「Noton」と一致するもの

Alfa Mist & Emmavie - ele-king

 先日トム・ミッシュとユセフ・デイズの共演アルバム『ワット・カインダ・ミュージック』がリリースされたが、サウス・ロンドンではこうしたコラボが盛んだ。アルバム単位では昨年もベーシストのダニエル・カシミールがジャズ~ソウル・シンガーのテス・ハーストと組んだ『ディーズ・デイズ』がリリースされたが、アルファ・ミストとエマヴィーによる『エポック』もそれに近い路線の作品だ。ただし、このミニ・アルバムはもともと2014年に発表されたものの再リリースとなり、新たにリマスタリングが施されている。『ディーズ・デイズ』がブロークンビーツなども交えた硬質のフュージョン・ジャズ調だったのに対し、『エポック』はずっとR&Bやヒップホップ寄りの作品となっている。それは、そのままアルファ・ミストとエマヴィーの音楽のベースとなっているものだ。ちなみにアルファ・ミストはトム・ミッシュ、ユセフ・デイズともコラボを行なってきていて、『ワット・カインダ・ミュージック』がリリースされたタイミングで『エポック』が再リリースとなったのも何かの縁かもしれない。

 アルファ・ミストにとっては昨年の『ストラクチュラリズム』に続く最新アルバム『オン・マイ・オウンズ』がリリースされたばかりであるが、こちらは完全なピアノ・ソロ作である。映画音楽的で緻密な構成も感じられた『ストラクチュラリズム』、ジャズ・ピアノとポスト・クラシカルの中間に位置するような『オン・マイ・オウンズ』に対し、『エポック』はもっとラフなスケッチ的作品集で、あくまでエマヴィーの歌との共存を目指した音作りになっている。『ストラクチュラリズム』やその前の『アンティフォン』(2017年)にはシンガー・ソングライターのジョーダン・ラカイをフィーチャーした曲もあり、また彼のアルバムの『ワイルドフラワー』(2017年)にも参加したり、2015年のEP「ノクターン」ではトム・ミッシュとの共演も披露しているが、『エポック』はそんなコラボの原点にあるものだろう。

 一方のエマヴィーは本名がエマヴィー・ムボンゴというロンドンを拠点とするアフリカ系のシンガーで、主にヒップホップやR&Bの分野でセッション・シンガーとして活動している。ドルニック、IAMNOBODI らと共演し、自身でもEPの「シームレス」、「L+VEHATER」(共に2013年)、アルバムの『ハネムーン』(2019年)といった作品をリリースしている。エマヴィーとしても『エポック』は彼女の活動初期にあたる作品で、これをきっかけに翌年のアルファ・ミストの「ノクターン」でも再び起用されている。

 もともと7曲入りのEPだった『エポック』だが、今回の再リリースに際しては1曲加えた8曲となっている。その追加曲の “エナジー” は『ストラクチュラリズム』にも参加していたロッコ・パラディーノ(ピノ・パラディーノの息子)がベーシストとして参加し、“フライ・アウェイ” という曲はエマヴィーと一緒に仕事するシンガー・ソングライターのドルニック・レイが共同プロデュースを担当する。また “シング・トゥ・ザ・ムーン” はローラ・ムヴーラの作品のリワークとなっている。アルファ・ミストはピアノやキーボード全般に加え、ビート・プログラミングを行なっている。むしろ『エポック』は彼のビートメイカー的な才能にスポットを当てたものと言えるだろう。“インソムニア” ではラップも披露していて、彼の音楽的基盤においていかにヒップホップが大きなものかを物語る。
 エマヴィーの歌はエリカ・バドゥ直系とも言えるようなスタイルで、『エポック』は全般的にネオ・ソウルの王道を行くような作品である。J・ディラのプロダクションに影響を受けているアルファ・ミストだが、『エポック』はエリカ・バドゥ、J・ディラ、コモン、ディアンジェロなどによるソウルクエリアンズの世界観を継承しているのは明らかだろう。またジャズ的な見地ではピアノ使いはやはりJ・ディラとも交流のあったロバート・グラスパーにも重なる。そして全体的に沈み込むようなダウナーでメロウな作品が多いところは、やはりロンドンらしさと言えるかもしれない。振り返ると1990年代から2000年代にかけ、ロンドンにはスペイセックやブレイク・リフォーム、ディーゴやカイディ・テイサンらによるシルエット・ブラウンなど、ジャズのエッセンスも加えた良質なダウンテンポ・ソウルを提供するユニットがあった。本作もその系譜を受け継ぐ作品と言えるだろう。

6月6日渋谷レポート - ele-king

 欧米各都市でジョージ・フロイド事件に端を発する抗議活動が展開されるなか、去る6月6日の土曜日、渋谷でも集会とデモが敢行されている。

 集会のほうはハッシュタグ「#0606BlackLivesMatterに連帯するハチ公前抗議集会」を旗印とし、ハチ公前でいろんなひとが入れ替わり立ち替わりスピーチ(ラッパーの Awich も登場)。かなりの数の外国人が集まっており、それぞれに「Black Lives Matter」「Enough Is Enough(もうたくさんだ)」などのメッセージ・カードを掲げている。制服を着た高校生の姿も。

