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Home >  Reviews >  Album Reviews > Fatima- And Yet It's All Love

Fatima

FunkGrimeHip HopSoul

Fatima

And Yet It's All Love

Eglo Records/Pヴァイン

Amazon

野田努   Nov 28,2018 UP
E王

 こうなる瞬間を待っていた。ある種の奇跡だろう。たとえばアルチュール・ランボーの有名な詩の一節。「ぼくは歩く、自然のなかを、恋人を連れ添っているみたいにウキウキしながら」。10代の思春期の真っ直中に読むとじつにうっとりする詩だ。20代になってもぼくはこの詩が好きで、しかし30代になってからはじょじょにだけれど「好き」が薄れていったので、自分はかつてこの詩がとても好きだったという事実だけは忘れないようにしようと思った。
 音楽が好きになった大きな理由のひとつも、音楽を聴いて恋する気持ちが湧き上がるからだ。やたら胸がときめき、切なくなり、うれしくなる。この無意味な一生をどうやって過ごせばいいんだよバカヤローなどと思っていた昨日までの自分は消えて、幸せな感覚が身体をかけめぐる。何十億儲けても儲け足りなかったゴーンよりも確実に幸せだと思える感覚だ。そんなときめきを素晴らしいポップ・ミュージックは何気なく誘発する。ファティマの『アンド・イェット・イッツ・オール・ラヴ(そしていまだそれはすべての愛)』をはじめて聴いた瞬間、つまり1曲目がはじまると、スローモーションになった世界では、落葉樹の黄色がほのかに輝き、心地良い風に包まれながら自分はとろとろに溶けていく。いても立ってもいられれなくなり、花屋に入って花を買ったほどだ。

 2014年のファティマの最初のアルバム『Yellow Memories』をぼくがなぜ買ったのかといえば、フローティング・ポインツとセオ・パリッシュが関わっているからで、レーベルも〈イグロ〉だし、彼女がロンドンのプラスティック・ピープルから出てきたシンガーであることも気になっていたし、いずれにせよ音楽的な理由によるものだ。そのレヴューでも書いているように、ローリン・ヒルやジル・スコットを聴いて育った彼女の『Yellow Memories』には、マッドリブの弟やコンピュータ・ジェイといった西海岸のビートメイカーも参加している。それを思えば、新作『アンド・イェット・イッツ・オール・ラヴ』がよりソウルフルなヒップホップに向かうことは自然の成り行きだったのかもしれない。ただ、それにしてもこのアルバムの恍惚感は出色なのだ。

 ぼくのお気に入りは以下の2曲。〈ストーンズ・スロー〉からの作品で知られるmndsgn(マインドデザイン)がトラックを手掛けた1曲目の“Dang”は、キラキラとした、メロウで官能的な波乗りだ。温かい音色によるグルーヴの合間をなめらかに滑るファティマの歌声。今後このアルバムを聴くことがあれば、まずは“Dang”をかける。“Attention Span Of A Cookie”は、ぶ厚いシンセ・ベースが効果的に入っているクラブ映えしそうな曲で、これも“Dang”と同じようにメロディラインが秀逸だ。
 ほかにも良い曲はあるし、全体的にメリハリの効いているアルバムだと言える。“I See Faces In Everything”も“Attention Span~”同様にキャッチーだし、ロンドンのグライム・プロデューサー、ザ・ピュアリストによるウェイトレス・トラックを擁する“Take It All”は、深夜の友として聴くには最高かもしれない。グライム系ではほかにJD Reidが参加しているが、その曲“Somebody Else”のリズムはたしかに目新しく、一風変わっていて面白い。LAのビートメイカーではSwarvy、そしてサー・ラーのTaz Arnold(ケンドリックの『トゥ・ピンプ~』にも参加している)もそれぞれ1曲ずつ提供している。
 しかしぼくがこのアルバムを聴いているのは、そうした音楽的な情報ゆえではない。恋人を連れ添っているみたいにウキウキするから、それでしかないし、ゆえにこのアルバムは素晴らしいと思う。そしていまだそれはすべての愛、おそらくこれからも。

野田努