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三田 格   Aug 30,2012 UP

 チェルノブイリで事故があった後、忌野清志郎が初めて放射能について歌った“シェルター・オブ・ラヴ”について音楽評論家の北中正和氏は「ニューウェイヴ風にアレンジしてあるけれど、基本はメンフィス・サウンドだ」というようなことを書いてくれたことがある。自分で原稿を頼んでおきながら、なんのために書いてもらったのか、なにひとつ覚えていないものの、アレンジに誤魔化されない聴き方があることを、その時、僕は学んだ。僕がライターになろうと決めた2年前のことである。それから5年ぐらいして忌野清志郎がR&Bもカントリーも譜面的には同じなんだよといって、カントリーのアルバムをつくりたがっていたこともある。その意向はレコード会社によって却下され、以後、忌野清志郎はセールス的には低迷しはじめる。昨日の30万枚が今日の4万枚。レコード会社の言い分もよく覚えている。しかし、あの時、カントリーのアルバムをつくっていたら清志郎はどうなっていたんだろうと、いまでも時々、僕は考えてしまう。「ニューウェイヴ風にアレンジしてあるけれど、基本はメンフィス・サウンドだ」という指摘は、アレンジを変えたぐらいでは本質は揺るがないという示唆でもあっただろう。「譜面的には同じ」なら尚更である。

 コロンビアからアルゼンチンに伝わってディジタル化したクンビアが再度、コロンビアに回帰したことで、ボンバ・エステーレオやキング・コジャといった新世代がコロンビアからも出てきた。なかでもサイドステッパーのサポートからソロになったペルネットはクラブ・ミュージックの取り入れ方がハンパなく、3作目となる最新作のタイトルも『カリビアン・コンピュータ』と、ディジタル化されたことをことさらに強調している。そして、実際、シンセサイザーは縦横に飛び回り、類稀なる洗練度を印象づけていく。ところが、やはり、北中正和氏は言うのである。
 「DJ的な手法を加えてはいるけれど、彼はあくまでもルーツ・ミュージックを知的でひねりのあるものにしているのだ」と。いつの間にか北中さんとは毎月、朝日新聞の定例会議でそのような話を聞かせてもらう関係になっている。僕とは違って、長くクンビアを聴いてきた方なのだから、その見識に疑いの余地はない。ペルネットのことを教えてくれたのが、そもそも北中さんだし、アレンジに誤魔化されない聴き方が…僕にはまだできていなかった。ライターになろうと決めてから22年も経ったのに。

 しかし、『カリビアン・コンピュータ』を聴いて、即座にこれがコロンビアの伝統的な音楽だと判断できる人はそうはいないに違いない。アルゼンチン産のものに較べると、たしかにナチュラルではあるし、ドラムスを使わずに複数のパーカッションでリズムを構成するという基本も守られている。“クンビア・コンピュータ”でリードを取るのはケーナを思わせる笛だし、象の声も……これはサンプリングかな……ヴォコーダーやラップ(え!)、リリカルなシンセサイザーの使い方もとにかくシャレている。だって、ちょっとトライバルなリズムを取り入れたハウスにはこういう曲は少なからずあったし(ファビオ・パラス!)、ディスコ・ダブとの溝も狭い。宇宙の果てまで飛んでいくようなギターはレフトフィールドもかくやで、ヘタをするとトランスにも聴こえかねない曲もあれば、“モノリス”に至ってはミックスマスター・モリスを思わせる透明なアンビエント・チューンとなっている。「クンビアなのに声が暗いのがいい」とは北中さんの弁で、それもあって、ヴォーカルが入っていてもどことなくヨーロッパ風といえ、「銀河系マヤ人の帰還」など壮大なヴィジョンにも無理がない。明日にも、あるいは、すでにスフェン・フェイトがDJで使っていてもおかしくはない。クンビアは下層階級の音楽で、サルサのように上流階級には受け入れられないという慣習も突破してしま……ったりするかも(ちなみにブラジルが経済新興国になるまで、地球上で南米だけには中産階級が存在していなかった)。
 
 オンダトロピカが、そして、正反対のことをやっている。クアンティックことウィル・ホーランドがコロンビアの伝統的なミュージシャンたちと結成した新たなグループはペルネットよりも伝統的な音楽に聴こえるものの、軸足は西側のマーケットに置かれている。猥雑なムードはペルネットをはるかに上回り、厚いブラスのリフレインやアコーディオンの響きは見たこともなければ行ってみようとも思わないコロンビアをはっきりとイメージさせる。これこそ「アレンジ」の妙である。シンセサイザーなどはほとんど使われず、ベース・サウンドが何よりもコンクリートのダンスフロアを意識させ、このにぎやかさが実質的にはクンビア風フュージョンであることを物語る。ものすごく穿っていえば、アンダーグラウンド・レジスタンスやデート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデンと同じ種類の音楽である。都会的と言い換えてもいい。

 ペルネットもオンダトロピカも、コロンビアの音楽を外に連れ出そうとしているという意味では同じ衝動に駆られているといえる。僕はもう、すでに興味を持ってしまったし、どちらからアプローチするかは人それぞれ。ラス・マラス・アミスタデスといい、コロンビアの音楽が近年になく大きく動き出していることだけはたしかだといえる。

三田 格