 デモのほうのハッシュタグは「#0606渋谷署前抗議」。5月22日に在日クルド人男性が渋谷署の警官に暴力を振るわれ、それに対する抗議デモが5月30日にローンチ、そのとき活動家が不当逮捕されたことを受け、今回の「#0606渋谷署前抗議」が決行されたという次第。30日をはるかに上まわる人数が参加していたようだ(共同通信によれば6日のデモ参加者は約500人。ちなみに同日、アメリカの主な都市では数千人~数万人が、オーストラリアやドイツ各地ではおよそ2万人が、ロンドンやパリでは数千人が、そしてソウルでは数十人がデモに参加した模様)。
 モヤイ像前を出発しスクランブル交差点を北進、井の頭通りを左折し、文化村前~道玄坂を経てふたたびスクランブル交差点を通過、渋谷署前を二度まわるルートで、こちらもやはりさまざまな肌の色の若者が参加している。「Black Lives Matter」はもちろん、「PEACE & LOVE」「SILENCE IS COMPLICITY」「WHO DO WE CALL WHEN THE POLICE MURDERS?」「今ここにいる全ての人が安心できる街を」「暴力警察官を監獄へ」など、メッセージの文言も色とりどり。

 このようにいま、世界と共振するような動きが日本でも起こっている。今後も注視していきたい。なお、ミネソタ・フリーダム・ファンドやジョージ・フロイドの公式支援ファンド、ブラックライヴズマターなど各所へのリンク先は、『Resident Advisor』をご確認ください。(小林)

Pharoah Sanders - ele-king

 COVID-19によって以前のようにライヴに行くことができないときは、ライヴ・アルバムを楽しむに限るということで、今回はジャズ・サックス奏者のファラオ・サンダースのライヴ・アルバムを紹介したい。
 1960年代から活動するジョン・コルトレーン世代のジャズ・ミュージシャンでは、去る3月にマッコイ・タイナーが亡くなってしまったが、ファラオ・サンダースはいまなお現役のリヴィング・レジェンドのひとりである。同じくコルトレーン門下出身のアーチー・シェップが、最近はダム・ザ・ファッジマンクとコラボ・アルバムを出してなかなか面白い内容となっているのだが、ファラオの場合は2010年代以降もロブ・マズレクやマウリツィオ・タナカらによる実験集団のシカゴ/サンパウロ・アンダーグラウンドと共演するなど、意欲的な取り組みも見せている。日本公演も継続的に行っていて、東京JAZZやモントルー・ジャズ・フェスティヴァル・イン・ジャパンなどにも出演している。

 そんなファラオ・サンダースの公式ライヴ・アルバムでは、1971年にニューヨークのザ・イーストで録音した『ライヴ・アット・ザ・イースト』(1972年、〈インパルス〉よりリリース)、ロサンゼルスとサンタ・クルーズのカリフォルニア公演を収めた『ライヴ・・・』(1982年、〈テレサ〉よりリリース)などが知られるところだ。意外に少ない印象なのだが、『ライヴ・・・』では彼の代表曲のひとつである“ユーヴ・ゴット・トゥ・ハヴ・フリーダム”を聴くことができるなど、ファラオ・ファン、ジャズ・ファンから人気が高い。
 『ライヴ・アット・ザ・イースト』は1970年代初頭のフリー・ジャズ全盛期の混沌とした演奏、『ライヴ・・・』は1980年代になってカリフォルニアへ移住し、心機一転した明るさを感じさせるネオ・バップ演奏と、それぞれの時代の特徴が表われたような演奏となっていて、当然ながら参加メンバーも大きく異なっている。そして、年代的にはそのちょうど中間にあたる1975年の未発表ライヴ音源が、このたび発掘された。
 発掘したのは〈トランスヴェルサルス・ディスク〉というフランスのレーベルで、フィリップ・グラスからエンニオ・モリコーネまで、主に未発表のライヴ音源やサントラなどを扱っているところだ。フィリップ・サルドやフランソワ・ド・ルーベなどフランスの作曲家の作品が多いのだが、フィリップ・グラスもファラオ・サンダースも1975年のパリ公演の音源を蔵出ししている。

