか。

出戸:『homely』がほんとに自分たちでは完成度の高いものができたなと思ってるんで、それに恥じないものを作ろうと思ってました。でもそれの延長上もイヤだったんで。その最初のきっかけがどういうものになるかっていうのがもっとも重要な点でしたね。違うベクトルであり、『homely』にも恥じないというか、そういうものをどう作ろうっていうのはけっこうありました。

やっぱり前作を超えなければいけないっていうね。

出戸:延長上だと、たぶん『homely』は超えられないんですよね。音楽を作ってる経験上。

なるほど、ストイックだねえ。

出戸:いやあ(笑)。ストイックなんですかね(笑)。

ははははは。やっぱ『homely』的な激しさっていうのは、本来の自分たちの限界を超えたっていうか、ちょっとこう、跳躍してみた感じっていうのがあったんですね?

出戸:そうですね、かなり異次元のものを作ってやろうっていう意気込みが最初にすごくあって。自分たちも捉えられないようなものとか、そういう要素を。レコーディング期間とかもけっこうあったんで、わけわかんないものをとりあえず入れといて、ミックス作業で意外と自分たちのなかではけっこう抑えたというか。ミックスしてみると収まったという感じですかね、どっちかと言うと。だからレコーディングしてるときは「これ成立するのかな」っていうぐらいで作ってたんで。そういった意味では、今回はそういうのはなかったかもしれないですね。でも今回も3、4曲目とかはどうなるかわからないスリルみたいなのはありましたね。

『homely』よりもさわりはゆるい感じですが、今回はより深みはあるっていうかね。またライヴが楽しみです。


「100年後」リリースツアー 10/13 松本ALECX(ワンマン)
日時:2012年10月13日(土)OPEN 18:30/START 19:00
出演:ワンマン
TICKET:
一般発売日:8月18日(土)
前売¥3,500/当日¥4,000
INFO:FOB新潟 025-229-5000

10/19 新代田FEVER
日時:2012年10月19日(金)OPEN 18:30/START 19:00
出演:ゲスト、石橋英子
TICKET:
一般発売日:9月9日(日)
前売¥3,500/当日¥4,000
INFO:Livemasters Inc. 03-6379-4744

10/21 横浜F.A.D
日時:2012年10月21日(日)OPEN 17:30/START 18:00
出演:ゲストバンド有・後日発表
TICKET:
一般発売日:9月9日(日)
前売¥3,500/当日¥4,000
INFO:Livemasters Inc. 03-6379-4744

10/27 札幌cube garden
日時:2012年10月27日(土)OPEN 17:30/START 18:00
出演:ゲストバンド有・後日発表
TICKET:
一般発売日:9月9日(日)
前売¥3,500/当日¥4,000
INFO:WESS 011-614-9999

11/3 新潟CLUB RIVERST
日時:2012年11月3日(土)OPEN 17:30/START 18:00
出演:ゲストバンド有・後日発表
TICKET:
一般発売日:9月9日(日)
前売¥3,500/当日¥4,000
INFO:FOB新潟 025-229-5000

11/4 仙台MA.CA.NA(ゲスト有)
日時:2012年11月4日(日)OPEN 17:30/START 18:00
出演:ゲストバンド有・後日発表
TICKET:
一般発売日:9月9日(日)
前売¥3,500/当日¥4,000
INFO:G/i/P  022-222-9999

11/9 福岡DRUM Be-1
日時:2012年11月9日(金)OPEN 18:30/START 19:00
出演:ゲストバンド有・後日発表
TICKET:
一般発売日:9月9日(日)
前売¥3,500/当日¥4,000
INFO:BEA 092-712-4221

11/10 広島ナミキジャンクション
日時:2012年11月10日(土)OPEN 17:30/START 18:00
出演:ゲストバンド有・後日発表
TICKET:
一般発売日:9月9日(日)
前売¥3,500/当日¥4,000
INFO:夢番地広島 082-249-3571

11/17 名古屋CLUB QUATTRO
日時:2012年11月17日(土)OPEN 17:30/START 18:00
出演:ゲストバンド有・後日発表
TICKET:
一般発売日:10月6日(土)
前売¥3,500/当日¥4,000
INFO:ジェイルハウス 052-936-6041

