「IO」と一致するもの

 〈φonon (フォノン)〉は、EP-4の佐藤薫の〈SKATING PEARS〉のサブレーベルとして2018年に始動した、という話はすでに書いた。いまのところEP-4 [fn.ψ]『OBLIQUES』、A.Mizukiのソロ・ユニットで、ラヂオ ensembles アイーダ『From ASIA (Radio Of The Day #2)』という2枚のリリースがある。
 で、このたび第二弾のリリースありとの情報。

 そのひとつは、家口成樹セレクトのエレクトロ・コンピレーション、『Allopoietic factor』。いま最高にクールなエレクトロニック・ミュージック/ノイズが収録されている。そして、もう1枚は森田潤の初ソロCD『LʼARTE DEI RUMORI DI MORTE。美しくも不気味な音を巧みにコラージュさせる音響センスは秀逸で、ユーモアもある。
 ぜひ、チェックしてくれ。
https://www.slogan.co.jp/skatingpears/

6月15日(金) 2タイトル同時発売!!

アーティスト:Various Artists
アルバムタイトル:Allopoietic factor
発売日:2018年6月15日(金)
定価:¥2,000(税別)
品番:SPF-003
発売元:φonon (フォノン) div. of SKATING PEARS

01. Bark & Pulse / ZVIZMO
02. Suna No Onna / Turtle Yama
03. Fuzzy mood for backpackers / bonnounomukuro
04. Crepuscular rays / Singū-IEGUTI
05. Exocytosis / Yuki Hasegawa
06. Boiling Point / 4TLTD
07. Armor / Natiho Toyota
08. Sairei No Odori / Black root(s) crew
09. IN A ROOM / Radio ensembles Aiida
10. Proto-Enantiomorphous / EP-4[fn.ψ]

アーティスト:Jun Morita
タイトル:LʼARTE DEI RUMORI DI MORTE
発売日: 2018年6月15日(金)
定価:¥2,000(税別)
品番:SPF-004
発売元:φonon (フォノン) div. of SKATING PEARS

トラックリスト
01. Le Pli II
02. Poesia I
03. L'Arte Dei Rumori Di Morte
04. Corpus Delicti
05. Acephale Extravaganza
06. Poesia II
07. Live at Forestlimit,Tokyo 20-Jan-2018

王舟 & BIOMAN - ele-king

 窓からはそれほど強くない、だがぬくもりに溢れた陽光が差し込んでいる。猫がひなたぼっこをしている。コーヒーの香りが一面に広がる。談笑が聞こえる。喫茶店あるいはちょっとした食堂の昼下がり、それも見知らぬ人ばかりが集う都心のそれではなく、訪れる者たちがみな顔見知りであるようなローカルなそれ。もしかしたらその場では陽気なギターの弾き語りなんかもおこなわれているのかもしれない。これはきっと、気心の知れた友人たちと楽しいひとときを過ごすための音楽なのだと思う。

 今年に入って起ち上げられた〈felicity〉の「兄弟」に当たる新レーベル〈NEWHERE MUSIC〉は、「エレクトロニック・ライト・ミュージック」すなわち「電子的な軽音楽」を標榜している。その栄えある第1弾リリース作品に選ばれたのが、これまで〈felicity〉から作品を発表してきたシンガーソングライターの王舟(NRQの新作にも参加)と、neco眠るや千紗子と純太での活動でも知られるBIOMANによる共作『Villa Tereze』である。エンジニアを務めるマッティア・コレッティは、2006年にイタリアのファエンツァでライヴ録音されたダモ鈴木ネットワークのアルバム『Tutti i colori del silenzio』にも参加したことのあるギタリストで、山本精一や古川日出男、オシリペンペンズらとの共演歴もある。その彼がEP「6 SONGS」でコラボした王舟と来日ツアーをおこなった際に、大阪でBIOMANと出会ったことからこのアルバムの制作がはじまったのだそうだ。王舟とBIOMANのふたりは昨年末、コレッティを訪ねてイタリア中部の小さな町まで足を運び、そこで本作が録音されることとなった。

 その町の名前が冠された冒頭の“Pergola”がこのアルバム全体のムードを決定づけている。その穏やかなギターの調べはどこまでも聴き手に安心感をもたらすが、背後で繰り広げられるさまざまな具体音の饗宴が、たんに本作がひとりきりのメディテイションを目的としているわけではないことを告げている。その姿勢は4曲目“Ancona”のコイン(?)や7曲目“Falconara Marittima”のニワトリ(?)のような微笑ましい種々の具体音に、あるいはギターとドラムがポストロック的な展開を聴かせる8曲目“Senigallia”の、ひねりの加えられたリズムにも表れている。心地良さの追求と手の込んだ音選び、生演奏と電子音との幸福なる融合。アルバムはそして、冒頭と同じ旋律を奏でつつも具体音を排除したギター1本の小品“Tereze”で幕を閉じる。それら本作に仕込まれたギミックの数々は、ミュジーク・コンクレートやアンビエントの手法がけっしてマニアックな好事家だけのものではなく、ふだんJポップにしか触れる機会のないようなリスナーたちにも開かれたものであることを教えてくれる。

 さまざまな趣向を凝らす一方で、どこまでも人間の持つ温かな側面を伝えようとするこのアルバムは、たとえば友だちのほとんどいない僕にとっては、けっして訪れることのない幸せな語らいの時間を擬似体験させてくれる、VRのような作品である。この軽やかにして喚起力豊かなアンビエント・ポップ・サウンドに、あなたもひとつ身を委ねてみてはいかがだろう?


あの時代が残したもの - ele-king


Simian Mobile Disco
Murmurations

Wichita / ホステス

TechnoElectronic

Amazon Tower HMV iTunes

 レヴューには書きそびれてしまったのだけれど、『ザ・スクエア 思いやりの聖域』でジャスティスの“Genesis”がかかったとき、何とも言えない気持ちになってしまった。それは主人公のクリスティアンが低所得者が暮らす住宅に脅迫めいたビラを配るのに向かう車のなかで流されるのだが、暴力的な気分を上げるためのものとしてドラッグのように「使用」されている。ジャスティスのファースト・アルバム『†』が2007年。当時、ニュー・エレクトロと呼ばれたエレクトロニック・ミュージックのイメージがまったく更新されないままそこで援用されている。まあジャスティスの場合はロマン・ガヴラス監督による“Stress”の超暴力的なヴィデオの印象を引きずっているところも大きいだろうが、いまから振り返って当時のインディ・ロックとエレクトロのクロスオーヴァーの思い出は大体そんなところではないだろうか。粗暴で子どもっぽく、刹那的。それ自体はけっして悪いことではない。ニュー・レイヴと呼ばれたシーンにまで拡大すれば、事実としてインディ・ロックを聴いていたキッズたちを大勢踊らせたし、自分もけっこう楽しんだほうだ。オルター・イーゴの“Rocker”で何度も踊ったし、ヴィタリックのファーストも買った。デジタリズム(ああ!)のライヴも観たし、クラクソンズの登場も面白がった。が、2010年に入るとかつてのニュー・エレクトロのリスナーの少なくない一部がEDMに回収されていくなかで、00年代なかばのクロスオーヴァーが何を遺したかと問われれば答に詰まるところがある。いや、はっきり言える……何も残らなかった、と。ジャスティスやクラクソンズのデビュー作が発売された2007年、まったく別の場所からべリアルの『アントゥルー』が届けられているが、どちらに史学的な意義があるかははっきりしていることだ。

 ジェームズ・フォードとジャス・ショウによるデュオ、シミアン・モバイル・ディスコ(以下SMD)もまたニュー・エレクトロ、ニュー・レイヴの渦中から現れた存在である。フォードは実際クラクソンズのプロデュースを務めていたし、彼が所属していたバンドであるシミアンの曲をジャスティスがリミックスしたシングル“We Are Your Friends”はニュー・レイヴのアンセムだった(覚えていますか?)。が、そのなかにあってSMDはどこか違っていた。粗暴でもないし刹那的でもない。チャイルディッシュな人懐こさはあったものの、フォードがプロデューサーということもあり何やら職人的な佇まいは隠されていなかった。何しろデビュー作のタイトル(これも2007年)は『アタック・ディケイ・サステイン・リリース』だ。音のパラメータを触ることによって生まれるエレクトロニック・ミュージックの愉しさ。同作はニュー・エレクトロの勢のなかでもじつはもっとも純粋にエレクトロ色が強い作品(つまり、オールドスクール・ヒップホップ色が濃い)で、じつにポップな一枚だが、同時に音色の細やかな変化自体で聴かせるようなシブい魅力もあった。
 その後ニュー・レイヴの狂乱が忘れ去られていくなかで、しかしSMDはアルバムを約2年に1枚のペースで淡々とリリースし続けた。その傍らフォードはアークティック・モンキーズやフローレンス・アンド・ザ・マシーンのような人気バンドのプロデュースを続け、職人としての腕も磨いていく。セカンド『テンポラリー・プレジャー』(09)の頃はゲスト・ミュージシャンを招いたポップ・ソングの形式――「ニュー・レイヴ」――をやや引きずっていたが、作を重ねるごとにエレクトロを後退させ、よりアシッド・ハウスやテクノに近づいていく。モジュラー・シンセとシーケンサー、ミキサーのみというミニマルな形態にこだわりながらクラウトロックの反復をテーマとした4作目『ウァール』を経て、 とりわけ、自主レーベル〈Delicacies〉からのリリースとなった『ウェルカム・トゥ・サイドウェイズ』(16)は非常にストイックなテクノ・アルバムとなった。ヴォーカルはなく、固めのビートが等間隔で鳴らされるフロアライクなトラックが並ぶ。とくに2枚目は50分以上に渡るノンストップのミックス・アルバムになっており、これはほとんどミニマル・テクノのDJセットである。そこにニュー・レイヴの陰はまったくない。

 そしてやはり2年間隔でのリリースとなった新作『マーマレーションズ』は、そうしたクラブ・ミュージックとしてのテクノの機能美を引き継ぎつつ、いま一度ヴォーカル・トラックに向き合った一枚である。ロンドンの女性ヴォーカル・コレクティヴであるディープ・スロート・クワイアをフィーチャーし、リッチなコーラス・ワークを聴かせてくれる。それはいわゆるカットアップ・ヴォイスのように断片的にではなく、比較的メロディを伴った形で導入されているのだが、やはりテクノのDJプレイのようにフェード・イン/フェード・アウト、カット・イン/カット・アウトするものとしてパラメータを絶妙に変化させながら現れては消え、また現れる。クワイア単体では演劇的な仰々しさがあるのだが、それが硬質なエレクトロニック・ミュージックと合わさることで異化され、抽象化される。モダン・ダンスを思わせるヴィデオとともに先行して発表された“Caught In A Wave”や“Hey Sister”などは比較的まとまったポップ・ソングとしての体裁があると言えなくもないのだが、アルバムでは長尺となる“A Perfect Swarm”や“Defender”辺りは一曲のなかで組曲のような壮大な展開を見せる。