 この『ライヴ・イン・パリ』には、1975年11月17日にフランス国営ラジオ局の大ホールで行われた演奏が収められている。演奏メンバーはファラオ・サンダース(テナー・サックス)以下、ダニー・ミクソン(ピアノ、オルガン)、カルヴィン・ヒル(ダブル・ベース)、グレッグ・バンディ(ドラムス)というカルテット編成。
 この前の作品は1974年録音の『ラヴ・イン・アス・オール』で、〈インパルス〉最終作となっている。次の作品は〈インディア・ナヴィゲーション〉からリリースした1976年録音の『ファラオ』で、ファラオにとって『ライヴ・イン・パリ』はちょうどこの空白の2年間を埋める貴重な音源と言えるだろう。
 演奏家としては35歳と脂がのってきたころだが、〈インパルス〉との契約が終わり次を模索していた時代だ。カルヴィン・ヒルは〈インパルス〉時代の『ヴィレッジ・オブ・ザ・ファラオズ』(1973年)、『エレヴェイション』(1973年)などに参加していて、一方グレッグ・バンディは『ファラオ』で演奏している。
 ファラオのバンドのピアニストは、ロニー・リストン・スミス、ジョー・ボナー、ジョン・ヒックスなど歴代の名手が務めてきたが、1975年は〈ストラタ・イースト〉でのピアノ・クワイアへの参加でも知られるダニー・ミクソンが演奏している。バンドもちょうど新旧メンバーが入れ替わる狭間の過渡期であったようだ。〈インパルス〉時代はパーカッションなど鳴り物や多数のホーン奏者が参加し、ヴォイスも交えながら集団即興を展開する場面が多かったが、それからするとワンホーンの本作はすっきりとコンパクトに整理した録音と言える。

 収録曲はファラオ最大の代表曲である“ザ・クリエイター・ハズ・ア・マスター・プラン”(1969年の『カーマ』収録で、レオン・トーマスとの共作)、『ラヴ・イン・アス・オール』や『ウィズダム・スルー・ミュージック』(1973年)に収録された人気曲“ラヴ・イズ・エヴリホエア”、後年『ラヴ・ウィル・ファインド・ア・ウェイ』(1978年)でも演奏している“ラヴ・イズ・ヒア”のパート1と2、コルトレーンも『ソウルトレーン』(1958年)や『ライヴ・アット・バードランド』(1964年)で演奏するスタンダードのバラード曲“アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー”、そして“フェアウェル・チューン”の全6曲。
 “フェアウェル・チューン”は1971年の『ゼンビ』の表題曲の別ヴァージョンと言える曲だ。演奏形態はフリー色は影を潜め、モードやポスト・バップ中心としたオーセンティックなスタイルとなっている。“ラヴ・イズ・ヒア”に見られるようにファラオのサックスはメロディアスさが目立っているが、そうした旋律が印象に残る楽曲をこの公演では選んでいるようだ。そして、時折彼のトレードマークと言える咆哮のようなフラビオ奏法も随所で披露する。
 同曲のパート2にも見られるように、ダニー・ミクソンの美しいピアノとのコンビネーションも素晴らしく、後の〈テレサ〉時代のジョン・ヒックスとの名コンビぶりを予見させるところもあり、中間では土着的なヴォイスを交えた即興パートも見せてくれる。
 印象的なベース・ラインが循環するモーダルな“フェアウェル・チューン”は、ゆったりとした中から次第にアップ・テンポで飛ばしていく展開が見事だ。非常にライヴ感の溢れる演奏で、エモーションが高まるにつれてヴォイス・パフォーマンスも飛び出す。

 “ザ・クリエイター・ハズ・ア・マスター・プラン”も、スタジオ録音などと比べてテンポ・アップした演奏となっていて、ダニー・ミクソンのピアノも非常にリズミカルである。ダニーのテイストが影響しているのだろうか、『ライヴ・イン・パリ』はファラオのアルバムの中でもソウルフルな持ち味が出ていると言えよう。ただ、この“ザ・クリエイター・ハズ・ア・マスター・プラン”は中間では突如として不穏なフリー・インプロヴィゼイションへと突入し、ファラオのもう一面も見せてくれる。フリーキーなパートでダニーはオルガンへと持ち替え、ファラオのサックスと共にコズミックなムードを演出している。
 最後はお寺の鐘のような音色で締めくくられる。1990年代のファラオはバラード奏者として新境地を見せるのだが、“アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー”はそんな姿を先取りしたかのような演奏。実際に1991年の『ウェルカム・トゥ・ラヴ』でも再演していて、このアルバムも偶然かフランス録音だった。そして“ラヴ・イズ・ヒア”に始まって、ライヴの締め括りは“ラヴ・イズ・エヴリホエア”。ファラオらしいメッセージ性に富む曲順で、シャウトするヴォーカルとコール&レスポンスのバック・コーラスが楽しめる。
 前半のファラオはサックスを吹かずにヴォーカルのみに徹しているが、そのぶんダニー・ミクソンのピアノとグレッグ・バンディのドラムスが引っ張っている。そしてファラオのサックスが入ってからのラストへ向けての盛り上がりは物凄く、観客の歓声や拍手がそれを物語る。

 なお、アルバム・ジャケットのファラオの写真は、衣装やたたずまい、眼差しなどはカマシ・ワシントンそっくりであり、いかにカマシがファラオの影響を受けているかがわかるだろう。現在のカマシのファン、彼の作品を聴いてジャズに興味を持った人には是非とも聴いてもらいたアルバムだ。

