「TT」と一致するもの

Zebra Katz - ele-king

 マイケル・フランティとロノ・ツェによるザ・ビートニグスやジーザス&メリー・チェイン“Sidewalking”など、1988年はインダストリアル・ヒップホップが生まれた年だった。アフリカ・バンバータとジョン・ライドンのタイムゾーン“World Destruction”が最初だという人もいるけれど、あれはどう考えてもインダストリアル・エレクトロ。クロームやキャバレー・ヴォルテール、あるいはDAFやスロッビン・グリッスルによるストイックでファナティックなインダストリアル・エレクトロを陽気な世界に解き放ったという意味で“World Destruction”は大きな分岐点をなすけれど、ここでは割愛。ジーザス&メリー・チェイン“Sidewalking”はラヴ&ピースに湧くレイヴ・カルチャーにダンス・ノイズ・テラーというカウンター・パートを促し、エイドリアン・シャーウッド率いるタックヘッドがその中核的存在だった。アルバム1枚で解散してしまったザ・ビートニグスはいわゆる発展的解消を遂げてディスポーザブル・ヒーローズ・オブ・ヒポプリジーとして少し路線を変え、92年にニューヨークで観たライヴはちょっと物足りなかったことも覚えている。ザ・ビートニグスに対して膨れ上がった虚像はその後もミート・ビート・マニフェストー、レニゲイド・サウンドウェイヴ、アレク・エムパイア、ココ・ブライス、ヴェッセル、クリッピングアレキサンドル・フランシスコ・ディアフラと続き、いまだに僕はインダストリアル・ヒップホップから逃れられない。黒人と白人の価値観が極端な形でクラッシュしている状態に強く惹かれてしまうからだろうか。ナイン・インチ・ネイルズもファーストは好きだし。

 そして、まさかこの流れにジブラ・キャッツが加わるとは思わなかった。ジブラ・キャッツことオージェイ・モーガンは2012年にディプロの〈ジェフリーズ〉から“Ima Read”でデビューしたダンスホールMC。この曲は当時、ファッション・ショーなどにも使われ、彼自身もグレース・ジョーンズをリスペクトするなどとてもファッショナブルな存在なので、そのまま一気にメジャーな存在になるのかと思ったら、その後の活動がどうもヘンだった。ジャマイカ系アメリカ人の彼はアメリカで大きく出るよりはイギリスの音楽に心惹かれるものがあったようで、グライムやベース・ミュージックを好むようになり、リリースもどんどんアンダーグラウンド化していく。かなりナゾのレーベルだったフィンランドの〈シグナル・ライフ〉から(フランスではその手の草分けとなった)フレンチ・フライとのカップリング・シングルまでリリースし、暗く沈み込むような“Sex Sellz”(13)はあまりに異様な曲だったので“Ima Read”の路線に戻ってくれ~とさえ思ったほど。この曲はちなみにレーベル・オーナーのティース(Twwth)によるリミックスがなかなか良いです。2014年からはディプロの〈マッド・ディセント〉に戻ってエルヴェやレイラとジョイント・シングルをリリースし、それきり姿を見ないと思ったら彼はゴリラズのツアー・メンバーに加わっていたという。ぜんぜん知らなかった。


 “Ima Read”から8年後となったデビュー・アルバムが、そう、驚いたことにインダストリアル・ヒップホップに様変わりしていたのである。冒頭からズガガガとノイジーにインダストリアル・パーカッションが打ち鳴らされ、まるでスロッビン・グリッスルかザ・ビートニグスのようで、“Sex Sellz”でも最低限度は保たれていたオシャレのラインは軽く踏み越えられている。ラップというよりはぶつぶつと語りかけるようにつぶやくのが最初から彼のスタイルで、それが不穏なサウンドトラックを得ることでこれまでになかった迫力を帯びている。歌詞の内容はダンスやセックスに関することが多いらしく、「赤面(Blush)」とかクンニリングスを思わせる曲名(Lick It N Split)が並ぶので、もしかするととても官能的な効果を高めているのかもしれない。“Monitor”ではダークなシンセ~ポップ、“Zad Drumz”ではジャングルやなども取り混ぜつつ、“Necklace”ではいきなりアシッド・フォークが来て、シンプルなトライバル・ドラムだけでドライヴさせる”In In In”や“Sleepn”が個人的には好み。”Moor”はそれこそレニゲイド・サウンドウェイヴを思わせる。そう、アルバム・タイトルの『Less is Moor』とは何だろうか。「Less is More」ならミニマリズムが流行っている現在、より少ないことが豊かさにつながるという意味だし、それに引っ掛けていることは明白だけれど、「More」ではなく「Moor」である。ムーア人のことであれば、北アフリカのブラック・ムスリムを表し、レイラとのシングルも「Nu Renegade EP」というタイトルだったので「レニゲイド=(キリスト教から)イスラム教への改宗者」という意味もあるから、より少ないことで二グロになれる」とか、そんな感じなのかなと。

 ……と、思い悩んでいたら、坂本麻里子さんからインタヴュー・マガジン(Interview Magazine)でムーア・マザーがジブラ・キャッツのインタヴューをしているよという情報が。それでピンと来た。『Less is Moor』をリリースしているのはムーア・マザーのセカンド・アルバム『The Motionless Present』をリリースしていた〈ヴァイナル・ファクトリー〉である。彼女の名前と掛けていたのである。インタヴューというよりはかなり雑談に近い2人のやり取りを読んでいると、それはますます確信に変わった。ムーア・マザーもジブラ・キャッツの作風が変わってしまったことに触れ、「ファック・ユー」度が少し増したと指摘している。アルバム・タイトルの真相はゴリラズのツアーに参加したことで、ジブラ・キャッツを取り巻く環境がかなり変化し、彼は自分もスタッフを増やして大掛かりな組織を組まなければやっていけないと感じたことに由来し、それを前提に様々な仕事のオファーが来るようなになったものの、それでも自分は最小限の機材や人数でやっているんだということを示したものだという。オープニングは“Intro To Less”、そして、充実した音楽を楽しんだリスナーはエンディングで”Exit To Void”へ投げ出される、という構成。なかなかの自信ではないだろうか。ムーア・マザーも「2曲ほどリミックスしたい曲がある」と告げるなどアルバムへの共感を様々に示している。また、同じインタヴューでジブラ・キャッツの作品が大きく変貌を遂げた裏にはシーガ・ボディーガ(Sega Bodega)というプロデューサーの存在が大きいと彼が話していたので、ほぼ同時にリリースされた『Salvador』(Nuxxe)というアルバムも聴いてみたところ、これもまた奇妙な内容のものであった。“Lick It N Split”にフィーチャーされているシャイガールも去年から気になっていたファッション系のラッパーで、おー、こんなところでつながるのかーという感じ。

 インダストリアル・ヒップホップ・ネヴァー・ダイズ!ということで。

実際に、今ほど魅力的で「プログレッシブ」な瞬間もないでしょう。
なぜなら、問題は「どうやって支払うのか」ではないと示されたからです。アレクサンドリア・オカシオ=コルテス議員

 「財政の絶大な力」を、今こそ発揮させるべきだ。

 この国はずっと死にかけていたのに、コロナ恐慌を機に覚醒したかのように、「政府はもっと金を出せ」と言う人たちが突如として増えた。新聞やテレビの報道でも「現金給付」や「消費減税」を求める視聴者や識者、コメンテーターの声が伝えられ、彼らが「ポピュリズム」だと揶揄して憚らなかった積極財政を後押しし、財政の門番ケルベロスのように座して動かなかったプライマリーバランス(基礎的財政収支)を覆そうとしているようだ。NHKでさえ「新たな借金に頼らざるを得ない状況と言えそうだ」として、緊縮財政の宣伝機関としての看板を下ろそうとしている。

 しかし、彼ら緊縮財政派の脳内にあった「財政破綻の危機」は一体どこに行ったのだろうか。コロナショックが訪れる前は--たとえ消費増税不況の最中にあっても--あんなに「国民一人当たりの借金は900万円」だと財政危機を煽っていたのに、たいした変わりようである。

 彼らの論理に則れば、政府が今般の不況対策として考える数十兆円規模の赤字国債を発行し、財政出動してしまったら、財政が破綻してしまうのだろうから、たとえ親の会社が倒産し進学を諦める子どもが増えようが、借金が膨らみ自己破産する人が増えようが、所得を失い首をくくる人が増えようが、何を置いても、赤字国債の発行と財政出動を阻止しなければいけないはずだ。でなければ、将来世代にツケを残すことになるからだ。

 ところが彼らはそうしてはいない。いったい、どういうことだろうか?