 パーカッションなど生音が多く使用され、声が音響化されているため耳への響きは柔らかく、前2作の硬さとは対照的だ。あるいはビートレスのまま音の揺らぎが重ねられる“Gliders”などを聴くと、10年代のアンビエント/ドローンをうまく吸収していることがわかる。初期のローレル・ヘイローを思わせる部分もあるし、あるいはそのスケール感とエレガンスからジョン・ホプキンスと並べてもいいだろう。要はモダンなのだ。それは、彼らがデビューから静かに音の「アタック・ティケイ・サステイン・リリース」を細やかに練磨し続けてきた成果であり、『マーマレーションズ』ははっきりとキャリアでもっとも完成度の高いアルバムだと言える。
 フォードはアークティック・モンキーズの最新作のプロデュースに携わっており、プロダクションの面で大いに貢献している。裏方としての役割をいまも粛々とこなす彼には、ひょっとしたらSMDを過去の遺物として葬る選択肢もあったかもしれない。名義を変えてエレクトロニック・ミュージックをやるとか。だがフォードとショウのふたりはそんなことはせず、地道な変化と前進でこそニュー・レイヴではないテクノ・ミュージックをしっかりと作り上げていった。あの時代が残したものがそれでももしあるのだとすれば、それはシミアン・モバイル・ディスコという存在自体なのではないか……『マーマレーションズ』を聴いていると、そんな気分になってくる。


平岡正明論 - ele-king

よみがえる、戦後最大スケールの思考

『ジャズより他に神はなし』『ジャズ宣言』『チャーリー・パーカーの芸術』などのジャズ評論で知られるほか、政治思想、第三世界革命、犯罪、水滸伝、中国人俘虜問題、歌謡曲、映画、極真空手、河内音頭、大道芸、浪曲、新内、落語……と数多くのテーマに空前絶後のスケールで取り組んだ批評家・平岡正明。

本書では、その生涯と著作をたどる「本章三十六段」、120冊以上にのぼる全著作から厳選した「著作案内三十六冊」、すぐに使えるパンチラインを集めた「マチャアキズム・テーゼ三十六発」という108項目から、平岡の思想を紐解きます。

長く続くポスト・モダンの時代にあって、つねに世界規模・100年規模のスケールで「民衆の力」という「大きな物語」に全身で取り組んできた、その大思想の全貌がいまよみがえる!

●著者紹介
大谷 能生(おおたに よしお)
1972年生まれ。横浜在住。
音楽(サックス・エレクトロニクス・作編曲・トラックメイキング)/批評(ジャズ史・20世紀音楽史・音楽理論)。96年~02年まで音楽批評誌「Espresso」を編集・執筆。菊地成孔との共著『憂鬱と官能を教えた学校』や、単著『貧しい音楽』『散文世界の散漫な散策 二〇世紀の批評を読む』『ジャズと自由は手をとって(地獄に)行く』など著作多数。
音楽家としてはsim、mas、JazzDommunisters、呑むズ、蓮沼執太フィルなど多くのグループやセッションに参加。ソロ・アルバム『「河岸忘日抄」より』、『舞台のための音楽2』をHEADZから、『Jazz Abstractions』をBlackSmokerからリリース。映画『乱暴と待機』の音楽および「相対性理論と大谷能生」名義で主題歌を担当。チェルフィッチュ、東京デスロック、中野茂樹+フランケンズ、岩渕貞太、鈴木ユキオ、大橋可也&ダンサーズ、室伏鴻、イデビアン・クルーなど、これまで50本以上の舞台作品に参加している。
また、吉田アミとの「吉田アミ、か、大谷能生」では、朗読/音楽/文学の越境実験を継続的に展開中。山縣太一作・演出・振付作品『海底で履く靴には紐がない』(2015)、『ドッグマンノーライフ』(2016/第61回岸田戯曲賞最終選考候補)では主演をつとめる。『ホールドミーおよしお』(2017/CoRich舞台芸術まつり!2017春演技賞受賞)。

■目次

前書

本章 平岡正明論 三十六段
Ⅰ.
1.崩れた状態の記述
2.きんたまの使用法
3.暴力装置としての韃靼人
4.ジャズの組織論/プロレタリアート文化とは何か?
5.六〇年代ジャズ・シーンの概観/コルトレーン神学批判
6.アカと黒/「第三世界」の浮上
Ⅱ.
7.マルクス&エンゲルス/ブルジョア革命と資本主義
8.レーニン&トロツキー/帝国主義と永久革命
9.ブンドによる日本戦後過程の分析
10.高度成長期におけるあらたな階級形成
11.武装のための理論武装
12.あらゆる犯罪は革命的である
Ⅲ.
13.反面同志の死
14.西郷隆盛における永久革命
15.『日本人は中国で何をしたか』/『中国人は日本で何をされたか』
16.群盗世に充てり/『水滸伝 窮民革命のための序説』
17.闇市テーゼについて/『南方侵略論』
18.『石原莞爾試論』/帰還者たち
Ⅳ.
19.霊感のあらたな源泉/ディスク・ジョッキーと極真道場
20.What is 「全冷中」? 
21.歌の情勢はどのようにすばらしいのか?
22.「山口百恵は菩薩である」
23.美空ひばりの芸術
24.大歌謡論/「俺の独裁」
Ⅴ.
25.大山倍達を信じよ/極真空手という体系
26.変態性と反体制/不具者結合の法則
27.「過渡期世界論」を読む
28.祭と縁/ヨコハマ・野毛の平岡正明
29.「平民文学」の系譜/平岡的六〇年代文学論
30.浪曲的/新内的
Ⅵ.
31.バードとマイルス/ビバップ革命の射程距離
32.記憶の技法/『昭和ジャズ喫茶伝説』
33.『志ん生的、文楽的』/道化の戦闘性について
34.「シュルレアリスム落語宣言」/幻想の長屋共同体
35.マチャアキズム・テーゼの魔界
36.黒人大統領誕生をサッチモで祝福するとは?/二一世紀のブラック・マーケットに向けて

マチャアキズム・テーゼ三十六発

平岡正明著作案内三十六冊

後書

平岡正明著作リスト

R.I.P. Glenn Branca - ele-king

 太平洋のむこうからグレン・ブランカの訃報が届いた日の朝日新聞東京本社版5月15日のオピニオン&フォーラム欄に「エレキ 永遠の詩?」と題した記事が載っている。米ギブソン社の経営破綻の原因のひとつであるエレキギターの売上減が意味することを各界の識者に問うこの記事では、シンガー・ソングライターの椎名林檎、社会学者の南田勝也、弦楽四重奏団「モルゴーア・クァルテット」を率いるヴァイオリン奏者荒井英治の各氏がそれぞれの専門領域からエレキギターないしそれが象徴するロックの現在について熱弁をふるっている、三者三様の談話はいずれも示唆に富み、私は新聞を読みながら激しく相槌を打ち家人を気味わるがらせたが、一方で電化したギターをロックのものとばかり考えるのは不当ではあるまいか。いやそれ以前にロックのイメージの画一化はどうにかならないものか。ロックとは産業の謂なのか、その集積が社会なのか。オルタナティヴやプログレッシヴとは王道のロックのフランチャイズにすぎないのか。そもそも感情と共感でリンクしえない音楽はロックたりえないのか。そうかもしれない。しかし社会と世界は同義でないように、そして世界の総体はけっして把捉できないように、ギターも、すくなくともここで議論になっているエレキギターなるものもまた、六本の弦の撓みと部材の重み、歴史の厚みと音の歪みをもつ、単一のイメージにたやすく回収でいない事物(インストゥルメント) であるのはまちがいない。

 グレン・ブランカはそのことにきわめて自覚的な作曲家だった。彼は現代音楽の分野にエレキギターを主楽器にした曲をもたらした最初の作曲家のひとりだった。むろんそのことが彼の価値を高めているのではない。現代音楽うんぬんを権威づけに感じたならご容赦いただきたいが、ブランカの耳を聾するばかりのアンサンブルには権威を吹き飛ばすほどの音圧があった。その中心はギターである。シーンに登場したのは70年代末のノーウェイヴの時代だった。1948年ペンシルベニア州ハリスバーグに生まれたブランカはコラージュでサウンドアート作品をつくるようなおませな中学生だったのが、上の学校で演劇を学び、実験的な演劇集団バスタード・シアターにかかわった1975年あたりには音響実験をはじめ、ニューヨークに拠点を移した翌年には演劇に片足をつっこみながらバンド活動もはじめている。のちにマラリア!やキム・ゴードンとのCKMなどをはじめるクリスティン・ハーンと、Yパンツをたちあげる写真家のバーバラ・エスのふたりの女性にブランカをくわえたザ・スタティックや、エスやジェフリー・ローンとのセオレティカル・ガールといったバンドでパンク後のニューヨークに興ったノーウェイヴ・ムーヴメントにブランカは参画する。かの有名な『ノー・ニューヨーク』(1978年)で、プロデューサーのブライアン・イーノはアート・リンゼイのDNA、ジェームス・チャンスのコントーションズ、リディア・ランチのティーンネイジ・ジーザス・アンド・ジャークスとマーズの4バンドをピックアップしたかわりにバスキアやヴィンセント・ギャロらがいたグレイやブランカのセオレティカル・ガールが選に漏れたのは比較的よく知られた話であろう。押しつぶしたコードをカミソリのようにふりまわすこのときのブランカの音楽にはのちの萌芽がかいまみえるが、総体はいまだノーウェイヴの圏域にとどまっている。そこを脱しはじめたのはESGやリキッド・リキッドなどをリリースした99レコーズからの「Lesson No.1」(1980年)であり、ブランカはこの12インチシングルで、単純化したスリーコードとも完全に不協和ともつかない鋭角的でありながら繊細な響きのコードによる作曲法を編み出している。響きを反復するため、リズムはメトロノミックな傾向を強め、それらを土台にギターのストロークはときに単純な、ときに巧緻な上部構造を組み上げるが、素材となる音色はおそるべき広さの階調を有している。ノイズともトーンクラスターとも見紛うばかりの和音の一打のなかでは微分音と倍音が氾濫をおこすが、習作の位置づけとおぼしき「Lesson」は81年のファースト・ソロ・アルバム『The Ascension』の冒頭で次章(「Lesson 2」)に突入し、同時に楽曲は多人数でのギターアンサンブルの色彩が強まっていく。と同時に、パンク~ノーウェイヴの記号性は薄れ、ブランカはあたかも20世紀初頭の印象派の面々のやり口をなぞるかのように、あるいはミニマルミュージックをディスコにもちこんだアーサー・ラッセルとすれちがうかのように、ノーウェイヴの方法論をクラシカルなフレームにうつしかえていく。最終的に16番まで作品を重ねた「交響曲」はブランカが生涯をかけて追求したその試みのすべてであり、数台ではじまり、やがて100人規模にまで膨れあがったエレキギターによる合奏は情動とは無縁の場所で交響するかのように音楽史のなかに孤立している。レコードのリリースこそまちまちだが、「Describing Planes Of An Expanding Hypersphere」の副題さながら曲率をもった平面がひたすら広がっていくような第5番や、128倍音までの微分音で構成する第3番「グロリア」の上昇する音階が時間のなかで停止するような感覚は、音に非(否)秩序をもとめるジョン・ケージの不興を買ったというが、ソニック・ユースのリー・ラナルドとサーストン・ムーア、ヘルメットのペイジ・ハミルトン、近年では交響曲第13番に参加したウィーゼル・ウォルターら、多くの異才をひきつけてやまなかった。その特異というほかない作家性はロックを現代音楽化するのでもなく現代音楽にロックを移入するのでもない、乗法の係数を備えており、それがゆえに整序の感覚を強く喚起するが、おそらくそれはエレクトリックギターという怪物的な楽器の構造と歴史に由来する。クラシカルな編成によっているときでさえそうなのだ。グレン・ブランカはそこにさまざまな角度から光をあてる。私たちは光のあてかたこそ音楽家の思想であり方法であると思いがちだが、ブランカの音楽の豊かさは光のなかに輪郭をあらわす事物そのものから生じるものなのである。21世紀はまだそのことに気づいていない。ブランカの倍音と反復による伽藍の偉容を発見するのはおそらくこれからだ。(了)