編集部より - ele-king

 周知のように、いまアメリカ全土では、ミネアポリスでジョージ・フロイドが白人の警察官から暴行を受け死亡した事件をきっかけに、人種差別に反対する抗議運動が広がっている。このプロテストを支持する意味で、音楽業界全体が活動休止する「black out Tuseday」が本日起きている。
 まず、エレキング編集部に入って来ている情報を整理しながら、どう考えているかを明らかにしておきたい。コロナ騒ぎが起きる前から、たとえばロサンジェルス在住のニール・オリヴィエラ(デトロイト・エスカレーター・カンパニー名義で知られる)から、すでに冷酷な格差社会が広がっており、いつ暴動が起きてもおかしくないテンションがあるという話は2か月前に聞いていた。また、これはアメリカの他の都市にも言えることだが、黒人が多く住んでいる地区にはスーパーも数少ない上にマクドナルドの方が安上がりなので、どうしても食生活に偏りが出てしまう。結果肥満、高血圧など病気がちになってしまう。(コロナに感染して死亡してしまうケースの多さの一因であろう)
 そもそも、今回引き金となったジョージ・フロイド事件以前にも、たとえば、ジョージア州でジョギングをしていた黒人が近所の白人親子に射殺された事件(父親が元警察官で地元政治家などと懇意だったため、数か月後にヴィデオが発覚してやっと逮捕された)。NYセントラルパークで犬を放し飼いにしていることを黒人に注意された白人女性が(命の危険を感じると)嘘をついて警察を呼んだ事件。マイアミでは自分の子供を殺した母親が黒人2人組に襲われて息子を誘拐されたと嘘をついた事件。ホームレスに渡す物資をトラックで整理していた医者が警察に問いただされて銃をつきつけられた事件などなど、このところ人種差別にまつわる事件が相次いでいた。
 そして、こうした一連の人種差別事件が頻発している背景にトランプ政権があることは疑いようがない(メキシコ人しかり中国人しかり)。彼の人種差別を肯定するかのような公言もあって、このような事態が加速しているように思えるのは我々だけではないだろう。日本でもつい先日クルド人男性が警察の暴力を受けたばかりであり、他人事ではない。
 もっとも、相変わらずニュース番組にも問題がある。ジェフ・ミルズのアクシス・レーベルによれば、抗議デモは広くは平和的なのに、しかしTVは暴力的な場面だけにフォーカスし、反復しているとのこと。また、キング牧師暗殺以来の外出禁止令という言い方も少々大げさであり、コロナウイルスにおける外出禁止の勧告と同じくらいのものだという。まだ、いまのところは。(もし、万が一、トランプが軍隊を出すようなことがあればどうなるかわかったもんじゃない)
 いずれにせよ、いま大きなことが起きている。エレキングとしては現地でこの抗議デモに参加している人物のインタヴューを近々載せようと思っています。ひとりは、ベテランの詩人にして活動家のジェシカ・ケア・ムーア。昨日、彼女がデトロイトのコミュニティでやったスピーチも見たが、まったく暴力的なものではなかった。なるべく早く載せられるようにしますので、しばしお待ち下さい。(野田+小林)

追記:亡くなったジョージ・フロイドは、ビッグ・フロイド名義でDJスクリューの作品に参加していたラッパーでもあった。DJスクリューの「チョップド&スクリュード」という手法は、のちにヴェイパーウェイヴにまで影響を与えることになる。

スチャダラパー - ele-king

 デビューからちょうど30周年を迎えたスチャダラパーによる、13作目となるフル・アルバム『シン・スチャダラ大作戦』。このタイトルは、彼らのデビュー・アルバムである『スチャダラ大作戦』の現代版アップデートとも読み取れるわけでもあるが、30年間、いい意味で全く変わらないスタイルを貫いてきた彼らのスタンスそのものが反映された作品にもなっている。
 本作の目玉のひとつとなっているのが、“スチャダラパーからのライムスター”名義にて先行でシングル・リリースもされたRHYMESTERとの初のコラボレーションによる“Forever Young”だ。年代的にもキャリアの長さ的にもほぼ同じこの二組であるが、両者の歩んできた道はまったく異なる。『スチャダラ大作戦』リリースの時点ですでにサブカル界のニュースターであったスチャダパラーと、スチャダラパーから約3年遅れでリリースされたデビュー・アルバムを今では(半ば冗談だが)自ら封印しているRHYMESTER。いずれも、当時の日本のヒップホップ・シーンを牽引していたインディ・レーベルである〈ファイル・レコード〉からのデビューというのも何とも不思議な縁を感じるが、以降、スチャダラパーはスチャダラパーであり続け、かたやRHYMESTERは常に試行錯誤を繰り返して切磋琢磨し、成長し続けていく。時を経て、いまでは日本のヒップホップ・シーンを代表するベテラン・アーティストとなった二組の待望の初共演曲。Illsict Tsuboiがプロデュースを手がけ、生楽器もフィーチャしたファンクネス溢れるトラックと4MCとのコンビネーションが生み出した“Forever Young”は、彼らがこれまで約30年にわたって表現してきたヒップホップのまさに王道中の王道。若手や中堅のアーティストは決して真似することのできない、味わい深い1曲に仕上がっている。こんな曲が、2020年のいま聴けるなんて、彼らと同世代である筆者にとっても、実に感慨深い。
 なお、今回のアルバムのメイン・プロデューサーは当然、これまでの作品と同様にスチャダラパーのDJであるSHINCOが担当している。SHINCOの作るサウンドは現在進行形の最先端のヒップホップとも当然異なるが、しかし、その時代時代に合わせて常にアップデートが繰り返されきた。とくに1999年リリースの『FUN-KEY LP』辺りで、スチャダラパーのサウンド面での基本型というものが作り上げられたように思うのだが、その型をずっとキープしたまま、その軸となる部分は全くブレない。その上での着実なアップデートによって、スチャダラパーの変わらないスタイルというものが、常に新鮮なままキープされている。それは実はBOSEとANIという2人のラップに関しても同様なのかもしれないが、『スチャダラ大作戦』にも収録された“スチャダラパーのテーマ”を引用した“イントロダクシン”から“シン・スチャダラパーのテーマ”へ至るド頭の流れの時点で、格好良さから面白さ、全てを含んだ彼らの普遍的なアーティストしての魅力が溢れている。
 日本に限らず、世界を見渡しても彼らのようなヒップホップ・グループはおそらく他に存在しないであろうし、今後もそう簡単には現れることはないだろう。30周年を超えてもなお輝き続ける彼らが、今後さらにどんな活動を繰り広げてくれるのか楽しみでならない。

