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メリー・クリスマス・フロム・Why Sheep?

メリー・クリスマス・フロム・Why Sheep?

文:Why Sheep? Dec 20,2012 UP

 Why Sheep?を名乗る前の若き羊は、ジェームズ・ジョイスの「若き芸術家の肖像」に出てくるスティーブン・デーィーダラスよろしく感傷的なくせに観念的で、傷つきやすいくせにタフを気取っていた。つまるところ、どこにでもいるちょっと感傷的で自己耽溺型の若者ってことだ。
 そして、巷にある歌の99%は恋愛に関するものであることにも、「あなたはもうここにはいない」とか「着る人のいない手編みのセーター」だとか、そのほとんどが安っぽくて深みもないことにもうんざりしていた。振り返ってみると、それがWhy Sheep?がインスト音楽にむかっていったことの理由のひとつでもあると思う。

 と、ラヴ・ソングについて長きにわたってそんな風に斜に構えて生きてきたのだけど、そろそろ中年になろうかという歳にさしかかったある日、突然、啓示のような出来事が起こった。

 たしかちょうど年の瀬の今頃の時期だったと思う。都心のビルの高層階で、別れる間際の恋人と食事をしていた。口には出さないけど、ふたりとも別れを予感していたんだと思う。とはいっても話は簡単ではなかった。少なくとも僕はそうだった。良いことも悪いことも、自分たちだけの問題も、他人を巻き込んだ問題も、いろんなものを引きずっていた。綺麗な夜景も、洒落た店の雰囲気も、美味いはずの食事も酒もかえってふたりの気持ちを滅入らせてしかくれなかった。
 そして、当たり障りのない話題さえも尽きたころ店内のスピーカーからポリスの「見つめていたい」が流れてきた。不意打ちだった。

 Every move you make
 Every vow you break
 Every smile you fake
 Every claim you stake
 I'll be watchin' you

 君が動くたび
 君が約束を破るたび
 君が作り笑いをするたび
 君が言い張るたび
 僕は君を見つめてるんだろう
   (原詩:スティング 訳:Why Sheep?)

 そのとき自分の心の内側で起こったことを説明するのはとてもむずかしいのだけど、あえて言うならその歌と自分の心が共振したといえばいいのか。それはその場の雰囲気に合ってるとか、歌詞の一言一言がふたりの関係にピッタリはまるとか、そんなレヴェルではない。まるで、ぴったりチューニングの合った弦が共振しているような、まるで思考も感情もどこかに置き去ったような物理的な体験だったのだ。
 そして、目の前にいる彼女をよそに、ショックから返ると思い至った。   
「ああ、すべてのラヴ・ソングは僕にというわけではなくても、どこかの恋愛の現場には必要なんだ。だからこんなに世の中ラヴ・ソングで溢れているんだ」と。
 言い回しが巧みとか韻を踏んでるとかそんなことは二の次の問題なのだ。ラヴ・ソングはいつかその歌と共振する誰かのためにあるのだと。そして、そのラヴ・ソングは、もう二度と同じような強度を持って現れることはないにしても、それからのその人の人生にとってかけがえのないものになるだろう。

 これは余談だけど、この「見つめていたい」という曲はポリスのなかでも最大のヒット曲で1984年のグラミー賞の最優秀楽曲賞を受賞したぐらいなのだけど、作曲者本人としては、詞の内容は不本意だったらしく、ポリス解散後のソロ・アルバムでは自身へのアンサーソング「セット・ゼム・フリー」を書いた。つまり「見つめていたい」は束縛する愛で、本来の愛とは「セット・ゼム・フリー」というタイトルそのまま、解放してあげることなのだという。ポリスはデビューしたての頃は、パンク/ニューウェイヴ・ムーヴメントに乗っかって出てきたならず者のお兄ちゃんバンドを装ってたけど、実はヴォーカルのスティングは前職は教師でディケンズの初版本を買いあさったりするほどの文学オタクである。

 歳を重ねたスティング本人がいまどう思ってるかはわからないが、当時の本人が勘違いしてると思うのは、歌は一度世に放たれてしまえば、ましてやそれがヒットしてしまえば、もうアーティスト当人のものではないということだ。その歌は街角で流れるたびに自律性を持ちはじめ、それはどこかしかるべきところで昇華するのだ。ちょうど僕の場合は、それが年の瀬の高層階の彼女との別れの場面だったように。