D.A.N. - ele-king

 D.A.N.のセカンド・アルバム『Sonatine』が遂に7月18日発売されるという。セルフ・タイトルのファースト・アルバムからおよそ2年……信じられない。こんなに待ちわびていたのに、たった2年しか経っていなかった!とはいえ2年も経てば生まれたばかりの赤子は喋り始めるし、中1だった少年は中3にもなるほどの年月なわけで、成長期真っ只中の若手新鋭バンドにとっては非常に充実した時間だったに違いない。昨年リリースされたミニ・アルバム『Tempest』は彼らのミニマルなグルーヴをストイックに突き詰めた到達点のような傑作で、その後のワンマン・ツアーや様々なフェスの出演でそれらの実験的な曲の演奏を重ねるごとにじわじわと表現力が増しているのは充分に伝わっていた。そして今年の春にアルバムから先行配信され、12インチでも限定プレスで発売された"Chance"と"Replica"の2曲、これがまた素晴らしく、そのサウンドへの信頼感を確実なものにした。いままでの特徴的なスティールパンの音が鳴りをひそめ、メロウを極めて持ち味を生かしつつも未踏の地に踏み込むような新しさに幾度も魅了される。アルバムに収録された未聴の7曲にも期待せずにはいられない。

 ファースト・アルバムでは暗いブルーだったジャケットは、淡いオレンジに色づいている。インスト曲もあるらしい。変貌の予感。素敵じゃないか。新たなD.A.Nに身を委ねることになるであろう今夏が、暑い夏が、待ち遠しい。(大久保祐子)



D.A.N.
Sonatine

SSWB / BAYON PRODUCTION
7月18日リリース

Príncipe Discos Label Showcase - ele-king

「絶対にあの辺りを散歩しようなんて考えちゃいけないよ、あそこは郊外だから――」
 筆者がリスボンに住み始めた直後、滞在手続きに問題があり郊外の移民局まで出向かなければいけない、そう言ったときの友人たちの反応である。

 ポルトガルの首都リスボンは、世界治安の良い都市ランキングの上位にも入る、基本的には安全な都市だ。しかし、ときおり発砲騒ぎやドラッグ関連の事件も起こり、その舞台はたいてい郊外だ。若い、土地に不慣れな外国人が用もないのにひとりでふらつく場所でないのは明らかで、実際、それ以降郊外には行くこともなかった。

 〈Príncipe〉の音楽は、まさにその郊外から生まれた音楽だ。誰も訪れず、そこで何が起きているかなど誰も気に留めない。「街の人たちと違って、郊外で育った自分たちにはプロデューサーも完璧なスタジオも、音楽活動をするためのサポートもなかった」。最近〈Warp〉からEPを発表したレーベルの出世頭 DJ Nigga Fox もインタヴューで語っていたように、ポルトガルの場合、人種格差以上に地域格差が深刻である。「街の人たち」「郊外の自分たち」――彼が繰り返したこの対立構造は、クリエイターのみならず、社会全体の対立構造でもある。

 リスボンで開催されている音楽見本市、MIL(Lisbon International Music Network)。主にポルトガル音楽の海外向けプロモーションを目的とし、100組近いアーティストが出演したこのイベント最終日、メイン会場でのアフター・パーティを任されたのが、〈Príncipe〉であった。英国をはじめヨーロッパ諸外国から「発見」され逆輸入的にポルトガル国内でも認知されるに至った〈Príncipe〉が、ポルトガルの音楽を紹介する国際音楽ショウケースに出演するに至ったのは、彼らにしてみればいまさら感があるかもしれないが、感慨深いものがあった。

 一般客も入場可のパーティということもあり、金曜夜の会場は入場規制がかかるほどの混雑ぶり。パンフレットに「Príncipe All Star」とあった割に、会場にレーベル注目株DJたちの姿は見当たらない。関係者に訊ねると、今夜はほぼ DJ Marfox だという。一瞬「『オールスター』なのに、DJ Nigga Fox も、DJ Firmeza も DJ Lilocox もいないのか」とがっかりしたものの、レーベルの若手 Anderson Teixeira と Márcio に続き始まった Marfox のパフォーマンスは、さすが〈Príncipe〉の中心人物にふさわしい圧巻のパフォーマンスであった。

 レーベルの見習いか取り巻きと思わしき若いアフリカ系青年たちが熱い視線を向ける Marfox の手元からは、クドゥーロやフナナーを想起する乾いた変則ビートが繰り出される。〈Príncipe〉初のCDコンピレーション収録の“Swaramgami”や人気曲“2685-2686” “Eu Sei Quem Sou”のリズムが行き交い、数分置きに頭には「?!」マークが浮かぶ。惰性での踊りを許さない、奇妙な音楽的体験だ。

 辺りを見回すと、年齢も人種も国籍もバラバラのオーティエンスが、皆思い思いのダンスでこのビートを咀嚼している。
 しかし、これは「unite」ではない。街と郊外が融合する日なんて、永遠に来ないのだから。
 郊外で育ったアフリカ系移民が、郊外のベッドルームで作った音楽が、リスボンの街のど真ん中の有名クラブで鳴り響く。「街の人たち」が踊る。「郊外の人たち」が踊る。そんな対立構造など知りもしない外国人観光客が踊る。世界が踊る。それ以上に何が必要だろう?

 一日中ライヴ・ショウケースを巡って会場間を走り回り、身体はクタクタの朝5時。しかし、心は妙に清々しく晴れやかで、〈Príncipe〉がポルトガルの、世界のダンス・ミュージックの潮流を変えうる存在であることを、改めて実感する一晩となった。

Interpol - ele-king

 00年代前半、ポストパンク・リヴァイヴァルの波に乗って登場し、いまやNYを代表するバンドにまで成長したインターポール。昨年は、彼らの出発点となるファースト・アルバム『Turn On The Bright Lights』(Other Musicで売れたアルバム100枚のなかでは17位にランクイン)から15周年ということもあり、ロンドンにて同盤を丸ごと再現したライヴがおこなわれたが、去る5月11日にそのライヴを題材にしたドキュメンタリー映像が公開されている。

 バンドは先週、デヴィッド・ボウイの画像をあしらった謎めいた写真をInstagramに投稿してもおり、これを受け『NME』は、2014年の『El Pintor』に続く6枚目のフル・アルバムの発表が近づいているのではないかと報じている。

Interpolさん(@interpol)がシェアした投稿 -


 ちなみに『El Pintor』のリミックス盤にはファクトリー・フロアやティム・ヘッカーといった興味深い面子が起用されていたけれど、そういったアーティストからのフィードバックがあるのかも気になるところ。続報を待とう。

interview with Courtney Barnett - ele-king

 コートニー・バーネットが特別なのは、女性だからとか、オーストラリア出身だからだとか、絶滅の危機に瀕した(何度も)ロックに立ちむかう左利きのギタリストであるとか、フィンガー・ピッキングを用いているからだとか、あるいはジェンダーであるからとか、そういう特徴的なところではなくて、まず極めて優秀なシンガー・ソングライターだという真理を先に伝えておかなければならない。珍しさではないということを。


Courtney Barnett
Tell Me How You Really Feel
(歌詞対訳 / ボーナストラック付き)

MilK! Records/トラフィック

Indie Rock

Amazon Tower

 ファースト・アルバム『サムタイムス・アイ・シット・アンド・シンク、サムタイムス・アイ・ジャスト・シット』を2015年にリリースした後に、大ファンだと公言しているカート・ヴァイルとの昨年のデュエット作を経て3年ぶりに発売されるセカンド・アルバム『テルミー・ハウ・ユー・リアリー・フィール』は、静寂を切り裂くようなグランジィなギターを響かせた“Hopefulessness"から幕を開ける。前作のラストに収められた“Boxing Day Blues"の続きのようにも聴こえるし、新しくダイナミックなコートニーのようにも聴こえるから不思議だ。彼女には様々な苦悩や葛藤を焼き尽くして淀みのないスタンダードでドライなロックに昇華させる力が携わっているようで、それは今作でもしっかりと健在。2018年に聴くべき音かと問われればポップスのように後に振り返れるような時代との連動性は無いけれど、3年後や10年後に聴いたとしても同じように伝わる普遍的な音であり、音楽史ではなく誰かの心に深く残る音だと答える。そして彼女のラフな佇まいや、気怠い歌声や、惚れ惚れするほど歪んだ音を鳴らすギター・プレイからは、何よりも自分自身であることの正しさ、大切さを受け取ることができる。それはフェミニズムにおける定義としてではなく、現代の多種多様な生き方の選択肢としてのさりげないメッセージのようにも思える。

 街が傷ついた魂を哀れんでる
 どんな素敵な散文も 心の穴を埋められない
 誰もが敵意に飲まれてる
 冬の厳しさは容赦なく 本心は口にできないわ
 友達は他人のように接してくるし
 他人は親友のように接してくる
 今日もまた 憂鬱な1日に目覚める
 まだ長い道のりがある ありがたく思わないと
“City Looks Pretty”

 憂鬱で笑っちゃうほど孤独、そんな俗世間にいる自分をユーモラスに切り取る歌詞は、今作では更に鋭いまなざしで何かを見つめ、しかし語り口は少し優しく変化している。優れたソングライターとは、リスナーがそこに自分がいると錯覚を起こすような言葉を曲のなかにいつも忍ばせているものだ。アルバムのタイトルが示唆するのは、つまりそれがあなたの本当の気持ちだということなのかもしれない。


Photo:Pooneh Ghana

自分はなんというか、つねに何かを学んでいるし、何であれ、いろいろと葛藤し続けているしね。そう……だから、とにかく自分にとっては常に続いている「学び」のプロセスみたいなものだし、その葛藤を続けることを本当に楽しめるようになってきた、という。だから、「自分は何もかも知っているわけじゃないんだ」という、その点を認めて受け入れるってことだし、だからわたしはすごくオープンになっている。

あなたのファースト・アルバム『Sometimes I Sit And Think,And Sometimes I Just Sit』は世界中のメディアに賞賛されましたが、3年前のことをいま振り返ってみるとどんな状態でしたか?