Sleaford Mods - ele-king

 〈ラフトレード〉からのベスト盤『All That Glue』のヴァイナルは先週UKチャート1位です。

Various Artists - ele-king

 新しい生活様式ではないが、今後はCOVID-19以前・以後というフレーズが多く使われていくだろう。音楽業界も大きな変化に直面することが考えられる。たとえばライヴやフェスなどがこれまでのような形で開かれるのか先行きは不透明であるし、ライヴハウスやクラブ、ミュージック・バーなどの存続も懸念される問題だ。それによっては音楽家やアーティストたちの活動も変わらざる負えないし、youtubeなどネット配信を介したライヴやフェスのやり方もいままで以上に模索されるだろう。それでも生のライヴの素晴らしさを再現するのはなかなか困難だ。
 ライヴは観客がいてこそ盛り上がりや興奮を生み、それによって演奏者や歌い手たちもより素晴らしいパフォーマンスを見せるという相乗効果を生むもので、レコードやCD、または音楽配信などでは味わえない魅力がそこにある。
 ただし、ときには無観客で行われるスタジオ・ライヴという手法もある。スタジオという良質な録音環境の中、オーヴァーダビングや編集作業などの余計な行程を狭まずに、ライヴ・ホールにおけるパフォーマンスに近い形で奏者の生演奏を録音したものだ。観客の拍手や歓声、奏者のMCなどが入らないので、音楽の録音物としてはより純度が高い。いままでのようなライヴ開催がなかなか困難な状況下では、スポーツの無観客試合ではないが、無観客のスタジオ・ライヴというのもひとつの方法ではあるかもしれない。

 スタジオ・ライヴについてはイギリスのBBC放送が数々の名演を生んできて、ときに公式のライヴ・アルバムよりも素晴らしい演奏を聴くこともできる。BBCのスタジオ・ライヴではDJのジョン・ピールによる『ピール・セッションズ』が有名で、ジミ・ヘンドリックス、レッド・ツェッペリン、デヴィッド・ボウイなどが録音を行っているが、その舞台となったのがロンドンのメイダ・ヴェール・スタジオである。1934年に設立され、ビートルズからモリッシー、ニルヴァーナなどがセッションを行ってきた由緒正しきスタジオで、建物はヒストリック・イングランドがグレード2の建造物に指定している。今後は歴史的建造物となるために現在の場所は閉鎖され、スタジオとして新しく再開する場所を探すとのことが2018年に発表されたが、現在はCOVID-19のために3月末から閉館となっている。
 ジョン・ピール以外ではジャイルス・ピーターソンもメイダ・ヴェール・スタジオでのスタジオ・ライヴ放送をしばしば行っていて、彼の番組の『ワールドワイド』でたびたびその模様が放送されてきた。ゲストのミュージシャンやDJがプレイを披露するのだが、2018年10月には「UKジャズ」と銘打った特別プログラムが組まれ、ジョー・アーモン・ジョーンズやヌビア・ガルシアたちが出演している。
 ボイラー・ルームもそうだが、アーティストたちにとってメイダ・ヴェールのスタジオ・ライヴは絶好のアピールの場なのである。2018年の春は『ウィ・アウト・ヒア』が発表され、それをフォローする形で「UKジャズ」の特番が組まれたわけだが、本アルバムはその2018年10月のセッション音源をまとめたものである。