 これは、例え国債を発行して何十兆円も財政出動したとしても、彼らが従前からプロパガンダしていた「財政破綻」や「ハイパーインフレ」、「円の信認の毀損」などということは、絶対に起こらないことを、彼ら自身が認めてしまったかっこうになるだろう。

 多くの人が、政府の予算は集められた税金の中から支出していると勘違いしているが、実際の政府会計はそうなってはいない。今回のコロナ恐慌で明らかになったように、政府は税金という財源などなくても、自由に支出している(もちろん国債も税金で償還されてはいない)のだ。

 日本での経済対策費は15兆程度と予測されている--これは後程批判するとして--が、アメリカでは220兆円という前代未聞の巨額の経済対策を予定しているという。

 それもそのはずだ。アメリカのセントルイス連邦準備銀行のブラード総裁は、コロナ対策のための閉鎖行動により、米国の失業率が4~6月期に30%に達する可能性があり、GDPは50%低下するとの予測を3月22に発しているが、それほどのショックをもたらす未曾有の大恐慌がやってこようとしているためだ。

 この昨今の世論の変わりようについて、AOC(オカシオ=コルテス議員)とサンダース大統領候補の経済顧問・ケルトン教授の、3月24日のTwitterでのやりとりから要旨を少し抜き出そう。

事実として、今ほど魅力的で『プログレッシブ』な瞬間もないでしょう。
なぜなら問題は『どうやって支払うのか』ということではなかったと示されたからです。
政府に支払う能力があるかとか、兵站がうまく機能しなければならないという問題も、最初からなかったのです。
我々が今まで他人を人道的に扱ってこれなかったこれらの言い訳が、なぜ、突然煙の中に消え去ってしまったのでしょうか。 オカシオ=コルテス議員

経済への打撃を和らげるために、誰も2兆ドルの支出パッケージを税金で払おうなどと考えないでしょう。
もし税金で払おうとするのなら、それは狂気です。

政府は税金を原資とせず、インフレにならない限りは連邦支出を拡大できるのです。

議会は、財政支出法案を通したあと、FRBに特定の銀行口座に金額を書き込むように指示するだけです。
しかし、政府はその事実を認めませんでした。代わりに、すべてを「税金で支払う必要がある」と偽ったのです。ステファニー・ケルトン教授

 この二人は3/20のThe Interceptのラジオ番組でも対談し、コロナ恐慌に対する具体策も語っているので、ここからも要旨を抜粋する。AOCの言う魅力的で『プログレッシブ』な瞬間とは、どういうことだろうか。

インシュリンが買えず、苦しみ死にそうな人がいるのは今も、そして以前も同じです。
今、医療保険の欠如を緊急事態と考える人たちには、なぜ1ヶ月前、半年前、そして1年前に緊急事態ではなかったと考えたのかと問いたいです。
アメリカは死にかけていたのです。対処療法ではなく恒久的措置が必要です
問題の多くが相互密接であるため優先順位を付けるのは難しいですが、債務モラトリアムやUBI(ユニバーサル・ベーシックインカム)も講じる必要があります。そして今は出血を止めることが先決ですので、全ての働く人々への小切手給付も併せて必要です。
オカシオ=コルテス議員

今提案されている1兆ドルで不十分なら、さらに用意する必要もあります。
対策には二つの重要なことがあり、まず家計の現金流入を増やすこと、そして現金流出を止めることです。
企業の従業員に対する支払いのサポートや直接の現金給付も大事ですし、家賃や住宅ローン、納税や社保料、学生ローンの支払いのモラトリアムも重要です。
光熱費、住宅ローン、家賃、健康保険料をどれだけ猶予できるかによりますが、1兆ドルの対策では小さすぎるかもしれません。
3700万の雇用が来週には失われようとしている、カタストロフィーが雪崩になって押し寄せるのですから、できることは全てやるべきです。
ステファニー・ケルトン教授
出典:How to Save the U.S. Economy, With Alexandria Ocasio-Cortez and Stephanie Kelton

 また、上記のやりとりは筆者のブログでもまとめているので、興味あれば参照願いたい。

 AOCやケルトン教授は、政府や人々が、全ての人々の人権を再認識し、その権利としての医療や教育、社会保障制度を整備していくべきだと訴え、それこそが「プログレッシブな瞬間」だと捉えているようだ。

 日本に関しても、緊縮財政や消費増税でデフレ化した経済、そして自由貿易や規制緩和などのネオリベ政策によって、社会的資本はないがしろにされ、庶民の富を搾取し、富裕層がより富を貯めこむような、危機に脆弱な社会構造が作られてきた。公務員数は半数に削減されたばかりか非正規公務員は激増した。医療や社会保障費は削減され、感染症対策の要となる国立感染症研究所や地方衛生研、保健所の数や予算、そして大学の科学研究費や病院のベッド数までもが削られてきた。その結果、この20余年で国民の所得の中央値は120万円も減少し、貯蓄ゼロ世帯は全体の4割にも届こうとしている。独身女性の3人に1人が、子供の7人に1人が、そして高齢者の4人に1人が貧困となる格差社会が形成された。

 我が国はありとあらゆるものを「無駄」と判断し削減してきたが、国の「店じまい」でもするつもりだろうか。何かを無くすということは、そこで生まれる需要やGDPが消えてなくなるということだ。物事に過剰なまでの優劣をつけた結果、弱者が搾取され、格差が拡大したことは火を見るより明らかではないか。

 この国に生きる人々は、国を豊かにするための最も重要なリソースだ。それは優れた能力を持たない人間や、障碍を持つ人たちであっても同じだ。彼らには消費し、総需要を高めるという他に代えがたい能力がある。無駄なものなどない。それが今、その弱い立場の人たちを中心に悲惨な状況に追い込まれているのだ。

 未曽有の危機を前にした今になって、ようやく現金給付や消費減税すべきだといった積極財政を求める声が上がっているが、MMTerやポストケインジアンが言うように、最初から、国家の予算には上限などはなかった。

 ケネディ大統領とノーベル経済学賞を受賞したトービン教授も、1960年代からその事実を理解していた。「財政赤字も政府債務も、本来はインフレにならない限りはどんな規模でもいい。それ以外はタワゴト」なのだ。


出典:山本太郎街頭記者会見より

 危機の今だからこそ、誤り続けてき認識を変え、社会構造を転換しなければならないだろう。

 ケルトン教授と同じくMMTの創設者であるビル・ミッチェル教授(ニューカッスル大)は以下のように発する。

日本政府は、財政均衡論を振りかざすテロリストのような人たちの餌食になってしまった。テロリストたちは執拗に、(赤字国債を発行すると)財政破綻する、債券市場から見放されると主張して、それを国民に浸透させようと嫌がらせを続けてきた。
ビル・ミッチェル教授

 ミッチェル教授の言うテロリスト達によって、我が国は世界から「Japanification=日本型デフレによる経済停滞」と反面教師にされる存在にまで成り下がった。ハーバード大学元学長で米国の財務長官も務めたサマーズ氏の発言も以下に引用しよう。