11/18 大阪BIGCAT
日時:2012年11月18日(日)OPEN 17:30/START 18:00
出演:ゲストバンド有・後日発表
TICKET:
一般発売日:10月6日(土)
前売¥3,500/当日¥4,000
INFO:グリーンズ 06-6882-1224

11/24 「100年後」リリースツアー 渋谷AX
日時:2012年11月24日(土)OPEN 18:00/START 19:00
会場:SHIBUYA-AX
TICKET:
一般発売10月6日(土)
前売¥3,500/当日¥4,000
INFO:Livemasters Inc. 03-6379-4744

Nick Edwards - ele-king

 六本木通りを渋谷方向に、つまり、ドミューンのスタジオやエレキングの編集部やC↑Pのエリイちゃんが住んでいるマンションや渋谷警察や一風堂やショーゲートが並んでいる方向に歩いていくと、途中に料亭がある。ひらがなで「かねい……」という文字が見えたところで、僕は必ず「かねいと」ではないかという連想が働いてしまう。ドゥーム・メタルのカネイトを名乗る料亭があるとは、さすが六本木だと感心していると、さらに4~5歩進んだところで「かねいし」だということが判明する。やはり、ドゥーム・メタルを店の名前に掲げる勇気はないらしい。ましてや「あーす」とか「さん O)))」といった料亭も僕は見たことがない。「けいてぃえる」だと、けんちん汁みたいなので、あってもいいような気がするけれど、「なじゃ」もないし、「あいしす」もないし、僕が生きている間に「あんくる・あしっど・あんど・ざ・でっどびーつ」という料亭が六本木にオープンすることはまずないだろう。エリイちゃんはこんな街で毎晩、遊んでいて面白いんだろうか。エリイちゃんの卒業論文はちなみに「憲法九条について」である。「ピカッ」に至るまでの基礎はできていたのである。

 メタル・ドローンのグループとしてカネイトがどれだけ凄いグループだったかということは、絶賛編集中のエレキング7号で倉本諒が力説していることだろう。大体、倉本くんがエレキングに興味を持ったのは創刊号にジェイムズ・プロトキンがフィーチャーされていたからだそうで、同じカネイトでも、スティーヴン・オモーリーのインタヴューが掲載されていたら、もっと理知的な……いや、違うタイプの若者がエレキングに吸い寄せられてきたのだろうか。わからない。すべては煙のなかである。ドゥームというものは、そもそもそういうものである。ジェイムズ・プロトキンが新たにジョン・ミューラーと組んだ『ターミナル・ヴェロシティ』もスクリュードされたマイ・ブラッディ・ヴァレンタインのように完全に視界は真っ白で、そう簡単には煙を掻き分けることはできない。これはとんでもない大作である。そして、3ヵ月ほど前にリリースされたスティーヴン・オモーリーとスティーヴ・ノーブルのジョイント・ライヴ『セイント・フランシス・デュオ』もとんでもなかった。これはとくにドラムスが圧巻で、視界はいたって良好なハードコア・ジャズを聴くことができる。現在はオモーリーと共にアーセノアーのメンバーであるノーブルは、ちなみにリップ、リグ&パニックの初代ドラムスとして知られる大ヴェテランである。リップ、リグ&パニックといえば……

 ……ブリストルのダブが、そして、ここのところドローンの侵食を受けている。もっともノイズ色が強いエンプティセットやヴェクスドのローリー・ポーター、そして、もっとも派手に動いているのがエコープレックス(Ekoplekz)ことニック・エドワーズで、2010年に自主制作盤を連発したエコープレックスは翌年に入るとペヴァーリストが運営するダブステップの〈パンチ・ドランク〉と、ドナート・ドツィーやイアン・マーティンなどアンビエント系テクノのヒットで知られるシアトルの〈ファーサー〉と、まったく毛色の違うレーベルから話題作を放ったあげく、なんと、新作は本人名義で〈エディションズ・メゴ〉からとなった。同じくエレキング7号のために話を聞かせてもらったジム・オルークも、話の締めくくりはやっぱり〈メゴ〉がスゴいということになっていたのだけれど、その感慨はここでも繰り返さざるを得ない。スティーヴン・オモーリーもエメラルズのジョン・エリオットも、そして、マーク・フェルも現在は〈メゴ〉の傘下にそれぞれがA&Rを務めるレーベルを持っているほど、〈メゴ〉はかつてのハプスブルク家を準えるように版図を拡張している最中で、これにブリストル・コネクションまで加わってしまったのである。いやいや。