 参加者はジョー・アーモン・ジョーンズ、ヌビア・ガルシア、オスカー・ジェローム、ファティマ、ハク・ベイカー、イシュマエル・アンサンブルで、そのほかエズラ・コレクティヴのディラン・ジョーンズやジェイムズ・モリソン、ココロコのムタレ・チャシ、マリウス・アレスカやラス・アシェバーも加わっている。
 ジョー・アーモン・ジョーンズについては『スターティング・トゥデイ』を発表して間もなくとあって、その録音に近い形でメンバーを揃えてセッションに臨んでいる。披露する“スターティング・トゥデイ”と“オールモスト・ウェント・トゥー・ファー”は共にアルバムからのナンバーである。
 ヌビア・ガルシアの“ホールド”は〈ジャズ・リフレッシュド〉からのデビューEPである『ヌビアズ・ファイヴ』(2017年)収録曲で、オスカー・ジェロームの“ドゥ・ユー・リアリー”はデジタル配信のみで発表していた2018年のシングル曲。どちらもジョー・アーモン・ジョーンズのバンドと共演という形で演奏しているが、そもそも彼ら3人はジョー・アーモン・ジョーンズとマックスウェル・オーウィンの『イディオム』(2017年)でも共演するなど昔からの仲間であるので、今回のセッションも非常に息の合ったところを見せてくれる。
 ファティマの“オンリー”は当時リリースされたばかりの『アンド・イエット・イッツ・オール・ラヴ』からのナンバーだが、ジョー・アーモン・ジョーンズ・バンドとの共演という形で披露している。
 ハク・ベイカーはロンドンのインディ・フォーク系のシンガー・ソングライターで、やはりジョー・アーモン・ジョーンズと共演して持ち歌の“サースティ・サーズデイ”を歌っている。
 つまり、本セッションのほとんどがジョー・アーモン・ジョーンズ、ヌビア・ガルシア、オスカー・ジェロームを主軸とするジョー・アーモン・ジョーンズ・バンドの演奏となる。唯一の例外はブリストル出身のピート・カニンガムを中心とするイシュマエル・アンサンブルで、アルバム『ア・ステイト・オブ・フロウ』(2019年発表、2018年にリリースされた『セヴン・ソングス』という連作シングル曲を中心に構成)からの楽曲“トンネルズ”を演奏している。

 “スターティング・トゥデイ”に代表されるように、アルバム録音と比較してエレクトロニクスの関与する割合が減っている分、個々の演奏における即興部分の比重が増し、ライヴならではの粗削りなところもあるが、それを補って余りあるエモーションの込められた演奏が展開される。ラス・アシェバーの歌も、このセッション用に変えてきているところもある。これを聴くとやはりジャズはライヴ・ミュージックであり、レコードはたまたまその瞬間を録音したものに過ぎないということを感じる。
 オスカー・ジェロームもライヴという形態が彼のシンガー・ソングライター的な立ち位置をよく伝えてくれるし、ファティマもジョー・アーモン・ジョーンズ・バンドと共演することにより、彼女のネオ・ソウル的な資質をより引き出している。イシュマエル・アンサンブルの“トンネルズ”は原曲に比べてドラムスが退行した分、全体的にアンビエントな仕上がりとなっていて、ジョー・アーモン・ジョーンズ・バンドとの違いを際立たせるものとなっている。どちらかと言えばフローティング・ポインツに近い演奏だ。
 こうしてライヴ演奏ひとつとっても、オリジナルの演奏とは随分と違うところがあり、極端な話、同じ曲でもひとつとして同じ演奏はない。曲や演奏は生き物であり、アイデアひとつでどんどん変わっていくものである。COVID-19によっていろいろ不自由や制限を感じざる負えないライヴ環境だが、そうしたなかでも音楽は新しいアイデアを生んでいくと信じたい。

Tom Misch & Yussef Dayes - ele-king

「『What Kinda Music』はサウス・ロンドン・ジャズ・シーンの集大成なのか?」

 昨今の音楽シーンを語る上でいまや欠かせない存在となったトム・ミッシュとユセフ・デイズ。今年の2月頃にふたりのコラボ・リリースのアナウンスがされたときはもちろん衝撃的だったが、トムが18年にリリースしたソロ・アルバム『Geography』のツアーの合間にインスタグラムでユセフとのスタジオ・セッションの動画をアップしたときに「いよいよこのときが来るのか!?」と興奮したのを鮮明に覚えている。それからあっという間に2年の歳月が経ち、ジャズ名門レーベルの〈Blue Note〉からこうして陽の目を浴びることになった。

 いまさらここの読者にふたりの経歴について語るのも野暮かもしれないので、クラブ畑で育った僕がふたりを知ったキッカケを少し綴りたい。どちらも4~5年前のこと、ユセフ・デイズに触れたのはカマール・ウィリアムスとのコラボ・ユニット、ユセフ・カマールの『Black Focus』が最初。カマール・ウィリアムスの別名義、ヘンリー・ウーの存在がすでにハウス界隈で騒がれていたし、このアルバムが所謂「UKジャズ・シーン」というコトバに火をつけたキッカケになっているのは間違いない。17年に Billboard Live Tokyo で来日した際はカマール・ウィリアムスがまさかのドタキャンで驚かせてくれたが、残念半分で観たライヴで「あのヤバイドラマーは誰なんだ!?」とそれを超える驚きを見せてくれたのはいい思い出だ。
 対するトム・ミッシュは16年にリリースしたシングル「Watch Me Dance」がハウス・プロデューサーのクラカザットにリミックスされた辺りから。翌年に発表した「South Of The River」はオランダのディープ・ハウス・デュオ、デトロイト・スウィンドルにもリミックスされるなど、ハウス/ディスコ界隈でその名を目にしていた記憶がある。その後リリースした『Geography』からは言うまでもないだろう。サマーソニックやフジロックにもその名を連ねるなど、その勢いは止まることを知らない。