パンデミックにより米国の経済は「Japanification」に直面した。
米経済には財政出動を半年も待つ余裕はない。
一段と積極的な財政政策が必要だ。
ローレンス・サマーズ元財務長官

 世界は今、コロナショックに端を発した大不況を経験しているが、Japanificationの重篤患者である日本では、昨年から、10~12月期のGDPがマイナス7.1%にも落ち込むという消費増税不況が始まっていた。そして今、コロナウィルスの感染爆発が待ち受ける。加えて、東京五輪が延期されることが決まり、その経済的余波も訪れるだろう。諸外国の何倍もの大きさの大恐慌が予測されることを忘れてはならない。

 しかし日本政府がその緊縮の呪縛を解き、苦しむ人々のために、そして国民経済のため対策を立てているとはとても思えない状況だ。

 3月25日現在、日本政府が予定する経済対策は総額で約15兆円と予想され、検討されてきた給付金政策には年収の条件等をつけ、現金ではなく商品券を配るという案に落ち着こうとしている。また消費減税は見送られ、休業補償の申請条件にも厳しいハードルが設けられる。

 こういった状況に対し、自民党の安藤裕議員を中心とするグループ、また国民民主党れいわ新選組の山本太郎氏共産党、そして立憲民主党の福田昭夫・落合貴之議員を中心とするグループは、政府に対し消費減税と積極財政を求めた。緊縮派と揶揄されてきた立憲の逢坂誠二議員でさえ、50兆円規模の対策の必要性に言及している。

 与党の非主流派と野党の非主流派が次々に声を上げる状況となっているが、この動きを絶対に政府を動かす国民運動とするべきである。今回のコロナ恐慌を機に、経済と社会のあり方を変革し、Progress(前進)させなければならないことを我々は学んだ。3月24日のツイッターでは、「#現金よこせ」というタグがトレンド入りしていたが、国民の声は明解なのだ。「財政の力」が絶大であることを、今こそ知らしめるべきだ。

今、何が起こっているかを見て、そして学んでください。
この危機を乗り越えたとき、私たちは、通貨発行政府の支出能力について、理解を向上させ、新しい境地を見るでしょう。
そのことがもっと必要になるのです。
ステファニー・ケルトン教授

最後に、我が政府に対して、私達市民が財政主権を有することを伝えるための署名ページを二つご紹介したい。

1)「消費税・新型コロナショックへの緊急財政出動を求めます」2020年3月22日薔薇マークキャンペーン提言
https://rosemark.jp/2020/03/22/rose_shock-1/

2)日本ベーシックインカム学会による「国債を財源に全ての国民に20万円ずつ給付する緊急提言」
https://onl.tw/bu3HybH

 ベテランDJのCOMPUMAが〈BLACK SMOKER〉から新しいミックスCDを出す。タイトルは『Innervisions』。『Lateral Thinking』から3年ぶりのミックスCDになる。
 アンビエント/ドローンを新しい解釈で展開した『SOMETHING IN THE AIR』シリーズが評判となったCOMPUMAだが、新作は彼がこの10年追求してきた彼独自の魅力たっぷりのウェイトレス・サウンドの最新型となる。彼の言葉によればこれは「気配のダンス・ミュージック」だとか。うん、たしかにそれわかる。
 発売は4月15日で、はからずとも家にいることが多くなりそうな今日この頃の生活のお供にもってこいの内容だ。ぜひチェックして欲しい。


COMPUMA
Innervisions

BLACK SMOKER
https://blacksmoker.cart.fc2.com/ca619/553/p-r-s/

 4月1日~3日のスクエアプッシャーの「JAPAN TOUR 2020」3公演、4月17日~18日のボノボ(+ジョン・ホプキンス)の2公演、4月21日~23日のサンダーキャットの「JAPAN TOUR 2020」3公演が開催延期となった。新型コロナウイルスによる海外渡航中止/制限を受けてのこと。楽しみにしていたファンも多かったし、編集部も残念でならないが、こればかりは仕方がない。ただし、主催者によれば振替公演を開催すべく現在調整中のことで、チケット購入者はそのまま同チケットが使える。また、払い戻しも可能で、その対応に関しても現在調整中とのこと。いずれにしてもチケットはそのまま保管するように。
 周知のように、ほかにもこの手の来日中止は相次いでいるし、国内のミュージシャン/DJの多くがギグのキャンセルをしている。そしてオリンピックの延期がほぼ決まった昨日、手のひら替えしで小池都知事は感染予防の対策を強化する考えを示した。場合によっては都市封鎖の可能性もあるという。安部首相のオリンピック対応もそうだが、残念なことに海外から言われなければ動けない日本が相変わらずいまもある。
 破壊的な被害で窮地に面しているイタリアでは人々が歌を歌っているように、音楽はこんなときの救いだ。音楽は家で聴くことができる。お金の余裕のある人はCDやレコードを買って、スクエアプッシャーと来月発売のサンダーキャットの素晴らしい新作を聴こう。
 あらたな開催日程は決まり次第、BEATINKのホームページで発表される。たいへんだろうが(みんなたいへんだ)、ガンバって欲しい。

「Acid Mothers Temple vs COVID19」大作戦 - ele-king

 新型コロナウイルスの感染拡大により多くの国々でロックダウンが始まるなか、アシッド・マザーズ・テンプルは外出を制限されている人々のため、「Acid Mothers Temple vs COVID19」大作戦と銘打ち、コロナ狂騒の期間限定で過去にリリースした全作品をYouTubeにアップした。
 故ジェネシス・P・オリッジをはじめ世界中に熱狂的なファンを持ち、4月からの北米ツアー中止という苦渋の選択をしたばかりのAMTからの太っ腹な贈り物(その数およそ90タイトル!)とともに、この苦しい季節を乗り切ろう。

Acid Mothers Temple vs COVID19

4月9日から予定されていたAcid Mothers Templeの北米ツアーは、コロナウイルス拡散の渦中、最後の最後まで状況を静観し熟慮検討した結果、大変残念ながらキャンセル、延期と決定いたしました。
しかし今や全世界レベルでコロナウイルスが拡散し、各地で外出自粛、商業施設の休業閉鎖、イベントのキャンセルが相次ぐ中、Acid Mothers Templeから、外出自粛を強いられる皆様へ、ささやかな贈り物として、過去にリリースした全作品の音源を、このコロナ騒動の期間限定で、Youtubeへアップロードすることにしました。ライヴ活動を通し、我々の音楽を求める方々へ、直接届けられない現状だからこそ、この機会に我々が過去にリリースした膨大な作品群を、インターネットを通し、自由に聞いていただけるようにと思い立った次第です。この先もまだどうなるのか全く予想がつかない状況ですが、せめて我々の音楽が、今世界にあふれまくる不安を、少しでも払拭する手助けになることを祈って。


As the spread of the coronavirus continues to escalate, after careful observation and considered thought we have very reluctantly decided that we must cancel and postpone the Acid Mothers Temple North American tour that was scheduled to begin on April 9.

As the virus spreads across the globe, self-isolation and compulsory quarantine measures have been put in place in many countries, and concerts and other events are being cancelled as venues and businesses pull down the shutters. But as a small gift to everyone currently in isolation, for the duration of the pandemic we have decided to upload all of our previous releases to Youtube. In the current circumstances it is sadly impossible for us to bring our music to our fans live, but we hope you will get some solace and enjoyment from it on the internet instead. Who knows where the world goes from now, but for now we offer a prayer that our music, even in a small way, may help to counter the globally rising tide of anxiety.