CB:そうだな、あれはとても……エキサイティングな旅路だった、みたいな。で、その旅はまだ続いているのよね、ほんと。とにかくこう、新しくエキサイティングなことがどんどん起こっているし。たとえば世界中を旅して人びとの前で自分の歌を歌えるだとか……それって、「自分にやれるだろう」なんて思ってもいなかったことだった。だから、そう、自分でも驚かされっぱなしなの。

じゃあグラミー賞ノミネート等々も、やはり驚きだったでしょうね。

CB:ええ、もちろん思ってもいないサプライズだった。だけど、わたしはそういった「外部のもろもろ」みたいなものはなるべく知らないままでおこうとしたっていうのか、ほんと、そこらへんはあまり考え過ぎないようにしていた。それよりももっとこう、とにかくライヴをやりに出向いていって、実際にチケットを買って音楽を聴きに来てくれた会場いっぱいのお客を相手に演奏する、そちらの方が自分にとっては大事、というか。それは、アウォード云々がもたらすような何よりもわたしにとっては重要だったから。

ライヴでなら、実際の聴き手/お客さんを前にして彼らとコネクトできるわけですしね。

CB:ええ。

昨年リリースされたカート・ヴァイルとの共作『Lotta Sea Lice』はおふたりともとてもリラックスして楽しんでる様子が伝わってくる大好きなアルバムなのですが、この作品を制作したことはあなたの新作にどんな影響を与えていますか?

CB:もちろん、影響はあったわ。っていうか、何にだって影響されるものなんじゃないかな? わたしが何か作ろうとすれば、いつだってそこでは何もかもが影響し合っているんだし……というのも、わたしたちはあのアルバム(『Lotta Sea Lice』)をやっている間にそれぞれ自分たちの作品に取り組んでいたし、わたしはあの間に自分の新作のソングライティングもやっていたのね。
だからそう、それって(わたしとカートの)双方向に作用するだろう、というか、わたしのこのアルバムはふたりでやったコラボレーション作に影響を受けただろうし、彼の作品にしてもそれは同様だ、と。だからほんと、わたしはたまたま同じデスクに腰を据えることになった、同じ時期に同じデスクに向かってあれらの曲を書いていた、みたいな? そうやって曲を書いていったたわけだけど、ただ、結果的にあれらは2枚の違うレコードに収まることになった、という。で、うん……それに、普段とは違うミュージシャンたちとプレイするだとか、いつもと違うジョークをいつもと違う人たち相手に言い合うとか、その程度のことだって、それらすべてが合わさっていくと、やっぱりいままでとは異なる体験やインスピレーションになっていくものだろうし。

そしてカートとの共作は今後も続く可能性はありますか?

CB:ええ! またやれれば良いなと思ってる。うん、割と最近彼ともそれについては話したし、2、3年後にでも、また一緒に集まろうか? それでどんな感じになるか試しやってみようよ、という話はしてる。

それは良いですね!

CB:(笑)ええ。

新作についてですが、『テルミー・ハウ・ユー・リアリー・フィール(Tell Me How Really Feel)』というタイトルにこちらを覗き込むような顔、静かな怒りやメッセージを含んだ歌詞など新しいスタイルを感じました。

CB:うん。

それとは裏腹に歌い方は穏やかで優しくて、ギターは相変わらず荒々しく鳴っているアンバランスなところにも魅力を感じました。ファースト・アルバムを制作した後に何か大きな心情の変化はありましたか?

CB:そうね……でも、大きな変化はそれこそ毎年、コンスタントに自分に起きているな、そんな風に感じているけれども。来る年来る年、自分には常にある種の大きな変化が訪れてきたし、そうした変化って、一生続くものなんじゃないか?と。そうだな、そこが、自分でもわかりはじめてきたところなんだと思う。
だから、時間が経つにつれて自分は物事に対処しやすくなる、あるいは物事の筋道が理解しやすくなるだろう、と考えるわけだけど、実はそんなことってないんじゃないか、と思っていて。わたしからすれば、自分はなんというか、つねに何かを学んでいるし、何であれ、いろいろと葛藤し続けているしね。そう……だから、とにかく自分にとっては常に続いている「学び」のプロセスみたいなものだし、けれどもそのプロセスに抵抗して闘うのではなくて、その葛藤を続けることを本当に楽しめるようになってきた、という。

なるほど。

CB:だから、「自分は何もかも知っているわけじゃないんだ」という、その点を認めて受け入れるってことだし、だからわたしはすごくオープンになっている。そうやって色んなことに対してオープンである状態を続けながら、そうだな、さらに色んなものを学ぼうとしているってことじゃないかと思う。

ちなみに、このアルバムを作るにあたって特別なテーマなどを設けたのでしょうか?

CB:ノー! それはなかった。そうじゃなくて……なんというか、曲を書き続けていくうちにだんだんテーマがはっきりしていった、というものだったんじゃないかな。アルバムには繰り返し出て来るアイディアが2、3あるけれども、「これ」といったかっちりしたテーマはとくになくて。だから、自分でも「テーマはこういうものだ」って風に見定めてレッテルを貼り付けることをしないまま、とにかく曲を書いていっただけだし、そうすることで自然にどんな風に広がっていくかを見守ろう、と。

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まあわたしはそもそもネットやSNSにはそんなにハマっていないと思うけど、そういった面にはあまり関わらないように努めていた、みたいな? 自分もソーシャル・メディアはちょっと使うけど、すごく「活用してる」ってほどじゃないし……んー、あれってまあ、奇妙なものよね。


Courtney Barnett
Tell Me How You Really Feel
(歌詞対訳 / ボーナストラック付き)

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前作の"Pedstian at Best"などはMVの制作にも関わっていたと伺いました。今作の"Nameless,Faceless"のMVはフランツ・フェルディナンドの"Take Me Out"を彷彿させる、実写映像とモーショングラフィックスを掛け合わせたようなユーモアの効いたMVですが、これはあなたのアイディアによるものですか?

CB:いや、自分のアイディアという意味ではそこまでではなくて、あのMVは……友だちのルーシー、彼女がほとんどやってくれた、というか。「大体こういう感じ」と彼女に伝えて、でも、そこから先は彼女自身の発想であのヴィデオを作っていってくれた、という。わたしとしてもそうして欲しかったし、彼女のことは信頼していたし、彼女のアイディアを知ってわたしとしても「それでオーケイ、やってみて」と。

(笑)。

CB:うん。彼女はすごく良い仕事をしてくれたと思う。

じゃあ基本的に、彼女はあの曲を聴いて、それを彼女なりの解釈であのヴィジュアル、というかヴィデオへと変換した、という。

CB:そうね、そういうこと。

有名になることでそれこそ名前のない、顔のない人びとの誹謗中傷されることもあるかもしれませんが──

CB:ああ。

なかには誉めてくれるポジティヴな人もいるし、一方で悪口を言う人間もいる、と。で、インターネットやSNSとの付き合い方についてはどうお考えですか?

CB:うん、自分でもトライした、というか……まあわたしはそもそもネットやSNSにはそんなにハマっていないと思うけど、そういった面にはあまり関わらないように努めていた、みたいな? 自分もソーシャル・メディアはちょっと使うけど、すごく「活用してる」ってほどじゃないし……んー、あれってまあ、奇妙なものよね。そうだと思う。だから言うまでもなく、わたしであれ誰であれ、ああしたプラットフォームに出ている人たちは、何を言われても「非難された」って風に気にしない、それらを個人攻撃だとは受け取らない、そういう強い人間である必要があるわけよね。それに、たとえパーソナルな批判ではないと承知していても……だから、(ネットでの)人びとが持つああした姿勢というのは、その人間の抱く「恐れ」から来ているんじゃないか? と思っていて。

ああ、たしかに。

CB:たとえば、「自分は他のみんなについていけてない」とか、「自分は他よりも劣っている」みたいな恐怖感のこと。で、そういう恐れを抱いている人びとは、自分の優越感のために他の人間たちに対してパワーを誇示しようとする、という。で、いったんその仕組みを理解してしまえば、なんというか、ある意味ネットのもろもろに接するのが楽になる、っていうのかしら。
だから、自分自身に対して厳しく接するのって、人間に本来備わっている性質のようなものだと思うのね。自分のやっていることに対して「これで充分、ばっちり」って風に絶対に満足できないものだし、まだ自分には努力が必要だ、と考える。みんないつだって……っていうか、わたし自身はそうなんだけど、「誰もわたしのことなんか好きじゃない」、「自分のやっていることはまだまだ」云々ってことをいつも感じているし。
だから、どうなんだろう? それって恐れってことだし、とにかく誰もがそうした恐れだとか不安感は抱いているものだと思う。失敗するのが怖い、とかね。それらを乗り越えるのはなかなか難しいわけで。

若い人にとってはその不安感は大きいみたいですしね。ネットは便利だし役に立つけれども、逆に常に美しい世界や人びと、金持ちのライフスタイルを見せつけられて、「なんで自分はこうじゃないんだろう?」と悩んだりするみたいですし。

CB:そうよね。


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先日10年ぶりに発売されたブリーダーズの新しいアルバムにあなたがコーラスで参加し、反対にあなたの曲"Nameless,Faceless"にはキム・ディールがコーラスで参加しているそうですが、どういった経緯でこの交流が行われたのですか?

CB:あれは、わたしたち……キム・ディールとわたしとで、2年くらい前に『Talkhouse』という番組のポッドキャストをやったのね(2015年4月)。お互いをインタヴューし合った、という。あれは最高だったし、以降もわたしたちはコンタクトをとり続けていた。で、あるときオハイオ州に立ち寄ったことがあって、そこで彼女に「せっかくだから会わない?」と電話してみたの。そうしたら彼女はブリーダーズとスタジオ入りしていたところで、「スタジオに来なさいよ」と言われて、それでわたしたちもお邪魔することにしたんだけど、彼女たちはちょうどあのヴォーカル・パートを録っていたところで、それでわたしたちも飛び入りで参加して歌うことになった、と。で、その2、3ヶ月後に……っていうか、1年くらい経ってからだったかな? 今度はわたしが自分のアルバムに取り組んでいて、そこで彼女たちに自分の音源を送ってみたのね。そうしたら彼女が電話してきてくれた、という。そういう成り行きだった。

いずれ、ブリーダーズとのツアーがやれたらいいですね?