 つまり多少距離はあったにせよ、どちらも「界隈」にいたわけで、今回のコラボはお互いの活動の延長線上、起こるべくして起こった化学反応なのは間違いない。どちらもサウス・ロンドンを拠点に活動し、世代も近く、アレサ・フランクリン、マーヴィン・ゲイ、ニーナ・シモンらアメリカのジャズやソウルの教科書的アーティストもしっかりと通過し、ジャンルに縛られることなく自由に横断する「フュージョン感」はアルバムの中にも随所に散りばめられている。

What Kinda Music - Documentary

 『Geography』のファンであればアルバムの冒頭から随分とダークな内容に仕上がっていると感じるだろう。この部分は実験的なサウンドを好むユセフ・デイズのカラーが前に出ている。アルバム・ドキュメンタリーで「大半はジャムをしながら作っていった」と語っているように、日頃からのライヴで培ったユセフのスキル溢れるドラムにトムがギターで重ねてセッションしていくというのが主な制作の流れだったんだろう。アルバムすべてにおいて、まさにドラムがメイン・パートになっており、彼の十八番でもある高速ドラミングから4曲目の “Tidal Wave” のようにスローだがグルーヴの感じるトラックまで様々だ。

 多くの曲のクレジットに「Produced by Tom Misch」と書かれているのにも注目して欲しい。ベッドルーム・スタジオでのビートメイク上がりのトム・ミッシュが自身のアルバムを通して、レコーディングのスキルをより充実させより理論的にサウンドをプロデュースしていく部分も非常に興味深い。「ジャムで作った」と簡単に言いながらも、音楽に対する間違いのない技術と豊富な経験値や知識がなければこのレヴェルの高い作品はできるはずがない。

 ドキュメンタリーの後半では「15年前くらいにユセフが学校のイベントでドラムを叩いてるのを観たことがある」、「お互いの親父がアルバムを通していまでは自分たちより仲良くなってる」と語るように、親の世代でも距離が近く、世代や人種、ジャンルを超えてコラボレーションが盛んなロンドンのミュージック・シーンならではのコンセプトがこのアルバムのなかに強烈に落とし込まれている。何度もアルバムを聴き返し、彼らの言葉にも耳を傾けると、ある種2015年ごろから火がついた「UKジャズ・シーン」と呼ばれる一種のムーヴメントの集大成的アルバムの位置付けのような気もしてくる。トム・ミッシュしか知らなかった人はユセフ・デイズや彼の関連作品を、逆もまた然り。このアルバムをキッカケにまた色々な作品を掘り下げていけばジャンルを超えた新たな音楽体験が待っているのかもしれない。

Black Atlantica Edits - ele-king

 ダニエル・ハークスマン、ベルリンを拠点に南アメリカおよびアフリカのリズムを調査し続けるこのDJ/プロデューサー/ジャーナリストによる新しいプロジェクトは『Black Atlantica Edits』、もちろんポール・ギルロイの1993年の著作に由来する。
 『Rio Biaile Funk』によってブラジルのバイレ・ファンキの紹介者として知られるハークスマンは、自身のレーベル〈Man Recordings〉からアフリカおよび南アメリカにおける雑食性豊かなダンス・ミュージックをすでに100作以上リリースしている。そしていま彼は〈BBE〉から彼が蒐集したビート・コレクション──カメルーン、ブラジル、ガーナなどなど、南アメリカおよびアフリカの古いのから新しいモノまで──を自らのエディットによって紹介する。すべてがダンスホール音楽、つまり踊るための音楽で、いや、もうこれはいまは家の中で踊るしかない。黒い大西洋から生まれた面白いリズムが揃っている。ちなみに、ダニエル・ハークスマンは故・飯島直樹さんがイチオシだったアーティストでもある。

https://www.bbemusic.com/downloads/black-atlantica-edits/

Пошлая Молли (Poshlaya Molly) - ele-king

 いちばん好きなバンドは? と聞かれるのがずっと苦手だった。世代に沿ったド定番のバンドはある程度聴いてきたし、流行りの曲や新譜のチェックもできるだけ欠かさないようにしてきた。だが、いまだにフェスの季節が来るたび新しいバンドの存在を知らされたり、お気に入りのアルバムがセカンドかサードかも曖昧になったり、素朴な質問にすら悩んでしまったりする。そう、自分はどのバンドのファンにもなったことがなかったのだ。ところが最近、ついに胸を張ってファンと名乗れるバンドができた。そのバンドこそが、ウクライナのポップ・パンク・バンド、ПОШЛАЯ МОЛЛИ (Poshlaya Molly:ポシュラヤ・モリー)だ。