Acid Mothers Temple Official YouTube Channel
https://www.youtube.com/channel/UCeRTV_iOE_loRiMciVwur-w/videos


R.I.P. Gabi Delgado(ガビ・デルガド) - ele-king

 ガブリエル・デルガド・ロペス、通称ガビ・デルガドが3月22日に死去していたことが複数の海外メディアで報じられた。61歳だった。死因は現在のところ公表されていないようだが、彼のキャリアにおけるもっとも有名なプロジェクト、DAFの相方だったロベルト・ゲイルが彼の死を確認しているという。
 ガビがヴォーカルを務めたバンド、DAF(ドイチュ・アメリカニシェ・フロイントシャフト )は、1978年にドイツで結成されたパンク・バンドであり、やがて磨かれるその際だったサウンド──言うなればジョルジオ・モロダーのパンク・ヴァージョンとも喩えられるエロティックかつパンキッシュなエレクトロニック・サウンドによって一世を風靡した。その影響はボディー・ミュージックからデトロイト・テクノ、ウェストバムから石野卓球などじつに広範囲にわたっている。

 DAFに関しては、1979年のファースト・アルバム『Produkt Der Deutsch-Amerikanischen Freundschaft』から第一期の最終作となった5枚目の『Für Immer』までのすべて必聴盤だが、1枚選ぶとしたら3枚目の『Alles Ist Gut』だろうか。ドイツ語のヴォーカルで「アドルフ・ヒトラーで踊れ」と挑発する彼らの代表曲“デア・ムッソリーニ”は、DAFそしてコニー・プランクの3人が作り上げた強力なエレクトロ・パンク・サウンドで、極度にマシナリーなリズムと凄まじいエロティシズムが混じり合う(まさにJ.G.バラード的な)並外れた曲のひとつである。
 名曲はたくさんある。最初は7インチ・シングルでしか聴けなかった“ケバブ・トラウム”は、のちの12インチ・ヴァージョンもふくめ人気曲のひとつだ。トルコ移民を排斥しようとするネオナチへのしたたかなカウンターだが、DAFの素晴らしいところは、そうしたきわどい政治性もエロティシズムとユーモア(ポップのセンス)に包んでしまうところだった。もちろん“Liebe Auf Den Ersten Blick ”を忘れるわけにはいかない。4枚目の『Gold Und Liebe』に収録された曲で、当時このPVを見たときには本当にぶっ飛ばされた。サウンドも動きもほかのパンクとはまったくの別モノである。

 スペイン生まれであるガビがラテン(ファンク)にアプローチしたソロ・アルバム『Mistress』も名盤であり人気盤だが、ぼくはDAF解散後のデルコム(Delkom)も好きだった。スエーニョ・ラティーノに触発されたであろう、サバ・コマッサなる女性とのプロジェクトのひとつで、1990年に発表された「Superjack」はラテン・クラフトワーキッシュ・アンビエント・ハウスの名作だ。ここでも機械へのフェティシズムとエロスとの融合が見事に具現化されている。
 
 DAFは卓球主催の〈WIRE〉にも出演しているが、ぼくは2014年の来日ライヴにも行った。ライヴは往年のヒット曲のオンパレードだったが、そこにガビ(とゲール)がいるだけでぼくは満足だったし、そこいた人たち全員もそうだったに違いない。ガビはたくさんのフォロワーを生んでいるが、結局のところそれは彼らにしかできなかった音楽だったし、いまだにDAFのようなバンドなどいないのである。

野田努

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 戦争があったことを忘れたがっている時期があった。矢作&大友の『気分はもう戦争』はそういうことに苛立ちを覚えて描かれたマンガであった。「『戦争を知らない子どもたち』を知らない子どもたち」という揶揄まで飛び出し、冷戦末期ともなると戦争は確かに現実味に乏しい行為であり、感覚でもあった。リリアーナ・カヴァーニ監督『愛の嵐』(74)に影響されて沢田研二やパタリロがナチスの制服を着てもとくにお咎めはなく、『トップ・ガン』や『ランボー』といった戦争映画もアクションを見せるための「背景」でしかなかった。ところが欅坂46がナチス風のファッションでデビューした際、世界規模で避難が巻き起こったことは記憶に新しく、第二次世界大戦を扱っているにもかかわらず『野火』のリメイクや『サウルの息子』の方が現代にとって切迫感や現実味を増していることは確かである。復興が最優先の時期には戦争のことは積極的に忘れたかったのかもしれない。そして、豊かになってから呼び覚まされる政治意識というものがあり、どこかでそれは入れ替わったのである。どこが転換点だったのだろう。僕はパンクもひとつのきっかけだったと思う。セックス・ピストルズがナチスの腕章を付けたスージ・スーたちとテムズTVに出演し、スロッビン・グリッスルはアウシュビッツ収容所を曲の題材とした(前者が”No One Is Innocent”でナチスの生き残りをベースに起用したというのはさすがにウソだった)。そして、ドイツではDAFが「Der Mussolini」をリリースした。タイトルはムッソリーニだけれど、歌詞にはアドルフ・ヒトラーがフル・ネームで5回も出てくる。それ以上の内容はなく、政治思想と呼べるものとはほど遠い。とはいえ、ドイツでアドルフ・ヒトラーの名前を歌詞にのせることはかなり挑発的なことだったはず。日本では角川文庫で普通に読めたけれど、2016年にバイエルン州が歴史の資料として『我が闘争』を復刊しようとした際もすさまじい論争が巻き起こり、ドイツでヒトラーに言及することが尋常ではないことを窺わせた。それを1981年に22歳のガビ・デルガドーは大胆にもやってのけた。♪ムッソリーのダンス、アドルフ・ヒトラーのダンス、ジーザス・クライストのダンス、共産主義のダンス、右に、左に、腰をくねらせ、手を叩く!

 DAFを先頭グループとするノイエ・ドイッチェ・ヴェレは全体に政治意識が強かった。パレ・シャンブルグは西ドイツの首相官邸の名称だし、アインシュツルツェンデ・ノイバウテンは活動の起源がそもそもスクウォッターズ運動に由来する。70年代にもバーダーマインホフのような政治運動と結びついたアモン・デュールや労働問題を背景にしたと思われるクラフトワークの『Man Machine』もあることはあったけれど、大半はタンジェリン・ドリームやアシュラなど逃避傾向の音楽に傾いていた。それらが一転してノイエ・ドイッチェ・ヴェレでは覆り、「独米友好」を名乗るDAFも戦後のドイツがアメリカに依存しすぎていることを皮肉ったネーミングだと推測させるものがあり、DAFという頭文字はナチス政権下の労働組織だった「ドイツ労働戦線(Deutsche Arbeitsfront)」とのダブル・ミーニングを狙ったものとしか思えない。明確な政治目標のようなものはなくても、豊かになった社会に少しでも波風を立てたい。あるいは逃避的な音楽が社会との接点を持ちたがらなかったのとは対照的に、ドイツに限らず世界中のパンクやニュー・ウェイヴはヒッピーとは逆に社会の注目を集めることに肯定的だったという価値観の転換にも誤差はなかったので、DAFも例外ではなく、最も効率よくそれに成功した部類に入るといえるのではないだろうか。とはいえ、DAFの歌詞は政治に比重が置かれていたわけではなく、官能的なものの方が多く、「アメリカのTVにプレスリーが現れた」ようなルックスや効果が与えたショックも大きかったことだろう。ピナ・バウシュのように官能性をいっさい排除したバレエが好まれる国であり、ドイツ産のポルノは世界中のどの国にも売れないと言われてしまうわけだから。