 他人の曲のことばかり語ったが、10年間も口を沈黙を守ってきた羊が、Why Sheep?と名乗る最後のアルバムを来年の春にリリースする。
 前作『myth & i』をリリースしてから10年間眠りこけていたわけじゃあない。そのあいだ、世界ではいろいろなことがあったし、さっきの話みたいにプライヴェートだって取り込んでたから、それこそ曲を作る材料はいろいろあった。少しずつ曲を作りためていたわけなのだが、ひとつのアルバムとなると、自分としては、そのアルバムのレーゾンデートルのようなものがどうしても必要だった。

 前作『myth & i』は自分のなかでは、2001年の9.11の絶望から生まれたアルバムで、その後も世界は変わり続けたけど、なかなかその絶望の淵から這い上がることができなかった。

 そして2011年3月11日が訪れた。それは僕を、僕たちを深く傷つけた。茫然自失の時間が過ぎたあと、アーティストとしてするべきことがあることだけはわかっていた。しかし、そんなことを悠長に考えているうちに、おそらく誰よりも早く、表現をした連中がいた。アーティスト集団のChim↑Pomである。
 
 渋谷駅に飾られている岡本太郎作の「明日の神話」のジャックがニュースで報道されてから時をおかずに発表された「Real Times展」を訪れて、美術と音楽の違いとはいえ、強い衝撃を受けた。そしていてもたってもいられなくなり自分としては異例の早さで、彼らの「気合い100連発」を許可も得ずにリミックスし彼らに手渡した。
 Chim↑Pomはその作品のインパクトの強さゆえに、支持する者と批判するものを真っ二つに分かつアーティストである。彼らを批判する者をどれだけ説得しようと思っても不毛なだけの気がするが、そのインパクトゆえに世に本質的な問いを発することじたいがアーティストの生業であり、彼らが見事なまでに職責をはたしていることだけは伝えておきたい。ピカソがゲルニカを発表したときだって、あんなふざけた絵は死者への冒涜と批判する人たちがいたことだろう。
 先日、3.11後、最初となる衆院選が行われた。結果についてはあえて言うまい。しかし投票率の低さについて知ったときは本当に愕然とした。この期に及んでも無関心なのだろうか、あるいは心底絶望してるのだろうか。

 もしChim↑Pomとの出会いがなかったら、もしかして僕はまだWhy Sheep?の最終章としてのアルバムのレーゾンデートルを見つけることはできなかったかもしれない。やっと完成したアルバムは来年の早春にお目見えすることになった。

 そのアルバムのなかにキーとなる曲がある。「empathy」という曲だ。これは『myth & i』で、世界の在り方を神話になぞらえた後、その核となるべきものを探し続けた結果である。これは僕が初めて世に出すラヴ・ソングだ。どこまでもラヴ・ソング。できれば歌詞をよく聞いてほしい。歌はUAに歌ってもらった。歌を依頼する前から彼女の歌声しか念頭になかった。彼女が僕の期待以上の力を歌に与えてくれたと思う。
 そしてこの曲はWhy Sheep?によるWhy Sheep?(なぜ羊か?)という問いへの初めての、そしておそらく最後の回答でもある。
 その答えは、若き日の僕がラヴ・ソングに違和感を覚えたように、誰かを失望させてしまうだろうか。
 それでもかまわない、と思う。
 この歌が、いつか誰かの恋愛と共振してくれるのであれば。

 クリスマス, 2012

Profile

内田 学 a.k.a. why sheep?内田 学 a.k.a. why sheep?
Why Sheep? 
The KLFの言葉「なぜ羊なのか?」にインスピレーションを受け、1993年に内田学により始動したプロジェクト。1996年に『Sampling Concerto No. 1 "The Vanishing Sun" Op. 138』を〈M.O.O.D.〉よりリリース、世界各国を放浪後2003年に『The Myth And i』を〈Third Ear〉から、2014年には〈U/M/A/A Inc.〉からの『Real Times』が日、欧、米で発売。国内外で公演を精力的にこなす一方、数々のリミックスや映画のサントラ、プロデュース等を手がける。2007年には、音を禅の作庭術になぞらえたサウンド・アートプロジェクト〈枯山水サラウンディング〉を立ち上げクリエイティヴ・ディレクターを務める。

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