CB:あー、そうなったらグレイト! うん、ぜひやれたらいいわよね。

"Nameless,Faceless"の歌詞のサビ部分ではカナダの女流作家マーガレット・アトウッドの言葉を引用、というか少し言葉を変えて引用しているということですが──

CB:ええ。

あのフレーズはすごく的を射ている、言い得て妙だな、と個人的にも思うんですが──

CB:そうよね。

で、先日、性被害撲滅運動を求める「MeToo」運動について彼女は、運動の行き過ぎと裁判なき非難や司法制度を迂回することに懸念を示す発言をしている、という記事を目にしました。オーストラリアの音楽業界の性差別の撲滅についての署名を行ったというあなたは、このことについてどう考えますか?

CB:そうね、っていうか、あの記事そのものに関しても、自分はいろんな立場/視点から書かれたものを目にした。だから、それだけ扱いが難しいのよね、こういうことって……もちろん、ああした何らかの「ムーヴメント」には、それがどんなものであれ、(「運動」である限り)ある種の良くない部分というのはつきものなわけで。ポジティヴで良い面があるけれども、一方で足を引っ張る側面も出て来る。だからとても難しくもあるのよね、というのも、みんなそれぞれに異なるヴァージョンを持っている、各人の見方を通じてそのムーヴメントの働きなり、「その運動は何か」というそれぞれの解釈がある、みたいなもので。

なるほど。

CB:だから、たとえば……(思わず噴き出す)それこそ1960年代頃の古い話まで遡っても、あの頃だって平和主義か、それとも好戦主義か? とのバランスの間で戦いが生じていたわけだし。ただ、今回が違うところ、というか、これに関して難しいのは、わたしにも人びとの様々な意見が理解できるからなのよね。ただ、意見は異なっていても、求めている最終的なゴールはみな同じだ、と。
だから、誰もが同じ目的で闘い、それについて語り合っているわけだけれども、困るのはそれで逆にゴールが見失われてしまうこともある、ということで。実際の問題を極力抑えようと努力する代わりに、様々な議論によって、本来の目的が見失われてしまったりする。で、その本来の問題っていうのは……男性/女性間の格差のバランスを是正しよう、ということだし、それに、あの……あー、何だっけ? とっさに単語を思い出せないな(と思いあぐねて困っている)……ああ、だから、「双方のちゃんとした同意に基づかない性的な関係(Non-consensual sexual relationship」に対する異議だ、と。

はい。

CB:で……要はそういったことなのに、話が大きくなって議論が様々にふくらむにつれてわたしたちはそのなかに立ち往生してしまって、肝心な本来の問題のことを忘れてしまっているんじゃないか? と。運動のそもそも主意は、いま言ったくらいシンプルなことだったというのにね。で、誰もが(性を基準にした格差や、同意なしのセックスの強要は)「それは良くない、悪だ」って点では同意しているというのに、(苦笑)なぜだかこう、それ以外のもっとスケールの大きい政治的な会話の数々のなかに巻き込まれて、その点が見失われている、と。
だから、自分が思うに、わたしたちはもっとこう……議論の原点、最終的に達成したかったゴールに繰り返し立ち返っていくことが大事なんじゃないかな。要するに、女性嫌悪は終わりにしよう、性差別もお断り……それもあるし、とにかくああいう、他人を常に自分よりも下へとおとしめようとする行為だったり、権力を持つ者/持たない者との間の葛藤ってことよね。で……うん、話がいろいろに広がっていくと、その点が見えにくくなってしまうものだ、そこはわたしも分かっているの。ただ、肝心な点はそこだったでしょう? と。そここそ、人びとが思い出さないといけない点なんじゃないか、わたしはそう思ってる。

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雑誌とかテレビなんかで男性のロック・バンドばかり目に入ってくると、「そういうものなんだ、女の自分が属する世界じゃないんだ」みたいな感覚を抱くでしょうし。ただ、その状況は今、大きく変わってきていると思う。もちろん、そうした状況はとても長く続いてきたけれども、ここしばらくはずいぶん変化してきていて、すごく良いなと思っている。


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同世代のミュージシャンの中であなたがシンパシーを感じる人がいれば教えてください。

CB:うん、たくさんいるわ。多過ぎるくらいで……というのも、わたしは今、ものすごく音楽に夢中って状態だから。過去2、3年ですごくたくさんの人びとに出会えたし、そのおかげで自分はまた音楽に改めて恋するようになった、みたいな感じで。

ああ、それは素敵ですね。

CB:それこそ、自分が10歳だった頃に戻った気分なの。で、わたしがカート(・ヴァイル)とツアーをやったとき……あのとき一緒にやったバンド(=The Sea Lice。スリーター・キニーのジャネット・ワイス他を含む)はとてもインスピレーションに満ちていたし、他にもメルボルン出身のCamp Copeってバンドだとか、アメリカのWaxahatchee……同じくアメリカ人のShamirにPalehound 、それからSpeedy Ortiz等がいる。自分たちの声をポジティヴに使っている優れたアーティストがこんなにたくさんいて、ほんと素晴らしいなと思う。

音楽そのものがもちろんもっとも大事でしょうが、あなたが何か音楽を好きになるときは、そのアーティスト/バンドが彼らの「声」を持っていること、何らかのメッセージを発している、というのも重要なファクターですか?

CB:ええ……っていうか、音楽には本当にいろいろなパワーが備わっている、ということよね。たとえば、わたしはインスト音楽もよく聴くけれども、インスト音楽というのは「言葉(歌詞)による」メッセージは含んでいないわけ。それでも、わたしたちはそれらを聴いてこう、(笑)自分たちなりのメッセージをこしらえていくわけじゃない? だから、人びとがどう言っていようと、わたしたちは最終的にはいつだって音楽を自分独自のやり方で解釈しているものだ、と。けれども、うん、そうね、わたしはとても強い歌詞を持つ「歌」といったものに惹かれがちだし……それはただ、ソングライターの責任ってことじゃないかとわたしは思っている。
というのも、ステージに立って人びとに向かって自分の歌を歌うことができる、それって本当に名誉で特別な立場だと思うし、だったらやっぱり一語たりとも無駄にしたくない、と。それくらい、人びとが歌に耳を傾けてくれるのって、本当に名誉なことだから(と言いつつ、我ながら生真面目な口調が照れくさくなったのか、「ハハッ!」と笑っている)。

たしかに。それに、ステージに立つのには別の責任も伴ってきますよね。だから、何もあなたが「お手本役」だとは言いませんけど、ロック・ミュージックやギター・ロックは伝統的に男性が多い世界なわけで……

CB:そうよね。

だからこそ、あなたみたいな存在はロックをやりたい若い女性や少女たちがギターを手にするきっかけ、励みになるだろうな、と。

CB:ええ。それってすごくクールだなと思う。それに……もしもロックをやりたいのに、それをあなたに踏みとどまらせているものってただひとつ、さっきも話した「恐れ」というか、社会の側が言ってくる「君たち(女性)にはそれは無理」っていう考え方なんだろうし。だけど……(苦笑)だから、「どのジェンダーが他のジェンダーよりもギターを上手く弾けるか」なんていう科学的な証拠なんてどこにもないんだし……

(笑)ですよね。

CB:バカバカしい話! それに、物事のプレゼンのされ方/視覚的な影響もあるんじゃないかな。だから、雑誌とかテレビなんかで男性のロック・バンドばかり目に入ってくると、「そういうものなんだ、女の自分が属する世界じゃないんだ」みたいな感覚を抱くでしょうし。ただ、その状況はいま、大きく変わってきていると思う。もちろん、そうした状況はとても長く続いてきたけれども、ここしばらくはずいぶん変化してきていて、すごく良いなと思っている。

いまは家にいるだけで誰もが世界中のありとあらゆる音楽を聴くことができるのでリスナー側にとってはありがたい世のなかではありますが、結果的に音楽の価値が下がってしまうことには強い抵抗感があります。いまの音楽の聴かれ方についてミュージシャン側から見るとどのように感じますか?

CB:そうね……どうなんだろう? だからわたしは、そのふたつって「是か非か」を判断するのがとても微妙な境目だな、とずっと思ってきたのよね。というのも、たとえばストリーミングにしたって、わたし自身、ストリーミングのおかげで聴けるようになったなかから素晴らしい音楽を本当にたくさん発見してきたんだし、これが以前だったら、わたしは実際にレコードを買っていたわけで。何かを聴きたいと思ったら、そのレコードを買うより他に聴く手段はなかった。それがいまでは、ストリーミング等のおかげでそれまで知らなかった新たなお気に入りをいろいろ見つけることになったし、彼らのライヴを観に行くこともできるわけで……でも、そうね、ちょっと奇妙な話だと思う。奇妙よね……だから、どこかの地点でわたしたちは、音楽というアートをリスペクトするのをやめてしまったのかも? というか、もしかしたら音楽に対する敬意なんてはじめからなかったのかもしれないけど(苦笑)。アートとしてではなく単なる「娯楽」として、わたしたちミュージシャンはずっと見くびられてきたのかもしれないし……んー、自分にもよくわからない。とにかく奇妙な……奇妙な職種ってことよね、これって(苦笑)。

まあ、いまは実際にミュージシャンにお金が入ってこない、とよく言われますよね。とは言っても、コンサートはまた別でしょうし、ますますライヴが重要になっている、と。

CB:うん、その点は良いことだと思う。ミュージシャン収入の多くはいまはツアー活動から発生しているんだろうし、もちろん、それはそれで、ひっきりなしに長く続けていくのは難しい活動だけれども。そうは言いつつ、ツアー、あるいは様々なフェスティヴァルにしても、それらの多くは企業スポンサーの投資で成り立っているんだし、ライヴ会場にしたって基本的には(チケット代ではなく)アルコールの売り上げで経営を続けているんだ、みたいな感覚もわたしは持っていて。その意味では……ある種のおかしなサークルに陥っている感じだし、とにかくほんと、ストレンジだなぁ、と。

たしかに(苦笑)。

CB:(笑)ね。

今作の歌詞の一部には「友だちは他人のように接してくるし他人は親友のように接してくる」や「みんなが自分の意見を言いたがる 交通事故が起きることを永遠に待ち望みながら」など、シニカルとまでは言いませんが、鋭い心理描写があるな、と。

CB:ええ。

で、そのなかに何となくあなたが傷ついているように感じたのですが、今作を作るためにスタジオに入る前に、あなたが傷ついていた、苦い体験があったりしたのでしょうか?

CB:そうね、たぶんビターとまではいかないと思うけど……もっとも、わたしのソングライティングにはいつだって苦さは混じってきたけれども。

ええ(苦笑)。

CB:っていうのも、たぶんわたしはそういう思いを日常生活のなかであんまり出さないし、だからこそつい書く歌のなかに入り込んできてしまうんでしょうね。まあとにかく、うん、作品を作っていた頃の自分の気分が必ずしもビターだった、とまでは思っていなくて。それよりも、ただ単にこう……嫌な気分だった、というのかな。だから、いまの世界の状況に対して嫌な気分になっていたし、いろんな人びとが苦しんであがいているなと感じたし、それで自分は悲しくなっていた、という。うん。

では、歌詞についてはいまも前作"Kim's Caravan"の一節の「I am just a reflection Of what you really wanna see」と考えていますか?