 “Der Mussolini”が収録されたサード・アルバム『Alles Ist Gut』は最高にカッコよかった。シンプルで威圧感も適度にあり、身体性を突出させたところが他のノイエ・ドイッチェ・ヴェレにはない魅力だった。シークエンスされたベースと生ドラムのズレも気持ちよく、パワーを全開にするだけでなく、“Der Räuber Und Der Prinz”のように力を溜め込むようなアレンジを施すことによって抑制された官能性を引き出した曲もまたよかった。だけど、僕はその直前に唯一のトリオ編成で録音された”Tanz Mit Mir”がいまだにベスト・ソングである。DAFがパンクだった時代の名残りをある程度フォーマット化し、疾走するリズムを追いかけるようにかき鳴らされるヴォルフガング・シュペールマンのひしゃげたギターが小気味好く神経を刺激する。この編成でアルバムが1枚あってもよかったよなと僕はいまでも思い続けている。そうすればDAFがパンク・バンドとして残す知名度ももう少し上がり、ノイエ・ドイッチェ・ヴェレのイメージももう少し分かりやすいものになったのではないかと。4人編成から2人に人数を減らし、3枚のアルバムをヴァージンに残したDAFは6作目となる『1st Step To Heaven』で、さらにサウンド・スタイルを変えていく。生ドラムを捨て、当時でいえばヒューマン・リーグやプロパガンダを追うようにしてシンセ~ポップに切り替えたのである。ミックス・エンジニアとしてこのアルバムに参加したトム・シィエル(後にサン・エレクトリック)に聞いた話では、このアルバムはほとんどガビ・デルガドーが単独でつくり上げたものであり、ロベルト・ゲールは(クレジットはされているものの)何もしなかったに等しかったという。通訳を介して聞いた話なのでニュアンスには自信がないけれど、ガビ・デルガドーはそれだけ責任感が強いとシィエルは訴えたかったようにも聞こえた。そして、その経験はおそらくガビ・デルガドーに次の時代をもたらすことになった。

 トム・シィエルの言葉を信じるならば『1st Step To Heaven』でドラム・プログラミングに取り組んだのはガビ・デルガドーであり、ヴォーカリストだった彼が機材と格闘したことは想像にかたくない。“Voulez Vous Coucher Avec Moi Part II”にはラべルのクラシック“Lady Marmalade”もサンプリングされ(ハッピー・マンデーズが“Kinky Afro”で丸パクリしたアレである)、1986年とは思えない技術の駆使である。『1st Step To Heaven』には収録されず、DAFにとってラスト・シングルとなった「The Gun」(87)にはハウスと表記されたリミックス盤もある(どちらかというと、これはニュー・オーダー“Blue Monday”などを混ぜたディスコ・ヴァージョン)。87年の時点で、つまり、J・M・シルクの“Jack Your Body”がリリースから1年をかけてイギリスのヒット・チャートで2週に渡って1位となり、ハウス・ミュージックがオーヴァーグラウンドで初めて認知された年にはガビー・デルガドーはハウスに興味を持っただけでなく、自らハウス・リミックスにも手を出し、ベルリンで最初にハウス・パーティを開いたとされ、翌年春にはDAFのバック・カタログから“Liebe Auf Den Ersten Blick”をジョセフ・ワットにリミックスさせるところまで一気に突き進んでいる。そして、「The Gun」から大袈裟なシンセサイザーのリフを取り除き、ベース主体のトラックとして生まれ変わらせたものを2年後にデルコム“Superjack”としてリリースする。DAFが2人になった時も引き算がネクストを生み出したとしたら、ここでも余計なトラックを間引いただけで次の段階に歩を進めたのである。ただし、“The Gun”から“Superjack”に至るまでには意外と長い試行錯誤も続いている。ガビー・デルガドーとサバ・コモッサが最初にタッグを組んだらしきFX名義“Freak”はソウル・サーチャーズを思わせるゴー・ゴーとニュー・ビートの中間のような曲調で、『Alles Ist Gut』に対する郷愁がほの見えるし、〈ロウ・スピリット〉からとなった2ハード・アウト・オン・ハイ名義“One Good Nite On Hi87”はエレクトロを基調とし、それこそトーマス・フェルマンズ・レディメイドのパクリっぽい。2ラティーノ・ジャーマンズ、フューチャー・パーフェクト、フューチャー(Futur)、アンティ~タイムと、なぜか曲を出すごとに2人は名義を変え、ようやくデルコム名義でアルバム『Futur Ultra』に漕ぎ着ける。しかし、これは808ステイトやジョーイ・ベルトラムがレイヴ・カルチャーをハードな様相へと向かわせた1990年には少し合わないものになっていた。この時期の2年間はあまりにも物事が急速に展開していった時期だった。

 91年にデルコムは2ラティーノ・ジャーマン名義で“Viva La Droga Electronica”をベルリン・トランスの〈MFS〉からリリースする。これはとても興味深いことで、89年にノイエ・ドイッチェ・ヴェレからダンス・カルチャーへと乗り換えた「先駆者たち」を集めたコンピレーション『Teutonic Beats: Opus Two』のラインナップを眺めてみると、簡単にいえばパレ・シャンブルグからトーマス・フェルマンやモーリツ・フォン・オズワルドが紆余曲折を経たものの最終的にはデトロイト・テクノを目指し、DAFがトランスに向かったという流れが見えてくる(新顔ではウエストバムやマイク・インクことヴォルフガング・フォイトも参加)。決定的だったのは94年にやはり〈MFS〉からリリースしたヴーヴ・デルコム・フォース名義“Generate Eliminate”である。それこそ808ステイトやジョーイ・ベルトラムの後を追ってハード・トランスにも手を出したとしかいえない曲で、デルコムと組んだヴーヴはリエゾン・ダンジュオーズ解散後にベアテ・バーテルがグトルン・グートと組んだマタドールでもミックスを担当するなど、この時期の要注意人物である。パレ・シャンブルグはホルガー・ヒラーがいたこともあって諧謔性のイメージが強かったし、骨太で官能的なリズムに執着のあると思えたDAFがトランスに向かうというのは、なんというか、逆ではないかという疑問を僕は長いこと拭いされなかった。それこそDAFはリズムだけを突出させたスタイルがボディ・ミュージックを生み出したと考えられていることもあり、リズムに工夫のないトランスに落ち着くのは納得がいかなかったと。しかし、おそらくそのようなイメージの元になっているのはロベルト・ゲールのドラムであって、ガビ・デルガドーには実はリズムに対する深い執着はなかったのかもしれない。ガビー・デルガドーがこだわったのはいつでもスタイルであり、ルックスが重要な要素だったDAFもそうなら、ハウスに手を出した動機も同じだったに違いない。そのことが最も強く表れているのはガビ・デルガドーにとって唯一のソロ作となった『Mistress』(83)である。あの時、彼はブリティッシュ・ファンクのブームに乗ろうとしたのだろう。彼は、そして、それを本当にカッコよく決めたと思う(あのジャケットにやられて僕はアロハ・シャツを集め始めるようになってしまった)。

『Mistress』というアルバムは、スイスに移住して作られたアルバムで、ドイツでは売れずに日本ではかなり売れたらしいけれど、ジャーマン・ファンクの伝統という耳で聴くと、70年代のファンク・ブームを支えたクラウス・ヴァイスの昔からベルリン・スクールやジャーマン・トランスを経て、現在のヴォルフ・ミュラーへと続く、揺れのないリズムを志向するドイツの国民性をあまりにも明瞭に浮かび上がらせ、その迷いのなさにはたじろがざるを得ない。ひと言でいうと音楽的にはあまり大したものでないにもかかわらず、スタイルだけで引きずり倒していく快感を教えてくれたのが『Mistress』だった。複雑な音楽性に耳が慣れていくことだけが音楽鑑賞ではない。デザインや時にははったりも音楽文化を構成する大事な要素である。そう、ブルー・ロンド・ア・ラ・タークやキッド・クレオールでは最後のところで満足のいかなかったラテン・ファンクのインチキ臭さをここまで存分に楽しませてくれたアルバムはほかになかった(キッド・クレオールのコーティ・ムンディはパレ・シャンブルグのプロデューサーも務めた)。コニー・プランクがスゴいのかもしれないけれど、ガビ・デルガドーが残したもののなかでは僕はどうしてもこれが最高の1枚であり、2枚の12インチ・シングルは愛聴盤の範囲を超えている。そうでなければフューチャー・パーフェクトやDAF / DOSまで追ってみようとは思わなかったし、『Mistress』でベースを弾いているバイセクシュアルの弟、エデュアルド・デルガドー・ロペスが参加するカスパー・ブロッツマン・マサカーまで追うことはなかった(カスパー・ブロッツマンはピーター・ブロッツマンの息子)。