 『プレックゼイションズ』は名義を変えた意味をまったく感じさせない。これまでとやっていることは同じである。強いて言えば従来のドローン・ダブにクラウトロックが垣間見えるようになったことで、1曲が長いということもあるけれど、いってみればアカデミック色を欠いたインプロヴァイゼイションであり、使いにくいトリップ・ミュージックであることをやめようとはしない。とはいえ、これまでの〈メゴ〉のラインナップからすればOPNと並んで快楽係数は格段に高く、ビートが入らないカンのように聴こえる場面も少なくない。不穏なムードを鍋の底でかき回しているようなタッチが続いたかと思えば、過剰なエコー・チェンバーに打ちのめされ、ブリストルにしては金属的な響きを強調しつつ(マーク・スチュワートがいたか)、それらがすべて抽象化されたベース・ミュージックとしての役割をまっとうしていく。“(ノー)エスケープ・フロム・79”のエンディング部分などはほとんどスーサイドのダブ・ヴァージョンにしか聴こえない。アップ・トゥ・デートされたスロッビン・グリッスルとも(https://soundcloud.com/experimedia/nick-edwards-plekzationz-album)。どこもかしこもグワングワンですがな。

 ダブとドローンという組み合わせは意外と少なくて、シーフィール、チャプターハウス(猫ジャケ!)、ステファン・マシュウ、ポカホーンテッド、フェニン、デイル・クーパー・カルテット……ぐらいのものらしい(あと、聴いたことないけれど、日本のオハナミという人たち?)。ダブが他のジャンルに応用されはじめたときのことはいまでもよく覚えていて、最初はXTC(アンディ・パートリッヂ)やジェネレイションXがダントツで、そのうち、ポップ・グループやフライング・リザーズが出てきてスゲーなーと思っていたら、あっという間にダブ・ヴァージョンが入ってないシングルはないというほど広まっていくという。カルチャー・クラブ“ドゥ・ユー・リアリー・ウォント・ミー”というカーク・ブランドンへの訣別の歌とかw。ジ・オーブやマッシヴ・アタックが、そして、次の時代を切り開いたといえ、サン・アロウやハイプ・ウイリアムスに受け継がれていくと。しつこいようですが、ターミナル・チーズケーキもお忘れなく。

 ここにもうひとつ加えたいのがシーカーズインターナショナルのデビュー作で、これがDJスプーキーや〈ワード・サウンド〉周辺ではじまったイルビエント・ダブをノイズ・ドローン以降の価値観でブラッシュ・アップさせた内容となっている(https://soundcloud.com/experimedia/seekersinternational-the-call)。ズブズブズブ……と、どこをとっても完全に悪魔の沼にはまったコンピューマ全身ドロドロ状態で、ベーシック・チャンネルをスクリュードさせたような「ラージ・イット・アップ2」や「オールウェイズ・ダブ」など、実に素敵なトロトロができあがっています。夏が終わらないうちに……

 ……巻いてください。

Pernett - ele-king

 チェルノブイリで事故があった後、忌野清志郎が初めて放射能について歌った“シェルター・オブ・ラヴ”について音楽評論家の北中正和氏は「ニューウェイヴ風にアレンジしてあるけれど、基本はメンフィス・サウンドだ」というようなことを書いてくれたことがある。自分で原稿を頼んでおきながら、なんのために書いてもらったのか、なにひとつ覚えていないものの、アレンジに誤魔化されない聴き方があることを、その時、僕は学んだ。僕がライターになろうと決めた2年前のことである。それから5年ぐらいして忌野清志郎がR&Bもカントリーも譜面的には同じなんだよといって、カントリーのアルバムをつくりたがっていたこともある。その意向はレコード会社によって却下され、以後、忌野清志郎はセールス的には低迷しはじめる。昨日の30万枚が今日の4万枚。レコード会社の言い分もよく覚えている。しかし、あの時、カントリーのアルバムをつくっていたら清志郎はどうなっていたんだろうと、いまでも時々、僕は考えてしまう。「ニューウェイヴ風にアレンジしてあるけれど、基本はメンフィス・サウンドだ」という指摘は、アレンジを変えたぐらいでは本質は揺るがないという示唆でもあっただろう。「譜面的には同じ」なら尚更である。