 ロシア・ウクライナ語で「モリ―(MDMA)を贈る」という意味の名を冠し、甘やかされて育ったティーンエイジャーをコンセプトに活動する ПОШЛАЯ МОЛЛИ。日本ではまだ知名度が低いどころかほとんど知られていないが、彼らの活動拠点であるロシア・ウクライナでは人気急上昇中のバンドだ。グランジ、オルタナティヴ・ロックを軸に、エレクトロニック・サウンドをミックスしたキャッチーな楽曲と、現代のユース・カルチャーを映し出した特徴的な世界観で若者たちを魅了した。また、デビュー当時の2017年前後に流行したマンブル・ラップを、ポップなパンク・ロック・サウンドに落とし込み、よりユースの心情の解像度を高めたマンブル・ロックのシーンを構築した。その後も数々のライヴを重ね、2018年には〈Warner Music Russia〉に所属するなど、さらなる人気を集めている。

 彼らを知ったのは2017年の秋、ちょうどデビュー・アルバム『8 способов как бросить …』が出されてすぐの頃。収録曲 “Любимая песня твоей сестры” のMVを YouTube で偶然見つけたのがきっかけだった。このMVは計1,000万回もの再生数を記録し、現地のSNSサイト Vk.com を中心に話題となった。最初は耳慣れている、聴きやすいオルタナティヴ・ロック・バンドくらいの印象でしかなかったが、初めて触れるウクライナのシーンは退廃的ながらもどこか新鮮だった。

 その後もなんとなくチェックするようになり、気づけばデビューからいまこうして筆を執るまで彼らを追い続けている。現在のサウンドに近づきはじめたEP「Грустная девчонка с глазами как у собаки」、「ОЧЕНЬ СТРАШНАЯ МОЛЛИ 3」もすべてリリース当日に聴きこんだ。サブスクがある時代に生まれて本当に良かったと思う。楽曲ももちろんのこと、ユース・カルチャーをリスペクトしてるのか、はたまた皮肉ったかのようなMVも何度再生しただろうか。

 ここまで愛を語るとどれだけすごいバンドなのかと期待を持たせてしまうかもしれないが、彼らは特にこれと言って画期的なサウンドを奏でたり、新しいシーンを構築してるわけでもない。人によっては割と普通のポップ・パンクといった印象を受けるであろう。それでも彼らに惹かれてしまう理由が、最新作EP「PAYCHECK」でやっと解き明かされた。

 前作同様、お腹いっぱいになるほどポップ・パンクな楽曲が全6曲収録された本作。1曲目 “Самый лучший эмо панк” ではバンド名をコーラスさせたり、2曲目 “Беспечный рыцарь тьмы” の間奏ではいわゆるお決まりのようなブレイクダウンが挟まっていたりと、とにかくド定番な演出が詰まっている。ありきたりな演出と捉えられるかもしれないが、欲しい音を欲しいところでぶつけてくるところが彼らの魅力でもある。

 本作のリリースに先駆け、シングルとしてもリリースされた5曲目の “Мишка” は、ロシアのモデル・シンガーの KATERINA をフィーチャリングに起用。併せて公開された同作のMVでは、キャスケットにフレンチネイル、細身のスキニーとテーラードジャケットといった懐かしのファッションに身を包んだふたりの男女、レッドカーペットに集うパパラッチにアワードのトロフィー……と2000年代のセレブ、ゴシップ・ブームを彷彿させる世界観を、かつてのヒットチャート風の楽曲と共に披露した。

 ПОШЛАЯ МОЛЛИ のコンセプト「甘やかされて育ったティーンエイジャー」とは、まさに彼らが演じるキャラクターであり、それらを見て育った彼ら自身そのものだ。これまで影響を受けたロック・バンドやポップ・カルチャーをリスペクトし、過去の産物になってしまったスタイルを否定せず当時の憧れをサウンドにアップデートすることで、ПОШЛАЯ МОЛЛИ はいつまでもティーンエイジャーであり続けている。そんな彼らと同じ憧れを自分も持っていたからこそ、あの聴きやすいサウンドや新鮮ながらもどこか共感してしまう世界観に惹かれ、お決まりの展開ですら心地良く感じていたのだと、本作で気付かされてしまった。そして、かつての憧れに対して真剣に向き合う彼らの姿勢に、いま自分は憧れている。

 こうして愛を語れるようになったのも、実は彼らのおかげである。ライターとして活動をはじめたのも、自身の note にロシア・ウクライナのアーティストについて記したのがきっかけだった。新卒で出版社を受けたものの全滅した自分を、ライターというかたちで憧れの姿に近付かせてくれた彼らには頭が上がらない。もうすっかり彼らの虜になってしまったいまなら、いちばん好きなバンドを問われたとしても躊躇なく答えられる、ПОШЛАЯ МОЛЛИ であると。

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