CB:そうだな……だから、それってソングライターとして担う興味深い役割なんじゃないか、と思っていて。さっきも少し話したことだけれども、曲をいろいろと書いていって、それらの歌にはある種の意味合い……はっきりとした、もしくは半分くらい「こういう意味だろう」と察しのつくような内容が含まれているわけだけど、ほとんどの場合、わたしたちは曲を自分なりに解釈しているわけよね? だから、作者がどんな意味を込めた曲であっても、最終的に聴き手は自分たちが感じたままにそれを好きに解釈していく、と。わたし自身の言わんとしたこととは一切関係がないかもしれないけれど、彼ら聴き手は違う方向へその曲を持っていってしまうわけ。だけど、それはまったく問題ないし、完全にノーマルな行為なのよね。わたし自身、音楽を聴いてそれと同じことをやっているんだし。みんなそうやって、自分の思うように解釈しているんだと思う。で、そこなのよね。だから、いったん曲を書き終えてレコーディングして世に出してしまうと、それは自分個人のものではなくなる。その曲を聴いてくれる誰も彼もに属する何かになってしまうわけだし、聴いた彼らはそこで彼らなりに解釈したストーリーを「こういうもの」という風にその歌に付与していくわけよね。で、彼らの解釈は、ある意味わたしが言おうとしていたこととはまったく関係がないものになっていってしまう、という。

なるほど。ある意味、自分で書いた曲に「さよなら」しなくちゃいけないんですね。

CB:ええ。

それってある意味悲しいんじゃないか?とも思いますけど。その曲を書くのにあなたはたくさんの時間や手間ひまをかけたのに、一度世に出てしまったら、もうあなたのものではない、人びとの解釈に任せる、ということでしょうし。

CB:うん。だけど、何も自分の努力が無駄になったとか、完全に失われてしまった、というわけじゃないんだけど。ただ……

あなたの手を離れて独立した何かになってしまった、という?

CB:うん、そういうことなんでしょうね。

アルバムのなかで1曲だけ聴いてほしい曲をいまの気分で選ぶとするとどれですか?

CB:あー、たぶん、“Sunday Roast”じゃないかな?

ナイス! あれはこう、穏やかで良い曲ですよね。

CB:うん。

今後、活動の幅を広げるために故郷のオーストラリアを抜け出して有名なプロデューサーと豪華なスタジオでレコーディングをする、というようなことに興味はありますか?

CB:んー、ああ。でも、自分でもわからないな……だから、自分としては、常にいろんなオプションに対してオープンでいようと思っているけれども。うん、今後どうなるか、誰にもわからないわけで。 

ええ。でも、有名なプロデューサーと仕事する、というのはどうですか?

CB:っていうか、その案は過去にも浮上したことがあったのよね……ただ、自分が考えるのは、もしもそれをやるとしたら、それはアート/音楽そのもののためになる、アートが向上するからやる、ということであって。要するに、ただ単にそのプロデューサーが有名人だから共演する、というのではなくてね。

はい。

CB:やるとしたら、自分は正しい根拠があった上でやるんだし。だから、ただ単に「こうすればもっと売れるだろう」とか、「この人は有名だから」といった理由で他の力を借りようとはしないし、とにかく、それって自分にとっては興味がないことだ、という。

ファースト・アルバムのジャケットのイラストを手掛けていましたが、あなたにとって絵を描くことは日常的ですか? 音楽を作ることとはまた違う表現の仕方なのでしょうか?

CB:ええ。でも、実はここしばらくはあんまりドローイングはやっていなくて。それが理由なのよね、今回、自分の写真をジャケットに使うことになったのは。イラスト/ドローイングをやるよりも写真を撮る方にもっと時間をかけていたから。

なるほど。でも、イラストであれ写真であれ、それらはあなたにとって音楽とはまた違う自己表現の仕方?

CB:そうね。だから、それぞれに……それら異なる媒体は、それぞれに違う面を引き出してくれるものだと思ってる。

音楽をやるうえであなたがいちばん大事にしていることや拘っていることは何ですか?

CB:そうだな、それってこう、ある意味……本来の目的に戻っていくことだ、というかな。それと同時に、真摯さに戻っていくこと、というか。ああ、それに、それと同時に、自分の脆さを受け入れること、もあるかな。自分自身の弱さ/脆さから逃げ出すのって、ある意味簡単なのよね。で、そうした自分の弱さを恐れて隠れてしまう、怖がってしまう、という。だけど、うん、自分にはそういう脆さがあるんだっていう事実を自分でも受け入れて、ある意味それを享受するようにまでなること……だから、そうした弱さを何かの形で役立てられるようにする、というのかな?

なるほど。では、反対にやりたくないと思っていることは?

CB:あー、でも、そういうことは、いざ自分の身に降り掛かってきたらすぐに「やりたくない!」とわかると思う。だから、本能的に「これはやりたくない、これは自分にはどうにも居心地が悪い」、って風に感じてやらないんじゃないかな。要は、そのときそのときで、「何が正しいか/正しくないか」って判断はみんなそれぞれに下しているんでしょうし。

アルバム・リリースに合わせて来日する予定はありますか?

CB:まだ公式な告知は一切していないけれども──そのプランには取り組んでいるところ。日本にまた行ける日が待ち遠しくて仕方ない。日本はすごく気に入ったし、ほんと、最高で……だからまた日本に行けたらいいよね? とみんなエキサイトしてるし、ほんと、できればまた来日が実現したらいいなと思ってる(笑)。

それは良かった。ファンもみんな再会を楽しみにしていると思います。

CB:うん。

今日は、お時間いただいてありがとうございました。

CB:ありがとう。バーイ!

interview with Gonno & Masumura - ele-king


Gonno & Masumura
In Circles

Pヴァイン

TechnoJazzAmbient

Amazon

 生演奏とエレクトロニクスとの融和はこれからさらに注力されるべきテーマだろうし、ジャンルの壁を壊すこと、リスナーの耳を押し広げることは、もうかれこれ20年来の課題だ。そしてリズムは永遠のテーマ。ロラン・ガルニエがパリで、ジャイルス・ピーターソンがロンドンで、松浦俊夫が東京で、早速それぞれのラジオ番組で紹介してくれたゴンノ&マスムラの『イン・サークルズ』
仏英日のリスナーにこの野心作がどのように聴かれたのか気になるところではありますが、まずはここにふたりの声をお届けしましょう。

普段4拍子の音楽を長時間やっている身なので、俺としてはめちゃめちゃ面白かったです。最初に作った“サーキット”という曲のリフは、BPM127くらいのハウスっぽいフレーズををなんとなくマスムラくんに送ったのですが、それが5拍子だということに気づかなくて。そしたら増村くんが5拍子のドラムを入れてきた。これは新しいなということと共に、厄介なプロジェクトだなと(笑)。──Gonno

作品ができ上がって半年くらいですか?

G:そうですね……。実質的な制作期間は3カ月くらいでした。僕がアレンジ、ミックスしたのは1カ月くらいでしたからね。

ゴンノくんが最後缶詰になって?

G:そうですね。記憶がないですからね(笑)。

一緒にやってみて面白かった点は?

G:普段4拍子の音楽を長時間やっている身なので、俺としてはめちゃめちゃ面白かったです。最初に作った“サーキット”という曲のリフは、BPM127くらいのハウスっぽいフレーズををなんとなくマスムラくんに送ったのですが、それが5拍子だということに気づかなくて。そしたら増村くんが5拍子のドラムを入れてきた。これは新しいなということと共に、厄介なプロジェクトだなと(笑)。

ゴンノくんがそれを狙って作っているのかと思った。

G:いえ、脱4つ打ちとかそういったものは一切考えてなかったです。フレーズも4つ打ちを想定してつくったものでしたけど、たしかに5拍子のフレーズを無意識に完全に一発録りしたものを増村くんに送りました。

M:音源が届いて、たしかに最初何拍子かわからなかったです。

G:とくにリクエストもなかったしね。

M:クリックも入っていなかったので。聴いていたら、これはきっと5拍子だなと思って。たしかにゴンノさんは狙ってやったというよりは、自然となっちゃったんだろうなと思います(笑)。当たり前だけどいろんなトラックが何個か重なっているじゃないですか。5拍子でミニマルになっている音を、ちゃんと聴けるくらいに自分のなかに取り入れて、それで5拍子のドラムをぶっこんで。そこから一気にプロジェクトがはじまった感じでしたね。

G:返ってきたドラムを聴いてビックリしました。

M:最初のデモが録音の粗悪さもあって、すごく過激なトラックになりました。あれをいつかボーナストラックで出したいです。

G:増村くんの音は1本マイクを立てて録ったものなので、要は80年代のブームボックスで録ったみたいな。

M:音が割れまくっている。iPadで録ったので。マイクも使っていないです。

G:なんかブートレグみたいな(笑)。

大分の山で録ったんだっけ?

M:それは東京のスタジオです。リハーサル・スタジオで。iPhoneでスピーカーから流して、聴きながらドラム叩いて、その部屋の音をiPadで録るという超アナログ・レコーディング。

今回ドラマーとのコラボレーションということで、しかも、ゴンノ君はテクノ、いわゆるダンスフロアというものを常に念頭に置きながら作品を作っている人なわけだから、リズムというのは大きなテーマですよね。

G:そうですね。

M:僕からしたら、異種格闘技戦ではあるんですけど、最初からリズムがテーマになってくれているので、むしろバンドのときよりも自然な形で、自由なアイデアでやらせてもらえたという感じです。機械とやっているけど、むしろ自然にできたという感じでした。元々テクノのことをあまり知らないですが、昔、岡田(拓郎)がジェフ・ミルズにハマっているときがあって。森は生きているの終わりくらいです。ライヴ前に聴かされたりして、これはアフロだなとそのときから思っていて。そもそも、アフリカ系アメリカ人が機械でビートを出しはじめたことが成り立ちなんですよね? ということはパーカッションとあまり変わらないのかなって。変わるけど(笑)。いままでいろいろなプロジェクトに参加してきたけれど、かなり自由に、気楽にできたというか。

G:よかった(笑)。

M:ゴンノさんの音源だと、はまるんですよね。リズムがはめやすいというか。バンドだと、先にドラムを録って他の楽器を重ねたら、最初にドラムを叩いた意思と全然違う形ででき上がることがけっこう多いですが、ふたりということもあるし、ゴンノさんのトラックの柔らかさみたいなものがあるので、叩いているときの感じでできてくれるというか。それが嬉しかったです。逆に言うとミスもはっきり出るんですけどね(笑)。

G:ずっと4拍子の世界にいたので、リズムの気付かない豊かさみたいなものが今回わかりました。例えば、5拍子だとこんなトランスの仕方をするんだとか、7拍子だとこんな具合が悪くなってくるんだとか(笑)。

一同:(笑)。

G:5拍子のレコーディングとか、終わったあと眩暈しました。

M:眩暈しましたね(笑)。

ゴンノ君はリスナーを躍らせるということがひとつの絶対的なテーマとしてあるじゃない?