 ヴーヴ・デルコム・フォースに思いっきり失望させられた僕はその翌々年、意外なところでガビ・デルガドーの名前を聞く。初来日したアレク・エムパイアが、彼の最初のマネージャーはガビ・デルガドーだったというのである。ある日、彼の前に現れたガビ・デルガドーがマネージメントしたいとオファーしてきたものの、アレク・エムパイアはガビ・デルガドーどころかDAFのことも知らなかったという。最初に聞いた時は僕も意外だったけれど、ヴーヴ・デルコム・フォースがハード・トランスをやろうとしていたことや、ガビ・デルガドーがDAFに加入する前はピート・ハインとチャーリーズ・ガールズというパンク・バンドを組んでいたことを知ると、そんなに意外でもないのかと思えてくる。ピート・ハインもノイエ・ドイッチェ・ヴェレのなかでは比較的ノーマルなパンク・バンド、フェルファーベンでヴォーカルを務め、ピート・ハインがファルファーベンを抜けてミタグスポーゼを結成した時にはガビ・デルガドーもDAFと掛け持ちでメンバーを務めていたことがある。ミタグスポーゼは吐き捨てるように「ドュッセルドルフの日本人!」と歌っていたグループで、さすがにあんまりいい気持ちはしなかったけれど、そのような攻撃性をクラブ・サウンドの文脈で実現していたアレク・アンパイアにガビ・デルガドーが惹かれてもおかしくないことは確かだろう。とはいえ、ガビ・デルガドーが本当に考えていたことは僕にはわからない。彼にとって最も大事なことはなんだったのだろう。2003年にDAFが再結成され、ドイツではナショナル・チャートを駆け上がったことや、2010年代には配信専門の〈ガビ・ユーザーズ・クラブ〉を設立して矢継ぎ早に彼はソロ・アルバムをリリースし始めた。そして、生前最後となった曲は“Tanzen(ダンス)”だった。R・I・P。

三田格

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 D.A.F.のヴォーカリストであるガビ・デルガドが逝去しました。この突然の訃報に大変な悲しみを感じております。ガビは、パフォーマーかつソングライターとして、果敢にその表現を前進させ続けてきたアーティストでした。彼は音楽とユース・カルチャーに関してとても強いヴィジョンを持っており、それによってバンドは全てのエレクトロニック・ダンス・ミュージックに多大な影響を与えることができました。その影響は今なお続いています。80年代に入ってMUTEの最初の作品「Die Kleinen und die Bosen」から最近に至るまでの数年間、ガビやD.A.F.と共に働けたことを、わたしはとても誇らしく思っております。D.A.F.のパートナーであるゲールと、彼の家族や親密だった方々にお悔やみ申し上げます。

ダニエル・ミラー(MUTE創始者)

Caribou - ele-king

 カリブーの音楽の真骨頂は(Manitoba時代も含めて)ドリーミーであることだ。いろんな音楽によく使われる形容詞だが、カリブーはそのハイクオリティー・ヴァージョンである。〝ドリーミー〟であることは何も幻覚剤のみを意味しない。甘くメロウでメロディアスな音楽であることも意味し、未来に対するウキウキとしたオプティミスティックな気分のことも含有する。日々の暮らしのなかの喜びとか。
 クラウトロックをやろうがフォークをやろうがIDMをやろうがハウスをやろうが、カナダ出身の元数学者にして音楽プロデューサーである彼の音楽は、優雅にしてドリーミー、メロディアスにして刺激的、ソフトにして機知に富んでいる。また、いっきに彼の名声を高めた『Swim』(2010)がスウィミングプールに通っていたことが契機となったように、そして前作『Our Love』(2014)の主題に娘の誕生があったように、作品の動機は私的で、素朴極まりない。が、作り話よりも実話が優位であるこの時代においては、それもまた彼にとっての追い風だろう。「僕の場合は音楽が僕についてで、歌詞がまずパーソナルだし、サウンドも僕なんだ」と彼は語り、カリブーらしさとは何かと訊かれることは、自分の人生とは何かと訊かれることに等しいとも語っている

 ひとつ面白いのは、彼のその〝ドリーミー〟で〝私的〟で〝感じの良い〟ただしひと工夫のある音楽は、ハウス・ミュージック(meではなくweの音楽)を取り入れたことで開花していることだ。先に挙げた『Swim』のことだが、そもそもブラック・ハウスには暗い面もあるし、間違っても私的ではない。しかしそれを自由に自分なりに解釈するプロデューサーはすでにたくさんいる。そうしたハウス解釈組のなかにおいて、彼=ダン・スナイスは抜きんでたひとりという話である。『Swim』以降の彼は、Daphni名義でよりフロア向けのダンストラックを作っているし、『Our Love 』もその路線の延長にあった。新作『Suddenly』もまた彼の家族の記録であり、そして変わらずハウスを根幹としている。が、ほぼすべての曲が歌モノであり、何曲かはハウスから離れてもいる。簡単にいえば、フォークやR&Bやラップの要素も取り入れてたポップな出来で、またしても懲りに凝った作りの質の高いアルバムだ。
 
 ぼくはいちどだけダン・スナイスに対面取材したことがある。見るからに誠実そうで、良い人柄の人物だった。その感じの良さが、彼の音楽にも滲み出ているような気がする。で、そのとき彼が言ったのは、アーサー・ラッセルこそ我がヒーローということだった。
 『Suddenly』を聴いていると、彼は本当にアーサー・ラッセルのようになってきていると思う。実験音楽からフォークやポップソング、そしてダンス・ミュージックまで自分が好きな音楽であればなんでもやってしまうその縛りのないアプローチの自由さが似ている。それが創意工夫をもって自分だけのユニークなサウンドに仕上げてしまうことも。
 
 音楽をやりはじめた頃はボーズ・オブ・カナダが好きだったというダン・スナイスは、その時代その時代に応じて自身のスタイルを変化させていった。セオ・パリッシュからの影響が『Swim』の原動力だという話しは有名だが、『Suddenly』にはより広範囲に渡る彼の影響が散りばめられている。もちろんハウスは彼の基盤だし、“You And I”のような美しいメロディとアイデアの盛り込まれたハウシーな曲は出色の出来だと思う。そのいっぽうで、エリック・サティとミニマル・テクノを掛け合わせラッパーの声をまぶしたかのような“Sunny's Time”、R&Bとブレイクビーツとペット・ショップ・ボーイズを滑らかに融合させた“New Jade”、ガラージのリズムをジャズ・ギターの甘いメロディに混ぜ合わせた“Like I Loved You”といった新境地も見事な仕上がりを見せている。ファンクのリズムにディスコのストリングスが交わる“Home”、フュージョン・ハウスの“Lime”、もっとも真っ当なハウスに近い“Never Come Back”や“Ravi”、ソフト・ロックの“Magpie”……はっきり言うが、ぼくはこのアルバムは『Swim』以上だと思う。カリブーは確実にアップグレードしている。