 コロンビアからアルゼンチンに伝わってディジタル化したクンビアが再度、コロンビアに回帰したことで、ボンバ・エステーレオやキング・コジャといった新世代がコロンビアからも出てきた。なかでもサイドステッパーのサポートからソロになったペルネットはクラブ・ミュージックの取り入れ方がハンパなく、3作目となる最新作のタイトルも『カリビアン・コンピュータ』と、ディジタル化されたことをことさらに強調している。そして、実際、シンセサイザーは縦横に飛び回り、類稀なる洗練度を印象づけていく。ところが、やはり、北中正和氏は言うのである。
 「DJ的な手法を加えてはいるけれど、彼はあくまでもルーツ・ミュージックを知的でひねりのあるものにしているのだ」と。いつの間にか北中さんとは毎月、朝日新聞の定例会議でそのような話を聞かせてもらう関係になっている。僕とは違って、長くクンビアを聴いてきた方なのだから、その見識に疑いの余地はない。ペルネットのことを教えてくれたのが、そもそも北中さんだし、アレンジに誤魔化されない聴き方が…僕にはまだできていなかった。ライターになろうと決めてから22年も経ったのに。

 しかし、『カリビアン・コンピュータ』を聴いて、即座にこれがコロンビアの伝統的な音楽だと判断できる人はそうはいないに違いない。アルゼンチン産のものに較べると、たしかにナチュラルではあるし、ドラムスを使わずに複数のパーカッションでリズムを構成するという基本も守られている。“クンビア・コンピュータ”でリードを取るのはケーナを思わせる笛だし、象の声も……これはサンプリングかな……ヴォコーダーやラップ(え!)、リリカルなシンセサイザーの使い方もとにかくシャレている。だって、ちょっとトライバルなリズムを取り入れたハウスにはこういう曲は少なからずあったし(ファビオ・パラス!)、ディスコ・ダブとの溝も狭い。宇宙の果てまで飛んでいくようなギターはレフトフィールドもかくやで、ヘタをするとトランスにも聴こえかねない曲もあれば、“モノリス”に至ってはミックスマスター・モリスを思わせる透明なアンビエント・チューンとなっている。「クンビアなのに声が暗いのがいい」とは北中さんの弁で、それもあって、ヴォーカルが入っていてもどことなくヨーロッパ風といえ、「銀河系マヤ人の帰還」など壮大なヴィジョンにも無理がない。明日にも、あるいは、すでにスフェン・フェイトがDJで使っていてもおかしくはない。クンビアは下層階級の音楽で、サルサのように上流階級には受け入れられないという慣習も突破してしま……ったりするかも(ちなみにブラジルが経済新興国になるまで、地球上で南米だけには中産階級が存在していなかった)。
 
 オンダトロピカが、そして、正反対のことをやっている。クアンティックことウィル・ホーランドがコロンビアの伝統的なミュージシャンたちと結成した新たなグループはペルネットよりも伝統的な音楽に聴こえるものの、軸足は西側のマーケットに置かれている。猥雑なムードはペルネットをはるかに上回り、厚いブラスのリフレインやアコーディオンの響きは見たこともなければ行ってみようとも思わないコロンビアをはっきりとイメージさせる。これこそ「アレンジ」の妙である。シンセサイザーなどはほとんど使われず、ベース・サウンドが何よりもコンクリートのダンスフロアを意識させ、このにぎやかさが実質的にはクンビア風フュージョンであることを物語る。ものすごく穿っていえば、アンダーグラウンド・レジスタンスやデート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデンと同じ種類の音楽である。都会的と言い換えてもいい。

 ペルネットもオンダトロピカも、コロンビアの音楽を外に連れ出そうとしているという意味では同じ衝動に駆られているといえる。僕はもう、すでに興味を持ってしまったし、どちらからアプローチするかは人それぞれ。ラス・マラス・アミスタデスといい、コロンビアの音楽が近年になく大きく動き出していることだけはたしかだといえる。

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