G:DJだとそうですね。

今回もそれはある?

G:音楽をつくる面で僕が大事にしていることは、踊れるということよりも、いろんな音楽を紹介したり、多様性を示唆するみたいなことも自分の役目だと思っています。そういう意味では今回、例えば、“マホラマ”という曲がアルバムに入っているんですけど、それもパーカッションとドローン的なシンセサイザーだけで構成された、特に踊れるものという意識は全くない曲です。逆に4曲目の“ミスド・イット”という曲は、いわゆるファンク・ドラムにハウスっぽいベースラインを入れて踊れるような雰囲気を狙いました。そういった曲は勝手知ったる他人の家といった感じでしたが、他の曲は自分のなかでは今回チャレンジングなものばかりでした。

“ミスド・イット”は個人的にはシングルにして欲しいくらいの曲なんだけど、これって、最終形がわかっていてやったプロジェクトじゃないよね?

G:ではないです。

とりあえず出発してみたという。

M:それを逆に狙っていたというか。

どこに行くかわからないけど、出発してみようって? ゴンノ君にもそれはわからなかった?

G:わからなかったです。もともと増村くんのドラムのファンだったので、自分の曲に増村くんのドラムが乗っていたら素晴らしいのになとずっと思っていたことがひとつの経緯です。あと、やっぱりこういうプロジェクトをなかなかやれる機会がないので、面白そうだからやるしかないというか。面白そうっていちばん大事じゃないですか。楽しそうだったから。それに尽きますね。

にしても、よく9曲も作れたなぁ(笑)。

M:ほんとそうですよ(笑)。ゴンノさん様様なんですけど(笑)。

G:僕もビックリですね。

M:どっちかというとそこだけが懸念していた点というか。曲はたぶんできていくんだけど、アルバムとして形にするためにどうなっていくんだろうなということはずっと思っていました。3月のゴンノさんがそれをピシッとやってくれたのですごいよかったですけどね。

G:3月はまったく休憩がないですからね。DJしていたことの記憶もないですね(笑)。

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ゴンノさんの音源だと、はまるんですよね。リズムがはめやすいというか。バンドだと、先にドラムを録って他の楽器を重ねたら、最初にドラムを叩いた意思と全然違う形ででき上がることがけっこう多いですが、ふたりということもあるし、ゴンノさんのトラックの柔らかさみたいなものがあるので、叩いているときの感じでできてくれるというか。それが嬉しかったです。逆に言うとミスもはっきり出るんですけどね(笑)。──Masumura


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このプロジェクトですごく重要だなと思うのは、科学反応みたいな音楽的な面白さももちろんあるんですけど、ひとつのジャンルを超越する面白さというか、増村くんはインディ・ロック出身ですからね。増村くんが〈ベルグハイン〉で踊っている姿なんて想像できないじゃん(笑)。

一同:(笑)。

G:そうですね。

M:〈ベルグハイン〉ってなんすかってかんじですからね(笑)。

G:ベルリンにある、世界でもっとも面白いと言われているクラブがあって。ふたつのフロアがあって、パノラマバーというハウスのフロアがあるんですけど、僕はそこでよくDJしたりしますよ。

M:そうなんですか! 全然踊りますよ(笑)。

G:いわゆるゲイ・クラブ。

M:まじすか!

G:すごく良いですよ。けっこう価値観が変わります。こんな自由な場所があるんだって。

M:そうなんや。

ゴンノくんからすると、やっぱ現状のクラブ・ミュージックの型にはまった感じを破りたかった?

G:ハウスやテクノは、やっぱり、4つ打っていないと踊らない。4拍子じゃないと踊らないというのが沁みついちゃっているんですよね。なので、その規則性からなかなかはみ出せない。いろんなテクノとかハウスのアーティストがアルバムを出していますけど、どうしてもそこからはみ出せられない。そのフォーマットのなかで何かするしかないみたいな。4つ打っている、4バイ4のキックって強力じゃないですか。レゲエの裏を取るのと一緒で、もうこれ以上ないという引き算だと思います。そこから発展させていくのはなかなか難しいんでしょうね。

M:僕が逆に意識したことは、クラブの4つ打ち的なところを外さないようにすることです。7拍子の曲とか、7をふたつに割って2拍7連にして。そうしたら均一にベードラがくるんですよ。もしくは2小節またいで14拍あるので、ドッ、ドッってやっていったら……。

2拍7連って難しいね。

M:難しいですが、聴いている方はベードラが均等にきていれば絶対踊ってくれると思うので、それを7拍子の曲で意識したというか。5拍子の曲でもやっています。2拍5連とか2小節10拍で5発ベードラを打つ。その辺を意識しましたね。

G:途中で4つ打っているふうに聴こえるんですけど、気が付いたらまた7拍子に戻っているみたいなところがだまし絵みたいな感じで入ってます。

M:ちょっとそういうところはありますね。規則性みたいなものからはみ出ないというルールは変拍子のなかでも作っていたんですよね、一応。

G:ただ、聴感上は4拍子みたいに聴こえる。こんなトリック明かしちゃっていいんですか?

M:いいんじゃないですか(笑)?

リズムを楽しむというのは、このアルバムの重要なところ。リズムだけでも面白いんだっていうところがあると思いますよ。

M:アフロビートだって、いっぱいそういうことをやっているんですよ。でも、なかなか分析している人は少なくて。それをわかりやすい形でドラムに置き換えて叩いたというところはあります。そういう意味ではわかりやすく楽しんでもらえるかもしないですね。

G:僕も増村くんに言われるまでわからなかったです。例えば、エルメート・パスコアールの曲でじつはこれ、7拍子なんだみたいなのを教えてもらったりして。

M:それくらい気持ちよく7拍子で来ていて。

G:シェイカーが7拍子で振られているというのが。

M:「オーガニック変拍子」と僕は呼んでいるんですけどね。

なんでオーガニックなの?

M:オーガニックというか、ポスト・ロックとかプログレじゃない……

ようするに数学(マス)的じゃないと?

G:あんまりロジカルじゃない、身体感覚で鳴らされているような。

M:その身体感覚というのがすごく良くできているんですよね。現地の人は……現地っていうのは変ですけど、だってここに来てないと踊れないじゃんみたいな、当たり前の感覚があるみたい。その身体感覚を元にやっているから。その辺が民族音楽からいちばん学べるところなので、そこをちょっとドラムに置き換えて、あとは機械に置き換えて。そういう楽しさはやっていてありました。

G:増村くんから聞きましたけど、南米の人とか逆に4拍子で取るりも…

M:6/8拍子しか取れない人もいるみたいです。

G:普通に欧米のいわゆるポップスの世代とかは4拍子が当たり前で、4拍子から外れるとどうしても、ちょっとエクスペリメンタルという発想になってきちゃうけど、逆に4拍子が普通じゃないという世界もあるということを知れて良かったです。

M:もしかしたら、人口分布とか面積だったら、6/8拍子系の国の方が多いかもしれないですよね。アメリカと日本くらいかもしれないですよ、4拍子が主流すぎるのなんて。

G:あとヨーロッパですかね。

M:ヨーロッパも6/8拍子系は多いみたいですね。

ジャズも多いもんね。

M:ジャズこそ6/8拍子の応酬というか、わりと世界的には当たり前な話。けど、いずれにせよ、何を取るにせよ、日本人の僕たちは自覚的になって、ちょっと研究者的な視点も入って、それを元に作品にしたという楽しみ方でもあるし、そうやるしかないというか。

これをジャズとは呼ばないけれど、ジャズ的な要素があるなと思ったんですよ。それは何かというと、ジャズって演奏者の個性によって作品が作られていくし、やっぱり、同じ曲でも演奏者によって違う。例えば、クラフトワークやコーネリアスっていうのは誰がやってもクラフトワークになるし、コーネリアスになると思うんだよね。でもジャズ的なものって演者によって違うものになるじゃない。そういう意味でいうとジャズ寄りであると思うんだけど、演奏するパートナーとしてお互いのバックグラウンドがぜんぜん違うじゃない。

G:ジャズを即興と解釈するなら、今回あとあと上音をたくさん足してるけど、実際のベーシックな録音は2日間しかなかったので、基本的にはインプロ具合というか、ジャム具合がそのままパッケージングされている感じです。

M:けっこうふたりの良いヴァイブスが出たかなと。それこそ化学反応みたいなことを書いてくれている人がいましたけれどね。

G:そういう反響は多かったですね。ロラン・ガルニエもラジオでジャズとテクノのハイブリットだって紹介していましたね。
https://worldwidefm.net/show/it-is-what-it-is-laurent-garnier-6-2/

増村くんはスティーヴ・リードが頭にあったわけでしょ?

M:スティーヴ・リードとフォー・テットのあれは頭にありました。けどトニー・アレンとロイ・ブルックスとマイケル・シュリーヴと、ほんのちょっとだけビル・ブラッフォードを入れれば自然とオリジナリティが出るなと思って(笑)。というか、僕が一生懸命研究してきたことを、キーラン・ヘブデン×スティーヴ・リードを参考にしながらやればオリジナリティが出るなと思ったので、きっかけをくれたのがスティーヴ・リードかなという感じです。スティーヴ・リードでは、あんなおじいちゃんになってもばりばりスティーヴ・リードの音がしているんです。スティーヴ・リードの何が好きかって、パッションだったんで。ビートとかというより、あんな独特な4ビート、すごい熱量のある4ビートをやるから。喋るドラマーという言い方は変ですけど。あんなにドラムで精神性を発揮できるのかっていう。

タイムキープのためのメトロノーム的な役目をするドラマーと表現するドラマーってやっぱり……

M:表現するドラマーが少なくともいるじゃないですか。その最たるのが、やっぱりスティーヴ・リードとロイ・ブルックスで。ゴンノさんとやるにあたって、僕もタイムキープもするけど、ちょっと喋ってもいいのかなと思いました。それは良いところに最後落とし込んでくれたのかなという感じですけどね。

G:喋るドラムっていいですね。

めちゃくちゃ喋っていたじゃん(笑)。俺がちょうどスタジオ行ったとき……

M:オラついてましたね(笑)。ポップスとかでオラついちゃうと、けっこう聴けないってなっちゃうんで。

やかましいよって(笑)。

M:そういう意味で、最初にも言ったけどすごい自由にやらせてもらったから気楽でした。何をやってもゴンノさんが受け止めてくれるという感じがあったから、やりやすかったですね。

あのときのゴンノくんは様子を見ていると、増村くんをいかに本気にさせるかみたいな。

G:そうだったかな(笑)。

スタジオのなかの指揮者みたいな感じ。

M:指揮者をやってくれていましたね。

G:リズムのタイムが狂っているとかそういうところよりも、ドラムのサウンドがどういうふうに鳴っているか、単純にスネアドラムはどんな音が鳴っているかとか。そういう音をずっと聴きながらやっていました。

M:もうミックスがはじまっていた感じですね。

G:そうですね。

M:すげぇ……。

G::リズムマシンと違って、生ドラムは叩き方の強弱で音自体が変わるじゃないですか。なので、これくらいの強さで叩いてくれていた方が増村くんのドラムが録れるだろうなということを、僕が煽っていたくらいですね。あとは何もしていないです。

最後は全部ゴンノくんがまとめたんだよね?