 世界はいまたいへんな局面を迎えている。アメリカにはいま良からぬ緊張感が生まれていると、かの地に住む旧友から聞いている。彼はつい先日東京にやって来たところだが、万が一を思ってぼくとはすぐには会わないという。日本は欧米ほど感染者数が急激に増えていないためか欧米の先進国にくらべて政府の対応はゆるい。日本人は清潔好きだから助かっている面もあるのかもしれないし、海外メディアからバッシングされているように検査数が少ないからかもしれない。いずれにしても、漠然とした不安をみんなが抱えながら暮らしているのがいまだ。困窮している人たちのために毅然とリーダーシップを取れる政治家はいないし、もう何週間も週末のサッカーの試合もない。まさに〝突然〟やって来たこんな難しい時代では、ますます音楽は贅沢なひとときとなっている。家でカリブーの愛らしい音楽を聴くというささやかな幸せ。ドリーミーであること、上等じゃないか。読者のみなさんも音楽を楽しみつつ、そしてまずはくれぐれも気をつけてください。

RAINBOW DISCO CLUB "somewhere under the rainbow!" - ele-king

 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受けて、いま世界中の音楽シーンが大きな被害を受けている。大きなところで言えば、すでにUKではグラストンベリー・フェスティヴァルが中止を発表しているが、本来であればGWに開催されるはずだったRAINBOW DISCO CLUBもすでに中止を公表している。しかし、話はここで終わらない。彼らは4月18日(土)「somewhere under the rainbow!」と題して、12時間に及ぶ動画配信イベント(有料電子チケット制)をやることを決めた。出演は、DJ Nobu、Kenji Takimi、Yoshinori Hayashi、Licaxxx、CYK、machìna、Sisiなど。
 主催者によれば、「今回はドローンミラーボールなど〈RAINBOW DISCO CLUB〉の名演出を手掛けたREALROCKDESIGNが撮影を担当。まるで〝あの場所〟にいるような体験を視聴者にお届けするため〈東伊豆クロスカントリーコース〉にて映像収録を行います」とのこと。また、「新型コロナウイルスの影響によって、世界は日々深刻な状況に陥っており、 クラブやパーティー/フェスティバルが閉鎖や中止を余儀なくされ、多くの人が居場所を失っています。その中で自分たちがこの社会やシーンに対してできることはないか? それを考えて今回のイベントを企画いたしました」とコメント。
 動画配信を見るには電子チケット制ライブ配信サービス「ZAIKO」にて有料チケットを購入すること。早割価格(1,000円)は3月31日まで。4月1日以降は通常価格(2,000円)にて販売いたします。電子チケット購入者は4月18日(土)の配信後、1週間アーカイブを視聴することができる。
 来年は笑顔で会えることを願って、その日は家でダンスだ!
https://rainbowdiscoclub.zaiko.io/e/somewhereundertherainbow

■RAINBOW DISCO CLUB "somewhere under the rainbow!"

日 時:
4月18日(土)12:00〜24:00
※アーカイブ映像視聴は(4月25日 23:59まで)

出 演:
DJ Nobu
Kenji Takimi
Yoshinori Hayashi
Licaxxx
CYK
machìna
Sisi
and more

料 金:
早割(1,000円)※3月31日(火)23:59まで
通常(2,000円)※4月1日(水)00:00以降

配信 及び チケット購入:
https://rainbowdiscoclub.zaiko.io/e/somewhereundertherainbow

撮影・演出:
REALROCKDESIGN


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RAINBOW DISCO CLUB
主催者のステートメント

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「RAINBOW DISCO CLUB 2020」開催中止の発表からたくさんのメッセージやご支援いただいております。まず、そのことに感謝させてください。ありがとうございます。

新型コロナウイルスの影響によって、世界は日々深刻な状況に陥っているように思います。我々は、今回の開催中止によって生じた損害を補填すべく、クラウドファウンディングの立ち上げや振替公演の実現に向けて数日前まで奔走しておりましたが、その中で状況は刻々と変化しています。

欧米諸国でもクラブやパーティー/フェスティバルが閉鎖や中止を余儀なくされ、国境が封鎖される国も多く、我々同様に多くのアーティスト/プロモーターが損害を被り、仕事を失っています。同時に多くのダンスミュージックファンが居場所を失っています。

しかし、未知のウイルスに対して我々は団結して立ち向かわなくてはなりません。今は、人混みを避け、ウイルスの拡大を避けねばなりません。人を介したその先に、誰かが大切な人を失う可能性を想像しなくてはなりません。できるだけ社会活動を制限し、限られた家族や友人と慎重に行動することが重要です。

ただ、そんな中でも笑わなければならない。それはこの11年間の中で皆様から教わったことでもあります。

「RAINBOW DISCO CLUB」は多くの方々のご協力を得て、4月18日(土)に有料配信で12時間のパーティを開催することを決めました。初の試みとなりますが、東伊豆でのフェスティバル同様にベストを尽くします。

家に籠る時間が長くなる中で、特別な日にして欲しいと考えています。ホームパーティーを最大限に楽しめるグッズなど企画中ですのでぜひご期待ください。皆様の方でもこの日に向けて、ワクワクしながら準備して欲しいという願いを込めて、早割チケットのご用意もさせていただきました。

より多くの方に届けるため無料配信の可能性も考えましたが、すでに運営状況が厳しい中での動画配信となりますので、有料チケット制にて配信させて頂くことにしました。皆様のご理解・ご協力をいただけますと幸いです。

この企画は焚き火のようなものだと考えています、音楽を囲んで、踊り、語り合い、食事をし、よく笑い、よく愛し、暖まりましょう。

vol.123 NYシャットダウン - ele-king

 コロナヴァイラスが世界的に流行している。NYでは、3月4日に10人ぐらいが感染していると発表があった後、瞬く間に1000人を超える大流行となった(3/21現在)。中国からイタリアへと大流行しているのを受け、3月11日水曜日、トランプ大統領は「13日の金曜日からヨーロッパからの飛行機を制限する」と発表した。3月末にポルトガル行きを予定していた私はヨーロッパ行けなくなるかもと、能天気に考えていたが、とんでもない、そこから事態はさらに加速した。

 3月13日金曜日、たくさんの観光客で賑わうチェルシーマーケットが閉まった。500人以上のショーが中止になったと思ったら、10人以上の集まりも禁止され、15日日曜日までにNYのレストラン、バーがシャットダウン警告を出され、17日火曜日までにテイクアウトとデリバリーのみになった。コスメティック・ブランドのセフォラは全店閉鎖、リテイルストアも閉鎖、空いているのはスーパーマーケットと銀行ぐらいで、NYは完全に真っ暗である。
 オフィスも閉鎖され、自宅勤務にシフト。ホスピタル業、サービス業、人と人が会う仕事はすべてアウト。メトロポリタンオペラは全員クビ、フェスティヴァルやショーはすべてが延期かキャンセル、地下鉄もほとんど人がいない。マスク、手袋をして、お互い6フィート以上離れるソーシャル・ディスタンスをとることを推奨している。「家で待機」が合言葉で、「必要な外出以外はダメ」という状況である。


リテイルストアは全て閉鎖

 私は、突然降ってきたヴァケーションを取り、友だちの家に行ったり、ビーチに行ったり、滝を見に行ったり、毎日気を紛らわそうとしているが、仕事がないことや、家に篭りっきりは本当に辛い。スーパーに行くとトイレットペーパーが売り切れているし、冷凍食品、缶詰、パスタあたりがまったくなかったり、みんなの不安も感じる。13日の金曜日に日本から来たミュージシャンと一緒に共演する予定だったのだが、そのショーもキャンセル、そし彼らはいま何もないオースティンにいる。本来なら、いちばん人が多い時期のオースティン。SXSWが中止になったいま、NYと同じようにゴーストダウンらしい。

 私は、3月の頭にオースティンに行って、ピーランダーZと、たこ焼きイベントをしてきたばかりだったが、NYの窮屈さと、アメリカでいちばん感染者の多さもあり、少しNYを離れ、オースティンに行くことにした。

