Home > Reviews > Album Reviews > 王舟 & BIOMAN- Villa Tereze
窓からはそれほど強くない、だがぬくもりに溢れた陽光が差し込んでいる。猫がひなたぼっこをしている。コーヒーの香りが一面に広がる。談笑が聞こえる。喫茶店あるいはちょっとした食堂の昼下がり、それも見知らぬ人ばかりが集う都心のそれではなく、訪れる者たちがみな顔見知りであるようなローカルなそれ。もしかしたらその場では陽気なギターの弾き語りなんかもおこなわれているのかもしれない。これはきっと、気心の知れた友人たちと楽しいひとときを過ごすための音楽なのだと思う。
今年に入って起ち上げられた〈felicity〉の「兄弟」に当たる新レーベル〈NEWHERE MUSIC〉は、「エレクトロニック・ライト・ミュージック」すなわち「電子的な軽音楽」を標榜している。その栄えある第1弾リリース作品に選ばれたのが、これまで〈felicity〉から作品を発表してきたシンガーソングライターの王舟(NRQの新作にも参加)と、neco眠るや千紗子と純太での活動でも知られるBIOMANによる共作『Villa Tereze』である。エンジニアを務めるマッティア・コレッティは、2006年にイタリアのファエンツァでライヴ録音されたダモ鈴木ネットワークのアルバム『Tutti i colori del silenzio』にも参加したことのあるギタリストで、山本精一や古川日出男、オシリペンペンズらとの共演歴もある。その彼がEP「6 SONGS」でコラボした王舟と来日ツアーをおこなった際に、大阪でBIOMANと出会ったことからこのアルバムの制作がはじまったのだそうだ。王舟とBIOMANのふたりは昨年末、コレッティを訪ねてイタリア中部の小さな町まで足を運び、そこで本作が録音されることとなった。
その町の名前が冠された冒頭の“Pergola”がこのアルバム全体のムードを決定づけている。その穏やかなギターの調べはどこまでも聴き手に安心感をもたらすが、背後で繰り広げられるさまざまな具体音の饗宴が、たんに本作がひとりきりのメディテイションを目的としているわけではないことを告げている。その姿勢は4曲目“Ancona”のコイン(?)や7曲目“Falconara Marittima”のニワトリ(?)のような微笑ましい種々の具体音に、あるいはギターとドラムがポストロック的な展開を聴かせる8曲目“Senigallia”の、ひねりの加えられたリズムにも表れている。心地良さの追求と手の込んだ音選び、生演奏と電子音との幸福なる融合。アルバムはそして、冒頭と同じ旋律を奏でつつも具体音を排除したギター1本の小品“Tereze”で幕を閉じる。それら本作に仕込まれたギミックの数々は、ミュジーク・コンクレートやアンビエントの手法がけっしてマニアックな好事家だけのものではなく、ふだんJポップにしか触れる機会のないようなリスナーたちにも開かれたものであることを教えてくれる。
さまざまな趣向を凝らす一方で、どこまでも人間の持つ温かな側面を伝えようとするこのアルバムは、たとえば友だちのほとんどいない僕にとっては、けっして訪れることのない幸せな語らいの時間を擬似体験させてくれる、VRのような作品である。この軽やかにして喚起力豊かなアンビエント・ポップ・サウンドに、あなたもひとつ身を委ねてみてはいかがだろう?
小林拓音