G:そうです。ミックスまで。マスタリングは風間萌さんというスタジオATLIOの方が。

■ミキシングを自分のなかのどこで終わらせるか、という境界線みたいなものはどういうふうに考えたの?

G:毎度のことなんですけど、締め切り当日1時間前までずっと触り続けます。毎回そうなんですけどね。ここで終わりというのはないですね。ただ、生ドラムのマイクをたくさん立てて、生ドラムをミックスするということは今回が初めてだったんですよ。それは本当に面白かったですね。ステレオマイクの音量がどれくらいだとか。そこはけっこう増村くんにアドヴァイスをもらいました。

M:アドヴァイスというか、僕はミックスをやったことがないのであれなんですけど、スネアがもうちょっと大きくなって、ハットが小さくなった方が……とか。

G:この曲はハットがもっと小さい方がいいとか。

M:そういうのは伝えていました。

G:僕が迷ったときはけっこうラフ・ミックスを送ってという感じでやりました。

空気が振動する感じがちゃんと録音されているところがすごいよね。

G:それはエンジニアの葛西(敏彦)さんの成せる業ですね。

M:葛西さんっていまでは生楽器の音を録るには天下一品みたいな人なんですけど、テクノ出身で、元々地元でテクノのイベントのオーガナイザーとかやっていて。野田さんの本とかも読んでて。

コニー・プランク(の役目の人)がいたんだ!

M:完全に生のこともテクノのことも知っている人だから、葛西さんしかいないだろうって。

G:共通言語がすごく多くて良かったですね。

それでこの短期間でここまでのクォリティーのものができたんだ。

M:録音は葛西さんのおかげですね。

G:ドラムをミックスするというところがいちばん難しかったので、だいぶ助けて頂きました。やっぱりいままで自分が触っていた909のキックだったり808のキックだったりというのが、いかに……、良い言い方をすると、効率良く快楽的な音が簡単に出ていたものなんだなとすごく痛感しました。

M:気持ちいいですよね。かつてはリンドラムやなんかの。普通に気持ちいいですもんね。ドラムなんて気持ち良い音を出すには、相当ミュートして、チューニングしてとか。

G:リズムマシン単体も規則性はあるんですけど、音の揺れというのがやっぱりあるので。んですけど、さっき言っていた、歌っているドラムとか喋っているドラムというのは生ドラムにはやっぱりかなわないですよね。ドラムマシンは0.01秒後にこういう音を入れようということが、予めプログラムしないとできないじゃないですか。融通が利かないんです。そこを生ドラムでやってもらうというのが、いちばん難しくもあり同時にスリリングで面白かったところですね。

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このアルバムを作るときも、モーリッツのあのアルバムを目指そうとかということはまったく考えていなかったです。 ──Gonno
どうせトニー・アレンにやってもなれないし、違うし、みたいな諦念があるわりに、お気楽で、俺がやればどうせなんないし、みたいな。 ──Masumura


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増村くんはバンドで他者と一緒に共同作業をするということをずっとやってきているけど、ゴンノ君はひとりでやってきているからね。制作の現場に他者がそこにいるというのは、きっと違うよね?

G:人と音楽作るって良いですね。

一同:(笑)。

G:もうシンプルに、自分が思いもつかないようなことが出てくるということが素敵ですよね。

アルバムの1曲目に、最初にできた5拍子の曲にトーン・フォークと岡田くんのギターが入るんだけど、これはディレクションしたんですか?

M:してないです! 

G:岡田くんに関してはしてないですね。これ5拍子なんだけど、ちょっと入れてくれる? みたいなリクエストを増村くんが送ったその日にパッと。

M:音源をいきなり送り付けて、5拍子なんて弾いたことないよと言っていました。10分の曲なんですけど、3周分即興で弾いて素材としてどうぞと返ってくるという(笑)。さすがだなと思いましたね。即興して素材としてどうぞって。音楽のこと良くわかっているなって(笑)。

G:トーン・ホークの方は、締め切り1週間前くらいに僕がギターを入れてくれないかとコンタクトを取ったんです。5日間くらい返事がなくて、もう諦めようかなと思ったら……締め切り2日前くらいに、いまから録るからいつ送ればいいんだという返事が返ってきたんです(笑)。明後日までなんだけど、録れる? とメールをしたら、次に返ってきたメールで10パターンくらいギターパートが送られてきた(笑)。

一同:(笑)。

G:アメリカのミュージシャンってやっぱりすごいなと思って。10パターンくらいポーンと送って来ちゃうから(笑)。

ミックスするのに困っちゃうね。

G:まさしくその通りで、しかもトーン・ホークの音が個性的なので、10パターンのどれを載せてもトーン・フォークの曲になっちゃうんですよ。

M:最初、食われる感ありましたよね。

G:けっこう調和させてミックスさせるということにだいぶ集中しましたね。締め切り当日の朝に(笑)。

M:すごい馴染みましたよね。

G:表情豊かになりましたよね。

M:加えて言うと岡田のギターも馴染んで。岡田とトーン・フォークのギターちょっと似ていて。元々ちょっと似ていますよね。けど、ゴンノさんが混ぜたことが大きいのかな。

そこはやっぱり、DJミックス。

M:さすがっすね! 入れ替わりがすごいスムーズな感じで、どこからどこまでかわからないですよね。

G:岡田くんのギターにディレイやワウっぽいエフェクトはちょっとかけたりしました。それがトーン・ホークの音と上手くマッチしてるのかも?

M:そうなんですね。あれはスムーズですごいですね。

G:トーン・ホークはもちろんNY在住なので当然そうなんですけど、ふたりともアメリカの音楽とかの影響が出てるんじゃないかな。わからないけど。もしかしたらそういう共通言語があるのかもしれない。

M:ふたりとも5拍子をなぞるのを最初から放棄してくれていたんで、それが良かったですよね。またがない感じが。ドラムがあれだけ5拍子で来ているから、5拍子のカッティングがくるよりはマニュアル・ゲッチングみたいなものもナチュラルならハマるんでしょうけど、ちょっとドローンが入っているあのギターは良かったですね。

G:じつはマニュアル・ゲッチングをサンプルではめてみたヴァージョンがあるんですよ。

M:しかもすげー良いんですよ! 岡田がこれでいいじゃんって言ってましたもん。

G:やっぱマニュアル・ゲッチングすごいんだなっていう話をしましたね。

M:4拍子の曲をゴンノさんがちょこちょこっと5拍子のループにその場でしてくれて。

G:アシュラ名義の何曲かを使ったんですよ。

M:めっちゃよかったですよね(笑)。

G:相当精巧に弾いていたんだなっていうのがよくわかりました。スクエアに、延々と15分間も……。そういう発見が今回本当にたくさんあったんですよ。普通にミニマル・ミュージックとして、アシュラは僕なんかからするとトランスの祖先みたいなふうに聴いていたので、もっと構造としてこんなふうに鳴っていたんだとかという発見ができたので。とくに今回はリズムがそうだったし、そういった発見が自分にとってとても収穫でした。

このジャケットとか、『イン・サークルズ』というタイトルがすごく合っているなと思ったんだよね。

G:それは嬉しいですね。タイトルは増村くんが命名したんです。ジャケットは新谷テツヤさんという方のドローイングです。

M:本当は『ファースト・サークル』にしようと思ったんですけど、めっちゃメセニーやなと思って。探していたら『イン・サークルズ』に。

G:楽曲は基本反復の音楽なので、“サークルズ”という言葉はすごいしっくりくるなと僕も思いましたね。

M:あと、“堂々巡り”みたいな意味があるらしくて、日本人がアフロをやるっていうその……

G:矛盾しているというか。

M:悩みながら覚えてきたんで。

でもね、ふたりともあえて違うことをやろうとかそういう感じでもなかったじゃない? わりと自然体でやってたし。

G:例えば僕にモーリッツ・フォン・オズワルドのミニマル・テクノを追及できるかというと絶対できないですからね(笑)。

あれはやっぱりドイツって感じだよね?

G:そうですね。僕のなかではもう、あんな風にはなれないっていう諦念みたいなものもありますし、逆に自分は日本らしくてよかったなということも結果としてままあるので。このアルバムを作るときも、モーリッツ・ヴォン・オズワルド・トリオ&トニー・アレンのアルバムを目指そうとか、そういうことは考えていなかったです。

M:ドラムもまったく一緒で、どうせトニー・アレンにやってもなれないし、違うし、みたいな諦念があるわりに、お気楽で、俺がやればどうせなんないし、みたいな。でも、気持ちよさだけは残れば、新しいものというか作品にはなるなという。諦めているわりにお気楽みたいなところはありましたね。

G:もともと漠然としていたんですよね。トニー・アレンぽいドラムが欲しいというよりも、もっと広義にアフロ・ミュージックのドラム、ファンク・ミュージックのドラム、僕が聴いてきた増村くんのドラムっていうのに、自分の音が重なったらどんな感じになるだろうというシンプルな感じだったので。もう具体的にこの音を目指そうみたいな感じよりも、増村くんから出る音を掬い取って何かやろうという感じだったんで。

まさに、ゴンノ&増村だからね(笑)。

G:とにかく完成してよかったな……

目的地がわからず出発したわけだから。

G:ロジカルに考えてアレンジとかいうんじゃなく……。もちろん最初に録音したドラムありきですけど。本当に考えないで最終的に落とし込んだので、良くできたなと思いました。

M:素晴らしい。僕はドラムを叩いていただけなんで(笑)。

G:いえいえ。ドラムが歌っていたので、あとは無意識に落とし込んでよかったみたいな部分もあるのかもしれないですね。わざとらしくないというか。本当に完成してよかった……こういう実験的なことをこのペースで20年間とか続けてたら10年目くらいで死んじゃいそう(笑)。でも実験はミュージシャンとして大事ですね。

 以上、もうわかると思いますが、ふたりは、コンビとしてじつに気が合っているというか、こりゃあこのプロジェクトはまだまだ続くなと思った次第です。

※レコ発ライヴ情報!
7月8日(日曜日)代官山ユニットにて。詳細は追って告知します。

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