 空港がいままでにないほどガラガラで、飛行機も5人ぐらいしか乗ってなかった。こんなにのスムーズに、セキュリティを通れたのは初めて。


地下鉄の風景

 オースティンに着いた翌日、NYが22日日曜日からロックダウンされると聞いた。NYに帰れないかもしれない。家に居るしかない生活が平常だが、オースティンのカラッとした天候に少し元気付けられた。日本から来ている人のなかにはフライトがキャンセルになり、「帰れないかも」という人もいる。

 NYの人たちは、ライヴストリーミングをはじめたり、仕事がなくなったレストラン、ナイトライフワーカーのためにファンドレイザーを立ち上げたり、クリエイティヴなことをはじめたり、家を改造しはじめたり、この状況で、少しずつ出来る何かをやろうとしている。国民に$1000支給されるとか、家賃やモーゲージが免除されるとか、いろんな噂が飛び交うが、この状況でも生きていかなければならない。サヴァイヴァル能力が養われるNY。毎日状況が変わるが、この原稿を書いている3月21日はマヤ暦で最後の日らしい。


コロナセルツァー、いまハードサイダー、ハードコンブチャなどビール以外のアルコール飲料が大流行。みんな買いだめしてます


オースティンのサボテンソーダ

ナイチンゲール - ele-king

 ジャングルの緑がとても綺麗だなと思いながら観ていた。「緑」というよりも濃厚な「グリーン」。雨に濡れて輝きを増し、それらが人間たちの暴力を覆い隠している。舞台は植民地時代のオーストラリア。窃盗の罪でアイルランドから流刑地に送られてきたクレア(アシュリン・フランシオーシ)はホーキンス中佐(サム・クラフリン)の口利きで釈放されたものの、好きな時に中佐にレイプされ、夫にはそのことを隠していた。クレアに書くと約束していた紹介状をなかなか渡さない中佐に腹を立てたクレアの夫、エイデン(マイケル・シェズビー)が中佐に抗議を試みるも、プライドを傷つけられたと感じた中佐たちは夜中にクレアたちの家を襲い、クレアはレイプされながら赤ちゃんと夫を目の前で殺される。復讐に駆り立てられたクレアは、出世のためにローンセストンに向かったホーキンス中佐たち一行を追おうとするもジャングルのなかでどっちへ進んでいいかもわからず、道案内としてアボリジニのビリー(バイカリ・ガナンバル)を友人に紹介される。オーストラリアでは当時、アボリジニと見れば撃ち殺すのが日常茶飯で、クレアもビリーには見下した態度しか取れず、銃を突きつけながら案内をさせることに。こうしてギクシャクとしながらクレアとビリーはホーキンス一行を追って奥深いジャングルに分け入り、その道中で白人とアボリジニの凄惨な殺し合いの風景を何度となく目にすることになる。

 この作品には女性差別、人種差別、ゲイ差別が最初からとめどもなく吹き荒れる。さらには差別されているもの同士が手を組めなかったり、殺すことにためらい感じる少年など、『パラサイト』や『ジョジョ・ラビット』がコメディという形式で伝えたテーマが束になってシリアスに語られていく。作品のほとんどを占めるジャングル・クルーズは緊迫感を途切らせることなく、1秒たりとも音楽が流れないのはストーリー展開に自信があるからだろう(登場人物がアカペラで歌う場面は何回もある)。そして、思いつく限り、最悪の展開、最悪のシナリオへと話は流れていく。(以下、ネタバレ)クレアが中佐の部下をひとりめった刺しにして殺すのを見てビリーがクレアの元を去ろうとし、クレアが初めて自分の身の上を語り、彼女がイギリス人ではなくアイルランド人だということをわかってもらえたことで、2人が「イギリス人憎し」で心を通わせる場面は重要なシーンである。それまでにビリーがマジカル・ニグロ(都合のいい黒人)として描かれていたシーンもなくはなかったと思うものの、ビリーが彼にできることはほとんど何もやっていなかったことが、ここからはどんどんわかってくる。

 ようやくジャングルから出られるのかと思った後半、観客は意外な展開に足を掬われる。圧倒的に有利な地歩を得たクレアが中佐に銃を向け、そのまま撃ち殺せたにもかかわらず、その場から逃げ出してしまうのである。支配層に対する「憎しみ」が最後までストーリーをドライヴさせ、白人支配層に対して一矢報いるという感情に染まり、それが果たされると思い込んでいた僕はさらなる悲劇を覚悟しなければならないのかと、より一層の緊張状態に投げ込まれた。ただ、クレアが撃てなかった気持ちに違和感はなく、1人を殺した時点でクレアが少し冷静さを取り戻し、無意識のうちに復讐の連鎖から抜け出したくなっていたということはなぜか理解できた。クレアは終盤、それでもホーキンス中佐に対して言葉で彼を追いつめるという行動に出ることで彼のことを許したわけではないという意思表示は見せる。クレアが逃げ出した後、「復讐」や「暴力」の主体となるのはビリーである。19世紀という時代設定も関係はしていると思うけれど、21世紀につくられた作品として、ここにはちょっとした差別があって、女性であっても白人は暴力衝動を言葉に昇華することはできても、黒人(アボリジニ)にはそれができないという断層が設けられていると、そのように感じられてしまうところはあった。それは否めない。アボリジニが社会をどう定義し、どういうものに制裁を加える習慣があるかを説明しているシーンもあるので、その部分を信じるならば、的外れな展開ではなさそうで、これについては専門家のアドヴァイスや実際のアボリジニたちとも多くの面でコラボレイトしているとパンフレットには記してある。ビリーにはビリーの理由があってやることなのでストーリー的にもご都合主義的なものでないことは確か。あるいは、黒人(アボリジニ)の女性が最も無力な存在として描かれ、これ以上ないというほど最悪の扱いを受けているのは歴史が経過してきた通りだとは思うものの、「復讐」の回路にさえ組み入れられていないのはやはり凄惨な印象を増幅させる。

ボーダー』のアリ・アッバシや『寝ても覚めても』(本誌23号)の濱口竜介とともに「ポン・ジュノが選ぶ20人の若手」としてイギリスの「サイト&サウンド」にリスト・アップされていたジェニファー・ケントが監督を務めた(ほかにポン・ジュノが選んだのは『幸福なラザロ』のアリーチェ・ロルヴァケル、『アトランティックス』のマティ・ディオプ、『ヘレディタリー/継承』(本誌23号)や『ミッドサマー』のアリ・アスター、『ロングデイズ・ジャーニー』のビー・ガン、『イット・フォローズ』や『アンダー・ザ・シルバーレイク』のデヴィッド・ロバート・ミッチェル、『ゲット・アウト』や『アス』のジョーダン・ピールなど)。ラース・フォン・トリアー『ドッグヴィル』(03)で助監督を務めたケントのデビュー作は『ババドック 暗闇の魔物』(14)というホラー映画だったためにヴィジュアルもそれ風につくられているものの、この作品はオーストラリアという国の成り立ちに焦点を当てた歴史ドラマであり、サスペンスものとしてもよくできた力作だと思う。「ナイチンゲール」というタイトルは鳥のように歌うクレアのことを指し、クリミア戦争で活躍した近代看護婦の祖とは関係がない。

 オーストラリアがイギリスを憎む映画はピーター・ウィアー監督『誓い』(81)もそうだったし、普段は隠蔽されている感情が一気に噴き出してくるのを見るようで、やはり心に重くのしかかってくるものがある。当然のことながら日本が韓国などを植民地にしていたことやアイヌのことも思い出さざるを得ず、他者性をないことにできてしまうニュー・エイジに走れる人が羨ましいというかなんというのか。


映画『ナイチンゲール』予告編

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